経営行動科学学会

グローバルリーダー育成への挑戦
【第Ⅱ部 話題提供とパネルディスカッション】
司 会 神戸大学 平
野 光 俊
パネラー LIXIL グループ 八
木 洋 介
筑波大学 永
井 裕 久
現代経営学研究所・神戸大学 金
井 壽 宏
平野 では,早速第Ⅱ部のパネルディスカッシ
のです。グローバルも日本の中もあまり関係な
ョンを開始してまいりたいと思います。お 1 人
いでしょうということで,殊更にグローバルと
ずつ話題提供をしていただきます。
言うのをやめて,ただひたすら強くていい会社
になろうではないかというのが,私のメッセー
ジです。
LIXIL は,LIVING と LIFE を 掛 け 合 わ せ
強い会社の戦略と人
ています。LIVING と LIFE をやる会社です。
LIXIL グループ 八木洋介
Link to Good Living ということで,世界中の
人たちに豊かで快適な生活を送り届けたいとい
今,ご紹介いただきました LIXIL の八木で
うコンセプトの下でやっている会社です。売上
ございます。LIXIL では,まだ実は新入社員で
高が約 1 兆 3,000 億円で,サッシに代表される
ありまして,この 4 月に LIXIL に入ったばか
ような金属製品,衛生陶器,トイレ,キッチン
りです。よく「大変でしょう」と言われるので
といったもの,木質のいろいろな建材などを扱
すが,「大変じゃないよ」と言っています。大
っています。あと,ビバホームやスーパービバ
変なのは社員の方です。私が 1 つも変わらない
ホームという小売店も展開しております。今,
で,社員の方は変わらなければいけない,私は
言いましたトイレ以外のほとんどのビジネス
これまでと同じようにやるということをやって
は,日本ではマーケットシェア・ナンバーワン
います。
という会社です。もともとは INAX とか,ト
実務家の私は,もともと日本鋼管という会社
ステムとか,サンウエーブとか,こういうさま
に勤めた後,GE に勤めて,そして今,LIXIL
ざまなブランドが 1 つになって出来上がって,
で日本の会社に戻ってきました。グローバルに
LIXIL グループを形成しております。
勝つというのはどういうことかを少しお話しま
目 標 は,2016 年 3 月 期 に 3 兆 円 に す る こ
す。その中でリーダーを育成していくのはどう
とです。国内で現在 1 兆円強が 2 兆円,海外
いう意味があって,どうするのだろう,そして,
2,000 億円弱が 1 兆円という企業を目指してい
戦略的人事とは何だろうということをお話しま
ます。先ほど坂根会長からもお話が出ました
す。時間が少しあれば LIXIL ウェイの取り組
が,そのために販管費を下げて収益性を高め,
んでいることを少しご紹介をする形で進めてい
営業利益率を 8%に持っていこうとしていま
きたいと思います。
す。坂根さんの 12%にはちょっと及ばないの
本日のタイトルは「強い会社の戦略と人」と
ですが,この業界で 8%上げれば,世界ではか
いうことで,あえてグローバルと入れていない
なり有望な会社ということになりますので,そ
−63−
シンポジウム
経営行動科学第 26 巻第 1 号
れを狙っています。
ゃっていたとおり,英語なんて道具です。何と
グローバルに勝つというのはどういうことな
でもなります。私は英語をしゃべりますが,大
のか。つい最近なでしこジャパンがオリンピッ
体しゃべっている文法は中学生ぐらいです。単
クでも勝ち,また,ワールドカップでも勝つと
語は高校 1 年ぐらいです。それにプラスアルフ
いうことがあったのですが,ばらばらでは勝て
ァで会社でしか使わない,あるいはビジネスで
ないのです。1 つの目標に向かって 1 つのやり
しか使わない単語が 1,000 語ぐらいあるのでは
方,日本は体格は小さいかもしれないけれど
ないかと思うのですが,そのレベルの英語でも
も,どういうやり方で勝つのかということを全
ってストレートにコミュニケーションができま
員が追求することで勝つわけです。グローバル
す。
であろうが,ドメスティックであろうが,1 つ
になる,すなわち戦略は共通だし,リーダーシ
コミュニケーションの鍵はロジックとストーリー
ップの在り方も共通だし,それを期待するバリ
坂根会長は合理性だとおっしゃっていまし
ューも共通だし,プロセスも共通に持ってい
た。私は,ロジックとストーリーだと思ってい
て,共通の評価をするということです。そうす
ます。ロジックと人の心を動かす感情,感動,
ることで大きさを生かすことができるし,地域
エネルギー,そういったものがあれば,何人で
を越えて戦略的な一貫性を持つことができる,
あれ動かせると思っていますので,グローバル
それがグローバルで勝つということだろうと私
人材というのは,「らしさ」を持っていれば,
は思います。
語学ぐらい何とでもなるというのが私の考えで
したがって,そのグローバル化とは,と私が
す。
聞かれれば,徹底した「らしさ」でしょうとい
グローバル人材の育成というのは,「らしさ」
う答えが出てきます。それは,坂根さんのお話
を持った人の育成になるということです。た
だとコマツウェイになりますし,われわれなら
だ,それだけをやりますと,GE だと,もう金
LIXIL ウェイです。GE には GE バリューとい
太郎飴のように GE ばかり出てきて,ダイバー
うのもあります。そういうものをきちんと持つ
シティも何もないのです。そこから新しいイ
ことが強さ,あるいは成功モデルということに
ノベーションは何も出てきません。ですから,
なるのだろうと思うのです。
共通項としての GE バリュー,共通項としての
郷に入れば郷に従えとか,カルチュラル・セ
LIXIL バリューは大切なのだけれども,それ
ンシビリティを持てとか,グローバルというと
はそれでプラスアルファ,自分らしさ,LIXIL
どこか行った所に合わせろという話になりま
らしさや GE らしさを超えた自分らしさを持つ
す。合わせることは大切なことだとは思いま
ことによって,新しいイノベーションが出てく
す。でも,自分を持たないで合わせてどうする
る,ダイバーシティの面白みはそこから出てく
のですかということです。自分を持っていて初
るということです。その会社らしさプラスその
めて相手の何かを受け入れることができます。
人らしさというのが,私はグローバル人材では
一番大切なことは自分らしさを持つということ
ないかと考えています。
です。だから,グローバル人材というのは,そ
いずれにしても,そういう 1 つの共通項を持
れぞれの会社,うちであれば LIXIL バリュー
った人たちが集団で集まることによって,大き
という,LIXIL らしさを最も体現できる人がグ
な力を出していくことがグローバルに勝つこと
ローバル人であります。
だと私は定義をしております。
言葉は道具です。英語をしゃべることができ
次に,LIXIL が目指す企業文化についてお話
ればベターだと思いますが,坂根さんもおっし
します。私のボスは藤森義明という,GE から
−64−
グローバルリーダー育成への挑戦
LIXIL に私よりも半年ちょっと前に移った人で
す。いい会社は多いのだけれども,では,強い
す。ですから,社長も人事の副社長も両方とも
かというと,残念ながらそうではない。
GE から来た日本の会社というちょっと変な会
今日,坂根さんのご講演のときにご質問が
あったように,社員の雇用を守ることに関し
社です。
藤森が目指している企業文化というのはこの
ては,私はいい会社というのは雇用を守ろう
3 つです。1 つ目はストレッチに根差した実力
とすると思うのです。しかし,それでは,まさ
主 義,Meritocracy と Stretch で す。2 つ 目 は
に坂根さんがおっしゃったとおりで,強い会社
多様性,ダイバーシティを尊重する文化である
にならないのです。甘い会社になります。だか
ということです。3 つ目が,その Diversity の
ら,私は,強い会社といい会社の部分の両方を
ある人たちに機会,Opportunity を均等として
持った会社でないと,グローバルでは勝てない
与えていくということです。そういうバックグ
と思います。オリンピックで金メダルを取るの
ラウンドの違う人たちが集まって最高のパフ
に,甘っちょろいことを言っていて取れるよう
ォーマンスを出す。そして,最高のパフォーマ
なやさしい世界ではないのです。だから,私は
ンスを出した人が最も評価される,そういう会
いい会社でありながら強い会社を目指さなけれ
社にしたいというのが,われわれが目指してい
ばいけないと思っています。リーダーも同じで
る企業文化です。
す。日本の会社にはいいリーダーと言われる人
企業文化は変えるのが難しいかどうかとい
はたくさんいますが,強いリーダーは少ないの
うことについてお話します。文化と言うから
です。ですから,やはり強いリーダーをつくっ
難しいのです。企業文化は戦略です。ナショ
ていかなければいけないということだと思いま
ナルカルチャー,日本の文化を変えようと思っ
す。
たら 1 億 2,000 万人変えなければいけないので
変革の時代ですから,リスクを取って決断す
すが,企業文化は違います。GE で 30 万人で
るというのが大切ですが,それができるリー
す。LIXIL は社員 5 万人,日本では 3 万人です。
ダーは不足しています。一方で,フォロワーを
LIXIL の社員 5 万人の規模感は東京ドーム 1 杯,
見てください。日本は世界最高のフォロワーの
ここだったら甲子園 1 杯です。甲子園 1 杯分の
国です。いろいろな国に行ってビジネスをしま
社員を変えられないか。私は絶対そんなことは
すが,日本ほどすばらしいフォロワーがいる国
ないと思います。まりを投げて,棒で打つだけ
はありません。質のよいフォロワーの人たちを
で 5 万人があれだけ感動しますよね。企業文化
鍛えるのにはものすごい時間がかかります。日
だってそれと同じように変えられると私は思っ
本もだいぶ変わってきたと言われていますが,
ているのです。だから,集まった 5 万人に対し
まだまだ日本のフォロワーは仕事の質,チーム
て,社長がピッチャーズマウンドに立って,俺
ワーク,会社に対するロイヤルティなど多くの
がこの会社をこうしたいから一緒にやろうと言
面で素晴らしいです。これからの課題は,そう
えるかどうかです。それが言えれば,企業のカ
いう日本の良さを生かしながら競争を勝ってい
ルチャーはそれほど難しくなく変えられるもの
く,強くすることです。鍵はフォロワー側にあ
だと,少なくとも私は信じております。それを
るのではなくて,リーダー側にあるというのが
ずっと人事としてやってきたのが私です。
私の考えです。
日本の課題ということでは,潜在力を引き出
GE という会社に勤めて,日本の人たち,あ
すこととリーダーの育成というのが大きな課題
るいはアジアの人たち,いろいろな人たちと働
だと思っているのです。私は,日本の企業とい
いたのですが,特に日本の人たちに欠けている
うのは,すごくいい会社が多いと思っていま
と思うことをリストアップしてみました。
−65−
シンポジウム
経営行動科学第 26 巻第 1 号
日本人に欠けているグローバルの視点
いらっしゃるけれども,ある会合に行くと全員
まず,グローバルの視点です。グローバルの
が男だったりします。年齢は私より上,そうい
視点は何だと思いますか。私はその反対側が日
う集団です。そんな集団が勝つわけがないので
本の視点だと思っています。日本の視点という
す。笑いがあって,違う人たちがいろいろなア
のは,日本でやっていることを世界に押し付け
イデアを言って,そして,一番いいものを選ん
るというやり方です。私はそういうやり方はだ
で「よし,やるぜ」という集団が勝つのだと思
めだと思っています。ですから,今,LIXIL で
うのです。
やっていることは,LIXIL のあるべき姿を描
そこでやはり大事なことはインパクト,会っ
き,それをグローバルに展開するということで
た瞬間のインパクトです。だから,握手した瞬
す。あるべき姿と中国のオペレーション,イタ
間に,相手がどこの国の人でも,こいつには負
リアのオペレーション,タイのオペレーション
ける,ぐらいの勢いです。手を握るときの握力
は,どこにギャップがあるのか。日本も同じで
からそうなのです。笑って,自信ありげににこ
す。日本の今の姿とあるべき姿はどこにギャッ
にこしている,胸を張っているからインパクト
プがあるのか。そう見たときに一番ギャップが
があるのです。こっそり縮こまっていては勝て
大きいのは,日本だったりするわけです。その
るわけがありません。
日本を押し付けて海外でやっていこうとしても
うまくいきません。だから,あるべき姿を描け
戦略的人事も必要
というのがグローバルな視点です。
続いて戦略的人事です。難しく考える必要は
現実の直視と言っていますが,要は戦略的に
ありません。戦略的人事は,会社が最高のパフ
きちんとやって,そして,勝ちにこだわれ,結
ォーマンスを出すために人と組織を使って,何
果にこだわれということだと思います。これは
ができるのかと考えればよいのです。
強さです。あとは,戦略的経営です。リスクを
1 つ目,「社長を育てる」。リーダーとリー
取る,変革うんぬんと,このあたりが一番大き
ダーシップの育成です。人事の一番大きな役割
いのではないかと思います。
は社長を育てることです。私は LIXIL に来て
それから,日本人の苦手なのはパッションと
一番最初に言ったのは,「社長を GE から持っ
エキサイトメントです。静かにやっているチー
てこないとだめなような会社にしたらいかん。
ムと元気良くやっているチームとどちらが勝つ
ましてや人事のトップまで GE から持ってきち
と思いますか。日本だけで仕事をしているな
ゃいかん。来た人間が言うのは変だけど」とい
ら,ひょっとしたら「静か」で勝つかもしれま
うことを言ったのです。もうそれでいっぺんに
せん。しかし,世界でやったら元気のいいのが
私の方を向いてくれました。
大体は勝つのです。おとなしい静かな人やチー
次は,勝ちへのこだわりです。勝ちの定義を
ムが世界一をとるのはものすごく難しいと思い
変えてはいけないのです。僕は,それが一番よ
ます。やはりエキサイトメントがあって,自分
くわかるのは「なでしこ」だと思うのです。「な
にもチームにも活力があることがすごく大事で
でしこ」は,ロンドンオリンピックで金メダル
す。そういうものがグローバルの視点だと思い
を取るのが目標だったそうです。順番として
ます。
ワールドカップは 2 番か 3 番で良かったのだそ
日本人は「もっと笑え」と言いたいと思いま
うです。でも,ここで勝つのだという目標をし
す。出てくる人,出てくる人みんな眉間にしわ
っかり持って,7 年間目標を変えなかったので
を寄せて静かにしているのです。今日はここに
す。どうやったら勝てるか,ずっとこだわった
入っている人は男性もいらっしゃるし,女性も
のです。世界で 10 番目にも入るか入らないよ
−66−
グローバルリーダー育成への挑戦
うなチームが,オリンピックで金メダルを取る
致だとか,こういうものをカルチャーにすると
のだというのを変えなかった。そのことによっ
いうことです。変革もカルチャーにしてしまえ
て勝てたのです。勝とうというはっきりとした
ばいいのです。
勝ちの定義をしていなかったら恐らく勝てなか
あと,もう 1 個,一番大事なのはエンゲージ
ったと思います。勝ちをしっかりと定義してい
メントです。エンゲージメントは辞書を引くと
ることで,チームはまとまり,力を結集できる
関与とか書いてありますが,その訳では面白く
のです。
も何ともないですね。最近のはやりの言葉だと
そんなものは経営の課題であって,人事の課
「絆」かもしれません。私は「やる気」と言っ
題ではないのではないかと思うかもしれませ
ています。ちょっとずれますが,要はやる気が
ん。だけれども,そこで働いている人,うちで
出るような組織にしてくださいと,そういう会
あれば 5 万人の社員が,自分たちがどこに向か
社をつくろうということです。
って,何を勝ちとしているのかがわかっていな
私は朝,会社に入って一番最初にやること
かったら,人が活性化しない,僕はそれをしっ
は,大きな声で挨拶をすることです。戦略が少
かり位置付けるのも人事の仕事だと思っていま
し間違っていたときと,私が挨拶しなかったと
す。
きと,社員のやる気にどちらがインパクトがあ
あとは戦略です。難しい戦略はだめです。社
ると思いますか。私が挨拶をしない方がよほど
員は偏差値 70 の集団ではありません。8 ∼ 9
インパクトがあるのです。だから,一番最初に
割の社員が偏差値 50 近辺でしょう。この人た
大きな声で「おはよう」と言うのです。「今日,
ちがわかり共感する戦略でなかったら企業は勝
どうした。昨日忙しかったね」と声をかけるの
てないのです。偏差値 70 だけでわかる,そん
です。
な戦略で企業が勝とうといったって,それは無
それから,普通の人はうそが嫌いです。絶対
理。だから,戦略を見て人事としてぱっと考え
にうそをつかない,真実によるマネジメントで
なければいけないのは,これはみんながわかる
す。そういう当たり前をきちんとやっていく,
かどうかということだと思います。
人間は当たり前が一番好き,もっと言うと,当
それから,人はサボります。人はものすごく
たり前を外したときにやる気が落ちるのです。
活性化すると同時にサボります。だから,サボ
簡単なのです。当たり前をきちんとやろうとい
らせない工夫,これがオペレーションのメカニ
うことです。これが私の戦略的人事です。
ズムです。そして,できる人を育てて,そして,
一番できる人にもっとやらせる,これが勝つた
リーダーに求められる条件
めには一番大事です。これをやればいいわけで
私のリーダー像はビジョンを語って,戦略を
す。簡単なことです。年功序列をやったら絶対
持って,コミュニケーションができて,実行力
負けます。年を取らないと偉くならないとい
がちゃんとあって,結果が出せて,人材育成を
う,そんな会社に長く勤めようと思いますか。
やって,信頼感ということです。そして最後に
あり得ないですね。それでは,やはり最高のパ
チャームです。ちょっとかわいい人,リーダー
フォーマンスが私は出ないと思います,世界で
は完璧でなくてもいいですが,足りない所を補
勝とうと思ったら年齢や性別に関係なく最高の
ってあげたいと周囲が思うようなチャームがな
人材を有効に活用するしかありません。
いとダメです。スーパーマンではなくてちょっ
先ほど言いました,勝つためのカルチャーで
す。企業カルチャーは戦略です。「言ったらや
とかわいい人というのがいいなと思っていま
す。
る」とか,早いとか,実力主義だとか,言行一
−67−
リ ー ダ ー シ ッ プ と い う の は, や る 気, 気
シンポジウム
経営行動科学第 26 巻第 1 号
力,元気,そういう気力の部分が相当大きい
を何とかリーダーに変えていかなければなりま
のですが,やはり知恵が必要です。その知恵
せん。世の中を変えていく,会社を変えていく
は domain competency と system thinking です。
人はいい子ちゃんかというと,絶対そうではあ
domain competency,専門性をちゃんと持っ
りません。私は「いい子ちゃん」をリーダーに
て,system thinking,幅広くものを考えられ
変えるため,「少なくとも若いうちは暴走しろ」
るようになりましょうということです。そし
と言います。「人事がそんなことを言っては大
て,ぶれる人はリーダーになれません。だから,
変なことになる。本当に暴走したらどうするの
personal philosophy,自分の哲学をちゃんと持
ですか」と言われるけれども,私が暴走しろと
ちましょうということです。
言って実際にした人は 1 人もいません。人事の
続いて,リーダーシップの落とし穴について
お話します。リーダーになりたい人は山ほどい
人間が,暴走しろ,とぐらい言わないと,変わ
ったことはやってくれないのです。
ます。多分,今日ここに来て,「リーダーにな
りたい人?」と言ったら,みんな手を挙げると
組織は育てるもの
思います。でも,その人たちに「リーダーとは
人事はついつい人をマネージしてしまいま
何ですか」と聞いたら,黙ってしまうというの
す。ヒューマン・リソース・マネジメントで
が現実なのです。リーダーになりたい人はいる
す。しかし私は,人事の最も大切な役割は,人
けれども,リーダーシップを知っている人はい
のやる気を引き出すことだと思っています。ヒ
ないのが現実なのです。ですから,言葉として
ューマン・リソース・マネジメントだけでは,
のリーダーシップは踊っていますが,リーダー
人間のやる気は削がれる一方です。ですから,
シップとは何ということをきちんと定義して教
マネージするのではなくて引き出すことです。
えていくことは大事だと思っています。
私が一緒に本を出させていただいたときに,金
もう 1 つは経験です。経験は大事だとすご
井先生が解説で非常にいいことをおっしゃって
くみんなは言うのですが,私は経験なんかい
い る の で す。Organization Development と い
くらしたって社長にはならない,リーダーに
うのを「組織開発」と訳しているけれども,あ
もならないと言うのです。むしろ経験偏重で行
れは組織をどう育てるかということだと先生に
くと「パブロフの犬」になります。だから,考
言っていただきました。目からうろこです。組
えろということです。経験の中からコアになる
織は開発ではなくて育てる,どうやって育てる
考えを導き出して,初めてそれが次に使えるも
か。生き生きさせる。それが人事の大きな役割
のになるということです。経験というのは過去
であるにもかかわらず,今の人事はそのことを
です。われわれがやっている経営は今と未来で
忘れている,特に日本の人事の人たちは人間を
す。ですから,経験を今と未来に伝える形に考
管理することばかり考えている,これは大きな
えとして抜き出してくることこそが,リーダー
間違いだと思っています。
としてやるべきことです。だから,「ひたすら
ただ「リーダーになれ」と言っても育たない
経験」という考えに対しては,僕はものすごく
ということを克服するために LIXIL でやって
反発をするのです。経験だけではだめで,経験
い る の が,Executive Leadership Training で
を超えることがすごく大切だと思っています。
す。リーダーとは何かを問い,そのための軸づ
あと 1 つは,「いい子ちゃんモデル」です。
くりをやったりしています。哲学コースみたい
人間は本当に「いい子ちゃん」が多いです。も
なもので,8 カ月かけています。このトレーニ
っと言いますと,ほとんどの人が生まれながら
ングの中で一番私がたくさんかける言葉は「君
にしてフォロワーです。ですから,フォロワー
の軸は何だ」ということです。軸を持たないと
−68−
グローバルリーダー育成への挑戦
ぶれる,ぶれるとリーダーになりません。
どういう人なのかをお話したいと思います。そ
参加しているのは,今は 40 代の後半から 50
の後で国際的なグローバルリーダーの育成状況
歳ぐらいまでの人です。人間として半世紀,ビ
ということで,実証研究をケースにして,海外
ジネスマンとして四半世紀生きている人です。
と日本で行われているグローバルリーダーの育
この人たちが自分の軸を持っていないので,そ
成に関する状況をお話したいと思います。そし
れは何かということを探すお手伝いをしていま
て,本題であるパフォーマンスについて,グ
す。「あなたは,一番頭に来たのはいつですか。
ローバルリーダーに求められるパフォーマンス
その頭に来たのはなぜですか。その裏側にあな
は何なのか,それはどういうふうにして測定で
たが大事にしているものがありますよ」,そう
きるのかということです。それに基づいて実践
いうことを 1 人ひとりやりながらみんなの大切
的な育成プログラムをお話したいと思います。
にしている軸探しをやってもらう,これが私の
まず,グローバルリーダーについてです。今
役割です。このトレーニングではそれ以外にも
年の論文で M.E. メンデンホール(Mendenhall)
プロジェクトをやらせて,戦略性とは何かとい
という,この人はアメリカの研究者で,非常に
うことなど,ビジネスとしての必要な知識を教
グローバルリーダーに特化した研究をされてい
えこんでいますが,一番大事なことはリーダー
る人ですが,この論文の中でグローバルリー
としてのコアを見つけることです。
ダーの定義に関する分析をしています。先ほど
以上です。あとはまたパネルディスカッショ
金井先生からもお話がありましたが,グローバ
ンの中でいろいろ深く議論ができたらと思いま
ルリーダーシップの定義自体は,ここせいぜい
す。ありがとうございました。
15 年ぐらいです。やはりグローバル企業の海外
平野 ありがとうございました。それでは,永
事業展開に伴って,今までの国内のリーダーに
井さんの話題提供です。
はなかった異文化への対応,多様性のマネジメ
ントが必要になってくる,そういう背景がある
のではないかと思います。そういう意味では,
グローバルリーダーの定義は研究者の数だけあ
パフォーマンスを生み出す
グローバルリーダーの育成
ると言っても過言ではないのですが,かといっ
て,では,共通点がないのかというと,3 つ,
筑波大学 永井裕久
共通項として言えるのではないかと思います。
1 つ目は,国際的な競争環境の中でパフォー
皆さん,こんにちは。筑波大学の永井と申し
マンスを上げていかなければいけない,ドメス
ます。私は実務家ではなくてアカデミックです
ティックな中での競争だけではなくて,海外の
ので,グローバルリーダーの今ということで,
中で外国企業と競争していかなければいけない
どういう成長があるのか,それから,今後どう
ということです。
グローバルリーダーを育てていったらいいの
2 つ目は,ステークホルダーとのコラボレー
か,こういうことを私見も踏まえてお話をさせ
ションが重要です。後で出てきますが,恐らく
ていただきたいと思います。
コラボレーションというと,みんなと仲良くや
最初にプレゼンテーションのアウトラインで
ろう,問題を起こさないようにしようとか,そ
す。グローバルリーダーは,最近非常に広範に
ういうことではないのです。むしろそれぞれの
マスコミでも取り上げられていますし,あと,
利害関係があるのが当然で,その中でみんなの
プロジェクトとして非常に多くなされていま
コンセンサスをどう作って,ビジョンを合わせ
す。そういう意味からグローバルリーダーとは
ていくのか,そういう意味でのコラボレーショ
−69−
シンポジウム
経営行動科学第 26 巻第 1 号
ンというのが重要なのだと思います。
った人たちをスクリーニングすれば,ある程度
3 つ目ですが,当然のことながら世界の中で
パフォーマンスが出せるということです。これ
のグローバルリーダーを育てられるという,こ
れが標準型です。
ただ,これにも文化的な背景はもう少し必要
が定義として共通の要素ではないかと思いま
す。
になってくるということです。そして,そこに
国内のリーダーとの違いですが,より高い多
出てきたのが,contingency(条件適合型)と
様性,不確実性,競争,ステークホルダーと課
いうことです。あくまでそれぞれの国の中で
題,次元が非常に多岐にわたっていることが言
リーダーとしてやっていけるけれども,海外と
えるかと思います。突き詰めると,グローバル
の接触という中で,交流の中でパフォーマンス
リーダーを定義する際に何をするのか,どのよ
を上げていかないといけません。そのためには
うにするのか,この 2 点に集約されると言って
自国の文化を理解しつつ,相手の国の人たちの
も過言ではないということです。
強みは何なのか,弱みは何なのか,そういうこ
とも自分自身から見て両方を理解することで
グローバルリーダーをめぐる 3 つの見方
す。そういった条件適合的なリーダーが求めら
もうちょっとだけ理論的なバックグラウン
れるのではないかということです。
ドをお話したいと思います。R.M. スティアー
どれを採るかというのは,リーダーが活躍す
ズ(Steers)という,オレゴン大学で非常に有
る場,たとえばアジアの中で活躍するグローバ
名なリーダーシップの研究者がいます。この
ルリーダーもいるでしょうし,もっと広く活躍
人が今年書いた論文の中に,グローバルリー
するグローバルリーダーもいるでしょう。ある
ダーを定義する 3 つのアプローチがあるという
いは職種によっても違うことがありますので,
ことを言っています。1 つは universal(普遍
それぞれに合ったタイプのリーダーが必要だけ
型),2 つ目は normative(標準型),3 つ目は
れども,いずれにしても文化的な多様性という
contingency(条件適合型)というものです。
意味では一緒ということです。
普遍型はどういうものかというと,グローバ
ルで活躍できるリーダーというのは,こういう
グローバルリーダーの育成状況
能力を持った,こういうスキルを持った人たち
では,国際的なグローバルリーダーの今の育
がグローバルリーダーなのだということです。
成状況はどうなのかということで,少しまとめ
テンプレートモデルと言いますが,日本語で言
てみました。まず重要なのは,グローバルリー
うと恐らく金太郎あめ型ということです。これ
ダーの持つリスクとメリットを把握することで
は初期の米国を中心としたグローバル企業の海
す。グローバルリーダーがいる会社のパフォー
外事業展開に求められている,グローバルリー
マンスが高いということは,アメリカン・マネ
ダーはこういう資質を持っていなければいけな
ジメント・アソシエーション(2012)の調査で
いという形です。
検証されているのです。そういう意味でグロー
それに対して 2 つ目の標準型ですが,そうは
バルリーダーを育てることは非常に重要である
言ってもそんなスーパーマンみたいな人はそう
と同時に,逆にそういう人を確保することも重
そういないということです。スティーブ・ジョ
要なことになってきています。要するに優秀な
ブズは世界中に恐らくスティーブ・ジョブズし
グローバルリーダーは引き抜きにあいます。彼
かいません。そうであれば,スティーブ・ジョ
らを持っていかれた企業の業績は落ちてしまう
ブズのある部分,創造性だとか,独創性とか,
ということです。ですから,いかにいいグロー
そういった一部分を取り出して,その部分を持
バルリーダーを育てて,その人たちを確保して
−70−
グローバルリーダー育成への挑戦
おくか,retention(やめないように配慮する
こと)が非常に重要だということです。
ここまででどういうグローバルリーダーの育
成状況かを,海外と日本で比較をしました。そ
もう 1 つ,投資をしてグローバルリーダーを
こで,次にパフォーマンスをどうやって上げて
育成する企業が増えているということです。次
いくかということです。KSAO という 4 つの
世代リーダーへの投資というのは,世界的な不
キーワードで要約できる能力がパフォーマンス
況の中で増やしていくところが 43%,逆に減
につながるという研究があります。
少するのが 13%ということで,これは日本だ
最初は,ナレッジ(Knowledge)です。ナレ
けではなくて,各国で優秀なグローバルリー
ッジというのは要するに座学でできるような,
ダーを育てていくということが必要であるとい
自分で本を読んだりする自己啓蒙という形で
うことが言えると思います。
す。これは比較的簡単です。本を読めばできる
一方で,すべてうまくいっているかというと
ことです。
そうでもなくて,人材育成の過程で試行錯誤を
その次の段階としては,スキル(Skills)で
していることも言えます。また,特に必要とさ
す。異文化対応能力,一番顕著なのは外国語の
れているのは,アジアで活躍できるグローバル
能力だと思いますが,これもある程度鍛えるこ
リーダーです。当然のことながらアジアでの市
とが可能です。語学トレーニングを受けるとい
場が新興市場として拡大しています。そこで各
うことだと思います。
国の文化を理解しつつ,マネジメントができる
そのさらに上の段階として重要なのは,認知
リーダーというのが非常に重要になるというこ
的な能力(Abilities)ということで,異文化環
とです。
境における状況を把握することとか,条件適合
最後は,必要とされる能力として,これまで
的な行動ができるということです。これに関し
以上の創造性とコラボレーションです。先ほど
て,ある程度個人差はあるわけですが,教育方
のコラボレーションに戻りますが,仲良しクラ
法をこれから考えていくことだと思います。
ブを作るのではなくて,お互いの意見を出し合
問題は,最後のその他(Others)です。や
いながら,その中で共通のビジョンを作ってい
はりグローバルリーダーの条件として個人的な
く,方針を作っていく能力が必要だろうという
資質というものが大きいと言われています。先
ことです。
天的な部分ということです。たとえばすごく外
さて,次に,日本企業におけるグローバル
交的であるとか,好感度がある,人から好かれ
リーダーの育成状況ということですが,これに
やすいタイプ,状況への気づきだとか,感情が
ついては最近たくさんの研究調査がされていま
安定的だとか,開放性が高いという人です。こ
す。経営課題としてグローバルリーダーを育て
ういったものの中で 2 つ 3 つ,個人の資質があ
ていかなければいけないという認識が非常に高
るということは,恐らくスクリーニングの段階
まっていて,特にエグゼクティブクラスでのグ
で必要な条件になってくると思います。
ローバルリーダーが不足していることが指摘さ
さて,少し私どもが行った調査結果を紹介し
れています。それから,グローバルリーダーは
たいと思います。昨年 10 ∼ 12 月に,世界 11
どういう人たちなのかという定義をこれから作
カ国のグローバルリーダーを対象にした調査を
っていく企業もありますし,整備しなければい
した結果があります。その中でグローバルリー
けないことに対する強い危機感を感じているこ
ダーのパフォーマンスの 1 つの指標として,ク
とが指摘されます。日本企業は,これからの課
リティカルインシデント,要するに今まで経験
題としてグローバルリーダーをどう育てていく
したことのない経営課題に対して,それを解決
かが非常に重要になってきます。
できたかどうかという項目を入れてみました。
−71−
シンポジウム
経営行動科学第 26 巻第 1 号
それを 11 カ国で比較した結果,1 位はイギリ
未来のジャック・ウェルチは,私のような
ス,2 位がドイツ,3 位は中国,4 位はフラン
人間ではあり得ない。私は,全てのキャリ
スです。上位をヨーロッパのグローバルリー
アをアメリカの中で過ごしてきた。これか
ダーが占めているのですが,日本に関しては 9
らの GE のトップというのは,ボンベイ,
位で,残念ながら高くないということです。
香港,ブエノスアイレスで過ごしたような
では,パフォーマンスを上げるために必要な
人物であろう。最も優秀かつ最も有望な人
育成の施策として何をしているか。研修がその
物を海外に派遣して,そこでグローバル経
1 つの手だてになると思います。異文化研修,
営の経験をさせる,そういうことが必要
言語研修,リーダーシップ研修,この 3 つにつ
だ。
いてどの程度受けているかを質問しました。こ
れで見てみますと,異文化研修に関して日本は
実際,ジャック・ウェルチが何をしたかとい
7 位です。言語研修についても 9 位です。一番
うと,23 人のキャンディデートを 6 年かけて,
の課題というか,驚いたのがリーダーシップ研
彼らをグローバルローテーションして,その中
修です。日本は最下位の 11 位だということで
から最終的に 3 人に絞ったのです。その中でジ
す。実はリーダーシップ研修というのは,パフ
ェフ・イメルトを後継者に指名したのです。あ
ォーマンスを上げるのに非常に重要な要素にな
との 2 人も,1 人は 3M の CEO になって,も
っているということです。このあたりは今後企
う 1 人はデポというアメリカの会社で CEO を
業として改善していく必要があるのではないか
しているということです。やはり優秀な方だっ
と思います。
たと思います。その 1 人ひとりについて国際的
今,申しあげた,クリティカルインシデント
の解決に影響を与える項目として分析したとこ
な働く場を与えて育成してきたということで
す。
ろ,いくつかの項目の中で特に 4 つの要因が
重要であったということです。1 つ目は,現地
カルロス・ゴーンの言葉というのがありま
す。
チームとのコラボレーションです。先ほどから
申しあげています,問題を出し合って,その中
ジャック・ウェルチは,自分の後継者にな
で共通のビジョンなり,解決案を出していくこ
り得る人物を何人も手に入れることができ
とです。それから,多様な各国文化を経験する
ました。それは,ウェルチが幸運だったか
ことです。本国との良好なコミュニケーショ
らではなくて,引退するまでに後継者を育
ン,そしてリーダーシップ研修です。この 4 つ
成してきたからです。計画的に育成をして
がとりわけクリティカルインシデントの解決に
いたことが言えるということです。どんな
有効であることがわかります。
企業でもできることでしょう。
ウェルチが語るグローバルリーダー育成
できるかどうかわからないですが,そういう
では,具体的にどういうことをしていったら
意思を持って育てることは重要かと思います。
いいのかということです。八木さんもいらっし
ご存知のようにゴーンさん自身は,レバノン系
ゃっているので,今回は GE を取り上げてみま
ブラジル人で,フランスでグランゼコールを卒
したが,ジャック・ウェルチの言葉というのが
業した非常にグローバルな人材です。フランス
あります。ジャック・ウェルチが CEO を次の
でミシュラン社のいわゆる北米社長になり,そ
世代に譲るときにこういうことを言っていま
の後,ルノーに移っています。彼は何カ国語を
す。
しゃべれるかというと,もちろんフランス語は
−72−
グローバルリーダー育成への挑戦
できます。恐らく英語もできるでしょう。それ
としては大学とのグローバル人材のプログラム
以外に何語ができると思いますか。レバノン系
を共同でやる,たとえば海外インターンシップ
ですからアラブ語ができます。それプラス,ス
ということで協力しています。今は過渡期です
ペイン語とポルトガル語ができると思います。
ので,日本企業では,今すぐ必要な人をどこか
あともう 1 カ国は日本語で,決めぜりふを言う
から持ってくると同時に,次の世代から人を育
ときには日本語をしゃべられます。そういうこ
てていく形になっていると思います。
とで 5.5 カ国語を駆使するということで,彼は
まとめですが,まず重要なのは,先ほどの条
典型的なグローバルリーダーであると思いま
件適合的ではないですが,紋切り型の金太郎あ
す。
めのグローバルリーダーは,恐らく世界中に数
人しかいないと思います。スーパーグローバル
グローバルリーダーの育て方
リーダーです。そうではなくて,各国の文化的
では,どうやって育てるかということです。
な背景,自国の文化を理解した上で,自分の強
正直申しあげて,今,研究途上というところで
みと弱みを海外に行ったときにどういうふうに
す。いろいろ試行錯誤して,どうしたら効果的
発揮できるのか,交渉相手の人たちと同じよう
にグローバルリーダーを育成できるのかを研究
に,どういうところが強くて,どういうところ
者が研究しているところです。ただ,フレーム
が弱みになるのか。そして,両者の中で共通に
ワークとしてこういうことが有効ではないかと
話し合いができる,共通に働いていくことがで
いうことがいくつか示されています。
きるのはどのエリアなのかということを認識で
先ほどの座学から現場での海外経験というこ
きるような能力が必要になります。
とを含めて,研修プログラムの種類と育成方法
それから,リーダーシップ研修です。日本は
をまとめると,比較的座学的なものでは,ケー
最下位,一方でパフォーマンスにつながる 1 つ
ススタディだとか,セミナー受講という教室内
の大きな要因としては,リーダーシップ研修と
での研修が有効です。ただ,一番重要な情報と
いうものがあるということですので,今後,日
しては,学習効果です。学習効果としてどうい
本の企業の中でリーダーシップ研修が重要にな
うプレイングメソッドが有効なのかを見ていき
ってくると思います。
ますと,教室内での講義というのは,効果とし
パフォーマンスを上げるもう 1 つの要因は,
ては 20%です。それから,非公式な情報交換,
本社との良好なコミュニケーションと言いまし
これは恐らくセミナーなんかでいろいろな国か
た。コミュニケーションというのは 2 人いない
ら来ている人たちとのネットワークです。意見
とできないのです。パーティは 2 人いないとで
交換をするといったものが 30%です。残りは
きません。そのときに海外派遣者だからグロー
職場研修,OJT です。ですから,OJT とリー
バルリーダーに本社との連絡を密にしろだと
ダーシップトレーニングを組み合わせること
か,こういう形で本社の方針をつなげろという
で,より効果的な相乗効果があるトレーニング
ことではなくて,本社自体がやはり国際化して
強化ができるのではないかと思います。
いかなければだめなのではないかと思います。
日本企業のグローバルリーダーの育成の取り
それはやはり窓口として海外の事情を理解でき
組みですが,言えることは,即戦力を今,養成
ること,海外の言語にも対応できること,それ
しています。それと,次世代のグローバルリー
から,文書に書くこともそうだし,オーラルの
ダーを大学と協力しながら育てていくというこ
コミュニケーションもそうだと思うのですが,
とです。即戦力としてはキャリア採用,または
本社もやはり国際化していかなければ,いくら
中途採用という形で採用していますし,産官学
日本人のグローバルリーダーを育てろと言って
−73−
シンポジウム
経営行動科学第 26 巻第 1 号
も,それは無理だと思います。
もありますし,多数のグローバルリーダーを今
そして現地スタッフとのコラボレーションで
す。日本企業が今まで多く失敗してきている原
まで輩出されてきた,いわば名伯楽としての豊
富なご経験に基づいたお話でした。
因は,日本的なものを押し付けることです。こ
また,アカデミックな立場からお話をいただ
れは特にアジアで失敗するのです。そこから学
きました永井先生は,もう長年にわたってこの
んでいることも多くありますが,やはり相手の
分野に関しては一意専心でずっと研究されてき
こと,立場,自分の必要性,その中で説明をし
た方です。今日は実は午前中に経営行動科学学
て相手に理解させる,そして,相手のメリット
会大会の中でご研究発表をされ,グローバル
を考えさせて,Win-Win のシチュエーション
リーダーのコンピテンシーの開発についてアカ
を作ることが重要だと思っています。
デミックなご報告がありました。その辺も含め
最後に,研究者の立場からすると,個人の
てまたお話をいただければと思います。
リーダーシップ行動の根本にある行動様式,認
さて,お二人のお話を伺いましたので,早速,
知行動を研究していけるといいかと思っていま
金井先生から,お二人のプレゼンに対してのコ
す。
メントあるいは質問がありましたらよろしくお
最後に私が敬愛し尊敬する,そして,ライフ
願いします。
スタイルとして憧れている日本のグローバル
リーダーの白洲次郎さんをご紹介したいと思い
金井 私は八木さんと初めてお会いしたときが
ます。ご当地,神戸のご出身だと聞いています。
いつか思い出せないぐらい長いおつき合いで,
「時流に流されずに自分の考えを身をもって
同世代で,なおかつすごく共感できる生き方,
実行すること」
働き方をされている方です。
アメリカとの戦後処理,それから,通産省を
八木さんとの共著(『戦略人事のビジョン 制
作り,民間企業を活性化していく,そういう中
度で縛るな,ストーリーを語れ』光文社,2012
で自分自身のプリンシプルを持って,身をもっ
年)にもあるのですが,強い会社と,働く人に
て行動していくことが,日本人のグローバル
とって信頼できるいい会社というのは,通常は
リーダーの先輩として,われわれが学ぶことも
あたかも相反するように見てしまうのです。私
多いし,誇れる方だと思います。
が八木さんと一緒に本を書かせていただいたと
以上です。どうもありがとうございました。
き,最後のメッセージは,強くて同時に人をき
ちんと鍛えられるという意味で,強い会社とい
い会社とは両立するのではないかということで
した。その辺をもう少し敷延してお話いただけ
パネルディスカッション
「グローバルリーダー育成への挑戦」
ればと思います。
GE は強い会社だけのように思いがちなので
すが,八木さんにとってはやはり良いという側
平野 それでは,パネルディスカッションを行
面があったと思われるのか,あるいは良いとい
いたいと思います。お二人のゲスト,それぞれ
う中でも厳しさの方が勝るのかということで
のお立場から非常に貴重なプレゼンテーション
す。
をいただきました。
八木さんご自身は GE をはじめグローバル企
言語で表現することをあきらめない
業の中で,ご自身が実務家として人事で長らく
金井 それから,これも八木さんの著しい特徴
ご活躍されて,ご自身がグローバルリーダーで
だと思うのですが,言語で表現することをあき
−74−
グローバルリーダー育成への挑戦
らめないところがおありなのです。短い対談で
と使えるようになられたのかと思いますがいか
お会いしている場合でも,あるいは研究会にゲ
がでしょうか。
ストで来ていただいたときも,あるいは 1 冊の
本を書く場合でも,何か引き出したいというも
コラボレーションの本当の意味
くろみがあれば,即答してくれるか,そうでな
金井 それから,リーダーシップのコンピテン
くてもその場で考えてくださるのです。とても
シーの中に,たとえばその言葉だけを聞いたと
ありがたいことで感謝しています。八木さんご
きの語感では誤解するかもしれないような項目
自身の言語できちんと説明したいとの思いがお
があるので,そこについて少しコメントをいた
ありなのではないでしょうか。たとえば外資系
だけますでしょうか。コラボレーションという
では,大体わかってくれるというのが通用しに
のはすごくいい言葉だと思うのですが,日本語
くいので,きちんと説明する癖が基本動作とし
の,何か知らないけれども仲良くしているとい
て身に付いたのでしょうかというところも,お
うこととは違うのですね。マイケル・シュレー
聞きしたいのです。
グという人が,コラボレーションについて報告
今日も触れられていましたが,リーダーシッ
をしていますが,ジョン・レノンとポール・マ
プをぶれないようにするためには,自分がここ
ッカートニーは,後には別々で曲を書くように
だけは決して間違わないというための基軸を,
なって,結構作風が違うのに,早い時期には一
あるいは軸にあたるものをきちんと言語化する
緒に書いていました。ある時期以降の作品はど
ことです。一皮むけた経験を振り返ってもらっ
ちらが書いたのかはすぐにわかります。だけ
て経験からの教訓を言語化してもらった時に,
ど,レノン=マッカートニーでないと書けなか
すべてが関わっているとは限らないのですが,
った曲がありました。そういうものがコラボ
いくつかは後々リーダーシップを取るのに有益
レーションなのです。馴れ合いではなくて,研
な教訓が交じっていて,そのうちの 1 つに八木
究開発の人と工場の人と営業の人と意見が違っ
さんの場合には投げ出さない,決して逃げない
て当然であるように,火花が飛び散ってでも協
というのが入っているのです。それが高校とか
働でできるということです。ですから,多国籍
大学に行くときの 18 ∼ 19 歳の若いときの経験
展開して複数の国の人がいるのだったら,せっ
なので,いくつかのリーダーシップの基軸は仕
かく違う発想をしているのに,無理やり一緒に
事の世界に入ってからではなくて,それより以
なるのはコラボレーションではないと思うので
前にさかのぼるというのが大変興味深く思いま
す。その辺の機微というか,仲良しクラブでは
した。そういうことも聞かせていただきたいと
ないという趣旨でちょっとお聞かせいただけれ
思います。
ばと思います。
それから,永井先生ですが,グローバルリー
それから,最後は,先生へのご質問というよ
ダーについてのコンピテンシーについて研究さ
りも,皆さんに理解のプラスになるようにとい
れていますが,何がきっかけで興味を持たれ
うことなのです。先生がお作りになったリー
て,いち早く日本で,その分野を研究されたの
ダーシップのコンピテンシーの尺度とか,その
かをお聞きしたいと思います。以前,私が研究
研究のプロセスで,クリティカルインシデント
会に来ていただいたときのヒントの 1 つは,永
に注目されたというのは非常に興味を持ってい
井先生自身が,早い時期から海外経験がおあり
ます。クリティカルインシデントというのは,
で,今の言葉で言うと帰国子女のような面があ
フラナガンという人が発明した方法で,できる
ったとか,あるいは,勤務校の筑波大学がグ
限り具体的な出来事で書かない限り,本当にい
ローバルを大事にしているので,英語をきちん
い対話もできないし,本当にいい測定尺度もで
−75−
シンポジウム
経営行動科学第 26 巻第 1 号
きないのです。たとえば経営学の教科書に挙が
りました。そういうときに,強いだけでいいの
っている例でいくと,まだモチベーションの理
かというのが私の大きな疑問だったのです。恐
論が出来上がっていないので,信頼に足る議論
らく強いだけというのが,ものすごく大きな壁
がないため,仕方がなく出来事の話を聞くので
にぶつかったのはリーマンショックでした。も
すが,今まで 10 年の仕事経験の中で最悪だっ
うければいい,それがあったのです。やはりた
た具体的な出来事を 1 個と,ものすごく良かっ
だ強いだけということで,社員,あるいは社会
た経験を 1 個,語ってくださいと言うのです。
に対してわれわれの存在意義は問えるのか。も
クリティカルインシデントは,書いてあるとお
っと言えば 30 万人働いている社員が,本当に
り出来事を聞くことが大事なのです。「もう大
やる気を持って仕事ができるのか。ずっと 1 番
変だったんですよ,修羅場経験で」というので
で,オリンピックで金メダルを取り続けている
一節あって,あるいは在庫の処理にどれだけ困
ときはいいのですが,それがメダルが取れなく
ったのかという出来事でもいいのです。
なったときに,1 番というだけでは機能しない
もし先生の方で追加的に,たとえばクリティ
ことに私は気がついたのです。
カルインシデントを使ったおかげで研究もこれ
では,1 番でなくなって,成長率が下がって
でやりやすくなったし,皆さん方にフィードバ
きたときに,どうやってそれをはね返していく
ックもできるし,あるいは,現時点にあるクリ
力が出てくるかというと,「自分はすごくいい
ティカルインシデントについて先生が決められ
会社に勤めている」,「いいビジョンを持って,
た尺度で,こういう文献とか論文を見ればどう
いい何かを達成しようとしている」,それが組
いうものかがわかるというものがありました
み合わさったときに,ものすごく大きな力を出
ら,いいものは世に広めるという意味で PR を
すことを見つけたわけです。
していただければと思います。
では,いい会社とは何かというと,ただもう
ければいいのだというのではなくて,社会的に
GE にとって「強い」プラスα
受け入れられるような素晴らしいものをミッ
八木 まず,強いという点です。GE はものす
ションにしているということです。GE もかつ
ごく強い会社なのです。何が強いかとは,勝ち
てはあったのです。“We bring good things to
の定義を今日は言いましたが,ジャック・ウェ
life”,生活に役に立つものを自分たちは提供す
ルチからジェフ・イメルトに替わって,ジェ
る会社でありたいのだということです。ジェ
フ・イメルトが言っていたのは,トップライ
フ・イメルトになって“imagination at work”,
ン,売り上げの 8%成長とネットインカムの 10
今,イマジネーションが機能していますという
%成長です。会社のビジョンはないということ
ような意味ですが,明確なミッションは感じな
です。ビジョンは成長ともうけることだったの
くなってしまいました。
です。これは強い会社の典型です。勝ち続けて
そこで,私がイメルトに直接チャレンジした
いる間は,これはビジョンとしても機能するの
のです。日本の会社で社員が誇りを持っていき
です。世界で 1 番であり続ける以上は,そのこ
いきと働いている会社はみんなミッションがし
とがビジョンになるのです。
っかりしている,そういうミッションを GE も
し か し,2007 年, サ ブ プ ラ イ ム,2008 年,
持とうではないかと言いました。イメルトが普
リーマンショックが起こりました。GE はデリ
段から言っている「GE という会社は,世界で
バティブをやっていなかったけれども,やはり
一番難しい課題に挑戦する会社なのだ」,これ
不動産事業に関与していましたから,いきなり
だったら,普通の人はわくわくして働きます。
成長が止まって,ネットインカムもどんと下が
それをやろうよということです。現実に long
−76−
グローバルリーダー育成への挑戦
story short で言うと,それが GE のミッショ
僕はそれは言葉というのが必要だと思うので
ンになりました。私がこだわって,こだわって,
す。その質のすごくいいものが,軸だと思うの
言った年の翌々年の 1 月,グローバルのミーテ
です。
ィングのときに GE ミッションが発表されまし
た。私はすごくうれしかったのですが,残念
人間を突き動かすのはパッションだ
ながらまだ完全には身に付いていないですね。
八木 特に私は日本人に軸を持ってください,
「いい会社にしよう」どんどんそれを言い続け
ないとだめですね。
パーソナルコア,フィロソフィーを持ってくだ
さいと言います。僕は人間を突き動かすのはわ
言葉なのですが,動物が進化するのは DNA
かりやすく言うと気合だと思うのです。気合,
が突然変異するときだけです。チンパンジーで
生きざま,もうちょっと言うとハングリースピ
は自分の学びを教えることによって,次の世代
リットが人間を突き動かすのであって,残念な
が良くなることはあまりないわけです。進化に
がら必ずしも知識とか知恵ではないのです。人
は必ず DNA の変化が伴っているのです。とこ
間を突き動かしているのはパッションなので
ろが,人間というのは,前の世代の知恵を言葉
す。
で引き継ぐわけです。だから,私は,言葉はす
では,パッションはどこから出てくるか。僕
ごく大事だと思います。進化していく,進歩し
はいろいろな国の人たちとこれまで仕事をして
ていくために,言葉にしていくというのはすご
きました。中国人やインド人や韓国人の人に
く大事なのです。今,僕は世代と言いました
「君たちどうやって育てられた」と聞くと,「1
が,皆さんは 3 日前に食べたものを覚えていま
番になれと言われた」「勝てと言われた」とい
すか。私は覚えていません。言葉にしてちゃん
うのが,ものすごく多いのです。日本人の皆さ
と書いておかないと,食べたものすら覚えてい
んはどうですか。子どものときから勝てと言わ
ないのです。ましてや自分が大切だと思った,
れて育ちましたか。あるいは,自分でお子さん
リーダーシップはこれだ,人事はこれだ,経営
を持っていらっしゃる方たち,自分たちの子ど
はこれだと思ったことを,きちんと言語化して
もに「勝て,1 番になれ」と言って育てていま
自分の中にたたき込むということを実践しない
すか。恐らく「思いやりを持ちなさい。人に迷
とだめです。それをぶれずに実践していくため
惑をかけたらあかんで,おにいちゃんやろ,お
には,インパクトのある言葉というのはすごく
まえ」とか,「おねえちゃんやろ」,このメッ
大事なのです。言葉をとにかく大事にする,相
セージは全部「自分を抑えろ」なのです。とこ
手の心の中にぐさっと刺さる言葉を突き刺す,
ろが,1 番になれとか,勝てというのは,自分
自分に刺さる言葉を突き刺す,そのことによっ
を出せないのです。アメリカはもうちょっと質
て自分を変えていこう,ドライブしていこうと
がいいです。“Be yourself”と言うのです。自
いうことを私は常に考えています。
分を持ちなさい。これも自分なのです。もとも
リーダーというのは,僕は突然変異的に育つ
と自分というものを持っている人,それを小さ
のだと思っていますが,突然変異を起こす修羅
いときから持っているから,何かしよう,何か
場,あるいは一皮むける体験,何でもいいです
しよう,目立とう,何かしよう,という気持ち
が,それを起こすというのは,ぐさっとくる言
がすごく強いです。
日本人は何とかして目立たないようにしよう
葉です。ただそこでショックを受けて,「ああ,
大変だった」と言って,お酒を飲んで寝たら何
とする人が多いのです。目立たないようにしよ
にもならないのです。そこでこれだというもの
うと思っている人を何とか動かすために,「お
を見つける。それを自分に取り込むためには,
まえ,勝て」と今さら言ったら「品がない」と
−77−
シンポジウム
経営行動科学第 26 巻第 1 号
言われます。だから,それを私はそういう人を
と思います。だけど,人間は知恵と知識だけで
何とか動かすために,「では,あなたにとって
は動かないのです。パッション,中から動かす
正しいことは何ですか」ということを突き詰め
気合みたいなものが必要で,それが自分が何を
ます。これが軸なのです。
正しいと思っているかということではないかと
先ほども言いましたが,正しいことというの
考えています。
は,自分がすごく腹が立ったときの裏側にある
ということなのです。私は,先ほど金井先生が
永井 私につきましては,4 点ほどご質問をい
ちょっとおっしゃったのですが,逃げないとい
ただいたかと思います。まず研究のモチベーシ
うのが第 1 番目の軸なのです。これは,小さい
ョン,それから,海外経験も含めて適応してい
ときから「大学行け」と言われて,「この学校
くこと,3 つ目がコラボレーション,最後がク
に行け」とか言われたのです。「こんなところ
リティカルインシデントについてということで
には行けない」と思って,高校の時に「大学行
す。
きません宣言」をして本当に受験をしませんで
まず,どうしてグローバルリーダーシップ研
した。シベリア鉄道に乗ってヨーロッパに行っ
究をしようと思ったかということですが,もと
て,バックパックをやってテントに住んでいた
もとは 2 番目にも関係しますが,海外で日本人
という男なのです。一番最初に気がついたのは
がどういうふうに生活し,働いていくのか,そ
「あほや」ということです。自分は何てばかだ
こで満足度を得られて,仕事の上でも達成感が
ろう,逃げた。逃げるとこんな嫌な思いをする。
得られるということには,ライフワークだと考
だから,絶対逃げないようにしようと思ったの
えていました。もともとは海外派遣者の研究を
です。それが軸ナンバーワンです。これは,自
していたのです。海外派遣者の異文化適応と
分がばかだと気がついて悔しい思いをしたとき
か,職務満足度ということを研究していまし
に,初めて起こってきた,内から出てくる私の
た。
軸だったのです。
これが自分の経験なので,そういうものと同
日米で異なるコミットメントのスタイル
じことを社員の皆さんに訴えかけるということ
八木 その中でわかったことは,日本人は,た
をしたのです。ちょっと傲慢ですが,自分の
とえばアメリカの海外派遣者と比べて,仕事に
経験をリーダーシップ研修に取り入れました。
対するコミットメントと,組織に対するコミッ
リーダーはなかなか育たないと思っていたとき
トメントが一体化しているのです。これはアメ
に,自分がやってきたこと,自分が良かったと
リカと比べると正反対です。要するにアメリカ
思うことをぶつけてやれと考えて,軸持ちとい
企業から海外に派遣された人というのは,どち
うことをやり始めたらリーダーが育ち始めまし
らかというと本国に対するコミットメント,あ
た。何で軸がいいかというと,自分の目の前を,
るいは現地法人でのコミットメントでの仕事,
自分が正しいと思っていることと違うことが通
このどちらかに偏ってしまうのですが,日本人
ったときに,これはいけないと人間は普通思い
派遣者というのはそれがないのです。統計的に
ます。ですから,勝たなければいけないとか,
も分離できないのです。これはどういうことか
そういう品のない話ではなく,これは間違って
というと,日本人派遣者は,海外で日本と同じ
いるということが,自分の前を通ったときにぱ
働き方をしていることが言えるかと思います。
っと立ち上がる,そういうものが大事だと思い
それはやはりちょっと違うのではないか。やは
ました。
り現地法人でのローカルのマネジメントのスタ
私は,いろいろな知恵,知識はすごく大切だ
イルというのは,本社とは違うでしょうし,コ
−78−
グローバルリーダー育成への挑戦
ミュニケーションスタイルもあるのではない
のいく,双方が結果を出せるということを教育
か。では,よりグローバル化をしていくときに
していくことが重要ではないかと思います。
必要な手だてとしてグローバルリーダーシップ
その点は 3 番目,コラボレーションに関係す
というのは,1 つの方向ではないかと考えてい
るかと思いますが,やはり多様性の中での攻防
ます。
ということが重要だと思うのです。日本は非常
2 番目の点にも関連してくるのですが,どう
にいい国です。まず第一にきれいですし,きち
してライフワークとしてやろうと思ったかとい
んと物事が進みます。でも,ここで言うスケジ
うことです。個人的なことなのですが,父がも
ュールどおりに進む国はほかに恐らくないので
ともとフルブライトの前にあったガリオアとい
す。そういう意味で非常にわれわれはいい国に
う奨学金の留学生になって,それでアメリカに
いるのだけれども,それが海外に行ったときに
留学ということをしていたこともありまして,
は非常にデメリットになってしまうことが多々
それと父の仕事の関係で外国人の人と接するこ
あるのではないかと思います。その中で,いか
とが多かったのです。子どもからすると,外国
に自分たちのテリトリーを守りつつ,相手とう
に行く,あるいは外国人の人と接する,これは
まく交渉してやっていくか,それがコラボレー
それほど楽しくもないのです。楽しい人もいる
ションではないかと思います。
のかもしれないですが,最初のころは言葉もわ
最後のクリティカルインシデントに関してで
からないし,文化もわからないし,そういう中
すが,これは端的に言うと,自由記入をしても
で徐々に文化適応していくのだと思います。も
らって,それを分析しまして,パフォーマンス
っと厳しいのは帰ってきてからです。これはリ
につながるような行動というものをベースにし
バースカルチャーショックと言いますが,派遣
てケースを作ったのです。そのケースの中で
者にも通じることです。最初のショックより,
キーになるような行動,コンピテンシー,それ
より大きいショックを受けてしまう。それは,
がどのくらい自分自身が今できるのかどうかと
頭の中で昔のイメージを持っていて,それとの
いうことを,回想的に回答していくと,あなた
乖離,こう行くはずだということが変わってし
の今のグローバルリーダーシップ度はこのぐら
まっていることに対する驚きというか,恐怖と
いということが分析できるツールがあるので
いうものがあるのではないかと思います。
す。そういう形で今後クリティカルインシデン
実は,先ほど言おうかどうしようかと思った
トを活用してパフォーマンスのアセスメントを
のですが,グローバルリーダーを育てるとい
やっていくようなツールを開発したいと思って
うのは,すでに社会に出ている人たちからは限
います。
定的だと思います。それから,今の大学生にも
期待はしていますが,ある意味では基本的なマ
平野 司会の方から共通の質問をさせていただ
インドセットはできてしまっているのではない
きたいと思います。今日のタイトルが「グロー
かということです。これから育てようとすると,
バルリーダー育成への挑戦」ということで,人
やはり今,小学生,中学生の人たち,そういう
事管理の基本方針で Make or Buy(人材を社
時期にグローバルなマインドセットを植え付け
内で育成するか,社外から登用するか)という
ることが大事です。それは決して日本文化を捨
考え方がございます。すなわち長期の内部育成
てる,日本的なアイデンティティをやめること
をしていくか否かということです。今日の議論
ではないのです。やはり日本的なベースができ
は全部,長期内部育成のいわゆる make の話を
た上で,海外の人たちとどういうふうに接する
していたわけですが,世界の趨勢を見ています
のか,お互いの主張を出しながら,そこで満足
と,わざわざ内部育成をするのではなくて,市
−79−
シンポジウム
経営行動科学第 26 巻第 1 号
場から必要な人材を適時調達すればいいのだと
ど,自分たちの会社の中できちっと機能する人
いう,いわゆる buy の考え方です。最近,ピー
を連れてこようということになるわけです。だ
ター・キャペリの『Talent on Demand(ジャ
から,単純に人が足りないから連れてきて育て
スト・イン・タイムの人材戦略,日本経済新聞
ようかという,そういう考えではなくて,育て
社,2010 年)』を読んでいるとエピソードが出
る,そして,どうしても戦略的に欠けている人
て,メディカルデバイスの CEO に,キャペリ
材があれば,外から連れてくるのだけれども,
が「人材育成部長に人材育成を一生懸命しな
自分たちのやり方,あるいはゴールをきちんと
いといけませんね」と言ったら,CEO が何と
シェアしてくれる人を連れてこようということ
言ったかというと,He dismissed the proposal
です。
by saying,“Why should we develop people
GE においてやっていたときは,ざっくり言
when our competitors are willing to do it for
うと,基本的には 3 分の 1 は外から,3 分の 1
us?”,要するに何でうちがやらなければいけな
は M&A で入ってきた人,あとの 3 分の 1 は
いのだということを言っているわけです。完全
育てた人というのでいこうということです。要
に buy の考え方を主張しています。キャペリ
はバックグラウンドの違いで差をつけるなとい
は,make と buy は,どちらか一方のみを選択
うことです。出身なんかどうだっていいではな
するのではなく,組み合わせなければならない
いかと,自分たちがやろうとしていることに同
ということを言っているわけですが,やはり,
意して,合意して,それでゴーとやっていれば,
かなり buy をこれまでより重視するようなと
別にそれでいいではないかというのが GE のや
ころがその主張から読み取れるのです。今日の
り方だったし,私はそれで機能すると思いまし
お話は,make ということに集中的なお話があ
た。
ったと思いますが,その辺についてどうバラン
今いる LIXIL もいろいろな会社の集合体な
スを取っていけばよいのかということについて
のです。INAX だの,トステムだの,サンウ
実務的なところで,または学術的なところで,
エーブだの,おまけに GE から藤森だの,八木
お二人の方からそれぞれお話を聞きたいと思い
だのが来ているわけです。そういう会社がうま
ます。どうぞよろしくお願いします。
く機能するためには,この会社はこうするのだ
というゴールが必要だということです。そこが
人材確保は社内外両方から
大切なのであって,中から育てるか,外から持
八木 Both です。Make も buy もこれは方法
ってくるかというのは,二次的ではないかと私
論でありまして,目的ではないのです。目的は,
は思っています。
やはり勝ちの定義ということ,どうやって勝つ
永井 育てていくか,連れてくるかというの
かというゴールです。それとその方法のいい会
は,どのステージなのかということにもよるの
社と私が言うところのウェイです。どうやって
だと思うのです。恐らく GE は人材育成の内製
勝つかです。これが両方ある人が勝つという,
化が一番進んでいる会社ではないかと思いま
それを目指していこうというわけですから,そ
す。では,日本企業はどうかというと,やはり
ういうものを実現できるような人を自分たちで
今の段階では,連れてくる部分というのが大き
育てられればベストですが,育てられない部分
いかと思うのです。そのときに単純に連れてく
も必ずあります。知恵の部分も含めてです。社
るというのではなくて,それをどう定着させる
内に知恵がなければ外から連れてくるのです
のか,満足度を持って,さらに彼らが持ってい
が,何でもいいから連れてくるのではなくて,
るコンピテンシーを組織内部に浸透させるの
自分たちの会社をきちんと定義すればするほ
か,情報共有をさせるのかという仕組みづくり
−80−
グローバルリーダー育成への挑戦
を作っていくことが大事ではないかと思いま
れが海外に出ていって違うカルチャーになった
す。多くの場合,そういう外部タレントを連れ
瞬間に,何を目指しているのかということをき
てくるという場合,やはりもともと中にいた人
ちんと言語化してあげないと,育ったバックグ
たちの間に軋轢が生じることがあるのです。で
ラウンドの違う人が一緒にやっていけないので
すから,ソフトランディングではないですが,
す。メイクだけでやっていこうというのは,そ
双方に対して融合的なランディングをするため
ういう観点からもすごく難しいのです。だか
の施策をやっていくということです。
ら,この会社は何をしようとしているのかとい
うことを,きちんと社員にわかるように伝える
組織文化の理解で社外の人材を融合
ということが,グローバルを考えてもすごく大
永井 最近,韓国企業とか,中国企業もそうで
事になってくるのではないかと思います。
すが,トップの人をいきなり連れてくる企業が
平野 それに関連してですが,私は 9 月に資生
多いわけです。中国人はやはり海外で業績を上
堂さんの上海の現地法人を訪問してきたので
げている Overseas Chinese の人たちがたくさ
す。資生堂は中国で非常に高いプレゼンスを持
んいます。アメリカの大学に留学してアメリカ
つ,成功している企業です。資生堂さんの中国
の企業に勤めている,そういう人を連れてきま
におけるビジネスは,日本のビジネスモデルを
す。そうすると内部にいる人たちとの軋轢,組
基本的に持ち込んでいて,ビューティコンサル
織文化の対立が非常に大きいのです。そのとき
タントを育成して,実際お客さまの肌に触れて
にやるなら,連れてくる人たちに対する研修で
コンサルティング販売していくというビジネス
す。やはり半年ぐらいは現場を体験させると
モデルです。そこにはいろいろと大変な苦労が
か,企業を理解させることもありますし,内部
あったということです。その中で資生堂さんの
にいる人たちに対しては,彼らから何を吸収す
ウェイとして大事な言葉の中で「おもてなし」
るのかという目的意識を持たせるということが
というキーワードがあります。今,八木さんが,
ないと,やはり双方の間で軋轢になって,かえ
言語化が必要であるというお話をされました
ってディスファンクションになってしまうこと
が,実は「おもてなし」という言語に関して言
があるということです。
うと,その意味するところを中国語で翻訳する
八木 考えていることが 1 つ言い切れていなか
のは難しい部分があります。英語の hospitality
ったので付け加えます。自分というものがはっ
も当てはまらないし,結局彼らが行き着いたや
きりしていないから,自分の組織の中で,その
り方は,「omotenashi」とローマ字で表記し,
組織のカルチャーで育てるしかないのです。で
そのキーワードをベースにして試行錯誤しなが
も,この会社はこうなるということがはっきり
ら,お客さまがこういった喜びを得たときこそ
言語化されていて,こういう人材がほしいとい
「おもてなし」を実践したことになる,かくか
うのを言語化してあれば,育てた人間もオー
くしかじかと言って,時間をかけて現場に浸透
ケーだし,外から来た人間も一緒にやってもら
させていくようなやり方をしているわけです。
えばいいわけです。経営の仕方というのを,で
すべてのことを言語化していくことは,非常に
きるだけオープンに明白値化していくことによ
難しいことであって,その辺のところはどう考
って,外から来た人がきちんと働けるというこ
えておられますか。
とです。
八木 私は言語化すべきだと思います。やはり
われわれが海外に出て行くときに,特にそれ
「おもてなし」というのは,そのものずばりで
を明確にするのです。日本人がやっていて,あ
なくても説明できます。相手の気持ちを察して
うんの呼吸ができる人はいいのですが,われわ
あげなさいと言えばそれで終わりではないかと
−81−
シンポジウム
経営行動科学第 26 巻第 1 号
私は思うのです。それを訳すのが難しいとは私
を考え抜いた末,褒めてもらえるつもりで言っ
は考えません。ここで資生堂の人がいたら申し
たのです。高橋荒太郎さんの方のやりとりは,
訳ないのですが,そのエッセンスのところを伝
もう禅問答みたいに,「君はこの会社に入って
えることだと思います。
何年や」「そんな年数たったのか」「何のために
日本の会社としてすごく難しいというのは,
理念があるのだと思うか」,もうそういうやり
日本人は,もともと相手に迷惑をかけてはいけ
とりばかりで,そのとき最後に言われたのは
ない,思いやりで人のことを考えなさいという
「理念がなかったら,この私が揺れるのだ」と
ようなことが前提にあると思うので,そのあた
言うのです。公明正大みたいなことが書いてい
りをどう伝えるかです。私はそういったことを
なかったら,自分が間違って,「よし,わかっ
きちんと言語化していかないことには,組織を
た。それで行け」と言ってしまうかもしれない
1 つにまとめていくのはすごく難しいことだと
のです。経営者自身がぶれないために言語化し
思います。
ているのだと,その榊原さんは初めて,理念が
行動の基軸にあることがわかったのです。
言語化した理念が行動の基軸になる
とうとう欧州本部長になったときに,たとえ
金井 パナソニックさんのように理念とか,社
ば INSEAD に行って,特別のプログラムを作
風が色濃い会社で,欧州本部長をやっていた榊
ってもらいながら榊原さんが教えるセッション
原(勝郎)さんという人が,理念がなぜ大事か
があって,私も一緒に教えるセッションを作っ
ということを,ヨーロッパの GM クラスの企
てもらったときに,私などは生半可なことで
業に説明するときに,言語そのものの定義だと
ヨーロッパの GM に話ができないのです。榊
か説明だけではなくて,それがこれに当たると
原さんが理念の話をするときには,自分が 28
いう具体例がないということでした。たとえば
∼ 29 歳の若いときの経験を,ちょっとたどた
公明正大ということの中身を定義立てて説明し
どしいのですが,自分が感じたことと,高橋荒
ようとすればするほど,日本人こそそれが下手
太郎さんとのやりとりをできるだけビビッドに
くそになってしまうのです。それで,自分が考
言うのです。そうしたら,全員ではないのです
えた具体例をいくつか持っていて,そのうちの
が,かなりの数の,違う文化圏の人でも,やは
1 つが,若いときにフィリピンに行って,乾電
りそういう軸があった方がいいという,理念経
池が価格競争に負けてしまうので,負ける理由
営の方がいいということが伝わると言われたの
を調べたら,現地のメーカーが横流しの資材を
です。
使って原材料をものすごく安く買っているため
多分,言語の翻訳がすごくうまくできるだけ
でした。そこで,もう考えて考え抜いて,どう
ではなくて,基本行動だとか,理念を体現した
いうビジネスプランだったら対抗できるかとい
行動が説明できるというか,具体例と言葉があ
うのを考えました。若いときの榊原さんが,自
るからということが,何か大事なのではないで
分からしたら雲の上にいる高橋荒太郎さんとい
すか。
う人に進言したのです。あらゆる状況からし
ですから,グローバルなコンピテンシーの 1
て,公明正大というのがあるから,私たちが横
個 1 個の中身について,たとえば永井先生のも
流しの闇市場から買ったらいけないというのは
のすごく納得のいく定義を付けて,それを見て
わかっているけれども,現地に幸い日本の商社
「わかった,俺はこれで行くぞ」と適応できた
があるので,商社にぎりぎりの危ないことをや
ら非常に簡単ではないですか。現実はそんなに
ってもらって,そのプロセスを知らないことに
簡単ではありません。だから,実例だとか,自
してそこから買えばいいのではないかとプラン
分がその経験を踏んだときに,この軸がグロー
−82−
グローバルリーダー育成への挑戦
バルリーダーには大事だと気づくポイントを,
八木 テーマとしてはかなり難しいテーマだと
自分がくぐるのが一番いいのですが,自分がく
思いますが,私は両立していかないと勝てない
ぐらなかったら,そういう経験をくぐった人が
と思います。それは,スキルとしての熟練とい
面倒がらずにエピソードをしっかり語ることが
うものと,変化に対応していくときの例外的な
大事ではないかという気がいたします。
デシジョンとか,スピードというのは,両方持
平野 では,もう 1 つ,今日は前半のコマツさ
っていないと勝てないと思います。熟練という
んの競争優位の源泉のところに「擦り合わせ能
ことを考えると,擦り合わせだとか,あるいは
力」という話が出てきました。いわゆるクロー
場合によっては年功的なことも含めて機能する
ズド・インテグラルの製品アーキテクチャと
部分があるということです。ラーニングという
オープン・モジュラーの製品アーキテクチャの
ものは,時間をかけてやっていくのはいいと思
コンセプトからとらえることができます。ク
うのです。
ローズド・インテグラルは日本企業が強くて,
オープン・モジュラーはアメリカが強いとい
擦り合わせも強引人事も両方ないと勝てない
う,そういう知見があるわけです。このときク
八木 しかし,リーダーシップの世界というの
ローズド・インテグラルの製品アーキテクチャ
は,今は世界がどんどん変化していく中で,今
に対して,それと親和的な組織能力が求められ
と未来を見て,何がどう変わるのかということ
るのです。実は,その組織能力は,いわゆる日
で,過去にとらわれないでデシジョンをしてい
本型に近いのです。すなわち遅い昇進,わずか
く,このスキルは擦り合わせスキルではないの
な差,仕事と結び付かない職能給,比較的幅広
です。擦り合わせをしているうちに間違いなく
いジョブローテーション,こういった一連の人
遅れて負けます。だから,そこのところは誰も
事施策がこの擦り合わせ能力にたけた,小池和
同意していなくても,こちらを向いていくのだ
男先生の唱えた「知的熟練」ですが,多くの人
という,説得力も含めたリーダーシップです。
がそういう技能を持っています。それが実は日
ここは切り離して考えないといけません。それ
本のものづくりを支えているのだという議論も
をどう一体化して持っていくかというところに
あるわけです。それは八木さんの言葉を借りる
難しいものがあると思うのですが,両方ないと
と,多分多くの優れたフォロワーたちというこ
勝てないというのは,間違いないです。
とです。この人たちが本当に現場のものづくり
永井 グローバルリーダーシップは,職位と職
を支えていて,総合力で勝っていくという,日
種にもよると思うのです。ちょっと言葉が適切
本の強みみたいなものが一方であるのです。
かどうかわからないのですが,レッドオーシャ
ところが,グローバルで行くということにな
ンとブルーオーシャンがあるではないですか。
りますと,今日はエリート,ノンエリート,あ
やはりグローバルリーダーはブルーオーシャン
るいは経営者の早期育成の話ではないのです
なのです。人がやっていないことをそこで初め
が,随分違う人材育成の仕方を要求されるので
てやっていくこととか,人が気づかないところ
す。端的には早い昇進,専門性を高めるとか,
で新しいストラテジーを生み出していく,それ
もっと職務給にしていくとか,成果主義である
がグローバルリーダーの仕事ではないかと思い
という,今までと違う人事管理が求められたと
ます。逆に,ミドルクラスのマネージャーとし
きに,その辺のところが果たしてうまくいくの
ては擦り合わせ,組み合わせということを,丹
かとか,あるいはそもそもそんな議論はちょっ
念にフォローしていくことが重要ではないかと
とピントがずれているのだとか,それについて
思います。
いかがでしょうか。
金井 たとえば,内作するか外注するかという
−83−
シンポジウム
経営行動科学第 26 巻第 1 号
ことで,まず人の問題ではなくて,考えるべき
たします。
基本の戦略課題があります。たとえば車の会社
は,エンジンはよほどでない限り内作していま
フロア 1 八木様にお伺いしたいのですが,先
す。外から標準のエンジンを買うというもので
ほど永井先生の方から,リバースカルチャーシ
あってもいいと思うのです。他方で,最近のア
ョックというお話がありまして,新しい文化に
ップルを除くと,ある時期までパソコンはハー
行って自分の文化に戻ってきたときに,またカ
ドディスクが故障するまでどこの製品が入って
ルチャーショックがあるという話があったので
いるのか,買うときはわからないのです。だか
す。八木様のご経歴を見せていただきますと,
ら,そこで勝負していないのなら,内作せずに
日本の会社から GE に入って,日本に戻られて,
外から取ってくる方がいいということです。だ
そこをさらにグローバル化するセクションにい
から,ものでさえ中核部品になるほど自分らで
らっしゃると思うのですが,今まさにリバース
作った方がいいのか,中核部品でも買った方が
カルチャーショックということが恐らくあると
いいかという大きな選択肢があるのです。
思うのです。それはグローバルリーダーという
人に関してもスペックがきちんと書けるのだ
視点から,日本の企業で絶対変わらなければい
ったら,外部労働市場を通して,ちょっと高く
けない部分と絶対残さないといけないと感じら
なるかもしれないのですが,ぱっと買った方が
れる部分があったら,お聞かせ願えればと思い
いいのかということです。その代わりにライバ
ます。
ルの会社もお金さえあれば同じ人材を登用でき
八木 まず,戻ってきてショックがあるかです
るはずです。しかし,トヨタに 20 年いた人で
が,正直言ってショックはありません。NKK
ないとできないような働き方とか,理念を体現
にいて,GE にいて,自分なりにこうしたいと
した行動は,やはり中で育てて,そこから経営
いう世界を一生懸命作ってきて,それを日本の
管理に入ってもらうという,中核部品が大事だ
会社でやりたいと思って,意思決定をし,それ
としたら,働いている人がもっと大事だという
ができる会社ということで LIXIL に入ってき
ことです。この会社の中で独自の動き方ができ
たのです。もちろん自分が想像してきたものと
る人は,長くかかっても育てた方がいい場合に
全然違うものがあるのですが,冒頭に申しあげ
は,部品ではないので内作とは言わないのです
た,変わるのは会社の方であって私ではない,
が,メイク・オア・バイでいくとメイクです。
変革のために私は来たのだと思っています。そ
だから,中で時間をかけて養成するのです。
れはチャレンジとは受け止めても,ショックで
ひょっとしたらこういう人は無理して育てず
はないです。
に,リーダーのタイプによっては外から連れて
きた方がいいのだということがあり得るかもし
強いコアを作ってもっと発信せよ
れません。だけど,会社のありようとしてどち
八木 何が大切かということなのですが,実
らを重視しているかと言うと,日本の会社は,
は LIXIL という会社は,LIXIL という会社だ
長らく中核人材はできる限り中で育てるという
けでも 5 つ,グループだともっとたくさんの
ことをやってきたので,その辺についてもう一
会社が一緒になって,しかもそれがグローバル
度しっかり議論すべき時が来ているかと思いま
M&A もやってという形になっています。です
す。
から,何がコアなのかを作っていくことが一番
平野 それではここで,ぜひ会場から,今まで
大事です。そういった中で実はトステムという
の文脈との関連でも結構ですし,まったく違う
会社は,ものすごくトップダウンの,ものすご
ご質問でも結構ですので,何かあればお願いい
く GE っぽい強い会社です。INAX というのは,
−84−
グローバルリーダー育成への挑戦
すごくいい人たちがものすごくいいアイデアを
れは素晴らしい。俺も考えていなかった」とや
持っていて,ぎゃーぎゃー言ってなかなか意思
ると,いずれにしたって正しい方向に真っすぐ
決定しないというとてもいい会社です。まだお
向かっていくではないですか。だから,どうや
互い,「おまえトステムだ,おまえ INAX だ」
って相手を受け入れたり,相手に教えたりして
とやっている部分はあるのだけれども,私から
いくかという中で納得させていく,共感させて
言わせれば,強くていい会社というのは,両方
いくことがすごく大事です。わからないことは
持たないと勝たないということです。だから,
わからないと言うし,相手が正しいことを言っ
トステムの人は INAX をまねしてもっと発信
たら,正しいとぽんと受け入れる力,その力も
力を持ちなさい,INAX の人は,もっとトステ
実はリーダーシップなのです。妙なリーダーシ
ムをまねしてクローズ力を持ちなさい,実行力
ップだと,「俺は上司だ,何言っているねん」
を持ちなさい,そして,その両方を持ったとき
となりますから,そうではなくて,「素晴らし
に 1 番になれる。そして,この両方の強さと良
いね」という,そのジャッジメントができるか
さというのを 1 つの会社の中に持っているのだ
がすごく大きいと思います。その大きさを見せ
から,それを早くインテグレートしようという
るということだと思います。
ことを今言っています。しかもそれが外国に出
人は当然サボります。サボるのとサボらない
ていくわけですから,その自分たちの強さ,目
のはどちらがいいかといったら,サボらない方
指しているものをきちんと言語化して,それを
がいいのです。サボらないようにするためにど
発信していく,そういうことが一番大切です。
うやったらいいかと,サボってはいけないとい
チャレンジはその発信力のところに非常に大き
うカルチャーにしようというのもオーケーで
くあるかと考えています。
す。だけど,それでもサボります。「では,1
カ月に 1 回君がやっていることをチェックしよ
フロア 2 八木さんにお願いしたいのですが,
うか。言ったことが 1 年間の目標の中で 1 カ月
人はどうしてもサボってしまうので,そうしな
分,君はどこまでできた」,あるいは,「3 カ月
い仕組みを作るというお話がありました。そこ
先までこれをやると言ったけれども,どこまで
を少しお伺いしたいです。
できたの」,そこはなぜできないのか,自分が
あと,もう 1 つ,人事とかで面談されている
わからないことがあるのか,サボっているの
と,会社として上司がこういうことをしてほし
か,何をすればいいのか,アドバイスをしたり,
いと思っていることと,部下が実際やりたいと
忠告をしたりということをやって,きちんとマ
思ってやっていることと,どうしてもちょっと
イルストーンを取っていくということです。本
違ってくることがあるかと思うのです。やって
当に幼稚なのだけれども,そういうステップを
ほしいこととやりたいことの差を,どのように
きちんと持つことで,かなり思ったことが実現
してやる気を持たせながら埋めていくのかとい
していきます。それから,実現できないことも
うことについてお伺いしたいと思っています。
わかってきます。どうしてもこの人の実力で実
八木 後の方からお答えしますと,上司と部下
現しないと思ったら,できそうな人にまかせ
の勝負です。どちらのアイデアが勝つかです。
る。そして,会社全体としては勝ちの定義にで
そこはやはり言葉の力です。「俺よりやはりこ
きるだけ近づけていくという,そういうマネジ
の上司はすごく面白いことを考えていたな」と
メントです。だから,そんなに特異なことをや
いう感動を与えられるかということです。で
っているわけではなくて,きちんと言ったこと
も,部下の方がよほどいいアイデアを出してい
がやれるプロセスを作っていくことです。
たら,「おまえ,いいアイデアを出すよね。こ
−85−
シンポジウム
経営行動科学第 26 巻第 1 号
フロア 3 リーダーの育成のときに,どうい
です。最初に何をやるか,一番私が心掛けてい
う場があると,あるいは,どういう場を作ると
るのは恥をかかせることです。ショックを与え
育てられるかということについて質問いたしま
ることです。ただ,みんなの面前でやるかどう
す。たとえば八木さんがおっしゃった,言語化
かは別です。大体ほとんどほぼ 1 対 1 で恥をか
していくとか,あるいは永井先生がおっしゃっ
かせます。気づきを与え,そして育てていくと
たコラボレーションしていく力みたいなところ
いうことです。
を,どういう場があるのか。たとえば大学の中
人が傷付いたときに自ら傷が治るのと同じよ
にあるのか,あるいは職場の中にあるのか,あ
うに,リーダーシップ不足を気づかせるような
るいは人為的に作らないといけないのか,そう
ショックを与えたときにも自然治癒力を持って
いう点でご意見を伺えればと思います。
いて,チャレンジを克服しようという力が出て
永井 いくつかあると思うのですが,一番効果
くる。また,そういう人でないとリーダーには
的なものはやはり現場体験をすることだと思う
ならないと思っているので,強いショックを与
のです。それに類似したものとしてアクション
えるのです。
ラーニングに研修の中で取り組むことではない
では,どんなショックを与えるか。たとえば
かと思います。要するに頭でわかるのではなく
知恵もある,力もある,戦略的,素晴らしい,
て,やはり身体で体験したり,経験をすること
だけど,勇気がないという人がいたとします。
が一番大きいと思います。
こういう人に対して私が言うことは,(実際に
大学で何をやっているかというと,私どもの
言ったのですが,)「おまえは最高のナンバー
社会人大学院は,海外のインターンシップをし
ツーである。おまえは死ぬまで最高のナンバー
て,そこでビジネスモデルを作ってやっている
ツーでいたいか。それとも,最高のリーダーに
ということをやっています。
なりたいか,どちらか。おまえはナンバーツー
あと,私が今注目しているのは,秋田に国際
としては最高になっているのだから,それをず
教養大学がありますが,そこは 1 年間全員必ず
っとやっていても何の進歩もないやろ。どうす
留学をさせているそうです。もちろん授業は全
る」と,1 カ月後に彼は「八木さん,私は決め
部英語でやっています。4 年間で卒業できるの
ました。このポジションを取ります」と言って
は半分ちょっとぐらいしかいないそうです。そ
きました。これでリーダーシップの旅は始まっ
れでもやはり海外から来ている留学生と学ぶ,
たのです。
あるいは 1 年間海外で必ず学ぶ経験を積むこと
「おまえ,10 年間笑わないことで昇進してい
によって,非常にグローバルにメンタルタフネ
ない。笑え」と言った人もいます。「いや,50
スを持つ人を育成することができるということ
歳になってそんな性格変えられません」と言う
です。
から,「笑わないというのは性格じゃないぞ,
そんなのは。絶対変えられるから変えろ」と言
「リーダーシップの旅」をさせよ
ったのです。その人は実はフランスにいたとき
八木 社員の人たち,ほとんどの人たちは一生
にいじめに遭って,それで性格が変わって笑わ
懸命仕事をします。言われたことをきちんとや
なくなったと僕に言ってくれました。僕が言っ
って,気の毒なくらい真面目です。でも,それ
たのは,
「君ね,それいくつのとき?」「10 歳」,
をいくらやっていてもリーダーにはならないわ
今,50 歳を過ぎているのです。「40 年間,君は
けです。何か 1 つ教えたからといって,いきな
それを引っ張っているの? 変えなさい」。こ
りリーダーにはならないのです。大事なこと
れを言うとショックを受けるのです。そのショ
は,リーダーシップの旅を始めさせることなの
ックによって,このばかやろうにこんなことを
−86−
グローバルリーダー育成への挑戦
言われてと,そこで自然治癒力が機能してリー
した。
ダーシップの旅を始めるのです。僕は,旅を始
私自身は,今日取り上げられなかった論点な
めてもらうためのきっかけを与える,そんな刺
のですが,英語の問題はやはり無視できないと
さる言葉を投げかけていくというのがすごく大
思っています。学生には,いつも私が留学した
切だと思っています。
ときに最初わからなかった言葉を黒板に書いた
りしています。最初は聞き直すことができなか
平野 それでは最後は金井先生から締めくくり
ったので,知らない,わからないのに聞き直さ
で,総括的にお話をいただきたいと思います。
ないと,ますますわからなくなるのです。語学
金井 今日は長いセッションなのですが,あっ
の問題ではないのですが,語学の問題もやはり
という間でした。充実していた証です。この時
無視してはだめなことがあります。皆さん,ど
間帯を皆さんと共有できたのは,ゲストの方々
うもありがとうございました。わざわざこのパ
と皆さん方が参加してくださったおかげだと心
ネルのためにお越しいただいたお二人に,大き
からお礼を申しあげます。ありがとうございま
な拍手を贈りたいと思います。
−87−