非共振型誘電体導波管スロットアンテナの開発

技術時報 2008 No.20
非共振型誘電体導波管スロットアンテナの開発
Development of the Non-Resonant Dielectric Waveguide Slot Antenna
佐野 和久
伊藤 一洋
研究開発センター
次世代の無線通信機器の高周波化や広帯域化に対応できるアンテナとして非共振型誘電体導波管スロットアンテ
ナの開発を行った。この新しいアンテナは誘電体導波管上のスロットにインピーダンス変換器として動作する放射
板を組み合わせることで、26GHz 帯において 7GHz 以上の広帯域特性を得ている。さらに、このアンテナ構造は放射
板の表面形状を変えることで指向性を制御することが可能で、高選択度の誘電体導波管フィルタとの一体化も容易
であるという特徴を持つ。
The non-resonant dielectric waveguide slot antenna capable to wireless equipments of next generation that tend to use higher frequency
and wide band has been developed. This new antenna has wide band operation range of over 7GHz at 26-GHz band by combining a
transverse slot on the metalized dielectric waveguide with a radiating plate serving as an impedance transformer. Furthermore, this antenna
structure can control the antenna directivity by changing the shape of the surface of the radiating plate, and has distinction that can be
integrated with the dielectric waveguide filter having sharp selectivity.
1.まえがき
る 折 衷 案 的 な ア ン テ ナ 構 造 も 報 告 さ れ て い ま す [3]。し
アンテナは自由空間中の電磁波と伝送線路(マイク
かしながら、単純な構造による単素子の誘電体導波管
ロストリップ、同軸線路、導波管など)との間のエネ
スロットアンテナは過去に実現されたという報告はあ
ルギー変換器と考えられます。ある媒質中を伝搬する
りません。本稿では、広帯域特性の実現のために新た
エネルギーを他の媒質中を伝搬するものに変換するた
に考案した非共振型誘電体導波管スロットアンテナを
めには、モード変換とインピーダンス変換を同時に行
いくつかの試作結果と共に紹介いたします。
う必要がありますが、ダイポールアンテナやマイクロ
ストリップアンテナを含む多くのアンテナは素子を共
振させることでモード変換とインピーダンス変換を
行っています。
2.基本構造と動作原理
( 1) 従 来 の ア ン テ ナ 構 造
図 1は 誘 電 体 導 波 管 ス ロ ッ ト ア ン テ ナ の 一 例 を 示 し
中空導波管や誘電体導波管にスロットを設けて構
た物です。この構造は誘電体表面に導体膜を形成して
成する導波管スロットアンテナは近年の無線通信機器
作られる誘電体導波管の短絡端から半波長程度の位置
の高周波化に適合できるアンテナですが、このアンテ
に横方向スロットを設け、これにスロット板と名付け
ナも半波長程度の長さのスロットを共振させて動作さ
られた導体板を組み合わせています。スロット板上に
せ る の が 従 来 の 考 え 方 で す [1][2]。こ う い っ た ア ン テ ナ
も誘電体導波管と同じ形状のスロットが設けられてお
素子を共振させて動作させる共振型のアンテナは動作
り、誘電体導波管に与えられた入力信号はスロットを
帯域幅が狭くなってしまいます。特に誘電体導波管ス
ロットアンテナの場合、スロットの共振特性が鋭いも
スロット板
のになるため、狭帯域特性が顕著であるうえ、誘電率
の高い材料を用いるほど狭帯域になる傾向があります。
誘電体導波管
一般的に導波管スロットアンテナは多数のスロッ
トアンテナ素子を配置するスロットアレーアンテナの
構成で用いられることが多く、この場合、多数の共振
素子が帯域幅を広げる効果があり、スロットアンテナ
単体の狭帯域特性は問題にならなくなります。また、
誘電体導波管スロットアンテナ単体の狭帯域特性を改
善するために、導波管内の一部だけを誘電体で充填す
入力
図 1. 誘 電 体 導 波 管 ス ロ ッ ト ア ン テ ナ
1
非共振型誘電体導波管スロットアンテナの開発
介して自由空間に放射されます。
2.12
この誘電体導波管スロットアンテナのリターンロ
ス を 電 磁 界 シ ミ ュ レ ー タ( Ansoft 社 HFSS Ver.11)で 計
3.62 4.5
算 し た 例 を 図 2に 示 し ま す 。 こ の 計 算 に お い て 、 誘 電
体 導 波 管 は 比 誘 電 率 4.5 の 材 料 で 作 ら れ 、 そ の 断 面 寸
法 は 4.5mm×2.5mm と し ま し た 。 計 算 モ デ ル の 寸 法 値
r = 4.5
は 図 3お よ び 表 1に 示 す と お り と な っ て い ま す 。図 2の
t = 2.5
1
図 3. 計 算 し た ア ン テ ナ の 寸 法 値
計算特性を見ると分かるように、このアンテナはス
ロットを共振させて動作させているため、ごく狭い帯
域しかインピーダンス整合が取れません。リターンロ
表 1. ア ン テ ナ の 計 算 モ デ ル の 寸 法 値
ス が 10dB 以 上 と な る 帯 域 幅 は 300MHz 程 度 で 、 比 帯
構成要素
域 に す る と 1.2%未 満 と な り ま す 。こ の よ う な 狭 帯 域 特
寸 法 値 W×H×T (mm)
性では、所望の共振周波数を得るためには、アンテナ
誘 電 体 導 波 管 ( r =4.5)
の各部寸法を厳密に制御する必要があります。また、
スロット
実装時に周辺環境により共振周波数が変動することも
スロット板
4.5 ×
L
× 2.5
3.62 ×
1
× 0.55
30 × 30 × 0.55
考えられますので実用性がありません。
Return Loss (dB)
0
誘電体導波管
電界
入力
10
磁界
図 4. ス ロ ッ ト 上 の 電 磁 界
20
30
放射板
スロット板
40
誘電体導波管
50
20
22
24
26
28
30
32
Frequency (GHz)
図 2. 従 来 型 ア ン テ ナ の リ タ ー ン ロ ス
入力
( 2) 非 共 振 型 ア ン テ ナ の 構 造
図 5. 非 共 振 型 誘 電 体 導 波 管 ス ロ ッ ト ア ン テ ナ
ここで改めて誘電体導波管のスロットについて考
えてみます。誘電体導波管の広壁に設けられた横方向
の ス ロ ッ ト に 現 れ る 電 界 と 磁 界 の 方 向 は 図 4に 示 す よ
0
うにスロットの長手方向に対し、それぞれ垂直および
の電磁界と一致するため、モード変換の必要がありま
せ ん 。残 る の は イ ン ピ ー ダ ン ス 変 換 の 問 題 で す 。ス ロ ッ
トを共振させてインピーダンス変換を行うと狭帯域特
性になってしまうので、スロットを共振させずイン
ピーダンス変換ができれば問題は解決します。この目
的 の た め に 図 5の よ う な ア ン テ ナ 構 造 を 検 討 し ま し た 。
Return Loss (dB)
平行になります。これは自由空間中を伝搬する平面波
10
20
30
40
この構造は導体板を2枚にし、放射板と名付けた外側
の導体板に厚みを持たせています。さらにこの放射板
上に設けたスロットは誘電体導波管上のスロットより
も横長になっています。この放射板上のスロットは中
空導波管線路として見なすことができ、放射板の厚み
50
20
22
24
26
28
30
32
Frequency (GHz)
図 6. 非 共 振 型 ス ロ ッ ト ア ン テ ナ の リ タ ー ン ロ ス
2
非共振型誘電体導波管スロットアンテナの開発
を 4 分の 1 波長程度にすることで、インピーダンス変
換器として動作し、誘電体導波管上のスロットと自由
空間のインピーダンス整合を取ることができます。こ
の放射板を付け加えたアンテナ構造のリターンロス特
性 を HFSS で 計 算 し た 結 果 を 図 6に 示 し ま す 。 計 算 モ
デ ル の 寸 法 値 は 図 7お よ び 表 2に 示 す と お り と な っ て
い ま す 。 こ の 計 算 結 果 で は リ タ ー ン ロ ス が 10dB 以 上
と な る 周 波 数 範 囲 は 、 22.2GHz か ら 29.5GHz と 7GHz
以上の帯域が得られています。これは比帯域にして
28%以 上 で あ り 、 こ の ア ン テ ナ が 極 め て 広 帯 域 に 動 作
図 8. 試 作 し た 基 本 ア ン テ ナ の 写 真
することが分かります。
0
Gain
4 4.5
12
r = 4.5
t = 2.5
1
Gain (dBi)
0
5
-10
10
-20
15
-30
20
-40
Return Loss
-50
1.6
図 7. 計 算 し た 非 共 振 型 ア ン テ ナ の 寸 法 値
25
Return Loss (dB)
10
3.3
30
-60
35
20
22
24
26
28
30
32
Frequency (GHz)
表 2. 非 共 振 型 ア ン テ ナ の 計 算 モ デ ル の 寸 法 値
構成要素
誘 電 体 導 波 管 ( r =4.5)
寸 法 値 W×H×T (mm)
4.5 ×
スロット1
4
×
L
× 2.5
1
× 0.55
図 9. 基 本 ア ン テ ナ の 周 波 数 特 性
( 2) 5.2GHz 帯 ア ン テ ナ
この非共振型誘電体導波管スロットアンテナの基
本構造は、放射板を厚くすることで、もっと低い周波
スロット2
12 × 1.6 × 2.2
数 帯 で も 適 用 可 能 と な る は ず な の で 、5.2GHz 帯 の ア ン
放射板
30 × 30 × 2.2
テ ナ の 試 作 も 行 い 、そ の 動 作 を 検 証 し ま し た 。図 10に
試 作 し た 5.2GHz 帯 ア ン テ ナ の 写 真 を 示 し ま す 。
3.アンテナの試作
( 1) 26GHz 帯 ア ン テ ナ [4 ]
非共振型誘電体導波管スロットアンテナの動作を
検証するために試作と測定を行いました。断面寸法
4.5mm×2.5mm の 人 工 水 晶 (  r =4.5) の 表 面 に 厚 膜 の 銀
電 極 を 形 成 し 誘 電 体 導 波 管 と し 、 FR4 製 プ リ ン ト 基 板
によるスロット板とアルミ製放射板を組み合わせまし
試 作 ア ン テ ナ は 高 誘 電 率(  r =21)の 誘 電 体 セ ラ ミ ッ
ク ス を 断 面 寸 法 10mm×4mm に 加 工 し 誘 電 体 導 波 管 と
しました。インピーダンス変換スロットの大きさは
40mm×3mm×16.2mm と な っ て い ま す 。基 本 構 造 は 前 述
の 26GHz 帯 ア ン テ ナ と 同 じ で す が 、26GHz 帯 で は イ ン
ピ ー ダ ン ス 変 換 ス ロ ッ ト の 長 さ が 2.3mm で あ っ た の
に 対 し 、5.2GHz 帯 で は ス ロ ッ ト 長 が 16.2mm と 、か な
た。
試作品の外観写真と周波数特性の実測値をそれぞ
れ 図 8と 図 9に 示 し ま す 。こ の ア ン テ ナ の 入 力 は 中 空 導
波管−誘電体導波管変換を用い金属性導波管を背面に
接続するようになっており、実測特性は中空導波管か
ら誘電体導波管への変換部を含んだ特性となっていま
す 。23GHz か ら 29GHz ま で の 周 波 数 範 囲 で リ タ ー ン ロ
ス が 13dB 以 上 で 、ア ン テ ナ 利 得 も ほ ぼ 平 坦 で 6dBi 程
度となりました。この実測結果により、期待通りの広
帯域特性が得られていることが確認できました。
図 10. 5.2GHz 帯 ア ン テ ナ の 写 真
3
非共振型誘電体導波管スロットアンテナの開発
り長くなっているため、開口部分は「放射板」と言う
よりは「放射ブロック」と表現すべき形状になってい
ます。
4.利得と指向性の制御
前項の試作結果から分かるように、このアンテナ構
造 で は 6~7dBi 程 度 の ア ン テ ナ 利 得 が 得 ら れ ま す 。た だ
5.2GHz 帯 ア ン テ ナ の リ タ ー ン ロ ス 特 性 を 図 11に 示
しアプリケーションによっては、さらに高いアンテナ
します。このアンテナの場合、動作周波数の比帯域幅
利得を必要とすることや、ビーム幅を広くしたり狭く
は 11.5%程 度 に な っ て い ま す 。 26GHz 帯 ア ン テ ナ に 比
したりすることを必要とする場合があります。こう
べ誘電体導波管に誘電率の高い材料を用いているため、
いった要求に対応し、利得や指向性の制御を行うため
インピーダンス整合の得られる帯域が狭くなっていま
には、アンテナ素子を多数配置したアレーアンテナに
す。しかなしながら、一般的なマイクロストリップア
するのが一般的な手法ですが、複雑な給電回路が必要
ンテナやダイポールアンテナ等よりは広帯域な特性が
となり、これにより損失も増大するという短所もあり
得られていると言えます。
ま す 。そ こ で ア ン テ ナ の 放 射 素 子 を 単 素 子 に し た ま ま 、
図 12は こ の ア ン テ ナ の 放 射 パ タ ー ン を 示 し ま す 。ア
ン テ ナ 利 得 は 6dBi と な り 、垂 直 面 内( 偏 波 面 )に 広 い
指向性を持つ特性となっています。
利得や指向性の調整を行う手法を検討しました。
本稿で検討している誘電体導波管スロットアンテ
ナの構造は、スロットを一次波源として電磁波が放射
されるのに伴い、放射板上に高周波電流が流れ、放射
板表面が二次波源となります。放射板上からの電磁波
0
の 放 射 の 様 子 を 把 握 す る た め に 、 HFSS で 放 射 板 上 の
Return Loss (dB)
5
電 界 強 度 分 布 を 計 算 し た 結 果 を 図 13に 示 し ま す 。こ の
10
計 算 モ デ ル で は 放 射 板 の 大 き さ を 30mm×30mm と し 、
15
その中央にスロットが配置されています。図中の白い
20
部分が電界強度の強い場所で、強度が低下するにつれ
25
暗い色調で表現されています。当然のことながら、中
30
央のスロットの部分が電界強度最大になっていること
Measured
Simulation
35
が観測できます。さらにスロットの上下に電界強度の
強い部分が現れていますが、この部分からの放射はス
40
4
4.2 4.4 4.6 4.8
5
5.2 5.4 5.6 5.8
6
Frequency (GHz)
図 11. 5.2GHz 帯 ア ン テ ナ の リ タ ー ン ロ ス
0
330
10
5
30
0
300
60
-5
図 13. 放 射 板 上 の 電 界 強 度 分 布 ( 26.5GHz)
-10
270
90
-15
240
210
Vertical(Meas.)
Vertical(Simul.)
Horizontal(Meas.)
Horizontal(Simul.)
120
150
180
図 12. 5.2GHz 帯 ア ン テ ナ の 指 向 性
(a)
(b)
図 14.放 射 板 の 例 (a)凹 み を 設 け た 形 状 (30mm×30mm)
(b)3 ヶ 所 を 肉 厚 に し た 形 状 (30mm×40mm)
4
非共振型誘電体導波管スロットアンテナの開発
ロットからの放射に対し逆位相となっているため、一
次波源であるスロットからの放射を打ち消し、アンテ
ナ利得を低減させるように作用します。そこで、アン
テ ナ 利 得 を 上 げ る た め に は 図 14(a)に 示 す よ う に 、放 射
板上の電界が逆位相になる部位を除去する構造が有効
に な り ま す 。ま た は 図 14(b)の よ う に ス ロ ッ ト の 周 囲 と
スロットから1波長程度離れた部分の3カ所のみを肉
厚にするような放射板の構造も考えられます。
実際に放射板の表面が単なる平板になっている場
合と、放射板に凹凸を設けた場合のアンテナ利得をシ
ミ ュ レ ー タ で 計 算 し 比 較 し た 結 果 を 図 16に 示 し ま す 。
放射板に凹みを設けた場合は、放射板が平板の場合よ
り も 最 大 5.3dB の 利 得 の 改 善 が 得 ら れ る と い う 結 果 が
(a) 平 板 放 射 板
得 ら れ て い ま す [5]。
な お 図 14(b)の 放 射 板 形 状 は 25GHz~28GHz の 利 得 を
11dBi 以 上 に な る よ う に し 、 水 平 方 向 の 指 向 性 が な る
べく広くなるように設計されたものです。目標の利得
と指向性を得るために放射板の面積が他よりも若干大
き く 、 30mm×40mm と な っ て い ま す 。
放射板形状によってアンテナの放射パターンがど
のように変化するか確認するために3種類の放射板形
状 の 放 射 パ タ ー ン を HFSS で 計 算 し た 結 果 を 図 15に 示
し ま す 。 こ の 計 算 に お い て 、 放 射 板 は XY 面 に あ り 、
スロットの長手方向が X 軸と一致するように配置され
て い ま す 。凹 み を つ け た 図 14(a)の 放 射 板 で は 、垂 直 方
向 (Y 軸 方 向 )の 指 向 性 が 大 き く 狭 め ら れ 利 得 が 上 が っ
て い る こ と が 分 か り ま す 。ま た 、図 14(b)の 3 カ 所 が 肉
厚 と な っ た 放 射 板 形 状 で は 、よ り 水 平 方 向( X 軸 方 向 )
(b) 凹 み 付 き 放 射 板
の指向性が広がっていることが分かります。
14
Gain (dBi)
12
10
8
6
4
凹み付
3ヶ所肉厚
平板
2
0
23
24
25
26
27
28
29
Frequency (GHz)
図 16. 放 射 板 形 状 に よ る 利 得 の 差 異
5 . 非 接 触 結 合 に よ る 実 装 構 造 [6 ]
準ミリ波帯以上の高い周波数帯では部品を実装す
るのは困難な課題です。部品自体の性能が高くても実
(c) 3 カ 所 の 肉 厚 部 を 持 つ 放 射 板
図 15. 放 射 板 形 状 に よ る 放 射 パ タ ー ン の 違 い
装構造に問題がありインピーダンス整合が取れなく
ます。誘電体導波管をプリント配線板上に実装する際
なったり放射損失が大きくなったりします。また実装
にも、上記のような問題は避けて通れませんが、独自
時の位置ずれによる特性バラツキも大きな問題となり
の実装構造を開発し、良好な性能を得ることができる
5
非共振型誘電体導波管スロットアンテナの開発
よ う に な り ま し た 。図 17は そ の 構 造 を 示 し た も の で す 。
6.アンテナとフィルタの統合
プリント配線板上に形成されたマイクロストリップは
誘電体導波管による共振器は一般的な同軸型の誘
パッチアンテナ状の結合パターンで終端されており、
電体共振器よりも高いQ値が得られることから、これ
誘電体導波管の底面にも同様なパターンが形成され、
を利用した誘電体導波管フィルタの研究が行われてき
両者が仲介板を介することで、ひとつのキャビティに
て い ま す [7]。当 社 で も 独 自 の 入 出 力 構 造 を 備 え た 誘 電
収容され、対向して配置されます。二つの結合パター
体導波管フィルタを開発し製品化も行っています
ンの間で電磁界結合が生じ、これにより非接触のマイ
[6][8]。例 え ば 無 線 通 信 機 の RF フ ロ ン ト エ ン ド で は ア
クロストリップ−誘電体導波管変換が実現できます。
ンテナ直下に低損失で高選択度のフィルタを必要とす
図 18に 非 接 触 結 合 構 造 の 実 測 特 性 を 示 し ま す 。こ の
る場合がありますが、誘電体導波管スロットアンテナ
測 定 で は 、 断 面 寸 法 4.5mm×2.5mm の 水 晶 製 導 波 管 の
は高選択度のフィルタとの一体化が容易に行えるとい
長 さ を 36mm と し 、 そ の 両 端 に 非 接 触 結 合 構 造 を 設 け
う利点があります。
マイクロストリップに変換し、伝送特性と反射特性を
図 19は ア ン テ ナ と フ ィ ル タ の 統 合 を 示 し た 概 略 図
測 定 し て い ま す 。 周 波 数 特 性 を 見 る と 、 23GHz か ら
です。この図では誘電体導波管にアイリスと呼ばれる
29GHz 程 度 の 伝 送 帯 域 が 得 ら れ て い る こ と が 分 か り ま
不連続部を設けることで6つの共振器が形成されてい
す。この動作帯域幅は誘電体導波管スロットアンテナ
ます。左から3番目の共振器にスロットが設けられて
の動作帯域幅とほぼ一致する広帯域な特性と言えます。
おり、このスロットに放射板のインピーダンス変換ス
この実装構造では、マイクロストリップと誘電体導
ロットを組み合わせることで、スロットがアンテナと
波管の結合パターンは接触が不要なため、過酷な環境
して動作します。
下でも接触部の不良により電気特性が劣化する心配が
フィルタとしての動作を説明すると以下の通りに
ありません。また、結合部がキャビティに収容されて
なります。右端の導波管ポートからの入力は4つの共
いるため、放射損を抑えることができます。
振器を経てスロットポートに出力されるので、この経
路によるフィルタ特性は4素子の帯域通過フィルタと
なります。さらに左端の2つの共振器とスロットの間
誘電体導波管
の経路は短絡終端分岐路となっており、この経路によ
り2つの減衰極を生じることができます。このような
スペーサ
共振器を主線路の外に配置し減衰極を生じさせる構造
はフィルタの減衰特性を向上させることができます
[9][10]。
ビアホール
1
2
3
4
5 6
マイクロストリップ
図 17. 非 接 触 結 合 構 造 の 概 略 図
(a) 底 面 図
Magnitude (dB)
0
-5
短絡分岐路
S21
主線路
入力
導波管ポート
-10
-15
-20
出力
スロットポート
S11
-25
-30
(b) 側 面 図
-35
図 19. フ ィ ル タ と ア ン テ ナ の 統 合
-40
20
22
24
26
28
30
32
Frequency (GHz)
図 18. 両 端 を 非 接 触 結 合 に し た 誘 電 体 導 波 管 の 特 性
実 際 に 図 19の よ う な 共 振 器 と ス ロ ッ ト の 構 成 に 、非
接触結合構造を組み合わせてフィルタ統合型誘電体導
波 管 ス ロ ッ ト ア ン テ ナ を 試 作 し た 例 を 示 し ま す 。図 20
は試作品の構成を示した概略図です。誘電体導波管に
6
非共振型誘電体導波管スロットアンテナの開発
は 断 面 寸 法 4.5mm×2.5mm の 人 工 水 晶 を 用 い 、 そ れ に
こ の 試 作 品 で は フ ィ ル タ の 通 過 帯 域 を 25GHz ∼
FR4 製 ス ペ ー サ (t=0.2mm)に 半 田 付 け し て い ま す 。さ ら
28GHz と し て お り 、帯 域 外 の 減 衰 特 性 を 向 上 さ せ る た
に ア ル ミ 製 ケ ー ス に 固 定 さ れ た FR4 製 の 実 装 基 板
め 24.9GHz と 29.1GHz に 減 衰 極 を 生 成 す る よ う に 設 計
(t=0.3mm) 上 に 誘 電 体 導 波 管 の 半 田 付 け さ れ た ス ペ ー
されています。同軸コネクタを除いた放射板の大きさ
サをネジ留めで固定し、誘電体導波管と実装基板上の
は 30mm×50mm と な っ て い ま す 。試 作 品 の ア ン テ ナ 利
マイクロストリップは非接触で結合しています。試作
得 と リ タ ー ン ロ ス の 周 波 数 特 性 を 図 22に 示 し ま す 。ま
品 の 写 真 を 図 21に 示 し ま す 。
た 水 平 面 内 お よ び 垂 直 面 内 の 指 向 特 性 を 25GHz,
26GHz, 27GHz, 28GHz の 4 つ の 周 波 数 で 測 定 し た 結 果
ケース&放射板(アルミ)
を 図 23に 示 し ま す 。こ の ア ン テ ナ は 動 作 帯 域 内 で は 周
波数に関わらず指向性が変化しないことが特徴であり
実装基板(FR4)
UWB な ど の ア プ リ ケ ー シ ョ ン に 適 し て い る と 言 え ま
す [5]。
スペーサ(FR4)
0
誘電体導波管
330
300
(a) 前 面
(b) 背 面 お よ び 構 成 部 材
図 20. フ ィ ル タ 統 合 型 ア ン テ ナ 試 作 品 の 構 成
270
0
-5
-10
-15
-20
-25
-30
30
60
90
25GHz
26GHz
27GHz
28GHz
240
210
120
150
180
(a) 水 平 面 内
0
330
図 21. フ ィ ル タ 統 合 型 ア ン テ ナ の 試 作 品
Gain(Meas.)
Gain(Simu.)
300
Reflection(Meas.)
Reflection(Simu.)
270
Gain & Reflection (dB)
0
0
-5
-10
-15
-20
-25
-30
30
60
90
-5
-10
-15
240
-20
-25
210
-30
-35
25GHz
26GHz
27GHz
28GHz
120
150
180
-40
(b) 垂 直 面 内
-45
図 23. ア ン テ ナ の 指 向 特 性
-50
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
Frequency (GHz)
図 22. フ ィ ル タ 統 合 型 ア ン テ ナ の 利 得 と 反 射 特 性
7
非共振型誘電体導波管スロットアンテナの開発
7.むすび
非共振型誘電体導波管スロットアンテナについて
いくつかの試作結果と共にその基本的性質を紹介しま
した。このアンテナは単素子で広帯域特性を実現でき
るということが大きな長所ですが、実装方法にも注目
すべきだと思います。例えば、誘電体導波管のアンテ
ナ素子を他の電子部品と共にプリント配線板上に搭載
し 、無 線 端 末 の 筐 体 に 小 さ な ス ロ ッ ト を 設 け る だ け で 、
スロットを設けたその筐体全面がアンテナ(放射板)
として動作することになります。給電線路からの不要
な放射は存在せず、特別なシールドをしなくても他の
部品との電磁的干渉がありません。こういった特性は
既 存 の ア ン テ ナ で は 実 現 が 難 し く 、数 十 GHz 以 上 の 周
波数帯で特に有用です。
ここで紹介した非共振型誘電体導波管スロットア
ンテナが次世代の無線機器に幅広く利用されていくこ
とを期待いたします。
参考文献
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