社会事業研究 - 日本社会事業大学

ISSN 0288-4828
社会事業研究
THE STUDY OF SOCIAL WORK
50
2011.1
大会テーマ
「ポストモダンにおける貧困とソーシャルワークアプローチ その②」
巻頭言
大会テーマ講演
◆貧困大国アメリカに見る日本の未来 ― 未来は市民が選びとる―
大会テーマ報告
◆すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を目指して
-弁護士及び弁護士会の取組を中心に-
教員研究報告
◆介護人材の確保と専門性 ―事業者の人的資源管理の視点から―
◆多文化ソーシャルワーク ―散住地域における外国籍等児童の現状と支援に関する研究―
特別企画
◆介護実践報告・交流会 ◆車椅子バスケットボールデモンストレーション ◆学生企画
分科会
◆理論・歴史 ◆福祉人材 ◆高齢者A ◆障害者A
◆福祉運営 ◆地域の生活と福祉 ◆高齢者B ◆自主企画分科会
大会テーマ投稿論文
学生研究奨励賞受賞論文要約
日本社会事業大学社会福祉学会
社会事業研究
The Study of Social Work 2011.1 NO.
50
日本社会事業大学
社 会 福 祉学 会
もくじ
Ⅰ 巻頭言
…………………………………………………………………………………………………………………… 大橋謙策 ……… Ⅱ 第 49 回社会福祉研究大会報告
1 大会テーマ講演
貧困大国アメリカに見る日本の未来― 未来は市民が選びとる ― ……………………………………… (参加者感想)……… 4
2 大会テーマ特別報告
すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を目指して-弁護士及び弁護士会の取組を中心に-
…………………………………………………………………………………………………………… 猪股正 ……… 5
3 教員研究報告
3-1「介護人材の確保と専門性―事業者の人的資源管理の視点から―」……………………………… 藤井賢一郎 ……… 17
3-2「多文化ソーシャルワーク―散住地域における外国籍等児童の現状と支援に関する研究―」…… 山口幸夫 ……… 1
4 特別分科会(介護実践報告・交流会) ―介護コースOB・OGに学ぶ― …………………………………………………… 37
5 車椅子バスケットボールデモンストレーション ………………………………………………………………………………… 9
6 学生企画 ソーシャルワーカーとしての資質の養成―多様な価値観を知ろう― …………………………………………… 4
7 分科会
7-1「理論・歴史」…………………………………………………………………………… 乗松央 / 山﨑眞弓 / 鄭芝永 ……… 4
7-2「福祉人材」…………………………………………………………………………… 西川ハンナ / 高木剛 / 稲葉宏 ……… 56
7-3「高齢者 A」………………………………… 佐伯久美子・曽婉君・武藤祐子・松下能万 / 梅原幸子・吉田滋 ……… 68
7-4「障害者 A」……………………………………………………………………… 宮秋道男 / 大曽根邦彦 / 山内貴子 ……… 79
7-5「福祉運営」……………………………………………………………………………………… 狐塚七重 / 金昡廷 ……… 9
7-6「地域の生活と福祉」………………………………………………………………………… 三輪秀民 / 安藤健一 …… 10
7-7「高齢者B」………………………………………………………………………… 鄭春姫 / 廣瀬圭子・田口孝行 …… 110
7-8「自主企画分科会①」…………………………………………………………………… 山下英三郎 / 藤本ヘレン …… 11
7-9「自主企画分科会③」………………………… 稲葉宏 / 谷晴夫 / 小松順子 / 相澤クイーン / 知野吉和 / 斎藤洋 …… 1
Ⅲ 大会テーマ投稿論文
Ⅲ-1 社会福祉法の「運営適正化委員会」による「あっせん」実施状況― 全国アンケート調査に基づく考察 ―
………………………………………………………………………………………………………… 佐藤みゆき …… 148
Ⅲ-2 反貧困のための社会デザイン― つながりと共生をもとめて― …………………………………… 須田研一 …… 15
Ⅲ-3 国際福祉における貧困へのソーシャルワークアプローチ ………………………………………… 中嶋裕子 …… 156
Ⅲ-4 就労と精神障害者のQOLに関する一考察 …………………………………………………………… 鄭敏基 …… 160
Ⅲ-5 習校との連携による実習懇談会縦断調査から見る「研修効果」の一考察
~当法人の人材確保・定着・育成への取り組みから~ …………………………………………… 服部安子 …… 198
Ⅳ 2010 度学生研究奨励賞受賞論文要約
……………………………………………………………………………………………… 鯉沼 信吾 / 武部 明子 …… 170
Ⅴ 2010 年日本社会事業大学社会福祉学会(木田)賞受賞者 ……………………………………………………………………… 179
Ⅵ 日本社会事業大学社会福祉学会事業報告
2010 年総会資料 ……………………………………………………………………………………………………………………… 181
第 49 回社会福祉研究大会プログラム ……………………………………………………………………………………………… 19
地方集会 ……………………………………………………………………………………………………………………………… 00
〈巻頭言〉
日本社会事業大学社会福祉学会の使命
日本社会事業大学社会福祉学会会長
日本社会事業大学大学院特任教授 大 橋 謙 策
日本社会事業大学は、社団法人日本社会福祉教育学校連盟加盟校 17 校の中で、唯一厚生
労働省から社会福祉従事者の養成を委託されて、学校経営が成り立っている大学である。そ
の“委託契約”において、本学は「社会福祉従事者の養成・研修のナショナルセンター」と
しての機能を充実させ、国内外からの社会的評価を得られるような教育・研究を推進するこ
とが求められている。この「社会福祉従事者の養成・研修のナショナルセンター」としての
機能の具現化の一つが日本社会事業大学社会福祉学会の充実と発展である。
日本社会事業大学社会福祉学会は、3つの目的をもつて 1960 年に創設された。目的の第
1は、日本の社会福祉実践の第一線で、リーダー的役割を果たすことを目指して養成された
本学の卒業生が自らの実践をまとめ、活動を振り返り、新たな社会福祉の理論を学ぶ“リカ
レント教育”の機会を提供し、そのことを通して卒業生のいる職場の実践の向上、日本の社
会福祉実践の向上に寄与できると考えたからである。
第2の目的は、卒業生の実践、活動を在学生が見聞きすることにより、在学生の社会福祉
学への学究的向上心を高め、日本社会事業大学の建学の精神である「窮理窮行」能力を高め
る機会にすると同時に在学生の卒業後の社会福祉現場におけるキャリアデザインを可視化
し、その力を豊かにすることである。
第3の目的は、日本社会事業大学の教員が大学の使命を弁え、日頃研究していることを披
瀝し、社会福祉実践の向上に向けて地域貢献・社会貢献することである。
このような理念をもつて創設された日本社会事業大学社会福祉学会の活動が充実し、活発
化することは、結果として日本社会事業大学経営の基本である委託の使命である「社会福祉
従事者養成・研修のナショナルセンター」機能の具現化の一翼を担うことになる。
したがつて、日本社会事業大学社会福祉学会は閉ざされたものでなく、学会員を中心に
しつつも卒業生は固より広く社会福祉関係者が学ぶ機会として開放されている。とりわけ、
--
010 年6月に行われた学会は、学会という固いイメージを払拭し、多くの方が参加しやす
いようにと「社大福祉フォーラム 010」と名称も変えた。清瀬市は、保健・医療・福祉の
関係施設が多数あるところであり、日本社会事業大学自体清瀬に移転する際に 100 を超える
社会福祉法人の協力を頂き、「日社大をかこむ地域福祉連絡会」を結成させて頂いたのも本
学が果たすべき地域貢献・社会貢献を考えてのことであり、同時に、単科大学としての日本
社会事業大学が教育・研究している社会福祉学は臨床科学であり、現場実践との協働なくし
てその教育・研究を推進しえないと考えたからである。そのような本学の使命と立ち位置を
考えれば、日本社会事業大学社会福祉学会が地域の関係者に開かれているのも教員の研究業
績を社会還元するのも当然の帰結である。
010 年は学会が創設されて 50 周年である。改めて、学会員は固より、日本社会事業大学
の教職員並びに同窓生に学会創設の理念と日本社会事業大学に課せられた使命を想起して頂
き、学会創設の原点に帰り、今後とも学会の充実強化に取り組んで欲しいものである。
ところで、本来ならば、010 年が学会創設 50 周年であり、記念行事を行うところであるが、
学会のポイントは研究発表大会にあるので、011 年の第 50 回研究発表大会の際に記念行事
を行い、改めて学会創設の原点を確認したいと思っている。
--
大会テーマ講演
「貧困大国アメリカに見る日本の未来」
―未来は市民が選びとる―
(講師) 堤 未 果
プロフィール
東京生まれ。ニューヨーク州立大学国際関係論学科学士号取得。ニューヨー
ク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。国連、アムネスティインター
ナショナル NY 支局員を経て、米国野村證券に勤務中に 9・11 同時多発テ
ロに遭遇。以後ジャーナリストとして各種メディアで発言、執筆・講演活
動を続ける。
※ 御本人のご希望により講演録の掲載はご遠慮させていただきました。
【参加者感想】
私は堤さんの講演を聞き、アメリカの貧困化や格差がすすんでいるのは、政府の政策にあることにと
ても驚きました。
軍事予算アップによる社会保障費ダウンが医療福祉を民営化させてしまい、貧困地域の人々は十分な医
療・福祉を受けることが出来ないために、さらに格差が広がるということがわかりました。また、中流
の人々が大学へ行くために奨学金を借りても、ワーキングプアになることも有り、中流の人々でも貧困
におちいってしまうことを知りました。自分の中でアメリカは豊かなイメージが大きかったのですが、
今回の講演で、貧困によって苦しんでいる人も多いという事実も知ることが出来ました。
(福祉援助学科 1 年)
今回堤さんの講演を聞いて、アメリカが貧困大国なことに正直驚きました。私の中でのアメリカのイ
メージだと、「自由な国」というイメージが強かったので今回の堤さんの講演はすごく考えさせられる
ものでした。私が今回の講演の中で一番驚かされたのは、「落ちこぼれゼロ法」です。軍が学校へ生徒
の個人情報を提出しろと言い、提出しなければ予算はゼロなんて日本ではまず考えられない話だと思い
ました。しかもその個人情報を利用して、生徒に直接電話して学校にまでジープで来て軍へ勧誘するな
んて本当に最低だと思いました。その勧誘する時には軍のいい所しか言ってなくて、子どもなら簡単に
信じてしまうだろうなと思いました。今まで「貧困」なんてことを全然気にしないで生きてきたけれど、
今回の講演を聞いて私たちも他人事ではないなと感じました。ニュースや新聞などをしっかりチェック
して日本の未来について考えていかなければならないと思いました。私たち市民一人一人が日本の未来
について考え、日本の未来を変えていければいいなと思います。
(福祉援助学科 1 年)
--
大会テーマ報告
「すべての人間が人間らしく働き生活する権利の確立を目指して」
―弁護士及び弁護士会の取組を中心に―
(埼玉総合法律事務所 埼玉県弁護士会) 猪 股 正
平野 午後の部は、最初に今回の大会のテーマで
子の中の3ページ以下に、朝日新聞の記事があり
ございます貧困問題をさらに、日本の中での貧困
ます。そのあとに日弁連の人権大会の決議が2種
の取り組みということで、弁護士の方に来ていた
類、それから、22ページ以下に、日弁連の生活保
だきました。
護法改正要綱案を入れています。
今、日本弁護士会では、貧困の問題に対して大
もう一つ別刷りで、「すべての人が人間らしく
変積極的な取り組みをされております。今、日本
働き生活する権利の確立を目指して」というレ
の中では、貧困の問題が大きな問題になっており
ジュメがあります。大体レジュメの構成に沿って
ます。これを「権利」という観点から見てどう取
パワーポイントを用意しましたので、こちらの画
り組んでいくのかということで、今回は、埼玉総
面も見ながらお聞きください。
合法律事務所の猪股正弁護士に来ていただきまし
これは、「労働と貧困」という本です。あけび
た。
書房から昨年の5月に発刊されたものです。今日、
猪股弁護士は、一昨年、日本弁護士会が開きま
私がこちらの大学でお話する機会をいただいたの
した「貧困と権利」という問題のシンポジウムの
は、この本が一つのきっかけです。
事務局長というかたちで、弁護士会の貧困関係の
この本の編集は、日弁連の第五十一回人権擁護
取り組みを中心に取りまとめていただいた方でご
大会シンポジウム第三分科会実行委員会が担当し
ざいます。そして、また現在、貧困問題について
ました。人権擁護大会というのは、日弁連が毎年
の弁護士会の活動の中心的な役割を担っておられ
開催する日弁連内の最大の行事で、その時々の人
ます。
権課題を大会のテーマとして採り上げて、調査・
日本弁護士会の活動ということも含めましてお
研究・提言してきています。
話をいただこうと思っています。それでは、猪股
そこで、採択された決議が、日弁連の以降の活
先生、よろしくお願いいたします。
動指針となるという意味で、非常に重要な意味を
猪股
持つものです。
1 自己紹介と日弁連人権擁護大会について
これまで日弁連は、貧困問題をテーマに2回の
皆さん、こんにちは。ただいまご紹介いただき
人権大会を開催しています。最初は、200年、第
ました弁護士の猪股です。この春、日本弁護士連
四十九回釧路大会であり、「現代日本の貧困と生
合会の会長に新しく宇都宮健児さんが就任され、
存権保障」というテーマで、主に生活保護制度に
日弁連の中に貧困問題対策本部が新たに設置され
焦点を当てました。2回目は、200年、第五十一
ました。私は、この対策本部の事務局長をしてお
回富山大会であり、「労働と貧困」がテーマでし
ります。
た。そして、今年は貧困問題の第三弾として、
「子
最初に資料を確認いたします。まずは、この冊
どもの貧困」をテーマに、岩手で今年の10月7日
--
に開催されることになっています。
 多重債務問題と貧困問題
私は、2回目の「労働と貧困」をテーマにした
この多重債務問題は、弁護士が貧困問題に入っ
大会でシンポジウムの事務局長を務めました。今
ていく入り口になったという意味があると思いま
回は、この人権擁護大会までの経緯や、弁護士が
す。また、多重債務問題における様々な運動がこ
なぜ貧困問題に取り組むようになったのか、と
れまでに展開され、そこでの成功体験が、貧困問
いったことについて報告をということで、講演の
題における弁護士の取り組みを広げる一つの原動
機会をいただくことになりました。
力になったと思います。
そこで、多重債務事件について、少し詳しくお
2 弁護士の貧困問題への関わり
話ししておきたいと思います。
それでは、ここ数年の弁護士、弁護士会の動き
多重債務を抱えて返済が困難になった場合の借
を基本的には時系列に沿って振り返ってみたいと
金整理の法的手段の一つが、自己破産の申し立て
思います。
です。こちらの棒グラフ(図1)をみてわかるよ
ここでは、主に次の三つのことを一緒に考えな
うに、自己破産の申立件数は、10年代に入って
がら聞いていただきたいと思います。一点目は、
右肩上がりで増加し、特に10年代の半ば以降、
現場の実態の重要性、現場の実態を社会に可視化
急激に増加しました。
して目に見えるようにしていくことの重要性とい
もう一つ、折れ線グラフがありますけれども、
うことです。二つ目は、ネットワークを構築する
この折れ線グラフは、貸金業者の消費者向け無担
ことの重要性です。三つ目は、ソーシャルアクショ
保の貸金残高で、同様に、右肩上がりで増えていっ
ンの重要性です。この三つについて、一緒に考え
たわけです。
てもらいたいと思っています。
それと肩を並べるように、経済生活苦を理由と
する自殺者の数も急激に増加していきました。
(図
 数年前まで
2)棒グラフのほうが全自殺者の総数です。折れ
まず、誤解を恐れずに言うと、弁護士や弁護士
線グラフが、経済生活苦を理由とした自殺者数の
会が貧困問題に正面から取り組むようになったの
推移を示すもので、やはり10年代の半ばぐらい
は、つい数年前のことです。200年が節目となり、
から急激に増加しています。
それ以降、急速に取組が広がりました。
その一方で、いわゆるお金を貸す側のサラ金
それ以前は、ごく一部の極めて少数の弁護士に
は、この頃毎年のように過去最高益を更新してお
よる取り組みがあったにすぎないと言って過言で
り、長者番付にサラ金の創業者が名を連ねるとい
はないだろうと思います。例えば、全盲で司法試
う状況がありました。(図3)これは、200年に
験に合格して弁護士になった京都の竹下義樹さ
雑誌「フォーブス(Forbes)」に掲載されたもので、
ん、元厚生省の官僚だった京都の尾藤廣喜弁護士、
億万長者ランキング2位がアイフルの社長、3位
こういったごく少数の志の高い、言い方を変えれ
が元武富士の会長、6位がアコムの会長、1位が
ば、変わった人たちによる生活保護問題やホーム
プロミスの創業者の方です。
レス問題における取り組みがあったにすぎません
サラ金の創業者の方が億万長者ランキングに名
でした。
を連ねる一方で、自己破産や自殺者が増加してい
今日、ここで貧困問題について話をしている私
たわけです。
自身も、もともとは、正面から貧困問題に取り組
当時、貸金業者の多くは、民事上は利息制限法
んでいたわけではなく、消費者事件、中でも多重
に違反する違法金利だけれども刑事上は犯罪にな
債務問題に取り組んできました。
らない、いわゆる「グレーゾーン金利」の上限近
く、つまり、これを超えれば犯罪になるという出
--
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資法の上限金利2.2%に張り付いた金利で貸付を
すが、いわゆるヤミ金融の被害が深刻化しました。
していました。私たちは、深刻な多重債務問題の
ヤミ金融は、サラ金やクレジット会社から借り
主たる要因は高金利にある、年2%もの利息を取
られなくなった人を主なターゲットにしていま
ることが許されているのはおかしい、こんな金利
す。返済に行き詰まり、信用情報、いわゆるブ
はもともと返せない金利である、この高金利を是
ラックリストに名前が載った人たちの名簿が裏の
正しなければ多重債務被害はなくならないと考え
世界に出回っています。その名簿を見てダイレク
て、高金利引き下げ運動を、当事者の人、弁護士、
トメールを送り付けたり、携帯電話に勧誘の電話
司法書士などで協力して展開してきました。
をしたりしてお金を貸し付けます。その際の金利
この運動の先頭に立ってきたのが、この春、日
は、年数千%、年数万%であり、とんでもない超
弁連の会長になった宇都宮健児さんや、日弁連貧
高金利です。
困問題対策本部の本部長代行をしている大阪の木
当然、返せませんから、返せなくなると、執拗
村達也さんです。
で悪質な取り立てを繰り返して返済を迫るという
生活保護やホームレスの問題に取り組む弁護士
手口が横行しました。
は、ごく少数でしたけれども、この多重債務問題
例えばヤミ金が1万5千円のお金を貸します。
や高金利引き下げ運動には、全国の多くの弁護士
返済の期限は1週間後とか、10日後です。利息は
がかかわり、本当に、
「この問題に命を懸けている」
2万円、1万5千円に対して、1週間で利息が
弁護士が全国にいるという状況でした。各地に多
2万円です。1週間後に元金の1万5千円と利息
重債務の被害者の会が立ち上がり、こういった被
の2万円、合わせて3万5千円を返さなきゃいけ
害者の人たちが、弁護士や司法書士と手をつない
ません。用意できなければ、最低限、利息の2万
で活動するという状況がありました。
円だけを入れます。そうすると、あと1週間待っ
2002年ころ、今からもう10年ぐらい前になりま
てくれます。また1週間たって3万5千円用意で
--
きないときは、また利息の2万円を入れなければ
は、私たちのところに相談に来る前に、お金をヤ
ならず、完済扱いにしてくれません。
ミ金に搾り取られています。所持金がなくて、2
なかなか3万5千円を用意できず、結局、利息
時間も3時間も歩いて相談にこられるという方も
の2万円を毎週毎週入れ続けて、半年たち、1年
中にはいらっしゃいました。
たち、1万5千円を借りたがばっかりに何十万、
多重債務問題やヤミ金の問題は、命にかかわる
何百万の返済を強いられるということになりま
問題です。また、実は、貧困の問題だったわけで
す。
す。ヤミ金からお金を借りる人は、もともと、収
これは、2003年の6月の新聞記事です。当時、
入がなかったり、あるいは低収入の人が多いわけ
大阪の八尾市で、ヤミ金からの取り立てを苦にし
です。弁護士に頼めば、ヤミ金20社、30社の取り
て、高齢のご夫婦とその兄弟が三人で鉄道の線路
立ては止まり、返済をしないでいい状態を作るこ
に座り込んで、鉄道自殺をするという痛ましい事
とができます。
件が起きました。お金を借りた歳の女性が亡く
しかし、もともとの低収入、低所得の状態は改
なるときに友人宛に手紙を残していて、そこには
善されていないので、再びヤミ金に手を出してし
このように書かれていました。「悪徳業者に引っ
まうという人が、10人のうち3人ぐらいいます。
掛かり大変困っております。2万円を借り入れし
私が実際に依頼を受けた方の中にも、ヤミ金の
て、1万円を支払わされている。『お金がない』
取り立てを止めましたが、またヤミ金から借りて
と言うと、『近所から取るからな』と脅され、毎
しまい、二度目なので、家族にも打ち明けられず
晩毎晩電話におびえています。主人も兄も私に同
に、秩父の山で、車の中に排気ガスを引き込んで
情して、死を決意してくれました。死をもってお
自殺されてしまった方がいました。
わびします」。
こういったヤミ金の現場、多重債務の現場での
八尾市長宛にも遺書を残していました。そこに
経験をする中で、私たち弁護士は、多重債務やヤ
は、「いくら払っても完済にしてくれません。悪
ミ金の問題を解決するだけでは足りない、多重債
徳業者のため、悔しいですが、死にます」という
務やヤミ金を解決する目的は生活の再建にあるの
遺書を残されて鉄道自殺をされました。
だから、さらに一歩踏み込んで生活保護の問題な
私が弁護士をしている埼玉では、2002年の夏、
どに取り組む必要がある、そうでなければ、本当
奥さんがヤミ金数十社からお金を借り、過酷な取
の意味でその人を支援したことにはならないと実
り立てに耐えられず、夫と一緒に逃げました。
感するようになっていきました。
もうどうにもならないと思って睡眠薬を飲んで
ここ社会事業大学で、湯浅誠さんも講演をされ
二人で心中を図り、それでも死にきれずに、二人
ているそうですが、私が湯浅さんに初めて会った
で車に乗って鉄柱に激突して死のうと試みたりし
のは、200年の1月です。このとき、さきほどの
ましたが、死ぬことができませんでした。最後に
埼玉のヤミ金の弁護団のほうで、生活保護の利用
は取り立てから逃れられないことに絶望して、夫
支援にまで活動の幅を広げようということにな
が妻を絞殺するという悲惨な結果となりました。
り、湯浅さんを講師に招き生活保護の問題につい
その当時、埼玉の弁護士の有志が集まり、ヤミ
て話をしてもらいました。それが湯浅さんとの出
金の被害対策弁護団を立ち上げ、被害者から依頼
会いでした。
を受けてヤミ金の取り立てを停止させ、警察に対
このように、多重債務問題や高金利引き下げ運
して刑事告発をし、あるいは刑罰を加重しないと
動に多くの弁護士が関わり、多重債務やヤミ金の
抑止力にならないとして法改正を求める運動を進
被害者の支援に現場で取り組む中で、これらの問
めるなどしました。
題の背景に貧困の問題があるとの実感を持って
ヤミ金からの取り立てに苦しんでいる人の多く
いったことが貧困問題における弁護士の取り組み
--
拡大の素地となったと思います。
が、生活苦・低所得、これが2%です。そのほか
に病気・医療費、失業・転職、給料の減少といっ
 2006 年釧路大会
たものが上位を占めています。
そういう中で、貧困問題での弁護士の取り組み
このようなデータなどから、貧困が原因で多重
が大きく広がるきっかけになったのは、200年に
債務に陥った人が多いということ、また、本来は
釧路で開かれた第四十九回の人権擁護大会です。
社会保障制度で生活を支えられるべき人たちがサ
冒頭でも少し触れましたが、この大会は、日弁連
ラ金からお金を借りており、サラ金が、「貧困ビ
が貧困問題を初めて正面から採り上げた大会であ
ジネス」として、不安定な人の状況を一層悪化さ
り、「現代日本の貧困と生存権保障」というテー
せているといったことが、この大会を通じて確認
マで、特に生活保護の問題に焦点を当てたもので
されました。
した。
また、豊かと言われる日本において、実は、人
この大会を通じて、「多重債務問題は、貧困問
が餓死をするという事件が相次いで起きていると
題である」という確認が、弁護士会としてなされ
いう事実が、与えた衝撃も大きかったと思います。
ました。見てもらっているのは、日弁連が行った
この大会が開かれたのは、200年の10月ですけ
破産記録調査の結果です(図4)。これは、裁判
れども、その年の5月には、北九州の門司で餓死
所と協力をして、裁判所にある破産事件の記録を
事件が起きています。その前の年には、同じく北
調査し、破産の申し立てをした人の特徴をまとめ
九州の八幡東という所で餓死事件が起きました。
たものです。
大会の翌年には、北九州の小倉北で餓死事件が起
右側が、破産申し立てをした人の月収の分布で
きました。
す。5万円未満の人が33%、20万円以下の人が約
200年1月の八幡東事件は、要介護状態の歳
8割です。左側が、破産をした原因を円グラフに
の男性が自宅で餓死しているのが発見されたとい
まとめたものです。破産の原因として一番多いの
う事件です。この方は、2004年の10月から12月に
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- 10 -
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18%
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14%
かけて、生活保護の申請のために何度か窓口を訪
官から民へ)にある。労働規制の緩和によって、
れたけれども、3人の子どもに、
「面倒を見てくれ」
企業は、雇用を正規雇用から非正規雇用に置き換
ということを頼んでいないことを理由に申請でき
え、それが不安定就労・低賃金労働の増大をもた
なかった人です。
らし……」たとし「このような貧困や格差を根絶
200年5月の門司の事件では、4歳の独り暮ら
するためには、本来、労働法制や社会保障制度
しの男性が市営団地の一室で餓死しているのが発
全般の根本的な見直し・是正提言が必要である」
見されました。この方は、市の住宅供給公社の職
「本決議においては、『貧困の連鎖』を断ち切るた
員に、衰弱しているのを発見されて、前の年の9
めの第一歩として、生命の維持さえも危ぶまれる
月と12月に生活保護申請のため保護課を訪れまし
人々の尊厳に足る生存を実現することを求めるべ
たが、「次男とか、長男の人がいるでしょう。そ
く、生活保護制度に特に焦点を当てた次第である」
の人たちに養ってもらいなさい」と言われて、生
と述べています。
活保護を受け付けてもらえませんでした。これが
この大会を通じて、「多重債務問題は貧困問題
門司事件の現場の写真です。
である」という認識が広がり多重債務やヤミ金の
これは、小倉北事件で亡くなった方がお住まい
問題などの消費者事件に取り組んできた弁護士
になっていた家です。私も、この場所に行きまし
が、貧困の問題に正面から取り組もうというとう
たが、壁にはあちこち穴があいていました。
いことになり、従前から生活保護やホームレス問
こういった餓死事件が、以前から相次いで起きて
題に取り組んできた法律家と力を合わせるという
いるということが釧路大会で報告されました。
ことになり、ここで大きくウイングが拡大するこ
四十九回の人権大会決議は、資料集の5ページ
とになりました。
以下です。タイトルは、「貧困の連鎖を断ち切り、
決議の本文5ページには、日弁連としての決意
すべての人の尊厳に値する生存を実現することを
表明部分があります。「当連合会は、生活保護の
求める決議」です。
申請、ホームレス問題などの生活困窮者支援の分
この決議本文の第二段落では、「失業や不安定
野における従前の取り組みが不十分であったとい
就労・低賃金労働の増大などによって生活困窮に
う反省に立って、今後、研究・提言・相談・支援
陥り、高利の貸金業者から借り入れをして多重債
活動を行い、より多くの弁護士がこの問題に携わ
務の陥った人々は200万人以上に上る。また、仕事、
ることになるよう実践を積み重ね、生活困窮者支
家族、住まいなどを次々と喪失し、これが世代を
援に向けて全力を尽くす決意である」として、強
超えて拡大再生産されるという『貧困の連鎖』が
い決意を表明しています。
生じる中、社会から排除された人々の餓死事件や
もう一つ大きかったことは、この大会に向けた
経済的理由による自殺が相次いでいる」とまとめ
取組を通じ、生活保護の申請等を援助する法律扶
ています。
助制度が立ち上がったことです生活保護の窓口で
大会では、貧困の拡大の要因についても検討さ
のいわゆる水際作戦を防ぐため、弁護士が生活保
れ、特に、10年代以降進められてきた構造改革
護申請に同行するといった支援活動を行う場合の
政策が大きな要因であることが確認されました。
法律扶助制度を日弁連が資金を出して作り、当事
決議7ページ第二のところですが、「以上のよ
者の方は、この制度を利用すれば、経済的負担な
うな『貧困の連鎖』、生活困窮者の増大と貧困の
しに弁護士の援助を受けられるということになり
深刻化の要因は、主に、日本政府の『構造改革』
ました。この制度ができたことも、弁護士の取り
政策、つまり市場の障碍物や成長を抑制するもの
組みが広がる大きな力になったと言えます。
を取り除くという『市場中心主義』のもとにおけ
る規制緩和と、政府活動の見直し(小さな政府、
- 11 -
 金利引き下げ運動成功の影響
与え、原動力になったと思っています。また、金
金利引き下げ運動の成功の成功と、その影響に
利引き下げ運動で展開された運動モデルが参考に
ついても触れておきたいと思います。
なって、貧困の運動が拡大してきているというこ
金利引き下げ運動の特徴は、三つぐらいあると
とも言えると思います。
思っています。一つは、実態の可視化、二つ目が
200年の四十九回人権大会があった翌年3月24
ネットワークの構築、三つ目が重層的な運動の展
日に、宇都宮健児さんが代表、湯浅誠さんが事務
開です。
局長の「反貧困ネットワーク」準備会による集会
実態の可視化という点では、各地に多重債務の
が開かれました。その翌月には、「首都圏生活保
被害者の会ができあがり、被害者の方自身が前面
護支援法律家ネットワーク」が立ち上がります。
に立って被害の実態を自分の声で訴えるというこ
四十九回人権大会後、呼びかけに応じて集まった
とが各地で行われました。それによって、多重債
100人くらいの弁護士及び司法書士でスタートし、
務被害の実態が社会に可視化されました。
現在は約300人の法律家が参加しており、生活保
二つ目は、弁護士、司法書士、被害者の会のネッ
護の申請支援などをしています。 首都圏のネッ
トワークがうまくでき、そのネットワークの力が
トワークが立ち上がったあと、東北、九州、近畿
マスコミをも動かしたということが言えます。
など各地に同様の法律家ネットワークが設立され
三つ目は、運動が重層的に展開されたというこ
ていくことになりました。
とです。多重債務問題に取り組む「クレサラ対協
首都圏のネットワークの場合、私の事務所に
(全国クレジット・サラ金問題対策協議会)」、裁
ネットワークの受付電話を置いています。生活保
判の場で債務者側に有利な判決を次々と獲得して
護の申請をさせてもらえなかったとか、生活保護
いった「日栄・商工ファンド対策全国弁護団」な
に関連して相談を受けたいという人からの電話を
どの民間団体があり、日弁連の中には、「金利引
受けます。
き下げ実現本部」が設置されました。
ボランティアで手伝っていただいている方に電
こういったところが、それぞれ運動を展開し、
話を受けてもらい、電話をかけてきた方の状況、
国会議員への要請活動や、地方議会での意見書採
相談の概要を聞き取り、電話をかけてきた方がい
択運動が行われ、裁判の場では、平成1年ころか
る場所に近い弁護士や司法書士を紹介します。
ら、債務者側勝訴の最高裁判決が続きました。
受付で聞き取った内容は法律家にファクスで送
その結果、200年12月、釧路の人権大会の2カ
り、相談者の方が、改めて紹介された弁護士や司
月後、貸金業法の改正が実現しました。
法書士に電話をします。そのうえで、もう一度話
これは、宇都宮健児さんや木村達也さんが中心
を聞いてもらって、必要があれば、弁護士や司法
となって30年間運動を続けられ、その努力の末に、
書士が生活保護の窓口に同行するというかたちで
市民の力で実現できた成果です。金利の引き下げ
活動をしています。
については、サラ金だけでなく、アメリカ資本も
200年の6月には、生活保護問題対策全国会議
反対しており、「金利規制は廃止し、市場の自由
が立ち上がりました。その後、厚生労働省が生活
に委ねる」というのがアメリカ資本の考え方でし
保護基準を引き下げようとした際、生活保護問題
た。
対策全国会議が引き下げに反対する運動の中心に
これらの大きな勢力に対して、弁護士、司法書
なりました。
士、被害者本人が、市民運動で30年闘った末、法
改正を勝ち取ったわけです。
 2008 年富山大会
この金利引き下げ運動の成功というのは、その
釧路の人権大会の2年後、200年に富山で第
後の貧困問題における運動の拡大に大きな勇気を
五十一回の人権大会が開催されることになりま
- 12 -
す。貧困問題の第二弾でした。このときのテーマ
念ながら、窓口規制などによって受け止められな
は、「労働と貧困」です。
い、支えられない人がいます。
なぜ「労働と貧困」がテーマに選ばれたか、資
そうすると、さらに下に落っこちてしまい、ホー
料の朝日新聞の記事(図5)を見てください。こ
ムレス状態になってしまうとか、生きていくため
の絵のように、一番上に雇用のネットがあります。
に、借金をして多重債務状態になる、盗みをして
上が正社員の人、その下に非正規の人たちがいま
刑務所に入る、自殺する、餓死するということに
す。
なってしまう。そういう社会状況なわけです。
非正規雇用の人の賃金水準は、正社員の人の半
釧路大会のときには、最後のセーフティーネッ
分程度であり、低賃金のため生活が困難になる人
トである生活保護制度に焦点を当てたわけですけ
が少なくありません。また、非正規雇用は短期の
れども、上のネットが穴だらけなので、生活保護
細切れ雇用が多いので、雇用が切れて無収入にな
のところまでどんどん落ちてきてしまう人がたく
ります。雇用のネットから、下に落っこちていっ
さんいるわけです。
てしまうわけです。
そうなると、生活保護制度だけでは支えきれな
そのときに、生活を支えるのが社会保険のネッ
い。生活保護より上のネットの問題、特に、貧困
ト、中心は雇用保険です。ところが、この雇用保
拡大の大きな要因になっている雇用の劣化、非正
険も、OECDのデータによれば、全失業者の中で
規雇用の拡大の問題に踏み込む必要があるという
失業保険の給付を受けている人は、23%でしかあ
ことで、「労働と貧困」がテーマに選ばれました。
りません。そうすると、%の人が、この社会保
大会の準備として、この年の6月に、全国一
険のネットからも擦り抜けていってしまいます。
斉「非正規労働・生活保護ホットライン」を実施
一番下に、最後のセーフティーネットである生
しました。各地、相談が殺到し、相談の電話が途
活保護制度があるわけですけれども、ここでも残
切れることがありませんでした。日弁連が実施し
図5
た電話相談の中で過去最多のアクセス数で、1日
で1万1,件でした。電話が殺到し、そのうち、
着信したのが1,4件、着信率12.%という状況で
した。
相談内容を一部ご紹介します。
40代女性。「派遣社員。正社員と全く同じ時間、
同じ仕事をしている。でも、給料は手取り1万円、
年収220万円ほどで、それに対して正社員は、お
んなじ仕事をしていて00万円だ。ストレスがた
まってキレそうである」。
0代女性。「給料が時給00円。7年かけて、よ
うやく100円上がって00円になりました。ある日、
会社から、
『おまえは、もう要らん』と言われた」。
40代男性。「派遣社員は、休憩室で居眠りして
はいけない。休憩時間中も携帯メールをしてはい
けない。携帯電話を勤務場所に持ち込んではいけ
ない。駐車場を利用してはいけない。正社員と比
べて、こういった待遇差別がある」。
30代男性。「3カ月分賃金が未払い。そのため、
- 13 -
別の派遣先で働くが、その間に困窮して派遣先で
年代の半ばからほとんど行われていない。産業別
借金をしたところ、賃金を全額相殺されてしまっ
ではなくて企業別組合であるために、なかなか闘
た。来月までの生活費がなく、自殺を考えている」。
えない。」との指摘がある一方で、組合批判は避
40代男性。「月10時間の時間外労働をしていま
けるべきとの意見もありました。
す。勤務時間は、朝の8時半から夜中の2時半ま
決議では、「登録型派遣は廃止」を提言してい
でです。家庭生活が壊れ、親の介護を任せていた
ます。登録型派遣っていうのは、派遣会社に登録
妻は、家を出ていってしまいました」。
だけしておいて、仕事があるときだけ派遣される
このような相談が、全国各地から寄せられました。
わけです。仕事がないときには派遣されないので、
大会の準備として、労働者の方と面談し聞き取
無収入になってしまいます。そういう極めて不安
り調査も実施しました。
定な働き方なので、「これは廃止すべきだ」とい
その声をいくつかご紹介します。
う意見が強かったですが、「そこまで言い切って
30代女性・派遣。「普通に働いて、普通に結婚
いいのか」という慎重意見が、議論の中で出され
して、子どもを生む。そういう普通の生活がした
たこともありました。
かったです」。
実は、日弁連は、労働者派遣法が導入された
30代男性・派遣。「自分たちは、大きなことを
1年当時、労働法の根幹に関わる問題であり、
望んでいるわけではありません。正社員に見劣り
派遣法導入により労働者が劣悪な労働条件に固定
するような仕事はしていません。なぜ直接雇い入
化されてしまうと導入に反対していました。にも
れてくれないのか」。
かかわらず、派遣法が導入され、危惧していたと
30代女性・派遣。「望むことは、首にならない
おり、不安定雇用が広がるということになりまし
こと、8時間睡眠、借金をしなくて済むこと」。
た。
20代男性・派遣。「期限である10月で契約を切
「構造改革政策は、批判ばかりでいいのか」と
られたら、自分がどうなるかわからない。秋葉原
いう意見に対しては、「かつては、自由競争に委
の事件もひとごとではない」。
ねるという消極国家観が広がっていた。その結果、
こういったたくさんの働く人の声がありまし
貧富の差が拡大し、様々な矛盾や、社会的な緊張
た。
が生じた。そういったことを乗り越えるために、
こうした調査を踏まえ、日弁連としてのその後の
個人の権利・自由の享受の実質的な平等を確保す
行動指針となる大会決議が採択されました。
るために、国家が個人の社会経済生活に積極的に
「そこでの議論の紹介も」というリクエストで
介入するということになった、憲法2条は、こう
すが、この決議をまとめるのは、なかなか難しい
いった積極国家・社会国家の理念に基づく。今こ
作業でした。というのも、これは労働問題には、
そ、憲法がよって立つ社会国家の理念や生存権保
労働者側と使用者側の対立があります。弁護士の
障の重要性を確認することが重要だ。」という確
中にも、労働側の弁護士と経営側の経営法曹がい
認がなされました。
ます。
最終的に、資料集にある、「貧困の連鎖を断ち
経営法曹の人からは、「構造改革政策は、経済
切り、すべての人が人間らしく働き、生活する権
のグローバル化、産業の空洞化が進む中で国際競
利の確立を求める決議」が、全会一致で、1人の
争に勝つためにやむを得なかったのではないか。」
反対もなく採択されました。経営側の法律家も、
という意見も出されました。
この決議の採択について反対をしなかったわけで
労働組合について「労働組合の後退が、貧困の
す。
拡大に歯止めをかけられなかった要因の1つであ
この200年富山大会を通じて、さらに取り組み
る。組織率も8%程度と低く、ストライキも10
が広がりました。法律家の中で、200年の釧路大
- 14 -
会のときには、社会保障運動と消費者運動がつな
日比谷の年越し派遣村の取り組みによって、生
がりましたが、今度は、労働の問題に取り組んで
活保護の窓口規制が緩くなり、申請の壁が低く
きた人たちにまで、さらにウイングが広がりまし
なったと思いますし、派遣村の取り組みを契機に、
た。
労働者派遣法の抜本改正に向けて政治が大きく動
きました。これも、ぼろぼろになった労働者の実
 富山大会後
態がテレビを通じて社会に可視化されたことが、
この人権大会の直後、リーマンショックに端を
大きく影響していると思います。
発する世界同時不況が到来しました。大量の派遣
よりよい福祉を実現していくためには、福祉の
切りが行われ、仕事を失い、所持金がなくなり、
現場で働く人が、そこで見える実態、問題点を可
住まいまでも失うという、明日生き延びることさ
視化して社会に伝えていくということが非常に重
えも困難な人が続出するということが、この富山
要だと思います。
大会の直後に起きたわけです。
第二は、垣根を越えた市民のネットワークの構
そして、日比谷公園に年越し派遣村が開かれた
築が重要だと思います。金利引き下げの運動が成
のがこの年の年末です。
功したのは、被害者の会、弁護士、司法書士など
私も、12月の末から1月5日まで派遣村にシュ
のネットワークができて、重層的な運動が展開さ
ラフを持ち込んで、ずっとそこに詰めて相談に対
れたからです。
応しました。このとき、富山の人権大会を担った
200年以降、弁護士による貧困問題の取り組み
労働や生活保護問題に取り組む弁護士が相談のテ
が急速に拡大したのは、社会保障、消費者、労働
ントで中心的な役割を果たしました。
の分野で、それまでは別々に取り組んできた人た
派遣村で年が明けて200年9月に政権交代があ
ちが、垣根を越えてつながったからです。年越し
り、日弁連は派遣法改正の問題に取り組み、11月
派遣村が実現したのも、労働組合や社会保障運動
には、湯浅さんが内閣府に参与として入り、ワン・
に取り組む人たちが、政治的な立場を越えてつな
ストップ・サービス・デイが実施され、東京都で
がったことが大きいと思います。
は、公設派遣村が設置されました。
貧困問題は、労働の問題、性別、多重債務、高
そして、今年4月、反貧困ネットワークの代表
齢者、障がい者、子ども、こういったさまざまな
でもある宇都宮さんが日弁連の会長となり、貧困
問題が折り重なり、絡み合っています。問題解決
問題対策本部が設置されました。今年は、10月7
のためにも、幅広いネットワークの構築が重要で
日に岩手で「子どもの貧困」をテーマに人権大会
す。
が開催されます。
第三は、ソーシャルアクションの重要性です。
福祉の現場にあるさまざまな矛盾を可視化して、
3 最後に
垣根を越えた市民のネットワークを構築し、より
最後に、「福祉の関係者の方にメッセージを」
よい社会、すべての人が人間らしく働き、生活す
ということで依頼を受けています。重要だと思う
ることができる社会の構築を目指して、社会運動
ことを三つお話しします。
を興し広げていくことが重要だと思います。弁護
第一に、当事者の人の声や、現場の実態を可視
士や弁護士会は、そのためのかすがい、つなぎ役
化して社会にちゃんと伝えていくことがとても重
として、役割を果たし得ると思っています。
要だと思っています。金利の引き下げの運動が成
本日、お手元の資料の中に、日弁連の生活保護
功したのも、多重債務やヤミ金の被害者の人が、
法改正要項案のパンフレットを入れさせてもらい
前面に立って、被害実態を自分の声で伝えていっ
ました。日弁連としては、生活保護制度が十分に
たことが非常に大きかったと思います。
機能するためには、地方の財政負担を減らすこと、
- 15 -
国の責任でケースワーカーを大幅に増員すること
平野 猪股先生、本当にどうもありがとうござい
などが必要だと思っています。そうすることで、
ました。本当に国民の悲鳴が聞こえてくるような
生活保護制度を困った人にやさしく手を差し伸べ
実態を話してもらいました。その中で、弁護士の
る制度にしていかなければならないと思います。
皆さん方の活動、それから、今後、私たちに求め
そのためには、福祉の現場から声を上げ、連携
られる課題のお話でした。本当にどうもありがと
して運動を構築していく必要があります。
うございました。
皆さん、すべての人が人間らしく働き、生活す
最後に、これからも、ぜひ、日弁連はじめ弁護
ることのできる社会の実現に向けて一緒に頑張り
士の皆様方、また、猪股先生のご活躍を祈念しま
ましょう。今日は、ご清聴、どうもありがとうご
して、再度、大きな拍手をお願いします。
ざいました。
(拍手)
- 16 -
「教 員 研 究 報 告」
報 告 1:藤井 賢一郎(社会福祉学部教授)
「介護人材の確保と専門性―事業者の人的資源管理の視点から―」
報 告 2:山口 幸夫(特任准教授)
「多文化ソーシャルワーク―散住地域における外国籍等児童の現状と支援に関する研究―」
介護人材の確保と専門性
―散住地域における外国籍等児童の現状と支援に関する研究―
藤 井 賢一郎 平野:続いて、次のプログラムである教員の研究
そういう私が介護人材の問題に取り組むきっか
発表に移ります。
けは2004年のことです。ちょうど会社を辞めて、
それでは藤井先生、よろしくお願いします。
自分一人で仕事をしてみようというときに、最初
藤井:ご紹介いただきました藤井です。どうぞよ
に声をかけてくれたのが、全社協(全国社会福祉
ろしくお願いします。日本社会事業大学で専任教
協議会)の介護の人材に関するプロジェクトだっ
員になり今年が3年目です。その前に1年客員教
たのです。その頃は、まだ介護人材が不足してい
授としてゼミを持たせていただいていました。私
るという認識がなかった中で、介護の専門性を高
が籍を置いている専門職大学院、特に、私のいる
めることと、介護従事者の処遇をよくすることと、
ビジネスマネジメントコースは、ほとんど茗荷谷
それから、サービスの質を高めること、これらを
での授業・ゼミになっていることもあり、清瀬に
三位一体でやるべきではないかという問題意識
来ない日も多いため、私を初めて見た学生・院生
で考えらえていました。このプロジェクトは、ま
の方もいるのではないかと思います。
た、当時の厚生労働省老健局振興課の肝いりのプ
本日は、「介護人材の確保と専門性」というこ
ロジェクトでもあったようです。
とで話をいたします。
このプロジェクト中では、まず、介護福祉士を
私は、以前民間企業(シンクタンク)に12年余
取得して以降のキャリアパスとして、ファースト
り勤務しておりまして、そこでの業務の半分くら
ステップ研修、セカンドステップ研修、介護統括
いは、政策を作るための基礎調査であり、残りの
責任者という研修体系を提案しました(ファース
半分は、地方公共団体の仕事や、民間の企業の商
トステップ研修については、介護福祉士会を中心
品開発や企業を立ち上げるといった仕事をしてお
に徐々に広がりをみせています)。それから、事
りました。こうした経歴上、私の専門の福祉経営
実上介護の入り口資格となっている訪問介護員2
の中でも、主として、戦略、財務について、自分
級の130時間研修が、いかにも不十分だというこ
の専門としておりました。
とで、介護職員基礎研修500時間を提案するなど
- 17 -
しました(これはご存じのとおり、のちに制度化
しました)。
Ken Fujii, Ph.D.
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とを仕事として与えられたわけですが、当時は、
介護人材の専門性についてほとんど理解していな
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かったのが正直なところです。全社協の主担当
は、現在の厚労省社会福祉専門官の諏訪(徹)さ
んでした。当初、諏訪さんと私とが着目したのは、
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Japan College of Social Work JCSW
ル、コンセプチュアルスキルをどう強化するのか
といった考え方でした。
「今後の介護人材養成の在り方に関する検討会」
しかし、この検討委員会の委員である上智大学
は、山井厚生労働大臣政務官の肝いりで設置され
の栃本(一三郎)先生に、「介護の専門性」を理
た委員会です。この委員会で、図表1の左側にし
解し、それをきちんと踏まえる必要がある、と適
めされた現状を、右側に示すような再構築が必要
切な助言をいただき、検討の方向性を変えました。
だということが明確にされているわけです。これ
具体的には、まず、先進的な介護をしている事業
までは、将来ヘルパー資格を廃止し、基礎研修あ
所10か所にヒアリングをさせていただきました。
るいは介護福祉士に一本化するという方向性を国
通常、ヒアリングというと、1カ所で1~2時間
は示していたわけですが、この方針が変更された
聞いて終わりですが、このプロジェクトでは、各
といってもよいでしょう。その背景には、2006
事業所にこれはと思う介護職員の方を5人選んで
~ 2007年あたりの景気の回復期に、介護人材確
もらい、各2時間ずつ、延べ50人100時間にわたっ
保が困難になり、いきなり500時間の研修という
て、個々の介護職員のキャリアや専門職として意
のが現実的でなくなったことあると思います。
識、働き方などをお聞きいたしました。
したがって、1つは入り口資格としてヘルパー
ここで、私は、介護職員の専門性ということに、
2級は再編成して、介護福祉士までのキャリアを
遅まきながら認識を新たにしたというわけです。
再構築するということが重要になっています。ヘ
サービス経営において、プロセスをグリップす
ルパー2級の再編成については、昨年度から長寿
るか、タレント(人材)をグリップするかが問わ
社会開発センターで議論・検討されています。そ
れます。私は、このプロジェクトを通じて、福祉
この下作業を依頼されて、大学院生で、介護福祉
経営において、タレントをグリップする意味と重
士をお持ちで、現場経験も5年ある白石(旬子)
要性に気がつかされました。
さんや田口(潤)さんに手伝ってもらいながらす
図表1は現在議論している「今後の介護人材養
すめているところです。
成の在り方に関する検討会」の資料として国が示
「今後の介護人材養成の在り方に関する検討会」
している図です。図左側にあるように、国家資格
で一番の議論になっているのが、この実務経験で
である介護福祉士以外に、ヘルパー2級、それか
介護福祉士を取得するルートの在り方です。ご存
ら先ほど言いまし基礎研修の2つの制度がありま
じのように、平成19年に法改正が行われ、国家資
す。まず、この3つ資格・研修で教えていること
格を強化するという大きな方向性で、養成校ルー
に一貫性があるかとか、この3つの何が違うのか
トの国家試験義務化とともに、実務経験ルートの
ということが、はっきりいえば混乱している状況
600時間課程義務化がなされています。この時間
です。
数が本当に妥当なのだろうか、ということが改め
- 18 -
て議論されているわけです。私の基本的な立場は、
た、先ほど申し上げた、ファーストステップ、セ
改めて議論するのであれば、この制度が議論され
カンドステップ、介護統括責任者という研修体系
た根拠にさかのぼって議論すべきだと思っていま
があります。専門介護福祉士は、専門技術、専門
す。
分野・領域という部分を焦点化していくキャリア
人手不足だから、介護福祉士のハードルが低い
なのだろうと思いますが、ファーストステップ以
現状を維持しようというのは、あまり意味のない
降のキャリアは、リーダーシップ、マネジメント
ことだと思います。むしろ、介護保険制度で議論
能力を高めていくというキャリアです。
されている地域包括ケアのあり方の中でも、介護
看護師についても、認定看護師、専門看護師、
福祉士が基礎的な医療、リハビリ、認知症のケア
認定看護管理者の三つの方向性を日本看護協会で
をできるようにするということが言われています
作っています。ファーストステップ研修はすでに
から、サービスの質の中核を介護福祉士が担って
動いていて、全社協と介護福祉士会が協力して、
いくという方向性の中で、実質的な業務独占とい
既に一昨年度の時点で、ファーストステップが千
う方向性で、資格の高度化を目指そうとしている
名を超える人数が養成されており、認定看護管理
ことを重視すべきです。資格を強化することによ
者に近いイメージでしょう。一方、専門介護福祉
り、介護福祉士の魅力も高まる、処遇も高まると
士は何も固まっていませんが、まず、認定看護師
いう中では、介護福祉士はこれまで以上に体系的
や専門看護師のような領域・技術に特化したよう
で充実した教育が求められる。そうすると、600
なスペシフィックなものにしていくのか、それと
時間くらいのハードルはむしろ当然で必要という
もジェネリックなものになるのかという議論があ
見方もあります。
ると思います。
現状では、介護福祉士のほうが、質が高いサー
今、社大全体でも、介護福祉士養成や介護職員
ビスを提供できるとか、意識が高いとかというこ
の専門性の強化にどのように関わるべきかという
と余り実証されていません。むしろ否定するデー
議論がなされています。
タがいくつかあります。こういう現状を変えない
介護福祉士の専門職としてのキャリアパスのあ
ことには、介護人材の処遇改善のブレークスルー
り方が、まだ固まっていない、何よりも、キャリ
は期待できないでしょう。この考え方は、私をは
アモデルをこれから作っていく必要がある、とい
じめ多くの委員の意見ではないかと思います。
うのが現状です。特に後者の点で、社大、および
ただ、一方で、サービスの質を高め、介護福祉
社大の卒業生で介護職員として従事しておられる
士の処遇を高めるために、教育を強化し資格を強
方々の役割は大きいと思っています。
化するという流れは、現場で働いている方々にう
さて、次に、介護人材の確保難について話をし
まく伝わっていないことも確かでしょう。また、
ます。
サービスの質を高めるような、体系的な教育がな
介護人材確保に関しては、一番言われているの
んなのか、それを裏付ける学問体系が確立されて
は、「給料が安いのではないか」、あるいは、「給
いるのかと、考えると、疑問符は湧いてきます。
与の面の将来性がないのではないか」という心配
(著者注:「在り方委員会」では、介護福祉士の
です。ただ、介護人材確保難の課題はこれだけで
養成コースの国家試験義務化と実務経験ルートの
はなくて、図表2の左側にあるように、景気回復
600時間研修は、先送りするという結論を出しま
や少子化の中で、労働力が足りなくなっていると
した)。
か、職場のイメージが急速に悪くなってきている
さて、介護福祉士から上のキャリアパスについ
とか、職場の人間関係の問題と、様々です。
ては、皆さんご存じのように、法改正の際の国会
高齢者医療制度や障害者自立支援法と比較する
の付帯事項である「専門介護福祉士」があり、ま
と、介護保険制度は10年間色々ありながら、多く
- 19 -
Ken Fujii, Ph.D.
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ととして図表2の仮説として、「サービスの急拡
大」とあります。介護サービスは、この10年間で
2倍ぐらいの勢いで増やしてきましたが、量を増
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Japan College of Social Work
源管理という観点から何に手をつければ良いの
やすだけではなく、当然、それに対して職員の数
JCSW
も増やしてきているわけです。そうすると、新し
の人に受け入れられ定着してきていると言ってよ
い職員を教育する、あるいは組織を作るというこ
いでしょう。成功要因は、いくつかありますが、
とが必要になるのですが、これはなかなか難しい
国のイメージ戦略が非常に上手だったことが重要
と思います。後ほど詳しく述べますが、こうした
な要因の1つです。後期高齢者医療制度がなかな
ことで、人間関係・情緒面の問題が職場の中に起
かうまくいかなかったときに、厚労省の元幹部か
きているのではないかと考えています。
ら「介護保険ではあれだけ周到に努力・準備して、
図表2の「課題」は、下に行けば行くほどマク
マスコミ戦略も含め、理解してもらった。その努
ロで、上に行けば行くほどミクロになっています。
力を何でやんなかったんだろう」という話を聞き、
次に、マクロの順に、「労働力人口不足」「給与・
なるほどと思ったことがあります。
賃金」「人間関係・情緒面の課題」について詳し
大学の教員の中には、
「介護保険制度は私が作っ
くお話したいと思います。
た」と言う人が千人ぐらいいる、という笑い話が
まずは、マクロ的な労働力不足について、将来
あります。もちろん、本当に本質的な議論に加
推計を見てみましょう。現時点では、図表3に示
わった方もいますが、そうでない方々までもがそ
した社会保障国民会議で推計したデータが、一番
うおっしゃっている。これは、自分が作ったかの
信用できるデータです。2025年について将来推計
ようなつもりで介護保険制度にかかわってくれる
していますが、これは、日本の後期高齢者数の急
方が多かった、国がその気にさせることに成功し
増が終わり、ほぼプラトーに達し、サービス増、
た、ということでしょう。
介護職員増を乗り越えた時点です。推計値に幅が
こうした介護保険のイメージが、最近急速に変
ありますが、これは主として、慢性期医療の今後
わってきています。「メディアのネガティブキャ
のあり方にいくつかの前提が置いているところに
ンペーン」と書いてあります。メディアに対する
起因しています。
悪意のある書き方になっていますが、経営する側
幅はありますが、この推計から、2005 ~ 2025
からすると、一部の「職員使い捨て」職場ばかり
で、介護職員を倍にする必要があるということが
取り上げられて、介護業界全般の問題にすり替え
分かります。20年で2倍ということですから、毎
られて報道されたという恨みがあります。
年約3.5%ずつということになります。100人の事
それから、図表2にある「人間関係、情緒面の
業所で、年間3~4人職員を増やす感じですが、
課題」ですが、これは、言及される割には、何も
一方で辞める人が現状では20人近くいますので、
手をつけられていません。「人間関係」とだけい
平均的に4分の1が新しくなるということになり
うと、どの社会にもあることです。介護の仕事・
ます。
職場に特殊なものがあるのか、ないのか、人的資
一方、これを労働力人口に対する比率からみる
- 20 -
Ken Fujii, Ph.D.
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かりかけて、働いている人たち、あるいは経営側、
養成側がみんな一つになって、介護という仕事を
魅力的なものにしていこうということが完成され
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0
来、順番は逆ではないか、つまり、
「強い社会保障、
仮に、今まで以上に効率的、効果的にお金をしっ
⣙㻡䡚㻝㻞䠂ῶ
8,000
社会保障」と言っておられます。全く賛成です(本
強い経済、強い財政」と順と考えていますが)。
500
⣙㻝㻢䠂ῶ
8,442
菅(直人)総理は、「強い経済、強い財政、強い
䛾䛂ປാᕷሙ䜈䛾ཧຍ䛜㐍䜣䛰䜿䞊䝇䛃䛸䛂㐍䜎䛺䛔䜿䞊䝇䛃䛜ᖹᆒⓗ䛻ῶᑡ䛩䜛䛸௬ᐃ䛧䛶
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れば、労働力人口の5%弱という数字は達成困難
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ではないように思います。
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Japan
College of Social Work JCSW
ところで、25年前くらいまで、「看護婦」の仕
と、現在の1.7%から2025年には3.4 ~ 4.4%にな
事は「きつい、汚い、危険で3K労働」など、恐
る将来推計になる必要があります。やはり倍以上
らく、今の介護と同じようなことが言われていま
の比率になります。この変化はとても大きいとは
した。
思うのですが、介護職員を「労働力人口の5%未
そうした中、約25年前、看護協会や養成側は、
「こ
満」にするという水準を高いとみるか、案外高く
れからは看護婦の社会的地位を高めていく。その
ないとみるかで、考え方が変わってきます。私は、
ために、准看の養成をやめ、大学で看護を養成す
この水準は、介護の仕事の魅力を高め、一生やっ
る。」と宣言されました。私は当時大学院生でし
ていくにふさわしい仕事と働いている人が感じ、
たが、正直言っている事にぴんときませんでした。
実際にそうなっていくとすると、決して無理とい
当時は准看(護婦)と正看(護婦)の養成比率
う水準ではないのではないか、と考えています。
が「5対5」でした。それが、今は、
「9対1」になっ
「外国人労働を入れるべき」という意見がありま
ています。国家試験ベースで約2割が大卒者にな
すが、現状で外国人労働に頼ると言うことは、
「日
りました。この間、法令等で、国、都道府県に看
本人がやらないから」という理由であり、介護を
護師の確保・養成に役割を持たせたこともあり、
「移民の方しかやらない仕事」にしてしまうこと
国公立の看護系大学が急増しています。
になりかねないと思います。介護の仕事の魅力を
こうして、25年間で、看護師の社会的な地位が
高めることで、少なくとも数的に国内の働き手で
非常に高まってきたわけです。こうした看護の実
間に合わせることができるのであれば、まずはそ
績をみていると、大学が介護福祉士養成に積極的
の仕組みを作り上げることが必要だと思います。
にかかわることが、介護福祉士の地位を高める可
外国人労働を入れるのであれば、そうした仕組み
がある中で、より専門性が高い方が入ってくるの
能性があります。ですので、私は2003 ~ 2005年は、
「介護も大学化すべきである」という論調で話し
であれば、大歓迎です。
ていました。
最近では経済対策が出るたびに、「介護・医療
しかし、あるとき、1学年100万人時代の中で、
の分野は、今後、非常に魅力的な成長分野である」
そもそも福祉医療保健系の職種は、いったい何人
といわれます。しかし、「魅力的な成長分野だ」
育てているのだろうと考え、計算してみました。
という割には、お金をかけないのが日本の悪いと
図表4に示す通り、福祉医療保健職は、現在でも、
ころです。悪いのは政府だけではなく、国民の側
毎年18万人ぐらい養成校で養成しています。18万
にもあると考えています。現在の国民負担の状況
人といっても、女性の比率が高い。男性比率が高
では、福祉・医療にお金をかけられないのはある
いのは医師くらいですが、それも国家試験ベース
意味当然で、政治が悪いわけではないからです。
で女性が35%になっています。恐らく、将来的に
- 21 -
Ken Fujii, Ph.D.
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Japan College of Social Work JCSW
Japan College of Social Work
JCSW
は女性が5割を超えてくる職種になるだろうと思
ております。
います。全般に女性の比率がとても高いです。看
図表2では、人口構成に続いて、「景気の回復」
護は9割が女性なので、この18万人のうち15万人
を上げています。図表5の右側の図には、介護分
弱ぐらいは女性になろうかと思います。
野の有効求人倍率と一般の失業率を月次で示して
2000 ~ 2005年が1学年150万人時代でしたか
います。介護分野の有効求人倍率は、平成20年12
ら、1学年の約12%が福祉・医療系の専門職になっ
月まで上昇を続けていましたが、平成21年1月か
ている。女性だけみると約20%です。これが2010
ら急落しています。その間、失業率も急上昇して
年になると120万人時代で15%(女性だけみると
います。いわゆるサブプライムローン問題の顕在
25%)、2030年ぐらいになると1学年が100万人で
化が平成19年夏、リーマンショックが平成20年9
すから、20%、実にクラスの5人に1人が福祉・
月で、日本の鉱工業指数が平成20年10月以降急落
医療の資格者になる(女性だけみると30%)。
していますから、敏感に反応している事が分かり
これは、さすがに他の産業の成長を圧迫する要
ます。
因になります。しかも、介護の定員はなかなか埋
なお、ここに示していませんが、鉱工業指数の
まらない状況を併せて見て、大卒ベースの介護福
ほうは、平成21年2月をボトムに平成22年2月ま
祉士を中心にするのは、やはり無理があると考え
では急速に回復し、その後は現在までいたるまで
ざるをえない。それで、図表1の厚労省が作成し
回復は鈍っている状態です。しかし、このような
た図のように、新卒以外からも様々な入口から介
景気回復は、失業率には反映されていますが、介
護に入っていただくことを前提にせざるを得ない
護の有効求人倍率には全く反映されていません。
と考えるようになった次第です。
つまり、今のところは、介護職員確保のための政
ただ、私は、今でも、介護福祉士は基本的には
府の様々な対策や経営側の努力が、ある程度現れ
大学で養成すべきであり、さらに大学院でも現場
ていると言ってよいのではないかと思っていま
と研究をつなげるような仕事をしてもらいたい
す。また、これらを通じて、介護の仕事への誤解
し、現場には博士号を持った、現場経験が豊かな
が解けてきているとすれば、望ましいことと思っ
介護福祉士の方にいてもらう時代を作らなければ
ています。
いけないと思っています。このことは、最後に述
私自身、介護の仕事に従事したことはありませ
べたいと思います。社大は、比較的最近まで、介
んが、他のさまざまな仕事と比較して、介護は比
護福祉士を養成することに熱心ではありませんで
較的やりがいを見いだしやすい仕事です。また、
したが、ようやく介護福祉士養成を真剣にやろう
「奥の深さ」とかやりがいのことを除いても、他
というかたちになってきて、私自身は、ほっとし
の仕事には「ノルマ」とか、介護の仕事にはあま
- 22 -
り問われない辛い部分がある。介護の現場でも「介
い傾向にあります。ただ、それでもよく見ると、
護の仕事を『つらい、つらい』とおっしゃってい
点線の○で囲っているように、ほとんど差がない、
るのは、ほかの仕事をやったことがない人じゃな
あるいは介護のほうが、求人倍率が低い都道府県
いですか」と言う方がいます。
があるのが見て取れます。
現在は、首都圏でも求人状況は大分落ち着いて
この差が何で説明できるだろうかということに
きています。最近も、埼玉県のある特養で「5人
ついて、労働市場の供給側の要因と需要側の要因
の募集に200人応募があった」という話を聞きま
で考えてみました。
した。ただ、図表5の左の図をみますと、有効求
図表6に示したように、②全職業の求人倍率が
人倍率が1.3 ~ 1.4当たりというのは、平成17年度
高ければ、やはり介護求人倍率も高い。これは、
の水準に当たります。この頃すでに、人材が集ま
かなり強い相関です。景気がよい都道府県で、全
らないという声を多く聞いていましたので、やは
般に求人倍率が高いようなところでは、介護の求
り現在は、平成12 ~ 15年頃よりは売り手市場で
人倍率も高くなるということです。
あることはまちがいないでしょう。
③養成校がたくさんあれば、供給力があるかと
今後、どの程度、介護の求人が、景気動向に影
思いましたが、介護の給仕倍率には影響を与える
響を受け続けるかについては、慎重に観察してい
ほどではありませんでした。
く必要があると思っています。
次に、すでに、④介護職員が生産年齢の占める
ところで、有効求人倍率という指標は、新規学
比率が高いと、もう供給余力がないのではないか
卒者を含んでいないという限界があります。この
ということで相関をみたところ、やはり相関が得
限界を念頭に、介護分野の求人が、どの程度一般
られました。ただ、全職業求人倍率との相関も高
産業の景気に影響を受けるかについて、都道府県
いですから、単に、就職先が多い都道府県では、
別のデータで分析を行ってみました。ここでは、
求人倍率が高く、生産年齢の多くが働くように
一般産業の景気を、求人倍率を指標で見ています。
なっているということの表れかもしれません。
図表5は、平成18年度の都道府県別の常用の有
次に、労働力の需要要因側からみると、介護職
効求人倍率を、全職業と介護関連について示した
員が増えているところは、人を確保・養成するこ
ものです。常用とは、正規雇用又は4カ月以上の
とが困難で、職場に様々な困難が存在し、辞める
契約(季節労働除く)のフルタイムの職員です。
人も多くなる、辞める人が多いので、また採用し
基本的に、介護分野の有効求人倍率が高い都道
なければいけないという、負の連鎖が予想されま
府県は、全産業の求人倍率も高くなっています。
す。それで、⑤介護職員の増加率との相関をみた
また、全産業に比べて、介護分野の求人倍率が高
ところ、やはり、増加率が高いところは求人倍率
Ken Fujii, Ph.D.
Ken Fujii, Ph.D.
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Japan College of Social Work
- 23 -
JCSW
が高くなっていました。
タをもとに、過度に低いように語られている事も
また、⑥介護の給与が相対的な値についても、
指摘しておく必要があります。
これが低いと、求人が困難となっていました。た
図表8は、マスコミ等でも何度かとりあげられ
だ、これも⑤の職員増加率その相関の方が高く
た図です。特に男性を見ますと、若いうちは、そ
なっていますから、職員増加率が高いということ
んなに差がありませんが、30代、40代になると
が、介護の求人率を高めると同時に、平均的な給
200万円、300万円と年収に差が出ています。マス
与が低い(経験年数の浅い人の比率が高くなるた
コミがこうしたデータを見せれば、ご両親や高校
め)ことをもたらしているのかもしれません。
の教員が大反対するのは無理もありません。
以上のように各変数間で相関関係があるようで
これをそのままうのみにする前に、今度は女性
すから、①介護関連職種有効求人倍率を従属変数
のほうを見ますと、なぜか女性の方は、そこまで
として、重回帰分析を行いました。その結果を図
の差はない。しかし、性による給与格差は禁止さ
表7の右側の図に示していますが、②全職業求人
れているにもかかわらず、男女でここまで年齢別
倍率 と⑤介護職員増加率 のみが、相関が認めら
給与に差があるのはなぜでしょうか。おそらく、
れました。つまり、④生産年齢中の介護職員の多
これは単純な理由でしょう。日本では、育児で仕
寡や、⑥給与の高低は、求人倍率とはあまり相関
事を中断することが、残念ながら、女性にのみ多
がないという結果になりました。
く起こります。結果として、男性は、女性に比較
図表7の左側をみると、三大都市圏が介護職員
して、仕事を継続する確率が高くなる。そうする
の増加が大きく、求人倍率が高くなっています。
と、日本の場合、まだまだ年功序列的な賃金です
職員増加率が高ければ、求人倍率が高くなるのは
から、男性は年齢が上がると給与が高くなるとい
ある意味当然ですが、私自身は、先ほど述べたよ
うことでしょう。
うに、職員増、サービス増に追い付いていない人
ここからもう一度、介護職員の給与が低い理由
材確保・養成が、さらに求人状況を困難にしてい
をみてみましょう。この図にあるような、40代・
るという見方もできると思っています。
50代の介護員の中で、20代のときから就職してい
さて、給与の高低が、求人を困難にしているわ
て、20年、30年勤務し続けている人はどれぐらい
けではないというのを、このデータだけで言いき
いるだろうかということです。一般産業では40歳
るのは無理があるでしょう。ただ、給与の問題だ
代、50歳代で転職する例は今でもそう多いとはい
けではない、ということを考えるヒントになると
えませんが、介護職員の場合、珍しくありません。
思います。
従って、年功序列制度の日本を前提にすると、単
さらに、介護職員の給与の問題が、不適切なデー
に年齢別給与をみても、正確なことが分からない
Ken Fujii, Ph.D.
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70%
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JCSW
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Japan College of Social Work
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4,000
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Ken Fujii, Ph.D.
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Japan College of Social Work
- 24 -
JCSW
ことになります。
何が言いたいかというと、15年以上経験した30
図表9に、経験年数と年齢を勘案した比較を行
代後半の方であれば、相談員や管理職のキャリア
いました。これをみると、介護職の給与と産業計
を進んでいる方も少なくない。しかし、その方は、
との差は、年収ベースで最大50万円程度に縮まる
この統計から除かれているということですから、
ことが分かります。なお、男性の~ 39歳(経験
本当であれば、この差はもう少し縮まるというこ
15年以上)という部分の差が、年収100万円以上
とです。
開いていますが、これは介護職員の勤務の特性と
次に、この「産業計」の値ですが、果たして、
「施
データの制約によるものと考えられます。介護職
設介護員」と比較に足りうるのだろうかという視
員では経験年数15年を超えるという人が少ないの
点も必要です。産業計は、民間事業者全てを含み、
に対して、産業計はめずらしくありません。その
従業員数にすると大企業が占める割合が高くなっ
結果、経験15年以上の人を集めると、産業計の平
ています。さらに、大企業の中には、規制で守ら
均経験年数が介護職員より高くなり、年収差が開
れてきた、金融機関、テレビ局、航空会社の職員
いて当然ということになります。
や、私立校の教員も多く入っています。こういっ
もう一つ、留意していただきたいのは、統計上、
た仕事は、規制・制度改革が行われるに従って、
「施設介護員には副施設長とか施設長とか生活相
今後、給料がどんどん平準化していく可能性があ
談員は含まない」と定義されている事です。一般
ります。例えば、金融機関や航空会社の従業者の
に、介護職員の中で、一定程度勤務を継続し、管
給与が、平準化していることはよく知られていま
理能力等が認められれば、生活相談員、副施設長、
す。
施設長のキャリアを歩む人がいます。このキャリ
このことを考えると、産業計と比較するだけで
アは、明らかに、年収ベースは高い。ところが、
なく、もう少し別の見方も必要になってくるで
こういうキャリアを歩んでいる人は、統計上、
「施
しょう。そこで、産業ではなく、職種による比較
設介護員」には含まれないということです。
を行ってみました。
看護師であれば、副院長になっても「あなたの
まず女性について、経験・年齢別に看護師、臨
仕事は何ですか」と聞かれると、「看護師」と答
床検査技師、OT、PTと比較すると、施設介護員
えると思います。ところが、副施設長あるいは施
は、年収ベースで50 ~ 100万円低い。看護師が35
設長になった介護職員に、「あなたの仕事は何で
~ 39歳(経験15年以上)で年収約480万円である
すか」と聞くと、「介護職」とは答えないで「副
のに対して、施設介護員は約420万円です。一方、
施設長、施設長です」と答えるという違いがあり
施設介護員とほぼ同水準の職種は、幼稚園教諭、
ます。
保育士、栄養士、准看護士、百貨店員といったと
ころです。次いで、施設介護員より年収ベースで
Ken Fujii, Ph.D.
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Male
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Female
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生菓子製造工といったところです。
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4000
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3000
4000
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男性についてもほぼ同様の傾向ですが、自動車
3000
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外交販売員やプログラマーといった職業と比較す
2000
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50 ~ 100万円安いのが、百貨店以外の店員、スー
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ると、看護師、OT、PTと同水準で、やはり施設
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介護員よりは高い水準です。
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1000
先ほど、話に出てきた白石さんが、先日、担当
の美容師さんに、
「仕事、何をやっているんですか」
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Japan College of Social Work
JCSW
と聞かれて、
「大学院生ですが、介護の仕事をやっ
- 25 -
ています」と言うと、「介護の仕事っていうのは
介護は女性比率が高い職場ではあります。しか
給料が低くて大変らしいですね」と言われたと、
し、男性職員は一定程度雇用され、男性の比率は
ちょっとがっかりしておられました。しかし、実
看護師と比較しても高い。この結果家計補助的な
は、理美容師というのは、介護の仕事より給与面
働き方の女性従業員には、ほどほどの水準だけ
でみると低いのです。
ど、家計扶養的な働き方の男性従業員にとっては
介護の仕事より給料が明らかに高いのは、正
低い、ということが起こっているのかもしれませ
看護師、OT・PT、もう一つが臨床検査技師です。
ん。結果として、介護の職場は、男性にとって明
これらは、国家資格がないとできない仕事であり、
らかに給料が低く見えてしまう。これは何とかし
国家資格を取るのに3年以上必要な仕事です。こ
なければいけない。しかし、そこには社会の側の
れらと、資格が不要な介護の仕事の給料を一緒に
問題が存在しているわけです。雇う側は「男性は
するまで引き上げようというのは、明らかに行き
家族を養っているから早く偉くしてやらないとい
過ぎではないでしょうか。統計には介護福祉士の
けない」という発想を持ちがちのようですが、そ
データがないのですが、かりに介護福祉士が並ん
れで片付く問題ではないと思うのです。
でいたとしても、教育期間が違いますから、やは
さらに別の観点で重要なのは、特に若い方に
り、正看護師やOT・PT、臨床検査技師と同じ給
とって、「給料が安い職場だ」と言われることは、
与水準にすべきとまでは、言えないと思います。
「その仕事は価値のない仕事だ」と言われている
ただ、政策的に成長産業とするなら、もっとや
と受け止めがちです。つまり、給与は、ハーズバー
りがいを持って仕事をしてもらうためには給料を
グのいう意味で、衛生要因だけではなく、動機づ
きちんと支払うことも必要です。現在の介護の仕
け要因の側面もあるのです。
事は、配偶者や子どもをやしなう事を前提にして
図表10は全国経営協(全国社会福祉施設経営者
いる人にとっては、生涯仕事を続けていくには、
協議会)が、「福祉の仕事は給料が安い」と言う
安いのかもしれません。
報道がある中で、「どう考えても、自分の地元の
その際に、働く人にとって給料というものがな
他の仕事と比べて、給料が安いと思えない」とい
んであるかも、踏まえるべきです。良い、悪いは
う疑問を持ち、改めて、会員の社会福祉法人対象
ともかく、男性の場合は、妻や子どもを養うとい
に調査を行ったものです。この図表は、中小企業
う感覚を持っている人が多いようです。したがっ
と比較しています。ほとんどの社会福祉法人が、
て、給与水準というものが、仕事を選ぶうえで、
中小企業の規模であるという前提からです。
重要なファクタになる。逆に女性の場合は、家計
図表10では、金融・保険業を除くと、社会福祉
補助的な労働であり、家族を扶養しておられるよ
法人に勤めている人が明らかに給料は高くなって
うな場合を除けば、給与が仕事のやりがいより、
Ken Fujii, Ph.D.
優先されることは少ないと思います。
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これまでの年功序列型社会は、男性優位社会で
もあり、男性=家計扶養的働き方で、女性=家計
補助的な働き方を前提としていました。同一労働
同一賃金は成立しておらず、介護の現場でもパー
トタイム職員は時給換算で正規職員の半額で同じ
仕事を強いられています。そこには、「家庭を顧
みないで男性並みに生涯働く正規職員」と「短期
的に、家計補助的に働くパート職員」の区別が存
在してきました。
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Japan College of Social Work JCSW
- 26 -
います。金融・保険業の中小企業とは、信金(信
業界全体の問題としてみるのではなく、一部に偏
用金庫)とか、信用組合などのタイプだと思いま
在する「問題のある経営」として考えるべきと考
す。
えています。
この結果は、全国経営協の仮説を裏付けるもの
図表12の左側の図では、事業所開設の歴史が浅
です。確かに、特に、地方に行けば、社会福祉法
いところで離職率が非常に高くなる傾向が示され
人あるいは福祉の仕事は、給料は決して安くない
ています。できて3年未満というところですと、
わけです。
離職率は30%、40%あるいは50%となっています。
「社会的に魅力を増すために、成長産業とする
ある程度事業所が安定していないと、離職率も高
ために、給料を制度として上げていこう」という
いといってよいでしょう。
考え方は、私は賛成です。特に、資格を持った、
右側の図では、職員が増加しているサービスが、
専門性を持った人を確立していって、その給料を
離職率が高くなっています。特に特定施設では離
上げることは賛成です。ただ、「誰にでもなれる
職率が平均40%になっています。やはり、サービ
介護職」についていえば、今の給与水準は決して
スを急増させるということは、職員にとって辛い
安くありません。ここまでを高くしていこうとす
状況のようです。民間企業の有料老人ホームの中
れば、「理美容師は今のままで良いか、調理師は
には、サービスの質にかなり劣るものが多くあり
このままで良いか」という議論になりますし、経
ます。むしろ、優れた介護サービスにお目にかかっ
済を歪ますことにもなりかねないと思っていま
たことが少ないですが、このことが、離職率にも
す。
現れているのではないかと思います。
さて、次に、離職率の問題を見てみたいと思い
ところで、介護の離職問題は、マクロ的な問題
ます。
と共に、個々の事業者を俎上に上げるべきミクロ
図表11は、離職率の部分布をグラフにしたもの
的な問題も重要と私は捉えています。例えば給与
です。どのグラフもU字形になっています。すな
水準を改善するといったマクロ的な政策は非常に
わち、「介護の離職率の平均は20%で高い」と言
重要だとは思っていますが、しかし、「まともな
われますが、平均値を見ていても全く意味がない
経営者」と「まともでない経営者」がいるという
ことが分かります。
見方をして対策をたてないと、ざるに水を注ぐよ
10%未満の離職率の事業所の頻度が高く、ある
うな対策になる可能性があります。
意味「当然」の水準です。ここより高いところは、
こういう観点から、次に、図表2の「人間関係・
経営側になんらかの問題がるといっても過言では
情緒面の問題」という点に話を進めます。
ないと思います。つまり、離職率の問題は、介護
私がこの大学に来た当時の専門職大学院は、授
Ken Fujii, Ph.D.
Ken Fujii, Ph.D.
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JCSW
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Japan College of Social Work
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JCSW
業は全て昼間にやっていました。結果として、多
プロフェッショナルを集めて働かせる経営ができ
数は仕事を辞めてくる方々でした。仕事を辞めて
ているかという点も問われていると思います。
きた方々と付き合うと、専門職として非常に苦し
日本では、専門職をうまく使って働かせるマネ
い思いをして、傷ついて辞めてきたんだなあと思
ジメントは、一般的でないかもしれません。医師
われる方が多かったです。
は、長く、病院に就職しないで医局に就職すると
そこで専門職大学院の教員の矢部(正治)さん
いう存在でしたし、弁護士は、基本的に個人開業
と一緒に、白石さんに事務局になってもらって、
がベースでした。しかし、海外では、医師も大き
離職に関する事例検討会というのをはじめまし
な病院に所属しないと、弁護士も大規模なロー
た。今年で4年目になりますが、これまで14ケー
ファームに所属しないと、いい仕事はできないと
スほど議論・分析してきました。
いう時代で、日本でも、コンサルタント会社等で
そこで得られたことを、私なりにまとめたのが、
はその傾向になってきています。タレントをグ
図表13です。
リップする一番の問題は、専門職をその気にさせ
まず、専門職として真剣で、仕事にやりがいを
て働いてもらえていないと、どこにいっても働け
感じているような、すなわち、キャリアコミット
る(と思っている)ので引き抜かれたりなどして、
メントが強い職員ほど、自分が目指すこと、やり
すぐやめてしまうわけです。タレントグリップ型
たいことを十分やれず、中途半端な形で、辛くなっ
の経営でどういうマネジメントが必要かについて
てやめていくという構図があるのではないかとい
は、フィリップ・コトラーやデヴィッド・マイス
うことです。「燃えかす症候群」と言う言葉があ
ターといった経営学者が注目していますが、こう
るようです。「燃え尽き症候群」は、燃え尽きる
した経営のあり方は、日本では、一般企業でもい
までやりつくした後の状態像を指すのに対して、
まだ十分認識されていません。
燃えきれないで辞めていく様子を指しているよう
2番目は、現在、私が現在最も注目しているこ
ですが、まさに、この言葉が当てはまるようなや
とです。介護サービスの技術が深まってきている
め方です。
ようでいて、実は、いわゆる「介護技術の標準」
この要因を、大きく「専門性」に関わる問題と
が未成熟ではないか。そして、それが職場内の対
組織の側の問題と分けて考えてみました。本人の
立になって表れることが多いのではないかという
側の問題は、奥川(幸子)さんがよく言っている
ことです。まず、「介護のあるべき姿」というこ
「場のポジショニング」という問題です。これは、
とと、「働く側の都合」「楽さ」というのは、往々
経営側からみると、プロセスグリップ型の経営だ
にして対立します。この際、どこまで「あるべき
けでなく、タレントグリップ型の経営、すなわち
姿」にこだわれるか、あるいは、できないことを
なんとかやろうとするかが、「専門性」だと言っ
Ken Fujii, Ph.D.
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人によって違うとか、教えられている事も揺らい
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A)
2.
B)
でいるということだとすれば、どうでしょうか。
事例検討を通じて、私が感じたことは、「専門
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1.
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1.
2.
てもよいでしょう。しかし、この「あるべき姿」が、
る』場合がある」あるいは「そもそもどうすべき
かが、不明確である・決まっていない」という現
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Japan College of Social Work
職として達成しようとしている事が、『ずれてい
JCSW
状です。
図表13のB)については、組織としての問題を
書いています。「非条件適合型リーダーシップ」
- 28 -
というのは、リーダーシップ論における「条件適
いる職員が、みんなが好き勝手をやっている職場
合的リーダーシップ」が行われていない、という
にいると、辞めたくなる」ということです。これ
意味です。福祉・介護の現場の上司の方は、ひた
は、さきほど言及した「燃えかす症候群」ですね。
すら話を聞いてくれるということをよく聞きます
われわれの事例検討会からの質的に明確になった
が、これは、福祉職場の特徴ではないかと思って
ことが、全国の特養のデータで量的実証的に明確
います。「受容」ということを学校でしっかり教
にされているということです。
えていることの「副作用」のように感じるからで
先ほど申し上げましたように、私は、最近、介
す。真の意味での「受容」は、そういうことは起
護の職場における情緒的な問題の背景には「専門
こらないのでしょうが、「単に黙ってうなずいて
性」の問題がある、と考えるように至っています。
いればよい」といったレベルの上司が多いのでは
それでは、「専門性」とは何か、最後に、この点
ないでしょうか。しかし、リーダーシップにおい
について、別の観点からまとめてみようと思いま
て、こうした委任型リーダーシップが適切なのは、
す。
限られた状況のみ、つまり、部下が成熟していて
ヘンリー・ミンツバーグという経営学者がいま
やる気が高い時だけです。部下が未成熟な時には、
す。日本ではピーター・ドラッカーほど知られて
具体的な助言や支援が重要です。事例検討会で議
いませんが、コンサルタントにはドラッカー以上
論する限り、部下を持つ、責任を持つレベルになっ
に人気があると言われています。このミンツバー
た際に、上からの具体的な支援が極めて薄く、
「任
グは、マネジメントには、サイエンス、アート、
せる」といえば良いようですが、要するに「放置」
クラフトの三つから構成されると言っています
というケースが多い。これが、2に書いてある、
(図表16)。サイエンスは、論理性、再現性である。
自分自身のモチベーション、リーダーシップスタ
科学的な事実に基づき、演繹的であり、計画を立
イル、キャリアに対する洞察をきちんと考えてい
て、投入・計測というかたちでシステマティック
ないこと、考えさせていないことと、関係してい
に分析する。アートは、イマジネーションで創造
るようです。
的な洞察力が必要で、斬新さとか、帰納性とか、
「動機づけられている職員ほど辛くなる現象」
ビジョンを展開することです。悪く言うと、思い
については、事例検討会で浮かび上がったことで
付きです。クラフトは、現場での経験、役立つこ
すが、これを、白石さんが、修士論文で見事にデー
とが何よりも重要で、反復的な意思決定で、とに
タをもとに示してくれました。図表14に示されて
かく何かをやってみようともの。「匠」という日
いる結果を一言で言うと、「介護という仕事自体
本語が当たると思います。
に動機付けられていて、振り返る実践を重視して
この考え方は、マネジメント以外の専門性、も
Ken Fujii, Ph.D.
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1.03
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1.08
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పಶᛶ㔜ど䞉ప㠀⤫ྜ
ⓗ⫋ሙ⩌(N=209)
Henry Mintzberg “MANAGERS NOT MAB”,2006
㧗ಶᛶ㔜ど䞉㧗㠀⤫ྜ
ⓗ⫋ሙ⩌(N=290)
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ᐙ᪘䛾ពྥ䞉Ᏻ඲㔜ど
Ken Fujii, Ph.D.
0.93
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n.s.
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1 19
1.19
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1.15
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1.25
p=0.032
0.99
n.s.
1 05
1.05
n.s.
0.88
n.s.
Art
Craft
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పಶᛶ㔜ど䞉㧗㠀⤫ྜ
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Japan College of Social Work JCSW
Logic
Imagination
Experience
Scientific fact
Creative insight
Practical
experiences
p
Replicability
l bl
Novelty
l
Utility
l
Decision
making
Deductive
Inductive
Iterative
Primary
Strategy
gy
Planning
Visioning
Try something
Science as
systematic analysis,
in the form of inputs
d measurementt
and
Art as
comprehensive
synthesis in the form
i ht and
d
off iinsights
visions
Craft as dynamic
learning in the form
of actions,
i
t ttrial
i l
experiments,
and error.
Raison d'être
Contribution
Japan College of Social Work
- 29 -
JCSW
ちろん、介護についても使えると思っています。
す。医師、歯科医師、薬剤師、看護師がこれに当
例えば、介護という専門性が、サイエンス、アー
たります。
ト、クラフトの3つからどのように構成されてい
クラフトを重視する資格では、教育は決定的な
るかを考えてみるとどうでしょうか。
意味を持たず、鍛錬とセンスが重要で、技術の進
図表16は、ミンツバーグの定義をもとに、私な
歩はあるが、実践と結び付いた専門研究機関は求
りに「専門性」理解のために作成した図です。
められていないような専門職です。理美容師、調
上の図は、アート、サイエンス、クラフトがど
理師がこれに当たると思います。調理師は、古い
のように得られるかを、
「実践を離れた教育」と「実
課程の介護福祉士と一緒で、経験さえあれば試験
践の場の習熟」の2つの場面から整理したもので
で取れる、あるいは、学校に入りさえすれば、国
す。いわゆる教育の現場で教えることできるのは、
家試験が取れるものでした。理美容師は、名称独
サイエンスが中心です。しかし、これが実践の場
占ではなくて業務独占ですが、理美容師も調理師
を通じたサイエンスの習得とつながれば、実践の
も、その資格を取れる大学は基本的に存在してい
場のクラフトやアートとつながっていくと考えて
ません。
います。専門職大学院というところで教えている
さて、介護福祉士はどちらでしょうか。現状の
と、常にこの関係を意識しないといけないと思っ
資格は、理美容師や調理師に近いのではないで
ています。
しょうか。現に、現場の方々の中にも、介護の現
次に下の図ですが、これは、アート、サイエン
場でさまざまな面白い発想や取り組みをしている
ス、クラフトの3つの要素から、専門職を整理し
方々は、「自分たちは職人だ」「介護は学校で学ぶ
たものです。アートは、どんな専門職でも、ある
ものではない」と言っておられる方々がいます。
一定以上必要とされますが、ここでは資格の相違
しかし、私は、介護福祉士も、サイエンスを厚
はあまり生まれないように考えます。むしろ、サ
くしていくべきだと考えています。もっと介護と
イエンスが重視されるか、それともクラフトが重
いう営みに再現性や論理性を持たせるべきである
視されるかによって、資格としてのあり方の差が
し、それがないところに、「良いケア」への取り組
生まれているのではないでしょうか。
みをしようとすることで、現場は混乱し、疲弊し
サイエンスにベースを置く専門職は、長期の教
ていく可能性があるのではないでしょうか。
育課程が決定的な意味を持ち、現場での経験やセ
サイエンスという面において、私が現場で見聞
ンスは重要ですが、日進月歩する技術へのフォ
きする限り、社会福祉士より介護福祉士のほうが、
ローアップも重要であり、実践と結び付いた専門
展望があると思っています。そして、サイエンス
教育・研究機関の存在が欠かせないことになりま
をしっかり厚くしていくことによって、介護の専
門性を再構築していけるのではないかと考えてい
Ken Fujii, Ph.D.
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ます。そのときは、恐らく、「介護福祉士は大学
教育をベースにしていないとだめだ」ということ
になっていくだろうし、また、そうしてなってい
くことは、私の専門の介護経営の立場からも望ま
しいことと考えています。
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すが、一部ではばらばらなことが書かれています。
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Japan College of Social Work ⸨஭సᡂ
JCSW
そして、根拠が書かれていない場合が多く、根拠
の重要性も十分書かれていません。これでは、サ
- 30 -
イエンスからほど遠いのではないでしょうか。
ただ、いずれにせよ、単に介護職員の処遇をあ
専門性の高い介護福祉士は、体系的で根拠に基
げるだけではなく、サービスの質をあげる、専門
づいた教育を受け、基礎的な医療行為、リハビリ、
性を高める、ということと一体で行わなくてはな
認知症のケアがきちんとできて、なおかつ、資格
らない、これは間違いないことだと思います。そ
を持たない方々に、きちんとスーパーバイズして
うなると、専門性とは何か、サービスの質とは何
いくことが求められます。というのも、人口構成
かということもきちんと考え、議論して、足りな
を考える中で、専門性の高い介護福祉士だけで介
いものは積み上げていくことをしていかないとい
護の現場が担えるとは極めて困難だからです。
けないと思っています。
私が今申し上げたことは、私の頭の中で考えて
以上で私の発表を終わります。ご清聴どうもあ
いる事も多いので、これが正しいか正しくないか
りがとうございました。
自信がない部分もあります。皆さん方の中には、
平野 藤井先生、どうもありがとうございました。
賛成できないと思う人もいるかもしれません。
多文化ソーシャルワーク
―散住地域における外国籍等児童の現状と支援に関する研究―
山 口 幸 夫 平野:お手元の本日のプログラムの26ページ目
ど小学校三年生ぐらいで、携帯電話を持たない
に、これから話していただきます「多文化ソーシャ
と、普通に仮名漢字交じりの文章ができない。児
ルワーク」のレジュメが入っています。では、山
童自立支援施設、昔で言う教護院に来ている非常
口先生、よろしくお願いします。
に多くの触法少年が外国につながる子どもたちで
山口:こんにちは。社会事業大学のアジア福祉創
した。両親あるいはどちらかが外国の方の子ども
造センターの特任准教授をしている山口です。今
たちが多く施設に来ていて、いろいろな問題を抱
日は、「多文化ソーシャルワーク」という題で話
えていました。それで、これは大変なことになっ
します。
ていると思いました。私は、東南アジアや中国で
私のもともとのバックグラウンドは建築工学
ずっと国際社会開発をやって行こう思っていまし
で、文化財や町並みを生かした町作りを、特に国
たが、国内での地域の国際協力、社会開発も考え
際ソーシャルワーク、国際開発でしていました。
ていかなければいけないと思いました。
それで、ずっと海外での国際協力をやっていまし
さらに、日本の中にマイノリティーは別に外国
た。
人の方だけではなくて、障害者、性的少数者や先
5、6年前に、日本で中国やあるいはアジアの
住民族の方など、いろいろな方がいます。しかし、
社会福祉の共同研究をしようということで、海外
基本的に日本の社会制度は日本人の多数派、健常
から戻り、名古屋にある日本福祉大学のCOEの主
者を中心にやっていく考え方が強くて、いろいろ
任研究員をしていたときに、国内で児童自立支援
な多文化的背景を持った方、移住者の方の権利擁
施設や、いろいろなところに行って、愕然としま
護や、マイノリティーのニーズに応じた社会サー
した。
ビスが弱いのではないかと思います。
日本人の中学三年生なのに、識字能力はほとん
こういった中で、日本にはアイヌの方が先住民
- 31 -
族としていますが、アイヌの文化を振興しようと
ミジレイ先生にお会いしたときに、「何でそん
いう法律(アイヌ文化振興法)ができたのは1997
な危ないことができたんですか」と聞いたら、
「父
年で、アイヌ民族を正式に日本の国会で先住民族
親は医者だった、もう亡くなっていた。母親と姉
として承認したのは2008年です。それまでは、日
は、自分をとめることはできなかった、自分はや
本は単一民族ということで、先住民族とは公式に
りたいことをやっていた。」
は認めずにやってきました。
そんな黒人居住地域でソーシャルワークをやる
それで、実際に北海道庁がやった調査で、アイ
のは反政府分子ですから、学校の教室の中に秘密
ヌの人たちが居住する同じ市町村で、アイヌの人
警察の手先がいて、先生が何を話しているとか、
たちと、アイヌの人たち以外の市民について調べ
学生はどういう動向かを調べている。そういう中
ると、例えば、生活保護率で言うと1.6倍ぐらいで、
でソーシャルワークをもっと社会制度をふくめて
高校進学率は、4.8%低い。それから、大学進学
勉強し直したくて、修士の1年間分の奨学金を取
率については、同じ地域で半分以下になっていま
りました。彼は今、バークリーにいますが、バー
す。アイヌの人たちの権利擁護、ソーシャルワー
クリーは2年の修士しか取れません。ロンドン・
ク的取り組みも遅れて、人間開発、社会開発がさ
スクール・オブ・エコノミクスは1年で修士が取
またげられていたことが数字で出てきます。
れるので、留学先としてロンドン・スクール・オ
今、アイヌ生活向上推進方策検討会議が、当事
ブ・エコノミクスのリチャード・ティトマスのと
者のアイヌの人たちや有識者も含めて構成されて
ころに行きました。
います。特に大切なのは、アイヌの人たちが人に
皆さんは、社会福祉士を取っている方が多いの
支援されるのではなくて自分たちで自主的に考え
でご存じでしょうが、ティトマスは、イギリスの
仲間を育てていることです。アイヌの人たちが組
公共医療システムの産みの親で、
「ニーズは、人種、
織する民間団体の活動を支援する、あるいは次世
収入、階級などよりも優先する」と言った方です。
代を担う子弟の育成や、組織の中核となる青年と
その方のところで彼は勉強しました。
か女性など、次世代の当事者のリーダーを育てる
ここで言いたかったのは、そういうゆがんだ社
ことを一生懸命やっています。
会政策とか、法律が不整備だと、ケースワークに
こ う い う こ と で、 私 が い つ も 思 い 出 す の は
は限界がある。だからソーシャルアクションを起
ジェームズ・ミジレイです。この人は国際社会開
こして制度を変えるようにがんばる、またソー
発で有名な方です。彼は、もともと南アの生まれ
シャルワーカーの使命はまさに社会的不正義の是
です。今、ちょうど南アでサッカーをやっていま
正ですから、だから制度が不備だからこそソー
すが、大学生時代、ボランティアでケースワーク
シャルワーカーが活躍しなければいけないので
をやっていました。人種隔離政策(アパルトヘイ
す。しかし、日本はどちらかというとソーシャル
ト)下のケープタウンで黒人の居住地域に行って、
ワーカーは制度で動くため、外国人のための基本
ボランティアをしていましたが、彼自身大変な矛
法も社会福祉制度も充分にない日本ではやること
盾を感じていました。
がかなり制限されてしまうようです。
自分は一生懸命やっていますが、法律、政策自
例えば、日本の生活保護は、「国民」という要
体が有色人種と白人は結婚してはいけない。有色
件がありますが、今、日本国籍を持っていない人
人種、黒人の方は、ここに住まなければいけない。
にもある程度適用しています。しかし、福祉六法
その人たちは、ここにしか就業していけない。給
の中の児童福祉法では、「すべての児童は、等し
料の格差もひどい。歪んだ社会政策・社会制度の
くその生活を保障され、愛護されなければならな
下で、一生懸命ケースワークをやっていることに
い」と書いてあります。この法律に従っていけば、
限界を感じたそうです。
私たちは非常にいろいろなことができます。そし
- 32 -
て、多文化社会における子ども家庭の支援は、別
民政策がありません。出入りを取り締まる入管政
に外国人や外国系の子どもに対する支援だけでは
策と、高度人材や定住者として日系人の方に労働
なくて、すべての子どもたちに対するが、ホスト
者などとして入ってもらう経済政策の部分は頑
社会、地域に参画でき、自分たちの文化やコミュ
張っています。しかし、その方たちを生活者とし
ニティを継承尊重していけるようにすることで
て、あるいは移民としていろいろなことを保障す
しょう。
るものが足りません。
これは方言もそうだと思います。この間、皆さ
ここでもうひとつ問題なのは、「これから日本
んはテレビで見たかもしれませんが、ユネスコで
は介護者が足りなくなるから、移民政策で入れれ
は沖縄語は消滅の危機に瀕する言語とされてい
ばいい」とか言うのではなくて、現実的には、管
て、沖縄では「ウチナーグチ」を若い方がどんど
理できない移民、国際結婚の移住等によって、実
ん話せなくなっています。そうすると、お年寄り
質的にもう日本は多文化化、多民族化しています。
の方が介護施設でケアをやっている若い人に話か
これは、高橋(重宏)学長が日本子ども家庭総合
けても、「話が全然通じない、聞いてもらえんか
研究所で何年も前にやっていた研究の中で言って
らつまらん」ということになってしまいます。福
いた言葉ですが、もう多民族化しています。
祉の専門学校で沖縄語を教えています。こういう
日本全体で見れば220万人、外国人の方は1.7%
ことをしていかなければいけない。
ぐらいです。日本は、年間に大体70万組のカップ
今日の主なテーマである「散住地域における外
ルが生まれますが、4万組以上が結婚の5%が国
国籍の子どもの家庭の支援」を、主に教育の部分
際結婚です。今、日本人の方は、男性はたとえ年
と生活の部分から少し話していきます。日本にあ
収がそんなになくても跡継ぎを育て、親の介護も
る1,800の自治体のほとんどの学校は、外国籍の
と結婚をしなければと考える方が多い。一方社会
子どもが一つの学校に5人未満です。これが8割
の意識もかわり女性の社会的経済的地位も向上し
です。それから、例えば、清瀬市のように一つの
女性の方もなかなか結婚しなかったり、したくな
自治体ベースで見ても、外国籍の子どもが公立の
かったり、いろいろな理由があるでしょうが、そ
小・中学校に在籍しているのは、5人未満が多い
ういう中で、国際結婚による出生児割合は増えて
です。
います。東京都では、もう20人に1人ぐらいです。
先ほど私は、「当事者団体を作り、いろいろな
全国平均で34人に1人というと、35人学級で1人
活動をすればいい」と言いましたが、集住してい
ですから、これからは1クラスに最低数人の外国
る日系人以外の多くの人達はばらばらに住んでい
系につながる子どもがいる状況がもう来ます。
ます。多くのケースが国際結婚で、外国人女性と
その中で、今年3月、ニュースを聞いた方がい
日本人男性との間に生まれた子どもや連れ子と一
るかもしれませんが、国連の人権理事会が調査し
緒に暮らす、そういうケースが多いです。
た中で言われているのは、「移住の子どもに対す
清瀬についても、7万4千人の中で外国人登録
るDV(ドメスティックバイオレンス)の頻発が
は千人。今、清瀬の14の小・中学校に、約40名の
あるなど、移住者の問題に対して、日本は積極的
外国籍及び国際結婚の両親のもとに生まれた子ど
に措置をしていない」と。
もがいますが、いずれも5人未満で、日本語指導
この間、「カラカサン」というフィリピン系の
の予算措置もしにくい状態にあります。
人たちの報告では、DVの発生率のケースは、日
今、全国の公立学校には7万5千人ほどの外国
本人家庭の5.5倍くらいではないかと。また東京
人の方がいて、そのうち、「日本語指導が必要」
の児相(児童相談所)の方に聞いたら、東京の児
と言われているのが3万人弱います。日本の小・
相で昨年1年間に扱ったケースの半分以上は国際
中学生は1千万人強です。 日本は、総合的な移
結婚の関連の方でした。東京都は、子どもの数で
- 33 -
言うと10%ぐらいしかいませんが、児相の部分で
て、昔だったら、
「そろそろ彼も嫁をもらわなきゃ
の虐待のケースだと5割を超えるという大変な状
な」と誰かが心配しました。しかし、農村部では、
況にあります。
産業構造がかわり、いろいろなかたちで嫁の来手
それから、これも皆さんご存じのことだと思
がなくなり、越境して、「じゃ、知り合いに紹介
いますが、昨年、民主党になってから、今まで
してもらったり、業者に紹介してもらって海外か
OECDのリポートには日本政府は情報を出してい
らお嫁さんをもらおう」みたいな想定外のことが
ましたが、日本政府として相対的貧困について初
起こっています。
めて発表しました。日本はOECD諸国の中で子ど
あるいは、離婚したお母さんに、「生活保護を
もの貧困率15.7%と高く、特にひとり親世帯の児
受けますか」と言ったときに、「でも、生活保護
童(18歳未満)の貧困率は58%とOECD30 ヵ国で
を受けていると、フィリピンで親が病気になった
最悪です。
ときに、生活保護者は海外旅行の制限をされてし
さらに教育機関に対する公財政支出をみると、
まう」とか、「自分は2回目の結婚だから、子ど
2005年の日本はOECD最下位に近く、特に就学前
もが1人いて、必ず向こうにひと月ある程度は仕
と高校における私費負担割合はOECD平均から突
送りをしたいけれど、生活保護を受けてしまえば、
出して高いため、親や本人の自己責任で幼稚園、
それはできない」。だけど、フィリピンであれば、
高校、大学といった「教育サービス」を購入しな
1万円の仕送りがあれば、子どもが普通の公立学
ければなりません。そのため非正規雇用で収入が
校に行ったり、場合によっては、まあまあの私立
不安定な人、低所得の人はそうした商品化した教
中学でも年間7万円ぐらいで行けますから、そう
育市場では学資がたりず、子どもの高校進学を断
いうことができると、日本でトランスナショナル
念したり、中途退学したりせざるおえない事態が
な生活、子育てをする人がふえると従来の社会保
起きやすくなります。また義務教育段階で経済的
障や福祉の仕組みでは対応できない事態になって
理由により就学困難で学用品代や修学旅行費など
います。
の就学援助の対象となる就学援助対象者(要援護
多文化化・日本語を母語としない児童のための
者、準要援護者)の全就学児童生徒数に占める割
教育制度についてみれば、そのための教育制度も
合は全国平均で14%、144万人です、35人学級な
開発・普及途上です。今後、日本語指導と教科指
ら一クラスに5人給食費を払うのが困難な児童が
導を統合した指導方法(JSLカリキュラム)や教
いることになります。
員研修マニュアルの開発普及、また児童の日本語
では、どうしていくかということで、今回、私
能力の測定方法及び適応指導・日本語指導等に関
も文科省の「定住外国人の児童の教育等に関する
するガイドラインの作成が急務です。日本語や多
政策懇談会」懇談会の委員をしましたが、外国籍
文化教育も教員養成課程の専攻となっていないた
の子どもへの教育を考えていくときに、もう教育
め、専門職の育成と人材確保は十分ではありませ
だけではだめだし、教育と福祉を連携させていか
ん。当面の、人材確保のため現職教員の日本語指
なければいけません。これは、既に近未来の社会
導能力、大学等による日本語指導能力の向上を図
福祉人材育成のリポートなどでも、いろいろ指摘
る履修証明プログラムの充実等を検討していま
されていましたが、あらゆることが起こっていま
す。過渡的措置としての児童支援についても予算
す。
的な制約のため学習支援は十分とは言えません。
それから、そういう外国籍の方、国際結婚の方
特に教員やSSWのカルチュラルコンピテンス(異
は、都市部だけではなくて、農村部で嫁の来手が
文化対応能力)の担保が脆弱で、児童家庭への就
ないところとか、いろいろなことにいらっしゃい
学支援も不十分です。これに加えて、近年小学校
ます。インフォーマルなネットワークが弱くなっ
の高学年まで海外で教育をうけた呼び寄せ児童が
- 34 -
ふえ、学習支援はさらに困難になっています。
支援・生徒および保護者への教育相談および、日
こうした日本の児童の貧困・教育の貧困といっ
本語の使用に困難を有する児童への日本語指導に
た社会政策・社会保障の脆弱性はマイノリティー
ついては理想的には日本語と母語の双方の言語に
である外国籍等児童に大きな悪影響をあたえてい
堪能で、教員免許等を持つ人材が担当するのが望
ます。
ましでしょう。こうした学習・生活適応指導員と
さきほど述べた文科省では「定住外国人の児童
日本語指導員、スクールソーシャルワーカーの専
の教育等に関する政策懇談会」の意見を踏まえた
門技術向上と連携や待遇改善をはかる必要があり
文部科学省の政策のポイントとして日本での滞在
ます。
の長期化・定住化傾向が見られることを踏まえ、
では近隣散住地域での実践はどうでしょうか。
就学機会を確実に確保するために、公立学校につ
多文化ソーシャルワークの先進県である神奈川県
いては、「入りやすい公立学校」を目指していま
では多文化共生の推進役として活動しているソー
す。これを実現するための3つの施策を掲げてい
シャルワーク実践者のスキルアップを図るための
る。第一に日本語指導の体制の整備、第二に定住
知識・技術を学ぶ多文化ソーシャルワーク実践者
外国人児童生徒が、日本の学校生活に適応できる
講座を開設しています。県立高校の外国人枠への
よう支援体制を整備、第三に公立小中学校へ入学・
全入など多くの支援制度があいます。
編入学する定住外国人児童生徒の受入れ体制につ
川崎市では外国人市民が自分たちの問題を調
いて、制度面の検討を含め、環境整備を行うとと
査・審議し市政に参加する機会を保証するため外
もに、上級学校への進学や就職に向けた支援充実
国人市民代表者会議を開催しています。基本的人
を計っています。
権を尊重し日本人と在日外国人の市民・児童の相
特にわたしが委員として重要性を指摘した教育
互理解のふれあいを深め共生できる地域社会を創
と福祉との連携についてはでソーシャルワークの
造するため、川崎こども文化センターと、ふれあ
役割として第二の学校生活適応支援について、定
い館を川崎市が設置し、そこを在日韓国・朝鮮人
住外国人児童生徒や親の相談相手になり、日本語
を主体とする社会福祉法人青丘社が運営していま
能力が不十分な親の支援を行う、要員の配置の促
す。これらを拠点に、社福・青丘社とNPOが保
進が必要とされ予算化されつつあります。
育、学童保育、在日高齢者の識字教育、在日コリ
高校進学支援では社大の学生と一緒にしている
アンの交流クラブの昼食会、デイケア、非漢字圏
ような学習支援、進路ガイダンスが必要です。保
のフィリピンやタイの外国籍等子どもの学習支援
育園への入園支援などの就学前児童の支援や、乳
などを行っている。外国人ママの会、「非漢字圏」
児については最初に母子に関わる保健師との連携
民族文化クラブなど在日コリアンからはじまって
も必要でしょう。さらにエスニックグループごと
多様なニューカマーを包摂する活動を行っていま
の論理的コード、宗教的忌避で食べられない食材、
す。
幼児期にお守りとしてピアスをする習慣文化をも
近隣について見れば、清瀬市では教育委員会、
つ児童への対応等を考えなければなりません。そ
学校、バイリンガルの日本語指導員、母子支援員、
のため、バイリンガルその他の専門的能力を有す
国際交流協会や当事者等のNPOやボランティア、
る人材と多文化対応能力を持ったスクールソー
ソーシャルワーカーとの連携による地域をあげた
シャルワーカー養成と配備や教員やケースワー
外国籍等の児童を含む次世代育成のための支援体
カーへの多文化理解を深める研修など教育と福祉
制をとりつつあります。
を連携させた外国籍等子どもと家族への包括的支
近隣の東村山市役所の生活文化課では中国語、
援(教育・生活・住居・就業など)が必要です。
韓国語、フィリピン語ネイティブの3名の相談員
学校教育における日本語の取得状況に応じた学習
を配備して外国籍市民のための相談を中国語、英
- 35 -
語、韓国・朝鮮語、タガログ語で年間800件以上
つつあり、支援を受けた人達がNPOで今度は支
の相談を受けています。
援するスタッフとなっています。
埼玉西郊のNPOふじみの国際交流センターは現
こうした地域での実践は年齢別・対象別に分断
在富士見市・ふじみ野市(上福岡市と大井町が合
されたソーシャルワークではなく、母親が日本の
併)・三芳町から委託を受け無料で、外国人の電
教育・社会制度を良く理解していない児童家庭に
話生活相談(月曜から金曜の午前10時から午後
長期的に寄り添った形で行われるように自然と
4時まで相談員が常駐、外国籍の相談員による、
なってきました。長年にわたって親の就労・生活・
5ヶ国語での対応も可能)で在留資格、DV、就
居住支援、子どもの就学前・義務教育・高校・大
業、病気など年間700以上の生活相談 を受けて
学進学・就業の話し相手、相談相手として生涯ラ
います。ふじみの国際交流センターは日本語学習
イフプランへの支援を自然と行うようになってき
支援から幅広い外国人の自立支援を行っていま
たのです。
す。支援は電話相談にとどまらずDV被害者にた
めのシェルターも持ち専門家への橋かけや役所・
おわりに
裁判所・ハローワークへの同行、勤務先との交渉
分散地域は資源も限られ、だからこそ外国籍等
など多岐にわたる支援を行っています。ソーシャ
子ども家庭を初め、多様なマイノリティーの視点
ルサポートネットワークを作り、外国籍等子ども
に立ち,それらを地域の課題として取り組んでい
家庭の信頼を得て、多領域(医師、保健師、弁護士、
く必要があります。制度的な援助する、援助され
教師等)とソーシャルワーク多分野(母子支援員、
るではなく。在日外国人の市民・児童が直接参画
SSW、医療ソーシャルワーカー)の専門家への
した、人づくり、まちづくりを通じて、地域のニー
連携、自治体福祉部門、入管などのフォーマルサ
ズに対応した創造的地域福祉を実現していかなけ
ポートとの連携を行っています。
ればなりません。これは単に外国人の問題でなく
当事者によるセルフサポートグループが作られ
日本の新たな地域福祉の課題です。
- 36 -
特別分科会(介護実践報告・交流会)
介護コースOB・OGに学ぶ
特別分科会の趣旨
全員で意見交換をいたしました。全体参加者を6
本学、介護福祉コースの卒業生を中心に各分野
グループに分け、グループ内の意見交換が活発に
で活躍している実践者と本学の介護福祉コース在
行なえるよう各グループにファシリテーターを配
校生、参加者との交流を行い、介護実践と資格に
置し進行していきました。
ついて意見交換を行ない、参加者全員で出された
以下に出された意見、感想の抜粋を報告いたし
意見を共有し、今後の介護福祉コースの未来を
ます。
探っていきます。当日は、介護コース在校生、卒
業生、教員、一般参加者、延べ60名の参加を得て
【在校生】
盛況に、また有意義な時間を共有いたしました。
・反対されたけど社大に入学した、授業でうまく
プログラムと報告者は以下のとおりです。
いかないと不安になる、今日、「介護」の世界
が広がった
第一部
・介護がもつ負のイメージが抜けていなっかた。
本学介護コースを卒業した OB・OG の実践報告
今日、参加してみて入学して間違えてなかった
報告者1 公務員
と思えた。
報告者2 社会福祉法人 高齢者福祉施設
・介護の世界は、魅力的だと改めてわかった。
報告者3 社会福祉法人 高齢者福祉施設
・介護の仕事はきついなどのイメージを親が持っ
報告者4 研究・教育分野
ている
報告者5 社会福祉法人 ディサービス
・同じ志を持った人がこの大学には集まっている
・介護でよかったのか迷ったこともあった。でも
第二部
学生時代だからこそできることをやりたい
分科会参加者の方々とグループ討議・意見交流
・介護は大変だけどこれからも勉強をがんばって
『期待される介護コースの卒後のために、いま
いこうと思った。日々の授業が大切だと思った
しっかりと勉強しよう』をテーマに、社会人とし
・いろいろな進路や職種があって参考になった
て活躍されている先輩からのお話を受けて参加者
・「学生時代の経験が生きてくる」というOB,OG
さんの言葉が共通していた。いろんな経験をし
たい
・現場の人の話を聞くのは初めてで新鮮だった
・相談業務も介護の仕事だとわかった。肉体労働
のイメージをなくすことが必要。
・立ち止まったら分野を変えて進んでもいいこと
がわかった。
・介護に対して思ったことは、直接援助だけでな
く間接的な仕事も大事である
・介護=身体介護と考えがちであるがそれだけで
なく介護をする人は身近に相談できる存在であ
- 37 -
る
・介護の仕事って1つでないことがわかった
・いまの経験(学生時代のアルバイト等)が未来
につながっている。人とのつながりの大切さを
今後学びたい
・「その人自身」を見ることの大切さ、早く仕事
がしたいと思った
・不安が大きい、楽しいことを見つけて行きたい、
これからもいろいろなことにチャレンジしたい
・国試が心配、みんなで社福と介護の資格を取っ
て卒業したい
・実習に行く前に資料を読んでから言っても、や
はりやらなければわからないことが多い
【卒業生・一般参加者】
・一期一会を大切に
・ボランティアなどたくさんの体験から介護に興
・職員だけでは限界がある。ボランティアに頼む
味を持っている人がいるので自分ももっといろ
ことは良い方法だが計画性を持たないと定着し
いろなことを行ってみたい
にくい
・認知症の人を一人の人として観るといわれても
・施設の利用者と経営者の関係性の問題が介護実
余裕がない。今後実習があるので気をつけてい
きたい
践に大きく関わっていることが理解できた
・利用基準があるがゆえに制度の狭間にぶつかる
・施設内という閉ざされた空間だと周りが見えな
くなるのでは
人が出てくる
・介護職仲間たちで交流のできる場作りが大切
・喜びはすくないけど「ありがとう」の一言でやっ
てゆける
- 38 -
車椅子バスケットボールデモンストレーション
【参加者感想】
バスケットボールサークル 一同
今まで車椅子=障害と感じていましたが、直接
話したりプレーすることによって“障害者”とい
う目で見なくなりました。また、車椅子バスケを
経験させてもらい、車椅子の移動の大変さやバリ
アフリーの大切さを知りました。このような機会
を通し、福祉を学ぶ上で大切なことを学んだ気が
します。車椅子の方々とこのような機会を通し関
わりを持ててよかったです。
(1年 浅原 礼奈)
かが伺えました。そして、より車椅子バスケとい
うスポーツに興味を持ちました。
初めて生で車椅子バスケを見て、普通のバスケ
(1年 吉水 千恵)
と違うような闘争心を感じました。
自分自身も体験してみて車椅子に乗りながらプ
車椅子を漕ぐのはもちろん腕力だし、腕の力だ
レーするのは難しくてあんな素早い動き、攻めて
けでシュートしたりと、相当上半身に負担がかか
いるのに驚きました。
りました。でも実際やるのは楽しかったし、選手
普段では体験できないことが出来て楽しかった
の試合を観るのも白熱していて、とてもいい経験
し、とてもいいことを学べました。ありがとうご
になりました。
ざいました。
(1年 匿名)
(1年 匿名)
車椅子バスケを初めて生で観たが、思っていた
車椅子バスケについてほとんど知識がないまま
以上に激しいスポーツだった。選手のみなさんと
学内学会で参加させていただいたのですが、実際
お話できる時間もあり、みなさん障害を障害と捉
に参加し選手の方々からお話も聞くことができ、
えず本当に生き生きしているように見えて、素敵
より詳しい知識を得ることができました。とても
貴重な体験ができたと思います。
だと思った。
(2年 匿名)
(1年 鈴木 成美)
私は学内学会で初めて車椅子バスケに触れるこ
初めて車椅子バスケの選手にお会いしたとき、
とができました。最初は車椅子バスケはゆっくり
どうしても車椅子を意識してしまう自分がいまし
としたイメージがありました。しかし実際に選手
た。しかし、いざ試合が始まるとそのプレーのス
の方の試合を観ていると迫力のある激しいスポー
ピード感や迫力に圧倒され、彼らが車椅子に乗っ
ツで驚きを隠せませんでした。試合中に車椅子同
ていることを感じなくなっていました。また、実
士がぶつかった勢いで倒れている人がいると、敵
際車椅子バスケを体験して、思ったよりも車椅子
味方関係なく起こしている姿を見て感動しまし
の捜査が難しく、選手たちがどれほど練習したの
た。この時間の終わりに選手の方々とお話しさせ
- 39 -
祉の観点からも注目することができる、よい機会
であったと思う。
(2年 坂井 泰子)
車椅子バスケをやっている障害者の人はとても
輝いていて、障害に対して暗い考えを持っている
人ばかりではないのかなと感じました。
(2年 岩澤 実花)
車椅子バスケのルールが普通のバスケとあまり
ていただき、たくさん学ぶことができました。障
変わらないと知り、とても驚きました。また、初
害をもっているからといって、自分に限界を作る
めて生で試合を観て、その技術と迫力に圧倒され
のではなく、可能性を見つけて好きなことに打ち
ました。
込めるようになるには、大変な精神力と積極性、
そして一人はみんなのために、みんなは一人の
周囲の支えがあったのではないかと思います。こ
ために、全力でプレーしているまた機会があった
の機会に障害者スポーツに対する関心が出てきた
ら、試合を観にいきたいです。
とともに、貴重な体験ができたと思います。
(2年 匿名)
(2年 匿名)
5月に行われた車椅子バスケの試合を観に行っ
思っていたより動きが激しくて驚きました。ま
たあとだったので、学会ではさらに身近に見るこ
た普通のバスと違った戦略があり、それがおもし
とができ、体験ができるとあってとても興味があ
ろいと思いました。また、実際にやってみてボー
りました。
ルがゴールに届かず、力がないとだめなのだとよ
また、試合の準備や指導を行う中で、どのよう
くわかりました。
に対応すればよいのか不安なところもありました
(2年 橋浦 航)
が、それも新しい刺激でサークル員の意識の向上
にも繋がったと感じています。特に、競技用の車
今まで、漫画などでしか車椅子バスケを見たこ
椅子の搬入自体が重労働であり、自分たちと異な
とがなく、知識もまったくなかった。予備知識と
るところにも苦労があることに驚きました。
して、車椅子バスケのルールなどを勉強する機会
試合を間近で観るとさらに迫力がありました。
があったが、実際本物を目にすると、知らないこ
自分たちのバスケより激しくて、一種の格闘技か
とばかりだった。事前に学んでいたとはいえ、や
はり百聞は一見にしかず。素晴らしいものを見る
ことができたと感じている。また、その後の質疑
応答では、ほとんどのプレーヤーの人が、中途障
害であると知った。その中で、「障害をもっても、
どう楽しく生きていくか考えて、いかなくてはい
けない。」とおっしゃっている方がいらっしゃっ
て、とても胸に響いた。様々な人が楽しく生活
し、社会参加できる環境を整えていくべきではな
いかと、スポーツ観戦を楽しむだけではなく、福
- 40 -
なと思えるくらいでした。障害の程度によって
ツを通して、様々な方と関わりを持つのは大切で
個々に持ち点があって、試合自体が平等になって
あり、日常では味わうことのできない貴重な時間
いるのは独特のルールで、健常者と呼ばれる人た
だったと感じました。
ちの中では考えにくいことだなと感じました。
今回のことも含めて、障害をもつ方との交流や
また、試合後に行われた学生と選手の方々との
関わりが学内でも、地域でも当たり前に行われる
話では、選手の気さくなお話があり、試合の緊張
ようになるのも、この大学で勉強している意味だ
感とは違う一面を見ることができました。
と思います。短い時間でしたが、経験することも
スポーツは勝負の世界ではありますが、全員が
感じることも多く、充実した時間になりました。
参加し、何より楽しく活動している様子を感じた
(3年 久保木 絵美)
ことが印象的でした。自分が好きなことやスポー
- 41 -
学生企画 ―社大福祉ネットワーク―
ソーシャルワーカーとしての資質の養成
~多様な価値観を知ろう~
私たち社大福祉ネットワークでは、「ソーシャ
ルワーカーとしての資質の養成~多様な価値観を
知ろう~」というテーマで、企画を持たせていた
だきました。
「地球滅亡の危機に陥った時、あなたなら誰を
宇宙船に乗せる!?」というワークをし、年齢や性
格、職業の異なる人たちのうち、どういったこと
を優先的に考えるのか、グループ内で、一人ひと
り価値観が違うことを体験してもらいました。次
に、自分の暮らす街に何が必要か、ロールプレイ
告と比べてその趣旨に満足してもらえるかどう
をしながら考えてもらいました。高齢者・障がい
かが不安だったが、参加してくれた方の様子を
者・サラリーマン・妊婦・子どもの立場になり、
みて、自信をもって企画を行えました。
それぞれの立場から、町に必要なものを考えても
●どのような企画にするのかを1つ1つ決めてい
らいました。立場によって、必要としているもの
くことから始まったので大変でしたが、無事に
が違うことが感じてもらいました。企画全体を通
終えてよかったです。
して「価値観の多様性を認め、他者の価値観を受
●企画のテーマであった「価値観の多様性」を伝
容し共有すること」について、学んでもらえたと
思います。
えることができたと思います。
●準備は大変でしたが、企画を通して、企画者同
また、当日はおおよそ30名の方々に来ていた
士の仲を深めることもできました。
だいて、意見交換をしながら、楽しく価値観につ
当日の参加人数が少なめだったのが残念でした。
いて知ることができました。
●企画をするうえでどのように伝えたら自分たち
の伝えたいことをわかってもらえるのかを考え
ここで、簡単に企画者の感想を載せさせていた
ながら企画をしました。そのため、この企画を
だきます。
やってとても大きなものを得たと思います。
●この企画を持たせていただき本当に良かったで
●企画を持つのは初めての試みだったため、大変
す。参加して下さった方々の感想は「参加して
さもあったけれど、この企画を持つことができ
よかった」という内容が多く、参加してくださっ
てよかったです。
た方が満足してくれた企画を行えたことが嬉し
●参加してくれる方にこちらの意図を理解しても
かったです。
らえるように、企画者同士で話し合いながら、
企画できたことが、自分の考えを整理するのに
最後になりましたが、この企画を持つに当たり、
もとても有効的でした。
支えて下さった先生方、そして当日企画に参加し
●比較的入り組んでいないメッセージを、実感で
きるかたちで提供する企画だったので、他の報
て下さった方々に、この場を借りて御礼申し上げ
ます。ありがとうございました。
- 42 -
各 分 科 会 か ら の 報 告
理 論 ・ 歴 史
「日本国憲法第 25 条-1」の源流に関する
精神史的考察
存権について普遍的に流通する定義というもの
―[生存権思想の成立過程]に関する研究ノート
一方、日本では法律に明文化され安定した意味
に代えて―
が、無いのである。
内容をもつ「生存権」が現に存在する。同時に社
会福祉学が問題にしている生存権とは、まさにこ
仙台大学体育学部健康福祉学科准教授 / 院後期3年
の「日本の生存権」なのである。それゆえ日本語
院前期 2005 年卒 乗 松 央
で語られ漢字で表記された「生存権」こそを、
[普
遍化する可能性をもった生存権]として用いても
1.主 旨
差し支えないのではないか。このような観点から、
1-1.研究の全体像と目的
日本国憲法第25条1項と生活保護法第1条から
この発表を含む研究の全体像は、生存権とそれ
第3条に至る原理とをメルクマールにして、生存
を支える生存権思想の史的展開にある。とりわけ
権の史的展開をたどることとした。
生存権/生存権思想の成立過程に焦点化し、生存
権を形成するベクトルを明らかにする。明らかに
1-3.日本国憲法第 25 条と生存権の起源
された[生存権思想の説得力と方向性]こそが、
そして以上のように生存権の定義とメルクマー
その対極にある自由権/自由主義思想そして市場
ルを日本国憲法/生活保護法に求めるならば、そ
システム/市場原理への対抗力になり得る、と考
の成立過程を考察するには予め[生存権思想の始
えるからである。
まりから日本国憲法に到る道筋]の確認が必要と
なる。本研究が成立過程を問題とする生存権思想
1-2.生存権のメルクマール
とは、他でもない[日本における生存権]が起源
そこで生存権の成立過程を論じるに際し問題と
とする思想だからである。
なるのが、何をもって生存権とするか、言い換え
れば生存権の成立以前と以後とを区別するメルク
1-4.プロテスタンティズムと生存権
マールは何か、ということである。今日の社会福
一般に生存権は、キリスト教の救済思想を背景
祉学や公的扶助論では、日本国憲法に規定された
に語られることが多い。しかし事実は逆である。
生存権や生活保護法の基本原理が当然の前提とさ
生存権はキリスト教なかでもプロテスタンティズ
れるが、しかし各国の憲法や公法学においてこの
ムとは対極の場所から生成してきた、と考えられ
ような「生存権」が共通の概念や当然の権利とし
る。M.ウェーバーが示すように資本主義の精神
て規定されているわけではない。生存権条項のな
がプロテスタンティズムから生じてきたとするな
い憲法や、社会権全般の中に包含して法体系を理
ら、生存権の精神はプロテスタンティズムの予定
論化することの方が、むしろ一般的と言える。生
説や人間観を否定することによって初めて成立し
- 43 -
得た。「市場原理」と「福祉の心」が対立する関
党に属する自由主義者である(シュミット1930:
係にあるのと同様にプロテスタンティズムと生存
108)。「自由主義的法治国家」を望むプロイスの
権思想は対立する。すなわちプロテスタンティズ
理念と法理論からは生存権規定の生じる余地はな
ムと生存権は、近代社会を写したアナログ写真の
い。プロイスによる原案の修正段階で一連の社会
陰画と陽画の関係にある。これが本研究の到達点
権条項を提案したのは、社会民主党の国会議員と
である。生存権とその思想が成立する過程を明ら
なっていた労働法学者、H.ジンツハイマーである。
かにする営みは、このような対立関係を論証する
ための準備作業と言える。
2-3.ジンツハイマーとワイマール憲法 151 条
1919年7月、国民議会の憲法草案第二読会にお
2.フィヒテから日本国憲法へ
いてジンツハイマーは、経済生活の秩序が「人た
2-1.日 本国憲法における 25 条の位置と、森
るに値する生活を保障する」ものでなければなら
戸辰男
ず、そのためには各人の経済的自由や所有権には
よく知られているように日本国憲法はGHQに
制限が加えられるべきことを主張し、内務大臣で
よる「マッカーサー草案」を素地とし、国会で同
あったプロイスの草案を修正することに成功す
草案を修正あるいは加筆することを経て公布され
る。
(久保2001:133)(武川1992:43)ジンツハイ
た。自ずと同草案の陰を濃厚に残している条文が
マーとプロイス草案との関係は、森戸辰男とマッ
多い中で25条1項は森戸辰男の手による[日本独
カーサー草案の関係に類似している。そこには19
自の条項]と言える。むろん森戸に限らず既に大
世紀的な自由・平等の原理すなわち市場原理=自
正期から経済学(社会政策学)や法学の分野では
由主義と、共同性の原理すなわち20世紀的な社会
生存権の研究や理論化が進められていた。主だっ
福祉の原理との相克が、明瞭に刻印されている。
た研究者には、左右田喜一郎、福田徳三、大河内
しかしここで大きな問題に逢着する。それは、
一男、恒藤恭、穂積陳重、牧野英一らがいる。だ
ジンツハイマーの専門とする学問領域についてで
が、このうち日本国憲法の成立に直接関与したの
ある。ジンツハイマーは労働法の権威と言われ、
は森戸だけである。そして一般的にはワイマール
その影響はドイツ国内のみならず日本の労働法学
憲法の社会権条項が、25条の原型になったと言わ
にも大きな足跡を残している。一方、憲法学に係
れている。
る業績はなく、このためジンツハイマーが依拠し
ワイマール憲法の社会権条項が、森戸を介して
た公法理論や生存権思想に関する記録がない。率
日本国憲法25条1項に影響をあたえたとするな
直に言うなら日本国憲法・ワイマール憲法の作成
ら、ワイマール憲法における生存権は、法理論や
過程から遡って生存権/生存権思想の起源を探る
社会思想史の上でいかなる系譜にあるのか。
試みは、ここで途絶えることになる。そこで視点
を転換し別の道筋を描いてみる。
2-2.プロイスとワイマール憲法
ドイツの現代史に関する文献では、ワイマール
2-4.フィヒテとワイマール憲法
憲法の起草者としてH.プロイスを挙げるのが一般
ドイツにおける生存権思想の起源はJ.G.フィヒ
的である。しかしプロイスは、社会権条項として
テ に あ る(A.Menger1886:32、 森 戸 / 訳1921:
有名な151条以下の起草には関わっていない(ア
56~57)。フィヒテは『封鎖商業国家論』の中で、
イク1983:128)(武川1992:42))。この生存権条
本研究のメルクマールに相応した生存権思想
項もプロイスによるものだとする誤解(林1963:
を 展 開 し て い る(Fichte1800:6 / 出 口 訳1949:
55)があるほどに憲法学者としての名声が高いわ
36~38)。
けだが、プロイスは初め進歩党のちにドイツ民主
そこで、2通りの角度から、このフィヒテと日
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本国憲法とをつないでみたい。一つは「本条文[ワ
日本国憲法25条1項すなわち[本研究が論じる生
イマール憲法151条]は、近代最初のドイツ社会
存権]の起源を、フィヒテとする。
主義者であるフィヒテが次のような言葉で表現し
たような、社会主義の倫理的基本思想の実現を告
i
3.フランスと英国からの系譜に係る蓋然性
げている」とするH.ヘラー の記述(Heller1924:
生存権/生存権思想の史的展開には、2つの
312 /大野訳2007:49)を根拠として「フィヒテ
系譜がある。ドイツ語圏(ドイツ=オーストリ
⇒ワイマール憲法⇒日本国憲法」という流れを描
ア ) か ら の 流 れ と、 仏・ 英 か ら の 流 れ( 乗 松
く。つまり、当時のドイツにはワイマール憲法の
2005)である。しかし後者の場合、ルイブラン
生存権規定はフィヒテを源流とする、という通念
による第二共和政憲法からA.コントへの流れが
があったと推定する。*[]内は筆者記入
判然とせず、生存権思想と表裏の関係にあると
二つめは、A.メンガーと森戸を間に介在させて
思しき博愛fraternitéと人類愛humanitéとの関係も
フィヒテと日本国憲法をつなぐ方法である。法理
明らかではない。つまり仏=英の流れは、あく
論としての生存権は、メンガーを嚆矢とする(奥
までも可能性の段階に止まっている。一方S&B.
1985:5)。メンガーの思想と法理論の核は、代表
ウェッブに対するA.メンガーの影響は明瞭であ
的著書『労働全収権史論』のタイトルが示すよう
り(Webb1897:403、 高 野 / 監 訳1969:487) 且
に[労働全収権]にあり[生存権]の位置づけは
つnational minimumが登場するのは、メンガーに
相対的に低い。このためメンガーはフィヒテの[生
よる『労働全収権史論』の10年ほど後のことであ
存権]について特段の評価を与えているわけでは
る。このため、ドイツ語圏からの系譜を主流とす
ないが、前掲書におけるメンガーの記述は結果と
るなら仏=英からの系譜は傍流と位置づける他な
して、生存権思想の確立者としてのフィヒテを描
い。日本国憲法25条1項における「最低限度の生
き出している。
活」という表記は、言葉の系譜からすれば英国か
一方で森戸はメンガーの前掲書について研究
ら移入したものだが、その固有の影響はあくまで
し、その邦訳『近世社會主義思想史』などにより
も言語表記の範疇に限定される。 生存権の歴史と理論を日本へ紹介した。先述した
福田や恒藤らもメンガーの生存権から影響を受け
ている。そして日本国憲法25条の成立は、既述の
4.[キリスト教と生存権]に関する理論仮説
通り森戸に負うところ大である。そればかりでな
フィヒテを源流とする生存権思想がどのように
く森戸等によるメンガーの紹介は、大正年間とい
して生成したかを考えるために、フィヒテ以外の
う早い時期に行われていたため、日本国憲法の制
ドイツ観念論哲学やそれに先行する啓蒙思想に生
定時、相当数の知識人の間にメンガーを介した
存権思想が生じてこなかった事情を、本研究にお
「フィヒテの生存権思想」への認知が形成されて
ける以後の課題としたい。これを説明する理論仮
いたことは、想像に難くない。たとえば戦後出版
説が、本稿[1-4.]の末尾に掲げたプロテスタ
された南原繁による政治学のテキスト『政治理論
ンティズムと生存権との対立関係に関する命題で
史』は、フィヒテの『閉鎖的商業国家論』とその
ある。この命題は、ウェーバー理論の背理として
「生存権」に言及している(南原1962:286)。
論証できるだけではなく、[生存権思想を担った
それゆえ、以上に描く2つの流れを論拠として
人物たちのキリスト教や教会への批判的態度、非
キリスト教徒、無神論や理神論への傾斜といった
i H.ヘラー [1891 ~ 1933]は、文字通りワイマール憲法の成立
から停止に至る時代を生きたドイツ国家学/国法学の泰斗で
あり、社会民主党員として現実政治にも関わっていた。この
論文は、ワイマール憲法の成立直後に書かれたもので、同時
代の精神状況をよく伝えていると判断した。
特徴]を根拠としても、論証できると考えている。
- 45 -
【主な参考/引用文献】
報第2号』:2007.11
J.G.Fichte“Der geschlossne Handelsstaat”Jena
中村睦男、永井憲一『小林直樹監修・現代憲法体
Verlag von Gustav Fischer 1920 :1800
系⑦生存権・教育権』法律文化社:1989.7.10
H.Heller“Grundrechte und Grundpflichten”/
南原繁『政治理論史』東京大学出版会:1962.510.
[GESAMMELTE SCHRIFTEN Zweiter Band
乗松央(2005)「博愛fraternitéの精神史と生存権
RECHT, STAAT, MACHT] A.W.SIJTHOFF
─[フランス社会福祉思想史 試論─」日本
LEIDEN 1971 :1924
社会事業大学大学院社会福祉学研究科/平成
A.Menger“Das Recht Auf Den Vollen Arbeitsertrag
In Geschichtlicher Darstellung”J.G.COTTA’
16年度修士論文
林健太郎『ワイマル共和国ヒトラーを出現させたも
SCHE BUCHHANDLUNG NACHFOLGER
1910 :1886. 9
の』中央公論社:1963.11.18
J.G.フィヒテ(1800)『封鎖商業國家論』出口勇
S&B.Webb“Industrial Democracy Volume2 of
藏/訳、日本評論社:1949. 7.20
thePalgrave Macmillan Archive edition of
(1938年に発行された弘文堂書房による旧版あり)
WRITINGS ON INDUSTRIAL DEMOCRACY”
H..ヘラー(1924)「基本権と基本義務」『ヴァイ
LONGMANS, GREEN AND CO. :1897. 11
マル憲法における自由と形式 *公法・政治
(newest edition1920)
論集*(1992)』大野達司・山崎充彦/訳、
E.アイク(1954-56)『ワイマル共和国史Ⅰ1917 ~
1922』救仁郷繁/訳、ぺりかん社:1983. 7. 1
風行社:2007. 7.25
A.メンガー(1886)『近世社會主義思想史』森戸
S&B.ウエッブ(1897 /新版1920)『産業民主制
論』高野岩三郎/監訳、法政大 学出版局:
辰男/訳、我等社:1921.3.1《注2》
A.メンガー(1886)
『労働全収権史論』森田勉/訳、
1969.2.1 [1927.11.20]版の復刻
未來社:1971. 5.10
奥貴雄『生存権の法理と保障Ⅲ生存権の法的性質
論』東京新有堂:1985. 5.30
久保敬治『新版ある法学者の人生フーゴ・ジンツ
ハイマー』信山社:2001.4.15
C.シュミット(1930)「フーゴー・プロイス─そ
の国家概念およびドイツ国法学上の地位」 上原行雄/訳、清水幾太郎/編『現代思想1
危機の政治理論』ダイヤモンド社:1973.4.19
高柳賢三、大友一郎、田中英夫『日本国憲法制定
の過程Ⅰ原文と翻訳─法制定の過程Ⅰ原文と
翻訳─連合国総司令部側の記録による─』有
斐閣:1972.11.20
武川眞固「ヴァイマール憲法における社会権と
レーテ運動(2・完)──社会 権形成史の
一側面として──」『高田短期大学紀要第10
号』:1992.3
武川眞固「憲法25条のルーツと日本国憲法制定の
意義──「憲法研究会」草案 と先人達の営
為──」『高田短期大学人間介護福祉学科年
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格差(不平等、相対的貧困)問題の中のソー
シャルワークの位置
のかという相対性を抱える訳である。
相対的貧困もまた「平均的な生活水準から一定
の割合の所得以下の状態にあること」iiを貧困とし
研究科 1990 年卒 山 﨑 眞 弓
ており、平均的水準という他者との比較である点
で、その本質は不平等問題、格差そのものであ
私は2006年3月まで、4年ほど新宿区の公園周
る。豊かな国の貧困として定着した相対的貧困概
りの事業に参加して野宿する人達の声を聞いた。
念は、人に自尊感情の喪失、無力感を生じさせる
時代の転換点にあって、現代の貧困に対峙する私
貧困であり、人間の本質である思惟する力、行動
達は、近代の夜明けの時、ソーシャルワーク誕生
する力を傷める貧困と理解される。またこの相対
の時、私達の先達が近代がもたらした社会矛盾、
的貧困は、平均的水準という社会内の他者の所得
貧困に対峙していた事を思い起こさざるを得な
の影響を受ける貧困であり、自分の所得額だけで
い。今格差が広がる社会の中で、人間の尊厳が守
は測る事はできない。
られる為に、ソーシャルワークには、どのような
位置と役割が求められているのだろうか。
2.相対的貧困と絶対的貧困の関係――センの貧
貧困への新しいアプローチを提示したアマル
困指数を読む
ティア・センの思想には、人間の本質と言うべき
絶対的貧困は「健康やその他の需要(衣服、住
思惟の力、物を人間の幸せへと転ずる行動に焦点
居等)から国民経済等の水準とは無関係に決まる
を当てた人間像がある。その人間像と社会福祉の
動かしがたい水準」iiiを貧困線としている。この絶
伝統的な利用者像を対比させながらこのテーマを
対的貧困と相対的貧困の関係について、センの貧
考える。
困測度(指数)の構造を通して考察したい。
以下が社大福祉フォーラム2010でPower Point 8
セン測度と言われる貧困を測る指数(関数)は、
枚にして発表したまとめである。
伝統的に多用されていた貧困者比率と所得ギャッ
プ比率の二つに加えて、貧困者のジニ関数が組み
1.格差、不平等、相対的貧困は同じ、他者との
比較の問題である。
込まれている。
センは伝統的な二つの測度では測りきれない貧
「格差」とは、他者との比較において問題にな
困の中身、貧困線付近にいる人と極貧者との違い、
る差である。差別されている側には、その差が社
貧困者内部の「格差」に焦点をあて、極貧者の数
会的に固定されているが故に、経済的な困窮とと
に注目する新しい貧困測定の手法を編み出してい
もに、自尊感情の喪失、健康への影響までもが指
る。この手法は鈴村興太郎 後藤玲子『アマルティ
摘されている。
ア・セン 経済学と倫理学』では「公理R(序数
『不平等の経済学(1972)』、『不平等の再検討
的ランクによる重み付け)」として説明されてい
(1992)』を著したアマルティア・センは、平等と
はある人の「特定の側面を他の人の同じ側面と比
i
るiv。
セン測度は「貧困と不平等と言う相互に関連し
較する事によって判断する事ができる」として、
てはいるが異なった二つの関心を統合する最初の
所得の平等、機会の平等、自由の平等等の何の平
試み」vとされ、相対的剥奪、絶対的貧困と貧困概
等か、またどの水準、誰と比較するのかによって
評価が変わると指摘する。つまり不平等問題とは
何の不平等が問題かという規範性、何と比較する
i アマルティア・セン 池本幸生 佐藤仁訳『不平等の再検討』P
2 岩波書店2000年12月
ii http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je06/06-00303.html P4
2010/09/01
iii 阿部 實「公的扶助論」1章 P47 中央法規 2006年1
月
iv 鈴村興太郎 後藤玲子『アマルティア・センー経済学と倫
理学』P224 実教出版 2005年11月25日
v 同上 P223
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念の関係を数理的に示している。
3.貧困に対する社会制度
上記の理解に立てば、絶対的貧困と相対的貧困
センの貧困測度 は貧困全体の中で区分けするというよりは、重な
P(貧困の度合い)
=H
(I+
(1-I)
×貧困者内部のジニ関数)
H(貧困率) (貧困線以下の人数/全人口数)
り合った事象と理解される。とりわけ社会の所得
分布の変化により伸縮する相対的貧困の様相に
よって飢饉、暴動、天災などの局面では絶対的貧
I ギャップ比率 (貧困線―貧困者所得の貧困
困が前面に出てくる。
線からの差の平均/貧困線)
この貧困の構造的な理解から、貧困政策、社会
HIは、(貧困率×ギャップ比率)であり、個人
政策は、絶対的貧困に対応する生活財や所得の給
の所得額から測られる貧困の広がりと深さであ
付と、相対的貧困に対応する対人サービスは混然
り、主に絶対的貧困の部分と考えられる。次の項
一体的に行われるべきであろう。
の{H×(1-I)×貧困者内部のジニ関数}がジニ
関数の関与する貧困者内部の格差、相対的貧困が
4.貧困へのケイパビリティ・アプローチの中の
反映される部分である。
人間像 後者の項で貧困率Hに掛けられる(1-I)は、I
これまでは、所得と「人の幸せ」の間にあって
(ギャップ比率)が0.8(80%)と大きい貧困が深
幸せを決めるのは厚生(効用)であった。人間は
い場合に0.2であり、0.1(10%)と小さく貧困が
自分の厚生(効用)の最大化のみを行動原理とす
浅い場合に0.9である。
る、極めて単純な形で財と幸せの間に介在してい
貧困が深い、Iの大きい社会ではジニ関数が関
た訳である。この厚生(効用)に代わって、財と
与する相対的貧困の部分は抑えられる一方で絶対
人間に間にあって人の幸せを決めるものを、セン
的貧困部分HIは膨張して貧困全体を押し上げる。
はケイパビリティとして提示している。
貧しい国の貧困の様相である。
ケイパビリティの定義は、後藤によれば「諸財
反対に貧困の浅い、Iの小さい社会では、貧困
の有する特性を個々人の財(特性)利用能力・資
の中に占める相対的貧困は(1-I)が大きいので、
源で返還する事によって達成される諸機能の選択
貧困者内の格差(ジニ関数)や貧困率が大きい場
可能集合」viであり、その欠乏が貧困である。諸機
合に貧困度を押し上げる。一方で絶対的貧困部分
能とは『「適切な栄養を得ているか」「健康状態に
(HI)は抑えられる。豊かな国の貧困の全面に出
あるか」
「避けられる病気にかかっていないか」
「早
るのは相対的貧困である事が示されている。なお
死にしていないか」
「幸福であるか」
「自尊心をもっ
ジニ関数が0の平等な社会では相対的貧困は0で
ているか」「社会生活に参加しているか」vii』など
ある。
幸せな生活を構成する要素である。
この構造をみると、相対的貧困はその社会の貧
ここでは能力・資源は個々異なるけれども、人
困率や貧困ギャップ比率、貧困者のジニ関数の動
は財に向き合い、主体的に選択し、生活機能の豊
向によって伸縮する事象であり、貧困は絶対的貧
かさを求めて行動すると言う人間像が前提であ
困を核として相対的貧困をも併せ持つ事が分か
る。その財(制度)をどう活用しようかと思惟し
る。両者の区分けは、相対的貧困はその社会の所
活用できる自由度がケイパビリティである。たと
得分布によりモジュール的に伸展して絶対的貧困
えば障害がある場合、社会にそれを補う制度や社
を覆い、あるいは露出させるという事になると理
解される。
vi 後藤玲子 アマルティア・センの潜在能力アプローチと社
会保障 P1
www.rengo-soken-.or.jp/dio/No149/k_hokoku1.htm 0702/11
vii アマルティア・セン『不平等の再検討』P59 岩波書店 2000年12月
- 48 -
会関係(家族、共同体等)がある場合は、その人
6.社会制度とソーシャルワーク相談
はケイパビリティ(潜在能力)をより拡大できる。
日本社会は今、賃金水準、教育、家族関係の質
社会制度の目的はケイパビリティの平等、拡大で
など基礎的な部分で格差が広がっている。格差、
ある。
不平等を本質とする相対的貧困が、人間の本質的
な部分、思惟し行動する力(ケイパビリティ、潜
5.ソーシャルワークの利用者像
在能力)を傷める事はその定義からも明らかであ
ところで社会福祉の人間観は、援助者が利用者
ろう。経済活動、技術革新の基礎は国民の思惟し
に対して取るべき態度、ケースワークの原則に明
行動する力(マンパワー的側面)であろうから、
確に表れている。バイスティックの7原則のうち、
まず経済政策の前提として相対的貧困への対応が
自己決定の尊重、非審判的態度、受容、個別化を
求められる時代である。
見ると、利用者は様々な価値観を持っているが、
非正規雇用で働く人々、失業状態にある人、一
それに対して審判的な態度ではなく受容的である
人親家庭を営む人々等の抱える生活問題は、雇用
べきとし、自己決定的に解決する途を選ぶ事が出
されたとしても、保育、職業教育、医療サービ
来るので、それを尊重すべきとする。さらに利用
ス、家事援助等の社会サービスが次々に必要であ
者の抱える境遇は個別的、千差万別としている。
ろう。児童の貧困、女性の貧困、非正規雇用にあ
また岡村重夫は、個人と社会制度との関係は一
る人々の貧困には、それぞれの利用者がその生活
つの社会関係であり二重構造を構成するとして、
の中で、利用スタイルを工夫できる社会サービス
一方は個人が「一人の生活主体者としてこれらを
を必要とする。
統合し、調和させながら、それぞれの社会関係の
その利用方法が、社会の中で個別具体的に検討
維持に必要な役割を、自分の生活行為として実行
される必要があり、その多様な利用目的、利用ス
viii
してゆく側面」 であり、他方は「特定制度の側
タイルを非審判的に傾聴する相談が必要である。
から規定される側面」としている。後者は社会保
制度は利用者の目的に沿った使い方が出来てこそ
障制度、医療制度等各制度が、人の生活は一体的
生きる。不便、スティグマがあれば、使われない。
な繋がり(全体性)を持つにもかかわらず、専門
利用者には制度の思惑を超えて、新しい使い方を
分野毎に切り分けてするアプローチを指している
工夫し制度を育てる力があると思われる。
と理解される。
この変動の時代にあってソーシャルワークは、
岡村は社会福祉の目的を、制度と利用者の関係
諸サービスの調整、金銭給付の現場で、利用者に
における客体的側面に対する「主体的側面の維持」
傾聴し、利用者の生活問題の機微を聞き出し、当
としているが、「主体的側面の維持」とは、脱貧
事者ネットワーク支援等の中で、利用者サイドの
困する個人を中心に置くケイパビリティ・アプ
必要を明らかにする。ソーシャルワークこそ、制
ローチと同じく、財(制度を含む)を前にして、
度を生かす鍵である。
自分の生活を軸にそれらをどう活用できるのかと
思惟し、選択してゆく人間が中心に置かれている。
会場から:財源をどう考えているかという質問
この人間像は、共に自律的、自己決定的にエンパ
について、この発表ではソーシャルワーク相談を、
ワーメントする、生活の主体たる人間であり、個
現物給付、対人サービスの調整の中に組み込むべ
人の境遇、価値観は多様、千差万別であるとして
きとしているが、その形式は言及していないとし
共通的である。
た。また、利用者の人間の要素を中心に考えてゆ
く視点に興味を持っているとの意見が出された。
viii 岡村重夫「社会福祉原論」P89 全国社会福祉協議会 昭
和58年1月
さらに講評では、ジニ関数の説明補足があり、対
的貧困と絶対的貧困のどちらを重視するのかとの
- 49 -
質問があった。日本の勤労者の賃金は低下傾向で
困と絶対的貧困に関する論議の歴史的流れ、その
あり、今後はディーセントである事、相対的貧困
定義からも相対的貧困は本質的だが、絶対的貧困
ラインの低下もあり得るのだろうから、相対的貧
が前面に出てくるのではないかとした。
パワーポイントの図
社会制度とソーシャルワーク相談
(社会関係の中心にいる利用者)
岡村重夫による社会福祉の機能・目的・援助の一貫性と
アマルティア・センのケイパビリティ概念比較
ケイパビリティ概念
生活とは
岡村重夫の主体的側面
財を評価し、活用して
生活機能(functions)
を豊かにする
制度を利用して
人間の基本的要求を
充足する過程
人間存在
とは
財を評価し、活用する
ライフチャンスを拡大する
エンパワーメントする存在
4つの社会福祉援助の原則
(社会性、全体性、主体性、現
実性)からみると、主体的側面
を実現する存在
社会制度
とは
個人の自立的活動を
促進するための
制度(社会保障プログラム)
個人の主体的側面により統合
され、主体的側面を実現するた
めの制度(社会福祉の介在)
どちらも制度を利用する側の人間生活、社会生活を中心にして、制度を考える。
利用者の主体的側面を実現する・利用者のライフチャンス、ケイパビリティを拡大する
社会福祉の人間観とケースワーク原則


現金給付・現物給付
社会サービス

利用者の生活問題から見
て利用方法を工夫する
(医療・介護・家事援助・保育・就
労支援・職業教育・教育等)
ケースワークの原則:自己決定権の尊重・非審判的態度・個別性の尊重
制度の多様な使い方・ピア関係の尊重・生活管理でないソーシャルワーク
制度と利用者をつなぐソーシャルワーク
- 50 -
日本におけるキリスト教セツルメント運動
の思想的背景と意義に関する考察
におこなった講演に興望館設立のきっかけを与え
―興望館セツルメント実践を中心に―
遊び場、施療所、教育設備の設置を強調する。家
る。東京の貧民地域の生活改善のため、子どもの
庭改良によって社会改良に繋いでいくと主張。宗
院後期3年 鄭 芝 永
教団体の参与を促す。
このように、興望館セツルメントは、キリスト
1.興望館セツルメントの歴史
教精神を土台に、地域をその活動の中心に置き、
大正8年(1919年)に在京基督教婦人矯風会外
地域住民の福祉的問題の発見と解決に努め、サー
人部により組織され、今なお地域の福祉施設とし
ビスの開発・提供者として、公的サービスの伝達
て保育事業を中心に継続している、現存するセツ
装置者として機能した。先行研究にあるように「運
ルメントでは最も伝統ある施設の一つである。そ
動性」「社会性」という部分では成熟してはいな
の実践は、第二次世界大戦下において若干の後退
かったが、今日まで、セツルメントを標榜して活
は余儀なくされるが、基本的に欧米のセツルメン
動を継続してきた興望館セツルメント運動には、
トの伝統を受け継ぎ、地域のニーズキャッチや
「地域性」や「民間性」
「思想性」は意識されていた。
サービス開発などを中軸としたソーシャルワーク
そして、興望館セツルメント運動には、海野幸
の視点を堅持しつつ、戦中そして戦後も、今日に
徳が述べるところの「消極的社会事業と積極的社
至るまで地域福祉実践の拠点として活動してき
会事業の統合」である「総合的社会事業」にも比
た。
肩する実践があり、また今日の「住民と行政の協
働による新たなシステムづくり」として期待され
2.興望館セツルメントの思想的背景
ている地域福祉実践の原型があるのではないか、
興望館セツルメント運動の思想的背景は日本キ
という仮説をたて、興望館セットルメントの継続
リスト教婦人矯風会とジョン マール デビスの
を支えてきた思想的背景を総合的に検証すること
思想からその始まりを見ることができる。日本キ
を試みる。
リスト教婦人矯風会は、1886年設立され、キリス
ト教信仰に基づき、世界平和、純潔、酒害防止の
3.セツルメント運動の時代区分
目標に掲げて活動してきた。女性福祉の事業にも
日本におけるセツルメントの歴史の時期区分
力を注ぎ、公娼制度廃止、婦人参政権獲得運動な
は、音田正己の区分を用いる。
ど、女性の基本的人権のために活動し、戦後は平
第一期、第一次世界大戦まで、これは日本にお
和運動に邁進して、売春防止法(1956年)の制定
ける資本主義の勃興期であり、セツルメントの創
に大きく貢献した。
生期に相当する。
ジョン マール デビスの講演が、日本キリス
第二期、1918年(大正7年)から1930年(昭和5年)
ト教婦人矯風会の外人部会において行われ、興望
まで、これは、日本における資本主義の爛熟期で
館セツルメントの設立に影響を与えたとされてい
あり、セツルメントの全盛期にあたる。
る。ジョン マール デビスは、日本YMCA名誉
第三期、1931年(昭和6年)の満州事変から第
主事として活動した社会学者で、日本における
二次世界大戦まで、これはファシズムの台頭期で
YMCA運動に参加した。社会問題に鋭い関心を持
ありセツルメントの衰退期に相当する。
ち、科学的調査による社会事業振興の必要性を主
第四期、1945年(昭和20年)以降、これは、政
張した。「東京市に於ける貧民状況所感」という
治、経済、社会の民主化の時期で、セツルメント
論文を発表したことで知られているが、1919年1
の再生期(音田正己、わが国セツルメント事業の
月、矯風会外人部会の例会でこの論文の主張を基
回顧と展望(大阪社会事業短期大学 社会問題研
- 51 -
究会、「社会問題研究」第八巻第二号)
る問題で、社会問題、特に経済関係において貧困
問題は自由放任主義者の無限競争によって発生し
4.協調関係と権力構造を基準にしたと政府との
関係においてのセツルメントの類型
たと見て、分配は統制されるべきであり、競争力
を調節することによって問題が是正されると主張
協調関係と権力構造を基準にしたと政府との関
した。S。バーネットは、貧困に対して、1860年
係においてのセツルメントの類型を区分するにお
代と1870年代には自由放任主義の見解を持ってい
いて、セツルメントと政府との間の協調関係が積
たが、1900年代の初頭には国家の責任であるとし
極的に行われているか、消極的に行われているか
て、国家干渉主義者の立場に変貌した。
の基準と、セツルメントが政府との関係において
権力的対称構造を維持しているかどうかの基準を
トインビーは、民間の貧困対策に関する理念と
軸に4つの類型に分類できる。対称的・非対称的
して、貧困層との連帯、自助精神、労働組合運動、
権力構造とは、セツルメントと政府との関係にお
協同運動などを主張した。国家的な観点では、社
いて、セツルメントが政府に対して独立的・自律
会主義の原理を分析し、自由主義への反省し、革
的位相を堅持できるかを意味する。
命や大陸の社会主義に頼らなくても急進的社会主
上述の類型に沿った分類においては、興望館セ
義の計画によって富の分配をもっと公正に実現で
ツルメント運動は、対称的・積極的関係(相互協
きると確信した。
働型)の形態を見せている。
バーネットは、国家の社会改革への介入を支持
セツルメントの類型
した見解は、自由な社会において市民による自治
積極的協調関
消極的協調関係
権利の行使のためには自治能力が必須予見である
対 称 的
権力構造
対称的・積極的関係
(相互協働型)
対称的・消極的関係
(セツルメント主導型・葛藤型)
と確信していた。富の公正な分配のために、最低
非対称的
権力構造
非対称的・積極的関係
(政府主導型)
非対称的・消極的関係
(抑圧型)
賃金制法を拡大し、労働力の組織化の向上を奨励
した。富の蓄積には税金を投入することを、不公
平な土地法の改革、租税法、救貧法の改革を主張
した。
5.セツルメント運動の理念
そして、教育が国家の活動においてもっと効果
5-1.セツルメント運動の社会理念的起源
的に結実をもたらす分野であると見て、子どもの
セツルメント運動の理念的起源は、ジョン リ
人格と個性を開発するために初等教育の改革を掲
チャード グリーン(John Richard Green)、エドワー
げ、1884年には教育改革連盟を設立し、国家補助
ド デニソーン(Edward Denison)、アーノルド ト
の初等教育の質の向上を図った。そして、成人教
インビー(Arnold Toynbee)、サミュエル バーネッ
育の重要性を唱え、大学と労働者階級の協力を促
ト(Samuel A. Barnett)によるものである。
した。保健衛生と失業者問題に関心を持ち、老人
貧困の問題について、グリーンは、東部ロンド
年金事業を実施した。
ンの問題が、貧困という新しい問題ではなく、貧
民というふるい問題であると指摘した。これは、
5-2.セツルメント運動のキリスト教的理念
つまり、東部ロンドンの貧困の問題は、西部の富
セツルメント運動においてのキリスト教的理念
裕な中産層の慈善によって解決できる問題ではな
を確認できる用語として、罪意識と隣人という独
いことを意味する。
特な用語が挙げられる。貧困への訴えとして、グ
トインビーは、貧困の一番大きい問題は、無制
リーンは、自分所有の富を貧しい人に分配する古
限の競争原理を労働に適用したからであると見
い博愛主義概念を、不当な分配体系から富を得る
て、富の不均衡な配分も基本的な不平等から起こ
こと自体が罪であると主張した。トインビーはグ
- 52 -
リーンの富に対する罪意識を受け取り、過去の不
働運動の傾向があげられるが、イギリスにおいて
当なことを補償するため、個人的に犠牲すること
は、セツルメント活動が応援し、また自らも巻き
を促した。不義による富の獲得や社会的地位にい
込まれていた労働者階級の組織化が、20世紀には
ることに対して罪意識を持って、貧民に奉仕する
いると、産業別に、そして下層ものもふくめて全
ことを促した。
国的に、急速にすすみ、その要求を政治的に反映
セツルメント運動において、貧しい隣人を友人
するイギリス労働党が出現、成長してきている。
にするために貧民街に移住することが特徴の一つ
したがって、当初のセツルメントの社会改良的意
でありキリスト教で言われる、人と神に仕えると
図は政治的に、また運動的に或程度みたされてい
いう概念と関係があるといえる。
たわけである。アメリカの労働運動をみると、労
働運動を動かしたのは、熟練労働者の職種別組織
6.セツルメント運動の起源―イギリスとアメリ
カのセツルメント運動
であり、その相互扶助機関にとどまっていたA.F.L
であったため、セツルメント活動の対象は、組織
一番ヶ瀬康子は、著作「日本セツルメント史素
の外に外れた。労働者の要求を反映してくれる政
描」で、イギリスとアメリカのセツルメントの特
党が現れず、労働者の生活問題はつねに社会事業
徴を次のように分析している。
による対処がもっとも多くの部分を担ってきた傾
「一般的に、イギリス型セツルメントは社会教
向がある。
育的、アメリカ型セツルメントは社会事業的とい
第三に、社会思想の違いであるが、イギリスに
われる違いは、第一にセツルメント運動の対象で
おいては、イギリス労働党の出現および発展以来、
ある地域の住民の性格の違いから、第二に、セツ
資本主義の批判とその克服は、民主社会主義によ
ルメント運動の方向を規制する労働運動の傾向、
るものとされてきた。その流れのなかに、社会改
第3に、社会思想的背景があると分析できる。
良主義が流入消化されたが、アメリカにおいては、
第一に、セツルメントの対象となる地域の住民
社会改良主義はプラグマティズムをとおして、い
性格、すなわち、労働市場の特殊性を反映した都
わば社会技術に変質してしまったと思われる。そ
市スラム街が、いかなる住民によって形成されて
れが、クラブ活動を通しグループワークの、また、
いるのかという点である。イギリスにおいては、
地域への働きかけを通して、コミュニティオーガ
不熟練、単純下層労働者であると同時に、そこに
ニゼーションの技術化を生み出したのである。ア
固着し等質てきな性格をもったものである。アメ
メリカは、その意義は社会事業史に重要な位置を
リカにおいては、同じ不熟練、単純下層労働者で
占めているが、その技術を固執することによって
あっても、移民であるため、母国をことにし、し
社会的姿勢を軽減するにいたったのである。」
たがって、生活習慣などをことにした異質なもの
の集まりであった。
7.事業計画から伺える興望館セツルメント運動
イギリスでは、地域に定着した住民の生活を基
の意義
盤にした住民の自治から運動への発展を媒介しえ
昭和八年度(一九三三年)事業報告書(附予算)
たのに対し、アメリカでは、つねに流動する住民
興望館セツルメント
の生活要求に直ちに、しかも直接答えざるをえな
東京市向島区寺島町四丁目三十番地
い状況、すなわち、生活問題の基本的対策への志
興望館セッツルメント
向よりは窓口的業務や即時的生活問題対策である
電話 墨田(74)三八八三番
社会施設の附与という方向へと発展せざるをえな
振替口座 東京七二七五七番
かったといえる。
第二に、セツルメント運動の方向を規制する労
事業報告書(昭和八年度)
- 53 -
社会事業
マデ毎月一人五銭ノ会費ヲ積立ス。
一 事業施設
左ノ項目ヲ分チ、希望者ハ之ニ参加ス。
名 称 興望館セツルメント
貯蓄、音楽、ダンス、劇、童謡童話、読書
事業目的 基督教主義ニヨル隣保事業ヲナス
等ノ組又ハ年齢ニ依ルグループヲ作リテ討
ヲ以テ目的トス
議シ、手工ソノ他種々ノ共同製作ヲナス。
事業種別 又日曜日ニハ日曜学校、夏季ハ夏季転住ヲ
イ 幼児教育
ナス。 テ児童ノ全人格的発達ヲ補導
ロ 学齢児及男女青年余暇指導
ヲナス。
ハ 父母ノ会
(ニ)男女青年ノ部:会員五十五名、主トシテ昼
ニ 診療及健康相談
間工場ニテ働くモノ、又ハ家事ニ手伝フモ
ホ 栄養補給
ノナリ、従テ集会其他ノクラブハ夜間之ヲ
ヘ 人事相談
開ク。左ノクラブヲ希望ニヨリテ設ケ、青
ト 授産
年ノ健全ナル娯楽修養ヲ計ル。英語 音楽
チ 白米廉販賣
野球 カルタ 宗教集会 旅行等
リ 奨学金給輿
ハ 父母ノ会: 保育児ノ父母ヲ主体トシ定期及
ヌ 給食
臨時ニ懇談会、育児相談会、家事料理等ノ研
オ 救済
究講習会等ヲ開催ス。此外婦人会、矯風会等
ワ 児童図書館並児童遊園地
モ含有ス。
カ 夏季及歳末特別事業(古物市・診療・ノ
ニ 診療及健康相談:昭和七年度ヲ以テ聖ルカ病
シ餅廉賣等)
院ヨリノ援助ヲ絶タレタルモ新ニ医師及専任
ヨ 臨時失業家族救済(白米配給、衣類配給、
ノ看護婦ヲ得、診療相談、家庭訪問、家族育
のし餅配給其の他)
児衛生ノ指導ヲナセリ。
ニ 役員、職員及従業員(省略)
ホ 栄養補給:医師ノ診断ニヨル虚弱児ニハ牛乳、
三 沿革ノ大要(省略)
肝油其他ノ栄養ヲ補給ス。場合ニヨリテハ無
料補給ヲナスコトアリ。
事業経営ノ状況
ヘ 人事相談: 職業紹介・職業指導・周旋紹
一 幼児保育
介・相談指導・保護救済等ヲナス。
園児定員七十五名、保育時間ハ午前八時ヨリ
ト 授産: 主ニ婦人ノ仕事トシテ美シキ毛糸ノ
午後四時迄、保育料一ヶ月一円五十銭、又毎
敷物製作ヲナス。一日ノ工賃三十銭乃至七十
日園児ニ実費六銭ノ栄養昼食ヲ給シ、三時ニ
銭位其他毛糸編物、スカーフ織等ヲナサシ
オヤツヲ給ス。コノタメニ毎日昼食代三銭(不
ム。此ノ仕事ニ依リ経済的援助ヲ与フルト同
足分ハ父母ノ会積立金ヨリ)ト、オヤツ代二
時ニ、製作創造ノ喜ビヲ感ジサセル事ガ出来
銭ヲ持参ス。(但シ保育時間・保育料・昼食代・
ル。
オムツ代ハ家庭ノ事情にヨリ酌量ス。)尚ホ
チ 白米廉賣:農林省払下米ノ販賣ヲナス。購買
園児ハ医師ノ診察ヲ受ケ、発育上ノ指導ヲ受
資格ハ警察、町会及方面委員ノ紹介アリタル
ク。又常住ノ看護婦ハ幼児ノ家庭ヲ巡回シ、
モノ其他興望館ニテ貧困トミトメタルモノニ
幼児及ビソノ家族ノ保健ヲ計ル。 購買券ヲ交付ス。
ロ 学齢児及男女青年余暇指導
右ノ外東京市社会局委託白米供給ヲナスコト
(一)学齢児ノ部
アリ。
会員一二〇名、毎日午後四時半ヨリ五時半
リ 奨学金紹介:異常児或ハ適当ト認メタル幼少
- 54 -
年ニ対シ学費補給ヲナス。
納入スル者。遊園地ハ保育園用ヲ之ニ充テブ
資源ハ東京府基督教青年会(女子)及興望館
ランコ大中小ニ、滑 台二、砂場及運動場ヲ
セットルメント
有ス。其他回旋塔等 ヌ 給食: 欠食児ヘノ給食(保育児)其他臨
カ 夏季及ビ歳末特別事業:夏季ニ於テハ幼児、
時ノ給食ヲモナス。
学齢児等ノ為メノ夏休ミ子供ノ学校及夏季転
ル 給職 周旋其他
住ノキャンピング等ヲナス。歳末ニハ保育園、
オ 救済 貧困其他ノ救済
学齢児、青年部 クリスマス及近隣家族ノク
ワ 児童図書館並児童遊園地: 図書館ノ蔵書数
リスマス。其他古物配給、のし餅廉賣等ヲナ
ハ図書二〇〇冊、雑誌八〇冊。閲覧室ハ保育
室ヲ之ニ充ツ。図書室一、二坪。閲覧時間ハ
ス。
ヨ ソノ他ノ救済:必要ニ応ジ各種ノ救済ヲナス
毎週金曜日午後四時半ヨリ六時マデ、金曜日
ニ一人一冊迄ノ貸出シヲナシ、水曜日ニ返却
コトアリ。
昭和八年度予算案及び昭和七年度決算案(省略)
セシム。閲覧資格ハ一学期ニ付会費十五円ヲ
- 55 -
福
祉
人
社会福祉士養成における専門職倫理教育
材
2.専門職倫理教育の先駆
―先行分野を手掛かりに―
まず、専門職に対する倫理教育の目的は何か、
その成果は何を期待されているのか検討する。わ
共栄学園短期大学
が国において、専門職倫理教育の先行分野は、技
前期 1997 年卒 西 川 ハンナ
術者の倫理である。技術者に対しての倫理教育が
発展した背景には、技術トラブルにおけるエン
1.社会福祉士養成における専門職倫理教育とそ
の現状
ジニアのモラル問題や、外国でのダムやビル建
設などの際に国際的な基準が求められたという
国家資格である社会福祉士が誕生し20余年が
要因がある。そこで、日本の技術士は専門職倫
経過した。社会福祉従事者の更なる専門的活躍
理(技術倫理)を身につける必要が生じた。その
が求められ、平成19年11月に社会福祉士及び介
関連で1999年に発足した日本技術者教育認定機構
護福祉士法等の一部を改正する法律(平成19年法
(JABEE)は、大学の工学部の教育プログラムを
律第125号)が成立し、同年12月5日に公布され
評価・認定している。この認定基準には「教育目
た。この法律改正と併せて、社会福祉士養成課程
標の一つとして技術倫理が設定されていること」
及び介護福祉士養成課程における教育カリキュラ
が明記され、技術倫理の科目設置が相次いだ。こ
ム等も見直しが行なわれ、より実践力の高い社会
の技術者への倫理教育は生命倫理研究所へイス
福祉従事者の養成をめざす教育内容に変更がなさ
ティング・センターの教育方法を参考にしている。
れた。そこで,社会福祉士国家資格の試験科目も
へイスティング・センターの高等教育倫理プログ
改められ「相談援助の基盤と専門職」という科目
ラムの目標は①モラル想像力を刺激すること②倫
が新たに加わり、専門性や専門職倫理を教える事
理上の問題点を認識すること③解析的な技量を伸
を内容としている。新カリキュラムに対応するテ
ばすこと④責任感を引き出すこと⑤不一致と曖昧
キストの専門職倫理に該当する箇所の内容を見る
さを許容することの5つを上げ、これらの能力や
と「全米ソーシャルワーカー協会の倫理綱領とそ
感性を、教育を通して植えつけることとしている。
の歴史」「日本社会福祉士会倫理綱領」や「倫理
この5つの目標は技術倫理においても同様に倫理
的ジレンマ」とその解決に活用できる原則や事例
教育の目標とされている。倫理教育の成果につい
をもって、その内容としている。しかし、そもそ
ては、wiseら(1995)はビジネス倫理において、
も専門職倫理とは何かということから始まり「何
「倫理教育」がなしうることを①倫理的意思決定
を」「どのように」教えるのかといったその内容
プロセスに効果的に参加できるように、論理的根
については、まだ合意がなされていない。そこで、
拠、思想、語彙を提供すること②モラル問題に良
本研究は専門職倫理教育の先行分野から専門職倫
心的に鋭く反応し、モラル上の解決策に積極的に
理教育の在り方と現在の課題を概観し、社会福祉
関与するような態度を養成すること③モラル的思
士養成における専門職倫理教育への示唆を得るこ
索を深めモラル上の勇気を高める④モラル的に自
とを目的とする。
律し組織の在り方に、倫理的に異議を唱え集団の
良心となれるよう「下地」を作り出すこと等をあ
げ、J.Gandsら(1988)はビジネス倫理教育の目
- 56 -
標を集約し①意思決定を構成するものとしてモラ
いない職能集団は他職種の倫理綱領の良い部分を
ル的な要素があることを充分理解させる②モラル
参考に、より効果のある倫理綱領の策定を試みて
的成分を分析するためのフレームワークを提供し
いる。そこで、ニュージーランドの保育倫理綱領
個人がそれらを、自信をもって使えるようにして
(1996)を例にして、その意義と活用方法を説明
やること③日々活動に倫理的分析を適用できるよ
する。この倫理綱領は、アメリカの保育倫理綱領
うにすること等をあげている。具体的方法として
と責任声明を参考にしている。アメリカの保育倫
は、技術倫理やビジネス倫理の教育にケース・ス
理綱領は倫理綱領の重要性、保育者にとって尊守
タディは不可欠となり、数多くのケース・スタディ
すべき価値、倫理綱領の普及方法と教育方法、倫
がなされ、現在は、問題解決より倫理的ジレンマ
理的意思決定のステップ、倫理的ジレンマの解消
への取り組みに視点が変換されてきている。
法などに関する実践及び研究が深められ他国のモ
デルとなっている(鶴 2008)。ニュージーラン
3.米国医大にみる専門職倫理教育の方法と課題
ドの保育倫理綱領策定には、600の保育センター
専門職における倫理が早い段階から問われてき
への調査やワークショップの返答などを活かし、
た米国医師養成おいても、専門職倫理教育の再考
2年半以上のコンサルテーションの過程を経て策
が求められている。近年,医師は患者からの信頼
定された。また、倫理綱領にはマイノリティーで
性の維持・獲得のため、専門職倫理の再考が求め
あるマリオ族を含めた集会やコンサルテーション
られ、まず医大の専門職倫理教育のカリキュラム
を踏まえ、マリオ族を尊重するセクションが追加
やその内容が調査された。結果①カリキュラム構
されている。項目には、「倫理綱領の発展の歴史」
築のための教材や教員への教育プログラムの不足
「なぜ倫理綱領が必要とされているのか」「実践現
②評価の問題があげられた。医学生への倫理教育
場における活用方法」が具体的に示され、倫理綱
の専門職教育の評価方法について調査を行った加
領の必要性については、「専門的行為のための指
藤ら(2006)は倫理的ジレンマに対処する事のみ
針の提供」「専門職の原理原則」「倫理的ジレンマ
に注力してはいないか、倫理的ジレンマに対する
に直面した際の原理原則」「子どもたちと保育関
問題点のHowtoを教えることに注力しすぎてその
係者の保護を高める」「異なる専門職種間の援助
対処方法を支える思想や哲学といったバックボー
の一貫性の構築を補助する」という意義を挙げて
ンがきちんと教えられているかという指摘をして
いる。倫理的ジレンマについては、解決のプロセ
いる。先駆的な米国医学界においても,実践にお
スを六段階で示している(図表1)。このプロセ
ける対応だけではなく,さらに,専門職倫理の意義
スは、技術倫理やビジネス倫理の倫理問題解決(問
から伝える重要性が注目されている。
題の明確化・問題の分類・想像力理の発揮・対処
手段創出・対処手段の評価)のプロセスと重なる
4.専門職倫理教育を意識した倫理綱領
点がある。
先行分野の専門職倫理教育の,現在の到達地点
ニュージーランドにおける保育倫理綱領とアメ
はケース・スタディに偏らずその意義を新たに教
リカにおける保育倫理綱領、アメリカソーシャル
育内容とすべきであるというものであった。そ
ワーカー協会の倫理綱領と日本社会福祉士会倫理
の意義や内容を伝えるには、倫理綱領を提示し、
綱領の構成を図表に示し、比較検討を行いたい。
説明をする必要がある。倫理綱領は専門職とし
(図表2) ての認証に不可欠とされているが、それが専門
ニュージーランド保育倫理綱領にはそもそも倫
職としての「ステータスシンボルとして役立つ」
理綱領とは何で,どう活用するのかが記載されて
(Ladd,1980)だけの存在、「絵に描いた餅」にな
りかねない。そこで、まだ倫理綱領が制定されて
いる。そして、実践における活用法も提示され、
実践家の支援を前提とする内容になっている。
- 57 -
図表1.倫理的問題の解決プロセス(ニュージーランドの保育倫理綱領より)
1.もし集団として業務を行っていれば、ジレンマが何か検討し、そして、状況とジレンマの明確な概
要に同意しなくてはいけない
2.ジレンマに対処する時、主たる考えを明確にすることを心がける
3.その状況に対処するための選択肢を議論し、それらをリストアップする
4.それぞれの選択肢の順番を並び替え、その根拠となる価値を明らかにするためにも倫理綱領を参照
する。
5.この状況で最も重要な価値を決定する
6.問題の解決策を選択する指針として、これらの価値を用いる
図表2 倫理綱領の構成
඲⡿䝋䞊䝅䝱䝹䝽䞊䜹䞊༠఍
඲⡿ஙᗂඣᩍ⫱༠఍
䝙䝳䞊䝆䞊䝷䞁䝗ಖ⫱೔⌮⥘㡿
᪥ᮏ♫఍⚟♴ኈ఍೔⌮⥘㡿
๓ᩥ
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䚷䜽䝷䜲䜶䞁䝖
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䚷♫఍
๓ᩥ
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೔⌮⥘㡿䛸䛿ఱ䛛
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㻟㻚ྠ൉䛸䛾㛵ಀ
㻠㻚ᆅᇦ䜔♫఍䛸䛾㛵ಀ
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౯್ᇶ‽
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೔⌮䛸ἲᚊ
♫఍䛻ᑐ䛩䜛೔⌮㈐௵
೔⌮⥘㡿䛸䝔䝣䜯䝸䜻䠄䜹䝸䜻䝳䝷䝮䠅 ᑓ㛛⫋೔⌮㈐௵
೔⌮⥘㡿䜢⥅⥆䛥䛫䜛䛣䛸
ྛ䝉䜽䝅䝵䞁䛾⌮ᛕ䞉ཎ๎
೔⌮䛻㛵䛩䜛⏝ㄒ㞟
㈨ᩱ
⤖ㄽ
㈐௵ኌ᫂
5.今後の社会福祉士養成における倫理教育への
提言
共同研究の必要性。
技術士や他職種においても同職内だけでなく哲
専門職の倫理教育を先行分野の倫理教育の目標
学者等を入れた学際的な研究者により倫理綱領や
と課題を概観し、近年活用を意識した倫理綱領の
研修カリキュラムが検討されている。人権や医療
策定を試みたニュージーランドの保育倫理綱領の
問題にも幅広くかかわる社会福祉士の専門職倫理
構成を紹介した。それを踏まえ社会福祉士養成に
に対して幅広い視点の、医療・法学・哲学等分野
おける倫理教育への4つの提言をする。
の研究を取り入れる多様性が求められている。
① バックボーンとなる福祉の哲学や、倫理教育
④ 実践的な倫理的ジレンマの事例検討と教材化
の必要性についての教授
への実践家との協働作業
なぜ専門職に専門職倫理教育が必要かという問
ケース・スタディを、倫理的ジレンマの問題解
題を伝える事から、専門職倫理の必要性や実践に
決の主たる教育とすることへの警告が米国医大の
倫理的判断を伴う問題が生じる事を自分のことと
倫理教育ではあった。しかし、まだ専門職倫理教
して学ばせる。
育が発展途中の社会福祉士養成においては、専門
② 専門職倫理を尊守できるように、個人的に高
職として直面する多くの倫理的ジレンマの事例を
い倫理観をもつ倫理的英雄(Ethical Hero)に
集め、教材化する必要がある。しかし,その際に
依存しない、組織的な支援の必要性
対応のみに焦点があたるのではなく問題解決のプ
ニュージーランドの保育倫理綱領でもふれられ
ロセスや,そこに含まれた倫理的問題の分類など
ていたように、倫理的問題の解決は個人の能力だ
も重視しまた、それらの事例作成など作業には実
けで解決できないこともある。組織内での検討や
践家との協働作業が求められる。
専門職集団におけるサポートが必要であるという
専門職倫理の教育については新しい分野でまだ
事をまず、理解させる。
その教育方法の標準化ができていない。先行する
③ 専門職倫理のカリキュラムに関する学際的な
分野を模倣しつつ、福祉実践の中の倫理的要素を
- 58 -
理解させ、倫理的分析ができる事を目標に、更に
ソーシャルワークに必要な教授法を検討していく
欧州高等教育圏の構築とソーシャルワー
カーの養成教育改革
必要がある。
~デンマーク及びドイツの事例を中心に~
参考文献
浦和大学短期大学部
院前期 2004 年卒 高 木 剛
・Gandz. J. Hayes. N,(1988)Teaching business
ethics Journal of Business Ethics, Springer 657-669
・加藤憲・藤原奈佳子・森雅美・原臣司・松葉和久・
1.はじめに
水野智・宮治眞・山内一信(2006)「米国にお
2010年の欧州高等教育圏の構築を目指す「ボ
ける医師の専門職倫理教育;現状と課題」現代
ローニャ宣言」により、欧州圏内各国では新たな
医学 54巻2号 387 ~ 393 高等教育への転換が着実に進められている。これ
・Ladd, J.(1980)The quest for a code of professional
まで欧州圏内各国では独自の高等教育制度を有し
ethics: an intellectual and moral confusion, in:
ていたため、教職員、学生などの流動性や雇用の
Chalk, R., Frankel, MS and Chafer, SB(eds.)
促進、さらには教育・研究の水準の向上を図るう
AAAS Professional Ethics Project:Professional
えで大きな障壁になっていた。「ボローニャ宣言」
Ethics Activities in the Scientific and Engineering
以降、欧州圏内各国が一丸となってこの障壁を取
Societies. Wasington, D .C. ; AAAS.
り除き、世界に誇る高等教育圏を構築しようとす
・McDonald, G. &Donleavy,(1955)Objections to
る取り組み(ボローニャ・プロセス)が活発化し、
the teaching of business ethics Journal of Business
今年はいよいよその最終年となった。このような
Ethics, Springerp 842-846 動きの中で各国の大学における「ソーシャルワー
・宮坂純一(1999)「ビジネス倫理学の展開」晃
洋書房
ク教育」も見直されており、その現状と課題を整
理することは、今後の日本の社会福祉士養成の在
・西田高宏「専門職倫理規程の問題圏―誰のため
り方に少なからず示唆を与えてくれると感じる。
の、何のための倫理規定か―」(2006)熊本大学
本稿は、欧州高等教育圏の構築を目指す取り組
倫理学研究室紀要 先端倫理研究 1 70 ~ 84
みと、それに伴い転換が進められているソーシャ
・社会福祉士養成講座編集委員会(2009)「新・
ルワーク教育について、デンマーク及びドイツの
社会福祉士養成講座 6相談援助の基盤と専門
事例を中心に取り上げ、今後の日本における社会
職」中央法規
福祉士養成教育の検討に資することを目的とし
・戸山田和久(2007)「『技術者倫理教育」とは何
た。
かまた何であるべきか」名古屋高等教育研究第
なお、筆者はすでにボローニャ・プロセスに
7号289 ~ 299
伴うソーシャルワーク教育の展開について報告1)
・鶴宏史翻訳(2006)「テアロニア/ニュージーラ
しているが、本稿はそれを加筆・修正し、ボロー
ンドにおける保育倫理綱領(第2版)1996」神
ニャ・プロセスの進捗状況や課題等に関する最新
戸親和女子大学児童研究 25号52 ~ 68 の情報を記載した。
・Weiss(1994)Business ethics: a managerial,
stakeholder approachWadsworth Belmont, p69
2.研究方法
各種文献・資料及びインターネットの情報(欧
州大学協会、コペンハーゲン大学、ポツダム社会
福祉大学、大学学長会議など)をもとに、①ボロー
ニャ・プロセスの概要、②ボローニャ・プロセス
- 59 -
の進捗状況、③コペンハーゲン大学(デンマーク)、
ルゲン)、2007年(ロンドン)、2009年(ルーヴェ
デュッセルドルフ社会福祉大学(ドイツ)、ポツ
ン)と、2年ごとに会合がもたれてきた。各会合
ダム社会福祉大学(ドイツ)などにおけるソーシャ
では、ボローニャ・プロセスの各国の進捗状況や、
ルワーク教育、④ボローニャ・プロセスを取り巻
目標を達成するために優先して取り組む課題など
く課題などについて整理した。
について話し合われた。表1に示すとおり、ボロー
ニャ・プロセスの参加国は会合のたびに増え、現
3.ボローニャ・プロセスの概要
在は46カ国となっている。ボローニャ・プロセス
1999年に29カ国の教育担当大臣がイタリアのボ
は、5,600を超える大学と3,100万人の学生が対象
ローニャで会合し、2010年に欧州高等教育圏を構
となっており、すでに半数以上の学生は(ボロー
築する声明が出された。この声明は「ボローニャ
ニャ・プロセスにより)転換された教育カリキュ
宣言」と呼ばれ、これまで欧州各国で独自につく
ラムで学修している。
られてきた大学教育制度を見直し、2010年までに
欧州圏内で共通する基盤を創り上げるという壮大
4.ボローニャ・プロセスの進捗状況
なプロジェクトが実施されることとなった。
欧州大学協会(European University Association)
ボローニャ宣言の骨子として、以下の6つ内容
の報告書2) によると、大学におけるバチェラー
が掲げられている。
及びマスター課程の導入割合は、ハンガリー、リ
①欧州市民の雇用の機会の増加と欧州高等教育
ストニア、エストニアで70 ~ 85%であるものの、
の国際競争力の向上を目指して、学修内容の
欧州圏全体では95%という状況である。また、欧
把握を容易にする共通様式(ディプローマ・
州単位互換制度(ECTS)については、ギリシャ
サプリメント)を使用するとともに、他大学
で導入が遅れているものの、それ以外のほとんど
と比較可能な学位制度を採用すること。
の国では導入済みとなっている。
②大学は、バチェラー(Bachelor)と呼ばれる
より詳細な進捗状況として、ここではドイツに
最低3年以上の課程とし、大学院はマスター
注目し、大学学長会議(Hochschulrektorenkonferenz
(Master)、ドクター(Doctor)からなる課程
;以下HRK)の報告書3)をもとに概観してみたい。
とすること。そしてこれらを欧州圏内共通の
学位とすること。
1)大学全体及び大学種別の状況
③学生の大学間の移動を容易にするため、欧州
ドイツ国内でバチェラー及びマスター課
圏内の大学で単位互換制度(European Credit
程 を 導 入 し た 大 学 は、2010年 1 月 現 在 で
Transfer System;以下ECTS)を確立すること。
80.5 % で あ る。 ド イ ツ で は 高 等 教 育 大 綱 法
④教職員、学生の自由な移動の障壁を取り除き、
(Hochschulrahmengesetz) に よ り、 大 学 は「 総
流動化を促進すること。
合 大 学 」(Universitäten)、「 芸 術・ 音 楽 大 学 」
⑤欧州圏で比較可能な評価基準や評価法を開発
し、大学教育の質の保証のための協力をして
いくこと。
(Kunst-und Musikhochschulen)、「 専 門 単 科 大 学 」
(Fachhochschulen)などに分類できるが、バチェ
ラー及びマスター課程の導入割合は、それぞれ
⑥カリキュラム開発、研究などにおいて、欧州
圏内の視点、特色の普及・促進に努めること。
76.6%、46.3%、96.6%となっており、大学間で
差が見られる。また、大学種別ごとのバチェラー
この骨子にもとづいた、2010年までの一連の取
課程の修学年数は、総合大学の94.9%が3年間
り組みの過程を「ボローニャ・プロセス」といい、
(6学期)であるのに対し、芸術・音楽大学では
2001年にプラハで各国の教育大臣による初会合が
73.9%が4年間(8学期)、専門単科大学では3
開催されて以降、2003年(ベルリン)、2005年(ベ
年間(6学期)と3年6ヶ月間(7学期)が半々
- 60 -
表1.ボローニャ宣言以降のボローニャ・プロセスへの参加国
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1999 ᖺ
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2001 ᖺ
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2003 ᖺ
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㸦➨㸰ᅇ఍ྜ㸧
2005 ᖺ
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㸦➨㸱ᅇ఍ྜ㸧
2007 ᖺ
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㸦➨㸲ᅇ఍ྜ㸧
2009 ᖺ
࣮ࣦ࢙ࣝࣥ
㸦➨㸳ᅇ఍ྜ㸧
ฟ඾㸧Europe’s new higher education landscape.European university association.2010.
ࡼࡾ➹⪅సᡂ
という状況で、大学種別によって修学年数に差が
関連分野である「社会科学」
(Sozialwissenschaften)
見られる(表2)。一方、マスター課程について
は87.4%である。
は、総合大学、芸術・音楽大学、専門単科大学の
全てで2年間(4学期)の割合が高い(それぞれ
3)各州の状況
86.4%、92.4%、59.5%)(表3)。
各州の大学におけるバチェラー及びマスター課
程の導入状況は、ベルリン州、ブランデンブルク
2)学修分野別の状況
州、ブレーメン州、ニーダーザクセン州、ザク
主な学修分野別のバチェラー及びマスター課程
セン州、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州で
の導入状況は、
「地域科学」
(Regionalwissenschaften)
それぞれ100%であるのに対し、ザールラント州
が95.2 %、
「経済学」
(Wirtschaftswissenschaften)
(0.0%)、ザクセン・アンハルト州(1.8%)、メー
が94.8 %、
「 農 学・ 林 学・ 食 品 科 学 」
(Agrar-,
クレンブルク・フォーポメルン州(3.0%)、バー
Forst-und Ernährungswissenschaften)が94.3%、
「工
デン・ヴュルデンベルク州(4.9%)などと、州
学」
(Ingenieuwissenschaften) が93.7 % と 高 率 で
によって大きな差が見られる。
あ る の に 対 し、
「 言 語 学・ 文 化 学 」
(Sprach-und
Kulturwissenschaften)では65.6%、
「芸術・音楽」
4)バチェラー又はマスター課程の在籍学生数
(Kunst und Musik)では53.4%となっており、学修
大 学 生(1999年 度;1,770,489名 ) の う ち、 バ
分野で差が見られる。ちなみにソーシャルワーク
チェラー又はマスター課程に在籍していた学生数
- 61 -
表2.ドイツにおけるバチェラー課程の修学期間の現況
⾲㸰㸬ࢻ࢖ࢶ࡟࠾ࡅࡿࣂࢳ࢙࣮ࣛㄢ⛬ࡢಟᏛᮇ㛫ࡢ⌧ἣ
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㸲ᖺ㛫㸦㸶Ꮫᮇ㸧
⥲ྜ኱Ꮫ
3,284
3,117㸦94.9㸣㸧
121㸦3.7㸣㸧
46㸦1.4㸣㸧
ⱁ⾡࣭㡢ᴦ኱Ꮫ
176
46㸦26.1㸣㸧
0㸦0.0㸣㸧
130㸦73.9㸣㸧
ᑓ㛛༢⛉኱Ꮫ
2,246
1,022㸦45.5㸣㸧
1,020㸦45.4㸣㸧
204㸦9.1㸣㸧
ฟ඾㸧Statistisches Bundesamt, Studierende an Hochschulen, WiSe 2008/2009.ࡼࡾ➹⪅
సᡂ
表3.ドイツにおけるマスター課程の修学期間の現況
⾲㸱㸬ࢻ࢖ࢶ࡟࠾ࡅࡿ࣐ࢫࢱ࣮ㄢ⛬ࡢಟᏛᮇ㛫ࡢ⌧ἣ
ಟᏛᮇ㛫
኱Ꮫ✀ู
኱Ꮫᩘ
㸯ᖺ㛫㸦㸰Ꮫᮇ㸧
㸯ᖺ㸴ࣨ᭶㛫㸦㸱Ꮫᮇ㸧
㸰ᖺ㛫㸦㸲Ꮫᮇ㸧
⥲ྜ኱Ꮫ
3,375
276㸦8.2㸣㸧
182㸦5.4㸣㸧
2,917㸦86.4㸣㸧
ⱁ⾡࣭㡢ᴦ኱Ꮫ
184
11㸦6.0㸣㸧
3㸦1.6㸣㸧
170㸦92.4㸣㸧
ᑓ㛛༢⛉኱Ꮫ
1,236
38㸦3.1㸣㸧
463㸦37.5㸣㸧
735㸦59.5㸣㸧
ฟ඾㸧๓ᥖ᭩ࡼࡾ➹⪅సᡂ
表4.冬学期(1999 ~ 2009年)におけるバチェラー及びマスター課程の在籍学生数の推移
⾲㸲㸬෤Ꮫᮇ㸦1999㹼2009
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1999㸭2000
1,770,489
4,122
2,580
6,702
0.4
2000㸭2001
1,798,863
12,409
6,536
18,945
1.1
2001㸭2002
1,868,229
27,008
11,935
38,943
2.1
2002㸭2003
1,938,811
48,338
18,623
66,961
3.5
2003㸭2004
2,019,465
79,985
27,764
107,749
5.3
2004㸭2005
1,963,108
118,841
35,687
154,528
7.9
2005㸭2006
1,985,765
202,802
46,233
249,035
12.5
2006㸭2007
1,979,043
329,808
55,659
385,467
19.5
2007㸭2008
1,941,405
529,980
70,599
600,579
30.9
2008㸭2009
2,025,307
770,082
98,194
868,276
42.9
ฟ඾㸧๓ᥖ᭩ࡼࡾ➹⪅సᡂ
は、バチェラー課程が4,122名、マスター課程が
ている(表4)。
2,580名で、総学生数に占める割合はわずか0.4%
であったが、2001年度(2.1%)、2003年度(5.3%)、
5.デ ンマーク及びドイツにおけるソーシャル
2005年 度(12.5 %) と 年 々 増 加 し、2008年 度 は
ワーク教育の展開
42.9%(学生数2,025,307名のうち、バチェラー課
前述のように、欧州圏内では2010年の欧州高等
程が770,082名、マスター課程が98,194名)に達し
教育圏の形成に向けて、高等教育改革が着実に進
- 62 -
められているが、その中でソーシャルワーク教育
プの2回で実施され、合計36単位が配分されてい
はどのような展開を見せているのだろうか。ここ
る。そして、これら理論及び実務教育の総計210
ではソーシャルワーク教育の展開としてデンマー
単位の取得が卒業要件となっている(表5)。例
ク及びドイツの事例を概観する。
えば、1999年にソーシャルワークコースを設置し
たコペンハーゲン大学においても、前述の省令に
1)デンマークにおけるソーシャルワーク教育
もとづいて、2002年からバチェラー課程のソー
ボローニャ宣言に伴い、2002年6月28日にソー
シャルワークコースが導入された。入学は、試験
シャルワーカー(Socialrådgiver)の養成を管轄し
に合格した者の他、職業経験やボランティア経験
ている教育省から、「ソーシャルワーカーの教育
を有する者、海外で最低6ヶ月以上の職業経験を
に関する省令・第536号」(Bekendtgørelse om soc
有する者などが対象である。理論教育は、各学期
ialrådgiveruddannelsen;BEK nr 536 af 28/06/2002)
ごとに前述の4つの科目分野の教育内容が決めら
が出された。デンマークでは、この省令が大学に
れており、卒業論文(Bachelor projekt)も含まれ
おけるソーシャルワーク教育を基礎づけるものと
ている。実務教育は、第2学期にフィールドスタ
なっており、現在各大学は、省令の規定にもとづ
ディとして2ヶ月間、小グループに分かれて市当
いて具体的な教育カリキュラムを設定している。
局や他の自治体などで実施される。そして第6学
この省令が施行される前は、大学におけるソー
期にはインターンシップとして、社会福祉に関す
シャルワーク教育は3年間であったが、バチェ
る施設・機関、関係当局などで4ヶ月間実施され
ラー課程の導入に合わせて、3年6ヶ月間(7学
る。理論教育はもとより、実務教育についても他
期制)に変更された。
国で履修することが可能で、それを自身の所属す
省令によれば、ソーシャルワーク教育は「理論
る大学で取得単位として認定することができる。
教育」と「実務教育」から構成されており、理論
教育は、「ソーシャルワーク及びカウンセリング」
2)ドイツにおけるソーシャルワーク教育
(socialt arbejde og socialrådgivning)、「心理学及び
精神医学」(psykologi og psykiatri)、
「法学」(jura)、
ドイツにおけるソーシャルワーカー
(Sozialarbeiter)の養成教育は、大半が職業教育
「社会科学」(samfundsvidenskab)の科目分野から
中心の「専門単科大学」で実施されている。従来、
なり、合計174単位が配分されている。また実務
一般的な学修期間は4年間(8学期制)で、卒
教育は、フィールドスタディ及びインターンシッ
業時には職業学位としてディプローム(Diplom‐
表5.デンマークにおけるソーシャルワーカー(socialrådgiver)の養成教育
⾲㸳㸬ࢹ࣐࣮ࣥࢡ࡟࠾ࡅࡿࢯ࣮ࢩ࣮ࣕࣝ࣡ࢡᩍ⫱
⛉┠ศ㔝
༢఩ᩘ
㸦ECTS-Point㸧
174
⌮ㄽᩍ⫱
࣭ࢯ࣮ࢩ࣮ࣕࣝ࣡ࢡཬࡧ࢝࢘ࣥࢭࣜࣥࢢ㸦socialt arbejde og socialrådgivning㸧
84
࣭ᚰ⌮Ꮫཬࡧ⢭⚄་Ꮫ㸦psykologi og psykiatri㸧
28
࣭ἲᏛ㸦jura㸧
28
࣭♫఍⛉Ꮫ㸦samfundsvidenskab㸧
34
ᐇົᩍ⫱
36
210
ྜィ
ฟ඾㸧BEK nr 536 af 28/06/2002.ࡼࡾ➹⪅సᡂ
- 63 -
Sozialarbeit(FH))が付与されていたが、ボロー
後の具体的な施策が検討されるなど、その対応に
ニャ宣言に伴う教育改革によって、ソーシャル
追われている。
ワークコースを有する多くの専門単科大学は、3
年6ヶ月間(7学期制)又は3年間(6学期制)
7.日本への示唆
へと切り替わり、卒業時の学位としてバチェラー
近年、グローバル化・ボーダレス化が叫ばれる
(Bachelor of Arts)が付与されることとなった。
中、日本では前鳩山首相が東アジア共同体構想に
前述のデンマークとは異なり、ドイツではソー
ついて言及したことは記憶に新しい。また日本社
シャルワーク教育に関する国の統一的な規定が設
会事業大学における最近の研究として、「東アジ
けられていないため、大学におけるソーシャル
ア高等教育圏の構築」や「ソーシャルワーク教育
ワークコースの学修期間は、3年間(6学期制)
のスタンダード化」を目指す方向性も見受けられ
や3年6ヶ月間(7学期制)のところが混在して
る。このような日本における動きの中で、欧州圏
いる。例えば、ポツダム社会福祉大学の学修期
内のソーシャルワーカー養成について、日本の社
間は3年間(6学期制)で、卒業要件として180
会福祉士養成との対比で特徴的なことを挙げるな
単位の取得が必要であるが、デュッセルドルフ社
らば、少なくとも以下の4つを挙げることができ
会福祉大学やアリスザロモン社会福祉大学では3
る。
年6ヶ月間(7学期制)で210単位となっている。
①欧州圏内共通の学位の導入により、ソーシャ
デンマークと同様、他国で履修した科目の単位を
ルワーカーの国家間の移動を可能にしている
所属大学で認定することは可能であるが、ドイツ
では各大学に教育カリキュラムの作成について一
こと。
②理論教育及び実務教育ともに教育時間数が多
定の裁量権があるため、大学間で科目設定に少な
いこと(約6000時間)。
からずバラツキが見られるのが現状である。
③実務教育が重視されていること(約1000時
6.ボローニャ・プロセスに伴う課題
④他国で理論及び実務教育を受けることが可能
間)。
このように、ボローニャ・プロセスによる欧州
で、自身の所属大学(ソーシャルワークコー
圏内の各国の対応に多少の差は見られるが、欧州
ス)で、取得単位として認定できること。
高等教育圏の形成は着実に進んでいるといってよ
い。しかしながら、一方で近年深刻な課題も表面
8.おわりに
化している。例えば、欧州圏内の多くの大学では
欧州高等教育圏の形成により、教育・研究・雇
3年6ヶ月間(7学期)で210単位を取得しなけ
用の水準の向上が期待されており、その展開は少
ればならないため、カリキュラムが過密で授業を
なからず日本に示唆を与えると感じる。しかし、
受けるのがハードになっていることである。しか
一方で過密なカリキュラムによって事実上学修困
も多くの科目の定期試験を受けなければならない
難な状況が生じており、幾つかの国では学生の抗
ため、現実的に学修困難な状況が発生している。
議デモにまで発展していることから、その動向を
さらにこのような状況は、他大学への留学も困難
慎重に見守りつつ、今後の日本における社会福祉
にするなど、学生の流動性に支障が出ている。す
士養成の在り方を模索していくことが望まれるだ
でに幾つかの国では学生による不満が続出し、抗
ろう。
議デモにまで発展している。
このような事態はドイツにおいても起きてお
文献・資料
り、各州文部大臣会議(Kultusministerkonferenz)
1)高木剛:ボローニャ宣言とドイツのソーシャ
と大学学長会議(HRK)が合同会合を開き、今
- 64 -
ルワーカー養成の動向.社会事業研究.48:
103‐107.2009.
2)Andree Sursock & Hanne Smidt. Trends 2010 : A
EPA に基づく介護福祉士候補者受け入れの現
状と課題
decade of change in European Higher Education.
European University Association .
日本社会事業研究所研究員
3)Statistische Daten zur Einfuhrung von Bachelor-
院前期 2008 年卒 稲 葉 宏
und Masterstudiengangen-Sommersemester 2010.
Hochschulrektorenkonferenz. 2010.
1.研究目的
4)高木剛:ドイツにおける介護・看護・ソーシャ
高齢化が急速に進むわが国は2006年にフィリピ
ルワーク人材養成の最近の動向.総合人間科
ンおよびインドネシアと経済連携協定(EPA)が
学研究.2:115‐123.2010.
締結し、2008年から看護師・介護福祉士候補者の
5)高木剛:ドイツにおける高齢者ケアを担う人
受入れを始めた。この協定の目的は、外国人によっ
材養成.社会事業研究.47:191‐194.2007.
て日本の介護・看護人材の不足を補うことではな
6)岩崎浩三:ヨーロッパにおけるソーシャルワー
く人材交流の一環であるとされている。本研究は
ク教育の動向-ボローニャ・プロセスの影響
EPAに基づく候補者受入れの制度上の目的と候補
に焦点を当てて.保健・医療・福祉の研究・
者が来日した目的との間のかい離を中心に現状を
教育・実践.東信堂.2007.
整理し、EPAに基づく受入れが本来の目的を達成
7)仲村優一・一番ヶ瀬康子:世界の社会福祉-
ドイツ,オランダ.旬報社.2000.
する上での課題について考察する。そして送り出
し国・受入れ国双方の高齢者介護の質の向上に資
8)岡崎仁史:ドイツ介護保険と地域福祉の実際
することを目的とする。 -社会福祉士が体験した社会保険方式下の
ミュンヘン.中央法規.2000.
2.研究の視点および方法
本研究では、実際にEPAに基づいて看護師およ
び介護福祉士候補者を受入れた施設の担当者に聞
き取り調査を行うことで、候補者が来日した理由
と施設が受入れた理由を明らかにすることを目的
とした。なお、看護師候補者については、2回看
護師国家試験を受験し、2回目の試験で両名とも
試験に合格し、日本の看護師の資格を有してい
る。本調査は聞き取り調査である。調査対象者は、
EPAに基づいて来日したインドネシア人看護師候
補者とフィリピン人介護福祉士を受入れた就労先
施設の受入れ担当者である。実施期間は2010年2
月から3月である。時間は1施設あたり約1時間
の面接調査である。形式は調査対象者2人もしく
は1人に対して調査員1人もしくは2人が対面し
て座る形式である。候補者に対する調査項目は、
①調査対象者が候補者に関して担当している業務
の内容、②受入れ施設の基本情報(施設の種類、
施設が特化している分野等)③候補者の基本属性
(年齢、学歴、現場経験の有無)、④施設が候補者
- 65 -
を受入れた理由、⑤候補者の基本情報(年齢、学
あると答えた。男性候補者は、特定の診療科につ
歴)、⑥候補者がEPAに申し込んだ理由の6点で
いての知識を深めるのが目的であり、受入れ施設
ある。なお、③⑤⑥については内容を候補者本人
が手術件数で大きな実績を有している診療科が、
に直接確認した。その際に用いた言語は英語であ
自分が知識を深めたい診療科と一致していたから
る。
と答えた。介護福祉士候補者は2名とも、応募し
た主たる理由を賃金の高さと答えた。また、カナ
3.研究結果と考察
ダといった国にも応募はできるが、EPAは候補者
調査対象施設は、看護師候補者受入れ施設と介
の費用負担がない点が魅力的であると答えてい
護福祉士候補者受入れ施設それぞれ1施設ずつの
た。そして介護に対する関心を示す発言は見られ
合計2施設である。調査対象者は、1施設につき
なかった。
2人ずつの合計4人である。看護師候補者受入れ
看護師受入れの場合、それぞれの受入れ施設に
施設は、病床数約150床の総合病院であり、同時
特定の診療科に強みがある等の具体的特長がある
に特定の診療科では、手術件数で大きな実績があ
可能性があり、候補者も自分の専門性を高めるこ
る。介護福祉士候補者受入れ施設は、老人保健施
とを目的に来日していることが調査結果よりわか
設であり、宗教法人を母体としている。看護師候
る。また、送り出し国・受入れ国共に、看護が一
補者受入れ施設の調査対象者は、看護師長および
定の専門性を持ち、確立した領域であることが共
事務長であり、看護師長は候補者の研修および国
通の認識であるため、より高度な技能を身に付
家試験対策を担当、事務長は受入れに関わる実務
けるためにEPAに応募したという裏付けが成り立
および日常の生活支援を担当している。介護福祉
つ。したがって、看護の受入れにおいては、EP
士候補者の受入れ施設の調査対象者は、主任およ
Aはその目的である「人材の交流」を十分果たし
び事務長であり、主任は候補者の研修および介護
ていると考えられる。一方で介護の場合、日本で
の学習支援を担当、事務長は受入れに関する実務
は既に専門性が確立した分野であるものの、送り
を担当している。看護師候補者は2人おり、共に
出し国では、介護の専門性自体が未確立である可
インドネシア人である。1名は20歳代の女性、大
能性がある。そして、調査結果からは、候補者が
学卒で母国の最高学府出身、現場経験はない。も
日本の介護そのものに関心があるのではなく、他
う1名は20歳代の男性、看護師養成の専門学校卒
の受入れ国と比較して日本の賃金水準が高いから
で、母国の病院で2年間の現場経験がある。介護
EPAに応募しているという実態がわかった。した
福祉士候補者は2人おり、共にフィリピン人であ
がって、介護の受入れにおいては、EPAは「人材
る。1名は20歳代の女性、大学卒で、台湾で高齢
の交流」としての役割を果たしているとは言いが
者介護に従事した経験がある。もう1名は20歳代
たいと考えられる。
の女性、大学卒で、高齢者介護に従事した経験は
しかし、送り出し国であるインドネシアやフィ
ない。候補者受入れの理由は両施設共に、将来の
リピンといった東南アジア諸国は、今後日本を上
人材不足を見通して受入れ経験を積んでおくのが
回る勢いで高齢化すると予測されている。こうし
目的であるとの回答であった。また、介護福祉士
た環境の下では、送り出し国にとって専門性の高
候補者受入れ施設については、母体となる法人の
い介護人材は不可欠な存在である。したがって、
宗派と候補者の宗派が同一であることを挙げてい
EPAに基づく受入れそれ自体は、送り出し国の高
た。最後に候補者がEPAに申し込んだ理由につい
齢化に伴うニーズに合致していると考えられる。
て述べる。看護師候補者のうち、女性候補者は、
以上の考察を踏まえ、今後の受入れにおいては、
修士号取得の目標があり、そのためのキャリアの
送り出し国で働く介護人材の育成という視点を踏
一環として、日本の国家資格取得と研修が目的で
まえた送り出し体制・受入れ体制が望まれると考
- 66 -
える。(本研究は文部科学省科学研究費補助金「外
(研究代表者:植村英晴)の一部である)
国人介護職の受入れに関する研究(平20 ~ 22年)」
- 67 -
高
齢
者
A
高齢社会における美容室のあり方
の女性高齢者5名を対象に事前ヒアリングを実施
-高齢者のグループインタビューによる質的研究
し、次のインタビュー項目を作成した。① 現在
から-
の美容への関心。② 美容室への関心や美容行為
の変化。(過去と現在の比較)③ 最近の美容室
学校法人山野学苑 山野美容芸術短期大学
佐 伯 久美子
の利用状況。④ 最近の美容室の印象やサービス
への不満・要望。
曽 婉 君
武 藤 祐 子
2)高齢者のグループインタビューの実施
山野美容芸術短期大学
平成21年8月、同連合会5地区の女性高齢者で
院前期 2000 年卒 松 下 能 万
各地区から4~ 5名(計21名)を対象に、半構造
によるグループインタビューを各1回ずつ、約1時
1.はじめに
間半で計5回実施した。(表1)対象の高齢者の
高齢化が急速に進行している日本では、高齢者
年齢は、65歳以上100歳未満とした。2名のイン
の介護予防を進める視点として健康づくりと積極
タビュアーで実施し、その基地語録をKJ法AB
的な地域社会への参加が重要なテーマになってい
型を用いて分析し、考察した。
1)
2)
る 。内閣府(2010) によると、65歳以上の高
齢者において、社会参加をしている人は「おしゃ
(表1) 高齢者のグループインタビューの概要
対象の女性 高齢者
実施者
実施日
実施時間
れをしたい」と回答する割合が高く、調査全体で
A支部
4名
2名
8月 5 日(水) 13:00 ~ 14:30
は60.2%(男性47.9%、女性70.3%)が「おしゃ
B支部
4名
2名
8月20日(木) 10:00 ~ 11:30
れをしたい」と回答している。このことから、高
C支部
4名
2名
8月11日(火)
D支部
4名
2名
8月12日(水) 10:00 ~ 11:30
齢者のおしゃれ行為を支えることは、高齢者の社
E支部
5名
2名
8月20日(木) 14:00 ~ 15:30
9:00 ~ 10:30
会参加の充実につながると考えることができる。
しかし高齢者が髪のおしゃれ行為として美容室を
3.研究結果(図1)
利用しようとした際、美容室が高齢者のニーズを
KJ法により分析した結果、3の第1カテゴリー
満たし、利用しやすい環境に整備されているかに
『おしゃれの関心』『美容室の利用』『おしゃれの
ついての研究は少ない。そこで本研究は、高齢者
実行状況』が抽出できた。その構成要素となる第
の社会参加に寄与することを目的とし、女性高齢
2カテゴリーは5つ、第3カテゴリーは20抽出さ
者に対するグループインタビューを行いKJ法で
れた。また、3の第1カテゴリーの構造配置につ
質的に分析した。そこから「高齢社会における美
いては、
『美容室の利用』と『おしゃれの実行状況』
容室のあり方」についての仮説構築を図ろうとし
の一部が重なり合う形になった。
た。
1)第 1 カテゴリー『おしゃれへの関心』
2.研究方法
① 第2カテゴリー「おしゃれの動機」
1)高齢者の事前ヒアリングの実施
第2カテゴリー「おしゃれの動機」は、高齢者
平成21年6月、Y市老人クラブ連合会の5地区
のおしゃれと社会参加の関連を裏付ける内容と
- 68 -
なった。
「満足、好印象」では、美容室が人と交流を図
「おしゃれをする理由」からは、人に会うとき
る良い機会になっていること、マッサージやシャ
は綺麗にするという意識が挙げられた。また、家
ンプーの施術が心地良いこと、また体調が悪い時
族やデイサービスなど、周囲の人の影響を受けて
に楽にシャンプーを受けられることが挙げられ
いる事例が多くあった。
た。「不満、悪印象」では、美容室が身体的負担
「おしゃれをしない理由」からは、趣味活動や
を感じる場になっていること、若い美容師に対す
人付き合いに積極的で、おしゃれに興味がない方
る技術と向上心や、サービス精神の不足を感じる
と、人付き合いに消極的で、おしゃれに興味がな
場になっていることが挙げられた。
い方がいることが分かった。後者の方からは、本
当は綺麗にしたいのにできないでいるという問題
③ 第2カテゴリー「髪型」
意識が語られ、おしゃれと外出の機会の両方が減
第2カテゴリー「髪型」については重複するた
少する悪循環が語られた。また、若い時から自分
め、後述する。
の外観に自信がないために、おしゃれと外出が少
ないと言う方もいた。
3)第1カテゴリー『おしゃれの実行状況』
第1カテゴリー『おしゃれの実行状況』は、高
② 第2カテゴリー「美容師に聞きたいこと」
齢者の髪、顔、装いといった、トータル美容の内
第2カテゴリー「美容師に聞きたいこと」は、
「美
容となった。「髪型」については、自分らしく、
容で気なる点」であり、高齢者の潜在的な美容ニー
スタイリングしやすい髪型を保つために頻回に美
ズが分かる内容となった。高齢者が加齢による全
容室で施術を受ける方と、自宅でカットできるた
身の変化について、それを積極的に美しくカバー
め、カラー剤の薬液に対する不安があるため、カ
したいと望むのに対し、その知識がないという現
ラーをすると伸びた部分が気になるためなどの理
状があった。これについては、熱心に高齢者同士
由から、美容室の施術を受けない方がいることが
で情報交換する様子が見られた。
分かった。「化粧」については、知識不足と化粧
の機会の減少が挙がり、「服装」については、今
2)第1カテゴリー『美容室の利用』
の高齢者が昔の高齢者に比べておしゃれになって
① 第2カテゴリー美容室の選択
いるという現状が挙がった。
第2カテゴリー「美容室の選択」は、普段利用
している美容室を高齢者が選択した理由にあた
4.考察
る。「場所」「時間」「店内の環境」からは、高齢
本研究の結果では、おしゃれをする高齢者は社
者ができるだけ負担を少なくしたいと望んでいる
会参加に積極的であるのに対し、おしゃれをしな
ことが分かった。また「人」「個人店」「長年の利
い高齢者については、趣味などにより積極的な活
用」からは、自分のヘアスタイルを変えたくなく、
動をしているため問題を感じていない方と、本当
美容師や馴染みの利用客との関係を保ちたいとい
はおしゃれをしたいのに理由があってできない方
う意識から、長年同じ美容室を利用している方が
がいることが分かった。本研究の高齢者の視点を
多く、20 ~ 50年も通われる方が珍しくないとい
踏まえ、「高齢社会における美容室のあり方」に
う現状が見られた。
ついて、美容室に以下の環境を整えることが必要
であるという仮説が立った。
② 第2カテゴリー「美容室で得た印象」
第2カテゴリー「美容室で得た印象」の内容は、
「満足、好印象」「不満、悪印象」が挙げられた。
1) 美容室を中心とした人間関係
① 美容師が高齢者を個別に良く理解し、馴染み
- 69 -
(表2) 「高齢社会における美容室のあり方」
1) 美容室を中心とした人間関係
① 美容師が高齢者を個別に良く理解し、馴染みの関係を築いている。
② 馴染みの利用客が多くいて、利用客同士自然と交流をもっている。
③ 美容師が高齢者の身近な人と、高齢者を利用につなげる関係を築いている。
2) 身体的負担が少なくて済む物理的環境
① 美容室が高齢者の自宅からすぐ近くにある、または送迎サービスが利用できる。
② 美容設備がバリアフリーになっている。
3) 高齢者に対応した美容サービス
① 高齢者が求めるヘアスタイルを提供している。
② マッサージとシャンプーの心地良さを提供している。
③ 高齢者に対応したトータル美容の知識と技術を提供している。
の関係を築いている。
本研究では、高齢者がおしゃれを実行するため
本研究では、美容師との馴染みの関係ができて
には、高齢者の身近な方の影響が大きいことが分
いる方が多くいた。高齢者は美容師との会話を楽
かった。このことから、高齢者が美容室を利用す
しみに感じており、自分らしいヘアスタイルを維
しやすくするためには、美容室と一般の利用客、
持するため美容師の技術を望み、同じ美容師に長
あるいは福祉関係者との関係を築くことが重要で
年担当してもらうことを望む傾向があることが分
あると考えられる。井出添(2009)6)は、デイサー
かった。
ビスと美容室を隣接することで効果を挙げた事例
高齢者が望ましいと感じる美容師像の一つは、
を報告している。
自ら学ぶ姿勢がある人であった。美容師が個々の
高齢者からニーズを学ぶという姿勢を持つこと
2)身体的負担が少なくて済む物理的環境
で、若い美容師と高齢者にある世代の壁が低くな
① 美容室が高齢者の自宅からすぐ近くにある、
り、信頼関係を築くことができるのではないかと
考えられる。
または送迎サービスが利用できる。
本研究のY市の高齢化率は平成20年4月現在約
19%であるが、美容室が駅周辺に偏在しているな
② 馴染みの利用客が多くいて、利用客同士自然
ど高齢者が利用しやすい距離にあるとは言いきれ
ない。7)美容室と行政が連携し、美容室を高齢者
と交流をもっている。
本研究では、長年同じ美容室に通う高齢者から、
が利用しやすい場所へ整備したり、「移送サービ
利用客同士の交流の楽しさが語られた。高齢者に
ス」のシステムを導入するなどの物理的環境を整
とって美容室は、美容の提供を受けられるだけで
えることができれば、今より更に、馴染みの美容
なく、定期的に知り合いと会うことを楽しむ社交
室へ高齢者が通い続けられるようになると考えら
の場であることが分かった。美容室側がより多く
れる。
の利用客と馴染みの関係を築くことで、利用客同
士の交流の場を提供できると考えられる。
② 美容設備がバリアフリーになっている。
本研究では、美容室の施術でかかる身体的負担
③ 美容師が高齢者の身近な人と、高齢者を利用
につなげる関係を築いている。
の一つ目に、シャンプー施術時の姿勢が挙げられ
た。一般的な美容室の仰向け姿勢の施術では、頸
- 70 -
部への負荷から、施術後などに、めまいや痺れが
表れるケースがある。
8)
③ 高齢者に対応したトータル美容の知識と技術
近年では、水平近くま
を提供している。
で倒せるシャンプー椅子が普及して来たが、今後
本研究では、高齢者は加齢による変化に対応す
も一層の普及が望まれる。
るための必要な美容の知識を十分に得られずにい
身体的負担の二つ目として、店内での移動が挙げ
3)
るために、悩みを持っていることが多いというこ
られた。厚生労働省(2006) の報告によると、
とが分かった。また多くの高齢者は、おしゃれの
高齢者や車椅子の方に配慮した設備について、
「あ
中で「髪型」を大切と考えているが、髪型だけ
り」とした美容室は全体の36%であった。身体が
でなくトータル的な外観の美しさを求めていた。
不自由な高齢者であっても美容室を利用しやすく
よって、美容師によるトータル美容の知識と技術
なるように、店内にバリアフリーの環境を整えて
の提供は、高齢者潜在的な美容ニーズであり、こ
いく必要があると言える。
れらの提供が重要であるということができる。
3) 高齢者に対応した美容サービス
5.まとめ
① 高齢者が求めるヘアスタイルを提供してい
本研究の結果から、高齢社会における美容室の
る。
あり方として、美容室に整えるべき環境を明らか
本研究では、高齢者はヘアスタイルを大きく変
にすることができた。これらを整備することは、
化させたくない、という傾向があった。美容師
高齢者の社会参加の充実に寄与するものと考えら
と高齢者の信頼関係を築きながら、頭頂部のボ
れる。しかし本研究の限界として、これらの環境
リュームの減少などの悩みをカバーし、スタイリ
をどのように整備するかについては、ほとんど明
ングしやすいヘアスタイルを提案していくことが
らかにできていない。今後の展開として、この結
大切であると考えられる。
果を美容界へ提案し、高齢者が社会参加しやすい
またパーマでは施術時間の短縮の研究、カラー
環境をどのように整備するかについて、美容室の
では肌や髪に負担が少ないとされる「ヘナ」「ヘ
検証をしつつ明らかにしていく必要があると言え
アマニキュア」「香草カラー」や、少し伸びて来
る。
ても自然に見える「グレースカラー」などの染め
方について情報提供することで、高齢者の潜在的
美容ニーズに合ったサービスを提供することがで
文献
1)高齢者介護研究会(2003)「2015年の高齢者
きると考えられる。
介護-高齢者の尊厳を支えるケアの確立に
向けて」 (http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/
② マッサージとシャンプーの心地良さを提供し
ている。
kentou/15kourei/3.html),2010.8.26取得
2)内閣府(2006)「高齢者の日常生活に関する
本研究から、高齢者はマッサージが上手でシャ
ンプーを丁寧に心ゆくまでしてくれる美容師を望
意識調査」
(http://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/h21/
む傾向があると分かった。また高齢者には、体調
sougou/gaiyo/pdf/kekka.pdf),2010.8.26取得
の悪い時や身体が痛い時に、身体的負担を軽くす
3)厚生労働省(2006)「平成17年生活衛生関係
るために美容室でシャンプーをされる方がいた。
高齢者にとってマッサージとシャンプーは、身体
営業実態調査・美容業」
(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/seikatsu-
的、心理的支援という役割を持っていると考える
ことができる。
eisei22/14-02.html),2010.8.26取得
4)井坪歩(2009)「高齢者の美容―美容が社会
参加に与える影響について」『日本美容福祉
- 71 -
学会』pp.100-102
「自宅で発症した美容院卒中症候群の1例」
『脳
5)川喜田二郎(1967)『発想法』中公新書
卒中』26(3),pp.461-464、2004
6)井出添敬子(2009)「美容福祉の現場から見
9)伊藤雅章(2007)「老化と毛髪変化」『日本臨
えてきた『福祉美容の展望・鳥取型』」『日本
美容福祉学会』9,pp.63-64
床皮膚科医科雑誌』24(3),pp.221-228
10)山 本 將、 久 保 村 千 明(2005)「 美 容 室 の
7)八王子市ホームページ
利用調査と利用者及び潜在利用者の嗜好
(http://www.city.hachioji.tokyo.jp/seisaku/joho/
に つ い て 」『 山 野 美 容 芸 術 短 期 大 学 紀 要 』
press/015130.html),2010.8.26取得
13,pp.67-65
8)植田 明彦・寺崎 修司・永沼 雅基・ほか(2004)
結果(図1)高齢者の美容室に対する意識構造
おしゃれへの関心
おしゃれの動機
美容師に聞きたいこと
おしゃれをしない理由
おしゃれをする理由
美容の気なる点
・若い時から化粧をしていないため
・もともと自分に自信がないため
・年をとって、美容に関心がなくなった
・仕事を辞めてから、化粧をしなくなった
・外出しなくなったため、化粧をしなくなっ
た
・健康を損って美容室に行けなくなった
・女性は死ぬまで綺麗でいたい
・髪型は一番大切である
・若い時から定期的に美容室を利用している
・家族が美容室を勧める
・ディサービスでおしゃれな人に会い美容意欲
ha
を刺激された
・外出する時は綺麗にする必要がある
・しみ、しわが増えた
・体型が変化した
・髪のボリュームが少なくなった
・カツラの付け方が難しい
・使用する化粧品が分からない
美容室の利用
おしゃれの実行状況
髪型
美容室の選択
場所
・自宅に近い美容室
・駅やバス停に近い美容室
時間
・待たずに済む
カットする理由
人
・髪のボリュームが多く、短
くしないと、まとまらない
・さっぱりしたい
・若い時から短い髪が好き
・年をとったから短くしたい
・美容師の技術
・美容師や客と馴染みの関
個人店
・昔ながらの個人店が良い
美容室でカットする
店内の環境
長年の利用
・明るく雰囲気が良い
・車いすでも利用できる
・自分のヘアスタイルを理解
している
・ヘアスタイルを変えたくな
い
・付き合いがあり他店を利用
・自分でカットすると綺麗に
できない
・ヘアスタイルを美容師に
任せている
・1、2カ月に1回カットする。
パーマする
・スタイリングをしやすくする
・2、3カ月に1回パーマする。
自宅でカットする
・自分でカットするが、まと
まらなくなったら美容室で
する
・家族が自分の髪をカット
する
・自分が家族の髪をカット
する
パーマしない
・くせ毛なので必要ない
美容室で得た印象
満足、好印象
・美容室へ行くことが嬉しい
・マッサージが気持ち良い
・美容室のシャンプーは丁寧であ
る
・美容室のシャンプーは痛みが少
なくて楽
・施術時間が丁度良い
・美容師との情報交換が楽しい
・男性の美容師が増えていて感じ
が良い
・美容室が若い人達と接する良い
機会になる
カラーする
不満、悪印象
・シャンプーの手抜きを感じる
・美容室のシャンプー台は首が
痛くなる
・若い美容師の技術に勉強不足
を感じる
・若い美容師の意欲を感じられ
ない
・パーマをもっと短時間でかけた
い
・今の若い人の髪型は個性がな
い
・白髪染めをする
カラーしない
・カラー剤が肌に悪いと思う
・染めると伸びてきた部分
が気になる
その他
化粧
・基礎化粧だけする
・化粧品にお金をかけず
に工夫する
・UVケアをする
服装
・明るく綺麗な服装
・体系を補正する下着
- 72 -
介護保険制度下におけるホームヘルパーと利
用者の援助関係構築に関する特徴について
モによる聞き取りとした。 質問項目は、サービ
ス提供責任者と管理者に対しては、①サービス提
供責任者(管理者)という立場から、ヘルパーか
日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科
ら挙げられる利用者との関係における相談や実際
博士前期課程 2005 年卒業 梅 原 幸 子
にあった困難事例とその解決法について、②ヘル
博士後期課程3年 吉 田 滋
パーとしての立場から、利用者との関係づくりに
ついて具体的に感じる障壁の内容について聞き取
1.研究の目的と意義
りを行った。一般のヘルパーに対しては、①利用
介護保険制度下で働く訪問介護員(以下、ヘル
者との援助関係について、いい援助関係ができた
パー)は、訪問介護サービス計画によって決めら
と思うとき、うまく援助関係ができないと思うと
れたサービス内容を時間内に実施し、かつ、この
きはどんなときか、②利用者との関係づくりにつ
条件下で最良の援助関係の形成が求められる。本
いて具体的に感じる障壁の内容、③利用者との関
研究の目的は、こうした条件下におけるヘルパー
係構築の上での困難の解決方法、④ヘルパーの仕
と利用者との援助関係の構築・維持・展開の実態
事をする上で事業所やサービス提供責任者へ望む
を明らかにすることである。
ことについて聞き取った。
2.研究方法
(3)分析方法
(1)調査対象
Strauss & Corbin(1990=1999)に基づいたグラウ
本研究の対象は、訪問介護事業所に所属するヘ
ンデッド・セオリーアプローチを用いた。この分
ルパー(3名)、サービス提供責任者(5名‐う
析方法は、現象の構造だけでなく、変化の「プロ
ち1名は管理者を兼務)、管理者(2名)である。
セス」を視野に入れて行う。本研究では、ヘルパー
所属事業所の形態は、社会福祉事業団(2名)、
と利用者の援助関係という「変化の存在」が予想
社会福祉協議会(1名)、生活協同組合(1名)、
される現象を扱うため、この分析方法が妥当であ
民間営利企業(6名)である。調査対象地域は、
ると考えた。
東京都・埼玉県・千葉県とした。
3.結果と考察
(2)調査方法
(1)援助関係の実態(概要)
2007(平成19)年10月から12月の3ヶ月間をか
ヘルパーにとっての援助関係の実態は、下図と
けて上記10名のインタビューを行った。総面接
して認識されていると考えられた。つまり、利用
時間数は635分で、一人当たり平均は70分であっ
者との関わりの核となる部分、それを形成するた
た。半構造的面接法で個人面接を基本にし、ジョ
めにとられる行為/相互行為として《利用者理解》
イント・インタビューが1度あった。面接実施場所
《家族支援》《ヘルパー独自の裁量》、援助関係の
は、各調査対象者が所属する事業所(やむを得な
形成によって生じる帰結として《関わりの歴史》
い場合は他の場所)を利用した。また、インタ
《力動的な相互作用》《ヘルパーとしての専門性》
ビュー手順は以下の通りである。まず、書面をもっ
が中核となっていた。
て、研究の目的を説明し研究への協力の意思を確
認し、次に書面をもって、研究の概要とインタ
(2)各カテゴリーとその関連性
ビュー調査の概要を説明。その後、倫理的配慮を
① 援助関係の核となる部分
説明し、レコーダーでの録音の同意を得た場合は
援助関係の核となる部分の「心地よさ・信頼感」
録音をし、同意を得られなかった等の場合は、メ
という、いわゆる人間関係的側面においては、一
- 73 -
㻌
図 援助関係の実態
ᅗ㻌 ᥼ຓ㛵ಀ䛾ᐇែ㻌
般的な人間関係形成のプロセスとほぼ同様の特徴
た。(ウ)ヘルパーが利用者の言動についてどの
がみられ、ヘルパーは、守秘義務を守り、信頼さ
ように解釈し、消化するかというもので、ヘルパー
れる人間でありたいということが、援助関係形成
の経験値(実践の知)および、
《関わりの歴史》
(後
の前提として持たれていた。
述)、《ヘルパーの専門性》(後述)と関連付けら
れたi。
② 援助関係の核となる部分を形成するために
とられる行為/相互行為
次に、《家族支援》について。家族は、利用者
の生活環境を形づくり、利用者のサービスを決定
ここでは、
《利用者理解》、
《家族支援》、
《ヘルパー
するうえでのキーパーソンである。それゆえ、ヘ
独自の裁量》というカテゴリーが生成された。
ルパーにとって、利用者のみならずその家族を含
まず、《利用者理解》とは、3つの側面を持つ
めた「信頼感」を得ることは、利用者のサービス
概念として考えられた。(ア)いわゆるアセスメ
内容を実施するうえでも非常に重要視されてい
ントという側面である。これには、ヘルパーの観
た。 また、介護保険制度において、家族に対し
察力・感受性・直観力が重要となっていた。ヘル
ては側面的支援となることを背景に、利用者の家
パーは限られた時間で、サービス提供をしながら、
族との関係づくりの難しさが指摘された。特に、
会話や家庭環境やその雰囲気などから、利用者と
制度成立当初は、家族は援助の対象者という視点
その家族のディマンドを、そのまま受け止めるこ
が根強く残っていたが、2005年の制度改正を機
とが多いと考えられ、何度かの訪問によって関わ
に、家族は社会資源の一つという位置づけが徹底
りを繰り返すうちに、そのディマンドを整理し、
され、一方で、実際のサービス提供場面では、家
そのうちの援助ニーズとなっていることは何か、
族との線引きが難しく、ヘルパーへの過剰な要求
判断(ニーズの見極め)しているようであった。
(イ)アセスメント的側面で理解した内容を、具
体的なサービスとして実践するという側面であっ
ⅰ ヘルパーによる解釈・消化という文脈に関連して、西浦
(2003)は、ヘルパーの仕事上での「認識枠組みの転換」
を言及している。
- 74 -
につながっていた。
相互作用》、
《関わりの歴史》、
《ヘルパーの専門性》
第3に、
《ヘルパー独自の裁量》である。ヘルパー
であった。
は決められたサービス内容の枠を超えたサービス
《力動的な相互作用》では、(ア)利用者の身体
を実施する場合があり、これを《ヘルパー独自の
状況や精神状況が維持または改善したり、ヘル
裁量》として概念化した。これには、大きく2つ
パーを拒否していた利用者が受け入れていく「利
ii
のパターンがあった 。(ア)ヘルパーの葛藤を伴
用者の変化」、(イ)ヘルパーに対して拒否的だっ
いつつ、やむにやまれず、範囲外サービスの実施
た家族がヘルパーを受け入れ(=「家族の変化」)、
をする場合であった。(イ)ヘルパーと利用者の
介護環境の改善につながったり、(ウ)ヘルパー
間に「なじみ感」が構築され、ちょっとした利用
が「援助の手ごたえ」を感じ、仕事に対する達成
者の要望(ディマンド)やちょっとした家族分の
感や自信を得ていた。さらにこれは、ヘルパーが
家事に対して、「自分流の関わりルール」(後述)
利用者からの学びを得たり、利用者への畏敬の念
の範囲で、自己裁量によるサービスの実施に至る
が生じたりという広がりをみせていた。
場合であった。こうした自己裁量は、チームケア
《関わりの歴史》とは、サービス実施を重ねな
の障害となったり、利用者の正しいサービス内容
がら、徐々に援助関係が形成されていくプロセス
の理解の促しを阻害し、ホームヘルプサービスの
自体をさす。ヘルパーは、利用者との誤解等を解
閉鎖性の強さゆえにその弊害が発見されにくかっ
決するということを、1回の訪問で完結しなくて
たりすることで、利用者の自立支援を脅かしかね
はならないという感覚はもっていない傾向にあっ
ない。ただし、小さな範囲外サービスの実施をきっ
た。時間を共有することで非言語的なやり取りは
かけに、かたくなな利用者が本音を語ってくれて
必然的に行われ、それが利用者の心を開きヘル
利用者理解が深まることもあり、それを完全に否
パーを受け入れてくれるきっかけを作るだろうこ
iii
定することもできない 。また、身体介護と生活
とを、ヘルパーは事前に予想(期待)しながら利
援助のサービス内容からは、生活援助のほうがよ
用者と関わっていた。このようなやり取りの積み
り幅広くヘルパーの自己裁量が可能となると考え
重ねが、利用者とヘルパーとの間に「なじみ感」
られた。なお、ヘルパーが独自の裁量を実施する
をもたらしていた。「なじみ感」は、利用者がヘ
か否か、また、その実施程度は、所属事業所の管
ルパーを受け入れる素地を与えおり、関係性にお
理体制やヘルパーに対する自由度、ヘルパーが事
ける「安定感」を促していた。一方で、《関わり
業所に持つ帰属意識の強さなどが影響していたiv。
の歴史》を積み重ね、「なじみの関係」となって
いくと、それがいつの間にか「なれあいの関係」
③ 援助関係の形成によって生じる帰結 に変化し、専門職意識の低下や自立支援を阻害し
援助関係の帰結として生じるのが、《力動的な
ていた。
利用者との援助関係の構築に際するヘルパーの
ⅱ 松原(2003)も、同様にヘルパーの2つの典型として、①
仕事への熱意や利用者への思いに溢れ、ある意味熱心に仕
事に取り組んでいるヘルパーが、無意識ながら利用者との
関係を縮めようとし、その結果利用者の意思を無視しがち
な対応になるという特徴と、②利用者との発語、様子を気
にしつつ、また利用者との距離をどの程度保つべきか苦慮
しているヘルパーが、利用者の意思を少しでもくみ取る対
応を心掛けているという特徴をあげている。
ⅲ 原田(2008)は、介護保険制度においてヘルパーの裁量権
の幅が狭まったこと、ヘルパーの主体的な援助活動には、
裁量権の担保が必要であると指摘している。
ⅳ 事業所の種別によるヘルパーの管理体制の違いと、その違
いによるヘルパーの裁量実施についての質的な先行研究と
しては、斎藤(2007)がある。
試行錯誤の経験は、ヘルパーの力量vを向上させ、
《ヘルパーの専門性》を生み出していた。先行研
究からの知見では、ヘルパーの専門性とは、ホー
ムヘルプサービスという特殊な環境の中で、利用
者の生活に即しつつ、自立支援の理念を具体的な
ⅴ ヘルパーの力量については、堀田(2006)が「ヘルパーの
職業能力」として、身体介護・生活援助・人間関係構築(緊
急対応、説明、関係構築、情報収集と判断、協働)を尺度
化している。
- 75 -
サービスとして体現することであるがvi、本分析
ビス提供責任者が介入して解決していた。事業所
からは、「利用者との距離感」、「自分流の関わり
の規模にもよるが、ヘルパーは、どうしてもうま
ルール」、「ヘルパーとしての職業感覚」が導き出
く援助関係が結べなかったり、利用者との間で問
された。「利用者との距離感」とは、身体的距離、
題が発生しそれが解決し得ないほどのものであっ
精神的距離、距離感を変化させるタイミング、利
たりした場合、事業所に対して担当の変更を申請
用者との相性、利用者のヘルパーに対する依存度、
するということを最終的な手段として控えてい
関係のコントロール度があげられた。また、ヘル
た。
パーは利用者の家族でも友達でもなく、
「ヘルパー
《同僚ヘルパーとの関係》では、情報の共有が、
としての職業感覚」において、適切な「利用者と
ピア・スーパービジョンとなっており、ヘルパー
の距離感」を保ち、それぞれの利用者との個別的
の力量を向上し《利用者理解》や《家族支援》を
な距離感覚を形成していた。さらに、これまでの
いかに進めるかについてのヒントを与えていた。
経験によって「自分流の関わりルール(対応パター
また、ヘルパー同士には利用者との援助関係につ
ン)」が形成され、《利用者理解》や《家族支援》
いて、それぞれが介入し合わないという暗黙の
における利用者や家族対応、および、決められた
ルールがあり、これが《ヘルパー独自の裁量》に
枠外のサービスを実施する《ヘルパー独自の裁量》
よる枠外サービス実施と関係していると考えられ
の素地を与えていた。
た。
《研修によるスキルアップ》は、参加するか否
(3)援助関係を取り巻くカテゴリー
かの制約や条件があり、また、事業所によって、
援助関係はそれを取り巻くカテゴリーに影響さ
研修によるスキルアップを推進する程度が異な
れていた。そのカテゴリーとして挙げられたのが、
り、研修の内容についても千差万別であった。ヘ
《所属事業所との関係》、
《同僚ヘルパーとの関係》、
ルパーにとって、研修とは、同行訪問でのいわゆ
《研修によるスキルアップ》である。
るOJT、月例会での同僚ヘルパーとのピア・スー
《所属事業所との関係》では、サービス内容や
パービジョンやサービス提供責任者などによる
利用者の人柄とのミスマッチを防ぐため、所属事
スーパービジョン、また、専門家による各種の研
業所がヘルパーの力量をいかに把握しているかが
修、新たな資格取得や技術習得のための研修など
重要であった。また、事業所のサービス調整機能
であった。こうした研修によって、ヘルパーの技
が有効に働くためには、事業所とヘルパーの信頼
術的側面が向上したり、経験に偏っていた《自分
関係が必要であった。所属事業所との「コミュニ
流の関わりルール》について見直すきっかけと
ケーション」や「管理体制の整備」は、
《ヘルパー
なったり、ヘルパーという仕事に対するコミット
の独自の裁量》の実施に関係していた。利用者と
メントを強めたりしていた。
の間において生じる対応困難については、「利用
者理解」としてヘルパー自身で消化したり、繰り
4.まとめ
返しの関わりによって利用者の変化を促すことで
以上の結果と考察から、特に、本研究によって
多くが解決できるが、それができないほどの対応
新たに指摘できた点は以下の3つにまとめること
困難については、利用者の逸脱行為(セクハラ・
ができる。①援助関係の核となる部分の形成のた
執拗で異常な叱責など)として事業所が判断し、
めにとられるヘルパーの行為は、試行錯誤の経験
ヘルパーの担当を変更したり、管理者またはサー
によって培ってきた自分流の関わりルール(対応
ⅵ 参考にした先行研究は、田中(2000a)、田中(2000b)、
須 賀(1998)、 須 賀(1999)、 須 賀(2002)、 石 田(2000)、
石田(2001)、石田(2002)、小川(2002)、小松・小川(2006)
である。
パターン)に則って行われており、ヘルパー同士、
これについては互いに干渉し合わないという暗黙
の了解が存在していたということ。②ヘルパーは
- 76 -
援助関係における《関わりの歴史》の重要性を認
石田一紀(2001)「問われるホームヘルプ労働の
識し、それを事前に予想(期待)しながら、利用
量と質」石田一紀,泊イクヨ,藤田博久著『高
者とかかわっていたという点である。これら二つ
齢・精神障害者とホームヘルパー』萌文社,
の共通点は、「経験」であった。つまり、援助関
119-174.
係の構築は、ヘルパーの「経験」と連結しており、
石田一紀(2002)「介護保険下のホームヘルパー
ヘルパーの「経験」を重視する土壌の上で行われ
の現状と課題」
『長野大学紀要』,第24巻第2号,
ているということが大きな特徴となっていた。③
71-88.
所属事業所との関係の重要性である。援助関係が
松原日出子(2003)「ホームヘルプサービスにお
円滑に構築されるためには、事業所のサービス調
ける援助関係の構築過程」『社会福祉』44,
整機能が重要であると同時に、ヘルパーは利用者
日本女子大学社会福祉学科社会福祉学会,
との援助関係構築が難しい場合、担当の変更を申
161-173.
請するということを最終的な手段として控えてい
西浦功(2003)「ホームヘルパーはどのように在
た。つまり、ヘルパー不足という実態を背景に、
宅介護サービスを形作るか?―在宅介護の現
所属事業所とヘルパーは、援助関係の構築とその
場に見られる『仕事の再定義』―」
『社会福祉』
支援を通して、駆け引きをしているという側面が
44,日本女子大学社会福祉学科社会福祉学会,
明らかとなった。
133-148.
本研究の限界と今後の課題としては、ヘルパー
小川栄二(2002)「ホームヘルプ労働の専門性」
側の視点での分析となっており、利用者側の視点
真田是監修『講座・21世紀の社会福祉③ 社
が不足していること、調査対象者数が10名と少数
会福祉労働の専門性と現実』かもがわ出版,
であるため、一般化に限界があるということであ
145-165.
る。また、今後は、ヘルパーが援助関係を構築・
小松啓,小川栄二(2006)「質的研究法によるホー
維持するためには、どのような支援体制が必要か
ムヘルパー機能の概念化に関する研究」『介
という視点からの分析も必要である。
護福祉学』№12(2),169-182.
なお、本論文は、平成19年度財団法人フランス
斎藤明子(2007)「ホームヘルプの事業所間比較-
ベッド・メディカルホームケア研究・助成財団研
ヘルパーによる利用者への対処に着目して」
究助成金による研究の一部に大幅な加筆・修正を
三井さよ・鈴木智之編『ケアとサポートの社
加えたものである。
会学』法政大学出版局,183-214.
須加美明(1998)
「介護専門職としての責任と原則」
*文献*
「援助の展開過程」川村佐和子編『在宅介護
原田由美子(2008)「介護保険制度におけるホー
ムヘルパーの裁量権に関する研究」『介護福
福祉論 第2版』誠信書房,6-36.
須加美明(1999)
「ホームヘルプとソーシャルワー
祉学』№15(2),161-171.
クの共通性と固有性」『長野大学紀要』第21
堀田聰子(2006)「ホームヘルパーをめぐる制度
とその仕事」佐藤博樹,大木栄一,堀田聰子
巻第1号,37-46.
須加美明(2002)「ソーシャルワークとしての側
『ヘルパーの能力開発と雇用管理』,19-38,
面からとらえた介護福祉での援助技術」『長
勁草書房
野大学紀要』第24巻第2号,35-44.
石田一紀(2000)「介護福祉労働の一般的特長と
Strauss, Anselm & Corbin, Juliet(1990)Basics
専門性」一番ヶ瀬康子監修,日本介護福祉学
of Qualitative Research: Grounded Theory
会編『新・介護福祉学とは何か』ミネルヴァ
Procedures and Techniques. Sage Publications.
書房,71-91.
(=1999, 南裕子監訳『質的研究の基礎‐グラ
- 77 -
ンデッド・セオリーの技術と手順』医学書院.)
田中由紀子(2000)
「在宅介護の援助技術」一番ヶ
田中由紀子(2000)「ホームヘルパー」井上千津
子編『ケアマネジメントと在宅ケアの総合展
開』東京法令出版,108-122.(田中2000a)
- 78 -
瀬康子監修,日本介護福祉学会編『新・介護
福祉学とは何か』ミネルヴァ書房,218-226.
(田中2000b)
障
害
者
「半農半X」というコンセプトをいかした精
神障がい者の就労支援
A
いうことの違いにある。私的には、後者の概念で
使っていることが多い。
また、「都市農地とは何か」であるが、一般的
NPO法人くるめ・一歩の会
には、三大都市圏(東京、名古屋、大阪を中心に
院前期 2008 年卒 宮 秋 道 男
した)の「市街化区域」内に広がる農地と整理が
されている。
☆問題意識
本来、法律(都市計画法 1969)が想定したの
地方では「農地を福祉的に活用」している事例
は、その区域内から、10年後には農地・農業は
は少なくないが、都市部でもそれは可能か、可能
なくなるというものであり、そのための誘導策(宅
ならばそれを実現したいということが、ソーシャ
地並み課税、1971)が実行された。しかし、現実
ルワーカーを自認する私自身の問題意識だった。
には都市農家の抵抗もあり、地方自治体の応援も
それを解明するには、三つのアプローチがどうし
あって、農地はなくならず、
「生産緑地法」(1974)
ても必要であった。
「相続税猶予制度」(1975)が制定されて、制度的
1)農業と福祉をつなげることの意味と、その
効果をさぐる
な担保が行われたことで、減少はしているものの、
都市農業は健闘しているのである。
2)都市農地を確保・保全することの社会的な
意味と、その方策をさぐる
そして実態として成立した「都市農業」を応援
するかのように、
「食料・農業・農村基本法」(1999)
3)持続可能な「都市農地を福祉的に活用した」
モデルをさぐる
の中で「国は、都市及びその周辺における農業に
ついて、消費地に近い特性を生かし、都市住民の
ここで、言葉の概念と文章の意味を整理してお
需要に即した農業生産の振興を図るために必要な
く。まず「農業」。農業を産業の一つとして理解
施策を講ずるものとする」(36条)と明定し、戦
するならば、その農業と「福祉とつなげる」とは、
後の法体系の中で初めて「都市農業」をとりあげ
「農業」を就労の場所として考えられないか、と
た。だが、今現在、その施策は未だ見えてこない
いうことであるので、就労の可能性、さらには、
し、その結果として都市農地の保全策は不十分で
そのメリット・デメリットという次元で考えれば
ある。「都市農業と福祉をつなげる」とは、都市
いいことになる。
農地の保全策、都市農業の応援策の一つとして、
しかし、農業をもっと広い概念、「自然環境に
福祉の出番を考えようというものでもある。
働きかける営み」としてとらえるならば、「福祉
とつなげる」という意味は、違ってくる。当然な
☆実証的研究として始める
がら、その効果なり意味、また、そもそもの根拠
以上の問題意識を温めるだけでなく、それらを
(「つなげる」前に「つながるのか」という意味で)
実証的に解明すべく、地元で、くるめ・一歩の会
が問われてくる。
という団体を結成して、農地を確保して(2010年
この違いは、農業への着目点・注目点の違いか
5月段階、2000平米余)、そこでの活動に大きく関
らきている。つまり、農業という営みの「結果」
わりながら、すでに6年となった(その間、本学
に着目するのか、その「過程」に着目するのかと
に修士論文を提出)。
- 79 -
この間の私たちの一歩の会の活動を通して、確
い。一般に、1000平米の畑で、毎日休みなく働き、
実に変わり始めた方(統合失調症の方)たちがい
収益性の高い野菜(コマツナやほうれん草など)
る。ある方は、それまで気分が持続せず、次から
を作付けても、年間100万円あるかないか。都市
次に職や関心事を変えてきた、いわば「移り気」
部の農地の地価が、平米あたり10万円ちょっとす
の方が、一歩の会の仲間と一緒に農作業を続ける
るのに。つまり、1億円から2億円する土地(資産)
なかで、1年から2年と確実に定着し始めた。通っ
を使って、得られる収入は、年間わずか100万
ている医療機関からの評価も高く、ドクターも私
円! しかならないということだ。だからなのか、
たちの畑に顔をだして私たちの実践に注目してく
農協は農業の技術指導よりも資産・財産活用(不
れているようだ。
動産として)に重点をおき、農家に駐車場やマン
基本は簡単なことかもしれない。他の社会復帰
ションづくりをすすめているかのようだ。
施設等で行われていることと同様に、
それらのこともあって農業をやめる人が多い。
①指示は具体的に、わかりやすい言葉を使う。
昨年、一歩の会が事務局になって立ち上げた研究
「このぐらい」とか「だいたい」はダメ。
会(都市農地の市民的活用研究会)の調査による
②作業はメリハリをつけて、1時間程度の作業
と、この10年間で、市内の耕地面積は、2割減り、
が続けば、必ず休みをとる。
農業人口も半減した。農業所得においても3割以
③それぞれのできないことを気にするのではな
く、できることに着目する。
上の減だ。戸あたりの平均所得は、91万円とい
う数字をつかんだ。農家での聞き取りの中で、
「農
④あんまりムリは強いないが、ちょっとだけは
ムリをする。
業することはガマンすること」が強調され、「農
作物の価格は安すぎるし、世間は農業のスピード
などを気にかけて、作業をすすめている。
がわかっていない。今日、注文すれば明日持って
あとは、農業の、環境の持っている(治癒)力(松
きてくれると思っている」など、嘆きの声が多く
尾英輔 2005)を信じ、また日々のドラマに感動
聞こえてきた(2010 都市農地活用研究会)。
をいただくだけだ。共同作業を通じて。
また、全国でワースト2の耕作放棄地の多い山
梨県に足を運び、現地・北杜市で、都会との交流
☆収益性のアップ、収入確保をめざす
を通じて、元気をとりもどそうとする取り組みを
そんな彼らが、稼ぎたいと言い始めた。一人は、
NPOが仕掛けている状況を視察したが、そこで
生活保護受給者。一人は年金と親からの支援があ
も農業そのもので収益をあげているのではなく、
る方だ。支えるスタッフとしても同様で、いつま
国の助成金、企業の資金が使われているだけで、
でもボランティアというわけにはいかず、それに
決して持続力がついたとはいえない姿を見てし
は限界がある。
まった。(同上)
実は、NPO法人くるめ・一歩の会は、障がい
者福祉施設をめざしていない。そんな密度の高い
☆着目したことは、農作業の結果ではなく、過程
(!)施設では、彼らのエンパワメントにはつな
だった。
がらない、効果的なエビデンスも得られないとい
結果物として農産物があるが、それを如何に付
う、以前、作業所に勤めた私なりの仮説がある。
加価値をつけても限界がある。一歩の会としても、
①なるだけ多くの方と接すること。②しかも、ご
大根1本を1000円で売りたいところだが、有機無
く自然に。そんな環境の中で、彼らの成長がある
農薬栽培だからといっても、その価格ではだれも
(高木俊介、岩尾俊一郎 2009)。また、私たちの
買ってくれない。価格はちょっと高めに設定。障
成長があると考えているからだ。
がいのある方も店に出るので、わかりやすいよう
しかし、農業だけではそれほど収入が見込めな
に、統一価格に設定した。パッキング段階で適正
- 80 -
価格の範囲内で、その量で調整している。年間40
やりたいことをして積極的に社会にかかわってい
品目ぐらいが店頭に並ぶ。常連さんもいて毎日ほ
く」ライフスタイルである。「Xは人それぞれが
どほどに売れている。こうして年間の売上げ額は、
見つければいいし、人の数ほどある」とも言う。
何とか100万円を超えた。農家の平均所得を超え
半農半ボランティア、半農半NPO、半農半コミュ
たということである。
ニティビジネス、半農半ヘルパー、半農半クリエー
あんまり結果を出そうとすると、過程がおろそ
ター……。
かになる。それで過程をもっと大事にし、過程そ
そもそも、くるめ・一歩の会のような組織では、
のものを「売り」にできないかと考え始めた。「精
農業だけでは、自立的な「福祉団体」は成立しな
神障害者の社会適応訓練事業」という制度がある。
いと考えた。かといって、障害者自立支援法の適
一日に3~4時間、週に3~4日、訓練として勤
用を受けることは、ソーシャルインクルージョン、
務する。東京都の場合、事業所に、1日あたり
社会的事業所をめざす趣旨に反する。だが、「半
3千円ちょっと落ち、そのうち、障がい者に訓練
農半X」として、団体を見直すことはできそうな
手当てとして(交通費、食事代に相当)、千円支
のである。私自身も、そのXとして別の稼ぎを得
給するというものだ。障害者自立支援法(就労移
ているのだが、障がいのある彼ら・彼女らの特性、
行支援や就労継続B型)では、ざっくりカウント
力を「売り」にしたモノとして何があるかと考え
しても、1日6千円程度だから、単価的には、ま
た時に、当事者による当事者のためのケア=ピア
ずまずか。一歩の会のポリシー(障がい者を多く
カウンセリングがあることに気づいた。そのピア
受け入れない)にも合致するので、社会適応訓練
カウンセリングを活用する場所のひとつして、グ
事業の受け入れ先として登録手続きをとり、現在
ループホームがあると考え始めた。
参加する当事者の方々を、その訓練生として、受
障害者自立支援法でのグループホームは、常勤
け入れた。
換算で、1.5人が人員配置基準である。その1.5人
訓練生という扱いに変わったけれど、基本的な
のうち、いくらかを障がい者当事者が担う。その
関係はこれまでと変わらない。やってきたことは
ことによって障がい者の確かな雇用の場が保証さ
同じだから、当然である。だけど、団体に落ちる
れる。農業に関わりながら空いた時間にグループ
お金(事務費)があって、収入がちょっぴり増え
ホームの世話人の仕事をする。こんな勤務体制が
た。半年で、60万円。このお金を使って、スタッ
できないかと、いまウキウキしながら、模索を始
フの間での核になっている方の人件費にあててい
めたところである。
る。年間で100万円ちょっと。現在、2人だから、
就労支援というと、仕事を取り組む気持ちを高
その倍にすると、200万円ちょっと。そんなに多
め、必要なスキルの習得・向上が考えられるが、
くを望まないスタッフからするとこの程度でいい
それほどがんばらなくてもいい形で、就労につな
だろう。問題は、訓練生であり、障がい者当事者
がるものが、半農半グループホームではないか、
である。どうすればいいのだろうか。活路はある
そんな形を模索する活動が始まった。また、今年、
のか。そんな中で、いきついたコンセプトが「半
一歩の会では、自給農業を少しでもめざすべく陸
農半X」(塩見直紀 2003)だった。
稲(おかぼ)の作付けにも取り組んでいる。
☆半農半Xという生き方
<参考文献>
半農半X(はんのう・はんえっくすと読む)と
・『街角のセーフティネット 精神障害者の生活
は、塩見直紀氏が唱え始めたもので、「小さな農
支援と精神科クリニック』(高木俊介、岩尾俊
業で食べる分だけの食を得て、ほんとうに必要な
一郎 2009)
ものだけを満たす小さな暮らしをし、好きなこと、
・『社会園芸学のすすめ』(松尾英輔 2005)
- 81 -
集』(都市農地の市民的活用モデル化研究会 重度知的自閉性障害児者の地域生活を支え
る実践技能の検証⑤
2010)
-自閉性障害児に対する対人関係性支援における
・『農業でつなげる・つながる街の暮らし 資料
・『半農半Xという生き方』(塩見直紀 2003)
「集団あそび」活用療育-
・『ソーシャルインクルージョンの考え方』(住谷
茂 2004)
特定非営利活動法人 心身障害児者療育会きつつき会
代表 大曽根 邦 彦
Ⅰ.はじめに
当施設は、重度知的自閉性障害児者の地域生活
を支える実践技能検証の過程で、指定障害福祉
サービス事業の児童デイサービスにおいて、子ど
もたちの日常生活に近い「集団あそび」の場の活
用と、そこで得られた行動評価に基づいた「環境
調整」を、療育実施計画の中心に据えた発達支援
を進めてきた。
これまで、この集団活動を通した個別化療育の
手法は、ゆるやかな療育効果をもたらすものであ
り、発達障害児が示す緊急性の高い不適応行動事
例への適応には限界がある、と考えてきた。
しかし今回、対人関係性に課題を持つ発達障害
児が、自傷他害を伴う不適応行動を示し、家庭崩
壊の危機に直面した事例について、密な「医療支
援」に基づいた「集団あそび」の活用と「環境調
整」による集中支援を行ったところ、短期間で不
適応改善効果が見られたので、結果を報告し、こ
の支援手法が持つ対人関係性修復作用について考
察を進める。
尚、この報告については保護者の承諾を得てい
る。
Ⅱ . 方法
1.集団あそびの療育活用
支援実務においては、ソーシャル・グループワー
クの手法を用いている。その焦点は、「集団」活
動から生まれる相互作用の力動と、「あそび」が
持つ自己表現や、人・物・空間と有機的に結びつい
た活動によって生まれる、心と身体の欲求発散に
伴う浄化作用の活用である。特に、療育の道具立
てとして10名以内の小集団が持つ人間関係過程
- 82 -
と、その中での子どもと支援者を含めた相互作用
利用者が集団を形成しているが支援者対利用者集
に着目している。この人間関係過程の相互作用は、
団という関係が成立しているB「個別・集団」の
n(n-1)通りの対人交流として数値化され、支援
形態とは異なる。すなわち、Cの形態のように、
者を含めて5名で構成される集団の場合であれ
支援者自身が集団の一員としてその人間関係過程
ば、支援者と子どもの対人交流を加えた20の人間
に組み込まれた中で、自己認知と自己訓練を前提
関係過程自体を支援の道具立てとし、言語・非言
に、自らの個性をも道具立ての一部として行う療
語の自己表現と心身の浄化作用を持つあそびを媒
育、ということになる。
介として療育を進める手法、ということである。
この、あそびを媒介とした療育を行う集団活動
2.環境調整と医療支援
の場は、図のAのような「個別」の形態や、利用
「環境調整」においては、初期面談ならびに家
者を集めて個別に働きかけるB「個別・複数」や、
庭訪問による不適応場面の行動観察と、「集団あ
図:療育の場の構造
A
(1)
‫ܬ‬
()
(4)
(16)
(20)
=
=
- 83 -
そび」の場で得られた不適応行動の背景に対する
Ⅳ.支援経過
気づきや、介入の手法と効果を元に、家庭におけ
①「集団あそび」行動評価
る対人関係性の修復に向けた「環境調整」支援を
まず「集団あそび」場での行動観察・評価を行っ
行う。ここで支援の焦点となるのは、発達障害児
た。
に対しては言語・非言語両面でのコミュニケー
Aは「集団あそび」の場で、幼児がおもちゃを
ション不足による「家族集団」内での「孤立感」
散らかしながら遊んでいるのを見て“僕ここだめ
への共感であり、家族に対しては育てにくさから
だ”と口にしたが、それに対して支援者は、Aの
生まれる育児の「焦燥感」や社会からの「孤立感」
心情やことばを“そうなんだ~”と受け止め、一
への共感である。特に相談受理初期導入段階で「共
方で“まだ小さいから、すぐに散らかしちゃうん
感と受容」に基づく関係性基礎構築が重要になる。
だ~”といった、否定の要素も、肯定の要素も含
また、発達障害児に対する療育導入段階での行
まない、率直な事実説明に努めた。このような働
動評価に、科学的な側面からの客観性を確保し、
きかけをきっかけに、Aは雑然としたなかで、約
療育を方向付ける基盤としていくために、医療支
1時間後には、幼児との人間関係も楽しみながら、
援を要とした家庭との連携支援の体制づくりを意
自由に遊ぶようになっていた。
識して進めている。特に導入初期段階では、支援
この様子から支援者は、Aは自分の意思を受け
者が保護者の依頼に基づいて主治医診察時に同席
止めてくれる場なら、適応できる潜在力を持って
し、あるいは当該児と待合室で一緒に過ごすこと
いる可能性がある、と推察した。
で問診時間を確保する等の対応を行っている。こ
の支援の焦点は、家族に対する多機関連携による
②「環境調整」評価段階
一貫した視点での支持体制の明確化であり、発達
次に、主訴を形成している家庭環境の要因を把
障害児を養育することに伴う社会からの「孤立感」
握するための対応を行った。
や育児の「焦燥感」「徒労感」の軽減である。
初回面談翌日の家庭訪問により、Aと姉弟との
間の小さな摩擦に母親が強迫的に過剰な形で姉弟
Ⅲ.事例概要
を守るように介入していること、そしてそれがA
事例 = A
の家庭内での「孤立」につながっていることが分
Aは小学校特別支援学級3年の9歳男児。知的機
かった。
能は平均以上で言語による疎通性自体は非常に高
支援者から“Aが本当はどうしたかったのか、
く、抽象的な表現も多彩で、相談時の診断名はア
声をかけずに、一呼吸見守って見ましょう”といっ
スペルガー症候群。現在の主治医による診断は高
た助言を繰り返した。
機能広汎性発達障害である。
家庭訪問面談中に、Aが支援者に見せたくて室
家族構成は父・母・小学6年の姉・A・幼稚園
内に放していた手乗り文鳥が、玄関方向へ飛んで
年中の弟で、相談時の主な課題は、姉弟への攻撃
いき、丁度弟が外から玄関を開けた場面で、Aが
を中心とした家庭でのパニック行動である。当時
弟に“早く閉めろ!”と怒鳴りつけながら玄関に
の主治医の処方による内服治療や特別支援学級で
走ったが、文鳥の存在を知らない弟は事態が飲み
の取り組みだけでは改善せず、母親はAが夏休み
込めず、ただ兄の気迫に萎縮して泣きそうになっ
に長期在宅することに伴う、家庭崩壊への強い危
ていた。これに対して母親は、Aが弟を叩くか蹴
機感を訴えており、緊急の集中的な支援を行った。
るかするのでは? と考えて弟を守るために駆け
寄ろうとしたが、支援者はこれを制した。
結果としてAは玄関にうずくまる弟には手を出
さずに、怒りに任せて弟の頭越しに玄関を強く締
- 84 -
めることで、ぎりぎりの自己抑制を示した。そし
の関連で、Aの苦手なあそびが出現すると、その
て、その直後に弟が宝物のようにして少しずつ食
場から逃走してしまうことも少なくなかった。こ
べていた「ぷっちょ」を、腹いせ紛れにくすねて
のような場面では、支援者の支持的な介入により
食べて見せて、弟を泣かせることで、自分に不安
A自身が集団からの「受容」を心地よいものとし
を与えた弟への仕返しをした。
て共感していたことを基盤に、支援者から“Aが
これを見た支援者は、“A君の不安感にも理由
得意なあそびも他の子が居るから楽しくなったの
はありましたよね。でも弟君には非はなかった。
では? 仲間が得意なあそびにAが参加してくれ
お母さんが止めに入りたくなる思いも分かりまし
ると他の子も楽しいと思うよ”などといった代弁
た。でも、もし止めようとしたらお母さんの心配
を繰り返した。
どおりに叩いていたかもしれません。今、お母さ
一方、家庭訪問や電話による連日の相談対応や、
んが止まってくれたことがA君にはいつもと違う
父母との面談等の家族支援を進めた。
ものに感じられたのだと思います。だから叩かな
これらの対応と並行し、薬の処方に対する不安
かったけれど、文鳥が外に出てしまうのでは、と
を起点とした医療不信への緊急支援として、母親
ドキドキさせられて悔しかったので、叩く代わり
からの文書による依頼に基づき医師に助言を求め
の怒りの表現としてお菓子をくすねた。それも決
ると共に、父母の意向に即し、継続的な医療支援
して良いことではないけれども、一番いけないこ
体制の再構築を側面支援した。
とと自覚している、叩くという行動を回避して、
害の少ない腹いせに代えることができた。A君は
Ⅴ.支援結果
お母さんの動きに何かを感じながらかなり頑張っ
1学期末の相談受理から、2学期始業日までの
たと思います。”とAに聞こえる形でAの代弁を
約1か月半の集中支援により、Aは「集団あそび」
含めた助言を行った。
の場において、支援者の仲介により自分が得意な
このような具体的な支援のなかで母親は、“見
あそびで十分に自己表現し、支援者や他児との活
守ると衝動性が少なくなる気がする”という手応
動の共有で心身の浄化も味わった。これらの、集
えを語り、Aは母親の介入の減少によって姉弟攻
団から得られる「受容感」に支持される形で、自
撃を思いとどまったり、自分の非を自ら姉弟に謝
分が苦手で他児が得意なあそびに加わる努力も示
罪することもできるようになった。
した。その結果、他児から“Aが来ると楽しい”
これらのことから支援者は、母親の育児に対す
という形でAへの期待感が示され、人間関係過程
る「焦燥感」がAの不適応行動の重要な要因になっ
の「受容」方向の相互作用から、Aは“僕が居な
ている、と推察した。
いとだめか”と口にし、集団への「帰属感」の芽
生えを示した。
③「集団あそび」
「環境調整」
「医療支援」連携段階
これらの経緯を、家庭に対する「環境調整」と
これらの、本人の不適応行動と家庭環境の評価
して伝えた結果、両親の中に“不安視されなけれ
を踏まえて、「集団あそび」の場の活用による本
ば、本来持っている適応力を出せる子”としてA
人支援、「環境調整」の家族支援、「医療支援」を
を「受容」する方向性が生まれた。
同時並行する、連携支援の段階に入った。
さらに、並行して進められた医療支援により、
「集団あそび」の場では、季節が夏であったこ
母親の医療不信やAに対する養育の負担感に伴う
とを活用し、Aが得意な虫捕りを支援者の仲介で
社会からの孤立感が軽減した。そして、意思・個
他児と共有することなどを通した、集団からの「受
性を尊重するという視点が家族全体に波及した結
容」体験の蓄積を重視した。
果、Aの家庭内での「孤立感」が軽減されパニッ
その一方で、他の子どもたちのあそびの指向と
クも急激に改善した。
- 85 -
Ⅵ.考察
る、TEACCHプログラムなどによる構造化等の技
今回の事例検証過程の中で、「集団活動に不適
法が、断片情報として一人歩きした結果、個々の
応を示す発達障害児を、集団活動を通して支援す
個性や障害特性、発達の多様性とは無関係に、物
る」療育実践の焦点に、「発達障害児が抱える集
理的・視覚的な構造化が困難な集団活動は、療育
団内での孤立感の軽減」が存在することに気づい
の手法として不適格である、との誤解が生じてい
た。すなわち、人間関係過程の「受容」方向の相互
たことが考えられる。 作用を生み出すことによって、“相手の立場を想
今回の事例では、緊急支援が求められる自閉症
像することの困難さ”を抱えた発達障害児の、対
(スペクトラム)児を含めた発達障害児について
人交流面での「孤立」が軽減された、ということ
も、集団活動による個別化療育に速効性が認めら
である。更に集団への「帰属感」の形成へと結びつ
れたということであり、50数年前にG.コノプカが
けることにより、発達障害児の集団活動に伴う不
指摘した、“家庭機能の代替ではない施設集団の
適応行動への直接的な療育効果が生み出された。
治療的活用”2)と、H.B.トレッカーが約40年前に指
そして、この「集団あそび」を通して得られた
摘した“支援者自身の自己認知と自己訓練”3)を前
行動評価と介入の結果に基づく、家族集団に対す
提とした専門的手法の確立が求められる。特に、
る「環境調整」支援は、家族の心理力動に対する介
ソーシャル・グループワーク理論を用いた手法に
入の焦点付けとして、的確であったと考えられる。
ついての、福祉系療育施設における実践的な検証
すなわち、“文鳥逃亡事件”を例に取れば、支
が必要とされている。4)
援者に見せようとしてAが籠から放したという点
においても、支援者はこの時点の家族集団の一員
謝辞
として、その人間関係過程の相互作用の心理力動
本稿をまとめるにあたって、筑波大学大学院人
に組み込まれた中で、施設での「集団あそび」の場
間総合科学研究科教授の宮本信也先生からご指導
での行動評価を元に介入した、ということになる。
を頂き、茨城県立こども病院の田中竜太先生から
このように、家庭を含めた集団活動に伴う不適
事例についての医療支援を頂きましたことを深謝
応行動の一部には、その効果の日常生活汎化を目
致します。
指す上で、集団活動を通した療育が最も有効であ
る事例が含まれていることが明らかになった。す
参考文献
なわち、小集団活動を通した療育はゆるやかな療
1)L.ウイング著,1996年・久保紘章、佐々木
育効果のみではなく、短期的緊急的な支援を要す
正美、清水康夫監訳『自閉症スペクトル』,
る事例についても、発達課題次第では十分に有効
東京書籍,1998年。
な手法であることが示された。
2)G.コノプカ著,1954年・福田垂穂訳『収
容施設のグループワーク』,日本YMCA同盟,
Ⅶ.おわりに
1967年。
これまで、発達障害児の療育、とりわけL.ウイン
3)H.B.トレッカー著,1972年・永井三郎訳『ソー
グらによって指摘された社会的相互作用・コミュ
シャル・グループワーク』,日本YMCA同盟,
ニケーション・想像力(こだわり)という「三つ
1978年。
1)
組みの障害」を持ち、原因として認知機能の障害
4)大曽根邦彦著,「福祉施設の小集団活動を通
が指摘されている自閉症(スペクトラム)児の療
した支援手法の検証-自閉性障害児に対する
育に際しては、その心理行動上の問題を助長して
対人関係性支援における集団あそび活用療育
しまう懸念から、集団活動の活用は敬遠されてき
-」,『さぽーと』645号,(財)日本知的障害
た。その背景としては、認知機能の障害に対す
者福祉協, 2010年。
- 86 -
自閉症児者に対する援助技術に関する研究
グ、ミラリング等の応用行動分析に基づく療法、
-接近援助技術の技法に焦点をあてて-
TEACCH教育プログラムにおける構造化等の援助
技法が療育に取り入れられている。先行研究では
日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科
自閉症児者に対する援助実践において、ある特定
博士後期課程 3年 山 内 貴 子
の療育プログラム(受容的行動療法等)を用いて
介入し、その結果を検証するというものは多数存
1.はじめに
在するが、人間関係形成の導入部分において必要
近年わが国においては、平成17年の発達障害者
となる接近援助の仕方、あり方そのものに関する
支援法の施行をはじめ、発達障害者に対する支援
研究は少ない。
が注目されてきている。なかでも自閉症は、「人
以上の問題意識より本研究では、自閉症児者を
間関係の障害」といわれており(石井2008)、そ
対象とする援助者の接近援助技術及び人間関係形
の特性として1.社会的相互交渉の障害、2.コ
成に関する援助技術を明らかにし、それを通して
ミュニケーションの障害、3.想像性の障害なら
自閉症児者にとって他者との距離にはどのような
びに硬直した反復的な行動パターンというものが
意味があるのかを探ることを目的とする。この研
ある。そして自閉症の障害特性に合わせた研究開
究をもって、交流事業の主宰者や交流教育の教材
発施策・処遇方法の充実のために、これらの特性
を作る保育士・教員、自閉症児者に対する援助者、
等に適切に対応できる人的社会的資源が必要と
自閉症児者の保護者のより良い援助活動の一助と
なっている。しかし現在、その人的社会的資源が
したい。
乏しいという状況にあり、結果的に自閉症児者が
地域社会から孤立する、あるいは行動障害等、2
2.言語の定義
次的障害の発生により、家庭や地域生活が危機
本研究では使用する言語について以下のように
的状況に陥りやすいという状況が報告されてい
定義する。
る(小林1998,村上2008)。自閉症児者への理解
や支援は必要であるにも関わらずその方法は専門
(1)接近援助技術とは
的技術を要し、それを習得していない地域住民や
接近援助技術とは、自閉症児者が自分の形成す
保護者、援助の初心者にとって自閉症児者に対す
る世界に他者が入ることを認める状況を援助者が
る理解や支援は容易ではないと考える。援助事例
作り出す技術、かつ援助者が各自閉症児者の安心
に関する先行研究においても、自閉症児者との初
できる範囲・距離を見出す技術である。さらに、
対面の関係形成において最初にどう関わるかとい
接近援助技術は自閉症児者の主体性・能動性と密
う点で苦労しており、自閉症児に対し、関わりた
接に関わっている。したがって例として距離を近
いがあまりその自閉症児に走り寄り、その児童は
づけようと、子どもの手を無理やり引っ張り子ど
パニック状態で逃げていってしまった、あるいは
もを引き寄せても、それは接近援助技術とはみな
両手を差しのべてしまい、その児童は脅えた表情
されない。接近援助技術に対する概念を図1に示
になった等、自閉症児を脅かしてしまったという
す。
事例が多数存在する。(石井1982,村上2008)。そ
の中には28年前の事例も存在し、人間関係形成の
(2)接近援助技術における距離とは
最初期の援助として接近援助技術が長年にわたり
援助的な距離を指し、それを構成する物理的距
試みられたこと、自閉症児者の安心感を脅かすこ
離と心理的距離の両方を想定している。援助的な
とのない関係づくりの難しさが明らかになってい
距離とは、各自閉症児者に対し最善の援助を行う
る。自閉症を対象とする援助療法では、モデリン
と試みる目的で関わる際に、相手との間におく距
- 87 -
㻌
᥼ຓ㛤ጞ㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 䜲䝧䞁䝖᫬䜔㞟ᅋሙ㠃㻌
㻌
㻌
接近援助技術
一般的な援助技術
㻌
㻌
㻌
㻌
㻌
᥼ຓ䛾⤒㐣㻌
㻌
㻌
とに変化すると仮定する。したがって、各質問を
タイプ別に聞き取った。
●自閉症児者援助技術者へのインタビュー調査質
問項目について
テーマ1:援助全般に関すること
①初対面の自閉症児者への人間関係形成の方法
図1 接近援助技術の概念
まず、初対面の自閉症児者に対する人間関係
離をいう。物理的距離とは方向や単位で表せる距
離をいい、心理的距離とは、例として、援助の場
づくりの難しさと工夫を教えてください。
②初対面以降での日常生活上の援助への導入と
面において各自閉症児者に対し「今は行動を要求
実行
せず待つ」「今はその自閉症児者の気持ちを優先
A.日常生活上の支援(作業の参加・食事な
する」といった、相手の内面の状態を視野に入れ
ど)を、あなたと対象児者で行う際、そ
た配慮等を含めた哲学概念的距離をいう。
の誘い方と実行についての困難さと工夫
を教えてください。
3.調査
B.次に、自閉症児者同士の関係を作ってい
(1)目的
く際の誘い方と実行についてお伺いしま
一定期間援助経験を有する自閉症児者援助技術
す。日常生活上の支援(作業の参加・食
者に対し、実際の人間関係形成に関わる援助経験
事など)を、みんなで一緒に行う際、そ
を聞き取り、その答えを整理する。そのことによ
の困難さと工夫を教えてください。
り、自閉症児者に対する人間関係づくりに必要な
テーマ2:接近援助技術やそのあり方
援助を抽出する。それを基に接近援助技術をはじ
自閉症児者に対する距離の取り方について
めとする直接援助技術の技法を探る。
①自閉症児者にとって相手との間にとる距離に
はどのような意味があると思いますか。
(2)対象
②あなたの援助者としての援助における距離の
自閉症児者援助技術者15人に対する面接法に基
づく調査
取り方についてお伺いします。
A.物理的距離:その利用者との位置関係・
自閉症児者援助年数 接近の仕方・方向についての工夫を教え
A群:10年を超える援助者 5人
てください。
B群: 5年以上10年以下の援助者 5人
B.心理的距離:物理的距離とは別に心理的
C群: 4年以下の援助者 5人
距離を縮める、心と心が交流できるとい
う視点での援助の工夫を教えてくださ
(3)方法
い。
自閉症児者援助技術者15人に対し、以下の質問
C.本人が人に関わろう、接していこうとす
項目をインタビューする。自閉症には、言葉がな
るとき、本人の主体性や能動性が関係す
い、あるいはコミュニケーションのツールとして
ると思うのですが、本人の人間関係を形
使うのが難しいカナータイプ、言葉をコミュニ
成しようという主体性や能動性の発揮の
ケーションのツールとして使えるが、相手の気持
させ方について、工夫があれば、教えて
ちやその場の雰囲気を読み取ることが難しいアス
ください。
ペルガータイプが存在し、援助の技法もタイプご
- 88 -
4.分析方法
(2)KJ 法による分析結果2(一部)
KJ 法 分析結果1より抽出した中項目をとりあげ、一
調査によって得られた情報をKJ法により整理
定の援助者の援助体験に基づいた援助技術集を一
し、自閉症児者に対する直接援助技術及び接近援
部作成し、表2に記載した。これにより、A群B
助技術の技法に関するキーワードを抽出した。な
群C群がどのような援助の難しさを感じているの
お分析の際は著者を含めた社会福祉学を専攻する
か、そしてその際どのような援助を工夫していく
大学院生5人で行った。
のかを見ることができる。「初対面の自閉症児者
に対する人間関係形成について」という質問を見
5.分析結果
ていくと、カナータイプについてA群では、難し
(1)KJ 法による分析結果1(一部)
さとして「自閉症児者に合った距離の取り方の困
表1に、分析結果の一部を記載した。小項目が
難性」「自閉症児者への接近方法を見立てること
援助者の実際の声である。「子どもに合った距離
の困難性」を感じており、その際の援助としては
を見抜くことが難しい」「ちょっと距離を置いた
「自閉症児者の気持ちになる」「自閉症児者の安心
方が良い子もいる」「ある程度そばに居ても大丈
感の提供」「自閉症児者の気にならないように居
夫な子もいる」これら3つの援助方法を分析者5
る」ことが分かった、B群では、難しさとして「人
人で命名し「自閉症児者に合った距離の取り方の
に関する緊張感の強さ」「子どもの警戒心や不安
困難性」という中項目ができた。また、「近づく
の感じやすさ」を感じており、その際の援助とし
と逃げられた」「その子に接するとき、どういう
ては「距離をおいて観察」「子どもの遊びの共有」
ふうに近づいていったら良いか分からない」とい
「援助者は脅かす存在じゃないことの提示」を行
う小項目を命名し「自閉症児者への接近方法を見
うことが分かった。C群では、難しさとして「自
立てることの困難性」と言う中項目ができた。そ
閉症児者が何を伝えたいのかの理解の困難性」
「最
してこれらの中項目から「人間関係構築における
初の距離の取り方の困難性」を感じており、その
距離の取り方や接近方法の判断の困難性」という
際の援助としては「自閉症児者の表情や視線によ
大項目が命名された。
る気持ちや訴えの判断」
「同じ言葉の繰り返し」
「わ
かりやすく伝える」ことが分かった。
表1 A群の下記質問における分析 (一部)
質問:カナータイプにおける初対面での人間関係形成の難しさ
大 項 目
中 項 目
小 項 目
人間関係構築における距離の取り
・自閉症児者に合った距離の取り方
・子どもに合った距離を見抜くこと
方や接近方法の判断の困難性
の困難性
が難しい。
・ちょっと距離を置いた方が良い子
もいる。
・ある程度そばに居ても大丈夫な子
もいる
・自閉症児者への接近方法を見立て
ることの困難性
・近づくと逃げられた。
・その子に接するとき、どういうふ
うに近づいていったら良いのかわ
からない。
- 89 -
表2 自閉症児者に対する人間関係形成における援助技術集(一部)
質 問
A 群
B 群
初対面の自閉症児者に 難しさ
難しさ
対する人間関係づくり (カナータイプ)
について
(カナータイプ)
C 群
難しさ
(カナータイプ)
・自 閉 症 児 者 に 合 っ た ・人 に 関 す る 緊 張 感 の ・自 閉 症 児 者 が 何 を 伝
距離の取り方の困難
性
強さ
・子 ど も の 警 戒 心 や 不
・自 閉 症 児 者 へ の 接 近
安の感じやすさ
方法を見立てること
えたいのかの理解の
困難性
・最 初 の 距 離 の 取 り 方
の困難性
の困難性
工夫
工夫
・自 閉 症 児 者 の 気 持 ち ・距離をおいて観察
になる
・子どもの遊びの共有
・自 閉 症 児 者 の 安 心 感 ・援 助 者 は 脅 か す 存 在
の提供
ではないことの提示
・自 閉 症 児 者 の 気 に な
工夫
・自 閉 症 児 者 の 表 情 や
視線による気持ちや
訴えの判断
・同じ言葉の繰り返し
・わかりやすく伝える
らないように居る
6.考察
する」などの具体的かつ方法論的援助によるもの
この研究の結果、接近援助技術におけるA群B
と、「自閉症児者の気持ちになって考える」など
群C群の変化を見ていくと、表1ではA群が経験
の目には見えない哲学概念に関する技術など、複
するカナータイプに対する初対面での人間関係形
数の視点が存在した。援助技術の視点は1つに限
成の難しさの1つとして、「人間関係構築における
らずいくつかの要素で構成されていることが明ら
距離の取り方や接近方法の判断の困難性」が明ら
かになった。表2のような自閉症児者に対する人
かとなった。これにより接近援助に関しては援助
間関係形成における援助技術集はこの研究で得ら
経験を積んでいても、容易になるわけではないこ
れる重要な知見の1つである。援助技術の難しさ
とがうかがえる。また、表2のような援助技術の
群は、自閉症児者の援助をする際の「困難性の見
難しさ群と工夫群を見ていくと、A群B群C群共
通し」に役立ち、経験者の援助技術における工夫
通して、初対面の人間関係形成の難しさを感じて
群は、自閉症児者の援助をする際の「援助法の方
いる。A群とC群は自閉症児者との距離の取り方
向性を見出す」ことに役立つと考える。
に援助の難しさを感じており、B群は自閉症児者
の気持ちを図る部分に援助の難しさを感じてい
7.今後の課題
る。援助の工夫としては、A群は自閉症児者の気
本研究では、援助者に対するインタビュー調査
持ちに働きかけ、C群はその気持ちを表情や視線
をもとに援助者がこれまで作り上げてきた自閉症
を見て判断を試みている。それに対し、B群は距
児者への援助を整理していった。しかし今回は提
離を置いた観察や、遊びの共有等、より具体的な
示できた知見は研究の一部である。今後研究の課
援助を試みている。このように援助経験年数に
題として取り組むべきことに分析区分と調査対象
よって、援助に様々な特徴の違いが見られた。ま
人数についての検討が挙げられる。援助者が行う
た、援助技術には、「わかりやすく伝える」「観察
自閉症児者に対する援助は、経験年数だけではな
- 90 -
く援助経験施設の種類や形態によっても差異がみ
参考文献
られると考えられる。今後は援助者が自閉症児・
1)日本自閉症協会の要望 平成20年 石井哲夫
者どちらの施設の経験者なのか、入所施設の経験
2)自閉症の人々にみられる愛着行動とコミュニ
はあるか等、分析区分を増やし精査していきたい。
ケーション発達援助について 1998 小林隆
そして、調査対象人数についても追加することを
児 東海大学健康科学部紀要第4号 P63-75
検討し、本研究結果の信頼性を高めたい。
3)自閉症の現象学 2008 村上晴彦
4)自閉症児の交流療法めばえ学園と袖ヶ浦のび
ろ学園の実践から 1982 石井哲夫 東京書
籍
- 91 -
福
祉
運
福祉施設における外国人労働者の育成に関
する考察
営
用形態は19.9%が正規職員である。
また、厚生労働省が実施した、第1回(EPA)
インドネシア人介護福祉士候補者の実態調査によ
東京都福祉保健局高齢社会対策部
ると、(全53施設を対象に今年1~2月に施設長
狐 塚 七 重
や職員、利用者などから意見を聞いた。39施設の
528人が回答した。)介護サービスを受けた利用者
1 はじめに
の79%は、働きぶりを「高く評価できる」と回答し、
少子高齢社会の進行により、要介護高齢者は増
16%は、「概ね評価できる」と回答した。そして、
加する一方、就労人口の減少によって、将来にわ
利用者の45.4%、家族の56.2%は、候補者は元気
たって介護分野における人材が不足することは、
が良く、明るいので以前に比べて施設内が明るく
容易に想像できる。平成20年後半からの不景気で
なったと答えた
失業者が増加し、彼らを福祉分野で吸収するとい
しかし、この調査においては、ローテーション
う意見もあるが、介護福祉士専門学校の定員減や
職場で重要な、引き継ぎ、申し送りについては、
閉鎖等の状況から見られるとおり、福祉職場への
来日1年目の段階では、「平易な言葉でゆっくり
希望者は減少しており、福祉の人材不足は長期的
話しても一部支障あり」が、2割から4割あった。
には深刻化することは明らかである。
そのような状況の中、既に外国人労働者を受け
3 諸外国の外国人介護労働者
入れている諸外国の事例を踏まえ、今後わが国に
介護労働者は、看護師と異なり家政婦的な色彩
おいて、外国人労働者が福祉施設で役割を担える
が濃く、日本側が考えている介護福祉士と実態に
ことを目的とした施策について考察していきた
乖離がある(三浦和夫「人材ビジネスVOL20」)が、
い。
介護労働力の不足を解消するための方法として、
外国人を積極的に受け入れることで確保しようと
2 介護現場における在日外国人について
している国として、イタリアとギリシャが顕著で
平成22年3月に出された東京都社会福祉協議
ある。(EUにおける医療従事者・介護労働者の
会の「外国人介護者の受入れに関する検討委員
養成と就業・岡伸一季刊・社会保障研究V45P
会」によると、平成21年8月に都内の介護老人
253)
福祉施設389施設を対象に調査を実施し、316施設
ギリシャは、ギリシャ語という特殊な言語のた
から回答を得た結果(回収率81.2%)、在日の配
め、外国人がギリシャに同化することは難しいと
偶者・子など、日本語を母国語としない方で日本
されている。政府は、各種NGOの助言を受け、
国内での就労資格がある従事者が、32%にあたる
外国人にギリシャ語を教え、ギリシャで労働する
101の施設に計196人いることがわかった。こうし
ことを奨励している。その結果、今では、有能な
たことからも、既に外国人が日本における介護事
外国人介護労働者がギリシャ国内に受け入れられ
業の一端を担うようになってきていることが窺え
た。
る。ホームヘルパー2級の資格を有している者が
イタリアは、家族介護が一般的であったが、核
66.3%、介護福祉士は6.6%の13人にとどまり、雇
家族化により担い手が減少し、しかも公的なサー
- 92 -
ビスが未熟であるため、個人で介護労働者を雇う
人介護福祉士候補者については平成20年度から、
ことが一般的である。
フィリピン人介護福祉士候補者については平成21
1991年にイタリア国内の家庭介護労働者の中で
年度から、それぞれ受入れが開始された。
占める外国人比率は、16.5%であったが、2003年
経済連携協定では、一定の要件を満たすフィリ
には83.3%となった。北イタリアの特定都市では、
ピン人・インドネシア人が「介護福祉士候補者」
近隣諸国からの移民に技能訓練を施し、その結果
として入国し、日本の国家資格を取得するため一
に応じて移民受入れを認める政策を採用した。実
定の要件を満たす施設(受入施設)で就労・研修
際に介護移民を受け入れるホストファミリーは、
し、国家資格の取得後に介護福祉士として継続し
当初、外国人の介護に違和感を示していたが、時
て就労することが認められた。また、フィリピン
間とともに解消され、概ね評判が良い。特に出身
人介護福祉士候補者については、日本国内の介護
国での事前の準備訓練が普及してきて、イタリア
福祉士養成校に入学し、介護福祉士資格の取得後
での適合化を助けている。(同P254)
に介護福祉士として就労するコースも設定されて
いる。
4 EPA(経済連携協定)による介護労働者の
さらに、国家資格取得のために滞在していた間
受け入れ
に介護福祉士資格を取得できずに帰国したもの
(1)外国人介護福祉士候補者受入れまでの経緯
の、その後、短期滞在等の在留資格で再度入国し
経済連携協定に基づく介護福祉士候補者の受入
た際にわが国の国家試験に合格し、介護福祉士の
れは、これまでわが国において外国人労働者の受
資格を取得したフィリピン人・インドネシア人に
入れを認めてこなかった分野において、わが国と
ついての入国及び就労も認められている。
相手国の経済上の連携を強化する観点から、二国
これまでの介護福祉士候補者受入れでは全国で
間協定に基づき公的な枠組みで特例的に行うもの
平成20年8月にはインドネシアから第1陣104名、
である。それは、経済領域での連携強化であり、
(53施設)21年5月にはフィリピンから188名(92
介護分野の労働力対策が目的ではなく、労働市場
施設)、同年11月にはインドネシアから第2陣189
への影響を考慮して当初2年間の受入れ最大人数
名(85施設)が入国した。22年度はインドネシア
を600人と設定した。
は77人(34施設)、フィリピン人は72人(34施設)
そして、看護・介護分野の労働者の受入れを含
である。(資料1)
む日本・フィリピン経済連携協定、日本・インド
ネシア経済連携協定の発効により、インドネシア
資料1 受入れ状況(介護福祉士候補者)
国 籍
平成21年度
平成22年度
合 計
104人
189人
77人
370人
インドネシア
フィリピン
合 計
(53施設) (85施設) (34施設) (172施設)
188人
フィリピン
都
内
介
護
全
国
インドネシア
平成20年度
72人
260人
630人
(298施設)
(92施設) (34施設) (126施設)
6人
13人
6人
25人
(5施設)
(6施設)
(3施設)
(14施設)
46人
16人
5人
21人
(25施設)
(10施設)
(1施設)
(11施設)
- 93 -
(2)EPAに基づく受入れの概要
これ以外に、日本人と同等の給与が必要であるが、
EPAにおいて来日した介護福祉士候補者達
職員定数としてカウントできないことになってい
は、在留期間は、資格取得前は最大4年間(就労
る。施設にとって、これだけの費用を掛け効果が
コースの場合)、資格取得後は在留資格の更新回
あるならば、今後も継続していくだろうが、現時
数の制限はない。協定上定められた在留期間中に
点においては、この制度の先行きが心配である。
国家資格を取得できなかった候補者は帰国するこ
今年度、国の補助金が出ることになったが、研修
とになる。
費用のみの支援であり、一人当たり、23.5万円以
候補者の要件は、看護学校卒業者、又は4年制
内相当というものであるが、受入れ施設の負担は、
大学卒業者(インドネシアの場合は3年以上の高
この数倍もかかっているのである。
等教育期間卒業者)でかつ母国での介護士資格認
定者、となっている。(就労コースの場合)
5 これからの福祉人材の育成
彼らは、6ヶ月間の日本語教育を受けた後、実
(1)福祉職場の状況
習施設に配属される。なお、候補者の受入れを適
福祉の現場は、措置から契約の流れの中で「選
正に実施する観点から、国際厚生事業団が唯一の
ばれる施設」を目指して、利用者のQOLがよく
あっせん機関として位置づけられ、これ以外の職
なり、設備の改善が図られた。一方、介護に関る
業紹介事業者や労働者派遣事業者に外国人候補者
時間は、以前より長くなった。例えば、身体拘束
のあっせんを依頼することはできない。
の抑制から、センサーが多くなり、ベッドから降
りればセンサーがなり、車椅子から立ち上がれば
(3)EPAにおけるこれからの課題
センサーがなるといった状況は、「日々追いかけ
一番の課題は、国家試験合格である。同じよう
られるような介護」状況になった。
に入国した看護師は3回のチャンスがあるのに、
また、介護保険請求のために、記録は重要視さ
介護福祉士は1回である。試験に対してはチャン
れ、トラブルも措置時代のように実施機関任せで
スを増やして欲しい、ルビをふって欲しい、専門
はなく、施設で解決しなければならなくなった。
用語を分かり易い言葉に代えて欲しい等の要望が
このことは、介護職員にとって、ストレスが多
出ている。また、24年度以降は、6ヶ月の養成校
くなり、人件費の効率化は、低賃金と不安定な雇
の課程を修了することになっているが、現時点で
用状況を生み出すことになっていった。このこと
は、決定ではないようである。受入れ施設にとっ
が、日本人の介護職員が減少する一要因となって
て、国家試験に合格しなければ、期待する「安定
いると考えられる。
した介護福祉士の供給」が実現できないのである。
二番目は、施設に係る費用である。(資料2)
資料2 受入れ施設の負担金
求人申込手数料
求人申込書の審査・情報の翻訳・提供
あっせん手数料
31,500円(受入れ機関当たり)
マッチング・雇用契約の締結支援・来
138,000円(1名当たり)
日支援とガイダンス等
イ ン ド ネ シ ア・
NATIONAL BOARD及びPOEA
フィリピン手数料
35,000円(1名あたり)インドネシア
43,000円(1名あたり)フィリピン
滞
21,000円(1名当たり・1年間)
在
管
理
費
日本語研修機関支払 研修機関への支払
360,000円(1名当たり)
- 94 -
(2) 人材確保の方法
保障費の増大等のため、一定の縛りを掛けている
高齢社会における介護労働の占める割合は、大
と思われる。
きくなっていく一方、介護労働が魅力のない仕事
しかし、今後介護を魅力的な職業としたところ
で、なり手がいないことプラス少子社会が来る。
で、少子高齢社会においては、外国人の労働力に
このことは、介護職員の育成を、急務なものと
期待しなければならない状況が来る。
している。その対策として、①国内の失業対策と
そのためには、日本人に囚われることなく、ア
絡み、失業者を介護労働に誘導する。(緊急雇用
ジア全体で労働政策を考えていくことが必要であ
対策「働きながら資格を取るプログラム」等)②
る。
介護労働の社会的地位を向上させ、より魅力のあ
まず、①アジアに、日本語の介護労働を育成す
る職業と位置づける(介護職員のキャリアアップ
る学校を作る。月謝等は安価とする。(すでに民
システムの構築・介護職員処遇改善交付金)。③
間レベルでは実施されている)②福祉職場内に外
外国人を介護労働者として積極的に受け入れる
国人も日本人も同じ基準のキャリアアップシステ
(第4次出入国管理基礎計画検討内容)④介護ロ
ムを作る。③国家試験における介護用語の見直し
ボットを使って前期高齢者でも介護職員として働
や、難解な漢字を使用しない。実際的に、ケース
くことが出来るようにする。等がある。その他、
記録記入の際、難解な専門用語はあまり使用して
潜在的有資格者を掘り起こし、活用する案もある。
いない。④職員の宿舎整備に補助金を出す。
しかし、介護をされる側から見ると、介護は、
家族呼び寄せの社会保障の負担は、1企業の利
介護をすることが好きな人、人間が好きな人でな
益が後に全国民の負担になるという意見がある
ければ哀しいものである。そのためには、接遇面
が、これからの社会は、日本の国内だけで考える
で明るいといわれる外国人を人材確保の一分野と
のではなく、アジア全体で考えていかねばならな
して積極的に受け入れる方法を充実させていくべ
い。
きであろう。
6 終わりに
(3)外国人の介護労働育成
従来の福祉職場は措置制度により、給与は高く
日本においては、外国人労働者の受け入れは、
は無かったが、今ほど魅力のない職場ではなかっ
一定の要件を満たす場合に就労を許可する方法を
た。
採用している。それは、専門的・技術的分野の「高
それは、措置費の枠の中に、管理費と事業費の
度人材」の受入れに限られており、「単純労働者」
区分があり、職員の給与は一定額保障されていた。
については、実質的に受け入れない基本方針が堅
しかしながら、契約制度は、利用者がより良い
持されている。このような流れの中で、EPAに
サービス内容の施設を選択できるが、施設はサー
おいても、日本の介護福祉士の国家試験合格を基
ビス内容を充実するために、人件費をできるだけ
準としていると考える。現実には、日本人の多く
効率化する流れになってきた。 人件費の効率化
は介護福祉士の資格を持っていない職員も大勢働
は運営において、人材の育成を困難にする面もあ
いている中(名称独占)、外国人にのみ、資格を
る。一方、外国人が日本で働きたい理由のひとつ
メルクマールにしているのは、基本方針に加えて
は、自分の国で働くよりも高収入を得られること
①文化の違う外国人に、日本の介護の方法の一定
である。日本がこのことに応えられるならば、外
基準をマスターした証明が必要。②資格が無く、
国人の労働力に期待すべきである。
介護の仕事が好きというだけでは、日本人よりも
福祉現場は、不景気な時には人がくるが景気が
安い給与で働くので、全体として、低賃金となる。
良くなると、不足すると言われている。しかしな
③仕送りや外国人の家族呼び寄せ等からくる社会
がら、介護される利用者は、優しく親切で専門知
- 95 -
事に不快感を持つ利用者が少ないことは、EPAの
児童養護施設における多様性・困難性をふ
まえた施設形態の在り方に関する研究
介護福祉士候補者が証明している。
The availability of facilities' style through a standpoint
これからは、外国人の介護職員が、日本の施設
of Diversities and difficulties of children in the child
でどんどん働けるようなシステムが必要であると
welfare facilities
識を持った人の援助を求めている。外国人である
考える。そのためには、日本語や介護福祉士の国
研究生 院前期 2010 年卒 金 家試験に合格できる学校をアジアの中に作る支援
を充実させていくとともに、介護労働が魅力のあ
廷
Hyunjung KIM
るものとしていくようなシステムも構築するべき
である。
はじめに
1.研究の背景と目的
日本の児童養護は戦争による孤児への応急措置
的な集団主義養護から始まった。いわゆる大舎制
であり、大きな建物の中に養育者が2~3人、児
童は20人以上が生活を共にする血の繋がっていな
い大家族である。しかし、この大舎制は、限られ
た養育者と20人以上の児童では児童一人一人と
じっくり接する機会も少ないことや、児童が生活
を営むことの楽しさ、規則ではなく自由意思から
の生活力、児童のプライバシーが守りがたい環境
であるため、最小6人定員の小舎制へとその動き
が展開してきた。大きな建物から家庭に近い一戸
建ての施設形態として小規模化してきた(注1)
養護内容にも変化は見られ、命を守る保護的養
護から、退所後の自立を支援する支援的養護へ、
内的、外的な問題を持つ児童のための治療的養護
へと変わり、地域の子育てを共に担っていく相
談・支援的養護としてその機能も多様に展開して
きた。
こういった児童養護施設をめぐる変遷の中心は
入所児童の質的変化によるものであった。入所期
間の長期化や何らかの虐待をうけてきた被虐待児
の増加、知的障害、発達障害を持つ児童等、特別
な支援が要する児童の割合が6割前後と報告され
ている等、本来の養護施設の機能より専門的な支
援が必要とする機関としての変革が迫られてきて
いる。必要に応じた変換の中、国は平成12年、地
域小規模児童養護施設(以下、地域小規模施設と
記す)の制度化により、被虐待児や家庭復帰が不
明の児童を中心として、より家庭に近い家庭的養
- 96 -
護を実現するための施設小規模化への道を開い
と定義づける。
た。
養護施設における困難は「処遇困難児童」とい
小規模化は規模が小さくなったことにより、子
う言葉にし、浅倉ら(1996)はこれを「職員側か
ども一人一人の個がよく見え(高橋、2006)、児
らみた処遇の困難さであって、職員の通常勤務の
童のより多様なニーズへの対応に応えるように
中では解決しきれない問題・困難を指している」
なったが、それを担っていく職員のストレスと負
と説明している。入所児童の困難ということを職
担により、バーンアウトにもなりかねない環境と
員側からみていく困難という視点で、捉えている
して懸念の声もあげている。しかも、小規模化は
ことを参考とし、ここでの入所児童の多様な課題
ケアの質の向上のため、職員への専門的な援助ス
を基にし、困難性を捉えた。「困難性」とは「入所
キルにもその重要性を呼びかけているが、実際に
児童の施設での生活と職員の職務を危うくし、支
1人の勤務で6人の子どもを受け持つ環境の中で
援への難しさを表す児童の状況」と定義づける。
のケア(生活の中での治療等)は実現できるもの
か、むしろ職員の意欲を潰すことにもなり得ると
調査概要
思われる。被虐待児の増加、質的ケアの向上など
1.調査対象
による家庭的養護の拡充を提唱している中、小規
全国の地域小規模児童養護施設(2008年6月長
模化により生じた問題の解決に直面する必要があ
谷川ゼミナールにより)の担当職員(常勤職員)
ると思われる。
を対象とした。全国141か所に郵送し、回収数は
上記の児童養護施設の現状をふまえて本研究は
55 ヵ所回収され、そのうち集計対象となったの
今後、日本における児童養護施設の小規模化に関
は職員103枚(有効回収率38.3%)である。
する研究の一環として、小規模化と共に浮上して
きた多様性のある児童とその児童の生活支援を担
2.調査内容
当している職員の困難の実態と課題を明らかにす
①運営状況10項目②運営指針4項目(自由記述)
ることにより多様性と困難性両方をふまえた上で
と職員の個人属性③ホーム概要10項目④入所児童
の求められる施設形態のあり方を提言し、今後の
の状況4項目(自由記述1項目)⑤勤務上、生じ
児童養護施設の各施設形態をふまえての小規模化
る困難及び満足28項目⑥日本版バーンアウト尺度
計画の一助となることを目的とする。
(田尾・久保1996)17項目(藤岡(2002)により
一部用語を変更したものを使用)にて調査を実行
2.「多様性 」、「困難性 」 の定義とそのとらえ方
した。
「多様」は「いろいろ異なるさま、異なるものの
多いさま」(広辞苑 岩波書店)という二つの側
3.調査方法
面を持っている。浅倉と峰島(1996)は「児童の
調査票は自記式質問紙調査で、2009年9月から
多問題化」とし、「登校拒否、初期的な非行、その
10月までに実施した。郵送にて行い、質問紙の中
他情諸障害などの問題があり、家族と地域の学校
には、職員のプライベートな内容も考慮したこと
での養護が困難である児童」といっている。
「多様」
から調査票と一緒に同封した封筒に封じ、郵送し
というのは困難にまつわる側面を持つと考えられ
てもらうようにした。
ている。これをもとに本論文では、「多様性」を捉
えるにあたって、現児童養護施設で課題の入所児
4.分析方法
童の多様化の現状も踏まえて「既存の施設入所児
①インタビュー調査や文献調査により分類分け
童の対象を含めての被虐待児や発達障害児、知的
をした「多様性児童」の実態を把握するために、
障害などの特別な養護が必要とする児童の状況」
多様性の定義に従い、記述統計表を作成した。
- 97 -
㻌
spss14
試みた。まず、地域小規模施設で勤務する常勤職
②困難感による施設の困難性の実態を明らかに
員の困難項目に関しては「児童の対応」、「他への
するため、施設ごとの常勤職員の困難感の合計か
影響」、「勤務体制」、「近所との関係」、「職員間の
ら平均を求め、平均を基準とし、グループ分けを
理解」の五つの困難項目の合計を得点化した。そ
した。「困難感高施設」と「困難感低施設」とし、
の平均から高群を「困難感高施設」、低群を「困
各多様性児童の分布を示した。
難感低施設」とした。(満足項目も同様)
③それから困難性による施設内の職員の困難感
地域小規模施設職員のバーンアウト尺度の3つ
の関連を明らかにするため、各困難性が影響する
の尺度の結果は、ここでは注意と要注意、危険の
困難感をしるために、困難性の各項目に任意の数
項目に絞り、見ていくと情緒的消耗感の注意、要
字5をかけ、それを出した合計の平均を求めた。
注意を占めている職員が全体の中、15%、脱人格
求められた平均から「困難性多」と「困難性少」に
化の注意、要注意を占めている職員が全体の中、
グループをわけ、職員の困難感との相関とt検定
19%で個人的達成感の注意、要注意、危険を占め
を行った。
ている職員は全体中、46%で半分近くの職員が個
④最後に現施設形態に合わないと思われる児童
人的達成感を感じにくい環境で勤務をしているこ
及び、その理由を調べ、対応をカテゴリー分析に
ととなる。
て行った。
表1.多様性のある児童(複数回答可)
結果
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1.地域小規模施設における多様性のある児童の
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実態調査<表1>
地域小規模施設には312名の児童が入所してお
り、そのうち155名(49.7%)が多様性児童だと
答えた。その中で、診断名のある児童が30施設
で36.8%、障害の疑いのある児童は27施設で13.8%
だった。この二つの項目に関しては重複を認めて
ないので、6割近くの児童が何らかの障害の兆し
があるということとなる。
内向的問題を持っている児童は20施設で155人
のうち、23.9%の児童が、外向的行動に関しては
30施設がそういった児童を抱えており、多様性児
童中、31.6%だった。被虐待の児童は68.4%が虐
待を経験していることとなる。
2.地域小規模施設の職員の困難感による施設内
の多様性児童の実態調査
1)職員の困難感・満足感・バーンアウト
(常勤職員103名の回答を得、男性職員32名、女性
職員70名(無1))
困難感と満足感に関しては、分類分けができない
ことから平均から高群と低群にわけ、その傾向を
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- 98 -
5
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2)困難感高低施設の多様性児童の実態
童」と「内向的問題」、「外向的問題」を抱えている
「困難感高施設」と「困難感低施設」の多様性児
児童の困難性に影響されている傾向があることが
童の分布を<表2>に示した。
示唆される。
「困難感高施設」と「困難感低施設」が抱えてい
る多様性児童は前者が92名、後者が63名であった。
3.困難性による職員の困難感との関連 <表2>の多様性児童の分布から項目間のパーセ
1)児童の困難性と職員の困難感の相関
ントを見ていくと、「困難感高施設」が「困難感低
児童の5つの困難性の項目と職員との困難感の
施設」より、上回っている項目は、「診断名のある
中での変数同士の関連を知るため、Pearsonの相
児童」、「内向的問題」、「外向的問題」を持つ困難
関係数を用いて結果を出した。
性の項目であり、「障害の疑いのある児童」、「被
「内向的問題」と「困難感」、「満足感」、「情緒的
虐待児」の場合は「困難感低施設」の方の比重が高
消耗感」の間にはある程度の相関があり、「外向的
いことがわかる。
問題」と「困難感」、「情緒的消耗感」、「脱人格化」
この結果から職員の困難感は「診断名のある児
の間には中程度の相関があった。「診断名のある」
㻌
と「被虐待児」は「脱人格化」の間に弱い相関があ
表2.困難感高低ホーム児童
るが、「疑いのある」はほとんど相関がない。
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92 100.0
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92
64.1
35.9
100.0
47
16
63
22.2
77.8
100.0
2)児童の困難性によるt検定
上位の内容をふまえ、児童の困難性によるt検
定を行った。「内向的問題」を持つ児童の多い施設
に対して職員の困難感、情緒的消耗感が高いが、
満足感に関しては低いことがわかる。それは、
「内
向的問題」の児童が多いほど、職員の満足感が低
くなることとなる。<表3>
表3.内向的問題(多、少)による困難感
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1.60
1.32
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0.444
0.504
0.503
0.475
0.444
44.104
㻌㻌㻌㻙㻞㻚㻟㻠㻡
52
㻌㻌㻞㻚㻜㻞㻞
44.104
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0.500
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㻖
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25.4
74.6
100.0
<表4>にも同じように、「外向的問題」による
困難性に関しても職員の困難感と情緒的消耗感、
74.6
25.4
100.0
脱人格化の群間で有意を示した。それは、「外向
的問題」の困難性の児童が多い施設に関して職員
㻺䠙㻝㻡㻡
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が感じる困難感、情緒的消耗感、脱人格化も同じ
く高いことが考えられる。
- 99 -
5
㻌
㻖
表4.困難感高低ホーム児童
考察
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እྥⓗၥ㢟 ᗘᩘ ᖹᆒ್ ᶆ‽೫ᕪ
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㻡㻞
1.子どもの生活の営みにふさわしい環境の整備
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㻌㻌㻌㻙㻟㻚㻝㻠㻣
多様性・困難性を明らかにしてきた。これらの結
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㻝㻚㻤㻞㻟
㻡㻞
㻌㻌㻌㻙㻞㻚㻠㻣㻤
㻡㻞
㻝㻚㻢㻡㻠
㻡㻝㻚㻥㻠㻠
これまで地域小規模児童養護施設で入所児童の
㻖
果を踏まえ、困難性が多い児童の場合、同様に職
員の困難感が高かったが、実際、問題化されてい
るケアの対象である被虐待児への職員の困難感は
㻖㻖
㻌㻌㻙㻞㻚㻤㻢㻡
有意ではなかった。もしかしたらそこには潜在的
要因がある可能性があると思われる。
㹮㸺ࠉ㹮㸺㸬
高橋は「家庭の中で傷を受けた児童にはその過程
4.現地域小規模施設に合わない児童の実態
の環境尾の中でこそ、癒される。」と「生活の中
地域小規模施設の54施設中、17施設(31.5%)
での治療」つまり小規模化を出張している。
に施設形態に適していない児童がいると答え、
家庭とは、児童の本来の姿が出せる環境であり、
児 童 の 人 数 で 見 る と 多 様 性 児 童155名 中、20名
それはある意味、児童が養育者に対し、自分から
(12.9%)となっている。職員との関連で満足感・
自分の状態の信号を出せる場所でもある。その
バーンアウト尺度のt検定を行った結果、「困難
チャンスをタイミングよく掴むことが職員の専門
感」、「満足感」、「情緒的消耗感」が有意であった。
性にもつながることでもある。信号を思うまま、
(*p<.05)
5
自由に出せる環境を形成することも大事であり、
その児童の困難性に関しても「内向的問題」、
「外
まだ表に出ていない要因を見つけ、それを自らわ
向的問題」の項目から相関・有意であった。(**p
かり、解決できるように支援するためにも子ども
<.01) の生活の営みにふさわしい環境の整備が必要とさ
現施設形態に合わないと思われる児童に関して
れよう。
その理由を自由記述として記入してもらった結果
「攻撃的行動が目立つため、指導に限界を感じ
2.継 続・安定した施設運営のための職員支援
る」、「職員との対立、対物・対人問わず、暴力行
(スーパービジョン実施の強化とコンサル
為を行う。そのため1人泊まりのGHでは対応困難、
テーション実施の体系化)
独占欲も強く、他児に手厚い対応ができない」な
原田(2003)19は職員が感じる処遇ストレスは
ど、職員の待遇の面での苦労や一人体制がほとん
「子どもへのネガティブな感情」と「セルフエス
どである小規模施設での児童との関係を一旦整理
ティームの低下」に影響していると指摘している。
し、考える場としての逃げ場のない環境による対
小規模化による互いの影響が拡大されることによ
人関係の修復の困難や一人勤務の職員の不安等が
り、処遇ストレスが職員自身にも養育に対する自
見られた。
信への低下を招いてしまう可能性は大きくあると
地域小規模施設での困難性の対応に関して、本
思われる。
体施設に移動してもらい、複数の職員によりケア
継続・安定した施設運営のためにも職員支援(コ
をする、あるいは小規模施設に応援職員を配置す
ンサルテーション実施の強化)が必要とされ、児
るとの取り組みをとっているのがわかる。地域小
童の困難性を生活の中で直面している職員に対し
規模施設は職員一人にはまかなうことができない
て困難性の理解や接し方を習得するためのコンサ
現状にまで児童の困難性は深刻になってきたと思
ルテーションを行う機会を増やす必要があると思
われる。
われる。
- 100 -
3.施設形態を踏まえての考察
の困難性による危険もより大きくなると思われ
内向的問題・外向的問題を持つ児童に対して特
る。
に職員の困難感が最も関連していたことからも,
そのため、本体施設とは別の小規模施設への支
一人勤務という不安・負担の改善案としても,養
援を中心とする仲介的役割の性格を持つ施設が必
育環境を維持するための施設のシステム的な支援
要である。緊急時の対応、地域小規模職員へのサ
の必要性は大きいと思われる。
ポート的な機関、地域との仲介的役割を果たす機
第一は、本体施設のバックアップ体制による役
関、本体施設と連絡、連携を伴う機関として位置
割分担の機能である。地域小規模施設において児
づけられよう。
童の問題行動の対応として「本体施設への移動」
小規模施設の増加に伴い、援助する側をさらに
の項目が多かった。本体施設では複数の職員が対
援助していく体制の拡充はより活発に行われる余
応することもでき、危険な場目に遭遇したとして
地がある。
も,どこかで必ず職員の助けが来る。しかし、危
機条件において地域分散型による小規模施設は頼
結論
れるところがないともいえよう。そのため、本体
施設環境に合わせた支援ではなく、特別な支援
施設におけるバックアップ体制や難しい児童の対
を必要とする児童に対してもその特性に合わせて
応に専門的に関わる専門的支援職員が必要である
支援できる体制として児童養護施設は変化して行
と考えられる。
かねばならないと改めて思わせた。
第二に地域の中にもう一つの仲介的役割を果た
地域小規模施設の多様性と困難性の現状と課題を
す施設の設置である。地域小規模施設は地域密接
知ることは重要であり,今後、小規模化により問
型であり、本体施設との距離で最小5分から最大1
われていく児童と職員の両方の福利を踏まえての
時間といった距離にて生活を営んでいる。 施設形態のあり方の基本的資料としてはその価値
本体施設の基でしか運営が難しい地域小規模施
は大きいと思う。施設形態の特徴からの現状の研
設にとっては遠ければ遠いほど、本体施設からの
究も実証的に進めていきたいと思う。
バックアップ支援の提供範囲から遠ざかり、児童
- 101 -
地域の生活と福祉
西東京市人にやさしいまちづくり計画にお
ける地域福祉の視点
―計画策定とその進行管理からの考察―
らの進行管理についても関わっている。
Ⅱ 研究結果の要旨
1 西東京市の概要
江戸川大学総合福祉専門学校
院前期 2004 年卒 三輪 秀民
(1)合併の経緯
2001(平成13)年1月21日、旧田無市と旧保谷
市が合併し、西東京市が誕生した。
「平成の大合併」
Ⅰ はじめに
として、東京都では唯一のケースである。2011(平
1 研究の視点
成23)年1月には10周年を迎える。
西東京市は、2007(平成19)年12月に制定した「西
(2)人口・世帯数
東京市人にやさしいまちづくり条例」(以下、「条
人口は195,285人、世帯数は90,189世帯(平成22
例」という)に基づき、2008(平成20)年4月か
年6月1日現在、住民基本台帳による)となって
ら1年をかけ、2009(平成21)年3月「西東京市
いる。
人にやさしいまちづくり推進計画」(以下、「まち
(3)地勢
づくり計画」という)を策定した。同計画を策定
東京都の北西部の武蔵野台地に位置し、練馬区・
するための組織として、市内在住・在勤者から構
武蔵野市・小金井市・小平市・東久留米市・
(埼玉県)
成される「西東京市人にやさしいまちづくり推進
新座市に隣接している。面積は15.85である。
協議会」(以下「協議会」という)が、また、「ま
ちづくり計画」を実際に実施するために西東京市
2 「まちづくり計画」の概要
役所の庁内関係13部門から構成される庁内委員会
(1)計画策定の目的
が発足した。
すべての市民が快適で,安全・安心に暮らして
協議会メンバー 10名の中に2名の福祉関係者
いけるまちを実現するため、人にやさしいまちづ
が委員となっているが、「まちづくり計画」に地
くりの推進に必要な施策を総合的・体系的に示す
域福祉の視点を反映させたいとの西東京市の意向
ことを目的としている。
が窺われる。
なお、市民・事業者の理解と協力が不可欠であ
そこで、「まちづくり計画」が、①地域福祉の
ることから、ハードとソフトの両面からの取り組
視点がどのように反映されているのか②どのよう
みを検討・設定するとしている。
な意義を持っているのか③どのように実施されて
(2)計画の位置づけ
いるのか、などについて考察し、今後の課題を提
「西東京市における人にやさしいまちづくりの
起したい。
総合的な指針」として位置づけられ、上位計画・
関連計画との整合・連携が必要であるとしている。
2 研究の方法
<上位計画>①西東京市基本構想・後期基本
筆者は、協議会メンバーの一員として、「まち
計画②西東京市都市計画マスタープラン
づくり計画」の策定に参画し、また、「まちづく
<関連計画>①福祉関連計画(西東京市地域
り計画」がスタートした2009(平成21)年4月か
福祉計画・西東京市高齢者保健福祉計画・
- 102 -
介護保険事業計画・西東京市障害者基本計
課ごとに、「施策と取り組み内容」・「施策と進捗
画・西東京市次世代育成支援計画)②交通
状況」がとりまとめられた。70の施策(事業)の
関連計画(西東京市交通計画)③みどり・
評価を「A:進展が顕著である、B:進展してい
環境関連計画(西東京市みどりの基本計画・
る、C:進展していない」に分けて分析したとこ
西東京市環境基本計画)
ろ、「A:15事業、B:34事業、C:21事業」となり、
(3)期間
49事業(約7割)の施策に進展があった。
2009(平成21)年度から2018(平成30)年度ま
での10年間となっている。
4 協議会について
(4)基本理念
「市民」・「関係団体」「学識経験者」の3区分と
「住んでみたい・住み続けたい・住んで良かっ
なっており、市民から4名(うち公募市民2名)、
たと思えるまちへ」
関係団体から3名、学識経験者から3名、合計10
(5)3つの基本方針
名の委員から構成されている。10名の委員のうち、
①だれもが人にやさしい支えあいのまちづく
福祉関係者は2名となっている。
り
協議会は、条例第9条に規定されており、「まち
②「もの」と「心」のバリアをなくすまちづ
くり
づくり計画」のほかに、大規模土地の取引や大規
模な開発事業に関し、市長に意見を述べることが
③安らぎが感じられるまちづくり
できるとされている。
(6)3つの基本目標
①やさしい心と主体性をはぐくむ取り組みの
推進
5 条例について
平成19年12月に制定され、平成20年4月に施行
②すべての人にやさしい公共空間づくり
された。条例第7条に、「まちづくり計画」の策
③市民・事業者の協力によるやさしいまちづ
定が規定されている。また、条例第3条に、4つ
くり
の基本理念(①市民・事業者・市の協働②総合的・
(7)施策(事業)について
計画的実施③環境への配慮・緑化計画への配慮④
「条例の周知と基本理念の普及・啓発」など担
バリアフリーのまち)が示されている。
当課が行う施策(事業)は70に及んでいる。
(8)計画をより充実するための方策
Ⅲ 考察
①アンケート調査の実施
今回の研究で、以下の5点を考察した。
②パブリックコメントの実施
③市民説明会の実施
1 「人にやさしいまち」の定義について
子どもにも理解できそうな「人にやさしいまち」
3 「まちづくり計画」進行管理の概要
とは、具体的にはどのようなまちであろうか。
(1)進行管理の方法
この点に関しては、条例の前文で述べられてい
施策の進捗状況について、定期的に調査を行な
る。「人にやさしいまち」とは、
「高齢者も若者も、
うとともに、点検・評価を行い、必要に応じて修
障害のある人もない人もすべての人が安心・安全
正していく。その実務は事務局(都市整備部都市
に暮らせ、自由に行動できるまち」であるとして、
計画課)が行い、協議会に報告し、協議する。
西東京市は「住んでみたい、住み続けたい、住ん
(2)平成21年度の進行管理とその評価
でいて良かった」と思えるように「人にやさしい
2009(平成21)年度における実施状況について
まち」を築きあげるとしている。
は、「各施策の進捗状況(調査表)」により、担当
地域福祉の視点からいいかえると、「人にやさ
- 103 -
しいまち」とは、「ノーマライゼーションとバリ
市民目線で策定することができた。
アフリーの実現を目指すまち」ということができ
パブリックコメントは、2008(平成20)年12
よう。
月18日から2009(平成21)年1月29 日までに実
施し、7名の方から25件の意見をいただいた。
1
2 市 民 および行政がそれぞれチームをつくっ
て参加する計画づくり
例:「市民・事業者・行政の認識の共有や合意形
成こそが必要不可欠である」
協議会は、市内在住在勤者10名の委員で構成さ
れている。いわゆるお仕着せの委員ではなく、各
5 進行管理の重要性
委員による討議は活発である。市民は会議を公聴
従来の行政の計画や施策の中には、実効が上
することが認められており、また、会議録は公開
がったのか否かという「評価」や「検証」の視点
されている。委員会は、計画策定までに5回開催
が欠けていたとの反省から、近年では評価制度を
された。また、アンケート調査・パブリックコメ
取り入れていることが多い。
ント・市民説明会などを実施することで、より多
「まちづくり計画」においても、同様である。
くの市民が参加することになった。
2009(平成21)年度に関しては、70の施策(事業)
一方、
「庁内委員会設置要領」が定められており、
について、A・B・Cの3段階で評価した。
庁内委員会は、企画部企画課長など13部門の関係
今後の予定としては、①毎年、各施策担当課よ
課長クラスの委員で構成されている。計画策定ま
り進捗状況についての報告を求め、②平成23年度・
でに、3回開催された。
平成26年度・平成29年度、の3年ごとに対する検
証を行い、③平成30年度に計画の見直し作業を行
3 地域福祉重視の視点
う、ことなどを予定している。
計画の位置づけで、福祉関連計画(西東京市地
域福祉計画・西東京市高齢者保健福祉計画・介護
Ⅳ 計画における今後の課題
保険事業計画・西東京市障害者基本計画・西東京
今後の課題として、以下の5点を指摘したい。
市次世代育成支援計画)の整合・連携とあり、ま
1 進行管理のあり方
ちづくり計画に生かされている。
施策(事業)を実施した結果がどうであったの
基本目標1における「1-3 ともに支えあう活
かという評価が重要であることは先に述べた。そ
動の支援」では、①地域における福祉人材の育成
の際、評価方法に工夫することも必要ではないか
と活動拠点の整備②高齢者のささえあいネット
と考える。近隣の自治体の評価方法を調査するこ
ワーク事業の推進③障害者の生活支援ネットワー
とも必要になってこよう。
クの形成、などがあげられている。
私見ではあるが、①評価基準として、進展の度
合いについて点数化するなど客観性を持たせる②
4 計画をより充実するための方策
事務局と協議会の全員で評価する③評価結果につ
2
アンケート調査 ・パブリックコメントの募集・
いて担当課にフィードバックする、などについて
市民説明会、などを実施することで、計画をより
検討した方がよいのではないかと考える。
1 市民:市内において在住・在勤・在学する者、市内に土地・
建物の所有する者または利害関係を有する者をいう。(条例
第2条(2))
2 アンケート調査:一般成人(20歳~ 64歳)1000人、障害者
200人、高齢者900人、合計2100人に対して行った。障害者
9団体(1団体あたり約20名)、高齢者44団体(1団体あた
り約20名)を目安とした。調査結果は、一般成人・障害者・
高齢者ごとに分析を行った。
2 庁内部局における計画の理念と目標の共有化
関連部局はそれぞれの計画や施策(事業)を所
管しており、「まちづくり計画」と直接的あるい
は間接的関連はあるにせよ、温度差があることは
想像に難くない。進行管理の視点から、まちづく
- 104 -
りの認識の共有を深化することが求められる。
5 西東京市民への本計画およびその基本理念
3 地域福祉の視点の視点
「まちづくり計画」の目指している基本理念や
「第2期西東京市地域福祉計画」の対象期間は、
施策(事業)の意義は非常に大きいものであると
2009(平成21)年度から2013(平成25)年度まで
考える。しかしながら、これらのことを西東京市
の5年間であり、4年後には第3期計画へと改定
民はどの程度理解しているであろうか。パブリッ
される。一方、「まちづくり計画」は10年計画な
クコメントを例にあげると、7名25件の意見が
ので、地域福祉計画との整合性が求められる。そ
あったが、20万人市民の母集団としては決して多
の他の福祉関連計画との整合性についても同様で
いとはいえないのではないか。本計画、特にその
ある。
基本理念の市民への普及推進の方法として、西東
の普及推進の強化
京市のホームページを活用するとともに、地域福
4 西東京市を取り巻く環境変化への対応
祉計画などの関連計画およびその策定委員会や進
「まちづくり計画」が策定されたのは、2009(平
行管理委員会との連携、さらに、西東京市社会福
成21)年3月である。10年間を見通した計画では
祉協議会の地域福祉活動計画およびその策定委員
あるが、今後の西東京市においては、①少子高齢
会や進行管理委員会との連携なども一法ではない
化の一層の進展②高齢者による一人世帯や夫婦世
かと考える。
帯の増加③マンションやアパートの増加に伴う自
治会(町内会)の崩壊④高層マンションの建設・
Ⅴ 社会福祉研究大会「地域の生活と福祉」分科
宅地開発による緑地や畑の減少、など西東京市を
会での助言者のコメント
取り巻く環境は今後急激に変化することも予想さ
1 助言者である菱沼幹男先生のコメント
れる。
(1)本計画において西東京市在住の外国人(約
前述第1項に記述した進行管理のあり方とし
3,000名、総人口の約1.5%)への対応につ
て、個別の施策(事業)の進捗状況だけではなく、
いて触れているか。(外国人在住者は全国
環境の変化を見据えた対応を考慮していくことが
平均で1.7%なので、西東京市の比率はむ
重要であると考える。
しろ下回っているが)
(2)本計画の関連計画として「教育関連計画」
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74.5㸣
57.6㸣
50.3㸣
26.3㸣
11.1㸣
- 105 -
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54.1㸣
35.8㸣
21.1㸣
20.2㸣
5.5㸣
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37.5㸣
25.7㸣
22.4㸣
12.4㸣
6.9㸣
地域福祉活動における社協の役割について
を含めてはどうか。
(3)「人にやさしいまちづくり推進計画」とい
-長野市社協のボランティア戦略から-
うテーマであれば、アンケートの対象と
して、一般成人だけではなく、中学生・
清泉女学院短期大学
高校生という若い層を含めた方がよかっ
安 藤 健 一
たのではないか。
(4)本計画は地域福祉計画に触れているが、
1.研究目的
第2期西東京市地域福祉計画は本計画に
日本における社会福祉協議会の歴史は、第2次
触れていない。触れておくべきではなかっ
世界大戦の終結に際し、日本において占領政策を
たか。
実施した連合国軍の機関である連合国最高司令官
総司令部(GHQ)が1949年に「社会福祉に関す
2 助言者のコメントに対する筆者の回答など参
考事項
る協議会の設置」を指示したことに始まるが、長
野県では、1951年8月18日に長野県社会福祉協議
(1)については、本計画は、高齢者、障害者
会が設立され、同年9月25日に長野市社会福祉協
あるいは外国人居住者など特定の層を対象とした
議会(以下、長野市社協)が設立された。
ものではなく、広く西東京市民(西東京市に在住・
長野市は、長野市の県庁所在地であり、1999年
在勤・在学する者など)を対象とした計画であり、
に中核市として指定されている。周辺の町村との
外国人居住者への対応については触れていない旨
市町村合併が2005年および2010年に行われた結
筆者より回答した。
果、人口38万7千人余の都市となった。一方、社
(2)~(4)については、研究大会の要旨と
協に関しては、市町村合併の結果、合併された町
ともに、後日、事務局に報告した。委員の一員と
村の町村社協は長野市社協と合併されることにな
して、計画改訂の際の参考としたい。
り、現在の市社協の職員数は、非正規雇用を含め
1千人を超える状態になっている。
本研究では、長野市社協が1987年から設置して
いるボランティアセンターの事業の中で、とくに
ボランティア事業「サマーチャレンジ・ボランティ
ア」(以下、適宜“サマチャレ”と略す)に焦点
をおき、その事業をPDCAサイクルという視点
で検証し、長野市社協がサマーチャレンジ・ボラ
ンティアを介して行っているボランティア戦略に
ついて考察を行うものである。
同センターの活動は、スタッフのみならず市民
の意見を活動に反映させており、そのためにボラ
ンティアセンター運営委員を市民から募ってい
る。筆者は、平成21年度から運営委員として加わ
り、運営活動に参加している。
2.研究の視点および方法
本研究は以下の2つの視点にもとづき、それぞ
れの方法を併用して行うものとする。
- 106 -
(1)アンケート調査の分析
希望をまとめると、男性は高齢者施設(13)、児
サマーチャレンジ・ボランティアの事前研修会へ
童施設(6)の順で多く、女性は児童施設(76)、高
の参加者から集められたアンケート用紙とその集
齢者施設(25)、地域(13)という順であった。両
計結果をもとに分析する。
者ともに「特記なし」つまり特別に希望する場所は
■調査の概要
ないという回答をした参加者が、有効回答数206
対象者:事前研修会出席者(参加者)317名
のうち38(18.4%)を占めているのが特徴である。
方 法:事前研修会に出席者全員に配布し、当
質問紙の項目7「今回の事前研修会で何が一番、
日(会終了後)に回収を行った。
ためになりましたか?」への回答は自由記述のた
実施日:2009年7月20日(月)
め、記述内容からコード化し7つに分類して整理
回収率:65.6%(提出者数 208名)
し、所属先とクロス集計し表1としてまとめた。
内 容:基本属性に関する項目(性別、所属)、
「心構え」とは、
「事前研修会に参加してボランティ
手続きに関する項目、活動先の希望、
アに行く心構えができた」という内容のまとまり
研修会に関する項目(シンポジウム、
である。以下、同様に「情報取得」は「事前研修
受け入れ先との打合せ、有益と感じた
会に参加して、ボランティアに関すること、ボラ
こと)、事後研修にする項目.
ンティア先で行う活動内容、施設の情報がわかっ
以上 上記に関する8項目(記名なし)
た」というもの、「目的確認」は「ボランティア
に行く目的や参加したいと思う気持ちの確認ある
(2)PDCAサイクル
いは再確認ができた」というもの、「打合せ」は
P(plan)は計画、D(do)は実施、C(check)
ボランティア先の職員が同席して行う打合会を研
は評価、A(action)は改善をそれぞれ意味して
修会内で行っているため「施設の職員さんと日程
いる。この一連のプロセスを経て、更に良きサイ
や内容についての具体的な確認や打合せができ
クルを生み出し、正のスパイラルを生じさせてい
た」というもの、「感想」は一番タメになったも
くという考え方である。このPDCAサイクルに
のを挙げずに研修会全体に対する感想を綴ってい
もとづき、
るもの、「記述なし」は無回答のものである。
上記のアンケート結果とサマーチャレンジ・ボ
ランティアとの関連を分析する。
「情報の取得」が最も多く、次いで「記述なし」、
「目
的確認」、「心構え」の順になっている。
表1 研修会でタメになったこと
専門学校生
社
会
人
心構え
10
9
2
0
21
情報取得
43
46
2
0
91
事前研修会における質問紙形式の調査は、毎年
行われているが、年によって参加者の広がりに若
合
計
高
校
生
中
学
生
3.研究結果
干の違いがみられる。2009年度の参加者を所属別
にみると、中学生、高校生、専門学校生、社会人
であり、短大生や大学生の参加はなかった。有
効回答数は206であり、中学生が82(男女比14:
68)、高校生が109(7:102)、専門学校生が11(8:
3)、社会人が1(0:1)、不明が3(2:1)であった。
目的確認
打合せ
感想
記述なし
6
15
2
0
23
10
10
1
0
21
1
0
0
0
1
11
29
4
1
45
このように回収されたアンケートは女性のものが
多いのであるが、参加者全体の性別による傾向と
サマーチャレンジ・ボランティア実施のプロセ
しても女性の割合が多い状況である。
スを長野市社協ボランティアセンターにおけるP
参加者によるボランティア活動をしたい場所の
DCAサイクルとしてまとめると次のようにな
- 107 -
る。
まで足を運ぶのは交通の便や移動の時間等の問
P…昨年までの実績やアンケートの結果から、
題で難しいというアンケート結果もあった。ま
次年度の予想等をもとに計画を作成する。
た、住民生活に根ざす活動を目指すため、研修
D…計画にそって、サマチャレを実施する。
会の開催場所を4カ所へと増やす改善策が出さ
C…サマチャレが計画にそって実施されている
れた。
か、また実施したかを確認する。
②参加者がボランティア先を開発可能…09年度ま
A…実施した内容が計画(目的)にそっていな
では参加者へのボランティア先希望調査(応募
い部分を調べて改善策を講じる。
時に記入)をもとにスタッフが配属先を割り
ボランティアセンターの運営委員とボランティ
振っていたが、参加者の自主性を尊重し、自ら
アセンターのスタッフは、それぞれ幾つかのワー
選び、配属先を新規に開発することも視野に入
キング・グループ(以下、WG)に分かれ、具体
れた。
的な運営活動を行うのであるが、サマチャレを扱
③ボラ内容理解のため委員も体験…机上の論議に
うのは活動開発研究会というWGである。このW
ならぬよう運営委員がサマチャレの一部に参
Gによってサマチャレについて議論され、結論が
導かれている。
加・観察ができる仕組みを設けることにした。
④サマチャレに続くボラ活動の開発…サマチャレ
P…計画段階で問題になったのが、09年度も含
での体験をさらに継続できるよう年間を通した
め、ここ数年の参加者の減少傾向である。WGで
プログラムの開発など、多様なニーズに対応し
は「ボランティアをする高校生などに、高いハー
たチャレンジ・ボランティア・プログラムの開
ドルを求めていたのではないか?」との議論にな
発について議論された。
り、「ボランティアをしたい気持ちを重要視」し
たボランティア活動への導入方法を検討した。ま
4.考察
た、08年度のアンケート結果から「事前にボラン
長野市社協におけるボランティアセンターで
ティア先の様子が知りたい」という参加者の傾向
は、表2のようにそれぞれが役割を担う形でPD
があり、「事前研修会で受入施設の職員と十分な
CAサイクルを形成していることが考察される。
コミュニケーションが取れていない」のではない
また、長野市社協はボランティアセンターに象
かと考察した。また「充実したボランティアをし
徴されるように、スタッフのみでなく、運営委員
たい」との要望もあり、これには受入施設職員がう
やボランティアの参加者が織りなす活動により、
まくコーディネートできていない可能性が示唆さ
住民参加型の運営を行い、住民の自主的な参加を
れており、ボランティアセンターのスタッフが施
実現している。さらに、組織内だけで完結するこ
設職員と打合せをして、より良いボランティア環
となく、市民との協働によってPDCAサイクル
境を構築することも検討し、計画づくりを行った。
を確立し、ボランティア国際年で掲げられた4つ
D…参加者の募集を実施し、300名を超える応
の目的を具現化している。図1に示すように、こ
募があった。事前研修会の実施においては、ボラ
のような三者の協働によりボランティア活動を推
ンティアの受入施設職員も参加する形態にし、施
進していくことが長野市社協のボランティア戦略
設職員と参加者が相談できる時間を設けた。また、
であると考察される。
研修会後には、アンケート調査を実施。サマチャ
本研究は、社協がもつ機能の一部を取り上げた
レも各施設で行われ、事後研修会も実施した。
が、それも完成したものでなくプロセス上にある
A…前述の09年度のアンケート結果などから次
ものである。今後も継続した研究を行い、社協の
年度に向けて改善策が考えられた。
もつ機能を明らかにしていくことは、地域福祉の
①研修会を4カ所で実施…ボランティアセンター
発展にとっても重要であると考えている。
- 108 -
表2 PDCAサイクルとそれぞれの役割
P(計画)
スタッフ
D(実施)
・スタッフ会議
・スタッフ会議
・昨年度の反省
・学校等へ連絡
・アンケート分析
・運営委員会で検討
・現場視察
・活動視察
・聞き取り
・反省点の明確化
・運営委員会へ報告
・改善点の明確化
・運営会議
・事前研修会
・運営会議
・反省点の明確化
・昨年度の反省
(講師として)
・アンケート分析
・改善点の明確化
・新規アイデア
・事前研修会
・実施状況のチェック ・新しい仕掛け考案
・研修会プラン
(運営スタッフ)
・申し込み
参加者
・事前研修会に参加
・ボランティア先選定 ・ボランティア活動に参加
ᅗ 1図1 長野市社協のボランティア戦略
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A(改善)
・現場との連絡
・事前研修会
運営委員
C(評価)
・スタッフ会議
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- 109 -
・参与方法の改革
・事後研修会への参加
高
齢
者
B
自己存在空間の認知(マップ・イメージ)
の形成と心理的安定に関する研究
野(徐・松下 他2001)、心理学の分野(本間 ―高齢者と若年者の比較を通して―
成されるマップ・イメージの質に関する研究は不
1992)、(岡本 1992)等で研究されているが、形
十分であり、不安感との関係を調べたものは見当
日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科
たらない。一方、福祉分野では、中島・中村(2005)
博士前期課程 鄭 春 姫
が施設入所者も地域を生活の場とすることを提言
しており、「介護サービス従事者の研修体系のあ
はじめに
り方について(平成18年3月全国社会福祉協議
本格的な高齢社会を迎え、在宅での生活が困難
会)」等で外出支援の重要性の提言は行われてい
になり、施設・病院に移行する高齢者も多い。施
るものの、自由に外出できない生活の不自由さが
設入所といった環境の変化は、高齢者の運動機能
日常生活にもたらす弊害を科学的に実証した研究
や精神状態に悪影響を及ぼしており、能動性の低
は見あたらない。外出は、ただの散歩ではなく、
下、自信・自尊心の低下が報告されている(中島
マップ・イメージを広げる方法とし、心理的問題、
2001)。
身体的問題の改善策と考える必要がある。
特別養護老人ホームなどの入所施設では、入所
そこで、本研究では移動体験(外出)の有・無
者の精神面への配慮などが行われているが、認知
によって形成されるマップ・イメージの質的違い、
症高齢者の徘徊・帰宅願望など、見当識障害によ
心的安定感とマップ・イメージの質の関係、及び
るBPSDが見られるように、入所者には、そもそ
若年者と高齢者の違いを科学的に検討することを
も「自分は、今このようなところにいる」という
目的とし、要介護高齢者のケア改善の一助とした
自己存在空間の認知が不足しているように思われ
い。
る。
本稿では、自己存在空間認知能力を『自分の存
方 法
在する位置に関して二次元、三次元的マップ(以
本研究では、移動することでマップ・イメージ
下マップ・イメージと略)を頭の中に形成する能
が広がりをもつことを基本仮説とし、①部屋から
力であり、ランドマークその他の建物・物の位置・
動かない、②建物内だけは案内されて移動する、
形状及び空間の部分・全体の雰囲気等の主観的認
③建物内と建物周辺を案内されて散歩する、とい
知も含まれる』と定義する。
う3つの条件の違いにより形成されるマップ・イ
施設の入所者は、入所時に車で連れて来られ、
メージの種類、質的違いを実験的に検討する。そ
施設の位置、周囲の環境はよく把握できていない。
して形成されるマップ・イメージと不安との関係、
また、大規模施設における人手不足や安全管理を
若年者と高齢者の差異を明らかにする。
理由に敷地外への外出支援はほとんどなされてい
対象者は、若年者(平均年齢31.60歳、男:女
ない現状がある。当然、上記マップ・イメージは
=2:3)と高齢者(平均年齢77.37歳、男:女=
十分に形成されないままでの生活を強いられるこ
13: 17)各30名ずつで、若年者・高齢者を各10
とになる。
人ずつA、B、Cグループに分ける。
マップ・イメージの研究としては、建築学の分
対象者は1名ずつ学外から目隠し状態で車いす
- 110 -
に座り、実験場所(大学 介護実習棟)まで誘導
ⅱ)「見上げる」:目の位置が低くなる。
され、開眼で<表1>の順番で実験セッションを
ⅲ)見下ろす:目より高いところから「見る」。
行う。 ③視線の位置
ⅰ)前:自分の姿が「見えない」。
表1 実験の流れ
㸿⩌
㹀⩌
㹁⩌
ࢭࢵࢩࣙࣥ㸯 㒊ᒇ࡛
㒊ᒇ࡛
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ⅱ)後ろ:目で見ているように、自分の後ろ姿
<セッション4>としてイメージ調査を行い部
別の群差、③各群の若年者・高齢者間の違いをx2
屋の壁の向こう側に何が見えるかを開眼口頭で回
検定し、その結果を<表2>に示した。x2検定の
答させる。質問は正面、後ろ、左側、右側、上側
結果、①「イメージ種類」
「視線の高さ」
「切り替え」
の5方向に対しイメージしてもらい、『○○方向
において0.1%水準で、A、B、Cの群間に有意差
の壁のすぐ向こう側に何が「見え」ますか』『そ
がみられた。②若年者・高齢者別の群差は「イメー
の向こう側に何が「見え」ますか』『さらに遠く
ジ種類」、「視線の高さ」、「切り替え」において有
は何が「見え」ますか』の奥行きを3段階順番で
意差がみられた。そして、「視線の位置」におい
尋ねる。すなわち、1人に5(方向)×3(奥行
ては、若年者間には有意差がみられたが、高齢者
き)の15イメージを質問し、どのようなものが「見
間には有意差がみられなかった。③各群の若年者・
える」のかを回答させる。イメージを報告する際
高齢者間では、「イメージ種類」において、A群・
には、対象者に「質問に答える間は、振り向いた
B群・C群、
「視線の高さ」においてはB群・C群、
「視
りしないで、ずっと前を見てください」の指示を
線の位置」においてはA群・B群、「切り替え」に
与え、頭は常に正面を向かせておく。
おいてはA群・C群に、有意差がみられた。
不安測定は、STAI日本語版(清水・今栄1981)
<表2>における有意差がみられた部分に関し
の状態尺度を参考にし、作成した不安質問紙(自
て残差分析を行ったものである。この表からは以
記式)を利用し、4件法にて回答を得る。
下の内容を読み取ることができる。
が「見える」。
④切り替え:イメージの切り替えができる(例え
ば、シフトイメージから透視イメージへ)。
2.マップ・イメージの特性
A・B・C 群のマップ・イメージの種類・性質の
差異
A・B・C群のマップ・イメージの種類と性質
について、①A・B・C群間、②若年者・高齢者
①A・B・C群の特徴
結 果
ⅰ)A群の特徴:透視イメージは形成しやすい
1.しマップ・イメージの命名
が、シフトイメージは形成しにくい。「視
①イメージ種類
線の高さ」は、
「見上げる」傾向である。「切
ⅰ)透視イメージ:壁を透して「見る」。
り替え」においては「不可能」の割合が高い。
ⅱ)シフトイメージ:部屋に座っていながら、
ⅱ)B群の特徴:
「イメージ種類」「視線の高さ」
イメージ時は台所にいるように視点をシフ
トする
「切り替え」では有意差がみられないため、
特徴がみられない。
ⅲ)C群の特徴:シフトイメージは形成しやす
②視線の高さ
ⅰ)目線:イメージ時に目の高さで「見る」。
- 111 -
いが、透視イメージは形成しにくい。「視
表2 マップ・イメージ種類・性質に関するX²検定
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線の高さ」は、「目線」の高さが多く、「切
ように若年者・高齢者の違いが見られたが、各群
り替え」は「可能」の割合が高い。「視線
の若年者・高齢者間のデータからは、①高齢者内
位置」には各群に有意差がみられず、3群
ではA群よりB群、B群よりはC群が有意にシフト
ともに「前」が多い。
イメージに形成しやすい。②「切り替え」でも、
②各群の若年者と高齢者の特徴
高齢者内では、A群よりB群が、B群よりC群が「切
ⅰ)A群:「イメージ種類」で、若年者はシフ
り替え」の「可能」が多いことがわかった。
トイメージを形成しやすく、高齢者は透視
全体的に、マップ・イメージの「切り替え」は、
イメージを形成しやすい。「切り替え」に
シフトイメージから透視イメージに切り替えるこ
おいて、若年者は「可能」が多いが、高齢
とで、若年者も高齢者も「写真を見ているような」
者は「不可能」が多い。「視線位置」で、
高齢者は若年者より「後ろ」が多い。視線
「範囲が狭くなる」「ぼやける」など の回答が多
く出現した。
の高さでは有意差がみられなかった。
ⅱ)B群:「イメージ種類」で、若年者はシフ
3.不安の特性
トイメージを形成しやすく、高齢者は透視
(1) 不安度の比較
イメージを形成しやすい。
「視線の高さ」で、
今回の実験で、移動することは心的安定感とつ
若年者は「目線」の高さが多いが、高齢者
ながることを明らかにするために、各群で計3回
は「見上げる」傾向で、「見えない」の回
の不安度チェックを行った。その結果、群間に、
答は高齢者が多かった。「視線位置」では、
総合不安度と不安度合計点で平均差が見られたた
若年者は「後ろ」「見えない」が多かった
め、TurkeyのHSD法(5%有意水準)による多重
が、高齢者は「前」が多かった。「切り替え」
比較を行った。その結果、A群とB群に0.1%の水
には有意差がみられなかった。
準の有意差が、A群とC群間に5%水準の有意な
ⅲ)C群:「イメージ種類」で、若年者はシフ
トイメージを形成しやすく、高齢者はシフ
傾向がみられた。しかし、B群とC群間では平均
値の有意差がみられなかった。
トイメージが形成しにくく、しかも「見え
ない」が多かった。「視線の高さ」で若年
(2) 時系列での不安度の変化
者は「目線」が多いが、高齢者は「見えない」
各群の1・2・3回の時系列での不安の平均差
が多い。
「切り替え」には有意差がみられず、
を検定した。A群には時系列での不安の変化がみ
若年者のほうが高齢者より「見えない」が
られなかったが、B群とC群は1回目(セッション
少なかった。
1の後)に比べて2回目(セッション2の外出の
各群の若年者・高齢者間のデータからは、この
後)で、5%水準で不安の度合いが下がるという
- 112 -
傾向がみられた。さらにC群においては1回目と
形成されるマップ・イメージの質の合わせて考え
3回目においても5%水準の有意な傾向がみられ
るならば、自己存在空間定位の明確さのみならず、
た。
各方向のイメージの連続性及び視点変更可能なイ
メージの柔軟性が、人に心理的な安定を提供する
(3) 若年者と高齢者の不安度の違い
と考察される。
①各群での不安度の変化
私たちは、新しい土地に引っ越しした直後は不安
各群の若年者・高齢者間の差を検討するため、
であるが、生活行動により周囲の地理がわかって
「総合不安度」と「不安合計」を従属変数とし、
くると安心するという体験的事実がある。このこ
若年者・高齢者を独立変数とした分散分析を行っ
とは、移動体験により質の高いマップ・イメージ
た。その結果、A群、B群では「総合不安度」と
が形成されるためではないかということが考えら
「不安合計」の点数では、主効果が見られ、若年
れる。
者のほうが高齢者より有意に高かった。しかし、
C群では、「総合不安度」と「不安合計」では有
3.老化とイメージの質について
意差がみられなかった。しかし、B群とC群に「こ
加齢に伴う高齢者の能力の低下は、我々人間に
れから、外を1周案内します」と話したときに、
とって避けがたい生物学的、神経心理学的現象と
高齢群で「どれぐらいかかる?」「歩いて行く?」
いえるが、機能の一部は必ずしも容易に失われな
などの不安の声が多かった。
いことも事実である。
②各群の時系列での不安度の変化
本研究では、高齢者も若年者と同様にマップ・
各群の時系列での不安変化で、若年者・高齢者
イメージを形成することができる、移動すること
間の差を検討するため、分散分析、多重比較を行っ
で「シフトイメージ」が形成しやすい、マップ・
た。その結果、3群・全時系列で有意差はみられ
イメージを状況に合わせて変容できるなどマッ
なかった。
プ・イメージ能力については基本的に大きく低下
しないという結果が得られた。但し、高齢者は若
考 察
年者よりシフトイメージが形成しにくい傾向が示
マップ・イメージと移動体験
された。高齢者は、外に案内するときに「どれぐ
イメージの視点と柔軟性について
らいかかる?」「歩いて行く?」などの声が多く
本研究では、建物外への移動体験がないと透視
あり、身体能力の低下による移動に対する抵抗が
イメージが、移動体験があるとシフトイメージが
あると考えられる。このような、現実的な身体能
形成されやすいという結果が得られた。移動する
力の低下がイメージにおける視点の固定と関連が
ことにより形成されたシフトイメージは「切り替
あるのではないかと推察される。
え」しやすいこともわかった。このことから、シ
しかし、本研究の建物外への移動体験群は移動
フトイメージが形成されると「透視イメージ」も
体験がない群に比べてシフトイメージが多く出現
併存することが推察される。すなわち、建物外へ
することからわかるように、高齢者であっても外
の移動体験は状況に合わせて複数のイメージ種類
出するなどの方法で空間情報を取得すれば、シフ
を切り替えて使用するためにも必要であると考え
トイメージを持つことができるようになるといえ
られる。
る。すなわち、高齢者の記憶能力の低下により、
若年者ほどの細部詳細なマップ・イメージまでに
2.マップ・イメージの質と不安の関係について
はならなくても、移動体験により、高齢者もより
本研究では、建物外への移動体験が不安を大き
精密なマップ・イメージは形成可能であると考え
く減少させるという結果が得られた。このことを
られる。
- 113 -
4.高齢者介護における外出支援の意義
・中島健一、中村孝一(2005)ケアワーカーを育
高齢者が自立的生活を維持する上で、外出して
様々な活動にかかわり、他人との接触を継続的に
てる「生活支援」実践法、中央法規
・長山 泰久、本間道子(1992)移動と空間認知
楽しめることは、精神的・肉体的健康を維持し、
体力低下・健康不安増大に伴う諸問題を予防する
II-認知地図, 空間移動心理学 8章 福村出版
・中村豊、岡本耕平(1993)メンタルマップ入門、
上でも効果的とされている(MURONAGA Y. 2002 他)。
古今書院
・崔鐘根、小原 啓義(1994)空間理解における
しかし、高齢者の外出支援は、グループホーム
イメージの有効性、情報処理学会研究報告、自
等の小規模な居住環境では実施されているが、大
然言語処理研究会報告
規模施設においては人手不足・事故防止・病気の
・坂本,雅俊(2008)高齢者福祉サービスにおけ
進入防止等を理由にして行われていない施設もま
る教養と娯楽の施策についての考察、長崎国際
だまだ多い。外出支援は介護業務の中でも付加的
大学論叢
なものであり、しなければしなくてもよいという
・徐 華 , 松下 聡 , 西出 和彦(2001)、認知地図の
程度の「重要ではない介護」という認識が介護提
特性:回遊空間における経路選択並びに空間認
供者側にあるように思われる。
知に関するシミュレーション実験的研究(その
高齢者施設の認知症の周辺症状として徘徊する
2)日本建築学会計画系論文集
高齢者はよく見られる。これを心理学的に解釈す
・全国社会福祉協議会(平成18年)「介護サービ
れば、
「今いる場所が自分の居場所ではない」、
「こ
ス従事者の研修体系のあり方について 」(最終
の場所は安心できない」というサインであると言
まとめ)
え、本人にとっては、心理的に不安定で、なんら
かの要求があるから、徘徊していると考えられる。
建築時に、環境的に徘徊しやすいループ上の経路
を用意することが行われているが、本質的には、
何の解決にもなっておらず、心が落ちづく居場所
の作り上げが課題となる。
そこで、本研究で得られた移動体験-外出支援
によりマップ・イメージが広がりを持ち、心的安
定に繋がるというデータをもとに、高齢者の安心
できる生活を支援するためには、高齢者の自己存
在空間認知能力に合わせた外出支援方法を考える
必要性があると提言される。
参考文献
・原 千恵子(2007)認知症高齢者への心理療法-施設への訪問セラピー、日米高齢者保健福祉学
会誌
・MURONAGA Y.(2002)Proceedings of the
International Symposium on Urban Planning,
・中島健一(2001)、痴呆性高齢者の動作法、中
央法規
- 114 -
特定高齢者の主観的健康感に影響を与える
運動機能および日常生活上の変化
たることが報告1)されており、さらに「主観的」
であることから、これに対するアプローチ方法が
確立されていないのが現状である。特定高齢者の
日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科
介護予防事業では、対象者の運動機能や日常生活
博士後期課程 廣 瀬 圭 子
活動および生活習慣の側面からアプローチするこ
埼玉県立大学保健医療福祉学部理学療法学科
とが可能である。したがって、主観的健康感とこ
講師 田 口 孝 行
れらの側面におけるより具体的な因子との関連を
明らかにすることによって、主観的健康感を改善
1.はじめに
させるアプローチ方法の一つとすることができる
平成18年の介護保険法改正によって介護予防が
と考える。
重要視されるようになった。介護予防は、「要介
そこで、本研究では、特定高齢者に対する介護
護状態の発生をできる限り防ぐ(遅らせる)こと、
予防事業を実施することによって、「主観的健康
そして要介護状態にあってもその悪化をできる限
感」に影響を与えた運動機能および日常生活上の
り防ぐこと」と定義されている。要介護状態の発
事柄(日常生活活動・生活習慣)における主観的
生を防ぐための対象者は、要支援1・2の者、要介
変化について明らかにすることを目的とした。こ
護・要支援状態に至るリスクが高い高齢者(特定
れを明らかにすることによって、介護予防事業の
高齢者:平成22年8月の地域支援事業実施要領の
効果を示すことができるアウトカム評価指標につ
改正により「二次予防事業の対象者」とされたが、
いての検討、および主観的健康感を改善させるた
本研究は改正前に実施した研究であるため「特定
めにアプローチする必要のある日常生活上の事柄
高齢者」の名称を使用する)であり、特に特定高
について検討する資料を得ることができると考え
齢者を対象とした介護予防事業は要介護状態の予
る。
防に直結する事業として効果が期待されている。
特定高齢者の介護予防事業におけるスクリーニ
2.研究方法
ング評価指標およびアウトカム評価指標の一つ
1)対象者
として、「主観的健康感」が推奨されている。主
対象者は、A町とB市における介護予防教室に
観的な変化を調査することは、自己効力感(self-
参加した特定高齢者20名(女性:16名、男性:4
efficacy)と同様に行動変容を評価する指標として
名)とした。
重要であることが知られている。しかし、現在の
特定高齢者介護予防事業における対象者のスク
2)介護予防教室の実施方法
リーニング評価およびアウトカム評価の両方で、
対象者には筋力トレーニングとストレッチを中
簡略的な「主観的健康感」が用いられていること
心とした運動器の機能向上プログラム(1回1時間
に問題が生じている。スクリーニングでは、短時
程度、週1回、3 ヶ月間:計12回)を集団にて実
間に行うことができる簡略的かつ包括的な評価が
施した。また、運動への意識づけと習慣化を目的
求められるのに対して、効果判定では変化を鋭敏
とし、自宅でのホームプログラムを毎日実施させ
にとらえることができる評価が必要となる。その
た。運動指導者は毎回の介護予防教室において、
ため、介護予防事業の効果を抽出しにくい状況と
対象者別に現在の身体機能の具体的な改善を参加
なっている。したがって、アウトカム評価として、
者自身が認識できるよう肯定的な声かけに努め
効果抽出の精度が高い評価方法を検討する必要が
た。運動指導は2名の理学療法士が行った。
あると考える。
また、主観的健康感に関連する因子は多岐にわ
- 115 -
3)調査方法
4)倫理的配慮
調査内容は、主観的健康感、運動機能、日常生
本調査は、教室実施責任者および対象者に対し
活上の主観的変化とした。主観的健康感と運動機
て、調査の趣旨と意義、倫理的配慮等の説明を行
能の調査は介護予防教室実施前と実施後に行っ
い、同意した者のみ回答する方式として実施した。
た。日常生活上の主観的変化についての調査は、
また、書面にて同意書を得た。
介護予防教室実施後に行った。
(1)主観的健康感
3.研究結果
主観的健康感の測定には、介護予防事業のアウ
対象者20名のうち、主観的健康感が介護予防教
トカム評価として採用されている国民生活基礎調
室実施後改善した11名を「改善群」、変化がみら
査の質問項目を用いた。「現在の健康状態」につ
れなかった(実施前後とも「よい」と回答した者
いての質問に対して、「1:よい」「2:まあよい」
を除く)5名を「変化なし群」として分析を行った。
「3:ふつう」「4:あまりよくない」「5:よく
ない」の選択肢から1つを選択させた。なお、介
1)分析対象者の属性
護予防教室実施後の調査では、「実施前と比較し
主観的健康感の「改善群」11名における性別構
た」現在の健康状態について回答を求めた。
成は、男性2名(20%)、女性9名(82%)であり、
(2)運動機能
年齢構成は、60歳代が3名、70歳代が5名、80歳代
運動機能の測定は、運動器の機能向上マニュ
が3名であった。また、「変化なし群」5名にお
2)
アル に推奨されている4測定項目①握力(上肢
ける性別構成は、男性1名(20%)、女性4名(80%)
筋力の指標)
、②開眼片足立位時間(バランス能
であり、年齢構成は、60歳代が2名、70歳代が1
力の指標)、③5m歩行時間(歩行能力の指標)、
名、80歳代が2名であった。
④Timed Up & Go(TUG)( 複 合 動 作 能 力 の 指
標)に加えて、⑤30秒間椅子立ち上がりテスト
2)主観的健康感の回答分布
(CS-30:30-sec Chair stand test)3, 4)(下肢筋力の
事業実施前後の主観的健康感の結果を表1に示
指標)、⑥3分間歩行距離(持久力の指標)も採用
した。結果の内訳は、
「改善群」では、
「まあよい」
した。運動機能の効果判定は、6項目における改
から「よい」に改善した者は6名、「ふつう」か
善者の割合(プログラム実施前より実施後の測定
ら「よい」に改善した者は1名、
「ふつう」から「ま
値が良好だった者の割合)で評価した。
あよい」に改善した者は3名、「あまりよくない」
(3)日常生活上の主観的変化
から「ふつう」に改善した者は1名であった。また、
日常生活上の主観的変化については、「運動・
「変化なし群」では、「まあよい」で変化がなかっ
身体機能面」、「生活面」、「精神面」、「興味・地域
た者が4名、「ふつう」で変化がなかった者は1名
活動」の4項目(計24個の選択肢)において、「今
であった(表1)。なお、主観的健康感が「悪化」
回の介護予防教室に参加して、参加前と比べて、
したものはいなかった。
自分自身で変わったと思うことすべてに○を付け
てください」と指示し、複数回答を認めた。
3)日常生活上の主観的変化の回答分布
本調査項目は、特定高齢者が事業実施後の日常生
事業実施後の日常生活上の主観的変化に関する
活上の主観的変化を肯定的にとらえている具体的
調査結果を表2に示した。対象者20名のうち11名
事柄をできる限り抽出できるよう配慮した。本調
以上(55%以上)に主観的変化が得られた事柄は、
査の選択肢については、介護予防事業や高齢者に
「運動・身体機能面」が4項目、「生活面」が1事
関する専門的知識や経験を有する学識経験者に
項、「精神面」が1事柄、「興味・地域活動」が1
よって選定された。
事柄であった。また、「改善群」において、6名以
- 116 -
表1.主観的健康感の経過(n=20)
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表2 日常生活上の主観的変化に関する調査結果
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3 ྡ㸦27%㸧
1 ྡ㸦20%㸧
նᐙ᪘࣭཭ே࡜ࡢእฟࡀቑ࠼ࡓ
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2 ྡ㸦18%㸧
0 ྡ㸦0%㸧
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3 ྡ㸦60%㸧
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- 117 -
上(55%以上)に主観的変化が得られた事柄は、
「運
常生活活動・生活習慣)における主観的変化につ
動・身体機能面」では、①体が軽くなった、②体
いて明らかにすることを目的とした。
を動かすことに自信がついた、③運動の習慣がつ
いた、④運動を続けてみようと思った、⑥痛みが
1)主観的健康感と日常生活上の主観的変化
少なくなった、「生活面」では、①日常生活が楽
主観的健康感「改善群」に多かった日常生活上
になった、②生活が規則正しくなった、「精神面」
の主観的変化は、「運動・身体機能面」であり、
では、①気持が明るくなった、③自信がついた、
6項目中5項目に良好な変化がみられた。「生活
「興味・地域活動」では、①散歩の距離や時間が
面」においては、「日常生活が楽になった」など、
増えたであった。「変化なし群」において、3名以
運動や活動の促進要因に多くの変化がみられた。
上(55%以上)に主観的変化が得られた事柄は、
「運
また「精神面」では、「性格が明るくなった」に
動・身体機能面」では、①体が軽くなった、②体
多くの変化がみられ、「興味・地域活動面」では、
を動かすことに自信がついた、③運動の習慣がつ
「散歩の距離や時間が増えた」という具体的行動
いた、④運動を続けてみようと思った、「生活面」
に多くの変化がみられた。運動実施状況は健康度
では、③外出の機会や範囲が増えた、「精神面」
に影響することが報告5) されている。本研究に
では、①気持が明るくなった、「興味・地域活動」
おいても介護予防教室への参加とホームプログラ
では、①散歩の距離や時間が増えたであった。
ムの実施により運動が促進し、習慣化された結果、
主観的健康感の改善に影響を与えたと考える。ま
4)運動機能の改善率
た、高齢者の主観的健康感は、心理的・社会的因
運動機能6評価項目における改善者の割合につ
子が強く関連していること6)が報告されており、
いては、「改善群」では、①握力が6名(60%)、
介護予防教室という集団の場に参加し、運動を実
②開眼片足立位時間が9名(90%)、③5m歩行
施することにより「性格が明るくなった」という
時間が10名(100%)、④TUGが10名(100%)、⑤
心理的な変化や、「散歩の距離や時間が増えた」
CS-30が10名(100%)、⑥3分間歩行が8名(80%)
とい社会参加・活動の変化が、主観的健康感に良
であった。また、「変化なし群」では、①握力が
い影響を与えたと考える。また、本研究は運動器
3名(60%)、②開眼片足立位時間が4名(80%)、
の機能向上を目的とする介護予防教室での調査で
③5m歩 行 時 間 が5名(100%)、 ④TUGが 5 名
あったことから、「運動機能面」の課題をもつ者
(100%)、⑤CS-30が4名(80%)、⑥3分間歩行
が参加していたと推察される。したがって、主観
が3名(60%)であった。
的健康感の改善には、事業実施の目標である運動
機能に関わる日常生活上の事柄の変化が必要であ
5)主観的健康感と運動機能との関係性
ることが推察される。しかし、主観的健康感「変
主観的健康感と運動機能との関係性を検討する
化なし群」においても、同様に「運動機能面」6
ために、主観的健康感の「改善群」と「変化なし
項目中4項目に良好な変化がみられた。「改善群」
群」の運動機能すべての項目について対応のない
と「変化なし群」における運動機能の測定値に差
t-検定を行った結果、両群の間に有意な差はな
がみられなかったことから、運動機能が向上し、
かった。
日常生活上の運動機能面に同じように良好な変化
が生じていても、その効果は、主観的健康感に十
4.考察
分反映されないことが示唆された。
本研究では、特定高齢者に対する介護予防事業
を実施することによって、「主観的健康感」に影
響を与えた運動機能および日常生活上の事柄(日
- 118 -
2)介護予防事業の効果を示すことのできるアウ
本対象者の介護予防事業の目的と一致していた。
トカム評価指標について
これまでも事業の効果を高めるためには、日常
現在の特定高齢者の介護予防事業におけるアウ
生活に結び付く具体的な目標を立てることの重要
トカム評価として、主観的健康感の維持・改善の
性が指摘されており、これらの報告は本研究の結
割合が用いられており、厚生労働省による事業実
果を支持している。さらに、本介護予防教室で
施状況に関する調査結果でも一定の効果が報告
7)
は、対象者別に運動や生活面の変化について確認
されている。しかし、主観的健康感に変化がな
し肯定的な声かけを行い、身体機能の具体的な改
かった者でも、運動機能の測定値や日常生活上に
善を参加者自身が認識できるよう配慮した。その
良好な変化がみられた。このことから、主観的健
ために、対象者が自分の改善状況を認識すること
康感のみのアウトカム評価では、その他の効果を
ができ主観的健康感が向上したと推察される。こ
十分示すことが出来ない危険性がある。そのため、
れらのことから、主観的健康感を改善させるため
介護予防事業におけるアウトカム評価には、日常
には、①事業目的に応じた具体的な日常生活の事
生活上で表れる具体的な変化を評価することも必
柄にアプローチすること、②対象者自身が改善点
要であると考える。介護予防事業のすべての対象
を認識できるよう援助することが効果的であると
者には、介護予防ケアプランにて達成目標が設定
考える。
される。その際、事業目的に応じた具体的な日常
生活上の活動に直結した目標を設定し、その達成
5.本研究の課題
率で評価することも介護予防事業の効果を示すこ
本研究では、特定高齢者の主観的健康感の改善
とのできるアウトカム評価指標となりうると考え
に影響を与える日常生活上の変化について検討を
る。
行った。主観的健康感の改善には、実施前後でど
の程度改善したのか、また、どの段階から改善し
3)主観的健康感と運動機能について
たのかといった「改善レベル」の違いがあり、日
主観的健康感と運動機能の関連については、
「改
常生活上の変化についても、その点を踏まえた検
善群」の運動機能の測定値は、握力の項目を除き、
討を実施する必要がある。しかし、本研究では、
80%以上の者が改善、「変化なし群」の運動機能
対象者数の制約から統計学的な分析が行えなかっ
の測定値は、握力の項目を除き、60%以上の者
た。したがって、今後は、対象者数を増やし、そ
が改善していた。これら両群における高い改善率
れらの点も考慮したうえで、より詳細な日常生活
は、本事業で実施した運動機能向上プログラムが、
上の変化を明らかにしたいと考える。
握力以外の運動機能を向上させる上で妥当なもの
であり、事業実施による効果であると考えられる。
参考文献
しかし主観的健康感の「改善群」と「変化なし群」
1)Russell AW:The meaning of voluntary
間の運動機能の測定値は、統計学的に有意な差は
association participation to older people.J
認められなかった。このことから、事業実施によ
Gerontol.34(3):438-445,1979.
る効果として運動機能が改善しても、主観的健康
2) 大渕修一:運動器の機能向上マニュアル(改
感に直接影響を及ぼさないことが推測された。
訂版).「運動器の機能向上マニュアル」分担
研究班.32-45,2009.
4)主観的健康感を改善させるためのアプローチ
3) Jones CJ, Rikli RE, Beam WC: A 30-s chair-
方法について
stand test as a measure of lower body strength in
主観的健康感「改善群」に多かった日常生活上
co mmunity-residing older adults. Res Q Exerc
の主観的変化は、「運動・身体機能面」であり、
Sport.70:113-119 ,1999.
- 119 -
4) 中谷敏昭,灘本雅一,三村寛一ほか:30秒椅
護予防事業(地域支援事業)の実施状況に関
子立ち上がりテスト(CS-30テスト)成績の
する調査結果.2009.
加齢変化と標準値の作成.臨床スポーツ医学.
20(3):349-355 ,2003.
参考資料
5) 青木邦男:在宅高齢者のQOL、ADL、運動実
1) 田口孝行,廣瀬圭子,丸山悦子,松本博良,
施状況および健康度の関連性.社会福祉学.
本村英二,編著:運動機能向上・栄養改善コ
49(2): 71-84,2008.
ラボレーションプログラムテキスト(指導者
6) 岡戸順一,星丹二:社会ネットワークが高
用)3カ月(12回)プラン.平成21年度埼
齢者の生命予後に及ぼす影響.厚生の指標.
玉県立大学保健医療福祉地域連携支援事業,
10:19-23,2002.
2010.
7) 厚生労働省老健局老人保健課:平成20年度介
- 120 -
自主企画分科会①
スタディツアー報告
モンゴル・スタディツアー報告
名、3年生が3名、そして4年生が2名という構
~人とつながる経験が、未来へとつながる~
成であった。サークルやゼミなどとは関係がない
自由参加であるため、学年間でのつながりはな
社会福祉学部
かったが、同じ大学に在籍しているという安心感
教授 山 下 英三郎
あるためか、お互いにすぐに打ち解けグループと
しての一体感はすぐに形成された。
1.背景
モンゴルの経済状態は相変わらず厳しいが、ウ
2009年度のモンゴルスタディツアーは、2010年
ランバートル市街地域ではここしばらく落着して
2月26日(金)から3月5日(金)までの日程で
いた観があった建築ラッシュが復活してきてお
実施した。日本からの飛行便はすべてMIAT(モ
り、1年前にはなかった中層のビルがあちらこち
ンゴル航空)である。冬季は週2便が成田空港か
らに姿を現していた。しかし、こうした活況も市
らの発着であり、いずれも韓国仁川空港経由であ
井の人々の暮らし向きとはほとんど無縁だという
る。所要時間は、仁川まで約2時間、仁川からウ
ことであり、林立する建物群は経済格差の象徴の
ランバートル市チンギスハーン空港まで3時間半
ように思われた。
である。
発展途上のエネルギッシュな鼓動に触れて学生
モンゴルではチベット歴のお正月(ツァガーン・
たちが何を感じ、何を学びとるかは定かではない
サル)が終わると春が来たといわれるが、正月は
が、わが国とは大きく異なる環境に身を置いて感
2週間前に終わったというのに、この冬は寒さが
じたことは、彼女らの意識や行動にきっとプラス
厳しく午後11過ぎに到着した空港近辺は例年より
の影響を及ぼすことであろう。
も雪が多く気温も低かった。今夜はやや気温が緩
んだという話であったが、マイナス17度という外
2.研修
気温は我々の身体を鋭い刃で突き刺すような厳し
今年の研修は、ウランバートル市立特別訓練セ
さがあった。
ンター(児童養護施設)、緊急保護センター、新
今回のツアー参加者は、学生10名であった。学
生児センター、国立教育大学ソーシャルワーク学
年のバランスもよく、1年生が2名、2年生が3
部、第82高等学校、第72学校(小中高一緒)を対
象として行った。これらに加えて当初予定に入っ
ていなかった国立文化芸術大学へ訪問の機会を得
たことも、学生たちの経験としては意義があった
と思われる。以下に、各施設での研修内容を簡単
に述べることとする。
1)ウランバートル市立特別訓練センター
当施設は、1997年にマンホールチルドレンの保
護を目的としてウランバートル市によって設立さ
れた児童養護施設である。2002年から山下が交流
- 121 -
関係を開始し、以来年に2回訪問し、さまざまな
ろうと思った。
形での支援活動を継続している。日本社会事業大
施設では2日間を過ごしたが、子どもたちとの
学のスタディツアーとしてしての位置づけとなる
個人的な関係ができることによって、再びモンゴ
以前から、学生有志が参加し施設に入所する子ど
ルの地に足を踏みしめることにつながる学生もい
もたちと交流をしている。その過程では、日本福
ることだと思う。アルバイトのお金をせっせと貯
祉医療機構の助成を受けて15人の子どもと3人の
めて3度も4度もモンゴルに通い卒業していった
スタッフを招へいする事業や子どもたちのホーム
学生たちがいるし、今回の参加者の中にもそのよ
ステイ、施設退所後の若者に対する就学支援など
うな学生たちがいた。
を行ってきている。そういった経緯があることか
そこには子どもたちが可哀想だからとか、支援
ら、当施設との関係はかなり緊密であり、子ども
しなくてとかいった動機ではなくて、純粋にあの
たちはいつも訪問を楽しみに待っている。
子とまた会いたいという、人間関係のきわめてプ
施設の訪問に関しては、施設内の見学はもちろ
リミティブな衝動に駆り立てられた行動がある。
んのこと、入所児童らに対するさまざまな生活訓
国際支援などといった大義名分を振りかざさなく
練の実際を視察したり、芸術活動に触れたりする
ても、会いたい 子どもたちがいる、私を待って
が、今回のスタディツアーでは学生たちの発案で、
いる子どもたちがいるという関係が生じることこ
施設の全児童をグループに分けて一緒にケーキ作
そ大きな意味があることであり、支援というイ
りをするというプログラムを行った。ケーキがま
メージを越えて人と人がつながり合うことが、結
だ日常的に口にできるような経済状況にはない国
果的には子どもたちにとっての最良の支援になる
で、しかも施設で生活している子どもたちにとっ
のではないかと思われる。
ては滅多にない機会だったたせいか、年少の子ど
2日間にわたる交流の後の子どもたちとの別れ
もたちのみならず18才を過ぎた若者たち(施設に
は、常に心を震えさせられる瞬間である。学生た
は18才を過ぎた若者たちもいる)も熱心に作業に
ちにとっては、彼女らの人生において二度と顔を
参加していた。お互いに限られたボキャブラリー
合わせる機会があるかどうか分からないだけに、
しかないにもかかわらず、学生と子どもたちはグ
複雑な思いが去来するようである。だが、その複
ループごとに共同でカラフルなケーキを作り上げ
雑な思いこそが、人間関係の狭間に介在するソー
ていった。ケーキはみんなで一緒に食べたが、後
シャルワーカーの活動の源泉となる。出会ってい
で気持ちが悪くなるのではないかと心配になるほ
なかった子どもたちと、スタディツアーにおいて
ど、口に頬張っている子どもたちが多かった。ど
学生たちがたとえ短くはあれ、濃密な時間を過ご
の子の表情にも満足さが溢れていたことが印象的
すことができたことだけをもってしても、ツアー
であった。
の目的は十分に達成されたのだと思う。
日本の学生の消極性がよく取り沙汰されるが、
ツアーに参加した学生たちの様子を見ていると決
してそのような決めつけはできないと思う。彼女
ら(参加者は全員女子学生)はケーキ作りだけで
はなく、ダンスや歌など全身を駆使して交流をし
ていた。その様子を見ていて、機会さえあれば学
生たちは自主的かつ積極的に行動し発言するのだ
ということを改めて確認した次第である。この積
極性を、日常の授業で発揮させることができるよ
うな条件作りは、教員の力量にかかってくるのだ
- 122 -
2)緊急保護センター
されていたが、人数の減少に伴って 施設側に余
当施設は、1996年に路上生活をする子どもた
裕が生じたためか、生活技能を身につけさせるた
ちを緊急保護するためのシェルターとして、ウ
めの取り組みがいくらか なされるようになった
ランバートル市警察によって設立された。以前
り、緊急保護施設ではあるが入所期間を最長1年
は、住所確定センターと称されていた。施設の名
間ほどまで広 げたり、さらにはこのセンター自
称が示すように保護された子どもたちの住所を確
身が家庭復帰が見込めない子どもたちのためのグ
定し、家族のもとへ送り届けるという役割を担っ
ル ープホーム運営に取り組もうとしていた。
てきた。ただし、住所が確定できなかったり、家
内装などかなり改善されたとはいえ、わが国
庭へ返すことが適切ではないと判断される子ども
の施設に比べれば劣悪だといっても過 言ではな
たちも多いことから、前述の特別訓練センターや
い。しかしながら、子どもの権利擁護という観点
NGOが運営する施設への入所に至る場合が少な
に立って施策を推進してい るところは、むしろ
くない。
わが国より子ども本位の姿勢が明確ではないかと
もっとも多いときには、年間4,000人近くの子
思われた。施設の性格上、子どもたちと深い交流
どもたちが保護されていたが、2000年代に入って
をするということは難しいため、所長の講義を受
からは、その数も減少し、2009年度は881人が保
け施設内を急ぎ足見学するという研修内容であっ
護された。この881人とい う数は延べ人数であっ
た。
て実人数ではない。保護された子どもの中には、
7、8年も路上での生活を続け、ひとりで複数回
3)新生児センター
保護される子もいるため、保護された者の実人数
もともとは新生児・乳幼児のための国立の医
はもっと少ない。ちなみに、われわれが訪問した
療センターであった。それが1990年代 半ば以降、
ときに保護されていた16才の少年は、これまでに
社会経済の混乱期に遺棄される新生児の数が増え
80数回保護されているということであった。もう
たため、それらの子どもたちを保護する乳児院と
ひとりの15才の少年も60回を越える保護回数であ
しての機能を果たすようになったものである。し
るという。この15才の少年は、特別教育訓練セン
かし、この2、3年の間に遺棄される子どもたち
タ ーに入居していたこともあって、私のことを
の数が減少したこともあって、もともとの医療
憶えており、帰り際には私の名を呼んでいた。こ
機関的な役割強化されつつある。100人を少し越
の施設を訪ねると同様の経験をすることがあり、
える収容能力があり、かつては80%を越える子ど
過去にもセンターで会った子たちと出くわしたこ
もたちが遺棄された子たちであったが、現在では
とがある。一定の子どもたちは、保護されてから
40%程度がそうだという。
施設へ入所し、その後施設を飛び出し、再び緊急
山下は2000年からこの施設を継続的に訪問して
保護センターに保護されるというサイクルを繰り
返している。
施設自体は100年以上前に建てられたものであ
る。王族の妃の別荘だったものを改装して使用
しているが、都市化の波が著しく、数年前まで周
囲に十分なスペースがあったのが、現在は壁際ま
で高層のアパートが迫っており、子どもたちが安
心して過ご すには適切とはいえない環境となっ
ている。
訪問したときには25人ほどの子どもたちが保護
- 123 -
いるが、当時は建物内部は傷みが激しく、照明も
十分ではないため、廃墟のような印象があった。
しかし、海外の助成団体の財政支援を受けて、現
在ではまったく別の建物であるかのように清潔で
明るい内装に変わった(このことは、特別訓練セ
ンター、緊急保護センターについてもほぼ同じこ
とがいえる)。3才までの子どもたちが入所する
ことになっているが、彼らが身につけている服も
遊具も新しく、まさに隔世の観がある。
この施設も、子どもたちとの交流という点で
は無理があるため、所長の講義を受けてから施
訪問は半日と限られていたが複数の教室に入っ
設内を見学するという研修となった。短い訪問
ていき、いずれも短 い時間であるにもかかわら
ではあってもかつては子どもたちと触れ合う機会
ず、学生たちと生徒たちの交流はスムーズであり、
があったが、施設が整うにつれて子どもたちと視
授業を中断してモンゴル国家を歌ってくれた教室
察者の距離は遠ざけられていくという感じもあっ
があれば、ひとりの学生が席を立ってモンゴル民
て、複雑な思いにとらわれた。
謡を歌ってくれたクラスもあった。また、体育の
授業に飛び入り参加し、モンゴルの生徒たちと学
4)公立学校見学
生たちがバレーボールの試合を行うこともした。
モンゴルの学校制度は、日本のそれとは若干異
さらに、講堂のような場所で生徒たちが歌とヒッ
なる。小学校が5年、中学校が4年、高校が2年
プホップダンスを披露してくれたりもしたのだ
制であり、中学校までが義務教育である。ほとん
が、後で聞いたところ、彼らはお客さんが来たの
どの学校が、小中高同一敷地にある。日本流にい
ならば自分たちの歌や踊りをぜひ見せたいといっ
えば、小中高一貫教育ということになる。そのた
てきたことから実現された催しだったという。そ
め、一校あたりの平均児童生徒数は2,000人を越
うした生徒たちの屈託のない積極的な姿勢には感
える。今回はモンゴルスクールソーシャルワーク
心させられた。
協会の協力をえて、二つの学校を訪問した。
訪問全体を通して感服したのは、どの教室の教
a.第81高等学校
員も突然の訪問者たちによって授業が中断される
ウランバートル市の中心部から少し外れた地域
ことに対して不愉快な態度を表すこともなく、大
にあるこの学校は、モンゴルで一般に見られる学
勢の訪問者を受け入れてくれたオープンさであ
校ではなく特別な学校だということだった。どの
る。わが国の高校で同様のことがあった場合、同
ような点が特別かというと、ここは10年生と11年
じような態度が示されるだろうかと思われた。ま
生だけが在籍する単独の高校であるということ
た、スクールソーシャルワーカーが生徒たちや教
と、ここに通う生徒たちは地域の中でも優秀とさ
員たちと緊密な関係を築いていることを窺えたこ
れる者たちだということである。全校生徒2,000
とも、わが国でスクールソーシャルワーク実践の
人弱が在籍する大規模校であるが、生徒たちのほ
展開を図るうえで少なからぬ示唆を与えてくれ
とんどが大学、あるいは専門学校に進学をすると
た。
いう。この高校で活動しているスクールソーシャ
大きな問題はないということであったが、休憩
ルワーカーが中心となって学校の説明と案内をし
中に行った男子トイレの便器はどれも灰皿状態と
てくれたが、深刻な問題が少ないから対応に苦慮
化していて、吸い殻やマッチの軸などが大量に詰
する場面が少なくて楽だと言っていた。
まっているという現実に直面して、問題に関する
- 124 -
認識も国が変われば異なるのだなということも感
ができるという柔軟なシステムがあることにも、
じた次第である。
またソーシャルワーカーの存在を高く評価してい
b.第72学校
ることにも驚かされた。悪くすると癒着関係に陥
学校訪問については、モンゴルスクールソー
る危険性もあるが、協働体勢をスムーズにとるこ
シャルワーク協会の会長のムンフジャルガルさん
とができる人材と共に学校環境を整備することが
に、最貧困地区にある学校の見学をしたいという
できるとすれば、成果もあがるのではないかと思
希望を予め伝えてあった。そうした学校では、現
われた。
在のモンゴルが抱えるさまざまな課題が見えてく
るのではないかと思い、今後の子ども支援につい
5)国立教育大学ソーシャルワーク学部・国立文
て何らかの手がかりをえることができるのではな
化芸術大学
いかと考えててのことであった。要望に応えて訪
児童養護施設などいくつかの施設を長年にわ
問先として選んでくれたくれた学校が、第72学校
たって訪問し続けていると、施設の内部がかつて
であった。
とは比較にならないくらい整備されてきたことが
この学校は、ウランバートル市の中心部からは
顕著に窺える。それに比べて、国立の施設である
北側の郊外にある。この地域は、古くても10年程
大学はあまり変わったとはいえない。国立教育大
度しか経っていないバラックや伝統的住居である
学には,海外との交流も活発で、外国の大学教員
ゲルが丘の上まで隙間なく建て込んでいる。校舎
が長期滞在したり、教員が絶えず海外に出張して
は4階建ての建物が二棟あり、そのうちの一棟は
いたりする。その資金は交流先の大学等が負担す
JICAの支援によって建てられたとのことである。
る。わが日本社会事業大学も、教育大学の教員を
こちらの学校は、午前中の高校訪問が思いの外
これまで何人も招請し研修の機会を提供してき
長引いてしまったため、子どもたちの様子をゆっ
た。そうした国際交流の派手さに比較すると、設
くり観察する時間がとれなかった。通りすがりに
備は整っておらず、学生たちの勉学環境は整って
近い形の視察であったが、最も貧困な地区にある
いるとはいいがたい。粗末な木製の机と椅子に大
学校というイメージは学校の建物からも、授業中
勢の学生たちが座って授業を受けている姿を見る
の子どもたちの様子からも窺うことはできなかっ
と、教員招へいに費やされている資金をある程度
た。子どもたちの身なりは清潔で、校舎内もこぎ
設備・備品等の整備に回し、学生に対するサービ
れいな状態に保たれていた。
スを充実させることはできないものかと思ってし
それでも、両親が海外に出稼ぎに出かけていて
まう。
十分に養育されていない子どもたちが少なくない
a.国立教育大学ソーシャルワーク学部
という。スクールソーシャルワーカーの話では、
こことの交流も2000年から続いている。前述し
厳しい家庭状況にある子どもたちが多い関係で、
家族との面接や訪問、連絡調整などの比重が高い
ということであった。そのことは82学校とは明ら
かに異なる点であった。
この学校を訪問して興味深いと思ったことは、
校長の話だった。彼女は一年ちょっと前にこの学
校に着任したばかりだというが、前任校で長いこ
と一緒に働いていたスクールソーシャルワーカー
を呼び寄せたという。校長が新体制を築くに当
たって、ソーシャ ルワーカーを呼び寄せること
- 125 -
たように,教員を招へいし日本の大学や施設で研
あったことは否めない内容であった。
修する機会を提供し続けてきた。1997 年に開設
b.国立文化芸術大学
されたソーシャルワーク学部の教員たちは、いず
先述したように、この大学との交流は当初の予
れも若くソーシャルワークに関する経験もなく知
定にはなかった。突然訪問するという形になった
識もない状態だったため、支援のニーズは高かっ
のは、特別訓練センターに入所している若者が一
たといえる。10年前は支援の手立てはそれほど多
年生として在籍していることから、彼女の学生生
くはなかったが、現在ではアメリカの複数の大学、
活を知りたかったためであった。その若者は、以
オーストラリア、オランダ、イギリスなど多くの
前から支援を続けてきたこともあって親密な関係
大学が支援に乗り出し、教員たちに研修の機会を
を保っており、保護者的な立場で通学先の大学の
提供している。教員たちは頻繁に海外にで出かけ
様子を窺うという意味合いがあった。ツアーの合
るため、学生たちに対する教育は一体どうなって
間を利用して急に訪問したため、大学側も我々が
いるのだろうと他人事ながら心配になることがあ
どのようなグループなのか分からず突然の来訪者
る。
に戸惑った様子であったが、それでも快く迎え入
いつも学生同士の交流の機会を持つようにして
れてくれた。
いるのであるが、日本の学生との交流に真剣な眼
19歳になる若者(女性)は、ポップスの歌手に
差しで臨む学生たちが多かったこれまでとは異な
なりたいという夢を抱いている。文化芸術大学に
り、両国の学生がやりとりをしている間に私語を
はオペラからポップスまで幅の広いコースがあ
交わす学生たちがおり、彼らの態度にも変化が見
る。この大学に入学するのはなかなか難しいので
られるようになった。それには、教員の度重なる
あるが、昨年無事に合格を果たすことができた。
不在など教育体勢が十分に整えられていないこと
大学では、彼女の発声練習や歌の個人レッスンを
も関係があるのではないかと感じられた。
見せてもらった。
そのことは我々を迎え入れるやり方にも現れて
レッスンの内容はともかく、彼女を指導する教
いた。数ヶ月前から大学を訪問することは伝えて
師たちのハートの熱さと暖かさには教えられる点
あり,受け入れてくれる約束をしていたにもかか
が多々あった。二人の教員と話す機会があったの
わらず、訪ねた時には部屋には誰もおらず、15分
だが、若者の境遇を十分に理解したうえで、彼女
以上も待たされた。やっとのことで交流をする教
の才能をできるだけ伸ばそうと精力を傾けている
室へ通されたものの準備はなされておらず、しか
様子が窺われた。特に、自分自身がかつてモンゴ
も交流している間教員は立ち合わず、通訳にすべ
ルの有名なポップスグループの歌手であり、現在
て任せてしまうという有り様であった。10年以上
も現役 を続けているというモンゴルでは有名な
も交流を続けてきて、そのような対応をされたこ
女性は、その若者が将来歌の世界で生きていくこ
とは初めてであった。そのようなことから、この
とができるよう支援をするという覚悟を持って接
大学でのソーシャルワーカー養成教育の質に不安
していた。そして、われわれが若者を支援してて
を抱かないではいられなかった。
いることに対して、何度も「ありがとう」とお礼
決して望ましいとはいえない対応に接して、何
の言葉を発した。その言葉を聞いて、私は大学の
が国際交流で、そして何がソーシャルワーク教育
教員として、自分が教える学生に関して誰かに心
なのかについて、改めて考えさせられることに
からお礼の言葉を述べることができるような関係
なった。その疑問の中には、自分自身のこれまで
を築いてきただろうかと思った。そのことを改め
の交流の仕方に対する批判的な省察も当然含まれ
て考えたときに、その教員の心の豊かさを感じな
なくてはならないのであるが・・・。学生たちへの
いではいられなかった。その教師には、学生に対
スタディツアーのプログラムとしては、低調で
する姿勢を教えられた気がした。
- 126 -
そして、他者を尊重することを重要視するソー
シャルワークを教える大学で、対応のあり方に疑
参加した学生たちの声
モンゴルの首都ウランバートルの空は曇ってい
●
問を抱き、ソーシャルワークとは無縁の文化芸術
ることが多く、空気が悪い。冬の冷えた空気を吸
大学でソーシャルワークの根幹に触れるような姿
うと、むせてしまいそうになる。最初は、冷たい
勢と言葉に出会ったことの皮肉さを思った。自分
空気に体が驚いてむせてしまうのだと思っていた
自身もまずい対応をする怖れは十分にあるので、
のだが、それは汚れた空気のせいだった。その原
他者のことをとやかく論じることはできないが、
因のひとつは、工場の煙突から大量に排出される
二つの大学でのエピソードは、学生たちにもソー
煙だ。ウランバートル周辺には高い煙突のある工
シャルワークについて考える機会となったようで
場がいくつかある。その光景は、見渡す限りの大
ある。
草原をイメージしてモンゴルを訪れた人にとって
いずれにしても、われわれが人間関係について
は、かなり衝撃的であろう。モンゴル人は遊牧民
専門的知識と技量を学び研究している存在だとす
族で、広大な土地で家畜を飼っ
れば、ソーシャルワークの非専門家である人々の
て、その家畜の乳や肉を食べ、自然と調和しなが
献身や包容力に明らかに劣ることがない程度の力
ら生きてきた。マイナス四十度にもな
量は身につけておきたいものだと、文化芸術大学
る真冬も古くからの知恵で生き抜いてきた。現在
の教員の話を聞いて改めて感じ入った次第であ
でも遊牧を続けている人たちもいる。
る。
今の流行語で言うと、伝統的な遊牧生活はとても
エコなものだと思う。そんなエコな国
おわりに
に、空気を汚す工場があることがとても残念だっ
スタディツアーに参加した学生たちの中には、
た。
(3年女子)
何を学ぶか明確な目的もなく単にモンゴルへ行っ
てみたいという好奇心から参加したと正直に述べ
今回のモンゴル研修では、子どもたちの素直さ
●
た者たちがいた。しかし、そうした学生たちが帰
に驚いた。初対面の私たちに話しかけてくれたり、
る頃には、児童福祉のあり方や国際協力のあり方
手を引いてくれたり、過去に苦しい思いをした子
について改めて深く考える機会になったと述懐し
達であることを忘れてしまうくらい明るくて、無
ていた。福祉ニーズのある現場へ足を運ぶことは、
邪気でかわいい純粋な心を持った子どもたちばか
それほど大きな学びの機会となる。ただ一度だけ
りだった。日本ではストリートチルドレンはいな
の訪問に終わったとしても、出会った人々や福祉
いと思うし、捨て子という言葉もあまり聴きなれ
サービスのあり方、さらにはモンゴルという社会
ない。
の現状、自然環境、それらの記憶は決して消え去
国によって違うということはモンゴルの社会状
ることなく学生たちの脳裏に刻印される。そして、
それらが彼女らの思考と行動の枠組みを確実に広
げ、ソーシャルワーカーとしての資質を高めるこ
とにつながるはずである。
寒い日にはマイナス20度にまで下がった厳しい
低温の地での研修であったが、学生たちの胸には
確実に暖かい灯が点されたと感じさせるスタディ
ツアーであった。
- 127 -
況や国の働きによって子どもたちの置かれる環境
とだが、それだけでなくモンゴル・スタディツ
が変化していくのだと思った。何の罪もない子ど
アーには人と人の繋がりがある。だからこそ、1
もたちが親に捨てられてしまったり、ストリート
回参加して見てきて終わりではなく、また行こう
生活を強いられたり、苦しい生活をしていかなけ
と思ってしまうのではないだろうか。百聞は一見
ればならない状況下に置かれてしまうのは国が大
にしかずと、1度行ったからいいやで終わりにし
きく影響しているであろう。また、貧困の差も多
てはもったいないと思った。私は今回参加して、
く存在するのではないか。
1回だけでは知らないままだったことがたくさん
(2年女子)
あったことに気付いた。何度も行く、続けること
今年は、児童養護施設で「子どもたちと一緒に
で見えるもの、感じることは違ってくる。2回目
何か思い出になることをしたい」と学生たちで相
の参加でさらに、もっと知りたい、また会いたい
談し、手作りケーキを一緒に作ることにした。そ
また行きたいと思った。そして、改めて人との繋
れも大きなデコレーションケーキ作りに挑戦。ど
がりの温かさを感じ、繋がりを大切にしていこう
うなることかと心配している私たちをよそに、年
と考えさせらたモンゴル・スタディツアーだった。
齢の高い10代後半から20代の子どもたちが、率先
(3年女子)
●
して年下の子どもたちを仕切りながら必死になっ
て作っていった。その姿は予想外で驚いたが、日
今回のこのモンゴルの旅は、正直何かを学びた
●
本では当たり前の体験が年上の彼ら彼女たちに
いという気持ちよりも、モンゴルに行ってみたい
とってもおそらく初めての体験だったのだろう。
という気持ちの方が強かったが、実際に行ってみ
極めて甘いクリームがたっぷりとつけられ、数種
たら考えさせられることが多くあり、自分の知識
類のフルーツやビスケットが飾られたケーキが出
のなさに幻滅するとともに、もっとモンゴルのこ
来上がった。口いっぱいに頬張り、顔や手をクリー
とや児童福祉について学びたいと思うようになっ
ムだらけにした子どもたちの満面の笑顔を見てい
た。夜のミートでも幅広い年齢の人の感想や意見
ると、年に一度や二度クリスマスのように訪れる
を聞くこともでき、本当に勉強になった一週間
私たちにできることは、ひとつでも子どもたちが
だった。モンゴルの児童養護施設を始め小中学校
新しいことに触れたり経験したりできることを増
大学、乳児院、緊急保護センターで出会った子供
やしてあげられることではないかと思われた。そ
たち、旅の間一緒にいてくれた通訳のムンフさん、
してそれは、子どもたちと私たちが、同じ場所で、
運転手のガンバ、みんな本当にいい人たちばかり
同じ経験を共にするだけでなく、共通の思い出が
で別れがとっても辛かったが、一週間という短い
でき、それが私たちと子どもたちをつなげている
旅の中、多くの知識と素敵な出会いを得て、本当
のではないだろうか。さらにその思い出から生ま
に来てよかったと思う。また今年の夏も施設の子
れる子どもたちの笑顔は、私たちに「また来たい、
供たちから元気をもらいに、さらにモンゴルの児
会いたい」と思わせてくれ、再会につながるのだ
童福祉について学ぶためにモンゴルに行きたい。
と思う。
(4年女子)
●
今回のモンゴルのスタディーツアーは、わたし
●
なぜモンゴル・スタディツアーに参加する人は、
にとって一生忘れることのできない貴重な経験で
何度も行く人が多いのか不思議だったが、今年で
した。行く前は食事のこと、トイレのこと、犯罪
少し分かったような気がする。去年と2回目の今
のことなど不安でしたが、実際行ってみると行く
年では、感じることが違った。一度参加すると2
前以上にカルチャーショックが大きかったです。
度、3度と参加してしまう魅力がモンゴル・スタ
しかし、このツアーに参加していなかったら知る
ディツアーにはあるだろう。学ぶことも大事なこ
ことのできなかった現実を知ることができ、出会
- 128 -
うことができなかった人々と同じ時間を共有でき
マレーシア スタディツアー報告
たことを、とても嬉しく思います。これからも、
2010年2月23日~ 28日
モンゴルの子どもたちにはきらきらとした笑顔を
忘れずに、未来に向かって明るく進んでいって欲
しいと思います。
社会福祉学部
(2年女子)
准教授 藤 本 ヘレン
日本のソーシャルワーク人材育成において、多
文化ソーシャルワーク教育が求められてきてい
る。移民のための社会支援の必要性が明らかに
なってきているが、移民特有のニーズに対する理
解は未だ欠けている。
日本社会事業大学では、東南アジア諸国へのス
タディツアーを行っている。多文化的な対応能力
を身につけるためには、第一に多様性を体験する
ことである。今回のマレーシアへのスタディツ
アーは、学生が文化的及び社会的多様性が高い社
会の一つを直接体験できる機会となった。
マレーシアは、非常に多様な多文化社会であ
り、社会福祉の制度は日本と大幅に異なる。人口
は、マレー系(イスラム教)、中国系(キリスト教、
仏教、道教及び無宗教)、インド系(イスラム教
及びヒンズー教)の三系統の人が多い。訪問した
全ての施設に、三系統のスタッフ及び入所者がい
た。日本の状況を念頭におき、ペナンへのスタディ
ツアーには二つの目標を立てた。
1.マレーシアの多元主義社会の性質と複雑性
を直接体験すること。
2.多元主義社会における多文化ソーシャル
- 129 -
ワークの現状と課題を理解し、体験すること。
日本の学生と職員を、色々な教室に案内した。最
初の教室は視覚障害児のためのものであり、二番
具体的に、特定の施設を訪問して、学生がマレー
目は言語・視覚障害、自閉症やその他の知的障害
シアのソーシャルワークを学び、これらの施設の
を含む多重障害の青少年の教室であった。
マレーシア人入所者と交流・情報交換し、またマ
マレーシア、日本の学生とも、子どもや青少
レーシアのソーシャルワークを学ぶ学生と交流・
年、先生とコミュニケーションをとる事にとても
情報交換することである。
積極的で、創造を働かせた。マレーシアの学生
は、利用者と同じ言語を話せる点が有利で、姿勢
学生の準備
やコミュニケーションスタイルを通じて受けてき
社大生は、マレーシアの施設を訪問する前に、
たソーシャルワーク教育が有効だった。
日本の類似の施設を訪ねた。日本の施設の現状と
続いて、学生はマレーシア半島全域の会員に点
実態に関する知識は、マレーシアにおける社会支
字図書とオーディオブックを無料で貸し出してい
援システムを理解するために有効であった。学生
る点字図書館と、マレーシア語の点字資料の翻訳・
の一グループは新宿区にある点字図書館を、もう
作成と印刷が行われているセンターを訪ねた。新
一グループは日本社会事業大学と密接な関係にあ
宿の点字図書館を訪問した社大生は、マレーシア
る自閉症と発達障害の子どものための施設である
と日本の点字資料の印刷における重要な差に気付
子ども学園を、三つ目のグループは青少年のため
いた。点字図書は、両国とも同じように会員へ郵
の住み込み作業所であるワカバという団体を訪問
送されるが、マレーシアでは点字図書の郵送が無
した。学生全員は、マレーシアに行く前の学習会
料となっている。
にて訪問に関する報告を発表した。
次に、パン工房、マッサージ訓練センターとマッ
サージの仕事現場を含む様々な職業訓練の場を見
ツアー自体
学し、訓練と仕事のあらゆる過程について入所者
社大生がペナンについた朝、USM大学の学生
が学生に説明した。
が大学のゲストハウスに来て挨拶し、一緒に朝食
聖ニコラス訪問後、全員で近くの屋外レストラ
をとるため学生食堂まで連れていった。これは、
ンで昼食をとり、お互いをもっと知りあうことが
社大生がマレーシア料理(インド・中華・マレー
できた。
料理)を初めて食べた機会となった。
次に訪問した施設はアジアコミュニティサービ
最初に訪問した施設は、聖ニコラス盲人ホーム
スというNGOのひとつであるファーストステッ
で、東南アジアの最も古い視覚障害者のための施
プス乳幼児介入センター(出生後から六歳まで)
設の一つである。入所者の一人が、マレーシアと
であった。センターの教育、ソーシャルワークと
- 130 -
アウトリーチ活動について説明を受けた。
ア、また学生が自分の一日の仕事を紹介する時間
この日最後の訪問先は、ジョージタウンのアル
をとった。
メニアン通りにある孫文博士の資料館であった。
本地域は、2006年にUNESCOの世界遺産指定を受
ワークショップ
けており、マレーシア・中国・日本の三国の歴史
次の日(2月26日)のUSM・日社大共同ワーク
的なつながりを示している。
ショップにて、ハタ教授がUSM大学のマレーシ
ツアーの二日目(2月25日)に、同じくアジア
アにおける歴史と発展について説明した。USM
コミュニティサービスのひとつにあたる青少年の
大学は、マラヤ大学とケバンサン大学につぐ、三
ためのステッピングストーン作業所及び自立生活
番目の大学として設立された。1975年に、社会福
訓練センターを訪れた。本センターは、ジョージ
祉課程が大学に設置されたが、当時はソーシャル
タウンより車で一時間かかり、中国系とインド系
ワークではなく農村及び国家開発と呼ばれてい
の人が多いジョージタウンと対照的にマレー系の
た。1990年代に、三十年間の急速な経済・社会発
人が多いバリクプラウにある。
展を経た上で、社会科学部ソーシャルワーク学科
に変更された。三年間の学部課程は現在ジェネ
リックなソーシャルワークに焦点をあてている。
実習は二つに分かれている。第一部はソーシャル
ワーク省や全国家族計画委員会のような政府機
関、主要なNGOが受け入れ先となる。第二部は
高齢者、児童、障害者施設で行う。第二部の実習
は、ス-パーバイザーの下でのケースワークも求
められる。実習第二部において、どの学生もケー
スワークとグループワークを行い、結果と経験に
ついての報告を書かなければならない。
修士号のための大学院は、教科学習または論
到着時は丁度朝のお茶の時間で、入所者と一緒
文執筆により卒業が可能となる。USM大学では、
にお茶を飲んだ。マレーシア人と日本人の二人の
大学院にインドネシア、バングラデシュ、スリラ
職員は、スタッフと入所者、仕事と活動、また周
ンカから多くの学生を受け入れている。博士課程
囲の地域との関係について紹介した。その後、学
も、純粋な研究と論文のみ、もしくは教科学習と
生は混合の作業チームに分かれ、一日の作業に取
論文の組み合わせという形で卒業となる。
り組んだ。ひとつのチームはリサイクル資源を集
続いて、社大生は事前に日本で行った施設訪問
めるために車で村まで行き、もうひとつのチーム
はネクタイ染色、製紙、粘土、また収集した資源
のリサイクルに関する作業に取り組んだ。
昼食の合図ですべてのチームが食堂に行き、野
菜麺とお茶を食べた。昼食後、片付け作業を行い、
三時にスタッフ及び入所者と学生が食堂でミー
ティングを行った。
日本とマレーシアの学生それぞれが、誰でも簡
単に遊べるゲームを教えるように依頼を受けた。
午後の部の後半は、職員、入所者、ボランティ
- 131 -
会話の機会を得られたことであった。
結論
マレーシアの社会福祉施設訪問を通して、学生
は異なる環境におけるソーシャルワーク実践を体
験でき、また日本との類似点と相違点を見出すこ
とができた。USM大学の学生の多くはイスラム
教徒で、合同のツアー中に社大生は異なる文化、
宗教及び社会習慣と直面した。マレー系の学生の
マレー語、インド系学生のタミール語、また、中
国系学生が家庭内で主に英語を使うため中国語を
の概要を話し、二日間に渡ってマレーシアの施設
話すことができないことが理解できた。社大生自
訪問で理解できた類似点と相違点について議論を
身は、日本語以外の言語を話す必要性を体験でき
進めた。マレーシアの学生によれば、日本の学生
た。これら全ての経験は、未来のソーシャルワー
と一緒に見学ツアーを行った重要な利点は、詳細
カーの成長と発展に直接的にあるいは間接的に役
な情報を入手でき、入所者と利用者と直接交流し
立つと考えられる。
- 132 -
自主企画分科会①
在日外国人介護士および日本人介護未経験者を
対象とした教育・研修システムの開発
景気悪化後の首都圏における在日フィリピ
ン人介護職員の就労実態と課題
まず外国系介護職員を雇用した経験の有無を聞い
た。そして外国系介護職員を雇ったことのある施
設には、①外国系介護職員の出身国、②外国系介
社会事業研究所研究員
院前期 2009 年卒 稲 葉 宏
護職員の在職状況、③外国介護職員の雇用形態の
4点を質問した。
そして、アンケートに回答した施設の中で、追
1.研 究 目 的
加調査の依頼に応じたA県内の施設を直接訪問
我が国は、現在急速に少子高齢化が進んでお
し、聞き取り調査を行った。この調査は、1施設
り、2030年には少なくとも60万人の介護労働者が
あたり約1時間の個別面接調査である。聞き取り
不足する可能性がある。しかし、介護職は他の職
調査に対応した者は、外国系介護職員を雇用した
種に比べて給与が低いことなどから、介護職を希
ことのある施設の管理運営担当者である。実施期
望する人自体が少ない上、離職率が大変高い。特
間は、2009年1月から2010年2月である。調査で
に、都市部では慢性的な人手不足の状況が続いて
は、①受入れ施設の基本情報(施設の種別、現時
いた。しかし、2008年11月から始まる世界的な金
点での人材不足の状況、②外国系介護職員の基本
融危機以降、都心部では、介護人材の需給状況に
情報(雇用人数、出身国、雇用形態、在職状況、
変化があり、それに伴い、在日フィリピン人等の
雇用期間、退職済みの場合は退職した理由)、③
在日外国人介護職員の就労実態に一定の変化が見
外国系介護職員の就労実態(担当業務の内容、就
られた。
業時間帯)の3点を質問した。
本研究は、景気変動に伴う在日フィリピン人介
なお、本研究における外国人介護職員とは、留
護職員の就労実態を明らかにする。そして彼らが
学生に代表される日本に一時的に滞在している人
介護現場で継続的・安定的に就労するには何が必
と、日本に帰化・永住した人や日系人などである。
要かを考察し、介護現場における在日外国人の継
続的・安定的就労の実現に資することを目的とす
3.研 究 結 果 と 考 察
る。
アンケートの配布施設は、約8000施設(特別養
護老人ホーム 約4000施設、老人保健施設 約2200
2.研究の視点および方法
施設、有料老人ホーム約1800施設)である。その
本研究はアンケート調査と聞き取り調査で構
うち約2800施設から解答があり、回収率は35%で
成されている。アンケート調査の実施期間は2008
あった。回答があった2800施設のうち、外国人介
年12月から2009年1月である。調査対象は、全国
護職員を雇用したことがあると答えた施設は465
の特別養護老人ホームおよび老人保健施設であ
施設(16.6%)である。雇用したことのある外国
り、各都道府県別に3分の1の施設を無作為に抽
系介護職員の人数は、978人である。外国系介護
出した。また、1都6県および静岡県・愛知県そ
職員の出身国については、825人の外国系職員に
して京都府・大阪府・兵庫県では、都府県内にあ
ついて回答があった。出身国と有効回答に占め
る特別養護老人ホーム、老人保健施設、有料老人
る割合は以下の通りである。フィリピン人が381
ホームの全てを調査対象とした。調査にあたって、
人(39%)、中国人が214人(21.9%)、韓国人が
- 133 -
93人(9.5%)、日系人が66人(6.7%)である。ま
それぞれ1つずつであった。担当業務の内容は、
た、その他の国の出身者は71人で(7.3%)、出身
介護に関する業務全て(記録の執筆を含む)が3
国が不明の者は153人(15.6%)であった。在職
人で内訳は中国2人と韓国1人、介護に関する業
状況については、835人の外国系職員について回
務全て(記録の執筆を含まず)が7人で、内訳は
答があった。調査時点で在職中の者は481名で、
フィリピン6人スリランカ1人、掃除等の雑務中
57.6%を占めている。退職者は354名で42.2%を占
心が2人、入浴介助中心が2人で共にすべてフィ
めていた。雇用契約形態については、833人の外
リピン人であった。勤務時間帯は、夜勤を含む全
国系介護職員について回答があった。常勤雇用の
時間帯が4人(中国2人、フィリピン2人)、夜
者が192名で23.0%を占めており、非常勤雇用の
勤以外の時間帯が10人(フィリピン8人、韓国1
者は451名で54.1%である。また非常勤雇用のう
人、スリランカ1人)であった。
ち、派遣会社を通した雇用は190名であり、全有
調査結果をまとめると、他の外国系介護職員と
効回答の内の22.9%を占めていた。
比較して、在日フィリピン人介護職員は、施設と
聞き取り調査の対象施設は、8施設(特別養護
直接雇用契約を結ばない人が多く、在職期間も短
老人ホーム2施設、老人保健施設3施設、特定入
い。そして、介護現場の業務内容は、記録を書い
居者生活介護付き有料老人ホーム2施設、軽費老
ていない人が全員であり、夜勤を担当している人
人ホーム1施設)である。調査時点での人材不足
の比率も著しく低いことがわかった。一方で、中
の状況は、8施設すべてが充足していると答えた。
国人・韓国人は、在職期間が長く、記録を執筆し
雇用したことのある外国人の総数は、14人であり、
ており、夜勤を担当している。
出身国はフィリピンが10人、中国が2人、韓国が
本調査における外国系介護職員の出身国(フィ
1人、スリランカが1人である。雇用形態は、派
リピン、中国、韓国、スリランカ)のうち、在日フィ
遣会社を通した非常勤雇用が8人(すべてフィリ
リピン人介護職員は、特有の雇用形態のため、施
ピン)、非常勤雇用が5人(フィリピン2人、ス
設で継続して働くかどうかが、本人の意思ではな
リランカ・中国・韓国が1人ずつ)、常勤雇用が
く、雇用側の意思次第である場合が多い。したがっ
1人(中国)であった。在職状況は、退職済みが
てより能力のある人材が見つかった場合や、政府
6人、在職中が8人であった。なお退職済みの人
の雇用対策事業等によって施設の自己負担なしで
はすべてフィリピン人であり、雇用形態は、派遣
職員を雇うことが出来るようになると、施設は在
会社を通した非常勤雇用が4人、非常勤雇用が2
日フィリピン人の雇用契約を延長しない。また、
人であった。雇用期間は、3ヶ月未満が5人(す
入所型施設における夜勤の時間帯では、職員数が
べてフィリピン)、3ヶ月から半年が3人(すべ
少なく1人の職員が身体介助と記録の執筆といっ
てフィリピン)、半年以上1年未満が3人(フィ
た管理業務の両方を担当する可能性が高い。した
リピン2人、スリランカ1人)、1年以上が3人(中
がって中国・韓国出身者と比較して、日本語の文
国2人、韓国1人)であった。退職の理由は、施
章執筆能力が低い人が多いと考えられる在日フィ
設側が雇用契約を延長しなかった場合が3事例、
リピン人介護職員は、夜勤を担当することが難し
外国系介護職員本人の自己都合が3事例であっ
いと考えられる。こうした介護現場での実務に必
た。前者の場合における契約延長をしなかった理
要な能力は、OJTやOFF-JTを通して習得
由は、「日本人の経験者が見つかったから」「本人
するのが望ましい。しかし、彼らは介護の専門知
の能力が伸びる見込みが無かったから」
「自治体
識以前に文章作成能力に課題があるため、記録の
の事業で、施設の負担なしで職員を雇える見込み
執筆といった日々の実務を遂行するのに必要な技
がついたから」がそれぞれ1つずつであった。自
能を身に付けるのに時間がかかる。その上、彼ら
己都合の詳細は、転居、妊娠、体力的にきついが
の雇用形態が直接雇用でない形態のため、施設側
- 134 -
が彼らに対して、OJTやOFF-JTに十分な
時間を割くのが難しいと考えられる。
新潟県における在日フィリピン人等外国人
介護職員の就労実態と課題
在日フィリピン人は、日本人と比較して母数が
少ない。日本人であれば、介護未経験者が介護現
ピーエムシー株式会社 代表取締役 谷 晴 夫
場で就労して直ぐに辞めても、新たな未経験者が
介護現場に入ってくる可能性が高い。一方、在日
1.はじめに
フィリピン人の場合、母数が少ないので、未経験
ピーエムシー株式会社は、新潟県の更なる少子
者が辞めてしまっても次に続く人が十分いるとは
高齢化を踏まえ、将来に備えて今から介護人材不
限らない。限りある人材である彼らが介護現場に
足を補うの体制作りを行う事を目的とし事業活動
定着するには、まず継続的・安定的な就労につな
を行っている。具体的には、在日フィリピン人等
がる雇用形式の実現と、OJTやOFF-JTに
外国人を介護職員として養成し、独自の体系的・
十分な時間を割くことができる環境の整備が望ま
継続的な集合研修および派遣先である介護施設へ
れる。(本研究は文部科学省科学研究費補助金「外
の巡回指導などのフォローを基本として、優秀な
国人介護職の受入れに関する研究(平20 ~ 22年)」
在日フィリピン人等在日外国人介護士の育成を行
(研究代表者:植村英晴)の一部である
い、新潟県内に外国人介護士教育システムの環境
を整備している。また、海外から新たにやってく
る外国人介護士に対する教育育成システムの構築
を視野にいれて事業活動を行っている。本研究で
は、新潟県における在日フィリピン人等外国人介
護職員の実態と、彼らに対する効果的な就労支援
システムのあるべき内容を、筆者の事業・調査活
動を通して得た情報をもとに検証し、報告する。
- 135 -
2.具体的な活動実績
2-1.ホームヘルパー2級開催および就業人数
ホームヘルパ-2 級
講座
回数
就業希望数
受講
数
就業数
退職数
退職理由・備考
平成 19 年度
1
8
5
5
平成 20 年度
4
32
11
11(100%)
4
人間関係1.能力1.主人の転勤1.妊娠1
平成 21 年度
4
45
25
12(※ 48%)
0
※緊急雇用対策等の関係で就業率下がる
計
9
85
41
7
平成 21 年度在籍数
(100%)
人間関係1.能力1.腰痛1
3
28
21 名
受講数/講座
退職/就
希望/受講
21 年度在籍数/累計希望数 (51%)
就業/希望
率
回数
業
21 年度在籍数/累計ヘルパー受講数 (24%)
(48%)
(68%)
(9.4 人/回)
(25%)
※ 注1 平成 21 年 9 月からの緊急雇用対策における日本人失業者が介護現場に導入された結果、
平成 10 月就業希望者 6 名の就業は 0、平成 22 年 3 月上越地区就業希望者 5 名の就業も現在0ベース
2-2.就業者の就労状況
表2.平成
21 年度在籍者の就業先、就業数、夜勤対応、記録記入者、日誌練習対応者
表2.平成21年度在籍者の就業先、就業数、夜勤対応、記録記入者、日誌練習対応者
特養
老健
デイ
サービス
施設数
4
1
就業数
6
1
記録記入者
2
0
内夜勤従事者
日誌練習者※
チェックのみ
2
0
4
ショート
スティ
5
3
5
3
1
2
0
1
0
グループ
ホーム
2
1
0
高専
賃
計
3
1
1
18
3
1
2
21
7
33%
夜勤/就業数
1
1
0
7
38%
記入/就業数
1
1
3
有料
老人ホーム
0
1
0
2
0
1
0
0
2
率
備考
8
28%
練習/就業数
6
28%
チェック/就業数
2-3.就業者の就業後研修の状況
月1回、定期的継続的に就業者および就業待機
者に対して、修業後研修を行っている。
表3.就業後研修の実績
表3.就業後研修の実績
三条会場
十日町会場※
合
回数
参加数
平均参加数
回数
参加数
平均参加数
平成 19 年度
0
0
0
0
0
0
平成 20 年度
9
36
4
0
0
平成 21 年度
12
156
13
6
計
21
192
9
6
※
注1
回数
計
参加数
平均参加数
0
0
0
0
9
36
4
60
10
18
216
12
60
10
27
252
9
十日町会場は平成 21 年 10 月から開催する。
2-4.就業者のフォロー活動等
でもらい、指導を入れて返信する。巡回指導は、
就業者に対して、勤務施設外のところで面接を
担当の介護教員が、本人および施設の担当者と面
行う。日誌指導は、施設で記入した日誌をFAX等
談し指導を行う。
- 136 -
表4.フォロー活動、日誌指導、巡回指導
表4.フォロー活動、日誌指導、巡回指導
フォロー活動※
日誌指導※
PMC 社員
PMC 社員
就業数
回数
月数
平均
回/人月
回数
巡回指導回数※
介護教員
月数
平均
回/人月
回数
月数
平均
回/人月
平成 19 年度
5
8
1
1.6
0
0
0
0
0
0
平成 20 年度
11
127
12
1.0
0
0
0
0
0
0
平成 21 年度
12
65
12
0.5
10
2
0.4
12
3
0.3
合計
28
200
※
※
※
10
12
注1 平成 19 年、20 年のケア活動頻度が、高くなっている理由は、フィリピン気質の特に高い人の雇用の結果である。
注2 平成 21 年からは、日本の介護社会の人間関係に不適と思われる人材の雇用を避けた結果である。
注3 日誌指導、巡回指導は平成 22 年に入ってからの活動である。
2-5.他の就業者状況調査
表5.新潟県内で、PMC以外の介護施設で就業する在日外国人調査
表5.新潟県内で、PMC
以外の介護施設で就業する在日外国人調査
番号
国籍
勤務
形態
就業
施設
勤務
年数
夜勤
2級
受講
1
フィリピン
パート
特養
2
×
他
×
2
フィリピン
パート
特養
6
×
他
×
3
フィリピン
パート
訪問
6
×
他
4
フィリピン
パート
特養
6
×
5
フィリピン
パート
ディ
5
6
スリランカ
社員
特養
2
7
スリランカ
パート
病院
8※
フィリピン
派遣
病院
9※
※
※
※
※
※
介護知識レベル※
ADL 用語
意味がわかる
記録を書
いている
PMC
フォローアップ参加
×
×
〇
×
×
〇
〇
〇
〇
〇
他
×
×
×
〇
×
他
×
×
×
×
〇
他
〇
〇
〇
〇
1
×
他
×
×
×
×
3
×
PMC
〇
〇
×
〇
ADL 用語
読める
フィリピン
パート
ディ
2
×
〇
〇
×
〇
PMC
注1就業形態は、ほとんどパートである。施設側からの話「就業 6 年でも介護知識はない。パート以外は無理」
注2夜勤対応者は、1 名のみ。
注3介護知識の ADL 用語は、「食事」「入浴」「排泄」「移動」「整容」「着脱」「自立」「全介助」「清拭」「誤嚥」の 10 単語である。
注4番号8、9は、先に就業していて PMC ヘルパーの受講生である。
注5面談した方には、PMC のフォローアップ参加を呼びかける。
3.活動に伴う効果点と課題点
3-2.介護施設の受入ニーズについて
3-1.介護人材の確保について (1)効果点 過疎化している地区(十日町市、
(1)効果点 1講座10名程度の受講者数を確保
している。
柏崎市等)においては、新たに高齢者介護
の世界に入る人材が不足している。弊社の
10名 の受 講者 の う ち、就 業 希 望 者は 5 名
活動を通して新たな介護人材候補者を見つ
(50%)。年4開催であり、少なくとも年20
け出すことができる。柏崎市�山会・山﨑法
名の就業希望者を確保できる。
人事務局長(柏崎市)は「柏崎は介護人材
(2)課題点 多くの受講生がつめかけても、現
が足りない。今後、PMCさんと一緒に新た
段階では就業先の確保・紹介が十分できな
な人材を開拓・開発していきたい」とのこ
い。
とである。
背景として、待つ事が苦手な国民性がある。 (2)課題点 新潟県の主要都市(新潟市、長岡市、
上越市等)では、新たに介護業界に流入す
る日本人が一定数見込めため、在日外国人
- 137 -
介護職員に対するニーズは低い。また、将
に対するモチベーションの維持に繋がる。
来の人材不足に対する準備という経営的視
弊社の巡回指導によって、温かく支えられ
点に基づく先行投資といった考えにも至っ
ている実感をもつ。将来、フィリピン等の
ていない。
自国にいる親戚等の縁故者が、介護の仕事
にこられるようにネットワーク構築に協力
3-3.受入介護施設の PMC への評価について
している。
(1)効果点 弊社のOFF-JTと介護現場に
(2)課題点 主婦であり母親である彼女たちに
おけるOJTが、相乗効果を発揮し、評価
とって、就労を続け、なおかつ継続的に学
が高まってきている。
習するモチベーションの維持は難しい。
(派遣就業先の声)
ⅰ)長岡三古老人福祉会 近藤法人総務局長
(県老人福祉施設協議会会長)
3-5.新潟県内での協力体制について
(1)効果点 新潟県知事が弊社派遣先介護施設
「夜勤もでき、安心できる人材をつくる
ピーエムシー株式会社の活動に共感す
を訪問、活動の理解と協力を表明する。
新潟県福祉保健部高齢者福祉課との打ち合
る」
わせがはじまる。平成22年4月、新潟県老
ⅱ)苗場福祉会 小松統括部長
人福祉施設協議会の協力をえる。
「PMCの教育が、法人の教育にとても影
(2)課題点 新潟県において組織的・体系的に
響している。また、外国人という偏見が
在日外国人介護職員の養成を行っているの
法人内になくなってきている」
が弊社のみであり、民間企業であるため、
ⅲ)十日町福祉会 長谷川法人事務局長(県
公的支援を要請するには限界がある。
老人福祉施設協議会 理事)
「日本人を直接雇用するより経費は高い
4.課題の明確化
が、ピーエムシー株式会社の就労後の
弊社の活動は、新潟県内での在日外国人介護職
フォロー・研修体制と本人の取り組み姿
員雇用ネットワークの拡充および教育環境の整備
勢等が、他の職員に良い影響を与えるな
において、既に一定の成果と評価をうけている。
どの効果もあり、今後もいい人材をお願
今後、在日フィリピン人等外国人に対して、効果
いしたい」
的な就労支援システムを創りあげるには、下記の
ⅳ)医療法人しただ 飯塚人事課長
課題を明確にし、改善点を見つける。
「外国人が仕事を求めて本法人にやって
(1)新潟県の介護施設の多くは、まだ在日フィ
くるが、今後面接で良い人材がいた場合、
リピン人等外国人介護士積極的に雇用し
ピーエムシー株式会社を紹介し、ピーエ
たいというニーズはない。
ムシーの研修を受けた上で、法人に派遣
(2)在日外国人介護職員の個々の能力差(語
してもらいます」
学力、認知力等」によって、人材の安定
(2)課題点 就業者個々の能力差のばらつきが
大きく、質の安定を担保できない場合があ
した質を保つことが難しい。
(3)就業した在日外国人介護職員が継続的に
り評価が低い場合がある。
学習を続けるモチベーションの維持が難
しい。
3-4.就業者のモチベーションの確保について
(4)一私企業であるため、関係施設との連絡
(1)効果点 月1回の集合研修であるフォロー
や事務処理等を行う人材が少なく、活動
アップは、同じ仲間が集う場であり、就労
- 138 -
の範囲が制限される。
在日フィリピン人介護士を受入れて
5.改善点
以上の事実を踏まえ、下記の通り改善を行う。
―研修・支援体制を中心に―
(1)個々の能力差(語学力、認知力等)を補
うツールとして、「自宅で何度も学習で
社会福祉法人苗場福祉会事業部長 小 松 順 子
きるDVD介護教材」を開発する。教材
コンセプトは「介護の言葉がわかる、す
当法人は新潟県内に11施設、千葉県に1施設を
ぐに使える、わかるとできる」である。
持ち、老人福祉を中心に「自らが受けたい医療と
全7コース DVD60分 テキスト20ページ
福祉の創造」の理念を基に介護サービスを展開し
(DVDの補完教材)を予定している。
ている。職員数は正規職員・非正規職員を合わせ
(2)向上心ある在日フィリピン人等外国人介
655名である。主たる施設は、新潟県の南側と長
護士に対して、介護福祉士国家資格の取
野県の県境に位置する。豪雪地帯であり過疎化が
得支援講座を開設する。
進む津南町を中心に事業を行っており、常に人材
目的は、継続的な学習に対するモチベー
ションの維持である。
確保には頭を悩ませている状態であった。こうし
た地域は、過疎化が進んでおり、労働人口自体が
(3)介護現場に対して、在日外国人介護職員
少ない。ピーエムシー株式会社の在日フィリピン
を雇用する意欲を植え付け、介護人材育
人等外国人介護士の育成については、共感すると
成としての共存化を創りだす。
ころが多く、平成21年2月から人材派遣を受け入
(4)新潟県老人福祉施設協議会や大学等との
共同研究を行う。
れ、現在、本法人では、4施設で合計6名の在日
フィリピン人が就労している。就労先施設は、グ
上記(3)の改善を行うに当たって、県老施協
ループホーム3名、デイサービス3名の計6名で
の協力の下、弊社開発教材を日本人の未経験者お
ある。なお、グループホームに勤める3名中、2
よび在日フィリピン人等外国人介護士にモニター
名は夜勤を担当している。
として活用してもらい、効果の検証・ローアップ
当法人の人材育成は、法人の基本理念がベース
を行うことで、介護未経験者・外国人に特化した
となっている教育研修(全職員対象)と、人事考
研修・就労支援システムの開発を行う。
課に基づく個人の力量に合わせた研修の2本で構
成されている。個人の力量に合わせた研修では、
各職員が自分の勉強したい分野に関する研修を受
講することができる。
教育研修には、相談員、栄養士、介護支援専門員、
接遇、新人育成のプリセプター等に向けた研修が
ある。また安全管理に位置付けられる感染対策、
リスクマネジメント、高齢者虐待・拘束廃止につ
いての研修は、全職員参加の研修である。個人の
力量に合わせた研修には、基礎能力開発として新
規採用者研修、新人フォローアップ゚研修、入職
2~3年目、4~5年目研修等がある。また管理
者には管理能力開発として主任クラス、係長クラ
ス、課長以上クラスの職責別研修を行っている。
これらの研修は、勤務時間内に行われ、研修が事
前に勤務シフトの中に組み込まれており、勤務の
- 139 -
一環としての位置付けられている。ただし安全管
ス部門において、日本語で執筆しなければいけな
理の研修は時間外に行っている。
い場面は多いが、当法人では一部の施設で記録に
本法人では、これらの研修を、非正規職員・パー
パソコンを導入しており、書くことについては、
ト職員・派遣会社等から派遣されている職員に対
目立った問題はない。通所系サービスの記録では、
しても、常勤の正規職員と同様に実施している。
チェック式にしており、記録執筆を少なくしてい
理由は、利用者にとっては、正規職員であろうと
る。在日フィリピン人介護士の就労に際して、実
派遣職員であろうとケアを実践するのは同じであ
際に細かな問題はあるが、OJTが機能していれ
り、法人が雇用した以上その責任を担っていると
ば日本人と同様の研修で業務を覚えていくことが
考えるからである。在日フィリピン人介護士は、
できると考えている。
これまでに教育研修を延べ69時間(基礎能力開発:
次に在日フィリピン人介護職員を受け入れたこ
28時間、実践能力養成:35時間、安全管理6時間)
とで現場に起きた変化について述べる。在日フィ
受講している。また、個人の力量に合わせた研修
リピン人のよさはホスピタリティの精神があるこ
では、グループホームでの就労者を中心として、
とである。とにかく明るく前向きなのである。何
認知症についての学習を希望する声があったた
より何のために仕事をしているのかをよく理解し
め、現在、くもん式学習療法およびパーソン・セ
ている。彼女たちのケアでは、仕事の流れを理解
ンタード・ケアについて学習している。また、本
するよりも、どうすれば利用者様に喜んでもらえ
法人では、日常業務の円滑な進行の実現を目的と
るかが中心になっている。在日フィリピン人介護
した6つの教育部会があり、在日フィリピン人介
士を雇用することで、介護保険の根幹である「利
護士も、個別ケア委員会の活動に参加している。
用者中心のケア」にたちもどることができた。特
研修の内容は、最初に新規採用者研修に参加
に通所系のサービスを利用される方は、サービス
し、法人の理念の理解や委員会活動を説明し、次
を使う意義や楽しみがなければ継続して利用しな
に老人福祉の考え方、グループワークを行い、仲
い。彼女たちのおもてなしの気持ちは少なからず、
間づくりが中心となる。現場では委員会活動のひ
職員に良い影響を与えている。今後は更に、OF
とつであるプリセプターシップに則り、新人には
F-JTとOJTを連動し、最終目標である介護
必ず新人指導係(プリセプター)をつけ、組織に
福祉士合格に向け支援し、介護の担い手としての
慣れてもらい、業務や技術指導、悩み事等も相談
成長を望みたい。
にのってもらっている。また採用後最低1ヶ月月
最後に、ある在日フィリピン人介護職員に言わ
間は、毎日振り返り日誌を記入してもらい、文章
れた言葉を紹介したい。「私たちを信じて使って
や文字の添削も含め、内容を検証し、職場にどの
くれてありがとう」。この言葉から、シンガーや
程度慣れ、どの仕事を覚えたのか等、本人の力量
ダンサーとして日本に来た彼女たちが結婚しても
を勘案し、OJTに活用している。在日フィリピ
様々な理由があり、就労が困難だったことがうか
ン人の方は、ほとんどの人が、記録の執筆が苦手
がえる。介護の人材が恵まれない状況の今、一緒
であり、振り返り日誌は、書くことに慣れるため
にケアができる仲間が少しでも増えるよう、今後
の大事な手段でもあると感じている。日誌は、就
も国籍を越えた丁寧な教育を行っていきたい。
労時間内に書くのを原則とし、その日のうちにプ
リセプターに提出、その後、リーダー、係長、施
設長がチェックし、捺印ののち、約1週間後に本
人へ返却される。在日フィリピン人介護士の場合、
漢字や日本語の文法の誤りを含め、細かな箇所ま
で訂正が入る。実際の現場では、入所系のサービ
- 140 -
在日フィリピン人介護士として勤務した経
験を通して
れた時に幸せな気持ちになります。利用者さんの
事を受入れて、自分の家族のように思えると安心
して働く事ができます。
ピーエムシー株式会社 / 派遣先:社会福祉法人苗場福祉会
うれしい事に施設長さんや同僚が私を暖かく迎
グループホームみかん 相澤 クイーン
えてくれました。いろんな事を教えてくれて、悩
みや分からない事を相談が出来て心強いです。ほ
21年前にフィリピンから新潟県の十日町市に嫁
め言葉や時には厳しい意見も言ってくれていま
に来ました。今振り返ってみると生活する中でい
す。私の為だと思って、また頑張ろうという気持
ろんな壁を乗り越えてきました。言葉、生活習慣
ちになります。チームとして一緒に仕事をして、
や人との付き合いを覚えるには大変な苦労もあり
お互いに声をかけあってお客様と関わっていま
ました。家族の理解や支えがあったから出来たん
す。明るい私がフィリピン人である事を感じさせ
だと思います。一人娘に恵まれて現在3人で幸せ
ないぐらい、職場の雰囲気がとても明るいです。
に暮らしています。
人材派遣会社では、毎月介護の先生が勉強会を
介護職員になる前は全く違う仕事をしていまし
開いてくれていて、私達にとって必要です。新し
た。介護は力のある仕事で大変だと聞いていまし
い言葉、記録の書き方や病気に関する知識を習っ
たが、働き始めてしばらく経った今、介護の仕事
ています。仕事に役に立てて助かっています。勉
は安定している仕事であると知りました。最初は
強が分かりやすいように工夫してくれています。
資格だけでも取れれば、いつか役にたてる日が来
これからも介護職員として頑張っていきたいで
ると思っていました。そして、在日フィリピン人
す。
の為のヘルパー2級の講習会があると聞いて参加
しました。講習会をやっている内にいろんな事が
分かって来ました。介護職員が少ない中で、日本
は高齢化社会の時代になっていく、もし自分が同
じ立場におかれたらと思って、家族の負担が少し
でも軽減されるようにと考えました。
昨年の8月から苗場福祉会にお世話になってい
て、グループホームに勤務しています。職場の皆
さんに今の私を受入れてもらっています。認知症
専門のケアする職場で、共同生活をしているお客
様のケアやお手伝いをしています。最初は「私に
できるだろうか」と不安もありました。お客様一
人一人、関わり方が違い、心配でしかたなかった。
家族からも「自分の体でさえ丈夫でないのに、人
のお世話できるの?」と言われましたが「やって
みないと何も始まらないし、やっていきたい仕事
でもある」と思い、わかってもらう事ができまし
た。仕事をはじめてみると、大変だけれども、お
金をもらいながら、人の役にも立つ、とてもやり
がいのある仕事です。時には、利用者さんが笑顔
になり、信頼関係ができて「ありがとう」と言わ
- 141 -
受講生のモチベーションに依存しない介護
教育の具体的手法
者には感じられる。2000年当時の介護職を希望す
―外国人および日本人介護未経験者の定着率を上
介護職は社会的に認められるすばらしい仕事であ
げる教授法―
る学生・受講生には、介護に対する興味があり、
ると考えていた受講生が少なくない。しかし現在
の2009年以降の特に訪問介護員2級研修・介護職
新潟青陵大学短期大学部 知 野 吉 和
員基礎研修の受講生は、現実的な問題で受講を希
望される方がほとんどである。製造業では食べて
1.はじめに
いけない、派遣社員ではいつクビになるかわから
現在、筆者は介護労働安定センターや県等の委
ない、という理由である。介護職希望者の人材の
託事業の講師として、介護職員基礎研修(2年間
モチベーションは「介護をしたい!」から「とり
指導)、訪問介護員2級研修(11年間指導)をは
あえず介護でいい、介護しか行くところがない」
じめ、短期大学や専門学校といった介護福祉士養
に切り替わっているのである。
成校(5年間指導)での講義を担当している。訪
当然、授業の内容も大きく変わってきた。介護
問介護員2級研修では、年間4~5回の講座を担
保険発足当初の授業は、授業中に積極的な受講生
当し、介護福祉士養成校の学生を含めると、一年
の疑問に応え、事例問題や実技課題に挑戦する受
間で介護職員を目指す人たちを300人以上指導し
講生にヒントをなげかけるスタイルが中心であっ
てきた。
た。2000年後半、特に2008年以降の受講生は、手っ
介護保険法施行当時は、他職種からホームヘル
取り早く仕事に就ければいい、テストがなければ
パー・介護福祉士を目指して2級研修や介護福祉
覚える必要がない、興味がないから寝る、といっ
士養成校に人材が流れてきた。しかし、その人数
た消極的で気力のない受講生が多く、興味を持っ
は年々減少し、厚生労働省の調査によれば、2008
てもらう・飽きさせない工夫の必要な授業スタイ
年4月に介護福祉士養成課程のある学校に入学し
ルに変化した。
た人は1万1638人で、定員の充足率は約46%にと
どまった。筆者が勤務していた新潟中央福祉専門
3.介護福祉分野を希望する在日フィリピン人と、
学校では、2000年まで順調であった入学希望者
日本人受講生の共通点
は減少し、2008年度には新入生の募集を停止し、
筆者が在日フィリピン人介護職員の養成を始め
2009年3月に13名の卒業生を送り出すと同時に廃
て3年目に入る。在日フィリピン人受講生のやる
校となった。
気や元気に比べて、日本人受講生のモチベーショ
介護業界に変化が訪れたのは2008年11月から始
ンの低さが目立つ。その一方でこの2者の間に共
まる世界的な金融危機以降である。いわゆる派遣
通点を見つけることができた。在日フィリピン人
切りの人材が介護業界に流れ込んできた。それま
は、やる気があり、楽しく授業を受け、クラスの
で定員割れが続いた委託事業の訪問介護員研修
雰囲気を明るくし、授業中の質問も多い。しかし、
も、筆者が担当するすべての講座で、入学するの
日本語能力がおしなべて低いため、教授内容のす
に2倍以上の倍率となる事態となった。この数値
べてをわかりやすい日本語に変換して授業を進め
を見る限り、介護業界の人材不足の不安が解消さ
る必要があった。そのため、ひとつの課題を理解
れるかのように思えた。
することに時間をかけ、丁寧に説明することが必
須であった。一方で、日本人受講生は、意欲が低
2.現在の介護人材の課題
いため、気づきを促すスタイルでは反応が弱いた
2000年当時の介護職の希望者と、2009年以降の
め、講師自らが楽しい雰囲気を作りだしながら教
介護職の希望者には、大きな違いがあるように筆
えるスタイルで進めていく必要があった。また、
- 142 -
基礎学力の低い受講生が多く、教科書の内容が理
方法を求めることも課題の1つであると考えられ
解できないため、時間をかけて丁寧に説明する必
る。
要があった。
在日フィリピン人と、介護福祉分野希望者の日
5.日本人介護労働者の定着率を上げる教授法
本人の共通するニーズは、介護の専門知識を複雑
現在の高齢者施設の課題は、いかに介護職員を
な日本語を用いずに、楽しみながらわかりやすく
定着させるかである。筆者は、過去10年間の訪問
覚えたいことであった。覚え方の感性が同じであ
介護員2級研修の修了生が、介護業界を辞めてい
れば、日本人もフィリピン人も同じ教授法で介護
く際に、その理由を尋ねた事がある。主として「誰
教育が可能である。本発表では、介護に関心の薄
も何も教えてくれないから」という理由が多い。
い人材が高齢者施設で定着する方法として、研修
在日フィリピン人介護職員育成で開発した教授法
時に効果を発揮する教授法を紹介する。
は、介護現場での現任者研修を代替することがで
きる上、介護に対する意欲・興味が薄い人であっ
4.高齢者施設における介護人材の課題
ても、効率よく必要事項を覚え、高齢者施設に早
高齢者施設では、いわゆる派遣切りの煽りを受
く馴染むことができる教育法である。
けた人材が高齢者施設へ流れて、2~3ヶ月で退
以下に示すのは、筆者が介護職員基礎研修や訪
職するという現象がこの1年、新潟県内の各所で
問介護員2級研修での実践を通して、受講生の反
見られた。この現象が起きる要因の1つは、受け
応が良かった教授法10例である。
入れ施設の育成ノウハウが未整備であると考えら
れる。これまでは、介護や高齢者に興味のある人
①熟語を使わず、小学生低学年程度に通じる言
材が希介護福祉の実践現場に入ってきた。しかし、
葉を使う
現在は、介護に対する関心が薄い上、十分な介護
福祉教育を受けていない希望者が高齢者施設に押
②発言ができない場合は書く
し寄せている。したがって受講生の意欲に依存し
講師が受講生に質問をし、回答者を指名して
た人材育成プログラムでは対応しきれていない。
回答させるのではなく、質問に対する答えを
新人介護職員側は、聞いたこともない専門用語
受講生に筆記させる。
が飛び交い、今までとはまったく違った環境・価
値観・介護の常識の中で、熟練した介護職員に対
③根拠ではなく手順を説明する
する不安を解消できずに、辞めていくのが現状で
根拠とは基礎的知識があって初めて考えられ
ある。
る性質のものである。それよりも、手続き記
高齢者施設では、現場経験が豊富な介護職員は
憶として、手順を優先して覚えさせる。
新人職員に対して「この程度はわかるだろう」と
いう介護の常識をわかっていることを前提とした
④文字や言葉よりも絵と動きのセットを用いて
目線で指示を出す。しかし一方で、新人は「何を
伝える
言っているのかわからない、何をしたらいいのか
言語は、そもそも非言語領域での表現と合わ
わからない」という状態である。お互いの持って
せて伝えることで効果が倍増する。用語を説
いる介護福祉の知識、技術に大きな開きがあるの
明する際、講師が身振り・手振り等を用いて
である。しかし、介護現場は新人を育てる時間が
用語の内容を動きをもって説明することで、
ないため、即戦力を求める。その中で、介護に興
視覚と聴覚を同時に用いて記憶することがで
味のある新人職員でさえ、自信をなくし、介護現
きる。
場をあきらめてしまう。こうした状況を解消する
- 143 -
⑤受講生の過去の体験に基づいて説明する
おわりに
⑤については、イメージする感性とは、自己
在日フィリピン人の介護教育を通して、政府の
の持つボキャブラリーに大きく比例するもの
雇用対策事業に基づく訪問介護員研修や介護職員
である。ボキャブラリーが少ないとイメージ
基礎研修の授業内容がより効率なものとなり、受
もしにくいのである。体験したことをもとに
講生の意識も上がってきている。介護福祉の現場
イメージすることは受講生にとっても楽な方
に求められる要素の1つは、介護職員の明るさで
法であり、覚えることも容易となる。
あり、在日フィリピン人はこの資質を持っている
場合が多い。在日フィリピン人の場合、今後は記
⑥疾病や障害の説明では一つの症状に絞った説
明をする
録執筆等の課題も出てくるが、介護人材の不足が
より深刻なると同時に介護福祉分野への希望者の
複数のものを単純化することで、あいまいな
表現をなくす。
学力が相対的に低下することを前提に考えると、
たとえ介護や高齢者に対する興味が薄くても、高
齢者の介護を希望する人材を離脱させないことが
⑦記憶を定着させるために、何度も思い出して
重要であると考える。
もらう
受講生に対して覚えるべき事についての質問
を繰り返す。
⑧暗唱させる
新しい言葉を書こうとすると書くことに集中
してしまう。そこで言葉に集中するために、
暗唱させる。
⑨見せるだけではなく使い方を教える
医療福祉用具など、実物や写真とともに使用
方法を説明することで、より具体的に理解す
ることができる。
⑩ベテランの介護職員に馴染む方法を教える
新人職員が遭遇する実際の介護現場での問題
の多くに職員との人間関係が含まれている。
ベテラン職員と円滑にコミュニケーションす
る方法を知る方法は必須である。
これらの教授法は、受講生の意欲を介護に向け
ることに主たる目的がある。この教授法は、在日
フィリピン人を教える中で、必要に迫られて開発
した教授法である。それと同じくして、日本人の
多くの介護福祉分野への希望者にとっても効果の
ある教授法になった。
- 144 -
高齢者介護施設における新人職員研修のあ
り方に関する一考察
―外国人介護士に対する現任者研修を通して―
日本福祉医療専門学校 斎 藤 洋
新人職員に対する介護教育が共通して抱える幾つ
かの課題に着目し、これからの新人職員研修のあ
り方について考察する。
2.ピーエムシー株式会社における外国人介護士
に対する現任者研修の現状と課題
1.研 究 目 的
(1)「PMC フォローアップ研修」の現状 ピーエムシー株式会社では、新潟県内に在住す
現任者研修の目的として、まず介護能力の向上
る在日外国人(主にフィリピン人)を対象とした
があげられる。介護労働安定センターの調査によ
介護従事者の育成を行っている。2級ヘルパー講
ると、働く上での悩みや不安、不満を解消する為
座を2008年から開始し、資格取得後の就業者に対
に介護能力の向上に向けた研修を実施することが
しての集合研修「フォローアップ研修」を同年10
最も効果的であると介護職員は回答している。同
月から月1回の割合で実施してきた。2009年度に
じ立場の外国人同士が集合研修として定期的に集
は、三条市と十日町市2つの会場において合計18
うことは、彼女らのモチベーションを向上させ、
回開催し、平均して毎回10名以上の参加者を集め
悩みを軽減させ、勉強する目的を再確認する良い
ている。毎月研修内容を勤務先施設へ報告し、勤
機会となっている。仕事に対するモチベーション
務先からのリアクションがあれば、次の研修に
が向上することによって離職率も下がる可能性が
フィードバックしながら1年以上に渡って現任者
ある。ピーエムシー株式会社が実施する「フォロー
研修を継続開催してきた。こうした実践の積み重
アップ研修」の2009年度参加者13名のうち、離職
ねが一定の成果を見せはじめている。教育内容や
者は3名である。このうち自己都合で退職したも
教育方法を改善し、その結果として就業者の能力
の者は1名(他の2名は夫の転勤や自身の妊娠が
が向上し、就業先からの承認を得ることにつな
理由)であり、介護職員の離職率の平均27.5%と
がっている。現任者研修で得られたノウハウは、
比較しても、フォローアップ研修を受講している
2級ヘルパー養成カリキュラムへも還流されてお
ピーエムシー株式会社所属の外国人介護士の離職
り、外国人が日本の介護に関する知識を効率的に
率は低いといえるのではないだろうか。研修を継
学習してもらうことが出来るようになってきたと
続して実施していることで、施設からの評価も上
感じている。
がっている。定期研修によって彼女らの専門用語
一方、わが国の社会情勢を反映して、ここ数年
に対する知識の理解が深まり、申し送りや職員同
他業種から介護業界へ転職してくる日本人が急速
士の会話が理解できるようになったことや、一生
に増加している。介護の仕事を全く経験したこと
懸命勉強する彼女らに他の日本人スタッフが影響
のない新人職員に対しては、本来、経験者や有資
を受けたことなどが施設より報告されている。雇
格者とは別立の専用研修プログラムが必要であ
用主である施設からすると、研修に出すことで費
る。しかし多くの介護施設では、未経験者に対す
用が掛かる事もないため金銭的な負担も少なく、
る職員研修が十分実施されておらず、これが職員
安心して雇用を継続することができる。
の質の向上を妨げるひとつの要因となっている。
このことは、短期離職の原因となっている可能性
(2)「PMC フォローアップ研修」の課題 もある。本研究では、ピーエムシー株式会社の現
研修を受けながら就業している外国人介護士
任者研修の現状と課題についてまとめ、次にわが
は、自分の仕事についてどのように評価している
国の高齢者介護施設における新人職員研修を概観
のだろうか。この事について2010年5月16日に現
する。その上で外国人に対する介護教育と日本人
任研修参加者に対して聞き取り調査を実施した。
- 145 -
1年以上継続して就労している3名全てが、「自
約8割の施設は過去1年間の間に一度以上職員研
分はほぼ1人前に仕事をこなすことができている
修を実施したと回答しているが、研修を受ける立
と思う」と回答した。ほぼ1人前になるために必
場である新人介護職員に対する調査では、「研修
要な期間は、3名全員が「約1年間」であると答
を受けていない」という回答が45.2%あり、また
えた。残る課題は何かという質問に対しては、3
「指導担当がいない」という回答が実に49.3%に
名全員が「記録が書けるようになること」と回答
のぼっている 。高齢者介護施設では、新人研修
した。このような外国人介護士の自己評価に対し、
を内部研修として実施している所が多い。研修の
施設によっては外国人に記録の能力までは期待し
具体的内容としては、施設の業務(主に3大介助)
ていないという場合もある。外国人介護士からは
を担当の介護職員がOJTの形で教えるものが主
「自分でも努力するから、もっと記録を書く機会
流であり、介護を実践する為の基礎的な用語や知
を与えて欲しい」という希望も聞かれた。実際に
識を教授するようなOFF-JT形式の研修は簡
彼女たちに研修を行っている立場から筆者が感じ
略化されているか、行われていないところが多い。
ている課題は、就業期間や就業先が違い、また能
インターネット等で介護初任者向けの外部研修を
力の個人差も大きく異なる就業者複数名に対して
探しても「接遇マナー」や「口腔ケア」など、基
同時に研修を実施することの難しさや、適切な用
本的な知識を身につけた者に対する研修がほとん
語を使用して介護記録を正確に書くことへの指導
どで、介護の実務経験がない新人職員が基本的な
の困難さである。
知識を身に付けるための研修は極端に少ないので
はないか。新人職員のニーズに合った研修が実施
3.高齢者介護施設における新人研修の現状と課
題
できていないことは離職率の増加と関係している
可能性もあり、研修体制の整備が急がれるが、こ
日本人介護職員においては、ここ数年の社会情
ういった研修が実施できないという受け入れ側の
勢の急激な変化により、他業種からの転職が増加
理由として、①人材育成の時間がない、②研修費
している。平成20年度の調査では転職者の66.7%
用を負担する余裕がない、③採用時期が人によっ
が他業種からの転職である 。平成21年からは雇
て異なるため効率的な研修ができない、④知識・
用対策による職業訓練が拡充されたため、他業種
経験が人によって異なるため効率的育成が出来な
からの転職は更に増加している可能性がある。筆
いなどの要因が報告されている。
者の勤務する専門学校においても、介護基礎研修
過程や介護福祉士養成事業、テクノスクールから
4.考察
の業務委託などで多数の30代・40代の学生が入っ
他業種から介護業界に転職してきた日本人介護
てくるようになった。介護どころか接遇・接客
職員の多くが、介護を行う為に必要な基本的な用
経験の全くないという人、「本当は介護なんかし
語や知識を身に付けることなしにOJTを受け
たくない。とはいえ生活の為に仕方なく…」とい
て、現場の介護業務を覚えていく。このこと自体
う人も多い。国の雇用対策を利用して、2級ヘル
に問題が含まれている。しかし、初歩的な介護業
パーや介護職員基礎研修などの資格を取得して入
務のルーチンワークは、このプロセスで十分こな
職してくる人、高卒または全くの無資格・無経験
せるようになるという部分が介護現場の大きな問
で入職してくる人など、様々なレベルの新人が中
題のひとつであり、介護という仕事の専門性がな
途採用で不定期に入職してくる状況である。この
かなか認知されない要因のひとつではないかと筆
ような新人職員を受け入れる高齢者介護施設で
者は考える。基本的知識が欠如したまま初歩的な
は、どのような職員教育の体制をとっているのだ
実務は習得できても、看護やリハビリなど関連職
ろうか。介護労働安定センターの調査によると、
種との共通言語が獲得できず、連携を深めること
- 146 -
が困難になってくる。入所型施設で働く介護職員
緒に理解していくことでボキャブラリーが
の75%が「ヒヤリハットがあった」と回答してい
増える。(PMCメソッド、用語ランダム編)
る。介護の基本的な知識が欠如は、利用者が低血
④ 理解を深めることで、「選択肢から正解を
糖症状やチアノーゼなどを起こしていても、見過
選ぶことはできるが、言葉の意味を問われ
ごしてしまう可能性につながる。基本的知識を深
ると頭が真っ白になって応えられない」と
めることで、異常の早期発見や対応が可能となり、
いう状況から1歩成長できる。
結果としてヒヤリハットや事故を防ぐことが出来
るようになるのではないか。
これまでに様々なツールを作成し、実際に使用
基本を理解せずにいたずらに現場での経験だけ
してきた。具体的にはPMCメソッド、申し送り
を重ねても、本人のキャリアアップには繋がりに
ゲーム、ワードカード、介護の辞書、漢字の書き
くく、あやふやな知識はいずれそのまま後輩達に
写し、用語(ランダム編)などである。外国人介
受け継がれ、根拠のないその場限りのケアがいつ
護士でも、日本人介護職員でも、介護技術を身に
までも実践されてしまう。竹内によると、介護職
つける前に、まずは基本的な用語の理解を深める
員に対する調査の中で、所属施設の新人研修に対
ことが大事であり、それらを介護記録にも応用で
して76.9%(40名)の職員が「まだ改善の余地が
きるようになることが望ましい。
ある」と回答している。そして新人研修で指導を
受ける新人職員たちの大半が「職員によって言う
5.おわりに
ことが違う」「教え方が違う」「やり方が違う」と
ピーエムシー株式会社が実践する現任者教育は
いった悩みを感じている 。介護職員の離職率を
これからも継続して実施していく。開始して1年
低下させない為にも、特に介護経験のない新人職
を経過した今年の春、当面の目標として大きく2
員に対する研修のありかたを検討し、介護経験の
つの目標を設定した。まず、「記録が書ける」外
ない新人に対する教育体系や教育内容をしっかり
国人介護士の養成を目指すことである。介護記録
と構築することが喫緊の課題である。こうした基
の能力向上のためには、個別対応が不可欠であり、
礎的な知識を身に付けていない新人職員に対する
現在の集合研修(OFF-JT)に加えて、今年
具体的な教育内容や教育方法については、外国人
に入ってからは就業先への巡回指導を含めた個別
介護士教育のためにピーエムシー株式会社が構築
指導を開始している。また、実際の業務において
してきた研修内容の一部が、以下の理由から有効
記録を書けるようになるためには、施設側の理解・
であると考えられる。
協力も必要不可欠であり、外国人本人の意向と施
設の意向の確認・調整が重要となってくる。いわ
① 基本的用語を繰り返し学習することで、確
実に身につけることができる。
ゆる「てにをは」を正しく書けるようになること
も重要だが、それ以上に正しい専門用語を使って
(PMCメソッドに沿って利用者の状態像を
イメージしながら用語を学習)
事実を簡潔に記録できるようになるための指導を
行っていく方針である。次に、2年後またはそれ
② 様々な視点から視覚的、感覚的に学習する
ことで、記憶が定着しやすい。
以降、介護福祉士国家資格の受験資格を獲得する
外国人が続々と誕生する。適切な助言・指導によ
(辞書やイラストを多用して解説を行って
いる。ワードカード)
る国家試験対策講座を開設し、様々な教授法を実
験・検討しながらチーム一丸となって目標達成の
③ 言葉の丸暗記ではなく、関連する用語も一
ために可能な限りの支援を行って行きたい。
- 147 -
2010 年度大会テーマ投稿論文
大会テーマ
「ポストモダンにおける貧困とソーシャルワークアプローチ」
社会福祉法の運営適正化委員会による
『あっせん』実施状況
―全国アンケート調査に基づく考察―
名寄市立大学保健福祉学部社会福祉学科 佐 藤 みゆき
はじめに(調査の目的)
を契機とした「調査、助言、指導」を行うことはあっ
2000(平成12)年に社会福祉法が改正・制定さ
ても、苦情申出人と事業者との間に入って調整を
れ、社会福祉における利用者の権利擁護の仕組み
行うような仕組みではない。このように、苦情解
の一環として「苦情解決制度」が創設されて10年
決の方法として委員会に特徴的な「あっせん」は、
が経過した。運営適正化委員会(以下、「委員会」
北海道では筆者が在籍していた9年間のうち6回に
と表記)は、都道府県レベルでの福祉サービスに
過ぎず、直近の全国統計でも少数に留まっている
かかる苦情解決機関として、社会福祉法83条によ
(平成12年度~ 21年度 苦情受付総件数20,738件
り、都道府県社会福祉協議会に設置された専門機
のうち、124件 全国社会福祉協議会資料による)。
関である。福祉サービス事業者に関する利用者・
本研究ではこの「あっせん」の現状について、全
家族からの苦情の申出があると、委員会は「相談、
国の委員会を対象に行ったアンケート調査の概要
助言、調査若しくはあっせん又は知事への通知」
を述べ、結果を基にして考察を行う(注1)。
の方法によって解決に助力する(法85条・86条)。
筆者は2000(平成12)年の委員会事業開始時か
1 調査の概要
ら、2009(平成21)年3月までの9年間にわたり、
北海道以外の46都府県(以下、すべて「県」と
北海道の委員会の専門員として福祉サービスの苦
表記)の運営適正化委員会宛に調査票を送付し、
情解決事業に従事してきた。そこで疑問を感じて
返送を依頼した(回収期間 平成19年11月9日~
いたのは、委員会の苦情解決方法の中の「あっせ
30日)。回収数は42件、回収率は91.3%であった。
ん」のあり方である。介護保険サービスに関する
調査項目は、委員会で実施している「あっせん」
苦情処理を都道府県レベルで行う「国民健康保険
に関する設問を中心とした、10問である。
団体連合会」(国保連)などの他の機関では、苦情
(注1) この事業における「あっせん」には明確な定義はないが、法学上の概念、国が定める事業の実施要綱で定められている手続
きから、「委員会の複数名の委員が『あっせん員』として利用者・事業者の両当事者が相対して話し合いをする場に参加し、
調整を行うこと」と解する。
- 148 -
2 調査結果
利用契約を解除している場合が多く、事業
(1)平 成16年 度 ~ 19年 度 上 半 期 の3年 半 の 間
者との話し合いを望まないケースが多い」
に、各委員会の考える「あっせん」を行っ
「損害賠償の問題については、訴訟で争う
ていない県は全体の7割に上る(29県 などの他の機関に移行するため、裁判所の
69.1%)。また、「あっせん」を行った県も
判断に委ねるしかないと考えられた事案」
3年半の間に1~2件という回答が約9割
「もともと苦情案件に関する両者の見解が
であり、「あっせん」を解決方法とする苦
完全に対立している」「申出人と事業者の
情解決は実施県でも年間に1件あるかない
それぞれの言い分が平行線に終わることが
かであった。
あり、両者が譲る様子がない」「ほとんど
(2)「あっせん」結果の確認は、「あっせん」実
が利用者等への説明不足や認識のズレから
施県の7割がたで行われているが「申出
発展した苦情であるため、助言で済んでい
人・事業者双方に口頭で確認をする」と
る」との自由回答があった。
いう回答が30.8%と最多で、「事業者から、
(5)「苦情解決の実効性を確保するための工夫
改善報告書を提出させる」という回答が
等」における諸回答により、各県委員会で
15.4%、「その他」が23.1%で、「あっせん」
は「当事者間の話し合い」が苦情解決の基
に至るまでの文書提出等の手続きの煩雑さ
本であるという意識が根強いことがうかが
に比して、「あっせん」成立後の手続きは
われる。申出人と事業者との話し合いの機
比較的簡便に終わっていると言える。
会に事務局が立会い、助言や申入れを行
(3)「あっせん」の成果のメルクマールを「当
うなど(4県)、複数名の委員が関わらな
事者の満足度」におき、委員会としての感
いのであくまでも「あっせん」ではないと
触を尋ねた結果、「満足していると思う」
の認識の下ではあるが、委員会(主に事務
と「概ね満足していると思う」が7~8割
局)がなんらかの当事者間の調整を行って
を占め(申出人に関して77.0%・事業者に
両当事者を解決に導いている例が多い。ま
関して84.8%)、「あっせん」の成果につい
た、当事者間の話し合いが成立しないよう
て委員会としては肯定的にとらえているこ
なケース(たとえば、申出人が事業者に対
とがわかる。
して匿名を希望する場合)であっても、事
(4)「あっせん」実施県については「あっせん
業者側に可能な範囲で苦情の趣旨を伝え改
に至らなかった案件についてその理由」、
善を促すといった、いわば「改善的関与」
「あっせん」未実施県については、「あっせ
んがない理由」を尋ねたところ、「両当事
を行っている。
但し、そのような委員会の「改善的関与」
者からあっせん申請がなかったから」とい
結果を当事者(特に事業者側)に定着させ
う手続き上の理由はほぼ同様の割合であっ
ることに課題を感じている県は多く、「委
た もの の(25.0 %・27.6 %)、「 あ っせ ん 」
員会の権限強化」の必要性を訴える声が多
未実施県で「性質上、『あっせん』になじ
い(6県)。他方、改善報告書の徴収、巡
む案件がなかったから」との回答が51.7%
回指導の実施(2県)、他機関との連携(2
と半数以上あるのが目に付く。「あっせん
県)などの工夫により、委員会の「改善的
になじまない案件」については、「半分以
関与」の実効性を保とうとしている。
上の苦情が匿名であっせんまで進まない」
(6)回答県から提供があった「あっせん」事例
「施設に名前を明かされることを強く拒む
28件について、対象種別は「障害者(在
申出人が多い」「既に施設退所やサービス
宅・入所)」が約3分の2を占める(16件
- 149 -
57.1%)。申出人は「家族」が6割強と
的関与」を行っているが、委員会に強制権限がな
多く(63.6%)、次いで「本人」(24.2%)。
いことを主な理由として、その関与の結果の定着
苦情の内容は「職員の接遇」が5分の1強
には課題があると考えている。この委員会の苦情
で最多だが(21.1%)、「被害・損害」も同
解決の実効性の確保をどのように考えるべきであ
位で(21.1%)、
「権利侵害」も三位(15.8%)
ろうか。
と、利用者の権利に関わる苦情の割合が高
調査結果にもあったように、事業者からの改善
いのが目に付く。処理日数は、
「31 ~ 60日」
報告書の徴収、事業者への巡回指導の活用によっ
と1~2か月間が多いが(32.1%)、「366
て意識の喚起を図ることに加え、委員会が関係機
日以上」(1年超)も3件ある(10.7%)。
関と連携を緊密にし、各機関が各々の権能におい
「あっせん」を実施すると、その約3分の
て事業者に働きかけることで事業者の「気づき」
2の場合において、委員会から「あっせん
を促すこと、特に社会福祉法の苦情解決制度での
案」の提示がある(18件・64.3%)。「あっ
「事業者段階の苦情解決の仕組み」(法82条)にお
せん案」の提示があっても不調に終わった
ける「第三者委員」の活用がその鍵となるであろ
ものもあるが(3件・10.8%)、
「あっせん案」
う。
の提示のない「あっせん」(9件・32.1%)
調査結果によると、委員会は「あっせん」では
では、すべて両当事者が納得の上終結して
ないが、事務局が当事者間の話し合いに立ち会う
いることが注目される(後掲表1)。
などの方法、いわば、「簡略版のあっせん」とでも
「あっせん案」の内容は多岐にわたるが、
「事
いうべき方法で両当事者間の苦情解決に助力して
業者の謝罪の推奨」が約3分の1を占め
いる。そこで次に考察すべきことは、「当事者間
ている(9件・30.0%)。また、「苦情解決
の話し合い」が成立しうるケースにも関わらず、
体制整備」などの一般的な改善点の指摘が
委員会が「あっせん」実施に消極的で、「簡略版
多々行われている。申出人に対して提案を
のあっせん」で済ませていることの当否である。
行っている例は「今後の当事者間のコミュ
社会福祉法85条2項では、「運営適正化委員会
ニケーションのあり方に関する助言」が
は、前項の申出人及び当該申出人に対し福祉サー
1件(3.3%)、「介護事故の事後処理への
ビスを提供した者の同意を得て、苦情の解決の
双方の協力(示談書調印)」3件(10.0%)
あっせんを行うことができる」とされている。こ
と少数であった。また、「介護事故」に関
れをもって、苦情の申出をする者に実定法上の
するものに加え、「金銭の授受」(3件・
「あっせんを申請する権利」が保障されていると
10.0%)
「利用の継続(契約解除の撤回)」
(2
解することは、文理上でも無理があろう。さらに
件・6.7%) といった、いわゆる「法律問題」
国が定めている事業の実施要綱では、委員会が苦
も扱われている(後掲表2)。
情解決の方法を検討・決定するにあたっての選択
肢の一つとして「あっせん」が挙げられているた
3 考察
め、「あっせん」を解決方法とするか否かはあた
調査結果から、苦情解決の法定の手続きである
かも委員会の裁量に任されているようにも読め
「あっせん」は委員会の苦情解決ではほとんど実
る。しかしながら、あっせん員たる委員の専門性
施されていないことが実証された。「あっせん」
に期待し、儀式的な環境において専門家作成の
を実施しない理由については、調査結果では「性
「あっせん案」の提示を受けて「解決」に向かい
質上、『あっせん』になじむ案件がなかったから」
たいと申し出る利用者が存在するならば、「自己
という回答が多かった。委員会はそのような苦情
決定の支援」という側面での「利用者の権利擁護」
申出を放置することなく、積極的に上述の「改善
の理念を標榜する委員会は、当然その期待には応
- 150 -
えなければならないはずである。ただ、なぜ、委
ト調査によって、いまだかつて公開されなかった
員会において「あっせん」が回避され、「簡略版
運営適正化委員会の苦情解決の現状の一端を解明
のあっせん」を行っているのかについて詳細は不
し、新たな課題の設定ができた。このアンケート
明であり、実態をより知るためにはさらなる調査
結果を踏まえて選定したいくつかの委員会に対し
が必要である。
てヒアリング調査を実施したが、その結果とそれ
を基にした考察については、紙幅の関係で別稿に
おわりに
譲りたい。
本研究で実施した、全国委員会へのアンケー
【表1】 あっせん案の有無と結果
あっせん案の有無
件 数 (%)
あっせんの結果
あ り
18(64.3%)
な し
9 (32.1%)
あっせん案受諾で終結
13(46.4%)
不調
3(10.8%)
不明
2(7.1%)
両当事者納得の上終結
9(32.1%)
不調
不 明
1 (3.6%)
合 計
28(100.0%)
【表2】
0(0.0%)
あっせん案の内容(複数該当あり)
あっせん案の内容
件 数 (%)
該当件数(%)
申出内容実現の検討とサービス内容改善の促進
2 (6.7%)
今後の当事者間のコミュニケーションのあり方に関する助言・利
用者対応への事業者の意識喚起
1 (3.3%)
事業者の謝罪の推奨(不適切な対応を認めた上での謝罪・不適切
な対応は認めないが利用者に不快な思いをさせたことへの謝罪)
9 (30.0%)
金銭の授受
3 (10.0%)
利用の継続(契約解除の撤回)
2 (6.7%)
介護事故の事後処理への双方の協力(示談書調印)
3 (10.0%)
リスクマネジメント(事故対応)体制整備
1 (3.3%)
苦情解決体制整備
4 (13.4.%)
職員研修計画立案
1 (3.3%)
情報公開の体制整備
2 (6.7%)
説明責任の履行(施設内掲示等)
1 (3.3%)
適正な職員配置
1 (3.3%)
合 計
30(100.0%)
- 151 -
反貧困のための社会デザイン
―人間関係の“溜め”をつくるために―1)
福祉系NPO法人他 専門職2005年卒 須 田 研 一
1,はじめに
の湯浅誠氏と藤田孝典氏の講演・報告でも言及さ
高度経済成長期、日本社会は終身雇用制と年功
れている。湯浅氏は、今日的な貧困は経済的な「溜
序列制の下で、一億総中流社会を築いた。それが
め」や精神的な「溜め」、人間関係の「溜め」が
90年代前半のバブルの崩壊とグローバリゼーショ
ないことが問題だ、と言った。また、著書『どん
ンの波のなかで、古き良き時代の在り方が崩れて
とこい貧困』(理論社)のなかでも、「「貧乏」と
いった。2001年4月に誕生した小泉純一郎首相は、
「貧困」の違いについて、「貧困」は“溜め”がな
“聖域なき構造改革”を旗印に、規制緩和や民営
いこと、つまり単にお金がないだけじゃなく、頼
化によって経済を活性化させる政策を推し進め
れる人間関係や、「やれるさ」という前向きな気
た。いわゆる新自由主義路線(小さな政府論)で
持ちをもちにくい状態を指す。逆に言うと、たと
ある。確かに、小泉改革によって景気は回復した
えお金がなくて「貧乏」でも、周囲に励ましてく
2)
のかもしれない 。しかし、その一方で破壊され
れる人がいて、自分でも「がんばろう」と思える
たものもあった。度重なる労働者派遣法の改正―
なら、それは「貧乏」じゃない」と述べている。
製造業への派遣を解禁したこと―は、正社員減ら
一方、藤田氏は、「現代の貧困問題は何が問題
しに寄与し、3人に1人を超える労働者が非正規
なのか」について、人々の「孤立」化をあげた。
雇用となった。また、年収200万円以下の労働者
彼を訪ねてきた多くの相談者には、他に相談でき
も年々増加し、現在は1千万人を超えている。そ
る相手も、頼れる家族や親族もいなかった。それ
うして、かつては一億総中流といわれた日本社会
故に、経済的貧困とともに人間関係の貧困に着目
は、
「勝ち組・負け組」といった二極分化がすすみ、
する、と語った。確かに、親族や家族、友人など
貧富の差が拡大した格差社会へと変化した。その
の人間関係が保たれていれば、藤田氏のいうよう
結果が“派遣村”をも生み出したのであろう。
に、「生活保護制度があるよ」とか、「こういう制
さらに、新自由主義(市場原理主義)がもたら
度を使ってみたら」「こういう知り合いに助けて
した弊害は、人々の経済的な問題だけでなく、人々
もらったら」とアドバイスしてくれる人がいたら、
の連帯感をも喪失させた。むしろこちらの方が問
生活困窮状態に陥らなかったかもしれない。人と
題なのかもしれない。それは、昨年度(2009年)
人とのつながりをもつことがいかに大事であるか
1)本稿は、2010年3月、研究誌『福祉文化研究Vol.19』(日本福祉文化学会)に掲載された『つながりと共生を求めて』を、大会テー
マに則して書き改めたものである。また、当初は大会のテーマのなかにあった「ポストモダン」の語句をタイトルの頭につけ、
「ポ
ストモダンにおける反貧困のための社会デザイン」としていたが、字数との関係から「ポストモダン」について言及しなかった。
「注」の場を借りて言及すれば、近代(モダン)を中央集権型社会ととらえ、ポスト(後)を地方分権型社会と見立てて論を展
開したかった。全国画一的な中央集権型では、もはやうまくいかなくなった。これからはローカルな地方的な特色を打ち出し、
「現
場」の声・状況をどういかすかだろう。分権改革は、人間関係の構築(溜め)をつくる可能性を生み出し、地域再生の条件とな
る。機会があれば掘り下げてみたいと思う。
2)小泉政権下の2002年1月から景気の拡大は2007年10月(69 ヶ月)まで続いた。いわゆる「いざなぎ景気超え」である。
- 152 -
がわかるし、それに異論を唱える人はいないであ
宅への個別配送(宅配)が主流となっている。女
ろう。つまり、誰をも排除することなく、いかに
性の社会進出など、確かに日中に人がいないとい
人と人とのつながりをもてる環境をつくっていく
う現実もあるであろう。しかし、宅配のシェアが
のかが問われているのだろう。
伸びているのは、人間関係がわずらわしいなどの
そこで、本稿では人間関係の貧困に着目して、
ニーズも背景にあるのである(コープニュース
排除の実際として、障害のある人を例にして、反
2001年1月)。
貧困のための福祉課題について探っていきたいと
生協事業の変遷を見ても、地域住民同士のコ
思う。
ミュニケーションの場がなくなりつつあることや
人と人とがつながりにくい環境にあることは確か
2,人間関係の希薄化
なようである。それでは、地域コミュニティが再
昭和30年代をリアルに表現した映画『三丁目の
生できれば人間関係の「貧困」は解決できるので
夕日』が中高年層にヒットしたのは、当時の地域
あろうか。答えは否である。問題は地域コミュニ
コミュニティを懐かしく思ってのことであろう。
ティの再生だけにとどまらないのである。
現代において「地域福祉」が重要視されるのは、
地域コミュニティが衰退し、人間関係が希薄化し
3,排除の実際
ていることと無関係ではない。その原因について
① 教育からの排除
は、少子高齢化や核家族化の進行、都市化の問題
中学教諭の三戸学は、障害者教員を採用するこ
など、いろいろ考えられる。そして、お互いが関
とが「子どもたち一人ひとりの豊かな人権意識を
わりを持たない(隣の人が何をしているのかがわ
育てていくものと確信する」と言っている。三戸
からない)社会へとなっていった。独居老人の孤
自身も生まれつきの脳性マヒで、手足と言語に障
独死はその典型だろう。かつてと現代とでは地域
害をもつ。給食でパンの袋が開けられないときは、
コミュニティの在り方がすっかり変わっているの
生徒に「開けてください」と頼む。そうしたやり
だ。
とりが日常化すると、「お互いに助け合って生き
身近な例として、生活協同組合(以下、生協)
3)
ていこう」と言わなくても、生徒はごく自然な形
の事業をみるとよくわかる 。生協の事業の一つ
で助けてくれるようになる。こうして生徒たちは
として小売事業がある。業態は無店舗販売事業(以
障害を持った先生を通して、人には「できること」
下、共同購入)と店舗販売事業である。このうち
と「できないことがある」という差異を理解し、
生協の成長を長く支えてきたのは、共同購入事業
人を思いやる気持ちや自分を大切にする気持ちが
である。共同購入事業とは、3人から10人(地域
育つのではないか、と述べている4)。
生協によって異なる)の近隣住民が集まり、「班」
また、車いすユーザーの安積遊歩は、「私がい
組織をつくって商品を購入するシステムである。
ることで、まわりの人間は、テストの点数以外の
かつては、ご婦人たちによる井戸端会議がそこで
価値観を育てざるをえなかった。(中略)いくら
展開されてきたのであるが、今はそれも廃れてき
道徳や掃除の時間に『お互いに助けあい思いやる
た。1980年代後半から、都市圏を中心に「班」が
ことが大切です』なんて口で教えたって、点数で
つくれなくなり、1990年代に入ると、それは地方
人を刻むのだから、そんなことばは子どものここ
へも波及していったのである。そして、「班」に
ろに届きやしない。どういうことだかわかりっこ
よる共同購入はシェアが落ち込み、現在は各個人
ない。でも、実際に目のまえに私がいることで、
3)筆者は、全国の生協の連合会(日本生協連、正式名称は日本生活協同組合連合会)にバブル期に入協し、15年ほど働いた経歴をもつ。
4)「私の視点」朝日新聞朝刊、2007年2月1日
- 153 -
クラスのみんなは助けあう場面を体験し、知らず
を下回っている。しかも法定雇用率が制度化され
知らずのうちに、その大切さを感じとっていっ
てから、一般企業の障害者雇用は一向に進んでい
た」5)と学生時代の経験を語っている。
ない。その理由をDPI(障害者インターナショナ
実際に障害者がいることで、人々は助け合いを
ル)日本会議は、「法定雇用率が、雇用促進法に
必要とする状況に直面する。頭で考えるより前に、
基づき、未達成企業も納付金という「お金さえ払
その大切さを実感し、障害のある人たちとの付き
えば、障害者を雇用しなくてもいい」という感覚
合い方も自然とわかってくる。そうすれば「障害
から抜けきれていないからだ」と指摘する(ホー
/非障害」という垣根も低くなっていくことが両
ムページから引用)。
者の経験談からわかる。
さらに言えば、利潤追求を目的とした資本主義
さらに、前出の水戸は、障害を持つ子どもたち
社会では、生産性を生まないものには投資をしな
に職業選択の一つとして「教員」を意識してもら
い。非障害者に比べて生産性の劣る障害者は、企
い、「先生」を志す人を増やしていってもらいた
業にしてみれば雇うよりも納付金を払ったほうが
いという。解釈すれば、障害のある教員が少ない
安くつくといった考えもあるだろう。
ということだろう。それでは、なぜ、障害を持つ
また、菊野一雄は障害者雇用率の低迷の原因と
教員は少ないのであろうか。
して、「日本社会の同質性」をあげ、「我が国は欧
たとえば、某大学の入試要綱を見ると、枠線で
米の契約社会における「個人主義」に対比される
「身体の機能に著しい障害のある方は、受験およ
ところの「集団主義」ないし「出る杭は打たれる」
び就学が不可能な場合も有りますので、出願の前
社会であり、「異質なもの」を排除・差別しがち
に相談してください」と書かれている。つまり、
な社会である」7)からだと述べている。
障害をもつ人は大学受験の段階ですでに制約が課
せられているのである6)。
③ 法からの排除
このように教員を目指す過程において、障害の
車いすユーザーの朝霧裕は、障害者自立支援法
ある人は、非障害者と対等な条件の下にないとい
のもつ問題点を指摘する。朝霧は障害者自立支援
うことである。すなわち、自由に大学を選択(受
法では「「就労時間は介助者をはずしてください。」
験)することができない時点で、障害者が教員を
「就労や、通勤、通学には介助派遣を認められま
目指す過程には高いハードルがあると言えるので
せん」との行政からの指導を受け、「介助をはず
はないか。
さなければいけないのでは、勤務中、食事もでき
なければ、トイレにもいけない。なら、しかたが
② 就労からの排除
ない」と、(中略)<人間としての尊厳の上に成
民間企業や国・地方公共団体は、「障害者の雇
り立つ一縷の希望>としての<ようやく手にした
用の促進等に関する法律」に基づき、法定雇用率
職>を辞し、生活保護に逆戻りする事例もある」8)
に相当する人数以上を雇用しなければならないと
と言って、障害者を働かせないための法ではない
されている。しかし実際は、平成18年6月現在、
かと批判する。
民間企業(常用労働者数56人以上)における法定
雇用率は、1.8%に対して1.52%となっており基準
以上のように、障害のある人は、排除の対象に
5)安積遊歩『癒しのセクシー・トリップ』太郎次郎社、1993;pp.65-66.
6)実際に、現在、某国立大学の後期博士課程に在籍している私の友人―身体障害者手帳1級を所持する電動車いすユーザー―は、
大学院修士課程を受験する際に、いくつかの大学に断られている。
7)菊野一雄『現代社会と労働』慶応義塾大学出版会、2003;p.82
8)朝霧裕「たったふたりの健常学」『障害学研究5』明石書店、2009;p.194.
- 154 -
なりやすい存在だと言えるであろう。すなわち、
がりと共生のプロセスにおいて、「いま、ここで」
障害をもつ人が「つながり」を求めて社会へ出て
アプローチしなければならないことは、マイノリ
行くためには、教育や就労の機会均等の保持及び
ティな人々を非障害者と同じ土俵にたたせるとい
法の問題やマジョリティの意識など、さまざまな
うことである。
ハードルを乗り越えていかなければならないので
それが、これまで見てきたように、障害者と非
ある。
障害者とのつながりを阻害する(社会的に不利益
を被る)要因―障害者自立支援法や障害者の法定
4,人間関係の“溜め”をつくるには
雇用率の問題、教育における排除など―がみられ
福祉士を養成する学校では、平成21年度の入学
ているところに今日的な問題があると思うのであ
生から、新しいカリキュラムに則っての養成教育
る。したがって、人間関係の“溜め”をつくるた
が始められた9)。たとえば、介護福祉士養成課程
めには、そういった阻害要因を問い直してしてい
では、『人間の理解』や『障害の理解』について
くことこそが求められているのではないだろう
学ぶ。確かに、テキストで人間や障害(者)を理
か。
解することは大切なことではある。しかし、理解
本稿では、主に障害のある人を例に取り上げて
する前のプロセス(過程)として、まずはふれあ
きたが、最終的には、障害のあるなしにかかわら
う、知り合うことこそが必要であろう。人はふれ
ず、すべての人々がつながる社会(溜めをつくる
あってこそ、人を理解することができるようにな
社会)を創造していかなければならないことは言
るのではなかろうか。障害のある人の話を聴くこ
うまでもないことである。
とで、その人の気持ちもわかるようになる。そう
して人と人とがつながっていく。
参考文献
そのためにも、障害者(さらに言えばマイノリ
J.リップナック, J.スタンプス『ネットワーキング
ティな人々すべて)とふれあい、知り合う機会を
―ヨコ型情報社会への潮流』プレジデント社、
増やしていくことが必要であろう。そして、教育
1984
を受けたい、学びたい、働きたいというマイノリ
湯浅誠『反貧困―「すべり台社会」からの脱出』
ティな人々を社会へ押し上げていく、そういった
支援も必要とされるであろう。換言すれば、つな
岩波新書、2008
本間義人『地域再生の条件』岩波新書、2007
9)認知症の者や医療ニーズの高い重度の者が増加するとともに、成年後見や障害者の就労支援など、国民の福祉・介護ニーズはよ
り多様化・高度化してきている状況にあることや、平成19年11月の「社会福祉士及び介護福祉士法」改正と併せて、より一層質
の高い社会福祉士及び介護福祉士を養成していくことが求められたことによる(「社会福祉士及び介護福祉士養成課程における
教育内容等の見直しについて」厚生労働省ホームページ参照(2009年6月1日取得)。
- 155 -
国際福祉における貧困への
ソーシャルワークアプローチ
―インドとネパールにみる貧困と福祉の実情―
福山平成大学 中 嶋 裕 子
1.はじめに
模の貧困者を有する国であることに違いはない
国際的な福祉ネットワークの必要性が叫ばれて
久しい。我が国は経済大国としての国際的な責務
(表1)。
貧困削減・福祉の充実は喫緊の課題である。
として、そのネットワーク構築に尽力する必要に
迫られている。経済の安定、シーレーンの確保と
表1 全人口に占める貧困層の割合
(1990-2000年)
貧困線以下の人口
(%)
いう視点からも今後南アジア各国との信頼関係を
構築することは、わが国の重要な国家戦略となる。
しかし、日本における南アジアの福祉研究は少な
く、現状の把握も為されていないと考えられる。
国際貧困線以下の人口
(%)
全国
農村部
都市部
30.2
24.7
28.6
1日1 $未満 1日2 $未満
34.7
79.9
出所) World Bank (2007)World Development Report p384
そこで本稿では、インドとネパールにおける貧困
と福祉の実情について概観することを目的とした
① 農村における貧困
い。
2003年度-07年度までの実質GDP成長率は平均
年率8.9%に達したが、農業部門の成長率は2.3%
2.インドにおける貧困と福祉
と停滞している(表2)ii。農村地域における人口
1)貧困人口
の増加、土地を持たない農民の増大、非農業労働
1991年の経済改革後、インドの経済は急速に巨
者の雇用不足、根深いカーストへの差別は解消さ
大化・国際化した。都市部では2億人と言われる
れず、所得分配面での不平等も是正されていない。
富裕層・中間層が台頭し、自動車や家庭電化製品
などの消費市場も拡大している。
表2 インド経済と農業部門の成長率(%)
1997-2004
2004-2006
農 業
5.0
4.6
2.5
2.3
ル未満での生活)によると、2000年におけるイン
工 業
5.3
10.8
5.4
8.7
ド国内の貧困人口は人口比率34.7%の約3.5億人で
サービス
6.0
7.9
7.7
10.0
GDP
5.5
7.5
5.8
8.5
一方、国際比較が可能な貧困の定義(1日1ド
部 門
ある。この人数は、世界の貧困人口約11億人の
3分の1を占める。1993-94年の貧困率36.0%と
2000年の26.1%と比較すると貧困率は、減少して
いるが、貧困者の絶対数はほとんど横ばいである
1992-1994 1994-1997
出所)Reserve Bank of India, Ministry of Finance, Central Statistical
Organizationの各種データより
小島眞「東アジアに接近するインド経済」毛利和子編『東アジ
ア共同体の構築2』岩波書店p300
という報告もあるi。貧困線の設定によっては1,000
内務省の国家犯罪局の統計によると生活苦のた
万人単位でずれが生じるが、インドは世界最大規
め自殺した農民は10万248人と報告され、深刻な
ⅰ)Sen, Abhijit and Himanshu(2004) Poverty and Inequality in India-I Economic and Political Weekly , Spet, 18: 4247-4263
ⅱ)人口の67%が農業に従事しているにも関わらず、GDP 比は 24.2%である。これは、農業従事者の所得の低さを表わしている。
- 156 -
問題となっている(1998-2003年)。農業従事者が
表3 社会福祉に対する政府支出 GDP比(%)
67%を占めるインドでは、工業化に伴う雇用吸収
ではなく、農業の成長に伴う実質賃金上昇が必要
2004-05年
2005-06年
2006-07年
社会セクター
5.66
6.23
6.04
教 育
2.74
2.88
2.87
保健医療
1.25
1.41
1.39
合 計
27.82
28.30
27.19
である。
② 被差別層の貧困
指定カーストに属する人々は全人口の16.23%
原典:Budget documents of Union and State Governments/RBI
出所: Economic Survey 2006-2007
を占めている(2001年)。彼らは劣悪な条件下で
日雇い労働者や雇われ農民として搾取されてい
職や村の閉塞的な社会構造などにより、効果は出
る。指定カーストの社会的・経済的発展を促進す
ていない。福祉の実現のためには、草の根レベル
るために政府は1979年からさまざまな計画を実
の民主制、透明性、説明責任、公正な分配が不可
施してきた。指定カーストに関する法律に、市
欠である。
民権保護(Protection of Civil Rights Act 1955)や、
指 定 カ ー ス ト、 指 定 部 族 保 護 法(Prevention of
4.ネパールの社会福祉の現状
Atrocities Act 1989)などがある。しかし、差別や
1)都市と農村の生活格差
社会的・経済的格差は依然として強い。
ネパールは国連により最貧国として指定され
被差別層へのアプローチ、カーストに関わる問
た。ネパール貧困率は全体で42%で、平野地域
題に一刻も早い対応が望まれる。
42%、山地地域41%、山岳地域56%である。国自
体の貧困に加えて地域的には山岳地帯の生活水準
3.求められる対応
が丘陵地帯やタライ地帯の生活水準よりも低い。
イギリス統治下における政府の福祉に対する活
自然地理的条件などから山岳地域は開発されてお
動は消極的で、主にボランティアに依存してい
らず、地方におけるインフラ整備、社会施設整備
た。1947年に独立し、現在では社会福祉を担当す
が遅れ地域格差が拡大しているiii。
る政府機関として、人的資源開発省、女性子ども
国土の77%が山岳・丘隆地帯であり耕地面積は
開発局、保健家庭福祉省、農村開発省、北東イン
国土の約18%にすぎないため、全土の耕地可能な
ド地域開発局などがある。持続的な経済成長、社
地域はほとんど開墾され、人口増加により国民一
会開発、環境保全と人口の均衡化を目標に掲げて
人当たりの食糧生産高は低下している。
おり、医療・福祉の充実、教育の質の向上と拡充
地理的要因に加えて、農業構造と階級・カース
に取り組むとされているが、社会(福祉)支出は
ト制度に起因する問題など社会的要因も貧困を脱
人件費が高く非投資的な部分があるという認識の
却できない原因である。
ため、社会福祉に対する政府支出は低く抑えられ
ている。
2)児童労働
インドでは、州政府が貧困削減事業、教育、保
ネパールにおける児童労働者数は約260万人で
健衛生、福祉分野などの社会福祉関連事業の多く
あるiv。ネパール工場法および工場労働者法(1959
を担っているが、多くの貧困削減・福祉プログラ
年)により工場や夜間労働での14歳以下の児童の
ムは州・県・末端農民における官僚、有力者の汚
雇用は禁止されているが、5-9歳の21%、10-14
ⅲ)第1次経済開発計画(1956-61年)から第7次経済開発計画(1985-90年)までは生産基盤を中心とする社会資本の整備が主であっ
た。投資をタライに集中させたため人口が集中し、山岳地帯、丘陵地帯の農村は後退し、地域格差も拡大した。
ⅳ)ILO-IPEC(児童労働撤廃国際計画)報告による
- 157 -
歳の61%の児童が労働に従事しているv。
59.3才、女性は59.8才に対してダリットの平均寿
子供たちは、カーペット工場や茶のプランテー
命はそれぞれ50才と48.3才である。識字率は、全
ション、建設現場、雑役、調理、食器洗い、掃除、
国平均で男性65.1%、女性42.5%に対し、ダリッ
薪集め、家畜の世話、水汲みなどに従事している。
トのそれは33.9%、12%であった(表4)。
児童労働に従事する子供の内、約90万-170万人が
不払い労働を強いられ、少なくとも12万7,000人
表4 全国平均とダリットの年収・寿命・識字率
全国平均
210 $
寿 命
男性
女性
59.3
59.8
ダリット
39 $
50.0
年収
がセックスワーカー、子供兵士など最悪の労働形
態に従事しているvi。
カマイヤとして知られる債務労働も深刻であ
る。何世代にも渡って借金と強制労働の悪循環に
vii
陥り子供が人身売買されている 。性産業に従事
させるためにインドに売られる女児は年間1 万か
48.3
識字率(6歳以上)
男子
女子
65.1
42.5
33.9
12.0
(10.7) (3.2)
(注)識字率について、
表中の全国平均は2001年国勢調査による。
ダリットの識字率は2001年時点で掲載がないため1991年
の国勢調査による。 ( )内はネパールダリットNGO
準備委員会レポート(2001)の調査結果による。Save the
Childrenの調査によると男性10%、女性3%となっている。
ら1 万5,000人にのぼるviii。
ネパールでは、子供は家族を助ける貴重な労働
カースト差別に対する処罰法は制定されておら
力であり、老後の生活補助であるという伝統的な
ず被差別集団への特別措置も積極的にとられてい
慣習が依然として根強く、子供の権利という概念
ない。現在でも、村落開発プロジェクトでは高位
は浸透しておらず、児童の権利侵害は深刻である。
カーストが優先され、ダリットの村には電気、水
道、道路が敷設されず、胃腸病罹患率も高い。
3)ダリット
ダリット人口の90%は農村で生活しており、土
中でも困窮を極めているのは、ダリットである。
地を持っている者は1%に過ぎない。多くは債務
ダリットとは被差別層を指す。1990年憲法により
奴隷として生活しており、差別と貧困の循環から
カースト差別禁止が宣言されるまで国家として差
抜け出せない。最低賃金の保障、借地権保障、土
別を促進してきたという背景のなかでダリットに
地再配分は喫緊の課題である。
ix
対する差別的慣行は、深刻な社会問題である 。
人口の42%が貧困線以下だが、その内90%はダ
4)環境破壊と貧困
リットである。FEDOによるとダリットグループ
環境破壊と貧困が負の循環を作っている。カト
は26あり、人口は約303万 人で、ネパールの全人
マンズ渓谷では、家庭用水のために地下水を過剰
口の13.09 %に相当するとされている。
にくみ上げたため水位が地表6mから20mへと低
国連開発計画の2001年の調査報告によると、ネ
下している。また、農業廃水(農薬・化学肥料)、
パール全国平均で一人あたりの年収が210 ドルで
家庭排水(石鹸・洗剤)が流れ込み、湿地生態系
あるのに対して、ダリットの平均は一人あたり39
を破壊しているx。
ドルに過ぎず、平均寿命は、全国平均が男性で
ネパールの森林減少率は4.3%といわれ、アジ
ⅴ)1998-99年調べ
ⅵ)18歳以下の家事労働者はネパール全国都市域で5万人以上、カトマンズ市に限っても約2万人にのぼる(Domestic Workers in Nepal
: a Report on the 2003 baseline Survey ILO Nepal)。The Rising Nepal 2007年4月26日
ⅶ)2000年7月に政府はカマイヤを地主から解放する解放宣言を出し、借金を背負う必要はなくなったものの、多くの元カマイヤは
土地も住居もない状況での生活を強いられている。藤倉達郎「第4回開発関係者学びの会 カマイヤの現状から」(2004年,独立
行政法人国際協力機構)
ⅷ)UN Office on Drugs and Crime による。The Himalayan Times 2007年9月26日
ⅸ)ダリットを対象とした総合的な実態調査としては、TEAM Consult(1999) The Condition of Dalits(Untouchables) in Nepal: Assessment
of the Impact of Various Development Interventions, UNDP Nepal Kathmandu がある。また、差別の実態を明らかにし、解放運動の足
がかりを築いた報告として、Bhattachan, Krishana B., et al.(2001), Existing Practice of Caste-based Untouchability in Nepal and Strategy
for Campaign for Its Elimination, Action-aid Nepal, Kathmandu がある。
- 158 -
ア諸国の中で最も高い減少率である。過度の開発
4.おわりに
と改善されない貧困問題がその原因と考えられ
インドとネパールに共通して見られるのは、政
る。ネパール政府は森林の国有化をはかり、森林
府の対応に具体策はなく、状況の改善が見込めな
利用者組織をつくって共有林の確保を試みたが、
いことである。両国とも国際NGOの活躍が広く
歯止めはかかっていない。また、過度な伐採が大
見られ、それらが福祉のごく一部をカバーしてい
量の土砂水を生じさせ、下流のインド、バングラ
る状況である。しかし、首都周辺に6割が集中し
デシュで大洪水を頻発させる原因となり、ネパー
ておりNGO活動には地域的な偏りが大きい。当
ルの貧困が隣国の貧困を引き起こす現象が見られ
事者団体や社会福祉団体の結成のほか、一般市民
る。環境破壊と貧困の負のスパイラルを断ち切ら
に社会福祉活動が浸透する素地作りが必要と考え
ねばならない。
られる。
ⅹ)ネパールは地球の表面積の0.1%を占めるにすぎないが、世界的に重要とされる内陸型河川湿地の27地帯の内20が存在している。
ネパール固有の植物は246種にのぼり、地球上で絶滅危機に瀕している植物種が全部で91種類確認されている。しかし、人口と
家畜数の増加により湿地や隣接する林野が開墾され、希少生物の生息地である湿地帯が分断された結果、多くの種が絶滅の危機
に瀕している。
- 159 -
就労と精神障害者のQOLに関する一考察
日本社会事業大学大学院社会福祉研究科 博士後期課程2年 鄭 敏 基
1.はじめに
援などを掲げながら、従来の施設保護中心から地
人間は誰もが幸せに生きることを望んでいる。
域を基盤としたリハビリテーション(CBR)へと移
その希望には個人差があるものの、性別、年齢、
行しつつある。特に、最近の精神保健福祉の動向
人種、障害の有無に関係なく同じである。そし
は、就労支援を中心とした自立支援や地域生活支
て、幸福追求は人間の基本的権利としても法的に
援へ方向性を持っていると考えられる。
も保障されている。しかし、社会状況は、心身の
就労支援プログラムの新たな試みとして、ピア
障害・不安、社会的排除や摩擦、社会的孤立や孤
ヘルパー養成プログラムがある。従来の就労支援
独といった問題が重複・複合化(「社会的な援護
は保護作業を称して、機能訓練や作業訓練が大多
を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する
数をしめしているのが現状である。しかし、精神
検討会」報告書 2000)していて、安心・安全で
障害者の社会参加のためには総合的なプログラム
幸せに生きることへの不安を募らせているのが実
が求められる。ピアヘルパー養成プログラムは、
情である。
職業技術の習得はもちろん、社会関係の構築を支
特に、精神障害を持っているが故に社会的排除
援し、社会適応をよりしやすくする。また、資格
の対象になったり、社会的に孤立され、生きづら
を取得することは、自信回復や自尊心向上にもつ
さの中で日々を過ごしている精神障害者は少なく
ながることで、精神障害者のQOL向上に寄与す
ない。実際に退院した精神障害者の大多数が自己
ると考えられる。
管理、対人関係、日常生活などに困難を訴えてお
そこで、本研究では、ピアヘルパー養成講座の
り、ストレスに対する脆弱、ストレス対処技術の
修了生を対象にして、就労している修了生と就労
貧弱、社会的孤立、家族の支持の欠如、経済的依存、
していない修了生とのQOLを調べることで、今
余暇活動の不在、精神的退行などにより、社会適
後の精神障害者の就労支援のあり方を考察するこ
応が難しくなっている(Liberman, R. P. 1994) 。
とを試みる。
地域で生活する精神障害者は、職場復帰を目指
して、自分の生活のリズムを整えながら、職業技
術を身につけようとしている人、人間関係が苦手
2.先行研究の検討
(1)精神障害者における QOL
で人に会うことに常に不安を持っているので、交
QOLは、都市型の高度消費社会へ移行する流
流活動などに参加して少しずつ心を開きたいとい
れの中で、人々の関心が「量」から「質」の転化
う人など、それぞれが様々なニーズや願いを持っ
することに伴い注目されるようになった概念であ
ている。しかし、地域としては、精神障害者が安
る。主に保健医療と社会福祉の分野で用いられ、
心して暮らせる環境整備や支援体制が十分に整備
社会福祉の分野においては最適の生活を示す概念
されたとはいえない現実があることから、最近の
として、保健医療の分野においては医療がもたら
精神保健福祉サービスは、自立支援や地域生活支
すアウトカムとしての重要な要素として定着し
- 160 -
ている(国方 2008、再引用)。WHOによると、
労はQOLを向上させるための生活の条件であり、
QOLは「個人が生活する文化や価値観の中で、目
QOLに影響を与える重要な要因の一つ(Lehman
標や期待、基準または関心に関連した自分自身の
他、1982)である。また、精神障害者のQOLと
人生の状況に関わる認識」に基づく「身体的側面、
影響要因に関する、Banfalvy(1994)の研究では、
心理的側面、自立のレベル、社会との関係、信念
就労が重要な影響要因として取り上げられてい
環境などという重要な側面との関わりといった複
る。
雑なあり方を取り入れた広範囲の概念」であると
就労は、収入によって自らの生活を支える経済
している(中根 2006)。
的側面だけでなく、働くことによって個性を伸ば
精神障害者のQOL向上に関する理論的考察を
し自己実現を図るという側面、社会とつながりを
行った、Hwang(1998)の研究によると、職業リ
持ちながら役割を果たすといった社会的側面があ
ハビリテーションプログラムが慢性統合失調症患
る(井神;2000)。精神障害者にとって仕事をす
者の生活の質に及ぼす影響に関する研究の中で、
ることは、他人に価値ある人間として認識される
職業リハビリテーションは精神障害者の就業を支
し、地域住民の一人、支えあうまちづくりに責任
援し、就労継続を可能にすることで、彼らの社会
を分かち持つ社会の構成員として認められること
的役割を維持させるとともに個人の価値を高める
(寺谷隆子、2006)になり、経済的な自立の基盤、
支援であるとし、その結果雇用状態は精神障害者
社会適応、病状の改善に寄与(Munetz他、1993)し、
の再入院率を著しく減少させたとしている。強
自分の役割を認識し、自分の価値を確認すること
迫性障害者とパニック障害者のQOLを研究した、
でQOLの向上につながる(Seo、2000、再引用)。
Son(2006)の研究では、心理的領域と学業、職業、
精神障害者が地域で希望を持ちながら充実した
家族関係などが影響要因としてあげられている。
生活を送るためには、社会的役割を持つことと、
精神障害者のQOLは、精神疾患による健康へ
経済的自立は必須不可欠な要素である。特に、就
の不満、障害に対する社会的偏見からくるストレ
労による社会的役割の獲得や経済的自立は、社会
ス、生活技能の低下による生活上の困難によるス
的自立や自信にも繋がるし、自尊心の向上や自己
トレス、社会的役割の喪失による自尊感の減退な
肯定感をも持たせることになる。
ど諸要因によって、健常者と比べ、顕著に低下し
ている。その理由として、精神疾患による健康へ
の不満、障害に対する社会的偏見からくるストレ
4.研究の方法
(1)調査対象
ス、生活技能の低下による生活上の困難によるス
調査対象は、A市のB特定非営利活動法人が行っ
トレス、社会的役割の喪失による自尊感の減退な
ているピアヘルパー養成プログラムの修了生の
どがあげられる(Lehman, A. F. 1983)。
内、精神障害者64人を対象にした。本研究が対象
精神障害者のQOLを決定する要因は、多次元的
にする、B特定非営利活動法人は2001年設立され、
で、複合的であるため、端的にいうことは難しい
2002年10月に第1回ピアヘルパー養成プログラム
ことが先行研究から分かる。精神障害者のQOL
を実施してから、2009年3月の第4期ピアヘル
に関する研究結果を整理してみると、精神障害
パー養成プログラムの修了にいたるまで、延べ80
者のQOLに影響する要因としては、経済的状況、
名(内、精神障害者64名)の修了生を輩出してきた。
社会的支持、家族関係、就労などが重要な要因と
最初のきっかけは、地域にある授産施設から仕事
してあげられていることが分かる。
ができる能力は十分あるにもかかわらず、なかな
か就労に結びつかない現実を打破したいとの声が
(2)就労と精神障害者の QOL
あったことから始まった。民間の力で始まった事
精神障害者のQOLに影響する要因として、就
業としては、日本で始めての試みであり、最初は
- 161 -
試行錯誤の連続で手探りの状況が続いたが、いつ
(4)倫理的配慮
の間にか4期の修了までに至っている。本研究で
全てのメンバーに研究の目的を説明し、調査結
は、週に1日以上、定期的に仕事をしている修了
果は目的以外に使うことは絶対にないし、プライ
生を就労群、まだ仕事についてない修了生を就労
バシーや秘密は堅く守ることを約束した。また、
準備群に分けることにする。
調査途中で気分が悪くなったり、気持ちが変わっ
たら、すぐ中止してもよいことを伝えた。そして、
(2)調査方法
研究内容に同意し、同意書を提出した人を対象者
調査は、修了生の内、精神障害を持つ64人の修
とした。
了生を対象に、自己記入式の方法で、2010年8月
から9月までの間に郵送法による調査を行った。
調査票はWHOが開発したWHOQOL-26を用いり、
5.研究の結果
(1)調査対象者の属性
測定する。 WHOQOL-26は5点尺度の26の設問
調査対象の64名の内、同意を得られた計36名か
からなり、身体的領域、心理的領域、社会的関係、
ら回答があり、回収率は56.3%であった。調査対
環境の4つの領域にて構成されている。
象者の属性を見ると、性別は、男性が女性の2倍
以上多く、年齢は30代と40代が大多数を占めた。
(3)分析方法
学歴においては、1名が未記入であった。
解析ソフトSPSSを用いて、t検定と回帰分析
を行う。t検定では二つの群の平均QOL値を領
(2)就労群と就労準備群との QOL 値の比較
域別に比較する。回帰分析では、他の変数(性別、
t検定の結果は表2の通りである。統計上の有
年齢、学歴)をコントロールしても、就労とQOL
意差が示されなかったが、全ての領域で就労群の
との関連が表れるかを調べるために、重回帰分析
QOL値が就労準備群のQOL値より高いことが分
を行う。有意水準は95%信頼水準(p<0.05)にて
かる。
設定する。
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<表1> 調査対象者の属性(n=36) 単位:人(%)
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<表2> 就労群と就労準備群の領域別QOL値
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- 162 -
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<表3> 就労群と就労準備群の領域別QOL値
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(3)就労群の就労形態による QOL 値の比較
験設計のもとで、QOL以外にも多様な評価尺度
就労群の18名を対象に就労形態によるQOL値
を使用して、精神障害者の生活を多面的に評価す
を比較した結果は表3の通りである。就労形態は
る研究が求められる。
常勤が4名、非常勤が14名であった。全ての領域
で常勤のQOLが高く、統計上の有意差が見られ
参考文献
た。
Banfalvy, C.(1994) Quality of Life and
Unemployment: An Empirical study about
6.終わりに
the Effects of Unemployment on People with
本研究は、就労と精神障害者のQOLとの関連
Disabilities in Hungary, Cambridge Brookline
を調べることで、就労が精神障害者のQOLの向
Books.
上に影響していることを明らかにすることを目的
Hwang, tae-yeon 他(1998) 職業リハビリプログラム
として行ったものである。しかし、就労が精神障
が慢性統合失調症患者の生活の質に及ぼす影
害者のQOLに影響を与えているとする統計上の
響, 精神神経医学 第37巻 第6号.
有意差は示されなかった。したがって、就労して
国方弘子 他(2008) 統合失調症者, 精神障害者家
いることがQOLに影響しているとは断定できな
族会会員, 一般住民のQOLの比較, 日保学誌
いという結果になった。
第10巻4号
しかしながら、就労形態によるQOLは、全ての
Lehman, A. F.(1982) Chronic Mental Patients:
領域において大きい差が見られた。それは、仕事
The Quality of Life Issue, American Journal of
には就いたものの、仕事上の技術不足や対人関係
Psychiatry
の困難などで、途中で失敗する可能性があること
Lehman, A. F.(1983)The well-being of chronic mental
が推察される。つまり、不安定な雇用状態がQOL
health patients, Arch of General Psychiatry, 40(4).
に影響することと考えられる。最近は、障害者の
Liberman, R. P.(1994) Psychosocial treatment for
雇用率の向上だけではなく、質の高い雇用をも目
指すべきだという声があがっている。そのために
schizophrenia, Psychiatry, 57(2), 1994.
Munetz MR, Birnbaum A, Wyzik PF(1993) An
は、ジョブコーチなどを活用した就労支援や職場
の環境改善が求められる。また、仕事中のストレ
integrative ideology to guide community-based
multidisciplinary care of severely mentally ill patients,
スや人間関係などによるQOLの低下を防ぐため
の相談援助などの支援体制も求められる。
Hosp Comm Psychiatry 44(6).
中根允文(2006) 精神障害におけるQOL、長崎国際
本研究は、対象者数が少ないことが限界として
あげられる。また、横断的研究であることから、
大学論叢第6巻.
Seo, jin-hwan(2000) 統合失調症患者の職業リハビ
就労する前と就労した後の事前事後の比較が行わ
れなかったため、就労とQOLとの関連を導き出
せなかったとも考えられる。そのため、今後は実
リプログラムの効果性研究,神経精神医学39
(1).
Son, sang-jun
- 163 -
他(2006) Quality of life for Patients
with Obsessive-compulsive Disorder and Panic
寺谷隆子(2006) 精神障害者の「参加・協働型地域
Disorder, 韓国神経精神学会Vol.45 No.5.
生活支援システムモデル」の開発研究;-JHC
寺谷隆子(2003) わが国のクラブハウス,『最新精神
医学』第8券第4号.
板橋の活動展開から-.
- 164 -
実習校との連携による実習懇談会
縦断調査から見る「研修効果」の一考察
~当法人の人材確保・定着・育成への取り組みから~
社会福祉法人浴風会ケアスクール 校長 服 部 安 子
Ⅰ.はじめに
校へのアンケート調査を行い(第三者による客観
少子高齢化の進行に伴い、介護福祉士養成校の
的な現場評価)、一方で、法人全体の研修の焦点
入学定員削減と介護業界の需要増加によるバラン
化のため、年度毎の研修計画を立て、全体研修(法
スのずれが一因となり、人材不足状態が続いてい
人の研修の方向性を示唆)と階層別研修(職階ご
る。東京都の特別養護老人ホームの9割で、「職
との役割と職務内容の見直し)を縦横断的に行う
員の確保が困難」という報告1もある程、深刻な
こととした。
事態になっている。当法人も4、5年前までは例
その成果として、まだまだ課題は山積している
外ではなかった。
が、ここ2, 3年、実習生が当施設を自ら就職と
大規模な当法人にとって、この事態を危機的状
して選択し、定着してくれるという変化が見られ
況と捉え、人材確保・育成・定着に向け「人事考
ようになった。
課制度」の見直し、リフレッシュ休暇の導入等の
ハード面を整えた。しかし、実際的には、全国か
これまで介護の人材と職場環境についての研究
ら多くの実習生を受け入れているのもかかわらず
は、ストレスや仕事の満足度など個人に関する研
就職には直結せず、また、退職する者が後を絶た
究が中心であり、研修を通じて縦断的な組織の変
ない状況であった。
化等に着目した研究は少ない。本研究では、実習
人は、昔の福祉施設のイメージ、3Kゆえに離
後の学生の生の声(アンケート)を反映させた実
れていくのではない。ほとんどの人が再び福祉業
習懇談会縦断調査結果の評価分析を行い、施設職
界に就職している2のが現状であるという。さら
員と実習校との連携にて「研修」を中心とした介
3
に、石黒氏ら は『残留・意欲』に対しては、職員
護職員の仕事とサービスの質の向上へのプロセス
の希望や要望を十分反映した教育・研修を行うこ
を明らかにするとともに、今後の介護職員の研修
とが組織として必要であると述べている。
のあり方を考察する。
“働きたい”、“働き続けたい”と思える職場文
化創りを課題と捉え、入職者の確保、定着を図る
Ⅱ.研究方法
ため、新設した『研修企画室』を中心として人材
1.調査対象および方法
育成に着手し、研修の充実、実習校との懇談会、
(A)実習校へアンケート事前配布
職員実践・研究発表会等を行った。
まず、懇談会前に各実習校の実習担当者宛にア
特に『研修』は、現場の課題に直結した体系的
ンケートを送付する。これは、実習後の学生の要
な研修でなければならない。課題抽出のため実習
望や意見(評価)を忌憚なく書いてもらうための
1 「社会福祉事業における人材確保と育成に関する現況調査」平成18年東京都社会福祉協議会
2 2006.3経営協 社旗福祉法人経営誌上講座 株式会社 エイディル研究所 代表取締役所長 宮崎民雄
3 石黒文子『介護老人福祉施設におけるケアの質の確保と施設の組織・管理』厚生の指標
- 165 -
無記名アンケートで、平成17年度より実習生を受
調を壊す者も多かった。そんな中、実習生への指
け入れている、介護福祉士養成校、社会福祉士養
導は当日の担当者任せとなり、連続性はなかった。
成校、訪問介護員養成講座、栄養士養成校、特別
職員からは、「実習生がつくと業務が遅くなり大
支援学校職場実習校を対象とする。アンケート項
変だ」「どこまで教えたらいいのか分かりにくい」
目は「実習の全体評価」「学校と施設の連携」「実
「指導者じゃないから関係ない」と負の連鎖に陥っ
習指導担当者の評価・評判」「受け入れ態勢」「実
ていた。また、著者が就職する前の調査4でも、
習先を選ぶ基準」「その他の要望・意見」とした。
同様な回答を得た。
倫理的配慮として、個人名は秘匿すること、回
答結果は調査目的意外に使用しないことを文面に
3.研修での重点課題
て説明し、返信用封筒を同封した(学校名は無記
<研修企画室の新設>
名)。
平 成17年 後 半 か ら 理 論 と 実 践 が 近 づ く よ う
(B)実習懇談会
「サービス部門」に特化した職員の全体研修に着
実習校との初の懇談会は平成19年に開催する。
手した。平成19年度に本部ケアスクール内に「研
懇談会は、限られた時間であるため、事前アンケー
修企画室」を新設し、職員の内部研修と実習受入
トを利用して具体的な問題点明確にするため、前
態勢の充実を図った。研修のコンセプトは、法人
記の学校群別にグループを分け、園長、サービス
の理念を具現化することであった。法人の中長期
副園長も出席し、実習担当者を中心に意見交換を
計画においても、各施設の人材育成が急務となっ
行った。園長はじめ、関係職員が痛烈な評価を真
ていた。研修企画室員は、特養の教務主任が併任
摯に受け止め、研修委員会にて研修計画を立て、
発令により行い、研修企画室の体系化を行った。
改善に向け施設全体で取り組んだ。
〈研修企画室の重点課題〉
(C)実習懇談会の記録を調査対象校へ配布
人材の流失が少なく、非常勤職員の募集さえ
(D)研修委員会にて研修計画へ反映する
めったにしない施設がある。また多様な形態や運
営方法によって、良質なサービスを提供する事業
2.実践のフィールド・対象の現状と解決すべき
課題
者も出てきた。そのサービスを見ると、法人格を
問わず、担当している「コア」の「人」によるとこ
当法人は、かつては高齢者福祉の分野ではオピ
ろが大きいということがわかる。5今後、これら
ニオンリーダー的存在であったが、筆者が平成17
の「コア」となる人材を「人財」として見るか、そ
年4月に就職したての頃には、離職者が多く、あ
してどう育てていくかが、施設の明暗を分けると
る特養では、夜勤と入りが同日に入るダブル夜勤
言っても過言ではない。
でないとフロアが回らない状態であった。実習生
そこで、当法人の職員研修は、施設長・副施設
からは、「挨拶しても返事がない」「放って置かれ
長の参画による全体研修と階層別研修を行った。
た」「言葉遣いも命令調」「人によって言うことが
研修委員会ではコア職員の課題を抽出し、現場の
違う」
「ケアが画一的」とケアや職員の態度等へ
ニーズにあった年度毎に研修の目標と方針を立
の負の評価ばかりが聞こえてきた。一方、職員は
て、それに応じた研修内容を組み立て、横断的に
一生懸命業務をこなそうとしているが、人材不足
年間計画を立てるという、重層的な研修に法人全
による過重労働で疲労困憊しており、職員相互の
体として取り組んだ。
緊張感も高く、生気がなく腰痛やストレスにて体
また、受講のみで終わらせるのではなく、Pl
4 「ケアワーカーを育てる「生活支援」実践法 中島健一・中村孝一著2005年
5 服部安子尊厳あるケアの実践に求められる人事育成の考察 社会事業研究 2006.1
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an(計画):→Do(実施)→Check(結果の確認)
→Action(処置)の手法にて日々の介護に生
(3)その他の実習
マニュアルを整備し、同様に対応を行った。
かし、会議での検討課題としてプラス思考をもっ
て再考し改善に努めた。
(4)実習の指導内容と方法の共有化
〈リーダー層・中間管理職の育成〉
今日までも実習最終日に反省会を設けていた
リーダー層・中間管理職の指導力の育成過程の
が、2、3週間の実習中、疑問や曖昧さを抱えな
システム化を図る。
がら実習する辛さや不安を取り除く必要がある。
リーダー層には、外部講師による研修の機会を
そこで、各施設(特養)の教務主任、相談員は、
積極的に活用し、新しい介護観や方法論を正しく
日々の実習で朝に夕に必ずミニミーティングを開
学んだ後、講師を務める機会を作った。自らが講
き、どんな些細な疑問や質問等には迅速に答える
師を務めることで成長し、介護を見直す契機にも
こと心がけ、根拠をもったケアの標準化・マニュ
なり、新しい介護観の醸成と後輩の指導による誇
アルの統一を図った。
りと自信を得る機会を作ることに繋がっていっ
た。
5.その他当法人の質の向上に向けて取り組んだ
こと(H22. 東京都権利擁護研修にて発表)
3.標準マニュアルの見直し・実習担当者の配置・
(1)根拠をもったケアを提供するために、職
実習担当者指導者研修への積極的参加
員自らが考え工夫すること
(2)実習生や新人職員からのフィードバック
4.実習受け入れについて配慮していること
から事業所運営を見直す工夫
(3)職員研修の工夫
(1)介護福祉士
(4)担当アドバイザー制度による新人教育(プ
研修企画室、三特養のサービス副園長、教務主
リセプター・エルダー等制度を法人独自
任が中心となり、自分も通ってきた道、そして今
で組み替えて行っている) 後一緒に働く介護職の仲間として、全職員で実習
生を温かく受け入れ指導することを主眼に置きな
がら作成した。
Ⅲ.研究結果
(1)H 19 ~H 21 実習校アンケート調査結果
●浴風会の実習についての平成18年度と平成21
(2)社会福祉士
年度のアンケートの結果を比較すると、相対
新カリキュラムに対応した計画書を作成し、事
的にどの項目も評価が上がっている。『浴風
前訪問を実施し、実習生の目標を明確化し、プロ
会での実習は如何でしたか?』という質問に
グラミングの方向性を合わせる。職場実習では、
対しては、①「問題なく円滑に実施できた」
まず現場に入り、施設運営の仕組み、ホーム内で
53 % (平 成18年 度)→68 % (平 成21年 度)(以 下
の職種と機能等を把握し、利用者との交流を図る。
同様表記)、②「普通に実施できた」15%→
職場実習の質問は介護、看護職員でも、生活相談
23%、という結果になった。自由記述では、
員でも受けられる体制を取る。ソーシャルワーク
当初「実習生に非常に悪い評価をつけられ
では、地域との連携過程として地域包括支援セン
た。事前に説明等がなかった」など、コミュ
ターや地域の会議やケースカンファレンス、当会
ニケーションがうまく取れていなかったとい
で行われている認知症の家族会等を通じて専門性
える。が、21年度では「実習生としての態度
を知るきっかけを作っていく。
や実習への姿勢が十分でなく、指導者を含む
職員の方とのコミュニケーションが自分から
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とれず、実習の継続が危ぶまれたが、完遂に
い」と指導され、情報のない中で戸惑った。
向け丁寧なご指導をいただいた」と、実習指
(フロアの方)」担当者の質の差があることを
導者側の成長が評価された。
歪めない。
●『貴校からの当施設の実習担当者担当者の評
●『実習生にとって、気軽に質問しやすい雰囲
価・評判は如何ですか?~生の声~』の質問
気でしたか?』に対しては、①「はい」42%
に対して、①「よい」47%→74%、②「普
→61%、②「普通」18%→26%、③「いいえ」2%
通」24%→26%、③「悪い」4%→0%と大き
→10%である。自由記述の具体的な内容とし
く変化している。自由記述の具体的内容とし
ては、当初は「指導者が見つからず、誰に聞
ても、当初は「そんなこともわからないの」
いたらよいか不安になることが多かった」
「人
「『自分以外のスタッフに質問しないで』と言
によって指導内容、方法が違い、困った」が
われた」「実習中放っておかれて何をしたら
圧倒的に多くあった。21年度は、数値の上で
良いかわからなくて困った」のどであった。
は改善されてきたものの、「忙しそうで、利
が、「実習内容を具体的に計画し、具体的な
用者にも『ちょっと待ってください』と言っ
目標を立てて臨めた」「介護計画作成時も細
ているので、質問できなかった」「指導担当
かくアドバイスを細かくして下さり、最終日
職員以外の職員の利用者に対する言葉遣いや
まで楽しく実習ができた」「教え方がわかり
態度が幻滅するものであった」「業務多忙に
やすい。根拠まで考えて学ばせてくれるので
より、話し掛けにくい」との声もあった。
良かった」「以前の指摘に対して次年度はす
ぐに取り入れてくれた」などの評価を得た。
全体的に、まだまだ組織としての課題は大きい
が、以上の評価にも表れているように、個人差は
●『実習生を温かく迎える雰囲気が実習施設に
あるものの職員の一人ひとりに意識の変化がみら
ありましたか?』という質問では、①「はい」
れ、職場改善に向けて共有された方向性をもって
44%→74%、②「普通」27%→23%、③「い
動き出しているといえよう。
いえ」4%→0%となっている。自由記述とし
て、当初「自分たちが邪魔にされている気が
(2)実習校との連携
する」という意見、平成21年度にも「担当者
当初は批判的な評価をされていた先生方から
以外の方は「私は知りません・・・」と教え
も、お互いに顔の見える関係ができ、意思疎通・
てもらえなかった」という意見もあり、実習
情報交換もスムーズに行うことができ、相互理解
生に対する指導法が全職員に徹底されていな
が深まってきたとの評価をいただいた。紙面の都
いという課題が残った。
合で割愛するが、社会福祉士、栄養士、ヘルパー、
介護体験、特別支援学級実習等においても同様の
●『実習指導担当者は、適切な指導をしていま
評価を得た。
したか?』では、①「はい」54%→74%、②
「普通」15%→23%、③「いいえ」2%→0%
Ⅲ.考察
と数値の上では改善されてきたものの、自由
当法人は、まだまだ問題は山積しているが、理
記述の具体的な内容としては「フロアでの指
念の具現化を目標に、年度毎に研修テーマを決め
導者が毎日変わり、指導者によって介護方法
取り組んだ。「研修」の成果は、一朝一夕に表れ
が違うため、困惑した。」「することがない時
るものではないが、「職員がやりがいを持って働
間になると「コミュニケーションとって下さ
ける職場」を試行錯誤しながら作ってきたことで、
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結果的に学生から「選ばれる施設」へと変化して
それは、研修の中核にもなるもので、現場で、
きている。
そして新しいシステムの中で、自由度の高いQO
今後は実習カリキュラムの変更に伴い、法改正
Lをどれだけ創造的にマネージメントできるか、
の経過時には、今まで以上に各学校の実習カリ
豊かなコミュニケーションにかかっている。この
キュラムのばらつきが予想される。学校との連携
コミュニケーションこそが、利用者とのかかわり
を強化する必要がある。実習指導担当者は、事前
の中で重要な意味を持ち、介護過程の実践に繋が
オリエンテーションを活用し、実習生の目標に
り、辞めない職場、人が働きたい職場へと変化さ
沿った実習を組み立て、現場と学生の調整や役割
せるものと考える。
を再確認し、学生が福祉の現場に夢と希望を持っ
この業界の人材確保の成否は、実践報告者の質
て就職できるように導いていくためにも、実習は
に関わっているといっても過言ではない。どの職
大きな意義を持っていることを確認し、学校との
員もフロアで実習生を受け入れ指導していく場面
連携を強化していきたい。
もある。新しい法改正の動きを学んでおく必要が
これからこの分野にやってくる後輩(社会人経
あり、外部研修等にも積極的に参加し、長期的視
験の積んだ年齢の高い人も含む)の“はじめの一
野に立って人材を育てていかなければなりませ
歩”を、一人のやりがいを持って働く専門職とし
ん。法人が一体となって質の高い研修を運営し、
て育てていくのも、介護現場の大きな責任である。
職員が専門職として確実な理念を構築できるケア
マニュアルは、日々「言語化して活用する」こと
の展開に向けて、常に内省力を高め合い切磋琢磨
を意識し、
“育てる”ことを意識したコミュニケー
できる職場風土を作っていく必要がある。
ションを図り、生きたマニュアル・職場風土とな
る研修を積み重ねていく必要がある。研修のコン
*この原稿は、日総研出版 「介護人材育成+リーダー
セプトは、「ここは施設だから・・・」という言い訳
シップ」隔月刊誌2010年9月15日号を加筆訂正してい
が通ったのは過去のことで、新しい時代の介護に
る
求められるのは、利用者はもちろんのこと、職員
も含めて「個の尊厳」である。
*さらに、2010年度アドバンスソーシャルワーカー実
践報告書にも一部掲載予定
- 169 -
〈学生研究奨励賞論文要約〉
特例子会社と福祉団体との協働による効果と課題
―「働く想い」に応えるために必要な援助者としての姿勢―
鯉 沼 信 吾 1.はじめに
最後に障害がある人にとっての働く意義を考え
本論文では、「どうしたら障害がある人が安心
る。文献に紹介されていた3名の当事者の声を紹
して企業で働けるか」という疑問を、企業と福祉
介する。
団体との「協働」の観点から考える。「協働」を
病院で勤務するaさんは、「仕事に誇りを持つこ
キーワードにした理由は、『社会福祉士の倫理綱
とができ、幸せを感じられる」と述べている。
領』に「連携」や「協働」という言葉が頻繁に登
特例子会社でクリーニングの仕事をするbさん
場し、ソーシャルワーク実践において協働が重要
は、仕事を通じて責任感が芽生えた。
視されていると強く感じたためである。
老人ホームで働くcさんは「仕事を通じて自分
論文の構成は次の通りである。前半は「協働に
のやりたいことと夢が見つかった」と振り返る。
よる就労支援の理論編」として「働く意義」と「協
以上が当事者の語る「働く意義」である。働く
働の概念」について文献を通じた考察を行う。後
ことは喜びや責任感を感じられ、社会の一員とし
半は「実践編」として4つの協働事例を報告する。
ての実感や名誉を得られる社会参加の一つだと言
えるだろう。特に当事者にとって働くことには「全
2.人はなぜ働くのか 人間的復権」の機能を持つと感じた。 就労支援をするソーシャルワーカーには、就労
を目指す当事者に「働く目的」や「働く意味」を
3.「協働」の概念の考察
伝え、当事者自ら「働く意義」を見出せるような
「協働」及び類似用語の概念を整理する。さらに、
関わりが求められると考える。「働く意義」は1
「福祉団体で協働が求められる理由と協働の目的」
人ひとり異なり定義することが難しいが、今回は
と「企業が他社と協働する目的と効果」について
文献と私のこれまでの経験を踏まえ、私なりの定
文献を基に確認する。
義づけを行う。
『広辞苑』で協働の意味を調べると、①他社ま
参照した文献には3つの働く意義が述べられて
たは他の集団と一緒に行う②共通の目的の達成を
いた。
目指すという2つの意味が含まれていた。協働と
①高い賃金と豊かな生活の実現
同じ意味を持つ言葉には日本語の「連携」と英語
②存在意義の確認
の‘cooperation’、‘collaboration’がある。
③自己成長の場
また、福祉団体が協働する目的と企業が協働す
また、私の人生経験から考える働く意義は次の
る目的は大きく異なることが明らかになった。福
3つである。
祉団体は「利用者の課題解決」のために協働を行
①社会的な責任を果たし貢献する手段
うのに対し、企業では「会社の利益拡大」や「市
②自己実現の手段
場での競争力の向上」を目的としている。
③自分の価値観や世界観を広げる手段
双方の協働目的や協働への期待を認識すること
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は、協働時の関係を良好にし、相互理解を深める
増えた②工賃の増加の2点である。一般就労をし
上でも必要な要素になると考える。福祉団体及び
たA社の社員の姿を見るうちに、一般就労を希望
企業の双方に、この認識を深めることが求められ
し働く意欲を高める利用者が増えたとB団体の所
ると思う。
長は振り返る。また、工賃も協働を始める前の2
倍近い額が得られるようになった。
4.事例調査報告
一方、協働による課題もB団体には生じた。そ
(1)調査概要
れは地域とのつながりが無くなったことである。
・調査対象:協働を行う特例子会社4社と福祉
団体4団体
協働をする前はパンの製造を行い、地域の人々に
販売していた。しかし、協働を始めてからパンの
・調査方法:インタビュー調査
製造は行われなくなり、地域とのつながりも無く
・調査項目:①協働事業内容②協働の効果③協
なってしまった。協働により働く意欲を高めた利
働の課題
用者がいる反面、地域とのつながりが無くなり働
・倫理的配慮:①調査結果は論文執筆にのみ使
用すること②企業名・団体名はアルファベッ
く意欲を見失った利用者がいることが課題だとB
団体の所長は話した。
トで表記する旨を伝え、了承を得た
◆事例2:採用活動・人材育成での協働
(2)事例報告
二つ目の事例では、特例子会社C社(以下、C社)
4つの事例調査報告を行う。特例子会社の社員
と障害者就業・生活支援センター D(以下、D団体)
などについては以下の通り表記する。
との協働を紹介する。協働事業はC社の採用活動
である。採用活動は次のような流れで行われた。
・特例子会社で働く障害のある社員=社員
・特例子会社で働く障害のない社員=管理者
① C社が求人依頼をD団体へ出す
・福祉団体の職員=職員
② D団体が依頼を元に人材選出
・福祉団体の利用者=利用者
③ C社での実習により人材の絞り込み
④ C社でのトライアル雇用後、本採用
◆事例1:社員への支援体制の確立と利用者の工
賃アップが実現した協働
協働による採用活動は、C社が設立され新規採
用を行う際に実施された。現在は欠員が生じた時
一つ目の事例では、特例子会社A社(以下、A社)
にのみC社では採用を行う。そのため、D団体と
とNPO法人B(以下、B団体)との協働を紹介す
の採用活動は定期的に行われているものではな
る。両者の協働事業は菓子工房の運営である。製
い。
造されたお菓子はA社の親会社に販売され、営業
協働により次の効果が得られた。
職員が訪問先へ持参する手土産などに活用されて
C社への効果は①社員の育成に時間がかかる課
いる。場所はB団体の事業所を利用している。
題が解消された②障害や障害者雇用に関する知識
協働による効果は次の通りである。
を獲得できたことの2点である。C社設立の段階
A社への効果は①社員への支援体制の確立②管
からD団体との関係を築き、指導を受けた結果、
理者が障害者雇用のノウハウを身につけたことの
これらの効果が得られたとC社の社長は話す。
2点である。B団体職員の支援方法を通じて障害
D団体への効果は、企業が福祉団体に求めるこ
がある人との関わり方を勉強できたことが協働の
と(例えば、企業が求める人材像など)や企業側
効果であるとA社の方は話した。
が持つ障害者雇用に関する知識の程度が分かった
B団体への効果は①仕事に誇りを持つ利用者が
ことである。協働により企業の現状や企業との関
- 171 -
わり方が把握できたとD団体の方は話す。
両者はG社の親会社から仕事を請け負う。共に事
続いては課題について述べる。協働の課題は両
業所をG社の親会社の敷地内に構え、連絡体制や
者からは挙げられなかった。代わりに今後障害者
協力体制が築かれている。H法人は「施設外実習」
雇用を促進する上で必要な点が出された。C社か
としてG社の隣で活動を行う。
らは「特別支援学校などに在学している最中から
協働の効果は次の通りである。
のサポートの必要性」が挙げられた。D団体から
G社への効果は①困った時すぐ相談できる環境
は「企業独自で障害がある社員を支援できるよう
にある②加齢などによりやむを得ずG社での就労
になって欲しい」という希望が出された。
の継続が困難になった場合でも、H法人があるこ
とで次の働く先の目途が立ち安心できることの2
◆事例3:職域の拡大と地域に根ざした雇用の場
を創出した協働
つであった。G社の管理者でも対応が難しい問題
が発生した時、H法人に相談し福祉的な対応をお
三つ目の事例では、特例子会社E社(以下、E社)
願いできることが心強いとG社の方は話す。
と社会福祉法人F(以下、F法人)との協働である。
H法人への効果は、施設外実習により多くの利
協働事業は農業である。E社の親会社の社員食堂
用者が働く意欲を高めたことである。企業で活躍
用の野菜の栽培や、バラなどを加工した製品作り
するG社社員の存在が、就労を目指すH法人の利
を行う。
用者にとっての目標となっている。実際に「自分
協働による効果は次の点であった。
もG社で働きたい」と希望しG社に就職をした利
E社への効果は①事務職が苦手な社員の仕事が
用者もいる。また、企業で働く人と交流する機会
創出された②地域に根ざした雇用の実現の2点で
ができたことも効果として挙がった。
ある。協働により様々な分野の仕事が生まれ、働
次に協働による課題を述べる。両者からは協働
く場も地域の中に作ることが可能となった。各自
の課題ではなく、それぞれが抱えている課題につ
の持つ「強み」や通勤が困難な社員などの働く機
いて話が出た。
会が創出されたとE社の方は話す。
G社の課題は「管理者の障害に対する理解度」
F法人への効果は企業側と福祉側の相互理解が
である。研修などを通じて障害への知識を深めた
深まったことである。「企業の持つ文化」と「福
いとG社は考えている。H法人の課題は、就労支
祉の持つ文化」が融合し、企業及び福祉単独では
援を行う職員が利用者に「働くことの意義」を伝
発揮できない新しい力が生まれたとF法人の所長
えられるかが重要になると提言した。 は話す。
協働の課題としてF法人から「今まで以上に相
互理解を深めること」が挙がった。その理由は、
5.まとめと考察
(1)事例調査を通じて
相互理解が深められたとはいえ、依然として互い
事例調査を通じて、協働がもたらす効果を理解
の都合を優先させようとする傾向があるためであ
することができた。
る。企業と福祉の衝突を防ぐためには、互いの文
特例子会社にとって協働には、企業が抱える課
化を認め合い、協働の目的を双方が認識し、目的
題の何点かを解決する手段として効果を発揮する
の達成に向かって互いの強みを活かすことが求め
ことが明らかとなった。
られると提言した。
福祉団体にとっては、協働が福祉分野と雇用市
場が一体となった支援をする方法の一つとなっ
◆事例4:利用者の就労意欲を高める協働
た。
最後の事例は特例子会社G社(以下、G社)と
障害がある人にも協働が効果をもたらした。福
社会福祉法人H(以下、H法人)との協働である。
祉と雇用が一体となることで、当事者の働く想い
- 172 -
に応える支援の実施体制が整備され、より効果的
働くために必要な点を考察することを目的に研究
な就労支援が可能となった。さらに、「本人の持
を実施した。特例子会社と福祉団体の双方に調査
つ強みを活かすことが可能になる」、「会社でも福
を実施したことで、協働事例を多角的に検証でき
祉的な相談ができる」ことで、やりがいや安心感
た。
を持ち仕事に取り組める環境が協働により整えら
事例を通じて、協働が特例子会社、福祉団体、
れた。
障害がある人にとって大きなメリットをもたらす
ことが明らかになった。互いの強みが活かされ、
(2)協働の課題と検討を要する事項
それぞれの持つ課題が解決できることは、協働の
協働の課題のうち、次の2つについては今後と
持つ大きな力であるだろう。
も検討が必要となると感じた。
そして協働が、障害がある人の「尊厳のある働
き方」(ディーセントワーク)を実現するための
①協働をしても地域とのつながりを残す
有効な手段の一つであることが確認できた。
②互いの都合を優先させること無く、相互理
解を深める
参考文献
2つの課題改善に共通していると考えること
・日本障害者リハビリテーション協会編 「働く
は、企業側と福祉側の双方が互いの文化を理解す
当事者の声」『ノーマライゼーション』29(4),
る姿勢だと思う。互いのことを理解してもらえる
333,33-35,2009.4
ような積極的な働きかけや姿勢こそが、課題改善
・松為信雄、菊池恵美子編「第1章 職業リハビリ
には必要になると感じた。
テーションの視点」『職業リハビリテーション
入門』協同医書出版社,pp7-8,2001
6.おわりに
・やおき福祉会編 『精神障害とともに働く 自
本論文では特例子会社と福祉団体との協働によ
立への挑戦』ミネルヴァ書房,2009
る効果と課題を検証し、障害がある人が安心して
- 173 -
〈学生研究奨励賞論文要約〉
「語り」による母親の自己統合 要約
(「社会事業研究」第50号の原稿)
武 部 明 子 1.本研究の背景と目的
を知り、具体的支援の方法を模索することであ
人間とは、本来不完全なものであるにもかかわ
る。特に生活場面における「語り」を念頭に置き、
らず、人々は現代社会の大きな潮流である上昇志
セラピーなど特化された専門性による支援ではな
向の波に翻弄されて自己分裂状態に陥り、自己(人
く、日常生活の延長線上にある「語り」に注目し、
間)の本質的価値を見失いつつある。人間が本質
その場をどのように保障できるか、またそのため
以外の価値を生きようとすると自己不一致を招
の意識化をどのように行えるかに焦点を置いて考
き、それは単にひとりの人間の問題にとどまらず、
察したい。
社会全体の成熟度に大きく影響するといえるだろ
う。
2.調査
本研究は、生命の誕生と育みを担う母親たちを
*インタビュー調査
対象に、子育てを通して自らの生き方を問い直す
アンケート調査の質問紙を作成する前に、子育
人々の姿から、人間にとって本質的な課題である
て中の母親3名から現在抱えている育児ストレス
「自己統合」に至るプロセスを、特に「語り」に
やその解消方法について聴き取り調査を行なっ
焦点をあてて検証する。母親の自己統合を援助す
た。この調査に使用した質問項目と聴き取り後の
ることは、子どもの成長にとって最も大切な人的
逐語記録は本人の承諾を得て、そのまま補足資料
環境を整えることになり、それは究極的に子ども
として巻末に添付した。
の自己統合(人格的成長)を助けることでもある
と考えるからである。
*アンケート調査概要
本論文が目的としているのは、第一に自己不一
①調査期間…2009年5月末~6月初め
致の要因となる育児ストレスについて、現代の母
②調査場所…全国6か所の幼稚園・保育園 親たちが子育てにおいて抱えている不安や困難を
(内訳:幼稚園3園/保育園3園)
調査によって把握し、可視化すること。第二に、
③調査対象…就学前の乳幼児の子育てをしてい
それらのストレスが育児にどのような影響を与え
る母親 605名
ているか、特に負の関連性を明らかにすること。
④調査方法…質問紙調査(A3両面)
第三に、そのような困難状況において、母親の自
質問紙配布数:605枚
己統合に貢献していると考えられる「語り」の場
質問紙回収数:433枚
と対象、その効果について検証し、明らかにする
回収率:約71%
こと。第四に、子育ての困難に直面している母親
⑤調査項目…Ⅰ.子育ての感じ方 Ⅱ.ストレス要
たちが、「虐待」という悲しい事態に陥る以前に、
因と行動 Ⅲ.子育て環境 育児不安やストレスを早い段階で解決するために
Ⅳ.「語り」について Ⅴ.母親の
必要としていること、また妨げとなっていること
成育環境 Ⅵ.育児観 Ⅶ.理想
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の母親像
裏返しのような母親像が数多く書かれていた。す
⑥分析方法…エクセルにデータ入力後、集計結
果、統計等をグラフ化した。
べての回答に当てはまるものではないが、ストレ
ス負荷は、自分の弱い部分に作用していると推察
関連項目については、ピアソンの
でき、そう考えると、ここに書かれた母親像は、
「現
相関係数を用いて相互の関係性を
在の自分が実現できていない母親としての不完全
確認した。
な姿」とも捉えることができる。
自由記述回答については、テキス
笑顔で接することができない、小さなことでイ
トマイニング、及びKJ法を試み、
ライラする、話を聴いてあげられていない等、
「母
分析を行なった。
親の理想像」には逆説的に「母親の現実」が映し
⑦倫理的配慮…アンケート調査を作成するにあ
出されている。筆者が現場で感じた母親の自己評
たり、母親への心理的負担をでき
価の低さは、前述した母親イメージに起因すると
るだけ少なくするように文章を吟
ころが大きいと考えている。
味した。その上で複数の専門家に
また「いつも変わらない母親」であることが、
よってアンケート項目、及び説明
明らかに良い母親のイメージと結びついている。
文を吟味していただいた。また、
母親たちは、変わらずに保ちたい何かを子育ての
守秘義務、および個人情報の管理
葛藤のなかで感じ取っているといえる。表層的な
に関する遵守項目を依頼文書に記
ことに一喜一憂することのない自己の揺るぎない
載し、同意を得られた親に対して
礎とは何なのか、母親たちは子どもを通して「変
のみアンケートを実施した。
わらない自己」という本質に目を向ける機会を得
ているのである。
3.調査結果と考察
*理想と現実のギャップにみられる育児ストレス
*育児ストレスと子育ての負の関連性
ストレス要因の第1位は「思うようにならない
今回の調査で「育児不安尺度」「FR行動(怯え
現実に対する苛立ち」、第2位は「母親としての
たような/怯えさせるような行動)」「日常的離人
自信のなさ」であった。「理想の母親像」(自由記
尺度」を用いて行なった結果から考察できる負の
述)には、ストレス要因として記述された内容の
関連性について以下に述べる。
図1 育児ストレス要因
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①ストレスと結びついた負の行動として顕著なの
④自 己 評 価 の 低 さ は 子 ど も へ のFR行 動(r=.49,
がFR行動であり、日常的離人尺度との間には
p<.01)や虐待意識(r=.33, p<01)、セルフコン
有意な相関(r=.32, p<.01)が認められている。
トロール(r=.39, p<01)など、多くの部分と有
これは育児ストレス時にFR行動をとる母親の
意な相関が認められており、母親の低い自己認
中には、日常的に離人感をもつ人が少なからず
識が不適切な養育行動と密接に関係しているこ
存在していることを示しており、解離的傾向の
とを示している。
現れ(統合感の希薄さ)と捉えることができる。
②虐待意識をもっている母親とFR行動との間に
*「語り」の対象と場
は中程度の有意な相関(r=.44, p<.01)が認め
ストレス場面において「語り」が果たす重要な
られ、子どもに対する行動がFR行動として出
役割は、以下の調査結果からも明らかになった。
現する可能性の高さを示唆している。
また、幼稚園・保育園の先生に話したいという
③中核的育児不安と自己否定的評価との間には中
希望を持っているにもかかわらず、実際にはそれ
程度の有意な相関(r=.48, p<.01)が見られる。
が困難な現実があることもうかがえた。その理由
これは自分の育児能力やしつけの方法等に不安
は明確でないが、親子が毎日利用する幼稚園・保
を感じている母親たちの自己評価が低いことを
育園の場が貴重な「語り」の場になり得ることは
表している。
確かであろう。原因を明らかにして、「語り」を
受けとめる“人と場”を創り出していくことは、
生活場面の延長線上にある支援として重要な選択
肢となる。
フォーマル、インフォーマルを問わず、語りの
場と対象を確実に得られるか否かは、母親たちの
心理的なサポートへの影響が大きい。“深刻で重
大な問題”でなければ門をくぐることができない
と感じさせる専門機関の敷居の高さが、早期であ
れば解決できた問題を深刻化するまで置き去り
図2 ストレス行動時のFR行動の出現
にする要因になっているとはいえないだろうか。
図3 語りによる変化
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種々の専門機関についても、どのような方法で、
②「子どもの人権」「母親の人権」の意識化
いかに敷居を低く利用しやすい条件で確保するこ
近年、虐待等で子どもの人権についても意識が
とができるかが、今後の支援の課題となると考え
高まってきてはいるが、幼稚園・保育園では、当
ている。
事者性が強いためか、ほとんど話題にされること
はなかった。しかし、今後はこれらの啓発も不可
*パートナーシップ
欠であろう。人権感覚も子育て観と同様、親の意
インタビュー調査において語られた子育ての悩
識から世代間伝達していくと考えられるので、日
みを振り返ってみると、その背景には夫婦のコ
常生活の随所にあふれている人権の芽について、
ミュニケーションの問題や育児・教育に関する価
具体的に意識化を図っていくことも必要なアプ
値観の違いなど夫婦間のギクシャクした状態像が
ローチである。
あり、それが子育てに影響を与えているという実
③パートナーシップの充実に対するアプローチ
態があることを再認識した。質問紙調査とは異な
夫婦のため、父親のための集い、マリッジエン
り、それぞれがパートナーとの関係で抱えてい
カウンターなど、より良いパートナーシップを生
る問題を個別に聴き取ることができたおかげで、
きるための集いの企画・広報・開催を幼稚園、保
パートナーシップと子育ての関係を新たな課題と
育園において行なうことも支援の一つであると考
して認識することができた。また、育児不安や子
える。特に、父親に対して育児参加を求める以前
育ての困難は避けられないとしても、母親にとっ
に、パートナーに対する信頼と理解を深められる
て最も自分自身を分かち合いたい存在であるパー
ような支援を行ない、結果として子育てにおける
トナーへの語りは、困難に向き合う力となってい
父親の必要性や育児参加の重要性を理解できるよ
るというもう一つの事実も確認した。このパート
うな機会を提供する必要がある。
ナーへの「語り」もまた、自己の不完全性の受容
④葛藤処理のスキルを学ぶ場の提供
とつながり、母親が自己統合へと導かれる役割を
自己評価の低い母親たちに対するアプローチと
担っている。
して、母親が子育て中に感じる否定的感情や否定
的体験に対して、自分を責めたり戸惑ったりせず
4.子育てにおける具体的支援の提案
に落ち着いて対処できるよう、葛藤処理のスキル
これまでの調査結果等を踏まえ、子育て中の母
を学ぶ機会を提供する。
親たちが安定した気持ちで子どもと向き合い、自
⑤日常生活場面への支援
分自身の生き方をより内奥の声(本質的自己から
幼稚園・保育園は、子どもの養護の一環として、
の呼びかけ)に近づけるために可能な支援を具体
現段階でハイリスクと判断される母親(虐待の兆
的に提案したい。
しや精神疾患等)に対して、他の機関と連携しな
がら副次的に日常生活支援を行なうことも視野に
<母親への直接支援>
入れた体制をつくる。
①幼稚園・保育園におけるチャイルドソーシャ
ルワーカーの常駐
<職員・制度などに対する間接的支援>
チャイルドソーシャルワーカーを園に常駐さ
①保育士、幼稚園教諭の専門性の向上
せ、母子にとって日常生活の延長線上にある幼稚
②幼稚園・保育園と保健師の連携
園・保育園において、母親たちが話したいときに
③保育所保育指針の実現と幼稚園教育要領の見
自然な形で話を聴いてもらったり、相談できる環
境(語りの場)を確保する。
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直し(教育と福祉の接点)
謝 辞
係発達の視点から]」NHKブックス
本論文の執筆に際して、貴重なご助言やご指導
手島聖子、原口雅浩2003「乳幼児健康診査を通し
をくださった日本社会事業大学の藤岡孝志先生、
た育児支援:育児ストレス尺度の開発」福岡県
また調査結果の解析にあたり、丁寧にご指導くだ
立大学看護学部紀要 1, P.15-27
さった竹内幸子先生に深く感謝申し上げます。ま
豊田史代・岡本祐子2006「育児期の女性における
た、調査に快くご協力くださいました幼稚園・保
『母親としての自己』『個人としての自己』の葛
育園の園長先生ならびに職員の皆様、ご回答いた
藤と統合-育児困難との関連-」広島大学心理
だいた大勢のお母様方お一人おひとりに心からお
学研究第6号
礼申し上げます。ありがとうございました。
橋本やよい2001「現代社会と母親の病い」
(講座
心理療法第8巻「心理療法と現代社会」)岩波書
引用・参考文献
店
柏木惠子2008「子どもが育つ条件―家族心理学か
藤岡孝志2008「愛着臨床と子ども虐待」ミネルヴァ
ら考える」岩波新書
書房 他
鯨岡峻2002「〈育てられる者〉から〈育てる者〉へ[関
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2010年度学生研究奨励賞受賞者
●特例子会社と福祉団体との協働による効果と課題
―「働く想い」に応えるために必要な援助者としての姿勢―
執 筆 者 鯉 沼 信 吾
執筆時 学部福祉援助学科4年 (2010年卒)
●「語り」による母親の自己統合
執 筆 者 武 部 明 子
執筆時 学部福祉援助学科4年 (2010年卒)
(これらの二論文の要約は、本誌に掲載されています。)
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2010年度学会(木田)賞受賞者
【実践賞】
◆ 山 﨑 ハコネ 氏(1982年3月 学部児童福祉学科卒/ 2008年3月 大学院前期修了)
社会福祉法人 からし種の会 理事長
敬和学園大学 准教授
1990年代後半に当時としては画期的な認知症対応のグルー
プホームを創設し、ただ預かれば良いと言うことではなく、
その人らしく暮らしが出来るようにターミナルまでを視野に
いれた介護や援助を実践し、地域での認知症介護に新たな道
を拓き、その業績は各界から高く評価されています。特に「制
度のはざまにある人々の幅広い受け皿」であろうとする実践
理念を基調とした活動は、利用者のニードに応えて社会資源
を開発するというソーシャルワークの理念を体現するものと
いえます。
【実践賞】
◆ 星 野 久 志 氏(1984年3月 学部児童福祉学科卒)
社会福祉法人 富士福祉会 理事長
東京都町田市を基盤に、精神障害者の地域での支援を進め
るために通所施設の設立・運営に尽力されてきました。
また、全国初となる施設整備に関わる用地助成制度を発足
させる契機となったり、精神障害者授産施設運営費の自己負
担分の公費助成化の運動など、精神障害者福祉の拡充に貢献
されてきました。この他、東京都精神障害者授産施設連絡会
代表始め、精神障害者支援のネットワーク作りでも活躍され
ています。また、厚生労働省のプロジェクト研究にも積極的
に取り組み、現場からの実証研究を組織し、推進して来られ
ました。
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社会事業研究 第 50 号
発行人 大 橋 謙 策
編集人 平 野 方 紹
発行所 日本社会事業大学社会福祉学会
東京都清瀬市竹丘3丁目1番30号
日本社会事業大学校友室
電 話 042(496)3053
印刷所 株式会社 共 進
電 話 03(3331)0950
発 行 2011年1月1日