信越化学工業財務分析 中條ゼミ 16 期 鎌田渓吾 築地慶佳 17 期 河村俊輔 柴田 大 宮本卓明 目次 第一章 企業紹介 第二章 ROE の分解 第三章 収益性分析 第四章 効率性分析 第五章 安全性分析 第六章 市場の評価 第七章 総括 第一章 企業紹介 信越化学工業は、その前身である「信越窒素肥料株式会社」として 1926 年に発足した。 塩化ビニル樹脂、半導体ウエハー、シリコン樹脂、希土類マグネットなどを主力商品とす る化学メーカー。特に塩化ビニル樹脂と半導体シリコンウエハーでは世界シェア首位。ケ イ素樹脂のシェアも高い。発祥は化学肥料だが、現在では有機・無機化学品事業が収益の 半分を占め、電子材料事業が約 4 割と収益構造転換に成功した数少ない企業の一つ。金川 千尋社長のトップマネジメントも世界的に高評価を得ている。長らく経理財務担当役員を 務めた金児昭氏は退職後に、金融庁顧問に就くなど財務会計の専門家として知られ、会社 としても伝統的に目配りの利いた財務戦略で知られる企業である。図表 1-1 を見ると、2008 年度を除けば 1999 年度から順調に売上高を伸ばしていることがわかる。 図表 1-1 信越化学工業の売上高、売上高営業利益率、売上高純利益率の推移 売上高・営業利益率・当期純利益率の推移 25.0% 20.0% (百万円) 売上高 1600000 売上高営業利益率 1400000 売上高当期純利益率 1200000 1000000 15.0% 800000 10.0% 600000 400000 5.0% 200000 0.0% 0 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 (年度) (出所)信越化学工業有価証券報告書より筆者作成 また、分析において比較企業として、化学業界のトップである三菱ケミカルホールディ ングス(以下、三菱ケミカル)を用いた。両社のセグメントの内容をみると以下のように なる(図表 1-2、図表 1-3 参照) 。ここで注意しておきたいのが、三菱ケミカルは 2007 年度 にセグメント内容に変更があり、分析にあたって旧セグメント内容に揃えるため、主要商 品が似ていることから、ケミカルズとポリマーズ事業を石化事業に、エレクトロニクス・ アプリケーションズを機能化学、デザインド・マテリアルズを機能材料とした。 図表 1-2 信越化学工業セグメント内容 (出所)信越化学工業有価証券報告書より抜粋 図表 1-3 三菱ケミカルセグメント内容 (出所)三菱ケミカル信越化学工業有価証券報告書より抜粋 両社の事業別売上高構成比を見てみると、信越化学工業は有機無機化学品事業、電子材 料事業の二つが主力であり、一方、三菱ケミカルは石化事業が主力であるといえる(図表 1-4 参照)。また、信越化学工業は、全セグメントにおいて、塩化ビニル樹脂、半導体シリ コン、レア・アースなどの世界シェア一位の製品を製造している。 図表 1-4 両社事業別売上高構成比 では、財務分析において伝統的な指標である ROE を用いて、両社の強みを確認すること とする。分析に使用する指標データは、2005 年度から 2008 年度(決算短信のデータを使用) の四年分とした。四年分を用いたのは、三菱ケミカルが 2005 年度から持株会社となり、比 較可能データが四年分しか存在しないためである。また、持株会社であることから連結ベ ースでのみの比較とした。 第二章 ROE の分解 ROE は自己資本利益率といわれ純利益を自己資本で割って 100 を掛けたもので、自己資本 に対してどの程度の利益を上げているかを示した収益性を表す指標である。式に表わすと 以下のようになる。 ROE=当期純利益率/<(期首+期末自己資本)/2>×100 =<当期純利益/売上高>×<売上高/使用総資本>×<使用総資本/自己資本>×100 =(売上高純利益率)×(使用総資本回転率)×(財務レバレッジ)×100 売上高純利益率は収益性、使用総資本回転率は効率性、財務レバレッジは安全性の指標を それぞれ表している。図表 2-1 でも明らかなように、信越化学工業は、三菱ケミカルや業 界平均との比較において、 2008 年の 9 月のリーマンショックの影響があるのにも関わらず、 ROE が安定し、ほぼ横ばいで推移している。 図表 2-1 ROEの分解 (年度) (年度) (年度) (年度) (回) (出所)信越化学工業有価証券報告書より筆者作成 図表 2-1 の ROE の分解によると、 信越化学工業の強みは高い収益性であると考えられる。 次章において、その要因を確認することとする 第三章 収益性分析 ここでは、その指標の 1 つである売上高当期純利益率を分析して、他社と比較した信越 化学工業の強みを分析する。売上高当期純利益率は、売上高当期純利益率=当期純利益/売 上高 という等式で表さわされ、売上に占める当期純利益の割合を表す。図表 2-1 の売上 高利益率は、信越化学工業と三菱ケミカル、2007 年度までの化学業界平均のデータを示し たものである。ROE の推移と同様に 2008 年度においても、信越化学工業の売上高純利益率 は 2007 年度とさほど変わらず高い数値で推移している。この高い利益率を生みだしている 要因を両社百分比連結損益計算書で確認する(図表 3-1 参 照 ) 。 図表 3-1 両社百分比連結損益計算書 信越化学工業 三菱ケミカル 2007 2008 2007 2008 100% 100% 売上高 100% 100% 売上原価 68.8% 71.1% 売上原価 80.4% 82.9% 売上総利益 31.2% 28.9% 売上総利益 19.5% 17.1% 販管費 10.3% 9.5% 販管費 15.2% 16.8% 営業利益 20.9% 19.4% 営業利益 4.3% 0.3% 売上高 営業外収益 2.2% 2.2% 営業外収益 1.2% 1.0% 営業外費用 1.3% 0.7% 営業外費用 1.0% 1.3% 経常利益 21.8% 20.9% 経常利益 4.4% -0.1% 特別利益 0.6% 0.0% 特別利益 4.2% 0.5% 特別損失 0.5% 0.5% 特別損失 1.2% 2.0% 13.3% 12.9% 当期純利益 5.6% -2.3% 当期純利益 (出所)信越化学工業有価証券報告書より筆者作成 ここで百分比連結損益計算書に注目すると、信越化学工業の方が売上原価・販管費にお いて低減出来ており、それゆえに営業利益率を押し上げていることがわかる。次に信越化 学工業の高い営業利益率に貢献しているセグメントを確認するため、両社のセグメント別 営業利益率について考察する(図表 3-2、3-3 参照) 。 図表 3-2 信越化学工業セグメント別営業利益率の推移 30.0% 信越化学工業セグメント別営業利益率 25.0% 20.0% 15.0% 10.0% 5.0% 0.0% 2005 有機無機化学品事業 連結 2006 2007 電子材料事業 業界平均・連結 (年度) 2008 機能材料その他事業 (出所)信越化学工業有価証券報告書より筆者作成 図表 3-3 三菱ケミカルセグメント別営業利益率の推移 20.0% 三菱ケミカルセグメント別営業利益率 15.0% 10.0% 5.0% 0.0% -5.0% 2005 2006 2007 2008 石化 機能化学 機能材料 ヘルスケア その他 連結 (出所)三菱ケミカル有価証券報告書より筆者作成 信越化学工業と三菱ケミカルとのセグメント別営業利益率を比較すると、信越化学工業 は営業利益率が最も低いセグメントである機能材料その他事業でも 10%を超え、30%に迫る ものまであり、連結でも 15%~20%で推移している。三菱ケミカルは、信越化学工業よりも セグメント数が多く、10%~15%で推移する高い営業利益率を誇るヘルスケアセグメント以 外は、 連結でも 5%程度であり、リーマンショックで経済が減速した 2008 年度にいたっては、 石化や機能材料のセグメントはマイナスに転落し、連結では辛うじてプラスを維持してい るといった状況である。一方、信越化学工業の 2008 年度決算短信によると、三菱ケミカル に比べると全体的に営業利益率が高く、実際前年よりは連結売上高の数値が下がったもの の、売上高当期純利益率は 12%と高い水準を維持している。以下では、信越化学工業がど のセグメントで連結の営業利益率に貢献出来ているのか、信越化学工業の各セグメントに おいての市場シェアの高い企業を用いて比較する。 図表 3-4 有機無機化学セグメント営業利益率 25.0% 有機・無機化学品セグメント利益率 20.0% 15.0% 10.0% 5.0% 0.0% 2005 2006 2007 2008 信越 セルロース誘導体比較:ダイセル化学工業 塩化ビニル比較:合成樹脂業界平均 有機・無機化学品セグメントの分析では、セルロース誘導体の比較において、シェアの 高いダイヤル化学工業、塩化ビニルでは合成樹脂業界の平均値を利用した。信越化学工業 は国内の医薬品向けに好調なセルロース誘導体事業をさらに海外で拡販し、高い営業利益 率をあげているが、合成樹脂業界平均より数値が下回っていることから、主力事業である にも関わらずこのセグメントの営業利益率は全体にはあまり貢献できていないといえる (図表 3-4 参照)。 図表 3-5 電子材料セグメント営業利益率の推移 電子材料セグメント営業利益率 35.0% 30.0% 25.0% 20.0% 15.0% 10.0% 5.0% 0.0% 信越 半導体シリコン比較:SUMCO 産業用レアアース磁石比較:日立金属 2005 2006 2007 2008 (出所)各社有価証券報告書より筆者作成 続いて、信越化学工業の電子材料セグメントは、2008 年度後半に需要が急減した半導体 シリコン事業・PC 用 HD ドライブの生産調整の影響を受けた産業用レア・アース磁石事業の 実態を反映し、数値の落ち込みが見られる。しかし、売上高営業利益率が競合他社や業界 平均の数値と比較しても高い水準で推移し、連結売上高に占める電子材料セグメントの割 合も大きく、昨年度と比較して落ち込んだが、図表 3-1 で示したように原価低減をしてお り、電子材料セグメント営業利益率も 20%を超えていることから、依然として信越化学工 業の利益の大きな柱であると言える。尚比較対象の一つである SUMCO の営業利益率が 2008 年度に急落しているが、これは減価償却費と棚卸資産評価損などによって、原価率が 60.6% から 78.1%に上昇したためだと考えられる。 最後に信越化学工業の機能材料セグメントは、世界的データ通信量増大に伴う需要が増 加した好調な合成石英・ペリクル事業が貢献しているが、売上高営業利益率が競合他社の 数値には見劣りしているため、全体への貢献度としてはあまり影響力がないと考えられる (図表 3-6 参照) 。 図表 3-6 機能材料セグメント営業利益率の推移 機能材料セグメント営業利益率 40.0% 35.0% 30.0% 25.0% 20.0% 15.0% 10.0% 5.0% 0.0% 2005 信越 2006 2007 2008 合成石英・ペリクル比較:AGC (出所)各社有価証券報告書より筆者作成 以上のようにセグメント別に営業利益率を確認したが、連結の高い営業利益率に貢献し ているのは、電子材料事業であると考えられる。 第四章 効率性分析 効率性の分析において、総資産回転率から見ることとする。 図表 4-1 総資産回転率の推移 総資産回転率 1.40 1.20 1.00 0.80 0.60 0.40 信越化学工業 三菱ケミカル 業界平均 0.20 0.00 2005 2006 2007 2008 (出所)両社有価証券報告書より筆者作成 図表 4-1 からも分かるように総資産回転率は圧倒的に三菱ケミカルのほうが高い。総資 産回転率は売上高を総資本で割ったもので企業の資本の利用効率を表しているためこの数 値は高いほうが望ましい。そこで、なぜ三菱ケミカルは高い総資産回転率を出しているの であるのか、まず両社の有形固定資産回転率の推移をみてみたい。 図表 4-2 有形固定資産回転率の推移 有形固定資産回転率 4.00 3.50 3.00 2.50 2.00 1.50 信越化学工業 1.00 三菱ケミカル 0.50 0.00 2005 2006 2007 2008 (出所)両社有価証券報告書より筆者作成 図表 4-2 からも分かる通り有形固定資産回転率も1回転以上三菱ケミカルが上回ってい ることが分かる。有形固定資産回転率は有形固定資産が有効に使われているのかを見る指 標であり三菱ケミカルは信越化学工業に比べて有形固定資産を有効に使えていることを表 している。これは三菱ケミカルがホールディング化したことによって規模を増加させただ けでなく事業の効率化にも成功したことを示していると考えられる。次に図表 4-1 から、 業界平均を見てみても総資産回転率は 1 を若干下回っている程度であり、信越化学工業は 業界平均においても低い数値となっていることになる。このように信越化学工業は総資産 回転率で見た場合には非常に悪い数値を表している。これは信越化学工業が資本を有効に 使えていないということを表しているのだろうか。そこで次に自己資本回転率を見てみる ことにした。自己資本回転率は売上高を自己資本で割ったもので自己資本が売上高にどの 程度貢献しているのかを見る指標である。 図表 4-3 自己資本回転率の推移 自己資本回転率 5.00 4.50 4.00 3.50 3.00 2.50 2.00 1.50 1.00 0.50 0.00 信越化学工業 三菱ケミカル 2005 2006 2007 2008 (出所)両社有価証券報告書より筆者作成 図表 4-3 を見ると、自己資本回転率も三菱ケミカルのほうが高く信越化学工業は資本を うまく使えていないような印象を受ける。ここでさらに注目すべきなのが総資産回転率と 自己資本回転率の差である。信越化学工業と三菱ケミカルの総資産回転率の差と自己資本 回転率の差が仮に同じ様な値を表しているのなら、信越化学工業は資本を有効に活用でき ていないことを表しているといえる。しかし、信越化学工業と三菱ケミカルの総資産回転 率の差は 2009 年でおよそ 0.34 回、 それに比べて自己資本回転率の差は 3.5 回にもおよぶ。 つまり、これらの指標が表していることは信越化学工業の非常に優れた自己資本に全て が集約されているということを表している。信越化学工業は他の化学企業に比べて自己資 本が大きいのではないか。そのためにこれまで使った指標である総資産回転率の分母であ る総資産や自己資本回転率の分母である自己資本を莫大なものにし、その結果、これらの 指標が低い数字を出したのである。自己資本については安全性分析において詳しく説明す ることとする。続いて、棚卸資産回転率について確認することとする。 図表 4-4 棚卸資産回転率の推移 棚卸資産回転率 10 8 6 信越化学工業 4 三菱ケミカル 2 業界平均 0 2005 2006 2007 2008 図表 4-4 を見ると、信越化学工業の棚卸資産は 2008 年度を除いて業界平均や三菱ケミカ ルと大きな差はないが、2008 年度においては信越化学工業の棚卸資産回転率は増加してし まっている。これについては考察になるがリーマンショックを発端にした世界同時不況な どの影響により売上高が減少したため棚卸資産が増加したと考えた。第一章の図表 1-1 で も確認できるように、2007 年度までは売上高が年々上昇しているが 2007 年度から 2008 年 度にかけて売上高が減少していることがわかる。このような結果からやはり棚卸資産回転 率の増加は売上高の減少に由来していることがわかる。最後に売上債権回転率を確認する。 図表 4-5 売上債権回転率の推移 売上債権回転率 7.00 6.00 5.00 4.00 3.00 信越化学工業 2.00 三菱ケミカル 1.00 業界平均 0.00 2005 2006 2007 2008 (出所)両社有価証券報告書より筆者作成 図表 4-5 を見ると、売上債権回転率では三菱ケミカルや業界平均とほぼ同様な動きを示 しており、大きな差はない。信越化学工業は業界においても高い位置となっているため、 交渉力が強いからであると考えられる。 以上のように効率性の指標を用いた分析では、信越化学工業は強みといえるような数字 を叩き出していないように思える。分析した効率性の指標では、すべて高い値を出してい る三菱ケミカルの方が効率性が良いといえる。 第五章 安全性分析 ROE の分解で安全性の指標である財務レバレッジを見ると、信越化学工業の方が三菱ケミ カルに比べ負債依存度が低いといえ、有利子負債依存度で見ても 5%を下回っており、三菱 ケミカルに比べると非常に低い値となっている(図表 5-1、5-2 参照) 。 図表 5-1 財務レバレッジの推移 財務レバレッジ 4.00 3.00 信越化学工業 三菱ケミカル 2.00 1.00 0.00 2005 2006 2007 2008 (出所)両社有価証券報告書より筆者作成 図表 5-2 有利子負債依存度の推移 有利子負債依存度 40.00% 35.00% 30.00% 25.00% 20.00% 15.00% 10.00% 5.00% 0.00% 信越化学工業 三菱ケミカル 2005 2006 2007 2008 (出所)両社有価証券報告書より筆者作成 次に、 短期支払能力の一つである営業 CF 対流動負債比率をみると、 2008 年度においては、 信越化学工業は営業 CF 対流動負債比率が 122.6%であり営業 CF が流動負債を上回っている ことになる。つまり、信越化学工業は営業活動で得たキャッシュ・フローで流動負債を全 額返済することが可能である。一方、三菱ケミカルは短期支払能力が低く、短期負債に依 存している面が見られる。 図表 5-3 営業CF対流動負債比率の推移 150.0% 営業CF対流動負債比率 信越化学工業 100.0% 三菱ケミカル 50.0% 0.0% 2005 2006 2007 2008 図表 5-4 営業 CF 対固定負債比率 営業CF対固定負債比率 500.0% 400.0% 300.0% 200.0% 信越化学工業 100.0% 三菱ケミカル 0.0% 2005 2006 2007 2008 (出所)両社有価証券報告書より筆者作成 また、長期における支払能力をみると、信越化学工業においては、固定負債にもほとん ど頼っていないことがわかる(図表 5-4 参照)。また、三菱ケミカルの場合では、短期負債 に続き長期的な負債にも依存していることがわかる。よって、以上の点から信越化学工業 の財務レバレッジが低いことも裏付けられる。つまり、信越化学工業は資金調達の方法と して、負債を利用するのではなく、高い自己資本を維持し、それを活動資金に充てている ことがいえる。では、なぜ他人資本に依存せず、高い自己資本比率を保持し続けることが 可能なのであろうか。そこで次に、自己資本比率を確認することとする。 図表 5-5 自己資本比率の推移 自己資本比率 90.0% 80.0% 70.0% 60.0% 50.0% 40.0% 30.0% 20.0% 10.0% 0.0% 信越化学工業 三菱ケミカル 業界平均 2005 2006 2007 2008 (出所)両社有価証券報告書より筆者作成 自己資本比率を見ると、三菱ケミカルは 2007 年度で 29,9%、2008 年度 24,4%であるの に対して信越化学工業は 2007 年度 75,0%、2008 年度 81,1%と信越化学工業のほうがそれ 以上の高い数値となっている。一般的に自己資本比率は 30%以上で安全、50%以上で優良 企業といわれており、図表 5-6 からもわかるように信越化学工業はキャッシュリッチな会 社であるということがわかった。 図表 5-6 利益剰余金の推移 利益剰余金 1400000 1200000 1000000 800000 600000 400000 200000 0 信越化学工業 三菱ケミカル 2005 2006 2007 2008 (出所)両社有価証券報告書より筆者作成 さらに注目したいのが信越化学工業の 2008 年度の自己資本比率が前年度よりも増加して いる点である。2007 年度はリーマンショックなどから世界不況となり様々な企業が赤字や 業績の下方修正を行ったが、信越化学工業も例に漏れず評価換算差額等は前年比はプラス だったにもかかわらず 2008 年度はマイナスとなった。さらに当期純利益をはじめ売上総利 益、営業利益、事業利益、なども軒並み前年比を下回っていた。そこで自己資本比率が増 加した要因を確認する ここで損益計算書や貸借対照表に目を通すと、負債の合計額が 2007 年度は 454.875 百万 円なのに対して 2007 年度は 277.591 百万円とかなり減少していた。さらに細かく目を通す と流動負債が半分弱に減少していた。このことから信越化学工業はこの不況のなかいわゆ る守りの経営に入ったことがうかがえる。このことは決算短信に掲載されている経営方針 の「当社は、安全をいかなる場合でも最優先とし、公正な営業活動を行い、 」というフレー ズからも想像できる。 このように自己資本比率が高く、既述したように債権者からの資金調達である負債依存 度が低いため、株主への還元といった面についても確認することとする。そこでは配当性 向を用いて説明することとする。 図表 5-7 配当性向の推移 配当性向 40.0% 30.0% 20.0% 10.0% 0.0% 信越化学工業 -10.0% 三菱ケミカル -20.0% 業界平均 -30.0% 2005 2006 2007 2008 (出所)両社有価証券報告書より筆者作成 配当性向は、獲得した利益のうち、どの程度を配当として支払っているかを示す指標で ある。この指標の数値が高い場合は、株主への利益還元の傾向が強く、低い場合は、内部 留保の割合が高いことを示す。ここで、信越化学工業を見たとき、2008 年度の当期純利益 が前期に比べ減少した影響もあり増加がみられるが、業界平均とほぼ同等の値かそれ以上 を示していることがわかる(図表 5-7 参照)。また、三菱ケミカルの場合、2008 年度は当期 純損失であったため配当性向はマイナスの値を示している。よって、信越化学工業は安全 性の指標が高い数値であり、さらに株主への利益還元の傾向が強いといえる。 第六章 市場の評価 ここではまず、市場の反応として株価変動をみてみようと思う。 図表 6-1 株価の変動 図表 6-1 は過去五年間の信越化学工業(4063)、三菱ケミカル (4188) 、 日 経 平均 (998407) 、 の過去5年間の株価の推移である。 {三菱ケミカルは 2005 年度の途中より持株会社となっ たのでそれ以前は省略する。 } この図からも分かるように信越化学工業は日経平均や三菱ケミカルと比較すると高い株 価を示していることが分かる。これはマーケットが信越化学工業の財務の健全性や高い収 益性、高い安全性を評価していることを表していると考えた。 図表 6-2 化学業界の格付け 化学業界の格付け BBB2% BBB 11% AA 7% AA7% A+ 11% BBB+ 18% A20% A 24% (出所)投資格付情報センターHPより筆者作成 2009 年 5 月 31 日現在 投資格付情報センターの格付けで化学の欄に登録されていた企業は全部で 45 社であった。 そのうち化学業界で最高のAAを獲得したのは三社であり、その三社は花王、信越半導体、 信越化学工業であった。機関は投資格付情報センターの資料によるとAA以上のランクを 与えられた企業のデフォルトリスクは過去 10 年の間で 0%である(A では 1.1%,BB では 21,6% である) 。このうち信越半導体は信越化学工業の子会社であり実質、化学分野のAAを獲得 した三社のうち二社が信越化学工業となる。三菱ケミカルは投資格付情報センターには記 載されていなかったが、2008 年度においてスタンダード&プアーズの格付けによるとBB Bの評価を得ていた。ここで投資格付情報センターのBBBの定義は「信用力は十分であ るが、将来環境が大きく変化する場合、注意すべき要素がある。 」となっており、スタンダ ード&プアーズのBBBの定義は「債務を履行する能力は適切であるが、事業環境や経済 状況の悪化によって債務履行能力が低下する可能性がより高い。 」となり表現の差はあるが 両社の格付けの判断基準はほぼ等しいと考えることができる。このように信越化学工業は 市場で高い評価を得ていることが分かり、倒産の確立は極めて低いように市場からも考え られていることが分かる。 第七章 総括 信越化学工業の分析を通して、信越化学工業は特に安全性に優れた企業だということが できる。これは、まず第三章で述べたように非常に高い収益性により多くの利益を上げる ことができ、結果、第五章で示したように利益剰余金を蓄えることによって高い自己資本 比率につなげているのである。 また、このことは、第四章で取り上げた自己資本回転率 があまり高い数字を示さなかった点からもうかがえる。このように信越化学工業は、高い 収益性を自己資本の増加に充てることによって高い自己資本比率を獲得し、借入金といっ た負債を減らすことによって企業の安全性を高めることに成功してきた。また、第六章で 市場の評価を見てみた結果、信越化学工業は格付けの評価でも分かる通り非常に高い評価 を獲得することにも成功している。 ROE の分解において説明してきたように、収益性、安全性においては三菱ケミカルや業界 平均より高い数値であったが、効率性においては低い数値となっていた。したがって、信 越化学工業は高い利益率を強みとし、そこで生みだされた利益が負債依存度を低下させて いる要因となり、安全性においても高い数値を生み出す結果へと繋がった。 今日、リーマンショックの影響で企業の財務の安全性が問われている中、2008 年度の信 越化学工業を見てみると利益こそ若干減少したが、自己資本比率を高めていたので、財務 的にも安全であるといえるだろう。 参考文献 ・伊藤邦雄『ゼミナール現代会計入門 第7版』日本経済新聞社出版社 2008 年 ・桜井久勝『財務会計講義 〈第 10 版〉』中央経済社 2009 年 ・藤井智比佐『決算書 読解力の基本が身に付く 88 の極意』秀和システム 2009 年 ・日本経済新聞社編『日経経営指標〈全国上場会社版〉 』日本経済新聞出版社 2009 年 ・信越化学工業 HP (http://www.shinetsu.co.jp/j/index.shtml) ・三菱ケミカルホールディングス HP (http://www.mitsubishichem-hd.co.jp/) ・SUMCO HP (http://www.sumcosi.com/) ・日立金属 HP (http://www.hitachi-metals.co.jp/) ・ダイセル化学工業 HP (http://www.daicel.co.jp/) ・格付投資情報センターHP (http://www.r-i.co.jp/jpn/)
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