科学を語る人 - JASTJ からのお知らせ

38
No.
2006.3
科学を語る人
渡 辺 政 隆
サイエンティストという英単語の起源は存外新
ところが時代は移り、科学者の仕事は研究こそ
しく、1834年の造語である。造語者は、科学哲学
が本務であり、ポピュラライゼーションに精を出
者としてその名を知られるウィリアム・ヒューウ
すのは邪道であるとの認識が広まった。たとえば
ェル。ここまではわりとよく知られている事実だ
故カール・セーガンですら、科学者として人並み
が、この新造語が生まれた経緯については、それ
以上の業績を上げ、数々の巨大研究プロジェクト
ほど知られていないのではないか。
を主導したにもかかわらず、米国科学アカデミー
サイエンスなる語は、もともとはラテン語の
の会員に選出されることはなかった。また、セー
「知識」を意味する単語から派生した言葉で、それ
ガンの盟友でもあった古生物学者の故スティーヴ
以前から存在していた。ところがそれを実践する
ン・ジェイ・グールド(こちらはアカデミー会員
人々については、必要に応じて、マン・オブ・サ
だった)も、他分野の科学者から、「彼は研究者で
イエンスなどと呼びならわされていたにすぎない。
はなく物書きにすぎない」との陰口をたたかれて
その背景には、当時にあっては、そもそも職業的
いた。
「科学者」がいなかったからにほかならない。聖職
かつてぼくは、グールド本人に、そういう陰口
者を兼務する大学の教授か貴族・富裕階級の趣味
をどう思うかと尋ねたことがある。それに対する
人の知的営為としてとらえられていたからだ。
回答はただ一言、「ジェラシーさ!」だった。そし
ところが、科学の民主化を唱える声が上がり、
て彼は、そうした陰口は有名税として甘んじて受
科学の知識を広めようという動きが高まってきた。
けるが、科学の重要さ、おもしろさを語ることは
そんな中で、件のヒューウェルが一般向けの科学
とても大切なことであり、自分にはその才能があ
書として絶賛した1冊が、メアリー・サマヴィル
る以上、やめるつもりはないとも語っていた。
の著書『物理科学の諸関係』だった。その書評の
昨今、研究者のアウトリーチ活動の重要性が叫
中でヒューウェルは、そのように科学の知識を広
ばれる中で、科学技術者は忙しいから、そういう
める活動をする人、科学について語る人をサイエ
類の仕事は誰か他の人にやらせればいいという声
ンティストと呼ぼうと提唱したのだ。別の言い方
を聞くことがある。そんなときには、サイエンテ
をすれば、広い意味でのサイエンスライターこそ
ィストの本義にもとる発言ですよと切り返すべき
が、サイエンティストの原義だったと言ってよい
なのかもしれない。
かもしれない。
(サイエンスライター)
科学を語る人 ......................................................................1
会員だより 1 「時」が止まった40年ぶりの南極再訪 .........5
例会報告 1 BSE問題とプリオン専門調査会 .....................2
会員だより 2 捨てる .........................................................6
例会報告 2 新型インフルエンザ 正しく怖がることが必要 ..3
会員だより 3 米国サイエンス・ライティング留学記① ...7
例会報告 3 「はやぶさ」の成果と意義 ..............................4
新入会員の自己紹介/事務局だより ..................................8
1
例会報告 1
BSE問題とプリオン専門調査会
山内一也・東大名誉教授(食品安全委員会プリオン専門調査会委員)
年の瀬が迫る12月14日の例会は、山内一也さん
(東大名誉教授)をお招きした。同氏は、1960年
ると考えられているが、それ以外の部位にもプリ
オンが蓄積されると考えるべきだと思う。
代から人獣共通感染症の研究を進めてこられ、現
米国産牛肉輸入に際し、米国で全頭検査を行わ
在は食品安全委員会プリオン専門調査会委員。米
ないまま輸入されることになってしまった。しか
国産牛肉輸入再開問題をにらみ、熱気あふれる講
し、感染のメカニズムがわからない以上、生後20
演を行った。2時間に及んだ講演のポイントを紹
ヶ月以下の牛を検査から除外するなどの月齢によ
介する。
って検査の是非の線引きを行うべきではないと私
は考える。
BSEの対策はどうあるべきか
増えている「トランス・サイエンス」領域問題
2003年7月に内閣府の食品安全委員会が発足し、
私はその中のプリオン専門調査会の委員に任命さ
BSEのように、科学的見地だけでは判断できな
れた。それから現在まで、米国産牛肉輸入問題に
い問題が近年増えている。たとえば原子力発電所
かかわってきた。2004年に安全性の検証作業が始
などで、すべての安全装置が同時に故障した場合、
まったとき、マスコミはすぐに、これを輸入再開
深刻な事故になるということては専門家の意見は
の動きに結び付けたが、調査会としては中立の立
一致している。しかし、「すべての安全装置が同
場を堅持し、検証作業を進めていった。
時に故障する可能性があるか」という問いに対し
BSE(牛海綿状脳症)は科学的に未知な領域が多
ては専門家の意見が分かれてしまう。このように
い疾患だ。起源もわかっていない。データが少な
専門家の意見が分かれる問題に対してリスク評価
く、いまのところ定量的な判断ができず、定性的
をする場合、科学的判断だけでは十分ではなく、
な判断しかできない。プリオンたんぱく質でBSE
技術的判断、社会的判断、政治的判断を合わせた
感染が生じることはわかっているが、どれくらい
総合評価が必要となる。これを「トランス・サイ
のプリオン量があれば感染してしまうかもわから
エンス」領域の問題と呼んでおり、近年増えてい
ない。最近の研究では、かなり微量のプリオン量
る。
でも感染した例が発表されている。脳や脊髄など
米国産牛肉輸入の審議については、どのような
特定危険部位には、プリオンがたしかに蓄積され
データに基づいて議論されたかがオープンになっ
ているので、だれでもアクセス可能だ。しかし、
情報がオープンにされる場所に参加している人、
マスコミなどはそれを知っているが、そのことが
ほとんど報道されていない。科学者が心配してい
ること、疑問を投げかけていることが、一般の人
には十分知らされていないのではないか、と私は
みている。
今後についてだが、私は日本からはBSEの患者
を一人でも出すべきではないと考えている。その
ためには検査を確実に十分に実施することが必要
で、当然コストがかかる。それらはすべて税金で
まかなわれる。BSE問題に対してどう対応するの
がいいのか。最後は、納税者である国民が決める
山内一也・東大名誉教授
2
ことだと思う。
(片桐良一)
例会報告 2
新型インフルエンザ 正しく怖がることが必要
岡部信彦・国立感染症研究所感染症情報センター長
アジアから周辺地域へと鳥インフルエンザの被
害が不気味な拡大をみせ、人間世界に大流行をも
スペインかぜ
(大正年間)
と現代の違い
年
1918年
2004年
世界人口
20億人
63億人
輸送手段
蒸気船と鉄道
ジェット機と自動車
招きし、新型インフルエンザをめぐる動向や対策、
世界伝播時間
4∼11ヶ月
日の単位
課題などをうかがった。
パンデミックパターン
群として移動
同時多発
感染者数
5∼8億人
16∼30億人
患者
2∼5億人
5∼16億人
たらす「新型インフルエンザ」にいつ変化するか、
緊張が高まっている。1月25日の例会は国立感染
症研究所の岡部信彦・感染症情報センター長をお
岡部氏は、世界保健機関(WHO)の西太平洋
地域事務局(フィリピン・マニラ)に勤務したこ
ともある感染症監視の専門家。過去に何度もパン
死亡
(低病原性由来) 4∼5千万人
5百万∼6千万人?
死亡
(高病原性由来) 高病原性ではなかった
2千万∼5億人?
デミック(世界的な大流行)を起こしたインフル
エンザの歴史から説き起こし、特徴的な症状、治
療、予防法などを多角的にわかりやすく語った。
ぼやで消し止める準備を急げ
そろそろ新型の出現期 スペイン風邪と呼ばれた1918年の流行では世界
インフルエンザは30∼40年周期で世界的大流行
で4000万∼5000万人が犠牲になったといわれる。
をくりかえしてきた。通常はインフルエンザ・ウ
今度、新型が登場すると、世界で500万∼6000万
イルスが毎年少しずつ変化する程度なので人間側
人の犠牲者(高い病原性のウイルスの登場では最
に免疫力がつき、大流行には至らない。ところが
悪数億人)が出るとの推計もあり、医療機関への
時折、鳥インフルエンザ・ウイルスが家畜などを
過剰な負担や交通、警察など社会を支える人たち
介して新タイプの人間間で感染するウイルスに変
の大量感染などで大きな社会的混乱や経済的な影
化すると大流行し、「新型インフルエンザ」と呼
響も心配されるという。岡部氏はこうしたことを
ばれる。
踏まえて、「今や大流行に備えて準備を急ぐべき
前回の大流行からすでに35年以上もたち、「そ
段階」と強調した。
ろそろ新型が出現してもおかしくない」といわれ
以前の大流行の時代と比べて、医療のレベルが
る時期にさしかかっているうえ、「新型」の元に
向上していることや、抗インフルエンザウイルス
なる鳥インフルエンザも年を追って流行地域を拡
剤の登場、インフルエンザワクチンの製造能力向
大させている。
上など有利な点もあり、発生初期の早期封じ込め
が鍵をにぎっている。火事にたとえれば、「大火
(世界的大流行)になる前にぼやで消し止められ
る可能性もある」といい、1月に東京で開かれた
日本政府、WHO共催の新型インフルエンザ対策
国際会議では、各国が協調して監視体制を強化す
ることなどが話し合われたことも紹介された。
「ものごとをこわがらなさ過ぎたりこわがり過
ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがること
はなかなかむつかしい」。岡部氏は最後にこの寺
田寅彦の言葉を引用して、社会としての危機管理
▲岡部信彦・感染症情報センター長
の重要性を訴えていた。
(北村 行孝)
3
例会報告 3
「はやぶさ」の成果と意義
的川泰宣・JAXA執行役
2月28日の例会は、宇宙航空研究開発機構
現在、「はやぶさ」は太陽のある方向に「首振
(JAXA)執行役の的川泰宣氏をお招きした。サン
り」をしている状態。わずかながら連絡が取れる
プルリターン探査機「はやぶさ」が昨年11月、小
ようになってきたので、姿勢が回復してきたよう
惑星イトカワに着陸。岩石採取を試みたのはご周
だ。楽観はできないが、燃料のキセノンが残って
知のとおりだ。的川氏は今回の「はやぶさ」のミ
いるので、地球に戻ってくることは可能。その場
ッションを感慨深げに振り返り、その成果と意義
合は2010年6月頃になる。
について語った。
「はやぶさ」が教えてくれたもの
複数個の「金メダル」級成果
海外からは、日本はよくも「はやぶさ」のミッ
「はやぶさ」は世界で初めて電気推進(イオン
ションにチャレンジしたものだと評価される。プ
エンジン)を駆動力として、惑星間を飛んだ。こ
ロジェクトが官僚的にならずに、現場がやりたい
れからはイオンエンジンが駆動力の主役になるの
と思ったことをやることができた。こうした日本
ではないか。
のチャレンジは、少ない予算の中で行われている。
電気推進を使ってのスウィングバイも世界初。
JAXAの予算はNASAの8分の1。計算では、日本が
スウィングバイは実用を重ねてきた技術だったの
探査機を1機打ち上げる間に米国では5機打ち上げ
で、「はやぶさ」の時は心配がなかった。
ることになる。コスト面で効率をよくし、米国が
他にも成果はいろいろある。「はやぶさ」のも
っているカメラでターゲットのイトカワを捕らえ
やらないことに挑むしか、太陽系探査でトップに
なる方法はない。
ながら接近していった。3億キロ先の小惑星を見
管制室は若さで満ち溢れていた。川口淳一郎プ
つけるのは大変なことだ。また、地球からの命令
ロジェクトマネージャー率いる今回の担当者たち
が伝わるには16分もかかるので、自律的な航法の
は平均35歳程度。自分がやりたいと思うミッショ
プログラムを「はやぶさ」に組み込んだ。大変な
ンをやっている人の顔は素晴らしく輝いている。
精度だった。さらに科学的な点では、あらゆる方
みな、科学を好きでやっているから、誰も知らな
向からイトカワを高解像度で撮影することに成功
かったことを自分がいまここで目にしているとい
した。これらすべてが金メダル級の成果だったと
う満足感があったのだろう。短い期間に若い人た
思っている。
ちの成長が目に見えた。宇宙開発で本当に大事な
岩石採取のときは、「はやぶさ」が着地すれば、
コンピューターが弾丸発射の指令を出し、かなら
のは、やりたいという気持ちが自分の中から湧き
出てくること、つまり「内発性」だと思った。
ず弾丸が出るようになっていた。弾丸発射を示す
「はやぶさ」のミッションは、宇宙開発に必要
緑の「WCT」という字
な三要素、「冒険心」「好奇心」「匠の心」のどれ
を見て、スタッフ皆が
をとっても高いものだった。「冒険心」とは、何
拍手した。ところが後
にでも興味をもち自分がやりたいと思うことに挑
でテレメータを確認す
戦する心。「好奇心」とは若者が科学を探究する
ると、発射された形跡
心で、教師や大人たちが点火する。また「匠の心」
がない。原因は、コンピ
とは粘り強いやる気、徹底した学習、そして人と
ューターの指令後にそ
の出会い。創造力の条件だ。
的川泰宣・JAXA執行役
4
れを阻止するバグのプ
これら三つの「心」が、日本をよい国にし、子
ログラムが1行だけ紛
どもたちをよい人間に育てる動機となる。「はや
れ込んでいたことだ。
ぶさ」から学んだことを活かしたい。(漆原次郎)
会員だより 1
「時」が止まった40年ぶりの南極再訪
私の新聞記者生活の原点だった取材現場に、40
シ、船を見物に来る数こそ減ったものの、相変わ
年ぶりにもう一度、立ってみたい。そう思い立っ
らず可愛らしいペンギンのしぐさ…。南極の大自
てやってきた南極への旅も、すでに全日程の三分
然には、心が吸い込まれるような魅力がある。
の二が終わり、いま帰国の途についている。
「40年ぶりの南極はいかがでしたか」。私宛に
30歳の私との不思議な再会感覚
来る友人や知人からメールは、決まってそう書き
出されている。恐らく、その問いには「ずいぶん
正直に白状すると、船が氷海に入り南極の大自
変わりましたよ」という答を期待しているように
然に触れた瞬間から、私の中で突然「時」が止ま
もみえるが、私の答はそうではない。
り、初めて来たときの30歳の私と、40年ぶりに来
正確に言えば「激しく変わったものと、まった
く変わらなかったものと二極分化した」というべ
た70歳の私が渾然一体となってしまったかのよう
な不思議な感覚を何度も味わった。
きなのだろうが、全体の印象をひと言に要約すれ
その間の40年間の私の人生が突然どこかへ消え
ば、私の答は「ちっとも変わっていませんでした
てしまったような感じといったらいいのか。ある
よ」ということになるのだ。
いは、70歳の私と30歳の私が連れ立って旅をして
いる感じといった方がわかりやすいかもしれない
情報環境はすさまじく変化
が…。
こんな感覚は、久しぶりに故郷を訪れたときと
もちろん変わったところを探せば、いくらでも
か、思い出の地を訪ねる「センチメンタル・ジャ
ある。昭和基地は平面的にも立体的にも拡大した
ーニー」には、多かれ少なかれあるものだろうが、
だけでなく、一流ホテル並みの食堂、バー、個室
南極という強烈な舞台が、強烈に「時」を止めて
と生活は驚くほど便利になっている。なかでも、
しまうのだろうか。この感覚は、昭和基地に行っ
情報環境の変化はすさまじいばかりだ。
ても基本的には変わらず、そのうえ夏作業のやり
40年前、私が来たときには電報用紙にカタカナ
で書いてモールス信号で送るほかなかった記事
方が同じなのを見て一層「変わっていないなあ」
との思いが強まったのである。
(柴田鉄治)
が、いまはメールも電話もイ
ンターネットも自由自在。し
かも料金は市内通話なみと、
地球の裏側という距離をまっ
たく感じさせない便利さなの
である。
それにもかかわらず、「ち
っとも変わっていませんよ」
と私がいうのは、それを上回
る圧倒的な大自然の迫力と、
夏の間の建設作業のやり方が
40年前とまったく変わってい
なかったからだ。
白夜の太陽に照らされた氷
山の息をのむ美しさ、氷盤の
上でのんびり昼寝するアザラ
▲テーレン氷河の前に立つ筆者
5
会員だより 2
捨てる
サイエンス・カフェ(科学カフェ)というもの
が日本の各地でも盛んになるのだろうか。
1992年、フランスで始まった「哲学カフェ」
をしてくださるのが堀田さんだったからだ。カフ
ェ・デ・サイエンスという看板を掲げて、去年の
3月から12月までに6回できた。予想の2倍の頻度
(カフェ・フィロ)に習って、1998年、イギリス
だ。2回目からは、堀田研出身で言語の脳科学研
で始まった「科学カフェ」が、ヨーロッパやアメ
究者である東大の酒井邦嘉さんとのコンビで、ゲ
リカで盛んだという。
ストの助けも借りて、回を追うごとに理想的な科
武田計測先端知財団でも、それをやろうではな
学カフェができるようになっていった。日本でや
いかという話が出てきたとき、外国の真似なら、
るのだから、外国でどういうやり方をしているか
したくないと言った。そうは言ったものの、気に
を見て、それをなぞるという考えは、初めから捨
は掛かっているという状態のとき、「現代化学」
ててかかっていた。
の記事に目が留まってしまった。日本にも、科学
堀田さんは、「天才というのは、捨てることの
カフェのようなことをやりたいと言っている人が
上手な人」「脳細胞が年齢とともに死ぬけれど、
あるというのだ。24年間、「現代化学」の編集に
悪いものは捨てるほうがよいのかもしれない」な
携わっていた「編集者」が私の中に住み着いてし
ど、捨てることの大切さをたびたび口にされた。
まったかなーと思われることが、これまでもなに
かにつけてあった。このときも正にそれだった。
写真で「捨てる」修業
考えてみると、この外に財団で今やっている仕事
も、編集者のやることと、ほとんどかわらない。
写真との出合いも「現代化学」と無関係ではな
い。インタビューや座談会の記事に添える写真を
天才は「捨てる」ことが上手
撮っていた。編集者を辞めてから、外国で撮って
きた写真を請われるままに、あるいは、強制的に
「現代化学」の記事は、無署名であったが、誰
見ていただくうちに、下手な写真を見せるのは罪
が書いたかは、すぐ分かったので、早速電話で、
悪であると思うようになった。習えるものなら習
あれは誰なの?と尋ねた。それは、情報・システ
いたいと、偶然入ったのが、「円月撮法」の著者
ム研究機構長の堀田凱樹さんだった。堀田さんに
である写真家、中村友一氏の教室である。写真の
は「現代化学」に執筆したり、座談会に出ていた
極意を説くのが円月撮法である。「写真とは捨て
だいたりしたこと
る芸術である」「撮りたいものを画面いっぱいに
がある。幸い、覚
撮る」ので、トリミングは許されない。撮るとき
えていてくださっ
に、余計なものを捨てなくてならない。他人に見
たので、ことはス
せるべきでない(撮った本人には思い入れのある
ムーズに運んだ。
ものでも、見せられるほうには迷惑な)写真の選
科学者とそうで
ない人たちが一緒
に 、「 科 学 」 を 楽
▲朝の川に浮かぶ船
(リスボン/ポルトガルにて)
6
別も肝心である。このときの「捨てる」には、か
なり勇気がいる。
数年にわたる修行で、写真では、捨てることが、
しく語り合うとい
まだまだとはいえ、ある程度できるようになった
う難しいことが上
つもりだ。家では、次々と買い込む、読んだもの、
手くできたのは、
読む予定のものを含めて、本や雑誌が増え続け、
テーマが「脳」で、
居住空間が狭くなるばかりある。活字の印刷して
脳科学の専門家と
あるものが、どうしても捨てられないで困ってい
して、解説や助言
る。
(三井恵津子)
会員だより 3
連載 米国サイエンス・ライティング留学記①
多様化する科学ジャーナリズム教育
科学で世界をリードしながら、深刻な社会問題
をかかえているアメリカの大学で、科学ジャーナ
プログラムは就職・転職教育
リズムを4年間学んできた。米国の科学系出版社
に就職し、2月から東京オフィスで仕事を始めて
アメリカで体験したジャーナリズム教育は、就
いる。日本の科学技術を英語で発信していこうと
職や転職の準備を主な目的としており、受講者も
思う。ささやかな私の体験を数回書かせていただ
学生と社会人が半々だった。したがって、大学は
くが、お役にたてれば幸いである。
その地域の就職先(新聞社、出版社など)との結
アメリカの大
びつきを強くしている。企業が求める人材や、就
学での科学ジャ
職時に必要なスキルについての情報収集を怠らな
ーナリズム・プ
い。企業とインターンシップで提携し、教授は受
ログラムはいろ
講者が直面する具体的な問題の研究に精を出す。
いろある。カリ
典型的な成功例はリック・ウエイス氏だろう。
フォルニア大学
20代に医療スペシャリストとして病院に勤めてい
(名称は科学コ
たが、思うところあってカリフォルニア大学大学
ミュニケーショ
院のジャーナリズム学部に入学。卒後は地方の新
ン)、ボストン
聞社の科学記者を転々としたが、今はワシントン
大学、ミズーリ
ポスト紙の名科学記者だ。数ある科学ジャーナリ
大学など枚挙にいとまがない。MITのKnight
ズム賞をいくつも受賞するので「賞荒らし」の異
Science Journalism Fellowshipは、中堅科学ジャ
名もある。
▲ニューヨークでの筆者
ーナリストの再教育向けで、日本からの参加者も
留学中に学んだエッセンスは「題材がもつメッ
かなりの数になる。ジャーナリズムの名門校、コ
セージを、読者が読みたくなるトーンで、いかに
ロンビア大学、ノースウエスタン大学には科学ジ
効果的に伝えられるか」につきると思う。ハリウ
ャーナリズムコースが設けられているし、分野別
ッド映画漬けのアメリカ人読者を飽きさせないよ
ではウイスコンシン大学の農業ジャーナリズム、
うに、エッセー風の科学記事には「遊び心」が盛
ニューヨーク大学の環境ジャーナリズムもよく知
り込まれている。批判的な記事にはアイロニーま
られている。
じりのジョーク
も入っている。
英文執筆の基礎から学ぶ
楽しい記事と思
って読み進める
留学を決めると、アメリカに飛んで数校を下見
と、痛烈な科学
した。シカゴ近郊のノースウエスタン大学では、
技術批判を読ま
「TOEFLで満点がとれないと無理」と入学を丁重
に断られた。そこで方向転換し、イースタンミシ
ガン大学大学院のWritten Communication学科の
Professional
Writing専攻に入学、英文執筆の基
されていたりす
る。
使った教科書で印象的なもの2点を挙げよう。
『The Best American Science and Nature Writing』
礎から学んだ。2年後、西海岸のサンディエゴに
(Houghton Mifflin Company刊)は「遊び心」や
引っ越し、カリフォルニア大学サンディエゴ校
「アイロニー」が満載。『A Field Guide for Science
(UCSD)で、サイエンス・ライティングや生命
Writers』(米科学ライター協会刊)を読むと、大
倫理を学ぶ一方、フリーランスとしてOJTの経験
学のプログラムでどのようなトピックスが学ばれ
も積んだ。
ているかがわかる。
(舘野佐保)
7
新入会員の自己紹介
●松田 智(時事通信社 社会部科学班記者)
●近藤 龍治(㈱コスモ・ピーアール
初めまして。1990年度に時事通信に入社し、外国経
済部、浦和支局、警視庁クラブなどを経て2000年度に
科学技術庁担当、01年度から科学全般を担当していま
す。宇宙の始まり、地球の始まり、生命の始まり、人
間の始まりに関心があります。科学技術コミュニケー
ションの充実にも微力ながら貢献したいと思いますの
で、よろしくお願いします。
PR会社で、企業・団体の広報の仕事に携わっていま
す。これまでの顧客の多くは日本の製造業で、ものづ
くりには興味がありました。現在は医薬品や医療機器
など医療にかかわる広報が多く、いずれも科学と技術
の知識や情報が欠かせません。また科学と倫理といっ
た問題にも関心があります。勉強したいと思いますの
で、よろしくお願いします。
●米本 智仁(羊土社 バイオテクノロジージャーナル編集部)
●小林 哲(朝日新聞科学医療部記者)
科学を専門家だけに通じる言語ではなく、誰にでも
わかる言葉にできないかと考えています。現在は専門
家を対象とした雑誌の製作をしていますが、今後はよ
り広い対象に科学技術の動向を伝えていけるようにな
りたいと思います。
記者歴10年、科学記者としては5年目の若輩者です。
昨夏に北京留学から戻り、経産省クラブで原子力を担
当しています。理系の大学院で科学技術政策を専攻し
たちょっと変わった専門性を生かしつつ、中国通の科
学記者を目指しています。
アカウント・ディレクター)
事務局だより
■ 国際交流の動き
■ 会費未納の方にお伝えします
前号でもお伝えしましたフィンランドの科学技術
と社会を知るための企画として、まずは4月の月例会
として、4月27日(木)にフィンランドセンターのヘ
イッキ・マキパー所長をお呼びして、日本記者クラ
ブで開催いたします。通訳あり。お楽しみに。
3月末現在、2005年度の会費が未納の方には、別途、
お知らせいたしますので、どうぞ指定の口座に会費
を振り込みください。新年度(2006年度)の会費は、
総会(5月予定)後に改めて請求いたします。
■ 名簿を配布します
懸案だった会員名簿がようやく整い、この号の発
行と同じ時期に皆さんにお届けいたします。個人情
報の保護が必要な時代です。会員だけに限って配布
する名簿ですので外部には決して出すことなく、会
員相互の信頼に支えられるようにしてください。
■ PCST−9に参加しませんか
韓国のソウルで 5月17−20日、The 9th International
Conference on Public Communication of Science and
Technology が開催されます。メインテーマは Scientific
Culture for Global Citizenship。日本からの参加者も
多いようです。詳細はwww.pcst2006.org/main.asp を
のぞいてください。
新刊紹介
BOOKS
会員の
「環境問題の基本がわかる本」
門脇 仁著(秀和システム・1200円・06年2月刊)
類書が多いなかで、地球との共生と持続可能な発展を副題とす
る本書は、丁寧な解説が特徴だ。ポケット図解というように、豊
富なイラストや図表が役に立つ。環境ジャーナリストの広い視野
が生かされており、巻末付録
(年表、資料など)
も有益。
(K)
「続・現代病のカルテ」
信濃毎日新聞社編集局編(信濃毎日新聞社・1200円、06年3月刊)
「腰の痛み」
「肩のこりと痛み」
「不整脈」など7つの現代病につい
て、飯島祐一会員が長野県のベテラン医師にインタビューしてま
とめた。医師に多くの質問をぶつけ、わかりやすい答えを引き出
している。イラストが多く、理解を助けている。
(K)
・ 「会員だより」を楽しみにしている読者も多いことでしょう。今号には、柴田さんの南極レポートが異
彩を放っています。舘野さんの連載記事(新企画)にもご注目ください。三井さんの写真、この会報の
印刷では芸術性を十分に表現できないのが残念です。
・「会員だより」はすべての会員に開かれたコラムです。書きたいテーマがあれば、遠慮なくご一報く
ださい。旅行記、時事評論、提言、エッセー、思い出など何でも結構です。約1400字、写真1枚付きが
目安です。メールで送ってください。次号の締め切りは5月末です。
・5月にソウルで開かれるPCST−9は、世界の科学コミュニケーションの動向を知るよい機会です。
WCSJ(科学ジャーナリスト世界会議)よりは学術的な発表が多いが、世界の科学ジャーナリストの参
加も多いので、交流には絶好でしょう。参加しませんか。
(賢)
編集
後記
写真撮影者(数字は掲載ページ) 片桐良一(2、3)
、漆原次郎(4)
、柴田鉄治(5)
、三井恵津子(6)
、舘野佐保(7)
編集・発行
日本科学技術ジャーナリスト会議
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