現代的な集中決済が展開す

2009 年 1 月 10 日
全体会議
一人計算「資料」
〔提案の前提的説明〕
現代的な集中決済が展開する空間は、多角的で複層的である。それに伴い、ひとくちに
集中決済の安定といっても、どのような課題の解決が要請されているか、は局面により多
様である。
ここでは仮に、X を集中決済機関とする集中決済網に参加する Y1、Y2、Y3……Yn の事
業者がおり、これらの事業者から商品または役務の提供を受ける Z1、Z2、Z3……Zn の消
費者がいるという場面を想定することとしよう。
消費者の Z1 が事業者の Y1 が作成した証票を決済手段として集中決済網に参加する全部
の事業者と取引をすることができるという仕組は、たしかに便利である。たとえば、Z1 が
Y2 から商品を購入したことに伴い Y2 が Z1 に対し取得する代金債権について、Z1 が Y1
の作成した証票を呈示して弁済を試みる場合には、代金相当額の債権を Y2 が Y1 に対し取
得するが、同様の出来事は、日々、Y1、Y2、Y3……Yn の事業者が Z1、Z2、Z3……Zn の
消費者とのあいだの取引に伴い頻々と起こることであるから、債権債務を簡明効率的に清
算するため、上記の Y2 が Y1 に対し取得する債権は、これを Y2 の X に対する債権と X の
Y1 に対する債権に置き換え、それぞれ同時期に X が Y2 に対し取得する債権および Y1 が
X に対し取得する債権とのあいだで差引計算が行なわれるようにすることが簡明である。す
なわち、ここで問題としているものは、セントラル・カウンター・パーティー(清算機関
である X)を置くマルチラテラルな(Y1、Y2、Y3……Yn という複数の事業者が集中決済
網に参加している)ネッティング(債権の置き換えと差引計算による債権債務の清算)に
ほかならない。
では、このようなマルチラテラルなネッティングを安定ならしめるために、どのような
課題が解決されなければならないか。解決を要する課題は、多い。まず、Z1 の Y2 に対す
る証票の呈示により代金債権が弁済により消滅すると評価することができるか(第一の課
題)、その証票による弁済に係る資金を Z1 が Y1 に後払で支払うことになっている場合にお
いて Y1 は Z1 の無資力の危険に対処する適切な手段を有するか(第二の課題)、反対に証票
による弁済に係る資金を Z1 が Y1 に前払で支払っている場合における未使用残高について
Z1 は Y1 の無資力の危険に対処する適切な手段を有するか(第三の課題)、Y2 の Y1 に対す
る債権を Y2 の X に対する債権と X の Y1 に対する債権に置き換えることが法律的に明快な
説明が可能であるよう私法概念が用意されているか(第四の課題)、そして、Y2 の Y1 に対
する債権(または置き換えの帰結としての X の Y1 に対する債権)の履行確保について Y1
の無資力の危険に対処する適切な手段を有するか(第五の課題)といったものが考えられ
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る。
これらのうち、まず第一の課題について、一般に弁済の方法は、当事者の意思により定
まるものであり、証票などによる決済手段の提供を弁済と認める意思は、いわゆる電子マ
ネーの普及という取引慣行の定着に支援されて容易に認定されると想像されるから、後述
第五の課題の解決が必要であることを留保して、ひとまず Z1・Y2 間において履行があった
ものと考えることに障害はない。また、第二・第三の課題は重要であるが、ここでの問題
ではない。第二の課題は、Z1 の無資力により Y2 への弁済が効力を覆されることがない限
り、事業者である Y1 の信用管理の問題であるに尽きる。第三の課題は、前払式の証票に係
る未使用残高のついての公衆保護に与る法制が対処すべきことである。
これらに対し、第四・第五の課題は、集中決済取引の安定のため喫緊の意義をもつ。と
はいえ、従来において注目を浴びてきたのは専ら第五の課題であった。すなわち、Y1 の無
資力に遭遇しても翻って Z1 の Y2 に対する弁済の効力が覆ることがない保障をもって、人々
は、この弁済が完結的な(définitif な、英語圏では final な)性質をもつと表現し、この性
質の確保が集中決済の安定のため重要であると説く(いわゆる決済の完全性・完結性につ
いて、関連する問題も含め、岩原紳作『電子決済と法』〔2003 年〕489―490 頁参照)。そ
れはそれとして理解が可能であるものの、前提としては、第四の課題が解決されているこ
とが要請される。そこで、この提案においては、清算参加者間に成立する債権を必ず特定の
一人の者が当事者になる債権債務に置き換えることの説明を可能とする法律観念を用意すること
を狙いとする。
半面において、この提案は、第五の課題についての抜本的な対処を用意するところまで
踏み込むことはしない。実際界からは、Y1 に対する差押や倒産手続開始があった場合にお
いて、そのあとで X が取得する債権をもってする相殺をも許容することにより決済の完結
的性質を強化することの要望がきかれる。民法の普通的規律として、これを容認すること
は困難であり、関係者の利益の均衡に配慮した別途の規律環境整備が図られる空間におい
て初めてそれは、可能である。この提案においては、そこで、いうところの別途の規律環
境整備の一例を後注として提示するにとどめる。
Ⅴ-4-1(一人計算の意義)
(1)
当事者の一人が他の当事者に対し将来において負担することとなる債務(以下Ⅴ
-4-1 及びⅤ-4-3 において「計算の目的となる債務」という。)は、これに応当する債務を債
務者が計算の目的となる債務の債権者でない当事者(以下Ⅴ-4 において「計算人」という。)
に対し負担し、かつ、計算人が同様の債務を計算の目的となる債務の債権者に対し負担す
ることを債権者となる者及び債務者となる者が予め約し、これを計算人となる者が承諾し
た場合において、計算の目的となる債務が生じたときに、一人計算によって消滅するもの
とする。この場合において、計算の目的となる債務の債務者は、計算人に対し同債務に応
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当する債務を負担し、また、計算人は、同様の債務を計算の目的となる債務の債権者に対
し負担するものとする。
*
この提案の描写的な説明
ここで提案する一人計算は、つぎのようなものである。
まず、集中決済に参加する者らのうち、二人の者に着目する。これらの者を Y1・Y2 とし
よう。一人計算の契約は、これら二人と、セントラル・カウンター・パーティーとなる者
との、あわせて三人の者らの契約である。セントラル・カウンター・パーティーとなる者
を X としよう。上記の提案においては、この X に、
「計算人」という制度上の呼称を与える
こととしている。
そして、ここに登場した Y1 が Y2 に対し取得する債権は、一人計算により、Y1 の X に
対する債権と、X の Y2 に対する債権に置き換えられ、それと表裏をなして、Y1 の Y2 に対
する債権は、消滅する。
この消滅する債権は、債務の視点から表現し直すならば、Y2 の Y1 に対する債務にほか
ならず、上記の提案においては、これを「計算の目的となる債務」とよぶことにしている。
(2) 計算の目的となる債務の債権者及び計算人は、法人でなければならないものとする。
(3)
(1)の契約は、登記をすることにより効力を生じるものとする。この場合において、
計算の目的となる債務に係る債権の処分で一人計算の登記に後れるものは、一人計算によ
る債務の消滅により効力を失うものとする。
(4)
計算人を同じくする数個の一人計算は、それらの当事者のいずれもが他のすべての
当事者との間で一人計算の契約をする場合には、当事者を一覧にして公示することを可能
とすることを基本指針とし、この基本指針を踏まえて登記の細目的事項を別途検討する。
(5)
(1)の契約においては、計算の目的となる債務の債務者が、債権者に対し対抗するこ
とができた事由をもって、計算人に対抗することができない旨を約することができるもの
とする。
(6)
当事者の一人が(3)の登記をした当時現に負担する債務を計算に組み入れることを債
権者と約し、これを計算人となる者が承諾した場合において、計算の目的とした債務は、
一人計算によって消滅するものとする。この場合において、計算の目的とした債務の債務
者は、計算人に対し同債務に応当する債務を負担し、また、計算人は、同様の債務を計算
の目的とした債務の債権者に対し負担するものとする。
〔提案要旨〕
複数の者が、かならずしも二人が相互に、という仕方に限らず、多角的に債権債務の法
律関係に立つことが想定される場合において、あらかじめなされている合意に基づき、個
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別の債権債務の法律関係を、債権者が集中決済機構に対し取得する債権と、集中決済機構
が債務者に対し取得する債権が併立する法律関係に移行させることにより、適宜に差引計
算などをして簡素な関係に整理することで簡易決済を図り、あわせて一部の者についてあ
りうべき無資力の危険を関係者のあいだにおいて分散を図ることを可能とする取引につい
て、法的に明確な基盤を賦与すると共に、計算に組み入れられる債権が、一人計算という
債権消滅原因により消滅することを明らかにしようとするものである。
実際に行なわれる集中決済は、多数の清算参加者がおり、そして、多くの場合において、
それら参加者の全部または大部分を構成員とする団体が集中決済機構となる。
法律概念としての一人計算においては、集中決済機構に当たるものを一人の法人として
想定し、それを計算人とよぶことにする。そして、集中決済網に参加する多数の参加者の
うちの、ある二人のあいだに生ずる一つの債権が、債権者である参加者の計算人に対する
債権と、債務者である参加者に対する計算人の債権の二つに置き換えられる契機を局部的
に取り出し、そのような置き換えを説明可能とする概念として用意されるものが、一人計
算にほかならない。
時系列に即してみるならば、一人計算の原則的な形態は、このような置き換えをするこ
とを予め合意する一人計算の合意の段階を経て、実際に計算に組み入れられる債権が発生
した場合に一人計算を実現するという二つの段階から成り立つ。
すなわち、当事者が予め、その一人が将来において負担することとなる債務(「計算の目
的となる債務」)に応当する債務を計算人に対し負担し、かつ、計算人が同様の債務を計算
の目的となる債務の債権者に対し負担することを合意し、これを計算人となる者が承諾す
ることが、一人計算の合意の段階である。これに引き続いて、実際に計算の目的となる債務
が生じたときに、その債務それ自体は一人計算によって消滅し、そして、計算の目的とな
る債務の債務者は、計算人に対し同債務に応当する債務を負担し、また、計算人は、同様
の債務を計算の目的となる債務の債権者に対し負担することになり、これにより一人計算が
実現する。
一人計算は、合意の段階で行なわれるもの自体は法律行為であり、また、実現の段階は
一個の事件であるものと観念されるから、法律行為と事件が複合した私法概念である性質
をもつ。それは、一個の法律事象により同時に計算人の債権債務を発生させる半面におい
て計算の目的となる債権を消滅させるものである点において更改と類似し、また、計算人を
主体とする債権債務について爾後に相殺が予定されるものでから、相殺の前駆手段として働
く。
〈参考外国立法例等〉支払システムにおける決済および証券取引決済の完結的性質に関す
る 1998 年 5 月 19 日附ヨーロッパ議会および理事会指令 26 号 2 条(Journal officiel des
Communautés européenes,L166,11.06.1998)
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Ⅴ-4-2(一人計算の当事者間における効力)
計算人が一人計算によって取得した債権が履行されないときにも、一人計算による債権
の消滅は影響されないものとする。
〔提案要旨〕
計算人が一人計算によって取得した債権について債務不履行があっても、一人計算によ
り生じた従前債権の消滅と計算人を当事者とする新しい債権債務関係の形成が影響される
ことがないものとすることを提案する趣旨である。
Ⅴ-4-3(一人計算の第三者との関係における効力)
(1)
計算の目的となる債務は、その弁済が禁止されたときにも、一人計算によって消滅
することが妨げられないものとする。
(2)
計算の目的となる債務に係る債権の差押え又は仮差押えは、計算人が負担する債務
に係る債権を目的としてされたものとみなすものとする。この場合において計算人がする
相殺への V-3-10 の適用においては、計算人を第三債務者とみなすものとする。
(3)
債権の差押え又は仮差押えが、計算人が負担する債務に係る債権について効力を生
じたときは、執行裁判所は、最高裁判所規則で定めるところにより、その旨を計算人に通
知するものとする。
〔提案要旨〕
一人計算の目的となる債務について個別債権執行等があっても、一人計算が影響を受け
ることはないことを明らかにすると共に、爾後の個別債権執行の法律関係を計算人との関
係に移行させて整序することを提案するものである。
〈参考外国立法例等〉フランス通貨金融法典 L141-4 条 2 項(2001 年 5 月 15 日附ロワ 420
号 30 条による改正後の規定)、アメリカ合衆国統一商事法典 4A-403 条(b)(訳文、久保田・
前掲書 160 頁)。
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