日本のシネマツーリズムの変遷と現状 Historical Changes and the Present State of Cinema Tourism in Japan 安 田 亘 宏 Nobuhiro YASUDA 要旨 近年、マンガやアニメの作品に登場する舞台の地域を訪れる旅が各地で注目されている。このよ うな観光現象は「コンテンツツーリズム」と呼ばれている。このように作品を対象として観光行動 が発生する現象は古くからある。特に、映画作品の舞台となったロケ地を訪れる観光現象は「シネ マツーリズム」と呼ばれ、幾度も観光事業や地域に大きなインパクトを与えるブームを起こしてい る。本稿では、劇場で公開された映画に焦点を当て、シネマツーリズムの日本における変遷を整理 するとともに現状を分析することによりその今後の可能性を考察する。本稿における論理的な目的 は、日本のシネマツーリズムという観光現象の実証的な知見を蓄積することにある。 Abstract In recent years, tourist visits to locations that have appeared in manga or anime have attracted increasing attention. This sightseeing phenomenon is a form of “content tourism” and has been observed for many years. Tours that visit location sites used as movie stages have created a tourism boom, making a significant impact on particular areas and the tourist industry. This paper researches “cinema tourism,” focusing on movies that have been released in theaters. Historical changes in Japanese cinema tourism are also described. Analyzing the present condition of this form of tourism suggests possibilities for the future. The theoretical aim of this paper is to explore cinema tourism in Japan and to accumulate empirical evidence to explain this form of tourism. [キーワード] シネマツーリズム、コンテンツツーリズム、ロケ地、邦画、洋画、フィルムコミッション、 観光まちづくり、インバウンド Keywords : Cinema Tourism, Contents Tourism, Movie Location Site, Japanese Movie, Foreign Movie, Film Commission, Tourism-Based Community Development, Inbound ― ― 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( 年 月) 独自のインターネットによる消費者調査結果に Ⅰ はじめに 基づき分析する。 シネマツーリズムは、途切れなくムーブメン .研究の背景と目的 トを起こす注目すべき観光現象である。一過性 近年、マンガやアニメの作品に登場する舞台、 のブームで終焉を迎えるものも数多くあるが、 作者ゆかりの地域を訪れる旅が各地で顕在化し 持続的に映画ファンを引き付ける観光地となっ 注目されている。マンガやアニメなどの熱心な ている地域も確実に存在している。今後の可能 愛好家が好きな作品に縁のある土地を「聖地」 性も大きなものと予想されるが、一方で映画の として訪れる旅は、とくに「聖地巡礼」)と呼ば あり方自体が変化し、その原作の位置づけ、リ れている。このように作品を対象として観光行 バイバル上映、さらに二次利用となるビデオ、 動が発生する現象は古くからある。小説や映画・ テレビ放映、インターネット視聴、ゲーム化な テレビドラマなどの舞台となった土地、ロケ地 ど、複合的なコンテンツ要素により、以前と異 となった場所を訪ねる旅行スタイルである。こ なる形で進行していき、一部の映画ファンだけ のような観光現象を ではなく一般旅行者にも浸透していく可能性を 年代に「コンテンツツ ーリズム」と総称されることが多くなり、有力 もつ。以上の仮説を検証していく。 ) な「ニューツーリズム」 の一つのカテゴリーと Ⅱ なっている。 コンテンツツーリズムとシネマツーリズム 様々なコンテンツの内、映画・テレビドラマ などの映像作品の舞台となったロケ地、原作地 .コンテンツツーリズムとシネマツーリズム を訪れる観光現象は、 「フィルムツーリズム」 の定義 と呼ばれ、国内外のヒット作品を背景に幾度も 近年、注目を集めているコンテンツツーリズ 観光事業や地域に大きなインパクトを与えるブ ムとは小説・映画・テレビドラマ・マンガ・ア ームを起こしている。 「シネマツーリズム」 「ス ニメ・ゲーム・音楽・絵画などの作品に興味を クリーンツーリズム」 「ロケツーリズム」 「ロケ 抱いて、その作品に登場する舞台、作者ゆかり 地巡り」などと呼ばれることもある。 の地域を訪れる旅のことである。地域に「コン 本稿では、これら映像作品の内、劇場で公開 テンツを通じて醸成された地域固有の雰囲気・ された映画に焦点を当て、いわゆる「シネマツ イメージ」としての「物語性」 「テーマ性」を ーリズム」の日本における変遷を整理するとと 付加し、その物語性を観光資源として活用する もに現状を分析することにより、今後の可能性 こと )である。地域文化の創造、地域のコンテ ンツ産業創出などもテーマとなる。増淵( を考察する。 ) によると、コンテンツツーリズム自体は昔から .研究の方法と仮説 ある形態だが、現代のコンテンツツーリズムは 「シネマツーリズム」の日本における変遷に 単に観光文脈だけでなく自治体などの公的機関 ついては、過去の顕著な映画に係わる観光現象 が積極的に関与し、地域の再生や活性化と結び の分析と旅行会社勤務の中での参与観察、観光 ついている点が重要となるとしている。 研究者として捉えてきた旅行者行動、当該観光 本稿のテーマであるシネマツーリズムはコン 地へのフィールドワーク、そして筆者の映画鑑 テンツツーリズムひとつのカテゴリーである。 賞愛好者としての個人的な感覚などを通し、そ シネマツーリズムと類似した表現で、フィルム の概観を考察していく。今日の現状については、 ツーリズム、スクリーンツーリズム、ロケツー ― ― 日本のシネマツーリズムの変遷と現状 リズム、ロケ地ツーリズム、メディア誘発型観 の出演者の迫力ある演技、大スクリーンに映し 光などがある。それぞれ明確な定義はなく、使 出される日本の四季の美しさ、大自然の雄大さ 用する人の好みで使われているようである。強 と厳しさ、そこに流れる厳かな音楽などが最も いて規定すると、シネマツーリズムは劇場で公 影響しロケ地への旅を誘ったと思われるが、こ 開された映画、すなわちテレビドラマなどを含 のように原作である小説や同じ原作から制作さ めないものを対象にしている印象が強い。スク れたテレビドラマなどと複合した形で、その舞 リーンツーリズムも、同様な印象を受けるが、 台となった地に興味を持つことも少なくはない。 観光庁が地域活性化のために推進している「ス したがって、これらを厳密に区分することは困 クリーンツーリズム促進プロジェクト」)にお 難なケースもあることに留意しなければならな いては、 「映画・ドラマ等の映像作品を活用し い。 た活動」と明記しているので、どちらかと言う とフィルムツーリズムと同義語と捉えている。 ロケツーリズム、ロケ地ツーリズム、メディア 誘発型観光も、映像作品のロケ地を訪れるとい う意味ではフィルムツーリズムと同じ意味と解 釈していいだろう。また、フィルムツーリズム には、近年、映画やテレビドラマだけではなく、 テレビ CM やプロモーションビデオなどの映 像作品も含まれることもある。 本稿では、コンテンツツーリズムを幅広いコ ンテンツ作品を対象としたものと捉え、フィル ムツーリズムを映画やテレビドラマ、テレビ CM、プロモーションビデオなどの映像作品を 図 シネマツーリズムの概念 対象とした観光現象と規定する。そして、シネ マツーリズムの観光対象は劇場で公開された、 .コンテンツツーリズムとシネマツーリズム いわゆる映画のロケ地とする。したがって、図 の先行研究 のような概念図となる。本稿においてはシネ コンテンツツーリズムという名称においての マツーリズムを「劇場で公開された映画作品の まとまった学術的な研究は少ない。学術論文の 舞台となったロケ地を訪ねる旅、その観光現 タイトルにコンテンツツーリズムが登場するの は 象」とシンプルに定義する。 しかし、後述する日本におけるシネマツーリ 年代後半からになる。秋山( )は、 若者の街歩きから「物語消費」型観光を考察し ズムの嚆矢と言うことができる映画『砂の器』) ている。増淵( は、もともとは )は、コンテンツツーリズ 年から連載された『読売新 ムを俯瞰しマンガ・アニメだけではなく映画、 聞』夕刊小説であり、翌年書籍化され、話題作 テレビドラマなどの事例を検証し、 「観光文脈 となった松本清張のベストセラー長編推理小説 だけではなく、地域の再生や活性化と結びつい であった。 ている点が重要」であると指摘している。増淵 年に松竹で映画化され大ヒット した。それと前後し、 年、 年と、なんと 年、 年、 年、 度もテレビドラマ 化され、その都度大きな評判となった。映画で ― ( ・ ・ )は『物語を旅するひとび と』のタイトルでコンテンツツーリズムの諸現 象を考察している。 ― 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( 年 月) その後、マンガ・アニメの舞台を訪れる観光 generated tourism」 「Screen tourism」 「Media 現象を研究対象としたものが数多く登場する。 pilgrim」なども使用されていたが意味はほぼ 北海道大学大学院観光学高等研究センター文化 同様であった。 Busby and Klug( 資源マネジメント研究チームが数々の論文を発 表している。山村( ( ) 、岡本( )は、フィルムツー ) 、石川 リズムとは「地域が映画やテレビ映像に映し出 )などが研究の代表的なもので、それぞ された結果、旅行者がその地域および魅力的と れ地域活性化と結び付け観光領域の課題を提示 感じる場所を訪れる」観光現象と定義している。 している。 「萌え」の観点から地域振興を論じ Beeton( た井手口( ) 、 「聖地巡礼」の推移を体系的 だけでなく、映画に関連するテーマパークや撮 ) 、アニメツーリズム )の 影所、撮影地ではないが物語の舞台として設定 に整理した大石( 分類を試みた岩間ら( ) 、地域での取り組 み方の課題を論じた風呂本( )などの成果 )は、その観光の対象を撮影地 された場所などにその研究対象を拡大した。 Macionis( )は、メディアイメージの個人 が挙げられるが、日本における近年のコンテン の解釈と消費に基づく現象と捉え、旅行者の行 ツツーリズムに関する研究はアニメツーリズム 動を類型化した。 ) にやや偏っているところがある。 また、アカデミックではないが『世界の映画 本稿で考察していくシネマツーリズムについ ロケ地大辞典』 (Tony Reeves, )は、いわ ては、より一般的な呼称であり、近年影響力の ゆる映画ロケ地ガイドであるが世界規模の作品 大きいテレビドラマなどをその対象に加えたフ を網羅している実用的な労作であり、大きな研 ィルムツーリズムの名称における研究が多い。 究成果とも言える。類似する日本の文献として もっとも、テレビやビデオ、インターネットが 澤登( 一般の娯楽メディアとして定着していなかった がある。 頃においてフィルムツーリズムはいわゆる映画 が研究対象とされていた。 日本においては、 発化する。中谷( 海 外 に お い て そ の 研 究 の 歴 史 は 長 い。 Boorstin( ) 、川本( ) 、鷹取( )など 年代後半から研究が活 )はフィルムツーリズム を「映画やテレビドラマなどの映像メディアの )は、映画を鑑賞した人がその 撮影地となったところを訪れ、映像の世界を追 作品の舞台を訪問する観光現象を「観光客はテ 体験する観光」と定義し、観光地イメージの構 クニカラー映画が本物かどうか確かめるために 築を論じている。内田( 旅行するのである。かの永遠の都(ローマ)で インスパイアード・ツーリズム」と表現し、映 さえ興行的に大当たりをした『ローマの休日』 画による観光創出の可能性を述べている。木村 の撮影場所となって有名になっている」 「シナ ( イ山は『十戒』が撮影された場所として有名に 影地だけに限定し、それらによる観光現象を「ロ なった」などのように表現し、シネマツーリズ ケーションツーリズム」と呼び、撮影地の観光 ムの存在を示唆している。 促進、地域活性の可能性を追究している。また、 年代以降、欧米諸国での研究が進められ )は「フィルム・ )は、訪問先を映画やテレビドラマの撮 武智( )は四国の自治体に対して行ったア ている。 「Film-induced tourism」 「Movie in- ンケート調査の結果として、ロケ地観光の問題 duced tourism」 「Film-motivated tourism」と 点を指摘し、鈴木( いう名称が用いられている。いずれも「映画に 題となった広島県福山市の鞆の浦の例を挙げ、 動機づけられた観光」という意味である。他に 負の効果についての研究の必要性を論じた。 「Film tourism」 「Cinema tourism」 「Movie― )は旅行者の急増が問 映画とツーリズムに関する研究は、映画をメ ― 日本のシネマツーリズムの変遷と現状 ディアと捉えその効果をメディア研究の中で論 く、同監督はこの映画の前に『あるアメリカ消 じるものと、フィルムツーリズムとして、旅行 防夫の生活』 ( 者の観光行動と地域活性化の手段として経済効 て、短時間だがロケーション撮影を行っている。 果を分析するものがある。特に後者は、 年 したがって、ロケーション撮影の最初は定かで 以降、各地で続々と誕生するフィルムコミッシ はない。いずれにしても、この頃ロケーション ョンの役割とその効果を検証する研究に繋がっ 撮影が始まり、ロケーション撮影を導入するこ ている。また、観光まちづくり研究の中でもそ とで、撮影所の平面的なセットでの撮影と比べ、 の手法として多く取り上げられている。 映画の臨場感や奥行感が格段とアップしたこと しかし、劇場公開映画に特化しての研究は少 )という映画を製作してい は間違いない。 日本における映画の歴史は早くも なく、歴史的変遷や現状を分析したものはほと まる。この年、エジソンのキネトスコープが輸 んどない。以下、それらについて論じる。 入され、神戸の神港 Ⅲ 年に始 シネマツーリズムの変遷 楽部で初公開された。翌 年、リュミエールのシネマトグラフが大阪 の南地演舞場で、エジソンのバイタスコープが .映画とロケーション撮影の始まり 大阪の新町演舞場で公開され、全国で話題にな シネマツーリズムの始まりは、当然ながら映 っている。日本映画の制作は 年に始められ 画の誕生以降となる。また、撮影所内での撮影 た。 でなく実際の場所での、いわゆるロケーション 動」)が起り、字幕使用、女優起用、演技・演出 撮影が始まってからになる。 の写実化など外国なみの映画が作られるように 映画の誕生は、 年、フランスでリュミエ 年から 年にかけて「純映画 劇 運 なった。 ール兄弟が、 「シネマトグラフ」を開発し、観 日本初のロケーション撮影をした映画は、 客の前で巨大なスクリーンに動く映像を映しだ 年、吉沢商店製作の『己が罪』であった。 した時であるとされている。人が歩く映像や、 ロケ地は、主演者の別荘のあった神奈川県の片 列車が近づいてくる映像に観客は興奮したと言 瀬海岸、江ノ島であった。当時、ロケーション われている。 撮影は「出写し」と呼ばれ、吉沢商店は東京の 年代に入るとストーリーを持つ長編の映 目黒駅前に日本初の映画撮影所である「吉沢商 画も制作され始め、アメリカをはじめとして本 店目黒行人坂撮影所」を持っていたが、実景が 格的な映画館が登場し、映画は 世紀最大の娯 観客に珍しがられたため、無理をして海や山へ 楽として人々の生活の中に定着していくことに 撮影に行ったと言われている。 ) なる。 ロケーション撮影の歴史はほぼ映画の歴史と 年にアメリカでエドウィン・ポータ ー監督による初の本格的な物語性のある作品 重なるほど長い。ロケーション撮影とは、映画、 『大列車強盗』が制作・公開される。上映時間 テレビドラマなどの製作に際し、撮影所や屋内 分のこの映画はカットバック、パン撮影など のスタジオで撮影するのではなく、実在の風景 といった新しい映画技術が使われたことでも知 や場所、建物などを利用し、機材などを撮影現 られているが、もうすでにロケーション撮影が 場に持ち出して行う撮影のことをいう。単に、 行われている。また、元祖西部劇とも言われて ロケーションあるいはロケということも一般化 いるが、撮影場所は東海岸のニュージャージー している。また、ロケ地とはロケーション撮影 州であった。) を実際に行う場所のことである。 この映画が、ロケーション撮影の最初ではな ― ― 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( .日本の映画市場 年 月) 邦画と洋画 .シネマツーリズムの誕生 日本で観賞する映画は、日本国内で制作され ⑴洋画 た邦画と主に欧米などで制作された外国映画で ) ‐ 年代 『ローマの休日』から 映画製作において、ロケーション撮影はかな ある洋画 に大別される。シネマツーリズムの り以前より行われていた。したがって、無声映 視点から見ると、邦画は日本国内のロケ地など 画からトーキー )になり、スクリーンが拡大し、 への旅行を誘発し、洋画は海外のロケ地に日本 カラー映画 )となり、撮影機械も映写機も、撮 人を誘う海外旅行を生み出す。しかし、近年、 影技術も映写技術も向上していく中で、映画に 邦画のロケ地が海外であったり、洋画の舞台が 登場する実景は多くの観客を魅了し、そのロケ 日本国内であることもあり、新たな観光現象を 地に実際に立ってみたいと思うことが、かなり 生み出している。 初期の段階からあったと思われる。しかし、シ 日本の映画市場は、日本映画製作者連盟が発 表している 年以降の統計を見ると、邦画シ ェア(配給収入の全体比) は ∼ 年まで % 以上を占めていた。ピークは 年で邦画シェ ネマツーリズムが顕在化するには、一方で映画 の舞台に憧れる一般大衆が気軽に旅に出かけら れるような時期の到来を待たなくてはならなか った。 それが顕在化したのは、 アが %に達し、この頃が「日本映画全盛期」 と呼ばれていた。しかし 年以降になって邦 画は低迷し、バブル崩壊後の 年には過去最 低の .%まで落ち込んでいる。 年頃から、 制作・公開され、翌 年にアメリカで 年日本でも公開された、 世界的大ヒットとなった名作『ローマの休日』 の登場からである。それは、世界中で巻き起こ 日本の映画市場は、長い間「洋高邦低」と言わ ったトレンドとなり、長く続く観光現象となっ れてきた。 た。 ところが オードリー・ヘップバーン扮するある国の王 年頃から邦画が伸長する。この 億円とい 女アンとグレゴリー・ペック扮するアメリカ人 う興行収入を記録し、 年振りに洋画の興行収 新聞記者ジョー・ブラッドレーとの、永遠の都・ 入を上回った。以来日本の映画市場は「邦高洋 ローマで繰り広げられる短く切ない恋の物語で 低」傾向が定着している。さらに ある。トレビの泉、スペイン広場、パンテオン、 年は邦画が約 , 億円、洋画が約 年、邦画 が興行収入で全体の .%を占めて洋画を圧倒 コロッセオ、真実の口、サンタンジェロ城、ヴ した。邦画シェアが %台を回復したのは、実 ェネツィア広場など、ローマを代表する観光ス に 年以来 年振りのことであった。邦画の ポットが見事に登場している。その名所を舞台 勢いは、邦画のレベルの向上、テレビ局主導の に、オードリー・ヘップバーン扮するアン王女 ) 映画製作、ジブリ作品 の安定的なヒットなど が、庶民の服を着てとても短い自由と休日を活 が考えられるが、洋画自体の不振も挙げられる。 き活きと満喫する姿は多くの映画観賞者を惹き また、洋画の字幕が敬遠されているという説も 付けた。 ある。若者たちの「活字離れ」が映画観賞にも 影響しているとも言われている。 戦後 年が経ち、欧米の先進諸国においては、 マスツーリズムが花開き始める。マスツーリズ 邦画、洋画の志向は、極めて個人的な趣味趣 ムとは、第二次世界大戦後に、平和と社会安定、 向となるが、日本における邦画、洋画の興亡の 経済発展を背景に、米国、西欧などの先進諸国 時代背景に影響され、 ・ 代は洋画ファンが において発生した、観光が一般大衆の間に広く 多いと言うように、世代で大きく括られる傾向 行われるようになる現象である。ジェット旅客 にある。 機の就航により海外旅行も一般化し、彼らは大 ― ― 日本のシネマツーリズムの変遷と現状 観光地ローマを目指した。もちろん、ローマは と要望した。 イタリアの首都であり、政治、経済、文化の中 『慕情』は、イギリス人を父とする混血娘で、 心地であり、数多くの貴重な歴史遺産があり、 戦死した軍人の夫を想いながら医療へ献身する、 ローマ教皇の居住する地で全世界のカトリック ジェニファー・ジョーンズ扮する女医のハン・ 教徒にとっての中心地でもある。それらも大き スーインとウィリアム・ホールデン扮するアメ な要素には違いないが、 『ローマの休日』の舞 リカの新聞記者マーク・エリオットとの香港を 台を自分の足で巡ってみたい、オードリー・ヘ 舞台とした悲恋物語である。 サミー・フェイン作 ップバーンと同じような体験をしてみたい、と 曲による主題歌「Love Is a Many-Splendored 多くの人が考えて訪れたのも間違いはない。 Thing」は映画音楽史上の名作と言われている。 日本においても、 年に海外観光旅行が自 この日本人の海外旅行の黎明期に、もうひと 由化され、旅行会社による海外パッケージツア つ憧れの都市へと誘った映画がある。既にハリ ーが続々と誕生する中で、夢のヨーロッパ旅行 ウッドを彩った大女優となっていたオードリ に出かける人が増えてきた。もちろん、そのデ ー・ヘプバーンの代表作『ティファニーで朝食 スティネーションにローマは欠かすことがなか を』 ( った。当時、旅行業界内では「ロンパリローマ」 ッチな男性との結婚を夢見るヒロインが自由奔 と言う言葉があり、ロンドン、パリ、ローマが 放に生きる姿を描く。ニューヨーク五番街にあ ヨーロッパ旅行の定番、ゴールデンコースであ るティファニーは宝石店であり実際には食堂は った。誰もが、 『ローマの休日』のローマ観光 ないが、冒頭でオードリー・ヘプバーンがティ は絶対に外せないと考えていた。実際、その当 ファニーのショーウィンドウを前に朝食を食べ 時も今現在も、ローマに訪れると、日本人旅行 るシーンが印象的であった。多くの日本人が、 者だけではなく世界中の旅行者が、真実の口に この映画で五番街を知り、ティファニーという カップルで手を差し入れ、必ず声をあげ、記念 ブランドに憧れ、ニューヨークへ旅立った。 写真を撮ってもらっている。また、ほとんどの )である。大都会ニューヨークでリ パリを舞台に繰り広げられるミュージカル映 旅行者はスペイン広場に行き大階段を上り下り 画『パリの恋人』 ( し、映画の一シーンのようにジェラートを食べ なっていく主人公はオードリー・ヘプバーンで ) る 。 )も、トップモデルと ある。日本人にパリ・イコール・ファッション ロケ地であるイタリア側も、特に観光産業へ のイメージを確実に植え付けた作品である。オ の好影響を期待して極めて協力的であった。実 ードリー・ヘプバーンがシネマツーリズムに果 際、そういう視点で見ると、見事な観光プロモ たした役割は大きい。 ーション映画であるとも言える。この時期に、 シネマツーリズムの視点から極めて興味深い イタリア、ローマは今日でいうフィルムコミッ 作品が公開されている。アメリカ映画『八十日 ション )の感覚を持っていたということになる。 間世界一周』 ( 同じ時期、アジアにおいても同じような現象 )である。ジュール・ヴェル ヌの同名小説を原作とする作品。デヴィッド・ が起きていた。アジア観光の定番コースは「シ ニーヴン扮する主人公が全財産の半分を賭金に、 ンバンホン」と言われていた。シンガポール、 気球、鉄道、蒸気船などを利用して 日間での バンコク、香港である。その中で、香港はショ 世界一周を目指す物語である。ロケ地はロンド ッピングが最大の目的であったが、ほとんどの ン、パリ、スペイン、インド、香港、日本、ア 旅行者は、 『慕情』 ( )に登場するヴィクト メリカと全世界であった。テーマ曲「Around リアピークから見る 万ドルの夜景を見たい the World」は、映画音楽としての評価も高く、 ― ― 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( 年 月) 日本人にとっては『兼高かおる 世界の旅』 )の スティーヴン・スピルバーグの『未知との遭遇』 テーマ曲として体に染み込んでいる。この映画 ( を見て、ただちにこの国に行きたいということ 奇妙な形の岩山である。 は起こらなかったと思うが、少なくとも当時、 人口 夢のまた夢であった「世界一周旅行」と言う言 が突然多くの旅行者を呼ぶ観光地となった。ダ 葉が日本人に定着した。 イヤースヴィルは『フィールド・オブ・ドリー 年代後半から 年代前半は、海外旅行 )で異星人と人間が接触する場所となる 年、アイオワ州の 千人足らずの小さな町ダイヤースヴィル ムス』 ( )でケヴィン・コスナーが超自然 が日本人の夢であった。そして、海外情報は映 現象の起こる野球場をつくった町である。それ 画であった。大画面に登場する景色や都市の風 ぞれ、映画の世界的なヒット後に世界中から多 景、そしてそこにいる憧れの大スターがさらに くの旅行者がやってきており、それは今でも続 イメージを膨らませ、高額な海外旅行に行くき いている。 っかけを自ら作った時代であった。 日本人も様々な洋画に刺激され、憧れの地を つくり、そして、少し思い切りパッケージツア ⑵邦画 『二十四の瞳』から ーを利用しその地を訪れ始めた。 日本においての邦画によるシネマツーリズム 『サウンド・オブ・ミュージック』 ( ) の萌芽ともいえる作品は、木下惠介監督・脚本、 は、ロバート・ワイズ監督、ジュリー・アンド 高峰秀子主演による、 『二十四の瞳』 ( )で リュース主演の不朽の名作ミュージカル、世界 ある。日本が第二次世界大戦に突入する時代を 的に大ヒットした。素晴らしい音楽と美しいシ 背景に、小さな島で生きる女性教師と生徒たち ーンの数々で世界を魅了した不朽の名作のロケ の苦難と悲劇を通して、戦争の悲壮さを描いた 地はオーストリアのザルツブルクとその近郊で 作品である。壺井栄の原作には具体的な地名は ある。大スクリーンに映し出されるアルプスの 出てこないが、映画では物語の舞台を「小豆島」 大自然に多くの人々が圧倒され、 と設定し、ロケも同地で行われた。公開後、小 本人の海外旅行のデスティネーションとして定 豆島は「二十四の瞳の島」となる。小豆島の玄 着する。 関口、土庄港には女性教師と 名の生徒から成 『ブリット』 ( 年代の日 )は、主演のスティーブ・ る「平和の群像」が旅行者を出迎える。また、 マックイーンが運転するフォード・マスタング リメイク版『二十四の瞳』 ( )の撮影時のオ によるサンフランシスコの急斜面を利用したカ ープンセットを活用した「二十四の瞳映画村」 ー・チェース・アクションであった。坂の街サ があり今なお訪れる旅行者は多い。 ンフランシスコの風景が多くの日本人に強いイ ンパクトを与えた。 『燃えよドラゴン』 ( .シネマツーリズムの定着 ⑴洋画 ‐ 年代 『サウンド・オブ・ミュージック』 『燃 ) は、ブルース・リー主演の香港を舞台にしたカ ンフー映画。香港の不思議な街や海の風景が描 えよドラゴン』 『ラストエンペラー』 き出されていた。海外旅行とはいえ日本から行 邦画低迷期の時代である。ハリウッド映画全 きやすく、 『慕情』と同じ効果をつくった。現 盛期で、洋画の名作、ヒット作が続出している。 在、香港の新名所になっている「アベニュー・ そんな中で、アメリカで大きな観光現象が起き オブ・スターズ」には、ブルース・リーの実物 ている。 大の銅像があり、旅行者の撮影スポットになっ 年以来、アメリカ最古の国立公園 ワイオミング州のデヴィルズ・タワーを訪れる ている。 『オリエント急行殺人事件』 ( 旅行者が倍増した。デヴィルズ・タワーとは、 ― ― ) 、 『ナイ 日本のシネマツーリズムの変遷と現状 ル殺人事件』 ( )ともにアガサ・クリステ 関係している。 ィ原作のミステリー映画。両映画ではロケ地と 言うよりも、豪華列車オリエント急行と贅沢な ⑵邦画 『砂の器』 『男はつらいよ』 『尾道三部作』 ナイル川クルーズ船という動くデスティネーシ ョンの存在を日本人に知らしめ憧れを抱かせた。 『ビバリーヒルズ・コップ』 ( )は、エ 年代から 年代の、邦画低迷期と言わ れる時代に、シネマツーリズムを象徴する作品 は多くは見当たらない。 ディ・マーフィー主演の痛快アクション映画。 日本映画の最高傑作とも言われることのある、 地名がタイトルに付いた映画である。ロサンゼ 松本清張原作の松竹作品『砂の器』 ( ルスにある高級住宅街であるビバリーヒルズや そのロケ地となった舞台が注目された。奥出雲 ロデオ・ドライヴ、豪華ホテルを知らしめた。 地方の亀嵩や鳥取砂丘などで、ロケ地巡りをす 『スタンド・バイ・ミー』 ( )は、スティ る旅行者は後を絶たなかった。その後、幾度も ーヴン・キング原作の少年たちが好奇心から、 テレビドラマ化され、そのたびに話題になり、 線路伝いに死体探しの旅に出るというひと夏の 今でもロケ地マップや専門サイトもあり、旅行 物語、主題歌も大ヒットした。ロケ地はオレゴ 者に支持される息の長いロケ地になっている。 ン州で、今なおロケ地巡りは盛んであり、日本 人旅行者も訪れている。 『ラストエンペラー』 ( 『幸福の黄色いハンカチ』 ( )は、 )は、山田 洋次監督、高倉健主演による、北海道を舞台に )は、清朝最後 したロードムービー )の代表作である。第 回 の皇帝で後に満州国皇帝となる愛新覚羅溥儀の 日本アカデミー賞など国内における同年の映画 生涯を描いた歴史映画。故宮で世界初のロケー 賞を総なめにした作品である。今でも、広大な ション撮影が行われ、故宮太和殿での即位式の 北海道を縦断する「ロケ地訪問ドライブ」が定 荘厳、華麗なシーンは多くの人の記憶に残した。 着している。 年、 『男はつらいよ』シリーズが始まる。 この時期、中国への旅行者が急増している。 『ニ ュー・シネマ・パラダイス』 ( )は、イタ 『男はつらいよ』は、山田洋次原作・監督(一 リアのシチリア島を舞台に、少年と老映写技師 部作品除く) 、渥美清主演で、 年から が映画を通して心を通わせていく感動的な物語 年までの 年間に全 作品が制作、公開された である。イタリアの田舎町の風景はだれでもが まさに国民的映画シリーズである。渥美清扮す 憧れるはずだ。現在ではロケ地となったパラッ るテキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こ ツォ・アドリアーノは「有名なイタリアの田舎 と車寅次郎が、故郷の葛飾柴又に戻ってきては 町」になり多くの旅行者が訪れている。 大騒動を起こす人情喜劇。毎回旅先で「マドン ひとつの街でのロケーションで構成された大 ナ」に出会い成就しない寅さんの恋愛模様を日 ヒット作品が、その地に好イメージを醸成させ 本各地の美しい風景と地元の人との触れ合いを 旅行者を誘引している。それは、世界中の都市 背景に描いた作品である。 に拡がっていることが分かる。そこにはふたつ ロケはほぼ全国で行われているが、高知県と のパターンがある。ひとつは、知名度の高い都 富山県、埼玉県では撮影が行われていない。た 市が大きく注目を集めるパターンとまったく観 だし、渥美清の死去で幻の作品となってしまっ 光に縁のなかった田舎町や土地が一躍脚光を浴 た第 作は高知県がロケ地として決まっていた びて観光地化されるパターンである。 と言う。ちなみに、アメリカ、オランダ、オー この時期の日本人旅行者の洋画によるシネマ ストリアで海外ロケもあった。もちろんロケ地 ツーリズムは、日本人の海外旅行ブームと深く となった多くの各都道府県の地域は、そのチャ ― ― 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( 年 月) ンスを観光旅行者の誘致に活用した。実際、今 でも映画のシーンを思い出しながら、寅さんが .シネマツーリズムの拡大 ⑴洋画 ‐ 年代 『プリティ・ウーマン』 『ハリー・ポッ 歩いた日本の懐かしい風景を巡っているファン ターシリーズ』 『ロード・オブ・ザ・リング』 は少なくない。しかし、ほぼ全国にまたがるロ 『プリティ・ウーマン』 ( )は、ロサン ケ地は希少性がなく魅力に欠けるとも言える。 ゼルスを舞台に、リチャード・ギアとジュリア・ むしろ、寅さんの故郷である東京の葛飾柴又の ロバーツが、実業家と娼婦を演ずるロマンティ 帝釈天はこの映画の公開を機に今も続く大観光 ック・コメディである。日本でも大ヒットし、 地となった。 若い女性を中心にロサンゼルスが人気デスティ シネマツーリズムの視点から見ると、 『男は ネーションとなった。同じく、ジュリア・ロバ つらいよ』と同じコンセプトで制作されたのが ーツ主演の『ノッティングヒルの恋人』 ( 『釣りバカ日誌』シリーズである。 『釣りバカ は、ロンドン西部の普通の街ノッティングヒル 日誌』は、作・やまさき十三、画・北見けんい を舞台に、書店主とハリウッド女優の恋愛物語。 ちの釣り漫画の映画化で、 決して世界的な知名度があるわけでもない普通 年から 年ま ) でに 作品が公開された。北海道から沖縄まで、 の街が脚光を浴びた。ロンドンに赴き地下鉄に 釣りの現場を中心にロケをしている。映画が完 乗り、アンティークや古着、雑貨などのお店が 結された後でも、 「ロケ地釣り場巡り」をして 並ぶ一方、高級住宅街の佇まいもあるこの街を いるファンもいるが、新しい観光スポットを作 多くの女性旅行者が訪れた。 るには至っていない。 『悲情城市』 ( この時期の、日本においてシネマツーリズム )は、日本敗戦から中華 民国が台北に遷都するまでの台湾社会を背景に の記念碑的作品が制作される。 『尾道三部作』 描かれるある家族の物語。舞台となった九份は、 である。 『尾道三部作』とは 台湾でも屈指の観光名所となった。また、日本 年代に大林宣 ) 彦監督が故郷の尾道を舞台として発表した『転 ではこの九份が『千と千尋の神隠し』 ( 校生』 ( ) 、 『さ のモデルになった街として紹介されたため一気 )の三作品を指す。いずれ に知名度が高まり台湾の定番の観光ルートに入 ) 、 『時をかける少女』 ( びしんぼう』 ( も、尾道のまちを舞台に、中高生を主人公にし った。 年代になると、世界中の映画ファンをシ たファンタジーであり、ノスタルジックな青春 ドラマであった。すでに「坂の街」 「文学の街」 ネマツーリズムへと巻き込む、大ヒットシリー として全国的に有名な観光地であったが、映画 ズがふたつ登場する。 『ハリー・ポッターシリ では観光スポットに焦点を当てず、昔ながらの ーズ』 ( 生活の場である尾道の風景を映し出した。これ ( )と『ロード・オブ・ザ・リング』 )である。 『ハリー・ポッターシリーズ』は、 らの作品が、多くのファンの熱狂的な支持を集 年代 め、ロケ地巡りの旅行者を増加させ、 「映画の のイギリスを舞台に、魔法使いの少年ハリー・ 街」として定着し今日まで続いている。また、 ポッターの魔法魔術学校での生活や闇の魔法使 この作品は、地元との協力関係の中で作られた いヴォルデモートとの宿命的な戦いを描いた物 こともその成功の要因であった。この手法は全 語。第 作目の『ハリー・ポッターと賢者の石』 国の注目を集め、その後全国各地のフィルムコ 以降、 作品が同じ主演メンバーで制作公開さ ミッションの誕生へとつながっていったと言わ れている。ロケ地は、ロンドンを中心にイギリ れている。 ス全土に広がっている。ロケ地巡りツアーやガ イドブックも数多くある。とくに有名なのは、 ― ― 日本のシネマツーリズムの変遷と現状 ロンドンのキングスクロス駅、ホグワーツ特急 が出発する「 実際には / 番プラットフォーム」は、 番プラットフォームと は日本人だけでなく韓国人旅行者が大勢押し掛 けた。 番プラット このように、映画のロケ地がいつの間にか多 フォームの間にあるアーチ型の壁で、以前はプ くの旅行者を集め、しかも海外からも呼び寄せ レートがかかっていて世界中からの旅行者が立 ることができることに、全国の地域の人々が気 ち寄っていた。イングランドのダラム大聖堂、 付き始めた。人口減少、少子高齢化、長引く不 ボドリアン図書館、アニック城、ロンドン動物 況などを背景として地域が元気を失っている頃 園、スコットランドのグレンフィナン高架橋、 であった。 グレンコーなど国中にロケ地があり、日本人を ルムコミッションが次々と設立される。 含め世界中から魔法の国を肌で感じようと訪れ ている。 年代になると、全国各地にフィ 決してメジャーではない地域名をタイトルと した『木更津キャッツアイ日本シリーズ』 ( ) 『ロード・オブ・ザ・リング』は、トールキ が公開されヒットした。これは人気テレビドラ ン作の長編小説『指輪物語』を原作とするニュ マ『木更津キャッツアイ』の映画化作品。テレ ージーランド・アメリカ合作の 部作となる映 ビドラマと映画の相乗効果で、千葉県木更津市 画。世界を滅ぼす魔力を秘めた つの指輪をめ は一躍全国区の知名度となり、にわかに旅行者 ぐり、勇者 人と悪の勢力との壮絶な戦いを繰 が増える。今でも、 「木更津キャッツアイマッ り広げる冒険物語。ロケ地は、ジャクソン監督 プ」を片手に街を巡る旅行者の姿は後を絶たな の故郷ニュージーランドで、トールキンの「中 い。 つ国」にみたてて撮影されている。ロケ地はニ ュージーランド国内全域で ヵ所以上に上り、 もうひとつ、地域名をタイトルとした映画『下 妻物語』 ( )がヒットした。舞台は、茨城 名場面の撮影された場所はロケ地巡りツアーで 県下妻市である。ロリータとヤンキーという二 訪れることができる。ニュージーランドの変化 人の女子高生の友情を描いている。観光地でも に富んだ美しい風景と映画の壮大な世界観を味 なく、ほとんどの人が知らなかった下妻の知名 わうことができ、世界中のファンから注目され 度が急上昇した。地元の駅にはロリータファッ ている。 ションの女性が大勢訪れるようになった。 ⑵邦画 同名ベストセラー小説にオリジナル・ストーリ 『世界の中心で、愛をさけぶ』 ( 『Love Letter』 『下妻物語』 『世界の中 心で、愛をさけぶ』 『Love Letter』 ( )は、 ーを付け加えて映画化した感動のラブストーリ )は、中山美穂、豊川 ー。主なロケ地は、香川県と愛媛県で、地元の 悦司主演の天国の恋人に向けて送った一通のラ フィルムコミッションが撮影支援をした。とく ブレターがきっかけではじまる、雪の小樽と神 に、ロケ地である高松市庵治町の皇子神社の柵 戸を舞台にしたラブストーリーである。 年 の金網には恋人たちや若い女性が恋愛成就を祈 には韓国でも公開され、韓国での観客動員数百 願した南京錠がつけられている。ここは、ブラ 万人という大ヒットを記録した。この映画は、 ンコに乗って主人公二人が恋愛について話すシ 韓国の金大中大統領が進めてきた日本の大衆文 ーンが撮影された場所である。今日でも、縁結 化受け入れの象徴的な役割を果たしたと言われ びの神様、恋人たちの聖地となっている。 ている。劇中、主人公が婚約者を奪った山に向 『海猿 ウミザル』 ( )は、海上保安庁の かって叫ぶ、 「お元気ですか?」という日本語 海猿と呼ばれる若き潜水士候補生の友情、恋、 が韓国で流行語となった。舞台となった小樽に 成長を描いた作品。ロケ地は各地にあるが、広 ― ― 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( 年 島県の呉市内の海上保安大学校や両城の 階 段、県民の浜などにファンが訪れている。 『フ ラガール』 ( 月) ターにも描かれた阿寒湖に中国からのツアー客 が殺到した。 )は、まちおこし事業として 逆に、邦画で海外のロケ地が注目を集めた映 立ち上げた常磐ハワイアンセンター(現:スパ 画がある。 『アマルフィ リゾートハワイアンズ)の誕生から成功までの は、イタリアで起きた日本人少女失踪事件の謎 感動物語。ロケ地はスパリゾートハワイアンズ に迫る、織田裕二主演のサスペンス・ミステリ とその周辺である。映画ヒット後、ハワイアン ー。全編イタリアロケを敢行して撮られ、邦画 ズを訪れる宿泊客が増加した。 としてはスケールの大きな映像作品となった。 『UDON』 ( )は、香川県の讃岐うどん 女神の報酬』 ( ) アマルフィとは、イタリア南部の都市の名前。 をテーマにした物語。すでに、讃岐うどんブー 急峻なアマルフィ海岸に面して築かれた都市で、 ムは全国レベルのものになっていて、讃岐うど アマルフィ海岸はユネスコの世界遺産に登録さ ん店巡りもメジャーな観光行動となっていたが、 れている。日本はちょうど世界遺産ブームで、 この映画はそれに拍車をかけた。主人公の実家 聞きなれぬアマルフィへのツアー客が急増した。 の製麺所のセット跡地には今もファンが訪れる。 邦画が海外の新しい観光地を紹介した事例とな 映画に登場するうどん店を巡る「映画 UDON った。 ロケ店巡り」も今日に続いている。 『めがね』 ( この時期は、フィルムコミッションの活動が )は、とある島の浜辺の宿 注目され、ヒット作を生み出し多くの旅行者誘 を舞台に、都会から来た女性と島の人々と触れ 致に成功した事例をつくつた。また、地名をタ 合いを描いた作品。 「たそがれる」ことがテー イトルにした映画も注目される。 「事前に企画 マ。劇中では特定していないが、全編鹿児島県 されたフィルムツーリズム」が顕在化した時期 の与論島でのロケ。島の心地よい風景、島なら である。邦画がインバウンド、海外旅行を誘引 ではの美味しそうな料理の並ぶ食卓、島の生活 する可能性を示した。また、海外制作の日本ロ の素晴らしさを表現し尽くしている。今でも女 ケ映画がインバウンド促進をするという現象も 性の一人旅が多く、 「たそがれ」を求める女性 起こった。 の聖地となっている。 『おくりびと』 ( Ⅳ )は、アカデミー賞外 シネマツーリズムの現状 国語映画賞を受賞した名作。ひょんなことから .シネマツーリズムの経験 遺体を棺に納める「納棺師」となった男の仕事 を通して成長していく姿を描いた作品。山形県 年代頃より、海外への憧れとともに映画 庄内地方の移り変わる四季の自然が表情豊かで の舞台となった海外観光地に訪れる旅は始まっ 美しく、旅心をくすぐる映画に仕上がっている。 ていた。同様に日本映画に登場するロケ地へも ロケ地となった酒田市をはじめとする庄内地方 足を向けていた。今日、人々は本当に映画の舞 に多くの旅行者が訪れるようになった。 台へ旅をしているのだろうか。また、本当に映 中国国内で空前の大ヒットを記録した『非誠 勿擾(邦題:狙った恋の落とし方。 ) 』 ( ) 画の舞台へ旅をしたいと思っているのだろうか。 これについて定量調査 )を行い検証した。 図 は、投資で大当たりし一晩で億万長者となった は、 「あなたはこれまでに映画(邦画・ 主人公が結婚相手を求め旅に出るコメディ。映 洋画問わず劇場公開されたもの、テレビドラマ 画後半の主舞台が日本の北海道で、中国に一大 は含まない)の舞台やゆかりの地を訪ねる旅を 北海道観光ブームを巻き起こした。とくにポス したことがありますか?」に対する回答である。 ― ― 日本のシネマツーリズムの変遷と現状 全体では .%が経験したことがあると答えて 表 は、映画の舞台に旅をした経験者に対し いる。この数字が多いとするか少ないとするか 「最も印象に残っている、訪ねた場所(国名・ は微妙なところではあるが、一定数の人が経験 都市名・地域名)と映画のタイトル」を訊ねた していることは分かる。 結果である。回答は大きく分散し、 人の回答 性別では男性 .%、女性 .%とやや男性 者で 件の訪れた場所、映画があった。複数人 が多い。性年代別では、 男性 代が突出して . が回答したものは表の %が経験しており、女性 代 .%、女性 代 その中で群を抜いて .%、男性 代 .%と続く。過去の経験を 訊ねているので、高年齢になるほど経験率が高 図 表 位となったのは、 『ロ ーマの休日』であった。 名の内訳は、男女 人ずつ、 代 くなる傾向はあるが、それだけでなく 代以上 は映画に強く影響された世代とも考えられる。 件だけであった。 人と、 人、 代 人、 代 年代の作品にもかかわらず広い年 代層が経験している。 映画の舞台やゆかりの地を訪ねる旅の経験(%) 最も印象に残っている訪ねた場所と映画のタイトル映画 順位 地 人、 代 域 映画タイトル (人) 公開年 制作国・会社 ローマ(イタリア) ローマの休日 アメリカ ひめゆりの塔(沖縄県) ひめゆりの塔 東映 小豆島(香川県) 二十四の瞳 尾道(広島県) 大林宣彦・尾道三部作 松竹 ‐ ザルツブルク (オーストリア) サウンド・オブ・ミュージック 松竹他 アメリカ ロンドン他(イギリス) ハリーポッターシリーズ 香港 慕情 アメリカ 呉(広島県) 海猿 フジテレビジョン他 大阪(大阪府) プリンセストヨトミ フジテレビジョン他 ※尾道三部作:『転校生』 『時をかける少女』 『さびしんぼう』 ― ― ‐ イギリス・アメリカ 人数 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( 年 月) 位になったのは、 『ひめゆりの塔』と『二 .シネマツーリズムの意向 十四の瞳』 『大林宣彦監督の尾道三部作』であ 図 は、 「あなたは今後、映画(邦画・洋画 った。 『二十四の瞳』は、前述のとおり邦画に 問わず劇場公開されたもの、テレビドラマは含 おけるシネマツーリズムの嚆矢であり、その持 まない)の舞台やゆかりの地を訪ねる旅をした 続性は驚異と言える。 『大林宣彦監督の尾道三 いと思いますか?」に対する回答である。全体 部作』については 年代に顕在化した本格的 では、 「ぜひしたい」 .%、 「機会があればし なシネマツーリズムの記念碑的作品群と言うこ たい」 .%で、 「したい」という合計は .% とができる。 であった。半数の人が、映画の舞台を訪ねる旅 予想外であったのは『ひめゆりの塔』である。 に意向を示した。 人の年代は 代、 代、 代、 代、それぞ 「ぜひしたい」 「機会があればしたい」の合 れひとりずつで決して高齢者だけではない。 『ひ 計は、性別では男性 .%、女性 .%と、経 めゆりの塔』というタイトルで 験とは逆に女性が ている。 回目は 回映画化され 年、今井正監督、主演、 ポイントほど高かった。性 年代別では、女性 代が突出して .%と極め 岡田英次、津島恵子の作品で、ブルーリボン賞 て高い数値を示した。男性 代 .%、女性 などを獲得した評価の高い作品だが、沖縄ロケ 代 .と続く。やはり、高年齢層の意向が強い はしていない。 回目が、 年、 回目と同 じく監督は今井正で、主演は栗原小巻であった。 沖縄ロケを敢行している。 回目は ようだが、 代、 代も決して低い数値ではな い。 表 年、神 は、映画の舞台に旅をしたいという意向 山征二郎監督、沢口靖子主演の作品。戦後 周 を示した人に対し「最も訪ねてみたい場所(国 年記念作品であり、日本アカデミー賞各賞を受 名・都市名・地域名)と映画のタイトル」を訊 賞している。いずれも、第二次大戦中、可憐に ねた結果である。回答は経験と同様に大きく分 して逞しく生きたひめゆり部隊の少女たちの悲 散し、 しい青春を描いたドラマである。調査の回答者 た。 件以上の訪れたい場所、映画が挙がっ 人以上が回答したものが表の 件である。 意向においても、群を抜いて たちが、どの『ひめゆりの塔』を見て、沖縄に 位となったの は『ローマの休日』であった。 名の内訳は、 訪れたかは不明である。 位は、 『サウンド・オブ・ミュージック』 男性 人、女性 人で、女性の意向が強かった。 代 と『ハリー・ポッターシリーズ』であった。 『サ 人、 代 人、 代 人、 代 人、 ウンド・オブ・ミュージック』ではオーストリ 代 人と、映画公開に近い年齢層の憧れが強い アのザルツブルクとその近郊が、 『ハリー・ポ ことが分かる。また、 代から 代まで万遍な ッターシリーズ』ではロンドンはじめイギリス く意向が存在するのも『ローマの休日』のシネ 各地がそのデスティネーションとなっている。 マツーリズムにおける存在感を示している。 位は、 『慕情』と 位は、 『ハリー・ポッターシリーズ』で、 年代の邦画である『海 位に『ロード・オブ・ザ・リング』と大ヒッ 猿』 『プリンセストヨトミ』であった。 経験した地域、映画の上位を概観すると、邦 画 本、洋画 トした大作シリーズ入った。 『ローマの休日』 、 位の『サウンド・オブ・ミュージック』に続 本でほぼ拮抗し、制作年代では 年代 本、 年代 本、 年代 本、 年代 本となった。シネマツーリズムの経 く、世界的なシネマツーリズムの名作になる可 能性を感じる。 位の『大林宣彦監督の尾道三 験においては、邦画洋画、制作年代に偏りのな 部作』も、シネマツーリズムを語り、研究する いことが分かる。 上では欠かせない存在である。 ― ― 日本のシネマツーリズムの変遷と現状 図 表 映画の舞台やゆかりの地を訪ねる旅の意向(%) 今後、最も訪ねてみたい場所と映画のタイトル 順位 地 域 (人) 映画タイトル 公開年 ローマ(イタリア) ローマの休日 ロンドン他(イギリス) ハリーポッターシリーズ ‐ 尾道(広島県) 大林宣彦・尾道三部作 ‐ 制作国・会社 人数 アメリカ イギリス・アメリカ 松竹他 サルツブルグ (オーストリア) サウンド・オブ・ミュージック アメリカ ニュージーランド ニュージーランド・アメリカ ロード・オブ・ザ・リング 小豆島(香川県) 二十四の瞳 松竹 ニューヨーク(アメリカ) セックス・アンド・ザ・シティ アメリカ アマルフィ(イタリア) アマルフィ フジテレビジョン他 女神の報酬 北海道 幸福の黄色いハンカチ 松竹 庵治町(香川県) 世界の中心で、愛をさけぶ 東宝他 ※尾道三部作:『転校生』 『時をかける少女』 『さびしんぼう』 位は、 『二十四の瞳』とアメリカ映画『セ く、制作年代の古いものもいまだに支持されて ックス・アンド・ザ・シティ』 、邦画の『アマ いるが、当然のごとく近年の作品も上位に位置 ルフィ づけられていることが分かる。 女神の報酬』が並んだ。 位は、邦画 の『幸福の黄色いハンカチ』と『世界の中心で、 Ⅴ 愛をさけぶ』となった。 まとめ 意向が示された地域、映画の上位を概観する と、邦画 本、洋画 .シネマツーリズムと観光行動 本で同数となり、制作年 代では 年代 本、 年代 本、 本、 年代 本、 年代 本と分散した。 日本におけるシネマツーリズムと言われてい 年代 シネマツーリズムの意向は、邦画洋画の壁はな ― る観光現象について、その現象面からの変遷、 消費者調査からの行動と意識、今日の現状につ ― 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( 年 月) いて概観してきた。映画の公開により、そのロ ネマツーリスト、に分類する )ことができる。 ケ地がにわかに観光地化され、多くの旅行者を ①は、映画への共感度が高く、明確な動機と目 誘引している事実があることが分かる。 年 的を持ってロケ地に訪れ、自らの欲求を満たす 代以降、観光による地域の活性化の手段のひと ツーリストであり。リピーターとなる可能性が つとして、地域自らが主体となってロケ地誘致 高く、口コミの発信も多いが、ロケ地の環境づ に取り組み、ロケ撮影を支援する動きが活発に くりや保全状態などに対する見方は厳しい。② なった。フィルムコミッションの登場とその活 は、ロケ地での活動を主な目的として訪れるツ 動である。それにより多くの成功事例も作られ ーリストであるが、周辺観光地も巡る一般的な たが、観光的な効果を生み出さなかった地域も 旅行者の側面をもつツーリストである。③は、 決して少なくない。また、今日、ツーリズムの ロケ地が決して目的地ではないが、デスティネ 最大のテーマっとなっているインバウンド促進 ーションのなかに興味のあったロケ地がありそ の有力な手段ともなり得、同時に海外旅行の活 れも楽しむツーリストである。旅行者としての 発化の一因となる可能性を十分秘めていること 数は、③が多く、②が続き、①はコアのファン が分かった。 層となる。映画のロケ地を誘致して観光地化を シネマツーリズムの最大のポイントは、その 試みる場合、どのようなシネマツーリストを拡 ロケ地への旅に向かう動機が映画にあることで 大したいのかを明確にする必要があるだろう。 ある。シネマツーリズムを含め、フィルムツー リズム、コンテンツツーリズムもそのコンテン .シネマツーリズムと観光まちづくり ツに触れ体験し、共感した人のみが抱く旅の動 近年、映画のロケを誘致し、映画の舞台とな 機である。ロケ地へ出かけることは、その動機 った良好なイメージやそこに醸成された物語性 となった個人的な欲求を満たすことである。 を観光資源として観光まちづくりに取り組む地 フィルムツーリズムの研究の初期段階である 域が数えきれないほど多くある。 年代には、 「観光客はテクニカラー映画が本 映画ロケ誘致の地域のメリットは、①直接的 物かどうか確かめるために旅行する」 (Boorstin 経済効果、撮影隊の宿泊費、食事代、交通費、 )と説明された時代もあったが、今日には 備品購入などである。②間接的経済効果、最も 当てはまらないだろう。その動機は、大スクリ 期待される映画放映後のロケ地の宣伝広告効果 ーンに映し出された風景をこの目で見たい、登 による旅行者の増加による経済効果である。③ 場する街の匂いを感じたい、主人公と同じ視線 地域の知名度向上・イメージアップ、④地域資 で歩いてみたい、映画と同じシーンの写真を撮 源の再評価・再認識、⑤地域文化の創造・向上、 りたい等々、十人十色多様な動機、目的がある。 ⑤地域内ネットワークの形成などがある。 深く感動した映画の思い出に結び付く場所に立 シネマツーリズムにおけるロケ地である地域 ってみたいという欲求を作り出すパワーが確か の最大の課題は、その持続性である。前述の調 に映画にはある。 査の結果では、経験にも意向にも上位に挙がっ また、シネマツーリズムにおけるシネマツー た洋画の『ローマの休日』のローマ、 『サウン リストの観光行動を今回の調査における経験者、 ド・オブ・ミュージック』のザルツブルク、邦 意向者の自由回答を概観していくと、旅行動機 画では『二十四の瞳』の小豆島、 『尾道三部作』 付けとしての映画ロケ地への関心度の高さとそ の尾道など、息長く多くのファンの訪問を受け のロケ地での活動から、①本格的シネマツーリ ている。これらと同様に持続的にシネマツーリ スト、②中間的シネマツーリスト、③偶然的シ ズムのデスティネーションとして注目を浴び続 ― ― 日本のシネマツーリズムの変遷と現状 けそうな映画、地域の登場も感じられるが、一 ーの多様化を背景に、映画(テレビは除く)の 過性のブームで消えてしまうロケ地もまた多い 参加率は、近年減少が続いており、 だろう。 谷国( .%あった参加率が )は、ロケ誘致による観光振興の パターンを、①もとどおり型(一過性型プラス) 、 年では 年には .%にまで 落ち込んでいる。映画を観賞する人が減少して いると言える。 ②ステップアップ型(持続効果型) 、③大海の しかし、一方で気軽く快適に映画を鑑賞でき 一滴型(局地的効果型) 、④フラット型(効果 るシネマコンプレックス )が全国各地に普及し なし型) 、⑤逆効果型(イメージダウン型) 、⑥ ている。大きなスクリーンに大音響、誰もが 修復型(一過性型マイナス)と つに類型して 時間程度集中するシチュエーションは他にはな いる。放映により旅行者が増加し、そのピーク い。決して、映画を鑑賞しスクリーンに映し出 を過ぎた後も放映前より高い水準を維持する② された舞台へと旅する観光行動はなくなること が期待されるが、放映により旅行者は増加する はないだろう。 が、やがて放映前の水準に戻ってしまう①のパ だが、今日映画観賞のみが旅行動機になると ターンが多く見られる。地域は、どのようなパ 考えるのは、メディアの多様化のなかで無理が ターンになる可能性があるかを検討しながら、 あると思われる。今回の調査結果においても、 ロケ誘致に係わる計画を進めていく必要がある また変遷を辿ってみても、劇場での映画観賞の としている。 みがその動機になったとは考えづらい。これか シネマツーリズムによる観光まちづくりを考 らは、映画は劇場での映画鑑賞だけではなく、 える場合、全国に数多くあるフィルムコミッシ ビデオや原作本、テレビドラマ、アニメ、ゲー ョンの影響力は大きい。誘客に成功した事例は ムなどと相互に係わりあいながら、観光資源と 決して少なくないが、持続可能な新たな観光資 なりうるロケ地を提供するものと考えるべきで 源とした事例は多くない。筒井( )は、 「事 あろう。それは、この観光現象が従来の映画フ 前に企画されたフィルムツーリズム」が可能で ァンだけでなく一般旅行者に拡大していくこと あれば、地域の活性化に効果的であるが、クリ も意味する。 アしなければならない課題があるとしている。 映画のロケ地が「未来の歴史遺産」となる可 このように持続可能を前提とする観光まちづ 能性は決して小さくない。短期的に大量に誘客 くりにおけるシネマツーリズムが果たす可能性 する観光資源としてとらえるだけではなく、映 は大きなものであるが、それを一過性のもので 画の物語が地域のイメージを醸成し、地域住民 終わらせず、地域の新たなイメージ、文化創造 自らが新しい地域の魅力や価値を創造していく へとしていくには多くの仕掛けと、官民さらに ことができれば、誘客の源泉となり感動の源泉 地域住民を巻き込んでの時間をかけた取組みが となる持続的な観光資源になる可能性はある。 不可欠であろう。 地域がフィルムコミッションなどを活用してロ ケを誘致することも否定しない。映画製作者た .シネマツーリズムの今後 ちが自らの作品をさらに魅力的なものにするロ 果たして、これからテレビドラマやアニメと ケ地を探し選ぶことも期待したい。いずれにし 異なり、基本的に劇場観賞という一回で完結し ても、スクリーンに映し出されるその地にすぐ そのインパクトのみで旅へ誘い続けて行く劇場 にでも旅してみたいと思うような質の高いヒッ 映画が登場してくるのだろうか。そもそも『レ ト映画が生み出されることが前提となる。 ジャー白書 本稿では、劇場で公開された映画に焦点を当 』によると、メディアやレジャ ― ― 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( 表 年 月) 本稿に登場した映画一覧 映画タイトル 監督 主な出演者 主なロケ地 制作国 (制作会社) 制作年 砂の器 野村芳太郎 加藤剛、 島田陽子 島根県亀嵩 松竹 年 ローマの休日 ウィリアム・ワイラー オードリー・ヘプバーン ローマ アメリカ 年(日本公開 年) 十戒 セシル・B・デミル チャールトン・ヘストン エジプト アメリカ 年(日本公開 年) 大列車強盗 エドウィン・ポーター ニュージャージー州 アメリカ 年 不明 アメリカ あるアメリカ消防夫の生活 エドウィン・ポーター 己が罪 不在 中野信近 年 神奈川県片瀬海岸、江ノ島 吉沢商店 年 慕情 ヘンリー・キング ジェニファー・ジョーンズ 香港 アメリカ 年(日本公開 年) ティファニーで朝食を ブレイク・エドワーズ オードリー・ヘプバーン ニューヨーク アメリカ 年(日本公開 年) パリの恋人 スタンリー・ ドーネン オードリー・ヘプバーン パリ アメリカ 年(日本公開 年) 八十日間世界一周 マイケル・アンダーソン デヴィッド・ニーヴン ロンドン、パリ、 インド、日本 アメリカ 年(日本公開 年) 二十四の瞳 木下惠介 高峰秀子 香川県小豆島 年 二十四の瞳 朝間義隆 田中裕子 未知との遭遇 スティーヴン・スピルバーグ リチャード・ ドレイファス 松竹 香川県小豆島 松竹 年 アラバマ、 ワイオミング アメリカ 年(日本公開 年) フィールド・オブ・ドリームス フィル・アルデン・ロビンソン ケヴィン・コスナー アイオワ アメリカ 年(日本公開 年) サウンド・オブ・ミュージック ロバート・ワイズ ジュリー・アンドリュース オーストリア アメリカ 年(日本公開 年) ブリット スティーブ・マックイーン サンフランシスコ アメリカ 年(日本公開 年) オリエント急行殺人事件 シドニー・ルメット アルバート・フィニー トルコ、 ロンドン イギリス 年(日本公開 年) ナイル殺人事件 ジョン・ギラーミン ピーター・ユスティノフ エジプト イギリス 年(日本公開 年) 燃えよドラゴン ロバート・クローズ ブルース・リー 香港 香港/アメリカ 年(日本公開 年) ビバリーヒルズ・コップ マーティン・ブレスト エディ ・マーフィー ロサンゼルス アメリカ 年(日本公開 年) スタンド・バイ・ミー ロブ・ライナー ウィル・ウィ トン オレゴン アメリカ 年(日本公開 年) ラストエンペラー ベルナルド・ベルトルッチ ジョン・ローン 北京 イタリア/中国/イギリス 年(日本公開 年) 年) ピーター・イェーツ ニュー・シネマ・パラダイス ジュゼッペ・ トルナトーレ フィリップ・ノワレ シチリア島 イタリア/フランス 年(日本公開 幸福の黄色いハンカチ 高倉健 北海道 松竹 年 山田洋次 男はつらいよ 山田洋次(一部作品除く) 渥美清 日本全国 松竹 年− 年 釣りバカ日誌 栗山富夫他 西田敏行、 三國連太郎 日本全国 松竹 年− 年 転校生 大林宣彦 尾美としのり、 小林聡美 広島県尾道 松竹 年 時をかける少女 大林宣彦 原田知世 広島県尾道 角川春樹事務所 年 さびしんぼう 大林宣彦 冨田靖子 広島県尾道 アミューズ・シネマ・シティ他 年 プリティ ・ウーマン ゲイリー・マーシャル ジュリア・ロバーツ ロサンゼルス アメリカ 年(日本公開 年) ノッティングヒルの恋人 ロジャー・ミッシェル ジュリア・ロバーツ ロンドン イギリス/アメリカ 年(日本公開 年) 悲情城市 侯孝賢 李天禄 台湾 台湾/香港 年(日本公開 年) 千と千尋の神隠し 宮崎駿 スタジオジブリ 年 ハリー・ポッターシリーズ クリス・コロンバス他 ダニエル・ラドクリフ ロンドン、 イギリス イギリス/アメリカ 年− 年 ロード・オブ・リング ピーター・ジャクソン イライジャ・ウッド ニュージーランド ニュージーランド/アメリカ 年− 年 Love Letter 岩井俊二 中山美穂、 豊川悦司 北海道小樽市 フジテレビジョン他 年 木更津キャッツアイ日本シリーズ 金子文紀 岡田准一 千葉県木更津市 TBS 他 年 世界の中心で、愛をさけぶ 行定勲 大沢たかお、 柴咲コウ 香川県、 愛媛県 東宝他 年 下妻物語 中島哲也 深田恭子 茨城県下妻市 アミューズ他 年 海猿 ウミザル 羽住英一郎 伊藤英明 広島県呉市 フジテレビジョン他 年 フラガール 李相日 松雪泰子、 蒼井優 福島県いわき市 シネカノン他 年 UDON 本広克行 ユースケ・サンタマリア 香川県 フジテレビジョン他 年 めがね 荻上直子 小林聡美 鹿児島県与論島 日本テレビ他 年 おくりびと 滝田洋二郎 本木雅弘 山形県庄内地方 TBS 他 年 非誠勿擾(狙った恋の落とし方) 馮小剛 葛優 北海道 中国 年(日本公開 アマルフィ 女神の報酬 西谷弘 織田裕二 ローマ、 アマルフィ フジテレビジョン他 年 ひめゆりの塔 今井正 岡田英次、 津島恵子 千葉県 東映 年 ひめゆりの塔 今井正 栗原小巻 沖縄県 芸苑社/東宝 年 ひめゆりの塔 神山征二郎 沢口靖子 沖縄県 東宝 年 プリンセストヨトミ 鈴木雅之 堤真一 大阪市 フジテレビジョン他 年 アメリカ 年(日本公開 セックス・アンド・ザ・シティ マイケル・パトリック・キング サラ・ジェシカ・パーカー ニューヨーク ※本文登場順 ― ― 年) 年) 日本のシネマツーリズムの変遷と現状 て、シネマツーリズムの日本における変遷を整 理するとともに旅行者の観光行動の現状を分析 し今後の可能性を考察した。映画と旅行者、地 域の関係性について具体的事例からアプローチ することを次の研究課題としたい。 ) 注 この観光現象が一般的に知られるようになったの は、 年の 『らき☆すた』 の埼玉県鷺宮町、 年の『けいおん!』の滋賀県豊郷町以降である。 ともに、地元商工会などが地域振興を意識した活 動を行い、地域に大きな経済効果を生んだ。 ) マスツーリズムに代わる新たな観光のあり方の議 論を背景にして、観光市場の成熟とともに 年 代頃から誕生した個々人の興味関心を探求する多 様な観光スタイルを括る用語。テーマ性が強く、 人や自然との触れ合いなど体験的、交流的要素を 取り入れた新しいタイプの旅行を指す。 ) コンテンツツーリズム学会の定義。 年に国土 交通省総合政策局、経済産業省商務情報政策局、 文化庁文化部から出された「映像等コンテンツの 制作・活用による地域振興のあり方に関する調 査」での定義と同様。 ) 観光庁が 年からスタートした映画・テレビド ラマ等の映像作品を活用した観光促進のためのプ ロジェクト。特にインバウンド観光促進をテーマ にしている。 ) 野村芳太郎監督、加藤剛、島田陽子主演、松竹 年公開作品、ロケ地は島根県亀嵩、鳥取県鳥取砂 丘など。以下、本稿登場の映画作品は、一表にて 表す。 ) マンガやアニメの作品に登場する舞台、作者ゆか りの地域を訪れる旅、その観光現象を指す。 「聖 地巡礼」と同義語で使用されている。 ) コンテンツツーリズム学会による『コンテンツツ ーリズム入門』 ( )は、幅広いジャンルの事 例を網羅的に解説した研究成果として注目される。 ) 山下慧・井上健一・松崎健夫( ) 『現代映画 用語事典』等による。 ) 日本映画界の革新運動。歌舞伎や新派劇の影響を 強く受けていた活動写真の刷新をはかった。 「活 動写真」が「映画」への転機となった。 ) 田中純一郎( ) 『日本映画発達史 活動写 真時代』 、四方田犬彦( ) 『日本映画史 年』 、 ― 四方田犬彦( ) 『映画史への招待』等による。 洋画は一般的には欧米で制作された映画を指すが、 近年、輸入が拡大している中国映画、韓国映画、 インド映画も含む総称として使われている。中国 映画、韓国映画、インド映画などアジアの映画を アジア映画、アジアン映画と別にすることもある。 ) 宮崎駿・高畑勲両監督の劇場用アニメーション映 画を中心に製作しきたスタジオ・ジブリの作品群。 『天空の城ラピュタ』 『となりのトトロ』 『火垂る の墓』など毎年のようにヒット作を生み出してい る。 ) トーキーとは映像と音声が同期した映画、無声映 画(サイレント映画)に対する言葉。世界初の長 編トーキーは、 年のアメリカ映画『ジャズ・ シンガー』 。 ) カラー映画の初は 年、ディズニー作品『花と 木』 。日本では 年、松竹映画『カルメン故郷 に帰る』が最初の長編カラー映画。 ) ) スペイン広場付近にジェラート店はたくさんある が、近年、広場での飲食は法律で禁じられており、 『ローマの休日』のシーンのようにジェラートを 食べる事はできない。 ) フィルムコミッションとは、映画やテレビ、CM などの撮影を誘致し、撮影を円滑に進めるための 支援をする機関である。現在は全国で 近くあ る。世界初のフィルムコミッションは、 年代 にアメリカで設立されている。 ) 年から 年にかけて約 年間、TBS 系列 局で放送された紀行番組の草分け。 ) ロードムービーとは旅の途中で起こるさまざまな 出来事を移りゆく風景の中で描く映画のこと。 ) 調査対象: ∼ 歳(首都圏・関西圏) 、調査期 間: 年 月 日から 月 日、調査方法:イ ンターネット調査、サンプル数: サンプル (性 年代均等) 、調査機関:㈱マーシュ ) Macionis( )を参考に分類。 ) 複数のスクリーンが同一施設内にある映画館。完 全入替制、全席指定席制が採用されている。国内 映画館の 割以上を占めている。 引用・参考文献 Boorstin, D(訳)星野郁美、後藤和彦( ) 『幻 影の時代 マスコミが製造する事実』東京創元社 Busby, G. & Klug, J. ( ) . Movie-induced tourism: the challenge of measurement and ― 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( 年 other issues. Journal of Vacation Marketing Macionis, Niki( )Understanding the FilmInduced Tourist. In Frost, Warwick Tony Reeves(訳)斎藤敦子( ) 『世界の映画ロ ケ地大事典』晶文社 秋山綾( ) 「 「物語消費」型観光への基礎的考察」 『日本観光研究学会全国大会学術論文集』 、日 本観光研究学会 石川美澄( ) 「マンガ「こちら葛飾区亀有公園 前派出所」に描かれる旅行動向に関する考察(そ の ) 」 『北海道大学文化資源マネジメント論集』 № 、北海道大学文化資源マネジメント研究会 井手口彰典( ) 「萌える地域振興の行方 「萌 えおこし」の可能性とその課題について 」 『地 域総合研究』 、鹿児島国際大学附置地域総合研 究所 岩間英哲他( ) 「コンテンツによる地域振興の 研究 アニメツーリズムの成立条件と構造 」 『専 修ネットワーク&インフォメーション』 号、専 修大学ネットワーク情報学会 内田純一( ) 「フィルム・インスパイアード・ ツーリズム 映画による観光創出から地域イノベ ーションまで 」 『北海道大学文化資源マネジメ ント論集』№ 、北海道大学文化資源マネジメ ント研究会 岡本健( ) 「アニメ聖地における巡礼者の動向 把握方法の検討」 『観光創造研究』NO.、北海 道大学高等研究センター 川本三郎( ) 『日本映画を歩く ロケ地を訪ね て』新潮社 木村めぐみ( ) 「フィルムツーリズムからロケ ーションツーリズムへ メディアが生み出した新 たな文化」 『メディアと社会』№ 、名古屋大学 澤登めぐみ( ) 『映画気分でパリを散歩 映画 の舞台を歩くパリ旅行』ピエ・ブックス 鈴木晃志郎( ) 「メディア誘発型観光の研究動 向と課題」 『日本観光研究学会第 回全国大会論 文集』日本観光研究学会 鷹取洋二( ) 『瀬戸内シネマ散歩』吉備人出版 武智公博( ) 「四国におけるフィルムツーリズ ― 月) ムの取組み」 『日経研月報』日本経済研究所 田中純一郎( ) 『日本映画発達史』中央公論新 社 谷国大輔( ) 「フィルムツーリズム」 『日本観光 協会編・観光実務ハンドブック』丸善 筒井隆志( ) 「コンテンツツーリズムの新たな 方向性」 『経済のプリズム No 』参議院 中谷哲弥( ) 「フィルムツーリズムに関する一 考察」 『研究季報』第 巻、奈良県立大学 風呂本武典( ) 「コンテンツツーリズムにおけ る地域組織の構造と課題 地域エゴと閉鎖系の住 民意識 」 『広島商船高等専門学校紀要』 号、 広島商船高等専門学校 増淵敏之( ) 「コンテンツツーリズムとその現 状」 『地域イノベーション』法政大学地域研究セ ンター 増淵敏之( ) 『物語を旅するひとびと コンテ ンツ・ツーリズムとは何か』彩流社 増淵敏之( ) 『物語を旅するひとびとⅡ ご当 地ソングの歩く方』彩流社 増淵敏之( ) 『物語を旅するひとびとⅢ コン テンツツーリズムとしての文学巡り』彩流社 増淵敏之・溝尾良隆・安田亘宏他( ) 『コンテ ンツツーリズム入門』古今書院 山下慧・井上健一・松崎健夫( ) 『現代映画用 語事典』キネマ旬報社 山村高淑( ) 「アニメ聖地の成立とその展開に 関する研究」 『国際広報メディア・観光学ジャー ナル』Vol.、北海道大学大学院国際広報メディ ア・観光学院。 四方田犬彦( ) 『映画史への招待』岩波書店 四方田犬彦( ) 『日本映画史 年』集英社新書 国土交通省・経済産業省・文化庁編( ) 『映像 等コンテンツの制作・活用による地域振興のあり 方に関する調査』国土交通省・経済産業省・文化 庁 日本生産性本部( ) 『レジャー白書 』日本 生産性本部 日本映画データベース、キネマ旬報映画データベー ス、日本映画製作者連盟の HP などを参考にした。 ―
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