臨床講座 急性期外傷学-整形外科医からみた柔道整復師の適切な施術

特 別 講 演 Ⅰ
臨床講座 急性期外傷学-整形外科医からみた柔道整復師の適切な施術とその限界-
岩瀬 嘉志(順天堂東京江東高齢者医療センター整形外科)
キーワード:柔道整復師、整形外科医、急性期外傷、骨折、脱臼、捻挫
柔道整復師に課せられた救急外傷処置として適正な施術
有効な診断情報は TFCC の圧痛(慶応大中村俊康先生)。
とはいかなるものだろう。一整形外科医の視点から適切な
〇肘関節靱帯損傷。内側で最も重要なのは内側側副靱帯前
救急外傷の診断と処置、その限界について考察を行う。こ
斜靱帯。肘関節の不安定性は屈曲 30 度で診察。新鮮例は
こでいう限界とは法解釈ではなく「人体に対して放射線照
3 週外固定。陳旧例は困るなら手術。
射指示を行わず、中空針を使い体液採取ないし薬液注入は
〇子供の上肢外固定。小児は一般に長く外固定しても関節
行わない。また刃物を用いて皮膚切開を行わない」という
拘縮はおこさない。
施術の実際に基づく外傷処置の限界を指す。
〇正中神経麻痺。最も多いのは手根管症候群。例えば橈骨
遠位端骨折後しばらく掌のシビレが続くという患者さんは
1.上肢の骨折
これを疑う。
〇槌指。遠位指節関節での伸展機構の破綻。骨性と腱性が
〇尺骨神経麻痺。上腕骨外顆骨折、顆上骨折後変形治癒外
あり、どちらかはX線撮影しなければわからない。過伸展
反肘に多い遅発性尺骨神経麻痺。初め小指と環指のしびれ、
位で 6 週以上固定。
やがて手の内在筋がやせてくる。
〇手関節外傷で舟状骨(舟状骨結節と snuff box の圧痛)
〇橈骨神経麻痺。電車、居酒屋でうたたねをして、起きた
に圧痛があれば、舟状骨骨折を疑う。見落としやすい骨折。
ら手指が伸展できない、と急いで医療機関に駆け込む。い
単純X線手関節尺屈でフィルムに対して斜め 45 度の撮影
わゆるハネムーンシンドローム。
を行い、両手正面を撮影比較し骨折の有無を確認する。
〇指節骨骨折で軸偏位があれば子供でも自家矯正しないの
3.下肢の骨折
で手術考慮。両手を較べるとよくわかる。全ての指は舟状
〇げた骨折(第 5 中足骨基部骨折)は保存で良いことが
骨結節に集まる。握っていくと重なる指はないか。
多い。
〇橈骨遠位端骨折でダイパンチ(Die punch:月状骨に対
〇踵骨骨折は Depression type と Tongue type があり、転
する橈骨関節面の落ち込み)とバートン(Barton)骨折
位が軽度な場合はうつ伏せに寝かせて膝を 90 度屈曲させ
は徒手整復不能。整復して手を放すとまたずれるものは不
踵を内と外から圧迫して引っ張る大本法が有効。しかし転
安定型、手術考慮。手術は掌側プレートが全盛だが合併症
位が大きなものは手術整復固定。
と適応に注意。
〇足関節骨折(内果外果骨折)。転位があれば手術が必要。
〇肘関節完全伸展できれば肘関節周囲骨折は 95%以上な
〇脛骨骨幹部骨折は骨折部が真ん中くらいか上半分であれ
い。英国メガスタディー。
ば骨癒合良好だが、保存治療では転位あれば変形残存。
〇上腕骨顆上骨折。コンパートメント症候群に注意。骨折
〇脛骨高原骨折。脛骨膝関節面の陥没が 5mm 以上なら、
等外傷でコンパートメント症候群を疑えば積極的に内圧測
手術的に持ち上げて固定。その際骨欠損大きければ植骨が
定。筋肉内区画内圧 40mmHg では減張切開。フォルクマ
必要になることも。
ン拘縮は現在に至るも有効な治療法がない。
〇膝蓋骨骨折。横割れは保存ではまず骨癒合しない。
〇大腿骨顆部骨折、骨幹部骨折は保存療法の適応は少ない。
2.上肢の腱・靱帯・軟部損傷
〇大腿骨頚部骨折。高齢化社会になり増加。早期手術早期
〇母指MP関節靱帯損傷、尺側は 2 から 3 週固定して尚
離床の傾向。
不安定性残れば手術。陳旧例と新鮮保存治療でも不安定性
あれば手術考慮、橈側は放置しても困らないこともあるが、
4.下肢の腱損傷、靱帯、関節損傷
痛み不安定性困れば手術。
〇アキレス腱断裂。足底筋腱があるので自動底屈可能。歩
〇ジャージインジャリーに注意(屈筋腱皮下断裂)。皮膚
いてくる。Thompson test( 下腿筋筋腹を握り足関節底屈
が切れてなくても腱断裂がおこることがある。
の有無 )、陥凹確認。
〇母指示指伸展障害 → 後骨間神経障害、母指示指屈曲障
〇足関節捻挫。普通は保存療法。通常前距腓靱帯損傷が多
害 → 前骨間神経障害疑う。外傷の既往あれば皮膚創なく
い。外果前方に圧痛、後方圧痛なし。
ても腱断裂の可能性(手術適応、腱移行か腱移植)。
〇膝靱帯損傷。前十字靱帯損傷は手術再建しか根治術はな
〇 TFCC(triangular fibrocartilage complex: 三角線維軟
い。若年で階段降りる時恐くて仕方なければ手術。内側外
骨複合体)損傷。なぜ痛むか、発生機序等まだまだ不明の
側靱帯損傷新鮮例は保存で治癒すること多い。通常膝靱帯
事が多い。手関節痛が TFCC 損傷によるものかどうか?
損傷は固定しない(固定で拘縮筋萎縮の害大)。
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〇半月板損傷。手術適応はロッキング。縫合すれば着くの
-略 歴-
は辺縁血流部のみ。無闇に切除すれば変形性関節症を惹起。
いわせ よしゆき
岩瀬 嘉志
〇膝関節脱臼。動脈損傷注意。
昭和37年3月23日生 50歳 男性
整形外科医にとって急性期外傷で、X 線撮影、MRI 撮
昭和63年3月 順天堂大学医学部卒業
像等画像評価なしで適切に処置を行うことは困難をともな
昭和63年4月 順天堂大学整形外科学教室入局臨
う。柔道整復師においても同様といえる。もちろん初見の
床研修医
診察診断の基本は機器を使わずに行うものであり、そのた
昭和63年5月20日 医師国家試験合格医師免許取得
めの手技の習得知識の獲得が重要である。正しい病態評価
平成 7年2月 日本整形外科学会専門医
のための技術知識の習得と、徒手の限界を認識することは
平成 8年7月 順天堂大学整形外科学講座助手
適切な処置につながる。
平成 9年3月 学位取得(医学博士)
平成13年6月 東京都社会保険診療報酬支払基金
整形外科主任審査委員
平成13年7月 順天堂大学医学部整形外科学講座
講師
平成15年7月 順天堂大学整形外科医局長
平成17年7月 順天堂大学医学部付属順天堂東京
江東高齢者医療センター医長
平成18年1月 順天堂大学医学部付属順天堂東京
江東高齢者医療センター科長
平成19年5月 順天堂大学医学部整形外科学講座
准教授
現在に至る
日本整形外科学会専門医
日本手外科学会認定専門医
日本手外科学会代議員
千葉手肘研究会世話人
東京手肘研究会世話人
城東臨床整形外科医会幹事
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