医療メディエーション:患者との対話モデル

医療メディエーション:患者との対話モデル
早稲田大学大学院法務研究科・教授
和田仁孝
医療メディエーションとは、よく誤解されるように紛争解決のみを目的としたものでは
ない。英米圏では、日常的な対話促進と情報共有による人間関係調整のソフトウェアとし
ても活用されており、医療の現場でも、ICや終末期における合意形成のための対話モデ
ル、さらにはスタッフ間のコミュニケーションの改善モデルとしても有効である。
医療メディエーションの本質は、患者と医療者の対話を促し、情報共有を進めることに
より、異なるナラティヴによって構成されている認知の齟齬を埋め、認識の共有化を図る
ことにある。ICの場面で、
「説明したつもり(医療者)」
「わかったつもり(患者)」で、
実は認識がずれているような場合、事故後に、それがミスであると見るか、合併症である
と見るか、医学的知識の有無や日常のナラティヴの影響のもとで異なっている場合、こう
した場面で、医療メディエーターは、自身で評価・判断、意見表明をするのでなく、病院
を背負わない位置で、当事者同士の対話が促進され、相互の認知齟齬が解消されていくよ
う支援する謙抑的な役割を担う。
医療安全との関係では、事故やトラブルの原因のひとつである医療者間のコミュニケー
ションの適切化、患者=医療者間のコミュニケーションの質の向上への貢献を通して、事
故予防の効果を期待できる。また、事故発生後の場面では、ケアを理念とする対話のソフ
トウェアとして、相互の納得形成と関係修復をもたらし、対立的対応では得られない患者
目線も組み入れた安全への示唆をも、その過程で獲得することを可能にしてくれる。
さらには、院内調査を主体とする新医療事故調査制度においても、院内事故調査の結果
について患者側の受容を促進するためにも、調査の全過程を通じた対話の継続が必要であ
り、これも医療メディエーターに期待されるところである。
本講演では、医療メディエーションとは何かについての紹介と、日常診療から事故対応
まで、あるいは予防的医療安全から事故調査まで、医療現場での広範な適応の可能性につ
いて示していくことにしたい。
2016/1/22
医療メディエーション総論
対話による紛争調整
(医療過誤で息子さんを亡くし
本人訴訟で勝訴した佐々木孝子さんの手記)
もし、医療側が真摯に対応してくれていたら
きちんと向き合ってくれていたら
だれも訴訟に訴えたいとは思っていませんでした
私たちが求めているのは
法による解決や賠償金ではなく
事故にかかわった医療者が、人間として
ごく自然に対応してくれることなのです
早稲⽥⼤学⼤学院法務研究科教授
和⽥仁孝
それが満たされないとき、私たちがそうであったように
訴訟に訴えるしかないのです
しかしそこで得られるものは少なく
満たされないまま、さらに多くを喪うのです
Grief としての事故体験

院内メディエーターの役割と背景
医療事故紛争
⼈⾝被害=根源にある感情的問題
⇒受苦体験の克服過程としての事故後⾏動
⇒「怒り=表層の主張」による⽀え
⇒「真相を知る」ことの意義
⇒グリーフ・ケアとしての事故対応
被害者とは誰か?
Copy Right: Y. WADA
従来型の初期対応:⼆項対⽴
コンフリクト状況の特徴
1.怒りは⼆次的感情である。
患者側
医療側
対⽴的構造
構える
病院を背負って
応答がしばしば怒りの燃料補給に・・・
2.表⾯的主張は即答せず、受け⽌めたうえで
問いを返す。
※内容の受けとめでなく、感情の受けとめ
3.トラブル時には情報が貧困
⇒疑念、⼈格攻撃
※情報共有の促進
1
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メディエーション:三極構造
対話促進
患者へのチーム対応としてのメディエーション

医療側
患者側
⽀援
病院を背負って
⽀援
※バレーボールのセッター=メディエーター
アタッカー=医療者側(医師・事務etc.、患者側)
=医療者に代わって患者対応するのではない
信頼
信頼
患者と医療側が向き合う場と対話を支援
=患者対応におけるチーム医療
院内
メディエータ
必須前提
・病院上層部の理解
・公正な調査と正直な姿勢と説明
病院を背負わない
対立する紛争当事者たちに対し、中立第三者としての
メディエーターが当事者をエンパワーすることで対話
を促進し自分たちの手で合意形成へと至らせるしくみ
患者側
家族側
メディエーションの定義と適応
対話
援助
医療者側
援助
信頼
信頼
メディエーター
中立的介入
医療メディエーションの2つのレベル
いずれもソフトウェアとして

役職としてのメディエーター
・患者サポート体制充実加算の条件
・事故後の説明・正直な対話の⽀援
・安全にかかわる苦情時の対話の⽀援

汎⽤対話モデルとしてのメディエーション
(メディエーションorセルフメディエーション)
・IC場⾯での関与
・終末期における関与
・⽇常診療場⾯で
医療メディエーションと中立性

構造的中立でなく、信頼と動態的ケア・不偏性
構造的中立 / 実質的中立 / 過程的中立
・関わる中で構築される患者との過程的信頼が重要
ただし、信頼を基盤に、過程的な不偏性を目指す
・背景としての分け隔てのないケアの理念と姿勢
2
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医療メディエーターの⾏動規範

患者=医療者の直接対話の支援(ケア)
院内医療メディエーターの役割
事実認定機能・・・×
法的賠償機能・・・×
関係調整機能・・・○
事故調査
委員会
事務
顧問弁護士
自身の意見・見解の表明は一切行わない
・原因説明・事実認定などは一切、行わない
・病院改善策の提案などは、一切、行わない
・法的評価、賠償提示などは一切、行わない
患者
偏らない位置を維持
医療者
メディエーション(対話促進・関係修復)
*問いを立て、質問を通して深い情報共有へ支援
*ケア、エンパワーと認知変容の促進
メディエーター
対話促進専門スキル
院内医療メディエーターとは
海外の対応⼈材とメディエーション活⽤
日本
 メディエーターの動きの⼀例
⇒事案の報告・要請
⇒患者との「1対1」対応
⇒医療者への対応、症例検討、確認
⇒メディエーションの設定・実施
(出迎えから記録、⽂書の扱い etc.)
⇒事後フォローアップ
※翌⽇フォロー、週⼀フォロー
=向き合う姿勢を⽰す意義
フランス
イギリス
1. 苦情管理者
呼
称
担い手
メディエーショ
ン活用
義務化
医療対話推進者
病院メディエーター
Mediator Hopital
アメリカ
2. PALS
1. Risk Manager
2. Patient
Advocate
1. 医療職
2. 事務職
1. 医療職
2. 事務職
(Complaint Manager)
(Patient
Advice & Liason Service)
医療職
事務職
福祉職
医療職
いずれも
いずれも
活用(普及過程)
活用
技能として活用あ
り
技能として活用あ
り
診療報酬
配置の法的義務化
配置の法的義務化
兼務
医療機能評価機構プログラムの海外への普及
○台湾:医療者継続教育機関でメディエーター研修モデル導⼊、2013年より普及
○中国:医療⼈⺠調解決委員会の研修プログラムの可能性、2014年夏実施
謝罪と共感表明
3
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謝罪とは何か
情報開⽰と謝罪促進

Sorry Law :ほとんどの州に拡⼤
事故時の共感表明を裁判で過失の証拠としない

責任承認
=謝罪
情報開⽰・謝罪促進の初期対応モデル
事故発⽣⇒共感表明+情報開⽰⇒RCA分析
共感表明
(ミシガン⼤学、レキシントン退役軍⼈、Sorry Works!)
⇒事故時に謝罪しよう!!という動き
⇒その説明・対話にメディエーションを活⽤=ミシガンなど
責任承認:⾃分に⾮があったと認める謝罪
共感表明:不利益を受けた⼈への共感ケア
謝罪とは何か
判例における謝罪の意義


裁判所:
・謝罪をもって過失の証拠などにしない
・判例分析⇒謝罪は慰謝料額の減額要素
(雑誌『医療安全』11~14号)
患者側:
・共感表明は必要
・しかし不⽤意な謝罪をすると紛争誘発

「責任承認」と「共感表明」
1)ミスの場合、速やかに「責任承認謝罪」
2)それ以外:謝罪でなくとも「共感表明」必要
⇒「お詫び」「申訳ない」は誤解を招く。
⇒⾃分⾃⾝の振り返りとしての共感表明
3)プロセスとしての謝罪(点ではない)
(雑誌『医療安全』11~14号)
理論基盤としての社会構成主義
コンフリクトとは
認知齟齬 葛藤、軋轢、対立、紛争
※日本語にすると意味が狭くなる、より広い概念
=二つ以上のものが両立しない状態

社会構成主義
Narrative based Medicine
Narrative Therapy
Narrative Mediation
コンフリクト・マネジメントとは
コンフリクトの管理(予防および対応)
コンフリクトからのフィードバック
=現実(Reality)は、認知的
に構成される。
=媒介としてのナラティヴ
4
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ナラティヴと「ものの⾒⽅」
ナラテイヴ
世界
認知フレーム
経
験
⾔葉
知
識
世
界
観
コンフリクトはなぜ起こるか
患者のナ
ラティヴ
世界
認知フレーム
経
験
出来事
患
者
の
⽇
常
⾔葉
出来
事
事故
医療者の
ナラティ
ヴ世界
認知フレーム
医
学
教
育
医
療
の 経
⽇ 験
常
ナラティヴを通して解釈された「現実」
ナラティヴを通して解釈された「現実」
社会構成主義
社会構成主義
Harvard Law School
Program on Negotiation
IPI分析



交渉と紛争解決についての実践モデル開発
Getting to Yes (『ハーバード流交渉術』)
紛争のIPI分析手法
⇒心理学、社会学、ゲーム理論、文化論
様々な紛争領域(外交、ビジネス、民事紛争)
に適用可能なモデル
IPI分析モデル
Harvard Law School
Program on Negotiation
Getting to Yes by Fisher & Ury
イシュー
患者側
イシュー
医療側
イシュー
争 点
ポジション
メディエーターの役割
・内容には介入しない
ポジション
表面化した多様な対立点
(事実主張//要求主張//感情)
インタレスト
対話促進技法の基本前提
インタレスト
=評価・判断はしない、伝えることも原則しない
=それによって第三の位置(安全地帯)を確保
・プロセスを制御する
=IPI分析で問題克服パスを見出す
=対話技法を用いて、ナビゲートしていく
あくまでメディエーターは黒子
潜在した不可視の欲求
5
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医療メディエーション研修の現場への
貢献
医療の安全
医療の質の向上
メディエーションの汎⽤性と導⼊
(資 料)
医療メディエーション
マインドとスキル
対話⽂化の醸成
患者・医療者関係の構築
院内トラブルの調整・予防
医療メディエーター養成の展開

日本医療機能評価機構・日本医療メディエーター協会研修
受講者数推移 (累計11769名)
現在、募集開始後、間もなく定員が埋まる状況
2003年より医療機能評価機構安全推進協議会教育プ
ログラム部会にて研修プログラム開発に着⼿
3060
2910
(プログラム開発=現⼭形⼤学医学部中⻄淑美准教授)
2189


2004年、試⾏プログラムの実施
(参加RMたちと共同で修正、ご遺族の助⾔)
1620
受講者数
942
2005年以降、⽇本医療機能評価機構にてトレーニン
グ提供開始
664
305

79
数年で加速度的に普及、プログラムの体系化
病院団体、医師会、個別病院等での導⼊研修
2005 2006
⽇本医療機能評価機構・メディエーター協会プログラム
認定対象研修実施組織・団体
公募型研修
病院団体等
各地医師会 自治体
個別施設
日本医療機能評価機構
全国社会保険協会連合会
日本医師会
岩手県
北海道大学附属病院
仙台医療センター
北海道大野病院
坂総合病院
早稲田総研インタナショナル
国立病院機構九州
京都府医師会
新潟県
竹田綜合病院
虎ノ門病院
武蔵野赤十字病院
東京厚生年金病院
日本医療メディエーター協会
国立病院機構近畿
新潟県医師会
千葉旭病院
北里大学病院
東所沢病院
湘南鎌倉病院
福岡市医師会
静岡県立こども病院
諏訪中央病院
国家公務員共済連合会
石川県医師会
新潟県立がんセンター 新潟県立中央病院
名古屋第一赤十字病院 名古屋医療センター
労働者健康福祉機構
岩手県医師会
名古屋第二赤十字病院
岐阜市民病院
掛川市立病院
刈谷豊田総合病院
全国文化厚生農業共同組合
連合会
愛媛県医師会
富山市民病院
国立循環器病センター
福井総合病院
大阪警察病院
全日本民医連
神戸市医師会
和歌山県立医大病院
済生会滋賀県立病院
私立医大医療安全連絡協議
会(東京)
宮崎県医師会
岡山協立病院
島根県立中央病院
鳥取県立中央病院
宮崎潤和会病院
静岡県病院協会
琉球大学附属病院
仲頭病院
沖縄協同病院
ハートライフ病院
大阪府立病院機構
大津市民病院
奈良医療センター
松下記念病院
済生会中央病院
国立病院機構北海道・東北
松本市立病院
相澤病院
奈良県立医大病院
松波総合病院
2007 2008
2009
2010
2011
2012
メディエーションの実践の効果(全体
n=319)
75.2%
日常診療での患者対応の質
72.1%
患者に向き合う姿勢
医療安全の向上
65.2%
職員間のコミュニケーション
64.6%
63.0%
医療紛争解決の質
組織の対話文化向上
61.1%
インフォームドコンセント
59.9%
58.6%
57.4%
苦情・クレームの低減
職員の疲弊感の軽減
55.5%
医療訴訟の減少
38.6%
苦情対応手間時間の削減
20
40
60
80
100%
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2016/1/22
中医協での厚労省提出資料
中医協での厚労省提出資料
中医協で患者サポート体制加算の根拠として示されたのは、医療メディエーター配置の効果
中医協で患者サポート体制加算の根拠として示されたのは、医療メディエーター配置の効果
⽇本医療メディエーター協会の設⽴






医療メディエーター養成プログラムの認証
医療メディエーター認定
認定医療メディエーターの質の向上・研鑽活動
医療メディエーションに関する研究活動
一般市民・患者へのメディエーションの普及・連携
海外医療メディエーション団体等との国際連携
http://jahm.org/index.htm
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