(49)電動バイクの普及と課題

【経営学論集第 83 集】自由論題
(49)電動バイクの普及と課題
――熊本県次世代パーソナルモビリティ実証実験の事例から――
熊本学園大学
三 嶋 恒 平
【キーワード】 電動バイク(Electric bike)、電動モビリティ(Electric mobility)、
熊本(Kumamoto)、産官学連携(Cooperation with Industry, University and the Local
Government)、EV・PHV タウン構想(EV・PHV town plan)
【要約】本稿は熊本県とホンダによる次世代パーソナルモビリティの実証実験を事例
としながら、電動二輪モビリティの特性を市場、製品、地域の 3 つから検討し、そこ
から示唆される実証実験の課題を明らかにした。あわせて、電動二輪モビリティの普
及とそのための課題を検討した。
電動モビリティの普及を巡る先行研究においては、電池のコスト・性能に注目が集
まることが多かったが、本稿は電動モビリティへの認知度向上、潜在ニーズの発掘、
充電インフラの整備の重要性も主張した。さらにこうした産官学連携事業は特別な研
究所や大型の投資を必ずしも要件とはしないため、熊本のような地方の量産拠点であ
っても積極的に関与できたこととその意義の大きさを主張した。
1.
問題意識
2008 年、経済産業省により EV・PHV タウン構想が発表され、2009 年以降、その
構想を実施する地方自治体が選定、具体化された(1)。このように今日、電動モビリテ
ィの普及が促進されるとともにモビリティの電動化に即したまちづくり、産業形成が
進められつつある。
こうした電動モビリティの普及に重要な点として、A.T.カーニーほか(2009)は普
及の 3 要素として電池のコスト、電池の性能、充電インフラの整備を挙げた。またチ
ャン・南(2009)は大量生産によるコスト軽減、市場における EV の大量導入促進、
EV の必要性・有効性の意味に対する啓発、の 3 点を普及のポイントとして指摘した。
宮田秀明東京大学教授は従来の EV 普及は公的な援助に頼りリスクを国に全て背負わ
せてきたことの問題点を指摘し、EV 普及を民間ビジネスとして成立させることの重要
性を主張した(『モーターファン・イラストレーテッド』(2009)、pp.50-51)。
しかしながら、こうした電動モビリティの普及促進に関する先行研究は電気自動車
(電動四輪車)が主体であり、二輪車に関しては正面から十分に検討されてこなかっ
(49)-1
た。けれども、中国における既に確立した電動二輪車を主体とした社会システム、新
興国におけるバイクの氾濫を考慮するならば、電動二輪車の普及や二輪車の電動化が
社会経済に与える影響についても考察する必要があると考える。
そこで、本稿では、熊本県とホンダによる次世代パーソナルモビリティの実証実験
を事例として取り上げながら、次の 2 点について検討する(2)。まず、電動二輪モビリ
ティの特性とそこから示唆される実証実験の課題を明らかにする。続いて、電動二輪
モビリティの課題をクリアし、その普及を促進するための熊本での実証実験の施策と
その効果について考察する。
なお、上に見たとおり、電動モビリティの普及においては電池の性能とコストが大
きな影響を及ぼすが、社会科学を専門とする筆者は本稿において性能とコストについ
ては現状を所与とし、ビジネスモデル等性能とコスト以外の点において普及を探って
いきたい。また、本稿では電動バイクの普及を主眼とし、電動バイクの生産面に関す
るビジネスモデルは検討しない。これについては今後の課題としたい。さらに、二輪
車の電動化といった場合、ガソリンバイクが電動バイクになるというエンジンからの
電動化と自転車が電動自転車になるという電動化の 2 つのパターンが考えられるが、
本稿では主に前者について検討していく(3)。
こうした検討から、本稿は、第 1 に電動バイクの普及に向けた課題や方策、第 2 に、
電動バイクの普及による地域経済への影響、といった点についてインプリケーション
を与えうるだろう。
2.
モビリティとしての電動二輪車の可能性
電動自動車(電動四輪車)が主役となった地域は現在のところないだろう。しかし、
電動二輪車が道路交通の主役となった地域があり、それは中国である(4)。ただ、中国
における電動バイクの普及は都市部におけるガソリンバイクの登録禁止に伴う政策的
な要因が大きく、民主主義国家である日本では実現困難であると考えられる。
そうしたことから、日本での電動二輪車の普及を展望するならば、政策に加え、バ
イクを巡る市場特性、電動二輪車という製品特性、そうした製品を供給する地域の特
性といった点を検討していく必要があると考える。そこで以下、市場特性、製品特性、
地域特性という 3 点について検討していく。
2-1.
2-1-1.
市場特性:二輪車の国内市場からみた普及の制約と可能性
販売市場
現在、日本におけるバイクの販売市場は縮小一方の状況にある(図表 1)。市場の最
盛期であった 1982 年には年間 328 万台(1982 年)のバイクが販売された(『世界二
(49)-2
輪車概況』(2009))。しかし、その後、バイクの販売台数は減少の一途となり、2011
年の販売台数は約 40 万台と最盛期の 12%ほどにまで縮小した。
今回、熊本における実証実験で利用している原付クラス(排気量 50cc 以下)につい
ても同様に減少傾向にある。原付クラスの販売規模は、最盛期の 1982 年には 278 万
台であったのが、2011 年には 25 万台と 10 分の 1 以下にまで落ち込んだ。
なお、バイク(全排気量)の販売台数に占める原付クラスの割合は、最盛期の 1982
年が 85%、1990 年 75%、2000 年 71%、2011 年 63%と減少傾向にある。日本では
バイクの販売台数自体が減少しているが、その中でも特に原付クラスの販売台数の減
少が著しい。
このように日本のバイク市場は最盛期に比べ 10 分の 1 程度に縮小し、10 年前に比
べてもおよそ 3 分の 2 に縮小した。熊本での実験対象である原付クラスではこの傾向
がより顕著に生じている。以上から、バイクを取り巻く市場環境の厳しさは明らかで
あり、電動バイクの普及促進の達成に関する厳しさが分かるだろう。
図表 1
日本におけるバイク・電動アシスト自転車の販売台数の推移
(万台)
80
70
60
50
40
30
20
10
0
電動ア
シスト
自転車
バイク
(50cc
以下)
2006 2007 2008 2009 2010 2011
バイク
(全排
気量)
出所:電動アシスト自転車については財団法人自転車産業振興協会のホームページ(http://www.jbpi.or.jp/;
2013 年 1 月 6 日 閲 覧 )、 バ イ ク に つ い て は 日 本 自 動 車 工 業 会 の ホ ー ム ペ ー ジ
(http://www.jama.or.jp/industry/two_wheeled/index.html;2013 年 1 月 6 日閲覧)を参照した。
2-1-2.
電動アシスト自転車という二輪モビリティの新たなカテゴリー
バイクの国内販売市場は大幅に縮小しているが、二輪というモビリティに対する需
要がゼロになったわけではない。あわせて注目すべき点として、バイクと同じ二輪モ
ビリティのカテゴリーにおいて、近年、電動アシスト自転車という新たなカテゴリー
が生まれ、成長が著しいということが指摘できる(図表 1)(5)。
電動アシスト自転車の販売台数は 2006 年に約 23 万台、2011 年に 40 万台と 5 年で
70%ほど増大した。バイクと比較してみると、電動アシスト自転車の販売台数は、2009
年に原付クラスのバイクの販売台数を抜き(電動アシスト自転車 31 万台、原付クラス
(49)-3
のバイク 25 万台)、2011 年には全排気量のバイクの販売台数とほぼ同等の規模にまで
拡大した。
さらに電動アシスト自転車の市場は量的拡大に伴い平均販売価格が上昇した。具体
的に言うならば、電動アシスト自転車の 2011 年の平均販売単価は 2006 年に比べ約
45%上昇した(6)。原付クラス等の小型バイクや家電製品、一般消費財等、グローバル
化や中国・新興国の成長に伴い、激烈な価格競争に巻き込まれ、販売価格が大幅に引
き下げられているのとは対照的である。
こうした電動アシスト自転車の急成長は次の 2 点を示唆しているだろう。第 1 に、
二輪モビリティへのニーズの底堅さである。減少の一途とはいえ、二輪モビリティを
必要とする層は一定数、存在する。電動モビリティの普及にあたっては、バイク市場
の縮小を悲観するだけでなく、そうした層の掘り起こしにも積極的に取り組む必要が
あるだろう。第 2 に、バイクあるいは二輪モビリティに対する新たな価値の付加や発
想の転換により、新規需要を開拓し、供給側の得られる付加価値を高める可能性があ
ることである。
2-2.
製品特性:実験使用車両(EV-neo)からみた普及の制約と可能性
実証実験で活用する電動バイクは、ホンダの日本唯一のバイク生産工場であるホン
ダ熊本製作所で生産されている EV-neo である(7)。そこで、以下、EV-neo と同等の排
気量、定格出力クラスであるガソリンバイク、電動バイクとを比較しながら検討する。
図表 2 に示されているように、EV-neo はガソリンエンジンバイクに比べ、1 充電(給
油)あたりの走行距離が概ね 10 分の 1 であり、価格は 3 倍高いという性能と価格に
発展可能性を残す製品である。一方で、給油や充電といったランニングコストについ
ては、EV-neo はガソリンバイクに比べ 5 倍ほど優れている。また、EV-neo は静粛性
に優れ、ガソリンを使わないために臭いもなく室内保管も容易というメリットもある。
電動バイク同士についても比較してみよう。EV-neo とヤマハの EC-03 を比べてみ
ると製品の主要用途がビジネスかパーソナルかという製品コンセプトの違いが大きな
ものである。それゆえ、両製品は各々優先すべき機能が異なる。具体的には、EV-neo
は EC-03 に比べ 2 倍の出力を要するが、約 2 倍の重量があり、航続距離も 80%にと
どまり、さらに価格も 2 倍高い。また、EV-neo のみが 3 年リースという販売形態であ
る。
以上の比較検討から、次の 2 点を指摘したい。第 1 に、既述のバイク離れに加え、
ガソリンバイクよりも EV-neo は航続距離と価格という点で課題が残るため、普及促
進に際してはより一層の困難が生じると予想されることである。そもそも EV-neo は
短距離走行を主体とする業務使用を想定して開発された電動バイクである。しかし、
実験ではこうした開発時の想定のみに留まらない使用形態が考えられるが、そうであ
(49)-4
っても、EV-neo の普及促進を図る場合、使用方法等での各種制約が生じることを前提
としなくてはならない。それゆえ、本実験では、普及促進を進める前段階として限定
的な使用環境での EV-neo のメリットの抽出が必要になるだろう。
第 2 に、電動バイクとガソリンバイクは同じ製品カテゴリーに含めず、別の新たな
二輪モビリティとして位置づけられないかを検討する必要性があるかもしれないこと
である。これはすなわち、現在のバッテリーの性能と価格を前提とするならば、電動
バイクは既存製品であるガソリンバイクの延長ではなく別の新しい何かという製品定
義を再考する必要性があるだろう、ということである。
図表 2:電動バイク・ガソリンバイクの仕様比較
ガソリンバイク
電動バイク
テラ
ヤマハ
モーターズ
区分
電動バイク
製造企業名
ホンダ
ホンダ
ホンダ
モデル名
EV-neo
スーパー
カブ50
ディオ
ガソリン
エンジン
ガソリン
エンジン
ビジネス
95kg
パーソナル
81kg
0.58kW
49cc
49cc
0.58kW
0.6kW
2.8(3.8)
/5000
2.7(3.7)
/7500
2.8(3.8)
/8250
1.4(1.9)
/2550
-
11(1.1)
/2000
3.8(0.39)
/5500
3.7(0.38)
/7000
9.6(0.98)
/280
-
34km/1充電
4.3L
110km/L
4.6L
73km/L
43km/1充電
40km/1充電
34km
430km
335.8km
43km
40km
34km
7.3km
4.8km
22km
13km
494,550円
(3年リー
ス)
187,950円
154,350円
252,000円
118,700円
動力
主要用途
車両重量
総排気量
・定格出力
最高出力
(kW(PS)/rpm)
最大トルク
(N.m(kgf・
m)/rpm)
燃料タンク容量
燃料消費率(燃費)
走行距離(1給油・
1充電あたり)
走行距離
(10円あたり)
価格
リチウムイオ
ン電池による
電動モーター
ビジネス
106kg
EC-03
SPEED48
リチウムイオ シリコンバッ
ン電池による テリーによる
電動モーター 電動モーター
パーソナル
パーソナル
56kg
86kg
注 1:テラモーターズとは日本の電動バイク市場で販売台数の最も多い企業である。
注 2:EV-neo、SPEED48 の販売価格は普通充電器込みの価格である。
出所:各社ホームページ(ホンダ http://www.honda.co.jp、ヤマハ http://www.yamaha-motor.jp/ev/ec-03/spec/、
テラモーターズ http://www.terra-motors.com/jp/products/seedfunction.html;2013 年 1 月 6 日閲覧)を
参照し、作成した。
2-3.
地域特性:熊本県からみた普及の制約と可能性
地域特性を検討する場合、2 つの側面から検討する必要があると考える。ひとつは
地方としての熊本県であり、もうひとつは二輪車産業の集積地としての熊本県である。
以下、各々について検討する。
(49)-5
2-3-1.
地方としての熊本県
まず、地方としての熊本県である。国内外の複数地域で実験を実施するホンダは熊
本県での実験を地方でのモビリティのありようを検討するエリアと位置づけてい る
(8)。一般的に、日本の地方とは、限界集落やシャッター商店街が生じるといった少子
高齢化社会、それに伴うバス等公共交通機関の衰退、ガソリンスタンド等既存モビリ
ティインフラの衰退、疎な立地状況ゆえ 1 回の走行距離が長いこと、といった特徴に
代表される(9)。こうした熊本県、特に熊本県の郡部にみられる特徴は今後、本州の都
市部でも生じることも想定できるだろう。それゆえ、ある意味、熊本は日本のモビリ
ティ環境における将来像を示しているとも考えられる。
こうした熊本県の地域特性の実証実験を通じた電動バイクの普及に対する含意とし
て次の 2 点が指摘できる。第 1 に、少子高齢化社会に対応したモビリティの模索であ
る。第 2 に、電動モビリティによる既存の公共交通機関およびガソリンモビリティと
そのインフラ欠如に対する代替可能性の模索である。熊本県における実験は先進国の
成熟社会におけるモビリティに関する将来像の提示する、という大きな意義も有して
いるだろう。
2-3-2.
二輪車産業の集積地としての熊本県
続いて、二輪車産業の集積地としての熊本県に関する検討である。熊本県にはホン
ダが日本で唯一バイクを生産する工場がある(10)。また、熊本県にはホンダと(直接・
間接)取引する二輪車関連サプライヤー企業が 100 社ほど集積する。さらにホンダの
熊本製作所の年間工場出荷額は農業県とされる熊本県の農業出荷額に匹敵する(11)。
こうした特質の実証実験に対する含意は次の 2 つに集約できる。第 1 に、熊本県経
済にとって二輪車産業は不可欠であるということである。本実験の目的である電動モ
ビリティの普及促進は熊本経済の振興に直結することだろう。第 2 に、実験は熊本県
の二輪車産業にとっての新たなステップとなりうる可能性を秘めていることである。
従来の熊本における二輪車産業は量産に特化していた(三嶋、2009)。しかし、実験
を通じて、消費者ニーズの探求・把握という新たなフェーズに関与することになるか
もしれない。これはすなわち、熊本の二輪車産業がバリューチェーンを拡大させ、そ
れによる付加価値の向上が期待できる。
3
電動バイクの普及に向けた熊本県の実証実験
3-1.
市場特性
熊本での実験は 2013 年までに電動バイクの 1000 台普及を目標とした。しかし、2011
年度末までの熊本県内の導入実績は 14 台にとどまった(熊本県、2012)。ガソリンバ
イクの国内市場の大幅な縮小傾向もあり、こうした普及の遅れは電動バイクへの忌避
(49)-6
なのか、二輪モビリティへの忌避なのか判断が難しい面があった。
そこで熊本での実験では、電動バイクの認知度向上、電動バイクの良さの実体験、
新たな製品カテゴリーの探索の 3 つを目的とした試乗会を数多く行うことにした。具
体的には、大学や企業など大人数が集まる場所において電動バイクに実際に乗っても
らい、加速性、静粛性の良さを体感してもらうとともに、試乗後にアンケートを取り、
ニーズの発掘に努める、という形式であった。こうした試乗会を通じて、2011 年度は
延べ 395 名が EV-neo への試乗を行った。
この試乗会でのアンケートから以下の 4 点が明らかになった(熊本県、2012)。第 1
に、試乗会で初めて電動バイクを知った人が 52%にも及び電動バイクの認知度が低い
ことであった。第 2 に、電動バイクに関心を示した層は 9 割に及んだことであった。
この 2 点はすなわち、試乗会開催の必要性の高さを示唆していると考えられた。第 3
に、自宅の駐輪場に充電環境がないと回答した人は 28%に過ぎず、60%近くの人が充
電環境を有すると回答した。これは住宅環境に余裕のある地方特有の事情なのかもし
れない。第 4 に、EV-neo の妥当な価格としては 20 万円以下が望ましいという回答が
大部分であったことである。現在の販売価格の約半分であり、ホンダが販売価格を引
き下げるか、県庁等公的機関が販売促進のために補助金等を導入するといったことが
求められているといえる。
2012 年度になると電動モビリティの中でも電動アシスト自転車、電動バイク、電動
自走自転車、ガソリンバイクの 4 つを乗り比べるという比較試乗会を開始した。これ
は電動アシスト自転車で特徴的に示された二輪モビリティへのニーズの底堅さに着目
し、消費者ニーズの実態把握と電動モビリティが含まれるカテゴリーに関する再考を
目的としたものであった(12)。
3-2.
製品特性
熊本での実証実験では、既述のバイク離れに加え、ガソリンバイクよりも航続距離・
価格的に劣位な EV-neo で普及促進を図るという二重の困難に立ち向かうこととなっ
た。そのため、実験にあたっては限定的な使用環境における EV-neo のメリットを抽
出する必要性が生じた。熊本での実験において電動バイクのガソリンバイクに対する
製品特性の劣位を跳ね返すことができるかということを検証する実験は主に次の 3 つ
であった。
第 1 に、価格劣位への対応として補助金制度により価格的ビハインドの解消を狙う
というものだ(13)。熊本県が公募する電動バイクの普及促進のための補助金とは高校
通学あるいは事業向けに電動バイクを導入する際の経費の一部補助する制度であった。
補助は高校通学用で補助率最大 95%、補助上限額 43 万 9000 円、事業用リースで補助
率 50%、補助上限額 13 万 5000 円という手厚いものであった。この補助金制度を利用
(49)-7
すればガソリンバイクに対する EV-neo の価格劣位はほぼ解消されるはずであったが、
2011 年度の実績は低水準にとどまり、高校生向けが 1 件、事業所向けが 2 件であった
(熊本県、2012)。この結果から、航続距離や 3 年後は機体をホンダが回収するとい
うリース形態の販売形式など、EV-neo の導入には価格以外でも購入時のハードルがい
くつかあることが示唆された。
第 2 に、航続距離の劣位への対応として、半径 7 キロ程度のルート営業圏での業務
活用の適性を確認するというものであった。この実験から、訪問先までの距離だけで
なく高低差が電費に影響するため地域の地理的条件が重要であること、運行ルートが
毎回定まっているかどうかという業務形態、駐車をすれば即充電ができるかどかとい
う充電環境の 3 つが業務活用に大きな影響を及ぼすことがわかった。平坦地、定ルー
ト、整備された充電環境があるならば、EV-neo はガソリンバイク以上の満足度を被験
者にもたらした。ここから、航続距離の劣位は電動バイクの利用環境次第では優位に
転換できること、そのために更なる充電インフラの整備が必要であること、という結
論が導かれると考える。
第 3 に、電動バイクの製品特性をネガティブな要素と最初から捉えず、チャンスで
あると発想を転換してみようという実験であった。あわせて電動バイクの普及と地域
経済の活性化の両立を果たせないかを探った。EV-neo の製品特性として実験主体を悩
ませたことは次の 2 点に集約できるだろう。ひとつは実験で活用した電動バイクであ
る EV-neo は 1 回の充電あたりの実走行距離は 20 キロ強と航続距離は短いため、頻繁
な回数を要したことである(図表 2)。もうひとつは EV-neo は 1 回あたりの充電時間
として満充電にするまで普通充電で 3 時間、急速充電で 30 分を要したことである。
そこで実証実験にあたって、充電に要する頻度と長時間を顧客獲得の機会と捉え直
すことにした。例えば、ガソリンバイクの場合、給油時間はせいぜい 5 分であり、ガ
ソリンスタンドでガソリン以外に消費することは多くはないだろう。しかし、電動バ
イクの場合、充電時間に 30 分は要することから、顧客は少なくとも充電ポイントに
30 分は滞在することになる。待ち時間の間、顧客は何かを消費するかもしれないし、
あるいは充電するために駐停車するポイントを探すかもしれない。さらにこうした顧
客行動を期待した地域の商店、自治体が普通充電のためのコンセントを提供したり急
速充電器を導入すれば、電動モビリティのインフラ整備が進むのではないかとも考え
られた。
そこで熊本ではこうした顧客行動とその経済効果、それを期待した充電インフラの
整備の進展について、観光地において電動バイクをレンタルするという実証実験を行
った(14)。実験にあたっては前もってモデルコースを作成し、消費予測をたてた。ま
た、地域の商店等に充電の協力を依頼し、充電インフラの整備を図った。
しかし、この実験の結果、予測したほどの消費行動は見られなかった(熊本県、2012)。
(49)-8
その要因はモデルコースと被験者とのミスマッチ等観光レンタルコースにあった。そ
のため、より現地に適したコースと運営者により、継続して実験が行われることにな
った。
3-3.
地域特性
二輪車産業の集積地である熊本では電動モビリティの普及促進は経済振興に直結す
る。そのため、実証実験には熊本県の産官学を問わず、二輪車関連企業、地場企業、
高校、大学が積極的に参加した。こうした熊本ならではの地域特性は実験においても
いくつかみられたが、注目すべきは次の 2 点であるだろう。
第 1 に、電動モビリティを巡る技術教育、イベントへの支援である。今後、ガソリ
ンから電動モビリティへという製品イノベーションが生じた場合でも熊本が変わらず
生産拠点として存続するためには電動モビリティの仕組みを理解し、製品、生産を支
える技術者が必要になる。こうした電動モビリティに詳しい技術者は日本全国でも育
成すべき課題となっているが、熊本ではいち早く工業高校における電動関連人材育成
に支援、協力を行なっている。さらに EV フェスティバルなどの関連イベントも支援
し、電動モビリティへの日々の取り組みが発揮でき、試す場の整備にも取り組んでい
る。
第 2 に、二輪車産業の集積地であるがゆえのイノベーションへの制約である。上に
見た電動モビリティを乗り比べるという熊本学園大学で行った比較試乗会を取り上げ
ながら検討したい。この比較試乗会の回答者 111 人に対するアンケートにおいて、一
番気に入ったモビリティとして 39%が電動自走自転車を、34%が電動アシスト自転車
を、21%が電動バイクを、6%が原付バイクを挙げるという結果が示された(15)。この
アンケート結果をどのように解釈し、電動モビリティの普及に活かしていくか、とい
う点は熟慮が必要である。
電動バイクであれば地元の工場であるホンダの熊本製作所が生産しているため、普
及促進の意義も大きい。しかし、日本で生産していない電動自走自転車のニーズが潜
在的にあるらしいことがアンケートから示されたとき、ガソリンバイク、電動バイク
の産地である熊本はどのように対応したらよいのだろうか。電動自走自転車の潜在的
ニーズが示されたからといって、それが一般道路を自由に走ることができるよう法環
境を整備する必要があるのか。普及が進んだとき、現存の熊本にある二輪車関連企業
はどのような影響を受けるのか。熊本経済に一定の影響を及ぼしうる施策を熊本県と
してどの程度関与するのか。既存バイクの一大生産拠点であるがゆえの検討課題が熊
本には突きつけられている。
(49)-9
図表 3
熊本県における実証実験内容と成果
特性区分
実験内容
試乗会・比較試乗会による消費者ニーズ
市場特性
の把握
価格劣位への対応としての電動モビリ
製品特性
ティ購入者への補助金制度
分かったこと・成果
加速の良さ、静粛性への高評価と価格の
高さ、デザインへの低評価。
補助金利用による電動モビリティの購
入。
平坦な市街地における7キロ圏内での定
航続距離の劣位への対応策検討として銀
製品特性
ルートにおける適性の高さと充電環境の
行におけるビジネスユース検証
必要性。
環境を大事にする企業イメージと夜間の
航続距離の劣位への対応策検討として観
製品特性
宿泊施設内を走行する際の静粛性に対す
光施設におけるビジネスユース検証
る高評価。
電動モビリティの認知度向上。ただし、
製品特性 電動バイクの試乗会
購入については価格、航続距離、充電環
境整備といった課題が大きい。
少子高齢化の進むエリア(熊本県菊池
高齢者にとっての電動バイクのハードル
地域特性
市)でのレンタル実験
の高さ。
観光レンタルの認知動向上が課題である
観光地(南阿蘇村)での観光レンタル実
が、一方で地域店舗の協力による充電イ
地域特性
験
ンフラ整備の進展。
出所:熊本県(2012)および実験における熊本学園大学商学部三嶋ゼミによる観光レンタル実験から筆者作成。
4.
おわりに
熊本での実証実験は 2011 年度から 2013 年度にかけての 3 年プロジェクトであり、
2013 年 1 月現在、まだ完了していない。そのため、普及に向けた成果とその施策効果
の詳細な検証は今後の課題としたい。
しかし、現段階でも明らかになった 2 点がある。第 1 に、電動モビリティの普及を
巡る先行研究においては、電池のコスト・性能に注目が集まることが多かったが、本
稿が取り扱ったような電動モビリティへの認知度向上、潜在ニーズの発掘、充電イン
フラの整備も重要であるということである。さらにこれらの探求については特別な研
究所や大型の投資を必ずしも要件とはしない。そのため、熊本のような量産拠点であ
っても積極的に関与できた。これが第 2 の点であり、意義の大きいことであるだろう。
なぜなら、地方の量産拠点のバリューチェーンの拡大可能性の大きさを示唆している
と考えられるからだ。
熊本でみられたような、地域が主導し、地域の産官学の各主体が共同し試行錯誤し
ながら、地域の核となる製品の未来像の描き出すことは重要である。こうした取り組
みは今後もさらに継続、発展させていくべきだと考える。
〈注記〉
(1) EV(電気自動車あるいは電動モビリティ)・PHV(プラグイン・ハイブリッド車)タウン構想については経
済産業省のホームページである EV-PHV 情報プラットフォーム
(49)-10
(http://www.meti.go.jp/policy/automobile/evphv/index.html;2013 年 1 月 13 日閲覧)に詳しい。
(2) 筆者は本実証実験の実行主体である熊本県次世代パーソナルモビリティ推進委員会二輪部会に座長として
参加している。しかし、本稿は当該部会の公式見解ではなく、あくまで筆者個人の考察、意見に過ぎない。
もちろん、本稿に関する責任等は筆者が全て負う。
(3) 自転車の電動化については日本については東(2012)で、中国については駒形(2011)で詳しく検討され
ている。
(4) こうした中国の状況について、駒形(2011)を参照。
(5) 電動アシスト自転車の製販動向とその背景について、東(2012)に詳しい。
(6) 財団法人自転車産業振興協会の HP(http://www.jbpi.or.jp/;2013 年 1 月 6 日閲覧)を参照した。
(7) 熊本の二輪車産業については後述する地域特性の項目で改めて検討する。
(8) ホンダ熊本製作所における「次世代電動パーソナルモビリティ実証実験説明会(2010 年 12 月 24 日開催)」
での説明に基づく。
(9) こうした少子高齢化が進展する地方経済のありようについては各種研究があるが、ここでは藤井(2007)
を挙げておく。
(10) 熊本県における二輪車産業の概要について、横井(2007)、三嶋(2009)に詳しい。
(11) 熊本県産業支援課でのヒアリングによると、熊本県の年間農業出荷額は概ね 3000 億円前後であり、ホン
ダの熊本製作所の工場出荷額もほぼこれと同等であるという。
(12) 比較試乗会については後の地域特性のところでも検討する。
(13)
制 度 の 詳 細 は 「 熊 本 県
EV ・ PHV
タ ウ ン 構 想 」 ホ ー ム ペ ー ジ
( http://www.pref.kumamoto.jp/site/evtaunkousou/evbike.htmlp/site/evtaunkousou/evbike.html ; 2013
年 1 月 20 日閲覧)を参照。
(14) 電 動 バ イ ク の 観 光 レ ン タ ル に 関 す る 実 証 実 験 に つ い て は 『 2011 年 度 三 嶋 ゼ ミ 応 用 演 習 Ⅱ 卒 業 論 文 集 』
(2012)にその概要や結果、運営マニュアルがまとめられている。
(15) 電動自走自転車とは自転車のようにペダルをこいで進むことができ、同時に、ペダルをまったくこがず人
力ではなくモーターのみでも進むことができる電動モビリティである。
〈参考文献一覧〉
東正志(2012)「転換期の日本自転車産業と電動アシスト自転車」『アジア経営研究』第 18 巻、pp.67-77、ア
ジア経営学会。
A.T.カーニー・川原英司ほか(2009)
『電気自動車が革新する企業戦略
自動車、ハイテク、素材、エネルギー、
通信産業へのインパクト』日経 BP 社。
熊本県(2011)「熊本県 EV・PHV タウン推進アクションプラン」。
熊本県(2012)「熊本県 EV・PHV タウン推進マスタープラン」。
駒形哲哉(2011)『中国の自転車産業
「改革・開放」と産業発展』慶應義塾大学出版会。
『世界二輪車概況』(2009)本田技研工業。
C.C.チャン・南繁行(2009)
『電気自動車の実像
EV・HEV・FCV の最新技術とその将来展望』ユニオンプレ
ス。
藤井亮二(2007)
「地方の構造変化
いま、地方で何が起きているのか」
『経済のプリズム』第 47 号、pp.1-15、
参議院調査室。
『2011 年度三嶋ゼミ応用演習Ⅱ卒業論文集』(2012)、熊本学園大学商学部経営学科。
三嶋恒平(2009)
「地域産業とイノベーション
熊本における自動車産業の事例から」
『中小企業季報』2009 No.1、
pp.1-11、大阪経済大学中小企業・経営研究所。
『モーターファン・イラストレーテッド』(2009)三栄書房、Vol.37。
横井克典(2007)
「 二輪部品サプライヤーの現局面と協力関係の変容
『産業学会年報』第 23 巻、pp.117-128、産業学会。
(49)-11
本田技研工業熊本製作所に焦点を当てて」