J apanese tex t 2011年 春/夏号 日本語編 木 森の国の、 木のある暮らし 写真=佐藤竜一郎、小林庸浩、藤塚光政 文=編集部、塚田恭子 コーディネート=横瀬多美保 取材協力=山田節子、高森寛子 p.014 国土のほとんどが森だから、石ではなく、木の文化がこの国 に育った。既に縄文時代から巨大な木造建築が始まっている。 青森の三内丸山遺跡で発掘された柱穴には、4.2 メートルの 間隔で直径 1 メートルの栗の柱が 6 本立ち、大型高床建物 があったと考えられている。木の器など小さな物は朽ちるか ら残っていないが、先祖が遥か昔から木のお椀や道具を使 い、そこを原点に世界一の木工技術が育まれたことは間違い ない。今、私たちの生活は木から遠ざかる一方だが、素晴 らしい木の技は健在。そんな仕事の数々を紹介したい。 さんと共に、飛驒高山の山間にある家具工房へと車を走ら せた。到着すると、工房の外には、約 2 メートルに及ぶ欅 の板が 30 枚ほどずらりと並んでいた。 「なんと堂々として、立派で美しい木目なのでしょう!」 正子さんは、驚きと感激を隠せなかった。太陽の光をいっ ぱいに浴び、すくすくと成長した樹齢 150 年の欅。歪みが 少なく、まっすぐに伸びた年輪が木の育った環境を物語って いる。 実は、この 30 枚の板は富山県高岡市にある、高桑正子 さんの実家の裏庭に立っていた2本の欅から切ったもの だった。150 年間家族の歴史を見守ってきてくれた、高桑さ んにとって特別な木なのだ。 清流のような美しい欅の木目を眺めながら、彼女は富山 で過ごした幼少時代を思い出していた。生まれ育った家は、 1864 年に創業した由緒ある造酒屋の高桑酒造だ。正子さん は、この家の 19 代目でひとり娘だった。1500 坪に及ぶ広 (p.015) 大な敷地には、様々な種類の木が茂っており、強い太陽の 写真は、神代欅のテーブルの部分。 光が酒蔵に当たり、酒が悪くなるのを防いでくれた。酒造り 天板の長さ 300cm、幅 100cm、厚み 8cm。 神代欅とは地中に埋もれていた欅のことで、 には、美味しい水が欠かせないが、この2本の欅のすぐ側 この木は 2040 年前の鳥海山の噴火で埋もれたものという。 にも小川が流れていた。 「地元のおいしい水を飲んでいたか 当時の樹齢はおよそ 300 年。 ら、太くまっすぐに育ったのかもしれない」と高桑さんは振 製材したばかりの時はうっすら緑がかっている。 り返る。伐採時、欅は高さ約 20 メートル、直径1.2 メート 製作=オークヴィレッジ(p.017) ルにもなっており、山の厳しい環境で育った欅に比べ、ずっ むら 撮影協力=よし邑 と成長が早かったようだ。 1980 年は、高桑さんにとって辛い年だった。高桑酒造は、 1 当時多くの小さな造酒屋がそうであったように、大手酒造 高桑家の欅物語 二度目の生を受けた樹齢 150 年の木 メーカーに市場を取られ、衰退していった。そして、ある日 家族の一員が突然倒れ闘病生活に入ると、ついに酒蔵を畳 p.016 む決心をする。3 月のことだった。重要文化財級の伝統家 庭の木を伐採しなければいけなくなったら、それを材にして 屋だったが、維持することができず、しかたなくブルドーザー 家具を作ってみてはどうだろう。漆を塗れば、数十年、いや を入れ壊したのだった。 数百年使い続けることができる。150 年の歴史を持つ、ある それから約 30 年経った 2009 年、敷地内の木を全て伐採 造酒屋の庭で育った欅の心温まる話。 し、土地を更地にすることになった。「裏庭にあったあの2 本の欅の木は、何らかの形で残したい…」高桑さんは、ふ たかくわまさこ ともいちろう 2009 年のある晴れた冬の日、高桑正子さんは、夫の友一郎 Copyright - Sekai Bunka Publishing Inc. All rights reserved. Reproduction in whole or in part without permission is prohibited. と以前、欅の拭き漆仕上げのテーブルを購入した先の『オー Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 1 クヴィレッジ』のことを思い出した。「庭の欅を材として使っ (p.016) 高桑家のアルバムからの思い出の一枚には、高桑酒造の建物に覆いか てくれないだろうか」 みちはる オークヴィレッジの家具の設計者、田中満 治さんに相談 すると、すぐに富山の実家まで車を走らせ、欅を見に行って くれた。「Google の航空写真にも写っているほど、2本の 欅の木は大きくて立派でした」と田中さんは話す。2009 年 の秋に欅を丁寧に切り倒し、オークヴィレッジの製材所へと ぶさるように伸びた、2 本の大きな欅の木が写っている。右ページの写 真は、その幹の堂々たる太さと、中から現れた木目の美しさを物語る。 欅の葉の写真提供=奥田 實 (p.018) あるアメリカ人男性の特注を受けて、オークヴィレッジが作った食器棚。 運んだ。「製材する時は、本当に緊張しましたよ。木は実際 高桑さんの欅で作っている。木目がひときわ美しい。欅の材は、まだた に切ってみないと、材としての正確な価値は分かりませんか くさん残っており、テーブルだけでも 20 脚は作れる。 ら。でもこの欅の木目を見て、驚きました。欅の中でも特に 美しい木目をしていました。欅の特徴である赤みを帯びた オークヴィレッジは、日本の木を使って、伝統的な木組みで家具を作 る。黒田辰秋の作品を思わせる、木目を生かした重厚でシンプルなデ ザインだ。 木肌で、虫食いも空洞もない最良の材だったのです」 実家のシンボルであった欅が、材としても優れていること (p.019) を知り、高桑さんは誇らしく思った。そして、家族を代々見守っ 欅の枝からは、合計 135 個のお椀が作れた。高桑さんは、これを親戚 てきてくれた欅を、家具という形に変えて、家に残していき の方々へ記念品として贈った。 たいと強く思った。まずは、自宅用に座卓とテレビボード、 書棚、整理箪笥、椅子4脚を注文した。それでも、材は余 るほどある。親戚や息子さん、お孫さんにも富山の高桑家 オークヴィレッジ 〒 506-0101 岐阜県高山市清見町牧ヶ洞 846 の想い出として、飾台や小抽斗を作り、贈ることにした。高 Tel.0577-68-2220 桑さんの 1 本の欅の木からは、たとえば、ダイニングテー http://oakv.co.jp(Japanese Only) ブルであれば 10 脚以上は作ることができる。枝の部分では、 [email protected] お椀 60 個以上は取れる。 オークヴィレッジでは、お客さんの要望に応じて、家具を オーダーメイドしてくれる。高桑さんが特注した家具は、今 (p.020) 座ると木に包まれるような気持ちになる、どっしりとしたソファのような 椅子。体の曲線に合うよう、緩やかなカーブが付いている。 まさに製作中。拭き漆で仕上げられる家具は、手入れをす 材は、本体には栓を、アームの部分には樺を使っている。 れば 400 年は使えることだろう。漆塗りの木の家具は、年月 拭き漆で仕上げ。サイズは、高さ 86cm ×幅 94cm ×奥行き 70cm、 を経て使い込むと、どんどん透明感と味わいが出てき、さら 73 万 5000 円。 に美しさを増す。 今年の初夏までには、注文した 10 点ほどの家具が全て 木工家具を牽引する 谷進一郎の工房から 完成され、高桑さんの東京の自宅に納品される予定だ。「欅 1 の板を工房で見た時もその美しさに感動したけれど、家具と して我が家に届いた時は、もっと感動すると思うわ。今から 何百年もかけて育った木を、何百年もかけて人が使い込む。 とても楽しみです」と高桑さんは微笑んだ。 良質な材と高度な技を使って、丁寧に作られた木の家具を暮 p.020 らしの中に取り入れれば、私たちの毎日の暮らしも豊かにな りそうだ。 Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 2 を作りたい—」。それは、 谷さんが木工の修業を始めた (p.021) どっしりと重たく丈夫なで作った文机だが、軽やかに曲線を出してい る。和と李朝のデザインを融合させた、谷さんオリジナルのデザインが 光っている作品だ。幅 110cm ×奥行き 45cm ×高さ 31cm、42 万円。 1970 年代から抱いてきた、今も続く大量生産と使い捨ての 社会に対する疑問からくる信念でもあった。 谷さんが東京の武蔵野美術大学で家具のデザインを学んで いたちょうどその頃、高度経済成長が進み、水俣病や四日 (p.022 ) 家具のカーブの大きさや、角度に合わせて、鉋を使い分ける。ひとつ 市喘息など死者を出すような公害が大きな社会問題となっ ひとつの家具を、時間をかけて納得のいくまで丁寧に仕上げる。 ていた。当時大学では、大量生産のためのデザイン教育が 「日本の木工技術が高い理由のひとつは、刀など優れた刃物を作る職人 さんがいたことです」と谷さんは話す。 盛んになっていたが、谷さんは、使い捨てられるようなモノ をデザインして、果たして本当に良いのだろうかと自問した。 大規模化し続ける産業社会の分業化や専門化が進み、責任 p.024 の所在が不確かになってきたことが、公害問題の一因では 晴れた冬の日には、谷進一郎さんの工房から雄大な八ヶ岳 ないだろうか。産業社会が生み出したモノが世の中に溢れ 連峰の頂が見える。東京から車で約2時間半の距離の小諸 ており、さらに多くのモノを消費させるため、使い捨てが良 市内にある。林に囲まれた谷さんの工房には、澄みきった いこととされている。そのことに、大きな疑問を抱いたのだっ 空気が流れている。 た。 都会から離れた静かなこの高原で、日本の木工家具を牽 大学を卒業した後、谷さんが辿り着いたのがこの山の景 引してきた谷さんは、30 年間ひたすら木と向き合ってきた。 色広がる、林の中の工房だった。ここで何より大切にしてき 良質な木と漆、そして確かな技術で作られた、和と李朝の たことは、作る家具によって、どの種類の木を使い、またそ デザインを取り入れた家具。木の持つ美しさを活かした、 どっ の木のどの部分を、どのように使うかということだ。何百年 しりと重厚な作りだ。随所に取り入れられている曲線がやさ も使える家具に仕立てるには、まず一本一本異なる木の性 しく繊細な印象を与えている。谷さんは、実際にお客さんに 質を読み取り、それを活かすように、材を切らなければなら 会い、相手の要望を聞き取り、ひとつひとつ丁寧に手作りし ない。丈夫で機能的だけでなく、見た目も美しいように、 てきた。 木目の出し方も計算しつくした上で材木を切る。 今、良質な国産の材木を使い、時間をかけて手作りされ 木を組む時は、日本の伝統的な組み木の技法を使う。釘 たにしんいちろう た木の家具は、なかなか売れない。2008 年の世界金融危 は使わない。金具も時間が経つとびて劣化するので、ほ 機以来、その傾向に拍車がかかったようだ。注文が絶えな とんど使わない。木と木を組んでしっかりと固定する。木は かった時期もあった谷さんの工房にも、今不況の波が押し 呼吸していて多少なりとも伸縮するが、動いても壊れないよ 寄せている。それでも以前と変わらず、時間をかけて 100 うに組み立てる。 年以上使える家具を作り続ける。谷さんの家具に使われる 何百年もの時をかけて育った木を、長年使える丈夫な家 材は何百年という年月をかけて大きくなる。それだけの長い 具に加工して、それを一生かけて使い込む。使い込まれて、 時を経て育った貴重な木なのだから、木が育った年数以上 さらに個性と美しさを増したその家具を、次の世代に渡す。 に使える家具を作らなければ木に対して申し訳ないと考え 森からの贈り物である木で作られた家具は、側に置くと不思 る。 議とほっとする。 「自分ができる限りの最高の仕事をし、オーダーしてくれた どんなモノを買って、身の回りに置いて生活するのか。今、 お客さんにも、その次の世代にも長く愛用してもらえる家具 買い手、使い手の価値観が問われている。 Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 3 場合はこうだ。 (p.024 ) 上・谷さんの作品は、朝鮮王朝時代の家具に影響を受けているが、主 張しすぎることなく、他の調度品とも調和するデザインを心がけている。 チェストの本体の材は栗で、取っ手の部分は黒檀を使っている。 「ぼくが立教大学で物理学の助手をしていて、漠然と木工 への転身を考えていた頃のことです。京都に行った時、た しんしんどう またま喫茶店の進々堂に入り、パンとミルクコーヒーのセッ 幅 77cm ×高さ 40cm ×奥行き 41cm、63 万円。 トの値段とは不釣り合いなくらいの、重厚な木のテーブルと 右・棚の本体の材は欅で、取っ手の部分は黒檀。 ベンチに驚いた。店のパンフレットで、それが黒田辰秋さ 幅 70cm ×奥行き 21cm ×高さ 68cm、52 万 5000 円。 んのに拭き漆をかけた作品だということを知ったんです」 (p.025) 「進々堂」は、学生たちに愛される京都大学北門前にある 谷進一郎の工房 老舗の喫茶店だ。店内には今も、の厚板を使った、長さ 長野県小諸市天池 4741 2 メートルを超えるテーブルとベンチが複数据えられている。 www.tani-ww.com 1930 年、黒田辰秋の弱冠 26 歳の時の作品だ。数十年にわ fax 0267-22-1884 たって多くの人に使われてきたは、独特の風合いを放っ 右は、工房でテーブルを削る谷さん。下は、工房全体の風景。2人の ている。 若手の木工家に、技を伝えている。谷さんは、次世代の木工家を育て 稲本さんは「これだ!」と思ったという。黒田辰秋のの ることにも力を入れている。右上は、工房の外観。右下は、工房内にず 作品を一つの理想とし、その後、その名もオークヴィレッジ らりと並ぶ、木工道具。 を起こした。 ちょうな 上は、釿という古代から使われてきた、最も古い木を削る道具。昔はこ 谷さんもやはり進々堂でこの黒田辰秋作品と会う。 れを使って荒い面の家具や道具を作っていた。谷さんは、あえて素朴な 「木工を始めたものの何を作っていいかわからなかった頃 味わいを出すために、この道具を使う。右は、釿を使って作った膳だ。 で、こんな仕事をする人がいるのかとただ圧倒された。黒 材は欅。直径 60cm ×高さ 15cm、42 万 1000 円。 田辰秋がそれを作ったのはその時の自分より若い年齢です。 自分もこんな作品を作りたいと思った」 稲本さんと谷さんが注目するのは、作品に材が使われ ていることだ。製作当時、はいわゆる雑木で、格の低い 木工の世界を変えた木工家、 黒田辰秋の伝説 たつあき 木だった。そのに漆をかけている。摺り込むように塗る 「拭 p.026 き漆」の技法で木目が強調される。 ひのき けやき 木の仕事に携わる人たちの話には黒田辰秋の名前が出てく 「檜や欅には漆を塗っても、に漆を塗るなどということは ることが多い。木の仕事師たちにとっての憧れ、尊敬、驚嘆、 その頃誰もやらなかった。ぼくが飛驒で家具作りを始めた時 畏怖。そういう感情を込めて、その名が語られる。 でさえ、に漆を塗ると、地元の職人たちに『お前ら何も 黒田辰秋。1904 年に生まれ、数々の伝説的な木の仕事 わかっちゃない』と随分言われたものです。それを黒田さ をし、1982 年、享年 77 で逝った木工家にして人間国宝。いっ んはこともなげにやりのけている」 (稲本) たい黒田辰秋の何に人は惹かれるのか。 京都にはもう一つ重要な黒田辰秋の作品がある。 飛驒高山の工房、オークヴィレッジ(17 ページ参照)を主 老舗の和菓子店「鍵善」の大飾り棚だ。こちらは欅だが、 宰する木工家の稲本 正さんと、木工家・谷 進一郎さん(20 進々堂と同じく威風堂々、力強い。「前例のない空前絶後の ページ参照)は、現代の木工界を牽引してきた二人だが、 作品。全体の構成力がすごい」 (谷)、「日本の伝統工法を生 たまたま同じ「黒田辰秋体験」を持っている。稲本さんの かしながら伝統なのかモダンなのかわからない作品」 (稲本) Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 4 と二人が絶賛するこの棚は、黒田辰秋 27 歳の時の作品。進々 具合を見るために体を起こした時は、『はあっ、はあっ』と 堂のテーブルを製作した翌年、鍵善の特注でつくられた。 大きく息をする。時に息をつめ、時にうなり、時に肩で呼吸 家 2 軒分の価格だったというが、製作当時、20 代の若者に しながら、気持ちを集中し、絞り出すようにして彫り進むの 大きな仕事をさせようとする施主がこの時はまだ京都にい である。見ていてさえ、息苦しくなる。しかし。彫り上がっ たのだ。その思いに応えた黒田辰秋もすごかった。 ていくその文様は、力強く、美しかった。 」 ( 『黒田辰秋 木 「常に新しいことをしながら、でも伝統を踏まえている。 工の先達に学ぶ』早川謙之輔著より) その中で本物を貫き、妥協しない」と稲本氏が言うその言 早川氏は、黒田辰秋はいつも、紙のスケッチで構築する 葉を実証するような、黒田辰秋の代表的な作品がある。 のではなく、初めから形が見え、それに向けて手を動かし 晩年 60 歳の時に、映画監督の黒澤明の依頼を受け製作 たのではないか、という。 した家具セットである。なかでも、黒田辰秋自身が「王様 「作品を生み出す工程は見えない。しかしでき上がった作 の椅子」と呼んだ美しいこの椅子。 品は確固としていずれも黒田辰秋の作品なのである。天与 の良材をたっぷり使い、仕上げは拭き漆。脚は板組みで、 の才というほかはない。 」 (同書より) 大木が根を下ろしたような、という表現が合う。この椅子を 進々堂では、きょうもテーブルで学生たちが本を読んだり 納めた黒澤監督の別荘が火事で全焼した時、近所の人たち レポートを書いたりして時間を過ごしている。彼らはこれが がこの家具を運び出し崖から転がしたが、びくともしなかっ 人間国宝・黒田辰秋の作品だと知らないかもしれない。し たという話を聞いたことがある。話に誇張があったとしても かし、博物館の中でも、貸し金庫の中でもなく、ここでは誰 納得してしまう重厚さだ。 もが黒田辰秋という天才が作った作品に直に触れ、感じるこ 椅子に座ってみると、アームの部分の木の厚みの触感か とができる。雑木であろうと差別しなかった黒田辰秋らしい らしてすでに普通の椅子ではない。硬い座面にすっぽりと体 光景だ。 を収めると、周囲の音が急に消える。椅子が音を遮断・吸 うろ 収するのだ。木に包まれるたような安堵感。の大木の洞 の中に入ったらこんな感覚だろうか。 「下手な職人というのは加工しやすい木(材)を選びます。 檜や欅は木もいいので適度に手を加えればきれいになる。 木の艶も出やすい。けれどは下手に使えば悪いところば かり出てきてしまう。艶は出にくいし、漆ものりにくい。でも、 (p.026) 上・鍵善良房の拭き漆欅大飾棚。現在は店舗一階に向き合うように置 かれている。(1931 年) 下左・黒澤明映画監督の依頼で作った拭き漆花紋椅子。現在は美術 館に収められている。(1964年・豊田市美術館蔵)撮影=共に岡崎良一 下右・進々堂の拭き漆テーブルセット(1930 年)撮影=姉崎一馬 黒田さんは加工しにくい木でもあえて選び、その木の持って いるいい面を引き出している。たとえば、この椅子の彫刻な どは、だからこそ映える。木を見抜く目が抜群です」 (稲本) 椅子の背に彫られた花紋は、黒田辰秋の重要なモチーフ の一つだ。この椅子の製作の現場に立ち会っていた木工家 の早川謙之輔氏の回想録によると、小さな切り出し小刀一 (p.027) 上下・製作中の黒田辰秋。黒田は、柳宗悦の民藝運動や朝鮮の工芸な どの影響を受けながら、作家としての独自のスタイルを確立した。施主 からの依頼による製作の一方で、公募展にも積極的に参加。木、漆、 螺鈿、それぞれの世界で多くの成果を残した。木地から始めて一貫して 一人で製作することにこだわった。撮影=牧 直視 丁で彫られたという。 「板の上にかがみ込み、文様を彫りながら、先生は『あぁ、 あぁ』とか『うっ、うっ』と小さな唸り声をあげる。彫った Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 5 深みが出て愛着が湧いてくる。それは、無垢の木ならでは 木に囲まれて暮らす の特徴だ。器や桶などの生活道具も家具も家も、木で作ら p.028 桂離宮に代表されるような数奇屋造りの木の家に対して、大 胆な木組みが特徴の民家は、庶民を中心に人と木の関係を 育んできた特別な空間だ。土地の人間と土地の木の歴史が 刻み込まれている場所なのだ。 れたものを少しでも生活に取り入れると、私たちの暮らしは 今より確実に豊かになる。 腕の良い木工家に作られた無垢の木のものは、大切に使 えば、自分だけでなく、次の世代もその次の世代も使い続 けることができる。そして、どんどんと美しさを増していく。 しゅうじ 右上の檜のワインクーラーを作った中川木工芸の中川周二 さんは木の魅力をこう語る。「同じ場所で育った同じ種類の (p.029) 日本で最初に再生された民家、草間邸内の応接室。建築家の降幡廣信 木でも、一本たりとも同じものはないのです。木目も色も枝 さんが最初に再生を手がけた民家だ。築 290 年の歴史を持つ草間邸は、 のねじり具合も全て異なります」 。人間と同じように、一本 以前長野県松本市一帯の大庄屋だった。時代が変わり、家を修復する 一本の木は全て違う顔を持っている。そして、使う人によっ 資金もなくなると、1980 年に降幡さんと出合うまでは、屋根が崩れかけ、 て、木はさらに個性ある表情になっていくのだ。 雨が漏り、手の施しようもないほどの状態だった。この草間邸再生の成 功を機に、降幡さんは全国各地の民家を次々と再生し始めた。彼が過 去 30 年間に手がけた民家の数は 330 軒にのぼる。 木は年月を経ると強度も増していく。普通の工業製品は、 新しい時に最も強度があり、だんだんと落ちてくる。木はそ の反対で、例えば檜は切り倒してから 200 年目くらいが最も 強度があると言われている。そこから、切り倒した時の強度 (p.030) 明治初期に郵便局を営んでいた矢野口家も、長年使われず廃屋になっ にもどるのに千年かかる。現存する世界最古の木造建築で ていたが、降幡さんの手によって見違えるように生まれ変わった。「昔か ある法隆寺が、木の耐久性と強度を実証している。 らあったこの家に、この町のたくさんの人に来て頂きたいと思っていま す。2 階のスペースは、憩いの場として使ってもらえるようにしました。 絵の展示会も時々開きます」とご主人の矢野口義宣さんは話す。民家 は風通しが良く、夏は快適に過ごせるが、冬は寒い。この家には床暖 古民家の再生をし続けてきた降幡さんは、古材の魅力を こう話す。「年月を経た木の肌は、人で言えばしわやしみも できるが、そのぶん逞しくなり、人に安らぎを与えてくれます。 民家に使われている古材は、100 年、200 年の間、紫外線 房が入っており、寒い冬も快適に過ごせるようになっている。 や空気にさらされ、日常生活を支えてきた苦労の跡すら感じ (p.031 ) られます。人生の歴史をそのまま刻んでそれを証明してい 秋田杉で作ったすずり箱(長さ 23cm ×幅 20.5cm ×高さ 5cm、18 万円)。 すがわらしんいち 北国の岩手県に工房を持つ、指物師の菅原伸一さんは、寒く厳しい環 る人間の風格すらあります」 境で育った東北地方の木をこよなく愛する。秋田杉は、木目が細かくまっ すぐで白い。茶道具を主に作っているが、独自の新しい形を常に模索し (p.032) ている。 左・外側の川の流れのような木目の材は、数百年間火山灰の中に埋も れていた楡だ。中側は、秋田杉を 2.5mm の厚さに挽いたものを、組 p.032 使い込む楽しみ んでいる(長さ 43cm ×幅 26cm、8 万円)。 作者の菅原伸一さんは、約百年間、土の中に埋もれていた木を作品 に使うことが多い。「東北の鳥海山近辺で見付かった神代杉は、立ち木 毎日使えば使うほど美しさを増す。使った時に出る傷は、模 として育った年数が約千年、土に埋もれていた時間も約千年です。二千 様や味のひとつとなる。買ったばかりの新品の時より、色に 年の時を経て、今なお呼吸している木です。長い時間を経た木は、木 Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 6 肌の色や木目が格別です」 せるように再生する試みが日本各地でおこなわれている。 トレイミルニュイ プレート(SS サイズ・ミッドナイト)2 万 4150 円/ 1980 年代に古民家の再生を最初に手がけたのは、今年 81 Baccarat 箸 2940 円/中川周二作 ふりはたひろのぶ 歳の降幡廣信さんだ。50 歳から民家再生の仕事を始め、今 日まで全国 330 軒よみがえらせてきた、「古民家のベテラン (p.033 ) 右ページ・伝統的な京都の木工技術を担う、中川木工芸の中川周二さ 医師」だ。 んが考え出した、しずくの形のシャンパン・クーラー(直径 25cm ×高 第二次世界大戦後、伝統的な家屋は時代遅れの古臭いも さ 20cm、6 万 8250 円) 。木肌がひときわ白く、きめが細かい年輪の木 のとされ次々と壊されていった。そんな時代に、降幡さんは 曽産の檜を使っている。年輪が細かい材は、それだけ丈夫で長持ちする。 廃屋同然になった民家を解体し、その家の本来の造りと歴 蓋付きのアイス・クーラー(長さ 17cm ×幅 14cm ×高さ 9cm、3 万 史を調べ、それを尊重しながら、現代の人が住みやすい空 6750 円)も同じ材で作る。「氷などの冷たいものを入れても、檜は断熱 効果がある上、水分を吸収するので、外側に水滴がつかないとお客様 から好評です」 間へと再生していった。「家族が代々暮らしてきた古い家に は、それぞれの時代を生きてきた、多くの人の生活の知恵 お櫃や樽など、日本の暮らしの中で使われてきた道具以外に、現代 と伝統が詰まっています。それを次世代へ伝える、かけがえ の生活で活躍するアイテムも多く生み出している、今注目の木工家だ。 のない空間なのです」古い家こそ、暮らしの文化の継承の 場なのだと語る。 (p.035 ) 左ページ左上・神代杉と神代楡を使った市松模様の茶箱。菅原伸一作、 長さ 21.5cm ×幅 14cm ×高さ 14cm、73 万 5000 円。 同右上・九州の南、屋久島で育った樹齢 1000 年を超える屋久杉を使っ 降幡さんは、民家を再生時する時、柱や梁などの材をで きる限り再利用する。それは、今では手に入れることのでき ない素晴らしい質の材が古民家には使われている。近くの た 器、 中 川 周 二 作、3 万 6750 円。 下 の 皿 の 材 は 会 津 産 の 桐、2 万 森で、その家の柱や梁に最適な木が選ばれ使われた。「古 6250 円。サイズは両方とも 22cm × 22cm。 材には、長い間その家に住む人々を見つめ、支えてきた温 同左下・神代杉を使った、形見など大切なものを入れる箱。菅原伸一作、 かさと安らぎが感じられます。長年人とかかわってきた木だ 長さ 22cm ×幅 20.5cm ×高さ 5cm、73 万 5000 円。 からこそ出る味わいのゆえでしょうか」 アンティークのシルバーのカトラリーなど。Uyeda Jeweller む ら せ 同 右 下・ 欅で 作った 花 入 れ。 銀 彩を混 ぜ た 漆を塗っている。 村 瀬 じ へ い 治兵衛、直径 13cm ×高さ 27cm、31 万 5000 円。 上の写真は、長野県安曇野市にある築 130 年以上の民家 内の客間だ。この家には、明治初期から矢野口家が代々住 んできた。再生した家の 80%の材は、同じ材を再利用して しばた このページ・秋田杉をお湯に入れ、曲げて形を作る曲げわっぱ。柴 田 よしのぶ いる。家を解体し、材の汚れを洗い落としてから再度利用 慶信さんが作った5段のお弁当箱(竹の子弁当箱)は、山桜の皮で繋ぎ する。 合わせている。使い終わったら、一番大きい器の中に他の4つの器が 「今の新築の住宅は、便利で明るい。使いやすくて機能的 全て収まるようになっている。(一番大きい器のサイズは、直径 14.5cm な家。でも、人の心が満足感を得るのは、機能面の良さだ ×高さ 8cm、セットで 4 万 7250 円) 塗装していない白木の器は、お米の水分を程よく吸収し、冷めてもお いしく保つ。杉の殺菌効果で、ご飯が傷みにくい。 p.036 けではありません。機能は体のための便利さであり、心を 満足させるとは限らないのです」 (p.037) 百年のときを刻み続ける家 左・樹齢 1000 年を超える屋久杉が織り成す、美しい模様の5段のお重。 今、朽ちかけた伝統的な木造建築を、現代人が快適に過ご 村瀬治兵衛作、長さ 17cm ×幅 17cm ×高さ 25cm むらせ じ へ い Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 7 右・煤や埃、汚れを洗い流した梁は、他の古材の色に合うよう丁寧に る。たとえば、漆が採取できる時期は6月から9月末だが、 染色され、再度組まれる。「古材は人にたとえれば、人生の苦労を知り 6月に採れる漆と9月に採れる漆では、同じ漆の木から採 尽くした老人で、味わいがあり、逞しさをもっている」と降幡さんは言う。 「民家を再生することは、その家自体を蘇生するのではなく、その街の 誇りと活気を取り戻すことになるのです」。降幡さんは、その土地に昔か れる漆でも含水量や色が異なる。扱う材の種類によって、 複数の異なる質の漆を独自の感覚でブレンドし、木目を最 大限に浮き立たせる。 らあった伝統的な建築物を次々と再生することで、「文化の香る町造り」 を長野や九州で進めている。地元の松本でも、かつての城下町として栄 (p.038) えた蔵のある町を復活させようと、中町通りにある朽ちかけた蔵を次々 佐竹さんは、何百年もかけて自然が作った希少な材も使う。上の干菓 に再生してきた。写真は、「蔵シック館」という名の約 120 年前に建て 子器は、欅に針のように細かい空洞ができた「針杢」を使っている(直 られた酒蔵だ。立派な梁のある土間では、現在は公共の場として展示 径 25.5cm、8 万 4000 円)。右頁は、まめ皿 10 点セットで、その中の 会や音楽会などが開かれている。 ひとつの皿は神代欅でできている。800 年以上土に埋まっていた貴重な 材だ。ケースはみずめの木で、全部で 11 種類の木を使っている(まめ 中町・蔵シック館 皿各直径 7.5cm、セットで 10 万 5000 円)。下は、楓の干菓子盆(直径 〒 390-0811 21.5cm、6 万 3000 円)。 長野県松本市中央 2-9-15 (p.039 ) Tel. 0263-36-3053 栃、縞黒檀、樫、、欅、楓、黒柿、柿、神代欅、桑 木目に魅せられて―注目の 8 人の作家たち p.041 ありおかしょういん 有 岡成 員 こえまつ p.038 同じ松でも肥松は特殊な材だ。樹齢 100 年超の松は枝が重 木の色や質感、木目の美しさを最大限に引き出す達人たち。 みで下を向き、松の幹が脂で膨れ上がってくる。その脂の 独自の感性と技で、木に新たな命を吹き込んでいる。暮らし 溜まった部分を肥松という。肥松を挽いて作ったお盆やサラ の道具として生まれ変わった木は、私たちが長年手入れをし ダボウルを光に透かすと、中に溜まった脂が流れる真っ赤 ながら大切に使えば、その美しさをさらに増していく。 な血のように怪しく浮かび上がる。 りょうえき 香川県高松の伝統工芸士・有岡良益さんは、肥松の挽き さ た け やすひろ 佐竹康宏 物師として伝統の枠におさまらないモダンな作品数々工房か 木地師の佐竹さんは、何十年もの間木の仕事をしてきたが、 ら世に送り出し、日本のクラフト界を牽引する存在だったが、 ますます木の虜になっていると話す。「木をロクロで挽くこと 残念ながら昨年他界された。今は息子の成員さんが後を継 は、木の中から美人の女性を見付けるような作業です」。木 ぎ、茶托などの新作デザインを加えながら意欲的に製作を をこよなく愛する佐竹さんが生み出す作品は、宝石かと思わ 続けている。「材の取れる木がもうほとんどないので、今手 せるほどの輝きを放っている。常に、20 種類以上の樹齢 持ちの材を使いきったらおそらく肥松の作品は最後になるで 100 年を越す木を扱っており、それぞれの木が持つ最も美 しょう」 しい「木の顔」を引き出すのだと話す。 肥松は作品になった後も脂が自然に滲み出てくるので、 木目の美しさと華やかさを引き出す秘訣は、その塗料で 使いながら磨き上げていると、脂が一種の皮膜を作り独特 ある漆にもある。それぞれの木に最適な漆を自分で調合す の光沢を放ち出す。洗った後もサラダ油で磨けばよい。長 Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 8 い歳月を超えてきた松の生き様を映す木目は、使い込むほ どに際立ち、それはますます手放せないものとなる。 p.043 たかはしひでとし 高橋秀寿 北海道の旭川で活躍する木工作家。地元の栓をロクロで紙 (p.040) 丸盆/肥松、直径 30cm ×高さ 3cm、10 万 5000 円。自然光に照らすと、 松の油がたまった部分が透けてみえる。松の自然の油があるので、使い 込めばさらに味わいが出てくる。そばに置くだけでさわやかな松の香り が漂う。 のように薄く挽いたコップのシリーズ、「Kami Glass」で注目 を集めている。「栓の白い木肌と、細かくまっすぐな木目を 活かしたかったので、形はできるだけシンプルにしています」 と話す。手にとると、木とは思えないほど軽く繊細だ。光に 照らすと、紙のように透ける。コップの薄さは3ミリ弱。木 (p.041) の器として必要な強度を持つための限界の厚さだ。 材は、全て肥松。左から、盛鉢:肥松、直径 21cm ×高さ 8cm、6 万 木の薄さの限界に挑戦してみようと思ったきっかけは、 「木 3000 円。ジュエリーケース:肥松、直径 5.5cm ×高さ 6cm、1 万 500 円。 村硝子」の「コンパクト」というシリーズのガラスのコップ 茶筒/肥松、直径 7cm ×高さ 11cm、8 万 4000 円 上の写真は、肥松の木目。年月が経つにつれ、松はコブを作ったり、 幹が曲がり、複雑な木目を作る。 との出合いだ。厚さ 0.9 ミリと究極に薄く、軽く、口当たり が良いと評判が高い。これを地元の栓の木で作ってみようと 考えた。まずは、コップのように深さのあるものを薄く挽く ために、1年間かけて独自の道具作りから始めた。「試行錯 (p.042) A. 抹茶椀(露木清高)/パドック、マホガニー、桂神代、水木、直径 15cm ×高さ 7cm、2 万 9400 円。 B. えびす弁当(時松辰夫)/檜、長さ 17cm ×幅 11cm ×高さ 5.5cm、 6 万 9000 円 C. コップ(清水康孝)/杉、直径 8cm ×高さ 7cm、3150 円 D. 大皿(露木清高)/ウォールナット・桂神代・水木、直径 26cm ×高 さ 5cm、6 万 3000 円。 誤の結果、1 ミリの薄さまでに挽くことに成功しましたが、 そのコップは強度が足りなく簡単につぶれてしまいました」 。 最終的に、ガラスと同じくらい薄く機能性のある木のコップ は不可能であることが分かった。でも、木の器として機能性 を持つ極限の薄さに挽くことに成功した。なにより、高橋さ んの「Kami Glass」には、ガラスのコップにはない、独特 の温かみがある。 E. 鉢(有岡成員)/肥松、直径 15cm × 6cm、9975 円 F. バターナイフ(川端健夫)/、長さ 15cm、1470 円 (p.043) G. カレースプーン(川端健夫)/チェリー、長さ 19cm、2940 円 Kami Glass / 材 は 全 て 栓、 奥 から 順 に、 直 径 8.5cm × 高 さ 8cm、 H. パスタフォーク(川端健夫)/チェリー、長さ 21cm、3570 円 3675 円。 直 径 7.5cm × 高 さ 5.5cm、2520 円。 直 径 7cm × 高 さ I. トースト皿(川端健夫)/のオイル仕上、長さ 23cm ×幅 16cm 12cm、2835 円。直径 6cm ×高さ 10.5cm、2625 円。 ×高さ 2cm、6300 円。 J. 皿( 川 端 健 夫 ) / の 柿 渋 仕 上、 長 さ 23cm × 幅 16cm × 高 さ 2cm、6930 円 K. 箸置(小泉誠)/檜、ねずこ、長さ 5.4cm × 1.3cm ×高さ 1.3cm、 5 点セットで 4725 円 L. シャレー(高橋秀寿)/栓、直径 10cm ×高さ 1.5cm 大中小がセッ トで 3940 円。 M.木の葉皿(時松辰夫)/杉、直径 21cm ×高さ 2cm, 3694 円 かわばた た け お 川端健夫 川端さんは、築 80 年の木造校舎を自らの手で改装し、夫婦 で木工の工房、ギャラリー、カフェを営んでいる。「2003 年 秋に引っ越してきた時は、土壁も崩れていて、まるでお化 け屋敷のようでした」。でも、以前小学校だった木造校舎の 広さと、開放的な雰囲気に魅せられ、地元の人の手を借り Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 9 ながら半年かけて改築した。そんな手作り暮らしを楽しむ川 輪や金輪を排除すること。昔は、何枚もの木を繋ぎ合わせ 端さんは、自分や家族、仲間が毎日使って心地よい器を作 るために、竹や金物の輪で締めていたが、清水さんは水に りたいと話す。木工を始めた当初は、造形的なものを作っ 強い接着剤を使うことを考えた。現代の住宅は、機密性が ていたが、自分の子供が生まれた時から、小さな生活道具 高く冷房や暖房を使うため、木が伸縮して、輪がはずれてし を手がけるようになった。「子供が産まれたばかりの時、助 まうことが多いからだ。接着剤を使うことで、独自の新しい 産師さんがシロップを飲ませるために、赤ちゃんの口に入り 形が次々と作れるようになった。強度が必要な部分のみ木 やすいスプーンを作ってはどうかと提案してくれたのです。 を厚くし、それ以外の部分は薄くすることで、軽くてすっきり 生まれてすぐの赤ちゃんの口はどのくらいなんだろうか、持 した形ができるようになった。機能性もフォルムも現代生活 ちやすい形や大きさはどのくらいなのだろうかと、使う側の にあった道具が誕生した。 身になって一生懸命考えた時、今までオブジェを作っていた 時には感じられなかった、じわーっと温かく穏やかな気持ち がしてきました」 。その気持ちこそが、川端さんが今も作り 続けている創作の原点だ。日々の暮らしを大切にするため の、温かみのある、使いやすさを追求した生活道具を作り (p.044) 材は全て杉。 上・コップ、直径 8cm ×高さ 7cm、3150 円 中央・水差し、直径 11cm ×高さ 12cm、2 万 9400 円 盛皿/直径 20cm ×高さ 14cm ×高さ 6.5cm、2 万 9400 円 続けている。 (p.043) ティータイムプレート/くるみ、長さ 28.5cm ×幅 22cm ×高さ 2.2cm、 8820 円 p.045 ときまつ た つ お 時松辰夫 「地球上の全ての生命が、植物の作り出した炭水化物と酸素 スープスプーン/チェリー、長さ 18cm、3150 円 川端さんは、漆や蜜蝋、えごま油、柿渋など自然素材の塗料のみ使う。 を利用して生きています。だから、人間は植物に逆らっては 生きていけません」 。常に樹木への畏敬の念を忘れないと語 る時松さん。材料として使っているのは、果樹園や一般家 p.044 庭でせん定された枝、台風による倒木、建材を切り出した 清水康孝 後に残った端材など。長さや太さがそろわなかったり、曲がっ 清水さんの家は、秋田県で代々農業を営んでいる。伝統的 ていたり、使いづらいものが多いけれど、どんな木でも器に な木造建築で、杉がふんだんに使われている家に住んでい できない木はないと話す。樹齢 100 年の銘木でも、樹齢 る。地元の桶や樽を作る後継者が急減していることを知り、 10 年でも、樹齢 1 年でもアイディアと技術次第で、生活用 20 代後半で木工の仕事を始める。最初は、栗やヒバやブナ 具に役立てることができるという。 など様々な材を使ってみたが、最終的には杉のみを使うこと 例えば、42 ページにある「木の葉皿」。これは、杉の間 にした。「やっぱり、幼い頃から自分の身近にあった杉が一 伐材を活用している。杉を育てるには、苗木が小さい時は 番しっくりきました。杉のまっすぐな木目に日本らしさを感じ 植える間隔を狭くするが、約 15 年後に直径 15 センチまで ます」 。杉は通常建築材として使われることが多く、清水さ に成長すると太陽の光が木の根に当たらなくなる。そこで、 んは、建物を建築した際に余る端材を利用している。夏は 木の間引きをする。間引きされた木は、山で捨てられること 畑で米を作り、冬は家で器や桶などを作っている。 が多いが、時松さんはそれを3センチの角材に製材して貼 清水さんが着目したのは、従来樽や桶に使われてきた竹 り合わせて 1 枚の板を作り、木の葉型の皿に仕上げる。葉 し み ず やすたか Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 10 空間までをデザインする、デザイナーだ。小泉さんが今情 脈のような美しい模様が生まれうのだ。 熱を注いでいるのが、デザインの力で衰退しつつある全国 (p.045) 各地の木工産地を元気付けること。職人さんが持つ優れた ファミリー弁当箱、材は全て松。松の白い肌とまっすぐな木目を利用し た弁当箱。使う松の太さによって、大きい弁当箱から小さい弁当箱まで、 様々なサイズを作っている。 この写真の中で一番大きいもの、長さ 25.5cm ×幅 10cm ×高さ 5cm、 7392 円。一番小さいもの、長さ 16cm ×幅 8cm ×高さ 5cm、3811 円 技を取り入れた、現代の生活に合った道具をデザインして いる。 そのひとつが、伊勢神宮式年遷宮のご神木の里としても 名が知られている岐阜県中津川市の付知で立ち上げた木の ブランド「asahineko」だ。小泉さんは、建具の職人さんの つ ゆ き きよたか p.046 露木清高 上の写真のぐい飲みは、露木さんが数種類の木を寄せて 作ったもの。カラフルな模様は、全て木の自然の色を活か して作っている。例えば、白は水木、黄色は苦木、漆の木、 緑色は朴の木だ。黒に近い濃い色は、数百年間土に埋まっ ていた桂神代。最近は、アフリカで採れるハドゥクという赤 い木も使っている。露木さんは、常に約 15 種類の木を工房 に揃えている。同じ種類の木でも産地により色の濃淡が異 なることもあり、それも器のデザインに活かしているのだ。 この木工芸品は、江戸時代末期から箱根で始まったもので 「箱根寄木細工」というもの。露木さんは、この細工を作る 家の4代目。一般的に、寄木細工は緻密でカラフルな模様 高度な技術を活かした、モダンなデザインの木の器や家具 のシリーズをデザインしている。使う材は、付知の地元で育 つ5つの種類の針葉樹の、翌檜、 椹、檜、鼠子、高野槙だ。 「今はあまり建てられなくなった日本家屋の建具に使われて いた材を使って、現代の人が使いやすい暮らしの道具を作 るのです。デザインするのは私ですが、実際に製作するのは、 昔建具を専門にしていた地元の大工さんたちです。素晴ら しい技術を持っている彼らの力を何とか活かしたいのです」 。 右の写真のスパイス入れと、P.42 にある箸置は、檜と鼠 子を組み合わせたもの。建築で用いられた、木を継ぐディ テールを樹種の違いで表現した。 (p.047) 下・小泉さんが考案した、わずか 8 ミリの世界一薄いまな板、 「土佐板」 。 が多いが、露木さんは独自の感性で、シンプルなラインを 高知県の木工職人さんの技により、地元の良質な檜を薄く、軽く、強く、 用いたデザインで、茶や黒などの濃い色を主に使い、その まな板に仕上げることが可能になった。この薄さと強度の秘訣は、檜の 中に白や赤などの明るい色をアクセントとして入れている。 板の間に桜の木をかませていること。(Mサイズ/長さ 34.5cm ×幅 21cm ×厚さ 0.8cm、5500 円。その他Lサイズ、Sサイズもあり、そ れぞれ 6500 円、4500 円) (p.046) 上・茶杓:ウォールナット、 マホガニー、 漆、 桂神代、 苦木、 長さ 18cm、26,250 円 上・スパイス入れ、鼠子と檜、幅 7.4cm(2 点を組み合わせた場合)× 4.2cm × 高さ 8.4cm、2940 円 左・ぐい飲み:ウォールナット・パドック・マホガニー・バッケラ・モビ ンギ・桂神代・水木・朴、直径 7cm ×高さ 7cm、5,250 ~ 10,710 円 右・箱:桂神代・水木、長さ 23cm ×幅 13.3cm ×高さ 5.3cm、6090 円 朽ちゆく色と形 ―木工作家・羽生野亜が木に刻む時間の美 こいずみ まこと p.047 p.048 小泉 誠 木工作品の魅力の一つは時を重ねた木の年輪が描く模様に 小泉さんは、木工家ではない。小さな生活道具から建築や ある。しかし木工家・羽生野亜さんの作品は、 その逆のようだ。 の あ Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 11 作品から香ってくるのは、木が朽ちて年輪が薄れていく逆の ているわけではない。よく見ればわかりますが、自然に木が 時間だ。 朽ちたらこのような形にはなりません。だからといって、こ ういう形にしたいと初めから考えて作っているわけでもな 作り手を消したモノ作り い。作り手としての自分の気配を作品から消すようにした かったのです」 誰もが学校で習った植物の光合成の話を思い出してみたい。 羽生さんは元工業デザイナーだった。会社勤めで、電車 木は昼間、太陽エネルギーを主に葉っぱで受け、それを の車両のデザインなどをしていたという。しかし、やがて人 化学エネルギーに変換し、そのエネルギーで水と CO2 から が手を加えた跡の残るモノ作りや、デザインするという考え 炭水化物を合成する。この光合成により空気中の CO2 は幹 そのものに違和感を覚え始める。そして仕事を辞めて木曽 として固定される。 にある職業訓練校で木工を習い、基本だけ学んだ後、自分 ここでその木を伐って燃やしたり朽ちさせたりすれば CO2 の工房を立ち上げる。 は再び放出されてしまうが、伐った木を家具にしたとしよう。 「たとえば、完成したばかりの仏像より古い仏像が好きなの 家具を使い続ける限りは CO2 はそのまま。よくできた木の はなぜか。時を経て仏像が古色を帯び、作り手の気配が薄 家具なら 100 年、200 年は軽くもってしまう。木の家具を使 れているからです。作り手の力よりも時間の力のほうに魅力 えば、わずかながら地球温暖化防止に貢献することになる を感じた」 わけだ。 デザインに逃げ、デザインをして作るのは簡単、ゆえに とはいえ、木のモノはいつかは朽ちる。しかし木は再生 デザインをしないと決め、研究の末、木工の道具を「通常 産が可能な資源だ。家具が朽ちても、苗を植えれば同じ木 の使い方と異なる、ありえないやり方」で使って木を朽ちた が育ち、同じ家具になる。また「振り出しに戻る」ことがで 形に加工する技を開発する。それに古色(木の煤けた風合 きる。エコロジカルな視点で見た時の「木のある暮らし」と い)を草木染めの染料で出すという自分流のスタイルに至 は、森を育てて木のモノを使うという、持続可能な暮らしに る。 一歩近づくこと。生と死が繰り返される一つの「輪」を作る たぶん山の中で自然の木ばかりを見ていたらこうはなら ことといってもいいかもしれない。 ず、工業デザインをやってきたからこそだろう、と羽生さん 森の中に生きている木と、朽ちて大地に帰った木が、木 は振り返る。 の姿の両極だとすれば、家具はその両方の間にある木の姿 今はまたそのスタイルに区切りをつけ、あえて古色スタイ で、木工家というのは木に一時的な形を与える存在にすぎ ルと現代デザインをミックスしたものを試みている。形はそ ない。木工家の羽生野亜さんはそう考えている。 れまでと正反対にシンプルすぎるかと思わせるほどシンプ 「木の作品は残らない。残るのは技術だけです。むしろ自 ル。無垢の板材が色淡く古びた味わいを漂わせ、直線的な 分の作品が残ることのほうが本当は怖い」という羽生さんの ラインのデザインにもかかわらず温かい印象を与える。ス 作品は、作って間もないというのに、既に大地に向かって帰 チールの脚は既にびついている。 ろうとしているかのようだ。あたかも倒れてそのままそこで もちろん木の部分に関していえば、その色は本当に古び 朽ちていく木のように、あるいは製材されてから、ただ野に てついた色ではない。羽生作品はいずれも、古びたように 放置されてきた板のように、古びた気配が作品全体を覆っ 見せながら、そこから色落ちしない加工がしっかりと施して ている。 ある新しい作品だ。しかし、その古さが人の手による演出だ 「自然から形のヒントは得ますが、自然に朽ちた木を模倣し と知っても、そこから漂う気配に人は静かなるものを感じ、 Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 12 心惹かれる。 古びていくもの、朽ちてゆくもの、消えてゆくものに美を 感じるのは、限られた人の一生の時間とおそらく無関係では 空に届け、木造都市 —第 4 の構造材料、エンジニアードウッド 1 取材・文=塚田恭子 p.054 ない。羽生作品に宿る美は、家具という形をした、過ぎ去っ てしまった愛おしい時間そのものに違いない。 日本の木造建築といったとき、神社仏閣に代表される伝統 木造建築を連想する人は、決して少なくないだろう。世界 (p.048) ブナ材の木の皿。時を経たような木の質感と色は羽生野亜さんの手によ るもの。12cm x 23cm 8,400 円、9cm x 18cm、6825 円 最古の木造建築として知られる飛鳥の法隆寺、平安京の大 極殿、東寺の五重塔……。石やレンガなどと比べ、耐久性 があるとはいい難い木材を使った建物が、数百年、千年単 位で永らえているという事実には、人を惹きつけて止まない (p.049) スチールと木を組み合わせた飾り台。床の上に置いてもテーブルの上に 置いても映える。材はブナ。27cm x 27cm 、4 万 2000 円 (p.050) 何かがある。 だが、伝統木造建築だけが、木造建築というわけではな い。これまで木という素材は生物材料であるがゆえの性能 のばらつきが弱点とされてきたが、欠点を少なくする木質材 左・羽生野亜さん。茨城県にある自分で建てた工房の前で。 料が開発され、構造工学の研究が進む昨今、その性能を工 右上・やや大きめの木の皿。低い脚が付いている。45cm x 31cm 3 万 学的に評価された木=エンジニアードウッドは、従来の木 8850 円 材、鉄、コンクリートに次ぐ第 4 の構造材料として、注目を 下・右ページのテーブルの天板の部分。テーブルが必ずしも平らとはか 集めている。 ぎらない。木の節を盛り上げるように削り出している。 (p.051) 樹齢 150 年のブナの一枚板のテーブル。表面の起伏も、輪郭も削り出 都市における高層木造建築が、すでに現実的な段階に 入っていることを示したのが、木を新たな材料ととらえ、木 質 構 造 建 築 の 可 能 性 を 探る建 築 家・ 技 術 者 集 団 team してつけたもの。厚み 6cm の板を 3cm までに削っている。見た目より Timberize が 2010 年 5 月に東京の青山スパイラルホールで 軽く、人二人でらくらく運べる。ログウッドの草木染め、胡粉、化学染料。 開催した「ティンバライズ建築展 -都市木造のフロンティ 204cm x 75cm x 8cm、35 万 7000 円。漆加工のクッション 1 万 1560 ア」だ。 円、1 万 5750 円/ STYLE MEETS PEOPLE 表参道を舞台に提案された都市の仮想木造プロジェクト (p.052) 椅子の材は、高さ 68cm x 幅 46cm x 奥行き 40cm、10 万 5000 円。 背景のサークルは内側がベンチになっていて、これも羽生さんの作品。 は、鉄筋コンクリート造の建物が建ち並ぶ都市のメインスト リートに、30 メートル級の木造建築が点在することによって、 街の表情や雰囲気が大きく変わることを示唆している。 team Timberize の統括者で、伝統木造建築とは異なる材 (p.053) 上・木の古びた色彩、スチールの色がこのフォルムとあいまってモダ ンリビングに映える。P48 のバックの板がこのテーブル。テーブルがブ ナ材で幅 76cm x 76cm x 高さ 70cm、13 万 6500 円。 下・高さが異なる飾り台のセット。天板と脚は簡単に付けはずしができ、 や技術を応用した、高層木造建築の可能性と実現性を提案 している東京大学生産技術研究所の腰原幹雄准教授は、日 本の木造建築の歴史について、次のように話す。 「明治以降、西洋から近代建築の技術が導入されると、構 写真左のように重ねて収納できる。天板はブナ材で直径 50cm 積み重 造力学に基づいて設計された近代木造と呼ばれる 4 ~ 5 階 ねたときの高さ 80cm、21 万円。 建ての倉庫や工場など、伝統木造ではない木造建築がつく Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 13 られるようになりました。鉄などの入手が難しくなった戦時 「LATTICE」 。木造建築の魅力を引き出すために、構造木材 中は、格納庫などの大型建物も木造で建てられるようになり が内装材として利用されている「30」 。 ます。ところが戦後、1950 年に制定された建築基準法によっ 木造技術の特性を生かした個性的なデザインが目を引く て、棟高 13 メートル、延べ面積 3000㎡を超える木造建築 これらのプロジェクトは、すでに構造的に建築可能であると を建てることが法律で禁止されます。木造建築は火事に弱 いう。 いというのがその理由です。この建築制限は、87 年に大断 都市の街並みを豊かにするためにも、鉄筋コンクリート 面木造建築の高さ制限が緩和され、耐火性能を満たすこと 造や鉄骨造と同じように、高層木造建築が計画時の選択肢 ができれば、階数の制限もなくなるという 2000 年の建築基 になることが当面の目標だと話す腰原准教授。 準法改正まで続きました」 建物に木を使えば、二酸化炭素が長く固定されるし、大 紆余曲折はあったものの、2000 年の建築基準法改正に きなブロックとして使った集成材は分割して小さな構造材 よって、いよいよ現実味を帯びてきた都市の高層木造建築。 へ、そして最終的にはバイオマスとして再利用することもで この流れを支えるのが、鉄筋コンクリート造や鉄骨造の建物 きる。都市の景観という面から、そして環境面から見ても、 と同様に、構造解析や構造設計が可能なエンジニアードウッ 高層木造建築は、21 世紀にふさわしい建物といえるだろう。 ドの存在である。 「集成材、単板積層材(LVL)をはじめとしたエンジニアード ウッドは再構成材料であるため、大きな断面の木材をつくる (p.055) ことができます。樹齢数十~百年という木がなくても、大き 左ページ下・現代の曲げ木技術を応用した二重螺旋構造「Helix」。大 な断面を取ることができる上、好きな形に曲げられるので、 鉄骨や鉄筋コンクリート同様に扱うことも可能です。また、 根の皮むきの要領で削り出し、重ね合わせた板を、内側と外側で逆向き に螺旋状に成形している。 性能のばらつきが少なく、木材の特性が明らかなので、適 左上・単板積層材大型ブロックの組積と掘削による木塊が圧倒的なイン 材適所で使用しやすいこともエンジニアードウッドのメリット パクトを与える「solid」。 でしょう」 右上・立体的に組まれたランダム格子構造を中心とした空間「LATTICE」 。 加えて耐震および耐火技術の向上も、高層木造建築の実 現を後押ししている。 「高層木造建築の建設に積極的な欧米諸国は、世界最大の 実大三次元震動破壊実験施設(E- ディフェンス)で 7 階建て 下・高さ 30 メートル級の高層木造建築のスタンダードとなるように設計 した燃えしろ被覆型耐火構造部材による木造ラーメン「30」。 (p.056) 上・部材の端が重なるように積み上げた面格子状の壁「透かし積層壁」 。 木造建築の実験をしていますが、すでに構造性能は保証さ 下・五角形グリッドに展開する小断面重ね透かし梁ユニット「Petal」。 れています。また、耐火性についても、①燃えることを前提 柱に巻きついているような梁が、花びらのしなやかさを表現している。 とした木材(=燃えしろ)で燃えどまる層を覆う、②木材のな かに鉄骨を内蔵する、③木材をせっこうボードでなどの耐火 被覆で覆う、といった方法が開発されています」 現代の曲げ木技術を応用した、二重螺旋構造の円筒形建 物「Helix」 。2 メートル立方という大きな木塊を積み上げ、 (p.057) 左・手で持てるほどの小さな木材ユニットを積層し、構造柱から、棚、 間仕切り、装飾まで区別なく一体的に組み立てる「digital woods」 。 右・間伐で生じた無垢材をトラスとし、環境負荷の低減するためにヒノ キ材を構造に用いた「Waving tree」。 削り出すことによって造り出される大型ブロック建築「Solid」 。 立体的に組まれたランダムな格子構造が樹木のように見える Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 14 重要な作業のために、1 人だけ、地元の大工さんに依頼 民家だけれど民家じゃない 1 —古い民家がモダンなアートスペースに をしたというが、改修作業の多くは貫場さんと小泉さん、そ 取材・文=塚田恭子 して地元の学生たちが手掛けたそうで、「自分たちで作業で p.058 雄大な立山連峰を望む、水と緑に恵まれた富山市大山地区。 きたのは、木や土や紙という人間が生身で関わることのでき る素材を使ったからでしょうね」と、小泉さんがいうように、 地域の 93%を森林が占めるこの「緑のまち」では、土地の 人との距離が近いということも、木という素材の大きな特徴 財産である木という自然素材を生活のさまざまなシーンに生 といえるだろう。 かそうと、地域ぐるみで「木と出会えるまちづくり」が進め 目の前にある建物に、歳月を生き抜くなかで継承された られている。この取り組みにプロデューサーとして関わり、 ものを見出し、その大切な何かを生かすために、土地にあ アートによる町づくりを実践してきた貫場幸英さんが主宰し る素材を利用する。温故知新によって再生された VEGA は、 ているのが、デザインと暮らしの融合というテーマをかたち 施主にしてプロデューサーである貫場さんの思い通り、人の にしたアートスペース「VEGA」だ。 想像力と創造力を刺激し、コミュニケーションを育むプラッ 築 70 年余りの木造の納屋や家屋に流れる、長い歳月を トフォームとして機能している。 生き抜いてきた建物ならではの濃密な気配を生かしながら、 デザインやアートの力によって、古い家屋を現代の用の美 を叶えた空間へと再生する――そんな前例のない場づくり (p.058) に、貫場さんとともに挑戦したのが、家具デザイナーの小 左・母屋を改修した「陽の間」の床板。既存の板を一度はがし、補強 泉誠さんである。10 年来、 「木と出会えるまちづくり」に関わっ を施してから再 利 用している。 ベ ニヤのイラストは、LIVING ART in てきたふたりが、VEGA を改修するに当たってこだわったの は、既存の材をできるだけ再利用し、この土地にある素材 OHYAMA2005 のイベントに参加した黒田征太郎氏によるもの。 右ページ左上・外観。開けた窓から梁がのぞく。 を使うということだった。 同右上・1 階の中から見た入口。波ガラスが昭和の趣を呈している。階 「今の人は新しいものにばかり目を向けるけれど、自分の 段を上がると「陽の間」へと続く。 足元にも美しいものはたくさんあります。戦前に建てられ、 同中央・2010 年に改修された「陽の間」。中央にあるのは、小泉誠展「匣 3 世代にわたって生き抜いてきた家を再生しようと思ったの & 函」で展示された作品。 は、建物に息づいているこの土地の記憶や魂を伝えたかっ たからです」 (貫場) 既存のものをどう生かすか。毎回、何かを発見しては、 現場で設計図を描き続けたという小泉さんは、「新たにもの 同左下・窓に映る白い不思議なものは、障子紙の代わりに使ったTシャ ツ。LIVING ART in OHYAMA2009 で使ったものを再利用している。丸く 空いているのは首の部分で、ここから外を見ることができる。 同右下・考えごとをする、瞑想する、ぼーっとする。限られた空間から 無限の世界が広がる。 をつくる場合も既存のものに手を入れる場合も、持続的な ものをつくりたいという気持ちは変わりません。持続的なも のとは、物理的にタフで、機能的であり、美しく、使う人に 愛着を持ってもらえるもの。VEGA を再生するに当たっても、 その土地にある木や土や光という本物を使いながら、この 場でしかできないことを積み重ねていこうと思いました」と 話す。 Spring / Summer 2011 Vol. 27[ 木 ] 15
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