パニック障害

精 神 科 読 本 1:『パニック障 害 』
川谷医院、株式会社精神医療相談室ドンマイ:川谷大治
Ⅰ パニック障害panic disorderとは
パニック障害とは,かつては不安神経症と呼ばれていました(精神科読本シリーズ神
経症を参照)。「客観的には発作を起こす人の状況や環境に危険が存在しないのに不
安が生じ,同時に頻脈 ,動悸 ,発 汗,胸 痛 ,窒息感,呼吸 促迫 ,めまい感 ,頻尿など
の身体症状を伴い,非現実感(離人感あるいは現実感喪失)に襲われる病態」を言い
ます。天災や事故に遭遇してパニックに襲われるのは当然のことですが,パニック障害
はそのような危険がないときに突然発作が生じます。そして,発作は何度か繰り返され,
救急車を呼ぶなど,不安で一人になれなくなることがあります。
二次 的に,死の恐怖 や自制心を喪失するのではないかという恐怖あるいは発狂 恐
怖が存在することが多くあります。自制 心を喪失するとは,人前で意識を失うとかおろ
おろして慌てふためくといったように自分をコントロールできない状 況に陥ることです。
一度発作を経験すると,パニック発作を起こした場所に来ると,再び発作が起こるので
はないかと不安になり(予期不安),特定の場所が恐怖の対象となり,それを避けるよう
にもります。専門的には空間恐怖=広場恐怖と呼びます。空間恐怖には,①電車,バ
ス,地下鉄,飛行機などの交通機関に乗ること。②トンネル,橋,エレベーター,美容院
や理髪店,歯科などの椅子,など狭い場所に閉じこめられること。③家に一人でいるこ
と,家から離れること,などがあります。
パニック発作の主な症状
身体症状
精神症状
心臓がドキドキする
不安で落ち着きがなくなる
脈拍が速くなる,心拍数の増加
予期不安
呼吸が浅くて速くなる,息が詰まる
死の恐怖
胸の痛み,圧迫感
発狂不安
吐き気,腹部の不快感,下痢
自制心の喪失不安
めまいやぼんやり感
人前で気を失う
顔の火照りや寒気
下痢や吐き気を我慢できない
手足のしびれ
非現実感
頻尿
自分が自分でないような感覚
Ⅱ 病気の成り立ち
1 パニック障害は女性に多い?
パニック障害の原因は未だはっきりしていませんが,多種の要因が重なって起きると
言われています。恩師の西園先生は対人関係における情緒的孤独感を、先輩の長岡
先生は甘え心を抑圧し外向きの自分を演じ過ぎる性格的要因を、精神分析家たちは
エディプスコンプレックスを、DSMの学者は幼少期の対象喪失体験、を挙げています。
私は、不安を感じやすい体質を遺伝的に受け継いで、その不安を感じないように 無理
な生き方をするような性格 が形成され、心理 的および身体的ストレスや対人関係にお
ける孤独感、さらには破滅的な心理的状況に直面したときに発症するのではないかと
考えています。
性差を見ますと,男性よりも女性に多い病気です。私は30歳前後 の女性は心理的
にもっとも動揺しやすい時期ではないかと考えています。その理由のひとつに今日の若
い女性のライフスタイルの変化が挙げられます。それを鬼頭宏 氏の『人口から読む日本
の歴史』(講談社学術文庫)から人口統計学的に考えて見ましょう。江戸時代になって
婚姻率は伸びて江戸 後期には85%(15ポイントの上昇)になりました。そして昭和に入
って皆結婚するようになったのです。現代(1990年当時 )では,女 性は平均 26歳で結
婚し,1年後に第一子を出産し,末子を30歳で出産しています。ということは,多くの若
い女性が30歳までに結婚をと焦るのは,女性としてのアイデンティティの危機なわけで
す。このような女性のライフスタイルの変化が心理的に不安を引き起こしていることは見
逃せないと思います。
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二つ目の理由として,慢性疲労症候群が20~30代の働いている女性に多いことと関
連しているのではないかと推測しています。女性の社会進出が進 み,女性も男性と同
じような仕事について夜は10時近くまで働いて帰る人が少なくありません。それは月経
不順,疲労感,抑うつ感,などの症状となって現れてきます。このように現代の若い女
性には心理的および身体的ストレスが強く関与していると考えられます。
2 ストレスの関与
具体的にどのようなストレスがあるのかを考えて見ましょう。幼い頃に生命を脅かされ
るような体験や性的虐待を受けた人 が成人した後にパニック障害に罹ることがあります。
もちろん,成人してからの激しいストレスに長期間曝されてパニック発作に見まわれる人
もいます。アメリカのベトナム帰還兵で死に直面するような圧倒的なストレスにさらされた
人にパニック障害が多く見られたという報告もあります。最近では,心的外傷後ストレス
障害(PTSD)の研究から,パニック発作と死に直面する体験や自己の存在を脅かすよう
な体験が深く関わっていることが明らかになっています。
しかし,上記のような激しいストレスに遭わなかった人でパニック障害になった人もい
るのも事実です。家族やごく親しい人が身体の病気に罹る,あるいは急死するなどとい
ったことを契機に発病する人も見られます。ある会社員は同僚が過労からくも膜下出血
で急死したのを契機に発病しました。父親の急死が引き金になった人もいます。また生
活の変化や過労や長期の不眠症が原因になることもあります。特に,主婦に多いのは
夫との情 緒 的 孤立 感 です。一緒に生 活しているのに夫は仕 事で帰りが遅い,不 仲の
状態が長く続く,などの場合のように情緒的な支えが得られないときは危険です。
しかしこのような心理的および身体的ストレスの状況下で必ずパニック障害になると
は限りません。他の病気(うつ病や心身症)になる人もいるでしょう。パニック障害になる
人はどんなタイプの人でしょうか。
3 どんな人がパニック障害に罹りやすいか?
私の経験では,過去や現在のストレス以外にパニック障害になりやすい性格傾向と
体質がある,と考えています。性格傾向としては,真面目でひたむき,人と意見が衝突
すると自分の方が折れるような他者配慮的な人に多いようです。また完璧主義で自分
に厳しい女性や,男気を重視する男性といったような,内面の依存性を抑圧する人が
罹りやすい傾向があります。
また,パニック障害に罹りやすい体質には,もともと幼い頃から消化器が弱いとか人
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前で上がりやすい,といった自律神経が敏感な人に多いようです。私の観察では女性
のパニック障害の患者さんには幼いころ車酔いしやすい人が多い。遺伝的に親や兄弟
にパニック障害がいるとそうでない人よりはパニック障害に罹りやすいのも事実です。
4 自律神経が敏感であるとは
自律神経は文字通り神経自体が自律的に身体の生命維持を行っています。私たち
が「心臓よ速く拍て」「食べたものを早く消化しろ」と命令しても自律神経は応じません。
自律神経には交感神経と副交感神経の二つがあります。私たちの身体はこの二つの
自律神経によってバランスよく調整されています。
交感 神 経は「闘いの神経」です。人 間が活 動するときに作 動します。闘いに備えて
血液中にアドレナリンが分泌されます。アドレナリンの作用によって,心臓の鼓動が速く
なり,血液を筋肉に多く送ります。筋肉以外の血液を心臓に戻すために,内臓はその
活動を休止します。また皮膚の表面の毛細血管が収縮して皮膚の表面の血液は心臓
に戻り,皮膚の表面は冷たくなります。武者震いも起きます。口も渇き,眼の瞳孔はよく
見えるように広がります。手や足が滑らないように手掌や足の裏には汗をかきます。 交
感神経が優位だと仕事はバリバリやりますが,過労を引き起こし癌になりやすいと言わ
れています。
一方,副交感神経は交感神経とはまったく反対の「休憩の神経」です。食べたものを
消化・吸収するために血液は胃や腸に流れ,脳や筋肉に流れる血液は少なくなります。
交感神経がアドレナリンに対して副交 感神経はアセチルコリンが分泌されます。いわゆ
る癒しのホルモンです。そのため,少し眠気も起きます。皮膚の表 面の毛細血管は拡
張し皮膚の温度は暖かくなります。「ゆったり,癒し」の副交感神経が優位な人は長命
がおおいのも頷けます。
このように,パニック障害の身体症状は,休憩しているときに突然交感神経が作動し
「闘い」に備えた状態になることなのです。アドレナリンは闘いの状況以外にも「怒り」や
「恐怖心」に駆られたときにも分泌されます。パニック発作後に二次的に生じる恐怖心
がアドレナリンを分泌させ,交感神経を作動させます。心拍数の増加 ,口はカラカラに
渇き,呼吸は速くかつ浅くなり,身体や手足は震え,多量の汗をかくのです。なかには,
トイレに行きたくなる人もいます。交感神経の緊張状態が長く続き,仕事が一段落して
副交感神経にスイッチしたときに自律神経がバランスを崩し,交感神経が揺り戻されて
過剰に緊張状態になりパニックになるのでしょう。
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Ⅲ 治療
1 診断
パニック障害に悩む人がどれくらいいるのかはっきりした統計はないのですが ,かなり
の頻度で起こります。あるアンケート調査では「100人に0.5人から2.5人がパニック障害
に罹った経験をもつ」と答えたという報告があります。他科では「心臓神経症」「自律神
経失調症」「メニエル症候群」などと診断され,治療されることがあります。特に,救急で
受診することがあるので,「特に,異常がない。気のせいだ」と言って医療機関に相 手
にされず,適切な治療を受けずに帰される経験をした人も少なくありません。なかには
「心配し過ぎ」「騒ぎ過ぎ」などと言われ,傷つく人も少なくありません。ですから,治療の
第一歩は正しく診断されることになります。
身体の病気でパニック障害に近い病態を示す疾患についても注意が必要です。た
とえば,心臓病や甲状腺機能亢進症などです。
2 病気の理解
上記に説明しましたように,パニック障害は種々の原因が考えられます。ストレスと体
質が重なって起きるのであって,ただ単に心理的なものだけでなく,まして性格の弱さ
に起因するものではありません。むしろこの病気に罹ったことで気が弱くなり,過度に心
配性になった人もいます。「気のせい」などと言われているので,自分が弱いせいだと思
いこむ人も少なくありません。先ず,正しく診断され,次に病気の理解が大切になってく
るのです。同時に,家族や職場の人々への教育,指導も大切になってきます。妻や夫
から「誤解される」ことほど辛いことはありません。ますます無理をして病気を長引かせる
ことになります。
3 実際の治療
1)薬物治療
A 抗不安薬:抗不安薬が有効で身体にも安全です。なかでもベンゾジアゼピン系の
アルプラゾラム(商品名:コンスタン,ソラナックス)が第一に用いられる薬です。アルプラ
ゾラムは大規模な他施設共同の国際研究も行われ,その有効性も確かめられています。
抗不安薬はパニック発作に対して,速効性があるので急性期の人に使用されます。た
とえば,症状のために仕事に行けない,買い物ができない,など日常生活に支障を来
たし,そのために仕事を辞めないといけないとか,歯の治療ができなくて虫歯を放置せ
ざるを得なくなっているなどの場合は早く症状を落ち着かせたいものです。
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副作用は,眠気やふらつきなどです。また,急に中断すると再発したり,リバウンド現
象が生じ,吐き気や耳鳴りが生じることがあります。アルプラゾラムは即効性があり,急
性期には,1日に3回毎食後アルプラゾラム(0.4㎎)1錠ずつ服用します。そして1週間
後,効果がなければ増量していきます。服用後,短時間(例えば3時 間)で症状がでる
場合には,半減期の長い薬に切り替えることがあります。パニック発作が抑制され,広
場恐 怖がないかもしくは消退し日 常生 活が改善されたら ,6ヶ月間維 持 療法を行い,
漸減中止します。再燃やリバウンド現象に注意しながら慎重に漸減していきます。
B 抗うつ薬 :イミプラミン(商品名:トフラニール)を慎重に増やしながら50~150㎎服
用すると,発作は抑制され,空間恐怖に効果があります。抗うつ薬特有の副作用(口の
渇き,便秘,立ちくらみ)があるので,主治医の診察をこまめに受けながら服用すること
をお勧めします。使用 量は,うつ病の場合よりも少量でよく,1日10㎎を初回量として服
用し,それから慎重に漸増します。イミプラミンは抗不安薬のような依存性のないのが長
所です。頻度は少ないのですが,イミプラミンの副作用でそわそわして落ち着かなくなる
ことがありますので,主治医には効果や副作用についてよく相談することが必要です。
C SSRI:2014年3月現在,わが国で使用されているのはパロキセチン(商品名:パキ
シル)とフルボキサミン(商品名:ルボックス,デプロメール)、セルトラリン(商品名:ジェイ
ゾロフト)エスシタロプラム(商品名 :レクサプロ)の四三種類です。SSRIは脳神経のシ
ナプス間隙のセロトニンの量を増やすことで不安や抑うつ感を軽減させる薬で、パニッ
ク障害にはパロキセチンが有効です。副作 用は吐き気などの消化器症 状や頭痛,眠
気などです。高齢者にも安心して使用できる薬です。ただ,急に薬を中止するとめまい
や吐き気などの離脱症状が見られることがあるので徐々に減量したいものです。
D その他:スルピリド(商品名:ドグマチール,ミラドール)は,体質的に消化管が弱
い人にも効果があります。食欲を高め,気分を晴れ晴れする作用もあります。副作用は,
月経不順や乳汁分泌です。更年期障害と重なった場合などには効果的です。ただこ
の薬も止めるのに注意が必要です。徐々に中止の方向にもっていくとか別の薬に置き
換えて中止することが望ましい。
2)精神療法
薬物治療と並行してもっともポピュラーに行われているのが支持的精神療法です。一
般的に精神科医によって行われている面接(診察)と考えて下さい。支持的精神療法
では,患者さんの訴えをよく聞き十分受け入れることから始まります。次いで,パニック
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障害の症状,原因,治療法および今後の見通しなどについての説明。薬物治療とその
副作用についての説明。不安への対処法や日常生活で留意することなど。さらには ,
ストレス解消法について説明があります。家庭ないしは職場でのストレスが明らかになれ
ば,休養,入院を勧めたり,家族や職場への介入を図る環境調整が行われます。支持
的精神療法を行い,それで改善されないようであれば,特別な治療法として精神分析
療法や認知行動療法があります。
私は若い頃は薬物を用いずに精神分析療法で治していました。ケースは38歳のサ
ラリーマンで妻が実父の癌の看病で1ヶ月間家を空けていた間に発症しました。週に1
回50分の対話による治療で,彼は症状の背景に甘えたいという欲求 があることを自己
洞察することで病気を克服できました。彼は本音の自分(依存的な自分)と建前の自分
(性に厳格で責任感が強い)とのギャップが大きく,妻に本音をこぼせる様になって楽に
生活を送ることができるようになりました。
4 日頃注意することについて
病気を理解しても,中には病気になった自分に腹を立てる方が多いのが病に悩む人
の特長です。それは好ましくありません。病気に対して宣戦布告するべきでしょう。「発
作を起こそう」と思っても発作は起きないものです。万一発作が起こったら,深く息を吸
い込んで,ゆっくり呼吸することも症状の軽減につながることがあります。手っ取り早い
のはアルプラゾラムを1錠服用することです。また手で口を覆うと楽になることがあります。
中には気をそらす(注意をそらす)ことが効果的な場合もあります。たとえば,音楽を聴
く,誰かに電話する,体を動かす(足でリズムをとる),ガムを噛む,その場を離れてトイ
レに行く,といった方法も効果的です。
症状が治まったら,発作のことから意識を遠ざけるために,すぐに別のことを考えるよ
うにすることも手助けになります。また,外出時に傘を持ち歩くことが不安の軽減につな
がった方もいました。
いずれにしろパニック発作は長時間続くことはありません。問題は ,恐怖心がアドレ
ナリンを分泌させ,交感神経を作動させることにあるのです。アドレナリンが分泌されな
くなると発作は治まるのです。いざという場合に備えて,頓用の薬を処方してもらってお
守りにするのも一つのアイデアです。また,コーヒーやアルコールは適量を超えないよう
に激しい筋肉運動には注意して下さい。
(2014年4月30日)
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