ビジネスのための TEEB 第 1 章 ビジネス、生物多様性と生態系サービス 「ビジネスのための TEEB」コーディネーター: Joshua Bishop (国際自然保護連合(IUCN)) 編集者: Joshua Bishop (IUCN)、William Evison (プライスウォーターハウスクーパーズ) 寄稿者: Olivia White (プライスウォーターハウスクーパーズ) 謝辞: Annika Andersson (Vattenfall), Celine Tilly (Eiffage), Christoph Schröter-Schlaack (UFZ), Daniel Skambracks (KfW Bankengruppe), Deric Quaile (Shell), Dorothea Seebode (Philips), Elaine Dorward-King (Rio Tinto), Gemma Holmes (PricewaterhouseCoopers), Gérard Bos (Holcim), Jennifer McLin (IUCN), Juan Gonzalez-Valero (Syngenta), Juan Marco Alvarez (IUCN), Jun Hangai (Nippon Keidanren), Kerstin Sobania (TUI), Kii Hiyashi (Nagoya University), Lloyd Timberlake (WBCSD), Margaret Adey (Cambridge U.), Monica Barcellos (UNEP-WCMC), Naoki Adachi (Responsibility), Nina Springer (Exxon/IPIECA), Oliver Schelske (SwissRe), Olivier Vilaca (WBCSD), Paul Hohnen, Per Sandberg (WBCSD), Polly Courtice (Cambridge U.), Ravi Sharma (CBD Sec.), Roberto Bossi (ENI), Ruth Romer (IPIECA), Ryo Kohsaka (Nagoya City U.), Sachin Kapila (Shell), Sagarika Chatterjee (F&C Investment), Simon Anthony, Toby Croucher (Repsol/IPIECA), Valerie David (Eiffage), Virpi Stucki (IUCN) 免責事項: 本報告書で表明された見解は、純粋に著者自身のものであり、いかなる状況においても関係 する組織の公式な立場を提示したものと見なすことはできない。 ビジネスのための TEEB 報告書最終版は、アーススキャン社から出版される予定である。最終報告書に含 めることを検討すべきと考えられる追加情報または意見については、2010 年 9 月 6 日までに次の E メ ールアドレスに送信してほしい。: [email protected] TEEB は国連環境計画により主催され、欧州委員会; ドイツ連邦環境省; 英国政府環境・食料・農村地域 省; 英国国際開発省; ノルウェー外務省; オランダの省間生物多様性プログラム(Interministerial Program Biodiversity): およびスウェーデン国際開発協力庁の支援を受けている。 1-1 【注記】 ※本編は仮訳です ※正本は英文であり、日本語訳を引用して問題が生じても責任は負いかね ますのでご了承ください。 ビジネスのための TEEB 生態系と生物多様性の経済学 第1章 ビジネス、生物多様性と生態系サービス 目次 主要なメッセージ 3 1.1 本報告書の背景 4 1.2 アプローチ、構成および内容 6 1.2.1 定義 6 1.2.2 前提 6 1.2.3 方法論 8 1.2.4 目標と主要な質問 9 1.2.5 読者 10 1.3 変化する世界における生物多様性と生態系 12 1.3.1 生物多様性と生態系に対するビジネスリーダーの見解 12 1.3.2 出現しつつあるビジネス環境: どの傾向が重要か 14 1.3.3 さまざまな傾向の間の関連性と、ビジネスおよび生物多様性との関係 17 1.3.4 消費者の選好の変化: ビジネスと生物多様性に対する影響 23 1.4 主要な傾向からビジネス上の価値へ 25 参考文献 27 図 図 1.1 ビジネス成長に対する生物多様性損失の脅威に関する世界の CEO の見解 図 1.2 政府による生物多様性および生態系の保護に対する世界の CEO の見解 図 1.3 生物多様性および生態系損失と他の重要な傾向との関連性 表 表 1.1 主要な傾向と、生物多様性およびビジネスに対する潜在的影響 1-2 ビジネスのための TEEB 主要なメッセージ 世界は、生物多様性と生態系サービス(biodiversity and ecosystem services, BES)のビジ ネスにとっての価値に影響を及ぼす仕方で変化している: 生物多様性と生態系サービスの価 値は、人口増加と都市化、経済成長と生態系衰退、政治と環境政策の変化、さらに情報と技術に おける進歩といった諸要素の相関関係である。 生物多様性損失と生態系衰退は、他の傾向から切り離して考慮することはできない: 生物多 様性の継続的な損失と、それに関連した生態系サービスの衰退は、成長し変化する市場、資源開 発、気候変動その他の要因によって促進される。同時に、BESの損失はこれら他の多くの傾向 の一因となっており、ビジネス上の総合的な対応の必要性を示唆している。 生物多様性と生態系サービスに関連したビジネスリスクと機会は拡大している: 進行中の BESの衰退、また生物多様性損失・生態系衰退と他の主要な傾向との相互作用を考えると、企 業は関連したリスクとチャンスの両方が時と共に増大することを予期できる。 自然資源への圧力の増大とアクセスの一層の制限が予想される: 自然資源に対する市場需要 の増大により、環境の質への社会的関心の高まりと相まって、競争の激化と、陸海両方における 自然資源へのアクセスの一層の制限が進行すると思われる。 消費者は、購買決定において生物多様性と生態系をますます考慮するようになっている: 製 品および企業がBESにどう関連しているかについての消費者の理解と期待は一層高度なものに なりつつある。消費者向け企業は特にそうだが、供給業者も、自分たちがどのようにBESを管 理し、自らの行動を消費者に伝えているかを再検討する必要があるかもしれない。 生物多様性損失のもたらす脅威に、企業は気付き始めている: 2009年にPwC(プライスウォ ーターハウスクーパーズ)が実施した国際的な経営者意識調査によると、CEOの 27%は、ビジ ネス成長の見通しに生物多様性損失が及ぼす影響に対する関心を表明した。興味深いことに、ラ テンアメリカのCEOの53%、またアフリカのCEOの45%が生物多様性損失に対する関心を表明 した。中央および東ヨーロッパではわずか11%に過ぎなかったのと対照的である。 1-3 ビジネスのための TEEB 1.1 本報告書の背景 我々はビジネスによって変貌する世界に住んでいる。ビジネスは、製品やサービスをあらゆる場所の 人々に提供することによって繁栄し、経済発展における主要な役割を果たしている。一方で自然は、発 展とビジネス成功に伴う非常に高額な代価を支払ってきた。 大多数の人々は、気候変動について承知しており、安定的な気候と両立するレベルまで温室効果ガス 排出を削減する必要性を認めている。ビジネスリーダーも、生物多様性損失のリスクや生態学的限界を 尊重する必要性を一層意識するようになっている(ミレニアム生態系評価 2005)。 自然の経済的価値は変化しており、人々の選好、人口統計、市場、技術および環境それ自体の変化を 反映する。それらの変化に企業は対応しているが、より良い製品やサービスを求める人々の必要を満た しつつ、生物多様性を保全し、生態系サービスを供給できる、競争力のあるビジネスモデルを開発およ び拡大するためのより大きな努力が求められる。 生物多様性の損失とそれに関連した生態系サービス(BES)の衰退は、ますます多くの文献で立証され るようになっており(第 2 章を参照) 、ビジネスに対するリスクの原因として一層認められるようになっ ている(Athanas et.al 2006) 。ビジネスリスクは、生物多様性に対する企業活動の直接的影響、または 生産に投入される生態系サービスへの企業の依存に関係する場合がある。他の事例では、生物多様性の 損失に関連したビジネスリスクは間接的で、サプライチェーンを通して、あるいは投資、生産、流通お よびマーケティングに関する市場の決定を通して作用するかもしれない(第 3 章を参照) 。世界各地の企 業は、ビジネスにより、ビジネスとの提携で、またビジネスのために開発された新たなツールの数々を 使って、BES リスクを特定し、回避および緩和する方法を見出しつつある(第 4 章を参照) 。 同時に、生物多様性と生態系サービスは、新しいビジネスチャンスの基盤でもある(第 5 章を参照) 。 この事実は、自然に親しむ観光などの生物多様性と生態系サービスに直接関連した商品やサービスを販 売する企業の場合に最も明らかである。だが BES リスクと同様、商行為と保護との直接性の低い関連性 が存在し、その関連性がさらなるビジネスチャンスをもたらす。結果として、ますます多くの投資家や 起業家が、生物多様性ビジネス構築のための基金や会社を設立している(Bishop et.al 2008)。同時に、 生物多様性と生態系サービスを自社の経営システムに織り込むことが、企業の社会的責任の幅広い目標 の達成に役立つことを一部の企業は理解し始めている(第 6 章を参照) 。 この報告書は「生態系と生物多様性の経済学」 (The Economics of Ecosystems and Biodiversity, TEEB) の研究の一部である。TEEB は、G8 および新興経済国 5 カ国の環境担当閣僚による提案に応じて、ドイツ 政府および欧州委員会が開始した(ポツダム・イニシアティブ 2007) 。TEEB は独立的な研究で、Pavan Sukhdev 氏の指導のもと、国連環境計画主催で実施されており、欧州委員会、ドイツ、オランダ、ノル ウェー、スウェーデンおよび英国政府による資金援助、さらに多数の公的および民間組織から現物出資 を受けている。TEEB の目的は、生物多様性損失の経済的影響を評価し、生態系衰退に対する実際的な対 1-4 ビジネスのための TEEB 応策を提供することである 1。 この分析の出発点は、価格のない資源の効率的な使用を市場は保証しない、という周知の事実である (TEEB 環境と経済の基礎 2010) 。BES の便益の多くは、財産権が欠如しているか、その実効性が弱い場 合が多いので、製品またはサービスの市場価格に反映されていないので、この種の便益は公的または私 的な意思決定において無視または過小評価されがちである。結果として、生物多様性と生態系の損失を 招く行動へとつながり、人間の福祉に不利な影響をもたらす可能性がある。この報告書は、ビジネスに おける生物多様性と生態系のリスクの測定および管理、新しい生物多様性ビジネスの機会の十分な利用、 ビジネス、生物多様性および持続可能な開発を統合する最先端の方法を検討する。 1-5 ビジネスのための TEEB 1.2 アプローチ、構成および内容 このセクションでは、本報告書の残る部分を前もって概観する。だがその前に、いくつかの主な用語 を定義し、主要な前提を明確にし、この報告書の編集に用いる方法を説明するとともに、この報告書で 扱おうとしている主な目標と疑問を列挙する。同時に、この報告書を読む可能性のある人々を特定し、 さまざまな読者が自分にとって関心のある資料を見付ける方法を示す。続くセクションでは、ビジネス リーダーおよび消費者が生物多様性と生態系についてどのように考えているか、さらにそれがビジネス に影響を及ぼす他の主要な傾向とどのように関連しているかについての最新の事実を取り上げる。 1.2.1 定義 この報告書全体を通して、生物多様性、生態系および生態系サービスという用語を頻繁に‘BES’ (biodiversity, ecosystems, and ecosystem services)と略記する。これらの用語は次のように定義 されている。 ‘生物多様性’は‘生物学的多様性’を簡潔にした表現である。我々は国連生物多様性条約(CBD)が 表明した次の生物多様性の定義に従う。 「すべての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生態系、これらが複合した生態系その他生息又は生 育の場のいかんを問わない。 )の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の 多様性を含む」 (第 2 条) 。 従って CBD によると、生態系は生物学的多様性の一構成要素ということになる。この点は、後にミレ ニアム生態系評価(MA 2005)によって採用された定義と調和している。ミレニアム生態系評価は、生態系 を「植物、動物および微生物集団と非生物的環境が 1 つの機能的単位として相互作用する動的複合体」 と定義する。MA の主要な貢献は、 ‘生態系サービス’の概念を詳述したことであり、人々が生態系から 受ける便益、と簡潔に定義した(詳細な論議については第 2 章を参照) 。 生態系サービスの重要な特徴の 1 つは、それらが文化によって決定されるため、動的だという点であ る。TEEB が指摘するとおり、生態系サービスとは「生態系が人々のために間接的および非間接的に‘行 う’ ‘有用な事柄’を概念化したものであるため、生態系自体は比較的一定の状態に保たれるとしても、 人々が‘有用’と見なす生態系の資産は時間と共に変化し得ることを理解しなければならない」(TEEB 2010、第 1 章、pp.12 および 15) 。 1.2.2 前提 定義から前提に、また生態環境から経済に目を向けるに当たって、この報告書は、ビジネス、生物多 様性、生態系および生態系サービス間の関連性に対する明確な経済的視点を取り入れている。この点は、 1-6 ビジネスのための TEEB 自然資源に( ‘生存権’など)それ自体の権利を根拠に帰される場合のあるいずれかの‘本質的な’価値 というよりも、人々にとっての自然資源の価値が論議の焦点であることを示す。無論、レクリエーショ ンに関する価値、文化的および‘存在’価値など、BES から人々が得る価値の多くが無形であり、これ らの無形価値が大きな意義を持ち得ることは認める。それらの価値は測定可能でもある。 さらに経済的アプローチは、BES の便益と人々が評価する他の物事との限界収益のトレードオフを受 け入れることも意味する。特定の自然資源または生態系サービスの適切な代替物がないためにトレード オフが制約される場合があるとしても、人々が自然保護の便益を生活の中で高く評価する他の物事と比 較検討したという事実は残る。原則的に言って、人々にとってのすべての価値がこれらのトレードオフ に完全に反映され、他の基本的な経済上の前提のいくつかに左右される場合、結果としての資源の利用 は経済的効率が高いと確信できる。 当然実際には、申し分のない競争力のある市場、完全かつ即時性のある情報、取引費用ゼロ、完璧な 代替物、完全な財産権といった経済的理想は決して実現できない。それでも、経済的意思決定における BES の費用と便益をより明確に考慮することによって、最良の結果ではないとしても、概してより良い 結果がもたらされると我々は考える。経済的評価は、特に非市場価値が対象となる場合、完全に正確で はあり得ないかもしれないが、他の考慮すべき点と共に、経済的価値についての情報によって改善され ない決定を思い浮かべるのは困難である。 この報告書が背景とする他のいくつかの重要な前提を認識する必要がある。 ・我々は、継続的な経済成長、および市場を基盤とする全世界の民主主義国家のさらなる統合、加えて 環境の変化に関する一般の意識および関心の高まりと、自然資源の利用に対する政府の監督能力の向 上と制限の増加を前提とする。非市場モデルの経済組織や、非民主主義的形態の政府の存在も認識し ているが、民主主義的政府により監督され、情報に通じた市民により導かれたますますきめ細かくな っている経済政策の枠組みの中にあって、民間企業の継続的な成長を疑問視する理由はないと思われ る。 ・同時に、我々はいくつかの‘新興’経済国(いわゆる BRICS など) 、またそれらの国々に本社を置く企 業の増大する経済力と政治力も認識している。これらの新興経済国や企業の注目に値する特徴の 1 つ は、より‘確立された’国や企業に比べて、一般に環境問題、とりわけ BES に対する明確な関心が明 らかに欠如していることである。このレポート全体を通して、開発途上国の実例を探して我々の論議 を例示したが、文書化された経験(または主張)は先進国世界に集中することは認めなければならな い。 ・経済的アプローチの採用は、インセンティブが重要となることを意味する。言い換えれば、財産権と 価格が人間の行動と自然資源の利用に影響を及ぼす。大多数の国において市場インセンティブと公共 政策に生物多様性および生態系サービスの全体的な価値を反映させることに失敗している現状は、生 物多様性の継続的な損失と自然資本に対する過少投資の主な原因の 1 つである。同じ理由で、生物多 様性を保護し、生態系サービスを守るため効果的に行動するには、多くの場合、生物資源の保護と持 続的利用に対する経済的インセンティブを創出または強化する必要がある。 1-7 ビジネスのための TEEB ・この前提の帰結の 1 つは、道徳的、倫理的または宗教的価値への訴求に基づく、自然保護の純粋に慈 善的なアプローチでは、市場主導の経済体制において、生物多様性保護への相当額の民間投資を引き 出すのは難しいということである。慈善行為は実際に効果を上げる場合があり、常に奨励すべきだが、 自然保護への広範にわたる、持続的な、多額の民間投資を促進しようとする際にはいつでも、商業的 論理と株主価値に基づく一層説得力のある論議が必要である。 ・慈善行為では十分な成果が得られないかもしれないが、自由選択と自発的な行動の原則は大切にすべ きであり、自然保護に対する経済的アプローチの不可欠な特徴である。可能な場合にはいつでも、民 間企業と消費者は、法的拘束力を持つ契約によって裏付けられた相互に納得できる環境‘取引’を自 発的に行うことを認められ、また奨励されるべきである。こうした自発的な取り決めが‘外在性’ま たは他の市場の歪みが存在するために効率的ではないときには、政府がインセンティブを創出し、生 産者と消費者が取引において環境価値を‘内在化’するよう促すことによって支援できる場合がある。 ただし、私的費用と選好における現実の相違を無視し、時代遅れの技術または生産手法に‘閉じ込め る’ 、あるいはビジネス革新の発展的な可能性を損なう過度に単純化した規定や条例を政府は避けなけ ればならない。 ・もう 1 つの主要な前提に関連した最後の点は、自然資源と生態系サービスの一層の不足が促進材料の 一部になっている、不断の技術的進歩である。そうは言っても、すべての事例において、生物多様性 損失および生態系衰退を技術革新で完全に埋め合わせることができると信じているわけではない。そ れは、一定の種類またはレベルの環境被害が、機会費用または提供される補償の範囲や質にかかわり なく、受容不可能と見なされ得る状況が存在することを意味する。手短に言えば、限界利益分析は非 限界的な事象には当てはまらない。 ・最後に、保護と商行為は連係させることが可能であり、実際のところ、生物多様性損失と生態系衰退 を遅らせ、最終的にくい止めなければならないのであれば、どうしても連係させる必要があることを 示す。環境被害の責任は往々にしてビジネスにあるとはいえ、ビジネスを生物多様性損失の解決策の 一部にする努力には、恐らくビジネスが、疎遠となるよりも自然保護と環境管理により深くかかわる ようになる場合が多い。この最後の点は、無論容易に立証できることではない。この報告書が、複数 の実例や実際的なアイデアを通して、ビジネスの持つ拡大する環境権を増大する責任と組み合わせる 方法を示すことによって、商業的成功が環境被害よりも、環境保護と深く同調する幾ばくかの助けに なればと願う。 1.2.3 方法論 上で概要を示した前提が、この報告書のための論議や証拠をまとめる我々のアプローチの指針となっ た。全体を通して、BES を意思決定に組み込むことで、環境に関する良い結果に加えて、現実また有形 の価値がどのようにビジネスにもたされるかを示す実例を探し求めた。可能な場合にはいつでも、BES の価値に関する財務データと経済データ、またはそのどちらかを提供する事例研究を選んだ。 残念ながら、ビジネスの記録や BES に関する報告は大まかで、逸話的であり、一貫性がないため、今 1-8 ビジネスのための TEEB 日のビジネスにおける生物多様性の全体像を描くのは困難である。我々は、BES に関する自社の方針や 活動についての情報を提供する意思と能力を持つ少数の企業や、一握りの独立的評価研究に大きく依存 している。この資料で強調されたほとんどの事例研究は、極めて当然ながら標準的な企業のものではな い。 そのため、我々の調査結果は暫定的で不完全だが、この報告書が BES に関する企業の認識、戦略およ び行動のより系統的かつ包括的な研究を促すものとなることを期待する。そのような研究は、生物多様 性保全、生態系再生および自然資源の持続可能な利用への企業投資を促進する極めて効果的な手段を明 らかにするために緊急に必要とされている。 1.2.4 目標と主要な質問 上記で概説した制約からすると、どのような目標を設定して達成を目指し、どのような質問の答えを 探し求めるのだろうか。大まかに言うと、この報告書の目的は、ビジネスに BES を組み込む正当性を裏 付ける利用可能な最も優れた実証例を、リスクと機会の両方を含めて提示することである。その正当性 を裏付けて読者に実際的な手引きを提供するため、この報告書では、実際のビジネスがどのように具体 的なツール、技術およびイニシアティブを用いて BES との関係を管理し、将来に備えているかを示す複 数の実例を集めて要約する。具体的には、この報告書では以下の質問が扱われる。 ビジネスおよび生物多様性の背景はどのように変化しているか。ビジネスリーダーは生物多様性損失 のリスクをどのように考えているか。新しい技術や新興市場、また変化する公共政策と消費者の選好は、 企業が生物資源を評価する方法を変えているか(セクション 1.3 を参照) 。 生物学的多様性に何が生じているか、環境の変化の直接的および根本的原因は何か、さらにそれがビ ジネスにどう影響するか。さまざまな業種は、生物多様性と生態系に対してどのように影響を及ぼし、 また依存しているか。そうした影響および依存は、どのようにビジネスに対するリスクや機会を生じさ せるか(第 2 章) 。 企業は、生物多様性と生態系への影響および依存をどのように測定し報告できるか。企業統治と経営 情報のどの部分に BES は適合するか。現場、製品およびグループレベルの環境情報システムをどのよう に拡張し、BES の情報に対応できるようにするか。企業における BES に関する報告の経験は何か。また、 それをどのように強化できるか(第 3 章) 。 生物多様性と生態系損失はビジネスにどのようなリスクをもたらすか。そのリスクを管理する最善の 方法はどのようなものか。BES リスクを特定、評価および緩和するため、どのようなツールが利用可能 か。そうしたツールはビジネスにどのような価値を提供するか。企業が BES リスクを軽減するのに役立 つ他のどのような方法やアプローチがあるか(第 4 章) 。 生物多様性と生態系に関連した主なビジネスチャンスは何か。そうしたチャンスを実現する最善の方 法はどのようなものか。既存の産業にとって、BES はどのように価値提案となり得るか。生物多様性と 生態系サービスのために、ビジネスは新興市場をどのように最大限活用できるか。生物多様性と生態系 1-9 ビジネスのための TEEB サービスのための市場を支持するために利用可能なツールや政策にはどのようなものがあるか(第 5 章) 。 企業は BES に関する行動を、持続可能な成長のための広範な取り組みにどう統合できるか。BES、社会 経済発展および貧困削減の間におけるトレードオフと潜在的相乗効果はどのようなものか。BES と貧困 削減を一体化する上で主な障害となるものは何か。また、トレードオフを最小化し、積極的な相乗効果 を最大化するのを助けるため、企業はどのような役割を果たせるか(第 6 章) 。 企業と生物多様性の関係を改善するため、だれがどのように行動する必要があるのか。生物多様性と 生態系サービスに関して、企業はどのような手引きを利用できるか。BES に対する企業の自発的行動に ついてどのような経験があるか。さらに、他の企業責任イニシアティブからどのような教訓が学べるか。 BES を支持する企業活動に関して、どのような情報が主に不足しており、他にどのような制約が存在す るか(第 7 章) 。 1.2.5 読者 この報告書は、生物多様性と生態系が、あらゆる業種および国に属するすべての企業にとって価値が あることを論じる。従って、この報告書の対象となる読者には、上場企業および企業団体、国有企業お よび金融サービス、中小企業、開発途上経済国の新興企業、ビジネススクール、さらにビジネスと自然 との接点で活動する事業体等が含まれる。この報告書では、農業、食品および飲料、採取産業、製造業、 インフラおよびサービス産業など、さまざまな業種について考察する。 個々の業種の詳細な分析はこの研究の対象範囲を超えているが、BES の影響および BES への依存、BES にかかわるリスクと機会についての予備的な評価がさまざまな業種に関して提供される(特に第 2 章と 第 5 章を参照) 。加えて、事例研究の選択に当たって、すべての章に複数の業種から選択した例を含める よう努めた。 生物多様性、生態系および生態系サービスにおける実情と傾向に関する、ビジネスとの関連性に焦点 を合わせた概略を把握することに関心のある一般読者は、第 2 章を読むべきである。 ビジネス用途の環境情報システムに責任を持ち、BES データを企業の企画、会計および報告に組み込 もうと努める読者は、現在の傾向およびツールに関する詳細な論議を第 3 章に見い出すことができる。 BES リスクを特定し軽減することに関心を持つプロジェクトおよび製品管理者は、実際的な手引きと 実例を含む第 4 章に目を向けるべきである。 ビジネス立案者、投資家および起業家、さらに政府の規制当局者および開発銀行役員は、第 5 章から アイデアを得られるかもしれない。第 5 章では、費用節減、潜在的新製品、さらに生物多様性と生態系 サービスのための有望な新しい市場の基盤としての BES に注目する。 第 6 章は、企業の社会的責任一般に関して研究するか、責任を持っており、おそらく BES を持続可能 な発展のための企業の取り組みに組み入れる方法について思い巡らしている読者の関心を引くと思われ 1-10 ビジネスのための TEEB る。 最後に第 7 章は、企業の社会および環境に対する責任イニシアティブの概要と相対的評価を求める読 者にとって、最も関係が深いはずである。 1-11 ビジネスのための TEEB 1.3 変化する世界における 生物多様性と生態系 この報告書は、ビジネス、生物多様性および生態系サービスの関連性に焦点を合わせている。言うま でもなく、ビジネスはさまざまな社会的および経済的要因の影響を受けており、それらの要因の多くは 生物多様性や生態系サービスに密接に関係している。そのため、ビジネス、生物多様性および生態系の 関係を改善するいかなる試みも、そうした広範な要因とそれら要因の間の関連性を考慮に入れなければ ならない。このセクションでは、ビジネスに影響を及ぼす主な傾向のいくつかを、それらの傾向と BES に関連したリスク、さらに BES に関連した機会の間の関連性に焦点を合わせて考察する。とはいえ最初 に、ビジネスリーダーの生物多様性損失に対する最新の認識と反応の証拠に注目する。 1.3.1 生物多様性と生態系に対するビジネスリーダーの見解 1,200 名の CEO を対象とした調査から、生物多様性損失がビジネスにもたらすリスクに対する現在の 見解への洞察が得られる(プライスウォーターハウスクーパーズ 2010) 。ビジネスの成長見通しに対す るさまざまな脅威についての関心の程度を尋ねられた際、27%の CEO は‘生物多様性損失’に‘大いに’ または‘ある程度’関心を持っていると回答した。現在の経済的背景からすると、一部の企業にとって 生物多様性損失がこのように関心事となっていることは特筆に値する。地域によっていくらかの興味深 い相違が見られ、ラテンアメリカの CEO の 53%、またアフリカの CEO の 45%は生物多様性損失がビジネス の成長見通しに及ぼす悪影響に対する関心を表明したのに対し、 中央および東ヨーロッパではわずか 11% に過ぎなかった(図 1.1) 。 図 1.1 ビジネス成長に対する生物多様性損失の脅威に関する世界の CEO の見解 ビジネスの成長見通しに対する脅威としての生物多様性損失に‘大いに’または‘ある程度’ 関心を持っている回答者 北アメリカ 西ヨーロッパ アジア太平洋 ラテンアメリカ 中央および東ヨーロッパ 中東 アフリカ Q: 自社のビジネスの成長見通しに対する以下の潜在的脅威にどの程度関心があるか。 対象者:全回答者 (139、442、289、167、93、28、40)。中東の調査対象者が小さいことに注 意 してほしい。 出典: プライスウォーターハウスクーパーズ、第 13 回年次経営者意識調査、2010 年 1-12 ビジネスのための TEEB しかしながら、世界的なレベルでは、生物多様性損失に対する CEO の関心は、他のいくつかのリスク に対する関心ほど高くはないと思われる。例えば、同じ調査において、65%の CEO が長引く世界的景気後 退に、60%が過剰な規制に、54%がエネルギーコストに対する関心を表明したが、気候変動に関心を示し た CEO は 35%だった。 一見したところ、生物多様性損失への関心がビジネスリーダーに欠けているのは、ビジネスに対する 潜在的な影響を理解していないことが一因となっている可能性がある。同時に、生物多様性損失と生態 系サービス衰退の影響は、ほとんどの場合、劇的な一度限りの出来事ではなく、むしろ漸進的な傾向な ので、ビジネスリーダーの目に留まりにくい事実を反映しているのかもしれない。加えて、以下で略述 するとおり、BES の損失は、ビジネスリーダーの目にずっと留まりやすい他の一層差し迫った傾向やリ スクに覆い隠されている可能性もある。 同じ経営者調査は、生物多様性と生態系を保護する政府の行動の有効性について、楽観論よりも懐疑 論が優勢なことを明らかにした(図 1.2) 。判然としないのは、生物多様性損失に対処するための規制改 革を含めた政府の一層の行動を、ビジネスリーダーがどの程度望んでいるのかという点である。 図 1.2 政府による生物多様性および生態系の保護に対する世界の CEO の見解 政府は生物多様性と生態系を効果的に保護している 全く同意しない 同意しない 同意する 強く同意する どちらとも言えない:29 わからない:3 Q:貴社が事業を営む国の政府が果たす役割について考えるとき、次の陳述にどの程度同意する、または同意しないか。 対象者:全回答者(1,198) 出典: プライスウォーターハウスクーパーズ、第 13 回年次経営者意識調査、2010 年 2010 年初頭に実施された、日本企業を対象とする一層的を絞った別の調査に目を向けると、先進主要 国の生物多様性に関する企業の認識および行動のレベルに対する深い洞察が得られる。この調査は 493 社の企業を対象とし、そのうち 147 社が回答した。この調査は、2009 年に日本のある有力な企業団体が 発表した「生物多様性宣言」のフォローアップとして計画されたものだったため、比較的高いレベルの 認識が結果に表れると期待することができた(日本経団連 2010)。それで、50%の回答者がすでに‘生物 多様性’を自社の環境方針に織り込んだと報告し、さらにまだ織り込んでいない企業の 57%が将来そう することを示唆したという結果は、意外なことではない。 日本企業の同じ集団の中で、15%の企業が生物多様性に関する社内ガイドラインをすでに作成しており、 1-13 ビジネスのための TEEB さらに 42%がガイドラインを作成中または計画中であることを示唆した。この調査は、日本経団連の「生 物多様性宣言」のようなビジネス主導のイニシアティブが企業の認識に及ぼす影響を実証している。無 論、企業の方針における認知は、生物多様性と生態系サービスの効果的な管理に向けた第一歩に過ぎな い。日本経団連とその構成企業によるイニシアティブは比較的新しいので、BES に関する成果が改善さ れた明白な証拠はまだ手にすることができない。 1.3.2 出現しつつあるビジネス環境: どの傾向が重要か ビジネスリーダーに対する調査は、いくつかの国の企業の一部は一層関心を持ち対応を始めているも のの、生物多様性によってもたらされる潜在的リスクに対する認識が限られていることを示す。このセ クションと続くセクションでは、いくつかの外部要因と要因相互の関連性について考察する。それらの 要因は、近い将来、生物多様性と生態系サービスに対する企業の一層の認識と行動につながる可能性が ある。 将来の展望は必然的に不確実である。しかしながら、いくつかの組織はさまざまなテーマおよび期間 に及ぶ予想またはシナリオを作り上げてきた。その中には、気候変動(気候変動に関する政府間パネル -IPCC) 、エネルギー(国際エネルギー機関-IEA) 、人口統計(国際連合-UN) 、環境と人間の福祉(国連環 境計画-UNEP) 、食料と水の安全保障(食糧農業機関-FAO) 、生態系の健全性(ミレニアム生態系評価-MA) 、 その他多くの問題が含まれる。将来を探究するこれらの取り組みのすべてには、いくらかの真実が含ま れている。同時に過去の経験は、社会的、政治的、技術的または環境的な変化のいずれであっても、重 要な変化を予期する点で我々は無力なので、こうした予測はほぼ常に不正確であることを示唆する。 このような予測は、将来ビジネスに影響を及ぼす可能性のある重要なリスクおよび機会を思い出させ るものとして非常に有効に働く場合がある。そうしたリスクや機会に対する適切な対応は、厳格な企画 立案や変更不可能なコミットメントではなく、組織の回復力や適応力に対する投資である。 将来に関する最近の非常に包括的な予測の 1 つは、持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD) が‘ビジョン 2050’の旗印の下に主導した共同研究である(WBCSD 2010) 。ビジョン 2050 は、より持続 可能な将来のためのあらゆる計画において取り組む必要のある重要な要素または状況に関連した分野に おいて分析を実施した。それらの要素には以下のものが含まれる。 ・人口増加と都市化 ・経済成長と生態系衰退 ・政治と環境政策 ・情報と技術 続く部分でこれらの要素を、生物多様性および生態系との関連性に焦点を合わせて手短に検討する。 人口増加 国連によると、世界人口は現在の 67 億人から 2050 年までに 92 億人に増加することが予想される。こ の増加の 98%は開発途上国で生じる。先進国の人口は安定し高齢化しており、この型が最終的に世界全 体に当てはまるようになる(1950 年の 8%から 2007 年の 11%へと、60 歳以上の人々の比率は着実に上昇 1-14 ビジネスのための TEEB しており、2050 年には 22%に達すると見込まれる) 。 人口増加は、財およびサービスに対する需要の増大と、自然資源への一層の圧力につながると予想さ れている。社会の高齢化が自然にどのような影響を与えるかは不明確である。しかしながら、こうした 人口バランスの変化は、自然や生態系の価値に対する一般の見方が、現在の先進国ではなく開発途上国 の歴史的伝統と基準をますます反映するようになる可能性を意味する。この変化を一般化することはで きないが、各地域における自然に対する社会的態度と、自然に関する人々の経験が反映されると思われ る。 都市化 世界の都市人口は 2050 年までに倍増することが予想され、その時点では人類の 3 分の 2 が都市に住む ようになると見込まれる。都市化は、人々と自然との関係がより遠隔的または間接的になり、生産性ま たは実用性の高い関心事と比較して、レクリエーション、快適性、また生態系や生物種の存在価値に一 層重きが置かれるようになる可能性が高いことを示唆する。さらに都市化は、一部の環境影響の空間的 集中が大きくなること(居住および工業のための土地利用、廃棄物処理施設、水質汚染など) 、加えて、 生態系サービスに対する支払いや、農村に残った住民による資源管理のために都市居住者が進んで費用 負担する意欲を引き出し、それを伝える別の転送メカニズムを確立する対象範囲(そして必要性)がま すます大きくなることを意味する。 経済成長と生態系衰退 平均所得と消費水準は、主に開発途上国で一般に上昇している。炭素ベースのエネルギーへの継続的 な依存と、自然資源の加速的な使用は、生態系サービスへの圧力を増大させ、食料、淡水、繊維および 魚の将来における供給を脅かすようになるが、2025 年までに深刻な水ストレスにさらされた状態で生活 するようになることが予測されている。その一方で、世界の水のかなりの部分は灌漑に利用されるよう になる。90 億人の食料需要を満たすためだけでも、平均収穫量を現在のレベルから毎年 2%以上増やすこ とが必要となる。 WBCSD は、経済成長は「生態系破壊や原材料消費から分離し、持続可能な経済開発と変化する必要へ の対応に再び結合させなければならない」と論じる(WBCSD 2010: 6)。挑戦となるのは、そのような‘分 離’が単に環境への悪影響を離れた生産地に非局在化させることを意味するのではなく、エネルギーお よび原材料使用の効率を実際に向上させることを確実に意味するよう取り組むことである。例えば、世 界に残された森林を牧場や飼料作物に変えることなく、動物性タンパク質への高まる需要をどのように 満たすことができるだろうか。風景を高速道路や駐車場に変えることなく、機動性に対する需要をどの ように満たせるだろうか。 政治 現在の人口動向および経済の傾向は、持続可能な将来を実現する最前線の取り組みに、開発途上経済 国が今後ますます関与するようになることを示唆する。WBCSD によると、持続可能性への移行における 主要な課題は、統治の質の向上である。ビジョン 2050 が述べるとおり、統治システムは補完性の原則(集 中を排除し、意思決定を最も適切な地方レベルに委ねること)を尊重すべきだが、同時に、貿易、伝染 病、気候変動、水資源管理、公海上の漁場、さらに他の国境を越えた問題など、国際的な課題を解決す 1-15 ビジネスのための TEEB るのに必要な場合には、 “主権を預けなければならない(WBCSD 2010: 6) 。 WBCSD によると、将来の統治システムは、環境外部性を内在化し、透明性および包括性を確保し、 “公 平な競争の場”を創出し、さらに企業が持続可能な解決策を開発および実施できるよう、市場の指導を 上達していく必要があるとしている。未解決の疑問は、大きな新興経済国(いわゆる BRICS)に期待さ れる経済的および政治的な力の移行が、環境管理に対する新しい態度とアプローチをもたらすのか、さ らには、国際公共財の管理に関する国際協力協定を実現する努力を最終的に促進するのか、それとも妨 げるのかという点である。 生態系サービスの評価 経済活動の環境に対する影響を軽減するためには、規制、市場、消費者の選好、投入の価格設定、さ らに損益の計測法を変化させることが求められるが、これらすべてがビジネスに影響を与える。WBCSD が想定した一層‘持続可能な将来’において、 「価格は外部性のすべて、つまり費用と便益を反映する」 (WBCSD 2010: 18) 。エネルギーと資源の効率的な利用や、有害物質放出の削減を確実にすることが重視 される。例を挙げると、ビジョン 2050 は、2050 年までに温室効果ガスを 2005 年のレベルと比較して 50% 削減することを提案したが(IEA、エネルギー技術展望(ETP) 2008、ブルーマップシナリオ) 、この削 減は、炭素に価格を付ける公共政策改革によってある程度促進される(WBCSD 2010: 35) 。 こうした市場を基盤としたアプローチは、他の生態系サービス(気候調整に加えて)にもますます適 用されているが、幅広い自然資源に対するアクセスと影響のために、企業が将来一層の支払いをするの を予期できることを示している。同時に、環境管理への市場を基盤としたアプローチの適用は、生物多 様性保護や、生態系サービスの供給または回復に基づく、ビジネスチャンスを拡大することを意味し得 る。プライスウォーターハウスクーパーズがビジョン 2050 の「 (エネルギー、森林、農業および食料、 水および金属などの)自然資源における持続可能性に関連した世界的なビジネスチャンス」に向けて作 成した見積りによると、潜在的市場は 2050 年までに 2-6 兆米ドルの規模に達し(2008 年から価格が一 定と想定した場合) 、そのうち約半分は「炭素排出の削減に関連したエネルギー部門における追加投資」 から成る(WBCSD 2010: 34) 。この見積りは疑問視されるかもしれないが、自然資源および環境の持続可 能な管理において、ビジネスは今後ますます重要な役割を果たすようになると思われる。 情報と技術 将来を予見する試みにおいて最も不明な要素の 1 つは、技術の変化の速度と影響である。一例を挙げ ると、世界中で 40 億台の携帯電話が使用されており、そのうち 4 分の 3 は開発途上国で使われている。 世界銀行によると、標準的な開発途上国で携帯電話が 100 人当たり 10 台増えると、GDP の成長率はほぼ 1%上昇し、人々の福祉に大きく貢献する。 WBCSD が指摘したとおり、課題となるのは、文化が多様で異種混合的なままにとどまるように技術の 変化を促進すると同時に、教育やインターネット接続へのアクセスを改善して、人々が「地球とその上 に存在するあらゆる人々に関する現実を一層意識する」のを確実にすることである(WBCSD 2010: 6)。 ビジョン 2050 プロジェクトは、仕事の概念が変化し、パートタイム、フレックスタイム、在宅勤務、協 働(co-working) 、さらに長期休暇が一層大きな要素として含まれるようになると予想する。情報へのア クセスの増加によって、環境モニタリングおよび管理が促進されるべきである。他の新しい技術が生物 1-16 ビジネスのための TEEB 多様性に及ぼす影響は判然としない。 1.3.3 さまざまな傾向の間の関連性と、その関連性のビジネスおよび生物多様性との関係 上記で要約したさまざまな予測は、より持続可能な将来に備え、また貢献するため、企業が考慮しな ければならない多くの要素のいくつかを概説している。明らかになっていないのは、それらの傾向と生 物多様性との関係と、そうした関連性がビジネスに与える影響である。このセクションでは、今日のビ ジネスに影響する種々の主要な傾向を考慮して、生物多様性および生態系サービスとの関係を評価し、 生じ得るビジネスリスク、影響および機会を特定する。 生物多様性損失と生態系衰退は、社会的、経済的および環境的変化を含む、ビジネスに影響する各種 の重要な傾向と関係していると我々は考える(図 1.3)。ほとんどの場合、因果関係は双方向的である。 さまざまな要因が生物多様性損失の速度および規模に影響を及ぼしており、同様に生物多様性および生 態系の損失は他の重要な傾向の原因となっている(ミレニアム生態系評価 2005; 世界経済フォーラム 2009; UNEP 2007) 。手短に言うと、生物多様性損失に対する企業の対応は、種々の重要な傾向に対する 企業の対応から切り離して決定することはできない。 例えば、沿岸生態系、特にマングローブ林と植生のある砂丘の攪乱または転換は、多くの場合、気候 変動の原因となる温室効果ガス放出を招く。その種の消滅は、沿岸地域の洪水など、気候変動の影響の 深刻度を増幅する可能性もある(Dahdouh-Guebas et.al 2005) 。反面、水位が上昇しますます激しく荒 れる海は、気候変動に伴い予想される影響の 1 つだが、沿岸生態系の一部、特に潮間帯の干潟やマング ローブの損失を加速する可能性がある(Sharp 2000) 。 生物多様性と他の傾向との関連性が、表 1.1 でさらに考察されている。この表では、地球規模の主要 な傾向から選んだ項目を、生物多様性と生態系に関連した潜在的リスクおよび機会、またビジネスに対 する影響という観点で検討している。表の提示する要素は以下のとおりである。 ・各傾向と、それが生物多様性と生態系サービスにどのように関係しているかについての説明; ・各傾向がビジネスに及ぼすおそれのある生物多様性に関連したリスクと、見込まれる企業の対応(第 4 章も参照) 。; ・生物多様性に関連した潜在的なビジネスチャンスの例(第 5 章も参照) 。 1-17 ビジネスのための TEEB 図 1.3 生物多様性および生態系損失と他の重要な傾向との関連性 費者 る消 す 変化 の選好 自然 資源 の消 耗 気候 変 の 域 護地 拡大 範囲 動 保 科学的 理解の 向上 病気 の 蔓延 生物多様性& 生態系損失 エ ネ 不 ルギ 安 定 ーの 性 技 革 術 新 環境規制の増加 出展: プライスウォーターハウスクーパーズが TEEB に提供 表 1.1 に含まれる傾向は網羅的なものではなく、分析も当然大まかでしかないが、企業または産業の 線に沿ったより詳細な分析の出発点を提供できるかもしれない。傾向のリストは優先順に配置されてお らず、実際、各傾向の妥当性は企業の地理的環境およびビジネス活動によって異なる。さらに詳細な点 については、消費者の選好の傾向に関する次のセクションで扱われ、地球規模の重要な傾向、生物多様 性およびビジネスの関連性をより深く分析する方法が示される。 表 1.1 で概要を示した傾向のいくつかは、ビジネスの持続可能性、環境または生物多様性の管理シス テムに関する従来の領域および権限から外れている。しかしながら、生物多様性と生態系が他の多くの 傾向と関連しているように、それらの傾向を他と切り離して考慮すべきではない。ビジネスリスク管理 システムは、そうした傾向を結び付け、またそれらを分析および追跡し、資源を配分し、対応を決定す るための体系を示すのに役立つ場合がある。我々は、生物多様性と生態系リスクを早期に特定、評価お よび管理するなら、両者はビジネスにおける競争上の優位性の基礎を提供し得ると提言する。 1-18 ビジネスのための TEEB 表 1.1 主要な傾向と、生物多様性およびビジネスに対する潜在的影響 どのような傾向か。 生物多様性に関連したビジネスリスクと影 響 生物多様性に関連したビジネ スチャンスと影響 天然資源の消耗 淡水、肥沃土、木材、魚など、 原材料および生物資源の供給 が減少している。この傾向は、 汚染、気候変動(下を参照) 、 外来侵入種の拡散、さらに多 数の新興経済国における消費 水準の上昇によって加速しつ つある。例えば 2006 年の予想 によると、現在のペースで漁 獲が続くと、世界の商業的漁 業は 50 年以内に崩壊する (Worm 2006) 。 リスク: ・自然資源不足の深刻化は、利用機会が減少 する、または利用に一層費用がかかること を意味する。自然資源の利用可能性の低下 に関連した二次的リスク(国家間紛争、資 源ナショナリズム、テロリズムまたは大量 移民)によって、企業による利用機会はさ らに減少する可能性がある。 機会 ・資源効率が企業競争力にと って一層重要になる。早期 に適応した者が競争上の優 位性を得るかもしれない。 保護地域の範囲拡大 最近 30 年間に、保護地域の全 面積は 3 倍に拡大しており (UNEP 2007) 、この拡大は、 特に保護地域数が少なすぎる 海洋および沿岸地域で継続す ることが予想される。 影響: ・企業は、自らが依存する自然資源の蓄えを 監視し、長期計画における潜在的な資源の 不足を埋めるツールを必要とする。 ・企業は、自らの資源所要量に対するアクセ スを確保する独創的な方法を見出す必要 があるかもしれない。特に肥沃で水の豊富 な農地に対するアクセスが必要であり、他 のステークホルダーの要求を考慮した方 法が求められる。 リスク: ・保護地域の継続的な拡大によって、ビジネ ス活動の一部が制限される。あるいは土地 や海の利用または転換に依存した企業の 操業費用が増大する。こうした変化は、特 に観光業、農業、林業、漁業、海運業およ び採掘業などの業種に影響を与える。 影響: ・操業許可を確保するのに、企業は、地域ま たは流域レベルで同業者、規制当局および NGO と協働する必要がある。保護地域の目 標に対して企業から直接寄付することが 含まれるかもしれない。 ・保護地域での操業許可を確保および維持す るため、一部の企業は環境管理のための内 部統制を厳しくし、その内部統制に一層多 くの資源を投入する必要があるかもしれ ない。 1-19 機会 ・以前よりも小さな土地や海 の‘フットプリント(占有 面積)で同じ生産量を算出 できる企業は、保護地域が アクセスを制限している地 域で同業者をしのぐことに なる。 ・ 優 れ た 環 境 管 理 (environmental stewardship)や保護地域に 対する支持の実績は、企業 からの資源へのアクセスの 請求を考慮する際、規制当 局者から好意的に評価され る可能性がある。 ビジネスのための TEEB どのような傾向か。 生物多様性に関連したビジネスリスクと影 響 生物多様性に関連したビジネ スチャンスと影響 科学的理解の向上 情報技術における研究と進歩 の連係は、環境影響データの 信頼性が増し、より容易にア クセスできるようになり、空 間データの分解能が高くなっ ていることを意味する。例え ば、2007 年から 2009 年にか けて、海洋保護区の統合を含 めて、世界保護地域データベ ース上の生態情報の質および 正確性が大幅に向上した。こ のデータベースは、現在オン ラインで利用できる(WDPA 2009) 。 技術革新 生物模倣工学などの継続的な 発展。例えば、2008 年に第 2 世代のバイオ燃料(生化学的 および熱化学的)が実証段階 に達したが、第 3 世代の藻類 バイオ燃料は生産性をさらに 向上させる見込みがある(IEA 2008) 。 リスク: ・自然資源利用の測定法における進歩によっ て、生物多様性と生態系のビジネス利用と 影響を、外部のステークホルダーが一層綿 密に調査することが可能になる。 機会 ・進んだ環境影響情報を利用 する企業は、価値の高い資 源、生態系サービスに関す る協定および操業許可、ま たはそのどれかを早期に取 得することによって、優位 に立つかもしれない。 影響: ・生物多様性と生態系サービスに企業がどの ように依存しているかについての一層明 白な証拠は、ビジネス上の優先順位におけ る課題の上位に BES を押し上げる。 リスク: ・一部の技術および資源管理システムは、遺 伝的多様性を減少させるか(例えば、多収 量交配種または単一クローン作物種 (monoclonal crop varieties) 、他の仕方 で生態系を傷付け、業務上のリスクまたは 風評リスクを生じさせる場合がある。 影響: ・新しい技術からが生じるリスクから絶滅危 惧種や生態系を保護するための一層厳格 な保護措置を定めるようになるかもしれ ない。例えば、研究開発に長期間を費やす 手法、一層徹底した品質管理、影響を受け やすい生息地付近での新製品試験の禁止 などである。 1-20 機会 ・企業は同業者や NGO と協力 し、教育とコミュニケーシ ョンを用いて、新しい技術 についての一般の懸念を和 らげることができる。 ・生物多様性および生態系サ ービスにやさしい新技術や 生産慣行に投資した企業、 またはそうした技術を開発 した企業にとって、潜在的 な商機となる。 ビジネスのための TEEB どのような傾向か。 生物多様性に関連したビジネスリスクと影 響 ますます厳格になる環境規制 生物多様性を保護し、生物多 様性被害に対する企業の支払 いを確実にする公共政策の変 化、厳格性、執行がますます 増大している。例えば、EU 環 境責任指令、EU 生息地指令、 米国水質汚染防止法、メキシ コの持続可能な林業法 ( Sustainable Forestry Code) (エコシステム・マーケ ットプレイス 2010) 、ブラジ ルの環境補償法(Compensação Ambiental Law)2 などがある。 例えば生物多様性オフセッ ト、認証およびラベリングな どの自発的なアプローチは、 公共政策にますます影響を与 えている。 リスク: 機会 ・政府が‘汚染者負担の原則’をより広範囲 ・一部の企業は、差し迫った そして厳格に適用していることに伴う、生 規制変更に備えて‘規則遵 物多様性に対する悪影響を軽減するため 守の義務の超えた’将来の の予期せぬ規制の変更、また企業に対する 規制を形成し、ステークホ 規制の一層の重圧。 ルダー間の関係を改善に役 ・コンプライアンス・コストや、炭素、水、 立つことにより、企業は利 土地および他の資源に関する‘環境’税 益を得るかもしれない。 は、事業コストの増大を意味する。 ・政策立案者が、生態系サー ビスへの支払いなどの市場 影響: を基盤とした環境政策に一 ・企業は、姿を現しつつある環境政策体制に 層頼るようなると、一部の 精通し、自らの環境に関する実績を確認、 企業は新たな収入機会を手 管理、監視および報告するための適切な手 にし、および/または影響の 順を確実に整備すべきである。 軽減が一層柔軟で安価にな ・生物多様性に対する影響が一層綿密に調査 る可能性がある。 されるため、事業拡大にはより多くの時間 と一層の努力が求められる場合がある(許 可および計画に関する承認や信用を受け るための条件) エネルギーの不安定性 化石燃料の埋蔵量が減少を続 け、ますます入手しにくくな っていることに加えて、エネ ルギー供給の政治リスクも存 在するため、国家や企業は自 らのエネルギー供給を再評価 し、多様化せざるを得なくな っている。 リスク: ・土地集約的なエネルギー源(バイオエネル ギー、集光太陽熱発電、陸上風力発電、オ イルサンドなど)に対する依存が高まって いるため、土地をめぐる競争や土地に対す る圧力が一層増大している。 ・エネルギー企業は、炭化水素へのアクセス を確保するため、技術的に挑戦となる業務 環境(深海や北極など)にますます目を向 けるようになっている。 影響: ・土地集約的なエネルギー生産を政策が支持 している地域で操業する企業は、将来のア クセスを確保するための計画を必要とす る。例を挙げると、インドの農業関連産業 は、バイオ燃料の開発を国家政策が支持し ているため、肥沃地を確保するのがますま す困難になることに気付くかもしれない (政策は、2017 年までにディーゼル燃料 需要の 20%をバイオ燃料でまかなうよう求 めており、そのために 1,400 万ヘクタール の土地が必要となる可能性がある) (国立 応用経済研究所(NCAER) 2009) 。 1-21 生物多様性に関連したビジネ スチャンスと影響 機会 ・企業は、土地と水に関して 食用作物と競合しないバイ オ作物またはバイオ燃料技 術を開発できる。 ・エネルギー需要を確保する ため前もって計画すること により、競走上の優位性を 得る機会がある。 ビジネスのための TEEB どのような傾向か。 生物多様性に関連したビジネスリスクと影 響 生物多様性に関連したビジネ スチャンスと影響 病気の蔓延 病気や、鳥インフルエンザ、 豚インフルエンザおよびウエ ストナイルウイルスなどの流 行病の疾病の型が変化し、劣 悪な水質や、衰退した生態系 の他の特徴によって状況は深 刻化している。気候変動、都 市化およびグローバリゼーシ ョンなどの他の傾向は、病気 の蔓延を加速する可能性があ る。 リスク: ・社会は(従って企業も) 、病気の蔓延に対 処するため、清浄な空気と水を含む健全な 生態系に依存している。衰退した生態系は 消費者や従業員の健康を危険にさらし、ビ ジネス上の価値連鎖に影響を及ぼす可能 性がある。 ・生物多様性損失は、野草および動物の薬効 や他の特性を利用しようとする企業に影 響を与える恐れがある(例えば健康関連部 門) 。 機会 ・伝染病の蔓延(劣悪な水質 や衰退する生態系によって 深刻化する)は、健康関連 の支出の増加につながり、 医療部門のための機会が増 加する可能性がある。 ・企業は状況に応じた対処法 または技術を開発し、生態 系衰退の健康に関連した結 果を軽減し、同時に/または その結果に適応することが できる。 影響: ・企業は、自社の業務が病気発生率の上昇に よってどのように影響を受けるかを評価 し、従業員間の病気の蔓延を減少させるた め行動することを望むようになるかもし れない。 ・自然の遺伝子資源に依存する企業(例えば バイオ技術、製薬部門)は、生物多様性が 劣化し、原材料コストが増大する世界に備 えて計画すべきである。 気候変動 リスク: 機会 温室効果ガス排出によって引 ・温度変化、極端な気象現象の増加、海面上 ・気候変動に関連したリスク き起される複雑な現象は、生 昇、水ストレスの増大と干ばつの増加は、 を評価するビジネスサービ 態系の働きを地域および地球 あらゆる企業が依存する生態系サービス スおよびツールの開発(異 レベルで変化させている。 の利用可能性を劇的に変化させる。例え 常気象リスクマップなど) 、 ば、海面温度や酸性度の変化によるサンゴ または気候適応サービスの さまざまなシナリオに基づい 礁などの観光業にとっての天然資源ある 提供(耐乾性作物など)。 て、IPCC は地球気温が今世紀 いは深刻化する水不足による農業生産力 ・気候変動の影響を予期でき 末までに 1 から 6℃上昇する の低下を挙げることができる。 る企業と、その‘気候変動 ことを示唆した(IEA 2009) 。 に耐えうる’ビジネスモデ 平均地球気温が 1.5-2.5℃上 影響: ルの持つ潜在的優位性。 昇しただけでも、全生物種の ・企業は、気候変動の影響を長期計画に織り ・バイオ炭素オフセットのた 20-30%が増大する絶滅の危機 込み、この傾向が生態系サービスへのアク めの新興市場( 「森林減少・ に直面すると予想されている セスを脅かす可能性のある分野を調査し 劣化による排出削減」 (IPCC 2007)。 評価できる。 (REDD+)を含む)への参加。 1-22 ビジネスのための TEEB 1.3.4 消費者の選好の変化: ビジネスと生物多様性に対する影響 ビジネス、生物多様性、また両者の関連性は、常に進化を続ける消費者の選好に大きく影響される。 13,000 人を対象とした最近の調査によると、たった数年前に比べて、今日の消費者は一層環境に関心を 持つようになっていると示唆している。ラテンアメリカでは消費者の 82%、アジアでは 56%、米国では 49%、ヨーロッパでは 48%が一層関心を示している(テイラーネルソンソフレス(TNS) 2008)。変化し つつある消費者の選好の例には、絶滅危惧種(例えばトラ、クマ、タツノオトシゴ)に影響が及ぶと認 識されたことによる漢方薬に対する需要の減少、あるいはヨーロッパや北アメリカにおいて毛皮衣料の 受容が変化し、狩猟と毛皮のための動物飼育の両方に波及効果が見られることが含まれる。 生物多様性に対する社会の意識も高まりつつある。IPSOS による 2010 年の調査によると、ヨーロッパ および米国の消費者の 60%(さらにブラジルでは 94%)が生物多様性について聞いたことがあり、前年と 比べて増加していた(倫理的バイオトレード連合(Union for Ethical BioTrade/UEBT)2010) 。意識の 向上は購買行動に影響を及ぼす可能性があり、同じ調査で質問を受けた消費者の 81%が、倫理的な調達 慣行を無視した企業の製品を買うのをやめると言明した。2010 年 5 月に実施された英国の消費者を対象 とした別の調査では、全回答者のおよそ半数が、商品が生物多様性と生態系に及ぼす影響の責任を負う ため、100 英国ポンドまでの買い物の際に 10%から 25%をより多く支払うことを示唆した 3。 環境認定製品の普及は、消費者の変化しつつある選好のもう 1 つの徴候である。IPSOS による前述の 調査は、消費者の 82%が、自社の調達慣行の独立検証を受ける企業に一層信頼を置くことを明らかにし た(UEBT 2010) 。NGO のキャンペーン、社会的懸念、また生物多様性損失に関連した選好の変化に応じ て、多数のラベリング企画が立ち上げられた。そうした企画には、森林管理協議会(FSC) 、海洋管理協 議会(MSC) 、レインフォレスト・アライアンス認定のコーヒー、ココアおよび茶が含まれており、国際 社会環境認定表示連合(ISEAL)のメンバーは最近 2 年間で 2 倍以上に増加した(ISEAL 2010)。 エコラベリング企画の数が増加していることに加えて、認定製品の総売上高と市場占有率も、小規模 な市場基盤から出発しているにも関わらず拡大している。例えば、2005 年から 2007 年にかけて FSC ラ ベルを添付した製品は 4 倍に増加した(FSC 2008)。倫理的食品および飲料(ethical food and drink) に対する支出は最近 10 年間で 3 倍以上増加し、1999 年の 19 億英国ポンドから 2008 年の 60 億英国ポン ドに拡大した(協同組合銀行 2008) 。別の例では、2008 年 4 月から 2009 年 3 月の間に、MSC ラベルを添 付したシーフード製品が 50%以上増加し、小売価格で 15 億米ドルに達した(MSC 2009)。 一部の FMCG(fast-moving consumer goods、日用消費財)ブランドのオーナーの行動は、エコラベリ ングはニッチ市場から市場の主流へと移行しつつあることを示唆する。最近の数年間で、いくつかのブ ランドのオーナーと小売業者は、多くの場合認定を通して、環境にやさしい製品の特性を自社の主要な ブランドに付加している。実例には、ドムタール(FSC 認定の用紙) 、マース(レインフォレスト・アラ イアンス認定のココア) 、キャドバリー(フェアトレード認定のココア) 、クラフト(レインフォレスト・ アライアンス認定の Kenco コーヒー) 、さらにユニリーバ(レインフォレスト・アライアンス認定の PG ティップス)が含まれる。重要なのは、これらのブランドすべては認定企画によって生物多様性に関連 した特性を提供しているものの、消費者に割増料金の支払い、あるいは品質、風味または利用可能性に おける妥協を求めていないことである。同様に、小売業者も生物多様性に関連した活動を実施しており、 1-23 ビジネスのための TEEB そうした活動について消費者に知らせている。例えば英国では、スーパーマーケットチェーンのウエイ トローズが、自社の「パーム油に関する方針(Palm Oil Policy) 」を顧客向けのラベリングに関連付け ている。 「ウエイトローズは油の呼称に技術的方針を設け、 ‘混合植物油’という用語を使用しない。その結果、 独自のブランドを付した、パーム油が成分として使用される製品ごく少数で、我々の顧客がそれを識別 できるようになっていると確言できる」 (ウエイトローズ 2009) 。 ビジネス活動は、消費者の選好に対応するだけでなく、消費者に影響を与え、教育する際の主要な推 進要因でもある。政府は、市場における規制、また税金や補助金などのインセンティブだけではなく、 政府自体の購買戦略によっても、消費者の選択や生産者の行動に影響を及ぼすことができる。例を挙げ ると、EU に加盟する 16 カ国は、グリーン公共調達国家行動計画(Green Public Procurement National Action Plans)を採択した。この計画には、製品やサービスを購入するための環境基準が含まれている (EC 2009) 。 生物多様性にやさしい製品やサービスに対する消費者の需要が高まるにつれ、企業は自社の業務に及 ぶ影響を確実に確認、評価および管理するよう努めるべきである。消費財企業のサプライチェーンは、 生物多様性への影響と管理の面で、ますます綿密に調査されるようになっている。例えばウォルマート は、持続可能性に関する実績に基づいて、自社の供給業者の採点を始めた。その評価の過程では、生物 多様性および自然資源の使用が大きな注目点となっている。ウォルマートは、5 年以内に自社の全製品 にエコラベルを定着させることを目指している。結果として、生物多様性への配慮を社内管理プロセス に織り込むよう供給業者に求める圧力が増大することが予想される。 消費者向け企業は、特に生物多様性をリスク管理システムにしっかりと織り込むことを望むかもしれ ない。この取り組みには以下の要素が含まれる可能性がある。 ・生物多様性に関連した消費者の関心を、企業にとってのリスクの一覧に確実に含める(例えば、その 企業は顧客の態度をどの程度正確に把握しているか) 。 ・リスクの重大性を評価する(例えば、それはブランド価値にどう影響するか。生物多様性に関連した 顧客の選好の変化が、主要製品に対する需要に影響を及ぼしそうであるか、このリスクは、気候変動、 水不足、景気循環などの他のリスクに関連しているか) 。 ・適切な対応を計画する(例えば、内部調達または生産手順を調整し、価値連鎖におけるキープレイヤ ーに働きかけて、生物多様性への影響を確実に最小化する。生物多様性に関連した消費者問題に関す る、業界全体の専門知識を結集する協力過程を確立する。生物多様性に関連した具体的な方針とコミ ュニケーション戦略を案出し、顧客の関心に対処すると共に、顧客を教育する) 。 環境に責任を持つ商品およびサービスの拡大する市場を活用するため、企業は自らが適切なプロセス と専門知識を持っているかどうか検討することを望むかもしれない。例えば、エコ認定制度に準拠する には、企業製品および事業プロセスの生物多様性に対する影響を十分に理解していること、加えてモニ タリング、システム管理、評価および報告システムを支持する能力の開発が求められる。 1-24 ビジネスのための TEEB 1.4 主要な傾向からビジネス上の価値へ これまでのセクションで、ビジネスに影響を及ぼす主要な傾向の一部を概説し、これらの傾向が生物 多様性損失と生態系衰退への企業の対応にどのように影響し得るかを示した。こうした傾向の多くは、 生物多様性および生態系管理の従来の領域外にあるが、ここではそれらを切り離して考慮できないこと を論じる。 これらの傾向とその相互作用への効果的な対応を策定するため、企業は、生物多様性と生態系に対す る自らの影響および依存を評価するための信頼できる情報を必要とする。リスク管理の枠組みは、そう した傾向を分析および追跡し、資源を配分し、適切な対応を決定するための体系とプロセスを提供でき る。重大なリスクが早期に特定、評価および管理される場合、それらは競走上の優位性に転換する可能 性がある。 この報告書の次の章では、生物多様性および生態系の現状と傾向の概略、生物多様性損失の要因を示 し、危機にさらされる経済的価値について説明する。また、さまざまな業種の BES に対する影響および 依存性を考察し、同時にそれらがビジネスにとってのリスクと機会の両方を生み出す仕方の概要を示す。 1-25 ビジネスのための TEEB 脚注 1 この点と他の TEEB 報告書に関する詳細については www.teebweb.org に掲載されている。 2 “Compensação Ambiental”はブラジル法第 36 条(Law no. 9985)に記載されており、プロジェクト 開発による自然環境への悪影響を相殺するために策定されたもので、開発業者に認可費用の支払いを 求めている。 3 Opinium 社によるプライスウォーターハウスクーパーズのための調査で、2010 年 5 月に、英国各地の 2,000 人の回答者を対象とした。回答者は、単一式と多肢選択式を併用した質問への回答を求められ た。 1-26 ビジネスのための TEEB 参 考 文 献 Athanas, A., Bishop, J., Cassara, A., Donaubauer, P., Perceval, C., Rafiq, M., Ranganathan, J., and Risgaard, P. (2006) Ecosystem Challenges and Business Implications. Business and Ecosystems Issue Brief, Earthwatch Institute, World Resources Institute, WBCSD and IUCN (November). Bishop, J., Kapila, S., Hicks, F., Mitchell, P. and Vorhies, F. (2008) Building Biodiversity Business. Shell International Limited and the International Union for Conservation of Nature: London, UK, and Gland, Switzerland. 164 pp. (March). Dahdouh-Guebas, F. et al. (2005) How effective were mangroves as a defence against the recent tsunami? Current Biology Vol 15 No 12. URL: http://www.vub.ac.be/APNA/staff/FDG/pub/Dahdouh-Guebasetal_ 2005b_CurrBiol.pdf (last access 17 June 2010) European Commission (2009), National GPP policies and guidelines. URL: http://ec.europa.eu/environment/gpp/national_gpp_strategies _en.htm (last access 9 October 2009) http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S03014215090085 93 (last access 9 January 2010) Nippon Keidanren (2010), Declaration of Biodiversity by Nippon Keidanren, URL: http://www.keidanren.or.jp/english/policy/2009/026.html (last access 15 June 2010) PricewaterhouseCoopers (2010), 13th Annual Global CEO Survey 2010. Available at: http://www.pwc.com/gx/en/ceo-survey/index.jhtml (last access: 15 June 2010) Sharp, J. (2000) Coast in Crisis, Protecting wildlife from sea level rise and climate change, Royal Society for the Protection Birds, UK. URL: of http://www.rspb.org.uk/Images/CRISIS72_tcm9-133013.pdf (last access 17 June 2010) Taylor Nelson Sofres (TNS) (2008). ‘Global Shades of Green – TNS Green Life Study’ presented at TNS Green Life Conference in New York City October 2008. Forest Stewardship Council (2008), Facts and Figures on FSC growth and markets. URL: http://www.fsc.org/fileadmin/web-data/public/document_cente r/powerpoints_graphs/facts_figures/2008-01-01_FSC_market_in fo_pack_-_FINAL.pdf (last access 9 January 2009) TEEB - The Economics of Ecosystems and Biodiversity: The Ecological and Economic Foundations (2010), Chapter 2, European Commission, Brussels. URL: http://teebweb.org Global Environment Outlook: Environment for Development. GEO4. UNEP/ Earthprint. URL: http://www.unep. org/geo/geo4/media/ (last access 21 August 2009). The Co-operative Bank and the Ethical Consumer Research Association (2008), Ten Years of Ethical Consumerism: 1999-2008. URL: http://www.ethicalconsumer.org/Portals/0/Downloads/ETHICAL% 20CONSUMER%20REPORT.pdf (last access 9 October 2009) Global Risks 2009: A Global Risk Network Report, Figure 2. URL: http://www.weforum.org/pdf/globalrisk/2009.pdf (last access 21 August 2009); UNEP - United Nations Environment Programme (2007) The Ecosystem Marketplace, (2010) State of Biodiversity Markets: Offset and Compensation Programs Worldwide. Forest Trends, Washington, DC. G8 Environment Ministers Meeting (2007) Potsdam Initiative – Biological Diversity 2010. Potsdam, 15-17 March 2007. URL: http://www.bmu.de/files/pdfs/allgemein/application/pdf/pots dam_initiative_en.pdf (last access 8 July 2010) UNEP - United Nations Environment Programme (2007) Global Environment Outlook: Environment for Development. GEO4. UNEP/Earthprint. URL: http://www.unep.org/geo/geo4/media/ (last access 19 May 2010) http://www.g-8.de/Content/EN/__Anlagen/2007-03-18-potsdamer -erklaerung-en,property=publicationFile.pdf Union for Ethical BioTrade (2010) Biodiversity Barometer 2010 URL: http://www.countdown2010.net/2010/wpcontent/uploads/UEBT_BI ODIVERSITY_BAROMETER_web-1.pdf (last access 25 May 2010) International Energy Agency (2009) World Energy Outlook. Organization for Economic Cooperation & Development, Paris. International Energy Association (2008), From 1st – 2nd Biofuel Generation Technologies. URL: http://www.iea.org/papers/2008/2nd_Biofuel_Gen_Exec_Sum.pdf (last access 9 January 2010) IPCC - Intergovernmental Panel on Climate Change (2007), Fourth Assessment Report Climate Change, Synthesis Report. URL: http://www.ipcc.ch/ (last access: 9 January 2010) ISEAL Alliance (2009), pers. comm. Marine Stewardship Council (2009), Annual Report 2008/2009. URL: http://www.msc.org/ (last access 9 October 2009) Millennium Assessment (2005) Ecosystems and human well-being: Opportunities and challenges for business and industry, Figure 2. Island Press, Washington D.C.; World Economic Forum (2009) Millennium Ecosystem Assessment (2005) Ecosystems and human well-being: Opportunities and challenges for business and industry. Island Press, Washington, D.C. National Council of Applied Economic Research (2009), Biodiesel from jatropha: Can India meet the 20% blending target? Elsevier. URL: United Nations (1993) Convention on biological diversity (with annexes). Concluded at Rio de Janeiro on 5 June 1992. Treaty series No. 30619. URL: http://www.cbd.int/convention/convention.shtml Waitrose (2009), Palm Oil Policy. URL: http://www.waitrose.com/food/foodissuesandpolicies/palmoil. aspx (last access 9 October 2009) WBCSD (2010) Vision 2050: The New Agenda for Business. World Business Council for Sustainable Development: Geneva (February). Available at: http://www.wbcsd.org/web/vision 2050.htm World Database on Protected Areas (2009), Annual Release. URL: http://www.wdpa.org/AnnualRelease.aspx (last access 9 January 2010) Worm, B. et al. (2006) Impacts of Biodiversity Loss on Ocean Ecosystem Services, Science Vol. 314. no. 5800, pp. 787 – 790 URL: http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/314/5800/ 787 (last access 21 Aug 2009) 1-27 ビジネスのための TEEB 第 2 章: 生物多様性と生態系サービスに対するビジネスの影響と依存 「ビジネスのための TEEB」コーディネーター: Joshua Bishop (国際自然保護連合(IUCN)) 編集者: Mikkel Kallesoe (WBCSD), Nicolas Bertrand (UNEP) 寄稿者: Scott Harrison (BC Hydro), Kathleen Gardiner (Suncor Energy Inc.), Peter Sutherland (GHD), Bambi Semroc (CI), Julie Gorte (Pax World), Eduardo Escobedo (UNCTAD), Mark Trevitt (Trucost plc), Nathalie Olsen (IUCN), James Spurgeon (ERM), John Finisdore (WRI), Jeff Peters (Syngenta), Ivo Mulder (UNEP FI), Christoph Schröter-Schlaack (UFZ), Emma Dunkin, Cornelia Iliescu (UNEP) 謝 辞 : Adachi Naoki (Responsibility), Alistair McVittie (SAC), Delia Shannon (Aggregate Industries), Gerard Bos (Holcim), Luke Brander (IVM), Richard Mattison (Trucost plc), Alison Reinert (Syngenta), Donn Waage (NFWF), Gigi Arino (Syngenta), Jeffrey Wielgus (WRI), Jennifer Shaw (Syngenta), JiSu Bang (Syngenta), Juan Valero-Gonzalez (Syngenta), Rufus Isaacs (Michigan State University), Steve Bartell (E2 Consulting) 免責事項: 本報告書で表明された見解は、純粋に著者自身のものであり、いかなる状況においても関係 する組織の公式な立場を提示したものと見なすことはできない。 ビジネスのための TEEB 報告書最終版は、アーススキャン社から出版される予定である。最終報告書に含 めることを検討すべきと考えられる追加情報または意見については、2010 年 9 月 6 日までに次の E メ ールアドレスに送信してほしい。: [email protected] TEEB は国連環境計画により主催され、欧州委員会; ドイツ連邦環境省; 英国政府環境・食料・農村地域 省; 英国国際開発省; ノルウェー外務省; オランダの省間生物多様性プログラム(Interministerial Program Biodiversity): およびスウェーデン国際開発協力庁の支援を受けている。 2-1 ビジネスのための TEEB 生態系と生物多様性の経済学 第2章 生物多様性と生態系サービスに対する ビジネスの影響と依存 目次 主要なメッセージ 3 2.1 はじめに 5 2.2 生物多様性、生態系および生態系サービス 6 2.2.1 生物多様性、生態系および生態系サービスに関する現状と傾向 7 2.2.2 将来における生物多様性と生態系サービスのモデル化 8 2.2.3 生物多様性損失と生態系衰退の要因 9 2.2.4 ビジネスに対する影響 11 2.2.5 外部性と危機に瀕した価値 13 2.3 さまざまな部門における生物多様性と生態系サービスに対する影響および依存 17 2.3.1 農業 17 2.3.2 林業 21 2.3.3 鉱業と採石業 22 2.3.4 石油とガス 24 2.3.5 化粧品とパーソナルケア 24 2.3.6 水の供給と衛生 24 2.3.7 漁業 26 2.3.8 観光業 26 2.3.9 輸送業 27 2.3.10 製造業 27 2.3.11 金融業 28 2.4 生物多様性および生態系に関連したビジネスにおけるリスクおよび機会 30 2.4.1 業務 30 2.4.2 規制及び法律 31 2.4.3 評判 31 2.4.4 市場および製品 32 2.4.5 財務 32 2.5 結論 33 参考文献 34 ボックス Box 2.1 受粉媒介者作戦: 農業のための自然資本に対する投資 Box 2.2 綿花生産とアラル海 2-2 ビジネスのための TEEB Box 2.3 中国における建設と森林破壊 Box 2.4 ホルシム社と湿地回復の価値 Box 2.5 水道事業はどのように流域のサービスに依存しているか 図 図 2.1 生態系サービスの貸借対照表 図 2.2 生物多様性損失の主な直接的要因の影響 図 2.3 要因間のフィードバックと相互作用 図 2.4 主要な 5 つの産業部門の及ぼす推定環境被害 図 2.5 企業活動と生物多様性に関するリコー社のマップ 表 表 2.1 生態系サービスの 4 つのカテゴリー 表 2.2 生物多様性、生態系および生態系サービスの関係 2-3 ビジネスのための TEEB 主要なメッセージ 業種にかかわらず、あらゆる企業は生物多様性と生態系に影響を与えており、同時に生態系サー ビスに依存している。 :BESから益を得ることがない、または周囲の生態系を変化させることのない企業活 動を思い浮かべるのは困難である。例えば、バイオ技術産業は、野生遺伝子資源へのアクセスから益を得て いるが、同時に遺伝子組換え生物を持ち込むことでリスクを生じさせている。農業関連産業は、受粉などの生 態系サービスから益を得ているが、同時に土地や水資源に影響を及ぼし、他の生態系サービスを減少させて いる。林業、建設業および出版業は、木材と木質繊維の持続的供給に依存しているが、野生生物やレクリエ ーションに関連した価値を犠牲にする形で、森林構造を変化させる可能性がある。観光業は、自然の景観の 文化的サービスおよび審美的価値から益を得ているが、あまりにも多数の旅行者を特定地域に呼び込むこと によって、自然の価値が減少してしまう。 BESの衰退は前例のない速度で続いている。 :BESの現状に関する大多数の指標は衰退を示しており、生 物多様性に対する圧力の指標は上昇を示している。一部の地域においては保護の成功や対策が見られるも のの、生物多様性および生態系損失の速度は鈍化していないように思われる。こうした状況は、ビジネスおよ び社会一般に現実の目に見えるリスクをもたらす。BESは企業および経済全般にとっての価値を生み出して おり、BESの損失によって民間と公共双方が費用を負担することになるためである。 BES衰退の主な直接的要因は、生息地の変化、気候変動、外来種、乱開発および汚染である。 :企業 は、生物多様性と生態系サービスに対する自らの影響を管理および緩和することによって、これらの圧力の 軽減することができる。企業はBESに関連した自社の業務を系統的に見直し、生態系サービスにおける変化 の直接的および非直接的要因がどのように自らのビジネスに影響を及ぼし得るかを評価すべきである。 BES衰退に関連した業務、規制、評判、市場、製品および財務に関するリスクは、特にそのリスク が非直接的な場合、ビジネスから見過ごされ、過小評価されることが多い。 :企業は、自社の価値連 鎖の全体を検討し、BESの影響および依存がどこでどのように自らのビジネスに影響し得るかを判断する必 要がある。歴史を通して、企業業績の財務分析においてBESに注意が向けられることはあまりなかったが、気 候変動のビジネスにおけるリスクおよび機会への関心が高まった結果、状況は部分的に変化しつつある。 他の社会的目標に貢献しながら、BES衰退に対処するという未開拓のビジネスチャンスが存在す る。 :先見の明のある企業は、投資家、顧客、さらに消費者の選好を環境保護志向にすることから機会を創出 できる。その一方で、BESに対する自らの影響と依存を評価し損なう企業は、こうした利益になる機会を見過ご すかもしれない。 BESの価値は、往々にしてビジネス上の意思決定の外に置かれている。 :生態系への影響と依存を測 定しBES衰退の重要性を認めながら、多くの企業はそうした情報を自社の中核的な事業および企業に関する 決定に織り込むのに困難を感じている。 2-4 ビジネスのための TEEB 2.1 はじめに 企業の大多数は、自然との間に双方向の関係を持つ。一方では、自らの中核事業を通して直接的に、 またはサプライチェーンあるいは融資および投資対象の選択を通して間接的に、生物多様性と生態系に 影響を及ぼす可能性がある。他方では多数の企業が、製品および生産プロセスに対する主要な投入要素 として、生物多様性や、生態系によって提供されるサービスに依存している。 何らかの仕方で生態系サービスから益を受けていない経済活動を思い浮かべるのは困難である(世界 資源研究所(WRI) et al.2008) 。例えば淡水は、最近切られたレタスの加工から大規模な採掘まで、ほ ぼすべての産業プロセスにとって欠かせない投入要素となっている。製薬会社は、新しい活性化合物を 発見するのに自然の遺伝資源に依存している。農業関連産業は、自然受粉、自然害虫駆除、さらに土壌 の自然生物学的過程に依存する。多くの観光地の魅力は、周囲の自然環境に由来する。生態系が提供す る湿地やマングローブなどによる保護は、暴風雨や洪水の被害を軽減する可能性があり、保険および再 保険会社によって監視されている。 企業が自らの業務を実施する方法は、生物多様性全般または特定の生態系サービスの持つ、その企業 自体、さらには他の業種や社会全体にとっての価値に影響を及ぼす可能性がある。しかしながら、今日、 大多数の企業経営者は、生物多様性、生態系と自社のビジネスとの関連性にほとんどまたは全く関心を 払わない。一部の企業が生物多様性と生態系サービスに対する自社の影響および依存の重要性を認めて いるものの、他の多くの企業は、こうした情報を日常のビジネスに織り込む方法を理解するのに苦労し ている。 ミレニアム生態系評価(MA)は、生物多様性損失と生態系衰退に関する驚くほどの報告を提供している (MA 2005a) 。自然資本のこうした損失は、国家の経済統計または企業会計にまだ十分反映されてはいな いが、その影響は現実であり、企業は一層実質のあるものとして認識しつつある。 新しい公共政策や規制が、生物多様性損失および生態系衰退に応じて、世界、地域および地方のレベ ルで策定されている。ビジネスの BES に対する影響は、顧客、投資家、従業員および規制当局者による 一層綿密な調査の対象となっている。ますます多くの企業経営者が、理解度を改善し、生物多様性と生 態系に対する自社の影響および依存の管理をするために行動し、さらにそうした課題に応える新しいビ ジネスソリューションの開発も手がけている。 この章では、生物多様性、生態系および生態系サービスに関する現状、傾向、さらに予測についての 概要を示す。生物多様性損失および生態系衰退の主要な要因を提示し、外部性の概念を紹介し、また危 機に瀕する経済的価値について説明する。 さまざまな業種の生物多様性と生態系に対する一般的な影響および依存を際立たせ、それらがリスク と機会の両方をどのように生み出すかを概説する。 2-5 ビジネスのための TEEB 2.2 生物多様性、生態系および生態系サービス 生物多様性は、国連生物多様性保全条約(CBD)によって、遺伝的多様性、生物種間および生態系間に おける生物の多様性と定義されている。おそらく種多様性が、これら 3 つの要素の中で最も多く文書資 料に取り上げられている。今日、約 175 万種が自然科学において知られているが、複数の信憑性のある 推定は、地球上の生物種の総数が 500-3,000 万種に上ることを示唆する。 生態系は生物多様性の主要な構成要素であり、MA によって、植物、動物および微生物集団と非生物的 環境が 1 つの機能的単位として相互作用する動的複合体と定義されている(MA 2005a)。実例には、砂漠、 サンゴ礁、湿地、雨林、北方林、草原、都市公園、さらに耕作されている農地等が含まれる。 MA は“生態系サービス”を、人々が生態系から得る便益と定義した。生態系サービスは、往々にして 4 つのカテゴリーに分類される(表 2.1)。 表 2.1 生態系サービスの 4 つのカテゴリー 供給 食物、淡水、木材および繊維など、生態系から得られる財または製品。 調整 気候、病気、侵食、流水および受粉などの自然過程から得られる便益や、自然災害から の保護。この文脈における“調整”とは自然現象のことで、政府の政策または規制と混 同すべきではないことに注意してほしい。 生態系から得られる非物質的便益。レクリエーション、精神的価値および審美的な楽し みなどがある。 栄養循環や一次生産など、他のすべての生態系サービスを維持する自然過程。 文化的 支配的 出典: ミレニアム生態系評価より(2005) 生態系の価値は生物多様性に密接に関係している。表 2.2 は、人々が享受する生態系サービスが、自 然の中に見出される遺伝子、種および生態系の多様性(質)と、純然たる量の両方に依存していること を示す。 表 2.2 生物多様性、生態系および生態系サービスの関係 生物多様性 生態系 質 変位性 量 サービス(例) 範囲 ・レクリエーション ・水による調整 ・炭素貯蔵 生物種 多様性 豊富さ ・食料、繊維、燃料 ・デザインのアイデア ・受粉 遺伝子 変動性 個体数 ・医薬に関する発見 ・耐病性 ・適応能力 2-6 ビジネスのための TEEB 2.2.1 生物多様性、生態系および生態系サービスに関する現状と傾向 過去 50 年間で人間は、主に食料、淡水、木材、繊維、エネルギーおよび他の原材料の需要を満たすた め、比較可能な歴史のどの期間よりも大きく生態系を変化させてきた。 自然資源の使用は人間の必要を満たすのに役立ったものの、意図しない結果として、生態系の分断化、 衰退または徹底的な変化が広がり、生物多様性の損失や、重要な生態系サービスの質および量の低下が 生じてきた。環境悪化の重要な指標には、生物種がますます絶滅の危機にさらされていることに加えて、 残る生物集団の遺伝的窮乏化(genetic impoverishment)が含まれる。 生物種の絶滅は、進化の過程の自然な一部である。しかしながら、MA の推測によると、過去数十年に おける生物種消失の速度は、 “自然な”速度の 100-1,000 倍である。最大の減少は、文明が最初に開発し た地域で破壊が最も顕著な温帯および熱帯の草原及び森林で生じてきた。 近年の地球規模生物多様性概況第 3 版(GBO-3)によると、両生類が最大の絶滅の危機にさらされてお り、サンゴ種が最も速く衰退している(CBD 2010) 。加えて、 (評価された生物集団をベースとした)脊椎 動物種の存在数は、1970 年から 2006 年にかけて平均でほぼ 3 分の 1 が減少し、現在も地球規模で減少 し続けている。特に熱帯および淡水に生息する種での減少が深刻である(CBD 2010)。他の環境評価でも、 さまざまな指標における同様の衰退が見られる(Butchart et al. 2010) 。 単一の生物種の消失でも、他の種や生態系全体に広範な影響を与える可能性がある。一般に、種の絶 滅は生態系の回復力を弱め、さらなる衰退の危険を招くと考えられる。気候変動の影響に関する最近の 予測は、種の絶滅の継続および加速、自然の生息域の継続的な消失、さらに種、種群およびバイオーム の分布と存在数の変化を示唆する(CBD 2010)。 生態系のレベルでは、主にラテンアメリカ、東南アジアおよびアフリカで、いくつもの国の原生林が 完全に消滅し、森林破壊によって毎年数百万ヘクタールに及ぶ森が失われている(FAO 2000)。1990 年 以来、世界の湿地のおよそ半数が消失し(国連世界水アセスメント計画(UNWWAP) 2003)、1980 年から 2005 年にかけて、マングローブ林の約 20%が消滅した(FAO 2007)。その上、世界のサンゴ礁の 20%がすでに破 壊され(MA 2005a)、また破壊的な漁業慣行、汚染、病気、サンゴ白化現象、外来侵入種および持続不可 能な観光業によって、さらに 30%が深刻な損傷を被っている(Wilkinson 2008)。 こうした急激な変化は、極端な事象や外的衝撃から回復する生態系の能力を損ないつつある。多くの 種や生態系が“転換点”に近づきつつある証拠は増え続けている。その“転換点”を超えて攪乱が続く と、生物種や生態系が提供する便益における、突然の、おそらく回復不可能な減少を招く恐れがある。 GBO-3 は以下の転換点を特定した。 ・アマゾンの森林の広大な面積に及ぶ立ち枯れ。気候変動、森林破壊および火事の相互作用に加えて、 全地球的気候、地域的降水パターンおよび種の生存に対する悪影響に起因する。 ・農業、産業および市街地での使用による流失に起因する、多数の淡水湖、他の内陸水塊の化学的性質 の変化。栄養物質の蓄積、藻類の異常発生、魚類の死滅、さらにレクリエーションに関連した価値の 2-7 ビジネスのための TEEB 減少につながる。 ・サンゴ礁の生態系の崩壊。気候変動(海洋の酸性化、海水温の上昇およびサンゴ白化現象を生じさせる) と、魚の乱獲、破壊的な漁業慣行および栄養汚染の組み合わせに起因する。 生態系の範囲および質、種の多様性および賦存量、遺伝的多様性における変化の影響は、生態系サー ビスの損失または減少の観点で表現できる。MA によると、調査された 24 種類の生態系サービスのうち、 ほとんどの非商品性の便益を含む、ほぼ 3 分の 2 が過去 50 年間で大幅に減少した(図 2.1)。 図 2.1 生態系サービスの貸借対照表 貸借対照表: 生態系サービス 供給サービス 食料 調整サービス 空気の質の調整 ↓ 気候調整-全地球 ↑ 気候調整-地域および局地 ↓ 水の調整 +/侵食の調整 ↓ 繊維 水浄化および水処理 ↓ 病気の調整 +/害虫の調整 ↓ 遺伝資源 受粉 ↓ 生化学、医薬品 自然災害の調整 ↓ 水 淡水 文化的サービス 精神的および宗教的価値 ↓ ↑世界的に向上 審美的価値 ↓ ↓世界的に衰退 レクリエーション及びエコツーリズム +/MA は供給、調整および文化的サービスの世界的な現状を評価した。上向きの矢印は最近におけるサービスの世界 的な向上、下向きの矢印は衰退を示す。 農作物 家畜 漁獲 水産養殖 ワイルドフード 木材 綿、絹 薪 ↑ ↑ ↓ ↑ ↓ +/+/↓ ↓ ↓ ↓ 出典: ミレニアム生態系評価(2005c) 2.2.2 将来における生物多様性と生態系サービスのモデル化 我々が現在の開発の道を歩み続け、今日の資源利用の型を維持した場合、世界の生物多様性は損なわ れ続け、多くの生態系サービスがますます減少する恐れがある。とはいえ、生物多様性および生態系の 変化が生じる正確な速度を予見するのは困難である。 MA は、2000-2050 年の期間における 4 つのシナリオを分析した。4 つのシナリオすべてが、主に土地 利用の変化による供給サービスの全般的な増加を示したが、支持、調整および文化的サービスにおける 一層の衰退という犠牲が伴っていた。 4 つのシナリオに共通する付加的な結果には以下の点が含まれる。 ・供給サービスに対する需要の増大。 ・食糧安全保障および小児栄養のレベルの低さ。 ・淡水資源の根本的変化。 ・魚および魚加工品に対する需要の増大と、その結果としての地域的海洋漁業の衰退。加えて、飼料と しての海産魚への依存に起因する、水産養殖への軽減不能な圧力。 ・生態系サービスの供給は、土地利用の変化によって大きく左右される。 ・清浄水の供給は、湿地の排水および転換によってますます損なわれる。 ・正味の CO2 吸収源としての陸上生態系の役割に関する不確実性。 ・食料と水供給のトレードオフの難しさ。 2-8 ビジネスのための TEEB OECD による予測は、農業が引き続き生物多様性に対する圧力の主要な源となることを示唆する。この 予測は、何も手を打たないシナリオのリスクを際立たせており、2030 年までに世界中の成熟林がさらに 失われる恐れがある。南アジアでは 68%、中国では 26%、アフリカでは 24%、東ヨーロッパ、オーストラ リアおよびニュージーランドでは 20%が消失する可能性がある(OECD 2008)。 図 2.2 生物多様性損失の主な直接的要因の影響 生息域 の変化 気候 変動 侵入種 乱開発 汚染(窒 素、リン) 寒帯 森林 温帯 熱帯 温帯の草原 地中海 乾燥地 熱帯の草原及び サバンナ 砂漠 陸水 沿岸 海洋 島嶼 山岳 極地 前世紀中の生物多様性に 対する要因の影響 現在の要因の傾向 低い 影響の減少 中程度 影響の継続 影響の増加 高い 非常に高い 影響の急速な増加 出典: ミレニアム生態系評価 出典: ミレニアム生態系評価 2005a MA のシナリオ分析は、ビジネスにとってのリスクと機会の両方を示唆している(MA 2005b)。持続可能 な方法で食料、繊維および淡水の増大する将来の需要を満たすことのできる企業のために、新しい市場 が出現する可能性がある。他方、魚加工品とその関連業務に関与する企業は、生産性を維持できる新し い技術または漁業管理手法を採用しない限り、増大する難題に直面することになる。湿地の保護は、大 きな社会的関心の対象となることが予想され、企業は計画や意思決定に織り込まなければならなくなる。 最後に、炭素捕捉および貯蔵技術と生態系保護および回復は、気候変動の緩和および適応戦略の一部と して、重要なビジネスチャンスとなる可能性がある。 2.2.3 生物多様性損失と生態系衰退の要因 生物多様性損失と生態系衰退に対する効果的な対応は、環境変化の原因を理解することから始まる。 2-9 ビジネスのための TEEB 生物多様性損失をもたらす直接的または非直接的な各種の要素は、要因(driver)として知られる。いわ ゆる直接的要因は生物多様性および生態系に明確な影響を及ぼすが、その重要性は背景によって異なる 場合が多い。主な直接的要因には、気候変動、栄養蓄積、土地転換、病気および侵入種が含まれる。こ れらはさまざまな生態系にさまざまな仕方で影響を与える(図 2.2)。 非直接的要因は、1 つ以上の直接的要因を加速することによって、より拡散的に作用する。MA が特定 したいくつかの非直接的要因には、人口統計学的、経済的、社会政治学的、科学的要因また技術的変化 に加えて、文化的要因さらに宗教的傾向が含まれる(MA 2005c)。生物多様性および生態系の変化は、ほ とんどの場合、異なる空間的、時間的および組織的スケールで作用する複数の要因の相互作用の結果で ある(図 2.3)。 図 2.3 要因間のフィードバックと相互作用 出典: ミレニアム生態系評価(2005a) 過去 50 年間、陸上生態系(森林や乾燥地)に対する最も重要な直接的要因は土地利用の変化であり、そ の大部分は農業拡大と都市化に起因する。後者には、市街地の直接的拡大と、交通輸送およびインフラ ネットワーク開発による間接的影響の両方が含まれる。 海洋生態系において、同期間中の変化の最も重要な直接的要因は産業としての漁業である。一層大型 化した漁船や効率性の向上した漁具を含む、漁業産業における技術的進歩は、生物多様性の構造および 作用にまで影響を及ぼすほど、魚種資源を枯渇させてきた。一部の海洋生態系に対する漁業の圧力は現 在非常に強く、商業的魚種資源は、産業としての漁業の開始以前のレベルと比較して最大 90%減少した。 典型例の 1 つは、1992 年に生じたニューファンドランド東海岸沖のタイセイヨウダラ個体群の消滅で ある(MA 2005a)。 淡水生態系については、過去 50 年間における変化の最も重要な直接的要因は地域によって異なるが、 2-10 ビジネスのための TEEB 流況の変化、外来侵入種および汚染が含まれる。上で述べたとおり、1900 年以来、世界の湿地のおよそ 50%が消失し、現在では侵入種が淡水系における種の絶滅の主要な原因となっている。農業、工業用地お よび住宅地からの栄養物質排出は、広範な富栄養化や、飲用水中の硝酸塩レベルの上昇を生じさせてき た。さらに採掘などの点源からの汚染は、一部の陸水の生物多様性に重大な悪影響を及ぼしてきた(MA 2005c)。 多くの場合、1 つの生態系サービスを強化するための行動は、他のサービスに対する圧力を増大させ る。例えば食料生産の増加は、土地被覆への影響、灌漑用淡水の取水の増加、さらに農薬に含まれる栄 養物質の地表水への流出を通して、他の生態系サービスの損失をもたらす場合が典型的である。 近年の環境評価は、生物多様性損失および生態系衰退の主要な直接的要因(つまり生息域の変化、乱開 発、汚染、外来侵入種および気候変動)は、集約度(intensity)の点で一定または増大していることを示 唆する(CBD 2010)。その上、今日多数の要因が 1 つの場所にかつてない集約度で集中している。1 つの 脅威にさらされると、ある生物種または生態系は第 2 の脅威の影響を受けやすくなり、次いで第 3 の影 響へと続き、複数の脅威が生物多様性および生態系に劇的な影響を与えつつ累積する場合があるためで ある。 2.2.4 ビジネスに対する影響 MA は、ビジネス上の特別な関心の対象となる、生態系に関する 6 つの問題を特定した。 淡水の不足 森林および山地の生態系は、世界人口の 3 分の 2 が使用する淡水の水源である。1 人当たりの淡水の 利用可能量は世界各地で異なるが、淡水の豊富な供給を受けているのは世界人口のわずか約 15%に過ぎ ない。現在、10 億人から 20 億人が必要を満たす十分な清浄水を得られない状況にあり、食料生産、健 康および経済発展に影響を及ぼしている。 大多数の企業は、自らの事業に水を必要としている。同時に、多数の企業は廃水排出によって水質に 影響を与えている。淡水の水質低下の他の原因には、肥料の過剰使用、不十分な衛生施設、さらに雨水 流出がある。 淡水の不足は、ビジネスリスクと機会の両方を生じさせる。リスクには、水コストの増大、予測不能 な水供給、政府の課す水の使用制限または使用割り当て、不十分な水処理または非効率的な使用の結果 としての風評被害が含まれる。ビジネス上の機会には、市場メカニズム(水資源取引など)または新しい 技術(廃水処理、海水脱塩、閉ループシステムなど)による水利用の効率性の向上、水集約度の低い新製 品およびプロセスの開発、さらに政府、地域社会および市民団体との提携など、水管理イニシアティブ への参加による世評の向上が含まれる。 気候変動 過去 200 年間、開墾や、増大するエネルギー需要を満たすための化石燃料の使用は、地球の大気中に おける温室効果ガス(GHG)増加の一因となってきた。一般に GHG の増加は、気候変動をもたらし、環境に 数々の悪影響を及ぼすと考えられている。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が作成したシナリオは、 2-11 ビジネスのための TEEB 全球平均地表温度が 2100 年までに産業革命前のレベルと比較して摂氏 2.0 度から 6.4 度上昇すると予測 する。同時に IPCC は、暴風雨、洪水および干ばつの頻度と強度が増大すると共に、海水面が 1990 年か ら 2100 年の間に 8-88 センチメートル上昇すると予想する(IPCC 2007)。 生物多様性、生態系および気候は密接に関連している。局地的また全地球的気候サイクルは、二酸化 炭素(CO2)、メタン(CH4)および亜酸化窒素(N2O)などの GHG を生態系が隔離および放出する仕方の影響を 受ける。さらに土地被覆の変化は、時間や空間の隔たりを超えて水循環や降雨パターンを変化させ、干 ばつや洪水の一因となる可能性がある。森林破壊は CO2 を隔離する生態系の能力を低下させ、同時に湿 地および農業(反すう動物や水田)の自然過程は CH4 を放出する。N2O 放出は農業システムに起因し、主 に有機肥料と化学肥料の使用によって促進される。気候変動による気温の上昇によって、生物多様性損 失が悪化し、生態系全体および植生帯が変化して、害虫の蔓延や、マラリア、デング熱およびコレラな どの病気が増大する恐れがあると予想されている。 気候変動の問題は企業にますます理解されるようになっている。大手企業は、長年自社の温室効果ガ ス(GHG)放出を監査および報告してきた。他の企業も、炭素価格を自社の事業評価及び投資評価に織り込 み始めている。ますます多くの投資家や企業家が、炭素会計や炭素取引、気候緩和および気候適応を含 む、新しい気候関連ビジネスを開発しつつある。 生息域の変化 生息域の変化は、自然撹乱(火事など)と人間の活動、特に農業の両方に起因する。現代の農業は食料 生産の大規模な増加をもたらし、食糧安全保障と貧困削減に貢献したが、同時に、生物多様性および生 態系に対して主に土地転換による重大な損傷をもたらした。生息域の分断化が最も激しいのはヨーロッ パで、最も緩やかなのは南アメリカである。サハラ以南のアフリカの多くの国は土壌生産性の低さが特 徴となっており、結果的に食料需要を満たすための継続的な耕作地の拡大に依存している(WBCSD et al. 2006)。 生息域の変化は、森林破壊および都市開発、さらに断片化のように、生態系の変化という形をとる場 合がある。断片化は害が少ないように思えるかもしれないが、生態系の回復力や、野生生物の存続可能 個体数を支持する能力を大幅に減衰させる可能性がある。生息域の変化は、生態系サービスに大きく依 存する企業にとって特に問題である。生息域の変化の結果、そうした生態系サービスが減少または変化 する恐れがあるためである。 侵入生物種 特定の外来種が別の生態系に持ち込まれることは、特に島嶼や淡水生息域において、生物多様性損失 の主要な原因となる。グローバリゼーションや人口増加に関連した旅行や貿易の増加は、生物種の自然 な生息域を超えた意図的または非意図的な移動を助長してきた。こうした外来種の一部は、自然の害毒 や捕食者が存在しないため、侵入的になる。その結果いくつかの外来種が、多くの場合土着の植物と動 物を犠牲にして、生態系を全面的に支配するようになる。 外来侵入種の経済的影響と、外来侵入種を防止または管理する費用について、十分に立証した文書資 料は存在しない。近年の推計値は、その総費用が毎年数百万ドルから数十億ドルに上ることを示唆する 2-12 ビジネスのための TEEB (Lovell et al. 2005)。土着の動植物に依存する企業にとって、侵入外来種の拡散は大きな問題となり 得る。他の企業も、外来動植物の拡散による水の利用可能量の減少、あるいは機器やインフラの汚損の 影響を受ける可能性がある。 海洋の乱開発 海洋は、気候調整、淡水の循環、食料供給さらにレクリエーションにおいて、重要な役割を果たす。 沿岸水域は地球表面のわずか 8%を占めるに過ぎないが、それが提供する便益は、全生態系サービスの総 価値の 5 分の 2 以上に相当する。沿岸水域は海洋漁獲のおよそ 90%を産出しており、人口のほぼ 40%が海 岸から 100km 以内の場所で生活している(WBCSD et al. 2006)。世界中の沿岸水域に対する圧力は、海上 輸送、石油およびガス探鉱、軍事および安全保障の要求、レクリエーションおよび水産養殖のために増 大しつつある。 乱開発は、海洋生態系に対する差し迫った最も重大な脅威であるため、商業漁業にとっても脅威とな っている。現在の開発速度に基づく予測は、経済的に存立可能な魚種または無脊椎動物種の資源が 2050 年までに失われることを示唆する。 過剰な栄養負荷(Nutrient overloading) 栄養素となる化学物質は、耕作物や自然の産物の供給のために欠かせない要素である。その中には窒 素、リン、硫黄、炭素およびカリウムが含まれる。しかしながら、人間の活動、特に農業は、一部の地 域の栄養バランスや自然な栄養循環を大幅に変化させてきた。過去数十年間で、反応性窒素の流量は 2 倍に増加した。 これまでに使用された窒素ベースの化学肥料の半分以上は、 1985 年以来利用されてきた。 同様に、採鉱されたリンが農業および工業製品に使用されてきたため、リンも多くの生態系に蓄積され つつある。ヨーロッパおよび北アメリカでは硫黄の放出が減少してきたものの、中国、インド、南アフ リカなどの国々や、南アメリカの南部地域で今なお増加している。 栄養負荷(汚染)は、陸上、淡水および沿岸生態系における変化の非常に重要な要因の 1 つであること が明らかになってきた。栄養物質の導入は、便益と悪影響の両方をもたらし得るが、有益な影響は最終 的に平衡状態に達し(例えば特定の量を超えると、さらに投入しても収穫量は増加しなくなる)、その一 方で有害な影響は増大し続ける(MA 2005d)。ビジネスに対する栄養負荷の影響は十分に文書資料で証明 されていないが、水処理費用の増大、重要な資源(淡水魚など)へのアクセスの減少、さらにレクリエー ションや観光業にとっての淡水塊の価値の減少を含むと考えられる。 2.2.5 外部性と危機に瀕した価値 上述した要因すべての底流には、生物多様性および生態系の価値の多くが、企業および消費者のみな らず、政府の政策立案者も含む経済的意思決定者の目にはほとんど見えないという事実がある。 生物多様性および多数の生態系サービスの財産権と価格の欠如は、持続可能であるかどうかにかかわ りなく、その使用のための費用が安い、あるいは全く費用がかからないことさえ意味し得る。実際、生 物多様性損失および生態系衰退の費用は当然現実のものだが、大抵使用者ではなく他の人々が負担して おり、補償または賠償を求めるための根拠もない。同時に、生物多様性および生態系サービスの財産権 2-13 ビジネスのための TEEB と価格の欠如は、個人または企業が、経済的福祉全般の純粋な向上につながるとしても、環境に責任を 持つ行動を身に付ける動機を弱める。 こうした背景は、エコノミストが“外部性”と呼ぶ、何らかの経済活動が、第三者により否定的また は肯定的な結果を生む。外部性は、ある当事者が他者に合意または補償なしに費用を負わせる場合、あ るいは第三者が、報酬または賠償を提供することなく、ある経済活動から便益を享受する場合に発生す る。結果として、市場価格および私的生産費用は、生物多様性および生態系サービスの価値全体を反映 することができない。生物多様性の便益を供給する経済的インセンティブは脆弱になり、害を回避する ためのインセンティブも弱くなる。 その上、生物多様性および多数の生態系サービスの公益的性質(つまり本来備わっている‘非排除性’ および‘非対立性’)から、企業はそれらを単純に政府の責任の範疇と見なすようになる場合が多い。と はいえ近年、生物多様性損失、生態系への影響および生態系サービスへの依存に関連したビジネスリス クおよびチャンスの持つ絶大な規模のために、企業がリ―ダーシップを発揮するための新たな領域が開 かれつつある。 広く知られた環境外部性には生態系への影響が含まれるが、人間、建物および構築物(文化財を含む)、 さらに経済活動など、他の受容者への影響も含まれる。一般にそうした影響は、大気放出、排出、流出、 土地収奪、騒音、堆積および廃棄物処理などに付随する悪影響に関連付けられる。同時に、肯定的な外 部性は意図的または非意図的に生じる可能性があり(例えば、大規模な採掘作業現場周囲の非操業‘緩衝’ 地における野生生物生息地の提供)、多くの場合、企業がそこから直接の金銭的収益を得ることはない。 肯定的および否定的な環境外部性の経済的価値に関する貨幣評価は、企業などによる生物多様性およ び生態系サービスの保護努力の強化や、より持続可能な使用のための情報提供と動機付けに役立つ可能 性がある。 TEEB の研究が明らかにしたとおり、 この種の経済的評価はますます実行可能になっているが、 常に容易というわけではない。 ・遺伝的変異性、種の多様性および生態系の多様性の役割と経済的価値に関する多くの疑問の答えがま だ得られていない。生物種間の相互作用や、生物種集団の相補性または重複性の重要性についてはほ とんど未知のままである。遺伝子のレベルでも同じことが当てはまる。TEEB は、環境動態の複雑さに 関する最新の理解を要約し、研究の優先順位を提示している(TEEB 環境と経済の基礎、第 2 章)。 ・生物多様性および生態系に関する指標の多くは、経済分析またはビジネス上の要求のために開発され たものではない。TEEB は、生物多様性と人々に供給される便益との関係性や、生物多様性に対するビ ジネスの影響および依存を示す指標の特定を目指している(本報告書の第 3 章)。 ・生態系は種々の圧力の影響下にあるが、その復元力は一様ではない。臨界閾値を超えて圧迫を受けた 場合、生態系は劣化した状態に変化する可能性がある。気候変動の経済的評価の場合のように、従来 の分析法は著しい変化の前では破綻する。こうした事例の場合、経済的分析は倫理に取って代わられ る(TEEB 気候問題の最新情報 2009 を参照)。 ・費用便益分析は、主要なパラメーターが不確定な場合にはおそらく信頼できない(価格、割引率、臨界 閾値など)。TEEB は、生物多様性損失の‘非限界的(non-marginal)’な側面と、意思決定に対するそ の影響を特定することを目指す。例えば、絶滅は非限界的な事象だが、すべての絶滅が同じ影響をも 2-14 ビジネスのための TEEB たらすわけではない。ビジネスにとって重要なのは、生産に欠かせない生物種または生態系サービス の消失、または生態系全体の崩壊(例えば侵入外来種による)、あるいは目に見える悪影響によるブラ ンドまたは業界への消費者の信頼の喪失である。生態系の価値の一部は遠い将来まで表に現れない可 能性があるため、現在の価値が小さく思える場合でも、生物多様性の保護には肯定的な‘オプション 価値’がある。 ・生態系の価値の多くは状況特異的である。それは自然の多様性だけではなく、経済的価値が受益者の 数や地域の社会経済的背景および文化を反映するためでもある。そのため、1 つの場所で測定された サービスの価値を、何らかの調整を施さずに、他の場所に単純に外挿したり移し変えたりすることは できない。文化的背景も、経済的論議に対する反応に影響を及ぼす。社会、地域社会およびステーク ホルダー・グループによって、貨幣価値の受容の程度が異なるためである。 こうした問題にもかかわらず、環境外部性に加えて、特に生態系サービスおよび生物多様性の評価は 大幅な進歩を遂げてきた。TEEB は、いくつかのバイオームおよび世界各地の生態系のさまざまな生態系 サービスを対象とした評価研究を収集した(TEEB 環境と経済の基礎、付録オンライン・データベース)。 このデータベースが、公共政策立案に新たな刺激を与え、ビジネス上の決定にも有用なものとなるよう 期待されている。 生態系と生物多様性の経済的価値を明確にすることは、土地所有者、投資家、さらに他の生物多様性 および生態系サービスの利用者が直面する決定の方程式を変化させる、新しい手法やアプローチに対す る支持を引き出すのに役立つ。適切な政策対応は多くの形態を取り得る。その中には、生態系サービス に対する支払い、環境に有害な補助金の改革、あるいは資源利用者に対する課金、公害税およびオフセ ット要求の導入が含まれる(政策決定者のための TEEB、2009、第 5-7 章を参照)。上の例や可能な他の政 策改革は、ビジネスに多大な影響を与える。 企業は、経済的評価を情報に基づいた自社の意思決定に使用できる。この報告書で説明されていると おり、生態系の評価の手法は、リスクを特定し、業務効率を高め、あるいは新しいビジネス・ベンチャ ーを立ち上げるため、一部の先駆的な企業に使用されている(第 3、4、5 章を参照)。さらに生態系の評 価は、環境資産およびビジネス上の影響の真の価値を理解するためにも重要である。 例えば、UNPRI(国連責任投資原則)が間もなく出版する報告書によると、リストに載った世界のトップ 企業 3,000 社は、2 兆 2,000 億米ドル相当の環境外部性に対して責任があると推定される(詳細について は www.trucost.com を参照)。この中で費用の主要な部分を占めるのが、温室効果ガスの放出、水の乱用 および汚染、さらに大気への微粒子の放出である。こうした費用の一部が、生態系サービスに関連して いる(水に関連した影響など。水は供給サービスに含まれるため)。 UNPRI のためのトゥルコスト社の分析には、主要な産業部門の環境外部性を評価した結果の概要が含 まれており、一部の部門は、他の部門よりも大きな潜在的環境賠償責任を負う危険にさらされているこ とを明らかにしている(図 2.4)。さらにこの分析は、環境に対する影響の評価における気候変動の相対 的な重要性を示している。気候変動は相対的に重要であるということは、生物多様性および生態系サー ビスへの産業の影響に対する信頼できる貨幣評価の欠如を反映する。 2-15 ビジネスのための TEEB 生態系の価値を経済の観点から評価および測定できると、従来の経済的手法に直接統合し、企業の収 支決算に明確に関連付けることのできる情報の提供が可能となる。この点の詳細は第 3 章で検討する。 環境外部費用(百万米ドル) 図 2.4 主要な 5 つの産業部門の及ぼす推定環境被害 出典: UNPRI 他(近刊予定) 2-16 ビジネスのための TEEB 2.3 さまざまな部門における生物多様性と生 態系サービスに対する影響および依存 ビジネス、生物多様性および生態系サービスの関連性は、部門間、さらに部門内でも異なる。こうし た関連性は、企業の所在地、原材料の供給源に左右され、ある場合には顧客の所在地および用いられる 生産技術、またはそのどちらかによって決まる。 大まかに言って、これらの関連性を一方では生物多様性に対するビジネスの影響に含めることができ、 他方では生態系サービスに対するビジネスの依存に含めることができる。個々の事例を直接的な影響や 依存を超えて調査し、ビジネス上の価値連鎖を通して生じる間接的な関連性を考慮することが重要であ る。 このセクションでは、さまざまな部門における生物多様性および生態系サービスに対するビジネスの 影響および依存の概要といくつかの具体的な例を提示する。 2.3.1 農業 農業部門は深刻化するジレンマに直面している。急速に増加し豊かになりつつある地球人口に食料を 供給しなければならないのと同時に、生物多様性を保護し、ますます消耗する地球の自然資源を持続可 能な仕方で管理する必要もある。一方、必要な食料増産の取り組みは、不十分な土地管理に加えて、生 産性の向上はもとより維持するための手段(経済的および技術的)も欠如しているために制約を受けてい る。 一産業部門としての農業は、世界最大の土地管理者であり、多数の野生植物および動物種に貴重な生 息地を供給している。同時に、耕作のための過剰な開墾に加えて、特に大規模な集約的作物生産および 畜産は、生物多様性損失の主要な要因の 1 つである。実例には、アマゾンの熱帯雨林やブラジルのサバ ンナの広大な地域を大豆および牛の生産のために土地転換したことや、東南アジアの低地雨林をパーム 油農園に転換したことが含まれる。とはいえ近年の土地転換のすべてが食料生産に起因するというわけ ではない。その一部はバイオ燃料に対する需要の増大による。 農業システムにおける品種や在来種の減少によって、作物と家畜の遺伝的多様性も失われつつある。 例えば 2000 年以来、家畜 60 品種以上が消滅したと報告されている(CBD 2010)。 農業の生産性は、淡水の供給、気候調整および栄養循環に加えて、土壌微生物、野生および飼育され た受粉媒介者や害虫捕食者、作物および家畜の遺伝的多様性を含む、多数の生物種や生態系サービスに 大きく依存性している。 例えば受粉媒介者である昆虫は、収穫高の増加や他の便益を通して、毎年 1,890 億米ドル相当のサー ビスを世界の農業に供給すると推定される(Gallai et al. 2009)。野生のミツバチや他の受粉媒介者の 減少は、さまざまな要素の中でも、特に好適な生息地の減少、農業集約化、さらに都市化に関係してい 2-17 ビジネスのための TEEB る。前述のサービスを供給するために導入された管理下にあるミツバチさえも、急激な減少を経験して いる(Pettis および Deplane 2010)。受粉媒介者減少の持続可能な解決策がない状態では、栽培者の経済 状態、食糧安全保障、さらに生物多様性が危険にさらされる恐れがある(Box 2.1)。 農業は気候変動の主要な原因であり、2000 年における地球温室効果ガス(GHG)放出の約 14%に関与して いる。GHG の放出源には、化学肥料、家畜、湿地での稲作、有機肥料の管理、サバンナ及び農業廃棄物 の燃焼、さらに耕起が含まれる(IPCC 2007)。主に発展途上国における、特に熱帯アジアでの森林の農地 転換は、温室効果ガス放出の原因と同程度の部分を占めている (WBCSD et al. 2008 および Werf et al. 2009)。 農業のもたらす他の影響は、侵入外来種の持ち込み、農薬や化学肥料の非効率的な使用による土壌お よび水汚染、湿地や沖合のサンゴ礁をも含む下流域の生態系における侵食や堆積によって生じる(Box 2.2)。全般的に農地の 85%は、侵食、塩類化、土壌圧縮、栄養枯渇、生物学的劣化、あるいは汚染によ って劣化しており、同時に毎年 1,200 万ヘクタールの農地が砂漠化によって失われている(WBCSD et al. 2008)。 2-18 ビジネスのための TEEB Box 2.1 受粉媒介者作戦: 農業のための自然資本に対する投資 農業部門の大手企業であるシンジェンタ社は、農 業に欠かせない生態系サービスである受粉の衰退 を逆転させることで、農業生産性を向上させる保護 プログラムを開発中である。イタリアの畑作野菜か ら、フランスのメロン、米国のブルーベリーに至る まで、昆虫による受粉の重要性には疑問の余地がな い。 2009 年 、 シ ン ジ ェ ン タ 社 は 受 粉 媒 介 者 作 戦 (Operation Pollinator)を開始した。このイニシア ミシガン州におけるブルーベリー生産 ・2006 年の時点で、州各地に 575 カ所のブルーベ リー農場が存在しており、18,500 エーカーの土 地で生産が行われていた。 ・2009 年のブルーベリー平均収穫量は 5,350 ポン ド/エーカーだった。 ・2007-2008 年、小売りされた未加工のブルーベ リーは 2 米ドル/ポンド以上だったが、その後 1.3 米ドル/ポンド以下にまで下落した。 ・ミシガン州のブルーベリー栽培者が負担する飼 育ハチの費用は、80 ドル/エーカー/年である (巣箱 2 個/エーカーに基づく)。 ティブには現在 EU の 13 カ国と米国が参加してお り、好適な生息地を農地に、あるいは農地の付近に創出することによって、農地に野生の受粉媒介者を 回復させることを目的とする。作物の周囲に花を植えるための剰余地を設けて管理することにより、植 物の多様性や野生の受粉媒介者の固体数を向上させ、農業収益増加の可能性と共に、多大な環境上の便 益をもたらす。 受粉媒介者作戦の潜在的な便益は、米国最大のブルーベリー産業の本拠地であるミシガン州において はっきりと識別できる。ミシガン州での受粉媒介者の経済的価値は相当の規模に上る。果物および野菜 部門では年間およそ 8 億米ドルに相当し、市場で販売できる収穫を維持するのに受粉媒介者に大きく依 存する作物に関する価値も含まれる。ミシガン州において、ブルーベリー生産は受粉の 90%をミツバチ に依存しており、年間 1 億 2,400 万米ドルに相当するこの作物の高収量を確保するのに貢献している(米 国農務省全国農業統計局(USDA NASS) 2008)。最近のミツバチ個体数の減少によって、栽培者の生産性を 守るための別の作物受粉戦略が必要とされている。 受粉媒介者作戦は、農地の辺縁部を野生の受粉者の生息地に転換することに関心を持つ栽培者に助言 を与え、訓練する。連邦政府の保護プログラムとの連携の下、栽培者は、現在の慣行や従来の土壌およ び水質保護目標と両立し得る、農作業の簡単な変更を実施する支援を受けている。野生の受粉媒介者の 個体数の増加は、受粉に依存する作物の収穫量の維持や果実品質の向上に向けた多様な戦略の一部であ る。飼育されたハチが少ない、あるいは巣箱のレンタル料が上昇した場合でも、野生のハチの個体数が 豊富であれば、農家に捕捉的な受粉サービスを供給できる。 結局のところ、農業の将来は、一層持続可能な農業システムの開発による、環境の保護と栽培者の生 計の改善にかかっていることを、シンジェンタ社は理解している。現代の農業は、益虫種の生物多様性 を増大させ、同時に他の自然資源(土壌や水など)も保護する農業経営がもたらす商業利益をますます高 く評価するようになっている。こうした取り組みを長期的な農業生産性を向上させる仕方で実施できれ ば、シンジェンタ社だけではなく栽培者も益を得ることができ、さらに社会全体も報いを受けることに なる。 詳細な情報については www.operationpollinator.com を参照できる。 出典: Peters 他. 2010、TEEB に寄稿 2-19 ビジネスのための TEEB Box 2.2 綿花生産とアラル海 水の過剰使用が生態系全体を破壊する可能性を示す顕著な例を、中央アジアのカザフスタンとウズベ キスタンの間(以前はソビエト連邦の一部)に位置するアラル海の乾燥化に見ることができる。1960 年の 時点で、アラル海は世界で 4 番目に大きな内海であり、生態系サービスの富を供給する存在だった。 1960-1990 年の間に、アラル海周辺の灌漑農業開発がおよそ 450 万ヘクタールから 700 万ヘクタール強 へと拡大し、同時にアラル海の表面積は 70km2 から 40km2 以下にまで縮小した。2007 年までに、アラル 海は元の大きさの 10 パーセントに縮小した。灌漑による綿花生産のため、2 本の主要な支流であるアム ダリア川とシルダリア川から水を汲み上げたことが主な原因である(サイエンティフィック・アメリカン 2010)。 綿花生産の増加は、農薬と化学肥料の使用および流出の増加につながり、結果として地表水と地下水 が汚染された。灌漑のための水の汲み上げが下流域での水の流量を減少させ、湖や湿地は干上がり、塩 度も上昇した。その結果、ウズベキスタンのアムダリア・デルタとカザフスタンのシルダリア・デルタ 双方の生態系が深刻な損傷を受けた。1960 年から 1990 年にかけて、アムダリア・デルタ周辺の湿地の 95%が消滅した。デルタの 6 万ヘクタールに及ぶ 50 以上の湖が干上がったことになる(FAO 1998)。1950 年にアムダリア・デルタを覆っていた 10 万ヘクタールの Tugai 森は、1999 年までに 3 万ヘクタール以 下に減少した(Severskiy 2005)。同様にシルダリア・デルタも深刻な影響を被った。1960-1980 年の時 期以来、同地域の湖は約 500 km2 から 40 km2 まで縮小した(Micklin 1992)。 1990 年のある研究は、アラル海における持続不可能な農業および灌漑慣行による環境被害は、最低で も一部の影響を扱う対策の費用に関する予測に基づいて、最も少なく見積もっても 14 億米ドルに上るこ とを示した(Glazovsky 1991)。またある追跡調査では、同地域における衛生設備、衛生状況および医療 サービスの改善、代わりの雇用の創出、また一層持続可能な道を行く経済への転換に 35 億米ドル以上必 要ともいわれている(Glazovsky 1995)。だが別の研究は、ボルガ川、オビ川およびイルティシュ川から の水の流れを変えてアラル海を以前の規模に回復させる費用に注目し、300 億米ドル以上に上ると推定 した(Temirov et al. 2003)。 費用に基づくこれらの研究は、アラル海盆地内の生態系サービスの減少を明確に考慮したものではな い。TEEB では、メタ分析の価値関数を使用して、1960-1990 年の間に 52 万 2,500 ヘクタールの湿地が消 滅したことによる生態系サービスの減少を評価し、年間の損失が約 1 億米ドルに上ることを示した (Brander 2010)。これは控えめな見積もりと考えられるかもしれない。生態系損失の価値の一部のみが 含まれているに過ぎず、アラル海盆地固有の特徴を正確に反映していない可能性があるためである。い ずれにしても、アラル海盆地における綿花生産による生態系の外部性が顕著なことは明白である。持続 不可能な灌漑の実施は、浸水、土壌塩度の上昇、さらに収穫量の減少につながり、結果として生じる作 物生産の減少だけでも毎年 14 億米ドル、潜在的作物生産量のおよそ 32%に相当する(Kijne 2005)。 この事例研究は、衣料品小売業界による衣料品生産が、綿花が栽培および加工される国々の水資源に 対する環境影響の連鎖に関係していることを例証する。世界各地で生産されるすべての綿花のおよそ 3 分の 2 が、繊維業界で衣料品生産のために使用される(Chapagain et al. 2006)。綿花に対する世界の需 2-20 ビジネスのための TEEB 要は着実に増大している。2008 年、世界の年間綿花生産量は 2,600 万トンに達した(米国農務省 2008)。 綿花の生産および加工は、世界の水使用の 2.6%、毎年 2,500 億 m3 の水使用の原因であると推定される (Chapagain et al. 2006)。ウズベキスタンの場合、綿花生産の 70%以上に当たる約 80 万トンが毎年輸 出されており、世界第 2 の輸出国となっている(環境公正基金 2005)。ウズベキスタン綿の最大の消費者 は欧州連合で、ウズベキスタン綿輸出量の 29%、毎年およそ 3 億 5,000 万米ドル相当を消費する(環境公 正基金 2005)。不明瞭なのは、環境影響がウズベキスタン綿の価格に加味された場合、この取引がどの ような影響を受けるかということである。 出典: Mark Trevitt (トゥルコスト)、TEEB に寄稿 2.3.2 林業 森林生態系は多くの野生植物および動物種にとって重要な生息地であり、林業は、淡水の供給、気候 調整および影響循環を含む多くの生態系サービスに依存している。 持続可能な森林管理は、生物多様性保護や気候変動の緩和において大きな役割を担う。後者について 言えば、森林および木製品が炭素吸収源として働くというだけではなく、持続可能な仕方で管理された 場合、林産物業界の主要な工業産品である木材およびパルプは再生可能である。加えて、セメント、鉄 およびアルミニウムのような他の一般的な建築材料と比べて、木質建材は生産にエネルギーをそれほど 必要とせず、比較的熱効率が高く、再利用、再生利用、またはエネルギー生成のためのバイオマスとし ての利用が可能である。 森林損失は、第一に拡大を続ける農業によって加速されているが、持続不可能な商業的伐採活動も、 世界各地における森林および生物多様性損失の重要な原因となっている(Box 2.3)。例えば、南および東 南アジアと太平洋地域では、持続不可能な商業的伐採が森林破壊のおよそ 25%の原因と考えられている (Mardas et al. 2009)。 こうした活動は、特にアジア、ロシア、中央および東ヨーロッパ、さらに中央アフリカの一部地域で 見られる違法伐採によって進展する場合が多い。違法伐採には、生物多様性にとって特有の懸念材料と なるさまざまな活動が含まれる。その中には、保護地域での無許可な採集活動、許容される限界のない、 または限界を超えた採集許可、採集活動の報告の不備、さらに「絶滅のおそれのある野生動植物の種の 国際的取引に関する条約」(CITES)などの国際取引協定への違反などがある。これらの活動は、世界の産 業用丸太生産の 5-10%に相当すると評価された(セネカ・クリーク・アソシエーツ(Seneca Creek Associates) 2004)。 合法的な伐採活動と違法な伐採活動の双方が、伐採用林道の建設(生息地断片化)によって間接的に生 物多様性に影響を与える可能性があり、さらにその林道が小規模な採鉱、狩猟、違法伐採、漁業、さら に以前は未踏の森林だった場所への定住を加速する恐れがある。 林産業、特にパルプおよび製紙部門は、比較的エネルギー集約的である。しかしながら、木質系バイ オマスは燃料として使用される場合が多く、持続可能な仕方で管理された森林が供給源であれば、カー ボンニュートラルかカーボンニュートラルに近い。全般的に、林産品産業における生産プロセスは、気 候変動の原因としての役割は比較的小さく、世界の CO2 放出のおよそ 1.6%に関与するに過ぎない(WBCSD 2-21 ビジネスのための TEEB 2007)。 2.3.3 鉱業と採石業 選鉱のための淡水の供給を別にして、鉱業は生物多様性または生態系サービスに直接依存しているわ けではない。しかしながら、鉱業は BES に対して深刻な数々の直接的および間接的影響を与えており、 それらの影響を無視した場合、採掘作業に対する重大なリスクが生じ得る。 主要な直接的影響の 1 つは、採掘地の上を覆う生息地や地質特性が撤去される露天採掘からもたらさ れる。採石プロセスにおける動植物への他の攪乱要因には、騒音、粉塵、汚染、また廃棄物(尾鉱)の除 去および貯留が含まれる。 採石過程自体は主に否定的な影響と関連しているが、ますます多くの企業が、現場では軽減できない 残留物の影響を埋め合わせるための生物多様性オフセットを使用し始めている。加えて、以前の鉱区の 環境回復および再生にも投資している。ある場合には、こうした活動によって顕著な生物多様性の価値 を生み出すことができる(Box 2.4)。 Box 2.3 中国における建設と森林破壊 森林は、多数の企業が依存する価値ある財およびサービスを供給する(Salim et al. 1999)。しかしな がら、中国は 1949-1981 年の間に、建設その他に使用する木材の増大する需要を満たすため、自国の自 然林を激減させた。累積で 7,500 万ヘクタールの面積が伐採されたが、その 92%は自然林だった(Song et al. 2009)。この急速な森林破壊は、(1)ヘクタール当たりの木材資源の減少、(2)樹齢構成の若い林分に 変化する傾向、(3)生物種の構成の変化、(4) 再生速度の低下、および(5)植林地の成長低 下と生産性低下をもたらした(Yin 1998)。 その上、流域保護および土壌保全などの重 要な生態系サービスも重大な損傷を被っ た。長期に及ぶこうした森林破壊および衰 費用(米ドル/m3 1998) 退は転換点に達した。1997 年、深刻な干ば つが黄河下流域で生じ、267 日間にわたり川 が干上がって、北部の平野の工業、農業お よび生活用水利用者を危険にさらした(Xu et al. 2002)。その後、1998 年、中国のほ ぼすべての大河流域で大規模な鉄砲水が発 生して広大な地域を破壊した。2,480 億元 (1998 年の価値で約 300 億米ドル)の被害が 生じ、4,150 人の人命が失われ、数百万人が 移住を余儀なくされた(Sun et al. 2002)。 中国政府は、上流域に元来存在した森林 の 85%を消滅させた森林破壊が、急斜面での 2-22 ビジネスのための TEEB 耕作と共に、1997 年に黄河に影響を及ぼした干ばつと、1998 年の長江流域での洪水の主要な原因である と判断した(アースポリシー 2010)。大河水系の周辺地域での過剰な伐採は、水流出の増加、土壌侵食お よび水路の沈泥化を生じさせた(Lang et al.2002)。そのため中国政府は、1998 年に、国家森林保護計 画(Natural Forest Conservation Program/NFCP)の下で、国内の 17 の省での伐採を禁止した。NFCP は 1998 年から 2010 年まで実施されるよう計画されており、中国における自然林での木材伐採は 1997 年の 3,200 万 m3 から 2003 年の 1,200 万 m3 まで減少した。伐採制限によって 1998 年から 2003 年の期間に丸 太の生産が大幅に減少し、北京の木材市場における木材の 20-30%高い価格にその影響が反映された。 王宏昌による研究(1997)では、中国における森林破壊のコストを、気候調整、木材の供給、食料供給、 水の調整、侵食防止、洪水防止および栄養循環などのさまざまな生態系サービスの損失を個別に調査し て見積もった(Wang Hongchang 1997)。この研究に基づき、中国の建設および素材部門のための伐採によ って失われた生態系サービスの価値は、年間 12.2 億米ドルと概算された(McVittie 2010)。これらの生 態系サービス損失の価値と建設および素材部門で使用された木材の価値を比較すると、森林破壊の影響 が市場価格に十分反映されていないことは明白と思われる(図を参照)。完全費用回収の原則(full cost recovery principles)に従って、持続不可能な伐採および森林破壊による生態系衰退の外部費用を木材 価格に組み入れた場合、価格が大幅に上昇することが予想される。 出典: Mark Trevitt (トゥルコスト)、TEEB に寄稿 生物多様性および生態系に対する鉱業の間接的影響には、公害や精製や溶練過程で使われた水が含ま れる。さらに採掘作業は、道路の開発によって、生物多様性が影響を受けやすい地域に対する重大な間 接的影響をもたらす。こうした道路は、それまで未開発また未踏だった地域へのアクセスを提供するた め、入植につながると共に生息地の変化を加速させる。 Box 2.4 ホルシム社と湿地回復の価値 ホルシム社の子会社である Aggregate Industries UK 社は、自社の採石事業の一部として生態系を回 復させた。ノースヨークシャー州の従来の採石場を拡張したいとの要望に加えて、同社は、現在農地と して利用されている土地から砂や砂利を採取した後、野生生物の生息地のための湿地帯とレクリエーシ ョン用の人工湖を創設することを提案した。ステークホルダーに意見を求めて選好を判断した。便益移 転法を用いた生態系の経済的評価に着手し、失地回復に伴う経済的便益の種類と規模を評価した。この 調査は、提案された湿地によって生み出される生物多様性の便益(140 万英国ポンド)、湖でのレクリ エーションに関連した便益(35 万英国ポンド)、さらに洪水貯水量の増加が地域にもたらす純便益(22 万 4000 英国ポンド)は、回復および機会費用を差し引いた後、現在の価値に換算して約 110 万英国ポン ドに上ることも示した。これらの湿地における炭素隔離の価値は比較的小規模であることが判明したが、 湿地回復に伴う限界便益が農業生産から得られる現在の便益をはるかに上回る。加えてこの調査では、 湿地回復の経済的便益と砂および砂利の採取から得られる財務収益の両方と比較して、生態系回復とそ のアフターケアの費用は小さいことも示された。この例は、環境への悪影響に対する補償が、企業が事 業のためのライセンスを維持する重要な手段となるだけではなく、実態としての経済的便益を持つ生態 系サービスの全般的な改善を適度な経費で実現させる可能性があることを例証している。 出典: Olsen および Shannon (2010) 2-23 ビジネスのための TEEB 2.3.4 石油とガス 石油・ガス部門は、燃料、電気、さらにプラスチックや潤滑剤などの石油派生品を含むさまざまな製 品をエンドユーザーに供給する。鉱業部門と同様、石油・ガス部門の多くの部分は、淡水の供給を除い て、生物多様性と生態系サービスに直接は依存していない。 生物多様性に対する直接的影響の観点から、この業界を上流(探査および生産)と下流(マーケティング および流通)の 2 つの活動に分けることができる。生物多様性に対する最も明確な影響は、上流の活動(地 震学的研究、掘削、建設、生産、メンテナンスおよび輸送)からもたらされる。こうした影響を削減する ための取り組みが著しく伸展したとはいえ、環境的利益は、消費およびエネルギー需要の増大、また深 海掘削、油砂や北極など影響を受けやすい環境における探査および生産の増加によって圧倒されてきた。 加えてこの業界は、上流および下流の活動や、石油およびガス製品の消費のもたらす温室効果ガス放出 によって、生物多様性に深刻な間接的影響を与えている。 2.3.5 化粧品とパーソナルケア 化粧品部門は、多くの天然成分を得るため生物多様性に依存している。さまざまな種や生息域が減少 しながら、そうした天然成分の質および量が損なわれる恐れがある。Colipa(欧州化粧品トイレタリー香 水協会)は 2008 年の活動報告書の中で、天然資源の欠乏、生物多様性への悪影響および資源効率の高い 製品ライフサイクルを、この部門の主要な課題の一部として認めた(Colipa 2008)。 倫理的生物取引連合(Union for Ethical BioTrade)によると、化粧品およびパーソナルケア企業大手 20 社 (倫理的生物取引連合 2010)。この企業数は、同部門に属するますます多くの企業が、持続可能な 使用の原則および慣行を自社のサプライチェーンに取り入れる措置を講じていくため、今後増加すると 思われる。 例えばブラジルの化粧品企業ナチュラ社は、革新の主な推進要因として生物多様性の持続可能な使用 を導入した。ナチュラ社は、植物性で再生可能な石油化学原料の代替品を開発して自社のカーボンフッ トプリントを縮小し、生物多様性の持続可能な使用に基づく一式の製品ライン(Ekos)を開発した。以来、 Ekos は企業売上高の相当な部分を占めるまでに成長を遂げた(ナチュラ 2008)。 別の企業ロレアル社は、 植物由来の成分の持続可能な調達慣行の確立を目指すアプローチを開発した(ロレアル 2008)。 食品および化粧品部門全体を通して、消費者の天然成分に対する考え方の変化をはっきりと見て取る ことができる。つまり、消費者にとって、健康に気を使い、 ‘健全なライフスタイル‘を取り入れること が市場の重要な推進要因となっている。豊かな消費者は、自らの健康を促進する(または促進するように 思える)製品を購入することを望むためである。 2.3.6 水の供給と衛生 水部門は、持続可能で費用効果の高い事業のために生態系に大きく依存している。水の量と質は、湖、 川、小川および湿地などの機能している水界生態系や、地域の生物物理学的過程および土地利用の慣行 に左右される(Box 2.5)。水道事業にとって重要な生態系サービスには以下の要素が含まれる。 2-24 ビジネスのための TEEB ・集水域全体における水循環および水文学的過程による水質と水量の保護 ・河岸植生による濾過水、不純物の除去および侵食の減少 ・洪水や火事などの自然事象後の集水域再生 ・洪水防止 ・廃水の排出および処理のための大規模な水路および海洋の同化能力 ・廃水の微生物学的浄化 ・河川流域の自然のままの集水域に関連した他の生態系サービス(炭素隔離、受粉、バイオバンキングお よび生物多様性オフセットの価値、レクリエーションおよび文化に関連した価値) 2-25 ビジネスのための TEEB Box 2.5 水道事業はどのように流域のサービスに依存しているか マレー・ダーリング川流域、オーストラリア オーストラリアのマレー・ダーリング川流域は、オーストラリアの地表水流全体の 6%を含むに過ぎな いが、年間 90 億米ドル弱と評価される国内の灌漑農業の 75%を支えている。1995 年に分水の取水抑制が 導入される以前は、灌漑開発の拡大が水源の深刻な過剰割当をもたらし、結果として河川および湿地生 態系の衰退と、地方および都市の利用者に向けた供給の確保ができなくなっていた。そして水の過剰使 用は、干ばつと気候変動による水不足でさらに深刻化した。対応策として、連邦政府は灌漑システムの 効率性向上と、灌漑利用者(irrigators)からの水アクセス権(water entitlements)購入のために策定さ れたプログラムに 110 億米ドル以上を投資した。例えばニューサウスウェールズ州では、州および連邦 政府が、地下水系における水割当をより持続可能なレベルまで減らすプログラムの一環として、灌漑利 用者に対する構造調整のための支払いに 9,500 万米ドルを提供した(Sutherland 2007)。 メルボルン、オーストラリア メルボルン市は、同市への供給水のかなりの部分を、森林が保護されている流域から得ている。森林 は、集水域を流れる水を自然濾過する役割を果たしている。この流域の森林が伐採されるか、土地が農 業または都市開発のために転換された場合、メルボルン市は新しい水処理施設を約 10 億米ドルかけて建 設し、加えて毎年数億ドルの操業費用を支払う必要がある(Young 2003)。 ブリティッシュコロンビア州、カナダ カナダの大手電力会社 BC ハイドロ社に、最大級の水利用計画によって、家庭への供給、魚および野生 生物、レクリエーション、文化遺産、さらに電力の要求などにより、競合する水利用の間のバランスを 取る方法が提供された(BC ハイドロ 2010)。 2.3.7 漁業 カリブ海のサンゴ礁は過去 30 年間におよそ 80%縮小した。その直接の結果として、ダイビング観光か らの収益(観光業の全収益の 20%弱に相当)が減少し、毎年最大 3 億米ドル減少することが予想されてい る。この金額は漁業部門での損失の 2 倍以上に当たる。(TEEB 2008)。 世界的な食品、家庭化学用品およびパーソナルケア製品のメーカーであるユニリーバ社は、乱獲に対 して脆弱な野生生物資源、つまり魚の利用者としての問題に直面した。タラは同社の高級冷凍食品に使 用される主要な魚種であった。1990 年代、不適切な管理と乱獲のため、タラの資源量は急激に減少し、 北大西洋西部では完全に崩壊した。その結果、1990 年代初頭以来、タラの価格は大幅に上昇し、1996 年 から 2000 年にかけて 50%以上上昇した。こうした劇的な価格上昇によって、ユニリーバ社のタラ関連製 品の利益率はおよそ 30%減少した(ISIS 2004)。 2.3.8 観光業 世界の観光業界は、2010 年に約 5 兆 7,000 億米ドルの付加価値を生み出し(世界の GDP の 9%以上)、直 接的または間接的におよそ 2 億 3,500 万人を雇用する(世界旅行ツーリズム協議会(WTTC) 2010)。多くの 2-26 ビジネスのための TEEB 観光企業は、エコツーリズム、ビーチでの休日、スキー、国立公園訪問などに関連しているかどうかに かかわりなく、生物多様性および生態系サービスに完全にあるいは部分的に依存している。ホエール・ ウォッチングだけで、2008 年に行った概算によると年間約 21 億ドルを生み出し、119 カ国で 1,300 万人 以上がこの活動に参加したと推定される(IFAW 2009)。 その一方で、観光団地とそれに関連した活動は、土地転換、水利用、汚水および固形廃棄物による深 刻な被害を生物多様性および生態系に与える恐れがある。加えて生態系サービス依存する観光企業は、 生物多様性に対する外的影響に敏感である。気候変動のもたらす脅威のため、サンゴ礁に依存する観光 企業にとって状況は特に切実である(Wilkinson 2008)。 先駆的なエコリゾート企業である Chumbe Island Coral Park 社は、壊れやすいサンゴ礁への依存に関 連した機会およびリスクの両方を特定した。この会社は、タンザニアのザンジバルのやや沖合に位置す るチュンベ島周囲のサンゴ礁を保護するため、海洋公園の設立に 1,200 万米ドル以上を投資した。公園 を 11 人の公園スタッフで管理し、訪問客は一度に最大 16 人までに制限している。現在このビジネスは、 年間 50 万米ドル以上の収益を上げ、43 人のスタッフを雇用しており、そのうち 2 人を除いて全員が地 元出身である(Sibylle Riedmiller、私信、2010)。類似の状況において、観光企業、政府および NGO 間 で、企業と生計を支持するためますます多くの官民のパートナーシップが形成されている。 2.3.9 輸送業 ビジネスにおける輸送には、専門輸送会社および専門物流会社企業、加えて大企業内の物流、流通お よび輸送部門が含まれる。航空、道路、鉄道および海上輸送を含むこの部門は、生態系サービスへの依 存よりも、生物多様性に及ぼす影響によって特徴付けられる。代表的な生物多様性に対するリスクは、 輸送インフラ(道路、港および集積所の開発および運用に関連した土地収奪や汚染など)、船のサンゴへ の座礁、石油流出などの事故、さらに炭素、NOx、SOx および微粒子の放出などの運用上の外部性 (operational externalities)に関連している。 ERM 社および EcoConsult 社の実施したヨルダンでの港、フェリーおよびコンテナターミナルの移設と 拡張に関する最近の研究は、影響の規模によっては数百万米ドルに上る可能性もある、サンゴ礁への影 響に対する潜在的補償活動を特定した。同時に、被害の一部を埋め合わせるため、サンゴを移植し、人 工岩礁を開発する提案が作成された。 石油流出や船のサンゴ礁への座礁は、数百万ドルの補償と修復要求につながる場合がある(国際油濁補 償基金(IOPC Fund) 2009 および Spurgeon 2006)。日常の運用に関連した影響については、大気汚染に対 する道路輸送の影響がますます綿密に調査されており、例えば、重量貨物車両の排気ガスを対象とした EU のユーロビニエット指令の提案にも反映されている(Grangeon et al. 2009)。 2.3.10 製造業 生物多様性に対する製造業の影響には直接的な影響と間接的な影響の両方が含まれており、生産施設 のフットプリントと生産過程から生じる汚染、さらに原材料または半完成品の供給業者の影響を反映す 2-27 ビジネスのための TEEB る。これらの要素の関連性は複雑で各部門が特有である場合が多い。その点は、日本の事務用品メーカ ー、リコー社によって作成された‘生物多様性マップ’に図示されている(図 2.5)。 図 2.5 は同時に、製造業、生物多様性および生態系サービスの関連性を分析する試みの困難さを部分 的に際立たせている。リコー社の例では、BES に対する主な影響は原材料の調達を通して(製紙用パルプ や金属など)、加えて製造過程自体の中で生じる(特に水資源に関連した影響)。 図 2.5 企業活動と生物多様性に関するリコー社のマップ 出典: リコー (2009) 2.3.11 金融業 金融サービス業が生物多様性に及ぼす影響は間接的だが、非常に重大なものとなり得る。金融機関は 生態系サービスに直接依存していないが、企業やプロジェクトに提供する融資、投資および保険による 補償を通して、BES リスクにさらされている。 銀行部門は、生物多様性に関連したリスクを管理するために少なくとも 4 つの戦略を用いる。1)生物 多様性に富む地域への投資に‘赤線引き’をする。2)環境の影響を受けやすい部門のための部門ごとの ガイドラインを作成する。3)銀行に専門知識が不足している部門への融資を控える。さらに 4)関与方針 を通して、債務者が自らの環境パフォーマンスを向上させ、被害を軽減できるよう協働する(Coulson 2009)。 大手銀行 50 社に関する最近の調査は、50 社のうち 32%が、林業部門の顧客やプロジェクトのために部 門に特化したガイドラインを作成したことを明らかにした(Mulder et al.近刊予定)。例えば JP モルガ ン・チェース社は、違法伐採に関する風評のある国から調達した木材の法的由来を確認するための期限 を設けている(森林管理協議会(FSC) 2005)。同様に、HSBC 社は淡水インフラ部門におけるプロジェクト・ ファイナンス事業のためのガイドラインを設けた(HSBC 2005)。このガイドラインによって、重要な自然 2-28 ビジネスのための TEEB の生息域、国際的に重要な湿地のラムサール条約湿地リストに登録された場所、ユネスコ世界遺産地で のプロジェクト、あるいはこうした地域に影響を及ぼすプロジェクト、さらに世界ダム委員会の枠組み に適合しないダム・プロジェクトに対する HSBC 社の投資は制限される。 2-29 ビジネスのための TEEB 2.4 生物多様性および生態系に関連したビジ ネスにおけるリスクと機会 ここまでで概略を示したとおり、企業は生物多様性および生態系サービスに関連したいくつかのリス クに直面している(世界資源研究所(WRI)et.al 2008)。それらのリスクを、以下のように要約できよう。 ・業務 ・規制 ・評判 ・市場または製品 ・財務 同時に生物多様性および生態系サービスが新しいビジネスチャンスを生じさせるのも明らかである。以 下に例を挙げる。 ・新技術と代替製品―代替物としての役割を果たし、破壊を減少させ、生態系を回復させ、または生態 系サービス利用の効率性を向上させる。 ・新しい市場–水質取引、持続可能性が証明された製品、湿地バンキング、絶滅危惧種バンキング (threatened species banking)など。 ・新しいビジネス–生態系回復および環境のための資金金融 ・新しい収益源–湿地や森林など、現時点では未実現だが、その生態系サービスに関する新しい市場また は報酬が発生する可能性のある資産。 以下の部分で、これらのリスクと機会の概要をいくつかの企業の実例と共に論じる。企業が BES リス クを削減し、BES に関する機会を捉えるための利用可能なツールや取り組みに関する詳細は、それぞれ 第 4 章および第 5 章で示される。 2.4.1 業務 ・リスクー淡水などの原材料の不足の深刻化および費用の増大。自然災害による企業運営の混乱。洪水 などの災害に備えた保険費用の高騰。 ・機会–水利用の効率性の向上、または新しい水処理インフラの必要性をなくすための現場での湿地整備。 2001 年、世界最大のビール醸造企業であるアンハイザー・ブッシュ社は、予期せぬ水不足が同社のサ プライチェーンに影響を及ぼす事態を経験した。米国太平洋岸北西部での一時的な干ばつにより価格が 上昇し、アンハイザー・ブッシュ社の醸造業務への主要な投入物、つまり大麦とアルミニウムが入手し にくくなった。この実例は、企業が生態系サービスへの自社の依存に対する包括的な視点を持つことの 必要性を際立たせている(世界環境管理発議 2002a)。 湿地は、水を浄化し、廃棄物を吸収すると共に一部の汚染物質を分解する能力で知られている。デュ ポン社はテキサス州ビクトリア市で、同社が以前に用いていた深井戸注入処理に対する懸念を地域住民 が表明し始めた後、工場からの廃水を処理するための湿地を整備した。以前は毎日廃水に流出していた 25 万ポンド以上の物質を回収した後、廃水は現地の生物学的処理施設で処理してから建設された湿地に 2-30 ビジネスのための TEEB 放出し、最終的にグアダルーペ川へ戻される前にさらに自然の‘磨き’をかける。回復された 240 万ガ ロン以上の水が、毎日グアダルーペ川に帰される(世界環境管理発議 2002b)。 2.4.2 規制および法律 ・リスクー新しい罰金、新しい受益者負担金、政府の規制、あるいはビジネス活動に異議を申し立てる 地域社会またはグループによる訴訟。 ・機会–企業の必要とするサービスを提供する生態系を保護または回復させる政策やインセンティブを策 定すると政府に求めること。 2004 年に英国政府は、イギリス港湾協会(Associated British Ports)のディブデンにおける港湾拡張 の計画許可を棄却した。生物多様性とそれに関連した文化的サービスが高く評価される付近の沿岸生態 系を侵害する可能性があったためである。その結果、イギリス港湾協会はこの提案のためにすでに支出 した 4,500 万英国ポンドを償却しなければならなかった。さらに認可棄却の直後の週に、この会社の株 価は 12%下落した(ISIS 2004)。 国際海事機関は、船舶のバラスト水による侵入外来種の移送を防ぐための 2009 年発効の規制を公布し た。船舶によってある生態系から他の生態系に移送された水生生物種は、海洋生物と地域経済に壊滅的 な影響を及ぼす場合がある。船主が新しい要件を満たすのを助けるため、アルファラバル社は PureBallast を開発し発売した。PureBallast は市場初のバラスト水処理システムで、望ましくない海洋 生物を添加剤または化学物質を使用せずに除去する(アルファラバル 2010)。 2.4.3 評判 ・リスクーメディアや非政府組織(NGO)の宣伝活動、株主決議、さらに消費者の選好の変化による企業の 評判に対する損害。 ・機会–企業ブランドを差別化するための持続可能な購入、業務または投資慣行の導入および伝達から得 られる便益。 1995 年、カナダのアルミ製品メーカーであるアルキャン社は、同社製錬所の水力発電のために川の流 れを変えようとした。しかしながら地元先住民族コミュニティーは、彼らにとってその川が淡水、魚、 さらに文化的サービスの供給源であるという理由で反対した。結局、アルキャン社は承諾を得ることが できず、最終的にプロジェクトを放棄し、先行投資に費やした 5 億米ドルを失った(Esty et al. 2006)。 GDF スエズ社は、同社の天然ガスパイプラインの上や周囲に数百キロメートルに及ぶ草地の回廊を作 るため、フランスの国立自然史博物館と提携することにより、ステークホルダーとの関係の改善を目指 している。イル・ド・フランス地方のこの回廊は、パイプラインが通る土地の審美的価値を高め、周囲 の生態系に対する、業務に関連した破壊を減少させる(WBCSD et al. 2002)。 電気事業者であるオンタリオ発電社(Ontario Power Generation)の環境アドバイザー、Steve Hounsell によると、生物多様性プログラムは、多くの場合、企業イメージの点で得られる便益と比較して非常に 2-31 ビジネスのための TEEB コストが低い。 「OPG(また同社の化石燃料に関連した排出)に通常批判的な人々のグループも、このプロ グラムには大いに賛成で協力的だ。彼らは我々と同盟を結んだ。こうしたプログラムは、‘地域社会か らの操業許可’を得るのに役立つ。逆に地域社会の支持を失うことは、貨幣価値に置き換えるのは困難 だとしても、事業の終わりを意味する」(WBCSD 2008)。 2.4.4 市場および製品 ・リスクー生態系に対する影響のより低い製品を提供する供給業者に顧客が乗り換える。あるいは政府 が新しい持続可能な調達政策を導入する。 ・機会–顧客が生態系に与える影響を削減する新しい製品およびサービスの発売、炭素隔離や流域保全の ための新興市場への参加、企業が所有する自然資産に基づく新しい収益源の獲得、エコラベルの付い た木材、海産食品、農産物および他の製品の提供。 世界最大の小売業者であるウォルマート社は、世界水産養殖同盟(GAA)および水産養殖認証委員会 (ACC)と協働し、2011 年までに、同社の海外エビ供給業者すべてが米国の適正水産養殖規範(Best Aquaculture Practices)に準拠することを認証する(ウォルマート 2010)。加えて、ウォルマート社は 2011 年までに、米国市場向けの天然の生および冷凍魚は、海洋管理協議会(MSC)認定の漁場で獲れたも の以外は仕入れないという目標を設定した。 2.4.5 財務 ・リスクー銀行や投資家がより厳格な融資および投資方針を採用することによる、資本のコスト上昇、 あるいは融資獲得または払込資本の困難さ。 ・機会–資源効率の向上、または衰退した生態系の回復に役立つ製品あるいはサービスを提供する企業に 対する、より好意的な融資条件あるいは資本調達状況の改善。 ラボバンクは、パーム油のサプライチェーンにおける何らかの望ましくない業務慣行を同行が排除で きる方針を策定した。この方針には、一層持続可能な業務の促進を助けるべきであるという、同行およ びその顧客に対する束縛条件が含まれている(ラボバンク)。 ゴールドマン・サックス社は、環境市場センターを設立して資金を提供し、学会および非政府組織(NGO) のパートナーと共に独自の調査を開始した。気候変動、生物多様性保護および生態系サービスを中心と した効率的な市場を確立するための公共政策オプションの研究および策定を目指す。 2-32 ビジネスのための TEEB 2.5 結論 世界的な生物多様性衰退の証拠はますます増加し、生物多様性に対する圧力は高まっている。生態系 の調整サービスの大多数は抑圧を受けており、過去 50 年間、多数の生態系は深刻な衰退を経験してきた。 生物多様性および生態系の 2050 年までの状態に関する予測は、現在の開発の道、消費パターンおよび 資源利用のレベルを我々が維持した場合、世界は生物多様性と多くの生態系サービスを失い続ける可能 性が高いことを示唆する。 すべての企業は、直接的か間接的かにかかわりなく、生物多様性と生態系サービスに依存するので、 両者の継続的な衰退は現実のビジネスリスクを生じさせる。結果として、企業は自社の BES 依存性を系 統的に調査しなければならない。直接の業務、さらに供給業者および顧客の依存性も調査対象に含める べきである。同時に、企業は自社の自然に対する直接的および間接的、肯定的または否定的な影響も評 価すべきである。 企業は、統合型の環境管理・評価ツールを活用して、自らの生物多様性および生態系に対する依存お よび影響を一層理解し、適切な緩和および管理対策を策定することができる。生物多様性および生態系 の価値は、企業のあらゆるレベルの意思決定により徹底的に織り込むことが可能であり、また織り込む べきである。 BES に対する影響および依存は、企業の競争力と業績に影響を及ぼす可能性がある。加えて、自然に 対するビジネスの影響に関する一般の認識は、消費者の動向、企業の評判、または法的あるいは事業運 営の社会的な認可を維持する能力に影響を与える場合がある。 生物多様性損失および生態系衰退の要因の多くは、ビジネスに難題をもたらす。例えば、淡水の不足、 生息域の消失および減退、気候変動、汚染、乱開発および侵入外来種の拡散は、すべて事業運営および 投資を損なう可能性がある。BES 衰退の直接的要因を減少させる対策は継続されるべきであり、おそら く企業の支持を得ることができる。そうした取り組みには、悪影響の回避、最小化、軽減さらに(可能な 場合には)相殺といった優先順位に導かれる適切な企業戦略・方針・業務上の対策の作成が含まれる。 また BES 損失は企業のみで対処できるものではなく、政府、企業および市民社会を含む連携が必要な ことも明白である。BES に対する影響は、地域と全世界の両方のスケールで理解する必要がある。企業 がビジネスを行うための法的枠組みは主として地域に限定されるが、世界は経済および情報の普及の点 でますますグローバル化している。食料や水などの商品に対する増大する需要を満たしつつ、同時に BES を維持し回復させるためには、公共政策および規制、さらにビジネス慣行の変更がかかわると思われる。 より優れた技術が必要となるため、企業は解決策の提供者として重要な役割を果たすことができる。 その一方で、生物多様性損失と生態系衰退に歯止めをかける取り組みは、同時に新しいビジネスチャ ンスを生じさせる。代替物の提供、衰退の減少、生態系の回復あるいは自然生産性の向上による製品開 発というビジネスチャンスの例があげられる。その他の機会には、水質取引、持続可能な製品、湿地お よび生物種バンキング、または現在未実現の資産に基づく新たな収益源などが含まれる。 2-33 ビジネスのための TEEB 参 考 文 献 Alfa Laval (2010) URL: http://www.pureballast.alfalaval.com/ PureBallast.aspx (last access 28 May 2010) BC hydro (2010) URL: http://www.bchydro.com/planning_ regulatory/ water_use_planning.html (last access 28 May 2010) Gallai, N., Salles, J.M., Settele, J. and Vaissière, B.E. (2009) Economic valuation of the vulnerability of world agriculture confronted with pollinator decline, Ecological Economics, 68 (3). pp. 810-821 Brander, L. (2010) Personal Communication, Institute for Environmental Studies, VU University Amsterdam. Glazovskiy, N.F. (1991) Ideas on an escape from the ‘Aral Crisis’, Soviet Geography, 22 (2). pp. 73-89 (February 1991) Butchart, S.H., Walpole, M., Collen, B., van Strien, A., Scharlemann, J.P., Almond, R.E., Baillie, J.E., Bomhard, B., Brown, C., Bruno, J., Carpenter, K.E., Carr, G.M., Chanson, J., Chenery, A.M., Csirke, J., Davidson, N.C., Dentener, F., Foster, M., Galli, A., Galloway, J.N., Genovesi, P., Gregory, R.D., Hockings, M., Kapos, V., Lamarque, J.F., Leverington, F., Loh, J., McGeoch, M.A., McRae, L., Minasyan, A., Hernández Morcillo, M., Oldfield, T.E., Pauly, D., Quader, S., Revenga, C., Sauer, J.R., Skolnik, B., Spear, D., Stanwell-Smith, D., Stuart, S.N., Symes, A., Tierney, M., Tyrrell, T.D., Vié, J.C., Watson, R. (2010) Global Biodiversity: Indicators of Recent Declines, Science 328 (5982), 1164-8, Epub 2010 Apr 29. Global Environmental Management Initiative (2002a) Connecting the drops toward creative water strategies: A water sustainability tool, “Anheuser-Busch Inc.— Exploring water connections along the supply chain”, Washington, D.C. URL: http://www.gemi.org/water/anheuser.htm CBD - Secretariat of the Convention on Biological Diversity (2010) Global Biodiversity Outlook 3, Montréal. URL: http://www.cbd.int/doc/publications/gbo/gbo3-final-en.pdf Chapagain, A.K., Hoekstra, A.Y., Savenje, H.H.G. and Gautam, R. (2006) The water footprint of cotton consumption: An assessment of the impact of worldwide consumption of cotton products on the water resources in cotton producing countries. Ecological economics, 60 (1). pp. 186-203. Colipa (2008) Value & Values: In Today’s Cosmetics Industry, Annual Report 2008, the European Cosmetics Association, Brussels. URL: http://www.colipa.eu/downloads/16.html Coulson, A.B. (2007) How should banks govern the environment? Challenging the construction of action versus veto. Business Strategy and the Environment (March 2009) 18 (3). pp. 149-161 Earth Policy Institute (2002) Illegal Logging Threatens Ecological and Economic Stability. URL: http://www.earth-policy.org/index.php?/plan_b_updates/2002/ update11 (last access May 28, 2010) Environmental Justice Foundation (2005) White Gold: the true cost of cotton. Environmental Justice Foundation, London, UK. Esty, D. and Winston, A. (2006) Green to Gold: How smart companies use environmental strategy to innovate, create value, and build competitive advantage. New Haven and London, Yale University Press FAO - Food and Agriculture Organization (1998) Time to save the Aral Sea? Agriculture and Consumer Protection Department, Paris Global Environmental Management Initiative (2002b) Connecting the drops toward creative water strategies: A water sustainability tool, “DuPont: Managing strategic risk through innovative wastewater treatment”, Washington, D.C. URL: http://www.gemi.org/water/dupont.htm Goldman Sachs (2008) Environmental Report. URL: http://www2.goldmansachs.com/services/advising/environmenta l-markets/documents-links/env-report-2008.pdf Goldman Sachs, Environmental Policy Framework. URL: http://www2.goldmansachs.com/services/advising/environmenta l-markets/documents-links/environmental-policy-framework.pd f Grangeon, D. and Cousin, P. (2009) Toward a greener road pricing system in Europe. European Transport Conference, Netherlands, October 2009 Grigg, A., Cullen, Z., Foxall, J., Crosbie, L., Jamison, L. and Brito, R. (2009) The ecosystem services benchmark, Fauna & Flora International, United Nations Environment Programme Finance Initiative and Fundação Getulio Vargas FGV. URL: http://www.naturalvalueinitiative.org/content/005/501.php HSBC (2005) Freshwater infrastructure sector guideline. URL: http://www.hsbc.com/1/PA_1_1_S5/content/assets/csr/freshwat er_infrastructure_guideline.pdf (last access June 15, 2010) IFAW (2009) Whale watching report. International Fund for Animal Welfare IOPC Fund (2009) Annual Report 2008, International oil pollution compensation funds, London IPCC - Intergovernmental Panel on Climate Change (2007) Fourth assessment report climate change, Synthesis Report, Geneva. URL: http://www.ipcc.ch/publications_and_data/publications_ipcc_ fourth_assessment_report_synthesis_report.htm FAO - Food and Agriculture Organization (2001) Global forest resources assessment 2000. FAO, Rome. URL: ftp://ftp.fao.org/docrep/fao/003/y1997E/frA%202000%20Main%2 0report.pdf F&C Asset Management (2004) Is biodiversity a material risk for companies? An assessment of the exposure of FTSE sectors to biodiversity risk, F&C Asset Management plc, London. URL: http://www.businessandbiodiversity.org/pdf/FC%20Biodiversit y%20Report%20FINAL.pdf. FAO - Food and Agriculture Organization (2007) The world’s mangroves 1980-2005. FAO Forestry Paper, Rome. URL: ftp://ftp.fao.org/docrep/fao/010/a1427e/a1427e00.pdf Kijne, J.W. (2005) Aral sea basin initiative: Towards a strategy for sustainable irrigated agriculture with feasible investment in drainage. Synthesis report. FAO, Rome FSC - Forest Stewardship Council (2005) Leading our world towards responsible forest stewardship: A progress report, Bonn. URL: http://www.fsc.org/fileadmin/web-data/public/document_cente r/publications/annual_reports/FSC_GA2005_Brochure_LowRes.pd f L’Oréal (2009) 2008 Sustainable Development Report Lang, G. (2002) Deforestation, floods, and state reactions in China and Thailand, Working Paper Series, 21, City University of Hong Kong, SEARC 2-34 ビジネスのための TEEB Lovell, S.J. and Stone, S.F. (2005) The economic impacts of aquatic invasive species: A review of the literature, National Center for Environmental Economics, Working Paper Series, no 05-02, U.S. EPA, Washington, D.C. Millennium Ecosystem Assessment (2005a) Ecosystems and human well-being: Biodiversity synthesis. World Resources Institute. Island Press, Washington, D.C. URL: http://www.millenniumassessment.org/documents/document.354. aspx.pdf (last access 23 June, 2010) Millennium Ecosystem Assessment (2005b) Ecosystems and human well-being: Opportunities and challenges for business and industry. Island Press, Washington, D.C. URL: http://www.millenniumassessment.org/documents/document.353. aspx.pdf Millennium Ecosystem Assessment (2005c) Ecosystems and human well-being: Current state and trends - findings of the condition and trends working group. (eds) Hassan, R., Scholes, R. and Ash, N. URL: http://www.millenniumassessment.org/en/Condition.aspx Millennium Ecosystem Assessment (2005d) Ecosystems and human well-being: Scenarios - findings of the scenarios working group. URL: http://www.millenniumassessment.org/en/Scenarios.aspx Mardas, N., Mitchell, A., Crosbie, L., Ripley, S., Howard, R., Elia, C. and Trivedi, M. (2009) Global forest footprints, Forest footprint disclosure project, Global Canopy Programme, Oxford. URL: http://forestdisclosure.com/docs/FFD-Global-Forest-Footprin ts-Report.pdf McVittie, A. (2010) Personal Communication, Land Economy & Environment Research Group, Scottish Agricultural College Micklin, P.P. (1992) The Aral crisis: Introduction to the special issue, Post-Sov. Geogr., 33 (5). pp. 269-82 MSC - Marine Stewardship Council (2007) Annual Report 2006-07, London. URL: http://www.msc.org/documents/msc-brochures/annual-report-ar chive/MSC_Annual_report_2006-07_EN.pdf Mulder, I. and Koellner, T. (forthcoming) Banks on biodiversity: Assessing how the banking sector accounts for biodiversity risks and opportunities in its business operations. Natura (2008) Annual Report 2008. URL: http://www2.natura.net/Web/Br/relatorios_anuais/_PDF/Annual Report2008.pdf OECD - Organisation for Economic Co-operation and Development (2008) Environmental outlook to 2030. OECD, Paris. URL: http://www.oecd.org/document/20/0,3343,en_2649_34305_396766 28_1_1_1_37465,00.html Olsen, N. and Shannon, D. (2010) Valuing the net benefits of ecosystem restoration: the Ripon City Quarry in Yorkshire, Ecosystem Valuation Initiative, Case Study No. 1, WBCSD and IUCN: Geneva and Gland Peters, J. , Shaw, J., Valero-Gonzalez, J., Arino, G., Bang, J., Reinert, A., Finisdore, J., Wielgus, J., Waage, D., Isaacs, R., Bartell, S., (2010) Operation Pollinator: Investing in natural capital for agriculture, for TEEB Pettis, J.S. and Delaplane, K.S. (2010) Coordinated responses to honey bee decline in the USA, Apidologie, 41 (3). pp. 256-263 Pimentel, D., Lach, L., Zuniga, R. and Morrison, D. (2000) Environmental and economic costs of non-indigenous species in the United States, Bioscience, 50 (1). pp. 53-56 Rabobank, "Rabobank’s position on Palm oil" URL: http://www.rabobank.com/content/images/positionpaper_palmoi l_tcm43-107432.pdf (last access June 15, 2010) Ricoh (2009) Group Sustainability Report (Environment), pg. 70. URL: http://www.ricoh.com/environment/report/pdf2009/all.pdf (last access 4 July 2010) Salim, E. and Ullsten, O. (1999) Our Forests: Our future – Report of the world commission on forests and sustainable development. Cambridge University Press, Cambridge, UK Scientific American (2010) URL: http://www.scientificamerican.com/article.cfm?id=reclaiming -the-aral-sea Last accessed May 28, 2010-07-06 Micklin, P. and Aladin, N.V. (2008) Reclaiming the Aral Sea, Scientific American, April 2008. URL: http://www.scientificamerican.com/article.cfm?id=reclaiming -the-aral-sea (last access May 28, 2010) Seneca Creek Associates (2004) “Illegal” logging and global wood markets: The competitive impacts on the U.S. wood products industry. URL: http://www.illegal-logging.info/uploads/afandpa.pdf Severskiy, I., Chervanyov, I., Ponamorenko, Y., Novikova, N.M., Miagkov, S.V., et al. (2005) Global International Waters Assessment (GIWA) 24, Aral Sea. Univ. Kalmar, Swed., United Nations Environment Programme Song, C. and Zhang, Y. (2009) Reforestation and afforestation efforts in China from 1949 to 2006 Spurgeon, J.P.G. (2006) Reefs in an economics context: Time for a “Third Generation” economics based approach to coral management, in Cote, I.M. and Reynolds, J.D. (eds) Coral Reef Conservation, Cambridge University Press Sun, J., Zhao, C. and Wang, L. (2002) The long march of green: The chronicle of returning agricultural land to forests in China, China Modern Economics Press, Beijing, P. R. China Sutherland, P.D. (2007) Major water resource challenges - A view across two Southeast States, Proceedings of Ozwater Conference, March 2007, Sydney, Australia TEEB -The Economics of Ecosystems and Biodiversity (2008) An interim report. European Communities. URL: http://www.teeb-web.org/LinkClick.aspx?fileticket=5y_qRGJPO ao%3d&tabid=1018&language=en-US Temirov, R. (2003) Lobbying grows in Moscow Siberia-Uzbekistan water scheme, Eurasianet.org for Trevitt, M. (2010) Cotton Production and the Aral Sea, Trucost, for TEEB Trevitt, M. (2010) Construction and Deforestation in China, Trucost, for TEEB Union for Ethical BioTrade (2010) Biodiversity Barometer 2010. URL: http://www.countdown2010.net/2010/wp-content/uploads/UEBT_B IODIVERSITY_BAROMETER_web-1.pdf United States Department of Agriculture (2008) Cotton: Production, supply and distribution, Foreign Agricultural Service UNPRI, UNEPFI and Trucost (forthcoming) Universal Ownership and Environmental Externalities. 2-35 ビジネスのための TEEB UNWWAP - United Nations World Water Assessment Programme (2003) Water for people, Water for life. URL: http://www.unesco.org/water/wwap/wwdr/wwdr1/ Wilkinson, C. (2008) Status of coral reefs of the World: 2008. Global Coral Reef Monitoring Network and Reef and Rainforest Research Centre, Townsville, Australia van der Werf, G.R., Morton, D.C., DeFries, R.S., Olivier, J.G.J., Kasibhatla, P.S., Jackson, R.B., Collatz, G.J. and Randerson, J.T. (2009) CO2 emissions from forest loss, Nature Geoscience , 2. pp. 737-738 WRI, WBCSD and Meridian Institute (2008) The corporate ecosystem services review: Guidelines for identifying business risks and opportunities arising from ecosystem change, World Resources Institute, Washington, D.C. URL: http://pdf.wri.org/corporate_ecosystem_services_review.pdf Wal-Mart (2010) Global Sustainability Report: 2010 progress update, We save people money so they can live better. URL: http://cdn.walmartstores.com/sites/sustainabilityreport/201 0/WMT2010GlobalSustainabilityReport.pdf Wang Hongchang (1997) Deforestation and Desiccation in China: A Preliminary Study, in Mao Yu-shi, Ning Datong, Xia Guang, Wang Hongchang, Vaclav Smil (1997) An assessment of the Economic Losses Resulting from Various Forms of Environmental Degradation in China, Occasional Paper of the Project on Environmental Scarcities, State Capacity, and Civil Violence. American Academy of Arts and Sciences, Cambridge, and University of Toronto, URL: http://www.library.utoronto.ca/pcs/state/chinaeco/forest.ht m <http://www.library.utoronto.ca/pcs/state/chinaeco/forest.h tm> (last access 6 July 2010). Also published in: Smil, Vaclav and Mao Yushi (1998) The Economic Costs of China’s Environmental Degradation. American Academy of Arts and Sciences: Cambridge. URL: http://www.amacad.org/publications/china2.aspx#toc <http://www.amacad.org/publications/china2.aspx#toc> (last access 6 July 2010) WTTC (2010) Travel and tourism economic impact 2010. World Travel and Tourism Council Xu, J.T. and Cao, Y.Y. (2002) Converting steep cropland to forest and grassland: Efficiency and prospects of sustainability, International Economic Review (Chinese), 2. pp. 56-60. Yin, R.S. (1998) Forestry and the environment in China: The current situation and strategic choice, World Development, 26 (12). pp. 2153-2167 Young, L. (2003) Putting an economic value on environmental or natural benefits that create commercial wealth is a concept that is gaining momentum. Article in The Source, A Magazine by Melbourne Water, Issue 26, June 2003 WBCSD, IUCN and EarthWatch (2002) Business and biodiversity: Handbook for corporate action, World Business Council for Sustainable Development, Geneva. URL: http://www.wbcsd.org/web/publications/business_biodiversity 2002.pdf WBCSD and IUCN (2008) Agricultural Ecosystems – Facts and trends, World Business Council for Sustainable Development, Geneva. URL: http://cmsdata.iucn.org/downloads/agriculturale-cosystems_2 .pdf WBCSD (2007) The sustainable forest products industry, Carbon and climate change: Key messages for policy-makers, World Business Council for Sustainable Development, Geneva. URL: http://www.wbcsd.org/DocRoot/oNvUNPZMuugn75jrL8KS/sfpi-carb on-climate.pdf WBCSD (2008) Gaz de France: Partnering for conservation, World Business Council for Sustainable Development, Geneva. URL: http://www.wbcsd.org/DocRoot/I1nBxnCYgi4PKwa5j8Tk/GazdeFran cefullcasefinal.pdf WBCSD (2009a) Corporate ecosystem valuation: A scoping report, World Business Council for Sustainable Development, Geneva. URL: http://www.wbcsd.org/DocRoot/pdK9r5TpPijC1XXpx7QR/Ecosystem sServices-ScopingReport_280509.pdf WBCSD (2009b) Corporate ecosystem valuation: Building the business case, World Business Council for Sustainable Development, Geneva. URL: http://www.wbcsd.org/DocRoot/sTRJLXdoq8SPdrViIYHq/Corporate EcosytemsValuation-BuildingTheBizCase.pdf WBCSD, WRI, IUCN and EarthWatch (2006) Business and Ecosystems, Issue Brief: Ecosystem challenges and business implications, Geneva. URL: http://www.wbcsd.org/DocRoot/Ejk5KCJOlkVkRngCksWD/Business% 20and%20Ecosystems_211106_final.pdf 2-36 ビジネスのための TEEB 付録 2.1: 事例研究-綿とアラル海、中国の木材 寄稿者: Mark Trevitt (トゥルコスト社)、Alistair McVittie (スコットランド農業大学/Scottish Agricultural College)、Luke Brander (環境研究所/Institute for Environmental Studies), Joshua Bishop (IUCN) 目的と方法 この付録では、中央アジアの農業および繊維業界と、中国の建設および素材部門に関する事例研究を 通して、生態系と生物多様性に対するビジネスの影響および依存のさらなる詳細について検討する。こ れらの事例研究は、生態系サービスの持続不可能な使用と、生態系の非市場価値に関する責任を負わな いことが、重大な経済的結果とビジネスの収益に対する影響を伴う環境危機をどのように招く場合があ るかを示している。 両方の事例研究で、特定の生態系サービスに影響を与えると共にその生態系に依存する原材料を使用 するために、企業のサプライチェーンに組み込まれる可能性のある生態系衰退のもたらす費用について 調べる。どちらの実例でも、生態系衰退による経済的帰結を、自然資源の持続可能な使用に失敗した結 果として生じた生態系サービス損失の価値と共に際立たせる。一次データが不足しているため、便益移 転法を用いて生態系サービス損失の価値を評価し、生態系の供給する便益の経済的評価が、将来の重要 なビジネス上の価値の保護にどのように役立つかを例示する。 事例研究 1: 綿花生産とアラル海の破壊 限られた水資源の持続不可能な使用が生態系全体を破壊する場合があることを示す顕著な実例が、ア ラル海の乾陸化の事例に示されている。中央アジアのカザフスタンとウズベキスタン両国の間(以前はソ ビエト連邦の一部)に位置するアラル海は、1960 年の時点では世界で 4 番目に大きな内海であり、周囲 の地域社会に生態系サービスの富を供給していた。2007 年までに、アラル海は元の大きさの 10 パーセ ントに縮小した。2 本の主要な支流であるアムダリア川とシルダリア川から水を汲み上げたことが主な 原因である。これらの川からの分水は、周辺地域で灌漑綿花生産が発展した直接の結果だった 1。 この危機の起源は、20 世紀初頭の数十年間にさかのぼる。その頃ソビエト連邦政府は、この地域で灌 漑を拡大して輸出向けの綿花を栽培することによって、増加する地域住民の生活水準を向上させる計画 に着手した 2。政府は、綿花栽培用の灌漑の拡大がアラル海への水の流入量を減少させることを認めてい た。それでも「灌漑に使用される河川水 1 立方メートルは、アラル海に注ぐ同量の水よりも経済的に有 益である」と考えたため、このトレードオフには実行の価値があると見なされた 3。 1956 年、カラクーム運河が開設された結果、大量の水がアムダリア川から分水された。その後の河川 水量の減少によって、結局 1987 年、アラル海は北の小アラル海と南の大アラル海の 2 つの水塊に分断さ れ、塩度も大幅に上昇した。 2 付録-1 ビジネスのための TEEB 灌漑地域および水資源の消費の拡大は、主に綿花生産の増加によって促進された。アラル海盆地にお ける最大の淡水消費者はウズベキスタンで、平均して地域の水資源全体の約 54%を使用する 4。1991 年ま でに、綿花栽培はウズベキスタンの国内総生産の 65%以上を占めるようになり、国内資源の 60%を消費し、 同国の労働力の 40%を従事させるようになった。さらに同共和国の耕作地全体の 70%以上が綿花生産に充 てられた 6。 1960-90 年の期間に、アラル海周辺の灌漑農業開発がおよそ 450 万ヘクタール(ha)から 700 万ヘクタ ール強へと拡大し、同時にアラル海の表面積は約 70 平方キロメートル(km2)から 40 km2 以下にまで縮小 した(図 1 を参照)。短期的には一定の経済発展が達成されたが、それは環境と、地域の長期的な経済的 持続性を犠牲にしてのことだった。 図 1: 灌漑地域の面積とアラル海の全表面積の対比 出典: Micklin (1993) 生態系および人々に対する影響 農薬と化学肥料の使用および流出の増加によって地表水および地下水が汚染され、下流域での水の利 用可能性の低下と塩度の上昇で、地域の湖や湿地は命の源を奪われた。結果として、ウズベキスタンの アムダリア・デルタとカザフスタンのシルダリア・デルタの生態系は深刻な被害を被った。アムダリア・ デルタでは、1960 年に約 55 万 ha にわたって広がっていた湿地が 95%減少し、1990 年のおよそ 2 万 7,500 ha まで縮小した。砂砂漠が湿地に取って代わり、デルタの約 6 万ヘクタールに及ぶ 50 以上の湖が干上 がった 5。同様に、シルダリア・デルタの湖は、1960 年の約 500 km2 から 1980 年の 40 km2 まで減少し た 6。1950 年にアムダリア・デルタの 10 万ヘクタールに及ぶ地域を覆っていたいわゆる Tugai 森は、1999 年までにわずか 2-3 万ヘクタールに減少した 7。 水の分流および汚染による他の影響を以下に要約する。 ・1960 年以前には、デルタ地域に 70 種以上の哺乳動物と 319 種の鳥が生息していたが、2007 年までに、 前者は 32 種、後者は 160 種が残存するのみとなった 7。 ・湖に発生する魚種の数は 32 から 6 に減少した。塩度の上昇と産卵場所および餌場の消失が原因である 2 付録-2 ビジネスのための TEEB 8 。 ・1960 年におよそ 4 万メートルトンの魚を生産した商業漁業は 1980 年代半ばまでに壊滅し、6 万人以上 の職が失われた 1.2。 ・粗末な水の管理と遺棄されたインフラは、土壌侵食を含む地力の低下を招き、灌漑地の 19%を脅かし ている 9。 ・アラル海の縮小と共に、周辺地域はより大陸性の気候になり、以前よりも短く、暑い、乾燥した夏と、 一層寒く、雪のない冬が訪れるようになった。生育期間は 1 年当たり平均 170 日に減少し、砂塵嵐が 1 年当たり平均で 90 日以上発生する 9。 ・過去 15 年間に、報告された慢性気管支炎と、癌を含む腎臓および肝臓病が 3,000%増加し、関節疾患 は 6,000%増加した。乳児死亡率は世界で最も高い部類に入る 9。 ・平均寿命は 65 歳から 61 歳に低下した 1.2。 農業と繊維産業に注目する アラル海の事例は、徐々に進行する環境問題として理解することができる。変化は時と共に蓄積し、 危機が生じるまで、衰退は一般に知覚されず、影響の全貌は認識されない。アラル海盆地における環境 悪化の早期指標の 1 つは、綿花収穫量の減少だった。水質および土壌の問題が灌漑に結び付いていたた めである(図 2 を参照)。 図 2: アラル海付近に位置する中央アジアの 3 カ国における綿花収穫量の傾向 出典: Cai, McKinney および Rosegrant (2001)、FAO 農林水産統計データベース(FAOSTAT) 土壌劣化の対策として、ウズベキスタンの農民は消費する水の量を増やした。余分な塩分を押し流そ うと、畑を灌漑水で‘洗浄’したのである。この慣行は現在、塩度の上昇が自生植物と作物の成長を阻 害または抑制するため、ウズベキスタンの農業生産、特に綿花生産の存続そのものを脅かしている 10。 アラル海乾陸化によって生じた経済的損害の包括的な推定計算は見つからない。1990 年に出版された ある研究は、環境に対する悪影響の一部を除去する方策の費用について調査し、アラル海における持続 2 付録-3 ビジネスのための TEEB 不可能な農業および灌漑慣行による最小限の環境被害は、少なくとも 14 億米ドルに相当することを示し た。この推定では、汚染された排水の河川流入の防止、灌漑システムの再構築、新しい植物と灌漑技術 の導入、さらに海底の安定化などの方策を考慮に含めている 11 。加えて、衛生設備、衛生および医療サ ービスの改善、新たな雇用の創出、経済改革のための費用は 34 億 9,000 万米ドル以上に上ると推定した 12 。別の研究は、2 本の運河を建設してボルガ川、オビ川およびイルティシュ川からの水の流れを変える ことによって、20-30 年間でアラル海を以前の規模に回復させるための費用について調査し、300 億米ド ル以上と予測した 13。 上で言及した研究はどちらも、アラル海盆地内の生態系サービスの損失を明確に考慮していない。TEEB の事例研究では、すでに概算された空間変数、規模、種類、豊富性、1 人当たりの GDP、そして人口密度 といったパラメーターに基づく、湿地に関するメタ分析の価値関数が適用された 14。この関数を用いて、 1960-1990 年の期間に 52 万 2,500ha の湿地が消滅したことによる生態系サービスの減少が評価され、年 間の経済的損失が約 1 億米ドルに上ることが示された 15。この評価手法の概要と結果を表 1 に示す。 この分析は生態系サービスの損失全体の一部のみを扱っており、損失の実際の規模を過小評価してい る可能性があることに注意してほしい。他の湿地生態系からの貨幣価値の移転は、アラル海盆地特有の 状況を反映していない恐れがあるためである。それでもこの分析からすると、アラル海盆地における綿 花生産の増加に関連した外部性は顕著であると思われる。農業関連産業はこれらの費用すべてを負担し てきたわけではないが、深刻な影響を受けている。持続不可能な灌漑の実施は、湛水、土壌塩度の上昇、 さらに収穫量の減少につながり、結果として生じる作物生産価値の減少だけでも毎年約 14 億米ドルで、 潜在的作物生産量の価値の、およそ3分の1に相当する 16。 ビジネスに対する影響 小売衣料産業による綿衣類の製造は、綿花を栽培および加工する国々における、水資源に対する環境 依存性および影響の連鎖と結び付いている。その依存性と影響には、主に耕作と加工の際の取水や水の 汚染が含まれる。世界の綿生産量全体のほぼ 3 分の 2 は、繊維産業で衣料の製造に使用されている 17。 綿に対する世界的需要は着実に増大しており、2008 年には世界の年間綿生産量は 2,600 万トン以上の規 模に達した 18。 綿花生産は、世界の淡水消費のおよそ 2.6%、年間 2,500 億立方メートル(m3)以上の水の使途となって いる 18。綿花は水集約的な作物であり、全世界の平均で、最終的な綿織物 1 キログラム当たり約 1 万 1,000 リットルの水を必要とする 18 。ウズベキスタンにおける綿花生産は、非効率的な灌漑慣行のため全般に 一層水集約的で、収穫された綿花 1 キログラム当たりおよそ 2 万リットルの水が使用されている。綿花 生産による水の年間総消費量は 85 億立方メートル以上という計算になる 18,20。 ウズベキスタンにおける国内での繊維生産能力は限られているため、ウズベキスタン綿のうち 70%以 上を占める約 80 万トンが毎年世界の市場で売られており、同国は世界第 2 位の輸出国となっている 19。 国連によると、ウズベキスタン綿の最大の消費者は欧州連合で、ウズベキスタン綿輸出量の 29%、年間 およそ 3 億 5,000 万米ドル相当を消費する 20。 2 付録-4 ビジネスのための TEEB 表 1. アラル海における湿地の価値の評価 説明変数 変数ラベル (定数) 係数推定値 P値 有意性 -0,970 0,709 アラル海の湿 地のパラメー ター値 アラル海の湿 地のパラメー ター値と係数 の積 注記&仮定 1,00 -0,97 R2 調整値= 0.37 1,00 0,32 含む 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 0,00 含まない 含まない 含まない 含まない 含まない 含まない 含まない 含まない 含まない 1,00 0,00 0,00 0,00 8,91 -0,21 0,00 0,00 0,00 -1,94 含む 含まない 含まない 含まない 注記 1 を参照 0,15 1,00 1,00 1,00 0,09 -0,11 0,51 0,04 *** 1,00 -1,35 注記 2 を参照 含む 含む 含む 含む 0,00 -0,15 -0,96 0,00 0,00 1,21 含まない 含む 含む 含まない 含まない 含む 評価方法 仮想評価法 CVM 0,317 0,625 ヘドニック価格法 旅行費用法 取替原価法 純要素所得 生産関数 市場価格 機会費用 選択モデル 限界価値 HP TCM REPLCOST NFINCOME PRODFUNC MKTPRICE OPPCOST CHOICE MARGINAL -2,328 -0,705 -0,383 -0,125 -0,091 -0,215 -1,164 -0,524 0,828 0,043 0,261 0,538 0,843 0,896 0,712 0,165 0,581 0,053 EEA_INLND EEA_PTBGS EEA_SLTMR EEA_INTRT LN_SIZE -0,211 -2,266 0,073 -0,239 -0,218 0,726 0,004 0,901 0,672 0,000 洪水調節 給水 水質 生息地と養殖場 FLOOD WATSUPP WATQUAL HABITAT 0,626 -0,106 0,514 0,042 0,169 0,828 0,288 0,917 娯楽的狩猟 HUNTING -1,355 0,002 遊魚 原材料 薪 非消費的娯楽 快適性 生物多様性 FISHING MATERIAL FUELWOOD RECREATION AMENITY BIODIVER -0,119 -0,153 -0,959 0,218 0,432 1,211 0,786 0,732 0,198 0,626 0,370 0,012 ** 0,00 1,00 1,00 0,00 0,00 1,00 LN_GDPPC LN_POP50 0,430 0,503 0,004 0,000 *** *** 8,86 12,24 3,81 6,16 注記 3 を参照 注記 4 を参照 LN_WETL50 -0,125 0,118 11,08 -1,39 注記 5 を参照 ** ** 湿地の型 内陸湿地 泥炭湿地 塩性湿地 潮間帯干潟 湿地の規模(ha) 生態系サービス *** *** 社会経済的特性 1 人当たり GDP 距離 50km 以内の人口 湿地の豊富性 距離 50km 以内の湿地面積 推定値(自然対数) 5,06 基準となる価値(米ドル/ha/年 157 1960 年における 湿地の豊富性 1990 年における価値(米ドル/ha/年) 229 1990 年における 湿地の豊富性 平均価値(米ドル/ha/年) 193 1960 年における面積(ha) 550.000 1990 年における面積(ha) 27.500 損失面積(ha) 損失価値(米ドル/年) -522.500 -100.847.624 1960 年の 5% 1960 年から 1990 年まで 注記 6 を参照 注記: 1) 基礎となるメタ分析価値関数における湿地全体の平均規模に基づく(標本規模は 222)。当該地特有のデータが欠如しているため。 2) 基礎となる関数における湿地全体の洪水調節の平均価値に基づく。当該地特有のデータが欠如しているため。 3) カザフスタン(PPP(購買力平価)ベースで 2009 年 1 人当たり GDP は 11,434 米ドル)とウズベキスタン(PPP ベースで 2009 年 1 人当たり GDP は 2,634 米ドル)の平均値。 4) 平均人口密度(2000 年の人口(4,180 万人)/盆地の総面積(158 万 5,000km2)=26.37)に半径 50km 以内の面積(7,854km2)をかけた値。 5) 1960 年における湿地の豊富性(平均標本値は 64,860ha)。 6) 1960 年から 1990 年にかけて失われた湿地の総面積から得られる年間の価値フロー。 2 付録-5 ビジネスのための TEEB 事例研究 2: 中国の森林破壊と建設産業 森林は、人間社会と企業が依存するさまざまな財やサービスを供給する 20。世界最大の人口と第 3 位 の面積を有する国家である中国の森林生態系の使用は、自国だけではなく地球環境にも影響を及ぼす。 1949 年に中華人民共和国が建国された頃、この国は非常に貧しく、幾年もの戦争による破壊を受け、大 規模な経済再建を必要としていた。建設その他に用いる木材需要は当時非常に大きく、現在も依然とし て大きい。 前世紀半ばの中国は、東北部(黒竜江、吉林および内蒙古東部など)、南西部(雲南、四川西部およびチ ベット東部を含む)、さらに北西部・新疆の各地域、南部の海南といった地域に、広大な自然林地帯を有 していた 21。ところが 1950 年代および 1960 年代に、建設資材の増大する需要をまかなうため、ほぼ 100 万人の労働者が森林に覆われた地域に移住して木材を生産した 22。1950 年代以来、中国における木材伐 3 採量は、1 年当たり約 2,000 万立方メートル(m3)から 1995 年までに 6,770 万 m(翻訳者注 :原文は 6,770m3 ですが、6,770 万 m3 の誤りと思われます)余りに増加した 23、24 。木材需要は主に建設ブームによって促 進された。1983 年から 1997 年にかけての平均木材消費量の内訳は、建設(64 パーセント)、家具(13%)、 燃料(8%)、パルプ(7%)、その他の使用(8%)である 25。 森林生態系に対する影響 1949 年から 1981 年の期間に、中国の森林資源の使用は同国の自然林資源をほぼ完全に枯渇させた。 伐採された森林の累積面積は 7,500 万ヘクタール(ha)に及び、そのうち 92%は自然林だった 26。急激な森 林破壊は、(1)資源量(m3/ha)の減少、(2)樹齢構成の若い林分に変化する傾向、(3)生物種の構成の変化、 (4)天然更新の減少、(5)植林地の成長低下および生産性低下といった有害な構造変化をもたらした 27 。 さらに森林生態系の生態学的機能、特に流域保護と土壌保全も含まれる。同様に森林面積の縮小も、生 息地の攪乱、転換および分断化によって、生態系損失の一因となった 28。 中国での長年にわたる森林破壊と自然林生態系の衰退は、1990 年代末に転換点に達し、一連の生態学 的災害を生じさせた。1997 年、深刻な干ばつによって黄河の下流域が 267 日の間干上がり、北方の平野 部全体の工業、農業および生活用水の利用を危険にさらした 29。翌 1998 年、中国のほぼすべての大河流 域で大規模な鉄砲水が発生して広大な地域を破壊した。4,150 人の人命が失われ、数百万人が移住を余 儀なくされ、2,480 億元(1998 年の価値で約 300 億米ドル)と推定される資産やインフラへの重大な被害 が発生した 30。1998 年の揚子江流域における総降水量は、1954 年の洪水時に比べると少量で長期間続い たが、その年、2 カ月間に 8 度のピークを伴う記録的な洪水が発生した。この洪水は、流域の保水力の 深刻な減衰を示唆する 23。 建設および素材部門の森林に対する影響と依存 こうした生態学的災害の後、中央および地方政府機関は、揚子江および黄河流域の上流域の生態学的 状況が、両大河流域の中流および下流域に住む数百万人の経済的福祉と生態学的安全保障に影響を及ぼ すことをはっきりと理解した 23。同時に中国政府は、上流域における元々の森林被覆 85%の除去、さらに 急斜面での農業が、1997 年に黄河に影響を及ぼした干ばつや、1998 年の揚子江における広範な洪水の主 2 付録-6 ビジネスのための TEEB な原因であると断定した 23,31。これら主要な水系の周辺地域での集中的な伐採は、河川への土壌流出の増 加、下流での沈泥堆積による河川水位の上昇、その結果としての洪水の深刻度増大を招いた 32 。対策と し て 中 国 政 府 は 、 1998 年 、 新 た な 天 然 林 の 保 護 プ ロ ジ ェ ク ト (Natural Forest Conservation Program/NFCP)の一環として、国内の 17 の省での伐採を禁止した。NFCP は 1998 年から 2010 年まで実施 されるよう計画された。NFCP の主な目的を以下に挙げる 24。 図 3: 中国における産業用丸太の生産: 1949-2008 年 出典: 国家林業局(SFA) 2005、China Forest Resources (1949-2001)および中国国家統計局、2009(2001-2008) ・生態学的に敏感な地域の自然林の再生 ・土壌および水質保護のための植林 ・植林地での木材生産増加 ・現存する自然林の過剰な伐採からの保護 ・森林の多目的利用管理の継続 NFCP における中央政府の初期投資は、1998 年から 2000 年までの期間中、総額 220 億 2,600 万元(26 億 9,000 万ドル)に上った 36。2000-2010 年に、国務院は 962 億元(116 億 3,000 万ドル)を追加で森林の 保護、再生、管理、森林労働者の再配置、またその他の関連した活動に配分した 36。NFCP の下で、中国 での自然林からの木材伐採は、1997 年の 3,200 万 m3 から 2003 年までに 1,200 万 m3 に減少した 33。NFCP に従って課された伐採制限の結果、図 3 に示されているとおり、丸太生産は 1998 年から 2003 年の期間 に著しく減少した。 また伐採禁止および木材収穫縮小の結果、多数の伐採者や他の林業部門従業員が移動し、国有の林業 関連企業は伐採、運搬および加工に関する資産の半分(300 億元に相当)を放棄した 34,35。その上、こうし た林業関連企業に対する融資の利払いを、政府はさらに年間 10 億元の費用で帳消しにしなければならな かった 35。さらに木材供給の制限の結果、1998 年の北京木材市場で木材価格が 20-30 パーセント上昇し た 29。 木材市場における生態系損失の評価 1950-1998 年の間、中国の森林資源の利用に関する決定において、多数の生態系の価値が適切に考慮 2 付録-7 ビジネスのための TEEB されなかったため、過剰な森林伐採と生態系サービスの損失が生じた。王宏昌氏による研究(1997)の中 で、気候調整、木材供給、食料供給、水資源の調整、侵食および洪水防止、さらに栄養循環など、影響 を受けたさまざまな生態系サービスを個別に調査する仕方で、先史時代以来の中国における森林破壊の 影響が概算された 36。この研究に基づいて、1950-1998 年の木材生産が原因で失われた森林生態系サービ スの価値を概算することができる(価値が線形関係にあると仮定する)。ここでは、王宏昌氏によるこの 研究を 2 つの理由で使用している。第 1 に、中国に焦点を合わせているため、第 2 に、特に森林破壊に 関連した生態系サービス損失の価値が推定されているためである。使用したデータと我々の分析の要約 を表 2 に示す。 表 2. 中国における森林生態系サービスの推定価値 ヘクター ル当たり の価値 (元/ha) 1950-98 年におけ る森林破壊による ES 損失の価 値:83.04Mha(1992 年、十億元) 伐採による ES 損失の価 値:森林破 壊の 59.5%(1992 年、十億元) 建設および素材 部門における木 材の使用による ES 損失の価値: 木材生産量の 64%(1998 年、米 ドル/m3) 81,00 279,96 23,25 13,83 29,88 市場価格:不足による 平均木材価格(福建) および薪税(貴州)の 上昇 19,40 67,05 5,57 3,31 7,16 生産価値:砂漠化によ る作物損失の 50%は森 林破壊に起因する 18,80 64,98 5,40 3,21 6,94 66,70 230,53 19,14 11,39 24,61 41,00 141,71 11,77 7,00 15,13 0,80 2,77 0,23 0,14 0,30 4,10 14,17 1,18 0,70 1,51 森林破壊によ る生態系サー ビス (ecosystem service, ES) 損失 先史時代から 1988 年までのすべての 森林破壊による ES 損失の価 値:289.33Mha(1992 年、十億元) 評価法と前提 降水量減少 取替原価法:分水プロ ジェクト(南部から北 部へ)の推定費用 木材生産量減 少 砂漠化 流出で失われ た水 植物栄養素損 失 貯水池および 湖での堆積 河川輸送能力 損失 取替原価法:森林破壊 による流出の形での 付加的な水‘損失’。 分水プロジェクトご とに評価 取替原価法:侵食によ る栄養素損失の価値。 化学肥料の小売価格 に基づく 取替原価法:堆積によ る損失と取り替える ための新しい貯水容 量建設の費用 賃金:航行可能な河川 距離の 50%短縮による 労働者 110 万人の収入 損失 洪水による資 産損失 損害費用:年間洪水損 失の 50%は森林破壊に 起因する 13,40 46,31 3,85 2,29 4,94 単発の洪水に よる損害(1998 年) 300 億米ドル(Yin、 1998)を 1950-1998 年 の丸太累積生産量で 割る(SFA、2005) NA NA NA NA 10,37 245,20 847,48 70,37 41,87 100,82 合計 王宏昌氏や他の情報源からのデータを使用して、森林生態系サービス損失の価値を年間 120 億 2,000 万米ドルと評価した。次いでこの評価を 1950-1998 年の丸太生産量と関連付けて、生態系サービス損失 の費用を木材の市場価格と比較した 37 。具体的には、森林資源の使用全般における木材生産の比率 2 付録-8 ビジネスのための TEEB (59.5%)33 と、木材の総消費量における建設部門の比率(64%)23 に従って、森林破壊の外部費用を配分した。 図 4 にその結果を示した。数値には、1950-1998 年の期間の森林破壊による生態系サービス損失の価値 と、流域保護および土壌保全サービスの減衰による洪水被害の価値が含まれる。 図 3: 中国における産業用丸太の生産: 1949-2008 年 1998年の洪水による損害 費用(米ドル/m3、1998年) 1998年に先立つ洪水による資産損失 河川輸送能力損失 貯水池および湖での堆積 砂漠化 木材生産量減少 植物栄養素損失 流出で失われた水 降水量減少 木材の 市場価格 外部費用 従来の財務分析では、市場価格を持つ製品やサービスのみを考慮するため、一般に価格を持たない多 数の森林生態系サービスは除外される。1998 年に伐採禁止が課された後、木材価格の 20-30 パーセント 上昇が見られたことには、中国における木材消費の真の費用の一部が反映されている。完全費用回収の 原則に従って、建設および素材部門での木材使用による生態系衰退の外部費用全体が市場価格に反映さ れた場合、この重要な経済的投入物の費用は最大 178%上昇する。 地球環境に対する中国の影響 中国と世界の他の地域は貿易や投資によって密接につながっているため、中国における森林政策およ び森林利用の変化は他の場所にも重大な影響を及ぼす可能性がある。国内の森林資源の減少と 1998 年の 伐採禁止の結果、中国の国内木材生産は需要に追い付かなくなった。輸入がその差を補ってきたため、 他の国の森林に対する圧力が増大している。 事実、森林破壊の外部費用は海外に移動し、結果としてミャンマー、インドネシアおよびロシアなど の木材輸出国における森林破壊についての懸念が高まっている。過去 10 年間、空前の経済成長に、森林 破壊および伐採禁止による国内森林資源の不足が相まって、中国は未加工原木と熱帯材の世界最大の輸 入国となり、さらに木材製品の世界第 2 の輸入国ともなった。1995 年以来、中国の木材製品の輸入量は 450 パーセント増加した 38。2004 年に世界で取引された熱帯の樹木 10 本のうち、5 本は中国向けだった 38 。 2 付録-9 ビジネスのための TEEB 全般的な結論 上述の 2 つの事例研究は、企業が自社の製品およびサービスの生態系と生物多様性に対する影響およ び依存性を、自社の価値連鎖全体を通して評価することの大切さを例示する。 アラル海の事例では、綿の生産と輸出を支えるための分水が、地域の水理システムを持続可能な限界 を超える状態に追いやった。農産業は、環境被害の価値を無視(外部化)することによって、自らの費用 を実質的に削減した。そうした外部性が綿花生産の費用に含められた場合、総生産量と灌漑の規模の両 方が縮小すると思われる 6。アラル海における破壊から学べる教訓は、水資源は持続不可能な仕方で利用 されると消失する可能性があり、また実際に消失すること、さらに生態系の変化はそれが提供するサー ビスに依存する者に広範な影響を及ぼし得ることである。生態系サービスの損失と、生態系の保護およ び回復の費用を評価し、水資源のより効率的な利用方法に関する判断の際、明確に考慮する必要がある 39 。 中国の事例では、持続不可能な木材伐採が、原材料不足の深刻化と価値ある森林生態系サービスの損 失を招いた。最終的に、中国政府が 1998 年に伐採禁止を課した際、木材業界は多くの森林地帯での操業 権を失った。その結果生じた木材の供給不足は建設部門に供給する木材のコスト上昇につながり、それ がサプライチェーン全体に波及して、営業利益率は縮小し、生産は阻害され、市場変動性が上昇した。 さらに重要な点として、中国で数十年にわたって生じた森林破壊は、重要な生態系サービスの多くを根 底から揺るがし、重大な人的および経済的結果を伴う生態学的災害の原因となった。 両事例は、生態系サービスの過小評価が、どのように生態系衰退と社会および企業に対する経済的結 果につながるかについての警告を与える訓話となる。生態系衰退と経済的結果は、事が生じて初めて認 識される場合が多い。 2 付録-10 ビジネスのための TEEB 巻末注 1 URL: http://www.scientificamerican.com/article.cfm?id= reclaiming-the-aral-sea (last access 1 April 2010). 2 Nalwalk, Krilsin (2000) The Aral Sea Crisis: The Intersection of Economic Loss and Environmental Degradation, University of Pittsburgh, Graduate School of Public and International Affairs (April 25). 3 Micklin, Philip (1988) “Desiccation of the Aral Sea: A Water Management Disaster in the Soviet Union” Science, Vol. 241:1170-1175 (2 September). 4 UNEP (2006) Challenges to International Waters, Global International Water Assessment, Regional Assessment 24 – Aral Sea (February). 5 FAO (1998) Time to save the Aral Sea? Agriculture and Consumer Protection Department. UN Food and Agriculture Organization: Rome. 6 Micklin, P.P. (1992) “The Aral crisis: Introduction to the Special Issue” Post-Sov. Geogr. Vol. 33(5): 269–83. 7 Severskiy, I., Chervanyov, I., Ponamorenko, Y., Novikova, N.M., Miagkov, S.V., et al. (2005) Global International Waters Assessment (GIWA) 24, Aral Sea. University Kalmar, Sweden. 8 Micklin, Philip, and Aladin, Nikolay V. (2008) “Reclaiming the Aral Sea” Scientific American, (April). 9 World Bank (2003) Irrigation in Central Asia: Social, Economic and Environmental Considerations. The World Bank: Washington, D.C. 10 Spoor, Max, and Krutov, Anatoly (2004) “The ‘Power of Water’ in a Divided Central Asia” in Mehdi parvizi Amineh & Henk Houweling (eds.) Central Eurasia in Global Politics: Conflict, Security and Development Brill Academic Publishers: Leiden, Boston, 595. 11 Glazovskiy, N.F. (1991) “Ideas on an Escape from the ‘Aral Crisis’” Soviet Geography, Vol. 22, No. 2: 73-89 (February). 12 Glavosky, N.F. (1995) Regions at Risk: Comparison of Threatened Environments, The Aral Sea Basin, United Nations University Press. 13 Temirov, Rustam (2003). “Lobbying Grows in Moscow for Siberia-Uzbekistan Water Scheme” Eurasianet, (February 19). 14 See: Brander, Luke M., Florax, Raymond J. G. M., and Vermaat, Jan E. (2006) ‘The Empirics of Wetland Valuation: A Comprehensive Summary and a Meta-Analysis of the Literature’ Environmental & Resource Economics (2006) 33: 223–250 (DOI10.1007/s10640-005-3104-4); and: Ghermandi, Andrea, van den Bergh, Jeroen C.J.M., Brander, Luke M., de Groot, Henri L.F., and Nunes, Paulo A.L.D. (2009) The Values of Natural and Constructed Wetlands: A Meta-analysis, Tinbergen Institute Discussion Paper TI 2009-080/3 (available at: http://ssrn.com/abstract=1474751). 15 Brander, Luke (2010) Personal Communication, Institute for Environmental Studies, VU University Amsterdam. 16 Kijne, J.W. (2005) Aral Sea Basin Initiative: Towards a strategy for sustainable irrigated agriculture with feasible investment in drainage. Synthesis report, FAO: Rome (June). 17 Chapagain, A.K., Hoekstra, A.Y., Savenije, H.H.G. and Gautam, R. (2006) “The water footprint of cotton consumption: An assessment of the impact of worldwide consumption of cotton products on the water resources in the cotton producing countries” Ecological Economics 60(1): 186-203 (http://www.waterfootprint.org/Reports/Chapagain_et_al_2006 _cotton.pdf). 18 USDA (2008) Cotton: Production, Supply and Distribution, Foreign Agricultural Service, United States Department of Agriculture: Washington, D.C. 19 Environmental Justice Foundation (2005) White Gold: the true cost of cotton. 20 Salim, E., and Ullsten, O. (1999) Our Forests Our Future. Cambridge University Press, Cambridge, UK. 21 CNFCM 2000. Center for Natural Forest Conservation Management, Unpublished report to The World Bank. 22 Xhao, Guang and Shao, Guofan (2002) “Logging Restrictions in China: A Turning Point for Forest Sustainability” Journal of Forestry, (June). 23 Zhang, Peichang et al. (2000) “China’s Forest Policy for the 21st Century” Science, 288(5474): 2135-2136. 24 Cohen, David H. and Vertinsky, Ilan (2002) China’s Natural Forest Protection Program (NFPP): Impact on Trade Policies Regarding Wood. Prepared for CIDA with the Research Center for Ecological and Environmental Economics, Chinese Academy of Social Sciences, 63 pages. 25 CNFCM (2000) op cit. 26 Song, Conghe and Zhang, Yuxing (2010) “Forest Cover in China from 1949 to 2006” Chapter 15 in H. Nagendra and J. Southworth (eds.), Reforesting Landscapes: Linking Pattern and Process, Landscape Series 10, Springer. 27 Yin, R.S. (1998) “Forestry and the environment in China: The current situation and strategic choice,” World Development 26(12): 2153-2167. 28 Studley, J. (1999) “Forests and environmental degradation in Southwest China,” International Forestry Review 1(4):260–65. 29 Xu, J.T. and Cao Y.Y. (2002) “Converting steep cropland to forest and grassland: Efficiency and prospects of sustainability,” International Economic Review (Chinese), no. 2, pp. 56-60. 30 Sun, J., Zhao, C. and Wang, L. (2002) “The Long March of Green: The chronicle of returning agricultural land to forests in China,” China Modern Economics Press, Beijing, P. R. China. 31 http://www.earth-policy.org/index.php?/plan_b_updates/2002/ update11 (last access 5 February 2010). 32 Lang, Graeme (2002) “Deforestation, Floods, and State Reactions in China and Thailand,” Working Paper Series, No. 21, City University of Hong Kong. 33 FAO (2001) Forests out of bounds: impacts and effectiveness of logging bans in natural forests in Asia-Pacific, Asia-Pacific Forestry Commission. 34 Li, Z. (2001) Conserving natural forests in China: Historical perspective and strategic measures, Chinese Academy of Social Sciences (working report). 35 Yin, Runsheng, Jintao Xu, Zhou Li, and Can Liu (2005) “China’s Ecological Rehabilitation: Unprecedented Efforts, 2 付録-11 ビジネスのための TEEB Dramatic Impacts, and Requisite Policies,” China Environment Series 6:17-32. 36 Wang Hongchang (1997) “Deforestation and Desiccation in China: A Preliminary Study,” in Mao Yu-shi, Ning Datong, Xia Guang, Wang Hongchang, Vaclav Smil, An assessment of the Economic Losses Resulting from Various Forms of Environmental Degradation in China, Occasional Paper of the Project on Environmental Scarcities, State Capacity, and Civil Violence (Cambridge: American Academy of Arts and Sciences and the University of Toronto, 1997) 37 McVittie, Alistair (2010) Personal Communication, Land Economy & Environment Research Group, Scottish Agricultural College. 38 Greenpeace (2006) Sharing the Blame: Global Consumption and China’s Role in Ancient Forest Destruction. 39 Khristoforov, A.V. (2001) “Hydroecological security of the river basins. The methods of assessment and ways its availability,” in Tuzova,T.V. (ed.) Water and Sustainable Development of Central Asia, published as part of the projects ”Regional cooperation on the usage of water and power resources in Central Asia (1998)” and “Hydroecological problems and sustainable development of Central Asia”. Bishkek, p 85-87 (in Russian). 2 付録-12 ビジネスのための TEEB 第 3 章 生物多様性と生態系に対する影響および依存の測定と報告 「ビジネスのための TEEB」コーディネーター: Joshua Bishop (国際自然保護連合(IUCN)) 編集者: Cornis van der Lugt (UNEP), Sean Gilbert (GRI), William Evison (PricewaterhouseCoopers) 寄 稿 者 : Roger Adams (ACCA), Wim Bartels (KPMG), Michael Curran (ETH Zurich), Jas Ellis (PricewaterhouseCoopers), John Finisdore (WRI), Sean Gilbert (GRI), Stefanie Hellweg (ETH Zurich), Joël Houdet (Oree), Thomas Koellner (Bayreuth University), Tim Ogier (PricewaterhouseCoopers), Jerome Payet (SETEMIP-Environnement), Fulai Sheng (UNEP), James Spurgeon (ERM) 謝辞: Wim Bartels (KPMG), Gerard Bos (Holcim), Sagarika Chatterjee (F&C Investment), Derek de la Harpe (African Conservation Projects Ltd), Frauke Fischer (Wurzburg University), Juan Gonzalez-Valero (Syngenta), Stefanie Hellweg (ETH Zurich), Kiyoshi Matsuda (Mitsubishi Chemicals), Narina Mnatsakanian (UNPRI), Herman Mulder (GRI), Kurt Ramin (IUCN), Virpi Stucki (Shell). 免責事項: 本報告書で表明された見解は、純粋に著者自身のものであり、いかなる状況においても関係 する組織の公式な立場を提示したものと見なすことはできない。 ビジネスのための TEEB 報告書最終版は、アーススキャン社から出版される予定である。最終報告書に含 めることを検討すべきと考えられる追加情報または意見については、2010 年 9 月 6 日までに次の E メ ールアドレスに送信してほしい。: [email protected] TEEB は国連環境計画により主催され、欧州委員会; ドイツ連邦環境省; 英国政府環境・食料・農村地域 省; 英国国際開発省; ノルウェー外務省; オランダの省間生物多様性プログラム(Interministerial Program Biodiversity): およびスウェーデン国際開発協力庁の支援を受けている。 3-1 ビジネスのための TEEB 生態系と生物多様性の経済学 第3章 生物多様性と生態系に対する影響 および依存の測定と報告 目次 主要なメッセージ 4 3.1 はじめに 5 3.2 BES に関する情報管理および会計システムの設計 6 3.2.1 企業統治と説明責任: 出発点 6 3.2.2 領域、対象範囲および重要性の計画 7 3.2.3 目標と対象の設定の際に考慮すべき原則 11 3.2.4 進捗の測定と監視 13 3.2.5 BES と主流の環境会計システムとの関連付け 15 3.3 BES を資本投資決定に組み込む 17 3.3.1 資本投資における BES の適正な評価の障壁 3.4 製品レベルにおける情報の収集と利用 19 24 3.4.1 ライフサイクルアセスメント(LCA)の概要 24 3.4.2 生物多様性と生態系サービスを LCA に組み込む 26 3.5 グループレベルにおける情報の収集と利用 28 3.5.1 財務会計基準と BES 29 3.5.2 社会報告 32 3.5.3 BES 報告に対する指針 35 3.5.4 統合報告 36 3.5.5 BES 会計および報告の改善に対する障壁 36 3.6 結論と勧告 39 3.6.1 技術的改善 39 3.6.2 市場の改善 40 3.6.3 情報開示の改善 42 参考文献 45 3-2 ビジネスのための TEEB ボックス Box 3.1 SAB ミラー社による水利用報告(water reporting) Box 3.2 英国政府の計画決定における割引率 Box 3.3 事例研究-カカドゥ保護地区における仮想評価 Box 3.4 標準’グループによる炭素報告 Box 3.5 英国国有林会社(National Forest Company)- 2008/09 年次報告書および会計資料から抜粋 Box 3.6 BES の測定、管理および報告の指針を提供する優良なイニシアティブ Box 3.7 リオ・ティント社による生物多様性報告 Box 3.8 スコティッシュ・パワー社の 2004 年環境報告書における生物多様性 Box 3.9 バクスターヘルスケア社の 2008 年持続可能性報告書における生物多様性 Box 3.10 生態系サービス・ベンチマーク(Ecosystem Services Benchmark) 図 図 3.1 報告の領域を規定するための視覚的ツール 図 3.2 BES に関する測定および報告の対象範囲の選択 図 3.3 ISO 規格 14040 と 14044 に準拠した LCA の 4 つの段階 図 3.4 環境介入の環境影響領域と損害領域(damage categories)に対する割り当て 図 3.5 2008 年の企業上位 100 社による生物多様性に関する報告 図 3.6 生物多様性に対する影響または依存が大きな部門による 2008 年の報告 表 表 3.1 一般的に使用されるビジネス評価技術と BES に対する影響 3-3 ビジネスのための TEEB 主要なメッセージ ビジネスにおける生物多様性と生態系サービスの事前対応的な管理の取り組みは、企業統治とよ り十分な情報を得た上での意思決定から始まる。こうした取り組みには、BESをビジネスリスクお よび機会の管理に組み入れること、情報管理、さらに会計システムが含まれる。これらのシステムは、 現場およびプロジェクトレベル、グループレベル、また製品レベルなど、複数のレベルでの分析や意思 決定を支えるために必要となる。BESに関する情報は、内部および外部報告双方のために必要である。 社内プロセスに関する測定と報告は重要だが、これらだけでは、社内管理職または他のステークホルダ ーが行動や生じ得る結果に関連した決定を知らせるのに十分ではない。 企業は、 ‘立ち入り禁止’区域などの制限を定める原則に基づくBESに関する目標を形成し、予防 的アプローチを用いて、正味での正の影響(Net Positive Impact)を目指して作業を進めることが できる。BESに関する企業努力は、多くの場合、避けるべき事柄(特定の活動、技術または場所など) を識別することによって始まる。近年そうした努力は、最終的な影響の観点で建設的な目標を定めるた めの概念や支持的方法論の登場によって補完されてきた。‘正味’の影響のみに注目すると、特定の自 然資産に特有な意義を認め損なう可能性があるため、どちらのアプローチも有効である。 BESの測定に対する大きな障害と、企業の報告における空白箇所が存在する。BES損失の経済的費 用は大多数の企業にとって外部性である。それは、多くの場合そうした費用が経済的に重要とは見なさ れていないことを意味する。BESについての報告を実施する企業も、ほとんどが表面的な仕方で扱って いる。こうした状況は及ぼす影響の大きな産業でも同様であり、BESについての報告に関して企業が利 用できる指針が限られていることに起因する。その種の指針には、物理的な指標を金銭的な指標に変換 する技術が含まれる。また報告する企業がBESの優先度を低く設定していることも理由の1つに挙げら れる。 ビジネスにおけるBESの測定を、技術の進歩による支援で発展させなければならない。企業が自社 の実績を測定および比較するのを支援するため、BESに関するさらに多くの基本的情報が求められてい る。ライフサイクルアセスメント(LCA)技術を発展および改良し、企業がBESを製品ライフサイクルや 価値連鎖に沿って評価できるようにすることが必要である。環境管理および会計システムが、BESサー ビスに対する依存と影響を常に捕捉するよう調整する必要がある。加えて、BESの価値を経営計画や意 思決定システムにどのように組み入れ、並存する新しいシステムを追加せずに、既存のシステムの中に 根付かせるか、という方法論的課題も存在する。 BESを評価する能力の向上は、従来の指針の使用機会の増加および継続的な進歩と相まって、企業 の会計および報告の改善に役立つ。経済的評価ツールの適応によってBESを評価する企業の能力が向 上することと、規制環境の変化は、企業の会計および報告の一層重要な課題としてBESを確立するのに 役立つ。従来の指針は、自発的な努力を通して、また既存の管理基準が確実にBESを支持および解明す るよう改善することで、より適切に応用することができる。重要な段階の1つは、証券取引規制当局に、 企業の提出書類に関連したBESの重要性を評価するための基礎となる公式な説明を提供することであ る。BES専門家による会計分野と連携した今後の革新は、特に生態系サービス評価の領域で、標準化を 促進するのに役立つ可能性がある。 3-4 ビジネスのための TEEB 3.1 はじめに 前の章で論じたとおり、あらゆるタイプの企業は生物多様性と生態系(biodiversity and ecosystems, BES)に対してある程度影響を与え、あるいは依存しており、結果としてさまざまなリスクにも機会にも 直面している。優れた経営計画には、意思決定を支援するために BES を監視および測定する適切な内部 システムが必要である。 課題となるのは、BES に関連した情報の提供が可能な信頼できる情報管理および会計システムを確立 することである。そのシステムによって、業務上の決定(生産技術の選択など)を支援し、経済的評価ま たはプロジェクト評価(資本投資など)に情報を提供することが可能となり、さらにそのシステムは内部 および外部への報告にも役立つ。企業内部での情報ニーズは、多種多様で広範にわたる可能性がある。 BES に関するデータは、現場またはプロジェクトレベルでの決定、製品に関する決定、さらにグループ または企業による決定など、複数のレベルにおける行動や決定のために使用しなければならないためで ある。企業は以下の理由で BES に関する指標を用いる場合がある。 ・種々のビジネスモデルの BES に対する影響や依存を理解するため。 ・戦略的事業目標に関連した、効果的なリスクおよび機会管理を可能にする主要な環境パフォーマンス 指標を追跡するため。 ・BES に関連した業績と課題を内部および外部のステークホルダーに伝えるため。 ビジネスにおける環境パフォーマンス測定の手法は十分に確立されているが、環境管理のより‘伝統 的な’領域のようには BES を体系的に扱っていない。多くの企業に採用されている環境情報およびパフ ォーマンスの追跡システムの中で、BES は特別な挑戦となっている。BES に対するビジネスの影響と依存 は、多くの場合、ビジネスの直接的な投入物(水、エネルギーまたは原材料など)と生産物(汚染物質排出 および固形廃棄物など)に注目する標準的な環境パフォーマンス指標よりも測定が困難である。 BES の効果的な管理には、生物多様性のさまざまな構成要素(つまり遺伝、生物種、生態系)に対する ビジネスの影響と共に、無形の生物学的過程(自然の害虫および疾病対策、栄養循環、分解など)に対す るビジネスの依存の測定が必要である。加えて、BES を評価するためには、より広範な生態学的な関連 性と閾値に注意を向ける必要がある。それらは企業が制御できる範囲を超えているかもしれない。しか しながら、環境測定および報告のための既存のアプローチとツールは、BES の測定、管理および報告の 基礎と、この分野でのさらなる発展のための基盤を提供することができる。 この章では、ビジネスにおける BES への影響および依存の測定法に注目する。まず BES に関する情報 システムの核となるパラメータと目標について考察し、次いでそうした情報のビジネスにおける使用に ついて検討する。結論として、ビジネスにおける BES の測定、評価および報告を改善するよう勧める。 3-5 ビジネスのための TEEB 3.2 BES に関する情報管理および会計システ ムの設計 このセクションでは、BES 会計を企業統治および企業情報システムの文脈の中に位置付ける。同時に、 BES の潜在的目標および測定基準の概要について考察する。 BES に関する独立型の情報管理および会計システムの設計、または既存の企業情報システムに BES を 組み込むことは、計画・実施・検討・対処(Plan-Do-Check-Act, PDCA)アプローチに従って実行できる。 このアプローチには、境界と重要性を定義する初期評価の段階と、それに続く目的および目標の設定、 明確な指標に基づく進捗の測定、さらに環境管理および伝達システムによる支援が含まれる。以下のセ クションでは、各段階で利用可能な指針と実例について考慮した上、これらの段階の詳細を検討する。 この論議の多くの部分には財務情報以外のデータが含まれるが、セクション 3.3 では、資本投資の決定 において BES の経済的評価の果たす役割が扱われる。 3.2.1 企業統治と説明責任: 出発点 BES を体系的に扱う取り組みは、企業統治のレベルから始まる。企業統治は、あらゆる企業が決定を 形成し遂行するためのシステムである。ここでは企業統治を、株主価値や株主投票といった狭い視点を 超えた、企業の持続可能性と責任を包含するものとして考慮する。この姿勢には、BES に対する影響と 依存を、その測定、管理および報告の手順と共に、企業戦略全般に関連付けて検討することが含まれる。 そのため、生物多様性および生態系に関する情報システムを包括的な企業情報管理に関連させなければ ならず、より広範な環境管理にも適合させる必要がある(セクション 3.2.4 を参照)。 BES の測定に関する努力の多くは、企業とそのステークホルダーにとっておそらく重要な非財務情報 を追跡することが関係している。また BES の測定によって、BES を経済的評価に織り込むための基礎を 提供することが可能になる。BES に関連したリスクと機会の財務評価を公表した企業の実例が少ないに も関わらず、多くの企業は、自社の企業戦略の一部として注目に値する環境関連システムを特定してき た。 言うまでもなく、一部の企業にとって BES の影響は可視的であり、財務的(金銭的)な観点から、金 銭面で測定可能なため、重要と見なされる。例えば、石油流出から生じる訴訟とそれに関連した環境破 壊に対する補償請求は、投資家にとって重大な懸念となる可能性がある。BES に関する問題は、民間の 投資決定にも影響を及ぼす可能性がある。例えば、英国最大の港湾運営企業であるイギリス港湾協会 (Associated British Ports, ABP)の株価は、2004 年 4 月、英国南部のある場所にコンテナターミナル を建設する同社の計画を英国政府が阻止した後、市場で 10%下落した。その計画が退けられたのは、主 に環境活動家の反対の結果だった。彼らはそのターミナルが貴重な野生生物集団を脅かすと主張してい た(英国環境庁、2004)。 測定可能な短期の経済的影響が存在しない場合でも、優れた企業統治は、長期的な視点を持つと共に、 3-6 ビジネスのための TEEB ステークホルダーとの関係を考慮するよう促す。例えば、南アフリカ共和国で発表されたキング III 行 動規範(King III Code of Conduct)は次のように述べている。 「企業統治、戦略および持続可能性は相互に切り離せなくなっている…。企業は立派な市民となるよ う、また立派な市民と見なされるように方向付けられることが期待されている。このことには社会的、 環境的および経済的課題という事業成果の三側面(トリプルボトムライン)が関係している」(King、2009)。 新 ISO 26000 規格は、社会的責任に関する指針の中で、 “組織は自らのステークホルダーの利益を尊重 および考慮するべきである”という基本的原則を確認している。この新しい規格の中で扱われている 4 つの中心的な環境問題には、 “環境の保護と自然の生息地の回復”が含まれており、BES の評価と保護の 重要性を際立たせた指針が追加されている(ISO/TMB WG SR IDTF_N101、草案 2009 年 7 月)。 生物多様性と生態系に対するビジネスの影響および依存の企業による測定は、民間および公共の双方 の利益に貢献する可能性がある。例えば、BES に関するデータを収集する企業の努力は、国家のデータ 一覧と環境状況報告の補完など、その企業の範囲を超えた目的に資する場合がある。 3.2.2 領域(boundaries)、対象範囲(scope)および重要性(materiality)の計画 BES に関連したパフォーマンスを追跡するため、最初に企業はだれのパフォーマンスを測定するか(分 析の領域)、そしてどの側面を含めるか(対象範囲および重要性)を規定しなければならない。企業経営者 は、測定の対象と期間について、おそらく環境保護機関など他の分野の専門家に相談し、同意を得る必 要がある。 図 3.1 報告の領域を規定するための視覚的ツール 出典:グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)(2005) 3-7 ビジネスのための TEEB 同時に企業は、どの事業体から BES についてのデータを収集するかを決定しなければならない(例えば、 その企業は供給業者、子会社、従業員または顧客の行動の影響を考慮するべきだろうか)。初期の環境報 告では、大多数の企業組織は、財務報告で求められる場合のように、自らが法的に所有し直接支配する 組織からのデータのみを集めて自らの影響を測定していた。しかしながら、この報告書の他の箇所で言 及したとおり、企業組織の BES に対する影響および依存の重要な側面は、法律または財務の領域には属 していない場合がある。 BES に関する測定および報告の領域は、 ‘重要性’と‘支配’または‘影響力’の交点から規定できる。 手短に言えば、BES に関する測定は、重大なリスクまたは影響を生じさせると共に、報告する企業が支 配する、または大きな影響力を及ぼしている、あるいはその両方が当てはまる事業体のパフォーマンス に焦点を合わせなければならない。図 3.1 は、報告の領域と優先して監視する事業体という観点で、こ れら 2 つの次元を図示している。右上の象限(つまりリスクまたは影響力が大きく、支配のレベルが高い) に属する事業体には、BES に関する測定を優先して行う。支配または影響力のレベルが高い典型的な例 には、子会社、報告を行う企業が合弁事業に経営責任を負う場合(実際に株主所有権を持つかどうかを問 わない)、またはある企業の仕入れが供給業者の総売上高の大きな部分を占める場合が含まれる。 ‘支配と影響力’の定義は明確かもしれないが、法律および財務会計に関する規定の点では、 ‘重大な 影響力’の判断により多くの定性的考察が加わる可能性がある。そうした考察には、影響に対するステ ークホルダーの見解と共に、因果関係の科学的分析が含まれる。BES に対する影響の重大性に関する評 価には、陸上、水、生物および物理資源の専門家との密接な協力関係が必要である。 BES に影響を与える直接的および間接的要因や圧力、さらに BES の現状と傾向についての大規模な研 究がすでに実施されてきた。この報告書で扱われた課題は、事業運営の観点で因果関係を明確にするこ とである。ある企業の製品を評価基準として用いてライフサイクルアセスメントの分野で働く科学者お よび経営者と(以下を参照)、自らの直接的また間接的な業務上の影響に注目する現場レベルの管理職は、 この関連性の中心に位置する。他の評価基準には、産業プロセス、生産現場、事業単位、企業グループ、 サプライチェーンおよび外部の価値連鎖などがある。これらの評価基準は、測定法、指標、対象範囲の 選択、また情報の集約にそれぞれ異なる影響を及ぼす。 今日の企業の多くは、狭い測定および報告領域を設定しており、それらの領域には BES に関する主要 な問題および事業体が含まれていない。採取産業や食品、飲料およびたばこ部門に対する複数の調査は、 多数の企業が設定した生物多様性に関する目標に欠点があることを明らかにした(ISIS アセットマネジ メント、2004; Grigg et al.、2009; Foxall et al.、2005)。例えば、食品、飲料およびたばこ部門に おいて、一般に企業の生物多様性に関する目標は、サプライチェーンの中の間接的な影響よりも、直接 的な業務上の影響に焦点を合わせている。 林業、鉱業または石油やガスなど、陸上または海洋の広大な範囲を管理する企業は、多くの場合、自 社の業務が生物多様性に対する自らの影響の最も大きな部分を占めることに気付く。その一方で土地を 管理しない企業は、効果的な BES の測定および管理のために、対象領域を拡大する必要性に気付く場合 がある。例を挙げると、食品加工業者は、自らのサプライチェーンの上流に位置する農家の土地の健全 性と生産性に依存している。この場合、直接的な支配および影響力と、問題または事業体の持つ重要性 3-8 ビジネスのための TEEB のレベルとのバランスが再び強調される。後者を決定するため、AA1000 保証基準で説明されているよう に、専門家による評価と、ステークホルダーの組織的な関与を援用することができる。報告領域の設定 に関する助言は、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)によるガイドラインの領域プロト コル(Boundaries Protocol)からも見出せる。 業務上の段階、事業体および時期の規定 影響力(influence)、影響(impact)とステークホルダーの利益といった概念は、ビジネスにおける BES の測定および報告の妥当な出発点である。しかしながら、こうした概念を大規模な組織に適用すること は複雑な作業になる可能性がある。そのような組織は、さまざまな別個の生態系との複数の接点をおそ らく持っている。主要な製品、サービスまたは市場が 1 つだけの企業の場合、自社の BES に対する依存 および影響の分析の対象範囲はその企業全体かもしれない。多数の製品およびサービス、またはいくつ かの市場での活動を扱う企業では、関連する対象範囲は、おそらくその企業の特定の部分である。企業 は高いレベルの評価から始めて、その企業の中で BES に対する最も重要な影響と依存またはそのどちら かを示す部分を特定し、次いで詳細な分析のために焦点を絞ることができる。 図 3.2 BES に関する測定および報告の対象範囲の選択 WBCSD および WRI (2008)が生態系サービス評価(ESR)のために開発した手法に基づいて作業を進める上 で、経営者が生物多様性と生態系ための適切な分析の範囲を選択するのに、3 つの基本的な質問が役立 つ(図 3.2)。 1) 価値連鎖のどの段階を扱うのか。大多数の企業にとって出発点となるのは、生物多様性と生態系に対 する影響、または両者の傾向が、どのように自社のビジネスに影響を及ぼす場合があるかという観点 で、自社の業務を検討することである。役立つ検討範囲の拡大の 1 つは、価値連鎖の‘上流’に注目 し、BES に対する影響および依存がどのように主要な供給業者に影響を及ぼす場合があるか、次いで その影響および依存が自社にもたらす可能性のあるリスクと機会に光を当てることである。別のアプ ローチとして、 ‘下流’に注目し、自社の主要な顧客に対する BES の影響についての洞察を得る方法も ある。 2) 具体的にだれ、またどこを扱うのか。その企業自体の評価を行う場合、おそらく自社の特定の側面が 優先される。選択肢には、特定の事業単位、製品ライン、施設、プロジェクト(鉱床、パイプライン、 他のインフラ開発など)、あるいはその企業が保有する全資産(森林または他の所有地など)が含まれる が、ここに挙げた要素に限定されるわけではない。主要な供給業者に焦点を合わせた場合、おそらく 3-9 ビジネスのための TEEB 特定の供給業者または特定の部類の供給業者が対象とされ、次にそうした供給業者が事業を営む特定 の地域の市場を選択することによってその対象範囲はさらに狭められる。同様に、評価が主要な顧客 に焦点を合わせた場合には、おそらく特定の顧客または顧客層が選択され、その後、それらの顧客が 位置する特定の市場を選択して対象範囲を絞り込む。 3) 提案された対象範囲は戦略的で、時宜を得ており、さらに支持されているか。分析の対象範囲は、戦 略的重要性を持つものでなければならない。例としては、企業の最も急速に成長している市場、発表 予定の主要な製品ライン、あるいは最大の市場占有率と収益性またはそのどちらかを持つ事業単位な どがある。理想的には、選択された対象範囲は、差し迫ったビジネス上の決定に影響を及ぼす機会を 提供するものでなければならない。選択された対象範囲の中で評価を実施するための内部からの支持 も必要で、当然それは経営陣が責任を引き受けることを意味する。 ESR に関する現在までの経験は、多くの場合、定期的に計画された監査、環境調査、あるいは戦略会 議の際に、こうした分析を予定するのが最も効果的であることを示している(WRI 2008)。 問題の重要性の判断 測定の領域を規定することに加えて、企業はどの問題を優先すべきかを決定しなければならない。問 題の重要性は純粋に経済的な観点で評価できるかもしれないが、この方法は、他の事業体が負担する BES の重大な外部性を内包する企業にとって、死角を生む可能性がある。重要性または関連性のより微妙な 差異を明らかにする評価においては、容易に測定可能な経済的影響を及ぼさない可能性のある行動が、 評判、操業許可、従業員の士気、生産性など、ビジネス上の成功の他の要因にどのように影響を与える かを考慮すべきである。 財務諸表に基づく決定に影響を及ぼせる項目が重要であるという重要性に関する伝統的な会計上の定 義に従うことよりも、アカウンタビリティ(Zadek and Merme 2003)またはグローバル・レポーティング・ イニシアティブ(2006)が提唱するような、ステークホルダーのより包括的な定義が普及するべきである と一部では論じられている。この見解は、外部のステークホルダーに大きく関係するほどの重要性を持 つ要素が、最終的に当の企業にも影響を及ぼすという考え方を基礎とする。企業が非常に短い期間のさ らに先を見据えている場合には特にそう言える。この見解の支持者は、BES の定量化可能な経済的評価 にのみ注目していると、ビジネス上の意思決定のための情報を的確に伝えることができないと主張する。 すべての関連するリスクおよび機会は、必ずしも財務状態に対する影響に確実に変換することができる というわけではないからである。 こうした重要と見なされる BES の問題について、企業は問題との関連性を 2 つの観点で、内部と外部 の両方に明確に伝えることが肝要である。 1) BES は全体としての企業にとって重要な問題なのか、それとも特定の業務/地域/製品のみに関して重 要なのか。 2) BES に対する影響および依存のどの側面を、規模や時間枠を考慮した上、優先して行動すべきか。 BES の重要性を部門のレベルで吟味するいくつかの研究が実施された。最近の例には、BES に対する影 3-10 ビジネスのための TEEB 響と依存の両方を調査した Oekom および欧州持続的責任投資フォーラム(Eurosif)(2009)の研究が含ま れる。これまでに出版された最も包括的な刊行物の 1 つは、2004 年に F&C インベスツメンツが制作した 重要性分析である 1。しかしながら、BES に関する影響および依存の経済的結果の定量化については、少 数の研究が実施されたのみである。同様に第 2 段階に関する詳細も十分に考察されていない。つまり、 BES のどの側面が最も重要で優先されるべきか、という点である。 ミレニアム生態系評価の定義した生態系サービスのカテゴリーからすると、生態系の供給サービスは、 企業にとって最も一般的な依存とリスクを示す概念である。すべての企業は、直接購入するにしても、 あるいは供給業者から半製品として取得するにしても、原材料のフローを必要としている。 あまり知られていないが重要になる場合が多いのは、調整サービスの減衰に関連したリスクである。 そうしたリスクは、ビジネス上の主要な投入物を供給する生態系の能力に影響を与える可能性がある(気 候変動は、木材、綿または他の農産物の利用可能性に影響を及ぼし得る)。または他のステークホルダー に対する悪影響につながり、それが評判リスクを生じさせ、あるいは操業のための営業許可に影響する こともある。重要性に関する評価の際には、生態学的過程に対するビジネスの依存と、そうした自然過 程によって生み出される潜在的な便益またはサービスの両面で、生態系を考慮すべきである。 3.2.3 目標と対象の設定の際に考慮すべき原則 BES の監視および報告のための領域と優先度を規定すると同時に、企業は BES に関する目標を設定し なければならない。多くの部門にとってジレンマとなるのは、ほぼすべてのビジネス活動が不可避的に 一定の悪影響を生態系と生物多様性に与えることで、環境影響ゼロを達成するのは事実上不可能である。 加えて、上述したとおり、BES の変化は必ずしも直線的な経過をたどるわけではないため、ある企業の 行動が、小規模な行動であっても、無視できるわずかな影響のみを生物多様性と生態系に与えるのか、 あるいは突然の環境崩壊が生じる閾値を踏み超える可能性があるのかは定かでない場合が多い。 時の経過と共に、BES に関連した目標と対象の規定に役立ついくつかの原則が紹介され、企業が利用 できるようになってきた。 ‘立ち入り禁止’ に関連した原則や予防原則は、最小限の基準を表明するた め、また企業が直面する一部の制限を強調するために作成された。 ‘正味での正の影響’の概念は、ごく 最近希求(aspiration)の対象として登場したもので、環境被害に対するトレードオフや現物補償 (in-kind compensation)を可能にする。 ・立ち入り禁止区域 近年、採取部門のいくつかの企業は、重要性の高い特定の生態学的地域の自然資源の開発を控える自 発的な態度表明を行ってきた(例えば、国際金属・鉱業評議会(ICMM) 2003、JP モルガン・チェース 日 付不明)。企業によるこうした自発的な態度表明によって、影響を受けやすい場所を保護するため、規 定の土地利用計画を補完することができる。これらの態度表明は、多くの場合、国際的な組織による 何らかの選別基準を満たすために指定された地域を避けるという形で示される(世界遺産の付近の資 源を開発しない約束など)。こうした自発的な態度表明を実効性あるものとためには、普遍的な支持が 必要である(つまり‘ただ乗り’をしないこと)。 3-11 ビジネスのための TEEB ・予防策 生物多様性損失と生態系衰退の結果は、往々にして高度な不確実性に付随するため、不可逆的な環境 被害をもたらしかねない行動に関して予防策を講じるよう求められる場合が多い。環境に対する脅威 の証拠は、いつでも被害が発生する前に得られるわけではない。予防策、言い換えれば‘予防原則’ または‘予防的な取組方法’は、この不確実性への対応であり、国際および国内法の双方に組み込ま れている。 1992 年のリオ宣言において確認された予防策の原則は、ある行動または方針が公共または環境に対す る害を生じさせる疑いがある場合、そうした害が生じないとの科学的合意がない限り、その行動を取 ることを主張する者は立証責任を負うと述べている。この原則を正当とする理由の 1 つは、生態系は 複雑であり、いつ閾値または転換点に達するかを予見するのは困難な場合が多いという点である。結 果的に、企業は不確実な状況では慎重に前進するよう勧められる。生物多様性の領域における予防原 則の適用が最も明白な分野は、おそらく遺伝子組み換え生物の投入である。このアプローチは‘立ち 入り禁止’の誓約と類似しているが、多くの場合、特定の地理的場所を避けるというよりも、技術の 使用禁止に焦点を合わせている。 ‘立ち入り禁止’アプローチと同様、予防原則は経済的な機会の費用にほとんど留意しない。加えて、 この原則の効果性は普遍的な支持に依存しており、そのような支持は純粋に自発的な行動を通しては おそらく実現できない。それは予防原則の使用を促す科学的不確実性を減らすための行動が生じるこ とも示唆する。前述の態度表明がない場合、予防原則は阻止行動のための策略と化す可能性がある。 この予防原則を実行に移す際には、計画を明確にし、以前の決定を再び取り上げるために必要な証拠 を集めるべきである(Emerton et al. 2005 を参照)。 ・正味での損失なし(ノー・ネット・ロス)または正味での正の影響 正味での損失なし(ノー・ネット・ロス:NNL)、生態ニュートラル」(“ecological neutrality”) または正味での正の影響(NPI)といった概念は、特定の経済活動(資源採取または農業など)は、最善の 環境緩和および回復の努力を伴う場合でも、陸上または海洋における所定の区域の BES に必ず一定の 損傷を残すとの認識に基づく。そのような影響が残るのを完全には避けられないとしても、企業は、 全体としての生態系の健全性を維持する目的で、他の地域の BES を保護または回復する行動を取るこ とにより、正味ゼロまたは正の影響の達成を目指すことができる。炭素、水、湿地または他の生態系 およびサービスに関して、正味での正の影響を与えるか、あるいは中立であるよう努めた企業の実例 が存在する。大田やシドニーなどの都市と共に、ドイツポスト DHL、マイクロソフトおよび日本航空 などの企業は、気候ニュートラル化に取り組んできた 2。 NNL または NPI は、BES に対する企業の行動に動機付けを与える強力な希求および原則となる場合があ るものの、これらの目標を実際に達成することには多くの課題が伴う。一部には NNL または NPI が技 術的または政治的に実現可能なのかという論議がある(Walker et al. 2009 を参照)。しかしながら、 生物多様性オフセットの実施は単なる概念を超えて進歩を遂げており、現在世界中で大規模に実践さ れている(Madsen et al. 2010)。さらに詳細な論議については、第 5 章を参照できる。 3-12 ビジネスのための TEEB 3.2.4 進捗の測定と監視 巨大企業は、現場や施設からの情報を集める環境データ収集システムを持ち、局地的な決定やグルー プレベルでの管理を支援している。企業またはグループのレベルでは、BES に関する集約された情報は、 所定の管理プロセスの広さと深さ、さらにそのパフォーマンスを評価するため、内部および外部のステ ークホルダーによって使用される場合がある。 一般に、大きく分けて 2 種類の量的指標のカテゴリーが使用される。 ・プロセスベース: この指標は、効果的に運用された場合、パフォーマンス向上を促進できるプロセス や管理システムを、企業がどの程度備えているかを測定する。例としては、生物多様性行動計画を備 えた場所の数、あるいは生物多様性と生態系サービスに対する影響や依存がどの程度環境影響評価に 含められているかなどがある。こうしたプロセスベースの指標は、結果の明確なイメージを提示でき ないために批判されてきた。 ‘チェックを付ける’だけで完結する手順に基づく評価の場合、現場での 実行や実際の改善が最小限だとしても、指標は向上を示唆するかもしれない。 ・結果ベース: この種の指標は、時間の経過と共にパフォーマンスの実像を示し、BES に対する影響と 依存の評価のために不可欠である。例えば、作物 1 ヘクタール当たりの取水量、または一定の範囲に おける自然素材の製品ラインの数など、定量的な傾向を持つ。パフォーマンスベースの指標はあまり 使用されておらず、個々の企業に合わせて調整される傾向があるため、他のステークホルダーのベン チマーキングや解釈の障壁を生む可能性がある。現在のところ、部門や地域を越えて適用できる、BES に関連したパフォーマンスのための指標に関するコンセンサスは存在しない。企業が事業を運営する 状況が一様ではないためである。 企業の資源利用(エネルギー、水、素材など)と製品ではない生産物(廃水、大気排出、固形廃棄物など) を評価する環境パフォーマンス測定法は、国の法令や自発的なイニシアティブの中で比較的明確に定義 されている。そうしたイニシアティブには、グローバル・レポーティング・イニシアティブ、ISO14000 シリーズ、カーボン・ディスクロージャー・プロジェクトなどが含まれる。BES パフォーマンスを評価 する指標の開発は一層複雑である。多くの場合、企業の事業領域または直接的支配のはるか外側にまで 広がることのあるシステムに及ぶ影響または変化の測定が含まれるためである。 とはいえ企業は、BES に対する影響、依存と対応またはそのどちらかの代理変数として、資源のフロ ー、排出および汚染といった従来の環境指標を使用することができる。例えば、廃水排出の量と毒性は、 より正確な影響のデータがない場合、流出先の水塊の生物多様性に対する潜在的影響の大まかな指標と して使用できる。従来の環境指標の使用は、生態系保全または回復に対する投資が環境パフォーマンス の向上にどのように役立つかを考慮する際にも適切である。例えば、湿地の自然濾過および浄化能力へ の投資と、エンド・オブ・パイプの汚染防止機器の購入のどちらが安いかを企業は問うことができる。 BES に関する問題は、ある時および場所における変化に関連して発生する場合が多く、特定の現場ま たは所在地という背景の中では測定および監視が非常に容易である。個々の現場から収集された情報は、 企業全体の情報集約と意思決定のための基礎となる。陸上または海洋生態系に対して重大な直接的影響 3-13 ビジネスのための TEEB を及ぼす産業にとって、現場またはプロジェクトレベルでの BES パフォーマンス測定は、企業全体の BES に関する決定の基礎を形成する。現場レベルでは、BES パフォーマンスのデータを影響の管理および生 物多様性管理計画の策定に使用できる。任意の地域に関する特定の課題および機会を扱い、さらにグル ープレベルの戦略および報告に関する情報の必要に応えるため、さまざまな指標がおそらく必要になる。 例えば、精製所からの排出物が地域の湿地に多大な影響を与える可能性があるという状況は、何らかの 監視の必要性を示唆する。加えて、栄養負荷の観点で定めたグループレベルの目標をその企業が設定す る可能性もある。そのためには追加の情報が必要となる。 米国 南アフリカ ラテンアメリカ ヨーロッパ アジア アフリカ Box 3.1 SAB ミラー社による水利用報告(water reporting) 出典: http://www.ibatforbusiness.org and http://www.waterfootprint.org 現場レベルでは、多くの場合、さまざまな外部的条件の背景の中に企業のパフォーマンスを位置付け ることが重要である。ウォーター・フットプリント、WBCSD グローバル・ウォーター・ツール(Global Water Tool)、さらに生物多様性統合アセスメントツール(Integrated Biodiversity Assessment Tool, IBAT) などのツールは、企業が広範囲の景観や他のステークホルダーに対する自社の影響を理解するのに役立 3-14 ビジネスのための TEEB つ。計画および立地選定の過程に IBAT を使用することによって、意思決定過程のある時点で、変更が経 済的になお実行可能な場合、代替プロジェクトまたは代替地を考慮することが可能になる。 新たに登場した水会計(water accounting)またはフットプリント法は、企業の業務およびサプライチ ェーンのウォーター・フットプリントの定量化を可能にする。その際考慮するのは、(i)青い水(blue water)の使用量(地表水および地下水から採取した淡水の量)、(ii)緑の水(green water)の使用量(土壌 水分として土壌に蓄えられた雨水から採取した淡水の量)、さらに(iii)灰色の水(grey water)の原因(汚 染水の量。流入先の水塊の水質が合意された水質基準を上回る状態を維持できる程度まで、汚染物質を 希釈するために必要な水の量として表示される)である。Box 3.1 に、SAB ミラー社によるウォーター・ フットプリントデータの報告を示す。この報告は、特定の製品ライン(ビール 1 ヘクトリットル)および 特定の地域に関する現場レベルのデータ収集と、グループレベルの結果の集約に基づいている。 3.2.5 BES と主流の環境会計システムとの関連付け 事業計画の中で BES に関する検討を主流化することには、通常のビジネス管理会計を環境管理のため のデータシステムに関連付けることが含まれる。これは全く新しいシステムや管理階層への投資を意味 しない。水利用を含む BES のいくつかの側面は、企業の既存の環境管理システムによってすでに捕捉さ れているかもしれない。だが公共の報告に基づく証拠は、BES の他の側面が、特にグループレベルにお いて、従来の EMS に十分織り込まれていないことを示している。 環境管理システムは‘重要’と見なされる環境相互作用に焦点を合わせる。国際標準化機構(ISO)は、 ‘重要性(significance)’という概念を開発した。この概念は、アカウンタビリティ社(アカウンタビリ ティ 2008)と GRI(グローバル・レポーティング・イニシアティブ 2006)が提唱する重要性(materiality) の概念に類似している。ISO 14001 の用語集によると、環境管理は環境のさまざまな‘側面’(ある行動 の投入物および生産物)とそれらに関連した環境に対する‘影響’に取り組む。ある側面は、特に環境に 対する実証可能な影響を生じさせる可能性があり、重大な(正または負の)経済的影響力を持つ場合に‘重 要’と見なされる。重要性の定義は、何らかの問題に関連した影響が重要かどうか、またこの点に関す る企業のパフォーマンスがステークホルダーの決定に影響を及ぼす可能性があるかを評価することに焦 点を合わせる傾向がある。影響は、例えば大気汚染、水質汚染および土壌汚染などのカテゴリーに含め られる場合が多い。 管理会計システムは、内部での計画、予算編成、統制および意思決定のための情報を提供するが、関 連した BES に関する情報も含めるべきである。この情報には、旧または新製品、社内生産とアウトソー シングとの比較、プロセス改善、さらに価格設定に関する決定がおそらく含まれる。製品に関する決定 には、BES に対して明確な影響を及ぼすどのような原材料が生産のために必要かという質問が重要な要 素として伴う。管理会計は、BES に関する測定法を組み込み、非貨幣的データを財務情報に関連付ける ことができる。例えば、製品の製造費用や原材料供給に目を向ける際、BES に大規模な影響を及ぼす企 業は、おそらく自然資源の潜在的な不足を考慮に入れる必要がある。 加えて管理会計は、例えば資源効率と生産性の向上のため、どのように業務プロセスを変更できるか を検討する場面で、バランス・スコアカードによるパフォーマンス測定作成の際に主要な入力値を提供で 3-15 ビジネスのための TEEB きる。BES に対する影響に関連した環境効率目標には、製品の物質集約度の削減や再生可能資源使用の 増加が含まれる。 環境管理会計(EMA)は、従来の会計システムにおける環境費用の捕捉が困難であることに応じて開発さ れた。EMA は、内部での意思決定に向けた以下の情報の特定、収集、分析および利用と定義されている(国 連持続可能開発部(UNDSD) 2001; Savage and Jasch、2005)。(a)環境に関連した費用、収益および節約 に関する経済的情報と、(b)エネルギー、水および物質(廃棄物を含む)の利用、フローおよび送出先 (destinies)に関する物理的情報である。EMA の技術は、企業が環境パフォーマンス指標を作成および使 用することを可能にする。この指標は、物理的データのみに基づくか、金銭的データと物理的データを 組み合わせたもので、環境効率指標を作成するために使用される。物理的データには、使用された生態 系サービスまたは BES に発生した損害の数量がおそらく含まれる。そうした数量は貨幣価値に容易に変 換できる場合とできない場合とがある。EMA システムは、ISO14031 などの主要な標準や、GRI、CDP およ びフォレスト・フットプリント・ディスクロージャー・イニシアティブ(Forest Footprint Disclosure Initiative)などの報告イニシアティブに明示された指標に準拠させることができる。 現在の手法では、EMA は主に以下の方法で環境フロー(environmental flows) の直接的費用を扱う。 ・製品ではない生産物(つまり汚染や廃棄物)に‘価格’を設定することによって、非市場性の廃棄物お よび排出物に変換された物質の費用を明らかにする。 ・外部性の環境圧力(税金、規準、割当数量など)の金銭的な影響を経済的結果に影響を及ぼす他の要素 との関係で定量化し、 ‘環境的’性質を持つ取引(コンプライアンス・コストなど)を他のビジネス上の 取引から区別する。 より十分に実態を提示するため、企業は無形資産に関する決定の潜在的結果を分析して、EMA を補完 できる。BES には公共の観点から見た無形資産が含まれるが、企業がそうした資産に対する自社の間接 的影響と依存を定義および測定するのは依然として困難である。この事実は、BES に関する評価の対象 範囲を、ビジネス上の価値連鎖における最初の段階の供給業者および顧客を越えて拡大するという課題 を生じさせる(この問題については以下の‘ライフサイクル管理’の箇所で詳細を論じる)。 3-16 ビジネスのための TEEB 3.3 BES を資本投資決定に組み込む 資本投資は、所定の時間枠の中で魅力的なキャッシュフローを生み出す、存続可能なビジネスチャン スを識別することを基本とする。例えば、資本投資は新たな市場への参入、拡大、多角化、あるいは技 術の交換または向上に関連して行われる。多くの場合こうした決定の際には、提案された投資の承認ま たは拒否を決定する経営者を支援するため、 ‘正味現在価値’ 、 ‘回収期間’または他の経済的規準を使用 して、代替選択肢を系統的に評価した情報が提供される。 企業投資の最も基本的な原理は、企業の価値を高めること、言い換えれば所有者にとっての価値を生 み出すことである。通常投資家は、売り上げまたは税額の上昇の可能性などのさまざまな価値要因を考 慮する。それらの要因は、直接的または間接的に‘グリーンな(環境保護に関する)’問題の影響を受け る。ここでの論議に関係する分析ツールは、投資の社会経済的な結果全般ではなく、企業の財務収益に 焦点を合わせている。 生物多様性と生態系サービスは、投資評価プロセスのさまざまな段階で重要な役割を果たす可能性が ある。そうした段階の 1 つは、例えば自然食品などの BES に関連した商品やサービスを扱う市場への参 入に関する決定かもしれない。あるいは自然資源の投入物をより多く使用する製品、または使用する製 品を扱って事業を多角化することに関連した段階かもしれない。環境に敏感な地域に属する新しい国へ の事業拡大、または同じ地域の新しい企業の買収に関する決定もおそらく含まれる。汚染を削減する新 しい技術への投資かもしれない。BES に直接関係していないが、価値連鎖のはるか上流または下流で BES に影響を及ぼす投資決定に関連した段階の可能性もある。こうした選択肢を考慮する際、企業はおそら く直接的な費用および便益に注意を向ける。こうした背景の中で BES に関連した使用のためにビジネス ケースを作成するには、説得力のある測定値を基本として、関係者全員にとって有利な機会を見極める ことが求められる。すべての投資決定は BES に一定の結果をもたらすが、そうした結果はキャッシュフ ローに及ぼす定量化可能な影響に容易に変換できない場合があるため、投資決定にほとんど影響を与え ない可能性がある。 どのような投資を実施するかを決定するため、企業は利用可能な選択肢を評価する必要がある。表 3.1 は、一般に使用される企業投資のための評価技術の概要と、それらの技術が BES に及ぼす影響を示して いる。通常、投資提案を承認するための主な条件は、ステークホルダーにとっての価値と収益性が向上 する可能性である。環境保護などの他の条件は、法的要件が満たされている限り、二次的なものになる 場合が多い。 ‘何も手を打たない(business as usual)’状態を変化させることや、投資評価の中で BES を主流化す ることに対するいくつかの障壁が存在する。そうした障壁には以下の事実が含まれる。 ・環境外部性は正式なビジネス評価の一部ではない。 ・ビジネス上の割引率は、いわゆる‘社会的’割引率とは異なる場合が多い。 3-17 ビジネスのための TEEB ・企業は BES の無形価値の一部を無視する場合がある。 ・BES の価値に関する情報は往々にして限られている。また BES の価値は不確定な場合が多い。 こうした障壁の存在は、企業の所有者にとっての利益に比べて、社会全体の観点から見た利益が少な いプロジェクトや投資を承認することにつながる可能性がある。 表 3.1 一般的に使用されるビジネス評価技術と BES に対する影響 手法 割引キャッシ ュフローの正 味現在価値 重要な特色 割引キャッシュフロー(DCF)分析は、公共およ び民間部門の双方で最も一般的に使用されて いる投資評価法である。この手法には、プロジ ェクト、投資または企業が計画の全期間を包含 する対象期間を通して生み出すキャッシュフ ローの評価が含まれる。異なる時点で発生する 費用および収益を比較するため、将来の経費ま たは所得は一般に定率で‘割り引かれる’。割 引率は投資家の加重平均資本コストに基づく 場合が多い。割引後の収益の総和から割引後の コストを引いた値は、投資の‘正味現在価 値’(NPV)、またはプロジェクト全体の現在の 価値として知られている。 内 部 収 益 率 (IRR) IRR は、特定の投資のための割引率として使用 された場合、プロジェクトの割引後のコストが 割引後の収益と等しくなるような利益のレベ ルと定義されている(言い換えれば、IRR は NPV がゼロとなる割引率と定義される)。高い IRR は、プロジェクトが最初の投資で比較的大きな 利益を生むことを示唆する。 回収期間 回収期間とは合理化された投資評価技術で、特 に中小企業が使用する。回収期間は、初期投資 を回収するのに必要な時間の長さと定義され る。この手法に含まれる計算は単純だが、ビジ ネスと BES 両方の観点から見て近視眼的にな ることは避けられない。長い目で見れば利益を もたらすプロジェクトは、初期投資を手早く回 収できない限り、見過ごされがちである。 多くの場合、投資家は企業または他の資産の外 部評価を実施する必要がある。そのために、収 益や株価収益率の比較、または先行する取引の 価値といった他の市場ベンチマークとの比較 など、いくつかの手法が用いられる。 間接的評価 略 式 評 価 (informal valuation) 技 術 正式な評価法を使用せずに、ビジネス上の決定 を‘直感’で行う場合がある。この方法の成功 は、意思決定者の技能と知識、またおそらく運 にかかっている。決定の中には不合理に思える ものもあるかもしれないが、一部の経営者や企 業家は世間一般の通念に挑み、この方法で成功 を遂げてきた。 3-18 B&E 評価の影響 関係する BES への影響および依存 のすべてが正確に評価され、企業の 意思決定の対象範囲に含められた 場合に、DCF と NPV は投資評価の妥 当と思われる枠組みを提供する。リ スクとなるのは、何らかの BES の価 値が知られておらず、誤った価格が 付けられている可能性があり、ある いはそれが投資家の費用または便 益につながらないため、分析の対象 範囲から外れているかもしれない ことである。割引率の選択も、将来 の利用可能性と BES の価値が不確 定なため、問題となる可能性があ る。 プロジェクトの最終段階が負のキ ャッシュフローで特徴付けられる 場合、IRR の分析結果は不明瞭にな る可能性がある。そのため、主要な 運用段階の最後に課される修復の ための経費など、遅延型の環境費用 を伴うプロジェクトに IRR はおそ らく適していない。 顕在化に長い時間がかかる BES へ の影響が、回収期間の計算で考慮さ れることは稀である。 間接的評価のアプローチは、対象と なる資産または企業が BES に対す る影響および依存の点で適正に評 価されている限り、BES の価値を反 映する。市場ベンチマークは一般に BES の価値を反映していないため、 使用すると誤解を招く恐れがある。 略式の意思決定には、BES に関する 評価のための利点と欠点の両方が ある。このアプローチは投資家の個 人的な見解および価値に依存して いる。関与する個人によって BES 問 題を重視する場合とあまり重視し ない場合がある。 ビジネスのための TEEB 3.3.1 資本投資における BES の適正な評価の障壁 障壁 1: ビジネス評価から外部性が失われる 表 3.1 で概説されているような標準の投資評価法を適用する際、所有者にとっての利益と価値を最大 化することを経営陣が求めるとすれば、その企業独自の観点から見て妥当または重要な費用と収益に対 する価値のみを含める。従って、被害の費用を自らが負担することを予期する場合に、企業は初めて生 態系に対する被害を考慮に含める。環境被害の費用の少なくともいくらかを自らが負担することを企業 が確信していない時には、通常その被害が正式な評価の一部となることはない。この場合、費用は外部 性、つまり企業およびその意思決定の外部に存在する影響である。同じ点が、投資家にとっての収益を 生まない生態系回復活動から生じる便益などの外部便益にも当てはまる。 企業が生態系の機能に有害な影響を与える場合、市場サービスと非市場サービス両方の減少によって 費用が発生する。例えば、森林経営企業による非効率的な伐採によって、将来の収穫量が減少する恐れ があるため、その企業は費用を負担することになる。この費用は内部性のものである。ところがこの伐 採の結果、森林のレクリエーションに関する価値が減少して非市場性の費用が発生する可能性もある。 例えばレクリエーション目的の利用者に利用料を課すことによって、こうしたサービスの価値の一部を その企業が取り込める場合、前述の費用は部分的に内在化され、評価が行われるかもしれない。しかし ながら、往々にして被害に関する費用は外部に存在する。無形の生態系サービスの多くは市場で評価さ れておらず、特に外部のステークホルダーが被害の賠償を請求する法的根拠を持たない場合、一般に持 たない状況が多いが、投資家の意思決定の外部にとどまるためである。 何がこうした状況を変化させるだろうか。企業所有者、経営者または従業員の個人的見解を別にする と、企業の根本的な論理は収益性の最大化である。企業が自社の業務の生態系サービスに対する影響に 関心を向ける可能性があるのは、自らが依存するサービスを損なう恐れがある場合、または評判被害、 遅延、訴訟その他のビジネス上の費用を生じさせる場合、売上高の減少または人材採用の問題につなが る場合である。定量化できる短期の経済的影響がない場合でも、投資決定が引き起す BES の変化は、戦 略を実現する企業の長期的な能力に影響を及ぼす可能性がある。 一方、規制、課税、補助金および BES を扱う市場は、BES に対する影響を考慮し、生態系に関する損 傷と機会を自らの意思決定に確実に含めることを企業に余儀なくさせるだろう。環境規制は、結果とし て何らかの産業プロセスを変更する必要を生じさせることがある。他方、税金と補助金は投資の見返り を変化させる可能性があり、市場は企業が売買する必要のある BES に価格を設定する。 障壁 2: ビジネス上の割引率と社会的割引率は往々にして異なる 個人は将来の費用および便益を、自らの純粋時間選好と、自らの消費の将来における増加率に従って 決定した割引率で割り引く。言い換えれば、人々は将来発生する費用と便益を、現在生じている費用と 便益よりも重視することはない。その理由は、まず人々は死ぬ定めにあるので長く我慢できないため、 次いで人々は時間と共に自らの収入が増加することを期待するためである。後者の点は把握しにくいが、 収入1単位が追加されるごとに、収益逓減によって先行する収入1単位よりも効用が低くなるという事 3-19 ビジネスのための TEEB 実を反映する。平均的な人々が、全体的な経済成長によって将来さらに豊かになることを期待している とすれば、将来における収入の増加は現在における同様の増加よりも効用が低いことを予期できる。 将来の費用および便益に関する同様の論理をビジネスにも適用することができる。個人は直接的また 間接的(年金基金など)に企業に投資し、ビジネス上の決定に使用される割引率は基礎となる個人の割引 率を最終的に反映するためである。加えて、企業は投資家をリスクに直面させる。企業への投資に対す る保証された投資収益は存在しない。そのため上で略述した個人の割引率の根拠に加えて、企業の割引 率には投資家に対する補償というリスク要因も含まれる。投資家が自分の金を取り戻せない可能性があ るためである。 企業の投資決定で使用される標準的な割引率は、加重平均資本コスト(WACC)である。企業が直面する WACC は、公債および株式市場で確立されており、潜在的な投資家群の選好と割引率、さらに資本を募る 企業または投資プロジェクトの知覚リスクによって決まる。WACC は企業への投資の機会費用を示す。不 確定な将来の収益のために現在支出できる使用可能な現金のことである。企業の中心的な活動の大部分 に対して、WACC は将来の収益を割り引くための適正な割引率となるが、中心的ではないプロジェクトの 場合にはおそらく事情が異なる。通常、適正な WACC で割り引いたときに、価値の向上が見込まれるプロ ジェクトにのみ企業は投資すべきである。 市場で見受けられ、企業が一般に適用する典型的な割引率は、世界中の組織および個人の貯蓄と投資 決定を反映する。最も期間の長い証券は 30 年物国債で、年金基金が長期間退職年金を供給する責任を果 たすために利用することが多い。人々はさらに遠い将来について心配する可能性があり、また実際に心 配するが、現在のところ、適正な長期の割引率を金融市場のみに注目して導き出すのは不可能である。 事実、非常に長い期間にわたって社会に影響を及ぼす決定の場合、市場割引率の使用はおそらく適切で はない。とはいえ、政策立案者は現在と将来の費用および便益を比較する根拠を必要とする。実際、往々 にして政府はそうした目的のために‘社会的’割引率を使用する(Box 3.2)。社会的割引率は市場割引率 よりもほぼ常に低い数値となり、全体としての社会は死に定められておらず(願わくは)、個人の大多数 よりもリスクが少ないことを反映する。 生物多様性と生態系に影響を及ぼすビジネス上の決定は、比較的高い市場割引率を使用して行われる。 危険なのは、そうすることによって将来の世代に対する潜在的な悪影響を企業が過小評価する恐れがあ ることである。加えて、政府が通常使用する社会的割引率が高過ぎる可能性もある。Box 3.2 で説明し たとおり、消費の増加は将来においてプラスになると想定されている。しかしながら、生物多様性損失 および生態系衰退は、将来少なくとも一部の生態系サービスのレベルを低下させることにつながると思 われる。おそらくそうした被害のあるものは何をしても元に戻すことができず、その生態系サービス損 失を埋め合わせることのできる他の資源または技術には限界がある。この事実は、将来の世代が我々よ りも貧しくなるかもしれないことを示唆しており、その場合には非常に低い、あるいはマイナスの消費 割引率が妥当とされる。 3-20 ビジネスのための TEEB Box 3.2 英国政府の計画決定における割引率 英国政府の政策決定を評価するために使用される割引率は、社会的時間選好率(Social Time Preference Rate, STPR)である。 STPR は、将来の効用ではなく将来の消費を割り引く。STPR は以下の 2 つの要素の総和である。 ・1人当たりの消費の変化にかかわりなく、個人は将来の消費を割り引くという事実を反映した純粋時 間選好率 ・消費が時間と共に増加する場合、将来における消費1単位に伴う効用は現在の消費1単位に伴う効用 よりも少ない(消費に対する収益逓減を反映)という事実を反映した要素 例を挙げると、英国政府は計画決定の際に 3.5%の年間 STPR を使用する[英国財務省(HMT) グリーンブ ック]。この数値は、1.5%の割引率(死と純粋時間選好に相当)と、長期にわたって 1 人当たり所得が年間 2%増加するとの想定に基づく。さらに STPR は、将来の消費の各増分は、現在の世代よりも 2 倍裕福な人々 の半分に相当するとの仮定も反映する(つまり消費の限界効用は弾力性を持つと想定される)。STPR は、 公共の投資決定を評価するため最大 30 年間使用される。遠い将来に関する不確実性のため、長い対象期 間には低い割引率が適用される。 割引とその BES に対する適用や、関連する倫理的問題についてのより詳細な論議は、TEEB D0 報告書 の第 6 章に掲載されている。この資料は、ゼロおよびマイナスの割引率を含むさまざまな割引率は、関 係する期間、不確実性とリスクの程度、世代内および世代間の不公平に関する倫理的配慮、加えてプロ ジェクトの対象範囲または検討中の政策に応じて使用できると結論付けている。 障壁 3: 企業は無形価値に対する責任を負わない場合がある 生物多様性と生態系が、有形および無形の両方の価値を生み出すことはよく知られている。後者には いわゆる‘非利用’価値が含まれる。非利用価値は、いかなる直接的または間接的な利用とも関係して いない生態系または資源に人々が付す価値と定義されており、宗教的、審美的、伝統または遺産として の価値といった理由による生物種および生息地の価値が含まれる。一部には、生態系やその構成要素と しての生物種は、人間の選好とは無関係な‘本質的’価値または倫理的価値を持つとの論議もある(TEEB D0 第 4 章を参照)。その上、生態系は調整、供給、支持的サービスを提供する。これらのサービスは、 無形または評価が困難な場合でも重要なものとなり得る。 BES のこうした便益や他の無形の便益は、通常市場では取引されず、その価値に関する理解または合 意が広く見られるわけでもない。この種の価値は、例えば特定の場所における特定の活動に対する環境 規制の場合など、おそらく公共政策に反映される。それでも無形の便益の重要性に関する意見の不一致 が依然として存在する。そのため、こうしたサービスに関する損失または利益を企業の投資決定に含め るのは困難である。上で指摘したとおり、おそらく企業は損害の費用を負担したり、本質的価値または 無形価値を供給した報酬を得ようとしたりはしない。例外となるのは以下の状況である。 ・規制によって生態系に対する被害が制限されている場合や、修復または補償が求められている場合(汚 3-21 ビジネスのための TEEB 染、生産能力または総生産量に対する規制、オフセットの要求など) ・環境被害が企業の収益に現在または将来影響を及ぼす場合(環境の快適性の損失による不動産価値の変 化など) ・他の企業、NGO または公的機関が給付または他のインセンティブを提供する場合 ・企業またはブランドの評判に対する悪影響 こうした理由から、企業は無形価値を含む生物多様性と生態系に対する自社の影響を適切に評価する ことに関心を示す場合がある。エコノミスト OK? 「経済学者、経済家」(“possible using tools developed by economists to measure”) によって開発されたツールを用いて、いわゆる‘存在’価 値を含む環境資産の非利用価値を測定することが可能になりつつある。例えば、環境がもたらす無形の 便益に関する個人の評価を尋ねる仮想評価法は、非利用価値の評価に使用される主要な方法となってい る(Box 3.3)。仮想評価法は、1992 年、エクソンバルディーズ号の原油流出事故がもたらした被害を評 価するため、Richard Carson らによって使用された時以来(Carson et al. 1992)、広く受け入れられる ようになっている。18 年間の法廷闘争の末、米国最高裁はエクソン社の賠償金を 5 億ドル以上とする判 決を確定した。判決には、生物多様性のいわゆる存在価値や他の非利用価値に対する被害の認定も含ま れる。 障壁 4: 情報の不足と不確実性 科学的および経済的データの不足、または規制の不確実性のために、企業が BES に関するリスクおよ び機会を正確に評価することに困難を覚える場合がある。割引キャッシュフロー(DCF)モデリングや他の 評価技術は不確実性の詳細を明らかにすることができるが、すべての事象の確率を規定することが必要 である。BES に関する潜在的結果に確率を指定するのが困難であることは、それらの結果をビジネス上 の評価に含める上で障壁となっている。BES に対する影響と依存を監視するための測定基準の欠如は、 状況を一層悪化させる。 BES 衰退の別の特徴は、予見するのが難しく、突然の予期せぬ変化を被りやすいことである。小規模 な衰退は、人々が生態系から得る価値に対してわずかな影響を及ぼすかもしれない。だが、負の環境影 響のレベルが増大するにつれ、生態系サービスの損失が加速度的なペースで生じる恐れがある。閾値ま たは‘転換点’が現れ、それを超えると生態系は新たな段階に入り、何らかの生態系サービスの供給が 大幅に減少する場合がある。その上、ある場合には生態系の損傷または改変が人間の時間尺度から見て 元に戻せない状態になる可能性もある。 最後に、将来法律の影響を受ける見込みのある企業は今から行動し始めている。プロジェクトまたは 投資の期間全体を通して新しい規制によってもたらされる費用は、その費用が発生する、または発生し そうだと企業の意思決定者が考えて初めて考慮に含められる。他のリスクと同様、規制による影響は、 それが知られている場合、確率と共に検討に含めることができるが、カーボン債務の場合のように、不 確実性のために企業は自らの行動の将来における費用を無視するようになる可能性がある。重要なのは、 こうした状況はリスクよりも機会において一般的だということである。生物多様性クレジットなどの生 態系資産への投資は‘投機的’と見なされ、その一方で、支払いの必要を発生させるかもしれない被害 をもたらす活動に着手する企業は‘慎重’と見なされることがある。 3-22 ビジネスのための TEEB Box 3.3 事例研究-カカドゥ保護地区における仮想評価 1990 年代初頭、オーストラリアの保護区評価委員会(Reserve Assessment Commission/RAC)は、カカ ドゥ保護地区(Kakadu Conservation Zone/KCZ)の利用に関する選択肢を調査した。選択肢には、鉱業の ために KCZ を開発すること、あるいは KCZ を隣接するカカドゥ国立公園(KNP)に結合することが含まれて いた。 KCZ には莫大な埋蔵量の金、プラチナおよびパラジウムが存在すると考えられていた。環境保護団体 は、鉱業による損害が KCZ を越えて KNP にまで達する可能性があり、公園に属する公共の利用価値およ び非利用価値に重大な害をもたらすと主張した。反対に提案を後援する採鉱企業は、被害は最小限であ り、社会は KCZ に高い価値を置かないと論じた。 RAC の調査には 2 つの主要な要素が含まれていた。第 1 は、鉱業がもたらす可能性のある損害を評価 するための研究を実施することである。第 2 は、RAC が仮想評価法を用いて潜在的な損害の経済的価値 を評価したことである。調査が開始された時点で損害の程度は知られていなかったため、大規模な損害 と小規模な損害のシナリオを考慮した。KCZ と潜在的環境損害のシナリオの説明に基づいて、オースト ラリア各地の回答者は損害を回避するために所定の価格を支払うかどうかを問われた。各回答者に提示 された価格を無作為化することによって、標本となったグループの特性における相違を調整しつつ、支 払い意志額(WTP)の平均を評価することができた。この仮想評価による研究の結果は、KCZ に対する損害 を回避するための社会の WTP が 4 億 3,500 万オーストラリアドルに上ることを示した。この額は、提案 された鉱床開発の正味現在価値である推定 1 億 200 万オーストラリアドルをはるかに上回る。鉱業によ る損害の回避の総価値を、小規模な影響のシナリオを回避するための平均 WTP(調査を受けた 1 世帯当た り 80 オーストラリアドル)にオーストラリアの全世帯数を乗じることによって得ることができる。 RAC の報告に従って、1990 年、オーストラリア政府は KCZ での採鉱許可を出さないことに決定した。 興味深いことに、仮想評価による研究の結果は RAC の最終報告に含められなかった。おそらく、非市場 評価法の有効性が(当時は)不明確だったためである。とはいえこの実例は、プロジェクト評価の場面に おける、生態系サービスの価値を評価するための経済的評価技術の可能性を実証しており、無形価値は ある程度まで測定可能であることを明らかにした。こうしたアプローチは、企業が自社の投資に関連し た損害の潜在的費用を確定するのに役立つ。同様にプロジェクト立案者は、こうした技術を使用して、 生態系の無形価値に与える影響が最小となる構成および方法を特定することができる。 出典: Carson 1994 3-23 ビジネスのための TEEB 3.4 製品レベルにおける情報の収集と利用 ライフサイクル管理は、ビジネスにおける製品ベースの意思決定に向けた実際的なアプローチを提供 する。この手法には BES に関する側面を含めることができる。ライフサイクル管理は、多くの場合、ラ イフサイクルアセスメント(LCA)などの製品レベルの評価ツールと、環境管理システム(ISO 14001 など) や報告システムとを結合する。特定の工業用地または価値連鎖の段階を越えた先に目を向け、製品また はサービスに関連した社会経済的影響を含む影響の全体をライフサイクルの全期間で評価する。このセ クションでは、BES に関する情報を LCA の手法に組み込む最近の取り組みを振り返る。 3.4.1 ライフサイクルアセスメント(LCA)の概要 LCA は、原材料の取得から生産を経て、使用さらに最終処分に至る製品の寿命全体(つまりゆりかごか ら墓場まで)の、環境に対する介入および潜在的影響を研究するために用いる。例えば、トマトのライフ サイクルには化学肥料、農薬、水、苗生産のためのピート、温室の暖房のためのエネルギー、輸送プロ セス、梱包、加工に用いるエネルギー(調理など)の生産および廃棄物処理が含まれる。 LCA の目的は、企業が資源消費および排出物を削減することにより、製品寿命のすべての段階で環境 に対する影響を削減することを可能にする情報の提供である。LCA は異なる製品の比較 (バイオ燃料と 化石燃料など)や、主要な環境問題の特定に役立つため、結果としてライフサイクルに沿った問題の改善 が可能となる。 図 3.3 ISO 規格 14040 と 14044 に準拠した LCA の 4 つの段階 出典: ISO 規格 14040 および 14044 3-24 ビジネスのための TEEB 関連する質問を伴う LCA の標準的な各段階を図 3.3 に示した。ライフサイクルインベントリー(LCI) には、関連する投入物(資源)と生産物(排出物)を定量化するためのデータ収集および計算の手続きが含 まれる。ライフサイクル影響評価(LCIA)は、生産システムによる潜在的な環境影響の規模と重要性を理 解および評価することを目指す。インベントリー分析では数百の排出物および資源利用が定量化される 場合があり、あまりにも多くの環境介入に基づく 2 つの製品またはシナリオの比較は事実上不可能なた め、LCIA が必要とされる。LCIA では、そうした環境介入を影響または損害の種類に従って集約する。こ の手続きによって環境指標を 1 個(完全な集約法を用いる場合)から 10 個程度に減らす。これは数百の排 出物や資源利用のフローを比較するよりもはるかに容易である。 ライフサイクルアセスメントの全般的な枠組みは Udo de Haes (1999)によって説明され、ライフサイ クル・データシステム・ハンドブック(2009)で再評価された。この枠組みは、環境介入、つまりビジネ ス活動に直接起因する環境の改変と結果としての影響の関係を定義する。因果連鎖が複雑なため、環境 の改変と最終的な影響(エンドポイントとも呼ばれる)の間のいくつかの段階を考慮する。因果連鎖に沿 った測定の各中間点はミッドポイントと呼ばれる(生態毒性、富栄養化、土地利用など)。この段階の先 のエンドポイントは保護の領域(Area of Protection)を意味する。保護領域とは、人間の健康または自 然環境の質など社会にとって究極の利益となるものを指す。 過去 20 年間に、いくつかの LCIA の手法が開発された。それらの手法は、環境影響領域の定義、環境 区画の検討、考慮する排出物と資源の数、また集約の程度といった点で相互に異なる。環境影響領域の レベルにとどまる手法に加えて、損害のレベルまで集約する方法、さらには自然環境(生態系の健全性)、 人間の健康および資源の 3 つの保護の領域まで集約する方法も存在する(図 3.4 を参照)。さまざまな重 み付けの技術も使用することができる。例えば、政府または専門家によって設定された目標に基づく手 法がある。 図 3.4 環境介入(左)の環境影響領域(中)と損害領域(damage categories)(右)に対す る割り当て 環境介入 環境影響領域 損害領域 =ミッドポイント =エンドポイント ・気候変動 ・原材料採取 ・資源枯渇 ・土地利用 人間の健康 ・排出(大気、水および 土壌に対する) ・水利用 ・自然地域の物理的 改変(土地転換など) ・オゾン枯渇 ・騒音 ・外来種による影響 ・人間による毒作用 資源枯渇 ・光化学的オゾン生成 ・富栄養化 生態系の質 ・酸性化 ・生物多様性 出典:Jolliet et al. 2003 3-25 ビジネスのための TEEB 3.4.2 生物多様性と生態系サービスを LCA に組み込む 生物多様性に関連したエンドポイントは、現在のところ、LCA の手法とガイドラインに十分組み込ま れていない。UNEP と環境毒物化学学会(SETAC)によるライフサイクルイニシアティブの下で、さまざま なアプローチが検討されている(http://lcinitiative.unep.fr)。一部のアプローチは、影響の及ぶ場所 や時間とは無関係に、生物多様性の潜在的変化率を評価する。発展しつつある他の方法論は、ある面積 また期間において絶滅した生物種の割合に換算して損害を表現する。 BES を組み込んだ LCA は、生態毒性または土地利用の変化など、広範な影響の詳細を明らかにする必 要がある。こうした影響はさまざまな種類の環境介入からもたらされる。例えば生態毒性の場合、環境 に対するさまざまな物質の排出が原因である。そのため影響は環境に放出される特定の物質の量に関連 しており、物質の危険性または毒性に比例する。生態毒性は、曝露濃度のモデリングによって、また生 物種レベルの豊富性と繁殖の衰退に関する指標に注目することによって、さらに指標種の数から生態系 全体の状況を推定することによって評価される(何らかの有毒物質の放出量に関係しており、物質特有の 性質にも左右される)。 土地利用の場合、影響は転換された土地の面積とその地域の生態学的感度に比例する。土地利用の種 類と、面積および時間に換算した利用範囲の両方を検討すべきである。土地転換の定量化は、転換前の 土地の種類、転換後の種類、地理的範囲および緩和期間(relaxation period)を考慮する。そのため、生 産システムのライフサイクルインベントリーはさまざまな土地利用の種類を示し、そうした土地利用の 空間的および時間的な量についての情報を提供する。LCIA では、それらの数値に潜在的な生態学的価値 または影響に関連した重み付けを行う。 特に土地利用は、生息地の改変、断片化、さらに集約農業、林業、また市街地やインフラの拡大と関 係している汚染によって生物多様性に影響を及ぼす。だが、生物多様性に対する土地利用の影響の測定 は複雑な作業である。UNEP と SETAC による土地利用ワーキンググループ(Land Use Working Group)は、 生物多様性損傷可能性(Biodiversity Damage Potential/BDP)と生態系サービス損傷可能性(Ecosystem Services Damage Potential/ESDP)とを区別している。 BDP は生物多様性の‘本質的’価値または保護価値を扱う。この指標はさまざまな土地利用の種類と 集約度の等級に関する係数に基づく(Koellner and Scholz 2008 を参照)。植物の多様性を考慮し、絶滅 の恐れのある種を明確に考慮に含める。次いでその多様性は、基準値またはベンチマークとしての地域 における生物種数の平均に関連付けられる。これまで、ほとんどの定量化はヨーロッパでの土地利用の ために行われてきた。しかしながら Schmidt (2008)は、デンマーク、マレーシアおよびインドネシアに おける 1 ヘクタール/年の土地占有に伴う影響を比較した。全世界的に適用できるこうした手法は、地球 資源のフローと関連する土地利用の変化を評価するため、さらに発展させる必要がある。 製品の選択と最適化に関する決定に LCA は次第に適用されるようになっているが、いくらかの限界が ある。特に BES に対する多くの影響の場合、影響の規模は空間条件に大きく左右される。例えば、バイ オ燃料生産のための熱帯雨林の伐採は、以前に農地として使用されていた土地で燃料生産を拡大する場 合と比較すると、生物多様性に異なる影響を及ぼす。加えて、影響の最も大きな部分は、最終消費され 3-26 ビジネスのための TEEB る場所から遠く離れた地点で発生することが多い。特に農業生産の場合にそうした傾向が顕著である。 農業は生態系に対するさまざまな影響を耕作地で生じさせるが、後にその影響は往々にして外に持ち出 される。この種の製品は‘仮想’の負担を伴う。こうした負担については、空間的次元を含めてその詳 細を明らかにすることが重要である。 グローバリゼーションの進行に伴い、サプライチェーンはますます複雑になり、追跡が困難になって いる。とはいえ、輸入国における消費者および企業の関心と責任意識が高まり、さらに産出国における BES 破壊が拡大しているため、製品の価値連鎖に沿ったより多くの空間的情報が必要とされている。LCA の主な長所の 1 つは、ライフサイクル全体を考慮に含めることである。LCA は徐々に状況に追い付きつ つあり、実践者は一層の空間的差別化を可能にするツールを開発している。しかしながら、すべての製 品の価値連鎖全体を高いレベルの空間的解像度で追跡するのは困難であり、不可能でさえあるかもしれ ない。そのため LCA は現場レベルでの評価の完璧な代替手法とはならない。同時に、多くの企業が何ら かの仕方でライフサイクル全体に影響を及ぼしていることは認められるべきであり、LCA はそうした企 業がその責任を負うことを可能にする。 3-27 ビジネスのための TEEB 3.5 グループレベルにおける情報の収集と利 用 現場レベルおよび製品レベルにおける BES に関連した依存、影響、リスク、機会の組み合わせは、共 に企業の全般的な BES プロファイルを構成する。Box 3.4 は、炭素に関する測定および報告の分野から の実例が示されている。標準的な企業データに基づくが、秘密保護のため‘匿名化’されている。この 表は、製品および活動レベルで収集された環境指標をどのようにグループレベルに集約できるかを示し ている。 Box 3.4 ‘標準’グループによる炭素報告 グループレベルでの企業の評価に使用されるツールは、現場または製品レベルで使用されるツールと は一般に異なる。グループレベルにおいて、企業は全体として以下の取り組みを期待される。 3-28 ビジネスのための TEEB ・BES に関連した適切な方針および手法を準備する。 ・そうした方針に関連したパフォーマンスを監視する。 ・経済的な分析および決定の際に BES を考慮する。 ・自らの BES との関連性を公に報告する。 こうした行動の際に企業を支援するツールを利用できるが、グループレベルでの作業には独自の課題 が伴う。例えばグループレベルにおいて、現場レベルまたは製品レベルの影響を単純に積み上げて BES の数を集約することは一般に不可能である。生物多様性と生態系の持つ異種混交的な性質のためである。 その上、従来の特に経済的評価に関連した方法論やツールは、BES に関する指針が少ないか、BES にあま り重点を置いていない。そのためこのセクションでは、グループレベルでの財務会計と公開(財務および 持続可能性)報告に BES を織り込むことについて検討する。 3.5.1 財務会計基準と BES 財務会計および報告は、ライフサイクル会計、環境パフォーマンス測定、またそこに含まれる他の種 類の管理会計とは異なり、内部の情報利用者ではなく、主に外部の利用者の必要を満たすことを目的と している。過去 10 年にわたって、特に最近 2 年の間、財務報告の目的をめぐって広範な議論が繰り広げ られた。国際会計基準審議会(IASB、2001)によると、財務諸表の目的は「幅広い利用者が経済的決定を 行う際に有用な、事業体の財務状態、業績、さらに財務状態の変化に関する情報を提供すること」であ る。IASB はこう続けている。 「この目的で作成される財務諸表は、大多数の利用者に共通する必要を満たす。とはいえ、経済的な決 定を行うために利用者が必要とする可能性のある情報すべてを提供するわけではない。財務諸表は主 に過去の事象の財務的影響を描出するもので、非財務的な情報を提供するとは限らない」(IASB、2001: 12-14)。 財務報告の目的を狭義のステークホルダーである投資家および債権者の必要の観点で定義することは、 報告が BES のような問題をどの程度扱うことができるかに影響を及ぼす。上で強調された目的のため適 切で信頼できる財務報告を確実に作成するために設けられる基準は、BES に対する影響および依存など のいわゆる‘無形’の問題を排除する仕方で形成されるためである。 この切断の中心にあるのは‘認識(recognition)’の概念である。この点は次の前提を示唆する。事業 体によって資産または負債として認識される項目の場合、その項目に関連した将来の経済的便益すべて は、その事業体に対して、またはその事業体から流動し、確実に測定できる費用または価値を持つこと が可能であると見なされなければならない。会計用語としての資産(asset)とは、将来においてその経済 的便益が事業体に流入することが見込まれる過去の事象の結果として、事業体によって管理される資源 (resource)を意味する。また負債(liability)とは、過去の事象から発生した現在における事業体の義務 を指し、その決済は、事業体からの経済的便益を実現させる資源の流出をもたらすことが期待される。 生態系サービスの大多数と生物多様性の大部分は、これらの認識基準の外部に位置付けられているた め、(公共または民間部門の)組織の内部で詳細が明らかにされることはなく、またそれら(または経営陣 3-29 ビジネスのための TEEB によるそれらの管理)が従来の財務諸表の中で外部に報告されることもない。この通則の主な例外は以下 の状況で生じる。 Box 3.5 英国国有林会社(National Forest Company) - 2008/09 年次報告書および会計 資料から抜粋 目的: ・さらなる森林創生を確実にし、森林戦略 2004-2014 および国家森林生物多様性行動計画(National Forest Biodiversity Action Plan)に含まれる目標の達成に貢献する。 ・質の高い、持続可能な国有林を実現する。 ・気候変動への対策でリーダーシップを発揮する。森林創生の実践と、他の森林関連団体と協働して取 り組む国内の森林および気候問題に対処する国家的アプローチの策定の両面で対応する。 ・森林の経済的可能性を実現させる。森林の環境的基盤の上で実現に取り組み、今日までに達成された 持続可能な開発を統合する。 ・森林へのアクセスおよび関与をさらに改善する。森林を利用し楽しむ人々の幅を広げる。 主な達成事例-当年の重要な活動を以下に挙げる: ・わが国の国有林は、ヨーロッパ景観条約で英国における最初の 3 例の 1 つとして認められた。 ・害虫や病害への対処を含む優れた森林地帯管理の推進者として、森林地帯オーナーズクラブ(Woodland Owners’ Club) が再設立された。 ・全国的調査の方法を適用した包括的な鳥類調査が完了した。 ・より質の高い訪問者用標識と備品がイーストおよびウェストミッドランドに設置された。 (観光経済の規模は年間 2 億 6,000 万ポンド以上に相当することが確認された。) 出典: http://www.nationalforest.org/about_us/ (a) ‘信頼できる’評価を生じさせる認識可能な市場が存在する場合。実例には、業農地と農産物、林 業、養殖業、または規制下にある排出権取引計画が存在する分野での炭素取引が含まれる。関連する 部門で事業を営む企業の場合、取引に価格を設定したり、資産および負債を評価したりするため、認 識されている会計評価規定が土地、木材、作物、畜群または‘インベントリー’の他の項目に適用さ れる。 (b) BES の管理が操業許可の基盤となる部門で事業を営む企業の場合。例の 1 つは英国国有林会社であ る(Box 3.5)。同社の年次報告書と会計資料には、同社が担当した経営陣による自然資源の管理を扱っ た豊富な情報が含まれる。 (c) 公共または非営利部門に属する、BES に関する資産および負債の詳細な会計処理に制約された(また は自発的に従う)組織の場合。これは上述の国有林会社の例に類似しているが、組織の全般的な目的が 公共の利益を支援するサービスの提供にある(地方自治体または政府の部局など)。とはいえ、大多数 の公共機関や NGO は BES に関する資産と負債の詳細を明らかにしていない。 多くの場合、BES は従来の事業会計および報告の分野に入らないが、持続可能な開発のための世界経 3-30 ビジネスのための TEEB 済人会議 (WBCSD)は、企業の会計実務に BES の価値を組み込む方法を評価する取り組みを開始した。 WBCSD (2009)が IUCN、WRI その他いくつかの企業と協力して策定した生態系評価イニシアティブ (Ecosystem Valuation Initiative)は、企業が生態系サービスを評価しようとする 10 の理由を特定した。 以下に列挙する。 1. ビジネス上の決定の改善: 企業は生態系評価を使用して、環境に対する影響または自然資源の利用に 関する内部管理計画と意思決定を強化できる。 2. 製品の多角化と市場送出からの新しい所得の流れの捕捉:評価は、市場への投資または製品の多角化 の根拠となるほど十分な規模の収益が得られるかを明らかにすることによって、生態系市場への参加 が企業にもたらす便益の査定を支援する。 3. 減税または正のインセンティブを確保する機会の識別: 企業は、社会に尊重される生態系からの便益 を生み出す資産を保有する場合、または‘自然にやさしい’と認識される仕方で業務を遂行する場合 に、税の軽減または他の経済的インセンティブを得る資格を持つ可能性がある。 4. 費用軽減の機会の強調: ビジネス上の費用またはリスクを軽減する生態系管理オプションを見極め るために評価を使用できる。水の濾過または浄化における湿地の役割、または洪水、高潮その他の自 然災害に対する保護の点で植物の果たす役割などの例がある。 5. 事業収益を維持する方法の査定:企業は、生産に対する投入物としての BES への投資がもたらす利益 を見積もるために評価を使用できる。 6. 企業資産の査定:重要な生態系資産を保有する企業は、その資産の価値を査定し、経営陣に対する収 益を生む、または増加させる機会を識別するために評価を使用できる。 7. 責任または補償の査定:生態系に対する損害を見積もり、責任請求に対して情報を伝え、補償金額を 決定するために評価を使用できる。 8. 企業および株式の価値の測定: 投資家は、生態系に関する資産および負債を考慮に含めることにより、 ポートフォリオの価値に関するより正確な実情を把握できる。 9. 企業のパフォーマンスの報告および開示の改善: 企業は、自社の環境に関する行動とパフォーマンス の貨幣価値を査定することによって、一層包括的な報告を実現することが可能であり、同時に環境に 対する影響を従来の財務的対策を扱う方法に組み込むことができる。 10.新しい商品とサービスの調査: 評価を、新しい技術およびビジネス活動に関連した BES の費用または 便益の規模を判断するために使用できる。 現実には、生物多様性または生態系サービスには経済的価値があるという考えは、企業業績に関する 評価および報告、また他のビジネスチャンスやリスクの検討のために用いる従来の方法にほとんど反映 3-31 ビジネスのための TEEB されていない。結果として、ビジネス上の決定は環境に関する費用と便益についての不完全な理解に基 づいて下される。それでも、BES の価値を企業の意思決定に織り込む能力はますます重要になりつつあ る。生態系サービスを扱う新しい市場が創設され、新しい規制は企業に自社の BES に対する影響を測定、 管理および報告することを次第に求めるようになっているためである。 経済的価値(市場価格は言うまでもなく)をどの程度 BES についての意思決定の基礎とすることができ るか、あるいは基礎とするべきかという問題は、議論の対象になりやすい。TEEB は経済的評価の限界を 認めているが、生態系評価に関する情報は一般に役立ち、害になることはまずないと論じている(TEEB D0 第 4 章を参照)。現在の市場および会計の限界からすると、BES の価値が財務報告の重要な要素として記 載されることはまれである。さらに一般的には、上で指摘したとおり、自社の BES に対する影響および 依存に経済的評価を適用した企業はほとんどない。 3.5.2 社会報告(Public Reporting) この報告書で示されたとおり、生物多様性と生態系の価値は企業にとって重要なものとなる可能性が あるが、一般にこの問題は企業による社会報告の中で十分に説明されていない。PWC による分析は、2008 年の収益ランキングによる世界の企業上位 100 社の中で、年次報告書に生物多様性または生態系に関す る何らかの言及があったのはわずか 18 社だった。これらの 18 社のうち、6 社のみが自社の影響を削減 する方法を報告しており、わずか 2 社の企業が生物多様性を主要な戦略的課題の 1 つとして特定してい る。 図 3.5 2008 年の企業上位 100 社による生物多様性に関する報告 出典: プライスウォーターハウスクーパーズ、TEEB に寄稿 3-32 ビジネスのための TEEB 同じ 100 社の中で、89 社が持続可能性報告書を出版している。そのうち 24 社が BES に対する影響を 削減するために取られたいくつかの方法を開示しており、9 社が生物多様性に対する影響を重要な持続 可能性に関する課題として特定していた(図 3.5)。 続く分析では企業上位 100 社の部分集合に焦点を合わせた。対象には、生物多様性に対する影響また は依存が大きな部門に属する企業のみを含めた。最初にこれらの企業の年次報告書に注目したが、企業 上位 100 社に関して見られたのと同様の傾向が観察された。各カテゴリーの中の生物多様性に関する報 告社数の比率がほとんど同じだった(図 3.6)。しかしながら、これらの企業の持続可能性報告書に注目 すると顕著な相違があった。依存または影響が大きな企業のグループの方で、生物多様性を主要な戦略 的課題の 1 つとして特定している企業の比率がかなりの程度大きくなっており(19%対 9%)、生物多様性 に対する影響を削減する方法を報告している企業の比率も大きくなっている(36%対 24%)。 BES に関する企業報告のより詳細な検討は、企業によって提示される情報が、BES に対する影響を評価、 回避、軽減または埋め合わせる企業の努力の正確な実態を外部のステークホルダーが把握するのに十分 であることはまずないことを示している。ファウナ・アンド・フローラ・インターナショナルが自然価値 イニシアティブ(Natural Value Initiative)の一貫として 2008-09 年に実施したある調査は、食品、飲 料およびたばこ部門の企業は限られた内容の情報開示を作成しており、明確な目標を表明したり、パフ ォーマンスの量的指標ではなく、主に定量的データ(事例研究、イニシアティブの解説)を用いて自社の 生物多様性および生態系の管理について伝達したりすることがほとんどないことを示している。生物多 様性と生態系サービスに対する影響と依存の両方が比較的大きい部門に焦点を合わせたにもかかわらず、 この調査で評価された 31 社の中で 15 社のみが、BES に関連した適正な開示を提供することができた。 図 3.6 生物多様性に対する影響または依存が大きな部門による 2008 年の報告 3-33 ビジネスのための TEEB 同様の研究が、英国に本拠地を置く資産運用企業インサイト・インベストメント社によって採取産業 を対象に、2004 年に 22 社(Grigg et al. 2004)、2005 年に 36 社に対して実施され(Foxall et al. 2005)、 同様の結果が明らかになった。情報は性質上定量的である場合が多く、往々にして企業のウェブサイト 全体に散在している。その結果、投資家を含むステークホルダーにとって、企業が BES リスクにさらさ れていることを理解し、そうしたリスクを効果的に管理しているかどうかを評価するのは挑戦となる場 合がある。 自然価値イニシアティブの食品、飲料およびたばこ部門の調査と、インサイト・インベストメント社 による採取部門の調査の両方は、この問題を考慮する点で比較的進んでいる企業でも、BES に関する管 理および報告のためのパフォーマンス指標の扱いに苦労していることを明らかにした。多数の企業が、 グローバル・レポーティング・イニシアティブの部門別付録などの部門別のイニシアティブで協力し、 改善された報告の基準を策定している(Box 3.6 を参照)。部門独自の指標の策定は、BES に対する影響お よび依存の大きさが特徴となっている部門の中で、より多くの目指す測定および報告の機会をもたらす。 Box 3.6 BES の測定、管理および報告の指針を提供する優良なイニシアティブ ・ 生 物 多 様 性 統 合 ア セ ス メ ン ト ツ ー ル (Integrated Biodiversity Assessment Tool) www.ibatforbusiness.org ・自然価値イニシアティブ(Natural Value Initiative) - www.naturalvalueinitiative.org ・グローバル・レポーティング・イニシアティブ-ガイドラインと産業部門別付録(Global Reporting Initiative –G3 guidelines and industry sector supplements) - www.globalreporting.org ・特定作物のための管理指数(Stewardship Index for Specialty Crops)- www.stewardshipindex.org ・ キ ー ス ト ー ン セ ン タ ー (The Keystone Centre)- 持 続 可 能 な 農 業 の た め の 市 場 同 盟 の 領 域 www.keystone.org ・持続可能なパーム油のための円卓会議(Roundtable on Sustainable Palm Oil) - www.rspo.org ・持続可能なバイオ燃料のための円卓会議(Roundtable on Sustainable Biofuels)- http://cgse.epfl.ch ・エネルギーと生物多様性イニシアティブ(Energy and Biodiversity Initiative)- www.theebi.org ・ICMM 鉱業と生物多様性のためのグッドプラクティス・ガイダンス(ICMM Good Practice Guidance for Mining and Biodiversity) - www.icmm.com ・国際石油産業環境保全連盟(IPIECA)/米国石油協会(API)自発的持続可能性報告に関する石油およびガ ス産業ガイドライン(IPIECA/API Oil and Gas Industry Guidance on Voluntary Sustainability Reporting) - www.ipieca.org ・WBCSD 持続可能な発展のためのセメント産業自主対策(WBCSD Cement Sustainability Initiative) www.wbcsdcement.org ・ 森 林 フ ッ ト プ リ ン ト 開 示 プ ロ ジ ェ ク ト (Forest Footprint Disclosure Project) www.forestdisclosure.com ・ウォーター・フットプリント・ネットワーク(Water Footprint Network) -www.waterfootprint.org 3-34 ビジネスのための TEEB 3.5.3 BES 報告に対する指針 生物多様性や生態系について年次報告書と会計資料の中で包括的に報告している公共または民間の組 織はほとんど(または全く)ないが、年次持続可能性報告または企業責任報告の中で別個に報告している 企業は若干存在する。その場合、財務報告とは異なり、すべての企業または組織が必ず従うべき義務付 けられた基準はない。 一部の企業が BES に関する報告を行う方法の例を Box 3.7、 3.8 および 3.9 に示す。 Box 3.7 リオ・ティント社による生物多様性報告 出典:www.riotinto.com 3-35 ビジネスのための TEEB Box 3.8 スコティッシュ・パワー社の 2004 年環境報告書における生物多様性 スコティッシュ・パワー社は、 ‘土地と生物多様性’を扱ったセクションを含む環境パフォーマンス報 告書を出版した。この 2004 報告書は同社の生物多様性に対する方針を説明し、優先すべき 5 つの分野で ある影響を最小化、漁業、鳥類、土地改良および汚染に関する同社の目的と目標の概要を示している。 スコティッシュ・パワー社の環境パフォーマンス報告書の各セクションは、生物多様性に対する同社 の潜在的影響と、その問題に取り組む全般的なアプローチを詳述する。例えば、鳥類に関連した主な問 題は架空送電線である。 「架空送電線は鳥類に害を及ぼす可能性があるため、多くの場合他の組織と協力 して、当社は高リスクの地域を特定する調査を実施した。次いで負傷や死を防ぐための鳥類保護プログ ラムを導入した。英国では、白鳥やガンなどの野鳥による衝突のリスクを削減するため、鳥よけが河川 や運河を横切る多くの送電線に取り付けられている」 。 自社にとっての主要な生物多様性問題と長年にわたって達成した事柄の要約に加えて、同社は現在の 目標とその目標に向けた進捗を要約し、翌年のための修正した目標を簡潔な表の形で示した。進捗は、 受賞や同社の土地に創設された新しい生息地などの主な達成事項を紹介する囲み記事の中で説明され た。 出典:http://www.scottishpower.com/pdf/esir04/environment/environmental_performance_report_03_04.pdf 3.5.4 統合報告 ますます多くのステークホルダーが、財務情報と非財務情報を単一の報告書に統合して、企業に関す る釣り合いの取れた有意義な解説を提供する方法を探るようになっている。ナチュラ社やテレフォニカ 社といった初期の実例は、年次報告書と CSR/持続可能性報告書を単一のパッケージとして提供すること を基本としている。一部の企業はこれらを対になった文書として作成し、他の企業は単一の本の形で作 成する。 個々の企業による先駆的な取り組みに平行して、他のネットワークや標準団体も一層統合された形の 報告を促進する方法を検討している。BES については、企業内部の情報を管理および追跡する方法と、 企業の財務分析に影響を及ぼすことができる BES の経済的価値を適切かつ詳細に反映させる方法が課題 となる。 3.5.5 BES 会計および報告の改善に対する障壁 BES に関する企業の包括的な情報開示に対するいくつかの障壁が、解決すべき課題として残されてい る。その中には以下の点が含まれる。 一貫した‘通貨’または測定基準の欠如: さまざまなイニシアティブや企業が BES に関連した測定基 準を策定したが、単一の測定単位または一式のパフォーマンス測定法は存在しない。多数の部門にわた って適用されるものは言うまでもなく、企業内で一貫して適用されるものさえ存在しない。企業による 温室効果ガス報告の場合、重要な転換点となったのは WRI/WBCSD の刊行物である(WRI 2001/2004)。現在 3-36 ビジネスのための TEEB のところ、生物多様性または生態系の報告に関するそのような指針は存在しておらず、その種の標準の 策定は一層困難と思われる。BES は広範な問題を含んでおり、進歩状況を評価するための基準点を提供 できる単一の指標は存在しないためである。 重要ではないとの認識: 多くの企業経営者や投資家の間でこの問題が重要であるとの認識が欠けてお り、BES の管理(管理の失敗)の経済的費用および便益を詳述する、説得力のある企業レベルのビジネス ケースが存在しない。多くの無形の生態系サービスに価格がないことも、この問題の大きな部分を占め ている。 Box 3.9 バクスターヘルスケア社の 2008 年持続可能性報告書における生物多様性 バクスターヘルスケア社は、同社の環境費用と節減に関連した透明性の実現に長期にわたって取り組 んでいる。同社は、最近の持続可能性報告書で生物多様性問題に関して提供した情報の詳細さのレベル の点でも異例である。 生物多様性はバクスター社の定めた持続可能性に関する優先事項には含まれていないが、同社の生命 倫理方針の一要素となっている。 「バクスター社は、地球の環境保護と生物多様性維持が人類の生命のた めに不可欠であることを認識している。地球の生物多様性と地球資源の持続可能な利用の重要性を当社 は確信している」 。 バクスター社は、 約 910 ヘクタールの土地を保有または賃借しており、 その 4 分の 1 のは不浸透性の(舗 装された)地表である。同社の事業施設の多くは、大都市圏の準工業地域に位置する。とはいえ、58 カ 所の製造および研究開発施設のうち 21 カ所は、コンサーベーション・インターナショナルの定義による 生物多様性の‘ホットスポット’のいくつかに立地している。 バクスター社の施設は、生物多様性を保護するさまざまなイニシアティブに取り組んでいる。例えば、 2006 年以来、米国イリノイ州ラウンドレークの同社の施設は、専門的な生息地回復企業や地域の森林保 護機関と協力して、回復させた生息地は木に覆われた平原や河岸地帯を含む構内の 4 ヘクタールの土地 を一層自然な生息地に回復させることに努めてきた。このプロジェクトの一環として、同施設では外来 侵入種を駆除するための野焼きが行われた。野焼きの後、在来植生の回復を促進するため、同社の従業 員は 750 種の在来植物種を植えた。 出典: バクスター社 2008 年持続可能性報告書を参照。http://www.sustainability.baxter.com 理解の欠如: 気候変動、水および人権といった問題と比べて、生物多様性および生態系サービスに関 連した問題は複雑と見なされることが多い。BES に関する問題と影響が、他の持続可能性についての懸 念とどのように関連しているかを理解するのは依然として困難であり、結果として多数の企業は、BES に関する効果的な測定および報告の方法を理解していない。 対象範囲の問題: 生物多様性および生態系サービスの持続可能な利用は、直接所有および支配する測 定領域を越えることが多いため、定量化と測定の両方が困難である。企業の適正な報告の範囲に含める 対象を明確にすることが必要である。 3-37 ビジネスのための TEEB 需要の欠如: 投資家が BES に対する影響および依存についてのデータを要求しないことには、おそら く投資の世界に属する多くの人々の比較的短期的な視点が反映されている。 集約における問題: BES は特定の場所または地域に限定された場合に最も測定に適しており、全体的 な企業のパフォーマンスを示す指標に集約するのは困難である。その上、生物多様性または生態系の変 化を個々の企業の行動の結果と考えるのは難しいことが多い。 3-38 ビジネスのための TEEB 3.6 結論と勧告 上で検討したすべての障壁および課題の存在にもかかわらず、ビジネスにおける BES の測定および情 報開示を改善する大きな機会がある。企業は自らまたは他者と協力して行動し、これらの障壁に対処す ることができる。このセクションでは、BES をビジネスにおける評価、会計および報告に組み込むため の方法を概説する。 3.6.1 技術的改善 現場、製品および組織レベルでの BES の測定に関する基礎科学および実践的技術についてのさらなる 取り組みが必要とされている。改善の機会には以下の点が含まれる。 科学的評価、関連した情報の供給、さらに適切な予防措置の向上: BES に関する利用しやすい情報お よび関連データは、生物多様性に対する影響と生態系サービスに対する依存を正しく説明する、健全な ビジネス上の決定のために不可欠である。例えば衛星写真や遠隔探査の活用によって、人間の行動が生 態系に影響を及ぼす仕方についての理解は向上しつつある。加えて、国内および国際標準が改善されて おり、生態系評価のためのさまざまな枠組みが構築されてきた。 生物多様性の状況または特定の生態系の状態を、特定の生態系サービスの供給に結び付けるために必 要な科学的データおよび情報の面で依然として不足がある。加えて、生態系が衰退している場合、そう した状況や供給がどのように変化するかについての情報も不足している。生態系衰退および生物多様性 損失に関連したリスクの一部は不明瞭だが、破壊的また不可逆的なものになる可能性がある。オプショ ン評価法は、こうしたリスクに対処する 1 つの方法となり得る。BES を保護することによって、企業(そ して社会)は将来における BES の資源の利用可能性に関するオプションを保持する。しかしながら長期的 な検討の観点から、またいつ転換点が現れるのかに関する現時点での不確実性を考えると、企業がこれ らのリスクに適切に対処し、あるいはそれらのリスクの責任を正しく考慮に入れた決定を下すのはおそ らく困難である。そのため、生物多様性の劣化が転換点を超えないよう保護する責任は、政府と規制当 局者が担う場合が多い。そうした責任を果たすには、資源利用または生態系改善および攪乱に対して明 確な制限を定める必要があるためである。さらに政府、国際機関その他の公共団体は、できるだけ早い 段階で政策の方向性を効果的に伝達することを徹底し、規制が明確で容易に理解でき、逆効果をもたら すインセンティブを持ち込まないものとなるよう協力しなければならない。 LCA における現在の影響評価法は、生物多様性と生態系サービスの損失に対する要因の多くを扱う。 その結果を幅広く伝達し、BES 損失を含むさまざまな環境影響の概要を LCA が提供できるようにする必 要がある。LCA の高度な使用には、報告の方法論に関して強調されたのと同様の障壁がある。そうした 障壁には、因果連鎖の理解、BES の変化を定量化するための適切な指標の識別、またそれらの指標を地 球規模で計算するためのデータの不足などが含まれる。研究および方法論の LCA および BES に対する整 合化が発展しつつある。整合化のためには、扱う BES 損失の要因の数を増やし、影響のカテゴリーに関 3-39 ビジネスのための TEEB する合意を前進させ、さらに影響とそれに関連した損害を経済的価値に転換する方法を示す事例研究を 作成する必要がある。土地利用の変更に関する研究は、そこに関係する複雑性と、環境負荷指標によっ て要因を損失に関連付けることのできる方法の種類を示す実際的な例を提供できる。製品の使用と消費 を含む、下流における BES に関連したリスクと機会の研究は、依然として初期段階にある。 加えて LCM の専門家は、価値連鎖のさまざまな段階に沿って影響を合算しようとする際、領域と重要 性に関する管理のための指針を考慮するとよい。LCA には際限のない、価値連鎖全体を通してさまざま な要素を扱う学術的分析が含まれるという見方を避けるため、LCA の専門家は、製品のライフサイクル および価値連鎖の異なる段階で測定すべき最も重要な影響と依存は何かを、企業が現実的に判断するの に役立つガイダンスを提供する必要がある。そのためには、特にインベントリー分析を適用して、特定 の産業における生態系サービスのさまざまなカテゴリーの(直接的また間接的な)関与度を評価すること が求められる。例えば、観光企業は生態系によって供給される文化的サービスとの直接的な結び付きを 持つが、食品および飲料産業は水のような供給サービスに明確に依存している。 BES に関する情報を中心的な事業計画および意思決定システムに織り込む: 方法論に関する課題は、 分析の枠組み(費用便益分析など)、測定法(物理的または経済的)、あるいは BES の評価に使用される技 術の選択だけではなく、BES の価値についての情報を事業計画および意思決定システムに織り込む方法 も関係している。 ‘主流の’経済モデルをビジネスの観点に押し込んだり、公共の経済的アプローチをビ ジネス上の計算に無理に重ね合わせたりしないのは重要なことである。より生産的なアプローチは、BES に対する影響および依存を、企業がすでに用いている既存の財務および事業計画手法の文脈の中で評価 するための新しい方法を見出すことと思われる。企業が BES の価値を他の費用、便益および事業上の決 定の場合と同じ方法で考慮しない限り、BES の価値は企業の意思決定に際しておそらく隅に追いやられ たままになる。 3.6.2 市場の改善 評価技術を改善し、市場が BES を一層効果的に認識できるように助ける多くの機会がある。 外部性をビジネス評価に導入する: 企業の行動が重大な外部性をもたらしており、補償のための既存 の法的措置が十分ではない場合、政府は BES に対する影響を該当するビジネス上の費用または収益に‘内 在化’しようとするかもしれない。生態系サービスに対する損害の場合(負の外部性)、おそらく税また は操業許可がサービス枯渇の費用を内在化するのに使用される。同様に免税または補助金も、企業の生 物多様性保全または生態系回復を促すためにしようされる場合がある。妥当な場合には、BES のための 新しい市場(生物多様性クレジットなど)が、生物多様性に対する影響または依存に価格を付けることが できる(この報告書の第 3 章 3.5 を参照)。 異なる割引率を調整する規制および市場メカニズムを用いて、ビジネス上の評価と社会的評価を整合 させる: 大多数の経済圏が今後も引き続き大規模な市場部門を持つと仮定すると、営利団体に BES の価 値を正しく反映する決定を行うよう促すのは挑戦である。割引キャッシュフロー分析は有力な評価およ び評価技術として今後も使用されると思われる。そして投資家は企業経営者が財務分析で比較的高い割 引率を適用することを期待するだろう。 3-40 ビジネスのための TEEB 気候変動の場合と同様、現在の決定は BES に対しても将来、また即座に影響を与える可能性がある。 規制当局者にとって挑戦となるのは、将来の潜在的な BES 損失を現在の意思決定に持ち込むことである。 政策立案者は損害の長期的な費用を判断し、企業がその費用を自らの決定に組み込むよう導く適切な規 制、操業許可または税金を設定する必要がある。このような政策が正しく策定された場合、その政策は ビジネス上のインセンティブを広範な社会的価値に整合させるのに役立つ。 無形価値を捕捉するための技術を導入する: 自社の行動が BES の無形価値に影響を与える恐れがある ことを企業が認めた場合、その影響を測定するためのいくつかの方法が存在する。仮想評価法はその 1 つである。現在こうしたツールは、ほとんどの場合、公共政策立案者が BES の社会的価値を評価するた めに使用されているが、将来、企業も自社の影響および依存を診断するためより広範に適用すると思わ れる。 企業レベルおよび個人投資家レベルにおける BES の価値についてのさらに多くの事例研究が求められ ている(Box 3.10)。BES を持続可能な仕方で管理する(または管理に失敗した)費用および便益を確定す るためのさらなる研究も必要である。そうした研究は、企業(または規制当局者)が生物多様性に関する 費用を内在化するのに使用できる、一層信頼できる評価を確立することを目的とする。 Box 3.10 生態系サービス・ベンチマーク(Ecosystem Services Benchmark) 資産運用の世界で、投資の BES に関連したリスクおよび機会を評価するためのいくつかのツールが開 発されてきた。例の 1 つは、生態系サービス・ベンチマーキング(ESB)ツールで、自然価値イニシアティ ブがヨーロッパ、ブラジル、米国およびオーストラリアの企業投資家と協力して開発した(アビバ・イン ベスターズ、F&C インベストメンツ、インサイト・インベストメント、パックスワールド、Grupo Santander Brasil およびオーストラリアの年金ファンド VicSuper)。食品、飲料、たばこ部門の BES に対する影響 と依存に関連した投資リスクおよび機会を評価するために作成された生態系サービス・ベンチマークは、 主にアセットマネージャーを対象としているが、さらに広く銀行および保険部門にも情報を提供できる。 食品、飲料、たばこ部門に属する企業にも、この問題を検討するための枠組みを提供するため二次的に 適用される。 ESB は、農業関連のサプライチェーン(農産物、家畜および魚を含む)に属する企業の原材料の生産お よび収穫に関連した、生物多様性と生態系サービスに対する影響と依存に焦点を合わせている。ESB は パフォーマンスに関する 5 つの大まかなカテゴリーで企業を評価する。競争優位性、企業統治、方針お よび戦略、管理、さらに実行と報告の 5 つである。評価された各企業は結果の概要を受け取る。勧告事 項と分析の結果に関する検討を、取り組みが不十分な企業との投資家(investor dialogues)に織り込む ことによって、パフォーマンスの改善が促され、最終的にリスクが一層効果的に管理される。 出典: http://www.naturalvalueinitaitive.org 投資家を教育し、金融格付けにおいて BES に関する最小限の要件を設定する: IUCN が実施した 20 の 格付け機関、投資に関する指数および格付けサービスの調査(Mulder、2007)で、わずか 1 つの調査対象、 Business in the Community の環境インデックスのみが生物多様性に具体的に言及していた。企業はこ 3-41 ビジネスのための TEEB のインデックスの生物多様性に関する質問すべてに自発的に答えるよう勧められた。アムステルダムの Nyenrode ビジネススクールによるごく最近の研究は、年金基金などの顧客からの需要があるにもかかわ らず、格付け機関は生物多様性に関連した情報を顧客にほとんど供給しないことを示した。その主な理 由は評価法を使用できないことだったが、そうした情報の需要が限られていると認識しているためでも あった。結局のところ、企業の BES に関する測定および報告の質は、投資家、アナリストその他のステ ークホルダーによる質問の質によって決まる。 3.6.3 情報開示の改善 大多数の企業報告書で提示されている BES に関する情報は、ほとんどの場合には次の点を伝える仕方 では記述されていない。1) 主要なリスクが特定されており、2) この問題に関する方針および立場が明 確で、3) そうしたリスクに対処する戦略が策定されており、4) リスクに対処するために管理ツールが 用意されており、5) 実行を確実にするための監視および再評価のプロセスが保証されている、といった 点である。こうした情報がなければ、BES に関心を持つ投資家や他のステークホルダーにとって、BES に 関する報告の価値は限られたものとなる。水不足に関連したリスクに関する企業の情報開示の自ら実施 したベンチマーク分析に基づいて、 「環境に責任をもつ経済のための連合 (CERES)」他 (2010)は、水集 約的産業に属する企業の大多数が水に関連したリスクおよび機会の管理と情報開示の点で不十分である と結論した。CERES の報告書は、情報開示の 5 つのカテゴリーである水会計、リスク評価、直接的運用、 サプライチェーン管理、さらにステークホルダーの関与に基づいて企業 100 社を採点した。 状況を改善するために実行できるいくつかの段階には、以下の点が含まれる。 : 現行の BES 活動に関する報告の強化を促す: 生物多様性と生態系サービスの理解および管理のために 自らが実行している活動を一層十分に開示することによって、多くの企業は大幅に報告を改善できる。 例としては、リスク管理の枠組み、方針、戦略、目標の存在、また影響に敏感な場所に対する潜在的な 影響の評価とその影響を軽減するために行った活動、BES に関する問題を管理するために着手した管理 計画および他の活動などが含まれる。 部門を越えた協力を増やし、 BES に関するパフォーマンス測定法と報告指針を作成および適用する: 試 験的プロジェクトと部門を越えた協力は、企業の管理プロセスと世界的な保護の優先事項の両方に関連 する BES 測定法の開発のために必要である。こうしたアプローチの範囲内で部門独自の報告指針の必要 性についても検討を続けなければならない。この課題を前進させる可能性のある、数々のプラットフォ ームやプロセスがさまざまなレベルで存在する(生物多様性保全条約、持続可能な大豆、パーム油その他 の商品のための円卓会議、 GRI による産業部門別付録のための報告指針に関する進行中の取り組みなど)。 報告で重要な環境問題(BES を含む)を評価するため、企業に義務付けられた要件を改善する: 多くの 管轄区域において、企業は重要な情報を自社の年次会計報告書に含めるよう求められており、また他の 形態の公的報告を行わなければならない場合もある。年次会計報告書に関して、政府は重要性に関する 企業の理解を改善し、一層詳細な報告に結び付ける方法を考慮すべきである。環境パフォーマンスを推 進するため、カーボン取引などの経済的手段が備えられている場合、こうした指針を提供することは特 に重要となる。 3-42 ビジネスのための TEEB 世界各地の報告に関する法令の概要の中で、KPMG および UNEP による報告書‘アメとムチ(Carrots and Sticks)’(2006: 57)は、大多数の規制が関連する情報の利用可能性と質に依存していることを指摘した。 例えば、温室効果ガス放出に関する適切な報告は、炭素市場が正常に機能するために必要とされる。多 くのステークホルダーはそれに付け加えて、財務会計に独立的検証が必要なのと同様、こうした情報開 示には第三者による検証と保証が必要であると主張するかもしれない。資本支出(インフラ問題)、製品 および何らかの財務経費(保険)に影響を及ぼす、気候変動問題および環境に関する情報開示を求める米 国証券取引委員会による最近の決定(2010 年 2 月)は、企業の環境資産および責任に関する財務報告に将 来重大な影響を与えると考えられる。 年次会計報告書での報告に加えて、製品ベース、問題ベースおよび現場ベースの報告など、他の報告 要件も存在し得る。その結果、こうした要件を包括的な報告の枠組みで関連付ける可能性が生じる。UNEP、 GRI、KPMG 他(2010)による‘アメとムチ II(Carrots & Sticks II)’報告書は、統合された報告に対する 規制当局の関心が確実に高まりつつあると述べている。 3-43 ビジネスのための TEEB 巻末注 1 英国に本拠地を置く社会的責任投資企業で、現在は F&C アセッ トマネジメント社の一部である ISIS アセットマネジメント社が最 初に刊行した報告書、「Is Biodiversity a Material Risk for Companies? An assessment of the exposure of FTSE sectors to biodiversity risk」と題する刊行物を参照。2004 年 9 月、右で閲 覧可能 www.businessandbiodiversity.org/publications 2 詳細については UNEP 気候ニュートラル・イニシアティブ(UNEP Climate Neutral Initiative) を 参 照 。 www.unep.org /climateneutral 3-44 ビジネスのための TEEB 参 考 文 献 AccountAbility (2008) AA1000 AccountAbility Principles Standard. London: AccountAbility. URL: www.accountability21.net Carson, R., Mitchell, R., Hanemann, W., Kopp, R., Presser, S. and Ruud, P. (1992). “A Contingent Valuation Study of Lost Passive Use Values Resulting from the Exxon Valdez Oil Spill”. Report to the Attorney General of the State of Alaska. 10 November 1992. CERES, UBS and Bloomberg (2010) Murky Waters? Corporate Reporting on Water Risk. Boston: CERES De Haes, U. et al. (1999). Best available practice regarding impact categories and category indicators in Life cycle impact assessment. Background document for the second working group on Life cycle impact assessment of SETAC-Europe (WIA-2). International. Journal of LCA 4 (1999) pages 66 - 74 Emerton, L, Grieg-Gran, M., Kallesoe, M. and MacGregor, J. (2005). “Economics, the precautionary principle and natural resource management: key issues, tools and practices” in Rosie Cooney and Barney Dickson (eds). Biodiversity and the precautionary principle: risk and uncertainty in conservation and sustainable use. Earthscan, London. Eurosif & Oekom Research (2009) Biodiversity. Theme report – 2nd in a series. Paris / Munich: European Sustainable Investment Forum and Oekom Research AG. Foxall, J., Grigg, A. and Ten Kate, K (2005) Protecting shareholder and natural value. 2005 benchmark of biodiversity management practices in the extractive industry. Insight Investment, London, UK Global Reporting Initiative, (2005) Boundary Protocol. Amsterdam: GRI Global Reporting Initiative (GRI) (2006) Sustainability Reporting Guidelines. Amsterdam: GRI. URL: www.globalreporting.org Grigg, A., Cullen, Z., Foxall, J., and Strumpf, R. (2009) Linking shareholder and natural value. Managing biodiversity and ecosystem services risk in companies with an agricultural supply chain. Fauna and Flora International, United Nations Environment Programme Finance Initiative and Fundação Getulio Vargas. ICMM (2003) Landmark ‘no-go’ pledge from leading mining companies. URL: http://portal.unesco.org/culture/fr/files/12648/10614596949 ICMM_Press_Relase.pdf/ICMM_Press_Relase.pdf International Accounting Standards Board (IASB) (2001), The Objective of Financial Statements. London: IASB. International Organisation for Standardisation (ISO). Guidance on Social Responsibility. ISO/TMB WG SR IDTF_N101, draft July 2009. ISIS Asset Management (2004). Are Extractive Companies Compatible with Biodiversity? Extractive Industries and Biodiversity: A Survey . London : ISIS Asset Management, February 2004 Jolliet, O., Margni, M., Charles, R., Humbert, S., Payet, J., Rebitzer, G. And Rosenbaum, R. (2003) “IMPACT 2002+: A new life cycle impact assessment methodology” in The International Journal of Life Cycle Assessment, Volume 8, Number 6 / November, 2003, pages 324-330 JPMorgan Chase (no date) Public Environmental Policy Statement. URL: http://www.jpmorganchase.com/corporate/CorporateResponsibil ity/environmental-policy.htm King Committee, The (2009) King Report on Governance for South Africa. Johannesburg: Institute of Directors Koellner, T. (2003) Land Use in Product Life Cycles and Ecosystem Quality, Bern, Frankfurt a. M., New York: Peter Lang. Koellner, T. and Scholz, R. (2008) ‘Assessment of land use impacts on the natural environment. Part 2: Generic characterization factors for local species diversity in Central Europe’, International Journal of LCA, 13(1): 32-48 KPMG Sustainability B.V. (2008). International Survey of Corporate Responsibility Reporting 2008. Amsterdam: KPMG International. Madsen, B., Carroll, N., Moore Brands, K. (2010) State of Biodiversity Markets Report: Offset and Compensation Programs Worldwide. at: http://www.ecosystemmarketplace.com/documents/acrobat/sbdmr .pdf Mulder, I. (2007). Biodiversity, the Next Challenge for Financial Institutions? Gland, Switzerland: IUCN. Savage, D. and Jasch, C.M. (2005) International Guidance Document on environmental management accounting (EMA), International Federation of Accountants, IFAC, New York 2005, www.ifac.org Schmidt, J. (2008) ‘Development of LCIA characterisation factors for land use impacts on biodiversity’, Journal of Cleaner Production, 16(18): 1929-1942 UK Environmental Agency, (2004). Corporate Environmental Governance. A study into the influence of Environmental Performance and Financial Performance. Environment Agency, Bristol, UK United Nations Division for Sustainable Development (UNDSD). (2001) Environmental Management Accounting, Procedures and Principles. New York, Geneva: United Nations Publications. United Nations Environmental Program (UNEP), and UN Global Compact CEO Water Mandate (2010). Corporate Water Accounting. Oakland: Pacific Institute. United Nations Environmental Program (UNEP) and KPMG Sustainability Services. (2006) Carrots and Sticks for Starters. Current trends and approaches in Voluntary and Mandatory Standards for Sustainability Reporting. Amsterdam / Paris: KPMG, UNEP DTIE. United Nations Environmental Program (UNEP), KPMG Sustainability Services, University of Stellenbosch Business School (USB) and Global Reporting Initiative (GRI). (2010) Carrots and Sticks –Promoting Transparency and Sustainability. Amsterdam: GRI, KPMG, UNEP, USB. Verfaillie, H., and R. Bidwell (2000), Measuring Eco-efficiency: A Guide to Reporting Company Performance, World Business Council for Sustainable Development, Geneva Walker, S, Brower, A.L., Stephens, R.T. Theo, L. and William G. (2009) “Why bartering biodiversity fails” in Conservation Letters, Volume 2, Number 4, August 2009 , pp. 149-157(9). World Business Council for Sustainable Development / WBCSD 3-45 ビジネスのための TEEB (2009). Corporate Ecosystem Valuation: Building the Business Case. Geneva: World Business Council for Sustainable Development World Resources Institute (WRI) and World Business Council for Sustainable Development (WBCSD) (2008) Corporate Ecosystem Service Review. Washington DC, Geneva: WRI, WBCSDURL: www.wri.org/publication/corporate-ecosystem-services-review World Resources Institute (WRI) and World Business Council for Sustainable Development (WBCSD) (2001 / 2004) The Greenhouse Gas Protocol. Washington DC, Geneva: WRI, WBCSD. URL: www.ghgprotocol.org/standards/corporate-standard Zadek, S. and Merme, M. (2003) Redefining Materiality. Practice and public policy for effective corporate reporting. London: AccountAbility 3-46 ビジネスのための TEEB 第 4 章 生物多様性および生態系リスクのビジネスに対するスケールダウン 「ビジネスのための TEEB」コーディネーター: Joshua Bishop (国際自然保護連合(IUCN)) 編集者: Nicolas Bertrand (UNEP), Mikkel Kallesoe (WBCSD) 寄稿者: Conrad Savy (CI), Bambi Semroc (CI), Gérard Bos (Holcim), Giulia Carbone (IUCN), Eduardo Escobedo (UNCTAD), Naoya Furuta (IUCN), Marcus Gilleard (Earthwatch), Ivo Mulder (UNEP FI), Rashila Tong (Holcim) 謝辞: David Bresch (Swiss Re), Jürg Busenhart (Swiss Re), Toby Croucher (Repsol/IPIECA), Andrea Debbane (Airbus), Andrew Deutsch (Philips), Anne-Marie Fleury (ICMM), Juan Gonzalez-Valero (Syngenta), Paul Hohnen, Mira Inbar (Dow), Sachin Kapila (Shell), Chris Perceval (WRI), David Richards, Oliver Schelske (Swiss Re), James Spurgeon (ERM), Virpi Stucki (IUCN), Geanne van Arkel (InterfaceFlor), Mark Weick (Dow), Bernd Wilke (Swiss Re) 免責事項: 本報告書で表明された見解は、純粋に著者自身のものであり、いかなる状況においても関係 する組織の公式な立場を提示したものと見なすことはできない。 ビジネスのための TEEB 報告書最終版は、アーススキャン社から出版される予定である。最終報告書に含 めることを検討すべきと考えられる追加情報または意見については、2010 年 9 月 6 日までに次の E メ ールアドレスに送信してほしい。: [email protected] TEEB は国連環境計画により主催され、欧州委員会; ドイツ連邦環境省; 英国政府環境・食料・農村地域 省; 英国国際開発省; ノルウェー外務省; オランダの省間生物多様性プログラム(Interministerial Program Biodiversity): およびスウェーデン国際開発協力庁の支援を受けている。 4-1 ビジネスのための TEEB 生態系と生物多様性の経済学 第4章 生物多様性および生態系リスクのビジネスに対する スケールダウン 目次 主要なメッセージ 4 4.1 はじめに 5 4.2 生物多様性と生態系を企業のリスク管理に組み込む 7 4.3 生物多様性および生態系リスクを管理するためのツール 17 4.3.1 標準、枠組み、方法論 17 4.3.2 データ収集ツール 19 4.3.3 モデリングとシナリオの構築 22 4.3.4 生物多様性と生態系のためのツールの改善 23 4.4 生物多様性および生態系リスクのスケールダウンのための戦略 25 4.4.1 ステークホルダーの関与 25 4.4.2 提携 26 4.4.3 適応管理 30 4.5 結論と勧告 32 参考文献 34 ボックス Box 4.1 ホルシムおよび IUCN: 生物多様性管理システムの実装 Box 4.2 階層的な緩和措置と生物多様性オフセットの金融部門における適用 Box 4.3 企業のための生態系サービス評価 Box 4.4 グローバル・ウォーター・ツール: 企業が水に関する情報を得た上で決定することを支援す る Box 4.5 生態系サービスのための人工知能(ARIES) Box 4.6 水に関する知識への投資と、間違った決定と回復の費用との比較 Box 4.7 建築資材部門における提携 4-2 ビジネスのための TEEB Box 4.8 CBD の下でのビジネス・エンゲージメント・イニシアティブ Box 4.9 生物多様性をビジネス管理および運営に組み込む-BAT 生物多様性パートナーシップ 図 図 4.1 気候政策と石油資源に対するアクセスの制限がもたらす財務上の結果 図 4.2 採掘プロジェクトのライフサイクル 図 4.3 正味での正の影響と階層的な緩和措置 図 4.4 適応管理の枠組み 表 表 4.1 さまざまな部門における生物多様性リスク 表 4.2 企業-NGO との提携の利点 4-3 ビジネスのための TEEB 主要なメッセージ ビジネスに対する生物多様性と生態系に関連したリスクは現実かつ有形であり、管理の対象とすべき である。社会は生物多様性損失を次第に受容しなくなっており、結果として、環境にやさしい生産に対 する要求と、生物多様性と生態系に対する悪影響のための補償の増大を招いている。 企業は、生物多様性と生態系をリスク評価および管理に織り込む新しい方法を見出しつつある。多く の企業は、自らの行動がBESに及ぼす悪影響を管理する方法を検討している。いくつかの企業は、生物 多様性あるいは水資源など特定の生態系サービスに関する‘正味での損失なし’、‘生態系ニュートラ ル’または‘正味での正の影響’を目指す公約を掲げてきた。 企業が生物多様性と生態系に関するリスクを削減するのに役立つ多数の実用的なツールが利用可能に なっている。その種のツールには、標準、枠組みと方法論、データ収集および分析ツール、加えてモデ ルおよびシナリオ構築ツールが含まれる。 生物多様性に関する費用と便益の経済的評価で、リスク管理のための情報を提供できる。ある場合、生 態系回復またはオフセットは、比較的小さなコストで当初の土地利用の便益を上回る生物多様性と生態 系の便益をもたらすことができる。経済的評価を環境リスク管理に組み込むための一層の研究が必要で ある。 生物多様性に関するリスクの管理には、現場や製品を越えて、さらに広く土地や海の状況に目を向け ることが含まれる。多くの産業では、企業の環境リスク管理は直接的または主要な影響に焦点を合わせ る。とはいえ、国民の詮索の増加や規制の厳格化の結果、さまざまな部門に属する企業が自社のリスク に関する視野を拡大し、間接的または二次的影響を含めるようになってきた。 生物多様性と生態系に関するリスクの効果的な管理は、それを可能にする適切な枠組みと提携によっ て促進できる。それらの要因には、生物多様性に配慮した製品を扱う新しい市場、また生物多様性に対 する影響に注意を払うことが必要な投資審査プロセスや、影響評価手続きの際に生物多様性に関するリ スクに注目する規制環境が含まれる。ビジネスリスク管理戦略にも、官民の提携とステークホルダー・ エンゲージメントが含められる場合が多い。 4-4 ビジネスのための TEEB 4.1 はじめに ビジネスリスクは、金融市場における不確実性、プロジェクトの失敗、法的責任、信用リスク、事故、 自然の原因や災害、さらに環境活動家の運動から発生する可能性がある。 ビジネスリスク管理は、潜在的リスクを特定し、生じる可能性のある問題の確率と重大性に基づいて 示されたリスクのレベルを評価し、また利用可能な情報とリスクの財務上の重要性に基づいて(社会一般 ではなく)当の企業にとっての優先順位を定める過程である。 生物多様性損失と生態系衰退は、ビジネスリスクにつながる場合がある。こうしたリスクを適切に管 理することに失敗した場合、企業は大きな損失を伴うさまざまな影響に無防備なままになる可能性があ る。その影響には、供給の不足、権利擁護運動、罰金および規制の増加、顧客の製品やサービスに対す る需要の減少、プロジェクトのための融資確保がますます困難になることが含まれる。 現在の市場慣行ではこれらのリスクを十分に捕捉できないが、いくつかの要素はこの状況が変化しつ つある可能性を示唆する。 • 企業統治、重大なリスクを開示する企業の社会的責任、こうしたリスクの特定、評価および管理 のためのシステムに関する自主的な規定および法制化された規定の要件が増加している 1。これら のリスクに生物多様性と生態系サービスに関連したリスクが含まれる場合がある。 • EU 環境責任指令(ELD)などの新しい環境関連法は、事業者の潜在的責任を拡大するため、保険など のリスク移転手段の必要を生じさせる場合がある。結果として、保険業者はリスクに関連した生 物多様性と生態系サービスを捕捉および評価する新しい方法を見出すという課題に直面している (Busenhart et al. 2010)。 • 持続可能性に関する問題がビジネススクールのカリキュラムに取り入れられている。その中に生 物多様性と生態系サービスが含まれることもある 2。 加えて、生物多様性と生態系サービスを扱うツールやアプローチがすでに存在しており、企業は潜在 的リスクの特定、リスクの程度の評価、リスク軽減のための効果的な管理戦略の開発に役立てることが できる。とはいえ、生物多様性と生態系サービスを企業の環境管理システムに十分組み込む取り組みは、 依存として初期の段階にある。こうした状況は以下の点を部分的に反映している。 • 生物多様性と生態系サービスについての健全な理解の欠如は、ビジネスが及ぼす影響の可能性お よび影響の重大性の予見を困難にする。 • 生物多様性と生態系に対する影響は、将来の投資や市場に影響を及ぼし得る地球的な規模と結果 をもたらす。例えば、重要な投入物の損失によってビジネスの費用が増大し、市場の需要が縮小 する。 同時にリスクは、市場占有率の拡大、新しい製品およびサービス、あるいは顧客や社会全体の必要に 一層応える能力を生む機会と見なすこともできる。その場合、リスクはマイナス材料ではなく資産とな 4-5 ビジネスのための TEEB る(この報告書の第 5 章で、リスク管理に含まれる機会を扱う要素をより詳細に検討する)。 この章では、生物多様性と生態系に関連したリスクを特定、管理およびスケールダウンするための企 業の行動について考察する。最初に、企業のリスク管理システムと、そのシステムに生物多様性と生態 系を組み込む作業の概要を示す(セクション 4.2)。次に、リスクの特定および管理を支援する従来のツ ールと新たに登場したツール概説する (4.3)。その後、ステークホルダー・エンゲージメントと適応管 理を含む、リスク管理のベスト・プラクティスについて論じる(4.4)。最後に、結論と行動のための推奨 事項を述べる(4.5)。 4-6 ビジネスのための TEEB 4.2 生物多様性と生態系を企業のリスク管理 に組み込む 企業のリスク管理では、潜在的影響の程度とその影響が生じる見込みに従ってリスクを特徴付ける。 場合によっては、確率(可能性)と結果(重大性)の単純な 2 次元のマトリックスがリスクの評価に役立つ。 だが多くの場合、関係する問題が複雑なため、4x4、4x5 または 5x5 のリスクマトリックスを使用する際、 おそらくさらに緻密な図が必要になる。この種のマトリックスのセルは、危機的、非常に高い、高い、 中程度、低い、といったいくつかのリスク等級のうち 1 つに割り当てられる。この等級に特定の管理行 動が割り振られ、それが優先順位となる。その意味では、確率が低く結果が重大なリスクが、確率が中 程度で見込みも中程度のリスクと同じリスク等級に属する場合がある。 受容可能なリスクのレベルを判断することに加えて、企業は、残余リスクを特定するリスク管理戦略 を作成すると共に、リスクコントロール戦略を作成し、説明責任を割り当て、リスクを管理するための 早期警告メカニズムを開発する(Jones and Sutherland 1999)。表 4.1 は、さまざまな部門で発生する可 能性が非常に高い生物多様性および生態系に関するリスクの概要を示している。 例えば、従来の産油地域は成熟に達しており、産油量が次第に少なくなっている。石油産業はこれま で以上に傷付きやすい環境で探鉱および生産せざるを得なくなっている。社会的および環境的に敏感な 地域では、埋蔵資源へのアクセスは拒絶、制限されるか、可否が決定されないままになる可能性がある。 アクセスが認められた場合でも、地域社会からの反対によって生産活動が制約され、費用が膨らむ恐れ がある。Austin および Sauer (2002)は、採取企業に課される可能性のある制限が、生態学的に重要な保 護地域に存在する企業の埋蔵資源に及ぼす経済的影響を評価した。種々のシナリオの中で、生産費用の 増大、生産能力の縮小、埋蔵資源が立ち入り禁止扱いになることといった変化が、それぞれ異なる組み 合わせで同時に生じた複数の状況に、アクセスへの圧力が反映された。 4-7 ビジネスのための TEEB 株主価値の変化率 図 4.1 気候政策と石油資源に対するアクセスの制限がもたらす財務上の結果 企業 16 社に関して生じ得る結果と発生する可能性の最も高い影響の範囲: アメラダ・ヘス(AHC)、アパッチ(APA)、BP(BP)、バーリントン・リソーシズ(BR)、シェブロン・テキサコ(CVX)、 コノコ・フィリップス(COP)、ENI(E)、エンタープライズ・オイル(ETP)、エクソン・モービル(XOM)、 オクシデンタル・ペトロリアム(CXY)、レプソル YPF(REP)、ロイヤル・ダッチ・シェル・グループ(RD)、スノコ(SUN)、 トタルフィナエルフ(TOT)、ユノカル(UCL)、バレロ・エナジー(VLO) 出典: Austin and Sauer (2002) 4-8 ビジネスのための TEEB 表 4.1 さまざまな部門における生物多様性リスク 規制および法的 企業の業績に影響を 及ぼす可能性のある 法律、政府の政策や 法的行動 評判 企業のブランド、イ メージ、あるいは顧 客、一般大衆および ステークホルダーと の関係 市場および製品 製品およびサービス の提供、企業の業績 に影響を及ぼす顧客 の選好などの市場要 素 金融 投資家からの資本の 費用と利用可能性 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 金融(銀行、保険、資産運用など) 技術および ビジネスサービ ス (ソフトウェア、電気通信、コン サルタントなど) 保健医療(製薬、バイオ技術、医 療サービス提供者など) ● 工業(建設、航空宇宙、部品など) 消費者サービス(小売、メディ ア、旅行およびレジャーなど) 企業の日常における 業務、支出およびプ ロセス 消費財(自動車、食品、家庭用品 など) カテゴリー 業務 公益事業(電力、ガス、水など) 第一次産業(林業、石油およびガ ス、鉱業、農業および漁業など) 影響を受ける可能性が高い部門 リスク 投入物の希少性 または費用の増 大、投入物の質の 低下 生産物の減少ま たは生産性の低 下 事業運営の混乱 サプライチェー ンのリスク 土地および資源 に対するアクセ スの制限(採取一 時停止、認可また は許可の停止、認 可拒否など) 訴訟(罰金、告訴 など) 割当の減少 価格設定および 補償制度(受益者 負担金など) ブランドまたは イメージの毀損、 ‘業務ライセン ス’に関する問題 顧客の選好の変 化 購入者の要求 資本費用の上昇、 融資要件の厳格 化 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 出典: Evison and Knight (2010)、WRI et al. (2008)より 表 4.1 で概要を示した結果は、石油とガスを含む直接的なフットプリントの大きな部門は、株主価値 の減少を招く重大な生物多様性に関連したリスクに直面する可能性があることを強調している。 公益事業は別の種類の例を提供する。電力部門は、地球的な気候変動と生態系衰退がもたらすさまざ 4-9 ビジネスのための TEEB まなビジネスリスクに直面し得る。アジアの主要な電力会社の発電能力のうち、現在生産中または計画 中の電力の半分を超える 74GW 分は、水が不足しているか、水ストレス下にあると見なされる地域に存在 する。水の過剰使用と、取水または水流の調整を困難にする生態系の衰退は電力会社に水に関連した混 乱をもたらす。そうした混乱が電力負荷損または停電を引き起し、収益の減少と費用の増大につながる 可能性がある(Sauer 他 2010)。 生物多様性および生態系サービスに関連したリスクを企業のリスク管理の枠組みに組み込むことは、 いくつかの独特の課題を生じさせる。 課題の 1 つは、自社のビジネス上の利益を損なう問題が生じる可能性に基づいてリスクを評価し、そ れらの問題を財務の面で詳細に説明することである。この課題が克服されない場合、企業に直接的な財 務的影響を及ぼさない生物多様性と生態系に対する影響などのリスクや、経済的損失および利得に転換 するのが一層困難な他のリスクに関する会計の欠如につながる。これらの広範な社会的リスクの残余価 値を企業会計の枠組みの中で計算することによって、そうしたリスクを企業の意思決定プロセスにより 十分に織り込み、価格と製品の質に関する従来の係数と比較できるようにすることは挑戦である。 第 2 の課題は、投資の計画および管理の際に正味現在価値(NPV)を使用することである。これは後で一 層高い費用を負担するという犠牲の下に、初期費用の最小化が支持されることを意味する。例えば、廉 価だが損害の大きな立地オプションは、一層長期にわたる、より有害な結果をもたらす恐れがあるにも かかわらず支持される場合がある。NPV の算出において、有害な結果の費用は割り引かれて非常に低い 数値になる。 多くの場合、生物多様性と生態系、そして企業に及ぶ影響の規模は不確実である。生物種、生息地お よび生態系の機能の現状と、企業が依存する資源へのそれらの影響力に関する科学的理解が不足してい るためである。この事実を背景に、企業が科学的不確実性を低減するための行動の基礎となる予防原則 が登場した。 リスクを評価する際、企業は直接的および一次的影響に集中する傾向がある。プロジェクト活動から 発生するこの種の影響は、通常プロジェクトの現場に限られており、管理プロセス、軽減措置またはベ スト・プラクティスの適用によって回避または軽減することができる(EBI 2003)。社会認識の高まり、規 制の厳格化、さらに自主基準の厳正化の結果、ますます多くの企業が、直接的影響への配慮にとどまら ず、間接的または二次的影響も含めたリスク管理活動を拡大している。 間接的影響はプロジェクト活動の直接の結果ではないが、さらに広い景観におけるそのプロジェクト の存在(presence)によって引き起される(EBI 2003)。生物多様性および生態系に対する影響が広範な景 観および海景へと連鎖的に伝わる可能性を前提として、景観レベルの評価、ライフサイクル評価プロセ ス、さらにこうしたリスクを緩和するサプライチェーン管理戦略への関心が高まっている。 特定のリスクの潜在的な財務的影響を理解することは、リスクの優先順位付けと管理に含めるべき不 可欠な要素である。とはいえ、こうしたリスクが財務的観点で、定量化されることはほとんどない(Houdet 2008)。それらは実体性が低く、企業の健全性に対する間接的で往々にして定量化できない影響のみを及 4-10 ビジネスのための TEEB ぼすと見なされる場合が多い。しかしながら、時にはそうしたリスクが、ある場所で操業する企業のラ イセンスに非常に直接的な影響を与えることがある。さらに最悪の場合、操業の停止と直接の経済的損 失を招く。だがそのような損失は、生物多様性と生態系を背景とした損失として追跡および記録される ことが稀であるため、従来のリスク管理または費用便益分析のアプローチに含めるのは困難である。 研究者は肯定的な評判、消費者の信頼と信用をブランド価値にますます結び付けるようになっている ものの、生物多様性と生態系の効果的な管理が生み出す価値のパーセンテージを算定することは不可能 である(アースウォッチ 2002、F&C 2004)。むしろ、企業はコンプライアンスを越えた保全への投資を説 明するのに‘正しい事柄を行う’という考えに言及する傾向がある。 生物多様性と生態系に関するリスクは、企業が制御できない外部要因に一部基づいており、予測を困 難にしている。例えば、評判リスクはビジネスが行われる方法に対する外部のステークホルダーの見方 によって引き起こされる。この意味での企業に対する信用と信頼またはその欠如は、主に企業活動の直 接的または間接的影響に関する意識の高まりによって促進される。同様に、規制または法的な枠組みは、 実際の悪影響、または悪影響と見なされる要因に対する社会的圧力に由来する場合が多い。こうしたリ スクを予期することの価値や、時には新しい規制の策定に情報を提供する機会に伴う価値が存在するが、 これらの便益は依然として定量化が困難である。 そのため、こうしたリスクの効果的な管理には、政府と企業の意思決定者の共同責任が必要である。 加えて、生物多様性に対する直接的および間接的影響を包含し、それらの影響を企業の健全性に関連付 ける拡張された枠組みの使用が求められる。ある場合、企業は市場占有率を失う可能性、製品またはサ ービス価格に対する影響、あるいは信用格付けへの影響を予想した上で、緩和に必要な資源を決定する ことができる。多くの場合、こうしたアプローチは、間接的影響を含めると共に、生物多様性と生態系 サービスの価値を内在化させるために拡張される。それらの価値を決定するため、より広範なステーク ホルダー・エンゲージメントが必要となる可能性も高い(セクション 4.4.1 を参照)。 セメントおよび建設企業であるホルシム社は、ホルシム-IUCN 独立専門家委員会と共同で作成した独 特の生物多様性リスクマトリックスを採用した(Box 4.1 を参照)。 4-11 ビジネスのための TEEB Box 4.1 ホルシムおよび IUCN: 生物多様性管理システムの実装 2007 年、ホルシム社は生物多様性のテーマに関して事前対処的に IUCN と協働する戦略的選択を行い、生物多様性と 生態系に関連した機会とリスクの一層の理解を目指すことを決定した。この協力関係は、ホルシム社が企業のアプ ローチを構築し、同社の業務のライフサイクル全体を通して、現場レベルでの生物多様性に関連した活動に優先順 位を定める助けになった。この提携の結果として、業務運営に関連した生物多様性管理システム(BMS)が作成された。 同システムは、新しいプロジェクトにおける生物多様性の管理の改善を可能にすると共に、さまざまな脆弱性を持 つ場所で適切な修正措置を講じる。 BMS に関する重要な最初の段階は、各現場で直面するリスクレベルに適した措置を導入することにより、生物多様性 リスクマトリックスを作成することである(下を参照)。リスクのレベルは、まず生物多様性の点での重要性(生物多 様性に関連した価値の高い地域への近接性)、次に生じ得る直接的影響のレベルによって決定される。同時にこの方 法論は、関係する地域のステークホルダーが生物多様性に付与する価値も考慮に含める。 生物多様性リスクマトリックス(© 2010 Holcim) 潜在的な影響 生物多様性の 重要性 非常に高い 高い 中程度 発生しそうにない 地球 危機的 重大 中程度 発生しそうにない 国家 危機的 重大 中程度 発生しそうにない 地域 重大 中程度 発生しそうにない 発生しそうにない 低い 発生しそうにない 発生しそうにない 発生しそうにない 発生しそうにない このマトリックスは、BMS に関する 3 つの実行段階の一部として使用される。 • • • 段階 1. 潜在的な影響を知る—年次環境調査表で、リスクマップ作成に用いる現場ごとの(自己申告の)生物多 様性情報を収集する。リスクまたは影響が不明な場合には、情報の不足を補う必要がある。 段階 2. 努力のレベルをリスクに適合させる—影響を受けやすい場所に関しては、完全な生物多様性行動計画 を実行し、進捗を監視することを義務付ける。専門家であるパートナーと協働することにより、各現場が、 必要な生物多様性インベントリーを作成し、適切な目標を設定し、行動を決定するための支援を受けること ができる。 段階 3. 結果を監視して目標に向けた進捗を明示する—大多数の現場では、社内スタッフが監視の実施をする ことは可能である。影響を受けやすい現場の場合、外部の専門家による監視で結果の信頼性を高めることが できる。生物多様性に関する行動を、修復計画や環境管理システムなどの既存の業務管理プロセスに組み込 む必要がある。 ホルシム社が 70 カ国以上に保有する 500 カ所以上の採掘現場すべての完全なインベントリーが作成されており、す べての現場はリスクマトリックス上で類別される。優先的に注意を向けるべき現場についての情報が経営陣に提供 された。生物多様性に関する地球的な目標が設定され、その進捗の監視が行われている。その目標は、2013 年まで に影響を受けやすい現場の 80%に対して生物多様性行動計画を策定するというものである。結果と進歩状況がホルシ ム社の持続可能性報告書の中で将来刊行される。 ホルシム社は、必要な生物多様性評価を適切に監視および実行する能力が自社に備わっていないことを認めている。 そのため、同社は引き続き社内の対処能力を高めつつ、外部のパートナーと必要に応じて協力する。加えて、より 洗練された一層実用的なパフォーマンス指標を規定し、生物多様性に対する長期的影響を測定する機会もある。 環境・社会的影響評価、踏査、より詳細な生物多様性評価の成果は、各現場における業務上の環境管理の基礎とし て、さらに採掘現場での修復計画の出発点として活用する必要がある。こうした課題は引き続き地元の事業部の責 任とされる。 出典: Carbone, Tong and Bos (2009)、Holcim – Bos and Tong (2010) 4-12 ビジネスのための TEEB 従来、生物多様性と生態系サービスの価値の多くは、政府の規制(ナチュラ 2000 など)、科学的コンセ ンサス(IUCN の絶滅危惧種「レッドリスト」など)または顧客の選好(認定製品など)によって規定された 非経済的価値に基づいている。この種の価値は、特定の場所で生物多様性を保護する法律、生物多様性 損失を防止する NGO の活動、また認定企画が策定した指針によって実現する。これらのメカニズムの各々 は受容可能なリスクを規定するが、上述の価値は財務的観点で定量化されていないことが多く、ある場 合には、特定の生物種、場所または生態系の価値に関して見解の対立が見られる。 生物多様性と生態系をこうした非経済的価値に照らして従来のリスク管理システムに組み込む作業は、 生物多様性または生態系はビジネスや社会にとって価値があるので管理が必要なリスクが生じるという この問題に固有の前提から始まる。知覚された価値の評価は、通常、生物種の個体数、生態系面積や他 の適切な生物物理学的単位を含む非経済的単位で規定される。この種の評価は不完全な代用品に過ぎな い可能性が高い。生物物理学的単位と企業にとっての経済的価値との正確な関連性は、ほとんどの場合、 直線的で一貫した、あるいは予測可能なものではないためである。 企業のリスク評価と管理プロセスを拡張して生物多様性と生態系を含めることは、一般にリスク登録、 環境影響評価(EIA)および環境管理システムなどの従来のプロセスに従って行われる。こうしたプロセス は、例えば、費用がより低くて対策が最も柔軟なことがありがちな初期の段階のように、プロジェクト のライフサイクルの中でも影響の大きな特定の段階を強調することが多い(図 4.2)。だが農業関連企業 は、運用段階に入った後を含む、プロジェクトのライフサイクル全体を通してリスクを管理するのが一 般的である。一部の企業は、自社の最大のリスクが原材料の調達に関連していることを知り、そうした リスクを軽減する目的も兼ねてサプライチェーン管理システムを開発する。 図 4.2 採掘プロジェクトのライフサイクル 調査と発見 戦略的計画 閉鎖/修復 建設 評価 と 実現可能 運用 性 出典: Carbone, Tong and Bos (2009)、Holcim – Bos and Tong (2010) 企業と地域社会の両方に対する生物多様性に関する影響および便益を短期対長期で評価する正式な評 価プロセスの実行は、比較的新しい発想である。ほとんどの場合、従来のリスク管理ツールは、主に会 社・地域内の影響のみに集中し、広範な景観に作用し得る影響をうまく把握しないため、生物多様性お よび生態系に関連したリスクを十分に包含しない。石油、ガス、鉱業部門におけるいくつかの制度は、 生物多様性を管理システムに組み込む方法についての付加的な指針を策定した(EBI 2003; IPIECA and 4-13 ビジネスのための TEEB OGP 2005; Johnson 2006)。多くの、農業、漁業、水産養殖および林業部門において策定された認定基準 が生物多様性に関連した原則、基準、さらに指標を含む。 生物多様性と生態系に関連した価値が(実効性の弱い法律、社会的認識または科学的知識の欠如などに よって)リスク評価および管理の中で十分対応されていない場合、経済的評価の導入は、価値を確立し、 関連するリスクを特定および管理することの重要性に対する認識を向上させるのに役立つ可能性がある。 企業にとっての主な不足点は、生物多様性と生態系サービスを評価するアプローチの多くが、例えば生 物多様性の調査および評価に関する科学が環境影響評価法や標準に昇華されてきたように、ビジネスニ ーズに合わせて皆十分に標準化または調整されているわけではないことである。 企業における従来のリスク管理アプローチは、最もリスクの高い影響を可能な範囲で回避し、また回 避できない影響を最小化および緩和するために設計された階層構造に従ってリスクを管理する傾向があ る ( ビ ジ ネ ス と 生 物 多 様 性 オ フ セ ッ ト プ ロ グ ラ ム (BBOP) 2009) 。 階 層 的 な 緩 和 措 置 (mitigation hierarchy)は生物多様性と生態系の管理に本質的に適している。なぜならば、企業が潜在的影響に関連 したリスクを管理するための選択肢と、それらのリスクが回避できるか、または悪影響を最小化するた めに作成された緩和計画に含めるべきかを検討することを可能にするためである。企業は次第にこうい ったアプローチに固有の残余影響を管理する方法を検討するようになっている一方、この動向は依然と して初期段階にある(Box 4.2)。 Box 4.2 階層的な緩和措置と生物多様性オフセットの金融部門における適用 国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)およびビジネスと生物多様性オフセットプログラム (BBOP)は、プライスウォーターハウスクーパーズの持続可能性・気候変動チームに以下のテーマを検討 する研究の実施を委託した。 • 金融部門における、生物多様性の階層的な緩和措置と生物多様性オフセットに対する知識および 認識 • 生物多様性問題を理解し対処するための銀行の方針 • 生物多様性に関するリスクおよび機会の管理に対する銀行内での役割と責任 • ツール、資源および訓練 銀行、環境コンサルタント、NGO および銀行の顧客との 26 回におよぶ徹底的な討議に基づく分析は、 以下の点を明らかにした。 • 生物多様性問題は金融に関する決定に影響を与える。 • 銀行にとってのビジネス上の推進要因は、現在のところリスクベースであり、主に評判リスクで ある。 • 生物多様性管理の枠組みの実施は、主に資産レベルに集中しているが、階層的な緩和措置および オフセットの適用は初期段階にある。 • 銀行における方針の枠組みと手順は、生物多様性リスクへの一層広範な戦略的配慮を組み込むよ う展開しつつある。 出典: プライスウォーターハウスクーパーズ(2010) 4-14 ビジネスのための TEEB 例えばリオ・ティント社は、自社の生物多様性戦略の中で、生物多様性に対して正味での正の影響を 与えるという長期的目標を設定した。この目標は、可能な場合には企業の行動が生物多様性の特徴とそ の価値に対して正の影響を確実に与えることを意味する。正の影響が、採鉱や選鉱に伴う物理的攪乱の 必然的な負の影響を相殺することにとどまらず、そうした正の影響が負の影響を上回ると広く認められ ることを目標とする。同社は、影響を削減し、生物多様性オフセットや他の保全対策の形で積極的な保 全措置を講じることによってこの目標の達成を目指す(リオ・ティント 2008) (図 4.3 を参照)。 図 4.3 正味での正の影響と階層的な緩和措置 生物多様性に対する正の影響 正味での正の影響 残余影響 Pl=予想される影響 Av=回避 Mt=緩和 Rs=回復 Ofs=オフセット ACA=付加的な保全活動 生物多様性に対する負の影響 出典: リオ・ティント(2008) 補償または生物多様性保全活動に対する投資のレベルとプロジェクトが及ぼす影響のレベルを、生物 多様性オフセットの概念に基づいて関連付けることへの関心が次第に高まっている。ビジネスと生物多 様性オフセットプログラム(BBOP)は生物多様性オフセットを次のように定義している。 「プロジェクト開発から発生する、適切な保護および緩和措置が講じられた後になお残る生物多様 性への重大な負の影響を相殺する活動がもたらす測定可能な保全の成果。生物多様性オフセットの 目標は、現場の生物多様性に関連して、種の構成、生息域の構造、生態系の機能、人々の利用や文 化的価値にかかわるノー・ネット・ロスまた望ましくは正味の増加を達成することである。 」(BBOP 2009b)。 そのためには影響を回避および緩和する一層の努力と、別の場所での投資がもたらす影響と潜在的利 得の両方を測定することが求められる。生物多様性と生態系に関連したリスクを評価する能力は、デー タ収集の費用と BES に関する不十分な知識によって阻害されてきた。生態系と生物種の回復力の点で受 容可能な影響を定義することや、開発プロジェクトが及ぼす不可逆的な影響を予期および回避すること は困難な場合が多い。生物多様性の社会経済的利用上の価値および生態系サービスに関する経済的評価 法を伴う潜在的損失と利得の測定は重要な役割を果たす。このようにオフセットは、生物多様性と生態 系サービスの経済的評価をプロジェクト開発および管理プロセスに統合する取り組みを促進するのに役 4-15 ビジネスのための TEEB 立つ可能性がある。 これまで階層的な緩和措置は、リスクについて考慮し、適切な対応策を案出するための概念的枠組み として適用されてきた。一部の例では、さまざまな戦略によって管理可能なリスクの相対的比率を判断 するためにも使用された。この方法に欠けているのは、影響を受ける生物多様性の相対的な価値や、回 避および緩和戦略で影響を軽減できる程度を明確にする能力である。生物多様性と生態系サービスの評 価は、この種の分析を容易にし、階層的な緩和措置に大きく貢献する可能性がある。 4-16 ビジネスのための TEEB 4.3 生物多様性および生態系リスクを 管理するためのツール 企業が生物多様性と生態系に関するリスクを特定および管理するのを支援する目的で開発された多種 多様なツールを分類する多くの試みがなされてきた(OECD 2005 および Waage et al. 2008)。ツールがリ スク評価またはプロジェクトのライフサイクルのさまざまな段階を支援する方法に基づく従来の類型法 は、これらのツールに関する実際の採用をすばやく得るのに極めて有用だった。とはいえこうした類型 法は、以下に挙げる 3 つの重要な面であまり役に立たない可能性がある。 • ISO 14001 または「企業のための生態系サービス評価(ESR)」を含む一部のツールは、一層広い戦 略的な視点でリスク評価を行い、プロジェクトのライフサイクルのさまざまな段階で適用するこ とができる。 • プロジェクトのサイクルそのものは、通常、適応管理とフィードバックを含む反復的な過程であ る。 • リスク評価プロセスの特定の段階における単一の‘ツール’の存在は、特定の段階における一連 のビジネスニーズすべてを支援するのに十分ではない可能性がある。 ここに挙げられた類型法では、大まかに分けて 3 つの種類のツールに注目する。標準、枠組み、方法 論ツール、またデータ収集ツールとモデルまたはシナリオベースのツールである。 4.3.1 標準、枠組み、方法論 標準、枠組み、方法論は、ツールの連続体を構成する。標準は「製品または製品に関連したプロセス および生産方法に関する規則、指針または特性」を確立する(ISEAL 2010)。さらに標準は、企業が特定 のレベルのベスト・プラクティスを実現しているかどうかを明確にするために使用できる基準線を設定 する。この設定は、環境管理などの望ましいプロセスの観点や、非常に重要な生息地の回避などの成果 の観点で行われる。 • 複数のステークホルダーによる自主的な取り組みの例には、環境管理のためのシステム標準であ る ISO 14001 (ISO 2004)、PEFC 森林認証プログラム(PEFC)、森林管理協議会(FSC)による持続可 能な森林の認定(www.pefc.org および www.fsc.org)、さらに WBCSD 温室効果ガスプロトコル ((www.ghgprotocol.org)が含まれる。 • 個々の企業の標準の例として、スターバックス社の「コーヒーと農業生産者の公正な取引 (C.A.F.E.)プラクティス」を挙げることができる。この指針は、環境的および社会的に責任ある コーヒー調達を行うための基準と指標を設定するもので、同社のサプライチェーン全体を通して パフォーマンスを検証するために使用される(www.starbucks.com/responsibility/sourcing/ coffee)。 企業の性質と規模に応じて、社内標準は自社よりも大幅なサプライチェーンと部門に対して重大な影 響を及ぼす可能性がある。 4-17 ビジネスのための TEEB • ウォルマート社の持続可能性に対する態度表明は、それまで不透明だった金や宝石などの価値連 鎖に著しい影響を与えてきた(www.loveearthinfo.com)。 • 国際金融公社(IFC)の「生物多様性の保全および持続可能な自然資源管理」に含まれるパフォーマ ンス標準 6 は、高リスクの地域でプロジェクトまたは投資が行われる場合を明確にし、そのリス クを最小化するために踏むべき一連の段階を概説している。この標準は、大手金融機関 67 社によ る赤道原則の採択を通して、プロジェクト融資の分野に多大な影響を及ぼした。赤道原則は、そ れらの金融機関が融資する 1,000 万ドルを超えるプロジェクトに、高所得ではない OECD 諸国向け の 場 合 は IFC パ フ ォ ー マ ン ス 標 準 を 、 そ れ 以 外 の 国 に は そ の 地 元 の 規 制 を 適 用 さ せ る (www.equator-principles.com)。 企業内部の標準は、ほとんどの場合、一貫した尺度で測定されたリスクをきちんと把握していること を企業が自己確認できるように作成される。規制が存在しないか、効果が弱い、あるいは執行されてい ない場合、パフォーマンスが不十分(告発、ライセンス違反など)という正規の証拠だけでは、経営陣や 取締役がリスクを適切に管理しているかどうかを知るのに十分な指針とはならない。監査と報告によっ て支持された企業の標準は、適切に管理していることの保障となる。 これらのシステムすべての主要な構成要素は、供給業者または業務に期待されるパフォーマンスのレ ベルを示す明確な原則と基準、経時的にパフォーマンスを監視するための指標、さらに報告されたデー タが真実であることを保証する(望ましくは第三者による)検証プロセスの確立である。 グッド・プラクティスを認証プログラムに転換する過程には長い時間と費用がかかるため、すべてのイ ニシアティブでの実行はおそらく正当化されない。例えば、多数の企業は生物多様性と生態系に関する ベスト・プラクティスについての独自の社内指針を策定しており、そうした指針を社内の検証プロセス を通して標準または環境管理システムとして運用している。 標準または指針の要件を満たすのに付加的なツールが必要となる事例も存在する。このような場合に は、提案された一連の活動を略述し、企業が特定の標準または目標に対する自社のパフォーマンスを評 価するのを支援するために作成されたチェックリストまたは他の推奨事項を提供するための補足的な方 法や枠組みを作成できる。 • 例えば IFC は、その標準を実際に具体化するのを支援するための明確な解説注記を作成する作業 に着手した。同様に BBOP は、規定の原則に調和したベスト・プラクティスを抽出するための一連 の予備的研究によって、オフセットを設計するアプローチを再評価している。 • 時にはこの補足的な指針が、当初は森林管理協議会(FSC)による認証を支援するために作成された 「高い保護価値(HCV)」の枠組みなどの標準と明確に結び付けられる。この枠組みは、より詳細な 方法論を伴う全国的なツールキットの作成を促進することを目的としており、生物多様性と生態 系を大まかな 6 つの関連する領域に従って定義する。その領域には生態学的、社会的、文化的価 値および生計に関する価値が含まれる。 • 他の場合には、指針が他の標準とは独立的に存在し、生物多様性と生態系サービスに関連したリ スクと価値を理解するという全般的な目的を支援する。世界資源研究所(WRI)、持続可能な開発の ための世界経済人会議(WBCSD)およびメリディアン・インスティテュートによって開発された「企 業のための生態系サービス評価」はその種の事例に当たる。この指針は、企業が生態系サービス 4-18 ビジネスのための TEEB に関連した潜在的リスクを特定および管理する方法についての段階的な指針を提供する。対象と なる生態系サービスには、企業が影響を及ぼすものと共に、事業運営のために依存するものも含 まれる(Box 4.3 を参照)。こうした事例において、この指針は複数の標準または方針を支援するだ けでなく、従来の標準とのより深い統合、あるいは他の方法では満たされなかった不足を満たす ことによって、時間の経過と共に独自の標準に発展していく可能性がある。 4.3.2 データ収集ツール 標準、枠組みおよび方法論の存在は、企業が環境に関連したリスクを特定および管理するのにある程 度役立つ。適切なデータへのアクセスに加えて結果の解釈は、そのために欠かせない要素である。 • ほとんどの場合、企業は、データ収集と分析のための枠組みまたは方法論によって導かれた独自 の研究から(例えば環境影響評価を通して)得た状況に特有のデータに依存してきた。 • 枠組みと標準は、既存のデータ収集プロセスやツールを利用できるよう、ますます明確に作成さ れるようになっている。こうした取り組みは、費用の分担に加えて、広範な科学または NGO の世 界に存在する科学的専門知識および信頼性を利用するために行われる場合が多い。例えば、持続 可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)は、影響を受けやすい生息地についての説明の中で「高 い保護価値(HCV)」の枠組みに言及している。HCV 評価は、可能な場合には各国のツールキットか ら情報を得ており、そのような地域をマッピングするために全国データを利用している。 Box 4.3 企業のための生態系サービス評価 企業のための生態系サービス評価(ESR)は、企業経営者のための構造化された方法論で、生態系に対す る自社の依存および影響から生じるビジネスリスクと機会の管理のための戦略を事前対応的に策定する ために使用する。この方法は、淡水、木材、遺伝資源、受粉、気候調整、さらに自然災害防護などの健 全な生態系に対する影響と依存を特定し、それらを収支決算に結び付ける点で企業を支援する。ESR は、 以下の点で従来の環境管理システムとデューデリジェンスのためのツール(due diligence tool) をさら に積み重ねるものである。 • 汚染や自然資源消費の問題を越えた先を見ている。 • 企業の自然環境に対する影響と依存に対処する。 • ビジネスチャンスとリスクの両方を考慮する。 • 経済的問題と環境問題を結び付ける。 • ステークホルダー・エンゲージメントのための枠組みを提供する。 • より革新的な企業戦略のために環境に関するリスクおよび機会を使用することを可能にする。 ESR は 100 社以上の企業に適用されており、以下の理由で、多数の便益が認められているようになっ た。 1. 企業が生態系とそのサービスに対する自らの依存および影響からもたらされる新しいビジネスチ ャンスを識別し、そうした機会の発展に伴う新しい市場を予期することを可能にする。こうして ESR は、生態系保全に関する政府の政策に影響を与えるのに必要な情報も企業に提供してきた。 2.環境影響評価のプロセスでは通常考慮しない生態系問題に取り組むことにより、環境影響評価に対 4-19 ビジネスのための TEEB する従来のアプローチを強化する。例えば、ヨーロッパ最大の事務用紙メーカーであるモンディ社 の場合、ESR の適用によって、侵入種の駆除と水効率の高い樹木種の選択を通して水効率を改善す るイニシアティブの進展が見られた。 3. ステークホルダー・エンゲージメントのプロセスとステークホルダーとの関係の枠組みを提供す る。農業関連産業に属する大手企業であるシンジェンタ社は、インドで増大する顧客層に一層関与 する機会を特定するためにこのツールを適用し、それらの農業従事者に付加的なサービスを提供す る多くの機会を見出した。 4. 生態系サービスの衰退に事前対処的に取り組むことにより、企業がこの分野におけるリーダーシッ プを発揮することを可能にする。 出典: WRI et al. (2008) こうした取り組みを補強するデータへのアクセスは、従来から困難である。それらの全国データの豊 富性、散在性、さらに多くの場合アクセスが困難であるといった性質が主な理由である。 • 企業のための生物多様性統合アセスメントツール(IBAT)は、こうした課題の解決策の 1 つとして 開発された。同ツールは、危機に瀕する保護された生息域と、保護されていない同様の生息域を 示す、最重要の詳細な全国的データセットへの素早く容易なアクセスを提供するという明確な目 的を持つ。 • グローバル・ウォーター・ツール(GWT)は、あらかじめ読み込まれたデータセットを使用して、グ ローバル・レポーティング・イニシアティブのために必要な水に関連した指標を算出する(Box 4.4 を参照)。 こうした取り組みは、これらのツールが適切で正確な情報を長期にわたって利用者に伝達し続けるこ とを確実にするために保持および更新される基礎データに依存する(EBM ネットワーク 2009)。残念なが ら、その点では多くのツールが‘シンデレラ効果’に悩まされる。現在のデータに接続するツールは注 目される場合が多いが、活動に伴う最初の興奮が過ぎ去った後、データ抽出の基礎となるデータは保持 されるよう予想されるか、そうでなければ消滅にするままにされることになる。IUCN と UNEP-世界自然 保護モニタリングセンター(WCMC)の協働イニシアティブである世界保護地域データベース(World Database of Protected Areas)は、重要なデータ源また全国的な情報源から法的に保護された地域の情 報を集めるための支援プロセスの代表例である。この世界的に重要な全国的データセットの編集物を長 期間確実に維持および更新するため、プロテウス・パートナーシップ(Proteus Partnership)が設立され た。 企業自体が主なデータ収集者および保持者となる。生態系情報共有イニシアティブ(ECOiSHARE)は、企 業が同業者などと共にデータを収集および共有するためのプラットフォームを作る試みの 1 つである。 健全な科学は、データアクセスツールを開発および維持するのに肝要である。これまでこうしたツール は、世界的に重要な生物種、生息地および生態系に基づいて、高い優先順位が付された場所に関する空 間的な情報の共有に主に焦点を合わせてきた。この種の場所を経済的観点で評価する取り組みは依然と して初期段階にあり、複数の場所や生態系の間で比較を可能にするための一貫した評価のアプローチが 明らかに必要となっている。ConsValMap など、最初のオンラインライブラリーやウェブサイトのいくつ かが開始され、既存の事例研究への利用者のアクセスを促進してきたが、評価の規模、目的および使用 された方法のばらつきからすると、地域または景観を越えた価値の比較は困難である。 4-20 ビジネスのための TEEB Box 4.4 グローバル・ウォーター・ツール: 企業が水に関する情報を得た上で決定することを支援する グローバル・ウォーター・ツール(GWT)は、WBCSD の加盟企業である CH2M ヒル社とその他 22 社が、ネ イチャー・コンサーバンシーと GRI からの専門知識を得て開発した。このツールは、企業および組織が 自らの水利用をマッピングし、世界的な事業運営とサプライチェーン全体において企業リスクのレベル を評価するのを支援する。このツールは以下の目的で使用できる。 • 企業の水利用(スタッフの存在に伴う利用、工業利用およびサプライチェーン)を外部の水関連デ ータと比較する。 • グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)の水に関連した主な指標、インベントリー、 リスクとパフォーマンス基準および地理的マッピングを作成する。総取水量(EN8)、水の再生利用 または再利用(EN10)、総排水量(EN21)に関する GRI の指標は、各現場、国、地域、さらに全体に 対して算出される。 • 行動に優先順位を付けるために企業のポートフォリオの中で、相対的な水リスクを確認する。 • グラフと地図を作成する。 • 地表水を含む詳細な地理的情報を提供するグーグルアースで、施設を空間的に観察する。 • 内部および外部のステークホルダーとの間で、企業の水問題についての効果的なコミュニケーシ ョンを可能にする。 • 水の利用と効率性の計算ができるようになる。 このツールの持つ最大の限界は、注意深く選択されているものの、狭い範囲の地域単位で利用可能に なっている、背景となる水関連データセットの質である。そのためこのツールは、より綿密な系統的分 析が必要となる、地域の状況に対する具体的な指針を提供することを目標とはしていない。世界環境管 理発議の水利用の持続可能性計画ツール(Water Sustainability Planner Tool)を含む他のツールは、そ の種の結果を提供することに一層的を絞っているかもしれない。 推定で 300 社が GWT を使用してきた。一部の企業は、より綿密な分析が必要となるホットスポットを 識別する第 1 段階として GWT を使用する。例えば、ダウケミカル社は GWT を使って世界各地の生産用地 157 カ所を計画し、多くの場所における水供給リスクに注意を向けた。ダウ社にとって GWT は自社の効 果的な水管理戦略を推進するパズルの重要なピースの 1 つと見なされており、また同社はこのツールを 主要なステークホルダーをビジネス上の水関連リスクについて教育するためにも使用している。自社の ウォーター・フットプリントの測定に目を向ける他の企業も、どこでそうした取り組みを実施すべきか を見極めるために GWT を用いてきた。ボレアリス社は、2025 年までの社有地の立地に関する見通しを作 成するために GWT を使用した。この見通しは、地域の水専門家の助けを得ながら、将来の持続可能な水 管理活動を計画するのを支援するために準備された。 出典: www.wbcsd.org/web/watertool.htm 4-21 ビジネスのための TEEB 4.3.3 モデリングとシナリオの構築 近年、生じ得る将来のシナリオをモデリングし、相対的なリスクを生態系の評価に力点を置いて評価 することを可能にするツールの開発が試みられてきた。 • こうしたツールはデータ暴露ツール(data exposure tools)の特殊なサブセットと見なされるかも しれないが、より詳細なリスク評価や緩和計画においてますます重要になっていることからする と、従来のデータアクセスツールを起点として構築されるリスク評価プロセスの第 2 段階と見る こともできる。 • ほとんどの場合こうしたツールは、結果の理解と解釈に関しては単に自動化されたプロセスでは なく、人間の専門知識に大きく依存している。 • 例えば生態系サービス・トレードオフ統合評価(InVEST)ツールは、民間部門の利用者を含む広範 なステークホルダーを対象としたシナリオモデリングツールで、自然資本プロジェクトの中でパ ートナーが実施した研究に由来する。このツールは、あらかじめ読み込まれている、またはユー ザー定義のデータセットの組み合わせを使用して、関心のある複数の地域にわたって生態系サー ビスの分布をモデル化する。現在このツールは、よく使われている ESRI 地理情報システム(GIS) ソフトウェアパッケージの拡張ツールとして存在する。 • 同様に、現在開発中の「生態系サービスのための人工知能(ARtificial Intelligence for Ecosystem Services/ARIES)」は、民間部門を含む広範な一連のユーザーを対象とする(Box 4.5 を参照)。 Box 4.5 生態系サービスのための人工知能(ARIES) ARIES(生態系サービスのための人工知能)は、ウェブベースの決定支援ツールで、生態系サービスの評 価と、生じ得る将来のシナリオのモデリングに使用できる。ARIES は、ある地域が何らかのサービスを 提供または利用する程度と、生態系サービスの便益がどのように景観全体にわたって流動し受益者に達 するかを計算する。このツールはさまざまなエントリーポイントを意思決定者と企画立案者に提供する。 その中には、生態系サービスの空間的評価および経済的評価、生態系サービスに対する支払い方式の最 適化、さらに空間的な方針の計画が含まれる。異なる生態系サービスを同時に評価することができ、複 数の“セットになった”サービスを提供する地域と、そうしたサービス間のトレードオフを明確にする ことが可能である。オプションの生物多様性階層(biodiversity layer)は、生物多様性と生態系サービ スの評価を統合し、ユーザーが生物多様性の豊かな地域の価値と、生態系サービスの供給を確実にする 政策選択を評価することを可能にする。 ARIES を使用した具体的な事例研究を、従来のベイジアンモデルのカスタマイズに基づいて展開する ことができる。現在の適用例には、マダガスカルの生物多様性の豊かな地域の生態系サービスに対する 支払い制度の企画、メキシコの雲霧林の生態系における清浄水の便益と受益者の評価、さらに米国ワシ ントン州における洪水緩和などがある。陸上、沿岸および海洋生態系の間における便益の動的フローの モデリングは、ARIES プロジェクトに含まれるもう 1 つの中心的活動である。 ARIES では、生態系サービスの経済的価値は、受益者に供給される任意の便益の生物物理学的フロー の関数である。こうしたフローに関する情報は、利用者の需要を表現した既知の価値と、内部の経済デ ータベースを通して利用可能な確立された文献情報に由来する市場または非市場価値とを仲介するため 4-22 ビジネスのための TEEB に使用される。そのため経済的価値は供給と利用の一次関数となり、一方では供給を決定する生態学的 力学を、また他方では需要を決定する社会経済的要因を正確に反映する。生態系サービスが不足してい るか、危機に瀕している場合、ARIES の使用者は非線形関数を選択することによって、生態学的閾値付 近における経済的価値を正確に扱うことができる。次いで ARIES 搭載の価値転換エンジンは、調査中の 地域における既存の研究からの価値を適用するため、フローと臨界閾値推定値の定量的評価を用いる。 出典: Villa et al. (2009) 4.3.4 生物多様性と生態系のためのツールの改善 生物多様性、生態系および生態系サービスに関連したリスクの特定および管理のために利用できるツ ールが多数存在するが、BES の評価についての表面化しつつある問題は依然として解決していない。そ の理由を以下に挙げる。 1. ほとんどの従来の標準、ガイドラインおよび枠組みは、有用な結果に到達するために、定性的また は定量的なデータの入力に依存している。ところが、これらの高レベルのツールを支援する基礎的 なデータ暴露または解釈ツールが明らかに欠けているため、コンサルタントあるいは専門家による プロジェクト固有の評価に大きく依存することになる。対照的に、生物多様性と生態系サービスの 非経済的価値のためにはやはりプロジェクト固有の詳細な評価が必要だが、適度にスケーリングさ れたデータをプロジェクトのサイクルの初期段階で提供する IBAT などのツールの使用が一層容易 になっており、ある程度の初期リスク評価を行うことができる。さらにこうしたツールを使用して、 情報の不足を補うことや、従来の結果の事実の正確性の確認を目標とした、より焦点を絞った評価 に取り組むことも可能である。すべての情報収集を一度の費用負担で利用できる。課題となるのは、 投資および意思決定に使用する優れた知識および情報のための投資と、間違った決定の費用や回復 または修復の費用とのトレードオフを理解することである(Box 4.6 を参照)。 2. 生物多様性と生態系サービスの経済的価値を評価する科学は、現在までのところ、ビジネスニーズ に対するベスト・プラクティスのアプローチに統合されていない。環境影響評価(EIA)のベスト・プ ラクティスは、ビジネス上の具体的なニーズを満たすため、生物多様性と生態系を調査および研究 する多種多様な科学的アプローチを基にして作成された。こういった由来は、環境評価に関するビ ジネスニーズを満たすことに特化した分野に属する、従来の環境調査員とは異なる専門家の登場を 可能にした。同様の取り組みは経済的評価の領域ではまだ始まっていないが、それは経済的評価の 必要性を明確にするという観点で企業が積極的に発展させるべき領域であり、またそうしたビジネ スニーズを満たすために必要な最小限のツール一式を作成する科学者の領域でもある。 3. ツールに関する論議と開発の大多数は、有意義または戦略的な再評価を受けていない。情報の大部 分は灰色文献に収められているか、他の実践者による批評をほとんど、あるいは全く受けていない NGO または企業の制作物に関連付けられている。結果として、生物多様性に関連したリスク評価の 傾向と必要についての客観的評価は、依然としてほとんど文書化されていないか、不完全なままに とどまっている。とはいえ幸いなことに、ツール開発の分野が成長を続けるにつれて、成功と失敗 の両方に基づく教訓が徐々に明らかになっており、ますます多くの利用者と開発者に益をもたらし つつある。 4-23 ビジネスのための TEEB Box 4.6 水に関する知識への投資と、間違った決定と回復の費用との比較 水資源の管理と環境価値の保護のための管理費用は、水道料金を通して水利用者の負担に回される。 水道料金は、資源の長期的な持続可能性と、水利用者によるアクセスの安全性を守るための正当な費用 として課される。河川の健全性と、地下水に依存する生態系に対するリスクの管理に関して考慮すべき 重要な事柄には、以下の点が含まれる。 • 消費的利用に対する水資源の潜在的経済的価値の実現に失敗するリスク。環境要求事項について の不完全な情報に基づく、資源配分の過剰に慎重な規制による。 • 資源の過剰配分によって、生態系の価値の損失と生態系の機能の障害が発生するリスク。環境要 求事項についての不完全な情報による。 • 生態系の価値を評価する費用と、資源の状況と水利用に関する規制の順守を監視する費用。 • 衰退した水界生態系を修復する費用。一般に保護のための費用よりも高い。 • ある種の環境影響の不可逆性。 • 生態系の回復力の限界についての理解。 • 不足する資源を最も価値の高い利用方法に配分し、水の市場価値を生み出すことで水利用の効率 性を促進する水市場の役割。 • 歴史的に受け継いだ生態系を回復させるプログラムへの投資に関する費用共同負担の原則。利用 者の支払いと受益者の支払いが含まれる。 • 生態系の価値を保護するため、法的に定められた水配分の重要性。 • 環境に関する目的と社会経済的な目的との正しいバランスを実現すること。健全な科学から情報 を得た優れた公共政策による。 • 資源配分計画における地域社会の関与の果たす役割 出典: Sutherland (2009) 4-24 ビジネスのための TEEB 4.4 生物多様性および生態系リスクの スケールダウンのための戦略 ベスト・プラクティスとツールはリスク管理の不可欠な構成要素となっているが、生物多様性と生態系 に関連したリスクのすべてに対処できるわけではない。リスク管理システムは、最高のリスクを生じさ せる問題を特定し、それらのリスクを回避または緩和する計画を作成するよう設計されており、同時に 他の比較的低リスクの問題も監視する。こうしたリスクの効果的な監視のためには、ステークホルダー・ エンゲージメント、提携、また時間の経過と共に大きくなるリスクを回避する適応管理システムなどの 付加的な戦略がおそらく必要である。 4.4.1 ステークホルダー・エンゲージメント 多数の企業は社会に積極的な地域への働き掛けプログラムやステークホルダー・エンゲージメントの プログラムを行っている。こういったプログラムは生物多様性と生態系のためのプログラムとは別個に 管理される場合が多い。とはいえステークホルダー・エンゲージメントは、生物多様性と生態系に関連 したリスクを管理するための重要な要素でもある。このプロセスは、潜在的なリスクの特定、リスクの 緩和のための受け入れられる管理戦略の策定、および経時的な変化の監視に役立つ場合があるためであ る。ステークホルダーには、正の影響であれ負の影響であれ、特定のプロジェクトの結果に影響を与え る能力を持つ者が含まれており、その範囲は地域社会や地域の組織から政府および株主にまでおよぶ (IFC 2007)。ステークホルダーを関与させる取り組みは複雑なプロセスであり、以下の 8 つの構成要素 が含まれる(IFC 2007)。 1. ステークホルダーの特定と分析 2. 情報開示 3. ステークホルダーとの協議 4. 交渉と提携 5. 苦情管理 6. プロジェクト監視へのステークホルダーの参加 7. ステークホルダーへの報告 8. 管理機能 多くの企業はステークホルダー・エンゲージメントの方針や戦略を持っているが、生物多様性と生態 系に関する何らかの配慮をこうした方針に組み込む必要がある。それがリスクの緩和に役立つ可能性が あるためである。ステークホルダー・エンゲージメントの方針に含めることのできる、生物多様性と生 態系に明確に関連した論題を以下に挙げる(EBI 2003)。 • 地域における生物多様性に関する知識および利用。先住民の権利と慣習的な使用権を含む。 • 自然資源による食料、水、生計手段の供給に対する地域社会の依存 • その他の審美的価値および人間の健康に関するリスクの軽減 4-25 ビジネスのための TEEB 早い段階でこうしたプロセスに投資することで、企業は、地域の状況に加えて、地域社会や他のステ ークホルターが生物多様性に置く価値と、生活様式を支えるために生態系に依存する程度を一層理解で きるようになる。さらにプロジェクトの経過全般にわたる広範なステークホルダーの継続的な関与は、 リスクの監視において有用な役割を果たすこともある。 中央および地方政府機関は、ビジネスに有用なサービスを供給する生物多様性と生態系を管理するた め、ビジネスに関与する別の重要なステークホルダーとなる。プロジェクトのライフサイクルを通して 関連する政府機関に関与することによって、懸案となっている規制の変更と、それらの規制がどのよう に企業に影響を及ぼし得るかを特定することができる。さらに、新しい規制を確立するために計画され たプロセスに、意見や情報を提供する機会を得ることもできる。 表 4.2 企業-NGO との提携の利点 企業にとって NGO にとって 企業の評判の向上 組織の使命に新しい方法で貢献 土地と業務ライセンスに対するアクセスの増加 新しい立地とネットワークに対するアクセスの増 加 リスク緩和に役立つ より広範な活動に対する一体的なアプローチでの 参加につながる 専門家のノウハウに対するアクセスの提供 プロジェクトに対する資金援助の確保 地域社会と協働する能力と地域の情報に対するア 研究、訓練および教育のための能力の向上 クセスの向上 企業価値とスタッフの能力の形成 個々のスタッフと組織の能力の形成 主なステークホルダーとの信頼関係と他の NGO に 他の企業との信頼関係とそれらの企業に対する影 対する影響力の強化 響力の強化 外部のステークホルダーに関与する新しい機会の 優先すべき課題に対する革新的なアプローチの構 提示 築 出典: Hurrell and Tennyson (2006)より改編 4.4.2 提携 ステークホルダー・エンゲージメント戦略は、二者または多数のステークホルダーとの協力過程を通 して、より正式な協力関係と提携の確立につながる可能性がある。これらの戦略は、企業にとって生物 多様性と生態系に関連したリスクの管理の面で効果的であり、同時に他の便益ももたらす場合が多いこ とが実証されてきた(表 4.2 を参照)。極めて建設的なエンゲージメントを確立するためには、取り組む べき特定の課題または目的を理解すること、必要な専門知識の種類を明確にすること、さらに作業を開 始し、望ましいレベルの信頼性を実現するのに必要な統治メカニズムが求められる(Box 4.7 を参照)。 環境保護組織と企業の多くの提携関係が、生物多様性と生態系に対する影響の管理を改善する取り組 みの中で登場してきた。 • 大規模な環境保護 NGO は、多数のステークホルダーによる、グッド・プラクティスの標準を策定す 4-26 ビジネスのための TEEB るイニシアティブの先頭に立つことが次第に多くなっている。農業部門において、世界自然保護 基金(WWF)は、企業や NGO のパートナーに加わり、持続可能なパーム油や責任ある大豆生産のため の円卓会議を開催し、農産物生産のためのベスト・プラクティスの標準を策定してきた。 • いくつかの企業は、生物多様性保全条約の下で、継続的なビジネスの関与を促進する共同の取り 組みに一層全般的なレベルで参加してきた(Box 4.8)。 • ビジネスと環境保全に多数のステークホルダーが関与する利点の分析は困難である。その理由は、 基準線の確立に対する投資と、経時的な市場の成長だけではなく、結果として得られる保全上の 便益、社会的便益およびビジネス上の便益を理解するための長期にわたる監視の枠組みの開発に 対する投資が欠けていることである。 一部の例では、生物多様性と生態系に関する検討作業の統合が特定の部門において一般的になってい るのに応じて、企業団体がこうした取り組みを調整してきた。 • 石油、ガスおよび鉱業部門では、エネルギーおよび生物多様性イニシアティブ(Energy and Biodiversity Initiative)、国際石油産業環境保全連盟(IPIECA)および国際金属・鉱業評議会 (ICMM)が作業グループを召集し、会員企業のため、こうした問題に関するベスト・プラクティスの 指針を策定した。 Box 4.7 建築資材部門における提携 ホルシム社と IUCN の 4 年間(2007-2010)の提携は、セメントや他の関連した部門における部門全体の 改善に貢献できる、企業のための強固な生態系保全基準を作成することを目的としている。この提携関 係は、3 つの戦略的目標を中心に構築されている。 • 企業のより包括的な生物多様性方針および戦略の策定 • 持続可能な生計と生物多様性保全に関する、共通の関心を扱う合同イニシアティブの支援 • 広範な産業および地域社会と学習を共にすることによるグッド・プラクティスの促進 この作業の実行を支援するため、IUCN は、異なってはいるが関連した分野に属する 5 人の専門家によ って構成された独立委員会を設立した。この委員会は、ホルシム・グループの生物多様性方針に情報を 提供するため、またホルシム社の使用する既存の管理ツールを見直し、さらにそれらのツールを生物多 様性管理システムに統合することによって一層効果的に生物多様性を保全できるよう強化し、最初の範 囲設定から閉鎖まで、採石場のライフサイクルの全段階に対応させる方法に関して助言するために計画 された。 この委員会のメンバーは、スペイン、インドネシア、ベルギー、ハンガリー、米国、英国および中国 に存在する、開発のさまざまな段階にある(未開発の状態から閉鎖まで)多数の採石現場を訪問した。こ うした訪問によって、委員会のメンバーは、ホルシム社がさまざまな経済的および文化的背景の中での 日常業務において直面する現実に関する勧告を微調整することができた。 この委員会の独立性は、IUCN-ホルシムの協力関係における極めて戦略的な側面の 1 つである。独立性 を維持するため、この専門家委員会は専ら諮問機関として行動し、判定や評価を提示しないこと、また 4-27 ビジネスのための TEEB IUCN のみに対して説明責任を負うことを合意した。専門家委員会が作成したすべての最終制作物は、将 来 IUCN によって公開される。 全世界レベルで実施される作業の実行、また生物多様性に関連した事案をホルシム社内での決意を強 化するのに、多数の地域的合意が両組織の間で確立されている(スリランカ、ベトナム、コスタリカ/ニ カラグアおよびスペインにおいて)。 出典: Carbone and Bos (2009) • こうした自主的なイニシアティブには、指針の採用についての報告を可能にする認証または検証 といった要素が含まれていない。 ステークホルダーとの正式な提携の他の例には、企業と 1 つ以上の NGO との双務的な協定が含まれて いる。この協定は、生物多様性と生態系に関する検討作業を統合すること、あるいは特定の場所または 一連のプロジェクトに関連したこの種の問題を一層理解するための方針と管理基準の策定を目的とする。 リオ・ティント社(Hurrell and Tennyson 2006)と BAT 社(Box 4.9 を参照)は、こうしたモデルの可能性 を探ってきた。一部の双務的な提携にはスタッフの配置換えが含まれており、シェル社と IUCN などの事 例では多年に及んでいる。 同時に多数の企業は、開発用地周辺の地域社会との提携関係も育むよう努めている。こうした提携は、 ステークホルダー・エンゲージメントのプロセスから発展させることが可能であり、さらに関係を促進す るためには NGO との提携を含めることがある。この種のエンゲージメントには、ステークホルダーへの 働きかけやエンゲージメント継続のためのかなりの投資が往々にして必要だが、特定の地域で業務を行 うためのライセンスを取得および維持するのに非常に役立つ場合がある。この協定を環境サービスに対 する支払いの形にすることもできる。その種の協定は、企業が依存する生態系サービスの継続的な供給 を確実にするよう計画されており、加えて金銭的な便益または生計に関する便益も地域社会に供給する。 Box 4.8 CBD の下でのビジネス・エンゲージメント・イニシアティブ 生物多様性保全条約(CBD)は、特に決議 VIII/17 および IX/26 の中で、ビジネス・エンゲージメントの 重要性を認めた。第9回締約国会議(COP9)において、ドイツはこのプロセスを促進するためのビジネス と生物多様性イニシアティブを発表した。これまで 40 以上の企業がリーダーシップ宣言を順守してき た。この前向きな推進力は、2009 年 11 月、ビジネスと生物多様性に関するジャカルタ憲章が採択され た際にも見られた。 COP10 に向けてビジネス・エンゲージメントをスケールアップおよび拡大するため、日本経団連自然 保護協議会、日本商工会議所および経済同友会を含む日本の実業界は、IUCN や農林水産省、経済産業省、 環境省といった各種の政府機関と協力して、2010 年 5 月、生物多様性民間参画パートナーシップと呼ば れるマルチステークホルダー・イニシアティブを発表した。日本経団連を通して、300 社以上の一流企 業がこのパートナーシップへの参加に対する関心を表明した。同イニシアティブへの参加には、生物多 様性宣言の承認と、NGO、研究機関および政府機関との経験の共有と協力による CBD の目標を達成するた めの推進活動への取り組みが含まれる。COP10 で正式に開始されるこのイニシアティブは、すべての部 門、あらゆる規模の企業を対象とすることを目的としている。 出典: Furuta (2010) 4-28 ビジネスのための TEEB Box 4.9 生物多様性をビジネス管理および運営に組み込む-BAT 生物多様性パートナー シップ 農業の視点から見ると、たばこは他の作物と環境影響の点で類似しているが、ほとんどの農家はたば この保存処理に薪を使用するため、たばこ産業は森林破壊を加速させるとの批判を受けている。BAT 社 は、たばこの保存処理に薪を使用している地域での植樹を推進している。それでも、少量の木が依然と して自然林から採取されている。BAT 社はこの慣行の測定、最小化および停止を目指している。成長の 早い植林地は解決策の 1 つだが、自然林などの生態系サービスを支えることができない。BAT 生物多様 性パートナーシップは、こうした問題に応じて設立され、現在はファウナ・アンド・フローラ・インター ナショナル、熱帯生物学協会(Tropical Biology Association)、アースウォッチ研究所が参加している。 2006 年、BAT 社は生物多様性報告書(Biodiversity Statement)を公開し、その中で生物多様性に対す る同社の影響と依存を認めた。さらに影響の評価、ステークホルダーとの協働、行動計画の作成、供給 業者との情報の共有といった行動の必要性を認識していることも示した。生物多様性の間接的保全方法 3 種類が、BAT 社の 2008 年持続可能性報告書で採用され、2009 年にも再び採用された。 • 自然林に対する依存を減らす: 2015 年までに自然林から採取する乾燥用木材を 3%以下に削減す る。 • 生物多様性管理を BAT の活動に一層組み込む: 責任を負うたばこ葉管理者、栽培者およびスタッ フを、事業運営に関連した生物多様性の管理の点で訓練する。 • 生物多様性に関するリスクの高い地域で、リスク評価と行動計画によって影響を管理する: 2010 年までに生物多様性に関するリスクの高い地域を特定する。優先すべき地域を適切な行動で管理 する。 「地球生物多様性リスクマッピング(Global Biodiversity Risk Mapping)」に加えて、 「生物多様性リ スクおよび機会評価(Biodiversity Risk & Opportunity Assessment)」と「修正措置計画(Corrective Action Planning)」(BROA/CAP)といったツールが開発された。2010 年までに、農業関連事業にかかわる BAT 傘下の全企業が評価を完了し、修正措置計画を開発する予定である。 • 地球生物多様性リスクマッピングは、高リスクの地域に注意を集中する。国のレベルでは、生物 多様性の豊富性と脅威、生息地喪失の割合、社会経済的発展、事業の規模と歴史および予測され る変更、さらに木材と森林に対する依存といった指標を使用する。その後、事業運用地図を生物 多様性と植生の点で重要な場所の地図に重ねあわせて、近接性と重複を確認する。 • BROA のプロセスは、机上活動(desk exercises)、ステークホルダーとの協議、さらにマッピング で構成されており、業務が生物多様性に影響を及ぼす可能性を判断し、問題に優先順位を付けて より詳細に評価する。実地調査と追加協議によって問題と機会に対する理解が洗練された後、修 正措置計画が実施される。BROA は、日常の業務ではなく、より長い時間枠と一層広範な景観にお ける状況に目を向け、背後にある傾向を認識するよう参加者を促す。外部のステークホルダーと の協力は BROA の核心である。地元が調査結果の‘所有権’を持つこととステークホルダーに対す る透明性は、修正措置の推進力となる。BAT 傘下の企業は、現在、BROA によって特定されたリス 4-29 ビジネスのための TEEB クに対処する行動計画を実行中である。それらのリスクには、集水域での森林破壊に起因する灌 漑用水の流量減少や、持続不可能な供給源からの薪がサプライチェーンに組み込まれるリスクの 増加などが含まれる。 企業の責任として開始された活動が、BAT にとって‘平常どおりの業務’の一部になりつつあり、以 下の利点を通してビジネスの持続可能性に貢献している。 • 環境安全保障と農業および森林のサプライチェーンの持続可能性 • 業務ライセンスの確保と、一層厳格な規制への対応 • 評判の維持と、部門におけるより高い基準の設定 • ステークホルダーと株主との信頼関係の構築 • 従業員との信頼関係の構築と、人材供給ルートの強化 • 働き方の改善 • 地域との協力的な提携 出典: Gilleard (2010) • ヴィッテル社は、河川流域の農業従事者にお金を支払ってより持続可能な土地利用慣行を採用す るよう促し、水源周辺の生態系を回復させることによって、水質汚染の問題に対処している (Perrot-maître 2006)。 • エネルギア・グローバル社(Energîa Global)は、ある森林保護基金を支援してきた。その基金は、 同社のダムの上流の土地所有者にお金を支払い、樹木被覆を保全または回復させて沈泥を減少さ せる(Porras and Neves 2006)。 現場レベルの規制では、生態系サービスに関連したリスクおよび機会のすべてに成功裏に対処するこ とはできない。政府機関は、規制の制定への企業の参加、報告の増加、改善の継続のための訴求力のあ るインセンティブを提供する、自主的なイニシアティブの確立を支援することができる。 4.4.3 適応管理 企業が環境管理システムを採用し、生物多様性と生態系に関するパフォーマンスを監視することが次 第に多くなるにつれ、プロジェクトの開始時点では情報が往々にして不足していることから、適応管理 のアプローチがますます重要になっている。 • 適応管理とは、監視と評価を 1 つの管理の枠組みに統合する方法であり、経験からの学習を評価 し、その学習を改善された管理手法に組み込む取り組みを促進する。 • 継続的な改善に努め、プロジェクトまたは管理システムを時間と共に確実に改善するよう設計さ れた管理システムを確立する。 • そのフレームワークは 5 つの段階で構成されており、プロジェクトを概念化する段階から始まっ て、活動を計画および実行し、さらに計画を監視する段階に進み、次いでその情報を分析して必 要に応じて適応し、その後結果を広く共有する(図 4.4 を参照)。 4-30 ビジネスのための TEEB 図 4.4 適応管理の枠組み 1. 概念化 ・最初のチームの決定 ・対象範囲、構想、目標の設定 ・重大な脅威の特定 ・状況分析の完了 5. 学習の捕捉と共有 2. 活動と監視の計画 ・文書学習 ・学習の共有 ・学習環境の創出 ・目標、戦略、前提および目的の 設定 ・監視計画の作成 ・運用計画の作成 コンサベーション メジャーズ パートナーシップ オープン・スタンダード 4. 分析、利用、適応 2. 活動と監視の実行 ・分析用データの準備 ・結果の分析 ・戦略的計画の適応 ・作業計画とスケジュールの作成 ・予算の作成と改善 ・計画の実行 出典: コンサベーション・メジャーズ・パートナーシップ (The Conservation Measures Partnership) (2007) • ISO 14001 のサイクルが従う計画、実施、検討および対処のプロセスを忠実に反映する。重要な段 階である検討がサイクルの期間を通して定期的に進行し、コースの修正を可能にすることは、適 応管理プロセスの主要な構成要素である。 適応管理のアプローチの中で、監視および評価はプロセス内の各段階に組み込まれており、時には現 場管理計画や企業戦略で初めて含められる最終段階として取っておかれるということはない。CBD は、 企業が影響に脆弱な地域での観光開発の管理に適応管理戦略を採用する必要性を認めている。そのよう な地域の生態系と生物多様性に関する現在の知識には、不確実性が付きまとうためである(SCBD 2004)。 こうした助言は、観光業部門を越えて、生物多様性と生態系に影響を及ぼす可能性のある産業すべてに 対象を拡大することができる。そうすることは、企業が気候変動について考慮し、予測されるシナリオ に関連した不確実性のために、管理用の適応戦略を作成する際に特に重要である(MacIver and Wheaton 2003)。 企業の投資は長期にわたって管理されるため、プロジェクトのライフサイクルを通して大幅な変動が 生じる可能性がある。プロジェクトが生態系に及ぼす直接的な影響に加えて、緩和計画で追加の監視と 検討を続けるだけの価値がある景観または海景の中に、付加的な圧力が存在するかもしれない。適応管 理システムは、企業内にそのような発見や論議をもたらすことのできる枠組みを提供する。とはいえ、 中には、問題に取り組むことは他のステークホルダーとの協力が必要になる場合がある。特定の生態系 の脆弱な部分に外部からの圧力が加えられている場合には特に必要である。プロジェクトの境界線を越 えて監視を行う適応管理のアプローチは、こうしたリスクを早い段階で特定して低コストの管理的介入 へと導き、リスクが現実のものとなるのを防ぐ。 4-31 ビジネスのための TEEB 4.5 結論と勧告 生物多様性と生態系サービスの衰退は、ビジネスにとって管理を必要とする重大なリスクとなってい る。そしてますます多くのツール、イニシアティブ、ベスト・プラクティス、標準および枠組みが利用可 能になっており、管理のプロセスにおいて企業を支援する。 ほとんどの場合、生物多様性評価および管理のための介入には、潜在的リスクの初期評価、リスクに 優先順位を付けること、管理計画の作成と実行、さらにプロトコルの監視を、適応管理の枠組みの中で 行うことが含まれる。ステークホルダー・エンゲージメントはこれらの各段階で非常に重要であり、ある 場合には問題をより良く管理するために正式な提携関係が確立される。別の重要な要素は、初期のプロ ジェクト計画プロセスの間における、優先すべき生物種、場所および景観に関するデータの入手の可能 性とデータへのアクセスである。 要約すると、企業は以下の大まかな戦略から 1 つ以上を採用して、生物多様性、生態系および生態系 サービスに関連したリスクを管理およびスケールダウンすることができる。 1. 回避 - “立ち入り禁止”方針が含まれており、企業は生物多様性と生態系の価値が高い特定の 地域での事業を断念する(世界遺産地、IUCN の保護地域カテゴリー I-IV など)。 2. 優れた管理慣行-生物多様性行動計画の作成、監視、リスク登録簿の保持、階層的な緩和措置の 適用(回避、最小化、回復およびオフセットから成る)、持続可能な方法での調達や環境に配慮し たサプライチェーンの整備、さらに明確な緊急対応計画の準備が含まれる。 3. 投資 - 環境効率の高い技術の購入と、自然資源を維持するのに十分な資金配分が含まれる。 4. 保証 - 認証企画の承認、第三者による検証の利用、さらに社内品質管理システムの開発が含ま れる。 5. ステークホルダー・エンゲージメント - 研究組織、NGO、業界団体および政府との提携関係の構 築に加えて、地域社会への関与と透明性の促進が含まれる。 勧告 • 企業はリスク評価および管理慣行を拡大して、生物多様性と生態系の重要性を反映させるべきで ある。 • 企業は、既存の標準、枠組みおよび方法論、データ収集に基づくツール、さらにモデリングツー ルとシナリオ構築ツールを理解および実行する社内の能力を強化すべきである。 • 生物多様性と生態系サービスの評価を使用して、リスク管理に関する決定を改善すべきである。 • 企業はさまざまなステークホルダーとのエンゲージメントと提携を積極的に求めるべきである。 4-32 ビジネスのための TEEB 巻末注 1 これらの規定には、オーストラリア証券取引所(ASX)コーポレー ト・ガバナンス原則および勧告、コーポレート・ガバナンスに関す る統合規範、南アフリカのためのキング委員会ガバナンス規範 (King Code of Governance for South Africa)、サーベンス・オク スリー法、さらに国際規格案 ISO 26000 (社会的責任に関する指針) の各々が含まれる。 2 例えば「グレーのピンストライプスーツを越えて(Beyond Grey Pinstripes)」からも明らかである。同資料は、社会および環境問 題をカリキュラムと研究に組み込んでいるかどうかに注目したビ ジネススクールの調査およびランキングであり、 アスペン研究所ビ ジネス教育センター(Aspen Institute Center for Business Education) に よ り 2 年 ご と に 刊 行 さ れ て い る ((http://www.beyondgreypinstripes.org)。教材の面では、ハーバ ード・ビジネススクールは CBD とビジネス・エンゲージメントに関 する事例を刊行した(Bell and Shelman 2006)。HEC モントリオー ルも、金融機関であるフランス預金供託公庫(Caisse des Dépôts et de Consignation) の 2008 年 2 月に設立された子会社 CDC Biodiversité の事例研究を完成させつつある(Wilain de Leymarie 2009)。 4-33 ビジネスのための TEEB 参 考 文 献 Austin, D. and Sauer A., (2002) Changing Oil: Emerging environmental risks and shareholder value in the oil and gas industry. World Resources Institute, Washington, D.C. http://www.wri.org/publication/changing-oil Bell, D. E. and Shelman M., (2006). “The Convention on Biological Diversity: Engaging the Private Sector”. Case N9-507-020. Harvard Business School, Boston. Busenhart, J. Bresch, D. Wilke, B and Schelske, O., (2010). Case material prepared for TEEB. Swiss Re, Zurich. Business and Biodiversity Offsets Programme (BBOP) (2009). Biodiversity Offset Design Handbook. BBOP, Washington, D.C. http://bbop.forest-trends.org/guidelines/odh.pdf Business and Biodiversity Offsets Programme (BBOP) (2009b). Business, Biodiversity Offsets and BBOP: an overview. BBOP, Washington, D.C www.forest-trends.org/biodiversityoffsetprogram/guidelines/ overview.pdf Carbone, G. and Bos, G., (2009). Case material prepared for TEEB. IUCN and Holcim. Carbone, G. Tong, R. and Bos, G., (2009). Case material prepared for TEEB. IUCN and Holcim. Conservation International (2010). Graph, as presented in the Integrated Biodiversity Assessment Tool for Business. URL: www.ibatforbusiness.org. The Conservation Measures Partnership (CMP) (2007). Open Standards for the Practice of Conservation (Version 2.0). URL: http://conservationmeasures.org/CMP/Site_Docs/CMP_Open_Stan dards_Version_2.0.pdf. Earthwatch (2002). Business and Biodiversity: A Guide to UK-based companies operating intenrationally. Earthwatch, Oxford. URL:http://www.businessandbiodiversity.org/pdf/BandBOseas.p df. The Energy and Biodiversity Initiative (EBI) (2003). Integrating Biodiversity Conservation into Oil and Gas Development. Conservation International, Washington, D.C. URL: http://www.theebi.org/pdfs/ebi_report.pdf Ecosystem-Based Management (EBM) Network (2009). “Using Ecosystem-Based Management Tools Effectively”. EBM Network. URL: http://www.ebmtools.org/sites/natureserve/files/Using%20EBM %20Tools%20Effectively_0.pdf Evison, W. and Knight, C., (2010). Biodiversity and business risk: A Global Risks Network briefing. World Economic Forum (WEF), Geneva. http://www.weforum.org/pdf/globalrisk/Biodiversityandbusine ssrisk.pdf F&C Asset Management (2004). Is biodiversity a material risk for companies? An assessment of the exposure of FTSE sectors to biodiversity risk. F&C Asset Management, London. URL: http://www.businessandbiodiversity.org/pdf/FC%20Biodiversity%20Report%20FINAL.pdf. Furuta, N., (2010). Case material for TEEB. IUCN, Tokyo. Gilleard, M., (2010). Case material prepared for TEEB. Earthwatch, Oxford. Holcim – Tong, R., and Bos, G., (2010). “Making biodiversity part of Business”, Holcim. Houdet, J., (2008). Integrating biodiversity into business strategies: The Biodiversity Accountability Framework. Fondation pour la Recherche sur la Biodiversité (FRB) and Orée, Paris. URL: http://www.fondationbiodiversite.fr/images/stories/telechar gement/Guide-oree-frb-en.pdf Hurrell, S and Tennyson, R (2006). “Rio Tinto: Tackling the Cross-sector Partnership Challenge”. International Business Leaders Forum, London. URL: http://www.thepartneringinitiative.org/docs/tpi/RioTinto.pd f International Finance Corporation (IFC) (2007). Stakeholder Engagement: A Good Practice Handbook for Companies Doing Business in Emerging Markets. IFC, Washington, DC. URL: http://www.ifc.org/ifcext/enviro.nsf/AttachmentsByTitle/p_S takeholderEngagement_Full/$FILE/IFC_StakeholderEngagement.p df International Petroleum Industry Environmental Conservation Association (IPIECA) and International Association of Oil and Gas Producers (OGP) (2005). A Guide to Developing Biodiversity Action Plans for the Oil and Gas Sector. IPIECA/OGP, London. URL: http://www.ipieca.org/activities/biodiversity/downloads/pub lications/baps.pdf International Organization for Standardization (ISO) (2004). Environmental management systems -- Requirements with guidance for use (2nd edition). ISO, Geneva. URL: http://www.iso.org/iso/catalogue_detail?csnumber=31807 ISEAL Alliance (2010). Code of Good Practice for Setting Social and Environmental Standards (P005 – Version 5.01 – April, 2010). ISEAL Alliance, London. URL: http://www.isealalliance.org/resources/p005-iseal-code-good -practice-setting-social-and-environmental-standards-v50 Johnson, S., (2006). Good Practice Guidance for Mining and Biodiversity. International Council on Mining and Metals (ICMM), London. URL: http://www.icmm.com/page/1182/good-practice-guidance-for-mi ning-and-biodiversity Jones, M. E., and Sutherland, G., (1999). “Implementing Turnbull: A Boardroom Briefing.” Institute of Chartered Accountants in England and Wales. URL: http://www.icaew.com/index.cfm/route/120612/icaew_ga/pdf MacIver, D. C. and Wheaton E., (2003). “Forest Biodiversity: Adapting to a Changing Climate.” Paper submitted to the XII World Forestry Congress 2003, Québec City, Canada. URL: http://www.fao.org/DOCREP/ARTICLE/WFC/XII/0508-B3.HTM. Organisation for Economic Co-operation and Development (OECD) (2005). Environment and the OECD Guidelines for Multinational Enterprises: Corporate Tools and Approaches. OECD, Paris. URL: http://www.oecd.org/document/36/0,3343,en_2649_34287_349929 96_1_1_1_1,00.html Perrot-Maître, D., (2006). The Vittel Payments for Ecosystem Services: A “Perfect” PES Case? International Institute for Environment and Development, London. URL: http://www.iied.org/pubs/pdfs/G00388.pdf Porras, I. and Neves, N., (2006). “Costa Rica - Energía Global: Energía Global payments, Central Plateau - watershed protection contracts”. International Institute for Environment and Development (IIED), London. URL: 4-34 ビジネスのための TEEB http://www.watershedmarkets.org/documents/Costa_Rica_Energi a_Global.pdf PricewaterhouseCoopers LLP (2010). Biodiversity offsets and the mitigation hierarchy: a review of current application in the banking sector. (Study completed on behalf of the Business and Biodiversity Offsets Programme and the UNEP Finance Initiative) URL: http://www.unepfi.org/fileadmin/documents/biodiversity_offs ets.pdf Rio Tinto (2008). Rio Tinto and biodiversity: Achieving results on the ground. URL: http://www.riotinto.com/documents/ReportsPublications/RTBid oversitystrategyfinal.pdf Sauer, A. Klop, P. and Agrawal, S., (2010). Over heating: Financial Risks from Water Constraints on Power Generation in Asia. World Resources Institute (WRI): Washington D.C URL: http://www.wri.org/publication/over-heating-asia Secretariat of the Convention on Biological Diversity (SCBD) (2004). Guidelines on Biodiversity and Tourism Development: International guidelines for activities related to sustainable tourism development in vulnerable terrestrial, marine and coastal ecosystems and habitats of major importance for biological diversity and protected areas, including fragile riparian and mountain ecosystems. SCBD, Montreal. URL: http://cdn.www.cbd.int/doc/publications/tou-gdl-en.pdf Sutherland, P., (2009). Case material prepared for TEEB. Swiss Re (2004). Understanding reinsurance: How reinsurance create value and manage risk. Swiss Re, Zurich. URL: http://media.swissre.com/documents/understanding_reinsuranc e_en.pdf Villa, F. Ceroni, M. Bagstad, K. Johnson, G. and Krivov, S., (2009). “ARIES (ARtificial Intelligence for Ecosystem Services): A new tool for ecosystem services assessment, planning, and valuation”. In: Proceedings of the 11th Annual BIOECON Conference on Economic Instruments to Enhance the Conservation and Sustainable Use of Biodiversity (2009) Waage, S. Stewart, E and Armstrong, K. (2008). Measuring Corporate Impact on Ecosystems: A Comprehensive Review of New Tools: Synthesis Report. Business for Social Responsibility (BSR). URL: http://www.bsr.org/reports/BSR_EMI_Tools_Application.pdf Wilain de Leymarie, S., (2009) (draft). “CDC (Caisse des Dépôts et de Consignation) Biodiversité” sous la direction du Prof. Emmanuel Raufflet et de Nicolas Bertrand. HEC-Montréal. WRI, WBCSD and Meridian Institute (2008) The Corporate Ecosystem Services Review: Guidelines for Identifying Business Risks and Opportunities Arising from Ecosystem Change, World Resources Institute, Washington DC. URL: http://pdf.wri.org/corporate_ecosystem_services_review.pdf www.equator-principles.com www.fsc.org www.ghgprotocol.org www.loveearthinfo.com www.pefc.org www.starbucks.com/responsibility/sourcing/coffee 4-35 ビジネスのための TEEB 第 5 章増加する生物多様性のビジネスチャンス 「ビジネスのための TEEB」コーディネーター: Joshua Bishop (国際自然保護連合(IUCN)) 編集者: Nicolas Bertrand (UNEP) and Francis Vorhies (Earthmind) 寄稿者: Robert Barrington (Transparency International UK), Joshua Bishop (IUCN), Ilana Cohen (Earthmind), William Evison (PricewaterhouseCoopers), Lorena Jaramillo (UNCTAD), Chris Knight (PricewaterhouseCoopers), Brooks Shaffer (Earthmind), Franziska Staubli (SIPPO), Jim Stephenson (PricewaterhouseCoopers), and Christopher Webb (PricewaterhouseCoopers) 謝辞: Stuart Anstee (Rio Tinto), Andrea Athanas (IUCN), Bruce Aylward (Ecosystem Economics), Ricardo Bayon (EKO Asset Management Partners), Maria Ana Borges (IUCN), Roberto Bossi (ENI) David Brand (New Forests), Jim Cannon (Sustainable Fisheries Partnership), Nathaniel Carroll (Ecosystem Marketplace), Catherine Cassagne (IFC and Sustainability Advisory Services), Sagarika Chatterjee (F&C Investments), Ian Dickie (Eftec), Steinar Eldoy (StatoilHydro), Eduardo Escobedo (UNCTAD), Jan Fehse (EcoSecurities), Sean Gilbert (Global Reporting Initiative), Marcus Gilleard (Earthwatch Institute Europe), Annelisa Grigg (Global Balance), Frank Hicks (Biological Capital), Ard Hordijk (Nyenrode Business University), Joël Houdet (Orée), Mikkel Kallesoe (WBCSD), Sachin Kapila (Shell), Becca Madsen (Ecosystem Marketplace), Nadine McCormick (IUCN), Andrew Mitchell (Global Canopy Programme), ennifer Morris (Conservation International), Carsten Neβöver (UFZ), Bart Nollen (Nollen Group), Ashim Paun (Cambridge University), Paola Pedroni (ENI), Danièle Perrot-Maître (UNEP), Wendy Proctor (CSIRO), Mohammad Rafiq (Rainforest Alliance), Conrad Savy (Conservation International), Paul Sheldon (Natural Capitalism Solutions), Daniel Skambracks (KfW Bankengruppe), Dale Squires (U.C. San Diego), Alexandra Vakrou (European Commission), and Jon Williams (PricewaterhouseCoopers) 免責事項: 本報告書で表明された見解は、純粋に著者自身のものであり、いかなる状況においても関係 する組織の公式な立場を提示したものと見なすことはできない。 ビジネスのための TEEB 報告書最終版は、アーススキャン社から出版される予定である。最終報告書に含 めることを検討すべきと考えられる追加情報または意見については、2010 年 9 月 6 日までに次の E メ ールアドレスに送信してほしい。: [email protected] TEEB は国連環境計画により主催され、欧州委員会; ドイツ連邦環境省; 英国政府環境・食料・農村地域 省; 英国国際開発省; ノルウェー外務省; オランダの省間生物多様性プログラム(Interministerial Program Biodiversity): およびスウェーデン国際開発協力庁の支援を受けている。 5-1 ビジネスのための TEEB 生態系と生物多様性の経済学 第5章 増加する生物多様性のビジネスチャンス 目次 主要なメッセージ 4 5.1 はじめに:ビジネスチャンスとしての生物多様性 5 5.2 価値提案としての生物多様性と生態系サービス 7 5.2.1 農業 7 5.2.2 生物多様性管理サービス 8 5.2.3 化粧品 9 5.2.4 採掘業 9 5.2.5 金融 10 5.2.6 漁業 10 5.2.7 林業 12 5.2.8 衣類 12 5.2.9 手工芸品 13 5.2.10 製薬 13 5.2.11 小売業 14 5.2.12 観光業 14 5.2.13 生物多様性:ビジネス拡大のチャンス 16 5.3 新興の生物多様性と生態系サービス市場 17 5.3.1 生物多様性と生態系サービスの規制的市場 18 5.3.2 生物多様性と生態系サービスの自主参加型市場 19 5.3.3 生態系サービス市場のビジネスチャンス 20 5.3.4 REDD+と新しい生態系サービス市場のための教訓 24 5.4 生物多様性と生態系サービス市場を支援するツール 28 5.4.1 生物多様性と生態系サービス市場のための認証制度 28 5.4.2 生物多様性と生態系サービス市場の評価と報告 29 5.4.3 生物多様性ビジネスの自発的インセンティブ 30 5.4.4 機関投資家のための一歩進んだ検討 31 5.4.5 生物多様性ビジネスを支援する公共政策 32 5.5 何をすべきか? 34 参考文献 37 5-2 ビジネスのための TEEB ボックス Box 5.1 Chocolats Halba 社:ココア豆の保証と提携者の満足を確保するためのアグロフォレストリ ーの実施 Box 5.2 コンサベーション・グレード「自然に優しい農家」 Box 5.3 イエメン LNG:海洋の生物多様性への投資 Box 5.4 HSBC:学習と認識を通じたチャンスの拡大 Box 5.5 生物多様性ベンチャー・キャピタル Box 5.6 ウォルマート ― 持続可能な製品の仕入れ Box 5.7 バイエル・ヘルスケアとグルコバイ Box 5.8 生物多様性のモデル?炭素取引市場の成長 Box 5.9 規制によって動く生態系市場の例 Box 5.10 生態系サービスの自主参加型市場の例 Box 5.11 REDD と REDD+の開発における主要な出来事と展望 Box 5.12 マリオットの REDD への投資:ジュマ持続可能開発保護区 Box 5.13 社会的・環境的基準のための協会 図 図 5.1 生態系サービス・プロジェクトの開発における主な段階 図 5.2 生態系サービス市場の発展を支援する 3 つの柱 図 5.3 REDD と森林炭素が気候変動の影響緩和のコストをどれだけ減らすか 表 表 5.1 生物多様性と生態系サービス(BES)チャンスの確認 表 5.2 生態系サービス市場に関わるビジネスの例 表 5.3 生態系サービス市場を支援するビジネス活動 表 5.4 REDD と森林の炭素に関するビジネスチャンス 表 5.5 生物多様性と生態系サービスの市場チャンス 5-3 ビジネスのための TEEB 主要なメッセージ ・生物多様性と生態系サービスは、あらゆるビジネスセクターに機会を提供する: 生物多様性と生態系サービスのビジネスへの統合は、業務の費用対効果を増加させ、サプライチェーン の持続可能性を確保し、あるいは新規市場に参入し新規顧客を惹き付けることで収益を向上させること により、企業にとって有形かつ重要な付加価値を創出できる。 ・生物多様性あるいは生態系サービスは、新規ビジネスの基礎になり得る:生物多様性を保護し、生物 多様性と生態系サービスを持続可能かつ公平な形で利用することは、起業家や投資家が「生物多様性企 業」を開発し発展させていくことを可能にすることで比類ないビジネス提案の基礎になり得る。 ・生物多様性と生態系サービス市場が、炭素取引市場とともに新興しつつある:生物多様性と生態系グ ッズやサービスの新しい市場が ― 温室効果ガス排出削減および炭素取引市場同様に ― 生まれ つつあり、新しい生物多様性資産に対して地域および国際的な取引の機会を提供している。最初の重要 な好機は、森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減および関連する炭素貯留・隔離方法(Reducing Emissions from Deforestation and forest Degradation and related land-based carbon storage and sequestration methods, REDD+)になるだろう。 ・生物多様性ビジネスを構築するツールが存在、あるいは開発中である:投資家のための生物多様性業 績基準、生物多様性関連の認証・評価・報告制度、自主的なインセンティブ制度等、生物多様性と生態 系サービスのビジネスチャンスを捉えるための極めて重要な市場ベースのツールがすでに利用可能、あ るいは開発中であり、あらゆるビジネスセクターや市場を通じて促進される可能性がある。 ・適切な公共政策は、生物多様性、生態系サービスに関する新たなビジネスを可能にするための枠組 を創造することができるだろう:国家や国際レベルでの多岐にわたる公共政策は、生物多様性と生態系 サービスを有効なビジネスチャンスとして拡大させるため、生態系サービスへの支払い、REDD+、「緑 の開発」資金、アクセスと利益の共有、税制上のインセンティブ、業績基準、開発協力といった実現の 枠組みを創出することができる。 5-4 ビジネスのための TEEB 5.1 序文:ビジネスチャンスとしての生物多様 性 生物多様性を保護、生態系を回復、あるいは生物資源を持続可能な方法で利用することにより、企業 は収入を増加させ経費を削減することができるであろうか。生物多様性は、新しいビジネスチャンスを 提供するのだろうか。本章では、3 つの異なるアプローチの視点を通じて、これらの疑問を検討する。 • 生物多様性をビジネスの意思決定に組み入れることにより、企業はリスクを減らし、収益の流れ を向上させ、費用を削減し、あるいは製品を改良することで業績を向上させることができる。 • 生物多様性それ自体が、 「生物多様性ビジネス」のチャンスといった新しい製品やサービスという 形で大きな未開拓のチャンスの潜在的な可能性を示している。 • 生物多様性と生態系サービスのための新しい市場が ― 部分的には炭素取引市場の開発に啓発 され ― 生まれつつある。規模が拡大すれば、これらの市場は大きなビジネスチャンスにもな り、生物多様性の資金上の問題に対する重要な解決手段にもなり得る。 本章では、一連のケース・スタディ等の事例を通じて、これら 3 つのカテゴリーの中で実現されたチ ャンスまたは実現の見込みがあるチャンスの多様性を詳説する。さらに本章では、これらのチャンスが その可能性を完全に発揮するために必要な実現の条件について検討し、企業がそれらのチャンスを見出 すことができるようにするため一連の質問を定義し、予想し得る困難を確認する。 表 5.1 は、様々なセクターにとっての生物多様性と生態系サービスの潜在的なチャンスを確認するた めの枠組みを示している。この表は、前章以前で生物多様性と生態系サービスのリスクおよびチャンス を確認するために用いられた表に似ている。重要なのは、生物多様性と生態系サービスのリスクとチャ ンスは異なるセクターでは範囲や重要性が異なる可能性が高いということである。チャンスに関しては、 本章の次のセクションで多くの主要ビジネスセクターにとっての様々な潜在的チャンスに焦点を当てる。 これらは表 5.1 中でも黒丸で示されている。 5-5 ビジネスのための TEEB 表 5.1 生物多様性と生態系サービス (Biodiversity and Ecosystem Services, BES)チャンスの確認 ● 事業運営の持続可能性 ● 規制および法令 業務に影響を及ぼし 得る法律、政策、訴 訟 サプライチェーンにおける チャンス 新しい政策に備えた移行費 用の低下 環境災害によるリスクの緩 和 評判 ブランドやイメージの向上 ブランド、イメージ、 株主との関係 新規顧客の獲得 企業の株価実績に影 響を及ぼし得る要因 ● ● ● ● ● ● 購入者要件 ● SRI 投資の増加 ● ● ● ● ● ● 消費者選好の変化 ● ● 新規ニッチ市場の開拓 市場と製品: ● 金融(銀行、生物多様性サービ ス、グリーン投資基金等) 生産量または生産性の向上 医療(製薬、生物療法等) ● 消費者サービス (小売業者、観光業等) 質の向上、情報収集コスト の減少 企業の日常的な活 動、出費、処理 消費財(衣類、化粧品、家具等) 業務 生物資源を基盤とする業界 (農林水産業等) 指標となる BES チャンス 採掘業(鉱業、石油ガス等) BES チャンスの指標となる市場セクター 分類 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 財務: 費用と資本の利用可 能性 ● ● 出典:Evison and Knight (2010)および WRI et al. (2008)から改編して引用 5-6 ビジネスのための TEEB 5.2 価値提案としての生物多様性と生態系サ ービス 「生物多様性ビジネス」 ― 「生物多様性を保護し、持続可能な形で生物資源を利用し、その利用 からの利益を公平に共有する活動を通じて利益を生み出す商業企業」として定義される ― は、生物 多様性に配慮した商品の生産(食品、材木、繊維)にも、生態系の持続可能な利用(観光、採掘、化粧 品、製薬)にも重点を置くことができる。それらが生物多様性と生態系サービスに依存するので、サプ ライチェーンおよび原料を持続させることが極めて重要なことになる。 生物多様性と生態系サービスから直接・間接的に利益を得ている企業の数は、近年急激に増加してい る。ビジネス・リーダーたちは、企業の利益率や業績レベルを向上させるために生物多様性と生態系サ ービスが新しい機会を提供することを認識している。生物多様性と生態系サービスをサプライチェーン 管理に組み込むこと、または、生物多様性と生態系サービスを現在の製品や業務において責任ある形で 活用することは、企業にとって大きな節約と収益、および効率の向上と成功につながり得る。生物多様 性と生態系サービスに関連するリスクの適切な管理は、具体的な節約につながることが多く、また、生 物多様性と生態系サービスは、既存の生産およびマーケティング活動に秘められた価値を見出すことも しばしばである。生物多様性と生態系サービスを組み入れることから生じる利益は、一般大衆の環境保 護の重要性に対する認識がますます高まっている時代において企業の社会的責任のチャンスを生みだす という点で、特に効果が高いものである。 環境保護への関心の高まりは、消費者の健康や人道的な食料調達への関心とも結びついて、市場に変 化をもたらしつつある。たとえば、LOHAS(ロハス:健康と持続可能性のライフスタイル(Lifestyles of Health and Sustainability))においては、消費者は健康、フィットネス、環境、自己啓発、持続可能 な生活、社会正義を重視している(www.lohas.com) 。この世界的な運動には、8 千万人以上の消費者が 参加し、食品、持続可能な観光、グリーン・ビルディング業者、低エネルギー設備等の製品やサービス として 5 千億米ドルの潜在市場がある。 このような背景で、生物多様性と生態系サービスおよび持続可能な利用は、様々なビジネスチャンス を意味する。以下では、保護や持続可能な利用を通じて直接的に、また、既存の製品やサービスに生物 多様性と生態系サービスを組み入れることにより間接的に、生物多様性と生態系サービスから利益を得 ている様々な業界や企業に焦点を当てる。 5.2.1 農業 有機食品を好む消費者がますます増加している。健康により良い食品だけではなく、消費者は、生産 履歴管理、倫理的な調達、持続可能性、企業の社会的責任を求めるようになっている(Organic Monitor 2009a) 。これらのトレンドに対応して、主要なブランドは自然、フェアトレード、有機栽培農産物へと 方向転換しつつある(Kline & Company 2009)1。 5-7 ビジネスのための TEEB オーガニック・モニター社は、2007 年の有機食品の世界的な売り上げを 1999 年から 3 倍の増加とな る 460 億米ドルと推計した。有機取引協会によると、アメリカ合衆国だけの有機食品の売り上げ(アメ リカの食品市場全体の 3.5%)は、2008 年に 15.8%増加して 229 億米ドルに到達し、同年の食品業界の 成長率のほぼ 3 倍であった(OTA 2009; Organic Monitor 2009b) 。 持続可能な農産物を提供する手段として、フェアトレードも重要性を増している。2008 年には、フェ アトレードとして認可を受けた生産物の売り上げは世界全体で約 408 億米ドルを占め、 前年に比べて 22% 増加した。これはまだ世界の貿易全体の中ではわずかな一部にすぎないが、いくつかの分類におけるフ ェアトレードでは売り上げの 20~50%を占めることもある。2008 年 6 月には、100 万人以上の農家およ びその家族がフェアトレードを通して資金を得ている、フェアトレードで資金を得ているインフラ、技 術支援、コミュニティ開発プロジェクトから利益を得ている(FLO 2010) 。 その他の持続可能な農業としては、レインフォレスト・アライアンスが促進する活動があり、バナナ、 ココア、コーヒー、茶、柑橘類、花、パイナップル等の農産物の生産に対して 205,000 ヘクタールの土 地が認可されている。 これらの土地は、 14 カ国における 100 万人以上の人々に直接的な利益をもたらし、 生物多様性と生態系サービスに対して差し引きプラスの好影響を確保している(Willie 2009) 。 Box 5.1 Chocolats Halba 社:ココア豆の保障と提携者の満足を確保するための アグロフォレストリーの実施 スイスの小売業者 COOP の子会社であるチョコレートおよび菓子のメーカー、Chocolats Halba 社は、持続可能なコ コアの調達をサプライチェーンに組み入れている。他のチョコレート業者同様、Chocolats Halba 社も慢性的な供給 不足に直面している。価格が不安定であるため、世界のココア生産のほとんどを占める小規模農家にとって、ココ アの生産はリスクが高く、多くの農家が別の雇用機会を模索している。Chocolats Halba 社は、農家を支援する最善 策は、多くの作物の 1 つとしてココアを含めた多様なアグロフォレストリーのシステムを確立することであるとい うことを発見した。そのシステムでは、より多様性の高い景観が作り出させるため、生物多様性が一般に高い。ま た、アグロフォレストリー・システムにより、農家はより多くの収入源からより高収入が得られ、すなわち、ココ ア生産が生物多様性と生態系サービスにとって好ましいだけではなく、ココア生産を再び魅力的なものにすること にも役立っている。Chocolats Halba 社の持続可能性プロジェクトの責任者 Christoph Inauen 氏は、以下のように 述べている。 「弊社の下で働く農家たちは、弊社がココアだけではなく、彼らの生活、収入、生物多様性(弊社は伐採地の再植 林援助もしている)等の問題にも関心があるということをよく知っている。このことが我々の関係を非常に強いも のにしている。農家は弊社に恩返しするためにココアの品質を改善することに全力を尽くす。したがって、弊社に は信頼できる調達パートナーがいて、非常に強い関係を農家と持つことになるわけである。供給不足の際に、この ことが確実に弊社を助けてくれることになる」 生物多様性を基盤とした企業の社会的責任の利益は、生産物の品質、サプライチェーンの保障、提携するココア生 産者の長期的な満足、生物多様性と生態系サービスの保護にとって最も重要な地域の一つである熱帯諸国における 好ましい環境的な影響にある。 出典:Inauen (2010a, 2010b) 5.2.2 生物多様性管理サービス 生物多様性管理と顧問サービスは、環境評価期間中に起こり得る生物多様性と生態系サービスのリス クを企業に忠告するものから、企業の生物多様性戦略および行動計画を開発、独立した監査、または企 業の生物多様性の業績を審査するものまで多岐にわたる。 5-8 ビジネスのための TEEB ほとんどの生物多様性管理サービスが生物多様性リスクを緩和することに重点を置いている一方、た とえば、生物多様性に配慮したサプライチェーンがいかに投資家や顧客の間での会社の市場性を向上さ せ得るかを研究することにより、生物多様性のビジネスチャンスを捉える方法を模索するサービスもあ る。その一例が、ドイツの巨大エネルギー会社である E.On 社と IUCN との「ブルー・エネルギー」と呼 ばれる緑化運動における提携である。IUCN は、同社が風力発電地帯等の沖合での再生可能技術からの電 気供給に関する生物多様性のリスクとチャンス両方をよりよく理解するための支援をすることで、同社 が生物多様性への影響をよりよく管理することを可能にしている(Wilhelmsson et al. 2010) 。 Box 5.2 コンサベーション・グレード「自然に優しい農家」 イギリスに拠点を置く「自然に優しい農家」のコンサベーション・グレード認証制度は、食品ブランド、生産者お よび消費者に効率的な食料生産を提供し、同時に、生物多様性と生態系サービスを向上し、農地での野生生物の減 少を防いでいる。その方法は、コンサベーション・グレード農家に土地の 10%を生産中止にし、野生生物の生息地 へと転換することを要請するというものである。その代わりに、農家は全ての生産物にコンサベーション・グレー ドのロゴを利用することができ、市場価格に対する付加価値が保証される生産物供給の契約を結ぶことができるよ うになる。 コンサベーション・グレード農業計画は、生物多様性と生態系サービスを破壊することなく、増大する世界人口の 食糧を確保するための革新的な新しい解決法の好例である。第三者による科学的な実験によると、コンサベーショ ン・グレード・システムは、保護された土地の生産量を犠牲にすることなく、従来の農業と比較して生物多様性を 大きく増加させることが立証されている。 出典:http://www.conservationgrade.org/ 5.2.3 化粧品 ナチュラルやオーガニック化粧品の会社は、有機製品、フェアトレード製品を早々と採用し、他の業 界よりはるかに先駆けてこれらの原料を調達するとともに、認証済み製品を発売開始した。これらの会 社の中には、絶滅の恐れがある植物を保護し持続可能性を奨励するためのフェアトレードと有機栽培の プロジェクトを設立しているものもある。また、有機原料の長期的な供給を確保するためにフェアトレ ードを利用している会社もある。2 億 3,830 万ユーロへと 9.5%の売り上げ増加を記録したヴェレダ社を はじめとして、有機化粧品業界の主要企業は 2008 年にプラス成長を報告した。ヴァラ社は、 「Dr.ハウシ ュカ」のブランドで 1 億 3 百万ユーロへと 7.3%の売り上げ増加、ラヴェーラ社は、16%増加で 3 千 5 百 万ユーロへと売り上げを伸ばした(BioFach 2009a, 2009b)2。 5.2.4 採掘業 石油、ガス、炭鉱の会社は、まさにその本質により、自然環境に大きな影響を及ぼす可能性がある。 それらの影響は、しばしば、消費者の企業イメージ悪化につながる。したがって、この業界の企業は、 生物多様性と生態系サービスにより創出される数多くのチャンスを大いに活用すべき立場に置かれてい ると言える(Box 5.3) 。 5-9 ビジネスのための TEEB 5.2.5 金融 金融業界は、出資者からの企業イメージ向上、業務の合理化、人材募集能力の向上、生物多様性と生 態系サービスに対する投資による利益の増加等、様々な方法で生物多様性と生態系サービスから利益を 受けることができる(Box 5.4) 。 財務収益と生物多様性および生態系サービスの利益との両方を実現する潜在的可能性を示す企業に投 資するため、いくつかの生物関連企業への投資ファンドが登場している。少数の投資ファンド、または 提案段階の投資ファンドは、困難に直面し、生物多様性ビジネスへの投資の特別な制限に関して有益な 教訓を生み出している。また、投資ファンドの中には、金融支援をビジネス開発支援やマネジメントの 専門能力開発と組み合わせ、生物多様性と生態系サービスのビジネス管理を向上し、能力を高め、より 高い収益を確保しているものもある。それらの例には、コンサベーション・インターナショナル(CI) の一部門であるヴェルデ・ベンチャーズやザ・ネイチャー・コンサーバンシー(TNC)の一部門であるエ コエンタープライズ・ファンド、およびルート・キャピタル(旧称エコロジック・ファイナンス)など がある(Box 5.5) 。 Box 5.3 イエメン LNG:海洋の生物多様性への投資 イエメン LNG 社は、イエメン共和国の南海岸にある辺鄙な土地であるバルハフ地域に液化天然ガス工場を建設し操 業する等の大規模なエネルギー・プロジェクトに取り組んでいる。同社は、環境業績を改善し、結果的に投資家や 大衆に対する企業の魅力を高めるために海洋生物多様性活動計画を実施している。そのような大規模なプロジェク トにおける一つの大きな課題は、会社の環境戦略とその実施に対する信頼性を確保することにある。 2009 年初めに、イエメン LNG 社は、同社の海洋生物多様性活動計画のための独立審査手続きを企画し管理するため IUCN との提携を結んだ。具体的な合意内容は、海洋の生物多様性保護のための同社の戦略および生物多様性活動計 画の実施に関して、独立した第三社による評価を受けることである。そのような独立環境監査手続きを通じて、同 社は海洋生物多様性戦略の環境的・社会的側面に関する実績を向上させるだけでなく、取締役会、投資家、その他 の利害関係者に実績の向上を立証することも可能になると考えている。 出典:http://yemenlng.com/ws/en/go.aspx?c=soc_Environment 5.2.6 漁業 漁業業界の危機については、漁船団や漁業会社は供給の持続可能性に関してますます注意する必要が ある。また、この業界には、環境に悪影響を与えることなく魚を消費することを望む LOHAS 消費者の増 大に対する需要を満たすというチャンスもある。持続可能な形で漁業を管理するための認証およびエ コ・ラベル計画がいくつか登場し、バイヤーや消費者に保証を提供している。おそらく最も知名度の高 い持続可能な海産物の認証機関は、海洋管理協議会(MSC) (www.msc.org)である。 Box 5.4 HSBC:学習と認識を通じたチャンスの拡大 2002 年、HSBC は、複数の自然保護団体と 5 千万ドルの 5 年間にわたる提携契約「自然への投資」に乗り出した。こ の企画の一部として、HSBC は自社従業員 2,000 人をアースウォッチによる世界中の実地調査に派遣し、開発途上国 の 230 人の科学者の研修を支援した。参加した HSBC の従業員は、彼らの職場または地域コミュニティでの環境プロ ジェクトを行う責任を負い、会社から少額の報酬を支援された。この企画は、現地の自然保護を単に支援しただけ ではなく、HSBC 従業員全体を通じて生物多様性と生態系サービスに対する認識と使命感を強化するような形で支援 5-10 ビジネスのための TEEB することにもなった。 「自然への投資」に参加した従業員は、より最近の HSBC「気候パートナーシップ」に参加した従業員同様、生物多 様性と生態系に関する新しい知識を会社に持ち帰り、企業の中で「環境擁護者」として活躍し、持続可能性への HSBC の関与を深めるプロジェクトを展開している。これらのプロジェクトは、会社が若い人材を惹きつける能力を増加 させることに役立ち得る(Connor 2010)。 アシュリッジ・ビジネス・スクールにより実施された最近の独立評価が出した結論によると、プログラムが持続可 能性を事業の「DNA」に植え付けることに寄与しているということに HSBC の上級管理職の 80%が賛同し、プログラ ムが HSBC に競争的優位性を与えているという点で投資に価値があるということに 83%が賛同した。 出典:http://www.hsbc.com/1/2/newsroom/news/2002/investing-in-nature-2002#top http://www.earthwatch.org/europe/our_work/corporate/corporate_partners/hsbc/hcp/ Box 5.5 生物多様性ベンチャー・キャピタル ヴェルデ・ベンチャーズは、健全な生態系および人間の福祉に貢献する中小企業に支援を提供している。また、投 資前の生物多様性審査手続きおよび投資後の生物多様性の監視を実施している。2003 年の設立以来、パートナーが 300,000 ヘクタール以上の重要な土地を回復・保護し、3,200 万米ドル近くの売り上げを生み出す支援をしてきた。 2010 年 3 月 31 日の時点までに、アグロフォレストリー、代替エネルギー、エコツーリズム、自然産物の持続可能な 収穫、および海洋計画に 1,480 万米ドルを投資してきた。 10 年以上にわたり、エコエンタープライズ・ファンドは、持続可能なビジネス、特にラテンアメリカとカリブ海諸 国の小規模な成長企業に投資してきた(www.ecoenterprisesfund.com)。同ファンドは、成功を促進するための技 術支援で対象となる融資を補完している。ネイチャー・コンサーバンシーと米州開発銀行の多数国間投資基金との 共同で 2000 年に開始された最初のファンドは、630 万米ドルを 23 の持続可能な会社に分散投資したが、それらの会 社の生産物は、有機養殖エビや有機栽培香辛料、FSC 認証を受けた家具や殺虫剤不使用のバイオダイナミック農法に よる花やアサイ・パーム・ベリーのスムージーなど、多岐にわたる。それらの企業は 3,500 以上の雇用を創出し、2 億 8,100 万米ドルの売り上げをもたらし、1 億 3,800 万米ドルの新たな融資を生み出し、860,773 ヘクタールの土地 を保護した。新しい投資ファンドである EcoE II が 2010 年末までに開始され、次の成長段階に達している会社に対 して業務を発展させ相応の結果をもたらす手助けをするため増加資本や顧問支援を提供する。 非営利社会投資ファンドであるルート・キャピタルは、開発途上国の農村地域にある持続可能な草の根企業に重点 を置き、特に、主流銀行からの資本に頼るには小規模でありリスクが大きすぎ、小規模金融に頼るには大規模すぎ るような「中間の空白地帯」に該当する企業を対象としている。同ファンドは、金融教育や研修により資金提供を 補完し、新興の倫理的サプライチェーンとのつながりも提供している。2000 年の設立以来、1 億 7 千 5 百万米ドル の融資を 30 カ国における 265 の小規模成長企業に提供し、借主からの返済率 99%を維持している。ファンドの貸付 金の多くには、グリーンマウンテン・コーヒー・ロースターズ、マークス&スペンサー、スターバックス、ホール・ フーズ等の会社との先物売買契約が担保として用いられている。 供給業者から寿司レストランまで、この業界のほとんどの会社は、MSC ラベルを利用したことでいく つかビジネスチャンスが生まれたと主張している。それらのビジネスチャンスには、新規市場へのアク セス ― 地理的な意味でも、また、持続可能な生産物という分類から生じた新しいニッチ市場という 点でも ― および既存市場の維持が含まれる。小規模の漁師たちは、認証された魚の価格には付加価 値がつくと報告している。アメリカを拠点とする魚料理のレストラン「バンブー寿司」にとって、持続 可能な海産物のみを販売することは、利益の大きいビジネス・モデルである ― このレストランの持 続可能なメニューが、かつてないほどの成功を店にもたらしている(www.bamboosushipdx.com) 。格安店 「アルディとリドゥル」を含めた大きな小売業者が、供給業者に MSC 認証済みの冷凍食品を要求してい る。消費者や海産物バイヤーの健全な海洋の重要性に対する認識がますます向上している中で、今日、 MSC 認証済みの海産物に対する成長市場は、25 億米ドル以上になると推定されている(MSC 2009) 。 5-11 ビジネスのための TEEB 5.2.7 林業 持続可能な形で管理された森林からの生産物に対する消費者の選好が、この業界の発展と市場技術の 強い原動力となってきた。森林管理認証は、世界中の材木や木材製品の最大の消費者および輸入者と考 えられている EU 市場にアクセスするための重要な要件になりつつある。認証済みの材木が、国際的な市 場において、ますます入手可能になってきている。 森林業界の認証制度には、森林管理協議会(FSC) 、PEFC 森林認証プログラム(PEFC)、レインフォレ スト・アライアンス(RA)などがある。2009 年 5 月までには、FSC および PEFC によって承認を受けた認 証森林の面積は、世界全体で 3 億 2,520 万ヘクタールにも上り、世界の森林面積の約 8%になった。認証 木材製品は、イギリスの B&Q やアメリカのホーム・デポ、または世界中に展開するイケアのような大き な小売業者において今では普通に見られる。 5.2.8 衣類 エンバイロンメンタル・リーダーによると、倫理的に調達された有機フェアトレード生地に対する消 費者の選好は衣類業界でも成長し続けると言われている(Willan 2009) 。エコ・ファブリックは、製品 に「付加価値」をもたらすと考えられ(Prescott 2009) 、また、自然の繊維 ― 主に木綿と混合繊維 ― はファッショナブルで、合成繊維よりも好まれることが多い(CBI 2008) 。 衣類と織物業界では、有機木綿が多くの企業にとってのマーケティング・ツールになっている。今日、 有機木綿栽培は、約 3 千 2 百万ヘクタールの土地を利用している(FiBL, IFOAM 2009) 。2008 年に、有 機 木 綿 の 衣 類 と 家 庭 織 物 の 世 界 全 体 の 小 売 売 上 高 は 、 30 億 米 ド ル 以 上 に 上 っ た (www.naturalfibres2009.org) 。 特にヨーロッパでは、有機木綿以外の自然繊維に対する広い需要があり、毎年のトレンドや投入材に より、傾向に少しずつ変化がある。一方、絹織物には一貫した需要があり、急速に人気を増している。 ピマ綿、アルパカ毛、モヘア毛等の自然繊維も最近人気が出ている。これらは生産コストおよび原料 コストが比較的高いため主に高級品で使用され、したがって、依然としてニッチ市場である。2009 年テ ックスワールド展では、モーリシャスのスター・ニットウェア・グループをはじめとした開発途上国の 企業が、アフリカの木綿だけでなく竹、トウモロコシ、テンセル、モダールから作られた繊維を発表し た(Prescott 2009; www.eartheasy.com) 。 衣類およびアクセサリー業界では、ジャケット、ベルト、ハンドバッグ、旅行カバン、財布等の製品 に持続可能な皮革が使用されている。これらは、持続可能な形で管理され合法的に取引されているクロ コダイル、トカゲ、ヘビ等の動物の皮から作られている。この業界では、消費者が、再生原料から作ら れたり、なめし等において環境に配慮した製作過程を利用したり等、環境に優しい小型皮革製品を求め ているため、生物多様性と生態系サービスの保護において利益を生み出す数多くの機会が存在する(CBI 2009b; Mazzanti et al. 2009)。 5-12 ビジネスのための TEEB 5.2.9 手工芸品 生物多様性を基盤とした手工芸業界も、開発途上国において雇用創出の機会を提供する分野の 1 つで ある。たとえばベトナムでは、2,000 近くのクラフト・ビレッジが手工芸に直接携わり、2010 年までに 15 億米ドルの売上げを生み出すと見込まれている(VIETRADE 2006, 2008) 。製品は生物資源(竹、ラタ ン椰子、イグサ、葉、木材等)および金属や石などの材料から作られる。 手工芸品は、ファッションのトレンド、消費者の購買パターン、経済状況に強い影響を受ける(Barber et al. 2006) 。この業界では、社会的・環境的価値がますます重要性を増し、手工芸品と装飾品業界に おいてもフェアトレード運動が見られつつある。この業界の国際的な「ラベル」が、現在、世界フェア トレード機関(WFTO) (www.wfto.com)で入手できる。 Box 5.6 ウォルマート ― 持続可能な製品の仕入れ 2005 年、ウォルマートは目標の 1 つとして持続可能な製品を販売するという誓約を含む新しい環境戦略を発表した。 同社は、扱う製品の環境への影響を評価するために持続可能製品インデックスを採用し、この情報をラベリング制 度を利用して顧客に伝えている。持続可能製品インデックスは、製品のエネルギー使用、材料効率、人的な条件等 の側面を評価する。高得点の製品は、環境への影響が少なく、様々な方法で生物多様性と生態系サービスの保護を 促進する。ウォルマートは、顧客が欲する製品は以下のようなものであると述べている。 「より効率がよく、より長持ちし、よりよい性能を持つ製品。顧客は製品の全体的なライフ・サイクルを知りた がっている。製品に使われている材料が安全かどうか、作りがきちんとしているか、責任を持った形で製造され ているかを知りたがっている。」 こうして、ウォルマートの持続可能製品という企画は、顧客数と事業収益を増加させ、同時に、たとえば余分な製 品包装の廃止によりゴミ収集料金を減少させること等を通じて会社のコストを減少させた。 出典:Plambeck et al. (2008); http://walmartstores.com/Sustainability/; http://walmartstores.com/Sustainability/9292.aspx; Bernick et al. (2010) 5.2.10 製薬 多くの企業が野生の遺伝資源を生産に用いる投入材として利用している。世界中で毎年 400,000 トン 以上の薬用植物や芳香植物が取引されている。80%は野生のものが収穫されているが、そのほとんどに ついては、どこで採取されたものか、あるいは収集方法が持続可能なものであるかが考慮されていない (トラフィック・インターナショナル 2006) 。これらの植物に対する需要は増え続けている。 薬品業界は、生物工学、種子生産者、畜産家、作物保護サービス、園芸、化粧品、香水、植物性薬品、 食品・飲料品業界等とともに、野生の遺伝資源の重要な利用者である。各業界が、それぞれ異なる研究 開発過程と様々な遺伝資源へのアクセス需要を持った固有の市場の一部である(Laird and Wynberg 2005) 。 ほとんどのセクターにとって遺伝資源の利用法や価値に関する一貫したデータは存在せず、大まかな 推定が存在するだけである。たとえば、ten Kate and Laird (1999)は、世界全体の薬品の売上額の 25 ~50%が遺伝資源の利用に基づいていると主張している。薬品業界の全市場価値 ― IMS (2009)によ 5-13 ビジネスのための TEEB ると、現在、約 8,250 億米ドル ― を基にすると、これらの比率が意味するものは、医薬品に利用さ れている遺伝資源の価値は 2,060 億から 4,120 億米ドルになる可能性があるということである。これと 比較して、同様に野生の遺伝資源に依存する世界の商業用種子の市場は、2010 年に総額 420 億米ドルに 達すると予想されている(Global Industry Analysts 2008) 。その一例が、Box 5.7 で示されている。 医療業界で利用される自然成分またはその他の原料が認証されたオーガニックなものであっても、最 終的な製品が通常はそのような表示は不可のため、ラベルに表示されないことが多い。より一般的には、 生産者は、医療品のための適正農業採集規範(Good Agricultural and Collection Practices, GACP) を表示することができ(WHO 2003) 、自然産物の出所や品質の一貫性を保証するため、証拠書類に不備が なく追跡可能であることを保証できる。そのような規範に従うことで、原料の安定した供給源とより安 全なサプライチェーンを確保することができ、 「生物資源の盗賊行為」あるいは不十分な利益分配といっ た非難の可能性を減らすことができる(さらに詳しい議論については第 6 章を参照) 。 5.2.11 小売業 大規模な小売業者は、持続可能な資源調達、蓄積すべき在庫品の選択における識別、梱包と配送技術 の改善等の手段を通じて、生物多様性と生態系サービスに大きな影響を及ぼし得る。その見返りとして、 これらの企業は、経常コストの減少、顧客ロイヤルティの向上、サプライ・チェーンの安全性の向上と いう利益を受けることができる。 Box 5.7 バイエル・ヘルスケアとグルコバイ グルコバイは、バイエル・ヘルスケアによって製造されている口腔糖尿病薬であり、1990 年以来販売され現在 95 カ 国以上で承認されている。グルコバイの有効成分は、天然の糖分アカルボースであり、この成分が小腸でのブドウ 糖の血中への吸収を抑制し、ブドウ糖(血糖)の危険な急増を防ぐ。バイエルの年間報告書で示されているデータ に基づくと、少なくとも 2001 年以来、グルコバイは年間約 3 億ユーロの売上、バイエルのライマリ・ヘルスケア部 門の売上の 5〜8%を占め、同社の最も売れている薬品の上位 10 位以内に入っている。 1974 年のアメリカ特許 No. 3951745 の中で、バイエルの研究者は、酵素グルコシダーゼを効率よく抑制することに より、いくつかの種類の Actinoplanes sp.細菌を分離したと書いている。さらに、ケニアで入手した 12 種類をはじ め、数か国における公私の微生物コレクションから種を入手したことも公表している(Frein and Meyer 2008)。 1995 年には、バイエルはこの製品を製造する新しい方法に関して特許を申請した。後にヨーロッパ、アメリカ、オ ーストラリアで取得された特許の出願書類(US 5753501)が明らかにしたところによると、Actinoplanes sp.細菌 の SE 50 と呼ばれる種類は、発酵槽でのアカルボースの生合成を可能にする独特の遺伝子を持っていた。この種は、 ケニアのルイル湖で採取されたものであった。2001 年、細菌学ジャーナルの記事の中で、バイエルの科学者とドイ ツの学者のグループが、SE 50 がアカルボースの製造に使われていることを認めた(McGown 2006)。1990 年以来、 ケニア原産の土壌細菌から作られるグルコバイのバイエルにおける売上は、おそらく 40 億ユーロ以上になると推定 される。 出典:al-Janabi, S., and Drews, A. (2010) for TEEB 5.2.12 観光業 より環境的に持続可能な活動への新しい消費者トレンドは、観光業界に好影響をもたらしている。あ る調査は、 「持続可能な旅行者」は環境的に責任を持った観光業者によって提供される旅行サービスや製 品に対して平均 10%多くお金を費やす意思があると示している(CBI 2009a) 。 5-14 ビジネスのための TEEB 多くの旅行代理店は、経済的利益と環境の尊重が両立する持続可能な観光が優れた市場機会をもたら すことに気づいている。フェアトレード観光の最初のラベルが開発された南アフリカでは、2009 年まで にホテル、サファリ・ロッジ、ゲストハウス、バックパッカー・ロッジ、エコ・アドベンチャー活動、 郊外ツアー等、約 45 の観光商品が認証を受けた。ドイツ、スイス、イギリスを含めた地域的・国際的な 観光業者が、南アフリカのフェアトレード観光の基準に従い認証を利用している(CBI 2004, 2009c; FTTSA 2009) 。 国際エコツーリズム協会(International Ecotourism Society, TIES)は、 「自然地域への、環境を保 護し地元の人々の福利を改善する責任ある旅行」を支援する世界的なネットワークを開発している (www.ecotourism.org) 。50 以上の地域的、国家的、広域的なエコツーリズム協会を含む 90 か国以上に おける加盟団体を持つ TIES は、エコツーリズムの市場を構築するための認識向上および教育プロジェク トに取り組んでいる。 この業界の成長のさらなる証拠として、世界持続可能観光基準(Partnership for Global Sustainable Tourism Criteria, GSTC)と持続可能観光管理協議会(Sustainable Tourism Stewardship Council, STSC) が、観光持続可能性協議会(Tourism Sustainability Council, TSC)(TSC 2009)へと統合するという 2009 年後半の発表がある。2010 年には、この新たな加盟団体会議が開始され、持続可能な観光とその世 界共通の原則や基準の採用に関する共通の理解を提供する。 エコツーリズムの会社には何百もの成功例があり、これらの会社を助成する団体がますます増えてい る。たとえば、アテネに拠点を置くエコクラブは、「生態学的・社会的に公正な観光」を助成し (www.ecoclub.com) 、Planeta.com は、 「環境と人と地元に配慮した有意義な旅行を求める人々のために」 世界旅行ディレクトリを提供している(www.planeta.com) 。 Box 5.8 生物多様性のモデル?炭素取引市場の成長 炭素取引市場の規模と成長 ― 2008 年に、炭素取引市場全体は総取引額が 2007 年の 2 倍である約 1,260 億米ドル (860 億ユーロ)にまで成長した。これには CDM プロジェクトや自主参加型市場のようなプロジェクト・ベースの取 引と EU 排出物取引制度のような「排出権市場」が含まれる。 気候変動のチャンスを商業化した企業の規模と成長 ― 風力、太陽エネルギー、生物燃料の市場に関わる企業の 世界全体の収益は、2008 年に 1,160 億米ドルに達し、5 年間でほぼ 10 倍上昇したことになる。2009 年の世界的な景 気停滞による後退にもかかわらず、長期的な予測は、2020 年までに年間 3,000 億米ドルに達するまで急速に上昇し 続けるというものである。初めて、1 つの部門 ― 風力 ― だけの収益が 500 億米ドルを超えた。エネルギー効 率、廃棄物、水といった、より広義の気候関連業界の定義に基づいた1つの推計によると、世界的な収益はすでに 5,300 億米ドルを超え、2020 年までには 2 兆米ドルにまで成長する可能性がある。これは、今日の世界的な石油と ガスの業界に匹敵する規模の業界になるということである。 気候変動のチャンスへの投資の規模と成長 ― 最近の UNEP レポートによると、ベンチャー・キャピタル、プロジ ェクト・ファイナンス、公設市場、研究開発を含めた、持続可能エネルギー・テクノロジーへの世界的な新規投資 は、経済的下降にも関わらず 2008 年に 1,544 億米ドルに達し、これは 2007 年の 1,484 億米ドルからの 4.7%増加に 当たる。 出典:世界銀行(2009); http://ec.europa.eu/environment/climat/emission/index_en.htm; Clean Edge (2009), HSBC (2009); UNEP et al. (2009) 5-15 ビジネスのための TEEB 5.2.13 生物多様性:ビジネス拡大のチャンス 一見、自然界との直接的な交流がない企業であっても、社会および消費者の選好を「緑化」へと変え ることに対するチャンスと動機を見出すことができる。環境との良好で有意義な関係をもった製品やサ ービスを消費者はますます重視している。生物多様性と生態系サービスに対する企業の行動は、競争相 手との差別化に役立ち、同時にまた投資家や従業員、コミュニティとの関係も改善できる。この動きは 投資 ― 社会的意識が高い投資家、あるいは環境マネジメントが巧みだということは全体的なマネジメ ントが良好であると考えるますます多くの投資家からの投資 ― を増加させ、自然界と自然界への自分 たちの影響にますます意識が高くなっている優秀な若い人材を惹きつけ、地域的にも国際的にも友好関 係を構築することができる。 さらに、すでに市場には様々な生物多様性と生態系サービスのビジネスチャンスをつかんでいる状態 になっている。生物多様性と生態系サービスを起業家的思考とビジネス計画に取り入れることで、既存 の BES 企業を拡大し生物多様性を保護する企業のための新分野を開発する機会が短期間で訪れるだろう。 5-16 ビジネスのための TEEB 5.3 新興の生物多様性と生態系サービス市場 生態系サービス市場は、 「生態系サービス・クレジットを取引できるように売り手と買い手を集結させ たもの」と定義できる(生態系サービス・プロジェクト 2008) 。この定義によれば、生態系サービス・ クレジットは、生態系サービスの保護および/または向上を意味する市場性のある単位として考え得る。 市場取引されるクレジットという存在は、生態系サービスに対する支払(payments for ecosystem services, PES)という一般項目に属していると考え得る他の支払制度と区別する要因である。この PES の例としては、私的支払(オーストラリアの水利用許可制度等) 、公的支払プログラム(デラウェア州キ ャットスキルおよびクロトン流域の土地所有者へのニューヨークの支払い等) 、認可制度(海洋管理協議 会等)が挙げられる(TEEB 2009) 。 生態系サービス市場を設ける主な理由は、 (これまで見られたような過剰利用につながる傾向がある生 態系の「無料」利用に対し)事業を行う外部的な生態系コストを「内部化する」ことにある。生態系サ ービスを利用する費用をだれが支払うことになるかは、市場構造、代替原料の利用可能性等の要因によ る。一般的には、費用の一部は事業者によって吸収され、一部は最終的な消費者に回される可能性があ ると予測される。ビジネスが生態系サービス市場と関わる他の理由は、以下に概略が示されている(表 5.2) 。 表 5.2 生態系サービス市場に関わるビジネス・ケース 1. 市場の差別化 生態系サービス市場で主導権を握る企業は、 競合他社に対して差別化を図ること ができ、規制局、投資家、消費者の期待に一歩先んずるものとなる可能性が高い。 その利益としては、規制局の信頼、評判的な利益、従業員の募集や保持における 改善の可能性があり(Mulder et al. 2006)、また、事業運営の長期的な持続可 能性を確保することにも役立つ。 2. 収益の創出:クレ 生態系サービス市場の増大と多様化により、BES クレジットの販売を通じて収益 ジットの販売 を生み出すプロジェクトへの投資と開発の機会が増加している。 規制的な改革の 速度や本質に関する曖昧さのため生態系サービス市場増大のパターンに不確実 さはあるものの、この増大は継続するだろうと示唆されている。 3. 収益の創出:支援 市場の増大と多様化に伴い、 生態系市場のための支援と助言のサービスの市場が サービス 成長する可能性が高い。競争が増加し、より高いサービス水準から市場は利益を 得ることになり、 早い段階で開始する企業がこれらの水準を大部分決定すること になる。早い段階でサービスを開始する企業は、生態系サービス市場において地 位を確立し、大きな財務的な見返りを得る可能性がある。 5-17 ビジネスのための TEEB 5.3.1 生物多様性と生態系サービスの規制的市場 生態系サービス市場は、規制的あるいは「コンプライアンス」市場と自主参加型市場には分けること ができる。本セクションでは、政府の規制によって生まれる生態系サービス市場について検討し、自主 参加型市場については後に続くサブ・セクションで検討する。 規制的市場は、ある地域において許される生態系の利用または損害の程度を制限したり上限を設定し、 あるいは風力等の「持続可能な」活動に関して取引可能な割り当てを設けたりする政府または規制機関 によって動く。企業や個人が義務を果たしたり余分なクレジットから利益を上げたりするために生態系 サービス・クレジットの取引をすることを規制が許可する(Fischer 2003) 。この種の市場は、たとえば 技術的な要件や規模の問題のため、環境被害を減らしたり割り当てを守ったりする費用が全員にとって 平等ではないからこそ、可能になる。費用が比較的高い企業や個人は、低い費用で割り当てを満たすこ とができるかまたは必要以上のクレジットを持つ企業や個人からクレジットを購入する傾向がある。Box 5.9 に例が示されている。 Box 5.9 規制によって動く生態系市場の例 オーストラリア ― ブッシュ・ブローカー:ビクトリア州では原生植物の伐採が 1987 年のビクトリア州計画と環境 法により規制されている。2006 年にビクトリア州政府は、原生植物の伐採を適切な補償で埋め合わせることを要求 するブッシュ・ブローカー制度を導入した。許可申請者は、ブッシュ・ブローカー登録を通じて、これらの補償を 提供することができる。補償の内容は、特定の伐採地域に関連があり恒久的に保護される原生植物の範囲および/ま たは状態を増加させることである。申請者は、自分たちの土地で補償を行うか、または、第三者の業者から原生植 物クレジットを購入することができる。今日までに、プログラムにより 4 百万ドル以上の取引が支援されている。 この制度は、将来の利用のためのクレジットのバンキングも認めている。たとえば、ある建設会社は、保護地区制 度のため土地を寄付し、そこから得たクレジットを将来の補償のために登録することができる。土地管理の向上、 以前伐採された土地の再植林、既存の樹木の保護による原生植物クレジットの創出を通じて、ビジネスのための大 きな収益のチャンスが生まれる。この比較的費用のかからない方法により、商業価値が低いかもしれない土地から 大きな付加的な利益を生み出すことができる。ブッシュ・ブローカー制度の下でのクレジットの平均価格は 1 ヘク タール当たり 42,000 豪ドルから 157,000 豪ドルである。 アメリカ合衆国― 生物多様性銀行:アメリカ合衆国連邦法、絶滅の危機に瀕する種の保存に関する法律は、絶滅の 危機に瀕する種の個体数減少につながる開発を禁止している。絶滅の危機に瀕する種の生息地への影響を緩和する 義務がある土地所有者は、承認された生物多様性銀行からクレジットを購入することができる。一例として、マリ ナー・ヴァーナル・プール自然保護銀行がある。160 エーカーのこの銀行は、5 千万米ドルの収入を生み出すことを 計画し、2007 年 3 月までに 440 万米ドルのクレジットを売却した。別の例として、サッター盆地自然保護銀行があ る。424 エーカーのこの銀行は、ジャイアント・ガーター蛇の生息地クレジットを販売することにより 150 万米ドル を生み出す計画を発表している。1 単位が蛇の生息地 1 エーカーに該当するこのクレジットは、ジャイアント・ガー ター蛇の生息地を保護するため米国魚類野生動物庁およびカリフォルニア州魚類鳥獣部によって課せられる許可義 務を開発事業者が満たすために必要とされている。 アメリカ合衆国 ― 湿地銀行:アメリカ合衆国連邦の水質汚染防止法は、開発事業者に湿地の破壊に対して補償す ることを義務付けている。開発事業者は自ら補償を提供するか、あるいは引き起こした生態系被害を埋め合わせる ために開発地域と同じ流域の中に湿地面積という形でクレジットを購入することができる。アメリカの 450 以上あ る承認された湿地銀行のうち 20〜 30%は、シェブロン、テネコ、フロリダ・パワー&ライトといった主にエネルギ ーやパイプラインの大企業によって開発されている。これらの企業は、余分な土地を所有し、収入の流れを多様化 する方法を模索し、比較的低い費用によって惹きつけられる 3。アメリカにおける湿地クレジット市場は、現在、年 間約 11 億〜18 億米ドルの価値がある。 出典:ビクトリア州持続可能性と環境部門(2006)、WRI(2008)、 Bayon et al.(2006)、生態系市場湿地影響緩和データベース(2009) 5-18 ビジネスのための TEEB 5.3.2 生物多様性と生態系サービスの自主参加型市場 この市場は、動機を持った二者が規制的な要件なしに生態系サービス・クレジットの売買取引の合意 を自発的に結ぶことで起こる。企業は生態系関連のリスクを管理し、企業の社会的・環境的な業績を改 善し、ときには予想される規制的市場に対して準備するために自発的に行動を起こす。規制的市場への 準備ということは、規制的市場で用いられる制度や基準が、自主参加型市場で用いられる制度や基準に 重大な影響を及ぼすことを意味する(その逆もあり得る) 。生態系サービスの自主参加型市場の例は、Box 5.10 に示されている。 Box 5.10 生態系サービスの自主参加型市場の例 グリーン開発メカニズム(gdm)とは、生物多様性会議(CBD)の下でビジネスをその運用に巻き込むことを意図し て提案されている革新的な金融メカニズムの通称である(UNEP/CBD/WGRI/3/INF/2010)。より有名な CDM が気候の 変化を緩和してきたように、gdm は、市場メカニズムを通じて民間セクターの金融を動かし生物多様性の損失を緩和 させることができる。生物多様性保護地区の供給を認証するための基準と認可の手続きを確立し、市場取引の便宜 を図ることにより、gdm は、企業や消費者といった意欲的な買い手に gdm 認証生物多様性保護の売却を可能にする。 自主参加型市場は、企業や消費者等から十分な自主参加型需要が存在する重要な生物多様性の供給をもたらす可能 性があると現在考えられている。たとえば、世界のトップ企業 500 社が、その年間売上のたった 0.01%を gdm 認証を 受けた生物多様性供給に自発的に貢献したとすれば、25 億米ドルの潜在需要を生み出すことになる。将来的には政 策立案者は、企業や消費者が、彼ら自身の生産や消費パターンが生物多様性に与える影響に対して支払義務を持つ べきであると決定することになるだろう。それにより、規制的な枠組みが確立し、十分かつ適切な生物多様性が要 求するレベルを確保できるようになる。しかし、gdm のテスト段階は自発的なものであり、認証を受けた供給のため の基準と認証制度を開発することに重点を置き、そうすることで、需要のレベルと本質に関する洞察を提供するこ とができる(www.gdm.earthmind.net)。 ミッション・マーケット社は、社会的・市場的な規範が持続可能性と社会的責任へと移行している中で、生物多様 性と生態系サービス市場の新興と増大する重要性を予期している新しい会社の一例である。同社は、自発的な環境 および社会資本市場のための電気取引・通信のプラットフォームを創り出した。これにより、ますます増加してい る社会的責任投資(socially responsible investing, SRI)と持続可能性を重視する投資家たちが、新しい投資、 組織、資産を発見、比較、評価するためのネットワークへアクセスすることが可能になる。このプラットフォーム は、社会的・環境的市場を統合するだけでなく、サイト訪問者が、取引の質と信頼性、組織自体の説明責任を確認 しつつ組織と資産を比較することができるように、選択された測定基準を統一し、透明性と流動性を提供する (www.missionmarkets.com)。 農業、林業、およびその他の土地利用(AFOLU)の自主参加型炭素取引市場:自主参加型カーボンオフセット取引は、 2008 年に 7 億 5 百万米ドルに達して前年規模の 2 倍になり、クレジット価格は平均 20%増加した。取引額のうち、 11%は AFOLU プロジェクトであり、森林再生/再植林、伐採の回避(REDD)、森林管理の向上、農業土壌管理等の、 潜在的生物多様性および貧困減少というコベネフィット(複数の便益)をもたらした。土地利用/プロジェクトを基 盤とした炭素クレジットの利益は、実際のおよび予期される規制環境の変化と自主参加型炭素基準(Voluntary Carbon Standard, VCS)および気候、コミュニティ、生物多様性基準(Climate, Community and Biodiversity Standard, CCBS)のような市場基準の創出によってもたらされている。これらは、買主と売主の両方に保証を提供し、信頼で きる炭素計算方法を利用し、登録プロセスを合理化している。しかし、異なる基準ごとの方法は様々であり、AFOLU プロジェクト・タイプごとに基本ライン、漏れ、追加性の数値化に対して異なるアプローチを採っている 4。現時点 での買主は、以下のとおりである。 ・カーボン・ニュートラルに自主的に取り組んでいる企業 ・企業の社会的・環境的責任目標を果たすためクレジットを購入している企業 ・将来の規制順守を予期している企業団体 ・起こり得る将来の価格増加の機会を活用することを望むトレーダーやブローカー ・個人的な二酸化炭素排出量を補償している個人 質の高いプロジェクトが市場にもたらされ、技術的な専門性が発達し、十分な財源が得られるにつれて、AFLOU 市場 は成長し続け、ビジネスの大きなチャンスであり続けるだろうと示唆されている。提案されているアメリカの気候 に関する立法が森林プロジェクトからの補償クレジットを具体的に認めているため、AFLOU プロジェクトに対する需 要は今後 2 年から 5 年にかけて増大すると見込まれている。 5-19 ビジネスのための TEEB マレーシア ― マルア・バイオバンクは、New Forests Inc.と Equator Environmental LLC によって共同経営され る民間の非公開投資会社であるエコ・プロダクツ・ファンド LP と、マルア・バイオバンクに 50 年間にわたり自然 保護の権利を授与したサバー州政府との協力的な試みである。その目的は、ダヌム・バレー保護地区に隣接する 34,000 ヘクタールの元伐採森林の再生のために 1 千万米ドルを用意することになる。マルア・バイオバンクは、1 単位が 100 平方メートルの保護回復された雨林に相当する生物多様性保護認証を販売する。認証は現在、1 単位 10 米ドル(1 ヘクタール当たり 1,000 米ドル)で売られ、マレーシアの企業により 21,500 クレジットが購入されてい る。認証は、マーキット 5 環境登録に登録され、取引または廃棄することができる。認証の販売によって生み出さ れる収益はプロジェクトの運営費用に使われ、50 年ライセンスの自然保護管理の信託基金に投資される。これを超 えた利益は、森林管理ライセンス取得者(サバー州政府により地元の生活改善のために設立された財団であるヤヤ サン・サバー)とマルア・バイオバンクの投資家との間で分配される(www.maluabank.com/)。 マルア・バイオバンクからの認証の購入は、他の場所での雨林への影響を企業が補償するためには用いることがで きないことに注意が必要である。認証を購入する際には、買い手は、認証が他の森林の伐採や破壊の補償を意味す るものではないことに契約で同意する。この点において、マルア・バイオバンクは、非補償市場の例を示すもので あり、生態系サービス市場に関わるビジネスの主要な原動力としての開発事業者の評判的なリスクと環境責任の感 覚を強調するものである。 出典:The Katoomba Group and New Carbon Finance (2008), Hamilton et al. (2009), Cullen and Durschinger (2008), Gripne (2008) 5.3.3 生態系サービス市場のビジネスチャンス 生態系サービス市場は、既存のまたは予期される規制的な要件を満たし、環境リスクを管理し、企業 の環境的・社会的な業績を向上させるという関連する利益をもたらすとともに、企業にとって生態系と 生物多様性への悪影響を減少させる(そして潜在的に差し引きプラスの好影響をもたらす) 。標準的な期 待を上回り、生態系サービス市場に対する革新的なアプローチを提供する企業は、より大きな見返りを 得る可能性がある。 生態系サービス市場において主導権を握ることは、進歩的な考えを示すことで企業が環境規制当局と の関係を向上させることに役立つ可能性がある(BSR 2006) 。この分野でのより革新的なプロジェクトの 中には、生態系の利益を提供することにとどまらず、プロジェクトに地域コミュニティを取り込み、貧 困の減少にも寄与しているものもある。規制当局は、革新的なプロジェクトから教訓を得て、規制当局 の期待と事業活動とのギャップを埋めることに役立つ可能性がある。これにより、企業は規制当局の動 きを早い段階で察知することができ、競争力を増すことができる。 生態系サービス市場は、プロジェクトの開発および市場でのクレジットの売却を通じて直接的に、あ るいは、市場開発と運用を助成する支援サービスを提供することで間接的に、企業の収益を多様化しま たは増加させる機会を提供する。市場の展望は予測することが難しく、将来の規制的な決定に大きく依 存するが、生態系サービス市場は、今後数十年間の間に急速に成長すると見込まれている(Mulder et al. 2006) 。たとえば、フォレスト・トレンドと Katoomba グループの予測によると、規制制度の下での水質 取引市場は 2010 年までに 5 億米ドルを超えると見込まれている。生物多様性補償の市場は、控えめに見 積もっても今日 18 億〜29 億米ドルの価値があると推定され(Madsen et al. 2010) 、2020 年には 100 億 米ドルへと成長する可能性がある(Carroll 2008) 。 生態系サービス市場の運用の各段階において、経費削減と収益創出のビジネスチャンスがある。表 5.3 は、これらのチャンスが存在する可能性があるところと、それらが最も関連があるセクターを示してい る。 5-20 ビジネスのための TEEB 表 5.3 生態系サービス市場を支援するビジネス活動 活動 金融 役割 関連するビジネスセクター プロジェクト・ファイ ナンスと銀行業務 商業的生態系サービス・プロジェク トへの投資資本の提供 投資および商業銀行、ベンチャー・キャピ タル、生態系サービスへの悪影響を補償し ようとする企業 基金の創出と管理 ブローカー 生態系サービス基金の設立と管理、 および基金投資プロファイルの管 投資基金管理者、基金管理コンサルタント 理 売主と買主の仲介および生態系サ ブローカーとコンサルタント ービス・クレジット取引の促進 ガバナンス 監視 登録サービス 認証 確認と検証 説明責任と価格の透明性促進のた めの生態系サービスのデータ収集 および分析 生態系サービス資産と取引に関す るデータの体系化と整理 認証基準に対するプロジェクト業 績の第三者による保証 市場基準に対するプロジェクト/事 業計画と業績の検証 環境コンサルタント、NGO、研究部門 金融情報サービス会社 環境コンサルタント、NGO、承認された認 証団体 保証業者(認可された立証機関) プロジェクト開発 プロジェクト開発者 プロジェクト技術支 援 市場情報サービス 市場戦略支援 保険サービス 法務サービス 生態系サービス・プロジェクトの企 画、資金の確保、及びプロジェクト 展開の管理 生態系サービス・プロジェクトおよ びサービスの企画に関する技術的 専門知識と支援 生態系サービス市場の現状とトレ ンドに関するデータの提供 市場情報の解釈と市場戦略に関す る助言 保険可能な損失に対する財務的補 償の提供、およびプロジェクト・リ スクの減少 土地保有、法的保護の状態、取引さ れた権利の法的地位等、プロジェク トの法的問題に関する助言 土地所有者、土地管理会社、建設とインフ ラ事業者、農林業企業、環境コンサルタン ト、私企業 環境コンサルタント、NGO、研究部門 専門的な生態系市場情報プロバイダー、報 道機関と情報機関、市場取引所、銀行 戦略コンサルタント、ブローカー 保険会社 法律事務所 出典:PricewaterhouseCoopers for TEEB 生態系サービス市場における主要な商機の1つは、生態系サービス・プロジェクトまたはそのような プロジェクトへの投資の企画、設立、および管理である。生態系サービス・プロジェクトの開発におけ る主な段階の一部が図 5.1 に示されている。 5-21 ビジネスのための TEEB 図 5.1 生態系サービス・プロジェクトの開発における主な段階 第 1 段階 潜在的な生態系サービス・プ ロジェクトの機会を調査 ・プロジェクト開発における会 社の目標の確認 (自社の影響を緩和および/ま たは収益の創出) ・自社に最も関連する生態系サ ービスと地理的な場所の特定 ・具体的な場所の特定 ・提案されているプロジェクト 現場の国家および地区レベル での状況の評価(規制的、社 会的、経済的、法的状況) 第 4 段階 プロジェクト準備のための 資金作り 第 2 段階 市場の強さとガバナンス ・選択された生態系サービスの 現在の市場の強さ、規模、価 格、将来の市場予測の評価 ・国家法制度における財産権と 契約の法的強制力の評価 ・市場支援機関の信頼性と能力 の判断 ・現行の市場取引規制の評価 第 5 段階 プロジェクト開発 ・融資家への財務予算等のプレ ゼンテーションのための事業 計画の開発 ・プロジェクト準備資金の潜在 融資家の特定 ・プロジェクト準備過程(実行 可能性調査、コンサルタント による支援等)の資金を確保 するための資金投資家/金融 機関との連携 第 7 段階 検証と登録 ・プロジェクトによって作られ たクレジットの第三者による 保証の手配(検証等) ・適切な登録機関への登録 ・プロジェクト・パートナーと 利害関係者の役割と期待の 明確化 ・プロジェクト準備資金を用い た、詳細な基礎評価等の全て の必要データの収集 ・利害関係者からの情報をもと にプロジェクト計画を作成 (PDD:プロジェクト・デザ イン・ドキュメント) ・第三者による保証サービス (検証等)を受けるための第 三者機関との提携 第 8 段階 生態系サービス・クレジッ トのマーケティングと販売 ・生態系サービス・クレジット の販売と交渉のためブロー カーや債権買取機関との提 携 ・買手に直接販売 第 3 段階 準備的なプロジェクト計画 ・プロジェクトに特化した目標 を特定 ・政府も含めた利害関係者との 協議 ・プロジェクト・コンセプト・ ノートまたは PIN(プロジェ クト・アイデア・ノート)の 開発 第 6 段階 生態系サービス・クレジッ トを達成するための活動の 実施 ・合意されたプロジェクト開発 活動の実施 ・誤解や契約離脱のリスクを減 らすための定期的な利害関 係者会議の開催 ・プロジェクト監視計画の設立 第 9 段階 継続的なプロジェクト管理 と監視 ・炭素、コミュニティ、生物多 様性、その他の生態系サービ スの価値の監視 ・プロジェクトの社会的、環境 的、財務的な持続可能性を確 保するため長期計画の再確 認 ・継続的なプロジェクト管理と 必要に応じたプロジェクト の拡大の検討 出典:PricewaterhouseCoopers for TEEB, Carter Ingram et al. (2009)をもとに作成 これらの段階を 1 つ 1 つ体系的に踏まえつつ、初期の計画段階では生態系サービス・プロジェクトに 融通性を持たせることで、長期的にプロジェクトの利益性を確保することに役立つだろう。これらの段 階のいくつかは、時間的なスケールを予測することが困難な場合もあることを計画の過程で念頭に置く べきである。 生態系サービス市場は、金融投資のレベル、政府の規制、支援機関の完成度において大きく異なる。 一方では、アメリカ合衆国の湿地影響緩和計画(1983 年開始)は、明確に定義された責任と法的強制力 のある財産権によって支持された州と連邦政府の規定における明確な法的要件と湿地補償のための詳細 な指針に恩恵を受けている。湿地の補償に対する市場の需要は、湿地を侵害する住宅や商工業プロジェ クトからもたらされる。このことが結果的に、湿地補償の供給と関連する市場サービスへの民間投資を 5-22 ビジネスのための TEEB 刺激している。他方では、REDD クレジットの潜在市場は、実施されている一部の地域では依然として標 準的な方法、市場アクセス合意契約、支援サービス、明確に定義された法的強制力のある財産権等の開 発が待たれている状態であり、これらがないままでは、主流の投資家たちにとってほとんど興味がない ものとなるだろう。 現在の生態系サービス市場の範囲内で、非常に数多くの商機がすでに存在している。生態系サービス 市場が成長するにつれて、ビジネスチャンスの規模と範囲は大きく増加すると見込まれている。図 5.2 では、確立された場合に、生態系サービス市場の拡大と強化に貢献することができると見込まれている 主な分野を示している。 図 5.2 生態系サービス市場の発展を支援する 3 つの柱 金融 規制 市場 ・明確に定義された BES の貸方と ・生態系資産とサービスに関する ・明確に定義された資産区分 借方 利用権および/または財産権の ・効率的なプロジェクト承認手続 ・BES 資産の保険可能性 保障 き ・商業ベンチャーへの投資家の認 ・BES 投資の「追加性」を評価す ・低い取引コスト 識と支援 るための基準の明確化 ・広く受け入れられている監視、 ・競争リスク/利益のプロファイ ・借方と貸方を評価するための承 検証、執行制度 ル 認された基準と方法 ・(特にオフセット等の無形的な ・生態系、ビジネス開発、金融専 ・金融インセンティブ(環境保護 もの)取引を記録するためのネ 門知識の組み合わせ のための税控除等) ットワーク化された登録制度 ・生態系の貸方/借方を取引する ・競争力のある仲介サービス(ブ ための(国際的なものも含め ローカー、検証機関等) た)法的権限 ・十分な法的強制能力 出典:PricewaterhouseCoopers for TEEB 生態系市場の発展のための主要な要件の 1 つは、明確に定義された法的強制力のある財産権の存在で ある 6。プロジェクトの買主、開発事業者、売主にとって、以下に挙げる事項も含めて権利関連の検討す べき事項は数多く存在する 7。 ・財産権の本質と範囲の明確な定義 ・妥当な費用で財産権を測定し検証できること ・妥当な費用で財産権の所有を法的に確定できること ・権利の価値および第三者による権利購入の意思 ・妥当な費用で財産権を移譲できること ・土地によって提供される生態系サービスに関する信頼できる情報 ・低いガバナンス権リスク、すなわち、将来の政府の決定が財産権の価値を大きく減少させる可能性 が低いこと 5-23 ビジネスのための TEEB 5.3.4 REDD+と新しい生態系サービス市場のための教訓 森林伐採は年間の温室効果ガス排出の約 17%を占めると考えられている(IPCC 2007) 。伐採の抑制は、 現在から 2030 年までの排出量を軽減するための最も大きく、最も費用効果が高く、最も早い手段を提供 するように思われる(Addams et al. 2009; IAP 2009; コペンハーゲン合意) 。これを実現するための行 動は、森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減(Reducing Emissions from Deforestation and Degradation, REDD)として知られ、REDD は、国際的な気候変動に関する会議を通じて、近年、急速に 優先順位が上がってきている(Box 5.11) 。 REDD プロジェクトは、森林伐採および/または森林劣化を防ぐ行動を通じて既存の森林を保護するた めの動機を創出または強化することを目指している。炭素取引市場からの資金または森林の保護と管理 に対する政府からの直接の支払いを利用し、様々な手段でこれを達成できる可能性がある。 提案された REDD のメカニズムは、REDD+に拡張され、森林伐採の抑制による排出減少だけでなく、現 存する森林の炭素ストックの保護、森林の炭素ストックの強化、造林、森林再生、持続可能な森林の管 理も含むものとなっている。2010 年 12 月メキシコで開催の COP16 で承認されるかもしれない最終合意 の結果次第で、これらは全て REDD+プロジェクトとして認められる可能性がある(Parker et al. 2009; 未来のためのフォーラム 2009) 。 Box 5.11 REDD と REDD+の開発における主要な出来事と展望 ・2005 年 ― 京都議定書後の気候変動に関する合意に伐採の回避を含めるというコスタリカ、パプアニューギニア 等の政府による提案が、モントリオールでの COP11 で複数の国からの支持を受ける ・2007 年 ― COP13 における UNFCCC 締約国が、京都議定書後の気候変動に関する枠組みのためのバリ・アクション 計画およびバリ・ロードマップで REDD への言及を含める。 ・2009 年 ― 6 の国際基金が REDD プロジェクトに 46 億米ドルの貢献。 ・2009 年 ― COP15 コペンハーゲン合意で、REDD の金融メカニズムの役割と必要性を認識 ・2010 年 ― REDD+メカニズムがメキシコの COP16 で承認される可能性がある ・2011 年 ― REDD+メカニズムが京都 II 合意の批准に続いて実行される可能性がある ・2013 年 ― REDD+クレジットが、EU 排出量取引制度(EU ETS)のフェーズ III の下で、として認められる可能性 がある 一次林には、世界の陸上生物の約 3 分の 2 を含む熱帯、温帯、寒帯林が生息し、大まかに言えば、炭 素密度が濃く生物的に多様である。したがって、未開発の森林地帯にとって、生物多様性を保護する最 も有効な方法の 1 つは、伐採を回避することである。土地が劣化した場合、将来の伐採を回避するとと もに、混在する原生種の植林による森林再生が、複合的な生物多様性の利益を生み出す可能性がある (UNEP 2008)8。 REDD+は、国際的に協調した生物多様性関連の最初の大規模な市場になる可能性が高く、また、経済効 率がよく、環境に効果的で政治的に受け入れられる市場、基準、規制をどのように開発するか等に関し て、多くの貴重な教訓をもたらす可能性が高い。これらの教訓は、他の生態系市場の確立と成長にとっ ても重要なものになるだろう。 Eliasch レビュー(2008)は、文献やレビューによって依頼された研究による様々な推定に基づき、 5-24 ビジネスのための TEEB 2030 年までに森林業界からの排出を半分に削減するために必要な資金は 1 年あたりおよそ 170 億〜330 億米ドルになり得ると推定した。しかし、Eliasch レビューはまた森林伐採による気候変動の世界的な 経済的コストは、2100 年までに年間 1 兆米ドルに達する可能性があるとも強調した。言い換えれば、作 為によるコストは、不作為によるコストよりもはるかに低いということになる。 図 5.3 REDD と森林炭素が気候変動の影響緩和のコストをどれだけ減らすか 森林を除いた場合 森林を含めた場合 出典:Eliasch (2008) さらに、Eliasch レビューは、現在 UNFCCC で協議中の排出削減目標を達成する全体的なコストを大き く削減することから、REDD+(および他の森林メカニズム)を温室効果ガス排出を削減するための活動に 含めるべきだと示唆した(図 5.3) 。 伐採の減少には、多額の資金が必要になる。早い段階での出資の約束にもかかわらず、長期的な政策 的な枠組みと規制制度に関してより明確性が高まらない限り、また、プロジェクトが企画されまたは必 要とされている多くの国々で体制的な手配を強化しない限り、民間セクターが主要な REDD+プロジェク トに資金を出すということは想像しがたい。さらに、 「漏出」といった問題が意味するのは、協調した国 際的な取り組みが確立されない限り、REDD+が広く受け入れられる可能性は低いということである。 気候変動に関する国際的な交渉は遅々とした歩みであるにもかかわらず、UNFCCC の多くの締約国は、 REDD+プロジェクトを企画し実施することが成功できるということを立証したがっている。いくつかの実 験的なプロジェクトが、自主参加型の双務的または多角的な資金提供を通じて、あるいは、自主参加型 の炭素取引市場における炭素排出減少クレジットの販売を通じて出資を受けている。 PricewaterhouseCoopers による TEEB のための分析が示すところによると、REDD に対する国際的な合意 がないにもかかわらず、2010 年半ばの時点で、22 の REDD 運用プロジェクトが公に報告された。これら 初期のプロジェクトは、約 37.5Mt の CO2e の排出減少を運用期間中(通常 20〜30 年)にもたらし、潜在 的な 6 GtCO2e 市場の将来的な開発に影響を及ぼす可能性が高い有益な教訓を生み出すと期待されている (未来のためのフォーラム 2009) 。 各国の政府も炭素取引市場の立案と設立に継続的に取り組んでいる。政策的な枠組みが発達しつつあ る例としては、オーストラリア、日本、アメリカがある。これらの枠組みは、EU 排出量取引制度(EU ETS) 5-25 ビジネスのための TEEB 同様に、主権国レベルの義務を民間および公共セクターへと移行する政策的な反応の一環である。これ らの枠組みは、コンプライアンス目的で国家以下のレベルの REDD プロジェクトから生み出された炭素ク レジットを認める可能性が高い。したがって、炭素取引市場における REDD+は、民間セクターに大きな チャンスを提供すると期待されている。 図 5.4 REDD と森林の炭素に関するビジネスチャンス 金融 ガバナンス プロジェクト開発 REDD+関連の機会 市場活動 ・エクイティ投資と プロジェクト・フ ァイナンス ― REDD プロジェクト の確立のため先行 投資的な財政支援 を提供し、炭素関 連の収益の流れと 補助金、森林製品 からの収益により 支持される。 ・資金の創出と管理 ― REDD 基金を創 出し、営利または 非営利の基金へと 投資を募る。応募 と投資を管理し、 受益 REDD プロジェ クトを監視する。 ・登録サービス ― プロジェクトが生 み出す炭素クレジ ットの取引を処理 し追跡するシステ ム。 ・REDD 市場への参加 者の能力の向上 ― REDD 市場に関 わる政府、市民社 会団体、民間セク ターのトレーニン グと管理サポート の提供。 ・確認と検証のサー ビス ― プロジェ クトの炭素、生物 多様性、生態系サ ービス、コミュニ ティ、また、関連 が あ る 場 合 に REDD+ 業 績 を 選 択 された基準に従っ て確認および検証 する。 ・プロジェクト開発 ― REDD プロジェ クト開発の計画、 資金の確保、管理。 ・プロジェクトの技 術支援 ― REDD 活 動の構想に関する 技術的な技術的専 門知識と支援。プ ロジェクト計画と 監視を支援するた めの GIS ハードウ ェア等の技術製品 の創出。 ・監視 ― 説明責任 のための炭素、生 物多様性、生態系 サービス、コミュ ニティ、その他関 連する業績のデー タの収集と評価。 ・法務サービス ― 契約に関する助言 (土地所有等) ・保険サービス ― REDD 活動のリスク を減らすためのリ スク保険商品の提 供。 ・財務的な助言 ― プロジェクトの組 織、税体系、資金 作り、炭素取引に 関する助言の提 供。 ・森林の運用とエネ ルギー利用の効率 の改善 ― 森林運 用からの炭素の排 出を減らすための 投資と開発。 ・認証を受けた持続 可能な森林製品 ― 認証を受けた 持続可能な森林製 品の生産と販売。 ・農業と畜産技術の 改善 ― 畜産と農 業業界における効 率改善を支援する ための製品とサー ビスの開発または 投資。 ・燃料効率とクリー ン・エネルギー ― 森林運用のための 燃料とエネルギー の効率改善を支援 するための製品と サービスの開発ま たは投資。 ・教育とトレーニン グ ― 教育とトレ ーニングのための プログラム、ツー ル、施設、支援サ ービスの開発。 ・エコツーリズム ― REDD プロジェクト 地域周辺における 環境への影響の小 さい観光プロジェ クトの開発。 ・REDD クレジットの 二次的な取引 ― 炭素取引市場にお ける利益目的での REDD クレジットの 売買。市場に流動 性を提供する。 ・ブローカー業務 ― 売り手と買い手の 仲介および REDD ク レジット取引の促 進。 ・プロジェクトの集 約 ― 一次市場で の購入を通じた、 複数の REDD プロジ ェクトのポートフ ォリオ作成。 ・市場情報サービス ― REDD 市場に関 するデータの提 供。 ・市場技術支援 ― 市場情報の解釈と マーケティング・ 販売戦略に関する 助言の提供。 出典:PricewaterhouseCoopers for TEEB(未来のためのフォーラム 2009 から編集した第 4 Box) REDD+市場の現在の未成熟さと将来の潜在的な規模は、特に国家以下のレベルでの REDD+プロジェクト が、規制された炭素取引市場でのクレジットの販売が認められた場合(政府によって直接資金提供され 国家レベルの実績に結び付いている REDD+活動の場合とは対照的に)、様々な企業にとっての大きなチャ ンスを意味する。他の市場における場合と同様、最初にリスクをとり動いた者が、最大の利益を勝ち取 るだろう。表 5.4 は、異なる REDD+市場の要素内で様々なビジネスチャンスが生じる可能性がある分野 を示している。 REDD+は、気候と生物多様性に対して大きな利益をもたらす可能性がある一方、伐採が減少した場合、 悪影響を受ける業界があることも明らかである。特に、農業や、森林・製紙・包装(forest, paper, & packaging, FPP)業界のような山里地域へのアクセスに依存する企業にとっては重大な問題である。こ れらの業界は、REDD+プロジェクトを設立しようとする炭素開発事業者との自然林等の土地をめぐる競争 5-26 ビジネスのための TEEB が増加する可能性がある。その結果、地価が高くなり、材木の収穫のための土地が制限され、運用コス トが増加する可能性がある。そのような影響は、企業が REDD+市場に積極的に参加することによりある 程度緩和できるだろう。たとえば、FPP 企業は、造林や森林再生を実施し、森林の炭素ストックの拡大 のため持続可能な森林管理システムを運用し、パルプや紙製品と並びカーボンオフセット・クレジット の売却を通じて収入を生み出すことができる 9。 規制の不確実性は別にして、REDD+の短期的・長期的な潜在利益のため、いくつかの企業が思い切って 前へ進んでいる。 Box 5.12 では、ある国際的なホテルチェーンがブラジルのアマゾンにおける REDD 計画を出資することにより温室効果ガス排出をどのように補償しようとしているかを示している。 Box 5.12 マリオットの REDD への投資: ジュマ持続可能開発保護区 ブラジルではマリオット・インターナショナル・ホテル・グループが、ジュマ持続可能開発保護区の 590,000 ヘク タールの危機に瀕している雨林を保護する Amazonas Sustainable Foundation に管理された基金に 200 万米ドルを 資金を蓄える。同ホテル・グループは、1 年あたり 3 百万トンと推定される自社の二酸化炭素のカーボンフットプリ ントを補償するため、このプロジェクトに投資している。 ジュマ・プロジェクトは、「ボルサ・フロレスタ・ファミリー」、「ボルサ・フロレスタ・ソーシャル」「ボルサ・ フロレスタ協会」「ボルサ・フロレスタ持続可能な収益創出」等の「ボルサ・フロレスタ」プログラムを通じて支 払を分配することにより、地域コミュニティに森林保護のためのインセンティブを提供している。たとえば、ボル サ・フロレスタ・ファミリー・プログラムは、森林保護実績により毎月最大 50 リア(約 25 米ドル)のクレジット になり得るバリュー・カードを地域の各家族に提供している。プロジェクトへの投資は、保護区での研究と保護活 動の財務支援と地域の様々な経済インセンティブを支援するためにも使われている。プロジェクト自体の計算によ れば、2050 年までに 330,000 ヘクタールの自然雨林の伐採を回避し、約 1 億 8 千 9 百万トンの炭素クレジットを生 み出すことになる。ジュマ・プロジェクトへ同グループの投資による評判の向上は大きなものである。たとえば、 このイニシアチブにより、マリオットは世界旅行と観光協議会 2009 年「持続可能性の明日のための観光賞」等、数々 の持続可能性の賞を受けた。このイニシアチブにより、持続可能な観光市場における同グループの地位を向上させ ることがきできると考えられている。 出典:http://www.forestcarbonportal.com; http://www.marriott.co.uk; 未来のためのフォーラム(2009 年); PricewaterhouseCoopers for TEEB 5-27 ビジネスのための TEEB 5.4 生物多様性と生態系サービス市場を支援 するツール 生物多様性ビジネスチャンスは、生物多様性に責任を負う業務を導入し、生物多様性を基盤としたグ ッズやサービスを実際に開発し販売することを可能にする、ますます活気ある多くの市場を基盤とした ツールによって支えられている。これらの市場ベースのツールは、政策立案者向け TEEB 報告書の中で詳 しく吟味されている生物多様性のための政策手段を補完するものである(TEEB 2009)。本セクションで は、責任ある投資、責任ある生産、責任ある報告に関連するツール等、生物多様性ビジネスのための一 群の市場ベースのツールに焦点を当てる。 投資業界にとっては、生物多様性を意思決定に組み込むための 1 つの主要なメカニズムは、国際金融 公社(IFC)によって開発された生物多様性の保全および持続可能な天然資源管理のための業績基準 6 で ある。この基準は、IFC の全ての環境的・社会的基準と並び、世界銀行の民間セクター部門である IFC の投資に指針を与えるだけでなく、赤道原則を採用している 60 以上の多国籍銀行の投資業務にも影響を 及ぼす(TEEB 2009) 。これらの原則は、新興市場における 1 千万ドル以上のプロジェクト・ファイナン スに関して IFC 業績基準に適合することを要求する。現在、IFC の業績基準は改定の途中であり、業績 基準 6 の次のバージョンでは、特に、投資決定における生物多様性問題の扱いに対して、さらに確固た るアプローチを提供することになる。10 5.4.1 生物多様性と生態系サービス市場のための認証制度 第 1 章で指摘したように、環境に対する消費者の懸念の高まりが、生物多様性を保護する製品と生産 過程の市場を促進している。これらの市場は、製品や生産過程に関する企業の環境的な主張を立証する 様々な認証制度によって支えられている。生物多様性に焦点を当てている既存の社会的・環境的認証制 度は少ないが、ほとんどの制度は、生物多様性の課題のいくつかの側面は取り扱っている。 たとえば、コーヒー業界には、レインフォレスト・アライアンス認証といった景観または生態系保護 を重視する制度、環境に優しい農業を促進する制度(有機農業等) 、そして生物資源の利用における社会 的平等を重視する制度(フェアトレード認証等)がある。全体的に、これらの認証制度は生物多様性に 責任を負うビジネス業務に貢献するものである。しかし、これらのうち以下に紹介する少数の制度は、 景観や生態系レベルでの生物多様性保護への貢献に関連して特に注目に値するものである。 レインフォレスト・アライアンス認証は、農業と林業における改善を振興し保証する包括的なプロセ スである。その独立した承認印は、成長する「持続可能市場」において最も広く認められ普及している ものの1つであり、承認される財やサービスが「環境、野生、地域コミュニティを保護するための厳格 なガイドラインを遵守して」生産されたものであることを保証する(www.rainforest-alliance.org)11。 海洋アクエリアム協議会(MAC)は、漁業と世界中の海洋アクエリアム生物を収集、生産、取り扱う団 体とを取りまとめ、加盟団体が共通の基準に従うよう努力する責任を負うものである。MAC の目標は、 5-28 ビジネスのための TEEB 魚等の海洋生物が収穫される海洋の持続可能かつ責任ある管理をはじめとするサプライチェーン全体を 認証することである。 その核となる生態系漁業管理基準には、使命として、 「生態系の完全性と海洋アクエリウム漁業」の持 続可能な利用を保証するために生態系管理の原則に従って採集地域が管理されていることを検証するこ と」という条項が含まれている。 さらに、個々の企業の生物多様性に関する業績を評価し認証しようとする試みもある。ブラジルで始 まり、国際的な著名度を獲得しつつある将来性の高い試みの1つが、ライフ研究所である。そこでは、 生物多様性の保護と持続可能な開発計画を振興する公共および民間の組織に資格を与え承認し、それに よって生態系の完全性を保全することを保証するライフ認証を創設し管理する責任を負っている。 これらの各認証制度は、企業が市場に対して生物多様性の責任を立証するために役立ち得る仕組み、 基準、認証手続きを提供する。それらの認証は、企業が新しい、より見識のある市場に浸透し、ますま す増加していく責任ある消費者や投資家に対して、より魅力的のある企業になることに役立ち得る。 5.4.2 生物多様性と生態系サービス市場の評価と報告 第 3 章で扱ったように、企業が計画と意思決定においてより戦略的に生物多様性を考慮し始めるにつ れて、生物多様性を評価し報告するための新しいツールが必要となる。以下では、企業が新しい生物多 様性のビジネスチャンスを認識するために、そのようなツールがどのように役立つかを示す 3 つの例を 紹介する。 企業生態系サービス審査(ESR)は、企業が業務の生物多様性的な側面を把握するための支援をするツ ールや研修教材を豊富に含んでいる。たとえば、モンディ社が「FSC 認証を受けた南アフリカのプラン テーションに関する生態系サービスの課題に対処するためのいくつかの新しい戦略を開発するために ESR を利用した」一方で、シンジェンタ社は、ESR を「農家が生態系への影響を減少させるため、または 生態系の変化に適応するための起こり得る数多くの機会を特定する」ために ESR を用いた。 企業が生物多様性に関する業績を報告する支援をするために、地球的規模報告イニシアチブ(GRI)生 物多様性報告リソースが 2007 年に発表された。このツールは、次のように説明している。 「報告は、組 織に生物多様性と自社との関係を説明する機会を提供する。活動から生じる生物多様性への悪影響に対 して組織がどのように対応しているか。どんなよい影響があるか」 。 5-29 ビジネスのための TEEB Box 5.13 社会的・環境的基準のための協会 ISEAL は、社会的・環境的基準のための世界規模の協会であり、増大しつつある多くの持続可能性の基 準および認証制度のための包括的組織となっている。ISEAL 加盟団体には、国際フェアトレードラベル 機構(FLO)、森林管理協議会(FSC)、国際有機農業運動連盟(IFOAM)、国際有機認定サービス(IOAS)、 海洋アクエリアム協議会(MAC)、海洋管理協議会(MSC)、レインフォレスト・アライアンス、ソーシ ャル・アカウンタビリティ・インターナショナル(SAI)などがある。・ Marine Aquarium Council (MAC) の和文定訳不明 ISEAL の主な役割の 1 つは、異なる持続可能性基準が管理、検証、評価される方法 を調和することにある。 この目的のため、ISEAL は 2010 年に新しい「標準制度の影響を評価するための適正実施検証基準」を開 始している。これは、社会的・環境的な基準に対する組織の認定、認証、監査に関して適正な業務実施 を定義し、一貫した方法を用いて社会的・環境的な影響への寄与を測定し立証するためのあらゆる信頼 できる標準制度のための要件を創出することを目的としている。同基準の中心的な課題は、消費者のニ ーズを満たすという観点において認証が厳格であることと同時に、経済的に小規模の企業が認証プログ ラムに参加することができるよう余裕があり、プログラムを障壁としてではなく市場参加を可能にして くれる手段とみなすことができることを保証することを通して、到達できるものでもある、とのバラン スをとることである。 出典:http://www.isealalliance.org/ ナチュラル・バリュー・イニシアチブ(NVI)は、企業 ― 特に食品、飲料、タバコ(FBT)業界 ― が、 どのように生物多様性のチャンスとリスクを管理しているかを金融業界が評価し査定するための支援を する最近の動きである(www.naturalvalueinitiative.org) 。これには、前述の ESR にある程度類似して いる生態系サービス・ベンチマーク(ESB)が含まれている。ESB は、特に生物多様性に依存度が高く、 したがって生物多様性の損失緩和に重大な影響を及ぼし得る 30 社以上の FBT 会社でテストされてきてい る。 5.4.3 生物多様性ビジネスの自発的インセンティブ 国家・国際政策立案者向け TEEB 報告書で述べているように、生物多様性と生態系サービスのためのイ ンセンティブ手法は、適切な政府の政策や規制の枠組みを通じて大いに強化することができる。しかし、 これら政策的なツールに加えて、生物多様性ビジネスを奨励し実現可能にし得る自主的なインセンティ ブも何種類か存在する。それらのインセンティブには、以下のものが含まれる。 • 投資家、経営者、従業員、消費者の生物多様性に関する認識を変えることができる認識向上イニ シアチブ • 開発プロジェクトによって引き起こされる未解決の不可避的な生物多様性への危害を補償するこ とができる保護手段である自主参加型生物多様性補償 • 環境的・社会的・経済的な持続可能性の基準の下での各地に固有の生物多様性に由来するグッズ やサービスの収集、生産、変更、商業化を促進してきたバイオトレード協定 • 薬品会社と高いレベルの生物多様性を持つ国との間の生物学研究と発見の提携を資金提供してき たバイオプロスペクティング協定、および、アクセスと利益の分配協定 5-30 ビジネスのための TEEB • 生物多様性の保護と公共に利益をもたらす環境サービスを提供する景観管理者に支払う管理支払 い • 管理支払いのために利用することができる自然保護オークション • 権利証書に生物多様性保護を取り組むように使われる、土地の任意取引の一部としての自然保護 契約 • 民間の水利用者による環境局や NGO への支払いから、中央政府による民間の土地所有者への直接 的な支払いまで多岐にわたり、新鮮な水の確実な供給を提供するための費用対効果の高い手段と なり得る、流域保護のための支払い • 生物多様性を保護するためのビジネスチャンスを模索し、社会的・商業的・生物多様性の利益を 生み出すため商業的な借入による資金調達と公的助成金を結びつけることができる、官民の提携 この点に関して、民間セクターおよび非営利セクターの生物多様性のリーダーたちは、生物多様性と 生態系サービスの保護と持続可能な利用におけるビジネスの関与を促進するための新しい手段を開発し つつある。 5.4.4 機関投資家のための一歩進んだ検討 現時点では、機関投資家は一般に生物多様性と生態系サービスに関してほとんど理解がなく、また、 ほとんど価値を見出していない。しかし、この状況は、生物多様性と生態系サービスに市場価値が生ま れる状況へと変わる可能性があり、その結果新しい機会から利益を得る企業への資本の流入と、持続可 能的でない生物多様性と生態系サービスの利用をしていると見なされている企業からの資本の流出が生 じる可能性がある。 資産管理会社である F&C 社は、生物多様性と生態系サービスの取引と市場の発展に関連するものとし て、以下の制度的特性を指摘している。 • 投資リスクを減らすために、投資家は新しい市場の基本的な性質に関して一定レベルの確実性を 必要とする ― これには、政府の介入と規制が必要となる可能性が高い。 • 生物燃料に対する EU の補助金のような政治的圧力による急速な変化にさらされる可能性がある補 助金に関して、投資家は注意を要する。 • 土地所有者および開発許可を授与する者は、開発許可と適正な環境管理とを関連付けることによ り、生物多様性管理の効果を急速に変えることができる。 • あらゆる生態系サービスは簡単に取引できるものではないため、投資家や市場が概念に慣れ、リ スクと機会の理解を深めることができるように限られた数に絞る必要がある。投資家たちの知識 5-31 ビジネスのための TEEB と信頼の構築の重要性はどんなに強調しても強調しすぎることはない。複雑すぎたり急ぎすぎる 計画は失敗する可能性が高い。 • 変更は、特定の国に基礎を置く企業に対して不利益を与えるべきでない ― たとえば、鉱業会社 の土地利用コストの増加は、本国がどこであるかにかかわらず全ての同業の会社に平等に適用さ れるべきである。 • データ提供は適正な投資決定と適正な公共政策決定のために不可欠である。 • たとえば森林によって提供される生態系サービスの価値を評価したり、生物物理学的な観点から 生態系サービスの貸方および借方を査定するための費用対効果の高い指標と評価の方法が必要で ある。 生物多様性ビジネスを奨励することを意図する公共政策が機関投資家から大きな支援を得ようとする 場合には、上記のような事項を包括的に検討する必要があるだろう。 5.4.5 生物多様性ビジネスを支援する公共政策 政策立案者向け TEEB 報告書には、生物多様性の損失を減らすための国家的および国際的レベルで実施 され得る様々な政策の詳細な検討が含まれている。それらのいくつかのものは、新しい生物多様性と生 態系サービス・ビジネスのチャンスを拡大するための有効な枠組みを明確に創出するだろう。中でも注 目に値するのは、同レポートの第 5 章で提案されている「支払と市場を通じた利益報奨」である(TEEB 2009) 。これには、以下の内容が含まれる。 • 「知識基盤を発展させ、取引費用を減らし、実りある構想を拡大するために PES デモ活動と能力 向上を促進する。どこで、どのような形で、どんな条件の下で PES が生物多様性のために最大限 の効力を発揮するかを確認するため、また、目標設定、監視、管理等を改善するために、一層の 努力が必要である。空間分析 ― 経済的費用と利益に関するデータを含む ― は、政策立案者と 個人投資家両方のために相乗効果と優先事項を特定するために、生態系サービスを提供するため の最も重要な地域および提供者と受給者の分布の地図を描くことに役立つ。 」 • 「気候緩和以外の生態系サービスを確実に考慮に入れながら、地球規模の気候に関する体制の一 部として REDD+メカニズムに関する国際的な合意を支援する。REDD+がどのように計画され実施さ れるか次第で、伐採や森林劣化からの排出を減少するためのインセンティブを提供するだけでな く、国際的・国家的・地域的レベルでの生物多様性やその他の利益を確保することも可能になる。 」 • 「提案されているグリーン開発メカニズム(GDM)のような、より広範囲にわたる生態系の公共財 である生物多様性と自然資本への直接投資を支援する新しく登場しつつある国際的なイニシアチ ブに貢献する。 」 • 「遺伝資源の利用から生じる利益のより効率的かつ公平な分配のための国際的な制度に関する 5-32 ビジネスのための TEEB CBD の下での交渉を成功させる。取引費用を最小限にするための、より良い審査と契約および紛争 解決の手続きと並んで、遺伝資源に基づいた商業化の成功をもたらす地域の伝統的知識には、付 加価値が必要である。 」 • 「生態学的な関心を組み入れ保護を促進する活動に税の免除を提供する機会をより体系的に活用 する。土地を寄付したり長期的な管理契約に合意する民間の関係者に対して税控除は強力なイン センティブになり得る。 」 • 「消費者や公共の調達政策が生物多様性と生態系サービスに配慮した製品やサービスに対する需 要を刺激する中で、生産者が新しい市場チャンスに備えるための支援をする。政策立案者は、明 示的に生物多様性と生態系サービスの保護を含めた、しっかりとした手続きと業績の基準および 検証手続きの開発を支援することができる。公共のビジネス諮問および支援プログラムは、環境 に良い製品やサービスのための新しい市場のニーズを企業が満たすための支援をするように協調 すべきである。 」 • 「開発途上国の生産および輸出セクターを支援し、新しい市場基準の開発と実施に効果的に参加 することを可能にするために協力的な対策を実施すべきである。この種の支援目標は、生物多様 性と生態系サービス、開発と貧困減少に相乗効果をもたらすことで、国際開発援助の重要な一部 になり得る。 」 このような政策の開発は、上記に概説したような自主参加型のツールやインセンティブを強化するこ とになるだろう。しかし、民間のイニシアチブと公共政策の間の相乗効果を確実にするためには、国家 的および国際的両方のレベルでの生物多様性ポリシーの開発にビジネスが関わることが不可欠である。 5-33 ビジネスのための TEEB 何をすべきか? 5.5 既存の「主流」ビジネスへの生物多様性の組み込みに対する新しいアプローチ、新しい生物多様性ビ ジネスの出現、新しく革新的な生物多様性と生態系サービス市場の開発 ― 本章では、生物多様性と生 態系サービスがビジネス・リスク以上にはるかに多くのものを得られるものであり、利益をもたらすビ ジネスチャンスの基礎となり得る、また、実際に基礎となっているケースが増加していることを示すこ とを目指している。 生物多様性と生態系サービスに対するビジネス的アプローチは、生物多様性にとっても財務的利益と しても差し引きプラスの影響をもたらすことができる。エコシステム・マーケトプレイスから改編引用 した以下の表が示すように、生物多様性と生態系サービスは、今後数年間、利益の多いビジネスチャン スを提供する可能性が高い。 表 5.5 生物多様性と生態系サービスの市場チャンス 生物多様性と生態系 サービスの市場チャンス 市場規模(米ドル/年) 2008(実際) 2020(推定) 2100 億ドル 認証農産物 400 億ドル (有機、フェアトレード等) (世界の食品・飲料品市場の 2.5%) 2050(推定) 9000 億ドル 50 億ドル (FSC 認証製品) 150 億ドル 500 億ドル 様々な試験プロジェクト (ニューサウスウェールズの GHG 減 少計画等):50 万ドル 50 億ドル 50 億ドル 50 億ドル 50 億ドル 70 億ドル 150 億ドル 60 億ドル 200 億ドル 20 億ドル 100 億ドル 100 億ドル 200 億ドル 1 億ドル 4 億ドル 1 億ドル 5 億ドル 認証林業生産物 規制市場における森林ベー スのカーボンオフセット (CDM、REDD+等) 任意市場における森林ベー スのカーボンオフセット (VCS 等) 2006 年に 2,100 万ドル 政府介在による生態系サー ビスへの支払 30 億ドル 水関連の生態系サービスへ の政府による支払 52 億ドル 流域管理のための任意の支 払 コスタリカやエクアドルにおける様々な 試験プロジェクト:500 万ドル 規制市場における生物多様 性補償(US 湿地銀行等) 34 億ドル 任意の生物多様性補償 1700 万ドル バイオプロスペクティング 契約 3000 万ドル 土地信託、地役権、その他 環境保護のための金融イン センティブ(北米およびオー ストラリアにおける TNC プログラム等) アメリカのみで 80 億ドル 200 億ドル 予測困難 出典:http://moderncms.ecosystemmarketplace.com/repository/moderncms_documents/PES_MATRIX_06-16-08_oritented.1.pdf から改編して引用 5-34 ビジネスのための TEEB ビジネス的な観点から、生物多様性と生態系に投資する理由と機会は、ますます魅力的になっている。 これらの機会は、ビジネス的利益が生態系サービスの質と量に直接依存する場合 ― エコツーリズム事 業等 ― に最も顕著であるが、他にも、木材、水、繊維、魚、野生の遺伝資源のような天然資源に依存 している事業にとっても同様である。生物多様性ビジネスのチャンスは、鉱業、エネルギー産業、農業、 漁業、建設業、林業、観光業、製薬業、化粧品製造業、銀行業、ファッション業界等、驚くほど広範囲 にわたる業界で見出すことができる。 それでは、何をする必要があるのだろうか。なぜ、生物多様性保護に民間セクターによるもっと多く の投資が見られないのだろうか。なぜ、農業から銀行や観光まで様々な業界にわたって、新しい生物多 様性ビジネスの成長が急増していないのだろうか。もし生態系サービスがこの惑星の生命にとって科学 者が言うほどに重要ならば、国内および国際的な生態系サービス市場が急速に拡大していないのは、な ぜだろうか。 おそらく、より多くの市場を基盤としたツールが必要なのであり、さらに重要なことに、生物多様性 を保護し生態系を回復するためのビジネスの潜在的可能性を、我々はもっと信じる必要があるのである。 このことは、実際的には、生物多様性資産をどのように管理するかにおいて、企業により大きな責任と、 また同時に、より大きなアクセス性や影響力を与えるということを意味する。今日の世界のほとんどす べての国において、山岳、森林、草地、湿地、湖、河川、沿岸地域、海洋の排他的経済水域等、主要な 生物多様性資産は政府が直接所有しているか、直接管理している。すなわち、もし我々が生物多様性の 損失を阻止し、劣化した景観と生態系を回復する支援のためにビジネスの力を活用することを望むなら、 社会が自然資本と生物多様性資産を管理する方法を考え直す必要がある。 重要なことは、生物多様性資産への民間部門のアクセスが増加することは、適切な、権利および責任 の一連と組み合わせない限り、持続可能な結果をもたらさないでしょう。自然資産へのアクセスが開か れているところでは ― 特に公海やその漁場では ― ビジネスそれ自体だけでは生物多様性の保護と持 続可能な資源管理を行うことができないことは経験から明らかである。もちろん、策立案者向け TEEB 報 告書レポートが強調したように、漁業業界への政府の補助金もこのような状況を改善することはない。 もし、生物多様性のビジネスチャンスを拡大することを我々が真剣に考えるなら、必要なのは、生物 多様性資産が保護され、持続可能かつ公平な形で利用され、必要に応じて回復されるように、責任を持 って主要な生物多様性資産を管理する能力を企業に与えることなのである。そのためには、自然保護に 資本主義を活用するために、我々が自然を管理する方法を考え直す真剣な責任感が必要である。 5-35 ビジネスのための TEEB 巻末注 1 IFOAM(The International Federation of Organic Agricultural Movements)は、次のように説明している。 「有機農業は、土壌、生 態系、人間の健康を維持する生産システムである。生態学的プロセ ス、生物多様性、その地域の状況に適応したサイクルに依存し、悪 影響のある投入材を利用しないものである。有機農業は、共有の環 境に利益をもたらし、 関係者全員の公正な関係と良好な生活の質を 促進するために伝統、革新、科学を組み合わせる。」参照: http://www.ifoam.org/press/press/2008/20080522_Press_Releas e_Organic_Agriculture_for_Biodiversity.php 「2.1 主要な基準。全ての既存の自然生態系が、水中および陸上 ともに、保護プログラムを通じて特定、保護、回復されなければな らない。 プログラムは、 農業に適さない農場内の該当地域に対して、 自然生態系の回復または森林再生を含むものでなければならな い。 」 「2.2 主要な基準。農場は、農場内外の水中または陸上の生態系 の完全性を維持しなければならず、 生態系の破壊や改変を許可して はならない。 」 2 UEBT(Union for Ethical BioTrade)による最近の調査が、この 業界における生物多様性と生態系サービスに対する責任」 に対して 消費者の関心レベルが非常に高いことを示している。参照: http://uebt.ch/conferences/dl/UEBT_BIODIVERSITY_BAROMETER_w eb280410.pdf 3 ある企業は、ルイジアナ州の土地の湿地銀行への開発により、エ ーカー/クレジットを 1 つ当たり 20,000 ドルから 25,000 ドルで売 却できると主張している。これに基づくと、この企業は開発事業者 にクレジットを販売することにより、 所有する 7,100 エーカーの湿 地銀行から 1 億 5 千万ドルを生み出す可能性がある(WRI, 2008) 。 4 漏出は、1 つの地域の伐採の減少が、ただ他の場所での伐採の増 加の原因になるプロジェクトが存在しなかった場合森林保護、 造林、 または森林再生がある場合のみ、プロジェクトは「追加性」を提供 する(基本線シナリオ) 。 5 マーキットは、環境商品市場のインフラ提供事業者である。 6 財産権は、次のように定義され得る。 「利益の流れを欲し、また は何らかの干渉をする他者に対して義務を課すことにより国政府 が保護することに合意する利益(または収入)の流れに対する請求 権」 (Bromley 1991) 。ビジネスにとっては、環境サービス利益(ま たは収入)の流れに対するこの請求権の保護は、生態系サービス市 場に関わるうえで根本的なものである(Adger and Luttrell, 2000; Bayon 2004) 。 7 これらのファクターは、生態系サービスや投資が行われる国によ って異なることを理解すべきであり、 基準リスク評価プロセスの一 部として考慮されるべきである。 8 REDD 活動が高い炭素貯留量と高い生物多様性価値の両方がある 地域に集中する場合は、UNFCCC の炭素削減目標と、生物多様性会 議の生物多様性保護目標とを同時に達成することになる(UNEP, 2008) 。 9 生物多様性の破壊を支援する逆インセンティブの代わりに、この 土地を回復するための財務的なインセンティブが必要である。 ある 国々では、この状況がビジネスと REDD 資金提供に主要な機会を提 供することができる。 これらの土地を所有または利用する貧しいコ ミュニティには保障措置が必要である。 10 2010年4月14日の草案は、次のように述べている。 「業績基準6は、 生物多様性の保護と保全、生態系サービスの維持、自然資源の持続 可能な管理が、 持続可能な開発にとっての基礎となるものであると 認識する。本業績基準は、生物多様性を保護し持続可能な形での再 生可能な自然資源の利用を促進するための生物の多様性に関する 条約の目標を反映するものである。本業績基準は、クライアントが 業務から生じる生物多様性への影響をどのように回避、 減少、 回復、 補償することができるか、および、どのようにして再生可能な自然 資源と生態系サービスを持続可能な形で管理することができるか を扱う。 」参照: http://www.ifc.org/ifcext/policyreview.nsf/Content/Performa nce-Standard6 11 たとえば、持続可能な農業のためのこれらの基準における生態系 保護に関する 2 つの主要な基準は、以下のとおりである。 (参照: http://www.rainforest-alliance.org/agriculture/documents/su st_ag_standard.pdf) 5-36 ビジネスのための TEEB 参 考 文 献 the tourism industry (September). Addams, L. Boccaletti, G. Kerlin, M. and Stuchtey, M. (2009) Charting Our Water Future: Economic frameworks to inform decision-making. 2030 Water Resources Group, McKinsey & Company. URL: http://www.mckinsey.com/clientservice/water/ charting_our_water_future.aspx Adger, W.N. and Luttrell C., (2000) ‘Property rights and the utilisation of wetlands’. Ecological Economics, 35 (1), pp. 75-89. Barber, T. and Krivoshlykova M., (2006) Global Market Assessment for Handicrafts, USAID, Volume 1 (final draft). Bayon, R. (2004) ‘Making Environmental Markets Work: Lessons from Early Experience with Sulfur, Carbon, Wetlands and Other Related Markets’, presented at Katoomba Group meeting, Lucarno, Switzerland. Bayon, R. Carroll, N. Hawn, A. Kenny, A. Walker, C. Bruggeman, D. Campbell, E. Ferguson, A. and Fleischer , D., (2006) Banking on Conservation: Species and Wetland Mitigation Banking. The Katoomba Group’s Ecosystem Marketplace. URL: http://moderncms.ecosystemmarketplace.com/repository/modern cms_documents/market_insights_banking_on_mitigation.1.pdf Bernick, L. and Guth, J (2010) “Retail: Stocking the Shelves with Green”. GreenBiz Reports, Five Winds International (March). BioFach (2009a) “Weleda on the road to success”, BioFach –Vivaness Newsletter Nº 203 (7 August 2009). BioFach (2009b) “Natural cosmetic growing against the trend”, BioFach – Vivaness Newsletter Nº 204 (21 September). Bishop, J., Kapila, S., Hicks, F., Mitchell, P. and Vorhies, F. (2008) Building Biodiversity Business. Shell International Limited and the International Union for Conservation of Nature: London, UK, and Gland, Switzerland. 164 pp. (March) URL: http://data.iucn.org/dbtw-wpd/edocs/2008-002.pdf CBI (2008) The Outerwear market in the EU. Prepared by Fashion Research & Trends (September). CBI (2009a) Long Haul Tourism: The EU market for adventure travel (March). CBI (2009b) Luggage and (leather) accessories - CBI Market Survey: The EU Market for wallets and purses (April). CBI (2009c) European buyer requirements: Tourism (June). Clean Edge (2009) Clean Energy Trends 2009. (March) URL: http://www.cleanedge.com/reports/pdf/Trends2009.pdf Connor, M., (2010) “Survey: U.S. Consumers Willing to Pay for Corporate Responsibility”, Business Ethics, the Magazine of Corporate Responsibility (29 March) URL: http://business-ethics.com/2010/03/29/1146-survey-u-s-consu mers-willing-to-pay-for-corporate-responsibility/ Cullen, M.A and Durschinger , L.L. (2008) Emerging market for land-use carbon credits. ITTO Tropical Forest Update 18/3. URL: http://www.itto.int/direct/topics/topics_pdf_download/topic s_id=1881&no=0 Ecosystem Services Project (2008) The Markets For Ecosystem Services Project: Factsheet. URL: www.ecosystemservicesproject.org/html/publications/docs/fac ts/Markets_Flyer2_web.pdf Eliasch, J., (2008) Climate Change: financing global forests: the Eliasch review. London; Sterling, Earthscan. Evison, W. and Knight.C., (2010) Biodiversity and business risk: A Global Risks Network briefing. World Economic Forum (WEF), Geneva. URL: http://www.weforum.org/pdf/globalrisk/Biodiversityandbusine ssrisk.pdf Fair Trade in Tourism South Africa (FTTSA) (2009) pers. comm. Bromley, D. W. (1991) Environment and Economy: Property Rights and Public Policy, Oxford: Basil Blackwell. Business for Social Responsibility (BSR) (2006) Environmental Markets: Opportunities and Risks for Business. (Online) URL: www.bsr.org/reports/BSR_Environmental-Markets.pdf Campbell K. T. Crosbie, L. Howard, R. Mitchell, A. and Ripley, S., (2010) The Forest Footrpint Disclosure Annual Review 2009, The Global Canopy Programme, Oxford. URL: http://www.forestdisclosure.com/docs/FFD_Annual_Review_WEB. pdf Carbon Disclosure Project (CDP) (2010) Becoming a Signatory or Founding Signatory Member. URL: https://www.cdproject.net/SiteCollectionDocuments/CDP_WD_Si gnatory_Brochure_2010.pdf Carroll, N. (2008) ‘Compliant Biodiversity Offsets’ in Payments for Ecosystems Services: Market Profiles. Forest Trends and The Ecosystem Marketplace. Carter, I. J, Stevens, T. Clements, T. Hatchwell, M. Krueger, L. Victurine, R. Holmes, C. and Wilkie, D., (2009) WCS REDD Project Development Guide, USAID. URL: http://www.translinks.org/Docustore/tabid/409/language/en-G B/Default.aspx? Command=Core_Download&EntryId=3646 CBI (Centre for the Promotion of Imports from developing countries) (2004) European buyers' requirements: Benchmarking FiBL and IFOAM (2009) The World of Organic Agriculture. Statistics and Emerging Trends 2009. Bonn, Frick, Geneva. Fischer, C. (2003) Combining Rate-Based and Cap-and-Trade Emissions Policies. Discussion Paper Resources for the Future. URL: www.rff.org/Documents/RFF-DP-03-32.pdf FLO (FairTrade Labelling Organisation) (2010) Facts and figures web page. URL: http://www.fairtrade.net/facts_and_figures.html Forest Trends & The Katoomba Group, 2008. Payments for Ecosystem Services: Market Profiles. Forum For The Future, 2009. Forest Investment Review. URL: http://www.forumforthefuture.org/projects/forest-investment -review GRI (Global Reporting Initiative) (2007) Biodiversity: a GRI Reporting Resource. URL: www.globalreporting.org/NR/rdonlyres/07301B96-DCF0-48D3-8F8 5-8B638C045D6B/0/BiodiversityResourceDocument.pdf (last access 289 June 2010). Gripne, S., (2008) ‘Markets for Biodiversity: Delivering returns from emerging environmental markets.’ PERC Reports: Volume 26, No.4, December 2008. Hamilton, K. Sjardin, M. Shapiro, A. and Marcello T., (2009) 5-37 ビジネスのための TEEB Fortifying the Foundation: State of the Voluntary Carbon Markets 2009. The Katoomba Group and New Carbon Finance. http://www.globalcanopy.org/themedia/file/PDFs/LRB_lowres/l rb_en.pdf HSBC (2009) Climate Change Index annual review, (September). Plambeck, E. L. and Denend, L., (2008) The Greening of Wal-Mart. Stanford Social Innovation Review (Spring). URL: http://csi.gsb.stanford.edu/greening-wal-mart (last access 29 June 2010). Inauen, C., (2010a) Presentation: ‘Promoting biodiversity through sustainable cocoa sourcing – Experiences from a pilot project in Honduras.’ IAP (Interacademy Panel on International Issues) (2009) ‘IAP Statement on tropical forests and climate change’. URL: http://www.interacademies.net/Object.File/Master/10/070/Sta tement_DES1748_IAP%20forests_11.09_P-2-1.pdf Prescott, J., (2009) “Buyers pre-empt demand for sustainability”. Ecotextile News, (25 September). URL: www.ecotextile.com/news_details.php?id=10016 Inauen, C., (2010b) Pers. Comm. State of Victoria Department of Sustainability and Environment (2006) Bushbroker: Native vegetation credit registration and trading. Instituto LIFE, 2009. Regulations for LIFE certification (preliminary version, July). URL: http://institutolife.org/interface/public/images/en/downloa ds/LIFE_Regulations_7-17-2009.pdf (last access 9 July 2010). TEEB – The Economics of Ecosystems and Biodiversity (2009) TEEB for National and International Policy Makers (2009) URL: http://teebweb.org/ForPolicymakers/tabid/1019/language/en-U S/Default.aspx (last access 9 July 2010). IPCC (Intergovernmental Panel on Climate Change) Fourth Assessment Report: Climate Change 2007. URL: http://www.ipcc.ch/publications_and_data/publications_and_d ata_reports.htm Tourism Sustainability Council (TSC) 2009. “Partnership for Global Sustainable Tourism Criteria and Sustainable Tourism Stewardship Council Announce Merger to Form Tourism Sustainability Council”. URL: http://www.sustainabletourismcriteria.org/index.php?option= com_content&task=view&id=266&Itemid=483 Kline & Company (2009) Natural personal care products: will the growth continue? Presentation made at the 2009 edition of the In-Cosmetics trade fair (April). Madsen, B. Carroll, N and K.M., (2010) State of Biodiversity Markets. URL: http://www.ecosystemmarketplace.com/documents/acrobat/sbdmr .pdf MAC (Marine Aquarium Council) (2001) Core Ecosystem and Fishery Management International Performance Standard for the Marine Aquarium Trade (Issue 1 July) URL: http://aquariumcouncil.org/materials/mac_efm_standard.pdf (last access 9 July 2010). Mazzanti, R and Zavettieri, S., (2009) Summer 2010 Trends: Mysty, mimetic hues and weatherproof materials. Fiera de Milano Press Office, Milan (16 September). URL: www.mipel.com/files/coms-tampa96mipel_eng.pdf (last access 13 October 2009). MSC (Marine Stewardhip Council) (2009) Net Benefits: The first ten years of MSC certified sustainable fisheries. URL: http://www.msc.org/documents/fisheries-factsheets/net-benef its-report/net-benefits-introduction-web.pdf Mulder, I. ten Kate, K. and Scherr S.,(2006) Private sector demand in markets for ecosystem services: preliminary findings. Forest Trends. URL: www.fsd.nl/downloadattachment/72341/60533/private_sector_de mand.pdf Organic Monitor Gives (2009a) “Organic Monitor Gives 2009 Predictions” (30 January). URL: http://www.organicmonitor.com/r3001.htm Organic Monitor (2009b) “Global Organic Market: Time for Organic Plus Strategies” (29 May). URL: http://www.organicmonitor.com/r2905.htm Organic Trade Association (OTA) (2009) “Organic Trade Association Releases Its 2009 Organic Industry Survey” press release (4 May). URL: http://www.organicnewsroom.com/2009/05/organic_trade_associ ation_rele_1.html Parker, C. Mitchell, A. Trivedi, M. and Mardas, N., (2009) The Little REDD+ Book. Global Canopy Programme (GCP). URL: Traffic International (2006) Traffic Bulletin, Vol. 21 No. 1 (July). UNEP (2008) Forest Biodiversity. COP 9 MOP 4 Bonn, Germany. UNEP and New Energy Finance (2009) Global Trends in Sustainable Energy Investment 2009. URL: http://sefi.unep.org/fileadmin/media/sefi/docs/publications /Executive_Summary_2009_EN.pdf UNEP/CBD/WG-RI/3/INF/13 (2010) Innovative Financial Mechanisms - Initiating Work on a Green Development Mechanism. URL: http://www.cbd.int/wgri3/meeting/Documents.shtml VIETRADE (Vietnam Trade Promotion Agency) (2006) Vietnamese handicrafts and traditional craft villages (November). VIETRADE (2008) Vietnamese handicrafts and traditional craft villages (November). Willan, Becky (2009) “Twenty Trends for Sustainability in 2009-10”, Environmental Leader (24 September). URL: http://www.environmentalleader.com/2009/09/24/twenty-trends -for-sustainability-in-2009-10./ Wilhelmsson, D. Malm, T. Thompson, R. Tchou, J. Sarantakos, G. McCormick, N. Luitjens, S. Gullström, M. Patterson Edwards, J.K. Amir, O. and Dubi, A., (eds.) (2010) Greening Blue Energy: Identifying and managing the biodiversity risks and opportunities of off shore renewable energy. URL: http://data.iucn.org/dbtw-wpd/edocs/2010-014.pdf WillIe, C., (2009) Rainforest Alliance - Sustainable Agriculture Network. Presentation at the Sustainability Conference Nuremberg, (February). World Bank (2009) State and Trends of the Carbon Market 2009. URL: http://wbcarbonfinance.org/docs/State___Trends_of_the_Carbo n_Market_2009-FINAL_26_May09.pdf WHO (World Health Organization) (2003) WHO guidelines on good agricultural and collection practices (GACP) for medicinal plants. Geneva. WRI (World Resources Institute) (2008) Examples of Ecosystem 5-38 ビジネスのための TEEB Service-related Business Risks and Opportunities. URL: www.wri.org/project/ecosystem-services-review WRI, WBCSD and Meridian Institute (2008) The Corporate Ecosystem Services Review: Guidelines for Identifying Business Risks and Opportunities Arising from Ecosystem Change. World Resources Institute, Washington DC. URL: http://pdf.wri.org/corporate_ecosystem_services_review.pdf www.bamboosushipdx.com (last access 9 July 2010) www.eartheasy.com (last access 9 July 2010) www.ecoclub.com (last access 9 July 2010) www.ecoenterprisesfund.com (last access 9 July 2010) www.ecotourism.org (last access 9 July 2010) www.gdm.earthmind.net (last access 9 July 2010) www.lohas.com (last access 9 July 2010) www.msc.org (last access 9 July 2010) www.missionmarkets.com (last access 9 July 2010) www.naturalfibres2009.org (last access 9 July 2010) www.naturalvalueinitiative.org (last access 9 July 2010) www.planeta.com (last access 9 July 2010) www.rainforest-alliance.org (last access 9 July 2010) www.wfto.com (last access 9 July 2010) www.wri.org (last access 9 July 2010) 5-39 ビジネスのための TEEB 第 6 章 ビジネス、生物多様性と持続可能な開発 「ビジネスのための TEEB」コーディネーター: Joshua Bishop (国際自然保護連合(IUCN)) 編集者: Linda Hwang (BSR) 寄稿者: Suhel al-Janabi (GTZ), Andreas Drews (GTZ), Joshua Bishop (IUCN) 謝 辞 : Kit Armstrong (Plexus Energy), Tim Buchanan (BSR), Toby Croucher (Repsol), Juan Gonzalez-Valero (Syngenta), Michael Oxman (BSR) 免責事項: 本報告書で表明された見解は、純粋に著者自身のものであり、いかなる状況においても関係 する組織の公式な立場を提示したものと見なすことはできない。 ビジネスのための TEEB 報告書最終版は、アーススキャン社から出版される予定である。最終報告書に含 めることを検討すべきと考えられる追加情報または意見については、2010 年 9 月 6 日までに次の E メ ールアドレスに送信してほしい。: [email protected] TEEB は国連環境計画により主催され、欧州委員会; ドイツ連邦環境省; 英国政府環境・食料・農村地域 省; 英国国際開発省; ノルウェー外務省; オランダの省間生物多様性プログラム(Interministerial Program Biodiversity): およびスウェーデン国際開発協力庁の支援を受けている。 6-1 ビジネスのための TEEB 生態系と生物多様性の経済学 第6章 ビジネス、生物多様性と持続可能な開発 目次 主要なメッセージ 3 6.1 ビジネスへの生物多様性と生態系サービスの統合の影響 4 6.2 持続可能な開発と生物多様性保護の対立する側面 5 6.3 BES と社会開発の統合における企業の課題 6 6.3.1 生態系サービスと貧困の関係に対する乏しい理解 6 6.3.2 持続可能な開発におけるビジネス取引のリスク 7 6.3.3 プロジェクトに誘引される住民流入 8 6.3.4 企業の貧困削減プログラムへの生態系サービスの統合 9 6.3.5 成功の測定における困難 10 6.3.6 アクセスと利益配分方法に関する合意の欠如 11 6.4 結論と勧告 13 6.4.1 経済開発と貧困緩和との関連付け 13 6.4.2 持続可能な開発において、BES は決定的な役割を果たす 14 6.4.3 勧告 15 参考文献 ボックス Box 6.1 貧困および生態系の劣化 Box 6.2 貧困削減と生物多様性の保護: 両立は不可能か? Box 6.3 社会的・環境的な影響の調整: マダガスカルのリオ・ティント Box 6.4 フリーポート・インドネシアと住民流入の影響 Box 6.5 中国における生計戦略と生態系サービスの地図作り Box 6.6 ニカラグアにおける生計戦略の影響評価 Box 6.7 ノバルティスのマラリア治療薬コーテム:生物多様性、健康、貧困削減、全てにとって有益? Box 6.8 ボリビアのコムスル社:生物多様性とコミュニティの社会的原動力との関連付け 6-2 ビジネスのための TEEB 主要なメッセージ 経済的・社会的発展は、一般により多くの消費と公開市場をともない、これら 2 つはビジネスの発展と密接に 関連し、しばしば生物多様性の損失と生態系の減少にも関連する。課題となるのは、生態学的に持続可能であ り、社会的に公平であり、ビジネスにとって適正である経済開発戦略を強化することである。 適正な政治制度と明確な財産権がビジネス発展、環境保護、貧困削減のために不可欠である。生態学的に持続 可能であり社会的に許容可能な対応を立案するためには、政治制度の整備および特に財産権がどのように生物 多様性の損失と生態系の劣化に寄与しているかについての理解向上が不可欠である。資源の保有、アクセス権、 利益配分方式の改革が、企業のコミュニティへの関わりを成功させる一助となり得る。 ビジネス、自然保護、貧困削減の間には潜在的な相乗効果が存在するが、それは自動的に実現できるものでは ない。生物多様性と生態系サービスは、社会投資プログラムに関連する企業の意思決定において日常的に考慮 されるものではない。多くの企業は、生物多様性保護を支援するプログラムや、地域の経済発展を支援する別 のプログラムを持っている。少数の企業は生物多様性と生態系を社会プログラムと組み合わせる手段を見出し ているものの、多くの場合、これらのプログラムは相対立するものである。 企業にとっての良いビジネスは、地域コミュニティにとっても良いビジネスでなければならない。社会的な認 可と政府との良好な関係を得ることは、現代のビジネス世界における標準的な要件となっている。これには、 地域の環境の質に目立った貢献をすることも含まれる。ビジネスは、開発イニシアチブの独創性を向上させ試 験的イニシアチブを拡大するために当該地域および/または国で業務を行っている他の業界と提携したり、ま た、直接的な保護活動を実施したりすることを通じて、持続可能な開発と生物多様性保護の目的の両方を達成 することができる。 6-3 ビジネスのための TEEB 6.1 ビジネスへの生物多様性と生態系サービス の統合の影響 最も広く受け入れられている定義の 1 つによると、持続可能な開発とは、 「将来の世代が自分たちのニーズを 満たす能力を落とすことなく、現在のニーズを満たす開発」 (Brundtland 1987) 。貧困撲滅、持続可能でない生 産と消費パターンの減少、自然資源の保護と管理が持続可能な開発のための全般的な目標および不可欠な要件と して挙げられることが多い。 地球上の全生命を支える生物多様性と生態系サービスが劣化するにつれて、持続可能な開発を達成することが より困難になる。第 2 章で述べたように、人間は、食糧、飲用水、繊維、エネルギーの増大する需要を満たすた め、最近数十年間で生態系に対する前例のない変化をもたらしている。何十億人もの人々の生活の質は改善した が、この変化は、空気や水の浄化、自然災害からの保護、薬の提供といった主要なサービスを自然が行う能力を 弱めてきた。ミレニアム・エコシステム・アセスメントは、他の多くの分析同様、生態系サービスの損失は、貧 困、飢餓、病気の減少に対する重大な障壁であると強調している(ミレニアム生態系評価 2005) 。 ビジネスにとっての課題は、社会的・環境的な開発活動が、さらなる生物多様性の損失および生態系サービス の劣化につながらないようにすることである。地域の住民のためにサービスを供給する生態系の能力と、これら のプログラムを組み合わせるための大きなチャンスが存在する。しかし、企業の社会的・環境的開発プログラム が生物多様性を保護し、土地やその他の自然資源のより合理的な活用を通じて地域の暮らしを支援することがで きるようにするためには、より多くの調整が必要である。本章では、企業等による社会的および環境的責任を調 和させる試みの事例に焦点を当てつつ、ビジネス、生物多様性、持続可能な開発の間の潜在的な相乗効果と対立 について検討する。 6-4 ビジネスのための TEEB 持続可能な開発と生物多様性保護の対立す 6.2 る側面 企業のプログラムの目標は、一方では人間的・経済的な開発に、もう一方では環境的な持続可能性に 焦点を当てることで、相対立する場合がある(例えば、Box 6.1 と 6.2 参照) 。これは、生物多様性、生 態系、生態系サービスをビジネスに統合する際のなかなか困難な側面の 1 つである。すなわち、生物多 様性の保護と社会の発展を目指して立案される企業の活動は、多くの場合、2 つを同時に達成すること ができないのである。 Box 6.1 貧困および生態系の劣化 「生態系サービスと貧困との間の一見明白な関連性にもかかわらず、貧困層の生態系サービスへの依 存度が測定されることはまれであり、したがって、国家統計、貧困評価、土地利用と自然資源の管理 に関する決定において通常は見過ごされてしまう。特に、生態系の変化に関連する勝者と敗者のパタ ーン、特に慢性的な貧困者および女性に対する影響は、ほとんど考慮されてこなかった。そのような 無関心が、貧困削減における環境の役割を無視する不適切な戦略へとつながり、社会の最貧困層のさ らなる疎外と生態系への圧力の増加をもたらし得るのである。 」 出典:Shackleton et al. (2008) 世界の最貧困者 ― 1 日 1 米ドル未満の収入で生活する約 12 億人 ―の 4 分の 3 は、 農村地域に住み、 大部分が農業に依存して生活している(Cervantes-Godoy and Dewbre 2010) 。貧困層の限られた購買力 のため、彼らは地域の資源の代替品を近隣周辺から得ることが難しい状況に強いられている。結果的に、 彼らは食糧、水、エネルギー、住居、その他必需品の供給を地域環境の健全性に大きく依存している。 健全で有効な自然環境は、農村コミュニティに様々な生態系サービスを提供する。特に、貧しい農村 部の世帯は、小規模な農業、漁業、狩猟、薪やその他の自然産物の採集等、自然資源を利用して得られ る現金収入と生活の糧に依存している(WRI 2005) 。地域コミュニティの立場から考えると、重要なのは このような地域レベルの生物多様性なのである。すなわち、野生動植物の分布と豊富さ、作物と家畜の 種類の多さ、直接アクセス可能な生態系の多様性なのである(Ash and Jenkins 2007) 。 Box 6.2 貧困削減と生物多様性の保護: 両立は不可能か? ルワンダ外縁の「火山国立公園」は、マウンテン・ゴリラが生息することで有名である。その地域の 多くは、よい土壌にも恵まれ、肥料の使用とジャガイモの品種改良が潜在的な作物生産量を 2 倍、3 倍にするにつれて、土壌の価値はさらに高くなると見込まれている。同時に、市場運営の向上、道路 の改良、通信ネットワークの拡大により、地域全体の輸出市場はますます身近なものになっている。 しかし、経済成長と貧困削減プログラムは、地価の上昇と栽培による潜在的な利益のために、火山周 辺の保護地区への農業の侵入のリスクを増加させる可能性がある。 出典:Mellor, John (2002)より改編 6-5 ビジネスのための TEEB 6.3 BES と社会開発の統合における企業の課 題 農村コミュニティと貧困世帯の物理的な高い環境への依存度を考慮すると、企業にとって生物多様性 の保全と持続可能な開発を同時に実現するプログラムを実施するチャンスがあり得る。しかし、企業は そのようなプログラムを統合するに当たって、以下に述べるような様々な課題に直面する。 6.3.1 生態系サービスと貧困の関係に対する乏しい理解 少なくとも以下の 3 つの理由から、生物多様性と生態系サービスは企業の社会開発プログラムにおい て日常的には考慮されていない。 z 生態系サービスを生み出す生態学的プロセスに関する乏しい理解。生物物理学的プロセスを理解 することは、生態系サービスの生産に対する人間の行為や自然現象の生態学的な悪影響や好影響 を予測することに役立ち、管理における代替手段を評価するために不可欠である。 z 生態系サービスの生産、利用、価値の空間的・時間的な範囲がよく理解されていない。地域的な 決定は、他の地域の自然資源や生態系サービスに影響を与える潜在的可能性がある。政策決定者 は、地域的な決定の広域的あるいは地球的な影響に気づいていない可能性がある。 z 生態系サービスの金銭的および非金銭的な価値(社会的・文化的な価値を含む)に関する情報が 欠如している。 自然資源の保護と回復および経済開発に関する決定は、自然システムによって提供されるサービスと、 自然や人間の引き起こす変化に対するそれらのサービスの反応についての理解を必要とする。貧困削減 を達成するための戦略のいくつかは、生態系への圧力を増加させ、生態系が長期的に利益を生み出し維 持する能力を阻害する可能性がある。反対に、環境保護活動へのビジネスの支援は、考慮に入れる必要 がある予期しない社会的な結果をもたらす可能性がある(Box 6.3) 。 一般に、ある生産物の供給(例えば食糧の生産)を向上するための投資は、生物多様性を劣化させ、 他の自然資源(水、魚、野生生物等)の供給を減少させ、最終的には地域住民の収入源を奪ってしまう 可能性がある。さらに、供給されている生態系サービスの過剰な利用は、他の場所でのサービスを劣化 させることが多い(Rodriguez et al. 2006)。例えば、南インドでのユーカリ樹のプランテーションは パルプとタンニンを提供するが、森林化された貯水場からの水の生産量の減少のため、下流の水力発電 プロジェクトに影響を及ぼしている。同様に、材木採取のため伐採され、または鉱業のために利用され る自然林地域では、炭素隔離、洪水抑制、生物多様性保護といった価値が減少する可能性がある。これ により、将来提供されるサービスが減少し、地域住民が環境的な変動の影響を受けやすくなる可能性が ある。 6-6 ビジネスのための TEEB Box 6.3 社会的・環境的な影響の調整: マダガスカルのリオ・ティント リオ・ティントは、その業務において生物多様性に対する差し引きプラスの好影響(Net Positive Impact, NPI)というポリシー目標を掲げている。同社は、最先端の回避、緩和、生態系回復と生物多 様性オフセットやその他の環境保護行為を組み合わせることによって NPI を達成することを目指して いる。マダガスカルでは、オフセット戦略の一環として、地域の鉱業活動の不可避的な残留的影響を 部分的に埋め合わせるために約 60,000 ヘクタールの低地雨林の保護を支援することを検討している。 このケースでは、保護される地域と結果として生じる生物多様性の利益は、会社の鉱業活動の残留的 影響を埋め合わせるために必要な保護利益を満たし、上回る可能性もあると考えられている。これら の生物多様性利益の金銭的な価値を評価するために、研究が委託された。研究では、先行投資と保護 地区の管理費用を含めた環境保護の費用と、歴史的に食糧と収穫の少ない時期の現金収入、農業拡大 のための資源を提供してきた土地へのアクセスを地元住民が失うことで受ける機会費用とが調査され た。 考慮された生態系の利益には、野生生物の生息地(純現在価値で 270 万米ドルと評価される) 、水文学 的調節(76 万米ドル) 、炭素貯留(2,670 万米ドル) 、潜在的エコ・ツーリズム利益(250 万米ドル)が 含まれる。環境保護に関連する大きな経済的な純利益が存在すると研究は結論付けた(全費用を差し 引いて約 2 千万米ドル) 。しかし、これらの利益の多く(野生生物の生息地、炭素貯留等)が地球規模 で蓄積する一方、環境保護の費用は、森林資源へのアクセスが制限される地域コミュニティによって 主に負担される。 研究は、例えば生態系サービスへの支払い(Payments for Ecosystem Services, PES)を通じた、地 域住民の負担する機会費用に対する補償の必要性と補償の潜在的な大きさを強調した。このケースで の炭素貯留の価値は重大だが、地域住民は、自然保護による不利益を受けないためには、森林の伐採 と劣化からの排出減少(Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation, REDD) による潜在的収益の約 3 分の 1 を、さらに、自然保護がなかった場合よりも暮らし向きがよくなるた めには REDD の潜在的収益の約半分を受け取る必要があるだろう。 出典:Olsen and Anstee (2010) 6.3.2 持続可能な開発におけるビジネス取引のリスク 企業は、持続可能な開発計画を図るため、しばしば業界間の提携を行う。しかし、そのような提携は、 政府の役割を強化し補完はすることができるものの、取って代わるべきものではないことを念頭に置い た方がよいだろう。 政府と企業は、しばしば同じような目的のために機能するため、両者の役割と責任は時に曖昧になる。 多くの企業投資プログラムは、生物多様性、経済開発のいずれか、あるいは両方に焦点を当てたもので あったとしても、地域コミュニティがニーズを満たすために利用可能な資源の用途を拡大することを目 的としている。 企業は、人権を保護し尊重することに対してプラスの貢献をすることができるが、非政府組織として の法的・実用的な制限にも直面する。企業は、自社の人権への影響を評価し対処することによって人権 の尊重を促進することができる一方、人権を施行し保護するに当たって政府の役割に取って代わること はできない(詳細に関しては Ruggie 2010 を参照) 。 さらに、プロジェクトの開発と実施において地域パートナーを支援するための企業の潜在能力にかか わらず、企業は時に自らの能力や専門性を超えるような結果に対して責任を負わされることがある (IPIECA 2006) 。例えばペルーでは、ペルーLNG が、地域の NGO やその他の生物多様性保護の目的で協 力するイニシアチブと提携関係を構築するために、国家環境協議会と密接に協力することで、このリス 6-7 ビジネスのための TEEB クに対処した(IPIECA 2006) 。ペルーLNG は、生物多様性の保全実績と地域コミュニティーとの長期的 な関係を持つ地域の利害関係者と協働することにより、地域のコミュニティとの信頼と友好関係を確立 することができた。 6.3.3 プロジェクトに誘引される住民流入 大規模な土地利用プロジェクトは、プロジェクト現場周辺の社会的な景観を劇的に変化させる可能性 がある。初期のプロジェクト計画書は、大抵、プロジェクト地域の人々が期待するであろう潜在的な利 益の概略を説明するものである。一般的には、これらの利益には、プロジェクトの影響を緩和するため の手段、資源の損失や環境被害の補償、賃金労働を通じたプロジェクトへの参加の約束、プロジェクト 関連のコミュニティ開発プログラムが含まれる。これらの約束は、特に国家の開発プログラムに関わる ことが困難な、人里離れた農村地域において、プロジェクトが生活と暮らしを変えてくれる可能性に対 する地域コミュニティの期待を高めることが多い(USAID 2010; Banks 2009) 。 世界の多くの場所で、このような大規模プロジェクトに関連する経済的な機会は、他の地域からの多 くの人々や集団の流入を引き起こし、既存の地域社会構造や関係を根本的に再構築する結果になる可能 性がある(Banks 2009; IFC 2009) 。一例が、Box 6.4 に示されている。 Box 6.4 フリーポート・インドネシアと住民流入の影響 インドネシアのウェスト・パプアにある PT フリーポート・インドネシアのグラスバーグ金銅鉱山は、 1967 年から 1972 年の間に建設され、それ以来ずっと操業を続けている。もともとの鉱山の譲渡には、 Amungme と Kamoro の 2 つの原住部族集団が慣行的に所有してきた土地が含まれていた。時の経過とと もに、鉱山と地域の開発が進むにつれて、雇用機会とより良い暮らしのために他の原住部族(Dani, Ekari, Moni, Nduga, Damal 等)がその地域に集まってきた。人口が増加するにつれて、移住した部族 は、数的な強みを持つ、政治的に強力な利害関係者集団として確立し、フリーポートによって補償を 受ける資格がある原住民集団として認められることを主張するようになった。 出典:IFC, 2009. 住民流入により、以下のような、いくつかの問題が生じている。 z 急速な人口増加と、プロジェクト地域内に住む人々の数の増加は、公共のインフラ、サービス、 公益事業を逼迫させる可能性がある。 z 人口増加のため、プロジェクト・マネージャーは新しいインフラ、サービス、公益事業の建設、 改修、および/またはメンテナンスに寄与することを予期せずして要求される可能性がある。 z 移住者は、もともとの住民の生活スタイルや既存の暮らしの基盤を脅かすことにより、一部の住 民の福祉を悪化させる可能性がある。 プロジェクトに誘引される住民流入は、プロジェクトを運用する背景を大きく変える可能性がある。 移住者の流入は、生計を営む方法を変えることにより、または、他の(潜在的に破壊的で望ましくない) 社会経済的変化を引き起こすことにより、移住先のコミュニティに影響を及ぼす可能性がある。影響の 本質がどんなものであれ、プロジェクトのコストとリスクを増加し、最終的には事業運営するためのビ ジネス許可にも影響を及ぼす可能性がある。 6-8 ビジネスのための TEEB 6.3.4 企業の貧困削減プログラムへの生態系サービスの統合 経済成長は、農村地域の貧困削減において重要なファクターであるが、地域規模での生態系サービス と貧困削減との関係については、よりよく理解する必要がある。例えば、遺伝的多様性の損失は、食料 安全保障の低下、経済的不確実性の増加、害虫や病気に対する弱さの増加、適応可能性の減少、地方固 有の知識の損失に関連する可能性がある(Shackleton et al. 2008; WRI 2005) 。モザンビークでは、コ ミュニティは日々の生活のニーズを満たすため薪、蜂蜜、葦、竹、粘土、椰子といった地元の資源に依 存している。限られた情報のため、これら「無料」の生産物の利用は、しばしば過小評価されている (Shackleton et al. 2008) 。少なくとも、生態系がどのように劣化していくか、および、生態系が、地 域コミュニティにとって重要な生態系サービスを提供する能力をどのように改善できるかについての理 解の向上は、農村地域における企業の持続可能な開発プログラムの成功を保証するために大きな前進と なり得る(Box 6.5 参照) 。 Box 6.5 中国における生計戦略と生態系サービスの地図作り 異なる生態系の本質的な特徴のため、生態系管理を通じた貧困削減の潜在的可能性には、中国全土に おいて大きな差異がある。生態系区域の分析によると、変わりやすい季節性の降雨に特徴づけられる 草原において、貧困のリスクが高いことが分かった。それら草原の持続可能な管理には、各種の草原 の生態系プロセスとそれとともに発達した生活習慣の理解が必要である。これらの地域の原住民の多 くの家畜管理を中心とした遊牧民的な生活スタイルもまた、地域の生態系の生産性を大きく決定づけ る年毎の降雨の変動の大きさに対応して発達したものである。 出典:中国農業科学学会(2008)より改編 ほとんどの企業は、自らの生態系サービスへの影響や依存に関しては依然として理解が未熟である。 したがって、ほとんどの企業は、事業を行う地域の生態系プロセスの調査を行い、地域レベルでの生計 戦略に照らし合わせて把握するために必要な訓練されたスタッフや内部的なリソースを持たない。 6.3.5 成功の測定における困難 リスクの減少や事業運営の社会的な認可の増加等、地域の経済社会発展を支援することによる潜在的 なビジネス利益はあるものの(ODI and EAP 2007; IFC and BSR 2008) 、地域コミュニティにとっての利 益は、評価することがより困難である場合が多い。国際石油産業環境保全連盟、国際金融公社、グッド・ ガバナンス・センターのような組織が、ビジネス活動やプログラムのプラスとマイナスの影響を識別す るために役立ち得る社会的影響評価を行う方法に関して、指針やツールを提供している。しかし、これ らの組織さえも、彼らの活動の多くの社会的・環境的な側面を評価することの複雑さを認識している (IPIECA and OGP 2002) 。企業の社会開発プログラムは、例えば自然資源への圧力を減少するための戦 略として、別の生計戦略を導入することもあるが、成功している別の選択肢が提供されている場合でさ え、必ずしもその選択肢を導入するわけではないことを示す証拠がある(Sievanen et al. 2005) 。また、 実施が困難な場合でも、常に受益者が別の選択肢を採用するとは限らない(Wells et al. 2007) 。 6-9 ビジネスのための TEEB Box 6.6 ニカラグアにおける生計戦略の影響評価 包括的な沿岸管理と海洋保護プログラムである、USAID とロードアイランド大学によるニカラグアにお ける SUCCESS プログラムは、社会的・環境的開発プログラムの影響測定の困難さを立証している。同 プログラムは、ニカラグアの沿岸および海洋の資源の持続可能な管理と保護に対して有益な影響をも たらす開発生計開発戦略を創出し、支援することに焦点を当てている。地域コミュニティは、食糧と 収入を沿岸資源に依存しているが、様々な物理的、社会的、経済的な要因が、これら資源の健全さと 持続可能性を脅かしている。SUCCESS プログラムとこれらのコミュニティは、自然資源を元の豊かさへ と回復しコミュニティの生活の質を改善するためのアプローチを利用することで、生態系を監視し、 別の生計の営み方を開発し、養殖と自然資源を管理している。プロジェクトの生計への影響に関する 具体的な問題の例は次のとおりである。 ●プロジェクトの恩恵を受けていない人たちと比較して、プロジェクトは世帯収入を増加し、または 収入源を多様化したかどうか。 ●プロジェクトの恩恵を受けていない人たちと比較して、生計活動に従事している世帯が漁業への依 存を減少させ、あるいは、資源の管理と保護に対して異なる姿勢を持っているか。 影響変数には、世帯収入、支援された企業活動からの純収益、世帯の生産的活動の数(多様性変数) 、 物質的な生活スタイルに関わる指数、世帯活動としての漁業への依存が含まれる。世帯収入と純収益 は、特にパドレ・ラモス河口周辺のコミュニティの世帯のように、農村で自然資源に依存する極貧層 の世帯に対しては、影響に対処するための良い指標ではないと研究は結論付けた。 出典:Crawford et al. 2008 6.3.6 アクセスと利益配分方法に関する合意の欠如 製薬業界に寄与するものとしての野生遺伝資源の価値については、以前の章(および TEEB 2009)で 指摘されている。遺伝資源および/または自然の生化学化合物に依存する他の業界には、生物工学、種子 生産、畜産、作物保護、園芸、化粧品、香水、植物性薬品、飲食品業界などがある。 多くの場合、産業で利用される遺伝資源物質は、生物多様性が高い熱帯の国々から採取される。さら に、特定の種の産業的な潜在可能性は、何百年もの間これらの資源を利用してきた地域コミュニティの 地元の知識に基づいていることが多い。しかし、野生遺伝資源を利用することで得られる利益は、第 5 章で述べたように莫大になり得るにもかかわらず、その利用から生じる利益は、原産国やコミュニティ とに配分されることはほとんどない。 最近まで、開発途上国は、彼らの資源、伝統的知識、文化的慣行の利用が補償される手段を持たなか った。したがって、生物多様性条約(CBD)の 3 つの目的のうちの 1 つは、 「遺伝資源の利用から生ずる 利益の公正かつ衡平な配分」である(http://www.cbd.int/abs/regime.shtml)。アクセスと利益配分 (access and benefit-sharing, ABS)に関して CBD 第 15 条に記載されている原則は、貧困の緩和と持 続可能な開発のための大きな機会を提供している。 最近、国際法または国内法および自発的なガイドラインにおいて、ABS の原則を明言し確立するため 多大な努力が行われている。一般に、これらの ABS の枠組みが模索する内容は以下のとおりである。 z 貧困緩和と自然保護の支援 z 技術、知識、スキルを移転することによる能力開発の支援 z 特に原産国における社会開発の向上 6-10 ビジネスのための TEEB z あらゆるレベルでの説明責任と適正な統治の保証 国際的な ABS 枠組みの開発における重要な出来事は、遺伝資源の利用のための「相互に合意した条件」 や「事前通知承諾」といった問題を扱った自発的な「アクセスと利益配分に関するボン・ガイドライン」 に関する合意であった(SCBD 2000) 。この合意にもかかわらず、2002 年の持続可能な開発に関する世界 サミット(World Summit on Sustainable Development:WSSD)では、自主的なガイドラインでは遺伝資 源の不適正な配分という現行の問題に対処することができないと世界各国の政府が結論付けた。 WSSD は、 「遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分を促進し保障するための国際的な制度」を開発 することを CBD に求めた(WSSD 実施計画の第 4 章、サブセクション(o)を参照) 。それに続く CBD COP7 と COP8 における決定では、この要請を取り上げ、基準適合のメカニズムを核に持ち、2010 年後半 (CBDCOP10)を期限とする法的に強制力のある ABS 制度(または「アンチバイオパイラシー・プロトコ ル」 )の基礎をまとめた。 提案される新しい ABS 制度に関する交渉における各国の立場は微妙あるが、大まかに要約すると次の とおりである。 (遺伝資源の提供者としての)ほとんどの開発途上国政府は、遺伝資源の利用から生じる 利益の「公正な配分」を保証するための包括的で総括的な議定書を望んでいる。一方、多くの工業国す なわち「利用」国の政府は、より柔軟な自発的なアプローチに賛成している。後者の主張は、遺伝資源 (または、その派生物)の利用者に、また、野生動植物についての関連する伝統的知識の利用に厳格な 利益配分義務を課すことは、これらの資源の利用を魅力的でないものにし、研究開発の努力を阻害し、 ビジネス業務を妨害することになるというものである。 ABS に関する妥協点に到達することは、容易なことではないだろう。しかし、遺伝資源へのアクセス を、どのようにして生物多様性の保護と平等な利益配分とを組み合わせることができるかを立証する最 近のいくつかの自発的な合意から、心強い教訓を学ぶことができる(Box 6.7) 。 Box 6.7 ノバルティスのマラリア治療薬コーテム:生物多様性、健康、貧困削減、全てにとって有益? 1994 年にスイスに本拠を置くヘルスケアの多国籍企業ノバルティス社は、中国のパートナーとともに、 今日のマラリア治療の世界の主導的なアルテミシニンをベースにした併用療法である複合薬コーテム の開発を開始した。この製品は、中国や東南アジア諸国原産の植物クソニンジン(Artemisia annua) の抽出物を基にしている。資源へのアクセス許可は中国政府によって与えられ、主に中国のいくつか の業者によって現在アクセスが確保されている。クソニンジンは、現在では主に高い需要を満たし、 また、種の自然生息地への圧力を減らすため、野生のものを採集するのではなく、品種改良された種 子を用いて栽培されている。 有効成分アーテメータとルメファントリン 1 は漢方で知られていて、ノバルティスのリサーチ研究所 によってさらに開発・精製された。コーテムの特許はおよそ 50 か国で取得され(国際申請番号 PCT/EP 1999/004355)、ノバルティス社、微生物・疫学研究所、中国政府軍事医学科学院による共同所有とな っている。 ノバルティスによる利益配分は、科学研修、技術移転(研究設備等) 、クソニンジン生産者からの原料 に対して約 1 億 5 千万~1 億 6 千万米ドル、さらに中国の科学パートナーへの追加の特許料等の支払い を含む。 2001 年には、ノバルティスは、マラリアに感染した開発途上国でコーテムを公共機関に非営利的価格 で提供するために世界保健機関との了解覚書を締結した。この合意に基づき、提供された治療の数は 12 カ国での 400 万件(2004 年)から、60 カ国での 8,400 万件(2009 年)にまで増加した。3 億 2 千万 件のコーテム治療の提供の結果、約 80 万人の命が救われたと推定されている。承認されている公共の 6-11 ビジネスのための TEEB 買主へのコーテムの平均販売価格は 2010 年には 1 米ドル未満である(成人の治療用は 76 米セント、 子供用は 36 セント) 。ノバルティスは、もしコーテムが通常の「営利」ベースで供給された場合、こ れらの治療の経済価値総額は約 10 億米ドルになると推定している 2。 出典:al-Janabi, S., and Drews, A. (2010) for TEEB, URL: www.novartis.com/newsroom/corporatepublications/index.shtml; and URL: www.corporatecitizenship.novartis.com/downloads/business-conduct/Biodiversity.pdf 6-12 ビジネスのための TEEB 6.4 結論と勧告 貧困者にとっては、地理的な孤立、市場の失敗、弱体化した体制、社会的・政治的な排斥等、広範囲 にわたる関連する障害により生計の選択が制限されている(Jenkins 2007) 。事業活動は、雇用を創出し、 企業活動を刺激し、技術移転を可能にし、人的資本や物理的なインフラを構築し、 「ピラミッドの基盤」 で運営する企業等も含め、広範囲にわたる消費者や他の企業に様々な製品やサービスを提供する 3。企 業にとっての課題は、個人が自分自身で収入や生活の質を改善するための他の機会を生み出すための解 決法を創出することができるように、経済的な機会の創出において企業が果たすことができる役割を判 断することである。 6.4.1 経済開発と貧困緩和との関連付け 価値の連鎖に即して経済的な機会を創出し拡大するために、地球規模の企業は、経済開発に焦点を当 てた地域イニシアチブを支援することが多く、時には地域住民を支援するためのプログラムを自ら創り 出すこともある。これらには、研修プログラム、NGO や地方政府、地域ビジネス協会のための組織能力 構築、根本的な能力のあるビジネス分野を国家や地域のニーズに関連付けることなどが含まれる。 採掘業界のいくつかの企業は、 「良い行いをする」手段としてだけでなく、ビジネスに貢献するような 事業環境を創り出す手段として、より戦略的にコミュニティや社会投資について考慮し始めている(Box 6.8) 。自国民に雇用、研修、供給の機会を与えたいという政府の要望である「現地調達率」がますます 厳格になり、多くの国際的石油・ガス会社にとって課題となっている。地元の企業は関連する経験がな く、生産の質や信頼性が低く、健康や安全性、環境的な水準も低く、また、技術力も不適格で競争力が 低い可能性があるため、企業は、そのような現地調達率要件を満たすことが困難である場合が多い(ODI and EAP 2007) 。 地域コミュニティに戦略的に投資することによって、企業は、技術力のある労働力とより競争力のあ る地域企業セクターを創出することに役立つだけでなく、競合他社に対する競争的な優位性をも確保し、 建設や製造など他の業界に進出することにも役立ち、契約の条件も満たすことができる(EAP and ODI 2007) 。そのようないわゆる戦略的なコミュニティ投資は、持続可能なコミュニティ開発に焦点を当てて いる。企業による慈善よりも複雑で実施が困難であるが、成功した場合、その影響は、慈善よりもはる かに長期的に継続し、企業とコミュニティのニーズにより適合したものとなり得る(IFC and BSR 2008) 。 6-13 ビジネスのための TEEB Box 6.8 ボリビアのコムスル社:生物多様性とコミュニティの社会的原動力との関連付け 2004 年に、コムスル社は、多くの固有種と 100 種類近くの絶滅の恐れがある種が生息する、地球規模 的で重要性を持つ希少な乾燥林生態系の中に位置するドン・マリオ金鉱山で事業を行った。コムスル 社の生物多様性プログラムでは、動物による侵入を防ぐため事業地域を柵で囲ったり、違法な伐採を 防ぐため道路を閉鎖したり、12,000 本の植林による森林再生プログラムなどが行われた。同時に、コ ムスル社は、周辺のコミュニティに雇用機会と教育や衛生、インフラ・プロジェクトのための財政支 援を提供した。鉱山では、コミュニティから農産物の購入も行われた。サンフアンの地方政府当局と 提携して様々なコミュニティで行われた調査や市民集会を通じて、コムスル社はコミュニティの指導 者と相談しながら、各コミュニティの特定のニーズを分析し、これらのニーズに対処するためのプロ グラムを開発した。 出典:IFC (2004) 6.4.2 持続可能な開発において、BES は決定的な役割を果たす コミュニティの開発に対するビジネスの影響という観点では、経済活動の増大は、貧困の減少、より よい環境、平等の増大、地域住民の生活の質の向上とは必ずしも比例しない。言い換えれば、我々は、 ビジネスの経済的影響と、その影響の生物多様性と持続可能な開発との関係性をよりよく理解する必要 がある。特定の企業活動 ― 社会投資プログラム、地元調達イニシアチブ等― と、それらの経済、地域 の生活の質、環境への影響については、明らかでない部分がさらに多い。 ビジネスは、政府や NGO とともに、貧困削減において主要な役割を担っている。ビジネスはまた、本 報告書がすでに示してきたように、生物多様性の保護に大きな貢献をすることができる。問題は、ビジ ネスの成功と貧困削減、ビジネスと生態系、生物多様性の保全と人間のための開発とをいかに調和させ るかである。ビジネス、環境保護、貧困削減との間には、例えば、水の供給や衛生への民間セクターの 参加(Johnstone and Wood 2001) 、農業関連産業の開発(McNeely and Scherr 2002) 、林産物市場(Macqueen 2008) 、生態系サービスへの支払い(Pagiola 2005)等、潜在的な相乗効果があることを経験が示してい る。しかし、これらの相乗効果は、自動的に実現されるものではない。 開発支援戦略は、経済成長の原動力としての民間セクターに長い間依存してきた。ビジネスは、雇用 や富の創出、技術やスキルの移転、手ごろな価格の商品やサービスの効率的な供給を通じて、多くの方 法で貧困削減に寄与できる(UNDP 2004) 。民間投資と企業の開発を奨励するためには、以下のような、 ある条件が満たされなければならないことを経験が示している: z 適正な統治( 「法の支配」 ) z 無理のない労働と資本のコスト z (地元または国際的に供給される)マネジメントの才能 z 税金および規制的な負担の軽さ z 資源、技術、市場へのアクセス(通信や交通のインフラ、保証された財産権、競争力のある取引 や投資の政策等) ビジネス開発、経済成長、貧困削減の間の関連性は、直接的ではない。まず、市場主導の成長におい ては、貧困者には平等に利益を配分されない可能性がある。ある状況では、市場主導型の成長や国際化 に関連する所得や富の配分における変化のため、貧困者は、絶対的にも相対的にも以前よりも暮らし向 6-14 ビジネスのための TEEB きが悪くなる結果になる可能性がある。どの程度まで、そのような社会的な悪影響が市場主導型の成長 の不可避的な結果であるのか、あるいは、不完全競争や残存する市場バリアの結果であるのかについて は、継続して議論すべき問題である(Rajan and Zingales 2006; Milanovic 2006) 。 6.4.3 勧告 ビジネスは、以下のような様々な手段を通じて、持続可能な開発と生物多様性の保全という目的を達 成するという課題に取り組むことができる。 i)政府のプログラム間の調整を提唱する:生態系管理と持続可能な開発に取り組む政府の政策やプログ ラムの間の関係強化とより良い調整は、ビジネスが自らの取り組みを調整することを容易にするだろ う。 ii)地域および/または国で事業を行っている他の業界と提携する:企業は、事業を行う地域における政 府、寄付団体、およびその他の産業と提携することができる。提携関係により、企業は、専門外の結 果に対して責任を負うリスクを低く維持しつつ持続的な開発に寄与し、開発イニシアチブの創造性を 向上し、試験的イニシアチブを拡大して、より広範囲の人々に利益を配分することが可能になる。 iii)より包括的なビジネスモデルを構築するために、社会的な影響評価において包括的で「最前線の」 研究を行う:有意義な社会投資と CSR プログラムは、包括的な社会経済的基準を基礎として開始すべ きである。可能であれば、コミュニティの構成員と彼らの家庭で交流し、どのように収入を稼いでい るか、子供たちは学校に通っているか、どんな種類の健康問題があるか、他に扶養している人々は何 人いるか等について人々と話し合う。この種の分析は、一般には社会影響評価(social impact assessment, SIA)の一部ではない。SIA は、コミュニティの概観を提供する様々な問題についても焦 点をあてる一方、主な焦点は、企業が影響を及ぼす可能性がある分野における緩和の計画を開発する ことにある。 iv)生物多様性と生態系サービスへの直接的な介入:保護活動は、地域コミュニティが依存する生態系サ ービスのよりよい管理に向けられた場合、また、これらのサービスを弱体化させつつある直接的・間 接的な要因に向けられた場合の方が、一般的により効果的である。これには、生態系サービスと貧困 削減に最も関連するサービスをどのように扱うか、ということが含まれる。 6-15 ビジネスのための TEEB 巻末注 1 アーテメータとルメファントリンの抗マラリア活動は、マラリア 原虫の食胞を対象にしている。原虫が人間の赤血球に感染すると、 ヘモグロビンを消化分解し、 「ヘム」の形で食胞に鉄分を集める。 アーテメータとルメファントリンは、 ヘムのヘモゾインへの解毒作 用のプロセスに干渉し、 そうすることで原虫の給餌プロセスを中断 させると考えられている。 2 ノバルティスの 2004 年から 2009 年までの年次報告書によると、 総額 9 億 8 千百万米ドルになる(2001 年と 2002 年および 2010 年 の第 1 四半期が追加されているノバルティスの薬へのアクセスの 表を参照) 。推定額 10 億米ドルは、プログラムが営利目的の企業だ ったと仮定した場合に、輸送された治療薬の合計数に、マラリアに 感染した開発途上国での民間セクターの購入に対するコーテムの 工場渡し価格を掛けたものとして計算されている。その計算から WHO との提携条件の下での、コストをカバーするための、ノバルテ ィスへの支払いを引いている。 3 ピラミッドの底または基盤、最も大きく最も貧困である社会経済 学的グループに属する個人を記述する際に用いられる表現である (Prahalad, 2006 参照) 。 参考文献 al-Janabi, S., and Drews, A. (2010) Genetic Resources as ‘Biodiversity value added’ for their providers, their users and mankind. ABS Capacity Development Initiative for Africa (GTZ), contribution to TEEB. Ash, N. and Jenkins, M. (2007) ‘Biodiversity and Poverty Reduction: The importance of biodiversity for ecosystem services’ UNEP-WCMC, Cambridge, UK. Banks, G. (2009) ‘Activities of TNCs in Extractive Industries in Asia and the Pacific: Implications for Development’, Transnational Corporations 18 (1): 43-60. British American Tobacco. ‘Social Responsibility in Tobacco Production’, http://www.bat.com/group/sites/uk__3mnfen.nsf/ vwPagesWebLive/DO6ZXK5Q?opendocument&SKN=1&TMP =1, accessed 21 April 2010 Bruntland, G. (ed.), (1987), ‘Our common future: The World Commission on Environment and Development’, Oxford, Oxford University Press. Cervantes-Godoy, D. and Dewbre, J., (2010), ‘Economic Importance of Agriculture for Poverty Reduction’, OECD Food, Agriculture and Fisheries Working Papers, No. 23, OECD Publishing. doi: 10.1787/5kmmv9s20944-en. Chinese Academy of Agricultural Sciences (CAAS), CAB International, UNEP World Conservation Monitoring Centre, Stanford University - The Natural Capital Project, Walker Institute for Climate System Research, University of Reading, Ningxia Centre for Environment and Poverty Alleviation, Ningxia Development and Reform Commission (2008). ‘China Ecosystem Services and Poverty Alleviation Situation Analysis and Research Strategy’, a report commissioned by NERC/ESR/DfID. URL: www.nerc.ac.uk/research/programmes/espa/docume nts/Final%20Report%20China%20-%20annex.pdf, accessed 21 April 2010. Conservation International (2008) ‘New Loans for Coffee Farmers, Nature Reserves’. URL: http://www.conservation.org/FMG/Articles/Pages /loans_for_coffee.aspx, accessed 21 April 2010 Cotula, L., (2010) Investment contracts and sustainable development: How to make contracts for fairer and more sustainable natural resource investments, Natural Resource Issues No. 20. IIED, London Crawford et al. (2008) ‘Impact Assessment of the SUCCESS Program Livelihood Activities in the Padre Ramos Estuary Nature Reserve of Nicaragua’, Coastal Resources Center, University of Rhode Island and Centro de Investigación de Ecosistemas Acuaticos, Universidad Centroamericana. Engineers Against Poverty (EAP) & Overseas Development Institute. (2007) ‘Learning From AMEC’s Oil and Gas Asset Support Operations in the Asia Pacific Region with case study of the Bayu-Undan Gas Recycle Proejct, Timor-Leste’, Overseas Development Institute and Engineers Against Poverty, London. IFC. (2009) ‘Projects and People: A Handbook for Addressing Project-Induced In-Migration’. International Finance Corporation, Washington DC. IFC and BSR (2008) ‘Local Content in Supply Chain”. URL: http://www.commdev.org/section/_commdev_practi ce/local_content_in_supply_chain, accessed 17 May 2010 IFC. (2004) ‘A Guide to Biodiversity for the Private Sector, Comsur: A Junior Mining Company’s Efforts to Conserve Biodiversity in Bolivia’, http://www.ifc.org/ifcext/enviro.nsf/Attachmen tsByTitle/BiodivGuide_CaseStudy_Comsur/$FILE/C omsur.pdf, accessed 11 June 2010. IPIECA. (2006) ‘Partnerships in the Oil and Gas Industry’, http://www.ipieca.org, accessed 5 July, 2010. 6-16 ビジネスのための TEEB Jenkins, B., (2007) ‘Expanding Economic Opportunity: The Role of Large Firms. Corporate Social Responsibility Initiative Report No. 17’, Cambridge, MA Kennedy School of Government, Harvard University. Johnstone, N. and Wood, L., (eds.) (2001) ‘Private firms and public water: realising social and environmental objectives in developing countries’, Edward Elgar: Cheltenham. Kenney, A., (2006) ‘Chevron Opens Mitigation Bank in Paradis(e)’, http://www.ecosystemmarketplace.com/pages/dyna mic/article.page.php?page_id=4255§ion=home &eod=1#close, accessed 17 May 2010 Macqueen, D., (2008) ‘Supporting small forest enterprises –A cross-sectoral review of best practice’, IIED Small and Medium Forestry Enterprise Series No. 23. IIED, London, UK. McNeely, J. and Scherr, S., (2002) ‘Ecoagriculture: Strategies to Feed the World and Save Wild Biodiversity’, Island Press: Washington, D.C.. Mellor, J., (2002) Poverty Reduction and Biodiversity Conservation: The Complex Role for Intensifying Agriculture, WWF Macroeconomics for Sustainable Development Program Office, Washington, DC. Millennium Ecosystem Assessment (2005). ‘Ecosystems and human well-being: Opportunities and challenges for business and industry’. Island Press, Washington, D.C. ODI and EAP. (2007) ‘Learning from AMEC’s Oil and Gas Asset Support Operations in the Asia Pacific Region’, Overseas Development Institute and Engineers Against Poverty, London. Olsen, N., and Anstee, S., (2010) Estimating the costs and benefits of conserving the Tsitongambarika Forest in Madagascar. IUCN and Rio Tinto, Gland. Pagiola, S. Arcenas, A. and Platais, G., (2005) ‘Can Payments for Environmental Services Help Reduce Poverty? An Exploration of the Issues and the Evidence to Date from Latin America’, World Development Vol. 33, No. 2, pp. 237–253. Perrot-Maître, D., (2006) The Vittel payments for ecosystem services: a “perfect” PES case? International Institute for Environment and Development, London, UK Prahalad, C.K., (2006) The Fortune at the Bottom of the Pyramid: Eradicating Poverty Through Profits, Wharton School Publishing, Upper Saddle River, NJ. Rajan, R.G., and Luigi Zingales, L. (2006) ‘Making Capitalism Work for Everyone’, World Economics Vol. 7, No. 1 (January–March): 1-10; Milanovic, B. (2006) ‘Global Income Inequality: A review’, World Economics Vol. 7, No. 1 (January–March): 131-157. Rodriguez, J. P. et al. (2006) ‘Trade-offs Across Space, Time, and Ecosystem Services,’ Ecology and Society 11 (1): 28. Ruggie, J., (2010) ‘Report of the Special Representative of the Secretary-General on the issue of human rights and transnational corporations and other business enterprises, John Ruggie’, Advance edited report, April 9, 2010. Scherr, S. White, A. and Khare, A., (2004) ‘For Services Rendered: The Current Status and Future Potential of Markets for the Environmental Services Provided by Tropical Forests’, International Tropical Timber Organizations, Yokohama, Japan. Secretariat of the Convention on Biological Diversity (2002) Bonn Guidelines on Access to Genetic Resources and Fair and Equitable Sharing of the Benefits Arising out of their Utilization, Montreal. Shackleton, C. et al. (2008) ‘Links Between Ecosystem Services and Poverty Alleviation: Situation analysis for arid and semi-arid lands in southern Africa’, Consortium on Ecosystems and Poverty in Sub-Saharan Africa, Sievanen, L. Crawford, B. Pollnac, R. and Lowe, C., (2005) ‘Weeding Through Assumptions of Livelihood Approaches in ICM: Seaweed Farming in the Philippines and Indonesia’, Ocean & Coastal Management 48 (3-6): 297-313. Syngenta Foundation. ‘Projects modules and activities’, http://www.syngentafoundation.org/index.cfm?pa geID=576, accessed 21 April 2010. TEEB – The Economics of Ecosystems and Biodiversity (2009) TEEB for National and International Policy Makers. Summary: Responding to the Value of Nature. (2009) URL: http://www.teebweb.org/LinkClick.aspx?filetick et=I4Y2nqqIiCg%3d&tabid=1019&language=en-US UNDP. (2004) ‘Unleashing Entrepreneurship: Making Business Work for the Poor’, United Nations Development Program: New York; UNDP 6-17 ビジネスのための TEEB (2008) Creating Value For All: Strategies For Doing Business With The Poor, United Nations Development Program: New York. USAID. (2010) ‘Alliance Industry Guide: Extractives Sector’, U.S. Agency for International Development, Washington, DC. Wells, S. Makoloweka, S. and Samoilys, M., (2007) ‘Putting Adaptive Management into Practice: Collaborative Coastal Management in Tanga, Northern Tanzania’, The World Conservation Union and Irish Aid. Nairobi Kenya. p.197 World Economic Forum. (2010) ‘Biodiversity and Business Risk’, A briefing paper for participants engaged in biodiversity related discussions at the World Economic Forum Davos-Klosters Annual Meeting WRI. (2005) ‘The wealth of the poor: Managing ecosystems to fight poverty.’ WRI, Washington, DC. 6-18 付録 7.1 1 付録 7.1 主なビジネス、生物多様性と生態系に関する宣言、イニシアチブ、ガイドラインおよびツールの比較 作成者: Annelisa Grigg(グローバル・バランス) 名称 範囲 発祥の由来 生態学的な中 心点 測定基準 リスク管理 新しいビジネ スチャンス ⑪対応能力構築枠組み ⑫貧困と社 会の側面 監査 生態系サービスの ための評価と研究 の イ ン フ ラ (ARIES)プロジ ェクト 2 優良企業における 生物多様性: ビジ ネスと生物多様性 イニシアチブ 3 地球規模。全セ クター 学界 意思決定において 生態系サービスを 重視 リスクの管理の ためのツールを 提供 機会を保護す るツールを提 供 具体的な言及なし 具体的な言 及なし 具体的な満たすべ き要件なし 全セクター。主 にドイツ企業 が対象だが、コ ンサルタント、 専門家へのア クセス、ワーク ショップ、円卓 会議等のサー ビス提供のた めに国際的に 事業を行って いる 地球規模。全セ クター 政府 生態系サービ スを中心とし た、生物多様性 と生態系サー ビス CBD の定義に 適合した生物 多様性 加盟した企業等 は、次の使命を担 う:生物多様性の 指標の開発、モニ ターされ、2,3 年 ごとに調整される 現実的で測定可能 な目標の決定、業 績の外部への発表 生物多様性への 影響という観点 から自身の企業 活動を分析 具体的な言及 なし 自発的イニシアチブ。企業は内部 的審査プロセスとその活動の公開 に責任を持ち、名古屋での CBD COP10 (2010 年)等で活動の発 表を行う。 公正かつ衡 平な利益の 配分への言 及。貧困減少 への具体的 な責務はな い イニシアチブに参 加する企業は業績 の監査を受けない NGO 生物多様性と 生態系サービ ス 影響および運用の 指標の利用を勧め る。定量化を重視 し、確実な「純損 失ゼロ」を目指す 生物多様性関連 リスクの戦略的 な分析がオフセ ット計画プロセ スの一部である 生物多様性関 連チャンスの 戦略的な分析 が補償計画プ ロセスの一部 である オフセットを正式な土地利用計画 の枠組みの中に統合。損失と増加 を数量化するための共通の貨幣単 位の欠如、およびオフセットの計 画運用能力構築の必要性を指摘 原住民と地 域コミュニ ティの権利 に特に留意 当初は自発的であ る保証の基準、を 開発 カナダ。全セク ター 政府と産業 生物多様性 具体的な言及な し 具体的な言及 なし 具体的な言及なし 具体的な言 及なし 具体的な言及なし 地球規模。全セ クター 生物多様性条 約の第 3 回ビ ジネスと生物 多様性の課題 に関する会議 (インドネシ アのジャカル タ, 2009 年 11 月-12 月) 生物多様性と 生態系サービ ス 具体的な言及な し。賞制度の開発 を目指す 潜在的に有用な枠 組みとして純損失 ゼロおよびネッ ト・ポジティブ・ インパクトが強調 される。意思決定 のためのデータの 量、質、入手の可 能性の改善の必要 性を認識 生物多様性関連 チャンスの戦略 的な分析がオフ セット計画プロ セスの一部であ る 生物多様性チ ャンスをビジ ネス活動とポ リシーに組み 入れる必要性 を認識 次のニーズを強調:経済モデルと 政策における生物多様性と生態系 サービスの価値の認識。自発的活 動と市場メカニズムの統合。エコ 認証を振興し国家が調達政策にお いて生物多様性を認識することを 奨励。ビジネスと生物多様性に関 する多部門の有効な枠組みの開 発。能力を強化。ビジネス提携を 奨励する政策環境の創出 具体的な言 及なし 具体的な言及なし ビジネスと生物多 様性オフセットプ ログラム 4 5, 6 カナダ・ビジネス と生物多様性イニ シアチブ 7 生物多様性条約の ビジネスと生物多 様性に関するジャ カルタ憲章 8 1 7 名称 範囲 発祥の由来 生態学的な中 心点 測定基準 リスク管理 新しいビジネ スチャンス ⑪対応能力構築枠組み ⑫貧困と社 会の側面 監査 企業の生物多様性 管理ハンドブック 地球規模。全セ クター 政府 生態系サービ スを含めた、 CBD の定義に 適合した生物 多様性 指標の利用を推 奨、事例を提供す るが、詳細や勧告 は提供しない。非 金銭的な指標の事 例 リスク緩和が、ハ ンドブックにお けるガイドライ ンを通じた特徴 である 技術革新の源 としての生物 多様性と生態 系サービスお よび自然に関 連する機会に 関する具体的 な言及がなさ れる 具体的な言及なし 具体的な言 及なし 企業が定期的な監 査を含めた管理シ ステムを実施する ことを勧告 日本が対象だ が、国際的に範 囲を広げる。全 セクター 企業団体 生物多様性と 生態系サービ ス 言及なし 具体的な言及は ないが、生物多様 性に対する影響 の特定と分析の 改善、生物多様性 に関するビジネ ス業務の改善、生 物多様性に及ぼ す影響が低い事 業活動の追求に 責任を持つ 自然および自 然に関する社 会の知恵と伝 統からの学 習、および環 境技術の開発 を振興するこ とによる管理 革新の追求を 使命とする 経済評価に基づいた取引やオフ セットの措置の実施を検討し、生 物多様性を育む社会を構築する 活動をリードすることを使命と する 地域コミュ ニティへの 影響を考慮 する要件 言及なし 地球規模。全セ クター NGO と企業団 体 生物多様性と 生態系サービ ス 企業は業績を監視 すべきだが、基準 が欠如していると 指摘 リスク管理の視 点からビジネ ス・ケースを展開 する チャンスの実 現に基づいた ビジネス・ケ ースを展開 具体的な言及なし 利益配分お よび利害関 係者との協 議を勧告 評価と審査を提案 9 日本経団連による 生物多様性の宣言 10 2 7 アースウォッチ、 IUCN、WBCSD に よる企業活動のた めのハンドブック 11 名称 範囲 発祥の由来 生態学的な中 心点 測定基準 リスク管理 新しいビジネ スチャンス ⑪対応能力構築枠組み ⑫貧困と社 会の側面 監査 生態系サービス・ベ ンチマーク 12 地球規模。食 品、飲料品、 タバコ業界 複合的利害関 係者の情報を 受けた NGO 生物多様性と 生態系サービ ス 企業の実績を数量 化したプロセスに 基づいた措置 企業が生態系リ スクを特定し、管 理をしている程 度に特に焦点を 当てる 生物多様性と生態系サービスを 評価する必要性を強調 具体的な言 及なし 赤道原則 13 地球規模。金 融業界(プロ ジェクト・フ ァイナンスと 諮問)が対象 だが、全セク ターをカバー する指針を提 供 産業(IFC) 生物多様性と 生態系サービ ス 標準的な測定基準 の設定はない。現場 レベルの生物多様 性活動計画の実施 のためのプロセス、 処理過程と実績ベ ースの措置を持つ べきという要件と、 可能な場合は数量 化するという要件 を指針が設定 様々な利害関係 者の価値観を念 頭に生物多様性 へのあらゆる影 響を評価 企業が生態系 チャンスを特 定し、実現して いる程度に特 に焦点を当て る 生物多様性を 向上させる機 会を考慮すべ き。生物多様性 ビジネスチャ ンスに対する 具体的な言及 なし 残留被害が避けられない場合に 純損失ゼロを達成するための仕 組みとして展開される再生、相 殺、オフセット 影響を受け ているコミ ュニティの 考慮を要求。 社会的・文化 的な価値の 理解と事前 の通知承諾 の必要性を 認識 企業が内部および 外部的な監査を行 った場合に評価に 関する追加的な 「クレジット」を授 与 可能な場合に認証 授与することを約 束する。独立し、 費用対効果が高 く、利害関係者を 巻き込み、透明性 が高くあるべきで ある。赤道原則の 実施自体が、プロ ジェクトごとの第 三者によるプロジ ェクトの審査に服 する。 ヨーロッパ・ビジネ ス と 生 物多 様 性キ ャンペーン 14 ヨーロッパ。 全セクター 政府、NGO 主 導 生物多様性 具体的な言及なし リスクへの具体 的な言及なし 活動を実現可能にするものとし ての情報とツールの交換 具体的な言 及なし 具体的な言及なし ヨーロッパ・ビジネ ス と 生 物多 様 性プ ラットフォーム 15 ヨーロッパ。 最初は農業、 食品、林業、 採掘業、金融、 観光が中心 政府(EU) 生物多様性と 生態系サービ ス 優れた実績を認め るためのベンチマ ーク制度と賞制度 の開発。基準は規定 されていない 知識のプラット フォーム。適正な 行為の事例と情 報交換を提供。リ スク管理に対す る具体的な言及 なし 情報を交換し、 機会を特定で きるようにす るツールを配 布 知識のプラッ トフォーム。適 正な行為の事 例と情報交換 を提供。チャン ス管理に対す る具体的な言 及なし 情報の共有、ツールと指針の提供 等の対応能力構築活動。ポリシー 改革に関する具体的な言及なし 具体的な言 及なし 具体的な言及なし 3 7 名称 範囲 発祥の由来 生態学的な中 心点 測定基準 リスク管理 新しいビジネ スチャンス ⑪対応能力構築枠組み ⑫貧困と社会 の側面 監査 森林フットプリン ト公開プロジェク ト 16 地球規模。 様々なセクタ ー 金融業界の支 援を受けた NGO 森林生態系 購入された認証製 品の量等、実績を測 定するための基準 に関する情報を要 請 森林への影響に 関連するリスク の公表を企業に 要請 森林への影響 に関連するチ ャンスの公表 を企業に要請 具体的な言及なし 具体的な言及 なし 第三者による認証 制度の利用に関す る情報を要求 FRB/Orée 生物多様 性の説明責任のた めの枠組み 17 地球規模。全 セクター NGO 生物多様性と 生態系サービ ス 質的な会計の枠組 みを提供 生物多様性と生 態系サービスへ の影響と依存に 関連するリスク についての企業 の理解を支援 生物多様性と 生態系サービ スへの影響と 依存に関連す るチャンスに ついての企業 の理解を支援 資源と利用者の動的関係を理解 する必要性。ビジネスと生態系を 説明する新しい会計的枠組みが 必要。会計と財務のツールを開発 する必要性 具体的な言及 なし 監査ツールではな い グローバル・レポー ティング・イニシア チブ 18 地球規模。全 セクター。鉱 業および金 属、金融、石 油とガス、食 品加工、建設、 公益事業等、 特定の業界に は補遺あり。 複合的利害関 係者の情報を 受けた NGO 水関連の生態 系サービスも 一部カバーす るが、主に生 物多様性 生物多様性のため の数量的な指標、主 にプロセス測定 全ての「物質的 な」持続可能性問 題に関する主な リスクと、生物多 様性を含め、それ らへの取り組み のプロセスの公 開を要請 主なチャンス と、生物多様性 を含め、それら への取り組み のプロセスの 公開を要請 自発的なもののみ。対応能力構築 枠組みに関する具体的な言及な し 貧困問題を認 識するが生物 多様性の指標 に対する明示 的な関連付け はない 外部的または内部 的な保証が行われ ているかどうかの 公開を要求する が、監査は義務付 けてはいない 包括的生物多様性 評価ツール 19 地球規模。全 セクター NGO 生物多様性 測定基準を特定し ない。慎重な扱いを 要する場所や保護 地区の位置に関す るデータを提供 潜在的なリスク を特定するため のツールを提供 潜在的チャン スを特定する ためのツール を提供 具体的な言及なし 具体的な要件 なし 具体的な要件なし 生態系サービスと トレードオフの包 括的評価(InVEST) 目標は地球規 模だが、最初 は少数の地域 が中心。全セ クター NGO と学界 生態系サービ スを強調し た、生物多様 性と生態系サ ービス 生態系サービスの 金銭的な評価 意思決定とリス ク評価のための 情報を提供 意思決定とチ ャンス評価の ための情報を 提供 具体的な言及なし 具体的な要件 なし 具体的な要件なし 4 7 20 名称 範囲 発祥の由来 生態学的な中 心点 測定基準 リスク管理 新しいビジネ スチャンス ⑪対応能力構築枠組み ⑫貧困と社会 の側面 監査 国際金属・鉱業評議 会のための適性実 施指針 21 地球規模。鉱 業 企業団体 生物多様性と 生態系サービ ス 成功を監視するた めの指標の利用を 勧める。GRI 指標を 参照する 利害関係者から の情報を用いた リスク評価を推 奨 より多くの保 護のためのチ ャンスに焦点 を当てるが、ビ ジネスチャン スには重点を 置かない 具体的な言及なし 利害関係者と の協議が中心 的なテーマで あるが、貧困 に取り組むた めには計画さ れていない 監視と評価が推奨 されているが、必 須ではない 国際金属・鉱業評議 会の持続可能な開 発枠組み 22 地球規模。鉱 業と金属 鉱業、鉱物、持 続可能な開発 協議プロセス に基づく産業 ( ICMM 加 盟 団体) 生物多様性に ついての元々 の原則では、 GRI 鉱業と鉱 物セクター が、生態系サ ービスに関す る内容を導入 することだっ た GRI に照らして報 告する責務(下記参 照)。いくつかの生 物多様性と生態系 サービスの指標。生 態系サービスのた めの主に数量的な 指標 23 生物多様性の保 護に貢献し、土地 利用計画への包 括的なアプロー チを採用 具体的な言及 なし 影響とリスクの評価および活動 の公開を要求する。保護地区の分 類に関する問題に取り組むため IUCN と協力している 24。生物多 様性の保護、保護地区、鉱業を「立 入禁止」地域を含めた土地利用の 計画と管理の戦略により統合の とれたものにする意思決定プロ セスと評価ツールを開発するた めに、他の利害関係者と協力する 必要性を指摘 事業運営する コミュニティ の社会的・経 済的な開発に 寄与するよう 約束する 原則のために開発 された監査の枠組 み。2009 年 12 月 または 2010 年 3 月までに全加盟団 体によって実施さ れなければならな い 25 5 7 名称 範囲 発祥の由来 生態学的な中 心点 測定基準 リスク管理 新しいビジネ スチャンス ⑪対応能力構築枠組み ⑫貧困と社会 の側面 監査 国際金融公社の業 績基準 6: 生物多様 性の保護と持続可 能な自然資源管理 地球規模。全 セクター 産業(IFC)。 利害関係者と の協議を通じ て開発された。 生物多様性と 生態系サービ ス 基準の中には測定 基準の設定はない。 現場レベルの生物 多様性活動計画の 実施のためのプロ セス、処理過程と実 績ベースの措置を 持つべきという要 件と、可能な場合は 数量化するという 要件を指針が設定 様々な利害関係 者の価値観を念 頭に生物多様性 へのあらゆる影 響を評価 生物多様性を 向上させる機 会が考慮され るべきである。 生物多様性の ビジネスチャ ンスに関する 具体的な言及 はない 残留被害が避けられない場合に 純損失ゼロを達成するための仕 組みとして展開される再生、オフ セット、補償 影響を受ける コミュニティ の考慮を要 求。社会的・ 文化的価値観 を理解する必 要性を認識 可能な場合に認証 授与することを約 束する。独立し、 費用対効果が高 く、利害関係者を 巻き込み、透明性 が高くあるべきで ある 国際石油産業環境 保全連盟 27, 28, 29 地球規模。石 油とガス 企業団体 生物多様性。 後の文書は生 態系サービス もカバーする 測定基準の利用が 奨励されているが、 具体的な測定基準 は提案されていな い 生物多様性と生 態系サービス管 理はリスク管理 戦略として概説 されている 提携の機会と 保護のための クレジット 具体的な言及なし コミュニティ と原住民との 提携 監視と審査を推奨 LIFE 認証 30 ブラジル。全 セクター NGO と産業 生物多様性と 生態系サービ ス ビジネスリスク としてではなく 影響の評価と管 理に重点を置く ビジネスチャ ンスとしてで はなく影響の 評価と管理に 重点を置く 具体的な言及なし 利益配分が制 度に組み込ま れる 認証制度は外部的 な監査を伴う ミレニアム生態系 評価: ビジネスの 統合 31 地球規模。全 セクター 複合的利害関 係者 生態系サービ ス 認証を受ける企業 は指標を導入、整備 しなければならな いが、定量的指標で ないといけないか どうかについては 述べられていない 適切な指標の特定 を推奨する 減少する生態系 サービスに関連 したビジネスリ スクの探究 減少する生態 系サービスに 関連したビジ ネスチャンス の探究 次の内容を要求する:政策統合の 増加、多国間合意の調整、業界内 とより広範な開発計画の枠組み の範囲内での生態系管理目標の 統合、政府と民間部門の透明性と 説明責任の向上、能力の向上、意 思伝達の改善、資源に依存するコ ミュニティの地位向上、生態系サ ービスを考慮する資源管理政策、 悪影響を持つ財務援助の排除、新 技術の開発、農業の持続可能な集 中の促進、経済ツールと市場を基 盤としたアプローチの利用の増 加 原住民の地位 向上の必要性 を認識 消費者/顧客との 信頼性の構築手段 として第三者によ る認証の利用を奨 励 26 6 7 名称 範囲 発祥の由来 生態学的な中 心点 測定基準 リスク管理 新しいビジネ スチャンス ⑪対応能力構築枠組み ⑫貧困と社会 の側面 監査 ネイチャー・コンサ ーバンシー、デザイ ンによる保全 32 地球規模。全 セクターだ が、環境保護 の実践者が対 象 NGO 生物多様性と 生態系サービ ス 保護のための測定 基準のプロセスと 事例を提供するが、 ビジネス向けに調 整されていない リスク管理(ビジ ネスリスクでは なく自然保護管 理の観点から) 具体的な言及 なし 具体的な言及なし。当該措置は、 「デザインによる保護」適用の 1 つの結果になるだろう 具体的な言及なし PWC と WBCSD: 持続可能な森林金 融ツールキット 地球規模。森 林業界を重視 する投資家 産 業 主 導 ( WBCSD 持 続可能な林産 物研究グルー プ) 林業、持続可 能な森林管 理、森林金融 具体的な言及なし 主なリソース: 1. 顧客と取引の 振り分けツール 2. 林業における 主なリスクの概 要 3. ポートフォリ オ管理の指針 4. 林業政策の開 発のための原則 5. 林産物の調達 政策の開発に関 する指針 持続可能な森 林管理に関連 する機会につ いての概要 具体的な言及はないが、リスクと チャンスに関する国別の概要を 提供する コミュニティ と密接に協力 する必要性を 強調するが、 貧困に関する 具体的な言及 はない。 人権、利害関 係者との提 携、コミュニ ティの福利に 言及 プロテウス 33 地球規模。全 セクター NGO 生物多様性 測定基準を特定し ない。慎重な扱いを 要する場所や保護 地区の位置に関す るデータを提供 リスク管理のた めのツールを提 供 機会の特定の ためのツール を提供 具体的な言及なし 具体的な要件 なし 具体的な要件なし ワイルドライフ・ト ラストの生物多様 性ベンチマーク 34 イギリス中 心。全セクタ ー NGO 生物多様性 ベンチマークに照 らして認証を受け るために企業が満 たさなければなら ない基準を具体化。 企業が測定基準を 用いるための要件 は特にない ビジネスリスク ではなく影響の 評価と管理が中 心 ビジネスチャ ンスではなく 影響の評価と 管理が中心 具体的な言及なし 具体的な言及 なし 認証制度。企業に 内部的な監査手続 き持つことを要求 持続可能な開発の ための世界経済人 会議および世界資 源研究所による企 業のための生態系 サービス評価 35 地球規模。全 セクター NGO と企業団 体 生態系サービ ス 具体的な測定基準 は要求されない。戦 略開発が中心 生態系サービス への影響と依存 に関連するリス クの企業による 評価を指導 生態系サービ スへの影響と 依存に関連す るチャンスの 企業による評 価を指導 政策改革や利害関係者の協力を 含めた様々な対策を提案する 原住民やコミ ュニティを含 め様々な利害 関係者との提 携を要求 具体的な言及なし 銀行が政策順守の 内部的な監査を行 うことを推奨。ク ライアントは認証 を取得された在庫 を持つ必要がある 7 7 名称 範囲 発祥の由来 生態学的な中 心点 測定基準 リスク管理 新しいビジネ スチャンス ⑪対応能力構築枠組み ⑫貧困と社会 の側面 監査 持続可能な開発の ための世界ビジネ ス評議会による経 済評価イニシアチ ブ 36 地球規模。全 セクター NGO と企業団 体 生態系サービ ス 生態系サービスの 費用と利益の評価 に関する指針を提 供 企業に情報を提 供し、リスク管理 戦略の開発を支 援するツールと しての生態系評 価を促進するこ とを目指す 企業に情報を 提供し、チャン ス管理戦略の 開発を支援す るツールとし ての生態系評 価を促進する ことを目指す 既存の金融とビジネス計画ツー ルに関連した企業による生態系 評価のための方法を開発。政策改 革に関する言及はない 具体的な言及 なし 具体的な言及なし 持続可能な開発の ための世界ビジネ ス評議会による地 球規模の水問題対 策ツール 37 地球規模。全 セクター 企業団体 水 水不足地域での現 場、従業員、業者の 数等、GRI 水指標の 開発 水関連のリスク 管理ツール ツールは将来 の事業運営に おける水関連 の影響を探究 するために利 用できる 具体的な言及なし 具体的な言及 なし 具体的な要件はな いが、GRI が報告 の枠組みとして承 認している 世界経済フォーラ ム、グローバル・ア ジェンダ評議会 38 地球規模。全 セクター NGO 生態系サービ スと生物多様 性 具体的な言及なし 具体的な言及は ないが、生物多様 性関連のリスク とチャンスに関 する別の出版物 を作成している 具体的な言及 なし 将来の開発は自然資本の純損失 ゼロという最低限の基準に基づ く必要がある。自然資本に価値を 認める必要がある。炭素に関する 金融を他の生態系サービスの価 値を確保するための手段と見な す。環境に配慮した政治、意思決 定への参加、権利/利益の衡平な 配分、一般市民と政府官僚の間の 認識の向上に関する言及 貧困者を生物 多様性の管理 者として認識 認証が環境市場に おける製品を検証 する手段として提 案される 8 7 巻末注 1 表は完全なものではない。関連するイニシアチブの、よ り包括的なリストは UNEP (2010)「Are you a green leader?」で示されている。 15 European Business and Biodiversity Initiative (ec.europa.eu/environment/biodiversity/business/in dex_en.html) 2 Assessment and Research Infrastructure for Ecosystem Services (ARIES) Project (ecoinformatics.uvm.edu/aries) 16 Forest Footprint Disclosure Project (2009) Forest Footprint Disclosure Request (www.forestdisclosure.com) 3 BMU and GTZ (2008) Leadership Declaration for the Implementation of the UN Convention on Biological Diversity, An Initiative of the Federal Ministry for Environment, Nature Conservation and Nuclear Safety and Leading Companies (www.business-and-biodiversity.de/en/homepage.html ) 17 Houdet, J. (Ed.), 2008 (re-edition 2010) Integrating biodiversity into business strategies. The Biodiversity Accountability Framework. 18 19 Integrated Biodiversity (www.ibatforbusiness.org/) 4 Business and Biodiversity Offsets Programme (2009) Business, Biodiversity Offsets and BBOP: An Overview. BBOP, Washington, D.C. 22 International Council of Mining and Metals (2008) SustainableDevelopment Framework (www.icmm.com/our-work/sustainable-development-fra mework) Program 23 Global Reporting Initiative (2000-2010) Sustainability Reporting Guidelines; Mining and Metals Sector Supplement 8 CBD (2009) The Jakarta Charter on Business and Biodiversity (www.cbd.int/doc/business/jakarta-charter-busissne ss-en.pdf) 24 ICMM (2003) Position Paper: Mining and Protected Areas 9 Prof. Dr. Stefan Schaltegger (Leuphana University Lüneburg) and Uwe Beständig (Leuphana University Lüneburg) (2010) Corporate Biodiversity Management Handbook. A guide for practical implementation. 25 ICMM (2008) Sustainable Development Framework: Assurance Procedure 26 International Finance Corporation (2006) Performance standard 6: Biodiversity conservation and sustainable natural resource management (www.ifc.org/ifcext/sustainability.nsf/Attachments ByTitle/pol_PerformanceStandards2006_PS6/$FILE/PS_ 6_BiodivConservation.pdf) 10 Nippon Keidanren (Japan Business Federation) (2009) Declaration of Biodiversity by Nippon Keidanren (www.keidanren.or.jp/english/policy/2009/026.html) 11 Earthwatch, IUCN and WBCSD (2002) Business and Biodiversity: Handbook for Corporate Action 27 IPIECA (2007) An Ecosystem Approach to Oil and Gas Industry Biodiversity Conservation 12 Grigg, A., Cullen, Z., Foxall, J., Crosbie, L., Jamison, L., and Brito, R. (2009) The Ecosystem Services Benchmark. Fauna & Flora International, United Nations Environment Programme Finance Initiative and Fundação Getulio Vargas – FGV (http://www.naturalvalueinitiative.org) 13 The Equator (http://www.equator-principles.com/) Tool 21 ICMM (2006) Good Practice Guidance for Mining and Biodiversity 6 Business and Biodiversity Offsets Programme (2009) Biodiversity Offset Design Handbook. BBOP, Washington, D.C. Canadian Business and Biodiversity (www.businessbiodiversity.ca/index.cfm) Assessment 20 Integrated Valuation of Ecosystem Services and Tradeoffs (InVEST) (www.naturalcapitalproject.org/InVEST.html) 5 Business and Biodiversity Offsets Programme (2009) Biodiversity Offset Implementation Handbook. BBOP, Washington, D.C. 7 GRI (2006) G3 Guidelines 28 IPIECA (2006) Key Biodiversity Questions in the Oil and Gas Lifecycle 29 IPIECA (2005) A Guide to Developing Biodiversity Action Plans for the Oil and Gas Sector Principles 30 LIFE Certification (2009) Regulations for LIFE Certification: Preliminary Version. 14 European Business and Biodiversity Campaign (www.globalnature.org/30707/campaigns/eu-businessbiodiversity-campaign/02_vorlage.asp) 31 Millennium Ecosystem Assessment (2005) Ecosystems and Human Well-being: Opportunities and Challenges for Business and Industry. World Resources Institute, Washington, DC 7-9 32 http://www.nature.org/aboutus/howwework/cbd/ 33 Proteus (proteus.unep-wcmc.org) 34 The Wildlife Trusts (2006) The Wildlife Trusts Biodiversity Benchmark (www.wildlifetrusts.org) 35 Hanson, C, Finisdore, J, Ranganthan, J and Iceland, C (2008) The Corporate Ecosystem Services Review (pdf.wri.org/corporate_ecosystem_services_review.p df) 36 WBCSD (2009) Business and Ecosystems. Issues Brief 1: Corporate Ecosystem Valuation 37 WBCSD Global Water (www.wbcsd.org/web/watertool.htm) Tool 38 World Economic Forum, Global Agenda Council (www.weforum.org/pdf/GAC09/council/ecosystems_biod iversity/proposal.htm) 7-10
© Copyright 2024 Paperzz