複式簿記の会計情報と資産管理 - 国立大学財務・経営センター

国立大学法人等の財産管理に関する研究協議会(第2回)
「複式簿記の会計情報と資産管理」
(2007.2.19)
株式会社
公認会計士
日本公会計総合研究所
金 子 邦 博
(E-mail) [email protected]
は
じ
め
に
この講義では、会計情報を実際の資産管理に活かしていくという観点から、会計にお
ける考え方を基本に、企業の経営活動における資産管理の取り組みの背後にある考え方
を習得することを目的にしています。
企業の経営活動は、その時々の環境に合わせて変わっていきますので、今回ご説明す
る実務も今後変化していくことが想定されまし、また、同じような環境の下でも、組織
の目的が違えば、経営管理の構築も異なる可能性があります。
大切なのは、自らの置かれている環境条件の変化の可能性を考えずに、前例踏襲型で
従前の事務に固執することのリスクや無駄に気づくことです。組織が直面している環境
を正しく理解し、その環境にあった経営管理をそれぞれの現場で適時に考えて、実際に
試みて、そして軌道修正していきながら最適化を図ることです。今回の講義では、それ
に役立つように、日々の運営業務を改善してくための考え方を理解していただくことを
目的にしていきたいと思っています。
- 1 -
第1章
1
資産・負債の意味を考える
貸借対照表の作成目的
「企業会計原則」
一
第三
貸借対照表原則
貸借対照表は、企業の財政状態を明らかにするため、貸借対照表日におけるすべ
ての資産、負債及び資本を記載し、株主、債権者その他の利害関係者にこれを正し
く表示するものでなければならない。ただし、正規の簿記の原則に従って処理され
た場合に生じた簿外資産及び簿外負債は、貸借対照表の記載外におくことができる。
貸借対照表は、企業が貸借対照表日(決算日)において所有しているすべての資産、
負債及び資本を記載して、株主、債権者などの利害関係者にその実態を報告する財務諸
表です。
貸借対照表の作成目的は、企業がその営業活動に際して必要な資金をどの様に調達し
たのか(調達源泉)ということと、調達した資金をどの様に管理、運用しているのか(運
用形態)ということを対比して報告することにあります。企業会計原則の貸借対照表原
則でいっている「企業の財政状態を明らかにする」ということは、この調達源泉と運用
形態のバランス関係を明らかにすることを指しています。
貸借対照表の基本構造を図示しますと(図1)のようになります。なお、貸借対照表
の作成フォームとしては、資産(借方残高)、負債・資本(貸方残高)を左右に対比す
る形で並べる「勘定式」と、資産、負債、資本を順番に記載していく「報告式」があり
ますが、今回は「勘定式」を前提に説明をさせていただきます。
(図1)貸借対照表の基本構造
(借
(運用形態)
資
方)
(貸
産
方)
負
債
資
本
(調達源泉)
貸借対照表の基本構造を具体的に説明するなら、左側の借方には、企業がその活動に
伴い資金を投下して現に保有している「資産」の内容を記載し、右側の貸方には、企業
に投入された資金の源泉を、借入金などの「負債」と、企業活動の元手として出資者か
ら拠出された資本金などの「資本」とに区分して記載します。
なお、平成18年5月に施行された「会社法」の計算書類においては、従前「資本の部」
として表示していた区分に関し、
「純資産の部」として表示することとなりましたので、
貸借対照表の資産と負債の差額に関しては、社会一般的には、今後は「資本」という呼
び方から、「純資産」という呼び方に代わっていくと思われますが、独立行政法人の財
務諸表上の表示との関係もありますので、以下では、「純資産」ではなく「資本」とい
- 2 -
う用語を使うこととします。
「企業会計原則」
一E
第三
貸借対照表原則
貸借対照表の資産の合計金額は、負債と資本の合計金額に一致しなければなら
ない。
貸借対照表は、その会計期間の最終日である決算日現在の財政状態を表しますので、
その会計期間の営業努力の結果得られた利益(当期純利益)に見合う価値の増加(借方
(資産)の増加ないし貸方(負債・資本)の減少)を反映しています。その一方で、損
益計算の結果としての当期純利益は、結果として株主などの出資者持分を増加させます
ので、貸方の資本の残高を増加させます。そのため、最終的に、貸借対照表は借方、貸
方とも同じ金額の増加となり、貸借の金額は一致し、次の「貸借対照表等式」が成立し
ます。なお、営業努力の結果がマイナスの成果であった場合(当期純損失)でも、増減
方向が逆になるだけで貸借の金額は一致します。
資
産
=
負
債
+
資
本
したがって、貸借対照表の資産合計(借方残高)と負債・資本合計(貸方残高)は常
に一致していますので、左右の最終残高を見比べても企業の財政状態は分かりません。
実際に貸借対照表を通じて企業の財政状態を見る場合に最初に着目するのは、「資産」
と「負債」のバランス、ないしその差額である「資本」の内容ということになります。
2
貸借対照表と損益計算書の関係
貸借対照表と損益計算書は、企業が外部の利害関係者に対して会計報告を行う場合に
最も注目される財務諸表です。この二つの財務諸表が重要視されるは、企業の「支払い
能力」と「収益力」に対する利害関係者の関心が高いためです。
貸借対照表と損益計算書は、財政状態の表示と経営成績の表示という異なった目的を
持つ財務諸表ですが、その根底には企業の経済的な実態を利害関係者に報告するという
共通の趣旨があります。この二つの財務諸表は、一つの企業の経済的な実態に対して、
ストック面とフロー面という異なる視点から写像を行っているもので、日々の取引の積
み重ね(フロー)が残高(ストック)になりますので、両者の計算構造には連携関係が
あります。
損益計算書は、その会計期間の企業の経営成績を明らかにするため、日々の取引の結
果生じた収益、費用というフロー項目を集計して、企業価値の増分を表す当期純利益を
算出します。
一方、貸借対照表は、その会計期間終了時点での企業の財政状態を明らかにするため、
決算日時点の資産、負債・資本というストック項目の残高を表示するものです。今日の
発生主義会計の枠組みのなかでは、企業の活動に伴って収益、費用を認識するときには、
- 3 -
その対価としてストック項目の増減も同時に把握しますので、会計期間中のストック項
目の貸借差額の増加額は、当期純利益の額と等しくなります。企業会計では、損益計算
による当期純利益を、未処分利益計算を通じて貸借対照表の出資者の持分である資本の
増加額として付け替えることで、先に説明した「貸借対照表等式」が成立するのです。
なお、ストック項目に関して、残高情報だけでなく、キャッシュフロー計算書のよう
にその増減内容(フロー情報)を報告する場合もあります。
損益計算書と貸借対照表の関係を図示しますと図2のようになります。
(図2)貸借対照表と損益計算書の関係
貸借対照表
資 産
負 債
ストック項目の増加
資本(純資産)
当期純利益
利
益
損益計算書
複式簿記
費 用
収 益
(当期純利益)
期首
3
決算日
「貨幣性資産」と「費用性資産」
企業の保有する「資産」は、企業に投下された資金の運用形態を表しています。企業
が単一の資産しか所有しないということは稀であり、通常、企業は、様々な種類の資産
を保有しています。資産の種類が異なるということは、これまでの企業の営業活動の結
果を表す一方で、今後の企業の経営成績に大きな影響を与えます。そこで、貸借対照表
の資産の内容を見る場合、その性質に応じて資産を分類しています。
「貨幣性資産」と「費用性資産」の分類は、貸借対照表上の表示区分として扱いませ
んので、一般にはなじみが薄いですが、資産が期間損益計算に与える影響を考えた場合
には、重要な分類となります。
(1)資産の投資状況による分類
企業に投下された資金は、通常、まず「現金」という形態で受け容れられます。企業
が現金を持っているということは、本来の営業活動に対する資金投入をしていないこと、
- 4 -
言い換えるのなら投資をしていないことを表します。このように考えますと、資産は、
まず投資されておらず支払手段となるもの(現金)と投資されており直接には支払手段
にならないもの(現金以外)に分類ができます。
さらに、投資されているものであっても、その投資に対する回収内容(現金回収額)
が確定しているものと、そうでないものに分けることができます。例えば、商品の在庫
を考えた場合、それが今後いつ、いくらで売れるのかは不明確であり、回収内容が確定
しているとはいえません。一方、貸付金や売掛金などは、その約定で、返済期限、利息
などが定まっており、相手方の義務の不履行などがない限り、通常はその回収内容は確
定していると見ることができます。回収内容が確定しているか否かの違いを見る上で、
重要なポイントとなるのは、その投資したものが企業の内部にあるのか(商品や固定資
産など)、企業外部にあるのか(貸付金、売掛金など)ということです。つまり、企業
外部の第三者が関与することで回収内容が確定するという効果が生まれるのです。この
ことは、損益計算における実現原則を思い出していただければご理解いただけると思い
ます。
この分類を図示しますと次のようになります。
(図3)投資状況に基づく資産の分類
投資されていないもの(支払手段) ・・・・ 現
資
金
産
外部投資 ・・・・ 売掛金、貸付金、有価証券
投資されているもの
内部投資 ・・・・ 商品、原材料、建物、機械
(2)資産の機能別分類
資産の本質を考えた場合、それは、将来利用できる価値を有しているということです。
将来利用できる価値という観点で、資産を見た場合、将来、支払手段として利用できる
金額が確定しているものと、そうでないものでは大きく性格が相違しますので、この観
点から資産の分類がされています。支払手段(現金)、および将来の現金回収額が確定
しているもの(外部投資)は、将来の利用価値が確定しているものとして「貨幣性資産」
として分類されます。一方、内部投資して保有している資産は、現時点では将来の利用
価値が確定しておらず、将来の営業活動を通じてその利用価値を確定していくもの、言
い換えるのなら将来の期間損益計算の費用として回収金額が確定するものであり、「費
用性資産」として分類されます。この分類を図示しますと次のようになります。
- 5 -
(図4)貨幣性資産と費用性資産の分類
支払手段 ・・・・ 現
金
貨幣性資産
外部投資 ・・・・ 売掛金、貸付金、有価証券
費用性資産
内部投資 ・・・・ 商品、原材料、建物、機械
また、「貨幣性資産」と「費用性資産」は、その性格が大きく異なることから、貸借
対照表に計上すべき価額の決定(評価)に大きな違いがあります。「貨幣性資産」の場
合、将来の現金回収額は確定していますので、問題となるのはその回収可能性であり、
回収不能と認められた部分がある場合は、回収不能額を貸倒引当金繰入額や評価損とし
て計上して評価を減額します。一方、「費用性資産」の場合には、将来の営業活動に貢
献することが基準であり、その貢献能力が低下した場合には、その能力の喪失に応じて、
低下評価損などを計上して評価を減額することになります。
4
資産の性質とその管理
保有する資産について、的確な管理、運用を行っていくためには、それぞれの資産に
適合した管理を行う必要があります。
①
貨幣性資産
→
現金回収額は確定
→
回収(現金化)の管理
・信用リスク(回収の不能)
・市場リスク(価格変動リスク)
②
費用性資産
→
回収金額は不確定
↓
「収益への貢献能力」と「簿価」
→
貢献能力の管理
・維持修繕、更新
・実物管理、評価
5
負債の範囲
機能面から見た場合、資産は、将来の収益の獲得に役立つ経済的な資源であるのに対
し、負債は、将来、企業の資産を減少させる経済的な負担を表すものといえます。
財務諸表に計上される負債をその性格で分類すると、次のようになります。
①
法律上の負債
確定債務
→ 買掛金、支払手形、借入金、社債など
条件付き債務
→ 退職給与引当金、製品保証引当金など
- 6 -
②
会計上の負債
→修繕引当金、債務保証損失引当金など
↑
法律上の債務ではないが、将来の支出が合理的に予想されるものは、企業にとっ
ては不可避の将来の経済的な負担であるので、会計上の負債として認識します。
負債においても、その機能に応じた管理が必要になります。法律上の負債であれば、
その債務額は、契約、規則などにより合理的に計算できるはずですから、いつの時点で
も、その債務額の現況を説明できるよう関係証憑を確実に管理、保管しておくことが必
要になります。
一方、会計上の負債に関しましては、期間損益計算を適正に行う観点から見積もり計
算によって計上されるものですから、その金額の妥当性は、計算過程の合理性により支
えられています。そのため、その管理にあたっては、当初の計算の合理性だけでなく、
毎決算期、事後の環境変化に伴い計上すべき金額の見直し及び取崩しの必要性について
の検討を行うことが必要になります。
- 7 -
第2章
1
会計情報と資産の管理
会計情報の活用の視点
報告主体の全般的な財政状態や経営成績を企業外部に公表するすることを目的とする
財務諸表とそれを作成するための会計帳簿を見ているだけでは、資産の内容、状態に応
じて個別的に対応していかなければならない資産の管理の情報は得られません。
一般企業においては、経営上、収益獲得に対する各構成単位毎の貢献度合いを把握す
るため、会計単位を細分化して、会計情報を得ています。
また、さらに、事業に資金を投入するに当たっては、投入する資金に対してどれだけ
のリターンが見込めるのか事業のライフサイクル単位で収支を分析します。これは、特
定の事業に資源を投入すれば、保有する資源の有限性から、他の事業機会が犠牲になる
からで、企業は、複数の投資案のなかから、収益性とリスクを勘案して投資案を選択し、
また事業開始後も事業の結果(会計情報)と収益見込みとの比較を行い、投資時の見込
みが誤りであったと判明したときには、損失を最小化するためのの行動(事業の縮小、
転換、廃止など)を行うのです。
このように、企業は会計情報を経営に有効に活用するためには、管理会計的な取り組
みが必要であり、まず、その第一歩として、
①
細分化された会計単位の設定
→
分権的な組織運営
→
②
責任の明確化と組織長の運営能力の評価
事業単位での会計情報の把握
→
事前の収支計算(予算)と事後の収支計算(決算)の対比し、そこから得ら
れた情報に基づき絶えず経営的意思決定により修正行動を行う。
が必要です。
今回は、具体の活用例については検討しませんが、ご興味のある方は、
㈱日本公会計総合研究所(2004)『公会計読本』ぎょうせい
のpp.212∼221に実際に東京都が事業別のバランスシートを使って事業の改廃を行った
例を紹介していますので、ご参照下さい。
- 8 -
2
固定資産の減損処理
固定資産に「減損」が生じているというのは、報告主体が保有している固定資産の収
益力(サービス提供能力に対する評価額)が大きく低下し、それに投資した資金の回収
が困難になったと判断される状況をいいます。
減損が生じている資産の帳簿価額をそのままにしますと、過大な費用配分(減価償却)
によって将来にわたって損失が先送りされ(繰り延べられ)ることで、会計上計算され
る利益が圧縮され、結果として企業の経済的な実態を反映しない会計報告が作成され続
けることになるという問題があります。また、回収可能性のない過大な帳簿価額に基づ
いて作成された貸借対照表は、純資産(資産負債差額)を過大に表示することになり、
利用者の企業の財政状態に関する判断を誤らせる危険性もあります。
そこで、これらの問題に対応するため、固定資産に「減損」が生じている場合には、
その実態を財務諸表に反映するため、当該資産の帳簿価額を切り下げて、それに見合う
損失を計上する「減損処理」が採用されることになりました。
しかし、減損会計は、固定資産に関する投資の成果について、最終的な結果が確定し
ていない投資期間の途中で、収益に対する貢献能力を基準に投資の成否を判別し、資産
を回収可能な価額で評価し直すもので、時価会計の考え方に属する会計処理であること
から、現行の取得原価主義会計の枠組みのなかでどの様な理論的な整理を行うのかとい
う点に関して様々な議論があります。そのため、設定されている会計基準を見ますと、
減損の認識や測定の内容に関して相違が認められています。
(1)「減損会計」に関する会計基準の制定状況
一般の企業を前提とした場合、固定資産などの事業資産に係る投資は、その資産の利
用に伴う収益の資金流入によって回収されますが、政府や地方公共団体などの公的部門
の場合には、保有する多くの資産は、資産の利用とその対価の回収には直接的な関係が
ありません。そのため、公的部門の会計では、資産の利用により生み出される資金流入
に着目して減損の発生を検討することができない資産を対象に、別途の基準を設定する
ことが必要になります。そのため、公的部門の減損を検討する場合、資産を二つに分け
て検討を行います。一つが、一般の企業と同等に、投下資金の回収可能性に着目して減
損の発生を認識する「資金生成資産」であり、もう一つが、資産の利用とは無関係に専
ら税金などの収入により投資した資金を回収する「非資金生成資産」です。以下では、
この二つに分けて会計基準の制定状況を見ていきます。
ア
資金生成資産の減損
まず、
「資金生成資産」については、米国では1995年に米国財務会計基準書(SFAS)
第121号「長期性資産の減損と処分予定となった長期性資産の減損に係る会計処理」
*1
が公表され、減損会計が導入されました 。米国の基準では、減損を認識する理由と
*1
米国では、2001年にSFAS第121号に代わる新たな基準としてSFAS第144号「長期性資産の減損ま
たは処分に係る会計基準」が公表されています。なお、この基準変更は、基準の詳細化と、関係
基準の統廃合を主な目的とするもので、減損の会計処理に関しては基本的に第121号を踏襲して
います。
- 9 -
して投資の実質的な継続性に着目しています。取得時に予定していた固定資産の利用
が行えず減損の発生が明らかになっている状況というのは、投資の失敗を認識すべき
状態であり、損失を拡大しないために当初の利用計画は中止され、損失を最小化する
ための新たな利用計画に移行したと見なせます。そこで、その固定資産に関する当初
の投資は中断して清算されと見なして、表面上は継続的に利用されていたとしても新
たな投資(再投資)が行われたと考えることにしています。そのため、事実上の再投
資が行われたことを財務諸表に反映するため、減損の会計処理を行い、時価まで簿価
を切り下げて、損失を計上することとしています。なお、米国基準では、減損の会計
処理は再投資が行われたと擬制することから、過去の投資との連続性は遮断されます
ので、将来、資産の時価が上昇しても、それは未実現の保有利得と考え、過去の減損
損失を戻し入れる(簿価を増額する)ことは行いません。
その後、国際会計基準審議会IASBは、1998年に国際会計基準(IAS)第36号「資産
の減損」を公表しました。国際会計基準では、減損を認識する理由として、「簿価の
回収可能性」に着目しており、その回収可能性が損なわれたことが明らかになった時
には簿価を切り下げる必要があるとしています。つまり、投資を行う場合、簿価は回
収すべき資金の基準となるもので、企業はその基準を超えて収益を獲得するために活
動していることから、回収可能な資金の額(使用を続けたときの価値と処分したとき
の価値のいずれか大きい方)が簿価を大きく下回っていることが明らかになった場合
には、過大となってしまったと判断された簿価を回収可能な水準にまで引き下げるこ
とが必要であるとしています。なお、国際会計基準では、損失の先送りを防止する観
点から、回収可能額を見積ってその水準まで簿額を切り下げておくことがその趣旨で
すので、将来、環境の変化により回収可能額が増加した場合には、過去の減損処理時
の見積もりが誤っていたことが明らかになったものとして取り扱い、過去の会計処理
の誤りを訂正するため、損失を戻し入れて帳簿価額を増額することを認めています。
日本では、企業会計審議会が2002年に「固定資産の減損に関する会計基準」を公表し、
2005年4月以降の事業年度から減損会計が導入されました。日本基準では、投資期間
全体の成果(総回収資金額)と当初の投資額を対比して、回収可能性の観点から減損
を考えており、基本的には国際会計基準に近い考え方を採用しているといえます。し
かし、投資期間全体の成果を見積って、その回収可能性を判断することには、主観的
な要素が多く介在しますし、また事務の負担も大きいことから、減損の認識基準とし
ては、減損の存在が相当程度に確実な場合に限って減損損失を認識するという考え方
が採用されました。そのため結果として、米国基準と同様に、投資の失敗が明らかな
場合に減損を認識することになっています。また、測定に関しては、帳簿価額を回収
可能価額まで減額することとしています。したがって、日本の減損会計の基準は、認
識は米国基準、測定は国際会計基準に準じた規定内容となっているといえます。また、
認識に際して減損の存在の確実性を条件とする米国基準に準じたことから、将来、環
境が変化し回収可能価額が増加しても減損損失の戻し入れは行わないことになってい
ます。
- 10 -
イ
非資金生成資産の減損
一方、「非資金生成資産」については、国際会計士連盟の国際公会計基準審議会(I
PSASB)が2004年12月にIPSAS (国際公会計基準) 第21号として「非資金生成資産の減
損」を公表しました。この国際公会計基準は、国際会計基準第36号を前提に、公的部
門における「非資金生成資産」の減損について規定したもので、公的部門が保有する
「資金生成資産」の減損に関しては国際会計基準第36号を適用すること求めています。
国際公会計基準では、減損について次のような定義を行っています。「減損とは、
減価償却によって体系的に認識される資産の将来の経済的便益又はサービス提供能力
*2
の損失を超えた資産の将来の経済的便益又はサービス提供能力の損失である 」とし、
非資金生成資産の減損損失については、「資産の帳簿価額がその回収可能サービス価
額を超える金額である 2」としています。回収可能サービス価額は、資産の売却に係
る費用を控除した後の「公正価値」(時価)と「使用価値」のいずれか高い方になり
ますが、「使用価値」については、資金生成資産の場合には当該資産に係る将来の正
味キャッシュ・フローの現在価値に基づいて測定するのに対して、非資金生成資産の
「使用価値」については当該資産の減価償却後再調達価額をもってこれに代えるとして
います。したがって、非資金生成資産の「回収可能サービス価額」は「売却費用控除後
公正価値」と「減価償却後再調達価額」のいずれか大きい金額となり、この金額と帳
簿価額を比較することによって減損損失を測定することにしています。
日本では、「独立行政法人会計基準審議会」の下に設置された財務省と総務省から
成る共同ワーキング・チーム(以下、「共同WT」と称する。)より、2005年7月に、
独立行政法人を対象に、「固定資産の減損に係る独立行政法人会計基準」が公表されま
した。この基準は、基本的には、国際公会計基準に準じていますが、既存の日本の各
会計基準との整合性等を図った結果、特有な「減損損失の会計処理」を規定している
部分もあります。この基準に関しては、後ほど詳細に検討したと思います。
(2)日本の企業会計における「減損会計」の概要
固定資産の減損に係る会計基準
平成14年8月9日 企業会計審議会
一
対象資産
本基準は、固定資産を対象に適用する。ただし、他の基準に減損処理に関する定め
がある資産、例えば、「金融商品に係る会計基準」における金融資産や「税効果会計
に係る会計基準」における繰延税金資産については、対象資産から除くこととする。
二
減損損失の認識と測定
1.減損の兆候
資産又は資産グループ(6.(1)における最小の単位をいう。
)に減損が生じてい
る可能性を示す事象(以下「減損の兆候」という。)がある場合には、当該資産又
*2
IFAC Public Sector Committee, Impairment of Non-Cash-Generating Assets (IPSAS21), Ne
w York, International Federation of Accountants, 2004, para.14, p.5.
- 11 -
は資産グループについて、減損損失を認識するかどうかの判定を行う。減損の兆候
としては、例えば、次の事象が考えられる。
①
資産又は資産グループが使用されている営業活動から生ずる損益又はキャッシ
ュ・フローが、継続してマイナスとなっているか、あるいは、継続してマイナス
となる見込みであること
②
資産又は資産グループが使用されている範囲又は方法について、当該資産又は
資産グループの回収可能価額を著しく低下させる変化が生じたか、あるいは、生
ずる見込みであること(注2)
③
資産又は資産グループが使用されている事業に関連して、経営環境が著しく悪
化したか、あるいは、悪化する見込みであること
④ 資産又は資産グループの市場価格が著しく下落したこと
2.減損損失の認識
(1) 減損の兆候がある資産又は資産グループについての減損損失を認識するかどう
かの判定は、資産又は資産グループから得られる割引前将来キャッシュ・フロー
の総額と帳簿価額を比較することによって行い、資産又は資産グループから得ら
れる割引前将来キャッシュ・フローの総額が帳簿価額を下回る場合には、減損損
失を認識する。
(2) 減損損失を認識するかどうかを判定するために割引前将来キャッシュ・フロー
を見積る期間は、資産の経済的残存使用年数又は資産グループ中の主要な資産の
経済的残存使用年数と20 年のいずれか短い方とする。
(注3)(注4)
3.減損損失の測定
減損損失を認識すべきであると判定された資産又は資産グループについては、帳
簿価額を回収可能価額まで減額し、当該減少額を減損損失として当期の損失とする。
(途中省略)
三
減損処理後の会計処理
1.減価償却
減損処理を行った資産については、減損損失を控除した帳簿価額に基づき減価償
却を行う。
2.減損損失の戻入れ
減損損失の戻入れは、行わない。
四
財務諸表における開示
1.貸借対照表における表示
減損処理を行った資産の貸借対照表における表示は、原則として、減損処理前の
取得原価から減損損失を直接控除し、控除後の金額をその後の取得原価とする形式
で行う。ただし、当該資産に対する減損損失累計額を、取得原価から間接控除する
形式で表示することもできる。この場合、減損損失累計額を減価償却累計額に合算
して表示することができる。
2.損益計算書における表示
- 12 -
減損損失は、原則として、特別損失とする。
3.注記事項
重要な減損損失を認識した場合には、減損損失を認識した資産、減損損失の認識
に至った経緯、減損損失の金額、資産のグルーピングの方法、回収可能価額の算定
方法等の事項について注記する。
固定資産の減損に係る会計基準注解
(注1)本基準における用語の定義は、次のとおりである。
1.回収可能価額とは、資産又は資産グループの正味売却価額と使用価値のいずれ
か高い方の金額をいう。
2.正味売却価額とは、資産又は資産グループの時価から処分費用見込額を控除し
て算定される金額をいう。
3.時価とは、公正な評価額をいう。通常、それは観察可能な市場価格をいい、市
場価格が観察できない場合には合理的に算定された価額をいう。
4.使用価値とは、資産又は資産グループの継続的使用と使用後の処分によって生
ずると見込まれる将来キャッシュ・フローの現在価値をいう。
5.共用資産とは、複数の資産又は資産グループの将来キャッシュ・フローの生成
に寄与する資産をいい、のれんを除く。
(以下省略)
減損の会計処理では、通常、その会計処理が実務上の過大な負担とならないよう、第
一段階として、「減損の兆候」の有無により対象とする資産を予備的に絞り込みます。
次に第二段階として、減損が発生しているのかを判定し、減損が発生している場合には
減損損失を「認識」することを決定します。そして第三段階として、減損損失の額を「測
定」します。
日本の企業会計でも、このような段階を踏んで減損の会計処理を行うこととしていま
す。「減損の兆候」とは、減損が生じている可能性を示す事象を指します。日本の基準
では、その兆候を見極めるための観察対象の例示として、①損益やキャッシュ・フロー
の状況のほか、②資産の使用されている状況や、③資産を使用する事業に関する経営環
境、④資産の市場価格を挙げています。「減損損失の認識」については、資産から得ら
れる将来キャッシュ・フロー(割引前)の総額と帳簿価額を比較することで判定を行う
ことにしています。減損損失を認識する場合の損失額の「測定」に関しては、帳簿価額
を回収可能価額まで減額し、その減少額を減損損失として計上することにしています。
また、減損の会計処理は、結果としてその資産が今後費用配分すべき価額を減額する
ことになりますので、減損処理を行った以降の会計年度の減価償却額は、減損後の帳簿
価額を基に計算された額に変更になります。
- 13 -
4
独立行政法人会計基準における「減損会計」の概要
(1)減損会計の導入の目的
①
貸借対照表に計上される固定資産の過大な帳簿価額を適正な金額まで減額する。
②
独立行政法人の業務運営状況を明らかにする。
③
独立行政法人の固定資産の有効利用を促進する。
(2)減損の定義
①
固定資産に期待されるサービス提供能力が著しく減少し、将来にわたりその回復
が見込めない状態
②
固定資産の将来の経済的便益が著しく減少した状態
(3)減損の兆候
①
サービス提供能力が著しく減少している可能性を示す事象が発生している。
1)
固定資産が使用されている業務の実績の著しい低下
2)
固定資産の使用可能性を著しく低下させる変化
3)
業務運営環境の著しい悪化
②
市場価格の著しい(50%以上)下落が認められる。
③
固定資産の全部又は一部を使用しないという決定を行ったこと。
(4)減損の認識
①
サービス提供能力低下
減損の兆候の①に該当する場合
②
固定資産の使用が想定されているか。
→
市場価格の回復の見込みが認められるか。
→
判定を要せず減損を認識する。
市価の下落
減損の兆候の②に該当する場合
③
→
使用の中止決定
減損の兆候の③に該当する場合
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(5)減損額の測定
固定資産の帳簿価額を、「正味売却価額」又は「減価償却後再調達価額」のいずれか
高い額まで減額する。
①
正味売却価額 = 固定資産の時価 − 処分費用見込額
②
減価償却後再調達価額 = 固定資産について使用が想定されている部分が提供す
るサービスと同じサービスを提供できる資産を現在取得
するとした場合の価額 − 減価償却累計額
(6)減損額の会計上の処理
減損が発生した原因により、会計処理は異なる。
①
独立行政法人が中期計画等で想定された業務運営を行わなかったことによって減
損が生じた場合(執行者側の責任)
↓
減損損失として損益計算書において費用計上
②
独立行政法人が中期計画等で想定された業務運営を行ったにもかかわらず減損が
生じた場合(企画側の責任)
↓
費用計上せずに、損益外処理して、行政サービス実施コスト計算書に表示する。
(7)注
①
記
減損を認識した場合の主な注記事項
・ 減損を認識した固定資産の概要、減損の認識に至った経緯
・ 減損額の算定方法の概要
②
減損の兆候が認められるが、減損を認識しなかった場合の主な記載事項
・
減損の兆候が認められた固定資産の概要、減損の兆候の概要
・
固定資産の使用が想定されているとの根拠又は市場価格の回復の見込みが認め
られるとの根拠
- 15 -
(8)適用時期
平成18事業年度から適用。
(図5)独立行政法人の減損処理の流れ
<減損の兆候>
①
<認識の判定>
<会計処理>
固定資産が使用されてい
る業務の実績の著しい低下
②
固定資産の使用可能性を
(注記に記載)
いない
著しく低下させる変化
③
損益計算書に費用計上
使用が想定
されているか
業務運営環境の著しい悪
(認識)
いる
化
減損を認識
はい
(測定)
減損を認識せず
帳簿価額を次のいずれか
中期計画等
で想定した業務
(注記に記載)
ある
④ 市場価格の著しい下落
市場価格
の回復の
見込みが
あるか
高い額まで減額する。
運営を行わなか
・正味売却価額
ったことによっ
・減価償却後再調達価額
て生じたものか
いいえ
ない
費用計上せず、損益外処理で
対応する。行政サービス実施
⑤ 使用しないという決定
コスト計算書に計上する。
(注記に記載)
(参考資料)
資料1
「固定資産の減損に係る独立行政法人会計基準」及び「同注解」
- 16 -
お
1
わ
り
に
資産の管理の考え方
貸借対照表
負
(運用形態)
資
債
産
(調達源泉)
資本(純資産)
「投下した資金を上回る回収」
保有する「資産」の価額は、
または
回収ないし提供すべき義務の
「投下した資金に見合う以上のサービス提供」
大きさを表す。
そのため、投下した資金が「実物資産」に変わった瞬間から、
①
その目的に従った利用が行われるよう適切な資産管理が、
②
長期的な視点から継続的に行われることが必要。
また、組織全体の視点からは、組織全体の成果の向上のため、
③
期待した成果が得られていない事業の発見と、
④
事業の見直し、資源の再配置などが戦略的に行われることが必要。
さらに、組織価値を高めていくために、
の
⑤
暖
れ
ん
簾(企業が有する無形資産的価値)を生み出すことが必要。
1+1=2
組織価値の追加
- 17 -
1+1>2
(補論)
従属的な予算執行型組織から、独立した経営的組織への脱却の必要性
予算執行型組織
→
資源の配分を受けることに努力を傾注
↓
「貸方」(資源の調達)しか見ていない
経 営 的 組 織
→
投下された資源を有効に活用し、投下に見合う成果を獲得する
ことに努力を傾注
↓
「借方」(資源の運用形態)と「貸方」(調達源泉)の双方を見
て、投下された資源以上の成果を生むことに努力を傾注している。
↓
そのためには、組織全体で、
「投下された資源を有効に活用し、
投下に見合う成果を獲得する」のだということを価値観として共
有し、組織の末端において適正な管理が行われるような組織風土
を形成していくことが必要である。
↓
組織風土が形成されれば、自然と実物資産と人的資源の融和が
生まれ、「暖簾(のれん)」が形成されるようになるのである。
2
資産の管理の手法
正確な記帳(網羅性、評価の妥当性)
(最低限の管理)
第 一 段 階
↓
実物管理(実在性)
将来の利用価値の把握
マネジメント
第 二 段 階
(効率性の向上)
→ 減損会計
↓
ライフサイクルコスト、有効利用
→取替更新、経済的な利用
運用の効率性・有効性を明らかにして
ディスクロージャー
第 三 段 階
→ ガバナンス
↓
社会からの資源の配分を受ける。
(社会からの支持)
組織の存続、発展
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