国際経済-産業から見た世界地図4 世界の自動車産業と中国・インドの民族 系メーカー 2009年11月9日 丸川知雄(東京大学社会科学研究所) 目次 • • • • • • 1.世界の自動車産業と市場 2.再編進む世界の自動車産業 3.中国における民族系自動車メーカー 4.インドにおける民族系自動車メーカー 5.曲がり角に来た中国の民族系メーカー 6.民族系企業の将来 1.世界の自動車市場と産業 存在感を増すBRICsの自動車市場 20,000,000 18,000,000 USA 16,000,000 14,000,000 12,000,000 10,000,000 C 8,000,000 J 6,000,000 B 4,000,000 2,000,000 R I 0 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2009年上半期には中国610万台、アメリカ481万台 2006 2007 2008 自動車生産でも中国は2008年にアメリカを抜いて世界 2位に躍進 図3-1 世界各国の自動車生産台数 14000000 アメリカ 日本 12000000 生産台数 10000000 インド ブラジル ドイツ ロシア アメリカ 日本 中国 8000000 中国 6000000 ドイツ 4000000 2000000 0 1997 1998 1999 2000 (出所)中国汽車工業信息網、Ward's Automotiveほか 2001 2002 2003 年 2004 2005 2006 2007 2008 世界主要自動車グループの生産台数 世界自動車メーカーの新車販売台数 2008年 万台 トヨタ 897 GM 836 VW 627 日産+ルノー 609 フォード 540 現代起亜 420 ホンダ 378 プジョー・シトロエン 326 スズキ 236 フィアット 224 ダイムラー 207 クライスラー 201 (出所)『朝日新聞』2009年4月12日 • 先進国のメーカーば かりで、BRICs企業 の陰はまだ薄い。 トヨタのグローバル生産体制(ダイハツ含まず) トヨタのグローバル生産(2008年) 北米, 1404.8 中南米, 194.8 ヨーロッパ, 688.3 日本, 4012.1 アフリカ, 179.2 アジア, 1590 オセアニア, 141.4 現代自動車のグローバル生産体制 (起亜を含まず) スロバキア, 95582 アメリカ, 237102 チェコ, 11004 北京, 294506 韓国, 1668755 インド, 489494 2.再編進む世界の自動車産業 1.GM王国の解体 • スズキの株式をスズキに売却(富士重工 業はトヨタへ、いすゞも売却) • Hammerは中国・四川省の企業に売却 • Opelの売却話 • 好調な上海GMーGM大宇 2.フォードがVolvoを中国の吉利汽車に売 却 3.フォードがマツダへの出資比率を33. 4%→13.4%に引き下げ 2.中国における民族系自動車メーカー バス, 337149 トラック, 2270207 中国企業が 9割程度を 占める 乗用車, 5037334 MPV, SUV, ワゴン, 1700411 乗用車と商用車で対照的 外資系企業が7割以 上を占める トラックやバスでは民族系メーカーが強い。しかし・・ • 1950年代にソ連からの技 術移転によってスタートし た中国の自動車産業は 伝統的にはトラック生産 が中心。 • 中央政府の投資によって 建設された第一汽車、第 二汽車(東風汽車)は中 国の伝統的2大メーカー • これらが作るトラックは安 いが国内でしか通用しな い。 • スズキなどから技術導入 したワゴン車も土着化し 安価になっている。 二汽の主力製品「東風」トラック 乗用車における民族系メーカーの台頭が注目される 乗用車の販売台数に占める「自主ブランド」の割合 表3-2 乗用車生産のブランド国籍別内訳 2006年 2007年 乗用車生産台数(万台) 386.9 479.8 130.6 うち自主ブランド(万台) 103.6 ブランド別シェア(%) 自主(中国系) 26.8 27.2 日系 24.7 27.6 ドイツ系 18.6 20.8 アメリカ系 14.3 13.7 韓国系 9.7 5.9 仏伊系 6.0 4.8 (出所)中国汽車工業信息網 2008年 2009年前半 503.7 314.5 134.0 92.7 26.6 30.3 20.3 12.0 7.2 3.6 29.5 21.3 19.4 13.7 10.0 3.5 中国の自動車(乗用車)市場は世界で最も激戦区 中国の主要な乗用車メーカー(合弁企業の場合は外資 側の名称のみを記す) VW 現代 Ford,Mazda 哈飛 トヨタ 夏利 華晨/BMW DaimlerChrysler Fiat 起亜 Citroen/ Peugeot GM スズキ 世界の主要自動車 メーカーで進出して いない方を探す方 が難しいぐらい。 Ford 奇瑞 ホンダ 吉利 トヨタ 日産 激戦の乗用車市場で上位をうかがう民族系メーカー 2006年 2007年 2008年 2009年上半期 2,645,745 総生産台数 4,797,687 総生産台数 5,037,334 総生産台数 総生産台数 3,145,187 374,692 一汽VW 489,176 上海VW 481,730 上海VW 上海GM 294,462 343,621 456,085 480,800 一汽VW 上海VW 一汽VW 一汽VW 290,430 342,073 上海GM 447,823 上海GM 403,939 上海GM 上海VW 264,175 275,688 奇瑞 327,453 一汽豊田 366,512 北京現代 奇瑞 233,176 262,115 一汽豊田 271,037 東風日産 319,455 東風日産 北京現代 188,962 226,183 東風日産 263,012 奇瑞 281,412 奇瑞 広州本田 184,126 210,894 広州本田 249,417 広州本田 279,298 比亜迪 一汽豊田 159,163 206,958 長安福特マツダ 221,117 北京現代 258,356 広州本田 吉利 148,557 201,858 216,774 220,955 東風神龍(シトロエン) 吉利 吉利 吉利 147,596 201,663 東風神龍 213,058 長安福特マツダ 197,366 長安福特マツダ 天津一汽 134,678 さらに続々と乗用車に進出する民族系メーカー 比亜迪 広州豊田 東風PSA 天津一汽 長安鈴木 一汽轎車 東風悦達起亜 東風本田 華晨金杯 一汽海南 昌河 本田中国 哈飛 上汽通用五菱 長安汽車 重慶力帆 華晨BMW 上海汽車 東南 北京ベンツ 江南 江淮 長城 南亜(Fiat) 江西江鈴 一汽紅塔 2006 2007 2008 60135 61281 201858 201663 112565 57804 111769 38605 63298 67910 100376 170277 213058 183649 107621 88480 95506 81716 113839 114533 63302 43596 42532 29871 52716 30362 34720 17482 38122 16071 6006 1406 0 19410 2468 1955 192971 175870 172720 172369 123389 113347 106439 83085 82802 82771 63390 44675 43141 42265 41902 40500 33000 28830 27889 24801 15261 11337 10514 9816 3537 890 65096 24489 68125 42416 4606 7912 25808 0 34378 8076 2369 0 0 31476 0 1759 民族系メーカーの活躍で自動車輸出も拡大 800,000 700,000 600,000 500,000 自動車輸出 400,000 300,000 200,000 自動車輸入 100,000 乗用車輸出 0 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 「WTO加盟によって自動車産業は打撃を受ける」という 予測はみごとに外れた! 2006 2007 2008 民族系メーカーはどこから出てきたか 地方国有企業・奇瑞 • 安徽省政府等の投資 により、フォードの中 古工場を買ってきてス タート • QQはGMのSparkそっ くりながらヒット • 輸出に力を入れてお り、05年1.8万台、06 年5万台輸出 • イランとロシアでノック ダウン生産 • 2010年に70万台を目 指す 民族系メーカーはどこから出てきたか 民営企業・吉利 • 浙江省台州市の民営 企業。冷蔵庫部品→ オートバイ→1999年 に乗用車に参入。品 質に苦慮するも2004 年に韓国・大宇自動 車の研究院長をスカ ウト。 • 「2015年には生産の3 分の2を輸出」を目標。 06年は1.5万台輸出。 マレーシアにノックダ ウン拠点 民族系メーカーはなぜ短期間のうちに乗用車を 作れるようになったのか 哈飛(軍事工業系メーカー)の賽豹の例 イタリア Pininfarinaの車 体デザイン 日本・三菱自動車 (瀋陽航天三菱) のエンジン でも「中国自主 開発」です! イギリス・MIRA で衝突検査 (出所)哈飛のパンフレットより エンジンでも設計でも購入可能 • 奇瑞:エンジンをTRITEC、瀋陽航天三菱か ら購入、AVLに開発委託 • 吉利:エンジンー天津トヨタから購入し、コ ピー。 • 哈飛:「路宝」のシャシー設計に英Lotusが 参加。Pininfarinaに設計委託。 • 日本の工場立ち上げ支援会社 • 走行試験・衝突試験・排ガス試験等は中国 汽車技術研究中心など公共機関を利用 日本や欧米の自動車産業の構造:垂直統合 閉鎖的 閉鎖的 注:写真に示している自動車とエンジンは例示として使っているだけ で、実際にこの車にこのエンジンが載っているわけではありません。 中国の自動車産業の構造:垂直分裂 開放的 自由競争 →よって低価格 注:写真に示している自動車とエンジンは例示として使っているだけ で、実際にこの車にこのエンジンが載っているわけではありません。 提携相手の外国メーカーのモデルの「プラットフォー ム」を利用して、「自主ブランド」を開発した第一汽車 第一汽車組立Mazda6 18.98万元(2.0l,AT) 2007年5.4万台販売 Mazda6のプラットフォームを元に開発し た第一汽車の自主ブランド車「奔騰」 2.0l,AT 15.18万元 2007年2.3万台販売 • • • • • 外国企業のM&Aで「自主ブランド」を作ろうとする上海 汽車と南京汽車 11-5計画以来吹き荒れる 「自主開発」に対する圧力の なか、両者はMGローバーに 目をつける。 上海汽車はMGローバーの 乗用車とエンジンの設計図 MG名爵 を6700万ポンドで買収 南京汽車はMGローバーの 工場、商標権、技術を5300 万ポンドで買収 両方がローバーもどきを 2007年に発売。 2007年12月上海汽車が南京 栄威(Rouwe) 汽車を買収。 民族系メーカーを支える部品産業の基盤 ・民族系メーカーの「自主開発車」は、外資系 企業や外国のエンジンを活用し、外国のデ ザイン会社等のサービスを活用し、外資系 乗用車メーカーが部品国産化のために中 国に築き上げた部品産業の基盤を利用し ている。 • 民族系メーカーは、中国への外国自動車 メーカー進出の副産物。外国メーカーとい う木の脇に生えたキノコである。 部品国産化を通じた技術のスピルオーバー 外資系自動車メーカー 中国系自動車メーカー 進出要請 指導や機 会の提供 外資系自動車 部品メーカー 品質のよい部品の 提供 モジュール供給に よる設計のサポート 中国系自動車 部品メーカー 3.インドにおける民族系自動車メーカー トレーラー 中大型トラック A1(Mini) 中大型バス 小型商用車 A2(Compact) MPV ユーティリティ車 (SUV) A6(Luxury) A5(Premium) A4(Executive) Civic, Corollaなど Alto, Swift, Wagon Rなど A3(Mid-size) Cultus, Cityなど 小型乗用車が販売台数の半分以上を占める特殊な市場 メーカー別の生産台数 • Maruti Udyog (1982年スズ キと合弁)が 国民車メー カーとして乗 用車市場を成 長させる • 民族系メー カーとしては タタが有力 自動車生産台数 Maruti Udyog(スズキ) Tata Motors Hyundai Motor India Mahindra & Mahindra Ashok Leyland Honda Siel Cars Toyota Kirloskar Motor Ford India GM India 合計 乗用車生産台数 Maruti Udyog(スズキ) Hyundai Motor India Tata Motors Honda Siel Cars Ford India GM India Skoda Auto India Hindustan Motors Toyota Kirloskar Motor 合計 2004 2005 2006 537,734 555,319 628,355 382,165 427,012 553,526 216,592 250,917 301,305 118,456 129,397 133,199 52,250 63,981 77,985 34,535 38,580 55,379 47,628 45,695 44,310 27,207 22,804 40,643 25,905 29,337 35,009 1,514,781 1,642,412 1,957,755 2004 2005 2006 468,251 480,653 548,078 216,592 250,702 301,305 143,176 163,269 190,468 34,535 38,580 55,379 24,921 20,779 38,751 17,493 11,324 13,679 7,050 8,674 12,599 12,632 12,635 11,638 10,770 8,935 6,813 939,679 999,126 1,185,544 国民車Maruti800 タクシーに活用されるHindustan Motorsの Ambassador 渋滞が多く、ドアミラーを外している車も Bajajの三輪車もタクシーとして使われる タタ・モーターズとは • 1954年に自動車生産開 始 • 1998年に乗用車生産開 始 • 小型乗用車(Indica)から 大型トラックまでのライン アップ 注目の1 lakh car “Nano” • 1 lakh Rs(=10万ルピー=29万円)に価格を抑え、 庶民に手の届く車を作る • 2008年9月発売、5年後に100万台/年を目指す • 排気量623cc、EFIガソリンエンジン、安全基準を 満たす、4-5人乗り、5ドアハッチバック • ドアミラー、ワイパーは一個だけ。ワイパー一本に するとモーターも一つ減らせる。 Nanoの安さを支える構図 • 複社発注によって部品価格を抑える • モジュール組立を多用、サプライヤーパークを併 設 • 重要部品は、Siemens VDO, Delphi, Bosch,矢崎、 Densoなど外資系部品メーカーから購入 • 無駄を省いた設計(エアコン、ラジオなし) • 西ベンガル州にマザー工場を置き、市場に近い 4-5カ所の工場で組み立てて物流コストを削減。 • タタグループから素材・機械を購入 4.曲がり角に来た中国民族系メーカー • 民族系メーカーの華 晨金杯はドイツへの 乗用車輸出の商談が 進んで、大いばりだっ たが、ドイツADACの 衝突検査で一つ星を 献上される。 • 同価格帯の韓国車は 4つ星を獲得 • ポルシェのシャシ調整、 Schenckの生産ライン 設計を組み合わせた が・・。 64km/h正面衝突試験 運転手は死亡、助手席は大けが 華晨金杯の反応 • ユーロNCAP(New Car Assessment Programme)で2つ星(5つ星満点。現代や起亜の 最近の車は4つ星前後)の評価を数ヶ月前にも らったばかりである。 • ADACと協力して改良し、1年以内にNCAP 3つ星を取得する。 • ドイツのメディアは悪意の貿易保護主義的 報道を行っており、中国民族企業として深 く遺憾に思う。 新たな開発力強化への取り組み:C-NCAP • • • • 中国汽車技術研究中心によるC-NCAP 2006年12月開始 「自主ブランド」にかなり手厳しい評定 日本の基準を参照しているため日系の車の成績 がよい、という怨嗟の声も 哈飞—路宝 长安汽车—奔奔 奇瑞QQ6 上汽通用五菱(雪佛兰乐驰Spark) 天津一汽-威志 长安铃木-雨燕Swift 正面100% 正面40% 側面衝 衝突 衝突 突 3.55 8.88 10.51 2.37 11.38 4.81 7.18 8.67 10.27 7.03 11.95 8.21 8.94 14.64 8.72 11.98 14.19 15.09 点数 星 22.9 18.6 26.1 27.2 32.3 41.3 ★★ ★★ ★★ ★★ ★★★ ★★★★ 単なる「技術の寄せ集め」ではよい車は作れない 吉利の取り組み • エンジン内製比率が上昇 (52%)、MT/AT、パワステ は子会社で生産。 • 「パンダ」の開発。トヨタ Aygo(チェコのトヨタ・PCA 合弁で生産) をモデルと する。 • 独自技術のBMBS(高速 走行時にタイヤがパンク したとき、自動的に40㎞ まで減速して路肩に安全 に寄せられるようにする システム) • 経営理念の転換 安価→ 安全・環境・省エネ 奇瑞の現状 • ACTECOエンジンの開発。ATの内製を目指す (が進展していない)。部品メーカーを外資などと の合弁で数多く設立。 • ロシア進出の頓挫: 免税で部品をロシアに入れ る特権を得て、Avtotor社にノックダウン生産させ、 2007年に4万台販売。「旗雲」は衝突検査で「くず 鉄になった」と現地で報道。結局07年末にKD生 産中止。 くず鉄になった? 長安汽車 • 傑勲HEV(ハイブリッ ド)の開発 2007年12 月ラインオフ エンジ ン、ハイブリッドシステ ムともに自主開発 国 家863項目の「電動自 動車」の一部 • 2003年イタリアに開発 センター設立、2008年 横浜に日本設計セン ターを開設。インテリ アを中心に設計する。 4.民族系企業の将来:中国 • 日系メーカーが好調で、民族系は行き詰まり感 • 理由①:需要がより大型の車にシフト。排気量 1000cc以下の小型(軽)市場の割合は27%(2005) →19%(2006)→12%(2007)と急降下 • 理由②:安全意識の高まりと、華晨金杯一つ星 事件で暴露された民族系メーカーの安全問題 • 中古車市場が整備されると、ますます日系メー カーの強さが際だつだろう。 • 民族系メーカーは実力を蓄積すべき時である。し かし、外部のエンジニアをかき集めて作った部隊 は容易に崩壊してしまわないだろうか? • 何のための「自主開発」か、考えるべき時である。 単に民族的自尊心のためか? インド • 中国とは対照的な需要構造のなか少数企業による寡占 • 民族系メーカーの狙いは、Bajaj三輪車や二輪車の上の セグメントを狙うこと。1 lakh carの成否にすべてがかかる。 • 先進国自動車メーカーがいまだ作ったことのない独自の コンセプトを、インドの実情に応じて編み出したことは高く 評価すべき。 • 先進国企業の「コピー的改造」にとどまる中国メーカーと は違う。経営の志の違いか? • Nanoがインドで成功すれば他の発展途上国へ展開する こともできる。 • ただ、Nanoを100万台売れるだろうか? 平らでない道路 を走れるのだろうか。安全性は果たして大丈夫なのだろ うか? • 良き民族系メーカーのライバルがあってこそ、タタも育つ というもの。Nanoのライバルの登場が待たれる。
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