2013年10月22号 「アニエス・ルテスチュさよなら公演」

ト
ピ
ア
Bestopia
「 パリ通信 22号 」
ベストピアは小原靖夫の個
人誌です。
平 成 二 十 五 年 十 月
ス
第二十二号
ベ
人アルマン・デュバル役には、2010 年エトワ
ールになったステファンヌ・ビュリオン、33
古賀 順子
歳。小柄ですが、高さとスピード感、正確な
アニエス・ルテスチュさよなら公演
動きが素晴らしく、複数のパトロンを持つ高
級娼婦マルグリットに恋する青年役にぴった
りです。
10 月に入っても暖かい日々が続いていた
アニエス最後の公演だけあって、オペラ座
パリですが、10 日を境に急に寒くなりました。
は満員。入り口でチケットを探している人の
風が冷たい 10 日夜、アニエス・ルテスチュ
姿もありました。長身で美人、優雅、申し分
のパリ・オペラ座最後の舞台「椿姫」を観に
のないテクニックに、知的な表現、女性らし
行きました。
い細やかな動きができる独特の世界を創るバ
パリ国立オペラ座は、エトワールの引退を
レリーナです。クラシック・バレエは見た目
42 歳に定めています。シルヴィー・ギレムの
も綺麗ですが、より高くより美しく跳ぶ力と、
ように、オペラ座を退いて今なお現役で踊っ
上へ上へと伸びる四肢に心打たれます。完璧
ているダンサーもいます。女性に限って言え
に出来るまで何度も繰り返された動きは、見
ば、現在 10 名のエトワールがいます。アニ
る人の心を高いところ、光溢れるところへと
エス・ルテスチュは、1997 年「白鳥の湖」公
導き、魂を浄化してくれると思います。さら
演後エトワールに指名されます。翌 98 年オ
に、ショパンのピアノ曲が美しく響きます。
ーレリー・デュポンがエトワール。90 年代の
バレエのための曲ではなく、踊り難いのでは
最後の二人です。70 年代生まれのアニエスや
と思える箇所もありますが、アニエスとステ
オーレリーを引継いでいくのが、2007 年 24
ファンヌのデュオは心奪われる美しさです。
歳の若さでエトワールの座についたドロテ・
あっという間に時間が経ちます。きらきら光
ジルベールを始めとする 80 年代生まれの世
るラメ片の花吹雪が舞うカーテンコール、全
代。若くて初々しく、新鮮な魅力に溢れるエ
員立ち上がり、心からの拍手が続きました。
トワールが誕生するのは、見ているだけでも
満たされた気持ちで夜のパリに出ました。
心が踊ります。それに対して、内面の深い表
実は、バレエを観る前に悲しい知らせを受
現を極めたエトワールの引退は、事を成し遂
けました。パリ通信 5 月号で紹介させていた
げた人の感動に胸を打たれます。
だいた「モネノート、モネ新発見、人は 360
バレエ「椿姫」は、アレクサンドル・デュ
度花の綺麗に囲まれるべし」の著者小原正夫
マ(息子)の小説「椿姫」(1848 年)をもとに、
氏が亡くなられました。頑張って闘病生活を
1978 年ジョン・ノイマイアーが舞台と振付け
続けておられましたが、10 月 1 日逝かれまし
をし、3 幕バレエになります。青い色調の上
品な舞台で、19 世紀の衣装もとても綺麗です。 た。自然を愛し、芸術を尊ばれていた方です。
バレエの後、パリの夜景を見ながら、生きて
デュマ自身が恋に落ちた実在する美しい高級
いることをおろそかにしてはいけないとの思
娼婦マリー・デュプレッシが、マルグリット・
いがしました。小原正夫氏は、芸術がなぜ人
ゴチエの名でバレエの主人公になります。バ
の心を清らかにしてくれるかを、いつも考え
レエでは、もう一つの有名なフランス恋愛小
ておられました。残された私たちは、生きて
説「マノン・レスコー」(1731 年アベ・プレ
いることに感謝し、小原氏の芸術への思いを
ヴォー作)のマノンと騎士デ・グリューの悲
引継いでいきたいと思います。心からご冥福
劇的な恋愛が重ね合わされています。マルグ
をお祈り致します。
リットを踊るのがアニエス・ルテスチュ。恋
< 2013 年 10 月 >
―― 平成 25 年 10 月 パリ通信 22 号 ――