1 2016/07/30 障害年金の等級認定のあり方 安部敬太 はじめに 公的

2016/07/30
障害年金の等級認定のあり方
安部敬太
はじめに
公的年金が、保険事故による所得の喪失または減退に対して、現金を給付する所
得保障制度であることは論をまたない。この保険事故とは、日本の場合、「老齢」、
「死亡」、
「障害」の 3 つである(国民年金法 1 条)。このうち「老齢」は、一定の年
齢に達したことが保険事故であり、
「死亡」は主たる稼得者の死亡であることで明確
である。それに対して、
「障害」だけが何をもって保険給付の対象たる保険事故と捉
えるのかが明確ではない。保険給付の対象とすべき「障害」とは何なのか、障害年
金の等級認定のあり方をどうあるべきなのか、本稿ではこれについて概観的ではあ
るが、考察をしていきたい。
なお、ここでは、字数の関係から、等級については 2 級を中心にみていくことと
する。その理由は以下のとおりである。初診日において国民年金加入中または 20 歳
前である場合には障害年金の支給のための障害の程度要件は障害年金等級 2 級以上
とされること、そのこともあって障害年金の受給者の中でもっとも多い等級である
1)こと、所得保障制度との関連で「労働により収入が得られない程度」が
2 級であ
るとされていて、労働能力・稼得能力との検討にも合致していることの 3 点である。
1. 国年令・厚年令別表に挙げられた「障害」
保険給付の対象(保険事故)とする障害とは何か、障害年金の等級認定について、
法令においては、国民年金法施行令(以下、「国年令」)別表、厚生年金保険法施行
令(以下、「厚年令」)別表第 1 及び厚年令別表第 2 に定められている。
この国年令別表、厚年令別表に定められた各障害は、その障害がどの程度、明確
かということで 3 つに分けることができる。ここでは、国年令別表に定められてい
る 2 級について整理する。
年金制度基礎調査(障害年金受給者実態調査)平成 26 年によると 2 級は、障害基礎年
金単独と障害厚生年金併給者の合計で全体の障害年金受給者の 56%である。
https://www.estat.go.jp/SG1/estat/GL08020103.do?_toGL08020103_&listID=000001142349&request
Sender=estat
1)
1
誰でもこれだけ
抽象的内容を含み、等級認定
完全に抽象的で別途、㋐や㋑には
で等級認定でき
にはさらなる基準が必要なも
挙げられていない障害について基
るもの…㋐
の…㋑
準を設けないと等級認定は不可能
なもの…㋒
2
① 両眼の視力
③ 平衡機能に著しい障害を
⑮ 前各号に掲げるもののほか、身
級
の 和 が 0.05 ~
有する
体の機能の障害又は長期にわた
0.08
④ そしゃくの機能を欠く
る安静を必要とする症状が前各
② 両耳聴力レ
⑤ 音声又は言語機能に著し
号と同程度以上と認められる状
ベルが 90 デシ
い障害を有する
態であって、日常生活が著しい制
ベル以上
⑦ 両上肢のおや指及びひと
限を受けるか、又は、日常生活に
⑥両上肢のおや
さし指又は中指の機能に著
著しい制限を加えることを必要
指及びひとさし
しい障害を有する
とする程度
指又は中指を欠
⑧ 1上肢の機能に著しい障
⑯ 精神の障害であって、前各号と
く
害を有する
同程度以上と認められる程度
⑨1 上肢のすべ ⑩1上肢のすべての指の機能
⑰ 身体の機能の障害若しくは病
ての指を欠く
に著しい障害を有する
状又は精神の障害が重複する場
⑪両下肢のすべ
⑫1下肢の機能に著しい障害
合であって、その状態が前各号と
ての指を欠く
を有するもの
同程度以上と認められる程度
⑬1下肢を足関
⑭ 体幹の機能に歩くことが
節以上で欠く
できない程度の障害を有する
※①、②、③…は号数
㋐については、認定基準はほぼ不要2)でそれだけで誰でも等級認定ができる。㋑に
ついては、
「著しい障害」などの抽象的な規定については、通知「国民年金・厚生年
金保険 障害認定基準」3)(以下「認定基準」)で具体的に関節可動域などを定める
とともに、平衡機能、言語、そしゃく、体幹については、その部位や器官の機能障
2)
ただし、実際には、「欠く」といっても、どの関節からの欠損をいうのかという定義が
認定基準でなされている。たとえば、「『足関節以上で欠くもの』とは、ショパール関節以
上で欠くものをいう。」(認定基準 24 頁)など。
3) 社会保険庁通知「国民年金・厚生年金保険障害認定基準について」
(1986.3.31,庁保発
第 15 号)別添,本稿では 2016.6.1 版を指す。社会保険庁の廃止後は厚生労働省が発したも
のとみなされている。
http://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/shougainenkin/ninteikijun/20140604.files/zentai
ban.pdf
2
害に直接起因する能力障害により認定することとしている。㋒については、㋐と㋑
と違って、機能障害とともに日常生活一般における能力障害の程度も要件として認
定することなる。以上から、本稿では、㋐、㋑、㋒をそれぞれ機能障害認定、機能
障害・動作障害認定、生活能力障害認定ということにする。認定基準は、後者 2 つ
について、その認定の基準を「認定要領」において定めていることになる。
2. 「障害の状態の基本」
次に、障害年金制度が保険事故と認定する「障害」についての基本イメージをみ
てみよう。認定基準の「第 2 障害認定に当たっての基本的事項」で「障害の程度
を認定する場合の基準となるものは、国年令別表、厚年令別表第 1 及び厚年令別表
第 2 に規定されているところであるが、その障害の状態の基本は、次のとおりであ
る。」としている。つまり、これによれば、この「障害の状態の基本」は、上記機能
障害・動作障害認定と生活能力障害認定についてだけではなく、機能障害認定を含
む「障害」全体のイメージということになる。そして、たとえば、2 級のイメージ
は、
「身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が、日常生活が著し
い制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの
とする。この日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加える
ことを必要とする程度とは、必ずしも他人の助けを借りる必要はないが、日常生活
は極めて困難で、労働により収入を得ることができない程度のものである。例えば、
家庭内の極めて温和な活動(軽食作り、下着程度の洗濯等)はできるが、それ以上
の活動はできないもの又は行ってはいけないもの、すなわち、病院内の生活でいえ
ば、活動の範囲がおおむね病棟内に限られるものであり、家庭内の生活でいえば、
活動の範囲がおおむね家屋内に限られるものである。」(下線筆者)なのである。
日本の障害年金においては、日常生活能力を等級認定の尺度としている。これは、
1 級と 2 級については、1985 年改正前の国民年金法(旧国民年金法)から引き継い
だものであり、この旧国民年金法においては、日常生活能力を等級認定の尺度とし
3
たのは、被用者ではない者や無業者を被保険者としたことによるとされていた4)5)。
一方、1941 年に制定された労働者保険法を 1944 年に改称した厚生年金保険法にお
ける障害年金は、1 級を「労働が不能であり、かつ、常時の監視又は介護を必要と
するもの」、2 級を「労働が高度の制限を受けるか、又は労働に高度の制限を加える
ことを必要とするもの、3 級を「傷病が治ったものにあっては、労働が著しい制限
を受けるか、又は労働に著しい制限を加える必要があるもの、また、傷病が治らな
いものにあっては、労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要と
するもの」とし6)、労働能力を等級認定の尺度としていた。そして、1985 年改正に
より、基礎年金を創設したときに、1 級と 2 級は国民年金からの日常生活能力を、
厚生年金保険法の単独給付である 3 級は厚生年金からの労働能力を、それぞれ認定
の尺度にするという継ぎ接ぎのものとなった。
そして、このことで、労働能力は、少なくとも 1 級と 2 級の認定において、日常
生活能力を判断する上での 1 要素とすぎないものとされたのである。そして、所得
の減退の程度はほぼ問題とされなくなったのである。
3. 障害の定義
ここまでで日本の障害年金の認定の基本的部分についてみてきたが、そもそもこ
こで障害とは何かについて、みておきたい。
障害は、1980 年の WHO「国際障害分類試案」により「機能障害」、
「能力障害」、
「社会的不利」の 3 層構造として捉えられ、それぞれ以下のように定義された。機
能障害は「心理的、生理的又は解剖的な構造又は機能のなんらかの喪失又は異常」、
4)
社会保険庁年金保険部監修『国民年金陣害等級の認定指針』1981,「廃疾の程度の認定
は,日常生活における能力の喪失の度合によりみる。
(被用者年金制度では、労働能力の喪
失の度合によりみるが、これは,事業所等に使用されることを適用条件としているためで、
あり国民年金の場合は、使用関係は要件とされていないためである。)」
(8 頁),「日常生活
能力(とは)社会人として平均的な環境のもとにおいて日々の生活を他人の力に頼ること
なく送れる能力をいい、国民年金は一般国民を対象としているため、廃疾の程度が該当す
るかどうかの基本的尺度をこの日常生活能力の減退の程度においている。」(39 頁)。
5) 高橋芳樹「格差検討会批判と今後の障害年金制度のあり方を考える」,精神障害年金研
究会『精神・知的障害に係る障害年金の認定の地域差に関する専門家検討会─問題点の批
判と私たちの課題』,自費出版,2015,40 頁,高橋は国民年金が日常生活能力をモノサシとし
た理由として、ほかに①制度発足時には 1 級しかなく当初は介護が必要な重度障害者だけ
を対象としたこと、②額からしても従前の所得保障とは無関係な額であることから、最低
限の生活を営む能力で測ることが適切であると判断されたことの 2 点を挙げている。
6) 社会保険庁年金保険部長通知「厚生年金保険及び船員保険における障害認定につい
て」1977.7.15,庁保発第 20 号
4
能力障害は機能障害に起因する日常生活の基本的な構成要素とされている複合的な
動作や行動の制限や欠如、社会的不利は機能障害や能力障害の結果として、その個
人に生じた不利益であって、その個人にとって(年齢、性別、社会文化的因子から
みて)正常な役割を果たすことが制限されたり妨げられたりすることとされた7)。こ
の 3 層は、2001 年の WHO「国際生活機能分類」で、「機能・構造障害」、「活動制
限」、「参加制約」とされた8)。
2006 年に国連で採択された障害者権利条約(日本の署名は 2007 年)では、「障
害が、機能障害を有する者とこれらの者に対する態度及び環境による障壁との間の
相互作用であって、これらの者が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果
的に参加することを妨げるものによって生ずることを認め」るとしている。同条約
は、2014 年に批准されたが、それに向けた国内法整備の一つとして、2011 年にな
された障害者基本法の改正(2 条)では、障害者を「身体障害、知的障害、精神障
害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)が
ある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当
な制限を受ける状態にあるものをいう。」と、社会的障壁を「障害がある者にとって
日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、
観念その他一切のものをいう。」と定義した。これら一連の障害概念をめぐる一連の
流れは、個人に着目する医学モデルから、「変わるべきは個人ではなく社会である」
9)とする社会モデルへの転換といわれている。
以上から、これらを踏まえて、ここでは障害を機能障害、生活能力障害、社会参
加制約(社会的障壁により社会参加についての制約)とする。これらは相互に関連
している。特に、生活上の制限と社会参加制約は区別するのは困難な面があるが、
所得保障としての障害年金を考察することから、個人的生活レベルでの生活制限と
社会的レベルでの制約を分けて考えることとする。
7)
ただし、この定義の部分と分類リストの内容は矛盾していて、特に社会的不利におい
て、分類リストでは、ほとんど個人の日常生活能力が挙げられていることから、能力障害
と区別されていないとの指摘がされている(たとえば佐藤久夫「WHO 国際障害分類試案
の内容」リハビリテーション研究 1992.4(第 71 号)38 頁~42 頁)。
8) 厚生労働省訳「ICF 国際生活機能分類」中央法規 2008。正式名称は「生活機能・障
害・健康の国際分類」。前掲 7)との関連では、ここでも大分類としては「活動と参加」と
されていて、「活動」と「参加」の分類はそれほど明確ではない。
9) イギリス障害学の祖の一人である社会学者オリバーの言葉。紹介されている文献は多
いが、たとえば川島聡「権利条約時代の障害学」『障害学のリハビリテーション』生活書
院,2013,91 頁。
5
4. 外部障害の認定
障害の定義をふまえて、日本の障害年金の認定のあり方について、1 で分けた 3
つの認定の型のそれぞれについて検討していく。
機能障害認定については、機能障害だけで等級が判定され、認定基準はほぼ不要
である。機能障害・動作障害認定については、認定基準で定められることになる。
肢体の関節可動域などが基準とされている場合を除くと、基準はあいまいとなり、
個別の障害部位に起因する動作制限(動作能力障害)をも要件としている。たとえ
ば、平衡機能障害が「四肢体幹に器質的異常がない場合に、閉眼で起立・立位保持
が不能又は開眼で直線を歩行中に 10 メートル以内に転倒あるいは著しくよろめい
て歩行を中断せざるを得ない程度のもの」とされているように。とはいっても、基
本は機能障害とそれにより直接制限される部位ごとの動作制限で認定するというこ
とではゆるぎがないため、認定の揺れはそれほど大きくはない。
機能障害認定および機能障害・動作障害認定はおおむね外形的に確認可能である
障害すなわち外部障害をその対象としている10)。国年令別表に記載されている外部
障害については、日常生活能力(生活能力障害とほぼ重なる)は機能障害によって、
当然に「障害の状態の基本」にある「活動範囲は家屋内」というのが導き出される
という前提が、少なくともこの一般規定が設けられた 1966 年(後述 6)にはあった
と思われる。
現状ではどうであろうか。ここでいう活動範囲が家屋内に限られるというイメー
ジは、果たして、合致しているだろうか。同別表 2 級 1 号に規定する両眼の視力の
和が 0.08 以下の人でも同伴者がいれば外出できるし、視力がゼロの人でも盲導犬
とともに外出している人は多数いる。両耳の聴力が補聴器なしで 90 デシベルの人
は同別表 2 級 2 号であるが、補聴器を付ければ、屋外での活動は、一定程度の制限
があるとしても、可能な人も多い。同別表 2 級 13 号に規定する一下肢を足関節以
上で欠く場合も、義足を装着して、屋外歩行は可能である人も少なくない。これら
から、国年令別表 2 級にある「前各号(1~14 号)と同程度以上と認められる状態」
が「活動範囲は,おおむね家庭内に限られるもの」に等しいとはいえない。
しかしながら、機能障害認定の対象となる障害と機能障害・動作制限認定の対象
となる障害は、機能障害のみで認定されるため、
「障害の状態の基本」のイメージに
反していても、その機能障害が国年令別表や認定基準に合致していれば 2 級が支給
10)
国民年金法が制定された 1959 年当初、障害年金の対象としたのは、これら外部障害
(視覚障害、聴力障害、平衡機能障害、咀嚼機能障害、音声言語機能障害及び肢体不自由)
だけであった。前掲 4),10 頁。
6
される。たとえば、デスクワークをしていて就労者の平均以上の所得を得ていたも
のが、厚生年金加入中に交通事故に合い両下肢が完全麻痺して車いす生活になった
場合には、従前のデスクワークは続けられ、従前所得の減退はまったくなかったと
きでも、障害基礎年金と障害厚生年金 1 級の支給が受けられることになる。このよ
うに所得保障という趣旨に沿わない給付は、多くはないが存在することが次の統計
からうかがえる。平成 26 年の政府統計を基に計算すると、障害基礎年金単独受給
者と障害厚生年金も併給される者を合計した 2 級以上の受給者のうち 500 万円以上
の年収がある者は 0.72%である11)。
5. 内部障害の認定
これに対して、生活能力による認定は、日常生活能力(生活能力障害)そのもの
を認定の基準としている。
内部障害については、外部障害に遅れて、1964 年 8 月に「結核性疾患による病状
障害,換気機能障害、非結核性疾患による呼吸器の機能障害及び精神の障害(ただ
し,精神薄弱,神経症及び精神病質は除かれる。)」が、1965 年 8 月に精神薄弱が加
えられ、1966 年 12 月からは、それまで除外されていた心機能障害,腎臓疾患,肝
臓疾患及び血液疾患等すべての障害が障害年金の対象とされる12)。
1985 年改正を経て、2002 年の認定基準改正により、精神障害を除く内部障害に
ついては、一般的な日常生活能力の程度が等級認定の要件とされることとなった。
それまでは、一般的な生活状態についての 5 段階評価である一般状態区分13)は、参
考に過ぎなかったのが、この改正により、内部障害については、検査結果とともに
この一般状態区分の評価が要件と読めるようになった。たとえば、腎疾患がその例
11)
前掲 1)の統計から、65 歳未満の 2 級受給者のうち、500 万円以上の年収があるもの
の割合を計算した。
12) 前掲 4),10-11 頁。
13) 認定基準の内部障害の各障害について必ず記載されている一般状態区分は以下のとお
り。「ア 無症状で社会活動ができ、制限を受けることなく、発病前と同等にふるまえる
もの」「イ 軽度の症状があり、肉体労働は制限を受けるが、歩行、軽労働や座業はでき
るもの例えば、軽い家事、事務など」「ウ 歩行や身のまわりのことはできるが、時に少
し介助が必要なこともあり、軽労働はできないが、日中の 50%以上は起居しているもの」
「エ 身のまわりのある程度のことはできるが、しばしば介助が必要で、日中の 50%以上
は就床しており、自力では屋外への外出等がほぼ不可能となったもの」「オ 身のまわり
のこともできず、常に介助を必要とし、終日就床を強いられ、活動の範囲がおおむねベッ
ド周辺に限られるもの」。内部障害の各認定要領における「例示」において、1 級はオ、2
級はエまたはウ、3 級はウまたはイにそれぞれ該当することを要件としている。
7
示14)で「検査成績が中等度又は高度の異常を1つ以上示すもので、かつ、一般状態
区分表のエ又はウに該当するもの」としているように、すべての内部障害について、
この「かつ、一般状態区分の評価」は例示の中に必ず規定されている。この内容は、
「障害の状態の基本」に連動している。すなわち、一般状態区分の「ウ」は、50%
以上が起居していても、軽い家事や座業もできないという状態であり、これは、
「障
害の状態の基本」の 2 級の「活動範囲はおおむね家屋内」というイメージと相関し
ている。
機能障害が明らかに 2 級であったとしても、
「ウ」以上に該当しないこと、または
活動範囲が家屋内に限られないことや座業をしていることで 2 級とされない実態が
ある15)。たとえば、重症心筋梗塞後心不全で、自覚症状として呼吸困難及び息切れ
が,他覚所見として LevineⅢ度の器質的雑音がそれぞれあり,左室駆出率(EF 率)
は 35%であり検査数値では 2 級の可能性が十分であった16)が、一般状態区分がイで
あり実際に就労をしていたことをもって 3 級にとどまるとの判例17)がある。このこ
とから、認定の根幹にある尺度が外部障害と内部障害(精神障害を含む)によって
明らかに相違していて、ダブルスタンダードになっているといえる。
さらに、検査数値では重症度が示せないなど機能障害が明確に示すことができな
い傷病の場合には、明確に就労不能であり、稼得能力が喪失している場合であって
も、今度は機能障害が明確でないとの理由で、2 級と認定されない。難病であるシ
ェーグレン症候群により、倦怠感で退職を余儀なくされた事案について、3 級すら
非該当と処分され、再審査請求でなんとか 3 級と認められている18)。末期の肺癌で、
14)
認定基準の文面上は「例示」とされているが、認定実務だけでなく(再)審査請求に
おいても「基準」に等しいものとして扱われているのが実態である。ただし、認定基準改
正に向けた専門家会合では、厚生労働省事務官は「『各等級に相当すると認められるもの
を一部例示すると次のとおりである』」と…『総合的に認定する』と(あります)。…なの
で、数字はそこまで悪くないんだけれども、実際に状態が悪いような方をどうするのかと
いったご意見につきましては、そこは最終的にはご本人の状態を見て総合的に判断する道
がある」 )と述べている(厚生労働省ウェブサイト,2014.9.29 障害年金の認定(腎疾患に
よる障害)に関する専門家会合(第 2 回)議事録
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000064803.html)。
15) ただし、明確に認定基準で 2 級との規定がある内部障害については就労できていても
2 級とされるものがわずかながらある。それは人工透析療法、人工肛門かつ新膀胱造設等
である。
16) この事案の裁定請求(2009.1)時に施行されていた認定基準では、この傷病での 2 級
認定については例示がなく明確ではなかったが、拡張型心筋症については「EF 率が 40%
以下で、かつ、一般状態区分エまたはウ」を 2 級として例示していた。
17) 東京地判 2010・10・8, 平 22(行ウ)226 号, ウエストロー・ジャパン,判例集未掲載。
18) 安部敬太・坂田新悟・吉野千賀編『障害年金 審査請求・再審査請求事例集』日本法
8
他臓器にも転移し、余命数が月で一般状態区分がウ(エに近いと医師が意見書で表
明)である 3 級処分について、検査結果が 2 級に該当しないことを理由に、再審査
請求においても社会保険審査会は 2 級を認めていない19)。就労不能であっても、裁
定段階では癌本体では 3 級とも認定されない事例すらある20)。つまり、精神障害を
除く内部障害の場合には、機能障害と生活能力障害の両方が要件となり、どちらか
が欠けてもその等級とは認定されないのである。
精神障害については、他の内部障害での一般状態区分の評価を要件とするような
明確な記載はない。しかしながら、精神障害は、その機能障害レベルの重症度を客
観的に示すことができないために、明確に把握が可能な就労状況や活動範囲が、等
級認定の非常に重要なメルクマールとなっている。認定基準では、
「現に仕事に従事
している者に捉えず、その療養状況を考慮するとともに、仕事の種類、内容、就労
状況、仕事場で受けている援助の内容、他の従業員との意思疎通の状況等を十分確
認したうえで日常生活能力を判断すること」
(下線筆者)といっているが、実態はか
け離れている。ほんの短時間の就労であったり、内実は伴わない形だけ(経営者が
当人の親族である等)の就労であっても、その収入の多寡や支援の態様・程度にか
かわりなく、就労しているというだけで 2 級認定しない、あるいは支給停止すると
いう事例が相次いでいる21)。日本年金機構による裁定で、就労を理由として 2 級非
該当とされた事例は以下のとおりである。知的障害・自閉症でフルタイム就労をし
ているが、通勤に母親が同伴し、職場では常時、保健師等の見守りが必要な事案で
不支給と裁定された(再審査請求裁決で 2 級容認)22)。やはり知的障害・自閉症の
フルタイム就労だが、当人の行った作業については他の人のやり直しが必要で、実
際上は仕事ができているとはいえないケースで支給停止とされた(再審査請求段階
令,2016,事例集,831 頁。
19) 厚生労働省保険局総務課社会保険審査調整室「社会保険審査会裁決集平成 25 年版」
217 頁, 平成 24 年(厚)第 1190 号,平成 25 年 9 月 30 日裁決。
20) 前掲 18), 930 頁,頭部有棘細胞癌本体について 3 級非該当で他の部位(精神障害、平衡
機能障害等)の障害のみの併合で 3 級と裁定された事案について、本人死亡後に再審査請
求裁決により、癌本体についても 3 級と認定され、他の障害との併合により 2 級が容認さ
れている。
21) 青木聖久・小島寛・荒川豊・河野康政「精神障害者の就労が障害状態確認届の審査に
及ぼす影響」日本福祉大学社会福祉論集,第 130 号,2014,89-116 頁,長野県での支給停止と
された事案についての調査を基に「障害年金が支給停止等に判断されている根拠は,労働
の状況によるものであると推察される」(101 頁)としている。
22) 前掲 18),654 頁。
9
で 2 級容認)23)。高次脳機能障害で、近くの就労支援センターの支援員から日常的
な支援を受けていることで就労ができているケースでは再審査請求でも 2 級と認め
られていない24)。
また、精神障害を含む内部障害の場合に、
「活動範囲はおおむね家屋内」という「障
害の状態の基本」に照らして、2 級非該当とする例が多々ある。ここでは精神障害
についての裁決例で、精神障害判定ガイドライン25)における「等級の目安」でも、
楽に 2 級の水準にあるのに 2 級が容認されなかった事例を挙げる。統合失調症で、
診断書の「日常生活能力の判定」26)が平均 3、
「日常生活能力の程度」27)「(4)日常生
活において多くの援助が必要である」で、就労はできず、多少、家の手伝いをして、
週に 1~2 回訓練センターに通所しているだけのケース28)、うつ病で「日常生活能
力の判定」平均 3.3、
「日常生活能力の程度」(4) で、就労継続支援 B 型に週 4 日通
所しているケース29)、そして、アスペルガー・精神遅滞で野球観戦に出かけ、求職
活動を続けていることから就労に対する意欲があるとされたケース30)の 3 つである。
これらにおいて社会保険審査会が、2 級非該当により障害基礎年金を不支給とした
根拠は、いずれも「障害の状態の基本」において「活動の範囲がおおむね家屋内に
限られる程度のもの」を 2 級としていることなのである。
6. 基本イメージの成り立ち
「障害の状態の基本」にある 1 級と 2 級の「例えば~」の文言は 1966 年から現
在(2016 年)までの 50 年間、全く変わっていない31)。唯一違っている箇所は、2 級
前掲 18),706 頁。
前掲 18),725 頁。
25) 厚生労働省通知「国民年金・厚生年金保険 精神の障害に係る等級判定ガイドラインの
実施等について」年管管発 0715 第 1 号,2016.7.15, これは平成 28 年 9 月施行だが、この
中の「等級の目安」は、これまでの障害基礎年金単独の認定事例を統計処理したものより
も、より 2 級認定の水準を引き上げたものである。そのため、この通知が施行前であった
ここに挙げた事例では、診断書だけをみれば楽に 2 級となるケースであったといえる。
26) 精神障害用診断書で、食事の摂取、清潔保持、金銭管理、対人関係等の 7 つの日常生活
各場面について 4 段階で評価される。その各評価を軽い方から順に 1~4 までの点数を振り
平均化したもの。前掲 23 の「等級の目安」のマトリックスで使われている。
27) 精神障害用診断書で、日常生活全般の能力程度について 5 段階で評価する。軽い方か
ら順に(1)~(5)とされている。
28)
前掲 19), 564 頁,平成 24 年(国)687 号,平成 25 年 4 月 26 日裁決。
29) 前掲 19), 567 頁,平成 24 年(国)697 号, 平成 25 年 4 月 26 日裁決。
30) 厚生労働省保険局総務課社会保険審査調整室
「社会保険審査会裁決集平成 23・24 年版」
327 頁, 平成 24 年(国)217 号,平成 23 年 2 月 28 日裁決。
31) 社会保険庁通知「国民年金障害等級認定基準について」庁保発第 22 号 1966.10.22, 所
23)
24)
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の「家庭内の極めて温和な活動」の「下着程度の洗濯」の箇所が、旧法では「ハン
カチ程度の洗濯」だったという点だけである。
この「障害の状態の基本」は、何を基に規定されたものであろうか。そもそも外
部障害だけを対象とした国民年金が、最初に内部障害を取り込んだのは、上記 5 の
とおり、1964 年であり、このときに最初に入れられたのが、結核等の障害である。
当時、最も支配的疾病は結核であった32)。結核の安静度33)の 3 度と 4 度がおおむね
障害年金 2 級とされ34)、4 度は歩行について「室内のほか庭先ならば短時間はよい」
とされている。このことと「活動範囲はおおむね家屋内に限られる」という「障害
の状態の基本」の規定は相関しているものと考えられる。つまり、この活動範囲を
家屋内とする「障害の状態の基本」は、50 年前に疾病障害者の多くを占めていた結
核の療養者をイメージして作られたものであると思われる。さらにいえば、障害者
は家庭内に閉じ込めておけばいいという社会的背景も影響したものと考えられる。
すなわち、この規定は、障害者の完全参加と社会的包摂がうたわれている障害者
権利条約や社会的障壁をも「障害」と定義した改正障害者基本法の趣旨に沿ったも
のとはいえないであろう。実際の認定事例としても、上記 5 のとおり、この認定を
根拠に 2 級の等級認定がなされない例が後を絶たない。
7. 就労との関わり
国は、2016 年 4 月の障害者雇用促進法改正により、合理的配慮を義務化して、障
害者雇用の拡大を目指している。その一方で、障害年金においては、就労している
ということだけで 2 級と認定しない事例が相当程度あることは、上記 5 で触れたと
おりである。このような現状は、障害者に対して、合理的配慮による就労か障害年
金 2 級受給かを迫っているに等しいものと思われる。
日常生活能力が等級認定の根幹の尺度とされていることにより、労働能力につい
ては、労働ができないことが 2 級とされているだけで、その内容や給与(稼得能力)
や支援の状況は問われなくなっている。本来の所得保障という趣旨からすれば、第
一義的に問題とされるべき労働能力そして稼得能力が後景に追いやられていること
収はたとえば、社会保険庁年金保険部監修『国民年金陣害等級の認定指針』,1968,699-714
頁,701 頁。
32) たとえば、小林淳・北村諭「最近の肺結核と治療」臨抹と研究,66 巻 12 号,1989.12,169174 頁,図 2(170 頁)
33)
前掲 4),209-211 頁。
34) 前掲 4),208 頁。
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で、これらと連関した緻密な制度は設計されることがなく、そのため形として就労
できているかどうかだけが 2 級か否かを分けていることになる。これも日常生活能
力を認定の根幹の尺度に置いていることの弊害であると考えられる。
所得保障であるならば、働いているだけでゼロとなり、働いていなければ 100 と
なるという障害者の労働意欲を削ぎ、ひいては社会参加権を否定するような制度で
はなく、一定の所得以上を得られる場合には所得に応じて、給付を調整するという
制度をこそ構築すべきであろう。在職老齢年金が 2 の収入があれば、年金を 1 減ら
すことを参考に、給与に応じて、年金を漸減させていくような仕組みを考えるべき
である35)。もちろん漸減の方法や年金を加えたいくらの月収入から調整を行うかは
広範な議論の上、合意形成が図られねばならないだろう。
8. おわりに─問題の所在と残された課題
以上から、少なくとも、以下の点の指摘は可能であろう。
日常生活能力という、所得をどの程度得られるかという稼得能力や労働能力とは
直接対応しない能力を等級認定の根幹の尺度に置くことにより、以下が生じている。
①日常生活能力(生活能力障害)を測る上で、より近く、客観的とされる機能障害
(医学モデル)に偏重した等級認定となってしまい、所得が減退していない場合で
も給付されていること、②日常生活能力の低下が明確であっても稼得能力ではなく、
機能障害に還元され、その程度で認定されてしまい、機能障害が客観的に明示でき
ない傷病の場合には稼得能力や労働能力が明らかに喪失している場合でも 2 級と認
定されない場合が多々生じていること、③日常生活能力の減退から社会参加制約へ
とつながらず、旧態依然とした「障害の状態の基本」にある「活動範囲はおおむね
家屋内」規定が障害者の社会参加権を否定していること、④やはり「障害の状態の
基本」にある「労働より収入が得られない」ということにより、形として就労して
いるというだけでその労働能力や稼得能力にかかわらず 2 級とされないこと、であ
る。これら 4 点により、結果として所得保障という本来の目的とは乖離した等級認
定となっているのが現状といえる。言い換えれば、日常生活能力は生活能力障害そ
のものであり、最大の社会参加制約である労働市場からの排除の程度を示す稼得能
力や生活能力障害と社会参加制約をつなぐ労働能力が後景においやられることで、
所得保障であるはずの障害年金にもかかわらず、その目的から逸脱するような給付
(あるいは給付対象からの排除)が行われているといえる。そして、外部障害と内
35)
たとえば、岩田克彦「障害者雇用就業の現状と課題」労働調査 2014.34-14 頁,12 頁
12
部障害で、等級認定の根幹の尺度が大きく異なるダブルスタンダードは、公正性に
欠け、制度への信頼を失わせてもいる。
残された検討課題として、以下などがある。諸外国の障害年金の認定のあり方と
日本との比較、障害認定システムについて医師による医師の作成した書類だけの認
定で等級認定の公正さは担保されるのか等の問題、老齢年金と同様の給付水準やそ
の調整(マクロ経済スライド)がなされることの是非、専業主婦(夫)など所得を
得る必要のないものが障害を負った場合の給付の是非、受給要件を充足しない無年
金障害者への所得保障の検討(たとえば障害年金と生活保護との間に障害を理由と
した公的扶助または社会手当を創設する等)等である。
これら障害年金の抱える問題については、現に障害状態にある当事者の完全参加
を保障し、国民全体での広範な議論が求められる36)。誰でも障害を負う可能性があ
り、障害を負ったものへの給付は国民の共同連帯(国民年金法 1 条)により行われ
ている。公的年金の被保険者である国民はその保険料拠出から、またその他の国民
も国庫が基礎年金の半分を負担していることから、この連帯に加わっているといえ
る。その意味から、国民全てが広義の当事者といえる。
前掲 5), 101 頁,ここで高橋は精神等級ガイドラインの策定に際して、障害年金の認定
のあり方に根源的批判を試み、国民的議論を呼び掛けている。
36)
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