Books - ヒューマンサイエンス振興財団

発行
公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団
東京都千代田区岩本町2-11-1
TEL.03
(5823)
0361
編集責任
情報委員会
制作協力
株式会社 メジテース
東京都中央区八丁堀3-6-1
TEL.03
(3552)
9601
印刷
株式会社 成美堂印刷所
JULY 2013
ヒューマンサイエンス
十 三 世 紀 の こ の 絵 は、薬 剤
師が蜂蜜を原料とした医薬
品を製造しているところを
描 い て い る。当 時、蜂 蜜 は
それ自体も医薬品として重
要な役割を果たしていたが、
薬草からその有効成分を抽
出 す る の に も 利 用 さ れ、ま
た、様 々 な 薬 に 混 ぜ て そ の
味やにおいを和らげる賦形
剤としての役割も果たして
いた。
参考/Alchemy, the Ancient Science ステンドグラス 志田 政人 撮影 安江とも代
Volume 24 / Number 3
○ ● ● ●
○ ● ● ●
JULY 2013 / HUMAN SCIENCE
CONTENTS
ヒューマ ン サイエ ン スをリ ードし 、人 類 の 健 康 と 福 祉 に 貢 献 しま す 。
JULY 2013 Volume 24 / Number 3
HEADING
バイオバンク事業の発展を期待して
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3
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2
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4
春日 雅人 (独)国立国際医療研究センター 総長・理事長
STAINED GLASS
錬金術―Ⅱ―3 蜂蜜から薬をつくる
山崎 幹夫 千葉大学 名誉教授
INTERFACE
再生医療の現状と将来
岡野
岡野
中畑
高橋
髙橋
司会) 岡野
光夫
光夫
龍俊
政代
政代
栄之
東京女子医科大学 副学長・教授
先端生命医科学研究所(TWIns)所長
京都大学 iPS 細胞研究所(CiRA)副所長
(独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター
網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー
慶應義塾大学 医学部 生理学教室 教授
オオミサンザシ(バラ科、果実を干したものが生薬の山査子(サンザシ)) (都立薬草園)
梶井 健造:明治製菓薬品研究所OB
Canon EOS Kiss X2 EFS 17-85mm 50mm f5.6
J U LY 2 0 13 / H U M A N S C I E N C E
CONTENTS
TOPICⅠ
脊髄再生医療の現状と展望
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14
掘 桂子 慶應義塾大学大学院 医学研究科 整形外科学教室
岡野 栄之 慶應義塾大学 医学部 生理学教室 教授
TOPICⅡ
大きく変化する再生医療の制度的枠組みと課題
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18
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24
大和 雅之 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 教授
TOPICⅢ
ヒト iPS 細胞研究の海外動向
古江−楠田 美保 (独)医薬基盤研究所 難病・疾患資源研究部 ヒト幹細胞応用開発室 研究リーダー
TERRACE
スウェーデンのライフサイエンス産業
1
基礎研究から臨床応用へ
橋本 せつ子 スウェーデン大使館 投資部 主席投資官
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A D M I N I S T R AT I O N
再生医療とレギュラトリーサイエンス
−早期実現にむけて合理的な理解を−
松山 晃文 (公財)先端医療振興財団 再生医療実現拠点ネットワーク事業開発支援室 室長
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GALLERY
28
コオイムシ – 消化機能を失った肉食生物
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30
表3
今泉 晃 医療法人社団珠光会 企画管理室
F R O M F O U N D AT I O N
財団からのお知らせ
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平成 24 年度(公財)ヒューマンサイエンス振興財団発行 調査・報告書の概要
[報告書は、
(公財)ヒューマンサイエンス振興財団のホームページで全文がご覧になれます。
(参考 URL: http://www.jhsf.or.jp/paper/report.html)]
BOOKS
書籍紹介
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23,27
FROM EDITOR
編集後記
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会報「ヒューマンサイエンス」は、2012 年 7 月号より(公財)ヒューマンサイエンス振興財団
のホームページ(http://www.jhsf.or.jp/paper/repo_idx.html)で全文をご覧いただけます。
1
J U LY 2 0 13 / H U M A N S C I E N C E
S TA I N E D G L A S S
錬金術―Ⅱ―3 蜂蜜から薬をつくる
十三世紀につくられたとされるアラブ資料に掲載されたこ
の絵には、薬剤師による製薬作業の一場面が描かれている。
そして、その解説には、薬剤師が蜂蜜を原料として医薬品を製
造していると書いてある。もちろん、蜂蜜はそれ自体も医薬
品としての重要な役割を果たしていたが、それだけでなく、薬
草 を 浸 し て そ の 有 効 成 分 を 抽 出 す る と か、 あ る い は 薬 草 を 始
めとするさまざまな薬に混ぜて、その味やにおいを和らげる
賦形剤としても役立ったはずである。
蜂蜜によって薬草のエキスを抽出する作業工程は、薬草の
薬効を損なうことなく、苦みや臭みを和らげるのに役立つ有
効な製剤技術としても広く利用されてきた。ちなみに、蜂蜜
に 限 ら ず、 適 当 な 溶 媒 に よ っ て 固 形 物 か ら 有 効 な 成 分 を 抽 出
する工程は、様々な抽出器の使用などを通じ、製薬技術を支え
る有効な化学的手段として広く利用され続けてきた作業工程
とされている。
十分に加熱・抽出され、混和された薬草等のエキスは、さら
に小さな陶器製の壺状の小鉢に小分けされ、薬局の棚に並べ
られた。ちなみに、使われた角形の小鉢の四隅には、使用に便
利なように注ぎ口の縁(ふち)がつけられるなどの工夫がな
されており、鉛に混ぜられた金や銀の分離、精製の際にも、こ
の小鉢の上で加熱することによって鉛をいち早く酸化して除
く方法等にも利用されていたらしい。
液 状 物 質 の 高 温 下 に お け る 長 時 間 の 加 熱 は、 錬 金 術 の 中 で
は必須の作業としてしばしば求められ、たとえば、金属の酸化
物の作成などには、かなり強烈な灼熱条件が必要とされた。
中でもっとも重要とされたのは、炉内の温度をいかにうまく
調節しながら利用するかの技術であった。まだ、適切な温度
計がなかったために炉内の温度を正確に計測することができ
な か っ た こ の 時 代 に、 錬 金 術 者 た ち は 炉 内 の 温 度 を エ ジ プ ト
の夏、沸く前の風呂の湯、炉の中の砂や灰、はだか火の四段階
に分けて表現し、認識するなどの工夫によって、作業を円滑に
進行させたと伝えられる。
様々な錬金術者が輩出し、活躍した中で、AD八二六年ころ
に生まれたアラブの錬金術者アル・ラジは特に大きな業績を
残して錬金術の進歩に大きく貢献したとされる。アル・ラジ
によって用いられた錬金術の技術はその後の錬金術に強い影
響を与え、また彼が考案し、盛んに使用された機器類は、以来、
数千年にもわたって大きく変化することもなく使い続けられ
たという。
山崎 幹夫
やまざき・みきお
千葉大学 名誉教授
東京都生まれ
千葉大学薬学部卒
東京大学大学院
博士課程修了
薬学博士
専門は薬用資源学
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HEADING
バイオバンク事業の発展を期待して
(独)国立国際医療研究センター
総長・理事長
春日 雅人
科学技術の進歩は医学研究の有り様にも大きな変化をもたらしてきた。こ
の20年程の間に、遺伝子改変マウスの作製技術は大きく進歩し、個体レベルで
の病因・病態の理解に大きく貢献した。
しかしながらその成果をヒトに還元しようとすると、マウスとヒトにおい
ても種差の問題が明らかとなった。次に、均一な遺伝的背景と環境要因のも
とで得られたマウスのデータを不均一な遺伝的背景と環境要因のもとで生活
するヒトにあてはめることの困難さも明らかとなってきた。更に、
“不均一な”
ヒトでの研究ではサンプルの数が重要であることが示唆されてきた。例えば、
2型糖尿病関連遺伝子として、数百人の患者を対象として同定された遺伝子は
同規模の他の集団で追認されることはほとんど無かったが、数千人の患者を対
象として同定された遺伝子の多くは民族を越えて追認された。すなわち、ヒト
の多様性を克服する一つとして“数”の可能性があることになる。
このような背景から、ヒトの多数のサンプルと医療情報を集めそれを多くの
研究者で共有するバイオバンク事業の必要性が世界各地で叫ばれている。わ
が国の 6つの国立高度専門医療研究センター(ナショナルセンター)でも、約
3 年前よりこのようなバイオバンクの必要性が共通の認識となり、現在一日も
早くバンク事業が軌道に乗るように努力しているところである。
バイオバンクは我々が次世代のために残すことができるもの、そのなかでも
重要なひとつであることは間違いない。しかしながら、バイオバンクとしてい
くら多くの試料やそれに付随する医療情報を貯えても、それらが広く有効に活
用されなくては意味がない。この観点から、バイオバンクがアカデミアの研究
者のみならず企業によっても活用され、創薬などにも役立つことができれば理
想的である。患者さんを正しく診断し、現在までの医療情報を適確に聞き出し、
バイオバンクの意義を理解してもらい、インフォームドコンセントを得て、血
液等の試料を提供頂くのは非常に時間と根気を要する大変な作業である。
この過程の主要な部分を担当する多くの主治医かつ研究者は、苦労して集め
たこれらの試料等を独占しようとは考えていないのが実情であり、有効に活用
され最終的に国民の皆様の利益につながれば有難いと考えているはずである。
但し、企業に分譲する場合、苦労して集めた試料等が本当に有効に活用される
かを心配する人が多いのも事実である。企業もこのような現場の心情も察し
て、全く情報を出さずに一方的に試料等の分譲のみを要求するのではなく、ま
ずは共同研究として始めることでバイオバンクを有効に活用して頂けたらと
思う。
春日 雅人 かすが・まさと
(独)国立国際医療研究センター 総長・理事長
東京都生まれ
東京大学 医学部卒
医学博士
専門は内科学、内分泌代謝学
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I N T E R FAC E
再生医療の現状と将来
東京女子医科大学 副学長・教授
先端生命医科学研究所(TWIns)所長
岡野 光夫
京都大学 iPS 細胞研究所(CiRA)副所長
中畑 龍俊
(独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター
網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー
高橋 政代
慶應義塾大学 医学部 生理学教室 教授
岡野 栄之
司会)
それを1,000例、10,000例に徐々に広げていくことが
必要で、いきなり100万例で大丈夫だという仕組みを
作らないとならないとすると、行き着く前にみな息が
切れてしまうでしょう。そこで再生医療に合った仕
組みを作れないかということで、自民党の河村建夫先
生は再生医療を支援する議員の会を2006年にスター
トさせました。この流れに続き民主党の医療イノベー
ション推進室なども含めて、患者を治すという立場か
ら過剰な規制は取らず、規制は安全が担保できる範囲
に収めていくべきではないかということで、科学技術
に基づいた規制法を考え、いろいろな見直しが検討さ
れてきました。さらに自民党政権になり今国会に再
生医療推進法と関連の法律が出ます。医師法では治
療というと医師の判断で、安全かどうかといったサイ
エンスと別に自由にやれますが、再生医療は医師がす
べて安全を担保できるというテクノロジーではない
ので、テクノロジーも医師法の中である程度規制は必
要ではないかと考えられます。それから、薬事法でや
るには必ずしも必要でないことにあまりにも厳しす
ぎ、薬とは別の新しい規制を作って患者のために迅速
に安全な再生治療を届けることをする。トータルの
推進法を一つ作って、医師法と薬事法の二つを見直す
計画です。大きな目玉は、臨床研究のときは医師が自
分で作ったものを患者に入れることはやれるのです
が、そこの部分をテクノロジーのあるところに委託が
できる仕組みを入れようと考えています。それをや
ることによって技術と人を育てることが出来るので、
日本にとっては財産になります。臨床研究も第三者
機関に委託できるということは治験を早く進めるこ
とになると思います。もう一つは、大勢の患者を治す、
岡野(栄)───皆様、本日は公益財団法人ヒューマンサ
イエンス振興財団の座談会「再生医療の現状と将来」
にお忙しいところをお集まりいただき、有難うござい
ました。タイムリーなことに世界で初めてのiPS細胞
の臨床研究を申請された直後の高橋先生に来ていた
だきましたし、また再生医療学会の岡野(光)理事長、
そして厚生労働省の“ヒト幹細胞を用いる臨床研究
に関する指針”(以下“ヒト幹指針”と略す)を策定
した時の委員長であります中畑先生と謀ったように
素晴らしいメンバーの座談会となりうれしく思って
おります。今後の再生医療の方向性について非常に
重要な議論をして行きたいと思います。
再生医療の現状と今後の課題
岡野(栄)───まず再生医療学会の理事長であります岡
野光夫先生に、今後の法改正を含め再生医療の現状と
今後の課題について少しお話しいただけたらありが
たく存じます。
岡野(光)───今の薬事法の仕組みそのままで再生医療
を規制していくという考えで今ま
でやってきました。しかし、薬です
と、認可になると認可された範囲の
中で正確に同じ錠剤を100万錠でも
作れるのですが、そのためには安全
と効果を担保するために膨大な治
験と技術的な集積が必要なのです。
しかし、再生医療は多くの患者さん
岡野 光夫
を治療するに至る途中の段階、すな
わち臨床研究段階でまず100例以下の規模で実施し、
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安全と効果が担保される前段階の、ある程度安全性が
確保されたところで臨床研究がなされていく中で、条
件付きの承認を出し、ある程度症例の数が増えたとこ
ろで本承認を出す。条件付き承認を早い時期に出しな
がら、安全と効果をできるだけ早く担保して再生治療
を普及させて行くのです。
岡野(栄)
───それは薬事法の治験の話ですね。
岡野(光)───そうです。
岡野(栄)───承認後の市販後調査みたいな調査をきっ
ちりやってということですね。
岡野(光)───そうです。その代わり全例報告を義務付
ける。それから施設の審査をちゃんとやる。プロトコ
ル審査もきちんとやる。医師や技師の資格などもきち
んとやる。こういった裏付けの中で、少し新しい仕組
みに向けて動いていこうということで、厚生労働省も
経済産業省も納得していただいて、自民党から法律が
出てくる段階まで来ています。
岡野(栄)───なるほど。これなら良くなりそうです
ね。治験で再生医療用の細胞製剤のようなものがも
し承認されても、どこで治療をやるかということは非
常に大事な問題になります。特に、無菌室もないよう
な医療機関ではなかなか難しいと思いますし、GMP
(good manufacturing practice) レ ベ ル のCPC(Cell
Processing Center:細胞調製施設)がないと凍らし
た細胞を処理できないとなると、そこもまた行き過ぎ
ということになります。その辺りが実際に合った形の
法律になって欲しいと思います。進めなければならな
いものは進めていただいて、抑えなければいけないと
ころは抑える、そこは再生医療学会として健全なご意
見を出していけばよろしいかと思います。
があるということは後でちょっとお話します。この3
つのトラックがあり、2番目の“ヒト幹指針”は岡野(栄)
先生も委員で一緒に作らせていただきました。当時は
ES細胞がありましたが実際の医療というところまで
行っていませんでしたので、体性幹細胞を用いた再生
医療に限定した議論が行われていました。その中では、
細胞を処理するには安全で、ある一定のレベルにある
施設で処理しなければならないとか、ある程度基準が
しっかりしているCPCでなければ
ならないとか、倫理委員会をしっか
り通せとか、当時としては一般的に
かなりきっちりしたものを作った
つもりですが、その中で死亡胎児を
どう取り扱うかで1年以上も議論が
ありました。今回の指針の中には
盛り込まないという形で今ははず
してありますが、当時の指針に基づ 中畑 龍俊
いて各施設の倫理審査委員会を通ったものが20人くら
いの専門家からなる中央倫理審査委員会に上がってき
て、直すところは差し戻し、駄目なところはだめという
やり取りがあり、最終的には厚生労働大臣に中央倫理
審査委員会が報告するという仕組みをつくりました。
それに則って20数件が認められ、指針に基づいた再生
医療が行われていると思いますが、順調に発展してく
れるのではないかと思っています。一方当時なかった
iPS細胞も生まれてきましたし、また、欧米ではES細胞
を用いた医療というのも始まったということもあっ
て、指針の改正の検討が行われています。今回の指針
の改定の中には、iPS細胞やES細胞もその中に織り込
む予定になっています。これらの細胞を使った時のリ
スクは、今までの体性幹細胞を用いたときとは違った
角度からのリスクの検討が必要なので2013年3月末を
目処にまとめる方向に議論が進んでいるところです。
もう一つ、先ほどの議員立法の問題とは別に、“再生医
療安全性確保推進専門委員会”が立ち上がっておりま
して、そこで法律にする議論が進んでおり、一番の問題
は自由診療です。再生医療についてどういう自由診療
が行われているかを厚生労働省自身も全く掴んでいま
せん。この様に野放しになっている自由診療を厚生労
働省がまずしっかり把握する。同じ再生医療でもES
細胞やiPS細胞を用いた医療というのは、日本のどこの
施設で行っても良いというものではなく、施設を限定
して行うべきだという議論も進んでいます。再生医療
をAランク、Bランク、Cランクにランク付けし、Aラ
ンクはかなりハードルを高くし、いまの治験審査に相
当するような倫理委員会の2重の審査をしっかり行い、
しかも施設を限定して行うことでスタートしようとし
ています。
岡野
(栄)
───Aランクはどういう疾患とか細胞ですか?
“ヒト幹指針”が出来る前と出来た後の状況
岡野(栄)───中畑先生は、今の“ヒト幹指針”を定め
たときの委員長でした。この指針が施行になったのが
2006年9月1日でした。その当時から見るといろいろな
技術的なブレークスルーも出まして、大分当時と状況
が変わったと思いますが、“ヒト幹指針”出来る前、出
来た後を振り返ってご説明していただけますか?
中畑───今ありましたように、再生医療のトラックは
3つあったと思います。一つは薬事法に則って治験を
行って一般医療にしていくというもの。2番目が今お
話のあった“ヒト幹指針”を厚生労働省が作りそれに
則って進めるというもの。それまで一定の指針がない
まま行われていたために、非常に危ない医療も行われ
ていました。そこで一定の指針を作るべきだと検討が
行われたのが2番目のトラックです。3番目は先ほどか
らお話があったいわゆる自由診療、医師の裁量という
形で行われる自由診療です。そこにもいろいろな問題
5
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I N T E R FAC E
れないルールを作ってもどうしようもありませんし、
あまりにもルーズになるとこれまたかつての心臓移植
の様になりますから、非常に健全な形でルールが作ら
れようとしています。非常に新しい方向ではないかと
思っています。
中畑 ───疾患は限定していません。細胞はES細胞と
iPS細胞を用いたものが主ですが、体性幹細胞の中にも
非常に複雑な操作を必要とするものはAランクにしよ
うという議論が進んでいます。
岡野(栄)───CPCで増やしたりするものはAランクで
すね。
中畑───その通りです。一方、一般診療になっている
が自由診療で行われている多くの診療、特に美容整形
で使われている診療は報告の義務を負わせて、厚生労
働省で把握するような仕組みを作る。それに違反した
場合は何らかの罰則を作るという形で議論が進んでい
ます。
岡野(栄)
───それがBランクですか?
中畑───いや、それはCランクです。Bランクはその中
間ぐらいで・・・・・。
岡野(栄)
───間葉系幹細胞とか臍帯血などですね。
中畑───その通りです。もう一つは治験のトラックで
薬事法に則った医療です。いま岡野(栄)先生と一緒に
やっているのですが、PMDA(独
立行政法人 医薬品医療機器総合機
構)でもいままでの審査の形を少
し変えようとする動きがありまし
て、アメリカのFDAのようにサイ
エンティフィックな視点からの意
見をしっかり入れる形にしようと
いうことや迅速化などいろいろな
高橋 政代
ことが挙がっており、その検討も精
力的に議論が進んでいます。
岡野(栄)───PMDAは独立行政法人ですから言ってみ
れば厚生労働省に匹敵するお役所のようなところで、
申請する医療人が意見を言うことがなかなか出来な
かったのですが、組織改革をやっていまして、これから
高橋さんのような先端的な申請が出てきた時、これま
で誰も審査をしたことが無いから審査できませんとい
うことは許されない時代になっているということもあ
り、科学委員会というものを作り、再生医学や分子生物
学あるいはがんの専門家など非常に幅広い医療関係者
や医学者が、今後全く新しい申請にどう対応するかと
いう議論を月1回くらいのミーティングでやっていま
す。特に再生医療に関しては中畑先生が部会長で私が
副部会長を務めています。毎回テーマを決めており、
例えば、iPS細胞はどのようにして調製するべきかは、
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の高橋勝利さんに
お話いただきましたし、がん原性に関してどういった
チェックをするべきかは、自治医科大学の教授で東京
大学の特任教授の間野先生にお話しいただきました。
それぞれの専門家から詳しい説明を得て、それをルー
ルに落とすときに実際どうしたら良いかをPMDA側
と学者側が密にディスカッションしています。誰も守
“ヒト幹指針”への申請の経緯など
岡野(栄)───高橋先生、まさにタイムリーな話題です
が、昨日(2013年2月28日)“ヒト幹指針”に申請され
たということですが、どのような経緯で準備されてき
たかとか今後の課題・展望についてお話いただけませ
んでしょうか。
高橋───私自身は18年ぐらい前、岡野先生などわずか
な人しか再生をやっていなかった頃から網膜の再生を
やりたいと思い研究しておりました。ES細胞を使い
出したのが14年ぐらい前のことで、網膜の色素上皮と
いうものがES細胞から出来てくるということを笹井
先生の技術などを使わせていただいて、世界で初めて
見つけることが出来ました。眼科医でしたので、その
細胞が治療に使える重要な細胞であるということが即
座に分かりました。そこから10年以上かけて治療に
使えるようにしてきているわけですが、その中で、ES
細胞で治療に使えるだろうということが、動物実験の
POC(proof of concept)までは10年前には出来てき
ていました。しかし、日本ではES細胞はとても臨床に
は使えないだろうという雰囲気でしたし、“ヒト幹指
針”もまだありませんでしたので、躊躇している間に、
アメリカでは民間の企業がどんどん治療にしていく、
アメリカのAdvance Cell Technology社が治験をする
といううわさを聞き、焦っていたところに、iPS細胞が
出来てきました。これによりES細胞という拒絶反応
のある細胞よりも更に良い治療になるということを確
信して、一挙に臨床レベルに上げてゆきました。私達
が最初だと言われますが、既に日本では“ヒト幹指針”
を作るという議論が行われていて、それなりの指針が
あったのです。その指針があるという安心感で、我々
も形を作っていけたと思います。正直言いますと6年
前にiPS細胞が出来たとき、治療は作れると思いました
けれど、“ヒト幹指針”が、iPS細胞が臨床に使えると
ころまで改正されるのはすごく時間がかかるだろう
と思っていましたし、もしかしたら指針が出来ていな
いためにストップがかかるかと思っていたのですが、
iPS細胞の力といいますか、皆がものすごい協力体制を
とり、iPS細胞を臨床に使えるという指針が、それも驚
くほどの速さで出来てしまいました。文部科学省も厚
生労働省も協力して道を開いてくださったのです。そ
の道の上を私はただ歩いているという感じです。道筋
は皆さんの議論で出来ていて、その道筋を着々と歩い
6
J U LY 2 0 13 / H U M A N S C I E N C E
I N T E R FAC E
て到達したというイメージがあります。
岡野(栄)───実際はどういう形でiPS細胞を調製してい
くのか、自分では分かっているつもりですが、説明して
いただけますか。
高橋───網膜には中枢神経の部分と網膜色素上皮とい
う上皮系の部分の層構造があります。神経の部分の網
膜も治そうと準備をしておりますが、それより前に上
皮様の性質を持ちます網膜色素上皮という茶色の細胞
に着目しました。この網膜色素上皮はいろいろな病気
の原因となります。その中で特に患者さんが一番多く
て有名なのが、加齢黄斑変性という病気です。これは
網膜の真ん中部分の網膜色素上皮が加齢により弱って
しまって、一番大切な視力を出す網膜中心部の機能が
低下するために視力が低下してしまうという病気で
す。
日本では、本来ないはずの新生血管が発生するタイ
プであるwet typeが多いので、我々はこのwet typeの
加齢黄斑変性を対象に再生医療の応用を考えました。
過去に新生血管を、ダメージを受けた色素上皮と共に
取り去る抜去術はあったのですが、新生血管を取って
しまうと色素上皮もなくなってしまい、結局機能は回
復しないという不完全な手術でした。そこにiPS細胞
が出来てきました。ご本人の若返った網膜色素上皮、
拒絶反応のない網膜色素上皮を眼球の外で作れるとい
うのは大きなブレークスルーでした。我々は、患者さ
んの皮膚から作ったiPS細胞、そこから生じる網膜色素
上皮、茶色い細胞ですから網膜色素上皮だけを選ぶこ
とができ、純粋な網膜色素上皮にすることができまし
た。それをシート状にしまして患者さんの痛んだ網膜
色素上皮の代わりに網膜の裏側に挿入するという手術
で機能を回復しようと思っています。
岡野(栄)───今回は何例ぐらいの患者さんを対象にさ
れるのでしょうか?
高橋 ───6例を考えております。まだプロトコルとし
ましては、昨日“ヒト幹指針”の審査を申請したばか
りですので、そこで人数もこれで良いかなど議論され
ますので決定ではありませんが、いまのところは6例を
考えております。
岡野(栄)───これはiPS細胞を使った最初の臨床研究と
なりますので、是非成功していただきたいと思います。
私どもも脊髄損傷の治療を4年後くらいに考えており
ます。動物実験で成功してもヒトに応用しないとわか
らないことが多くあると思いますので、是非道を作っ
ていただきたいと思っています。
あります中畑先生は、一般にCiRAとしてこのiPS細胞
のストックを作って、薬事法適用に
なるようなグレードのものを用意
されていくことを国家戦略の一環
としてやっていらっしゃいますが、
安全性その他において、どういった
点を重要視して行こうというご予
定なのでしょうか。勿論、審査に
引っかかるお話にはならないと思
いますが、差し支えない範囲でお話 岡野 栄之
を伺えればと思います。
中畑 ───iPS細胞の再生医療への応用ということに限
りますと、高橋先生からお話のあった、自分の細胞を
使ってiPS細胞を作ってそれを自分に戻す自家再生医
療と、もう一つは他人からのiPS細胞を作って患者さん
に戻す他家再生医療という二つの再生医療がありま
す。自家再生医療の場合は自分自身にしか使わないと
いうことになりますので、拒絶の問題というのは恐ら
く非常に少ないと思いますし、自分の持っている以外
の病気が持ち込まれるという可能性は非常に少ないと
思いますので、その点からは安全性も高いのではない
かと思います。一方、iPS細胞を作るためにはお金と
時間がかかるという非常に大きな問題があります。医
療経済的に見ますと患者さん毎にiPS細胞を作り再生
医療に使うとすると、いまの保険制度がパンクしてし
まうという大きな問題もありますので、その辺をどう
やって行くかが一つの問題です。その一つの解決法と
して他人の細胞を使ってiPS細胞の再生医療が出来る
ような仕組みを作ったらどうかということです。今考
えられているのはHLA(human leukocyte antigen)
ホモiPS細胞ストックという考え方です。ご存知のよ
うにHLAのA、B、DR座それぞれに2つずつあり、移
植をするには計6個の型が合わなくてはなりません。
しかもそれぞれに多くの種類があるので、組み合わせ
は膨大な数になります。ただ幸いなことに単民族国
家である日本人の中にはHLAの3座がホモである、す
なわち、お父さんから貰ったHLAとお母さんから貰っ
たHLAとが同じHLAを持っている方が正常の人の中
にもかなりいることが判ってきました、そういう人た
ちを選び出してiPS細胞を作れば、かなり多くの人にそ
の細胞が使えるのではないかと思われます。HLA-A、
-B、-DRの3座について、我が国で最も頻度の高いハプ
ロタイプをホモで有するドナーに由来するiPS細胞な
ら、1株で我が国の人口の十数%をカバーでき、頻度の
高い順に50種類の3座ホモドナーからiPS細胞を作成
することができれば日本人の73%がカバーされるとい
う試算がなされています。その場合には、作ったiPS
細胞がほんとうに安全かどうかということを、いろい
ろな角度から徹底的にチェックして、本当に安全なも
iPS細胞のストック作り
岡野(栄)───CiRAの副所長でもありPMDAの科学委
員会の委員で細胞組織加工製品専門部会の部会長でも
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のだけを選び出し、また目的とする細胞に分化できる
ことをしっかり確認し、いまのサイエンスで出来るこ
とは全て検定して、実際に患者さんに使えるストック
を作るという考え方でいま、京都大学iPS細胞研究所、
CiRAではそういった検討が行われています。近々そ
ういった細胞を作り始めるという段階でございます。
岡野(栄)───CiRAで臨床に使えるiPS細胞のストック
を作って、再生医療に使うのはiPS細胞そのものを移植
するのではないので、そのストックのiPS細胞を医療機
関に送って、そこで例えば神経とか心筋とか角膜とか
いろいろな細胞・組織に分化誘導して使うということ
なのですが、その元、種となるiPS細胞は安全性を担保
して、品質管理することが重要になろうかと思います
が、どういった点がいま品質管理で重要であるとお考
えでしょうか。
中畑 ───ご存知のように、ヒトのiPS細胞が作られた
のが2007年です。その当時、レトロ
ウイルスという遺伝子の運び屋を
使って4つの遺伝子を入れていたの
ですが、その中にはがんを引き起こ
す遺伝子c-mycも含まれていたわ
けです。そこに2つの大きなリスク
があるということは一般の人にも
分かると思うのですが、一つはレト
中畑 龍俊
ロウイルスという運び屋を使うと
遺伝子に傷が付いてしまう。その傷が付いたところに
遺伝子が入ると、その近傍にがんに関係する遺伝子が
あった場合、その遺伝子が活性化される、あるいは細胞
の増殖に関係する遺伝子があった場合、そこが活性化
されて、がんのリスクが高くなるという心配がありま
す。従って、遺伝子に傷をつけないで、入れたい遺伝子
を細胞の中に入れることが重要です。いまはエピゾー
マルベクターという細胞質には遺伝子が入りますが、
核の中には入らないという方法が開発され、より安全
性が高まったiPS細胞ができる様になりました。入れ
る遺伝子もより安全なものを使う、c-mycのような遺
伝子は使わないという方向に来ていますし、その外、
入れる遺伝子の種類についても検討が行われてより安
全なものを選び出すということが行われています。最
終的に一番心配されていたのががんのリスクです。そ
れについては徹底的にリスクがないような細胞を選び
出すこともこの1年間で急速に進展してきて、より安全
なiPS細胞を選び出すという技術がいま進んでおり、現
在の科学で出来る最高のレベルでの安全性を担保する
という検討が、どんどん進んできています。丁度、昨日
(2013年2月28日)も山中先生と岡野先生と一緒に間野
先生というがんの一番の専門家の先生といろいろ討論
があり、そこでも非常に有用な示唆がございましたの
で、そういったものを参考にしながら、より安全なiPS
細胞を作り上げていく検討が進んでいます。
岡野(栄)───免疫不全動物に移植して観察するのは6
か月ぐらいが限界ですが、実際に患者さんに移植した
ら10年、20年、患者さんはその細胞とお付き合いしな
ければなりません。一方、がんの研究者はlate onsetが
どうして起きるかというメカニズムを良く知ってらっ
しゃる。それを踏まえて、現在出来るベストサイエン
スでどこまで手を打たなければならないか、それも実
行可能な範囲でやれることをいま議論しているところ
で、もう少ししたら何らかの形でこのように考えてい
るということがアナウンスされるかと思います。い
ま本当にexomeを読むwhole exome sequenceは10万
円ぐらい、FISH(fluorescence in situ hybridization)
などとそんなに変わらない値段で出来ますので、がん
遺伝子が入っていないかとか、passageすると変異が
増えていないかなどの基本的なチェックを行いながら
進める必要があります。どんな方でも自然発生のがん
がありますが、iPS細胞由来の細胞を移植しても自然
発生のがんと変わらないぐらいのrateまで抑えること
が出来たら、iPS細胞移植医療の安全性が担保された
ことになります。臨床研究はやってみないと分からな
いところがありますが、やる前に出来るベストのサイ
エンスをやるということでは、わが国でも決して拙速
にならずしかも全速力で、ということでよろしいので
はないでしょうか。
岡野(光)───iPS細胞での治療を達成するという意味で
も、体性幹細胞で治療していくということをやらなけ
れば駄目です。
岡野(栄)
───そうですね。
体性幹細胞を用いた治療
岡野
(光)
───我々は、口の粘膜細胞で角膜を治すという
のを、日本で30人ぐらい、フランスで26人治療していま
す。それから食道がんを内視鏡的に切除して、口の粘
膜細胞シートを貼り付けて移植し、狭窄を止めて治癒
を促進する再生治療を行いました。日本で10人、カロ
リンスカで4人、それから軟骨の細胞シートを4、5人、
歯根膜を4、5人やって、あと心臓ですが、大阪大学の澤
先生のところで十数人治療し、治験も始まりました。
このように着実に体性の幹細胞を移植して、いままで
治らなかったような病気が治るという治療が一方では
始まっています。自分の病院で少数の患者を治療する
ことまでは出来ますが、多数の患者を治していくため
の仕組みをどうやって作るかはフロントでは重要なの
です。iPS細胞で次々に新しい可能性のある細胞、例え
ば膵細胞や肝臓の細胞、神経の細胞などを大量に増や
しつつ行ってきたわけですから、体性幹細胞で上手に
治療するという社会的仕組みづくりを先行させて走ら
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せながら、iPS細胞での治療を並行して進め、少数の患
者を治療するところから多数の患者を治療する仕組み
を作る社会の実現に向けて、そしてそれをアクセプト
することが出来る仕組みを上手く広げていくことが重
要だと思います。
岡野(栄)───おっしゃるとおりだと思います。iPS細胞
そのものを移植するわけではなくて、体性幹細胞にし
てから移植するわけですから、体性幹細胞を使った治
験あるいは臨床研究がどんどん進んでいかないと、先
詰まりになります。そこを是非やっていただきたいと
思います。そのためにもPMDAの方でも“ヒト幹指針”
ではなくて、その上を行った保険医療を担うための仕
組みを作って行きたいですね。
岡野
(光)
───いま食道がんも10例やって成功しました。
しかし、どのように治療を普及させるのかという仕組
みがはっきりしていないために投資も起きないし、や
りたいという製薬会社は沢山あるのですが研究段階に
とどまり、やったら止められるのではないか、規制の中
でどう商売するのかがいままではっきりして来なかっ
たのです。今回、委託製造が認められるようになると、
少し広げていく新しいメカニズムが出てきたのではな
いかと思うのです。そこにサイエンスとして、過剰に
ならない適切な安全と効果の担保の仕方で、多数の患
者を治していく仕組みを作っていきながら、iPS細胞、
ES細胞で次々に治療が出来てくる時に、その仕組みを
上手につなげていくことが、いまやらなくてはならな
いことだと思っています。
岡野(栄)───いま仕組みとしてそのときのベストサ
イエンスでやらなくてはいけないことは勿論ですが、
CiRAや先端医療振興財団が出来ないような仕組みを
作ってもどうしようもありません。実行可能であり、
かつreasonableな仕組みを是非作っていかなくてはな
らないと思います。“ヒト幹指針”と治験の溝はだん
だん無くなって行き、再生医療のためのスタンダード
な考え方を中畑先生の委員会で是非作っていただきた
いと思います。
岡野(光)───後は20世紀の縦型の仕組みが、21世紀の
こういった新しい時代に必ずしも上手に対応できない
仕組みになってきているので、CiRAのような新しい
人が入るような仕組みや私どもの先端生命医科学研究
所(TWIns)もかなり斬新な仕組みを作って対応して、
それで初めて人を治すところまでいけます。それを国
内で上手に統合や協力ができるような横断型の連携の
仕組みを皆で作っていかなくてはならないのです。
クスとか、最近、岡野(光)先生のご協力で神奈川県川
崎市に医療特区を作ろうという動きもありますし、い
ろいろな形でこれまで単一機関で出来なかったような
ことも可能にしていく、そうやってパワーを発揮して
いくことが大事です。数年前まで日本では出来なかっ
た比較的pessimisticな段階から、日本で医学生理学賞
を出したということでリードして行こうという雰囲気
が出来たところではないかと思う
のですが、そういう意味では岡野先
生が理事長をやってらっしゃる再
生医療学会も是非指導的なお立場
で・・・。
岡野(光)───去年(2012年)皆で協
力してYOKOHAMA宣言を出しま
したが、論文書きがゴールになって
岡野 光夫
いる学者たちにとって、Science誌
やNature誌の先を考える、臨床家と基礎研究者がもう
一度上手に共闘できるような雰囲気を作る、そういう
バジェットもだいぶ増えてきました。大型のプロジェ
クトも増えてきていますので飛躍が期待されます。
岡野
(栄)
───そうですね。いろいろな省庁も、いままで
ありえないような協力を・・・。
高橋───そうですね。
岡野(光)───昔は、臨床家は臨床家、基礎の人は基礎で
研究費が出ていましたが、最近はイノベーションを目
指した協力体制のあるところに研究費を出すようなグ
ラントも大分用意されてきているようなので、学会が
働きかけてやってきていることが、いろいろな形で省
庁の人たちも受け入れてくれて、良い方向へ進んでき
たと思います。
中畑───ようやく国も本腰を入れて動き出していると
ころですが、特に医療というのは制度に依存するとこ
ろもあり、そういった制度改革がいま急激に進んでき
ていますので、先ほどのPMDAにしても従来の治験の
形ではない新しい治験のあり方が議論されています。
特に再生医療ですと多数例でPhaseⅠ、Ⅱ、Ⅲとやるの
は不可能ですので、別の仕組みで再生医療を審査しよ
うとしています。
岡野(光)───多数例での結果を前提とした審査は再生
医療にはふさわしくないですよ。
岡野(栄)───再生医療でPhaseⅡ、Ⅲで二重盲検でと
いうのは倫理的に良くないと思います。アメリカで、
FDAでやれといっているようですが、それは日本のカ
ルチャーではちょっと・・・。
高橋───日本ではちょっと似つかわしくないですね。
岡野(栄)───それに匹敵するようなサイエンティフィッ
クなエビデンスがもし得られるのであれば、やらない
に越したことはない。それはYOKOHAMA宣言に我々
は組み込みました。二重盲検のようなシャムオペレイ
官民挙げての協力体制と制度改革
岡野(栄)─── 一機関では難しい場合は、例えば神戸の
ように先端医療振興財団と理化学研究所のコンプレッ
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ションのようなことはやらないというYOKOHAMA
宣言は、ISSCR(International Society for Stem Cell
Reseach:国際幹細胞学会)でも評価されています。
岡野(光)───やはりプロフェッショナルなプロフェッ
サー達が、患者のために正しいことを言ったほうが良
いと思うのです。学会が総力を挙げてサイエンスと技
術をベースに患者のためにこうあるべきだという意見
を前面に押し出して研究を進めていくことで、行政サ
イドもずいぶん協力してくれるようになりました。ま
た、産業サイドも最近“再生医療フォーラム”という
のが作られ、富士フィルムの戸田さんが初代の会長に
なりました。だんだん本気で患者のための再生医療を
考えるような雰囲気が産業サイドでも育ってきていま
すので、後は最高に良い治療を患者にどう届けるかと
いうことで、アカデミアの学者達が皆で協調、協力して
やるということではないでしょうか。
岡野
(栄)
───これまでの製薬メーカーだけではなくて、
バイオをやっていたところや富士フィルムのようにマ
テリアルを扱っていたところなど、いろいろなところ
が参入してきて面白くなっています。これまでのよう
な構図で製薬企業だけの尻を叩くのではなく、これま
で医療と関係がなかったところも・・・。
高橋───臨床家と製薬企業が協力することで、この形
が出来るのかと思いますし、先ほど
の制度の話でいいますと、製造のと
ころを企業に委託できるというの
は画期的なことであって、いままで
アカデミアで閉じていたものが、初
めて産業界に開かれる、この形をど
んどん進めて、アカデミアが途中ま
でやっていたところにもっと早く
高橋 政代
企業が入ってくるのが良いと思い
ます。
岡野
(栄)
───それは“ヒト幹指針”でも出来るのですか、
それとも薬事なのですか?
高橋───いまのところ“ヒト幹指針”はグレーです。
中畑───“ヒト幹指針”もそういった形で出来るよう
いま進めています。
岡野(光)───先生、医学会にとっても、そういう部分を
全部自分でやらなくてはならないところを、良い施設
でトレーニングを受けた人がアシストしてくれるのな
ら、それを利用した方が医学にとっても絶対得なので
すよ。
岡野
(栄)
───ほんとうに腕の立つ外科医で、ちゃんとし
たプロトコルを渡せて最高の手術が出来る人に、CPC
で培養しろといっても意味ないですよ。
高橋───ドクターに細胞培養させているよりも、それ
に特化したプロフェッショナルを作って行くほうが良
いですよ。
岡野(栄)───少し前までは“ヒト幹指針”がそうでし
たから・・・。やはり外科医は外科医に専念していた
だいて・・・。
ロボットの利用と制度
岡野(光)───いま私、FIRST program(最先端研究
開発支援プログラム)というプロジェクトを貰っ
て、3次 元 の 臓 器 に 血 管 を 入 れ な が ら 厚 い 臓 器 を
作 る と い う の を や っ て い て、2、3週 間 前 にNature
Communication誌に出ましたが、結構厚い組織がin
vitro で出来て、出来たものを移植するところまで行
きました。私どものCPCは280m2あり、その中にカル
チャールームが3室あります。今手作業でCPCの中で
やっていますが、これから多数の患者を治療するには、
計算すると膨大な敷地が必要になります。少ない患者
しか治療しないという仕組みの中で動くのだったらこ
れでも良いのですが、発展させるにはどうしたら良い
かと10年ぐらい前から悩んでいましたが、小さな箱を
作ってロボットを使って細胞を無菌環境下で培養させ
細胞シートが出てくるような仕組みを作れば良いと考
えました。日立との共同でロボットをやっている人々
といろいろ検討し、いま、細胞を入れてやると3層ぐら
いの細胞シートが全自動で作れるところまで来まし
た。手作業である程度の量まで作って患者を治してい
きながら、将来は多数の患者を治療するために、無菌の
中でロボットが作るといったところまでいければ、医
師たちが自分のオーダーに沿ったプロダクトを手に入
れることが出来て、それに合った治療を行うという再
生医療が描けるのではないかと思います。
岡野(栄)───日本のロボット技術は素晴らしいものが
あり、バイオの関係でも独立行政法人 産業技術総合研
究所のヒューマノイドロボットなどは難しいことを
こなしてくれますから、彼らに培養をやらせようかと
思っています。CPCでやらせればそれこそ不眠不休で
やってくれます。
岡野(光)───やはり高度なテクノロジーを上手にタイ
ムリーに医学の世界に入れて、医学がそれを利用した
方がより高度な医療ができるに違いありません。私は
仕組みを作って入れていくべきだと思います。再生医
療が極めてよいモデルケースになるのではないかと思
いますが・・・。
高橋 ───そこでも制度を先々作っていかないと、ロ
ボットを利用した技術が出来ても制度がないので使え
ない、というのではもったいないと思います。
中畑───経済産業省も力を入れて、NEDO(独立行政
法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)でも自
動培養装置でいろいろなものを作り出すということが
進んでいます。
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すかを考える極めて良い模範例にしたいですね。
岡野(栄)───技術とレギュレーションがマッチして
進化していかないと駄目で、技術ばかり進化して何時
までたっても認可が下りない様にならないように、レ
ギュレーションサイドのシンクタンクが是非出来てほ
しいですね。
岡野(光)───そういう意味でも再生医療学会のような
学者達が、しっかりと患者を治すために必要なものは
導入できるように意見を言っていくことが重要なのだ
と思います。
中畑───ようやくそういった実際の産業イノベーショ
ンにつながるような芽が膨らんできたという状況では
ないかと思います。
岡野(栄)───大学もそういったことを意識して、イン
パクトファクターや論文数ばかりではなくて、どれだ
け医療においてイノベーションをやったか患者さんを
救ったかを考えた人事をして欲しいですね。
岡野(光)───それは難しいのですかね。論文だとカウ
ントし易いのでしょうか?
岡野(栄)───論文数とかインパクトファクターだけな
ら教授会のメンバーが集まって議
論する必要はないわけです。せっ
かく教授会のメンバーが議論する
のであれば数字に現れないところ
を汲み取っていただきたいですね。
いろいろな形で医師会などで話し
ますと、自由診療をやっている方も
いらっしゃいますが、多くの診療現
岡野 栄之
場の方は、再生医療はまだまだ先の
ことだと思っている方もいらっしゃいます。再生医療
に関するコンセプトなどを浸透させていかなければい
けないなと思います。
中畑───そうですね。
高橋───臨床家の方は実現は遠いと思っておられて、
患者さんは近いと思っておられて、それが外来ですご
くconflictになっているのです。眼科ですと報道を見
て患者さん全員がiPS細胞のことを尋ねるのです。日
本全国で、です。
中畑───高橋先生は世界中から注目されているので大
変だと思います。
高橋───ただ今回マスコミとか患者さんの患者会で、
ずっと勉強会をしてお話していましたので、比較的冷
静で、過度な期待を煽らない報道だったと思います。
それと、根拠のない批判とか、危ないのではないかとい
う声もあまり聞こえてこない、わりと良い状況で受け
入れられたかなと感じています。
岡野(栄)───iPS細胞を生み出した山中先生としても、
是非成功して欲しいと考えているでしょうから、最後
まで密に連絡をとって成功させてください。
高橋───ほんとうに省庁、文部科学省、厚生労働省、各
研究機関の事務方、皆が同じ方向を向いているという
極めて珍しいパターンで、一丸となっているという感
じがします。CiRAにも非常に協力していただいてお
ります。
岡野(栄)
───iPS細胞を使った再生医療では、岡野(光)
先生が開発されたシート技術というのは、澤先生、西田
先生そして高橋先生といろいろな要素で活用されてい
ます。いろいろな形でトータルサイエンスらしくなっ
てきました。これはわが国における重要かつわが国が
誇る技術です。東アジアのいろいろな国に行きますと、
現場でやってしまっていますが、わが国としてはサイ
再生医療の今後
岡野
(栄)
───この再生医療学会は、いわゆる発生生物を
やっている基礎的研究者から分子生物学者や臨床関係
の人あるいは組織工学の人に参入していただいて、サ
イエンスをキーにすれば相当なパワーになって行くと
思います。先ほど申し上げたように、数年前までは日
本だから出来ないというpessimisticなところから、山
中先生の功績もあって、わが国がリードしていくとい
う感じになってきたのは非常に良いことです。ぜひと
も良い形で進めばと思います。
中畑───これからの再生医療の発展ということでは、
山中先生の受賞は大変大きな駆動になったと思いま
す。
岡野(光)───そうですね。
高橋───再生医療に対する注目度が高まって、応援し
てくださる。昨日も応援してくださる方の反響がすご
く来ました。機運が高まっているこのタイミングで、
どんどん物事を進めるのが重要だと思います。
岡野(光)───そのときに“患者のために”ということ
を機軸に、しっかりと再生医療を患者にどう届けるか
です。
高橋───そこさえ間違えなければ、道は間違わないと
思います。
岡野(栄)───そうですね。いつも言われていることで
すが、患者さんへの適切な情報提供ですね。過剰に期
待されても困りますし、pessimisticになっても困りま
す。そこら辺は学会がかなりリードしなければならな
いところでしょう。
岡野(光)───そのためにもやれることはちゃんとやら
なくてはならない。アカデミアが好い論文を書いたら
上がりという考え方ではなく、患者まで届けるという
ことを皆がやりぬかないといけません。日本はそこが
すごく弱くなっています。欧米の人たちと付き合って
一番感じるのは、そこだろうと思います。再生医療は、
もう一度、医学の新しいテクノロジーで、どう患者を治
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エンスとして進めなければいけないし、また現場でプ
ラクティスを踏まなければいけないと思います。
高橋───日本は質の良い再生医療を目指して、しかも
大胆に臨床に進む形で、先達が突破していただいてい
る臨床を通って、質の良いものを次々送り出せばよい
のかなあと思っています。
岡野
(光)
───動物実験でちゃんと検証して、安全性と効
果が認められたものはヒトでやらないと分からないわ
けです。ヒトでやるまでにものすごいエネルギーが必
要ですね。その後、少数の患者を治した後、また・・・。
高橋───そこからが弱いですね。
岡野(光)───そこから広げていく作業もなかなか難し
いので、製薬会社も本気で内容を見て参加していくよ
うな環境を作っていかなくてはならないですね。
岡野
(栄)
───おっしゃる通りです。“ヒト幹指針”を通
して、PhaseⅠで数例やって、論文を書いて、それで終
わっていては多くの患者さんに届きません。
高橋───今回、経済産業省の研究会の報告書はかなり
企業の興味を引くような形で出たと思いますのですご
く期待できると思います。
岡野(栄)───高橋先生の現在申請中の“ヒト幹指針”
では、autograftですが、将来的にはiPS細胞ストック
などと連携してということですか?
高橋───勿論、
将来というよりここ数年で・・・。
岡野(栄)───治験はそちらの方向と考えてよろしいで
しょうか?
高橋───そうです。
岡野(栄)───それは良いですね。是非いろいろな形で
これまで協力できなかった方々に協力することによっ
てわが国が誇る技術として世界に出していきたいです
ね。
中畑 ───そうです。PMDAの中で“ヒト幹指針”で
動いているものも、少なくともPMDAの一定の基準を
クリアしたものはPMDAの審査の中にも活かそうと
いう議論がいま始まっています。
高橋 ───それは非常に助かりますね。別トラックに
なってもう一度というのは非常に時間のロスになりま
すから。
中畑───神経はどうなのですか?
岡野(栄)───あ、もう直ぐですね。CiRAの方で申請を
始めました。私達も3、4年で出来ると思っています。
一応CiRAのiPS細胞ストックが確立すれば、後はスタ
ンダード・プロトコルですので、ものを作るというと
ころでレギュレーションに合ったものを作っていけ
ば・・・、サルまでは4年ぐらい前に治していますので。
岡野
(光)
───ここ何年かで、皆が思っているより早くに
多くの病気を治し始めるだろうと思います。
岡野
(栄)
───私達は、いままで亜急性期の脊髄損傷の治
療をやってきましたが、年間5,000例で、慢性期の方は
20万人いらっしゃいます。慢性期にも効くような形で
いろいろなリハビリテーションとか、集学的併用療法
などもやっています。それから同じような細胞で130
万人もいる脳梗塞の患者さんに使われています。一度
成功すると適応拡大が出来ると思っていますので、そ
のような形で進めて行きたいと思っています。
高橋───いま、リハビリテーションのことを言われま
したが、視覚もそうなのです。再生医療は夢の治療で
はなくて、それほどすごく治すのではなくわずかに治
して、わずかに治したところで、ロービジョンケアで
ちゃんと使えるように訓練することが大事なのです。
再生医療プラスリハビリということを考えていかなけ
ればいけない。
岡野(光)───リハビリをやっていく内にクオリティが
上がっていきますから・・・。
高橋───そうです。
岡野
(光)
───やらないとなかなか上がっていきません。
やるということが重要だと思います。
高橋 ───わずかな効果の時でもリハビリで高められ
る。そしてだんだん治療も良くなっていくというのが
再生医療の良いところです。
岡野(光)───私らは小さな肝臓を皮下に作るというこ
とをやっていますが、小さな肝臓から凝固成分が結構
出るのです。血友病の患者さんは、正常な値の5%くら
い凝固成分が出るだけで重症が軽症化するのです。
中畑───5%あれば大体大丈夫ですね。
岡野(光)───そうですか。先生はご専門ですから。こ
ういったところから順番に行けば、将来iPS細胞で大量
に細胞が出来れば、血管を入れて大きなものが作れる
ような技術が出来ているので、新しい発展が期待でき
ます。三次組織は世界中どこでも出来ないので、いち
早くそれを日本でやって行きたいと思っています。糖
尿病の膵β細胞などはなかなか増やせないので、iPS
細胞で大量に作れれば多くの糖尿病患者を治せて、腎
移植なども低減できると良いですね。
岡野(栄)───国立国際医療研究センターで膵島移植の
グループがチームを組みましたから、まずはそこで膵
島移植による糖尿病治療のノウハウを作る、somatic
cellで治して後はiPS細胞とかプラクティカルに体性
幹細胞で走っていただいて、それからiPS細胞で同じ
スキームで大量に増やす、大量生産ですね。いまま
でで薬事法適用になったのはJ-TEC(Japan Tissue
Engineering Co. Ltd.)の人工皮膚で、しかも自家で
やっているのは寂しいです。これは、PMDAが審査
するのに何年もかかっていましたが、何年も審査する
のではなく迅速に判断できて、これとこれさえ満たし
ていれば承認というようなことが今後出来てくるので
はないかと思い、期待しています。
岡野
(光)
───そうですね。その内、多くの患者を治せる
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ような仕組みを作りながら進めるという難しさはある
のですが、学者と産業界と行政が一体となって再生医
療社会を作り上げていくということが重要ではないで
しょうか。
岡野(栄)───そうですね。そろそろ時間も参りました
ので終わりにしたいと思いますがいかがでしょう。
岡野(栄)───先ほどの追加ですが、ゲノム創薬の少し
前の攻め方が良くなかったということで、ゲノムを
迅速に読める技術は非常に大きく、それに基づいた
phenotypeを細胞は示すわけですから、iPS細胞の安
全性に関してはゲノムやエピゲノムはとても大事で
す。更に疾患の型から作ったiPS細胞のphenotypeも
ゲノム情報に基盤しています。このように細胞を活用
した広い意味でのゲノム創薬は大切だと思います。こ
のタンパク質をこのゲノムがコードしているからこれ
に対する低分子を作ろうというアプローチだけでは限
界があると思います。
それではこれで本日の座談会を終わります。本日は
お忙しい中をご出席いただき、有難うございました。
最後に
一つ教えていただきたいのですがよろしい
でしょうか?
ヒトゲノムが解析されてゲノム情報がかなり分かり
ましたから、それを使ってゲノム創薬などどんどん薬
が出来ていますが、細胞とか生命のことが全部分から
ない状態で薬を見つけるのは難しいと思います。再生
医療はそういう意味では、いまiPS細胞で勢いづいてい
ますがゲノム創薬のように盛り上がって直ぐ終わって
しまうものではなくて、完全に細胞の中のメカニズム
や生物の中の機構が分かっていなくても、もともと細
胞が持っているものを上手く使うことで、完全に制御
は出来ていないが思ったよりも早く進むと今日のお話
で感じました。この理解で合っているのでしょうか?
岡野
(栄)
───そうだと思います。ゲノム創薬は、創薬の
標的となる分子の一次構造が分かるということではな
く、それを標的とした低分子化合物をスクリーニング
するという従来の創薬のコンセプトを出ていないので
す。ところが細胞を作るというのは複雑さが低分子と
全く違いますから、それをきちっとマネージできれば
インパクトはゲノム創薬の比ではないと私は思ってい
ます。
高橋───ブラックボックスはブラックボックスのまま
でも使える。一方でそれを理解しながらブラックボッ
クスのままで使い出そうとしているのが再生医療で
す。
岡野(光)───私が学生のころのコンピュータは大型計
算機でパンチ式の計算用紙を入れて使っていました。
いまはチップがトランジスタからLSIになり、超LSIに
なりとどんどん発展するとシステムも変わっていきま
す。そのときにチップの中まで分からなくても使える
のです。コンピュータの中を知らなくても私達は使え
ます。細胞の全てがわからなくても細胞のトータルの
振る舞いが分かれば治療には使えるという仕組みを作
るのも大切なとこだと思います。
中畑───iPS細胞が生まれて、
細胞の社会というかその
あたりの研究が急速に進んで、一年前に比べると格段
の進歩があります。だから、現在ではまだ完全に細胞
そのものは分からず、人間は細胞一つすら作ることは
出来ていませんが、その周辺のサイエンスは急速に進
んでいます。
財団 ───
この座談会は平成25年3月1日に行われました。
岡野 光夫 おかの・てるお
東京女子医科大学 副学長・教授
先端生命医科学研究所(TWIns)所長
東京都生まれ
早稲田大学大学院 理工学研究科 博士課程修了
工学博士
専門はバイオマテリアル、人工臓器、ドラッグデリバリーシステム
中畑 龍俊 なかはた・たつとし
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)副所長
東京都生まれ
信州大学 医学部卒
医学博士
専門は小児科学、血液学
高橋 政代 たかはし・まさよ
(独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター
網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー
大阪府生まれ
京都大学 医学部卒
京都大学大学院 医学研究科 博士課程修了
医学博士
専門は眼科
岡野 栄之 おかの・ひでゆき
慶應義塾大学 医学部 生理学教室 教授
東京都生まれ
慶應義塾大学 医学部卒
医学博士
専門は分子神経生物学、発生生物学、再生医学
13
J U LY 2 0 13 / H U M A N S C I E N C E
TOPIC Ⅰ
脊髄再生医療の現状と展望
慶應義塾大学大学院 医学研究科 整形外科学教室
堀 桂子
慶應義塾大学 医学部 生理学教室 教授
岡野 栄之
堀 桂子
の回復をはかる治療法である。機能回復のメカニズム
としては、失われた細胞の補填、軸索伸長の促進を介す
る神経回路の再生や、脱髄した軸索の再髄鞘化、移植細
胞由来液性因子による組織の保護などが考えられる
が、詳細なメカニズムは明らかになっていない。その
ため、移植細胞の種類としても複数の候補が挙がって
おり、NS/PCsのほか、嗅神経鞘細胞、骨髄間質細胞な
どが検討されている。
細胞移植の時期としては、脊髄損傷後亜急性期が至
適時期と考えられている2,3)。このタイミングは急性炎
症が沈静化した後、かつグリア瘢痕が形成される前に
相当する4)。そのため移植細胞の生着率がよく、神経機
能の回復につながるような多系統の細胞への分化にも
適する結果、良好な機能回復をもたらすと考えられて
いる5)(図1)。
1)NS/PCs(神経幹/前駆細胞、neural stem/progenitor
1)cells)
性質の異なる複数の神経系細胞に分化できる「多分
1─脊髄損傷とは
脊髄損傷とは、外傷などによる脊髄実質の損傷を契
機として、損傷部以下の知覚・運動・自律神経系の麻
痺を呈する病態である。我が国では毎年約5,000人の
患者が新たに発生し、総患者数は10万人以上に達して
いる。
集学的医療の進歩により、脊髄損傷患者の平均余命
は健常人と変わらなくなってきた。しかし、損傷した
脊髄に対する治療法は確立されていないため、日常生
活の不自由さや精神的負担が長期間にわたり患者を苦
しめる結果となっている。この状況を打開するために、
世界中で脊髄再生に関する研究が行なわれてきた。
基礎研究の領域では、20世紀初頭にスペインの神経
解剖学者Ramon y Cajalが「成体哺乳類の中枢神経系
は損傷を受けると二度と再生しない」と述べて以来、
長い間これが定説として信じられていた。しかし1970
年代後半には、中枢神経損傷に対する胎性神経組織移
植の有効性が示され、成体の中枢神経系でも適切な環
境が整えば再生すると示唆された1)。以降、脊髄損傷に
対する再生医療の研究は著しく進み、すでに世界中で
様々な治療法が臨床試験に移行し、再生医療を実用化
するためのしくみも整いつつある。
中枢神経系の再生医療の戦略は、神経幹/前駆細胞
(neural stem/progenitor cells, 以下NS/PCs)などを
用いた細胞移植療法と、細胞移植療法以外の薬剤など
による治療法の、2つのアプローチに大別される。こ
れらを組み合わせることで、損傷された神経組織を再
生し機能を回復させることができれば、脊髄再生医療
の確立という新たな可能性が開けてくるであろう。本
稿では、細胞移植療法を中心に、脊髄再生に関する基礎
研究の現状と展望について概説する。
2─細胞移植療法
図1 脊髄損傷後の経過時間による損傷部の変化:細胞移植の至適
脊髄損傷部へ細胞を移植することで、失われた機能
時期は亜急性期と考えられている(文献4より一部改変)。
14
J U LY 2 0 13 / H U M A N S C I E N C E
TOPIC Ⅰ
化能」及び未分化な神経幹細胞を再生産できる「自
己複製能」を併せ持つ細胞である。神経系の発達を
終えた成体においても少数存在するが、側脳室に面
する脳室下帯、脊髄中心管周囲など、部位は限られて
いる。移植治療においては、胎児脳組織、胚性幹細胞
(embryonic stem cells, 以下ES細胞)
、
人工多能性幹細
胞(induced pluripotent stem cells, 以下iPS細胞)な
どがNS/PCsの供給源となりうる。
<胎児由来NS/PCs>
脊髄再生の研究においては、ラット脊髄損傷に対す
るラット胎仔脊髄移植による運動機能の有意な回復
が報告されて以降6)、胎児由来NS/PCsを用いた研究が
進められてきた。しかし、これには中絶胎児からの細
胞採取が必要であり、我が国においては倫理的観点か
ら臨床応用が認められていない。そこで、ES細胞へ
の期待が高まった。
とはいえ、米国などでは胎児から採取された細胞も
臨床応用可能である。すでに2011年から米国のStem
cell社により、胎児由来神経幹細胞「HuCNS-SC®」7) を
用いた臨床試験がスイスのBalgrist Hospitalにて開始
されている。この試験は、胸髄レベルの慢性期損傷患
者12人を対象に、2,000万個の神経幹細胞を脊髄損傷
部に移植し、術後9か月間の免疫抑制剤投与と長期経
過観察を行なう、という内容である。すでに移植から
1年がたった完全損傷患者3人の経過では、そのうち2
人に触感や熱さ、電気刺激に対する反応の改善がみら
れたと発表されているが、今後も慎重な観察・評価が
必要である。
<ES細胞由来NS/PCs>
ES細胞は発生初期の胚盤胞期に、胚の一部に属する
内細胞塊から得られる多能性幹細胞であり、1981年
にその存在が明らかとなった。1998年にヒトES細胞
が樹立されて以来、ES細胞を様々な細胞に分化・樹
立する研究が盛んになった。当研究室もES細胞から
NS/PCsを分化誘導する手法を開発し8)、さらに損傷脊
髄に対するES細胞由来NS/PCs移植療法の有効性を
明らかにしてきた9)。しかし、ES細胞も不妊治療の余
剰胚から作製されるため倫理的問題を避けられず、現
時点では本邦では基礎研究以外での使用が認められ
ていない。
<iPS細胞由来NS/PCs>
このような問題点を解決するのが、2006年、2007
年に京都大学の山中教授らにより樹立されたiPS細胞
である10,11)。iPS細胞は、数種類の遺伝子を導入して体
細胞を初期化することで、ES細胞に類似した増殖能・
分化能をもたせた人工多能性幹細胞である。自家組
織、もしくはドナーの同意を得て採取された組織が細
胞の供給源となり得るため、胎児細胞やES細胞のよう
な倫理的問題を回避できる。
当研究室ではES細胞で培った技術を応用し、マウ
ス脊髄損傷モデルに対しマウスiPS細胞由来NS/PCs
移植を行い、ES細胞由来NS/PCsと同様の治療効果
が得られることを確認した12)。さらに免疫不全マウス
脊髄損傷モデル、さらに霊長類コモンマーモセット脊
髄損傷モデルに対するヒトiPS細胞由来NS/PCsの移
植実験でも同様に運動機能の改善が確認され13,14)、今
後の臨床応用を期待されている(図2)。
しかし、iPS細胞由来NS/PCsは腫瘍化のリスクを
避けられず、今後は移植細胞の安全性の評価が重要な
課題である12,15,16)。これには、iPS細胞樹立時の外来
遺伝子の染色体への挿入や、不完全なリプログラミン
グ、分化誘導後の未分化細胞の残存などが関与してい
ると考えられる。そのため現在、最適な初期化因子の
探索や、染色体に取り込まれないようにウイルスを用
いずに遺伝子を導入する方法、異なる誘導法で分化し
た神経幹細胞の検討17)、安全な細胞を選別する方法な
ど、移植細胞の安全性を高めるための研究が進められ
ている(図3次頁)。
2)嗅神経鞘細胞(olfactory ensheathing cell、以下
OEC)
OECは嗅球および嗅上皮に存在する細胞である。
嗅上皮では生涯を通じて神経細胞が新生されており、
OECにはその軸索を嗅球へ誘導して神経投射を促す
働きがあると考えられている。OECをラット脊髄損
傷モデルに移植すると、軸索再生を促し運動機能の改
善が得られるとの報告があり、注目されるようになっ
た18)。OECは患者自身から採取できるため、移植治療
に際しては倫理的問題や免疫拒絶の観点でも有用と
される。オーストラリアでは慢性期脊髄損傷患者に
対し、自家嗅粘膜から分離培養したOECを移植する臨
床試験が行われた。またOECと嗅神経細胞の両方を
Overall
maximum score 30 points
30
hiPSC-NS/PC
control
25
20
Transplantation
15
10
5
0
0
14
28
42
56
70
84
Days after injury
図2 霊長類コモンマーモセット脊髄損傷モデルに対するヒトiPS
細胞由来NS/PCsの移植実験でも運動機能の改善が確認された
(文
献14より一部改変)。
15
J U LY 2 0 13 / H U M A N S C I E N C E
TOPIC Ⅰ
含む、嗅粘膜を移植する臨床研究もポルトガルなどで
行われているが19)、その治療効果については不明の点
が多い。本邦では、大阪大学を中心に慢性期脊髄損傷
患者を対象とした自家嗅粘膜移植の臨床試験が開始
されており、大阪大学のプロトコールではRhoキナー
ゼ阻害薬の併用を選択肢として提示している。なお
自家嗅粘膜移植による脊髄再生治療は2011年12月の
厚生労働省の先進医療専門家会議において「先進医
療」に指定された。
3)骨髄間質細胞
骨髄間質細胞は患者自身の骨髄穿刺液から容易に
採取でき、培養技術が確立していること、免疫拒絶や
倫理的問題がないなどのメリットがある。ラット脊
髄損傷モデルに対し、この細胞を損傷部へ移植もしく
は脳脊髄液中に投与すると、移植細胞が脊髄損傷部に
到達し有意な運動機能回復が得られることが報告さ
れ20)、注目されるようになった。この場合移植細胞は
神経系の細胞に分化しないことから、脊髄修復と運動
機能回復の機序は液性因子によると考えられている21)。
各国で臨床試験が行われ、本邦でも2006年から行なわ
れている京都大学と関西医科大学の共同臨床試験で
計5例の急性期脊髄損傷に対し培養自家骨髄間質細胞
が移植された。ほかに2012年3月から大阪の北野病院
で、亜急性期の脊髄損傷患者に対し、骨髄から単核球
のみを採取し髄腔内投与する臨床試験が開始されて
いる。
ニングされた。その後の研究により、肝臓をはじめ肺、
腎臓などの様々な実質臓器の障害により著明な発現
上昇を示し、臓器損傷後24時間以内にピークを迎える
ことが明らかになっている。さらに、損傷臓器だけで
なく、損傷を受けていない遠隔臓器においてもHGFの
発現が上昇し、血流を介して損傷臓器へHGFが供給さ
れるというメカニズムが存在する。
成体ラットの損傷脊髄内のHGFも上昇するが他の
臓器と比べて発現が緩徐であり、損傷直後からHGF
を損傷部に投与すると運動機能の有意な回復を認め
る22)。また霊長類コモンマーモセットを用いて脊髄損
傷後にヒト組み換えHGF蛋白(recombinant human
HGF, rhHGF)を髄腔内投与すると有意な運動機能
回 復 が 得 ら れ る23)。rhHGFは 筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症
(amyotrophic lateral sclerosis, ALS)に対する治療
効果も期待されており、現在、東北大学で第I相臨床試
験が行われている。
2)G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子、granulocyte2)colony stimulating factor)
好中球減少症などですでに保険適応となっている
薬剤である。脳卒中の動物モデルに対する神経保護
作用が報告され、海外で臨床研究が行われてきた。脊
髄損傷にも有効とされ、千葉大学にて2008年~ 2011
年に急性脊髄損傷患者および急性増悪した圧迫性脊
髄症の患者にG-CSFを投与する臨床試験が行われた。
中途報告では、有害事象はみとめず、すべての患者で
運動・知覚ともある程度の改善が得られたとされて
いる。しかし、今後は対照群との詳細な比較検討が望
まれる。
3─細胞移植以外
1)HGF(肝細胞増殖因子、hepatocyte growth factor)
HGFは成熟肝細胞の増殖因子として同定・クロー
4─終わりに
近年、脊髄再生に関する研究は急速に進歩してお
り、世界中で様々な治療法が臨床試験に入りつつあ
る。我が国でもiPS細胞や嗅神経鞘細胞、骨髄細胞な
どを用いた細胞移植療法のほか、G-CSF、HGFなど
の薬剤を用いた治療が近い将来に臨床応用される可
能性が高い。
とくに2012年に京都大学の山中伸弥教授がノーベ
ル賞を受賞した影響もあり、iPS細胞によせられる期
待は高い。国としても成長戦略の柱のひとつに再生
医療をかかげて、再生医療の研究結果をいち早く治療
に役立てるための仕組を整えつつある。2013年4月26
日には、iPS細胞などを使う再生医療の実用化を目指
した「再生医療推進法」が成立した。この法案では、
生命倫理に配慮しつつ、安全な研究開発や普及に向け
て総合的に取り組むことが基本理念に盛り込まれて
いる。また、再生医療の普及を促進する施策を策定・
実施する責務が国にあると明記され、臨床研究の円滑
化に必要な施策を講じることも盛り込まれている。
図3 iPS細胞由来NS/PCsの安全性を高めるための研究がすすめ
られている(文献16より一部改変)。
16
J U LY 2 0 13 / H U M A N S C I E N C E
TOPIC Ⅰ
さらにこれとは別に、再生医療の実用化を促すため、
細胞種・投与法など人体へのリスクに応じ規制の強
さを変えて安全性を確保する規制法案と、再生医療の
関連製品を早期に承認できる仕組みを導入するため
の薬事法改正案も近いうちに国会に提出される見込
みである(2013年5月現在)。
とはいえ、iPS細胞を用いたNS/PCs移植治療にも、
前述の腫瘍化の問題など、まだ解決すべき課題は多
い。再生医療の実現化に際し、今後は安全性と有効性
をさらに慎重に評価していくことが重要である。
pluripotent stem-cell-derived neurospheres promote motor
functional recovery after spinal cord injury in mice.
Proc Natl Acad Sci U S A 108: 16825-30, 2011
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堀 桂子 ほり・けいこ
慶應義塾大学大学院 医学研究科 整形外科学教室
東京都生まれ
慶應義塾大学 医学部卒
専門は整形外科
岡野 栄之 おかの・ひでゆき
慶應義塾大学 医学部 生理学教室 教授
東京都生まれ
慶應義塾大学 医学部卒
医学博士
専門は分子神経生物学、発生生物学、再生医学
17
J U LY 2 0 13 / H U M A N S C I E N C E
TOPIC Ⅱ
大きく変化する再生医療の
制度的枠組みと課題
東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 教授
大和 雅之
法改正案と再生医療等安全性確保法案について、今国会
の成立を断念する方針を固めたと報じている。同紙によ
れば、
「野党が多数を占める参院で、民主党などの賛成が
見込めないためだ」とある。実際、この2つの法案に先立っ
て提出された生活保護法改正案などの審議に時間がか
かり、2013年6月26日の会期末まで3週間を切ったにもか
かわらず、審議入りすらできない状態が続いていた。今夏
には参議院選挙があるため、本通常国会の延長はない。
さらに、参院厚生労働委員会の委員長を野党の民主党が
握っていることから、
「審議未了で廃案になる可能性があ
る」と判断し、継続審議とすることにしたと報道している。
期待が大きかっただけに、大変残念な結果であると言
わざるを得ない一方、実際の運用にあたって必要な種々
の規制の整備が整っていないため、予定されていた来年
(2014年)4月からの施行はやや拙速との疑念もあった。
いずれにせよ、次国会での成立を視野に入れ、規制の整
備に尽力する必要がある。
1─はじめに
本稿では、日米欧三極の再生医療の制度的枠組みに
関して、特に本邦での最新の動向を中心に概説する。
再生医療に対する国の責務を定めた「再生医療推進
法」が2013年4月26日午前の参議院本会議で、全会一致
で可決、成立した。同法は、政府の成長戦略の柱の一つ
とされる再生医療を推進する土台となる「基本法」と位
置づけられており、再生医療の研究開発や実用化を国が
全面支援することになる。本法は議員立法であり、前民
主党の政権下時に自公民による三党合意が得られていた
ものの、野田元首相による突然の解散により、今通常国会
へと持ち越しになった。基本法は、
「やるぞ!」という決
意表明のための法律であり、再生医療推進のための具体
的な内容は別の法律、局長通知等で明らかになる。成立
した再生医療推進法では国の責務を明確にし、
「最先端
の科学的知見を生かした再生医療を世界に先駆けて利
用する機会を国民に提供する」と明記しており、迅速かつ
安全な研究開発等に関する基本方針策定や、
「必要な法
制上、財政上、税制上の措置」などを義務づけている。
このような国会での動きと並行して厚生労働省は昨年
(2012年)9月より「再生医療の安全性確保と推進に関す
る専門委員会」を立ち上げており、ほぼ月1回のペースで
委員会を開催してきた。この専門委員会での議論を元に
作られたのが、いわゆる「再生医療新法案」であり、
「薬
事法改正案」と共に、政府が2013年5月24日午前に閣議
決定し、今通常国会に提出されることとなった。再生医
療新法案は「再生医療等安全性確保法案」と命名され
ている。自民党の厚生労働部会医療委員会・薬事に関
する小委員会合同会議は2013年4月26日、厚生労働省が
提示した両法案を大筋で了承したと報道されており、参議
院で民主党の協力が得られれば、通常国会の延長がなく
とも成立する可能性が高いと大方の関係者は期待してい
た。
しかし、読売新聞は、2013年6月6日政府・与党は薬事
2─薬事法改正法案
薬事法改正法案では、医薬品中心であった現行の薬
事法とは異なり、医薬品と並んで、医療機器、さらに新
たに定義される「再生医療等製品」を並列にあつかう。
生きた細胞をあつかう再生医療は、医薬品とも医療機
器とも異なることは明らかであり、独立してあつかう
ことには十分な理がある。
さらに注目すべきは、迅速承認の導入である。治験
第Ⅰ相、第Ⅱ相で安全性が確保され有効性が推定され
れば、第Ⅲ相を省略し、市販後調査に重きを置くという
ものである(図1次頁)。同様の制度はすでに韓国で導
入されており、この結果、韓国では18品目もの細胞・組
織加工製品(再生医療、ガン免疫療法、造血幹細胞移植)
が上市されるに至っている(すでに市場から撤退した
ものも含む)。最近、この迅速承認に対してかなり否定
的な記事がNature Medicine誌に掲載されたが1)、欧米
18
J U LY 2 0 13 / H U M A N S C I E N C E
TOPIC Ⅱ
の言いなりで欧米の企業を優遇するルールに日本が従
い続けることの危険を直視するなら、このような大胆
な改革は日本の医療の将来を大きく改善するきっかけ
となるものと期待したい。
安全対策については、使用成績に関する調査や感染
症の定期報告などを行うことが義務づけられる。医療
機器については、民間の第三者機関による認証を拡大
し、迅速な普及が図られる。法改正に伴い、薬事法の名
称は「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の
確保法」に変更される。
これらの大胆な改革の背景には、本邦の医療産業
の空洞化問題がある。国内最大手製薬企業が世界売
り上げランキングでたかだか15位、国内最大手医療
機器メーカーも同ランキング10位であり、毎年約2兆
円の輸入超というのが本邦の医療産業の現状であ
る。さらに国産医療機器産業が抱える大きな問題と
して、治療機器からの撤退がある。診断と治療の融合
(Theranostics)が最先端の研究対象となっているこ
の時代に、診断機器単独で生き延びるのは困難である
と断言せざるをえない。薬事法改正により医療機器治
験の停滞(デバイスギャップ)からの脱出に期待した
い。
品を用いたすべての治療(広義の再生医療)を、その
臨床経験、リスクの高低から3種に分類し、すべてにお
いて厚生労働省が実態を把握することになる。医師法、
医療法をその根拠として医師は事実上何をやっても良
く、自由診療であるならば規制当局はこれを看過する
といった現在の状況は、Nature Publishing Group各
誌等で批判され続けてきたところであり2)、このような
状態把握のための新法は事態改善の大きな一歩である
と高く評価したい。
この他、同法案では、厚生労働省の許可のもとに細
胞・組織加工(特定細胞加工物の製造)の加工機関へ
の委託が可能となる点も画期的であろう。すなわち、
薬事法のもとではなく、医師法、医療法のもとに医療と
して提供される再生医療等について、採取等の実施手
続き、再生医療等を提供する医療機関の基準、細胞を培
養・加工する施設の基準等を規定し、安全性等を確保
するとされている。
4─ヒト細胞・組織加工製品に関する規制の三極比較
いわゆる再生医療等製品は本邦厚生労働省の文書で
は「ヒト細胞・組織加工製品」と呼ばれることが多く、
ヒト由来の特定生物由来製品として医薬品および医療
機器に対して上乗せの規制が課されている(上述のと
おり、再生医療等安全性確保法、薬事法改正法成立後は
再生医療等製品となる)。ヒト細胞・組織加工製品に
関する通知は,1999年に「細胞・組織を利用した医療
機器又は医薬品等の品質及び安全性の確保について」
が、2000年に「ヒト又は動物由来成分を原料として製
造される医薬品等の品質及び安全性確保について」が
3─再生医療等安全性確保法案
再生医療等安全性確保法案では、今まで医師法、医療
法のもとにおこなわれてきた、いわゆる未承認再生医
療の把握を目的の一つとして、狭義の再生医療のみな
らず、自由診療としておこなわれているガン免疫療法、
美容目的の細胞・組織移植を含む、細胞・組織加工製
【従来の承認までの道筋】
市販
治験
臨床研究
承認
(有効性、安全性の確認)
【再生医療製品の早期の実用化に対応
した承認制度】
治験
(有効性の推定、
安全性の確認)
市販
市販後に有効性、さら
なる安全性を検証
図1 薬事法改正後に導入される迅速承認
19
期限内に再度
承認申請
臨床研究
条件・期限を
付して承認
承認
又は
条件・期限
付き承認
の失効
引き続
き市販
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TOPIC Ⅱ
培養同種皮膚Composite Cultured SkinおよびOrcel®、
同種線維芽細胞を生分解性スキャフォードを用いて
培養したDermagraft®、自家表皮細胞を培養して作製
した培養自家表皮Epicel®、自家末梢血単核細胞を免
疫学的に活性化したProvenge®(前立腺がんが適応)、
自家皮膚線維芽細胞を培養した豊齢線治療に用いる
培養自家皮膚線維芽細胞懸濁液Laviv®、同種臍帯血
(HPC cord blood)HemacordとDucordの13品目が薬
事承認を得ている(一部の製品はすでに市場から撤
退しているようである)。
現 在 ま で に 欧 州 でATMPと し て 承 認 さ れ た ヒ
ト 細 胞・ 組 織 加 工 製 品 は、 自 家 軟 骨 細 胞 をI型 コ
ラーゲンゲル内に培養して作製した培養自家軟骨
ChondroCelect®のみである(この他、遺伝子治療医薬
品としてGlybera®が承認されている)。ATMP以前
には、ドイツ、イギリス、イタリア、オランダ、デンマー
ク、スロベニア、スウェーデンで培養自家表皮、培養自
家軟骨の承認があった。ATMPとして製造販売承認
申請をおこなった後に取下げとなった製品はすでに4
製品にのぼる。ATMP審査が容易でないことの例証
であるかもしれない。そのためか、EU加盟国内で病
院免除規定(Hospital Exemption)と呼ばれる枠組
みでの薬事承認が盛んになっている。たとえばドイ
ツでは2011年5月時点で31品目が承認されている。病
院免除規定はEU加盟各国の規制当局が病院を限定し
て再生医療の提供を認める制度である。日本にはこ
れに厳密に該当する制度はないが、先進医療制度がか
なり近い。
この他、前述のとおり韓国では18品目が、オースト
ラリア、シンガポールでそれぞれ2品目が承認されて
いる。
発出され、その後2008年に「同種及び自己由来細胞や
組織を加工した医薬品等の品質及び安全性の確保に
ついて」が発出されている。すなわち日本において
はこれまで、薬事法を改正することなく、関連通知を
発出することにより既存の規制を運用することで、ヒ
ト細胞・組織加工製品を規制してきた。この意味で
再生医療等安全性確保法および薬事法改正法は画期
的であり、再生医療を対象とする最初の法律となる。
米国では、公衆衛生法(Public Health Service Act)
の351項と361項(42 U.S.C. 262)、さらに米国連邦規
制(Code of Federal Regulation;CFR) の21条 の
1271編(21CFR1271)に「ヒト細胞、組織又は細胞・
組織利用製品(Human cells, tissues and cellular and
tissue-based products ; HCT/Ps)」に関する規制が
2005年5月25日から施行され、医薬品、医療機器あるい
は生物製剤として規制されている。
EUで は 加 盟 各 国 各 々 の 規 制 が あ っ た が、2007
年に発出された欧州指令により、先進治療医薬品
(Advanced Therapy Medicinal Products; ATMPs)
が細胞加工製品(Tissue Engineered Product)、体
細 胞 治 療 医 薬 品(Somatic Cell Therapy Medicinal
Product)および遺伝子治療医薬品(Gene Therapy
Medicinal Product)として定義され、すべて医薬品と
して規制されている。2011年12月31日以降、ATMP
は す べ てEUの 規 制 当 局 で あ るEMA(European
Medicine Agency)による中央審査が必要となって
いる。
3,4)
5─規制当局の薬事承認を得たヒト細胞・組織加工製品
現在までに本邦で承認されたヒト細胞・組織加工
製品は、自家表皮細胞を培養して作製した培養表皮製
品ジェイス®と自家軟骨細胞をコラーゲンゲル内で
培養して作製した培養軟骨製品ジャック®のみである
(いずれもジャパン・ティッシュ・エンジニアリング
社)。ジェイス®は米国のEpicel®と同様、ハワード・グ
リーン教授(当時MIT、現在はハーバード大)が開発
した3T3フィーダーレイヤー法を用いて作製した培養
自家表皮である。ジャック®は越智光夫教授(広島大)
が開発した培養自家軟骨である。
一方、米国では割礼包皮由来他家皮膚線維芽細胞
を生分解性スキャフォード上で培養した培養同種
真 皮Dermagraft-TCTM( 現 在 のTransCyte®)、 自 家
軟骨細胞を培養した培養自家膝関節軟骨細胞懸濁液
Carticel®、割礼包皮由来同種線維芽細胞および同種
表皮細胞をウシI型コラーゲンゲル内およびゲル上に
各々培養して作製した全層型培養同種皮膚Apligraf ®
およびその適応拡大(歯肉再建)であるGintuit、同種
線維芽細胞および同種表皮細胞をウシI型コラーゲン
ゲル内およびゲル上に各々培養して作製した全層型
6─再生医療の制度的枠組みにおける課題
報告がある限り、培養ヒト細胞を用いてヒト臨床
を最初におこなったのは前述のグリーンらであり、
1980年のことである。よって、再生医療は現在までに
たかだか30年の臨床経験しかなく、始まったばかりと
までは言わないまでも、十分な経験が蓄積されている
とも言いがたい。まして、治験を経た薬事承認の経験
は先進国である米国と言えども極めて乏しく、今後、
再生医療に適した治験のデザイン、薬事承認のシステ
ムの開発が必要であることは明白な事実である。特
に、自家細胞を用いた製品においては、患者ごとに細
胞の性質(たとえば増殖能や分化能など)が大きく
異なる可能性があり、このような患者間のばらつきを
踏まえた、製品設計、治験デザインが求められる。
現状、規制当局から製造販売承認を得た同種細胞由
来製品は米国および韓国にしか存在しない(ベルギー
のTiGenix社が培養同種膝関節軟骨製品の治験を欧州
20
J U LY 2 0 13 / H U M A N S C I E N C E
TOPIC Ⅱ
でおこなっており、現在治験第Ⅱ相)(図2)。米国の製
品は割礼包皮、臍帯血が細胞ソースである。日本では
宗教儀礼としての割礼の件数は少ないが、包茎手術の
件数は決して少なくない。米国の他家製品が高い治療
効果を示し、会社も黒字化している現実を踏まえると、
本邦でも、現状では医療廃棄物となる包皮などの余剰
ヒト組織を再生医療製品のための細胞ソースとして合
法的に流通させることのできる制度的枠組みの構築が
必須であると考える。糖尿病患者の難治性潰瘍が適応
の場合、目的は創傷治癒の促進であり、他家で十分であ
ると考えるのは合理的である。実際、他家細胞由来製
品であるApligraf ®やDermagraft®の治療成績は目覚
ましいものがある。同様に創傷治癒の促進が目的とな
る手付かずの適応は非常に多い。一方、移植した細胞
の永久生着が求められる場合も少なくないが、臓器移
植と同様、免疫抑制剤の活用で対応できる。
また、無血管組織であり免疫寛容にあると考えられ
る軟骨の治療を目的とする場合でも、他家細胞の利用
が期待できる。この場合、細胞ソースとして余剰指が
重要である(東海大学医学部整形外科佐藤正人教授の
御指摘による)。余剰指は通常子供のうちに切除する
ため、旺盛な細胞増殖能を有する軟骨細胞が採取可能
である点も重要である。
現行の再生医療等製品が抱える大きな問題点の一つ
TransCyte
Dermagraft
がコストである。臓器移植や人工心臓などの人工臓器
に比べれば一桁ないし二桁低いとはいえ、決して安価
な製品ではない。たとえば培養自家軟骨は200万円程
度であり、これに外科医への手術分、病院への入院分が
加わり、総額500万円程度の治療となる。再生医療等製
品が高価になる理由は培地が高価であるなど多岐にわ
たるが、重要な一つとして無菌環境を担保するクリー
ンルーム内での培養(加工)が挙げられる。現在、複
数の企業がファクトリーオートメーション(FA)、ラ
ボラトリーオートメーションを駆使した全自動培養工
程の開発をおこなっているが、自動車や半導体等のFA
分野では世界をリードする日本のFA技術をこの分野
にも転用すべきと考えている。この時、このような装
置が開発され上市される時、医療機器としてどのよう
な承認のステップが必要かも今後議論していくべきで
ある。
一方、本当に無菌環境での加工が必要なのかについ
ても議論すべきではないかと考えている。実際、上市
されている細胞・組織加工製品のほとんどすべてで、
抗生剤を添加した培地が用いられている。タンパク医
薬品の製造に用いる細胞培養が抗生剤フリーでおこな
われるのは、組み換え遺伝子を導入するCHO細胞など
の細胞基質(cell substrate)が、それ以前の培養の間
に抗生剤により無菌化しているからであり、培地に添
Apligraf
Hemacord
Orcel
Gintuit
図2 米国の同種製品
21
Prochymal
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TOPIC Ⅱ
加する抗生剤が培養上清から組み換え体タンパク質を
精製する際の不純物になるためである。専門家による
科学的根拠をもつ検討が必要であると考える。
7─おわりに
本稿では、15年以上にわたって再生医療研究に取り
組んできた筆者の経験をもとに、大きく変化しつつあ
る再生医療の制度的枠組みと課題について議論した。
医療産業はアベノミクスの「三本の矢」の三本目、民
間投資を喚起する成長戦略の中心の一つに位置付けら
れており、日本の将来がかかっているといっても過言
ではない。ぜひとも世界に冠たる次世代医療産業の確
立に努めたい。
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Biomaterials 34: 3165-3173, 2013
大和 雅之 やまと・まさゆき
東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 教授
東京都生まれ
東京大学大学院 理学系研究科 博士後期課程修了
博士(理学)
専門は幹細胞生物学、組織工学、再生医療
22
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BOOKS
神経系-再生医療叢書〈7〉
組織工学-再生医療叢書〈2〉
監修/日本再生医療学会
編者/岡野栄之、出澤真理
出版/朝倉書店
監修/日本再生医療学会
編者/岡野光夫、大和雅之
出版/朝倉書店
192ページ/発刊2013.2.5 定価3,500(税別)
ISBN978-4-254-36077-6;B1305321
181ページ/発刊2013.3.20 定価3,500円(税別)
ISBN978-4-254-36072-1;B1315036
目次 神経系再生総論;1 基礎篇(神経系の幹細胞生物学;神経系発
療;足場と徐放技術の重要性;3 支援技術:培養工学の貢献;4 包装・
目次 1 生分解性高分子;2 バイオマテリアル技術を活用した再生医
生過程における細胞移動;神経軸索の制御メカニズム;成体ニューロ
輸送;5 バイオロジカルスキャホールドと脱細胞組織;6 細胞シート
ン新生;iPS細胞を用いた神経・精神疾患研究);2 臨床篇(多能性幹
工学;7 再生医療・組織工学;次世代技術
細胞を用いたパーキンソン病治療;脊髄損傷の再生医療;脳虚血後の
著作権者:紀伊國屋書店/トーハン/日本出版販売/日外アソシエーツ
再生医療;末梢神経の再生医療;神経幹細胞を用いた臨床研究;間葉
系幹細胞・Muse細胞を用いた再生医療)
著作権者:紀伊國屋書店/トーハン/日本出版販売/日外アソシエーツ
「細胞シート」の奇跡
−人はどこまで再生治療できるのか
著者/岡野光夫
出版/祥伝社
210ページ/発刊2012.2.10 定価1,400(税別)
ISBN978-4-396-61402-7;B1204390
要旨 いま、世界では「医療革命」と呼べるほどの大きな変化が起こり
つつある。その変化のただ中にあるのが、著者の手がけている「細胞シー
ト」。細胞シートとは、自分の細胞を培養して増やし、患部に移植するた
めの厚さ0.1ミリ以下の薄いシート状のパッチのことで、移植手術でし
か助かる見込みのない患者も救うことのできる革新的な医療テクノロ
ジーとして、いま、世界で注目されている技術だ。
目次 序章 自分の細胞で治す時代へー日本発のテクノロジーが世界の
医療を変える(心臓移植でしか治らない難病;自分の細胞で蘇った心
筋ー世界初の「細胞シート」による心臓手術 ほか);第1章「治らない
病気」を根治する-再生医療と「細胞シート」(二十一世紀の医療に課
せられた宿題;一日に三回もインスリンを注射しなければならない負
担 ほか);第2章「細胞シート」が生まれるまでー「医工連携」が医療
を変える(親水性と疎水性の高分子をつなげると何ができるのか;なぜ
DDS(ドラッグ・デリバリー・システム)なのか? ほか);第3章 世界が
注目する「細胞シート」の現場-ここから医療の未来が変わる(手術後
に患者を苦しめる「狭窄」ー食道ガン手術後の組織再生;貼りにくい
部分にもシートをうまく貼るための器具を開発 ほか);第4章 皆が「神
の手」を使える医療へー細胞シート工場、始動(皆に「神の手」の技術を;
「細胞シート工場」は一般の工場とどこが違うのか ほか)
著作権者:紀伊國屋書店/トーハン/日本出版販売/日外アソシエーツ
23
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TOPIC Ⅲ
ヒト iPS 細胞研究の海外動向
(独)医薬基盤研究所 難病・疾患資源研究部
ヒト幹細胞応用開発室 研究リーダー
古江−楠田 美保
2006年 に 山 中 ら1) に よ り マ ウ ス 人 工 多 能 性 幹 細
胞(iPS)細胞が発表され、瞬く間にその技術は世界
中 に 広 ま っ た。 ヒ ト 胚 性 幹(ES) 細 胞 は1998年 に
Thomsonら2)により樹立されており、日本国内でも
2003年に京都大学再生医科学研究所においてヒトES
細胞が樹立され3)、ヒトES細胞の研究は開始されてい
た。しかし、倫理的な問題も含めた規制の厳しさによ
りそれほど多くの研究者がヒトES細胞を使っていた
わけではなかった。しかし、2007年4)にヒトiPS細胞作
成が発表された後は、日本の幹細胞研究環境をがらり
と変えた。国家戦略の一つとしてiPS細胞研究が10年
間のロードマップに掲げられ、精力的に研究が進めら
れるようになった。それは日本だけでなく、米国やEU
においても戦略的に進められている。その進み方はあ
まりに早く、ここで記載する内容がもう数か月後には
古くなっている可能性があるぐらい熾烈な国際競争と
なっている。
くために、ヒトES細胞の標準化が必要であることが早
くから認識され、2003年に国際幹細胞フォーラムが開
催され、2005年より英国シェフィールド大学Andrews
教授がリーダー(日本を含めた世界の研究者らが共
同で推進8))として推進しているInternational Human
Stem Cell Initiatives(ISCI)プロジェクトが開始さ
れている。2007年以降はヒトiPS細胞も加えられて標
準化が進められている。ISCIでは、まず59株のヒトES
細胞を集めて、フローサイトメトリーを用いた表面抗
原の発現プロフィール、PCR-アレイを用いた未分化
マーカー遺伝子発現、胚様体作成法により分化させた
際の遺伝子発現、インプリンティング遺伝子、X染色
体不活性化について解析が行われた9)。
また、その研究結果を受けて各国の幹細胞バンクが
参 画 す るInternational Stem Cell Banking Initiative
(ISCBI)が研究用幹細胞のバンキングの国際ガイド
ラインを発表し10)、その日本語訳は京都大学再生医科
学研究所・高田らにより日本再生医療学会雑誌「再生
医療」に掲載されている11)。 2011年に、ISCIはヒト
ES細胞125株とヒトiPS細胞11株の樹立早期と長期継
代後のサンプルを集め、ゲノム安定性の比較分析を実
施し、ゲノムの変化などについて報告されている。し
かし、ヒトES/iPS細胞の特性で最も重要である分化能
についての評価が難しいことが問題となっている。マ
ウスの場合にはgermline transmissionにより全能性が
証明されるが、ヒトの場合はこれを検証することがで
きない。そのためSCIDマウス等の免疫不全マウスに
細胞を移植し、テラトーマを形成され三胚葉に分化す
ることを確認することによって多能性が検証されてい
る。しかし、テラトーマ形成法は、実験動物の個体差、
細胞移植の技術的問題、形成されたテラトーマの組織
の診断が難しい、などの問題があり、標準化が難しい。
トリプシンEDTAにより分散させ継代すると分化能が
失われるという事例が海外の研究者の間では語り継が
1─iPS細胞標準化
ヒトES/iPS細胞はこれまで研究ツールとして使用
されてきたがん細胞株や不死化された線維芽細胞など
の細胞とは異なる点が多い5-7)。培養技術の差により研
究室間のみならず、研究者間による結果の差も大きい。
また、株間の差も大きい。さらに、長期継代を行ってい
るうちに形質が変化する。ヒトES/iPS細胞の培養技
術を短期間の実習で習得するのは難しい。ヒトES細
胞研究を早くから行っていた米英においても、経験の
ある研究室に数ヶ月滞在したり、必要なノウハウを研
究者どうしのコミュニティー内で情報交換している。
ヒトES細胞の場合と異なり、ヒトiPS細胞は誰もが研
究を手がけることが可能であるが、ヒトES細胞研究に
関する基礎知識が培われていない国内においては培養
維持に苦労している研究者も多い。
海外ではヒトES細胞を利用して研究を推進してい
24
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TOPIC Ⅲ
れているが、長期継代の間に形質が変化して分化能が
変わる可能性も指摘されていることから、分化能につ
いては複数回の検査が求められる。欧州では動物実験
の規制が厳しく、in vitro での再現性の高い評価法開発
が望まれている12)。これまでもヒトES細胞株のゲノム
不安定については報告があり13)、ヒトiPS細胞株につい
てもゲノム不安定性やそのメカニズムなどが報告され
ている14)。倍加速度が早い異常クローンが出現した場
合、5継代でほとんどの細胞集団が入れ替わると予測
されている15)。ヒトES/iPS細胞の品質検査として利用
される未分化/分化マーカ-の発現プロフィールは、培
地やフィーダー細胞のロット、継代や培地交換のタイ
ミングによっても簡単に変化する。国内では標準株を
設定してほしいという要望を聞かれるが、たとえある
株を標準株と設定したとしても、その形質を維持でき
るわけではない。仮に、細胞バンクや樹立機関から品
質検査されたものを受け取ったとしても、各自が細胞
の品質管理を行う必要がある。国際的には、品質評価
の方法や技術の標準化が求められている16)。
ンスリンを含む20因子から構成されているB27サプリ
メント31)が開発されたが濃度が非公開となっている。
現在、ヒトES/iPS細胞を培養するための培地は様々開
発されており、海外では各自その研究目的により様々
な条件を使用している。Thomsonらのグループによ
り2006年に発表されたmTeSR™132)とマトリジェルを
使用している研究者は多い。また、N2サプリメント
とB27サプリメントを合わせて使用する条件も報告さ
れている33)。しかし、これらの条件は動物由来成分を
含むため、動物由来成分不含に改良されたTeSR™2、さ
らに新たに2011年に開発されたE8培地34)の使用が試み
られ始めているようである。また、StemPro®を用い
ている研究者も多い。著者らが開発したhESF9培地
35,36)
や動物由来成分不含培地に改良したhESF-FXは必
要最低限の組成からなるため、添加因子の影響が高感
度に解析できる37)。これら既知の組成からなる無血清
培地は、未分化状態を維持するだけでなく、再現性高い
分化誘導にも使用されている。Vallierらはアクチビン
Aを添加した無血清培地CDMを未分化維持から分化
過程に使用して高効率な肝細胞への分化誘導を行って
いる38)。また、中辻らは無血清培地と低分子化合物に
よりサイトカインを使用せず心筋への分化誘導に成功
している39)。血清添加という万能に効く条件の代わり
に、既知の成分を使用することにより再現性は確保さ
れてきたが、培地は細分化してきている。それぞれの
目的にあった培地を調整するカスタムサービスを行う
企業も増えてきているようである。一つに決めるので
はなく、その目的にあった培地が求められているのか
もしれない。
2─培地の開発状況
ヒトES/iPS細胞は、一般的に不活性化したマウス胎
児組織由来線維芽細胞をフィーダー細胞(MEF)と
して使用し、牛血清あるいは代替血清knockout-serum
replacement(KSR)と線維芽細胞増殖因子-2(FGF2)17)を添加した培地を用いて培養されている。フィー
ダー細胞とKSRを用いた培養法は多くのヒトES/iPS
細胞株において安定した培養が可能であるが、動物由
来成分を含むため培地間にロット差がある。さらに、
培養した細胞に動物細胞表面に存在するシアル酸、
Neu5Gc(N-グリコリルノイラミン酸)が確認される18)。
動物由来成分の代わりにヒト由来生物材料を用いる条
件も開発されているが、創薬研究や細胞治療へ応用を
めざして、病原体をできるだけ排除し、再現性ある結果
や安定した品質を得るために、未知の成分を含まず、
生産段階から流通経路が記録された既知の成分からな
る無血清培地の使用が望まれている。国内では理解さ
れていない場合もあるが、無血清培養とは単に血清を
除いた基礎培地のみによる培養ではなく、既知の成分
よりなる培地を用いたchemically defined serum-free
culture19)で あ る。1975年 にGordon H. Sato博 士20,21)が
血清の役割とはそれに含まれるホルモン、増殖因子、接
着因子などが細胞の増殖を促進することであり、これ
らの因子を基礎培地に加えることにより血清を代替で
きることを提言した。 1979年に神経細胞培養用とし
てN2サプリメント22)が開発された。その後、5因子あ
るいは6因子(+オレイン酸)に改良された23,24)。 その
結果、神経細胞だけでなく様々な細胞の無血清培養が
可能となった25-30)。一方、1993年に Priceらによってイ
3─企業の取り組み
これまでヒトES細胞の樹立は大学や研究機関で樹
立されることがほとんどであった。しかし、欧米では
早くから企業も取り組んでおり、欧米企業は2008年頃
にはすでに創薬にiPS細胞を適用するために様々な対
応を行ってきている。また、昨年末にはオクスフォー
ド大学とファイザー、ロシュなどの製薬会社10社と23
の大学が結束し、1,500株のiPS細胞株をバンキングし、
今後の難病の研究と治療の開発に活用すると発表し
た。また、ウィスコンシン大学よりスピンアウトした
Cellular Dynamics International(CDI)社もカリフォ
ルニア再生医療機構(CIRM)から研究費を取得し、
Buck Instituteからの施設をリースし、ヒトiPS細胞バ
ンクを整備すると発表した。
4─おわりに
欧米では大学院生の研究テーマが企業との共同研究
であることは珍しくなく、大学のシーズを吸い上げる
機構がある。また、研究者間の交流も多いため情報の
25
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TOPIC Ⅲ
入手も早い。iPS細胞作成という素晴らしい日本にお
ける発明が世界に先駆けて産業応用されるために、横
並びで国内企業が互いに牽制しあうようなムードは撤
廃し、各企業のオリジナリティーをいかしてアカデミ
アと連携して幹細胞実用化に向けて進むことを願って
やまない。
Biol Reprod 70(3): 837-45, 2004
18)
Hayashi Y. et al. Reduction of N-glycolylneuraminic acid in
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J U LY 2 0 13 / H U M A N S C I E N C E
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Cell Rep 2(5): 1448-60, 2012
古江-楠田 美保 ふるえ-くすだ・みほ
(独)医薬基盤研究所 難病・疾患資源研究部
ヒト幹細胞応用開発室 研究リーダ-
広島県生まれ
広島大学歯学部卒
広島大学大学院 歯学研究科 歯学臨床系卒
歯学博士
専門は幹細胞生物学、発生学
生命と医療の倫理学 第2版
命を守る材料−人工血管から再生医療の
最先端へ 東京理科大学坊っちゃん科学シリーズ
〈3〉
現代社会の倫理を考える〈第2巻〉
監修/加藤尚武、立花隆
著者/伊藤道哉
出版/丸善出版
編者/東京理科大学出版センター
著者/菊池明彦、曽我公平、牧野公子、柴建次、大塚英典
出版/東京書籍
234ページ/発刊2013.4.30 定価2,000円(税別)
ISBN978-4-621-08672-8;B1320292
171ページ/発刊2013.4.5 定価1,200円(税別)
ISBN978-4-487-80693-5;B1317322
要旨 初版刊行から10年が経ち、医療倫理を巡る情勢の激変に伴い
要旨 人工血管、人工心臓、人工関節、金ナノ粒子による診断と治療、
全面改訂。とりわけ「終末期医療の決定プロセスに関するガイドラ
ドラッグデリバリーシステム、そして、最先端の再生医療を解説。
イン」等、終末期医療ガイドラインの整備や、ヒトゲノム・遺伝子解
目次 第1章 血液に触れて使われる材料(人工血管;人工心臓 ほか)
;
析研究に関する三省指針改正、臓器の移植に関する法律の改正等、最
第2章 骨などの硬い組織に用いられる材料(人工関節-金属・無機・
新の状況を反映した内容に改めた。また未曾有の大震災の経験から、
高分子からなる複合材料;人工骨材料-セラミックスの多孔性材料)
;
危機管理に関する内容を加え、医療現場スタッフの便も図った。
第3章 診断に用いられる材料(ナノ粒子による蛍光バイオイメージ
目次 第1章 患者の権利、医師の裁量、臨床倫理の原則、チーム医療、
ング;金ナノ粒子による診断と治療 ほか);第4章 ドラッグデリバ
医療安全;第2章 告知、インフォームドコンセント;第3章 医療情
リーシステム;第5章 再生医工学(組織工学の手法を用いた再生医
報開示、個人情報保護;第4章 臨床試験、GCP、利益相反;第5章
療;生分解性材料を用いる再生医療 ほか)
遺伝子診断、遺伝子治療、遺伝カウンセリング、分子標的治療;第6
著作権者:紀伊國屋書店/トーハン/日本出版販売/日外アソシエーツ
章 クローン技術、幹細胞研究、再生医療、生殖補助医療、エンハンスメ
ント;第7章 脳死、臓器移植;第8章 緩和ケア、QOL;第9章 終末
期医療、安楽死、尊厳死、自殺幇助、生命維持治療の不開始・中止;第
10章 平時と大災害の医療
著作権者:紀伊國屋書店/トーハン/日本出版販売/日外アソシエーツ
27
J U LY 2 0 13 / H U M A N S C I E N C E
T E R R AC E
スウェーデンのライフサイエンス産業 1
基礎研究から臨床応用へ
スウェーデン大使館 投資部 主席投資官
橋本 せつ子
の投資額をさらに増やし、なかでもライフサイエンス分
野に重点的に投資すると発表した。
1─世界屈指の競争力の国
スウェーデンと聞いて思い浮かぶのは豊かな自然、進
んだ社会保障と高い税金そしてノーベル賞(図1)といっ
たところだろうか?スウェーデンは高い教育水準を維
持し、世界屈指の競争力を持ち、様々な産業分野でユ
ニークな技術を開発し発展を遂げてきたイノベーショ
ンの国という側面も持っている。ライフサイエンスも
例外ではなく、実験室になくてはならない液体クロマ
トグラフィー、電気泳動、超遠心分離、SPRバイオセン
サーはスウェーデンで開発された技術であり、医療分野
においても埋め込み式の心臓のペースメーカー、人工透
析、インプラント、アレルギーの診断薬、ガンマナイフ、
PETなどスウェーデン発の技術(図2) は枚挙にいとま
がない。スウェーデンは研究開発に対してGDPの3.75%
と世界でも高水準の投資をしている。スウェーデン政
府は2012年10月に今後の中長期計画の中で研究開発へ
2─スウェーデンのライフサイエンス産業
スウェーデンのライフサイエンス産業は1900年代の
初めに設立されたAstra社とPharmacia社という2つの
製薬企業にさかのぼる。Astra社は世界で初めて局所麻
酔薬を開発し、高血圧、不整脈を抑えるβ-遮断薬を世に
出した。Pharmacia社は遺伝子組み換えヒト成長ホル
モンを開発した会社、またクロマトグラフィーなどの研
究用機器・試薬の会社として有名である。2009年の資
料によるとスウェーデンのライフサイエンス産業の規
模は企業数約1,000社、従業員数約4万人である。企業の
大多数は従業員1 ~ 10人の小規模のスタートアップ企
業である。小規模企業の数は1997年の130社から2009年
には430社と大幅に増加し、常に新しい企業が誕生して
ガンマナイフ
インプラント
図1 毎年12月10日に首都ストックホルムで開催されるノーベル賞授賞式
28
埋め込み式ペースメーカー
図2 スウェーデン発の医療技術
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T E R R AC E
いる。スウェーデンのライフサイエンス産業の特徴の
一つとしてAstraとPharmaciaという2つの企業が長年ビ
ジネスドライバーとして事業経験を持つ人材を輩出し、
新規技術の導入先にもなっていることが挙げられる。
スウェーデンにはカロリンスカ研究所を筆頭に医学
部を持つ大学が6つあり、ライフサイエンス関連企業は
これらの大学の周辺に集積し、5つのバイオクラスター
(図3)を形成している。最も大きなクラスターは、
ストッ
クホルム-ウプサラ地区、次いで南部のルント-マルメ
地区、西海岸のヨーテボリ地区、さらにリンシェッピン
地区、北部にはウメオ地区がある。バイオクラスター毎
に特徴のある研究を基盤にした新製品、新規治療技術の
産業化を推進するための支援組織が充実している。各
クラスターの活動についてはこの連載で順次紹介する。
個人識別番号制度が導入されており、スウェーデンには
個人番号とリンクした長期に亘る国民の医療記録が保
存されている。この記録を元にQuality Registerと呼ば
れる医療記録データベースが構築され臨床研究、医薬品
開発等に用いられている。また遺伝子情報も付加した
バイオバンクも充実しており、科学的エビデンスに基づ
いた精度の高い臨床試験を行う環境が整っている。先
端技術を臨床に応用することに対して国民の信頼は高
く、
“from bench to bedside”という言葉に表されるよ
うに、基礎研究の成果が迅速に臨床の現場に反映される
ところにスウェーデンの強みがある。時代のニーズに
合わせて新たな技術を開発するための研究助成制度、法
制度、社会インフラ、支援組織を整備してきた。こうし
た行政、大学、産業界の緊密な連携はTriple Helixモデル
(図4)と言われ、その結果として冒頭に示したような新
規技術が世界に先駆けて開発され、新たな産業を生み出
してきたのである。
次回からはスウェーデン各地のバイオクラスターに
おける産業育成の活動を紹介していきたい。
3─基礎研究から臨床応用へ
スウェーデンではすべての医療・介護サービスは基
本的には無料で提供される。こうした行政サービスを
円滑に進めるためにスウェーデンでは20世紀初めから
ウメオ地区
ヨーテボリ地区
ストックホルム/ウプサラ地区
リンシェッピン地区
ルント/マルメ地区
図3 スウェーデンのバイオクラスター
ウプサラ大学構内にある11世紀ごろに刻まれたルーン石
にも偶然Triple Helixと同じ図形を見つけた
図4 Triple Helix モデル
29
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再生医療とレギュラトリーサイエンス
− 早期実現にむけて合理的な理解を −
(公財)先端医療振興財団
再生医療実現拠点ネットワーク事業開発支援室 室長
松山 晃文
含む情報収集も目的となる。ヒト幹細胞臨床研究やあ
るいは臨床試験(治験)の実施中に予期せぬ有害事象
等が発生した場合、非臨床試験にさかのぼって原因究明
が行われるかもしれない。
2)毒性試験
(1)毒性試験の目的
毒性試験の主な目的は、開発候補の再生医療製剤に
よって、どのような毒性がどの臓器・組織に現れるのか
を明らかにすることによって、再生医療製剤の安全性を
評価することにある。毒性は、主作用に基づき薬理作用
の延長上にある毒性と、再生医療製剤の特性によって薬
理作用とは関係なく起こる毒性とがある。たとえば、心
筋再生医療製剤の主作用が心筋梗塞後の線維退縮であ
る場合、その延長として心筋破裂が起これば前者である
し、心筋への投与後に骨化が起こり不整脈を認めれば、
これは後者であるといえる。一般的に前者は予測が可
能であるが、後者は多くの場合予測困難であり、重大な
転帰に至るかもしれない。GCPの精神から考えても、重
要な試験であり、実際、治験薬GMPはGCP省令に規定さ
れている。
(2)一般毒性試験と再生医療製剤
一般毒性試験は、単回投与毒性試験と反復投与毒性試
験に分けられる。低分子化合物では実施が義務付けら
れており、再生医療製剤でも少なくとも単回投与毒性試
験は必須と考える。単回投与毒性(急性毒性試験)は、
被験物質を1回投与した時に観察される毒性を明らかに
する試験であり、低分子化合物であれば観察期間14日
間、必要に応じて解剖し、肉眼的な異常や病理組織的検
査を実施することとなっている。再生医療製剤の場合、
製剤そのものを毒性試験で用いるか、あるいは試験動物
種の類似製剤を用いるべきなのか、議論がある。製剤そ
のものの毒性を評価するわけであるから、免疫不全・免
疫抑制動物にヒト由来製剤を投与すべきと考えるが、
試験動物種の類似製剤にての毒性試験を否定するもの
1―はじめに
近年の再生医学、発生医学の進歩は目を見張るもの
があり、それが革新的治療法として難治性疾患への光
明として話題に上らない日はない。これら再生医療で
は、その基礎的研究シーズの社会還元への迅速化にむ
け、臨床研究が応用開発に連結しやすい仕掛けが、今、ま
さに求められている。その1つが再生医療研究から開
発、臨床利用における共通プラットフォームとしてのレ
ギュラトリーサイエンス、そしてそれに基づくScientific
Regulationである。本稿では、再生医療の臨床利用にお
いて、レギュラトリーサイエンスの観点から求められる
であろう事項を、製造販売承認を受けて広く社会で用い
られる場合を見据え議論したい。
2―非臨床試験
1)非臨床試験とは
In vitro 研究により再生医療における分化誘導培養法
が決定される。続いて、その分化培養法により得られる
細胞調製物・細胞医薬品等候補について、ヒトに投与し
て開発を進める価値があるか否かを判断することとな
る。そのために実施する試験が非臨床試験である。低
分子化合物での非臨床試験は、毒性試験(一般毒性試験、
特殊毒性試験)、薬理試験(薬効薬理試験、安全性薬理試
験)、薬物動態試験、製剤学的試験、その他に大別される。
低分子化合物と再生医療製剤とはその挙動や特性に差
異があることは十二分に認識されるが、低分子化合物で
用いられてきた非臨床試験packageは、再生医療製剤で
の非臨床試験packageを組み立てるのに、大いに役に立
つ。
非臨床試験では、主として実験動物を用い、開発候補
再生医療製剤の有効性、安全性などを評価することとな
る。非臨床試験は、臨床試験の実施の可否を判断するた
めに重要な試験と位置づけられようが、臨床試験をより
効率的に行うため、サロゲートマーカーの拾い上げ等を
30
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ではない。いかにロジックを構築するかに尽きると考
える。再生医療製剤では反復投与毒性試験は実施の必
要はないcaseも多いと考えられる。なんとなれば、単回
投与であっても生着すれば長期にわたり暴露された状
態となるからである。ただし、頻回投与する場合には反
復投与毒性試験も必要となるかもしれない。なお、再生
医療製剤の毒性評価項目をどのように設定すべきか、
という議論が当然ある。一般毒性試験項目に加え細胞
投与による組織傷害性はminimum consensusとして想
起されるが、投与する細胞調製物によりcase-by-caseで
additionalに組み立てる必要があろう。
(3)特殊毒性試験と再生医療製剤
低分子化合物にかかる特殊毒性試験では、がん原性試
験、抗原性試験、遺伝毒性試験、生殖・発生毒性試験、そ
の他必要に応じて局所刺激試験、依存性試験、光毒性試
験などが実施される。再生医療製剤においては、がん原
性試験ではなく造腫瘍性試験として実施され、投与細胞
自体のがん化可能性をどのように評価するかが課題で
ある。間葉系幹細胞のような体性幹細胞では不死化(品
質として考える場合)、腫瘍化(安全性試験として考え
る場合)の報告はない。生殖発生毒性試験に関しては、
そもそも投与細胞が生殖腺に影響を与えるとは思えず、
生殖発生毒性を有するとは考えにくい。
いわゆる体性幹細胞の安全性の評価として、造腫瘍試
験を実施しなければならないか否かには議論がある。
WHO-TRS878を 援 用 し て、1x107/匹 の 被 検 細 胞 検 体
をヌードマウス(免疫不全マウス)10匹に移植し、12
週間(旧WHO-TRS878)あるいは16週間(改定WHOTRS878)観察して皮下の腫瘤形成を観察するという試
験系がある。本来、蛋白製剤などBiologics生産の品質
管理のために策定された指針であり、2010年の改定で
WHO-TRS878は細胞製剤そのものの試験には用いるこ
とができない旨、appendixに記載された。現状、国際的
にみても造腫瘍試験の明確なガイドラインはない。そ
こで我々は、局所にて形成された腫瘤が、臓器・組織に
「毒性」を有するか観察する、という視点から慢性毒性
試験あるいは体内動態試験(運命試験)との併合試験
を提唱している。
一方で、ES細胞やiPS細胞のように多能性を有する
幹細胞にあっては、奇形腫形成能がその細胞特性である
ことから、奇形腫形成に関する試験の実施は必須であろ
う。この際に、従前の低分子化合物とは異なり、多能性
幹細胞由来細胞製剤の投与局所における周辺組織との
相互作用を考慮すべきであり、調製物・製品の投与部位
ごとに結果を得る必要がある。「安全」な多能性幹細胞
由来細胞調製物・製品という物があるのではなく、限定
された投与・移植法にあっては奇形腫形成を認めず、組
織・臓器障害性(=毒性)を発揮しないと解すべきで
あろう。特に多能性幹細胞由来細胞製剤にあっては、分
化抵抗性株・細胞の残存が話題となる。そこで、我々は、
多能性幹細胞input試験を提案している。Input試験は、
未分化多能性幹細胞と分化誘導後細胞製剤、加えて周辺
組織・臓器との相互作用による帰結も観察できること
から、遺伝毒性試験の目的とするDNA損傷の帰結として
の腫瘍形成をも観察できると論理構築できるかもしれ
ない。
(4)多能性幹細胞input試験
我々は、iPS細胞をはじめとする多能性幹細胞由来細
胞製剤の安全性評価のため、奇形腫形成多能性幹細胞
input試験を勧めている。そのため、まず当該細胞製剤に
おける未分化多能性幹細胞の残存評価・検出系構築が
必須で、その検出系で検出感度を超える比率の多能性幹
細胞を当該細胞製剤に混入させ、投与・移植後に奇形腫
形成の有無を観察するものである。
分化抵抗性多能性幹細胞の残存評価・検出系は、例え
ばNAT法(PCR法等)あるいはflow cytometryを用い
うる。たとえば0.01%の残存が検出限界かつコールドラ
ンにての検出上限である場合、その比率を超える比率で
多能性幹細胞を混入させる。望ましくは、非線形性の確
保の観点から検出限界・上限の10倍の多能性幹細胞を混
入させる。陽性対照群として多能性幹細胞そのものの
投与・移植も必須となるかもしれない。多能性幹細胞
を混入させた細胞製剤を、臨床利用時に移植すると想定
される場所と同一部位に移植(同所移植)し、奇形腫形
成の有無を観察する。動物種は個々の製剤の投与経路
等の差異によりcase-by-caseに選択される。観察期間は
がん原性試験に準じるのであれば、ラットでは24 ~ 30
か月の観察、マウスないしはハムスターでは18 ~ 24か
月と考えられる。腫瘤が形成されても、生命予後が短縮
されず、むしろ疾病の改善により生命予後の改善が見込
まれることも想定されるので、生存曲線を得るために、
死亡するまで全部個体を観察するほうが望ましいと想
定している。しかし、被験動物個体のすべてが死亡する
まで観察すると試験期間が長期間にわたり、当該細胞製
剤によって利益を受ける可能性がある患者にとっては、
利益を逸することとなる。そのため、多能性幹細胞を混
入させた細胞製剤を投与した後6 ~ 9か月程度にて途中
犠牲死させて奇形腫形成の有無を観察し、その段階で奇
形腫形成を認めなければFirst-in-Man臨床試験の開始を
認めるべきであろう。途中犠牲死個体の数、途中犠牲死
までの投与後の観察期間に関しては、例えばiPS細胞か
らの奇形腫形成が移植後6か月以上では認めない、との
知見があるのであれば、その治験を基盤に論理を構築す
ればよいだろう。
3)薬理試験
(1)安全性薬理試験
安全性薬理試験は、薬効薬理試験とともに薬理試験の
一つの柱であるが、再生医療製品にあっては我が国の規
31
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制上は規定(いわゆる5指針に記載)がないが、生理機
能に対して再生医療製剤の望ましくない生命維持を司
る器官(コアバッテリー)に対する作用は明らかにす
べきである。コアバッテリーである心血管系、呼吸系お
よび中枢神経系の生理機能に対する望ましくない作用
を明らかにするため、心血管系では血圧、心拍数、心電図
など、呼吸器系では呼吸数や1回換気量やHb酸素飽和度
といった呼吸機能、中枢神経系では運動量、行動変化、体
温などについてそれぞれ評価すべきである。これらは
毒性試験の一環として検証可能であり、特に投与急性期
の観察は肝心であり、併合試験にて評価することを推奨
している。なお、再生医療製剤にあっては、その投与法
使用法によっては製剤特有の評価項目が求められる。
たとえば、冠動脈に細胞浮遊液を投与する場合であれ
ば、微小梗塞を惹起する可能性もあり、心拍出量や心室
収縮性(壁運動性)を追加項目として観察すべきである。
静脈から細胞を投与して脳血管障害を治療するという
製剤であるなら、細胞の肺塞栓・梗塞の可能性があるこ
とから血液pHの観察や血中LDH値、脳梗塞治療である
ことから行動薬理、学習、記憶などを評価することが望
ましい。
(2)効能裏付け試験
効能裏付け試験は、被験物質たる再生医療製剤に期待
される効能・効果を裏付けるための試験であるため、そ
の方法は細胞調製物の目的とする効能・効果によって
様々である。安全性試験では健常動物を用いるが、効能
裏付け試験では病態モデル動物を用いることが多い。
多くの研究室で行われている実験と同じと感じると思
われる。多くの研究者が日々おこなっている実験も、薬
事申請にむけ信頼性が保証されていれば効能裏付け試
験と言ってよい。どのような作用機序で効能効果を発
揮するのかの検討は重要で、臨床試験におけるエンドポ
イントやそのためのサロゲートマーカー・項目の設定
を左右しうる。加えて、有効性用量設定試験は、過剰な
細胞製剤を被験者・患者に投与しないために避けて通
れない試験である。有効性用量設定試験では、用量設定
で線形性を担保すべきと考えられ、我々は最適と思われ
る用量の3分の1と3倍用量と対照非投与群の4群で有効
性用量試験を実施している。一般的に標準偏差を算出
するために3個体以上のデータが必要となるが、5サン
プル以上でなければ標準偏差の信頼性を確保できない
とされ、加えて途中個体死も想定にいれ、各群5個体で実
施している。用量設定の幅は、5倍ないし5分の1の幅を
超えなければ線形性(連続性)は確保されているとし
てよいだろう。ちなみに、安全性評価にあっては単回投
与、安全性用量設定試験にあっては非線形性の担保(非
連続性の確保)の観点から、有効性用量の10倍以上の用
量で毒性発現がないことをげっ歯類にて確認したうえ
で、開発を進めることとしている。
げっ歯類・非げっ歯類を用いるのか、いかなる病態モ
デル動物を用いるのか、その評価項目はどうするのか、
は肝要である。たとえば、心疾患に対して冠動脈から投
与する場合は、大きさの観点からげっ歯類では正当な評
価は難しい。ブタなど大動物であればCT 、MRIある
いは心臓超音波検査にて心機能を評価できる。効能裏
付け試験で、その作用機序の解明も重要である。多能性
幹細胞由来心筋細胞であれば、投与後心筋内での心筋と
しての生着を観察する必要があるし、一方でサイトカイ
ン効果が効能作用であると想定されるなら、血管新生あ
るいは内因性心筋幹細胞活性化の検討がなされるべき
で、抗線維化作用が主体であるなら組織学的にMasson
Trichrome染色あるいはSirius Red染色で線維化面積比
率の比較等が必要となる。非臨床試験によるこれら結
果は、知的財産の観点からも重要であり、また非臨床試
験結果からFirst-in-Man臨床試験への外挿性、つまり臨
床試験におけるエンドポイントやそのためのサロゲー
トマーカー・項目の連続性の観点を念頭に入れるべき
であろう。
4)体内動態試験
再生医療製剤にあっては、薬物動態試験という項目は
ないが、一方で体内動態試験(運命試験)が課せられて
いる。体内動態試験では、どのような投与・移植経路に
より、被投与細胞等はどの臓器に分布するのか、それら
が臓器障害性を惹起させていないのかを観察する。こ
こで確認しておきたいことは、細胞が分布しているから
と言って安全性が否定される訳ではない、ということで
ある。従って、体内動態試験は慢性毒性試験との併合試
験を勧めたい。なお、細胞製剤投与後、どの時期で分布
を観察するかには議論があるところであるが、製剤毎の
特性によりcase-by-caseでロジックを構築すればよいと
考える。たとえば、サイトカイン効果を期待しているの
であれば、細胞は長期間には生着しないので、投与後3か
月に観察すればよいかもしれない。一方で、多能性幹細
胞由来心筋細胞のように投与後に器官・臓器内での生
着・機能を期待するものであれば、6か月の観察は必要
であろう。
投与後の細胞の追跡が最大の課題となる。これまで
は、インジウムをはじめとする放射性同位元素で細胞を
標識して、各臓器の放射活性をもって分布としてきた。
しかし、放射性同位元素による細胞標識による追跡で
は、生細胞が追跡できているとは言えず、また半減期が
短いことにより、長期の追跡ができなかったという短所
がある。ヒト由来細胞の体内動態であれば、抗HLA抗体
による免疫組織化学的検索も可能であり、我々はヒトに
特異的に存在する繰り返し遺伝子配列であるAlu配列に
1)
着目し、Alu-PCR法による検出系を報告している 。つ
いで、体内動態でどの臓器を観察するかという課題が残
る。投与経路により検索臓器に差異はあるかもしれな
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いが、血流が豊富な心臓、肝臓、腎臓、脳だけでは不十分
である。我々は、抗体医薬の製造販売承認時CTDにて経
験のあるOrgan Panelを参考に、30余臓器をリスト化(表)
し、肉眼的な腫瘤形成等異常所見と組織学的な検索をす
る手法を報告している2)。間葉系幹細胞であれば、異所性
の骨分化・軟骨分化・脂肪分化の有無を検証する必要
があるため、骨分化についてはvon Kossa染色、軟骨分化
についてはAlucian Blue染色、脂肪分化についてはHE染
色による検討を加えることとしている。多能性幹細胞
であれば、異所性奇形腫形成の有無を確認するためには
HE染色、未分化多能性幹細胞の残存を検証するために
は免疫染色による検索を追加すればよいと考えている。
Regulatory Affairs(規制的側面)が先行せざるをえず、
研究者と規制科学者との間の相互不信が募っていたの
かもしれない。NIH-FDA regulatory science initiative
でも、“Regulatory Science is a complex integration of
regulatory research and regulatory affairs.”と定義さ
れている3)。数多くの研究のなかから有用な再生医療が
患者さんの手に届く日が一日でも早く来るRegulatory
AffairsとRegulatory Researchが融合4,5)することで、未来
が開けると信じたい。我々には科学的・合理的な調整(レ
ギュレート)が課せられている。
参考文献
1)
Okura, H. et al.: Transplantation of human adipose tissuederived multilineage progenitor cells reduces serum cholesterol
in hyperlipidemic Watanabe rabbits.
Tissue Eng Part C Methods 17:145-154. 2011
2) Okura , H . et al. : Non- Clinical Studies (GLP) for Clinical
Application of Cardiomyoblast-like cells differentiated from
human Adipose tissue-Derived Multilineage Progenitor Cells.
ISSCR 9th Annual Meeting 2011. Abstract No. 2577.
3) http://www.nih.gov/news/health/feb2010 -24.htm NIH-FDA
regulatory science initiative.
4) 内山充 レギュラトリーサイエンス―その役割と目標
衛生科学 41:250-255, 1995
5) 内山充 レギュラトリーサイエンスの提唱
Pharm Tech Japan 9:14-15, 1993
3―おわりに
再生医療は若い学問であり、そこから医療が生まれた
経験は少ない。非臨床試験に焦点を絞っても、どのよう
な試験をどのタイミングでどのように組み立てて実施
すればよいのか、明確な答えはない。科学が技術に結び
ついてきたこれまでの研究開発と異なり、医学研究者の
try and errorによる技術の発展が、科学を牽引してき
たという事情にもよるのかも知れない。そのなかでも
臨床利用に向け評価が求められ、経験の少ないなかで
表 臓器パネル
神経系
内分泌系
心血管系
呼吸器系
腎・泌尿器系
雌性生殖系
臓器組織
大脳皮質
( 被核 )
小脳
脊髄
後根神経節
神経(節)
脳下垂体
甲状腺
副甲状腺
心臓
大動脈
肺
気管
腎臓
尿管
膀胱
卵巣
卵管
子宮・子宮内膜
子宮頸
雄性生殖系
消化器系
肝胆膵
皮膚・筋骨格系
感覚器系
網内系
造血系
臓器組織
前立腺
睾丸
顎下腺
耳下腺
食道
胃
十二指腸
小腸
大腸
肝臓
胆嚢
膵臓
皮膚
横紋筋
眼球
扁桃腺
胸腺
脾臓
骨髄
松山 晃文 まつやま・あきふみ
(公財)先端医療振興財団
再生医療実現拠点ネットワーク事業開発支援室 室長
長野県生まれ
大阪大学 医学部卒
大阪大学大学院 医学系研究科 博士課程修了
医学博士
専門は再生医療、規制科学
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平成24年度(財)ヒューマンサイエンス振興財団発行 調査・報告書の概要
[以下の報告書は、
(公財)ヒューマンサイエンス振興財団のホームページで全文がご覧になれます。
(参考URL: http://www.jhsf.or.jp/paper/report.html)]
平成24年度国内基盤技術調査報告書 「−気分障害に関する医療ニーズ調査−」
政策創薬マッチング研究事業の一環として、開発振興委員会国内基盤技術調査ワーキンググループでは、
「平成24年度国内基盤
技術調査報告書―気分障害に関する医療ニーズ調査―」を3月末に発刊しました。本報告書は、2010年度の「2020年度の医療ニー
ズの展望」で課題が残る重要な領域としてあげられた精神疾患のうち、休業、休職する労働者の増加や自殺等により特に社会的に
問題が大きいと考えられるうつ病を中心に気分障害を取り上げ、専門医にアンケート調査とヒアリング調査、そして文献調査を行って
まとめたものです。その結果、気分障害の診療において最も解決が望まれている課題は「新たな診断法の開発」であることが明ら
かになりました。現在用いられている操作的診断は生物学的観点を反映した診断法に整理し直す必要があると考えられます。次に、
より奏効率が高く、再発率を低下させる「新しい機序の薬剤の開発」も強く望まれていることが明らかとなりました。
【目次】 第1章 はじめに 第2章 アンケート調査 第3章 ヒアリング調査 第4章 文献情報 第5章 まとめ
平成24年度将来動向調査報告書 「慢性腎臓病(CKD)の将来動向」
我が国は世界有数の腎不全大国であり、透析患者数は年々増加し、2011年末にはついに30万人に達しました。患者の生命予後
やQOLの面でも、医療経済的な面からも慢性腎臓病(CKD)対策は、重大な問題であります。本年度の将来動向調査では、123名
の学識経験者からアンケートに回答をいただきました。その結果をまとめてCKDに関する課題を抽出しました。我が国における
CKDの啓発活動は一定の成果を上げていますが、更なる普及が望まれています。研究面では疫学研究や疾患のメカニズムの探求は
それなりに進んできています。しかし、現在の治療法に対する腎臓医の満足度は大変低く、根本的に腎疾患を治療できるような薬剤
や治療法の開発が望まれています。またそのような研究開発を加速するようなより迅速で侵襲が少なくかつ正確な検査方法の開発
(遺伝子、画像、病理など)もCKDの早期発見や予後推定、臨床研究の進展に必須であります。今後まだまだ疾患のメカニズムの解
明の余地は十分にあり、それに基づいた創薬や新規治療法の開発や評価法の確立が課題であることが明らかとなりました。
【目次】 第1章 調査の概要 第2章 CKDの患者動向とCKDの普及・啓発活動 第3章 CKDの診断と治療 第4章 CKD治療薬の研究
開発動向 第5章 自由意見 第6章 課題と提言
平成24年度国外調査報告書
「創薬基盤強化の新機軸を探る-オープン・イノベーション、バイオマーカーを中心に-」
本年度の国外調査では、以下の4項目に重点を置いて調査を実施しました。
⑴大手・中堅製薬企業の研究開発及びアライアンス戦略 ⑵オミックス研究及びその基盤技術の動向と個別化医療進展への影響
⑶創薬オープン・イノベーションの現状と課題 ⑷バイオマーカーの活用状況とコンパニオン診断薬の将来展望 訪問した機関は、以下の通りです。
行政・薬事当局: Stockholm-Uppsala LS、EMA、MHRA、UKTI
製薬企業: Alcon、NIBR、Dako、Ferring Pharma.、GSK
バイオテク企業:Endo、Galenea、Evotec、European Screening Port
大学・公的研究機関: MD Anderson Cancer Center、NIH、MPIP
その他:Neu2 Consortium、Munich Biotech Cluster 本報告書が欧米諸国の取り組みを共に理解し、我が国における今後のライフサイエンス分野での産学官連携の在り方や強化策等
を検討する際の一助となることを願っております。
【目次】 第1章 調査の概要 第2章 訪問先別調査結果 第3章 調査結果の総括と提言
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[以下の報告書は、
(公財)ヒューマンサイエンス振興財団のホームページで全文がご覧になれます。
(参考URL: http://www.jhsf.or.jp/paper/report.html)]
平成24年度研究資源委員会調査報告書(HSレポ-トNo.78)
「創薬におけるオープンイノベーション-外部連携による研究資源の活用-」
研究資源となる創薬のアイデアや研究のシードは、臨床検体や化合物ライブラリー等の実質的資源と同様に、研究の重要な資源と
なってきました。研究資源委員会では、いまだアカデミアやバイオベンチャーに眠っているアイデアやシードを如何に有効活用して、
製薬企業で枯渇している創薬の種として育成させ製品化するか、という課題を取り上げてきました。
本調査研究では、課題解決の主力となるモデル「オープンイノベーション」に焦点を当て、産官学が取り組んでいる施策について、各々
の代表者と意見交換を実施して報告書として編集しました。報告書では調査を踏まえ3つの観点から、産学官に向けた提言も行っ
ています。第1に情報ネットワーク拡大の点から、オープンイノベーション・マインドを浸透させ、産学連携の拡大を推進すること、産
学官の交流の場としてネットワークを更に拡大すること、創薬に関する情報を製薬企業が積極的に公開すること、第2にオープンイノ
ベーション支援の点から、新しい産学連携体制を創成すること、ベンチャー企業の設立と育成を支援すること、第3に人材育成の点か
ら、目利きコーディネーターを育成し活用すること、人材の流動性を促し雇用制度を確立することを掲げました。
このHSレポートが、創薬の新規ビジネス、研究開発、産学官連携、知的財産の取り扱い等における問題解決の一助となり、医薬品
関連企業に従事されている方々、行政、学界、医療機関、そして国民の皆様にご活用いただければ幸いです。
【目次】 第1章 オープンイノベーション概説 第2章 製薬企業におけるオープンイノベーションの多様性 第3章 大学でのオープンイノベー
ション形態 第4章 行政府主導のオープンイノベーション 第5章 オープンイノベーションにおける知的財産戦略 第6章 考察 第7章 提言
平成24年度規制動向調査報告書(HSレポ-トNo.79)
「コンパニオン診断薬を用いた個別化医療-その開発と規制の動向-」
平成24年度は、コンパニオン診断薬を用いた個別化医療についてその開発と規制を中心に調査活動を展開しました。その調査結
果を本報告書第1 ~ 4章にまとめました。第1章では、個別化医療進展の背景、個別化医療への国の取組みおよび産業界の取組み
について概要を述べ、第2章ではコンパニオン診断薬に係る規制の現状と動向、第3章ではコンパニオン診断薬を伴う医薬品開発の
現状と動向、更に第4章では、コンパニオン診断薬に関して各界から指摘されている課題について整理した。最後第5章に、私たちの
規制動向調査活動にご協力下さった先生方との意見交換を通じて得られた貴重な情報や、
私たち自身が関連学会や各種シンポジウ
ム等に参加してあるいは学術誌の論文等から得た情報をもとに、私たち規制動向調査ワーキンググループ内で独自に議論した結果
をもとに考察と提言をとりまとめました。
【目次】 第1章 はじめ 第2章 コンパニオン診断薬に係る規制の現状と動向 第3章 コンパニオン診断薬を伴う医薬品開発の現状
と動向 第4章 インタビュー調査等を通じて各界から指摘されたCoDxに関する課題等についての整理 第5章 考察と提言
平成24年度創薬技術調査報告書(HSレポ-トNo.80)
「創薬基盤技術の最新動向を探る-イメージング技術・高速シークエンサー・新規モデル動物試験系-」
開発振興委員会では、医薬品開発とそれに関わる生命科学に関する最新動向と今後の展望について、長年にわたり調査活動を
行ってきました。生命科学と技術の進歩は医薬品開発のみならず、予防医療や再生医療など今後の保健医療発展の基盤であり、調
査結果を報告書としてまとめ会員企業並びに関係各方面に提供してまいりました。
平成24年度は、近年の技術的進展が著しい「イメージング技術」、
「高速シークエンサー」および「新規モデル動物試験系」をとり
あげ、これらの創薬・医療分野への応用について調査しました。さらに、リプログラミング、糖鎖工学、スーパーコンピュータ、コホー
ト研究、バイオ医薬品、システムバイオロジー、生命科学領域のトピックスおよび行政動向など、医薬品開発全体を取り巻く様々な分
野の動向調査の結果も報告書にまとめました。
この分野の研究開発に携わる方々や研究開発を推進・支援する方々など、会員企業に留まらずより一層広くご活用いただければ幸
いです。
【目次】 序章 トピックスとトレンドの概説 第1章 医薬品開発の最新動向 第2章 創薬技術の最新動向と創薬への応用 第3章 社
会・行政・企業等の動向 第4章 考察と提言
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平成24年度厚生労働科学研究費補助金(創薬基盤推進研究事業)
政策創薬マッチング研究 研究報告書
政策創薬マッチング研究事業は、厚生労働科学研究費と民間からの委託研究費をもとに、官民共同研究課題を募集して創薬に関
連する研究を推進する研究事業であります。本年度から研究事業名を政策創薬マッチング研究と変更しました。これは、官民共同
研究の特色と目的をさらに明確にして実施するためであり、募集する研究分野を下記の4つに絞り、新規課題・継続課題を含めて大
幅な組み直しを行いました。本年度、新たに開始した官民共同研究が26課題、継続が10課題であり、計36課題を実施しました。参
加研究機関は、国立試験研究機関9機関、企業85社、大学39校、団体・試験研究法人等14機関でした。
A分野 医療上未充足の疾患領域における医薬品開発に関する研究(希少疾病治療薬、エイズ医薬品等開発研究を含む)
B分野 医薬品開発のための評価科学に関する研究
C分野 政策的に対応を要する疾患等の予防診断・治療法等の開発に関する研究
D分野 医薬品等開発のための先端的技術・方法の開発(ヒト組織・細胞の利用等)
平成25年度厚生労働科学研究費補助金(創薬基盤推進研究事業) 第3回調査報告書発表会予告
テーマ:
「専門医に対するアンケート結果によって浮き彫りにされた将来動向と医療ニーズ―慢性腎臓病と気分障害の課題―」
日時:平成25年7月19日(金)13:00 ~ 17:10 開催会場:星陵会館2階ホール
主催:公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 定員:250名
司会:第一三共株式会社 藤原 俊彦、株式会社田辺R&Dサービス 斉藤 亜紀良
プログラム案:
13:00 ~ 13:05 開会挨拶
(公財)ヒューマンサイエンス振興財団 理事長 髙柳 輝夫
13:05 ~ 13:10 お願い事項
第一三共株式会社研究開発企画部 主査 藤原 俊彦
【将来動向(慢性腎臓病)】司会:藤原 俊彦
13:10 ~ 13:50 平成24年度将来動向調査報告書「慢性腎臓病(CKD)の将来動向」の概要
HS財団情報委員会・将来動向調査ワーキンググループ リーダー
アステラス製薬株式会社研究本部 研究推進部 課長 前田 典昭
13:50 ~ 14:30 慢性腎臓病の将来動向と医療ニーズ
名古屋大学大学院医学系研究科腎臓内科学 教授 社団法人日本腎臓学会 理事長 松尾 清一
14:30 ~ 15:10 慢性腎臓病のバイオマーカー:現状と展望
聖マリアンナ医科大学 腎臓・高血圧内科 教授 木村 健二郎
15:10 ~ 15:30 休憩
【医療ニーズ(気分障害)】司会:斉藤 亜紀良
15:30 ~ 16:10 平成24年度国内基盤技術調査報告書「気分障害に関する医療ニーズ調査」の概要
HS財団開発振興委員会・国内基盤技術調査ワーキンググループ リーダー
アステラス製薬株式会社研究本部 研究推進部 課長 玉起 恵美子
16:10 ~ 17:10 気分障害の診断とバイオマーカー:現状と今後の展望
(独)国立精神・神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第三部 部長 功刀 浩
編集後記
今年の関東地方の梅雨入りは例年より10日早いそうで
別の基準が必要となります。こちらの整備も急ピッチで進
す。そういえば関東の桜の開花も例年より早かったことが
めていくことが必要のようです。トピック記事では、脊髄
思い出されます。
損傷の再生医療、ヒトiPS細胞研究の海外動向、再生医療の
さて、今月号は、再生医療を特集しました。6月6日に政
制度的枠組みと課題、再生医療とレギュラトリーサイエン
府の総合科学技術会議がまとめた「科学技術イノベーショ
スについて解説をお願いいたしました。また、今月から4
ン総合戦略」では、再生医療市場を12年の約90億円から、
回にわたってスウェーデンのライフサイエンス産業が始ま
30年に110倍の1兆円に拡大することを目指すとのこと
りますので、御期待ください。編集委員会では、最先端の内
です。
容をわかりやすくお伝えすることを基本に編集を進めてお
今月号のインターフェース(座談会)は、再生医療の第
ります。
(公財)ヒューマンサイエンス振興財団までご意見、
一線の研究者にお集まりいただきました。先生方のお話か
ご要望をお寄せいただければ幸いです。
らも、再生医療に対し、社会から追い風が大きく吹いている
ことが感じられます。しかし、生きている細胞を取り扱う
再生医療では、品質の確保や取扱いに医薬品とは異なる特
36
(公財)ヒューマンサイエンス振興財団
技術主幹 佐々木 徹
JULY 2013 / HUMAN SCIENCE
GA L L E RY
コオイムシ −消化機能を失った肉食生物
待ち伏せ
食事中の雌
卵を背負った雄
春5月になると、筑後平野のクリークに浮かぶ「ヒシ(ヒ
オイムシの雄は別の雄の背負う卵を食べるし、孵化直後
シ科の一年草)
」の葉に隠れるように、背中一杯に卵を産
の逃げ遅れた幼生も捕食します。どうもこの習性は、ハ
み付けられたコオイムシが見られるようになります。コ
ンターの目と手の届かない背中こそが一番安全な場所と
オイムシを含むカメムシ目の仲間は、かみ砕く顎門がな
して獲得してきた種の保存のための習性のようです。
く「口針」とさや状の「口吻」を持っています。食性は
コオイムシの種としての強さは、魚でさえ襲うプレデ
自分(2cm)よりはるかに大きな鮒から二枚貝まで水中
ターのため背中の卵は食われる事がない点と、また、水
のあらゆる生き物が対象となっています。この仲間の共
面近くの水草に隠れての待伏せ型ハンターの習性が故に
通しての特徴は、消化管が途中から閉塞したようになっ
背中の卵は太陽光で適度に保温され得る点です。その結
ており消化機能が未発達である点です。コオイムシは、
果、産卵数が少ないにも関わらず、自然界ではあり得な
獲物を捉えた瞬間に「神経毒」と「プロテアーゼ」を注入し、
いくらい高い孵化率を保っているようです。
体組織を溶かして分解された分子を吸い取ります。消化・
一見、種として強そうなコオイムシの分布は、エサと
排泄のエネルギーロスの無い、肉食獣の進化の極かもし
なる水中生物の豊富な水域の変動と深く関わっています。
れません。コオイムシの弱点は、水温です。体外消化ゆ
言い換えれば、人の造る地域社会の変動に深く依存して
えに、プロテアーゼの至適温度の縛りから逃れられず、
いるといっても差し支えありません。農業の有り様が日々
その結果、天敵の鯉の住む川の中下流域・沼地を離れら
変化している現在、この種の分布が環境変化の一つの指
れません。
標になるかもしれず興味があるところです。
コオイムシの雄は、名前の通り雌が産み付けた卵を背
負って生活します。飛行移動能を失うのも構わず孵化ま
で卵を守る、まさに種の維持のための獲得習性と思いた
今泉 晃
いところですが、実際はどうも違っているようです。コ
医療法人社団珠光会 企画管理室
CONTENTS
JULY
HEADING
STAINED GLASS
INTERFACE
TOPIC I
TOPIC II
2013
VOLUME
24 / NUMBER
3
Expectation for Development of National Center Biobank Network
by Masato Kasuga
President, National Center for Global Health and Medicine
Alchemy II-3
by Mikio Yamazaki
Professor Emeritus, Chiba University
Regenerative Medicine: Current Status and Future
Teruo Okano
Vice President & Professor, Director (TWIns), Institute of Advanced Biomedical Engineering and Science,
Tokyo Women’s Medical University
Tatsutoshi Nakahata
Professor and Deputy Director, Department of Clinical Application, Center for iPS Cell Research and
Application (CiRA), Kyoto University
Masayo Takahashi
Project Leader, Laboratory for Retinal Regeneration, Center for Development Biology, RIKEN
Hideyuki Okano
Professor, Department of Physiology, Keio University School of Medicine
Regenerative Medicine for Spinal Cord Injury: Current Status, and Future Prospects
by Keiko Hori
Department of Orthopaedic Surgery, Keio University Graduate School of Medicine
by Hideyuki Okano
Professor, Department of Physiology, Keio University School of Medicine
Dramatically Changing Regulatory Framework of Regenerative Medicine and Its Issues
by Masayuki Yamato
Professor, Institute of Advanced Biomedical Engineering and Science, Tokyo Women’s Medical University
TOPIC III
Trends in iPS Cell Research in EU/USA
by Miho Kusuda Furue
Project Leader, Laboratory of Stem Cell Cultures, Department of Disease Bioresources, National Institute of
Biomedical Innovation
TERRACE
Life Science Industry in Sweden: from Bench to Bedside
by Setsuko Hashimoto
Senior Investment Advisor, Embassy of Sweden, Investment Office
ADMINISTRATION
GALLERY
FROM FOUNDATION
BOOKS
FROM EDITOR
Regenerative Medicine and Regulatory Science
by Akifumi Matsuyama
Director, Platform for Realization of Regenerative Medicine, Foundation for Biomedical Research and Innovation
Appasus japonicus - A Predator That Lost Most Digestive System
by Akira Imaizumi
R&D Planning and Coordination Division, Shukokai Inc.
Summary of Reports Published by Japan Health Sciences Foundation in Fiscal Year 2012
Book Guide
Editor’s Postscript
ヒューマンサイエンス振興財団
Ⓒ 公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団 ISSN 0915-8987
MP30710
○ ● ● ●
公益財団法人