1.電子ペーパーに関する国内外 の研究動向 2.有機/金属ハイブリッド

2)エレクトロクロミック材料
樋口 昌芳 ナノ有機センター、物質・材料研究機構
1.電子ペーパーに関する国内外
の研究動向
1.1 電子ペーパーとは
2.有機/金属ハイブリッドポリ
マーのエレクトロクロミック
機能
省資源・省エネルギーの次世代表示素子として、近年、「電
2.1 有機/金属ハイブリッドポリマー
子ペーパー」の研究が盛んになってきている。薄く、軽く、
有機/金属ハイブリッドポリマーは、有機部位(有機モ
フレキシビリティーのある、文字通り「紙のような」表示媒
ジュール)と金属種がナノスケールでハイブリッド化(複合
体であり、将来、新聞や雑誌の代替品として期待されている。
化)したポリマーであり、従来の有機ポリマーにない電子・
反射型の表示形式のため、液晶やプラズマディスプレーと異
光・磁気・触媒機能の発現が期待されている 2-6)。我々は最近、
なり、画像を表示するためにバックライトを必要としない。
有機モジュールとしてビス(ターピリジル)ベンゼンを用い、
情報入力時以外は、電気なしで使用する
1)
。
金属イオンを錯形成させることで、有機モジュールと金属イ
オンが交互に結合したポリマーを開発した(図1)7-15)。こ
1.2 駆動方式
のポリマーは、金属イオンから有機モジュールへの電荷移動
「電子ペーパー」の駆動方法には、現在、マイクロカプセ
吸収に基づいて紫色に発色する。
ル法や液晶法など複数が提案されているが、それぞれに一長
一短があり決め手に欠けている。また、基本的にモノクロ(白
2.2 エレクトロクロミック機能の特徴
黒)表示であるため、将来、望まれるカラー化に向けて、新
我々は、本ポリマーが優れたエレクトロクロミック特性を
しい駆動方式も模索されている。中でも、エレクトロクロミッ
有することを見出した。このポリマーのフィルムに 1.0V vs.
ク方式は、電圧を印加することで物質の色が変わる現象(エ
Ag/Ag+ の酸化電位を印加すると、にポリマー中の金属イオ
レクトロクロミック特性)を利用したものであり、エレクト
ンを酸化することで、このポリマーの色が、消失することを
ロクロミック物質の選択により、多様な色を表示できる点で、
発見した。逆に、0V の還元電圧を印加するとまた紫色に戻る。
カラー化に適した方式と考えられる。
従来材料と異なり、このエレクトロクロミック現象は、金属
イオンの酸化還元に伴う電荷移動吸収のオン−オフで駆動す
1.3 エレクトロクロミック方式の課題
有機材料におけるエレクトロクロミック現象は、2000 年
にノーベル化学賞を受賞した白川らの研究対象である導電性
ポリマーなどのπ共役系ポリマー全般で広く見られる現象で
あり、既に 20 年以上前に盛んに研究が進められていた。し
かし、その後ほとんど有機エレクトロクロミック物質を利用
した実用的な応用は進まなかった。その最大の原因は、それ
ら有機材料の低い安定性にある。π共役ポリマーのエレクト
ロクロミック現象は、電気化学的酸化還元に伴うポリマーの
構造変化(共役の拡大や縮小など)によって生じる。従って、
もともとのポリマーが熱や光に対し安定でも、それを電気化
学的に酸化した構造が不安定であれば、エレクトロクロミッ
ク変化の繰り返し駆動の長期安定性は不十分となる。エレク
トロクロミック方式の電子ペーパーは、他の方式にない色の
多彩さや鮮やかさを有しながら、以上の理由により、実用化
研究はそれほど進んでいなかった。
図1 有機/金属ハイブリッドポリマーの模式図
94
材料と全面代替戦略 ∼NIMSにおける取り組みからその可能性を探る∼
るため、有機モジュールの構造変化を伴わない。実際、本ポ
リアルとなることは間違いない。
リマーは、従来の有機エレクトロクロミック物質にはない極
めて高い繰り返し駆動の安定性を示した。
また、電荷移動吸収のバンドギャップを変えれば色が変化
する。有機モジュールに電子吸引基や供与基を導入すると、
それらを用いて得たポリマーは青色や緑色となる。さらに、
2種類の金属を1本のポリマー鎖に導入することも可能であ
り、鉄とコバルトを導入したポリマーでは、電位によって、赤、
青、無色の3つの色を単層のポリマーフィルムで表現できる。
引用文献
1)電子ペーパー実用化最前線.エヌティーエス出版、東京、
2005.
2)M. Higuchi, S. Shiki, K. Ariga and K. Yamamoto: J. Am.
Chem. Soc. 123(2001)4414.
3)K. Yamamoto, M. Higuchi, S. Shiki, M. Tsuruta and H.
Chiba: Nature 415(2002)509.
4)M. Higuchi, M. Tsuruta, H. Chiba, S. Shiki and K.
Yamamoto: J. Am. Chem. Soc. 125(2003)9988.
3.元素戦略における本研究の位
置づけ
5)R. Nakajima, M. Tsuruta, M. Higuchi and K. Yamamoto: J.
ハイブリッドポリマーのエレクトロクロミック特性は、長
6)H. Kanazawa, M. Higuchi and K. Yamamoto: J. Am.
期間使用に耐える高い安定性以外に、用いる有機モジュール
Am. Chem. Soc. 126(2004)1630.
Chem. Soc. 127(2005)16404.
や金属種を変えるだけで多彩な色を表現できるユニークな特
7)U. Kolb, K. Buscher, C. A. Helm, A. Lindner, A. F.
徴がある。また、最近、発色の吸光係数の増加や、メモリ特
Thunemann, M. Menzel, M. Higuchi and D. G. Kurth:
性の向上など、発色以外のハイブリッドポリマーの物性向上
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103(2006)10202.
が、有機モジュールの分子設計により可能となることを明ら
8)M. Higuchi, R. Shomura, Y. Ohtsuka, A. Hayashi, K.
かにしつつある。現在、企業と共同で「電子ペーパー」への
Yamamoto and D. G. Kurth: Org. Lett. 8(2006)4723.
応用への取り組みを進めている。
鉄などの安価で比較的毒性の少ない金属種と、様々に修飾
した有機モジュールを組み合わせることで簡便に得られる本
材料は、その優れた電気化学的特性を生かして、今回紹介し
た「電子ペーパー」への応用に限らず、高エネルギー密度二
9)D. G. Kurth and M. Higuchi: Soft Matter 2(2006)915.
10)M. Higuchi, A. Hayashi and D. G. Kurth: J. Nanosci.
Nanotechnol. 6(2006)1533.
11)F. S. Han, M. Higuchi and D. G. Kurth: Org. Lett. 9(2007)
559.
次電池、色素増感型太陽電池、有機エレクトロルミネセンス
12)M. Higuchi and D. G. Kurth: Chem. Rec. 7(2007)203.
素子等への利用も原理的に可能であり、これらについても、
13)F. S. Han, M. Higuchi and D. G. Kurth: Adv. Mater.(2007)
一部、企業と連携した研究をスタートしている。
以上述べてきたように、従来にない機能を有する新材料群
として、今後、有機/金属ハイブリッドポリマーが、情報・
in press.
14)M. Higuchi, Y. Ohtsuka, R. Shomura and D. G. Kurth:
Thin Solid Films(2007)in press.
エネルギー分野における元素戦略の重要な有機系のキーマテ
第4章 減量・代替への具体的解決
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