ゲーム業界で生き残る。 ~任天堂とスクウェア・エニックス~ 国際地域学部 国際地域学科 3年 1810080199 山田 麻衣 0.はじめに いつ頃からか、電車の中や飲食店、至るところでニンテンドーDS を目にすることが多くなった。私自 身、利用者の一人である。企業の財務分析をするにあたって、ゲーム業界を選び、2 社のうち 1 社を任天 堂に決めたのは、任天堂という企業をとても身近に感じていたからである。では、なぜもう 1 社をスク ウェア・エニックスに決めたのか。それには 2 つの理由がある。1 つ目は、任天堂の比較対象とするため に、ゲーム業界において少なくともシェア上位 5 企業の中には入っていることを条件としていたからで ある。 「業界動向 SEARCH.com」によると、スクウェア・エニックスは売上高シェアにおいて、業界第 4 位である。2 つ目の理由は、認知度の高い主力商品を持っているからである。主力商品については、 「企 業の概要」で触れる。 0-1.企業の概要 (1)任天堂 任天堂株式会社は、1947 年に設立された。主にかるたやトランプを製造、販売する会社として設立さ れ、現在もそれらの販売は続けられている。しかし現在は、主に据え置き型ゲーム機や携帯ゲーム機な どのハードウェアやソフトウェアの開発、製造、販売を行っており、主力商品は、Wii やニンテンドー DS などのハードウェアである。現在、ゲーム業界第 1 位の売上高シェアを誇る。 (2)スクウェア・エニックス 1986 年設立の株式会社スクウェアを、1986 年設立の株式会社エニックスに、2003 年吸収合併し、2008 年に商号を株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングスへと変更した。主力商品は「ドラゴン クエスト」や「ファイナルファンタジー」などのゲームソフトであり、昨年発売したそれらのシリーズ 最新作もヒットした。 0-2.企業の戦略 (1)任天堂 任天堂は基本戦略として「継続的なゲーム人口の拡大」を掲げている。そのために「世界中の一人で も多くの方々に、年齢・性別・言語・文化の違いやゲーム経験の有無を乗り越えて、ビデオゲーム・エ ンターテインメントを受け入れて楽しんで」もらうことを目指している。また、 「強力なソフト開発陣を 社内に持つプラットフォームホルダーとしての強みを活かす」ことで収益の増大を図るとしている。 (2)スクウェア・エニックス スクウェア・エニックスは基本戦略として次の 4 つを挙げている。①フランチャイズの強化、②海外 1 / 15 展開の強化、③オンラインゲーム事業及びモバイル・コンテンツ事業の拡大、④新しいエンタテイメン トへの挑戦である。フランチャイズとは、二次的著作物を同会社と同一のイメージで企画・制作・販売 する権利などを提供するビジネスモデルである。スクウェア・エニックスはライツ・プロパティ事業で 二次的著作物のライセンス許諾などを行っており、ここに、フランチャイズを強化するという姿勢が見 てとれる。 0-3.注意事項 分析するにあたって、4 つの注意事項がある。 (1)2006 年から 2010 年の 5 年分の有価証券報告書のデータを用いる。 (2)会計期間は両社とも 4 月 1 日から翌年 3 月 31 日までである。 (3)データ不足の場合は、ND と表記する。 (4)図表を作成するにあたり、両社の数値の差があまりに大きいと判断したものについては、左軸を 任天堂、右軸をスクウェア・エニックスとする。 1.収益性分析 収益性分析では、5 つの指標を用い、両社の収益性を測定していく。5 つの指標とは、総資本事業利益 率、自己資本利益率の 2 つに加え、自己資本利益率を分解した、売上高当期純利益率、総資本回転率、 財務レバレッジの 3 つである。 1-1.総資本事業利益率(ROI) はじめに用いる総資本事業利益率とは、事業利益を総資本で割った値であり、企業の収益性を測定す る代表的な指標のひとつである。 図表 1 総資本事業利益率の推移 図表1によると、任天堂の総資本事業利益 率は、2006 年から 2009 年までは大きく上昇 しているが、2010 年になって急激に低下し ている。この急激な低下の原因は、分子であ る事業利益の減少である。なぜなら、図表 2 及び図表 3 からわかるように、2009 年から 2010 年にかけての任天堂の総資本がほぼ横 ばいであるのに対し、事業利益は大きく減少 していることが分かるからである。 一方、図表1によると、スクウェア・エニ ックスの総資本事業利益率は、 約 4~6%の変動に留まっている。 図表 2 と図表 3 を見てもわかるように、 事業利益、総資本ともに大きな変動が見られない。よって、総資本事業利益率も任天堂ほどの大きな変 動を示さなかった。 2 / 15 両社を比較すると、事業利益率においては、落ち込みを見せつつも、未だ任天堂が優位であるといえ る。 図表 2 図表 3 事業利益の推移 総資本の推移 では、なぜ任天堂の事業利益は急激に減少したのであろうか。それを探るために、事業利益の構成を みていく。図表 4 及び 5 は、それぞれ任天堂とスクウェア・エニックスの事業利益の算出過程を百分比 で表したものである。人件費の内訳は、任天堂が給料手当及び賞与、賞与引当金繰入額となっている。 スクウェア・エニックスは給料手当及び賞与、賞与引当金繰入額、退職給付費用、福利厚生費となって いる。 まず、図表 4 によると、任天堂の 2009 年から 2010 年にかけての営業利益の減少が目立つ。これが、 事業利益の急激な減少に影響したと考えられる。2010 年に営業利益が減少したのは、売上総利益が減少 したのに対し、販売費及び一般管理費が増加したからであり、売上総利益が減少したのは、主力商品で ある Wii やニンテンドーDS の値下げ、円高の影響による売り上げ台数の落ち込みが主な原因である。販 売費及び一般管理費に関しては、広告宣伝費、人件費、研究開発費に注目したい。これらの項目はどれ も、2006 年から 2009 年までは減少又は横ばいだが、2010 年には明らかに増加している。これらが原因 で、販売費及び一般管理費が増加したと考えられる。 図表 4 事業利益の構成(任天堂) 売上高 売上原価 売上総利益 販売費及び一般管理費 広告宣伝費 人件費 研究開発費 営業利益 受取利息・受取配当金 事業利益 (単位:%) 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 57.8 58.8 58.1 56.8 59.9 42.2 41.2 41.9 43.2 40.1 24.5 17.8 12.7 13.0 15.2 10.9 8.5 6.8 6.4 7.0 3.0 1.7 1.2 1.2 1.4 6.0 3.9 2.2 2.3 3.2 17.7 23.4 29.1 30.2 24.9 4.6 3.6 2.7 1.7 0.6 22.3 27.0 31.9 31.9 25.5 3 / 15 図表 5 事業利益の構成(スクウェア・エニックス) 売上高 売上原価 売上総利益 販売費及び一般管理費 荷造運搬費等 広告宣伝費 人件費 減価償却費 研究開発費 営業利益 受取利息・受取配当金 事業利益 (単位:%) 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 54.7 53.4 55.0 58.6 56.5 45.3 46.6 45.0 41.4 43.5 33.0 30.1 31.1 32.0 29.3 1.3 1.5 1.6 1.6 1.8 6.0 3.9 4.0 4.1 5.7 11.8 12.4 13.1 13.3 10.6 1.3 0.9 1.0 1.0 1.2 0.9 1.5 1.1 1.1 0.6 12.4 15.9 14.6 9.0 14.7 0.1 0.3 0.7 0.5 0.3 12.6 16.2 15.3 9.6 14.9 では、スクウェア・エニックスの事業利益の構成はどのような特徴があるのであろうか。図表 5 によ ると、スクウェア・エニックスの事業利益は 2008 年から 2009 年にかけて約 6%低下しており、その後 2010 年にかけて回復を見せている。これらの原因は同じような動きをしている営業利益であると考えら れる。スクウェア・エニックスはどの年も人件費に大きく費用を充てているが、2010 年には少し削減し ている。これが、営業利益の増加の主な要因であると言える。スクウェア・エニックスの人件費が大き い理由は、2つあると考えられる。1つは、主にソフトウェアを作る会社であるからである。複数のソ フトウェアを同時進行で開発する為、人件費がかかると言える。もう1つの理由は、人材の確保に力を 入れているからである。スクウェア・エニックスは、その理由を、時代の変化に対応する為の国際的な 事業拡大に人材の確保と育成が必要であるからであるとしている。 両社を比較してみると、人件費に大きな差があることが分かる。これが、任天堂の 25.5%という事業 利益に対してスクウェア・エニックスの事業利益が 14.9%にとどまっている原因であると言えるだろう。 1-2.自己資本利益率(ROE) 次に、自己資本利益率を見ていく。自己資本利益率は、当期純利益を自己資本で割った値であり、株 主の視点からみた指標である。 図表 6 自己資本利益率の推移 図表 6 は、両社の自己資本利益率の推移を 表したものである。これによると、2006 年 から 2007 年にかけて任天堂が逆転し、以後 2009 年まで任天堂は上昇傾向、スクウェ ア・エニックスは低下傾向にある。しかし、 2009 年から 2010 年にかけて任天堂は低下 しており、逆にスクウェア・エニックスは上 昇している。 では、なぜ自己資本利益率にこのような動 4 / 15 きが見られたのであろうか。それは、図表 7 と図表 8 の当期純利益と自己資本それぞれの推移から分か る。図表 8 によると、自己資本は両社とも緩やかに上昇しているが、さほど大きな変動は見られない。 しかし、図表7によると、当期純利益は自己資本利益率と同じ動きを見せている。よって、自己資本利 益率の変動は、当期純利益の変動が原因であると考えられる。 図表 7 図表 8 当期純利益の推移 自己資本の推移 1-3.自己資本比率(ROE)の分解 1-2で取り上げた自己資本比率は、売上高当期純利益率、総資本回転率、財務レバレッジの 3 つに 分解することができる。次は、これら3つを用い、両社の収益性を見ていく。 図表 9 図表 10 売上高の推移 売上高当期純利益率の推移 売上高当期純利益率は、当期純利益を売上高で割ったものである。図表 9 によると、両社とも全体的 に低下しており、一貫して任天堂が上回っていることがわかる。また、両社の差が 2006 年には約 6%で あったが、2006 年から 2007 年にかけてスクウェア・エニックスが大きく落ち込み、その後 2006 年の 水準まで回復できていないため、2010 年のその差は約 10%となっている。2006 年から 2007 年にかけ てスクウェア・エニックスの売上高当期純利益率が落ち込んだのは、図表 7 と図表 10 から、分子である 当期純利益が減少したのに対し、分母である売上高が増加したことが原因であると分かる。 5 / 15 図表 11 総資本回転率の推移 総資本回転率は、売上高を総資本で割った ものである。図表 11 によると、2006 年から 2007 年にかけてはスクウェア・エニックス が任天堂を上回っており、2008 年には逆転 されている。しかし、その後のスクウェア・ エニックスの上昇と任天堂の低下により、 2010 年には、任天堂がやや上回ってはいる が、その差はあまりないと言える。また、両 社の動きの特徴として、スクウェア・エニッ クスは大体 0.6~0.8 で推移しているが、任 天堂は 2006 年から 2009 年にかけて一貫して上昇しており、2010 年になって低下していることが分か る。任天堂の上昇と低下の原因は、図表 3 と図表 10 から分かる。売上高、総資本ともに、総資本回転率 と同じ動きを見せているが、いずれも分子である売上高の変動の方がより大きい。よって、売上高の変 動が原因である。 図表 12 財務レバレッジの推移 財務レバレッジは、総資産を自己資本で割 ったものである。図表 12 によると、2008 年 と 2009 年は、両社はほぼ同水準だが、その 他の年はスクウェア・エニックスが任天堂を 上回っている。スクウェア・エニックスが 2010 年になり、再び差をつけることができ たのは、図表 3 と図表 8 から、総資産が増加 したからであると分かる。なぜなら、分母で ある自己資本が一貫して緩やかに増加して いるのに対し、分子である総資産と同額の総 資本は 2006 年から 2009 年までは横ばいで、2010 年になって大きく増加しているからである。 これら 5 つの指標により、収益性の指標においては任天堂が全体的に上回っていることが分かる。し かし、任天堂は、売上高当期純利益率以外はどれも 2009 年から 2010 年にかけて落ち込んでいる。それ に対してスクウェア・エニックスは、2009 年から 2010 年にかけて、売上高当期純利益率が横ばいにな っている以外は、上昇傾向にある。よって、まだ任天堂の方が高い水準にあるが、スクウェア・エニッ クスの評価は低くないと言えるだろう。 2.安全性分析 次に、安全性の分析に入る。安全性分析では、はじめに、両社の資金調達活動と投資活動の状況を知 6 / 15 るために、連結キャッシュ・フロー計算書の分析を行う。その後、安全性を測定する指標として、流動 比率、当座比率、自己資本比率、固定長期適合率、インタレスト・カバレッジ・レシオの 5 つを用いて 分析を行う。 2-1.連結キャッシュ・フロー計算書の分析 図表 13 連結キャッシュ・フロー計算書 (単位:百万円) 任天堂 2009年 2010年 Ⅰ営業活動によるキャッシュ・フロー 営業活動によるキャッシュ・フロー Ⅱ投資活動によるキャッシュ・フロー 定期預金の預入による支出 定期預金の払戻による収入 有価証券の取得による支出 有価証券の売却による収入 有形固定資産の取得による支出 投資有価証券の取得による支出 投資活動によるキャッシュ・フロー Ⅲ財務活動によるキャッシュ・フロー 短期借入れによる収入 短期借入金の返済による支出 社債の発行による収入 配当金の支払額 (少数株主含む) 財務活動によるキャッシュ・フロー Ⅳ現金及び現金同等物に係る換算差額 Ⅴ現金及び現金同等物の増加額(△減少額) 287,800 スクウェア・エニックス 2009年 2010年 160,337 18,974 20,838 -247,431 -288,968 147,391 247,925 -496,475 -566,926 455,346 619,400 -22,956 -17,127 -12,742 -1,075 -174,363 -12,728 -83 ND -36,000 36,000 -9,983 -1,506 -10,991 -2,618 1,229 -35,000 ND -6,076 ND -53,774 ND ND ND ND ND ND -227,458 -134,137 -227,654 -133,847 -95,194 23,442 -209,412 37,203 ND ND ND -3,445 -3,044 -4,475 462 2,956 -2,941 35,000 -3,442 31,707 -499 -1,728 図表 13 は、2009 年及び 2010 年の連結キャッシュ・フロー計算書の一部である。まず、営業活動によ るキャッシュ・フローを見る。任天堂は、2009 年は 2878 億円の収入があるが、2010 年には約 1603 億 円と減少している。一方スクウェア・エニックスは、2009 年は約 190 億円だが、2010 年には約 208 億 円と増加している。 次に、投資活動によるキャッシュ・フローを見る。任天堂は、2009 年は約 1743 億円の投資支出を行 っているが、2010 年には約 127 億円と、大幅に減少している。これは、有形固定資産の取得による支出 の減少と、投資有価証券の取得による支出の減少が影響していると考えられる。一方、スクウェア・エ ニックスは、2009 年には約 110 億円だが、2010 年には約 538 億円と、投資支出が増加している。定期 預金の預入による支出が特に影響していると考えられる。加えて、その他の項目に目立った増加が見ら れなかったため、データ不足となっている投資有価証券の取得による支出も影響していると考えられる。 また、スクウェア・エニックスの有価証券の取得による支出が少し下がってはいるが、両社とも有価証 券の取得には積極的であると言える。 最後に、財務活動によるキャッシュ・フローを見る。任天堂は、2009 年は約 2277 億円の支出がある が、2010 年には約 1338 億円と減少している。一方、スクウェア・エニックスは、2009 年は約 30 億円 7 / 15 の支出があるが、2010 年には約 317 億円の収入に転じている。 2-2.安全性指標 次に、流動比率、当座比率、自己資本比率、固定長期適合率、インタレスト・カバレッジ・レシオの 5 つを見ていく。 図表 14 図表 15 当座比率の推移 流動比率の推移 まず、短期的な支払能力を表す流動比率と当座比率はどうであろうか。流動比率は、流動資産を流動 負債で割った値である。図表 14 によると、流動比率は両社ともに 200%を超えており、高水準であると 言える。動きを見てみると、2006 年は任天堂がスクウェア・エニックスを上回っているが、2007 年に 逆転を許している。しかし、2010 年になって再び逆転している。2006 年から 2007 年にかけての任天堂 の急激な低下は、支払手形及び買掛金が増加したことによる流動負債の増加が主な原因である。また、 2009 年から 2010 年にかけてのスクウェア・エニックスの急激な低下は、1 年以内に償還予定の社債が 増加したことにより流動負債が大きく増加したことが主な原因である。 一方、当座比率は、当座資産を流動負債で割った値である。図表 15 によると、当座比率も、両社とも 100%を超えているため高水準であると言える。動きを見てみると、流動比率と同じように、2007 年に 逆転しスクウェア・エニックスが任天堂を上回り、2010 年には再び逆転し任天堂がスクウェア・エニッ クスを上回っている。 図表 16 図表 17 固定長期適合率の推移 自己資本比率の推移 8 / 15 では、長期的な支払能力を表す自己資本比率と固定長期適合率はどうであろうか。自己資本比率は、 自己資本を総資本で割った値である。図表 16 によると、2008 年、2009 年はほぼ同水準だが、その他の 年は一貫して任天堂が上回っている。 一方、固定長期適合率は、固定資産を自己資本と固定負債の和で割った値であり、100%以下が望まし いとされる。図表 17 によると、両社とも 100%以下であり、高水準と言える。また、任天堂がほぼ横ば いであるのに対し、スクウェア・エニックスは 2006 年から 2008 年にかけての低下が目立つ。これは、 2006 年から 2008 年の自己資本の増加によるところが大きいと考えられる。 図表 18 インタレスト・カバレッジ・レシオの推移 次に、インタレスト・カバレッジ・レシオはどうだろうか。これは、営業利益、受取利息、受取配当 金の 3 つの和を支払利息で割った値である。図表 18 において、任天堂の 2007 年と 2008 年及びスクウ ェア・エニックスの 2008 年が 0 になっているのは、借金がなく、支払利息が 0 であるためである。図 18 によるとどの年も、両社とも支払利息がないもしくは高水準にある。 これら 5 つの指標により、安全性に関しては任天堂が上回っていると言える。また、格付け機関が両 社の安全性をどのように評価しているかを見る長期債格付けについては、任天堂の情報が見つからなか ったため、両社の比較はできなかった。スクウェア・エニックスについては、日本格付研究所により A と格付けされており、見通しは安定的であると評価されている。 3.効率性・生産性分析 効率性・生産性分析では、棚卸資産回転率、有形固定資産回転率、売上債権回転率、投資その他資産 回転率の 4 つの指標を用いる。主な資産ごとの回転率を分析することで、効率性の総合的な指標でもあ る総資本回転率の動きの原因を、効率性の面から探る。 9 / 15 図表 19 棚卸資産回転率の推移 図表 20 有形固定資産回転率の推移 図表 21 売上債権回転率の推移 図表 22 投資その他の資産回転率 まず、棚卸資産回転率を見る。図表 19 によると、スクウェア・エニックスが任天堂を上回っている。 また、任天堂は 10~17%で推移しているのに対し、スクウェア・エニックスは 2009 年から 2010 年に かけて大きく上昇している。これは、分母である棚卸資産が減少したことと、分子である売上高が大幅 に増加したことによる。 次に、有形固定資産回転率を見る。図表 20 によると、任天堂がスクウェア・エニックスを上回ってい る。それぞれの動きを見てみると、スクウェア・エニックスが 4~11%で推移しているのに対し、任天堂 は大きく変動している。2006 年から 2008 年にかけて大きく上昇したのは、分母である有形固定資産が ほぼ横ばいであったのに対し、分子である売上高が大きく増加したからである。2008 年から 2010 年に かけての低下は、2009 年にかけて有形固定資産が増加したこと、2010 年にかけて売上高が減少したこ とが原因である。 次に、売上債権回転率を見る。図表 21 によると、任天堂がスクウェア・エニックスを上回っている。 それぞれの動きを見てみると、任天堂が 10~14%で推移しているのに対し、スクウェア・エニックスは 2010 年に低下しているものの、全体としては上昇している。 最後に、投資その他の資産回転率を見る。図表 22 によると、2006 年、2007 年は両社ともほぼ同水準 にあるが、その後 2008 年からは任天堂がスクウェア・エニックスに差をつけて上回っている。2010 年 にその差は縮まっているが、未だ任天堂がスクウェア・エニックスを上回る水準にある。任天堂が 2008 年に大きく上昇したのは、分子である売上高が大幅に増加したからである。 10 / 15 これらの指標から総資本回転率の動きの原因を考えると、任天堂が 2009 年まで一貫して上昇し、2010 年に低下した原因は、主に有形固定資産と投資その他の資産にあると言える。また、スクウェア・エニ ックスの 2010 年における上昇傾向の要因は、棚卸資産であると言える。 両社を比較すると、効率性・生産性に関しても、棚卸資産回転率以外は任天堂が上回っているが、任 天堂は下降傾向、スクウェア・エニックスは上昇傾向にあると言える。 4.成長性分析 成長性分析では、総資本、株主資本、売上高、営業利益の 4 つの値を用い、趨勢分析を行う。図表 23 及び図表 24 は、2006 年の値を 100%としている。 図表 23 成長性の推移(任天堂) 図表 24 成長性の推移(スクウェア・エニックス) 図表 23 によると、任天堂は全体的に売上高と営業利益が伸びているが、2010 年は下降傾向にある。 特に営業利益の減少が大きい。これは、収益性分析でも述べたように、売上総利益が減少したのに対し、 販売費及び一般管理費が増加したからである。一方、株主資本と総資本はほぼ横ばいである。 スクウェア・エニックスは、図表 24 によると、2010 年にはどれも上昇傾向にある。特に、2009 年か ら 2010 年にかけての営業利益の伸びが目立つ。これは、収益性分析で述べたように、人件費の削減が影 響していると考える。 両社を比較すると、数値上は任天堂が優れていることが分かる。 5.グループ経営分析 次に、グループ経営の評価を行うために、連単倍率分析とセグメント分析を用いる。セグメント分析 では、事業種別と土地別に分ける。 5-1.連単倍率分析 連単倍率分析では、総資本、売上高、営業利益、当期純利益の 4 つの値に関する連単倍率を用いて分 析を行う。連単倍率は、連結数値を単体数値で割った値であり、これにより親会社以外のグループ会社 11 / 15 の貢献度が分かる。 図表 25 任天堂の連単倍率の推移 図表 26 スクウェア・エニックスの連単倍率の推移 図表 25 によると、任天堂は大体 1.0~1.3 で推移しており、2009 年から 2010 年にかけてはどの値も 上昇している。いずれも 1 より大きいことから、グループ全体で収益を上げていることが分かる。 一方、スクウェア・エニックスは、2009 年から 2010 年にかけての営業利益の上昇が目立つ。2010 年 に売上高が 0 になっているのは、2010 年の単体の売上高のデータが不足していたからである。総資本と 当期純利益は 1 前後で推移しているが、2010 年になり、当期純利益は大きく低下している。その結果、 当期純利益は 1 に達していないため、親会社に依存していることが分かる。ちなみに、営業利益の連単 倍率が大きく上昇しているのは、2009 年から 2010 年にかけて単体数値が減少し、連結数値が増加した からである。 両社を比べると、スクウェア・エニックスは最終的な利益である当期純利益がマイナスである為、全 体的に任天堂が優れていると言える。 5-2.事業種別セグメント分析 次に、事業種別のセグメント分析を行う。ここでは、どの事業が収益を上げているかを見る。任天堂 については、全セグメントに占める「レジャー機器」の割合が、売上高、営業利益ともに 90%を超えて いるため、事業種別セグメントの情報は記載されていなかった。そのため、スクウェア・エニックスの 分析のみを行う。また、セグメント別の売上高、営業利益、正味投資額の成長性に関しては、2010 年よ りスクウェア・エニックスの事業区分が変更となり、2010 年からの事業区分で 2009 年以前のセグメン ト情報を区分することができなかったため、省略することとする。 12 / 15 図表 27 スクウェア・エニックスのセグメント別売上高 図表 27 と図表 28 はスクウェア・ エニックスの事業種別売上高と営業 利益を表したものである。図表 27 に よると、約 6 割がゲーム事業であり、 ゲーム事業の売上高への貢献度が高 いことが分かる。ゲーム事業にはソ フトウェアなどのゲームの他に、オ ンラインゲームも含まれている。 「フ ァイナルファンタジー」や「ドラゴ ンクエスト」などのヒットによる貢 献も大きいが、オンラインゲームに よる貢献も大きい。ここに、基本事 業戦略として挙げられた「オンライ ンゲーム事業の拡大」への積極的な姿勢が見てとれる。 図表 28 スクウェア・エニックスのセグメント別営業利益 図表 28 によると、売上高と同じよ うに営業利益もゲーム事業が大部分 を占めており、貢献度が高いことが 分かる。しかし、売上高と比べると アミューズメント事業の割合が小さ くなっており、モバイル・コンテン ツ事業の割合が増えている。これは、 モバイル・コンテンツ事業への積極 的な姿勢が功を奏したか、アミュー ズメント事業が苦しい状況にあるの かのどちらかであると考えられる。 戦略に「モバイル・コンテンツ事業 の拡大」を掲げていることから、お そらく前者であろう。 ここで、スクウェア・エニックスの 2010 年 3 月期アニュアル・レポートにゲーム業界の現状と事業の 分散についての記載があったため触れておく。それによると、ゲーム業界は厳しい状況にあり、欧米企 業の多くが赤字、日本の大手企業は辛うじて黒字という状況である。また、欧米企業と日本大手企業の この差は、欧米企業が家庭用ゲームに特化しているのに対し、日本企業は事業を分散させており、そこ から出た差だそうである。このことから、2 つのことが分かる。1 つは、主力商品が据置型及び携帯型の ゲーム機器である単一セグメントで黒字を上げている任天堂は、現在のゲーム業界においては異質であ 13 / 15 るということである。もう 1 つは、スクウェア・エニックスの「オンラインゲーム事業とモバイル・コ ンテンツ事業の拡大」という戦略は、このようなゲーム業界の厳しい状況の中で生き残っていく為に、 大きな意味を持っているものであるということである。 5-3.地域別セグメント分析 グループ経営分析の最後に、地域別のセグメント分析を行う。 図表 29 任天堂のセグメント別売上高 図表 30 スクウェア・エニックスの セグメント別売上高 図表 29 と図表 30 は、2010 年の任天堂とスクウェア・エニックスの売上高のシェアを、土地別に表し たものである。これによると、任天堂の売上高の 50%、スクウェア・エニックスの 73%を日本が占めて いる。特にスクウェア・エニックスは日本に依存している事が分かる。 「海外展開の強化」という戦略は、 まだあまり売上高には結び付いていないようである。海外進出に関しては、任天堂の方が進んでいると 言える。 6.総合評価に代えて 分析の最後にまとめとして、株価収益率(PER)と株価純資産倍率(PBR)を用い、企業評価を行う。 図表 31 PER と PBR 及び株価(2010 年 8 月 31 日現在) PER PBR 株価 任天堂 13.12倍 2.24倍 23,360 スクウェア・エニックス 20.96倍 1.31倍 1,732 (参考:Yahoo!ファイナンス) 14 / 15 図表 31 は、2010 年 8 月 31 日現在の PER と PBR 及び株価を表にしたものである。これによると、 PER は任天堂が 13.12 倍、スクウェア・エニックスが 20.96 倍となっており、スクウェア・エニックス の方が高水準であることが分かる。しかし標準値が 14~20 倍であることを考えると、任天堂はやや低く、 スクウェア・エニックスはやや高いといった値である。 PBR は任天堂が 2.24 倍、スクウェア・エニックスが 1.31 倍となっており、両社とも 1 を超えている ため、株主の視点から見ると、良い値であると言える。 これまでしてきた分析を振り返ると、任天堂は 2010 年になって下降傾向に、逆にスクウェア・エニッ クスは上昇傾向にあることが分かる。これが、両社の PER の値に表れているのではないだろうか。しか し、各指標について全体的に任天堂は未だ高水準であり、そのことが PBR の 2.24 倍という数値に表れ ていると考えられる。 最後に、本財務分析では、各分析において任天堂が上回っていた。しかし上記にもあるように、2009 年から 2010 年にかけては、数値は任天堂が上回っているものの、任天堂は下降傾向、スクウェア・エニ ックスは上昇傾向にあることが分かった。任天堂は今後、新商品である「3DS」をいかに販売していく かが上昇傾向に転じる鍵の一つであると考えられる。そして両社とも、今後のアジアへの海外展開が、 厳しい現状にあるゲーム業界の中で生き残る鍵となると考えられる。なぜなら、アジアのゲーム市場の 規模が大きく成長しており、特にオンラインゲーム市場に至っては、北米や欧州と同規模にまで成長し たからである。よって、両社に共通する海外事業及びその強化への姿勢が今後さらに大事になると言え るだろう。 <参考> 伊藤邦雄『ゼミナール現代会計入門(第 8 版)』日本経済新聞出版社刊 2010 年 任天堂ホームページ http://www.nintendo.co.jp/ スクウェア・エニックス・ホールディングス ホームページ http://www.square-enix.com/jpn/ 日本格付研究所 http://www.jcr.co.jp/ Yahoo!ファイナンス http://finance.yahoo.co.jp/ 業界動向 SEARCH.com http://gyokai-search.com/ 15 / 15
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