随 想 「白鳥」に魅せられて わた なべ ゆ き 渡 邊 由 紀 (紀尾井町渡邊法律事務所 弁護士) 今 年に入ってすぐ,バレエ演目の中ではもっ エ団である。まず,幕があがってすぐに舞台装置 とも知名度の高い「白鳥の湖」の公演を, のあまりの美しさ,バレリーナの衣装の豪華さに 立て続けに2回観る機会があった。「白鳥の湖」 息をのんだ。外国のバレエ団の来日公演では,こ は,言わずと知れたチャイコフスキー作曲の三大 のようなセットは不可能だろう。そして,白鳥オ バレエの一つであり,その台本の結末には,大き デットと魔王の娘である黒鳥オディールの二役を く分けて悲劇とハッピーエンドの二通りがある。 現在は松山バレエ団の団長でもあるベテラン森下 上演当初は,あの物悲しい前奏曲に象徴されるよ 氏が見事に演じきった。白鳥オデット姫はため息 うに悲劇で終わっていたのが,ロシア系バレエ団 が出るほど可憐で美しく,魔王ロットバルトの娘 ではだんだんハッピーエンドが多くなっていった。 である黒鳥オディールは妖艶な中にも力強さを感 今回,最初に観たレニングラード国立バレエの じさせる。一糸乱れぬコール・ド・バレエもさな A. ゴールスキー/ A. メッセレル版の台本も,ボ がら本物の白鳥の群れを見ているようだった。ま リショイで長く演じられてきたハッピーエンド版 た,この白鳥の湖の台本は,同バレエ団の総代表 である。悪魔の呪いによって白鳥の姿に変えられ である清水哲太郎氏によるオリジナルで,王子と たオデット姫を救うために王子が悪魔と戦うのだ 白鳥に変えられたオデット姫の恋物語という従来 が,王子は悪魔の羽をもぎとってあっさりと勝利 の枠を超えた,壮大なヒューマニズムの物語で し,オデット姫の呪いは解ける。東京国際フォー あった。ジークフリートはルネッサンス盛期のド ラムの広々とした舞台を生かして,長身のロシア イツに生きる皇太子であり,ギリシア・ローマの 人バレリーナ達が伸びやかな技巧を披露するたび 古典・哲学を深く学んで,文武両道に優れ,若々 に,すかさず拍手が鳴り響き,何か競技会でも見 しくも高潔な人柄の持ち主である。恋や未来に苦 ているような雰囲気だったが,正月明けの公演に 悩するだけの単純な若者ではなく,祖国・領民の ふさわしい,明るい結末に満足して帰路に就くこ 幸せのために人生を捧げようとしている(もっと とができた。 も即位して皇帝となったジークフリートがオデッ 次 「新白鳥の湖」の公演。不世出の世界的プ トと瓜二つである黒鳥オディールに騙されて,ふ リマである森下洋子氏を擁する日本の代表的バレ 束?場面はある)。そして,ジークフリートは, に観ることになったのが,松山バレエ団の 食品と容器 らふらとなびいてしまうという白鳥の湖のお約 214 2012 VOL. 53 NO. 4 最後にはオデットひとりを救うのみならず,皇帝 するのではなく,経営を通じていかに広く人類・ として広く国と国民を救うために,命をかけて魔 社会に貢献していくかという人としての「生き 王に立ち向かう。また,ここが従来の白鳥の湖の 方」を学ぶ場である。そして,自ら臨済宗の得度 台本ともっとも違う部分だが,ジークフリートが も 受 け て お ら れ る 稲 盛 氏 の 数 あ る 教 え の 中 に, 「才能は私物化してはならない,才能とは世のた 魔王の前に倒れたあとは,なんとオデット姫自身 も魔王に果敢に立ち向かい,オデットの後には, め人のために使いなさいと神が授けてくださった 今まで一方的に魔王に虐げられてきたか弱い白鳥 ものだ」というものがあるが,松山バレエ団を観 たち全員が死を賭して魔王と戦い,魔王を倒して てまさにその教えを実践しているということを痛 しまうのである。強い王子があっというまに悪魔 感した。 を倒し,白鳥たちは人間に戻れました,めでたし 私自身も,東日本大震災の被災者の方々の力に めでたしという従来のストーリーとは大違いで, 少しでもなりたいという思いから,震災関連の法 強大な魔王に雄々しく立ち向かっていく白鳥たち 律相談を行ってきた。被災者の相談内容も時間の の姿を見ているうちに背筋がゾクゾクするような 経過によって刻々と変化する。震災直後は,住む 戦慄さえ覚えた。そしてその感動の一番の源が何 場所やこれからの生活がどうなるのかという漠然 であったかは舞台終了後にご挨拶に伺った楽屋で とした不安感を訴えてこられていたのが,しばら 知ることになる。楽屋では,長丁場の舞台を終え くすると,行方不明のご家族についての遺言・相 たばかりだというのに,出演者全員が観客ひとり 続の相談,支援金の受け取り方などの現実の生活 ひとりに駆け寄って丁寧にお礼の言葉を述べてい に直面した相談に変わった。そして,被災から1 た。また森下氏による挨拶があり,昨年の大震災 年以上たった現在,政府や社会支援の動きに向け で被災された方々のために少しでもお役にたちた られていた被災者の目がだんだん家庭内に向けら かったと少しはにかみながら静かに語りかける言 れてきたためか,家族内の不和,特に離婚の相談 葉のひとつひとつに真摯な気持ちが込められてい が増えてきた。被災により自暴自棄になって生活 るのが伝わってきた。まさに,謙虚にして驕らず。 が荒れてしまった家庭があったり,小さい子供を プログラムにも,昨年の大震災を受けて, 「多く 放射能から守るために遠くに避難しようとする妻 の方にこの世界は信じるに足るものだという勇気 に激怒して土下座をさせようとする夫がいたり, や希望をお届けできれば」との記述があったが, 被災直後はお互いに支えあってきたはずの家族の 素晴らしい踊り,引き込まれるような台本だけで 絆がここにきて非常に危ういものになってきてい なく,バレエを通じて世の中のため人のために役 るのである。稲盛氏の教えの中に,「利他行,善 立ちたいというバレエ団の強い思いが観客に伝 行を積みなさい」というものもある。これは親切 わったからこそ,あのような心が浄化されるよう な思いやりの心で他人に接することが大切だとす な感動がもたらされたということを私は知ったの る教えであり,弁護士としていつも自戒している である。 言葉である。ひとりの弁護士としてできることは 京 セラの創業者であり,現名誉会長である稲 限界があり,塩にて淵を埋む如しといった感があ 盛和夫氏を塾長とする盛和塾という経営者 るが,清らかな白鳥たちの姿を心に思い浮かべな 塾 が あ り, 私 も そ こ に 参 加 し て い る。 こ こ は, つのご相談に心を込めて向きあっていこうと誓う 「心を高める,経営を伸ばす」ということを標語 今日このごろである。 とし,単に経営者として利益の追求のみを目的と 食品と容器 がら,これからも利他の精神でもってひとつひと 215 2012 VOL. 53 NO. 4
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