体育授業実践のための仲間関係を築く方策の文献による検討 A Study

奈良教育大学紀要 第64巻 第1号(人文・社会)平成27年
Bull. Nara Univ. Educ., Vol. 64, No.1 (Cult. & Soc.), 2015
137
体育授業実践のための仲間関係を築く方策の文献による検討
高 田 俊 也 奈良教育大学保健体育講座(保健体育科教育)
橋 本 裕 介 小野市立中番小学校
A Study by the literature of the method to build the human
relationship in the physical education class
Toshiya Takada
(Department of Health and Sports Science Education, Nara University of Education)
Yusuke Hashimoto
(Nakaban elementary school)
Abstract
The purpose of this study is to clarify a method to build the human relationship from the result of
the study of group cohesiveness and a study of classroom collapse.
As a result, I have to consider the study results which made an individual the subject and the study
results which made a group the subject. I have to do a theoretical outcome for practice hypothesis
clearly from study results of the specialized science.
The instruction in consideration of the "Cohesion by the problem" and "Cohesion by the
interpersonal" that is results of research of the cohesiveness is necessary for this study. In addition, the
instruction in consideration of "Learning instruction" , "Student counseling" and "Support of the selfestablishment" that is results of research of the disorder in the classroom is necessary.
In the case of a class plan, I make a minute class plan and make an aim clear and plan independent
activity. In addition, it is necessary to make the group organization and the personal role behavior clear.
It's necessary to do more appropriate instruction for a problem solution.
キーワード:凝集性,
Key Words:group cohesiveness,
学級崩壊,
classroom collapse,
仲間関係
human relationshi
1 .研究の背景
は重要である。
ところで学校教育の目標は,子どもたちの健全なる人
児童は,学校での学級集団や生活している地域の集団
間形成であり,その人間形成のために,教師と子ども,
などの様々な集団に属し,それに属するもの同士,換言
子ども相互の人間関係は重要であると考えられる。そ
すれば,集団を構成する成員が相互に関係し成長してい
のことは吉森(19)が,学級集団の機能として「学習意欲
く。この集団と成員の関係について,賀川
(7)
は「集団
の強化や学習活動の促進」「基本的な欲求の充足と自己
の特性によって,その個人の特性が助長されたり抑制さ
実現の場になる」「各種の社会的態度やスキルを習得し,
れたりする」と述べている。つまり集団に属することで,
社会生活適応の準備の場となる」などと述べていること
個人の持っている能力以上のパフォーマンスが発揮され
からも十分理解できる。また,この集団機能の重要性は
たり,逆に抑えられたりすることがあるということであ
体育科においても同様で,小学校学習指導要領解説(体
る。これらのことからすれば,所属する集団の特性や他
育編)(10)の目標に「仲よく」や「協力」などと示され
の成員との関係性,大きく捉えれば,集団内の仲間関係
ていることからも容易に理解できよう。
138
高 田 俊 也・橋 本 裕 介
実際に学校教育の場では,生活班などといった班別,
教師と子ども,子ども相互の関係を改善することであり,
グループ別といったように,仲間と力を合わせて課題を
そのことによって,これらの問題を解決できるのではな
達成しようとする学習形態が用いられていることは少な
いだろうか。
はこの学級形態について,
「グ
狩野ら(9)は,学級での子どもたちの人間関係の在り
ループが集まっても通俗的な考えしか生まれずに時間を
方は,学級生活の面白さだけでなく,学習成果にも影響
空費し,また互いに相手に寄りかかって学習が安易なも
すると述べている。さらに,教育の目標は教材の習得や
のになってしまうことも少なくない」とした上で,「グ
知的訓練だけでなく,学級内での良好な人間関係それ自
ループ学習によって,教師が思いもよらなかったような
体が目標そのものであるとも述べている。したがって,
すばらしい発見を子どもたちがすることがあり,また,
このような現状の問題を解決し,個々人が互いによい影
子どもたちがみずから考え,そして自主的・創造的な学
響を与え合い,社会的にも個人的にも魅力ある人間形成
習活動を展開していく可能性をもつという点でグループ
をさせるためには,仲間関係を形成する方法を明らかに
学習のメリットは大きい」と集団で行う学習の危険性と
することが不可欠であろう。
くない。しかし,小林
(11)
効果を指摘しており,これらのことからすれば,集団を
構成する方法に対しては慎重にならざるをえない。
一方で,この集団を構成する成員,つまり子どもにつ
いても様々な問題が生じている。
1990年代後半より「子どもが変わった」と言われ,子
が嘆かれている
。河村
(10)
てみると,高田ら(17)は「効率良く学習成果を享受する」
という側面と「個々の人間形成」という側面の両方を併
せ持っていると指摘している。この「効率」 とは,授業
どもたちが仲間関係を築きにくくなっているという状況
(12)
ところで,現在の学校教育制度下の授業の意義を考え
で教師が学級集団に対し,効率的に学習成果を導き出す
学習指導を行うということである。一方「人間形成」は,
は,小学校教師が感じる
効率的な指導では対応できず特定の個人に対して「こん
現代の子どもの特徴として,「あきっぽく,がまんでき
な人間になって欲しい」や「これをできるようになって
ない」,「対人関係を自ら形成しようとする意欲と技術が
欲しい」などという学習成果を目指してのことである。
低い」,「他人の気持ちを察することができない」などの
これらのことからすれば,授業には集団に対して行われ
マイナス面を挙げている。このことは体育科においても
る効率化の側面と個人に対して行われる非効率的な「人
同様の傾向があり,体育の授業において,友達・教師と
間形成」の矛盾する二側面が内包され,
「今,何が大切か」
の関係の中でよく見られていた“声をからして仲間を応
ということを絶えず考慮し,教師はバランスよく個人や
援する姿”,“仲間と抱き合って喜びを表す姿”などの感
集団に関わっていかなければならないといえよう。
動する場面があまり見られなくなってきた。さらには,
つまり,子どもたちに対する集団形成のための教師の
グループでの活動中に個々人が勝手に行動して,グルー
関わりについても,個人と集団それぞれへの関わりを考
プ活動ができなくなってしまう場面さえも見られる。
慮した,換言すれば,個人を対象とした研究から導きだ
しかし上述した子どもの特徴というのは,今日の子ど
もだけの特徴であろうか。尾木
(15)
は,「教師も含めた
日本人の多くの大人にも当てはまる」と述べ,教師の「固
定的なものの見方,価値観こそが問題である」と大人に
もこの特徴があると指摘している。
された成果と集団を対象とした研究から導きだされた成
果それぞれから導きだされた関わり方を適宜使い分ける
ことが必要であると考えられる。
前述したことからすれば,仲間関係の研究の一つとし
て,個人を結び付ける,つまり,仲間相互の関係を強め
このような子どもや大人の問題を踏まえ,今井(5)は
るために,個人がどうあるべきかなどと,個人を対象に
「『荒れ』を荒れにするかどうかは子どもに向き合う者の
検討を加える立場をとっていると考えられる凝集性研
子ども観,教師観に関わる」と述べ,この現象が,教師
究が挙げられる。凝集性とは,個人の相互関係から集
に対して自分を見て欲しい,もっと一人ひとりを見て欲
団の結びつきの強さ,仲間関係の強さを捉えたもので,
しいという子どもたちのメッセージの顕れであるという
Festinger(4) によると,「成員に集団にとどまるように
考えを示している。さらに,教師が学級の子どもに対し
作用する心理的力の総量」と定義づけられている。具体
て一斉に指導を行う場合は,子どもは一人ひとり違った
的には,仲間や周りにいる人のおかげで成果を得ること
感情を持っていることから,十分に注意することが必要
ができたや,全員で力を合わせて得た結果に,手を取り
であるとも述べている。また,青砥
(3)
のように「教師
合って喜んだという経験は,多くの人が持っているだろ
の伝えようとする文化と受容する子どもとの間にかなり
う。つまり,集団には成員が互いに影響しあう相互作用
の乖離がある」と,“子どもが変わった”ということば
があり,個人では成しえないことを可能にする力を持っ
かりに目がいき,子どもの変化だけにその原因を求める
ている。したがって,学校で仲間関係を強めるためには,
ことの問題性が指摘されているのも事実である。
教師が子ども個々人の社会的行動面に対して,どのよう
これらのことから,現在,教師に求められているのは,
な働きかけをすべきかを明らかにする必要があるといえ
体育授業実践のための仲間関係を築く方策の文献による検討
139
4 .結果および考察
よう。
一方,学級に含まれる仲間関係を崩さない,つまり,
集団内の個々人の結びつきという視点から複数の個人の
本研究の目的は,子どもたちの仲間関係を築くために,
行動に検討を加える立場をとっていると考えられ,集団
授業実践の枠組みや教師はどのような関わり方をすべき
に対する教師の働きかけの検討を示唆していると考えら
か,実践を行う上で必要な方法を検討するものである。
れる学級崩壊についての研究がある。学級崩壊とは,近
そこで,実践仮説の提示に至るまでの過程を示してい
年の学校・学級の悩ましい現状を捉え,河村
(10)
が「教
師が学級集団を単位として授業や活動を展開することが
る高橋の体育科教育学の研究領域の層(18)を,検討の視
点として用いることとする。図 1 に示しているように,
不可能になった状態,集団の秩序を喪失した状態」と
述べているように,「学級がうまく機能しない状況」(注1)
と捉えられ,「子どもたちが教室内で勝手な行動をして
教師の指導に従わず,授業が成立しない学級の状況が一
定期間継続し,学級担任による通常の手法では問題解決
ができない状態に立ち至っている場合」と定義づけられ
ている。これらの状況の解決のために集団やその集団を
体育科教育の 教授—学習過程の実践を対象とし ●記述・分析的研究
実践的研究 て、事実を記述・分析したり、仮説 ●プロセス—プロダクト研究
(授業研究) の検証を行なったりする研究
●アクション・リサーチ
●多次元的方法による研究
仮説の提示↑
↓仮説の検証
体育科教育の 教授—学習過程の計画のための
●体育科の本質論
実践のための 研究
●目的・目標論
理論的研究
●内容論(教材論)
●カリキュラム論
形成する個人に対しての教師の関わり方に検討が加えら
●方法論
●評価論
れている。
●学習環境論
事実の提示↑
2 .研究の目的
↓事実分析の視点
体育科教育の 教授—学習過程の前提条件に
基礎的研究 関かる基礎的研究
●教師論
●学習者論(発達論)
●体育科教育史
●比較体育科教育学
前述した研究の背景を踏まえ,仲間関係を築くために
●体育科教育の政策・制度論
は,凝集性の研究にあるように“強める”という個々人
体育科教育学のメタ理論的研究
科学的研究
を対象にした働きかけを必要とし,さらに,その働きか
けだけでなく,学級崩壊の研究にあるような“崩さない”
●体育科教育を対象とする体育の諸
●体育科教育学の科学理論・方法論
図 1 .体育教育学の研究領域の層(高橋,1987)
図1 体育科教育学の研究領域の層(高橋,1987)
という集団を対象にした働きかけも同時に必要であると
考えられる。
基礎的研究の層に含まれる専門科学から産出された研究
そこで,本研究では仲間関係を強めるという凝集性の
成果を,教授−学習過程の計画,つまり,実践の計画の
研究と仲間関係を崩さないという学級崩壊の研究の双方
ために必要な事実(知見)として示す必要がある。その際,
の研究成果を文献から検討し,仲間関係を築き上げるた
教育の枠組みを踏まえ,基礎的研究の成果を様々な教育
めの方策を具体的にし,実践に適用するための仮説を提
課題に対応できるように理論化することで,理論的研究
示することを目的とする。
の成果となる実践仮説として提示することとなる。そし
て,示された研究成果である実践仮説にしたがって,実
3 .研究の方法
際に実践が行われ,検証され,次の課題や次に産出すべ
き事実(知見)の要請を行うこととなる。
3 . 1 .対象
凝集性,および学級崩壊に関わった研究の学術論文,
著書等。
これらを踏まえ,本研究では実践への仮説提示として
の理論的研究として,仲間関係をどのように捉え,教師
はどのように子どもたちに関わるべきかを,基礎的研究
として産出された文献や先行研究から検討することとし
3 . 2 .分析の方法
た。
それぞれの学術論文,および著書等を読解,分析し,
仲間関係を築く授業実践の枠組みや教師の関わり方を検
4 . 1 .仲間関係の意義と機能について
討した。具体的には,仲間関係の意義や効果,学校教育
大橋ら(16)によると,仲間関係の意義は,人との関わ
の実践の枠組みを踏まえ,凝集性,および学級崩壊に関
りや集団のルールに従う中で,社会性を身につけ,感情
わった研究成果を理論的に構成し,実践の仮説となるよ
のコントロールが可能になる「社会化の機能」,集団内
うに検討をくわえた。
の他者からの評価などによって,自己評価を行い,その
上で自分の考え方を形成していく「自己概念形成機能」,
そして,仲間とともに苦しみを分かち合うことができる
「心理治療的機能」と述べられている。これらのことは,
140
高 田 俊 也・橋 本 裕 介
研究の目的でも述べた学校教育の人間形成によって達成
同一性,われわれ性,集団らしさ,所属性などのように,
されるべき目標に一致するものであると考えられる。ま
さまざまに表現されている(6)。
た,狩野(8)が「個々人は自分を本当に受容してくれる
この凝集性を生じさせる要因として,狩野(8)によれ
集団の中にいることによって心の安定や自信を持つこ
ば,その集団が行っている活動などの「集団の活動内容」,
とができ,その人らしく振る舞うことができるのであ
そして,雰囲気などの「成員,成員間の人的要因」,最
る」と述べていることからも仲間関係の効果は理解でき
後に,イメージなどの「集団自体の評価」の 3 つを挙げ
る。さらに,Newcome
(14)
が,「人と人との親しい関係
ている。そして,「これら 3 つの要因は,どれか1つだけ
は,その人々を取り巻く目標や課題への共同の取り組み
で単独に存在するものではなく,複合的に作用している」
によってもたらされるし,また,各個人の課題への熱心
と述べている。
な取り組みは,親しい人間関係によってもたらされるも
また阿江(1)によると,凝集性には,
「課題凝集」と「対
のである」と述べ,学校教育で産出すべき学習成果をよ
人凝集」の二つがあると述べらている。「課題凝集」とは,
り効果的に導き出す上でも,仲間関係は重要であるとい
集団において実現させたい課題(目標)を設定し,その
えよう。
目標を達成する中で仲間関係が築かれ,結果的に強まる
一般に,学校教育の基本単位として組織されている学
関係のことであり,「対人凝集」は,自分が必要と感じ
級集団は,他の集団とはいくつかの点で異なる性質を
る仲間の存在,つまり,社会的欲求に基づいて仲間関係
持っていると考えられている。具体的には,何かを行う
が築かれ,強まっていくことである。
ために個々人が集った集団ではなく,個々人の関係は配
この両者の考え方からすれば,狩野のいう「集団の活
慮されているものの,振り分けられた集団であるため,
動内容」は阿江の「課題凝集」に一致するであろうし,
その集団の中には学校外の集団が持ち込まれていたりと
「成員,成員間の人的要因」は,「対人凝集」に対応する
複雑な集団が形成されている。つまり,目的のための集
ものと考えることは妥当であろう。これらは“凝集する”
団ではなく,手段や方法としての集団と捉えられる。し
ために,つまり,集団がより強く結びつくために,個々
かし,東江ら
(2)
によれば,編成初期には教師・生徒間,
人が課題に対してや個々人が他の個人に対してと,常に
生徒同士の相互作用はほとんどなく,学級では学習する
集団内の仲間関係を強めるための個人の行動を指しての
ことがその中心的目標であり,そのために組織された学
ものであるといえよう。
級集団は,強制的な公式集団(フォーマル・グループ)
しかし,先にも述べたようにNewcome(14) の「人と
であるが,学級内での諸活動を通して,対人関係が深ま
人との親しい関係は,その人々を取り巻く目標や課題へ
り,心理的な相互作用が生まれてくることによって非公
の共同の取り組みによってもたらされるし,また,各個
式集団(インフォーマル・グループ)の要素が現われて
人の課題への熱心な取り組みは,親しい人間関係によっ
くるため,「学級集団はフォーマル・インフォーマルの
てもたらされるものである」という仲間関係の捉え方か
二重構造を持つ集団」であると言われている。
らすれば,体育の授業においては,課題や目標を通して,
これらのことから,学級だけでなくいかなる場合の集
技能の獲得や向上とともに,他の子どもたちと一緒に楽
団においても,集団内の個人相互の関係や仲間関係に
しく運動していくための社会性の育成も重要な課題であ
よって様々な変化がもたらされるとすれば,その関係の
ることから,阿江の指摘する「課題凝集」と「対人凝集」
構築は重要である。
の二側面で捉えることが適切であると考えられる
以上のことからすれば,凝集性研究においては,集団
4 . 2 .仲間関係を強める凝集性の研究について
の結び付きを強める,つまり,仲間相互の関係を強める
集団の凝集性を,大橋ら(16) は,「その集団の成員で
ために,個人の魅力や個々人が到達すべき課題の設定な
あるかないかということとは関係なく,一般に,人が
どと,個人を対象に検討を加える立場をとっていると考
特定の集団に魅力を感じて惹きつけられているとき,
えられる。このことは,学校教育現場において,仲間関
その惹きつける力のことを『集団の誘因力(attraction
係を強めるためには教師が子ども個人の行動を変容させ
to the group)』と呼び,この誘因力をその集団の成員
るような個人に対する直接・間接の指導の必要性を示唆
全体について総合したものが『集団の凝集性(group
しているといえる。
cohesiveness)』である」と述べている。言い換えると,
凝集性とは,個人の相互関係から集団の結びつきの強さ,
4 . 3 .仲間関係を崩さない学級崩壊の研究について
仲間関係の強さを捉えたもので,さらにFestinger(4)に
一方,学級崩壊についての研究では,河村(10)が,教
よると,「成員が集団にまとまるように作用する心理的
師が子どもたちに対して行う関わりは,大きく分けると
力の総量」と定義づけられている。また,一般的には,
3 つの側面があることを指摘している。 1 つ目は,文化
連帯,団結,友情,チーム精神,集団の雰囲気,一体性,
の継承としての「学習指導」, 2 つ目は,社会性の育成
体育授業実践のための仲間関係を築く方策の文献による検討
141
としての「生徒指導」,そして 3 つ目は,子供が一人前
た「学習指導」「生徒指導」「自己の確立の援助」を考慮
の人間として自己を確立するための場面の設定や,具体
した,直接・間接の教師の関わり方を授業では常に意識
的な援助をするというための「自己の確立の援助」であ
することが重要であるといえよう。
る。つまり,子どもが自分の思いや考えを発表すること
以上のことから,学級集団という単位で,教師が授業
や学級内で教師や級友から自分を認められたりすること
を計画する際,「学習指導」として,綿密な授業計画が
がこれにあたる。そして教師は,これら子どもに対する
必要となる。その中に,「生徒指導」や「課題凝集」と
3 つの関わり方のバランスが重要であることを述べてお
して個人のねらいやめあてを明確にし,自主的に関われ
り,これらのバランスが,どれに偏ってもいけないとい
る教材等を準備する必要がある。また,グループ内のま
うことを示している。
とまりとして「対人凝集」を考慮し,授業過程でのグルー
しかし現実には,これら 3 つのバランスが崩れ「学級
(10)
がうまく機能しない状況」が生まれており,河村
は,
プ(班)編成やグループ(班)内での役割行動を明確に
し,個々人が持っている力を最大限発揮できるようにす
学級崩壊を起こす教師のタイプとして,管理的な教師タ
ることも必要となる。さらに教師は,
「自己の確立の援助」
イプと,指導ができない放任か友達教師タイプの 2 つの
として,個々の課題解決のために,絶えず個々人に着目
タイプを指摘している。例に,「教師と子どもの交流が
し,適切な関わりを行うことができるようにすべきであ
学習指導と生徒指導に偏り,自己の確立の援助の場面が
ると考えられる。
極端に少ない」「自己の確立の援助に教師の評価が入っ
5 .総括
ている」「学習指導・生徒指導と自己の確立の援助が統
合されていない」「学習指導と生徒指導が権威的に行わ
れている」などを挙げている。つまり管理的指導におい
本研究では,授業場面における仲間関係を築くための
ては,教師の権威性によって子どもが自分の本音や思い
方策について文献をもとに分析し,高橋(18)の研究領域
を押えた人間関係を築いてしまい,放任的指導において
の層の実践研究までの考え方を踏まえ,実際の実践場面
は,学級が集団として成立していないまま子どもたちが
に適用するための仮説を導き出すことを目的とした。
ばらばらで,拡散した状態で人間関係が築かれるので,
人間関係が希薄になってしまうのである。
以上のことからすれば,学級崩壊の研究においては集
仲間関係を築くための教師の関わり方については,仲
間相互の関係を強めるために個人の魅力や個々人が到達
すべき課題の設定など,個人を対象にしていると考えら
団の結びつきを崩さない,つまり,仲間相互の関係を崩
れる「凝集性研究」と仲間関係を崩さないための集団,
さないようにするために教師によって「学習指導」や「生
または集団内の複数の個人を対象にしていると考えられ
徒指導」といった集団に対する関わりや「自己の確立の
る「学級崩壊の研究」との両方の側面を考慮した直接・
援助」という個人に対しての関わりが行われる。しかし,
間接の関わり方が必要であることが明らかにされた。
集団内の複数の個人に同時に行われる教師の関わりにつ
つまり,凝集性の研究成果から導き出された「課題凝
いては明らかでなく,集団に対する教師の働きかけへの
集」「対人凝集」と,学級崩壊の研究成果から導き出さ
検討を示唆していると考えられる。
れた「学習指導」「生徒指導」「自己の確立の援助」を考
慮した直接・間接の教師の関わり方を授業に設定する必
4 . 4 .体育授業実践に適用するための具体的方策について
要があり,具体的には,教師が授業を計画する際,個人
学校教育現場における仲間関係が授業を通して築かれ
のねらいやめあてを明確にし,自主的に関われる教材等
(17)
るものであるならば,高田ら
の指摘する授業の意義
を準備する必要がある。また,授業過程でのグループ(班)
を踏まえ,個人を対象とした研究から導きだされた成果
編成や,グループ(班)内での役割行動を明確にし,個々
と集団を対象とした研究から導きだされた成果,つまり,
人が持っている力を最大限発揮できるようにすることも
教師の関わり方は個人に対しての関わり方と集団に対し
必要であろう。
ての関わり方の 2 つの側面を考慮されなければならな
い。さらに,高橋の示している
(18)
ここでは教師は,絶えず個々人に着目し,相互作用な
研究領域の基礎的研
どの適切な関わりを行う必要があることは示唆されてい
究の層として専門科学の分野で産出された研究成果の分
ると読み取ることはできるが,そこにみられる詳細な教
析から実践仮説提示のための理論的研究の成果として示
師の子どもへの関わり方にまで言及できた訳ではないた
すと,仲間関係を築くためには,凝集性の研究成果から
め,今後はその方法としての関わり方についても理論的
導き出された「課題凝集」「対人凝集」を考慮した,凝
モデルとして提示するための基礎的研究の検討が必要で
集性を高める個人に対しての直接・間接の教師の働きか
ある。
けが必要となる。くわえて,学級崩壊を防ぐ集団に対す
る働きかけとして,学級崩壊の研究成果から導き出され
142
高 田 俊 也・橋 本 裕 介
注
(注 1 ) 「学級がうまく機能しない状況」とは,国立教育研究
所を中心とする学級経営研究会によって,「学級経営を
めぐる問題の現状とその対応ー関係者間の信頼と連携
による魅力ある学校づくりー(国立教育研究所広報第
124号,平成12年1月発行)」の中で,既存の強固なもの
が壊れるという意味合いが強い「学級崩壊」という言
葉は使わずに,「子どもたちが教室内で勝手な行動をし
て教師の指導に従わず,授業が成立しないなど,集団
教育という学校の機能が成立しない学級の状況が一定
期間継続し,学級担任による通常の手法では問題解決
ができない状態に立ち至っている場合」と定義された
状況のことである。
文献
( 1 )阿江美恵子(1987)スポーツ集団の凝集性に関する文献
的研究.体育学研究32(2):pp.117-125.
( 2 )東江平之・前原武子(1989)教育心理学─コンピテンス
を育てる.福村出版:pp.60-64.
( 3 )青砥恭編著(1999)プロ教師たちの「学校崩壊」を斬る.
ふきのとう書房:pp.28-29.
( 4 )Festinger,L.Schacter,S.and Back,K.(1963)Social pressures
in informal groups.A study of human factors in housing,
(Reissued),Stanford Univ Press : Calfornia.
( 5 )今井 寿(1998)子どもの「荒れ」と教師の自立.教育48(8)
.
国土社:pp.45-49.
( 6 )加地亜野(1997)体育授業における集団の凝集性に関す
る研究.奈良教育大学修士論文.
( 7 )賀川昌明(1992)体育授業における個と集団の関係.学
校体育45(3).日本体育社:pp.14-16.
( 8 ) 狩 野 素 朗(1995) 対 人 行 動 と 集 団. ナ カ ニ シ ヤ 出 版:
pp.118-125.
( 9 )狩野素朗・田崎敏昭(1990)学級集団理解の社会心理学.
ナカニシヤ出版:pp.15-18.
(10)河村茂雄(1999)学級崩壊に学ぶ─崩壊のメカニズムを
断つ教師の知識と技術.誠信書房:pp.1-18.
(11)小林 篤(1979)体育の授業研究.大修館書店:pp.9196.
(12)三上周治・上條晴夫(1998)学級崩壊をどう防ぐか・どう
建て直すか. 学事出版:pp.4-8.
(13)文部科学省(2008)小学校学習指導要領解説体育編.東
洋館出版社:pp.22-85.
(14)Newcome,T.M:森東吾・萬成博共訳(1973)社会心理学.
培風館.
(15)尾木直樹(1999)「学級崩壊」をどう見るか.日本放送出
版協会:pp.37-40.
(16)大橋正夫・佐々木薫(1989)社会心理学を学ぶ.有斐閣:
pp.172-197.
(17)高田俊也・森田啓之・荒木勉(2000)保健体育科教育実
践学構築に向けて.新世紀スポーツ文化論.タイムス:
pp.323~343.
(18)高橋健夫(1987)体育科教育学の性格.成田十次郎他編著.
体育科教育学.ミネルヴァ書房:pp.14-34.
(19)吉森 護(1992)人間関係の心理学ハンディブック.北
大路書房:pp.135-140.
平成27年 5 月 7 日受付,平成27年 7 月31日受理