メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について

( )
メドベージェフ大統領の
「現代化」 政策について
山
英
男
はじめに
ロシアのメドベージェフ大統領は, 年9月日に, インターネット上の
新聞に 「ロシアよ, 前進せよ!1)」 と題する論文を発表し, ロシアの経済と社
会の 「現代化 2)」 (модернизация
モデルニザーツィヤ) を呼び
かけた。 この論文はロシア内外で大きな反響を呼んだ。 メドベージェフ大統領
が, エリツィン時代の政治や経済を批判しただけでなく, プーチン時代の経済
のあり方についても批判的に見える主張を行ったからである。 リベラルな考え
方をもつ人々の中には, 過大の期待を表明するものもあらわれたが, むしろ慎
重な意見が多く, プーチン政権の最後の年に発表された 「年までのロシア
の発展戦略3)」 いわゆる 「プーチン・プラン」 に示された政策路線を継承する
ものでしかないというのが大方の評価である。
) Д м и т р и й М е д в е д е в , 《 Р о с с и я , в п е р ё д ! 》,
《ВЗГЛЯД》, сентября −
− (年9月日アクセス)
) 「モデルニザーツィヤ」 は近代化と訳すのが普通だが, ロシア史における過去の
いくつかの近代化の試みと区別して, 現在のメドベージェフの試みを現代化とする。
) В. Путин, Выступление на расширенном
заседании Государственного совета《О
стратегии развития России до 2020
года》, февраля года, Президент Росси
и О ф и ц и а л ь н ы й с а й т . − !!
(年1月日アクセス)
( )
メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について
この年9月のメドベージェフ論文については, すでに山 ()4) で
検討したように, メドベージェフ大統領は, ロシアの経済ばかりでなく, 社会
システムや政治システムを含めた全体的な 「現代化」 が必要だと認識している。
しかしながら, 大統領がイニシアチブをとる 「現代化」 は, やはりロシアの伝
統的な 「上からの改革」 にとどまるのではないかという懸念もある。 また, 大
統領のイニシアチブに対して, 上記のようにリベラル派と保守派の両方から反
応があり, 「現代化」 の概念だけではなく, メドベージェフが示した政策の方
向についても, 大きな論議が巻き起こった。
リベラルな考えを主張して, メドベージェフ大統領の 「現代化」 路線にある
程度の期待を表明したのは, ロシア科学アカデミーの特派員であるコンスタン
チン・ミクリスキー (Константин Микульский) である。
ミクリスキーは, 年月日付の 「独立新聞」 に 「革新のチャンス5)」 と
題する論説を掲載し, メドベージェフ大統領が出したロシア経済の現代化の道
がなかなか前進しないということについての厳しい声明は, 単に 「アリバイ」
の探究というだけではなくて, 現状を克服する心からの志向であるとして注目
している 6)。 そのうえでミクリスキーは, 「経済を現代化するためには, ロシ
アの社会的機構のすべてのモデルを修正することなしには成功できない7)」 と
主張している。 すなわち, 「現在のロシアに定着した社会的モデルは, 経済の
現代化を本格的に妨げるだけでなく, その現代化の実現をまったく不確定な時
期まで引き延ばす8)」 と述べて, そのような政治的メカニズムの変革こそ, 経
) 拙稿 () 「研究ノート メドベージェフ大統領の現代化論について」 大分大
学経済論集 第巻第2号, −
頁。
) Контстантин Микульский, Шанс на обнов
ление,《Независимая газета》, , −
− (年4月7日アクセス)
) См. там же.
) Там же.
) Там же.
( )
済の現代化のメカニズムを作動させるために必要であると主張している9)。
このようなリベラル派の見解に対して, まったく反対の立場から批判するの
は大統領府の第一副長官ウラジスラフ・スルコフ (Владислав
Сурков) である。 インターネット新聞 「ブズグリャド」 (ВЗГЛЯД)
に掲載された年2月日付の 「 自由
についての無駄話に最新のものを
)
提出する 」 と題する論説において, 記者のマリヤ・スベトローワ (Мария
Светлова) がスルコフの主張を紹介している。 その記事によると, ス
ルコフは, ロシアにおける現代化の主要な条件が 「強化された権力)」 である
ことを強調した。 スルコフによれば, リベラルな考えを持つ政治家や専門家は,
経済的現代化への鍵であるのは政治的現代化であるという信念をもっているが,
しかし, リベラル派の主張する政治的現代化は, 年代のエリツィン時代のよ
うな社会の分裂と無規律をもたらすものであり, そのような状況ではロシア経
済の革新的発展は不可能である。 すなわちスルコフは経済的現代化における国
家の役割を重要視して, 権力の強化こそ経済的現代化の条件であると主張して
いる)。
以上のように, メドベージェフ論文やその後のロシアの現代化政策について
ロシアのエリートの間の論議は, 主権民主主義論をめぐる議論と同様な形で,
リベラル派と保守派との論争となっている。 その論争の焦点は, 経済の現代化
を実行するためには, その前提として政治的現代化, すなわち民主化と自由化
が必要であるかどうかということである。 リベラルな主張をする人々は, 民主
化と自由化がなければ, そもそもの経済的現代化も不可能であると主張するの
) См. там же.
) Мария Светлова,《Под трёп о《свободе》
вынесут последнее》,《ВЗГЛЯД》, февраля
−
(年1月日ア
クセス)
) Там же.
) Там же.
( )
メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について
に対して, 権力を保持する保守派の人々は, ウラジスラフ・スルコフと同様に,
強力な権力こそ経済的現代化の鍵であると主張する。
その中で, メドベージェフ論文や彼の 「現代化論」 については, 前述のミク
リスキーのように, リベラル派の中にもある程度の期待をかけているものも存
在する。 そこで本稿では, メドベージェフ論文 「ロシアよ, 前進せよ!」 と
年の大統領教書でメドベージェフ大統領が提起した 「現代化」 政策につい
て検討し, メドベージェフが目標とする 「現代化」 とはどのようなものか,
「現代化」 を目指す体制はどのようなものか, その担い手は誰か, その実行の
プロセスはどのように考えられているか, などの問題について明らかにする。
その上で, リベラル派と保守派の論争によって, 双方の論理の接点が生まれる
のか, あるいは, 主要なこの二つのグループの力のバランスがどのように動く
かについても, 検討してみたい。
〈1〉 競争力論としての主権民主主義論
すでに山 (
)) と山 ()) で検討してきたように, スルコフの
主権民主主義論は, 政治体制論や政治文化論の側面からみるとプーチン体制を
擁護する論説であった。 しかしながら, 今日の 「現代化論」 の観点から見直す
と, 興味深い論点があったのに気付く。 すなわち, スルコフは主権を保障する
資源として軍事力だけではなく, 総合的な競争力を強調している。 ロシア経済
の競争力を増大させるためにスルコフは, 現在の 「資源型経済」 を 「知性型経
済」 に転換することを主張している )。 「現代化」 という言葉は使ってはいな
いものの, この転換は 「現代化」 の一つの要素である。
) 拙稿 (
) 「研究ノート スルコフ大統領府第一副長官の 主権民主主義論
に関する一考察」 大分大学経済論集 第巻第3号, −頁。
) 拙稿 () 「年の主権民主主義論争について」 大分大学経済論集 第巻
第4号, 1−頁。
) Владислав Сурков, Национализация буду
щего:Параграфы PRO суверенную демокра
( )
スルコフはこの 「知性型経済」 に転換するための主権民主主義体制に絶対的
に必要な要素として, 次の4つの要素を挙げている。 第一の要素は 「市民的連
帯 )」 であり, 第二の要素は, 「創造的階級 )」 であり, 第三の要素は 「思想
形成と理念的影響の有機体としての文化)」 であり, 第四の要素は 「競争力の
源泉としての教育と科学)」 である。
このスルコフが指摘する4つの要素を 「現代化論」 の視角から再評価すれば,
第二の要素の 「創造的階級」 と第四の要素の 「教育と科学」 が重要である。 ス
ルコフの論説によれば, 「創造的階級」 というのは, 具体的には企業家グループ
や科学者のグループ, 精神文化にかかわる専門家, それに政治家グループであ
る。 このようなグループが主導的な階層として連帯し, 共通の国民的利益と価
値で統合されていて, ロシア経済の総合的競争力を強めるために活動するので
ある。 そのように総合的競争力を高めたうえでの目標についてスルコフは, 論
文 「ロシアの政治文化:ユートピアからの視点」 において, 「我々は世界的分
業の中でホワイトカラーにならねばならない)」 という言い方で表現している。
スルコフは, 世界的分業の中で総合的競争力を高めていくために必要なポイ
ントとして次の5つの項目を挙げている。 第一のポイントは, 理想主義的な目
的をプラグマチックに行うことである, 第二のポイントは, 国民の最も価値の
高い天然資源は, 石油や天然ガスや丸太ではなくて, 知性であるということを
理解することである。 そのためには, 文化, 科学, 教育を主要な生産力と認め,
賢くて健康で自由な人々が国家の主要な財産であることを認めなければならな
いとスルコフは主張する。 第三のポイントは, 指導的な多数派が, 進歩的な少
тию, Владислав Сурков, Тексты
ельство《Европа》, , с. .
) Там же, с. .
) Там же, с. .
) Там же, с. .
) Там же, с. .
) Там же, с. .
−, Издат
( )
メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について
数派 (まさに創造的階級である) の影響と活発性を増大させるような政治的方
針を立てることである。 第四のポイントは, 文化や科学に資金を供給すること
が全く不足していることを忘れないことである。 すなわち, 文化や科学の成果
を実践に応用しなければならないので, 文化や科学に対して資金を供給しなけ
ればならないというのである。 第五のポイントは, 技術革新の分野における協
力に関して世界経済の指導的諸国との安定した関係を構築することである)。
以上のように大統領府第一副長官のウラジスラフ・スルコフは, すでにプーチ
ン時代の終わりごろに, 主権民主主義論の中で, 今日の 「現代化論」 に発展し
うる論点を出していたことを確認しておきたい。 そのうえで, もう一度整理する
と, スルコフは, ロシア経済の発展を 「資源型経済」 から 「知性型経済」 への
発展ととらえており, その発展を実行する原動力は 「創造的階級」 と名付けら
れた知識人や文化人である。 彼らが創造力を発揮できるように, 政府は, 科学
や文化, 教育の分野に重点的に資金を供給しなければならない。 そうしたことを
含めて, 政治的多数派は, 「創造的階級」 の影響力と活発性が促進されるような
政治的方針を立てる必要がある。 スルコフの主張はこのようにまとめられる。
このようなスルコフの主権民主主義論に対してのリベラル派からの批判につ
いても, やはり 「現代化論」 の観点からもう一度整理しておく。 とくに, 「右
派活動」 という政党のリーダーの一人であるゲオルギー・ボーフト (Геор
гий
Бовт) が指摘した 「上からの近代化」 の負のサイクルについて考
えておくことは重要である。 この 「上からの近代化」 の負のサイクルというの
は, ボーフトによると, 「上からの近代化」 は短期的な, 跳躍的な発展を保障
し, 当面の課題の解決のための資源の動員に成功するが, 中央集権化された権
力 (垂直的権力体制) が, 社会の創造的な市民的能力を抑えつけるので, 自力
の発展の能力やイニシアチブが封鎖されてしまう。 そのため, 「上からの近代
) См. там
же.
( )
化」 の成功が逆にその後の発展を抑圧してしまう結果となる。 ボーフトは, こ
のような 「垂直的権力体制」 による 「上からの近代化」 方式の負のサイクルか
ら逃れるためには, 市民や企業の下からのイニシアチブや市民的創造力を自由
に発揮できる自由で民主主義的な体制が必要であると結論するのである)。
このようにみてくると, 現代化の担い手はどちらも, 「創造的階級」 もしく
は 「創造的市民」 であり同じような人々を想定している。 しかし, 「創造的階
級」 というのはどちらかといえば, 束ねられ, 組織化された人々を表し, 「創
造的市民」 という概念は, 自立した市民を表わしているのではないか。 それと
ともに, 国家権力の役割が, 二人の立場では大きく異なっている。 スルコフの
場合にはすべての場合において国家が主導的役割を果たすように想定されてい
る。 まさに 「上からの近代化」 方式である。 それに対してボーフトの場合には,
国家の役割を極小化して, 「創造的市民」 の下からのイニシアチブを重要視し
ているのである。
次節においては, メドベージェフ大統領の 「現代化論」 がこのような考えと
どの程度関連しているかについて検討する。
〈2〉 「ロシアよ, 前進せよ!」
1, メドベージェフ大統領の意図
冒頭に紹介したように, ドミートリー・メドベージェフ大統領は, 年9
月
日にインターネットの新聞 「ブズグリャド (ВЕГЛЯД))」 と 「ガゼー
タ・ル (газета. ru))」 に 「ロシアよ, 前進せよ!」 と題する論文
) Георгий Бовт, Владислав Сурков:прагма
тический идеализм,《Независмая газета》
−
(年7月日アクセス)
) Д о м и т р и й М е д в е д е в , Р о с с и я , в п е р ё д ! ,
《ВЗГЯД》, сентября −
− (年9月日アクセス)
) Д о м и т р и й М е д в е д е в , Р о с с и я , в п е р ё д ! ,
( )
メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について
を掲載して, ネット市民に意見を寄せるように求めた。 この論説についてもす
でに山 ()) において検討したので, 本章では, その検討を踏まえて,
メドベージェフ大統領の 「現代化論」 を整理しておく。
まず, メドベージェフ大統領は, 経済, 政治, 社会の様々な側面でのロシア
の現状に対する厳しい認識から出発した。 エリツィン政権とプーチン政権の嵐
のような改革の
年を過ぎても, ロシアの経済は屈辱的な 「資源型経済」 から
脱出していないし, 政治的には, 民主主義的制度は形成され安定したが, その
質は理想からは極めて遠く, 市民社会は弱体であり, 市民の自治の水準は高く
ないと評価している)。
その中でも特に重大な問題についてメドベージェフは3つの 「社会的慢性病」
を指摘する。 一つ目の慢性病は, 重大な経済的後進性である。 特に原材料や資
源を完成品と交換する習性である。 これこそがまさに 「資源型経済」 である。
二つ目の慢性病は, 汚職の蔓延である。 この原因についてメドベージェフは,
経済活動など社会的活動のすべての分野でロシアでは国家が過度に介入してい
るためであると考えている。 三つ目の慢性病は, 社会に広がる温情主義的傾向
である。 これは第二の問題の裏返しであり, 国民の側も国家に依存して, すべ
ての問題を国家が解決しなければならないと信じているのである)。
メドベージェフが指摘した3つの 「社会的慢性病」 についてもう一度考えて
みると, ロシアの経済は資源に過度に依存していて, さらに, 国家主導型の経
済であり, それゆえに, 社会が国家に依存していることが大きな問題となって
いる。 病気をそのように診断した以上, その治療は, 資源に依存しない経済,
《газета. ru》, −
− (年1月7日アクセス)
) 拙稿 「研究ノート メドベージェフ大統領の現代化論について」 前掲書。
) См. Медведев, Россия, вперёд!,《ВЗГЛЯД》,
указ. соч.
) См. там же.
( )
市民や企業や社会が国家から自律して存在する社会を目指すことになるはずだ。
その経済的分野での治療の目標をメドベージェフ大統領は, 次のように提起
する。 すなわち, 「この数十年の間に, ロシアはその幸福が天然資源によって
よりも, 知的資源によって保障されるような国家にならなければならない。 す
なわち, ユニークな知識が作り出す
賢明な
経済によって, 最新のテクノロ
ジーと技術革新的活動の生産物によって保障されるような国家にならなければ
ならない。 )」 と述べている。 ここで提起されている目標は, まさに 「資源型
経済」 から 「知性型経済」 へというスルコフが 「主権民主主義論」 で提起した
目標と同じようなものである。
この目標を達成するためにメドベージェフは, 経済的現代化の5つの 「戦略
的ベクトル)」 を定めた。 その5つの 「戦略的ベクトル」 というのは, 1つ目
が, 生産の効率化とエネルギーの輸送と利用の効率化, および新種類の燃料の
開発と生産である。 2つ目のベクトルは, 核テクノロジーを質的に新しい水準
に高めることである。 3つ目のベクトルは, 情報テクノロジーの一層の進歩と,
グローバルな情報ネットワークの発展に大きな影響力を獲得することである。
4つ目のベクトルは, 情報伝達のためのインフラストラクチャーを地上や宇宙
に配置することである。 最後に5つ目のベクトルは, 医療分野における超現代
的な医療設備の開発と先端的な医薬品の生産で先導的な地位を占めることであ
る)。 このようにメドベージェフが定めた 「戦略的ベクトル」 は, いずれも先
端技術の分野である。 まずはエネルギーの分野での, 利用効率の向上や新エネ
ルギー, 代替エネルギー, 原子力エネルギーの開発が重要目標となっている。
それに加えて, 情報技術とその伝達のインフラストラクチャーの整備が課題で
ある。 最後に, 医療技術と医薬品の開発が掲げられている。 いずれもまさに
) Там же.
) Там же.
) См. там же.
( )
メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について
「知性型社会」 を構成する要素となりうる分野である。
このような戦略的目標を達成するために, メドベージェフ大統領は, すでに
ロシア政府がプランを作成して動き出していることを明らかにしている。 それ
により政府は, あらゆる分野において科学技術的な創造力を奨励し活性化させ
るための措置をとる。 それは, まず若い学者や発明家を援助し, 中学校や高等
学校の有望な部門のために十分な専門家を用意したり, 教育機関に支援するこ
とである。 また, 企業に対しても, 国営や民営を問わず, 技術革新的活動の生
産物に対する需要を生み出す事業に対して全面的に支援する。 また, 外国企業
や科学的組織がロシアで研究センターを建設するための条件を改善したり, 世
界中から最良の学者やエンジニアを職場に招待する)。 このように, メドベー
ジェフ大統領は, ロシア政府全体を総動員して, 「革新的経済 )」 の実現のた
めにあらゆる努力と資源を集中することを訴えている。
しかし, ここで一つ矛盾が生じる。 大統領が率先して政府を総動員して技術
革新的改革を実行するとなると, これはやはり 「上からの近代化」 方式であるだ
ろうし, 政府が天然資源を輸出することによって獲得した豊富な余剰資金を教
育や科学, 技術革新を行う企業に投資することになれば, 国民や企業は, ます
ます政府に頼らざるを得なくなるのではないか。 それは, 汚職や社会の温情主義
的傾向という 「社会的慢性病」 を強めてしまう危険があるのではないだろうか。
もちろん, このような問題も踏まえて, メドベージェフ大統領は, 経済的領
域での 「現代化」 の戦略を論じた後で, テクノロジーの発展と結び付けて, 政
治的分野の 「現代化」, 政治改革について言及している。 すなわち, 全面的な
選挙権と法の下での平等を認めるような完全な民主主義が生まれたのはここ
年くらいの比較的最近のことであり, 西側の文明のテクノロジー的発展の
水準が, 基本的な福祉や教育のシステム及び医療サービス, 情報の交換への全
) См. там же.
) Там же.
( )
面的なアクセスを可能にしたときであるとメドベージェフは述べている。 それ
ゆえに, ロシアにおいても, ロシアの経済がより賢明で, 知性的で, 効率的に
なればなるほど, ロシア市民の福祉水準が高くなり, ロシアの政治システムは
ますます自由で公正で人道的なものになると展望している)。 とくに, 現代の
情報テクノロジーの普及が, 言論の自由や集会の自由のような基本的な政治的
自由の実現のために前例のない可能性を与えると主張している)。
このようなメドベージェフの見解は妥当なものであろうか。 たしかに, コン
ピューターの普及とインターネットの利用の拡大によって, 言論の自由や表現
の自由の物質的基盤は拡大したが, 政治的自由を支える法体系や, 現実に運用
する政治システムが必ずしも自由で民主的とはいえない状況がある。 西欧の民
主主義諸国においては, 市民は, まだ物質的基盤が今のように発達していない
時代から, 権力との長期にわたる激しい闘争を通じて, 一つ一つ権利を獲得し
拡大していったのである。 政府の頂点に立って, 自由と民主主義の実現を考え
るのであれば, 物質的基盤の形成だけでは民主主義の十分条件とはいえないだ
ろう。 もちろんそのことをメドベージェフ大統領は十分理解している。 それゆ
えに, ロシアの民主主義的制度は形成されたがその質は理想からは程遠いとい
う厳しい現実認識がある。
それでは, ロシアの政治システムの将来に関してメドベージェフ大統領はど
のように考えているのだろうか。 彼が考えているのはロシアを普通の民主主義
国にするということである。 たとえば, ロシア国家も他の民主主義国と同様に,
議会政党が政治闘争のリーダーとなり, 定期的に政権交代も可能となる。 政党
とその連合体が国家の首脳や地方自治体の指導者のポストに候補者を推薦する。
政党とその連合体は, 有権者との責任感のある内容の豊富な相互作用や, 政党
間の協力, および, 尖鋭的な社会的問題を解決するための妥協的なバリアント
) См. там
) См. там
же.
же.
( )
メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について
の探究の経験を持つ。 そのような政党間の文明的な政治的競争がロシアの政治
システムの将来像として描かれている)。 すでにそのような政治システムを創
設する動きを始めているとメドベージェフは言明している。
しかしながら, メドベージェフ大統領は, すんなりと西欧諸国のような自由
民主主義体制をすぐに実現しようとは呼びかけていない。 まず, リベラル派が
主張するような, エリツィン時代の民主主義へ戻そうとする考えについては,
きっぱりと否定する。 すなわち, 年代の国家を 「麻痺した国家)」 と表現し,
その状態への復帰は許しがたいと拒否している。 そのうえで, 「ロシア的民主
主義」 は外国のモデルを機械的に模倣することはないと述べて, 西欧諸国と同
じ民主主義を輸入するのではなくて, 独自の 「ロシア的民主主義」 をゆっくり
と時間をかけて形成すると主張している)。 これはまさに, スルコフの 「主権
民主主義論」 と同様の主張である。 メドベージェフ自身が, 現行の政治システ
ムの中において頂点まで上り詰めたのであって, しかも, 彼を支える与党の
「統一ロシア」 がまさに 「主権民主主義論」 を掲げている以上, そこから離れ
ることはできないのはよくわかる。 しかしながら, もう一方で, 急がないけれ
ども改革は必要であると述べて, 現状の民主主義の質の悪さを嘆いているのも
確かである。 これはおそらくメドベージェフ自身の考えに隠しようのない矛盾
が存在するのではないだろうか。 「主権民主主義論」 の枠内で実行できる改革
であるならば, プーチン首相や与党 「統一ロシア」 からの反対もなく実現でき
る可能性も高い。 しかし, そこから離れれば離れるほど, 実現するどころか,
始めることさえも難しいのではないだろうか。
政治システムの改革に続いて, メドベージェフは, 民主主義の防御手段とし
て, さらに, 汚職からの防御手段として, 司法体制の改革を訴える。 この司法
) См. там же.
) Там же.
) См. там же.
( )
体制の改革でメドベージェフが掲げている課題は, 現代的で効率的な裁判所の
システムを創設することである。 そのためには現行の司法団にとって正常な活
動の条件を作り出すことが必要であり, 司法機関員に市民の権利と自由を擁護
することを教えたり, 裁判所の判決に対する非合法な強要などを排除する必要
があることをメドベージェフは指摘している)。 このことを逆に考えれば, 今
の司法体制は, あまり正常に活動できていないし, 司法機関に属する職員は,
市民の権利と自由をあまり擁護していないし, さらには, 裁判所の判決に対し
て, 政府の幹部や国会議員, 地方の有力者や地方自治体の職員, 犯罪組織のボ
ス, あるいは資産家などからさまざまな圧力がかけられ, 判決が歪められてい
るということを表している。 このような状態が, 「社会的慢性病」 の一つであ
る汚職が蔓延する原因の一つになっている。 「民主主義は防御手段が必要であ
る )」 とメドベージェフは断言する。 「それは何よりも, 専横や不自由, 不公
正を引き起こす汚職からの防御手段である)」 と続けている。 この大統領の認
識から考えると, 司法体制の改革と汚職の追及は, 民主主義の防御手段であり,
政治システムの改革へとつながっている。
経済の 「現代化」, 政治改革, 司法体制の改革に続いて, メドベージェフは,
カフカス問題にも言及している。 そこでは, 司法機関による武装集団の制圧に
も少しは言及しているが, むしろ, カフカス地域の人々のための経済的・人道
的プログラムが近く再検討され具体化されることを指摘していることが重要で
ある。 メドベージェフは, この地域でテロが頻発する原因を社会的経済的な後
進性と考えており, 工業生産, 財政, 社会的発展, 教育, 文化などの領域で政
策の質を上げるように訴えている)。
このあと社会問題の改善や福祉の向上について, 人口問題や, 年金, 子供た
)
)
)
)
См. там же.
Там же.
Там же.
См. там же.
( )
メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について
ちの保護, 生活保護, 生活の質を向上させるための住居, 労働, 医療の救援を
保証する条件の形成など, 社会的分野での国家的戦略的課題について列挙して
いる)。 しかし, 経済的現代化, 政治改革, 司法改革などに比べて, 配分され
た分量は少ない。
最後に, 経済分野での 「現代化」 を目指すロシアの外交政策のあり方につい
て大統領は言及している。 メドベージェフは, 「我々の外交政策を決定しなけ
ればならないのは, ノスタルジーではなくて, ロシアの現代化の戦略的で長期
的な目的である)」 と述べて, 「現代化」 を中心に据えた外交政策を構想する。
その構想の中で最も重要な位置を与えられているのが, 西側の民主主義諸国と
の調和的な関係の実現である。 メドベージェフは, 「ロシア的民主主義の現代
化, 新しい経済の形成は, 私の考えでは, ポスト工業社会の知的資源をうまく
用いる場合にのみ可能である)」 と主張して, 率直に, ロシア国内の財政的,
テクノロジー的能力だけでは目的の実現には不十分であることを認め, 欧米や
アジアの国の資金とテクノロジーを求めている)。
以上, 検討してきたように, 論文 「ロシアよ, 前進せよ!」 を発表したメド
ベージェフの意図は, 「資源型経済」 から 「知性型経済」 へという経済の 「現
代化」 だけでなく, 政治的分野や社会的分野を含めた社会全体の 「現代化」 を
実現することを訴えることであった。 そこで, 資源依存に基づく経済的後進性
や, 汚職の蔓延, 社会の温情主義的傾向という3つの 「社会的慢性病」 を告発
し, それを克服するための処方箋として, ロシアの経済, 社会, 政治のさまざ
まな分野での 「現代化」 戦略を提起する。
しかし, 大統領自らが呼びかける以上, その改革はロシアにとって伝統的な
「上からの改革」 にならざるを得ない。 そのため, ボーフトが指摘した 「上か
)
)
)
)
См. там же.
Там же.
Там же.
См. там же.
( )
らの近代化」 方式の負のサイクルを逃れることができるかどうかが問題となる
だろう。 そればかりでなく, 司法体制の不完全さや汚職, 資源依存経済そのも
のによって利益を享受している政治家や官僚, 企業家などのグループによる改
革への激しい抵抗が予想されている。 メドベージェフが提起する新しい 「現代
化」 戦略を実行するのは, プーチンとメドベージェフのいわゆる 「タンデム体
制」 を支える官僚制と国営企業と巨大与党 「統一ロシア」 である。 このような
巨大組織を管理し運営している階層は, 現在の政治経済体制によってかなりの
利益を享受している人々である。 それゆえに, 「主権民主主義論」 を遠く離れ
るような改革はかなり難しいと思われる。
2, さまざまな評価
メドベージェフ論文がインターネットに公表されてからすぐに, 大きな反響
が寄せられた。 ここでは, ロシアの新聞や, インターネットのサイトに寄せら
れた記者や政治家, 評論家の見解の中で, 主だった見解を紹介し, メドベージェ
フの見解がロシアの知識人にどのように受け入れられたかについて検討する。
まず最初に, 保守派の論客であるヴィタリー・イワノフ (Виталий
Иванов) の年9月日付の論説 「3つのテーゼ)」 を検討する。 こ
の論説でイワノフは, メドベージェフの主張を 「主権民主主義論」 の枠内に閉
じ込めようとしている。 イワノフが整理している第一のテーゼは, メドベージェ
フが, 急激な政治改革を求めるリベラル派の主張を否定していることである。
第二のテーゼは, メドベージェフ論文がプーチンが定式化した 「主権民主主義」
のドクトリンを発展させたものだということである。 そして第三のテーゼは,
メドベージェフは政党システムを発展させるつもりであるが, 価値や目的につ
) Виталий Иванов, Три тезиса,《ВЗГЛЯД》, сентября , −
−
(年9月日アクセス)
( )
メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について
いてのコンセンサスを共有しない勢力, 特に, 主権の必要性を疑う勢力はその
システムの中に入れないと考えているということである)。
確かにイワノフが言うように, メドベージェフ大統領は, 「ロシア的民主主
義」 を形成することを強調していて, 欧米型の民主主義を模倣することを否定
し, さらに, エリツィン時代の民主主義に戻すことも強く否定している。 しか
し, 現状のロシアの民主主義体制に決して満足しているわけではない。 ロシア
の民主主義制度の質は理想から極めて遠く, 市民社会は弱体であるとはっきり
認識している。 メドベージェフが到達しようとする目標とイワノフが考えてい
る主権民主主義体制の範囲が大きくずれているように考えられる。 少なくとも
メドベージェフが考えている 「ロシア的民主主義」 は普通の民主主義であって,
内容に幅のある概念である。 現実の闘争によって, 幅を広げることができるよ
うに考えられる。 逆にイワノフは, メドベージェフが提起した政治システムの
改革をできるだけ 「主権民主主義」 の枠内に閉じ込めようとしているのではな
いだろうか。
次に, 「独立新聞」 の記者アレクサンドラ・サマーリナ (Алексан
дра
Самарина), ローザ・ツヴェトコーワ (Роза
Цве
ткова) が年9月日付の 「独立新聞」 に掲載したメドベージェフ
論文に対する論評記事 「ドミートリー・メドベージェフからの5つの処方
箋)」 を見てみよう。
この記事で記者たちは, メドベージェフが 「経済的現代化の戦略的ベクトル」
として示した課題を社会的慢性病を治療するための5つの処方箋と呼んでいる。
その際に重要なことは, この戦略的ベクトルを国家の指導者であるメドベージェ
) См. там же.
) Александра Самарина, Роза Цветкова,
Пять рецептов от Дмитрия Медведева,
《 Н е з а в и с и м а я г а з е т а 》 − − (年9月日アクセス)
( )
フが責任を持ってやり遂げる信念を表明したことであると記者たちは述べてい
る)。
また, 政治システムの改革の部分で, メドベージェフ大統領が 「政治システ
ムは開かれた政治組織の自由な競争の過程で刷新され向上するだろう)」 と主
張したことは, いわゆる最大限綱領であって, ごく近いうちに大統領は最小限
綱領を発表するのではないかと記者たちは考えている)。
この他に記者たちは, 専門家の見解をいくつか紹介している。 たとえば,
主権民主主義論争でスルコフの主権民主主義論を高く評価した 「統一ロシア」
党のイデオローグの一人である政治経済通信局のドミートリー・オルロフ
(Дмитрий
Орлов) 社長は, 「この論文はメドベージェフ大統領に
よって声明された近代化主義者のマニフェストである)」 と明白に述べた。 そ
のうえでオルロフは, 短期間で実現される現代化のロードマップを作る必要が
あること, および, メドベージェフを現代化の代表者とみなす階層, 住民のグ
ループ, エリートのグループからなる全国的な現代化連合が必要であることを
主張している)。 このオルロフのアイデアは, スルコフが 「主権民主主義論」
で提起した 「創造的階級」 とよく似ている。 オルロフが提案した 「現代化連合」
というのは, まさに大統領を頂点として, 政府諸機関, 官僚制, 「統一ロシア」
党, 「統一ロシア」 が組織した市民組織から構成される組織された連合という
ことになるだろう。
また, 与党 「統一ロシア」 党の総評議会幹部会の第一書記で下院労働・社会
政策委員長のアンドレイ・イサエフ (Андрей Исаев) は, メドベー
ジェフ大統領が実行しようとしているのは, プーチン大統領の年間からの継
)
)
)
)
)
См. там же.
Там же.
См. там же.
Там же.
См. там же.
( )
メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について
承的な路線であると言明している)。 これもまた, ヴィタリー・イワノフや,
オルロフと同様に, メドベージェフの考えを 「主権民主主義」 の枠内に閉じ込
めようという動きである。
それに対して, 効率的政治財団のグレフ・パブロフスキー (Глеб
Павловский) 総裁は, メドベージェフ論文を, 現代化を支持する社
会的勢力とのパートナーシップの原則の宣言とみなす。 その上で, パブロフス
キーは, 大統領が目指しているのは経済の現代化だけではなく, ロシア的民主
主義の現代化も目指していると考えている。 そのことは, パブロフスキーによ
ると, きわめてラディカルなものではあるが, プーチン時代に達成されたもの
と対立することはせずに, 急進的な改革ではなくてゆっくりした行動の体系を
提案するものであると考えている。 メドベージェフは強力だが民主主義的なロ
シアを支持するとパブロフスキーは評価している)。 このようなパブロフスキー
の主張を見てみると, 彼の立場は穏健なリベラル派であると考えられる。 ここ
でパブロフスキーが 「現代化を支持する社会的勢力」 といっているのは, スル
コフが指摘した 「創造的階級」 と重なると考えられるが, オルロフが述べた組
織された 「現代化連合」 よりはもっと広い階層である。
このような専門家の見解を整理すると, メドベージェフ論文の主張する 「現
代化」 は, プーチン路線の継承であり, スルコフの 「主権民主主義論」 の枠内
にあるものと見る論者と, ゆっくりとした漸進的なものではあっても, プーチ
ン路線からある程度民主主義と自由の方向へ前進するもので, 「主権民主主義」
の枠からはみ出るものであると見る論者とに分かれる。 それはメドベージェフ
論文そのものの中に, どちらとも取れるような主張があるからである。 経済や
政治および社会の 「現代化」 を実現しようという強い意思が感じられるが, 一
方で, それを決して急進的に行うのではなく, 社会の多数派と妥協しながら,
) См. там
) См. там
же.
же.
( )
粘り強く市民の意見を聞いて, 自らが先頭にたつ 「現代化連合」 を築こうとし
ているのではないだろうか。 「前進せよ」 というのは, ロシア市民に対する呼
びかけであると同時に, 自らに対する激励でもある。
〈3〉 年大統領教書の 「現代化論」
1, 年大統領教書
メドベージェフ論文 「ロシアよ, 前進せよ!」 は, 年度のロシア議会へ
の大統領教書を準備する段階で, 戦略的課題についての大統領の考えをあらか
じめ市民にインターネットを通じて語りかけ, それに対する市民の意見を広く
聞いて, 教書の作成の参考にする試みであった。 教書の冒頭でメドベージェフ
は, この 「ロシアよ, 前進せよ!」 という論文で, 「私は, 新しい政治的戦略
の諸原則を発表した。 今日の連邦議会への教書で私は, この戦略を実現する具
体的な最重要なプランを述べたい)」 と宣言する。 すなわち, 「論文」 は 「現
代化」 政策の戦略的原則であり, 「教書」 はその具体的プランである。 そこで,
本章ではこの大統領教書の中で 「現代化」 政策に関する主要なポイントを検討
することにする。
最初の部分でメドベージェフは, 世紀になってロシアでは再び 「全面的現
代化」 が必要であると宣言する。 それは, ロシアの歴史において始めて, 民主
主義の価値と制度に基づいた現代化の経験になるだろうし, 原始的な資源経済
に代わって知的な経済を創設することになると大統領は述べている)。
メドベージェフは緊急に対応しなければならないいくつかの問題に言及した
あとで, いよいよ 「我々はすべての生産分野の現代化とテクノロジー的革新を
) Дмитрий Медведев, Послание Федерально
му Собранию Российской Федерации, ноября года, −
− (年2月日アクセス)
) См. там же.
( )
メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について
始めなければならない)」 と宣言して, ロシアを新しいテクノロジー的水準に引
き上げ, 世界においてリーダーの地位を確保するための鍵となるテクノロジー的
発展のプライオリティーを提起する。 それは, 第一に医学分野における最新テ
クノロジーの導入である。 特に医療技術と薬学の発展である。 第二は, エネル
ギー資源の分野への最新のテクノロジーの導入である。 ここで, メドベージェフ
は, より具体的にエネルギー資源の消費効率を向上させるためのいくつかのプ
ログラムを提起している。 それは, ガスや電力の消費量を計算する装置の改善
や, エネルギーを節約する電球の利用, 都市地域におけるエネルギー効率の向
上計画の作成, そして最後に, 代替エネルギー, 新エネルギーの開発である)。
テクノロジー的発展の第三の分野は, 原子力エネルギーの分野である。 それ
は, 新世代の原子炉と核燃料の開発である。 次に第四の分野は, 宇宙技術とテ
レコミュニケーションの発展の分野である。 ここでメドベージェフは, 具体的
にロシアの通信インフラの発展水準が世界で位であることを嘆き, 今後5年
の間に, インターネットのインフラストラクチャーを拡大し, ブロードバンド
のアクセスを確保すること, デジタル・テレビのシステムの導入と, 第4世代
のモバイル通信の整備を実施することを課題としている)。
テクノロジー的発展の第五の戦略的分野は, 戦略的で情報的なテクノロジー
の発展の分野である。 この方向で最も重要な課題は, スーパーコンピューター
を十分な規模で稼動させることである。 そのほか, 電子的な通信チャンネルを
通して国家的なサービスを行うことや, 医療保険や社会保険のプログラムや銀
行の電子カードなどを組み込んだ社会的な市民カードの導入など, 情報テクノ
ロジーを使用して市民生活や国家のサービスを効率化させることを提案してい
る)。
)
)
)
)
Там же.
См. там же.
См. там же.
См. там же.
( )
このテクノロジー的発展の5つの戦略的方向というのは, メドベージェフ論
文で提起された経済的現代化の5つの 「戦略的ベクトル」 と同じものである。
ただし, その順番はだいぶ違っている。 メドベージェフ論文では5番目に位置
付けられていた医療技術の発展の問題が, 大統領教書では第一のプライオリティー
に位置付けられている。 これは人口問題や健康の問題がプーチン時代以来の優
先的国家事項として位置付けられているからであろう。
経済やテクノロジーの分野での 「現代化」 についてのプログラムのほかに,
大統領教書の中でメドベージェフは, 政治システムの 「現代化」 について課題
を提起している。
まず, 連邦レベルの政治においては, 大統領は, 漸進的な転換を訴えている。
そのよりよい政治システムへの転換が起こる条件として大統領は, 発生する問
題に対する開かれた討論の可能性, それらの問題を解決する方法を決定するア
イデアの正当な競争のための可能性があることを挙げている)。 このことを指
摘するということは, 大統領は政治問題や社会問題に対する現在の討論の状況
について, 必ずしも満足していないことを表現しているのではないか。
次にロシアの政治システムの現状において大統領が重要だと考えているのは,
ロシアの多党制である。 メドベージェフは, 「我々の社会の政治的多様性がわ
が国の多党制の構造を決定する」 と述べて, 「ロシア連邦における多党制は全
体として形成された。 その多党制は安定的に作用する全国民的な政治制度になっ
たし, わが国民の根本的な権利と自由を保障する最も重要な道具になった)」
と肯定的に評価している。 この問題については, メドベージェフ論文において,
議会政党が政治闘争のリーダーとなり, 政権交代も行われるような政治システ
ムを想定しているので, その方向に近づいていると考えているのではないか。
しかし, それと同時に, 政治生活のさまざまな側面は社会的な批判にさらさ
) См. там же.
) Там же.
( )
メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について
れていると大統領は指摘する。 その批判にさらされている問題とは, メドベー
ジェフによれば, 選挙の組織や政治文化の水準が低いことと, 社会経済的発展
の具体的な問題に対しての詳細な対案を提案することが不足しているというこ
とである)。 また, 選挙による人民代表性の質を改善すること, および, 政党
間の自由で公正で, 文明的な競争のための補足的な条件を創設することを提案
している)。
これらの政治システムの改革に関するメドベージェフの提案は, 原則的なこ
とであって, それもかなり限定されている。 メドベージェフ論文においても,
政治的現代化については, かなり慎重に考えていたので, 大統領教書での声明
でも, 大胆で具体的な改革については言及されていない。
連邦政治レベルの改革についてはほとんど何も具体的には示されなかったが,
地方政治レベルでは項目を列挙して, 改革のプログラムを提案している。 そ
れは次のようなものである。
①
連邦構成主体 (地方自治体) の議会の議員の定員を調整すること
②
地方議会に代表を送るすべての政党は会派を形成することができること
③
その地域の選挙で5%の得票を得た政党は議席を獲得できること
④
国家会議には議席を持たないが, 連邦主体の議会に会派をもつ政党は, そ
の地域における地方選挙への参加のために署名を集めることを免除されること
⑤
すべてのレベルの議会が, 一年に一度, 議会に議席をもたない政党の提案
を聞いて審議すること
⑥
地方の選挙に期日前投票を導入すること
⑦
地方議会に議席をもつすべての政党の活動をマスメディアに平等に光を当
てることを保証する法律を造ること
⑧
地方議会に対しての行政権力の指導部の年次報告について論議すること
) См. там
) См. там
же.
же.
( )
⑨
すべてのレベルの議会において, 党名簿による選挙への移行の必要性につ
いての提案を仕上げること
⑩
政治的競争のテクノロジー的保障に関する活動を継続し, 活発化すること
(これは, たとえば, 地方へのブロードバンドのインターネットの推進など
が含まれる))
以上のように, 地方政治の改革については非常に詳しく, 具体的に提案され
ている。 なお, ④の選挙に出馬するために署名を集める必要については, メド
ベージェフは, 連邦議会を含めて, 政党には免除することを提案している。 こ
の地方政治の改革は, プーチン時代から続く地方政治の改革の一環であるが,
地方政治においても政党の役割を拡大しようとするものであろう。
最後に, メドベージェフ論文で 「社会的慢性病」 の一つに位置付けられた
「汚職」 との闘いについてメドベージェフは, 「汚職との闘いは, あらゆる方面
で行わなければならない)」 と述べて, その闘いを立法の改善, 司法体制や裁
判所の体制の活動の改善と結び付けて論じている。 とくに, この汚職との闘い
に成功するためには国家管理のすべての分野が社会に公開されなければならな
いことを強調する。 この国家管理の分野には, 行政機関, 立法機関だけでなく,
裁判所や司法社会の機関の活動も含まれる。 国家機関の活動の公開性や, 裁判
所の活動についての情報へのアクセスを保障する法律が年に効力をもつこ
とを述べている)。
以上のように, メドベージェフ論文で示されたロシアのさまざまな分野の
「現代化」 の戦略についての提案が, どの程度大統領教書で具体化されたかに
関して検討してきた。 経済的現代化の5つの 「戦略的ベクトル」 に関しては,
大統領教書でより具体的に, かつ詳細に論じられて提案されている。 しかし,
) См. там же.
) Там же.
) См. там же.
( )
メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について
政治改革については, メドベージェフ論文においてもかなり慎重だったように,
大統領教書でもあまり具体的なプログラムは提案されていない。 地方政治改革
についてはかなり具体的に踏み込んで提案しているが, 汚職との闘いについて
は, 国家管理のすべての分野での情報公開が提案されているが, 具体的な汚職
の問題には踏み込んでいない。 メドベージェフ論文に示された 「現代化」 への
意気込みは, 言葉の上では教書にも見られるが, 具体的なプログラムの提案に
までは至っていないようである。
2, 専門家の評価
メドベージェフ大統領の連邦議会への年度の大統領教書に関して, いく
つかの専門家の意見を見てみよう。 まず, リベラル派であるコンスタンチン・
ミクリスキーは, 年
月
日付の 「独立新聞」 に前述の 「革新のチャンス」
という論説を掲載し, メドベージェフの 「現代化」 について論評している。 ミ
クリスキーは現在のロシア社会を 「行き詰まりのモデル)」 と評しており, そ
れを 「官僚制的・オリガルヒ的資本主義」 と 「権威主義的政治レジーム)」 の
モデルと名づけている。 その上で, このようなロシア経済を 「現代化」 するに
は, ロシアの社会的機構のモデル全体の修正なしには不可能であると論じてい
る。 そのモデル全体の修正をする際に, 特にカギとなるのは, ロシアの政治モ
デルの経済に対する否定的な作用を克服することであるとミクリスキーは指摘
する。 しかしながらミクリスキーは, 大統領の改革者的意図は決して十分には
実現されないだろうと嘆いている。 これは現代のロシアに定着した社会的モデ
ルが経済の 「現代化」 を本格的に妨げるだけでなく, 全く不確定の時期まで延
期しようとするからである。 その社会的モデルの頂点に改革者であるメドベー
ジェフも存在しているのである。 それにもかかわらず, ミクリスキーは, この
) Константин
) Там же.
Микульский, указ. соч.
( )
メドベージェフの 「現代化」 政策を 「革新のチャンス」 として期待をかけてい
る。 なぜならば, 現在の社会的モデルは行き詰っていて, すでに動揺を始めて
いるからである。 政府の指導部そのものが, 今後の発展の方向を選択するにあ
たって迷っているとミクリスキーは考える。 メドベージェフが論文にこめた
「現代化」 の訴えは, 状況を克服しようとする大統領の心からの志向であると
ミクリスキーは指摘するのである)。
このように, リベラルな考えを持つコンスタンチン・ミクリスキーは, メド
ベージェフの意図通りにはなかなか進まないと考えながらも, 大統領の意図に
関しては評価している。
それでは, 保守派の専門家はどのように考えているかというと, 「統一ロシア」
党のホームページによく意見を寄せている政治経済通信社の社長ドミートリー・
オルロフの考えが 「ブズグリャド」 の記事で紹介されている。 それは, 記者
のマリヤ・スヴェトローワが書いた 「発展のタンデム ) 」 という論説記事で
ある。 この記事でマリヤ・スヴェトローワは 「国家の現代化戦略は, 首相と
大統領の支配的なデュエットを
発展のタンデム
化の必要性を指摘した, メドベージェフは現代化の
に変えた。 プーチンは現代
ロードマップ
を作成し
た)」 と述べた。 また, ドミートリー・オルロフは, 社会システム科学研究所の
副所長ドミートリー・バドフスキー (Домитрий Бадовский)
やペテルブルク的政治財団の議長ミハイル・ビノグラードフ (Михаил
Виноградов) と3人で
政治日程
保守的現代化−:権力の配置と新しい
と題する共同報告を出した。 その中で3人の学者たちは, プーチン
が大統領時代の最後に論じた 「プーチン・プラン」 こそ, 「現代化」 政策の起
) См. там же.
) Мария Светлова, Тандем развития, ≪ВЗГЛ
ЯД≫, января , −
− (年3月日アクセス)
) Там же.
( )
メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策について
点であり, メドベージェフ大統領の2回目の大統領教書がその 「現代化のロー
ドマップ」 であると考えているとこの記事は確認している)。 さらに保守派の
学者たちは, 保守主義と現代化は矛盾しないと確信しており, メドベージェフ
大統領の 「現代化の司令部)」 が保守的な 「統一ロシア」 党にあることも論理
的だと考えている。 そのうえで彼らは, メドベージェフ大統領の 「現代化」 政
策が, 「プーチン的多数派)」 によって支えられていることを強調し, 「プーチ
ン的多数派の構造的基礎としての統一ロシアは, 国民的な現代化連合の骨組み
である)」 と主張している。
このように保守派の論客たちは, マリヤ・スヴェトローワの記事で紹介され
ているように, メドベージェフ大統領の 「現代化」 政策は, 「プーチン・プラ
ン」 の枠組みの中にあり, それを実行する 「現代化連合」 は, 「統一ロシア」
党が組織する連合体であると確信しているのである。 これはまさに, スルコフ
が構想した 「主権民主主義」 体制そのものだということができる。 やはり, 保
守派の人々は, メドベージェフの訴えを何とか保守的枠組みの中に閉じ込めよ
うとしているのである。
おわりに
メドベージェフ大統領が年9月にインターネット上に発表した 「ロシア
よ, 前進せよ!」 という論文は, 本論で見てきたような様々な反応を呼び起こ
した。 それはプーチン政権の時代をも批判したものであった。 しかしながら,
政治改革の提案についてはかなり慎重で, リベラル派からみると不十分なもの
であった。 それでも, いくらかの期待があり, 「革新のチャンス」 を見出す専
門家も出てきている。 ミクリスキーは, 政権の指導部内に今後の発展方向につ
)
)
)
)
См. там же.
Там же.
Там же.
Там же.
( )
いての迷いや矛盾が存在していて動揺していると分析している。 大統領が呼び
かけた 「現代化」 政策は, いまや 「統一ロシア」 党を挙げての一大運動となっ
ている。 もちろん, この保守的な 「統一ロシア」 党の運動は, 「現代化」 を大
統領が掲げた5つの戦略的ベクトルを中心としたテクノロジー的発展にとどめ
て, それ以外の政治的, 社会的 「現代化」 の問題については, 大統領が指摘し
た程度に抑制しようとするものである。 それでは, 大統領が始めたこの 「現代
化」 運動は, リベラル派の期待を全く裏切るものとなるのだろうか。 それこそ
「革新のチャンス」 があるとすればそれはどのような時になるだろうか。 こう
した問題にこたえるためには, さらに, 「統一ロシア」 党の保守的現代化運動
やリベラル派の闘いについて詳しく検討していかなければならない。