針 刺し事 故 による B型肝炎と その対処 監修 : 信州大学医学部内科学第二講座 教授 田中榮司 BK-HBG-303D2016年5月作成 審J1511119 先生 日本における 針刺し事故の実態 針刺し事故による B型肝炎発症の頻度 わが国におけるB型肝炎ウイルス (HBV)の感染者数は、現 在約100万人と推定されています。近年、B型肝炎(HB) ワクチ ン及び抗HBs人免疫グロブリン製剤の開発や、B型肝炎感染防 止事業の推進により、HBVキャリアの数は減少しています。 一方、医療従事者の針刺し事故は性的接触による感染となら んでB型肝炎の主要感染経路となっています。 全国のエイズ拠点病院(延べ1,680病院) を対象に実施された 針刺し事故調査(1996~2010年) によると、職種別では看護師の 割合が圧倒的に高く52.0%(図1)、発生状況では、使用中が最も 多く (26.9%)、廃棄容器関連の受傷(15.4%)、数段階処理中 (11.1%)、使用後廃棄まで (8.9%)の順となっている。 リキャップ による受傷が全体に占める割合は8.8%である。 「リキャップ」 「使用後廃棄まで」による針刺しが全体に占める 割合は減少傾向が続いており、使用前、器材の分解、廃棄容器 関連の針刺しの割合が増加傾向である (図2)。 受傷者の職歴 放射線技師 歯科医師 0.4 0.9 1.0 10 肝炎 Warner, B. G. et al. : Ann. Intern. Med. *現 在、B型 肝 炎 の 診 断では血 清 中 のHBs抗 原、HBe抗 原・抗 体が主に感 染 の 指標とされています。 HBs抗原 (+) : 現在B型肝炎に感染している HBe抗原 (+) : 体内にB型肝炎ウイルスが多量に存在し、他の人に感染させる 可能性がある HBe抗体(+) : B型肝炎ウイルスが減少し、感染力が低下している 1.0 4.5 使用中 96-99 00-03 04-08 09-10 2.1 20 30 40 50 60 3.0 管/ゴム管の注入 24.4 8.8 3.2 使用後廃棄まで 22.6 8.9 廃棄容器関連 10.4 15.4 3.5 その他 70(%) 7.5 2.5 リキャップ時 n=15,894 n=14,677 n=14,476 n= 5,742 26.9 11.1 3.0 器材の分解 96-99 00-03 04-08 09-10 20.7 9.3 再使用操作中 2.7 3.5 4.2 0 感 染 源 血 の 場 合、 数段階の処理中 2.6 2.7 3.0 0.5 0.4 0.4 とどまります 。しかし、HBs抗原とHBe抗原がともに陽性の 使用前 61.1 2.5 2.0 1.7 その他 1 54.9 52.0 28.1 32.7 34.6 医師 検査技師 でHBe抗原が陰性の感染源血による針刺し事故の場合、血清 発生状況 看護師 看護助手 針刺し事故によるHBVの感染には、血液への接触の程度 と血液中のHBe抗原の存在が関与します。HBs抗原が陽性 0 11.1 20 96-99 00-03 04-08 09-10 96-99 00-03 04-08 09-10 n=15,725 n=14,296 n=14,174 n= 5,644 40(%) 職業感染防止のための安全対策製品カタログ集 第 5 版 一部改変(職業感染制御研究会) 2 ワクチンによる B型肝炎の予防 針刺し事故を 起こしたら B型肝炎はワクチンが開発され、感染予防が可能となりました。 ワクチンの接種スケジュールは、感染予防、針刺し事故時 など目的によって異なります( 場合、 )。一般の感染予防が目的の 皮 下ま 0 たは筋 肉 内 注 射します。一 方、針刺し事故時で感染源血が 針刺し事故が発生したときは、直ちに血液を絞り出しながら 流水(または石鹸併用) で傷口を十分に洗浄し、ポビドンヨード (イソジン液)や消毒用エタノール(76.9~81.4v/v%) で消毒し ます。また、速やかに院内感染対策委員会の責任者に連絡し 指示に従います。 HBs抗原陽性かつHBe抗原陽性の場合、 患者が特定できる場合、HBs 抗原(および HCV 抗体、HIV 故後7日以内に皮下または筋肉内注射し、さらに初回投与の 抗体)を検査、また、曝露者の HBs 抗原・抗体を検査します。 検 査は原 則として、患 者や曝 露 者 の 同 意を得て行 います。 1ヵ月後と3~6ヵ月後にも注射します。 患者の同意が得られない場合や感染源が特定できない場合 は、B 型肝炎発症のリスクを考慮し対処することが望まれま 図3 HBワクチンの接種スケジュール す。また、患者がHBVキャリアであった場合は、B 型肝炎感染 HBワクチン : 沈降B型肝炎ワクチン HBIG : 抗HBs人免疫グロブリン 一般の予防法 HBワクチン 0 1 2 3 4 5 6(カ月) 針刺し事故時 HBIG 予防対策をします (次ページ参照) 。 緊急対策のまとめ 血液を絞り出しながら流水(または石鹸併用)で 傷口を洗浄。 ポビドンヨードや消毒用エタノールで消毒。 HBワクチン 院内感染対策委員会の責任者に連絡。 0 1 2 3 4 5 6(カ月) B型肝炎・院内感染防止のためのポイント 厚生省保健医療局感染症対策室監修 ウイルス肝炎 研究財団発行1988 肝炎研究連絡協議会予防研究班報告 飯野四郎班長 昭和59年度 ※製剤により承認の効能・効果が異なる場合がありますので、使用に際しては、各社 製剤の製品添付文書をご参照ください。 患者の HBs 抗原 (および HCV 抗体、HIV 抗体) の検査。 曝露者のHBs抗原・抗体の検査。 B型肝炎感染予防対策(患者がHBVキャリアで あった場合)。 (次ページ参照) (参考)病院感染対策ガイドライン改訂第 2 版(国公立大学附属病院感染対策協議会) 3 4 抗HBs人免疫グロブリンと HBワクチンの組み合わせ使用 曝露者*2 HBs抗体が、10mIU/ mL以上の場合 HBワクチン HBs抗体 (+) HBs抗体 (-) *1 HBs 抗原の検査について、患者の同 意が得られない場合や感染源が特 定できない場合、B 型肝炎発症のリ スクを考慮し対処することが望ま しい。 未接種 HB ワ ク HB チ ン 接 種 歴 抗体陽転歴 なし 既 接 種 抗体反応 不明 *2 曝露者のHBs 抗原・抗体検査は、事 故発生後なるべく早く確認し、感染予 防を行う (48 時間以内が望ましい)。 3回接種 抗HBs人免疫 グロブリン 5~10mL (1000~2000単位) HBワクチン 3回接種 HBワクチン 1回接種 針刺し事故後の抗HBs人免疫グロブリン(HBIG)とHBワクチン投与スケジュール例 HBIG 5~10mL HBワクチン0.5mL HBワクチン0.5mL 初回(事故発生48時間以内が望ましい) 1ヵ月目 HBワクチン0.5mL 2ヵ月目 3~6ヵ月目 予防治療を実施しても感染の可能性があるため、 針刺し事故後 ヶ月、 ヶ月、 ヶ月、 ヶ月で 追跡調査が必要 HBs抗原 (+) HBs 抗 原 (-) *1 処置なし 経過観察 禁忌 :HBs抗原(+)の場合は抗HBs人免疫グロブリン投与禁忌 感染源血 1 3 6 12 (参考)曝露者が 2 クールの HB ワクチン接種でも HBs 抗体陰性の場合は曝露直後と 1ヵ月後に抗 HBs 人免疫グロブリンを投与する。 CDC, MMWR, 62 (10), 1-19. 2013 但し、本邦における抗 HBs 人免疫グロブリンの用法・用量は「投与の時期は事故発 生後 7 日以内とする。なお、48 時間以内が望ましい。」である。 抗HBs抗体検査 5 6 Q&A Q1 B 型肝炎予防対策で どれくらい感染予防できますか? A1 事故者がHBs抗原・抗体がともに陰性の場合、抗HBs 効果が報告されています1)。また、HBワクチンを併用 することにより、 ます。 Q4 HBワクチンを接種していれば、 抗 HBs 人免疫グロブリン製剤を 投与する必要はありませんか ? A4 HBワクチンを接種していても、HBs抗体が獲得され て いるとは 限りませ ん。HBs抗 体 が 陽 性 で あ れば 必要ありませんが、陰性であれば抗HBs人免疫グロブ リン製剤の投与や再度のワクチン接種が必要です 1)U. S. Public Health Service Guidelines for the Management of Occupational Exposure to HBV, HCV, and HIV and Recommendations for Postexposure Prophylaxis. MMWR, Q2 針刺し事故を起こしたときの 抗 HBs 人免疫グロブリン製剤は いつ投与したらよいのですか ? A2 HBs 抗体が陽性であれば必要ありませんが、陰性で あれば針刺し事故からなるべく早く、48 時間以内の投 与が望ましいとされています (3、5、6 ページ参照) 。 Q3 針刺し事故を起こしたときの HBワクチン接種は いつ行ったらよいのですか ? A3 HBs 抗体が陽性であれば必要ありませんが、陰性で あれば針刺し事故発生からなるべく早く、できれば抗 HBs 人免疫グロブリン製剤の投与と同時期に行う必 要があります。その後、1 ヵ月後と3 ヵ月後にも接種し てください (3、5、6 ページ参照)。 。 Q5 抗 HBs 人免疫グロブリン製剤を投与しては いけないのは、どのようなケースですか ? A5 HBs抗原陽性者(肝移植施行患者を除く) や抗HBs 人免疫グロブリン製剤に対してショックの既往のある 人には禁忌となっています。また、人免疫グロブリン製 剤の成分に過敏症のある人も原則禁忌です。 Q6 抗 HBs 人免疫グロブリン製剤を投与する 場合の保険給付上の注意はありますか? A6 「HBs抗原陽性血液の汚染事故後のB型肝炎発症予防」 の目的で使用した場合の保険給付については、下記 のとおりで あるの で、そ の 取 扱 いにつ い ては十 分 ご留意ください。 汚染の原因 業務上 HBウイルス感染の危険が極めて 労災保険 健康保険 高いと判断され、縫合、消毒、洗浄等の処置 適 用 等 適 用 及び本製剤の注射が行われた場合 HBs抗原陽性血液が付着し、 HBウイルス感 染 の 危 険 が 極めて 高 いと 労災保険 用 判断され、縫合、消毒、洗浄等の処置及び本 適 製剤の注射が行われた場合 7 業務外 適用範囲 健康保険 等 適 用 8 主な治療薬一覧 (抜粋) 商品名 製造販売元・販売 ポリエチレン グリコール処理 抗HBs人免疫 グロブリン ヘブスブリン IH 静注 日本血液製剤機構 乾燥抗HBs人免疫 グロブリン ヘブスブリン筋注用 日本血液製剤機構 乾燥HB グロブリン筋注用 -ニチヤク 日本製薬/武田 抗HBs人免疫 グロブリン筋注「JB」 日本血液製剤機構 ヘパトセーラ筋注 化血研/アステラス ビームゲン注 化血研/アステラス 注射用 (液状製剤) ヘプタバックス-Ⅱ MSD 注射用 (液状製剤) 抗HBs人免疫 グロブリン 組換え沈降B型肝炎 ワクチン 用法・用量* 剤形・容量 注射用 (液状製剤) ・ 点滴静注または極めて緩徐に静注 /kg体重 注射用 (凍結乾燥製剤) を筋注 /kg体重 注射用 (液状製剤) HBs抗原陽性でかつHBe抗原陽性の血液に よる汚染事故後のB型肝炎発症予防 (抗HBs 人免疫グロブリンとの併用): または筋注、 皮下注射 ・ 能動的HBs抗体が獲得されていない場合は 追加注射 *詳細については、各社製剤の製品添付文書をご参照ください。 9 10
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