障がい幼児のトイレットトレーニング ~人形を使ったモデリング~

楡の会発達研究センター報告9(06 年冬)
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障がい幼児のトイレットトレーニング
~人形を使ったモデリング~
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楡の会発達支援センター 田野準子 小野智亜貴
楡の会こどもクリニック 石川 丹
要旨
1~3歳の障がい幼児15名に対して,写
を重視して段階的に行った,人形を使ったモ
真パネル,紙人形,陰部から水が出るように
デル提示による早期のトイレットトレーニン
作った人形,を使ったモデルを示してトイレ
グの効果を報告する。
ットトレーニングを施行した。
対象と方法
14名の遠城寺式乳幼児分析的発達検査に
1)対象は 1~3 歳の障がい児 15 名(男児7
よる発達指数(DQ)は36~110(平均6
名,女児8名)である(表)。トレーニング開
9),残る1名は IQ 91(田中ビネー式)で
始前は全員がおむつに排尿排便している段階
あった。
の子どもである。
6ヵ月後の効果は,著効3名,有効7名,
効果不十分5名であった。
遠城寺式検査のうちの基本的習慣の DQ は
効果と相関した。又,母親の受容的態度はトレ
ーニング効果著効と有意な相関があった。
診断名は精神遅滞6名,精神遅滞を伴う自
閉症3名,自閉症2名,ダウン症候群2名,
両下肢機能全廃,難聴・言語遅滞である。
遠城寺式乳幼児分析的発達検査を実施した
14名の発達指数( DQ )は 36 ~ 110 ,平均
障がい児といえども早期からのトイレット
DQ は 69 である。測定指数はトレーニング開
トレーニングが有効であること,そして母親
始 前の 値で ある 。残 る1 例は 田中 ビネ ー式
の受容的養育態度が療育効果の般化に重要で
IQ91 である。(表)
あること,が示唆された。 2)トイレットトレーニング方法は三つの
ステップに分けて,順次教示指導した。
初めに
楡の会発達支援センターは,様々な障がい
ステップ 1:朝の会の後にトイレに行き,オ
マルに座る習慣づけを目標にして,写真パネ
や発達の遅れ,或いはその心配のある幼児の
ルを使って手順を教示した。使用したパネルは,
早期療育施設である。母子同伴通園を基本とし
①ホールから撮影したトイレの入り口②トイ
ており,子育ての悩みや不安を抱える母親に
レに入った時の視点③オマル④手洗いの洗面
とっては,子育て支援の場としての機能も果
台の 4 枚である(写真の①,②,③,④)。毎
たしている。その様々な障がいを抱える幼児の
日の朝の会終了後に,これらのパネルを行動
母親にとって,要望が多いのがトイレットト
順に,ストーリーと共に提示しながらアナウ
レーニングである。
ンスすることを 3 週間続けた。
ここでは,そのニーズに応え視覚的な支援
1
表 ケース概要
診断名
生活年齢
発達年齢
効果
母の
タイプ
1
下肢機能全廃
2歳5ヶ月
1歳8ヶ月
著効
受容
―
142
83
125 108
94
110
2
難聴
言語遅滞
2歳9ヶ月
1歳7ヶ月
著効
受容
78
90
114
68
34
46
72
3
精神遅滞
2歳9ヶ月
1歳 10 ヶ月
著効
受容
63
55
73
102
73
63
72
4
自閉症
2歳
1歳3ヶ月
有効
過介助
113
65
85
75
75
58
79
遠城寺式乳幼児分析的発達検査
移動運動・手の運動・基本的習慣・対人関係・発語・言語理解
平均
5
ダウン症
第二頚椎分離症
2歳 10 ヶ月
2歳
有効
混乱
68
86
95
95
52
59
76
6
精神遅滞 超未熟児
2 歳 10 ヶ月
2歳
有効
過介助
81
81
64
64
73
56
70
7
精神遅滞
自閉症
2歳5ヶ月
1歳4ヶ月
有効
過介助
68
68
60
68
42
60
61
8
精神遅滞
2歳3ヶ月
1歳2ヶ月
有効
受容 81
63
48
54
54
48
58
9
精神遅滞
自閉症
2歳4ヶ月
1歳3ヶ月
有効
混乱
78
78
60
42
46
46
58
10
自閉症
2歳6ヶ月
2歳8ヶ月
有効
受容
―
―
―
―
―
―
IQ91
11
精神遅滞
2歳 11 ヶ月
1 歳 7 ヶ月
効果
不十分
過介助
59
68
45
52
52
77
59
12
精神遅滞
自閉症
2歳5ヶ月
1歳6ヶ月
効果
不十分
混乱
102
80
54
70
34
54
66
13
ダウン症
精神遅滞
2歳1ヶ月
11 ヶ月
効果
不十分
混乱
50
40
36
62
50
55
49
14
精神遅滞
2歳6ヶ月
7 ヶ月
50
50
44
38
32
38
42
15
精神遅滞
1歳9ヶ月
6 ヶ月
44
38
26
32
32
44
36
効果
不十分
効果
不十分
過介助
過介助
ステップ 2 :次に,ズボンおよびパンツを
3)母親の養育態度の評定
脱ぎ,オマルに座れるようになることを目標
トイレットトレーニングのみならず療育の
にして,紙人形を使って行動モデルを提示し
成果は,施設内に限らず家庭内においても発
た。使用したオマルのパネルには切り込みを入
揮されること,つまり般化されることが望ま
れストーリーに従って,ズボンとパンツを脱
しい。そのためには母親の養育態度がキーとな
いだ紙人形がオマルにまたがることができる
るので,トレーニング前の母親の養育態度を 3
ように細工した(写真の⑤)。このモデリング
つに分類して分析した。
は 2 週間毎日施行した。
ステップ 3 :よりリアルに教示するために,
a)混乱タイプ:パニック,自傷への対応の
仕方が分からず,子どもの言いなりにな
陰部から水が出るように細工した人形を使っ
っている,又は子どもの問題行動への対
て排尿場面を見せ,その後オマルに溜まった
応の自信がなく余裕もない。
水を見せて,おしっこする意欲を育てること
b)過介助タイプ:障がいがあるから仕方が
を目標とした。実物のオマルを用意し,マリー
ないと思い,子どもの身辺のすべての介
ちゃんと名付けた抱き人形の背の部分に水を
助をしている。
入れたシリンジを隠し,ストーリーに従いズ
ボンとパンツと脱いだ人形がオマルに排尿す
c)受容タイプ:悩みはあるが,子どもの障
がいを受容している。
るシーンを提示して,オマルに排尿した人形
を賞賛しながら各児にオマルの中の水を見せ,
結果
朝の会終了後の行動の教示とした(写真の
1)ステップ1:4 名の子
⑥)。 (DQ110,72,72,IQ91,生活年齢はそれぞ
れ 2 歳 5 ヶ月,2 歳 9 ヶ月,2 歳 9 ヶ月,2 歳
6 ヶ月)が朝の会終了後に自発的にトイレに行
くようになった。他の 11 名は母親がトイレに
連れて行くとスムーズに従うようになった。
2)ステップ2:紙人形でのストーリーに
対する子ども達の注目は非常に良く,全員に
おいて時間排泄の練習が定着化した。しかし,
トイレでの排泄に至る子がいなかったので,
モデル提示の具体性を高める必要があると判
断しステップ 3 に移行した。
なお,オマルに座ることに抵抗のある子が 2
名( DQ66,58 ,生活年齢は 2 歳 5 ヶ月 ,2 歳 3
ヶ月)おり,事前にサインを出す子 1 名
(DQ110,生活年齢 2 歳 5 ヶ月)であった。
3)ステップ3:抱き人形に名前をつけた
ことで,子ども達はステップ 2 よりさらに真
剣な表情でストーリーに見入り,オマルの水
(人形の排尿)を興味津々見て,部屋を出て
写真 上段①~④ 左下⑤ 右下⑥
行く人形に手を振った。開始日から朝の会終了
後,親より先にトイレに向かう子が出てきて,
5 週後にはオマルや便器での排尿が成功する
本稿で報告したモデリングによるトイレッ
子が 9 名になった。(なお,ステップ 3 実施期
トトレーニングの効果を考える時,排泄の自
間中にトレーニングパンツ併用開始になった
立はADLの一つであるからそのDQ値は予
のは 9 名である)。オマルへの抵抗を示してい
測因子と考えられたが,基本的習慣のDQは
た 2 名の子の抵抗も解消した。
著効では 90±21.4,有効では 68.7±17.7,効果
4)トレーニング開始6ヵ月後の効果
不十分では 41.0±10.5 であった。この DQ の差
5 月からステップ 1 を開始し,6 ヵ月後の 11
を統計処理すると,著効例と効果不十分例は
月における状況は,排尿排便が自立した子は
P < 0.05 で有意差があり,有効例と効果不十
3 名( 20 %),時間排尿ができるようになっ
分例で同じく P < 0.05 で有意差があり予測ど
た子 7 名( 47 %),トイレに行く習慣は継続
おりであった。
しているが成功がまだ難しい子 4 名
また,子どもの身辺自立を妨げる要因とし
( 27 %)(オムツ使用),失敗経験によりオ
て母親の過介助や混乱があるが,母親の養育
ムツにしかできなくなった子 1 名(6%)であ
態度とトレーニングの効果においては,著効
った。まとめると、トレーニングの著効と有効
は 3 名共に受容タイプ,効果不十分の 5 名は
例を合せると 15 名中 10 名(67 %),効果不
過介助・混乱タイプのいずれかであった。
充分は 5 名(33%)となった。
著効 3 名は DQ110,72,72(平均
母親の態度を受容タイプと非受容タイプ
(混乱と過介助タイプ)に分けてみると,受
84.7±21.9),生活年齢は 2 歳 5 ヶ月,2 歳 9
容タイプは著効 3 例,著効以外(有効と効果
ヶ月,2 歳 9 ヶ月(平均 2 歳 7 ヶ月)。
不十分) 2 例で,非受容タイプは著効以外が
有効7名は DQ79,76,70,61,58,58,
10 例であった。これをカイ 2 乗検定すると,
IQ 91(平均 67±9.2,n=6),生活年齢は 2
カイ 2 乗値は 4.219,P<0.05 となり,受容的
歳,2 歳 10 ヶ月,2 歳 10 ヶ月,2 歳 5 ヶ月,
な態度は著効と有意な関係があることが示唆
2 歳 3 ヶ月,2 歳 4 ヶ月,2 歳 6 ヶ月(平均 2
された。
歳 3 ヶ月)。
効果不十分(逆効果 1 名を含め)5 名は
DQ36,42,49,59,66(平均 50.4±12.2)
考察
筆者らは,療育の場において,様々な視覚
生活年齢は 1 歳 9 ヶ月,2 歳 6 ヶ月,2 歳 1 ヶ
的な手がかりを用いての取り組みを行ってき
月,2 歳 11 ヶ月,2 歳 5 ヶ月(平均 2 歳 2 ヶ
たが,子どもの躾にはモデル提示が有効であ
月)であった。 り,しかも子どもが興味を持ち,注目注視す
5)母親の養育態度とトレーニング効果の関
るように示すことが大切である。
係
本稿で報告した人形を使ったモデリングは,
トレーニング開始前の母親の養育態度は,
子どもたちの興味を惹き排泄に向う動機付け
著効 3 名の母親は共に受容タイプであった。有
となった。それと共に『我が子が興味を持って
効 7 名では混乱タイプ 2 名,過介助タイプ 3
モデルを見ている!この機会にトレーニング
名,受容タイプ 2 名であった。
をしよう!』という意識と自信を母親に持たせ
効果不充分と逆効果の 5 名では混乱タイプ
が 3 名,過介助タイプが 2 名であった。
ることができ,母親が「マリーちゃんは上手に
オシッコできていたね。ナオ君も頑張っておし
母親の態度において著効例は 100 %,有効
っこしようね・・・」などの言葉掛けを子どもに
例は 28.6%,効果不十分例は 0%が受容であっ
向けて行うようになり,家庭でもトレーニン
た。
グを継続するようになった点で,母親にとっ
ての躾の開始と継続の効果もあった。
トイレットトレーニングは母親にとって,
根気と忍耐を要する。楡の会発達支援センター
においては,各活動の合間 10 時 30 分,11 時
30 分, 12 時 30 分, 13 時 30 分の 4 回は一斉
にトイレに行くことが,日常活動の流れの中
で難なく行える。こうした利点を生かせば通園
療育施設での早期のトレーニングは母親の負
担を減らし,有効となることが本研究で示唆
された。
本研究はトレーニング開始時期に『早すぎ』
はないことを示唆した。
トレーニング後,多くの母親の養育態度に,
混乱と過介助が減少する変化が見られ,トイ
レ以外の食事,着脱面でも子ども達の身辺自
立が進んだ。
母親が子どもを受容的態度で養育し,過介
助になることなく見守り・待つことができる
か否かによって効果に差が生じることが示唆
された。つまりは,母親の過介助や混乱を減ら
していくことが,療育成果の家庭での般化を
も促すものと考えられた。