Electrical cables for motor vehicles

日本語版
2014 年 11 月
東京都
世界大都市気候先導グループ
Urban Efficiency:
A Global Survey of Building Energy Efficiency Poicies in Cities
目次
序文:C40 世界大都市気候先導グループ ......................................................................................... 1
序文:東京都 ...................................................................................................................................... 2
エグゼクティブサマリー ....................................................... 3
1.
都市レベル施策の概観 .............................................. 9
2.
目的と方法論............................................................ 12
3.
ポリシーマップおよび世界的動向 ............................. 15
3.1
概要 ................................................................................................................................ 15
3.2
ポリシーマップが示す世界的動向 ................................................................................... 19
3.2.1
建築物エネルギーコード ..................................................................................... 19
3.2.2
エネルギー性能データのレポーティングおよびベンチマーキング ....................... 20
3.2.3
監査およびレトロコミッショニングの義務 .............................................................. 22
3.2.4
排出量取引制度 ................................................................................................. 22
3.2.5
グリーンビル認証および省エネ格付け ................................................................ 23
3.2.6
経済的インセンティブ .......................................................................................... 25
3.2.7
その他のインセンティブ ....................................................................................... 26
3.2.8
意識向上プログラム ............................................................................................ 27
3.2.9
グリーンリースの推進 .......................................................................................... 27
3.2.10 自主参加型プログラム ........................................................................................ 28
3.2.11 政府による模範プログラム ................................................................................... 28
3.2.12 その他................................................................................................................. 29
4.
フロントランナー都市における事例 ........................................................................................... 48
4.1
概要 ................................................................ 48
4.2
ケーススタディ ................................................. 50
4.2.1
香港 .................................................... 51
4.2.2
ヒューストン .......................................... 58
4.2.3
メルボルン ........................................... 66
4.2.4
ニューヨーク ........................................ 75
4.2.5
フィラデルフィア .................................. 85
4.2.6
サンフランシスコ .................................................................................................. 94
4.2.7
シアトル ............................................................................................................. 104
4.2.8
シンガポール .................................................................................................... 112
–i–
4.2.9
シドニー ............................................................................................................ 120
4.2.10 東京 .................................................................................................................. 128
4.3
5.
分析 .............................................................................................................................. 138
4.3.1
主な特徴........................................................................................................... 138
4.3.2
設計・実施段階での投入資源 .......................................................................... 141
4.3.3
成果と影響 ....................................................................................................... 144
4.3.4
成功要因 .......................................................................................................... 148
4.3.5
主な課題........................................................................................................... 151
4.3.6
今後の展望....................................................................................................... 154
結論 ........................................................................................................................................ 159
謝辞 ............................................................................................................................................... 160
付録 ............................................................................................................................................... 161
1.
世界各国の省エネ推進施策に関するインターネット上のデータベース ......................... 161
2.
都市プログラムのポリシーマップ .................................................................................... 163
3.
ケーススタディ対象都市へのアンケート内容 ................................................................. 164
4.
建築物エネルギー効率向上から生まれる複合便益の測定基準 ................................... 166
4-A
概要ノート:建築物エネルギー効率向上の複合便益. ................................................... 170
–ii–
序文
C40 世界大都市気候先導グループ
エネルギー効率ネットワーク担当マネージャ
Zoe Sprigings
世界中の大都市のシンボルとも言える高層ビル群のシルエット。そうしたビル群は気候変動に対処す
る鍵ともなっている。建築物でのエネルギー消費は、都市部における温室効果ガス(GHG)排出量の
大きな発生源となっており、「C40 世界大都市気候先導グループ(C40)」参加都市の GHG 排出量を
見ても、その半分ほどが建築物で消費されるエネルギーに由来するのである。 1
建築物の省エネ化が重要であることに、もはや議論の余地はない。建築物の省エネ化は GHG 排出
量やエネルギーコストの削減に加え、「健全なオフィス」「新たな雇用創出」「エネルギー安全保障」な
ど、計り知れないメリットをもたらす。しかし、そのようなメリットが明らかであっても、都市政府が投入で
きる時間や資源は限られており、その中で都市の政策担当者には他都市での成功事例を迅速かつ
正確に把握することが求められる。その過程で障壁にぶつかったとき、頼りになるのは諸都市のネット
ワークである。
東京都が参加する諸都市のネットワークは、地元の建築物の省エネに取り組む一方で、他都市が早
期に対策をとり、より大きな効果を上げられるよう協力する労も厭わない。今回の調査に参加した「民
間建築物省エネルギーネットワーク」は、C40 が運営する 15 のネットワークの 1 つであり、気候変動問
題に共同で対処する世界各国の大都市で構成されている。各ネットワークは、廃棄物や運輸など、気
候変動の特定要素に携わる担当者を結び付ける働きをしている。「民間建築物省エネルギーネットワ
ーク」のメンバー都市はすでに現地の建築物で新施策を実施しており、そのスピードが国や地域を上
回ることも珍しくない。その反面、都市レベルでどんな取り組みが進行中かは、まだ明確になっていな
いのが現状である。そこで、東京都は「民間建築物省エネルギーネットワーク」参加都市との協議を重
ねた末に、各都市の成功事例を把握してメンバー間で共有すべきであると判断するに至った。
その結果として生まれたこの「Urban Efficiency: A Global Survey of Building Energy Efficiency
Policies in Cities」からは、C40 諸都市が協働しながら情報を自由に共有し、共同の財産を築き上げる
姿が明確に伝わってくる。本レポートは東京都の知見と尽力の賜物であり、C40 もその一助となれたこ
とを名誉としている。
本レポートが、省エネに着手したばかりの都市にとっては多様な選択肢のリストとなり、省エネの実現
途上にある都市にとっては諸問題への対策を見つけるガイドとなり、省エネを達成した都市にとっては
次に目指すべきレベルを探るヒントになれば幸いである。
C40 諸都市が気候変動対策をどのように進めているか本レポートを通してそれが世界の他の国・地
域に伝わっていくことを切に願っている。
1
C40 世界大都市気候先導グループおよび Arup[2011]「大都市における気候変動対策(2011 年)」。
–1–
序文
東京都環境局
西田裕子
東京都では気候変動問題を深刻に受け止め、2020 年までに 2000 年比で都内の温室効果ガス
(GHG)排出量の 25%削減、エネルギー消費量の 20%削減を目指している。建築物セクターからの
CO2 排出量が都内の総排出量の相当部分を占めることから、東京都では気候変動対策の重点を建
築物セクターに置いている。また、前記の目標を達成するためには、既存建築物のエネルギー効率
向上が不可欠であると考えている。
東京都は平成 22 年(2010 年)、大規模建築物の削減義務を定めた「温室効果ガス排出総量削減義
務と排出量取引制度(キャップ&トレード制度)」を導入し、現在に至るまで順調に施行している。しか
し、中小規模の建築物や居住用建築物での省エネを推進するには、更なる取り組みが求められる。こ
の点で、他の大都市から寄せられる情報や経験は大変に参考になり、C40 の「民間建築物省エネル
ギーネットワーク」に参加したこともまたとない学習機会となった。都市人口の増加ならびに建築物から
の GHG 排出量の増大が進むなかで、都市連合が建築物の省エネを推進することは、気候変動への
グローバルな取り組みに欠かせない要素である。東京都は「民間建築物省エネルギーネットワーク」へ
の参加を貴重な機会ととらえ、シドニーとともに先導都市となったことをこの上ない光栄と考えている。
「民間建築物省エネルギーネットワーク」は拡大を続け、今ではアジア、オセアニア、アフリカ、ヨーロッ
パ、中南米および北米の 12 都市が参加している。参加都市はウェビナーや電話会議さらには参考資
料の共有化によって互いに学び合い、共同研究や合同事業によって知見の向上に努めている。また、
二度にわたるワークショップ(2013 年ヒューストン、2014 年東京都)では相互間の信頼がさらに深まり、
充実した協議や詳細情報の交換が行えた。
本レポートの基になった調査は、「2014 年 C40 東京ワークショップ」で民間セクター建築物向けの省エ
ネ諸施策を検討できるよう、東京都が開始したものである。各都市で得られた知見を文書化する過程
で共通の問題や課題が明らかになり、さらには東京都でも実践できそうな素晴らしいアイディアに刺激
を受けることもあった。
本レポートが、「民間建築物省エネルギーネットワーク」の参加都市のみならず、建築物省エネ化の重
要性を認識している世界各都市の政策担当者にとっても参考となることを願ってやまない。
–2–
エグゼクティブサマリー
「Urban Efficiency: A Global Survey of Building Energy Efficiency Poicies in Cities」は、世界各都市
の政策担当者が建築物の省エネ推進施策を立案・改定する際の情報源として作成されたものである。
建築物の省エネ化に関わる都市レベルの対策について、既存の資料の足りない点を補うものであり、
本分野の実務者や研究者に参照されることを意図している。
本レポートの目的は以下の 3 点である。
 世界の諸都市で実施されている各種の施策の把握を始めること
 こうした施策の導入・実施に際して必要とされる条件や機会、ならびに導入・実施に伴う潜在的
な課題について詳細情報を入手すること
 どのような取り組みがどのような文脈の下で成功しているかを分析し、併せて成功要因も探るこ
と
本調査は、建築物の省エネ化を推進する全ての都市を扱う包括的なものではなく、この種の取り組み
で先行している諸都市、すなわち「C40 世界大都市気候先導グループ」の「民間建築物省エネルギー
ネットワーク」に参加している都市のみを対象とするものである。C40 はローカルにまたはグローバルに
気候変動に対処する世界各都市の共同体であり、その中には諸都市が参加する分野別のワーキン
グ・グループ(「ネットワーク」)が設置されている。
本調査の実施に当たっては、文献レビュー、記述式アンケート、電話インタビュー、主要な資料の分
析等の手法を用いた。本書の前半にて大まかな動向を描き、その後に各都市のケーススタディを行っ
ている。
第 1 章「都市レベルの施策の概観」では、C40 調査報告書「大都市の気候変動対策調査レポート 2」
(CAM 2.0)の調査結果を使い、C40 諸都市における建築物省エネ化の世界的動向を概説する。
第 2 章「目的と方法論」では、本調査の目的と実施方法について詳述する。
第 3 章「ポリシーマップおよび世界的動向」では、世界 16 都市(シカゴ、香港、ヒューストン、ヨハネス
ブルグ、ロンドン、メルボルン、ニューヨーク、フィラデルフィア、ポートランド、サンフランシスコ、シアトル、
シンガポール、ストックホルム、シドニー、東京、トロント(アルファベット順))のケーススタディをもとに、
都市の建築物省エネ推進施策に関する世界的な動向を述べる。また、施策を 12 個の「政策要素」に
分け、各都市の施策の現状を、新築と既存建築物の 2 つのポリシーマップに示した。詳しくは、表 3.1
「政策要素の定義」を参照のこと。主な結論を以下に示す。
建築物エネルギーコード
世界の都市の多くが、国や州のエネルギーコードに比べて広範もしくは厳格な独自のエネルギ
ーコードを、新築建築物および大規模改修について設けている。例えば、米国の一部の都市
が定めているエネルギーコードは、州のエネルギーコードよりも対象が広範化あるいは基準が
厳格化されている。また、ヨーロッパの諸都市では、欧州連合(EU)指令で義務付けられた国レ
ベルのエネルギーコードが実施されており、オーストラリアの諸都市では州のエネルギーコード
–3–
によって規制がなされている。日本では、現状、国レベルでのエネルギーコードが義務化されて
いないため、東京都は建築物環境計画書制度のなかで、大規模施設を対象に最低限の省エ
ネ性能基準を義務化している。既存建築物については、大規模改修を除き、エネルギーコード
が適用・義務化される事例は依然としてほとんどない。ただし、このような不足を補うため建築設
備に対して最低基準を設けている都市も見られる。
エネルギー性能データのレポーティングおよびベンチマーキング
レポーティングやベンチマーキングは都市における比較的新しい政策であるが、急速に普及し
つつある。現状では、主に大規模建築物を対象とするものが多く、また、情報開示の方針は都
市ごとに異なる。米国では多数の都市がレポーティングやベンチマーキングを制度化しており、
一方、東京都では排出量取引制度により大規模建築物に報告を義務付けているほか、より小
規模な建築物を対象とする報告も義務化している。ヨーロッパの諸都市では、EU 指令で義務
付けられている Energy Performance Certificates(エネルギー性能証明書)がベンチマーキング
と同様の役割を担っている。このほか、報告を義務化せずにベンチマーキングのみを推進して
いる都市もある。
監査およびレトロコミッショニングの義務
多くの都市が、主に大規模な業務用建築物(一部例外あり)に対し、3~10 年ごとの定期的な
監査やレトロコミッショニングを義務付けている。本措置の適用範囲は、冷房システムのみから、
テナント専用部と共用部分を含めた建築物全体までと、かなりの幅がある。なお、監査・レトロコ
ミッショニングは、レポーティングやベンチマーキングと併せて義務付けられることが多い。
排出量取引制度
東京都の排出量取引制度は先駆的であり、排出量削減義務を伴うキャップ&トレード制度であ
る。東京都のキャップ&トレード制度は大規模事業者等の参加が義務付けられており、都市政
府レベルで策定・運用され、建築物に焦点をあてている点がユニークである。1
グリーンビル認証および省エネ格付け
グリーンビル認証および省エネ格付けは、多数の都市が建築計画や建築許可のプロセスに取
り入れており、経済的インセンティブ、その他のインセンティブの前提条件として、また市所有建
築物の新築あるいは改修の要件として用いている。
経済的インセンティブ
現在、新築建築物を対象としたものはあまり見られないが、既存建築物の省エネ化に対する経
済的インセンティブは多数の都市で実施されており、都市以外に国や州の政府・関連機関から
も多様な枠組みが提供されている。このほか、電力会社・ガス会社などが省エネ改修などへの
補助金やリベートを出す例もよく見られ、その一部は法令に従い実施されている。
1
本調査の対象外である中国の諸都市でも、2013 年以降、(他のセクターと並び)建築物セクターを対象とした排出
量取引制度をパイロット・プログラムとして実施している。
–4–
その他のインセンティブ
その他のインセンティブで多く見られるものとしては、グリーンビルを新築する際の優先的な建
築許可手続きおよび容積率緩和措置が挙げられる。また、グリーンビル認証を最低限の省エネ
要件とする都市も多い。
意識向上プログラム
多くの都市がグリーンビルや省エネ手法、省エネ改修についての情報をインターネットで公開
する一方、無償ないし助成金付きのエネルギー監査や評価、ガイドブック、セミナー等を通した
情報提供も行っている。また、米国の都市の多くは、低所得世帯向けに「ウェザライゼーション
(耐候化支援)プログラム」を実施しており、住宅の外皮の低価格な「耐候化」のみならず(コー
キング剤の提供など)、冷暖房、電気系統の改修や電化製品の更新までサポートしている。
グリーンリースの推進
ビルオーナーとテナントの間で生じているスプリットインセンティブ問題(オーナー・テナント問題)
の解決に向け、グリーンリースを推進する都市も見られた。その一般的な手法としては、建築物
の環境性能向上を目指すモデル条項を含むツールキットの公開が挙げられる。
自主参加型プログラム
多くの都市が市内の企業や住民の自主的な取組みを奨励しており、その形態は設計ガイドライ
ンからフラッグシップ開発プロジェクト、コンペ、さらには業務・住居セクターと共同して展開する
自主参加型プロジェクトと、多岐に渡っている。このうち、コンペと自主参加型プロジェクトは、エ
ネルギー性能評価やアドバイス、利用できる経済的インセンティブの情報提供と組み合わされ
ることが多い。参加者には、模範を示すとともに、彼らの知見を広く発信することが期待されてい
る。
政府による模範プログラム
都市政府の多くは自らの取り組みで率先して模範を示している。最も典型的な取り組み方とし
ては、市所有建築物の新築・改修に際して、グリーンビル基準の順守を義務付けることが挙げ
られる。一部の先進都市では、市所有建築物のエネルギー性能データの開示も行っている。ま
た、市所有建築物を、グリーンビルの先端技術を試験運用する「実験場」として提供する事例も
見られる。
その他
上記以外に諸都市が取り組んでいる建築物省エネ推進施策としては、低炭素ゾーンの設定、
ESCO 事業の推進、Better Buildings Partnership(ベター・ビルディング・パートナーシップ)の展
開等がある。「その他」に分類されるのは、新しい政策タイプであるか、一般にはあまり見られな
いか、都市政府が「推進役」というよりも「調整役」として関係しているなどの理由による。
第 4 章「フロントランナー都市における事例」では、様々な政策プログラムを通して既存の住宅・業務
用建築物での省エネルギーやサステナビリティを積極的に推進している C40 に加盟する 10 都市のケ
ーススタディを詳しく紹介する。各都市およびプログラム名を以下に示す。
–5–
香港:
Buildings Energy Efficiency Ordinance (BEEO)(建築物省エネ条例)
ヒューストン:
Houston Green Office Challenge (HGOC)(ヒューストン・グリーンオフィスチャレ
ンジ)
メルボルン:
1200 Buildings(1200 ビルディング・プログラム)
ニューヨーク:
Greener, Greater Buildings Plan(グリーナー・グレーター・ビルディング計画)に
おけるベンチマーキング制度
フィラデルフィア: Building Energy Benchmarking Ordinance(建築物エネルギーベンチマーキン
グ条例)
サンフランシスコ: Existing Commercial Buildings Energy Performance Ordinance(既存商業ビル
に関するエネルギー性能条例)
シアトル:
The Seattle Building Energy Benchmarking and Reporting Program(シアトル建
築物エネルギーベンチマーキング・レポーティングプログラム)
シンガポール:
Existing Buildings Legislation(既存建築物に関する法律)
シドニー:
Smart Green Apartments(スマート・グリーン・アパートメント)
東京:
キャップ&トレード制度
調査対象プログラムの各要素の詳細については、表 3.1「政策要素の定義」を参照のこと。なお、今回
のケーススタディでは対象を各都市の中核的プログラム 1 つに絞り込み、以下の各項を含めてある。
 プログラム内容:プログラムの主な要素ならびにプログラムと現地の課題、環境・建築物関連の
目標、その他施策との関係性
 プログラムへの投入資源:プログラムの設計・実施過程(スケジュール、リソース、事前調査、ス
テークホルダーのエンゲージメント等)
 プログラムの成果:改修市場や温室効果ガス排出量への影響
 プログラムから得られた知見:設計・実施段階における成功要因と課題
 参考資料一覧
第 4 章ではさらに、ケーススタディで明らかになった特徴や動向の分析結果、ならびに成功要因や課
題に関する主な知見を示す。ケーススタディ 10 件のうち多くは、業務セクターの大規模建築物向けの
新たな施策を扱っている。一部のケーススタディでは、エネルギー消費量、温室効果ガス排出量、改
修・省エネ建築物市場、意識向上、キャパシティビルディング等に対するプログラムの影響を検証した
が、ほとんどの都市でプログラムの明確な成果が出るまでには至っていないのが現状である。これまで
の経験から得られた主な結論を以下に示す。
成功要因
成功要因として報告される頻度が高かったものを以下に示す。
(1) ステークホルダーのエンゲージメント(ほぼ全都市に共通)
(2) パートナーによる支援(主要業界団体、公益企業等)
(3) 市長と役職者による賛同・承認
(4) 実施スケジュールの柔軟性
(5) セグメント別の対象戦略の把握
–6–
(6) 規制プログラム・自主参加型プログラムと経済的インセンティブやキャパシティビルディ
ングとの巧みな連携
ステークホルダーのエンゲージメントについては、産業界、市民社会、教育機関その他の政府
機関をプログラムの設計・実施段階に参加させることがほぼすべての施策において成功の必須
条件であった。ステークホルダーとの関係を構築することで、プログラムの影響を受ける地域社
会のニーズや関心を早い段階で把握し、プログラム設計に取り入れることが可能になる。また、
プログラムの実現可能性を早期に評価することや、プログラムの社会的認知ならびに実施段階
での法令順守に重要な役割を果たす主要業界団体との協力関係を構築することも可能にな
る。
主な課題
省エネ推進プログラムの策定・実施に際して各都市が挙げた主な問題点を以下に示す。
(1) これまで報告義務の順守を重視してきたが、今後はプログラムの成果物(エネルギー使
用データ等)の把握に努めなければならない
(2) 報告制度に対応するためのデータ管理(総計データの入手、正確なデータの提供)
(3) プログラムの実施に十分な市職員が確保できない
(4) プログラムのアウトリーチとマーケティング
(5) テナントのエンゲージメント
規制プログラムに確実に準拠する姿勢(これはマーケティング・アウトリーチ活動の成果である)
を疎かにすべきではないが、ビルオーナーに対しては、単に報告義務を順守することから、省
エネ関連のデータや活動の意義を正しく認識することへの意識転換が必要であることについて、
意見の一致を見た。また、建築物のエネルギー効率改善のメリットに対する市民意識を高め、
ひいては市場動向への影響力を確保するためには、ステークホルダーおよび市民への持続的
な啓蒙活動が不可欠である。ここでは、エネルギー監査・レトロコミッショニング、レポーティン
グ・ベンチマーキング、ベンチマーキング結果の全面ないし部分開示が重要な役割を果たすで
あろう。その一方で、コンペや民間主導型プログラム、意識向上プログラム等の自主参加型の
取り組みから、ステークホルダーが建築物省エネ化のメリットについて理解を深める機会が生ま
れると思われる。
今後の展望
今回のケーススタディ 10 件から得られた膨大な知見は、近い将来における建築物省エネ化の
課題や機会を把握する上で、重要な示唆に富んでいる。例えば、レポーティング・ベンチマー
キングプログラムを実施している都市では、このデータをどのような形で開示すれば市場への影
響力を確保できるかを検討している。今回の調査結果からは、段階的開示が有効であると推察
される。ビルオーナーと業界団体にベンチマーキングデータやエネルギー監査結果の価値を
正しく理解してもらうためには、更なる取り組みが求められる。
各都市とも小規模建築物については別途の戦略が必要であるとしており、本セクターに特化し
たプログラムを展開している都市も多い。取り組みの事例としては、中小企業によるエネルギー
使用状況報告の促進および改修の推進を目指した経済的なインセンティブや支援、あるいは
コンペによる自主参加型活動の奨励が挙げられる。規制に基づく施策も、情報開示により省エ
ネ活動の認知度を高めるものを中心に、順調に展開されている。
–7–
諸都市が直面している重要課題の 1 つにテナントのエンゲージメントがあり、多くの都市がスプリ
ットインセンティブ問題の解決に向けて新たな戦略を展開している。その具体例としては、省エ
ネマスタープラン、経済的インセンティブ、グリーンリース、表彰制度、さらに大型テナントに対す
るエネルギー使用データの報告義務付け、ビルオーナーとの協働義務付け等が挙げられる。
第 5 章「結論」では、当初の調査目的を再確認する。調査開始の時点で、各都市の政策担当者から
は、「今回の調査結果は都市にとって貴重な情報源となり、第 3 章のポリシーマップと付録 2 のハイパ
ーリンク付きプログラムリスト(16 都市の施策に関する膨大な情報を整理したもの)も、有益なツールに
なるだろう」との意見が寄せられた。今回の調査は包括的なものでなく、調査対象都市も限られていた。
また、プログラムへの投入資源(予算等)に関するデータや、一般的な影響に関するデータの入手も
容易でなかった。しかし、本レポートは理論的枠組み(ポリシーマップ)を提示するとともに、施策につ
いても詳述(ケーススタディ)しており、この両面で今後の調査の基盤になるものと思われる。将来の調
査については、この 2 要素を踏まえた上で、調査対象都市の拡充と地域拡大ならびに政策要素の範
囲拡張を行うことが望まれる。これに加え、諸施策のデータベースを構築し、政策要素の理論的枠組
みの検証・修正を可能にすることも有意義であろう。特に、建築物省エネ推進施策の影響を各都市が
どのように評価するかをさらに詳しく調査することで、今回の調査結果が一段と補強されるものと思わ
れる。
現時点においても、世界各都市が実施している建築物省エネ推進施策の評価・分析に向けて行うべ
き作業は、依然として残っている。世界の先進都市が取り組む建築物省エネ推進プログラムを紹介し
た本レポートが、こうした作業の進展に多少なりとも貢献することができれば幸いである。
2014 年 11 月
–8–
1.
都市レベル施策の概観
2011 年以来、C40 では参加諸都市の気候変動対策の調査を行っており、調査報告書「大都
市の気候変動対策調査レポート 2」(CAM 2.0)で各都市の対策の規模や相違を考察した。
CAM 2.0 は運輸からエネルギー効率、エネルギー供給、水管理適応、廃棄物処理、財政・経
済発展、持続可能な地域社会までを網羅するとともに、建築物の省エネ化を始めとする部門
横断型かつグローバルな気候変動対策を概説している。本章では、今回の調査に関わる事
項を CAM 2.0 から抜粋して提示する。
建築物の省エネ化は、C40 諸都市から報告された対策のうちで特に重要なものであり、全セク
ターについて報告された諸対策の 20%以上を占めている。1 また、建築物セクターにおける諸
対策は、2011 年の「最終認可待ち」「パイロット」段階から 2013 年の「都市全域」「都市全域相
当」段階にかけて、最も大きな進歩を遂げている。 2
空調は建築物におけるエネルギー消費形態の中で最も一般的なものであり、38%を占めてい
る(図 1.1 を参照)。各都市が建築物省エネ対策の上位 5 項目に断熱と暖房・冷房効率を挙
げているのも当然と言えよう。他の 3 つの対策は建築物の性能測定を目的としたもので、具体
的にはエネルギー監査・アドバイス、エネルギー性能認証、ベンチマーキングである。こうした
データ収集措置が建築物の構造・運用への変更につながることも多い。 3
1%
温水
17%
照明
38%
プラグ負荷
16%
冷却
空調
19%
9%
その他
図 1.1:建築物でのエネルギー使用の内訳(用途別)
(Copyright C40/Arup 2014. CAM 2.0 より許可を得て再録)
1
2
3
C40 世界大都市気候先導グループおよび Arup[2014]「大都市の気候変動対策調査レポート 2」[図 2.1]。
前掲書、[図 3.6]。
前掲書、[図 5.13]。
–9–
C40 では、各都市の市長の権限を分析すること、すなわち他の公共セクター・民間セクターと
の比較という観点から、市長または都市の上層部が都市の機能に及ぼす影響力を分析する
ことで、CAM 2.0 における都市レベル対策の分析結果を補完している。建築物省エネ化の全
般において、C40 諸都市は比較的強い権限を有しているが、その詳細は資産・機能ごとに異
なる(図 1.2 を参照)。各都市は既存・市所有建築物に対して最も強力・広範な権限を有して
おり、全都市の 70%以上が所有権ないし運用管理、施策決定・施行、予算管理に強い権限
を有している。都市が所有権を保有しない民間建築物に対する権限はこれと大きく異なり、予
算管理は最小限に制限される。ただし、民間セクター建築物に関する施策やビジョンの策定
に際しては、都市が限定的な権限(ときには強い権限)を有する場合が多い。
権限の種類
屋外照明
資産・機能
街路灯
交通信号・標識
新築市所有建築物
既設市庁舎
新築非居住用建築物(民間)
省エネ
既設市営住宅
既設公教育建築物
新築居住用建築物(民間)

既設業務用・産業用建築物(民間)

既設居住用(民間)

民間住宅

所有・運用 施策決定・施行
強い権限
予算管理
ビジョン策定
限定的な権限
図 1.2: 資産・機能に対して強い権限または限定的な権限を有する都市数(回
答都市 57 のうち)(権限の種類別)
(Copyright C40/Arup 2014. CAM 2.0 より許可を得て再録)
–10–
ここで将来に目を向けると、諸都市が建築物におけるエネルギー消費問題に、主として省エ
ネを軸に取り組む計画を有していることが分かる(図 1.3 を参照)。なお、諸都市が将来の建築
物セクターで優先する上位 5 位までの対策は、現在進めている対策と同一であることから、新
たな対策を検討するよりも現行の対策を拡張することが重視されていると思われる。全体とし
て、諸都市が建築物セクターで注目すべき対策を講じており、そのために多様な仕組みを活
用している姿が CAM 2.0 から浮かび上がってくる。本レポートは分析をさらに充実させること、
また各都市が進めている取り組みならびにその実施状況を紹介することで、世界各国の C40
諸都市に寄与することを目指している。
断熱
エネルギー監査・アドバイス
ベンチマーキング
エネルギー性能認証
暖房・冷房効率
スマートメーター
建築物エネルギー管理システム
太陽熱暖房・温水
省エネ型電化製品の購入
省エネ型照明システムの設置
送電網からのグリーン電力購入
太陽電池パネル
サブメーター
HVAC の運用・整備
省エネ向けリボルビングローン
対策の数
都市全域
都市全域相当
最終認可待ち
パイロット
図 1.3:建築物の増改築に向けた典型的対策の上位 15 件(規模別)
(Copyright C40/Arup 2014. CAM 2.0 より許可を得て再録)
–11–
2.
目的と方法論
2.1
目的
世界各国の大都市は、気候変動への対処というグローバルな枠組みにおいても、また建築物
の省エネ化というローカルな枠組みにおいても、従来にも増して重要な役割を果たすようにな
ってきている。本レポートの目的は、諸都市で進められている建築物省エネ推進プログラムを
明らかにし、ひいては各都市の政策担当者が建築物省エネ推進施策を立案・改定する際の
情報源を提供することにある。
本レポートの目的は以下の 3 点である。
 世界の諸都市で実施されている各種の施策の把握を始めること
 こうした施策の導入・実施に際して必要とされる条件や機会、ならびに導入・実施に伴う
潜在的な課題について詳細情報を入手すること
 どのような取り組みがどのような文脈の下で成功しているかを分析し、併せて成功要因
も探ること
今回の調査範囲を以下に示す。
 新築・既存建築物
 非居住用・多世帯居住用建築物(一世帯住宅を除く)
 私有・市所有建築物
 省エネ施策・プログラム(再生可能エネルギー施策を除く)
2.2
成果物
本調査の成果物を以下に示す。
 ポリシーマップ:世界各都市が(A)新築建築物および(B)既存建築物の省エネ推進に
採用している諸政策要素の一覧表。各政策要素の定義をまとめた表を付した。
 ケーススタディ:各都市による民間セクター建築物の省エネ推進に向けたプログラム実
施状況の詳細。主な特徴、動向、成功要因、課題等の分析結果を付した。
2.3
方法
データサンプリング
調査対象都市は、「C40 民間建築物省エネルギーネットワーク」への参加都市の中から選
出した。C40 は気候変動に対処する世界各都市の共同体であり、その中には諸都市が参
加する分野別のワーキング・グループ(「ネットワーク」)が設置されている。「民間建築物省
エネルギーネットワーク」の参加都市は、既存の住宅・業務用建築物での省エネのみを取
り扱い、知識共有および合同事業を通じて協働を行っている。同ネットワークの参加都市
は気候変動対策として省エネの優先を自律的に選択していることから、これら各都市の調
査は「フロントランナー」都市を見極める上で非常に有効と言える。同ネットワークは既存の
民間建築物に特化されているが、参加都市の多くは広く一般に建築物の省エネ化を優先
するとしている。そのため、市所有建築物および新築建築物向けのプログラムも今回の調
–12–
査範囲に含めた。
データ収集:ポリシーマップ
ポリシーマップの作成に当たっては、「C40 民間建築物省エネルギーネットワーク」の参加
都市(シカゴ、香港、ヒューストン、ヨハネスブルグ、ロンドン、メルボルン、ニューヨーク、フィ
ラデルフィア、ポートランド、サンフランシスコ、シアトル、シンガポール、ストックホルム、シド
ニー、東京、トロント(アルファベット順))の調査を行った。そのため、ポリシーマップの内容
は主としてアジア太平洋と北米の諸都市ならびに先進経済諸国の現状を反映したものと
なっている。
調査方法としては、全セクターを網羅する「広さ」と、施策書の詳細にまで踏み込める「深さ」
が保証されることから、文献レビューを採用した。実施期間は 2014 年 1 月から 9 月までで
あり、実施に際しては都市政府・州政府・中央政府の公式ウェブサイト、ニュース記事、電
子データベース等のオンライン情報源から得られたデータを用いた(付録 1「世界各国の
省エネ推進施策に関するインターネット上のデータベース」を参照)。
都市別にプログラムを列挙する第 1 段階に続き、分類法を用いて 12 個の政策要素を特定
した(詳しくは表 3.1 を参照)。その後、都市のプログラムについてマッピング処理を実施し
て付録 2「都市プログラムのポリシーマップ」を作成し、各プログラムを新築建築物用と既存
建築物用ならびに居住用と非居住用に振り分けた。次に、新築建築物用と既存建築物用
のポリシーマップを作成した。特定の都市プログラムが確認できなかった場合は、市の取り
組みを補完することを前提に、中央政府または州政府のプログラム、もしくは業界団体、民
間企業、公益企業との協働プログラムで代用した。なお、ポリシーマップに記載の情報は
机上調査のみにより収集されたものであり、調査対象都市による検証は行われていない。
データ収集:ケーススタディ
C40 の「民間建築物省エネルギーネットワーク」の参加都市に調査への協力を依頼し、10
都市(香港、ヒューストン、メルボルン、ニューヨーク、フィラデルフィア、サンフランシスコ、シ
アトル、シンガポール、シドニー、東京(アルファベット順))から承諾を得た。したがって、世
界各国から代表的な都市を選出したことにはならないが、今回の調査対象は世界で最先
端と言える都市プログラムを実施しており、これら各都市の事例に追従しようとする他の都
市に貴重な知見を提供することが期待される。また、今回のケーススタディは極めて詳細
に行われたため、各都市のプログラムを新たな視点から把握できることはもとより、プログラ
ムどうしの比較からも有意義な成果が得られるであろう。
都市プログラムについて包括的な報告を行うため、出版物の分析を行うとともに、都市の
政策担当者からもアンケートとインタビューにより個人的な意見を得た。
2014 年 3 月、「民間建築物省エネルギーネットワーク」の参加都市に記述式アンケート(付
録 3 を参照)を電子的な方法で送付した。その後、回答者に対し、既存民間セクター建築
物の省エネ化に取り組むプログラムのうち、中核的なものを 1 つ選択すること、ならびに以
下の各項について詳細な情報を記入するように依頼した。
(1) 予備知識:対象セクター(業務用、居住用等)、範囲(建築物の規模)、目的、これ
までの進捗状況や実際に生じた影響
–13–
(2) 設計段階での投入資源:スケジュール、リソース(人材・予算)、調査の委託、ステ
ークホルダーのエンゲージメント(ステークホルダーとの関係構築)、他都市の施
策・プログラムとの連携
(3) 実施段階での投入資源:スケジュール、リソース(人材ならびに総合予算とマーケ
ティング・コミュニケーション予算)、監視・報告・検証手順、パートナーによる支援、
テナントのエンゲージメント
(4) データ収集:手順および主な指標
(5) 中小規模建築物:当該建築物の省エネ推進に向けた別途の施策あるいは調査対
象プログラムの特定部分
(6) 成果物:建築・改修市場への影響および省エネ建築物への需要
(7) 成功要因
(8) 主な課題
上記アンケートから得られたデータを、各都市との電話インタビューで補完した。実施期間
は 2014 年 3 月から 4 月までであり、調査対象都市の政策担当者 1 ないし 2 名、CSR デザ
イン環境投資顧問株式会社(東京都)の Green Investment Advisory 調査団、東京都の政
策担当者および C40 の間で 90 分間の電話会議を行った。各都市の担当者には、主な成
功要因と課題およびプログラムの影響について詳述するよう、またインタビューの過程で生
じた疑問に答えるよう依頼した。インタビュー内容は議事録に記録した後、検討を行った。
都市プログラム関連情報の入手に際しては、アンケートとインタビューに加え、各都市が公
式ウェブサイトで公開しているプログラム報告書、施策書、プレスリリースなど重要資料の
収集・分析も行った。このほか、各種報告書や報道資料など、第三者機関による調査結果
についても適宜、検討を行った。
上記の手法で入手したデータと情報をもとに、2014 年 5 月から 6 月にかけて、暫定的なケ
ーススタディ原案を作成した。ケーススタディ原案は各都市のインタビュー対象者に送付し
て承認を得たが、その際には情報の正確さを確保するとともに、必要に応じて更なる詳細
を入手することも心がけた。ケーススタディ原案については、2014 年 6 月に開催の「C40 東
京ワークショップ」の参加者からも意見が寄せられた。その後、2014 年 7 月および 8 月に一
部ケーススタディの更新を行った。
–14–
3.
ポリシーマップおよび世界的動向
3.1
概要
本章では、各都市の現在に至る取り組みを紹介し、都市の建築物省エネ推進施策・プログラ
ムの世界的動向を述べる。各種のプログラムを新築建築物用および既存建築物用のポリシー
マップにまとめてある。ポリシーマップに取り上げた都市は、シカゴ、香港 1 、ヒューストン、ヨハ
ネスブルグ、ロンドン、メルボルン、ニューヨーク、フィラデルフィア、ポートランド、サンフランシ
スコ、シアトル、シンガポール 2 、ストックホルム、シドニー、東京、トロント(アルファベット順)の
16 都市である。
都市が実施しているプログラムを中心にマッピング処理を行った。明確な都市プログラムが確
認できなかった場合は、中央政府・州政府のプログラム、もしくは業界団体、民間企業、公益
企業との協働プログラムで代用した。
ポリシーマップで扱う主な項目を以下に示す。
 新築建築物と既存建築物(大規模改修関連の対策は「新築建築物」に含めた)
 省エネ化(再生可能エネルギー、エネルギー供給を除く)
 全建築物セクター(業務用、産業用、多世帯居住用、自治体所有建築物等。ただし、
一世帯住宅を除く)
表 3.1 に示すように、各種の施策・プログラムを 12 個の政策要素に分類した。
1
2
Basic Law(基本法)により、中華人民共和国の建築物省エネ推進施策は香港特別行政区には適用されないため、ポ
リシーマップから除外した。
シンガポールは都市国家であるため、ポリシーマップに取り上げたプログラムは中央政府が実施しているものであ
る。
–15–
表 3.1:政策要素の定義
1.
建築物エネルギーコード
建築物の全体、一部、または建築設備に関するエネルギー効率要件
を含む建築コード、あるいはそうしたコードに基づく他の法令(規則・条
例など)
2.
エネルギー性能データ
のレポーティングおよび
ベンチマーキング
建築物のエネルギー消費量や GHG 排出量に関するデータの(政府へ
の)報告、ベンチマーキング、開示を義務付ける施策やプログラム
3.
監査およびレトロコミッ
ショニングの義務
建築物のエネルギー監査やレトロコミッショニングを義務付ける施策や
プログラム
4.
排出量取引制度
建築セクターからの温室効果ガス排出を対象とする排出量取引制度
5.
グリーンビル認証および
省エネ格付け
建築物の環境性能や省エネ性能の格付けや認証を行う政府の制度。
あるいは、既存のグリーンビル認証・格付け制度またはエネルギー性
能認証・省エネ格付け制度に基づく規制施策やプログラム
6.
経済的インセンティブ
建築物の外皮や設備の省エネ対策の費用を相殺するための経済的
なインセンティブ(税制上の優遇措置、リベート等)
7.
その他のインセンティブ
建築物の外皮や設備への省エネ対策を奨励するための経済的以外
のインセンティブ(優先的な建築許可、容積率緩和措置等)
8.
意識向上プログラム
ビルオーナーとテナントあるいは一般市民全体を対象とする意識向上
プログラム(無償ないし助成金付きの省エネアドバイス、「ウェザライゼ
ーション(耐候化支援)プログラム」、省エネのヒントを公開するオンライ
ン情報、教育プログラム、一般向けキャンペーン等)
9.
グリーンリースの推進
ビルオーナーとテナント間のグリーンリース契約を奨励するプログラム
10.
自主参加型プログラム
民間主導のプログラム、コンペ、フラッグシップ開発プロジェクト、設計
ガイドライン等の自主的に参加するプログラム
11.
政府による模範プログラ
ム
政府が所有・入居する建築物あるいは政府の運用エネルギー消費に
ついて、建築物の省エネ化やサステナビリティにおける政府が模範を
示す取り組み
12.
その他
建築物の省エネ化に寄与する他の取り組み
–16–
表 3.2:新築建築物ポリシーマップ
国
都市
政策要素
4
1.
建築物エネルギー
コード*
2.
レポーティングおよ
びベンチマーキング
3.
監査およびレトロコミ
ッショニングの義務
4.
排出量取引制度
5.
グリーンビルおよび
エネルギー認証*
6.
経済的
インセンティブ*
7.
その他の
インセンティブ
8.
意識向上プログラム
9.
グリーンリースの
推進
中国
日本
香港
東京
3
シンガポー
オーストラリア
ル
シンガポー
メルボルン シドニー
ル
カナダ
トロント
米国
シカゴ
ヒューストン
フィラデル
ニューヨー
ポートランド
フィア
ク
イギリス
サンフラン
シスコ
シアトル
ロンドン
スウェーデ
南アフリカ
ン
ストックホ ヨハネスブ
ルム
ルク
10. 自主参加型
プログラム
11. 政府による模範
プログラム*
12. その他
都市のプログラム
3
4
5
6
7
5
地域・中央・州政府のプログラム
6
パートナーのプログラム
7
本情報は机上調査のみにより収集されたものであり、調査対象都市による検証は行われていない。
表 3.1 の定義を参照。政策要素 2.および 5.は略称を掲げてあり、正式名称は各々「2. エネルギー性能データのレポーティングおよびベンチマーキング」ならびに「5. グリーンビル認証および省エネ格付け」である。アスタリスク(*)
は「地域・中央・州政府のプログラム」で代用したことを示す(以下の脚注も参照)。
各セル内の都市プログラムの一覧については付録 2 を参照。
地域・中央・州政府のプログラムは、当該政策要素において都市のプログラムが確認されなかった場合のみ適用されており、何れも都市の取り組みを補完するものである(新築建築物については 1.、5.、6.、11.で代用を行った)。
パートナーのプログラムは、当該政策要素において都市プログラムまたは上位の政府プログラムが確認されなかった場合のみ適用されており、何れも机上調査により確認されたものである。
–17–
表 3.3:既存建築物ポリシーマップ
国
都市
政策要素
9,10
1.
建築物エネルギー
コード*
2.
レポーティングおよ
びベンチマーキング*
3.
監査およびレトロコミ
ッショニングの義務*
4.
排出量取引制度*
5.
グリーンビルおよび
エネルギー認証*
6.
経済的
インセンティブ*
7.
その他の
インセンティブ
8.
意識向上プログラム
9.
グリーンリースの
推進*
中国
日本
香港
東京
8
シンガポー
オーストラリア
ル
シンガポー
メルボルン シドニー
ル
カナダ
トロント
米国
シカゴ
ヒューストン
フィラデル
ニューヨー
ポートランド
フィア
ク
イギリス
サンフラン
シスコ
シアトル
ロンドン
スウェーデ
南アフリカ
ン
ストックホ ヨハネスブ
ルム
ルク
10. 自主参加型
プログラム
11. 政府による模範
プログラム*
12. その他
都市のプログラム
8
9
10
11
12
13
11
地域・中央・州政府のプログラム
12
パートナーのプログラム
13
本情報は机上調査のみにより収集されたものであり、調査対象都市による検証は行われていない。
表 3.1 の定義を参照。政策要素 2.および 5.は略称を掲げてあり、正式名称は各々「2. エネルギー性能データのレポーティングおよびベンチマーキング」ならびに「5. グリーンビル認証および省エネ格付け」である。アスタリスク(*)
は「地域・中央・州政府のプログラム」で代用したことを示す(以下の脚注も参照)。
大規模な改修・改築は一括して規制されることが多いため、本調査では「新築建築物」に含めた。
各セル内の都市プログラムの一覧については付録 2 を参照。
地域・中央・州政府のプログラムは、当該政策要素において都市のプログラムが確認されなかった場合のみ適用されており、何れも都市の取り組みを補完するものである(新築建築物については 1.、2.、3.、4.、5.、6.、9.、11.で代
用を行った)。
パートナーのプログラムは、当該政策要素において都市プログラムまたは上位の政府プログラムが確認されなかった場合のみ適用されており、何れも机上調査により確認されたものである。
–18–
3.2
ポリシーマップが示す世界的動向
3.2.1 建築物エネルギーコード
(1) 新築建築物向けプログラム
世界の都市の多くが、国や州のエネルギーコードに比べて広範もしくは厳格な独自のエ
ネルギーコードを、新築建築物および大規模改修について設けている。なお、大規模改
修と新築は一括して規制されることが多いため、本調査では「新築建築物」に含めた。
米国では、州政府の大半が国レベルのモデルコードをある程度採用している
14
。しかし、
前述のように基準が厳格化あるいは対象が広範化されたエネルギーコードを運用してい
る都市もあり、例えば、ヒューストンの住宅省エネ基準はテキサス州エネルギーコードの要
件を 15%上回っている。また、サンフランシスコの新築居住用・非居住用双方の建築物
を対 象 とするエネルギーコード、Green Building Ordinance における San Francisco
Building Code 13C では、州のエネルギーコードよりも 15%厳しい水準を義務付けている。
全米でも特に厳格とされるカリフォルニアのエネルギーコードだが、この都市レベルの追
加措置は米国で最も先進的なエネルギーコードの 1 つと見なしてよいだろう。ニューヨー
クの Local Law 85(地域法 85)も、新築の居住用・非居住用双方の建築物を対象とする
エネルギーコードであり、その範囲は新築以外に改修・改築プロジェクトも網羅するため
に拡張されている。
ヨーロッパ諸国の都市は、一般に独自の建築物エネルギーコードを設けていないが、そ
の理由は欧州連合(EU)指令で国レベルの厳格なエネルギーコードが義務付けられて
いるためであろう。Energy Performance of Buildings Directive (EPBD)では、2002 年以
降、各国の政府に最低限の性能要件を推進するよう義務付けてきたが、2009 年にはこ
の義務を厳格化し、ほぼ Zero Energy Buildings を目指す建築物エネルギーコードに移
行した。
国レベルでの建築物エネルギーコードが義務化されていない日本では
15
、東京都が大
規模な居住用・非居住用建築物に対してグリーン・ビルディング・プログラムの順守を義
務付けている(小規模建築物については自主的な順守を許容している)。新築および大
規模改修に際しては、建築物環境計画(インターネット上で公開)の提出が必要である。
本プログラムは当初、新築建築物へのグリーン対策の自主導入を奨励するものだったが、
2010 年以降、延床面積 10,000 m2 超の一部の非居住用建築物に対して、最低限の省エ
14
15
International Energy Conservation Code (IECC)および American Society of Heating, Refrigerating and
Air-Conditioning Engineers (ASHRAE) Standard 90.1 はともに全米レベルのモデルコードであり、IECC が居住
用・業務用の両セクターを対象とするのに対して、ASHRAE Standard 90.1 は業務セクターに関連して IECC の中
に引用される。両コードとも 3 年ごとに改定される。米国エネルギー省(DOE)は州政府に両コードの採用を奨励す
ることを目的に、最新コードの発表後 1 年以内に当該コードに対する判定(建築物でのエネルギー効率改善の有
無)を公表する。州政府は 2 年以内に各州のエネルギーコードを改定するか、あるいは新しいエネルギーコードを
受け入れないことを決定する(この場合はエネルギー省長官に説明書を提出する)。
個人資産に対する日本法の性格から、省エネ法(省エネ基準)が定めるエネルギーコードの順守は依然として自
主的な範囲にとどまっているが、2020 年までに延床面積 300 m2 超の建築物・住宅全般にこれを義務付ける取り組
みが始まっている。現在のところ、ビルオーナーはエネルギーコードの順守に努めることが求められる一方で、300
m2 超の新築建築物および居住用・非居住用建築物の大規模改修については、省エネ計画書の提出が義務付け
られている。計画書に記載の省エネレベルが基準を大幅に下回る場合、東京都は勧告を出す、違反を公表する、
ビルオーナーに計画書の訂正を命じる等の処置をとることができる(これに従わない場合は罰金刑が科される)。
–19–
ネ性能基準が義務化された。
建築物エネルギーコードを直に策定せず、エネルギー性能基準を建築許可手続きに取
り入れている都市もある。例えば、トロントでは新計画の申請に際して Tier 1 of Toronto
Green Standard への適合を義務付けている。本基準は Ontario Building Code を 15%上
回るエネルギー性能を要求するもので、省エネ化を追求するとともに、空気、水、廃棄物
等 を含めた総 合的 な環 境 規 定も網 羅 している。メルボルンも都市 計画で NABERS、
Green Star、Building Code of Australia (BCA)等の外部基準を引用することにより、節水
や廃棄物減容化に加え、エネルギー性能要件の策定に努めている。その理由としては、
州政府が BCA に準じて各種エネルギーコードを実施しており、そのために諸都市に独
自のエネルギーコードを施行する権限がないことが考えられる。
建築物の特定部分を対象にエネルギーコードを策定する戦略もある。例えば、トロントは
2009 年、延床面積 2,000 m2 超の新築業務用・産業用・公共用・居住用建築物向けに
Green Roof Bylaw を制定した。また、フィラデルフィアは 2010 年に Cool Roof Law を採
択し、屋根(屋上)の勾配が皆無または小さい新築住宅・業務用建築物に高反射性屋根
材の使用を義務付けた。
(2) 既存建築物向けプログラム
本調査では、大規模改修を新築建築物に含めていることから、都市レベルの既存建築
物向けエネルギーコードは例外的な存在である。ヒューストンやサンフランシスコ等の建
築コードは、新築建築物のみを対象とする傾向がある。建築物エネルギーコードを設け
るのが一般的な国・州レベルにおいても、主な対象は新築建築物や大規模改修である。
ただし、New York City Energy Conservation Code (NYCECC)は例外である。改修・改
築が実施される建築物や設備は全体の半数に達しないが、これらについても NYCECC
の順守が義務付けられている。
このほか、既存建築物における省エネ義務化に向け、建築設備について最低限の性能
基準を設けている都市もある。ニューヨークの Local Law 88(地域法 88)では、2025 年を
期限として、対象建築物では全照明を交換あるいは新たに設置して NYCECC への適合
を図ること、またサブメーターを導入してその表示電力消費量に基づく月次計算書をテ
ナントに支給することを義務付けている。シンガポールでは、建築物の所有者が冷房装
置の交換・設置に際して、Green Mark Certified レベル相当の基準に適合することを義
務付けている。
3.2.2 エネルギー性能データのレポーティングおよびベンチマーキング
(1) 新築建築物向けプログラム
都市または国の政府による模範プログラムでは、新築建築物向けレポーティング・ベンチ
マーキング制度の事例は確認されなかった。その理由としては、エネルギー性能の報告
にエネルギー使用量の実績値が必要とされることが挙げられる。
–20–
(2) 既存建築物向けプログラム
調査対象都市が建築物省エネ化対策を推進する上で、エネルギー性能データ報告の
義務化は大きな潮流であるように見受けられた。レポーティング・ベンチマーキングプログ
ラムの大多数は大規模建築物を対象に、エネルギー性能および温室効果ガス排出量デ
ータの年次報告を義務付けているが、データ開示施策の間にはある程度の相違が認め
られる。ビルオーナーとテナント入居者(入居希望者)間での開示のみを求める施策があ
る一方で、都市のウェブサイトでの情報公開を義務付けている施策もある。
ベンチマーキング制度の多様性にかけては米国が群を抜いており、調査対象 7 都市のう
ち 5 都市(全米では 13 都市)が独自の建築物エネルギーレポーティング・ベンチマーキ
ング施策を制定している(5 都市はシアトル、フィラデルフィア、ニューヨーク、サンフランシ
スコ、シカゴであり、第 4 章にシカゴ以外のケーススタディを収録)。こうした施策の中には
州レベルのベンチマーキングプログラムの上位に位置付けられるものもあり、その範囲は
都市レベルで調整されることがある。さらに、都市政府が率先してベンチマーキング制度
を導入し、州政府がそれに追随する事例も見られる。
シカゴでは、エネルギーベンチマーキングに加え、住宅所有者が住宅を売却する際の
Home Energy Performance Report 提出の義務化に着手した。本報告書はガスと電力の
月 間 使 用 量 お よ び 年 間 経 費 等 の 項 目 か ら 成 り 、イ ン タ ー ネッ ト の Multiple Listing
Service で開示される。これは住宅エネルギーコストを開示する全米初の取り組みであり、
今後、住宅購入者がより多くの情報に基づいて意思決定が行えるようになることが期待さ
れている。
後述するように、ヨーロッパではロンドンとストックホルムの何れもレポーティング・ベンチマ
ーキング制度を運用していないが、これは Energy Performance Certificates (EPCs)に対
する EU の要件が厳しいことによるものと思われる。イギリスとスウェーデンでは、建築物の
新築に加え売却・賃貸の際にも予想エネルギー性能に基づく EPC が求められ、ビルオ
ーナーに対し、登録査定官から証明書を入手してテナント入居者(入居希望者)に開示
することを義務付けている。また、イギリスの公共建築物については、エネルギー性能の
実績値に基づく Display Energy Certificate (DEC)が必要である。
一部には、簡素なツールを提供することで、強制力を伴わないベンチマーキングを推進
している都市も見られる。香港では、Energy Consumption Indicators and Benchmarks for
Residential, Commercial and Transport Sectors というプログラムを設けている。このプログ
ラムを通して住宅・業務用建築物向けのベンチマーキングツールをオンラインで提供して
いるが、エネルギー性能データの報告・開示は義務付けていない。また、東京都は「中小
規模事業所向け地球温暖化対策報告書制度」を運用している。この制度
16
に従い提出
されたデータに基づき、中小規模の事業所に対し、建築物の用途に応じたベンチマーク
を提供している。2014 年 6 月、東京都はこのベンチマークをもとに、新たなカーボンレポ
ート制度(中小規模の建築物を対象とした、自己評価に基づく省エネ格付け)を発足さ
せた。
16
年間エネルギー消費量が一定水準を超える事業所には、報告が義務付けられる。それ以外の事業所については
自主的な報告が奨励されている。
–21–
大規模な非居住用建築物に関するエネルギー性能データ報告については、東京都は
若干異なる取り組みを行っている。大規模事業所は排出量取引制度による報告義務を
負い(3.2.4 項も参照)、本報告書に基づいて排出量が決定される。排出量が上限を超え
た場合、ビルオーナーは排出量クレジットを取得しなければならない。こうした事情から、
ビルオーナーは報告書の提出に先立ち、東京都の登録検証機関によるデータ評価が義
務付けられている。
3.2.3 監査およびレトロコミッショニングの義務
(1) 新築建築物向けプログラム
エネルギー監査・レトロコミッショニングは既存建築物を対象とするため、新築建築物向
けのプログラムは存在しない。
(2) 既存建築物向けプログラム
エネルギー監査・レトロコミッショニングは、世界各国で建築物の省エネ推進に不可欠の
施策となっている。香港、シンガポール、ニューヨーク、サンフランシスコ等の都市では、
エネルギー監査とレトロコミッショニング
17
(あるいは何れか一方)を義務化している。実施
間隔は一定とされ(シンガポールで 3 年ごと、サンフランシスコで 5 年ごと、香港とニューヨ
ークで 10 年ごと)、査定官や監査官など有資格の専門家が担当することとされている。主
な対象建築物は、非居住セクター(ニューヨークのみ全セクター)の大規模建築物である
(香港では小規模建築物を除くほぼすべての建築物が対象)。また、シンガポール、香港、
ニューヨークが建築物の基本要素(シンガポールでは冷房装置、香港では「空調」「電力」
「エレベーターとエスカレーター」「照明」の 4 基幹サービス設備、ニューヨークでは共有
設備)を対象とするのに対し、サンフランシスコはテナント専用部と共用部分を含めた建
築物全体を対象とする。なお、エネルギー監査・レトロコミッショニングはレポーティング・
ベンチマーキングと一括して実施される事例が多い(香港を除き、シンガポール、ニュー
ヨーク、サンフランシスコが該当)。これは、エネルギー性能の現状報告を踏まえた上で、
エネルギー効率改善の機会を(監査・レトロコミッショニングで)探った方が効率的である
ことによる。また、ビルオーナー向けに無償ないし助成金付きの監査を実施している都市
もあるが、この点については 3.2.8「意識向上プログラム」で考察する。
3.2.4 排出量取引制度
(1) 新築建築物向けプログラム
排出量取引制度は、建築物の運用に伴う排出量に基づくものなので、新築建築物には
適用されない。
(2) 既存建築物向けプログラム
東京都が義務付けている排出量取引制度は、都市政府レベルで策定・運用され、建築
物に焦点をあてている点がユニークである(3.2.2 項および 4.2 節のケーススタディも参照)。
17
レトロコミッショニングとは、建築物内部のシステム・設備の試験・調整を行い、各々の省エネ運転を実現する対策
である。他方のエネルギー監査は、建築物内部のエネルギー性能全般を検査・測定し、更なる省エネ化の機会を
探る取り組みを指す。
–22–
本制度は、2000 年に導入された Carbon Reduction Reporting Program をもとに策定され、
2010 年より施行されている。本調査の対象外であった中国の一部都市(北京、上海、深
圳)でも、2013 年以降、建築物セクター向けに排出量取引制度を試験的に導入している
が、この取り組みにいち早く着手したのは東京であると言える。
3.2.5 グリーンビル認証および省エネ格付け
(1) 新築建築物向けプログラム
今回の調査結果から、都市政府がグリーンビル認証・格付け制度を実施する事例がまれ
であることがうかがわれる。その理由としては、米国、オーストラリア、イギリス、日本等で一
般に見られるように、総合的な建築物認証制度の策定・管轄が国レベルの非政府組織
により行われることが挙げられるだろう。
ただし、東京都は例外であり、独自の制度であるマンション環境性能表示を 2005 年に発
足させた。本制度はグリーン・ビルディング・プログラムに従い提出された情報に基づき、
断熱性能や再生可能エネルギー使用状況等を星の個数で格付けするものである。建築
物の売却・賃貸広告にこの格付けを表示することが義務付けられている。ポートランドな
ど米国の一部都市では、LEED(Leadership in Energy & Environmental Design)をもとに
独自のグリーンビル格付け制度を設けているが、これらは地元の現状に合わせて適応化
されている。
グリーンビル認証・格付け制度への意識向上対策として一般的なのは、経済的その他の
インセンティブを受けるための前提条件とすることである。例えば、シンガポールではグリ
ーンビル技術の導入推進の一環として、Green Mark Gold 以上の評価を目指すプロジェ
クトに対し、Green Mark Incentive Scheme for New Buildings (GMIS-NB)による経済的イ
ンセンティブを提供している。また、Green Mark GoldPlus /Platinum など、さらに高い評価
の普 及 促 進 を視 野 に、各 評 価 を獲 得 した開 発 プロジェクトについては、 Green Mark
Gross Floor Area Incentive Scheme (GM-GFA)により総容積率緩和措置を適用している。
香港の BEAM Plus も、同市の Gross Floor Area Concession 向けの基準として機能して
いる。シカゴは Green Permit Program により、グリーンビルディングに関して優先的な建
築許可手続きおよび許可手数料の減額を認めている。基準の面から見ると、業務用建
築物には LEED 認証が必要であり、小規模居住用建築物には LEED for Homes あるい
は同市が定めたもう一方の認証が必要である。
多くの都市が市所有建築物または都市が資金提供するプロジェクトの要件として、既存
の認証を使用している。フィラデルフィアでは、2009 年以降、市所有建築物の新築また
は大規模改修について LEED Silver 以上を義務付けている。同様の要件はヒューストン、
フィラデルフィア、ポートランド、ニューヨークなど相当数の都市に見られる。また、ポートラ
ンドを始 めとする多 くの都 市 が基 準 を徐 々に強 化 している。ポートラン ド初 の Green
Building Resolution of 2001 では、同市による新築および大規模改修プロジェクトについ
て地元の Portland LEED Green Building Rating System の「認証」レベルを義務付けて
いたが、2005 年にはその改定に伴い、新たな要件が加わった USGBC LEED Gold 認証
を義務付けるようになった。その後、2009 年にはさらに高い性能を義務付けるに至った
(下記の既存建築物の項における Portland Green Building Resolution の他の要件例お
よび 3.2.11「政府による模範プログラム」も参照)。
–23–
グリービル格付け・認証と同様、都市が独自の省エネ格付け制度を設ける事例はほとん
ど見られない。その理由としては、米国の ENERGY STAR、オーストラリアの NABERS、
EU の Energy Performance Certificate (EPC)など、既存の主要な格付け制度が全国ない
し地域レベルで運用されていることが考えられる。
東京都は、新築の大規模業務用建築物を対象に、省エネルギー性能評価書制度という
独自の格付け制度を実施している点で、ユニークな存在と言える。本プログラムはビルオ
ーナーに対し、テナント入居者(入居希望者)に省エネルギー性能評価書を所定の期間
内(着工の 21 日前から竣工の 180 日後まで)に配布することを義務付けている。本プログ
ラムは自己申告に頼るものの、データ自体は、グリーン・ビルディング・プログラムに従い
東京都に提出される書類に依拠している。また、省エネルギー性能評価書も所定期間の
経過後に東京都への提出が義務付けられている。
このカテゴリーに属するプログラムには、既存の格付け制度をツールや基準として活用す
るものもある。例えば、Melbourne Planning Scheme は NABERS 格付けをエネルギー効
率要件の基準として引用している。延床面積 2,000 m2 超のオフィスビルの新築・増改築
に際しては、その基本設計が NABERS Energy 5 Stars(もしくは相当)に適合し得ることを
有資格の専門家が保証した報告書の提出が義務付けられる。
(2) 既存建築物向けプログラム
グリーンビル格付け・認証制度が既存建築物に適用される事例は、新築建築物の場合
よりも少なかった。シンガポールでは、Green Mark Scheme(既存建築物、既存事務所内
装、既存データセンターに適用)に加え、Existing Buildings Legislation が冷房装置の
交換・新設に際して Green Mark の最低基準を順守することを義務付けている。また、
Portland Green Building Resolution of 2009 では、市所有・賃貸建築物の内装改修プロ
ジェクトについて、LEED for Commercial Interiors (CI)で LEED Silver 以上の認証を取
得するか、もしくは地元の Green Tenant Improvement Guide に準拠することを義務付け
ている。市所有の既存建築物については、LEED for Existing Buildings Operation and
Maintenance (EBOM)で LEED Silver 以上の認証を義務付けている。なお、数多くの都
市がグリーンビル認証を市所有建築物の大規模改修の要件としているが、このような対
策については本節の「新築建築物」の項で考察した。
都市が既存建築物向けに省エネ格付け制度を設ける事例は多くなかったが、これはこう
した制度が一般的に国レベルの組織によって運用されるためと考えられる。ただし、東京
都は例外であり、3.2.2 項で述べたように「カーボンレポート制度」(既存の中小規模業務
用建築物向け)を 2014 年 6 月に導入し、「中小規模事業所向け地球温暖化対策報告書
制度」のもとで用意したベンチマークによりエネルギー性能実績値での格付けを図った。
都市が独自の格付け制度を実施するというこの例外的な事例の背後には、2014 年 4 月
に全国的な「建築物省エネルギー性能表示制度」(BELS)が開始される以前、日本市場
にこのような制度が存在しなかったという事情がある。
既存の省エネ格付けを他のプログラム用の基準として用いる事例は、若干ではあるが米
国の諸都市で見られる。例えば、ポートランドの Green Building Resolution では、市所有
の既存建築物での付替工事に Energy Star 格付けを受けた屋根・部材の使用を義務付
–24–
けている。
3.2.6 経済的インセンティブ
(1) 新築建築物向けプログラム
現在のところ、調査対象都市が経済的インセンティブにより新築建築物のエネルギー効
率改善を図る事例は多くない。ただし、国レベルでは、新築の居住用・非居住用建築物
ならびに革新的な建築技術に対して、政府が経済的インセンティブを提供する事例が多
く見られる(3.2.4 項で取り上げたシンガポールの Green Mark Incentive Scheme for New
Buildings 等を参照)。都市レベルではトロントが 1 つの例外であり、Tier 2 of the Toronto
Green Standard に適合する新築建築物に対し、開発負担金の 20%を払い戻している。
本基準は省エネに加えて用地・用水等の側面も対象に、LEED for New Construction
(NC)への適合を義務付けており、「トロントの基準を満たすことが LEED Gold 認証の取
得につながる」とする同市の主張を裏付ける形となっている。なお、Tier 2 of the Toronto
Green Standard の省エネ基準は、Ontario Building Code の規定を 25%上回っている。こ
のカテゴリーのもう 1 つの事例として、Portland Energy Efficient Home Pilot (PEEHP)があ
る。その実体は、州の基準を大幅に上回る住宅計画費用の補填に向け、建築業者に交
付された助成金である。このパイロットプログラムの目的は、こうした住宅計画の費用 およ
び実現可能性を判断するとともに、建築業者が高度な性能基準を満たせるよう技術的支
援を提供することであった。
(2) 既存建築物向けプログラム
既存建築物については、多数の都市が経済的インセンティブを提供している。例えば、
Retrofit Chicago Residential Partnership はプログラム可能なサーモスタットやシャワーヘ
ッド等の省エネ器具を無償で提供することに加え、規制に適合した空調装置等の大型
家電について住宅所有者にリベートを与え、信頼できる省エネ評価業者の紹介にも努め
ている。ストックホルムの Conversion Loan は、不動産所有者に灯油式給湯器等の設備
の交 換 を奨 励 するプログラムである。シンガポール政 府 は、パイロット版 の Building
Retrofit Energy Efficiency Financing Scheme 制度を通じて、省エネ設備や再生可能エ
ネルギーシステムの購入向けに融資を行っている。東京都では「中小企業者向け省エネ
促進税制」を実施しており、省エネ設備や再生可能エネルギーシステムを導入した個
人 ・ 法 人 に 事 業 税 の 支 払 を 減 免 し て い る 。 こ の ほ か 、 ト ロ ン ト の High-Rise Retrofit
Improvement Support Program や Eco-Roof Incentive Program に見られるように、特定
の建築物あるいは建築物の特定部位について経済的インセンティブを適用する都市も
ある。先進諸都市ではこれまでにない融資制度を試験運用しており、その事例としては
ニューヨークの Energy Service Agreement、サンフランシスコの PACE (Property Assessed
Clean Energy)プログラム(GreenFinance SF)、メルボルンとシドニーの Environmental
Upgrade Finance 等が挙げられる。
中央政府・州政府も、優遇税制、補助金、リベート等の多様な経済的インセンティブを提
供している。通常は、政府から地方自治体に対し、制度の運用ならびに各世帯・事業体
に対するインセンティブの支給を委託するという形態をとる。
–25–
電力会社・ガス会社等のパートナーも、ビルオーナーへの資金援助を行っている。こうし
たインセンティブは、ロンドン(Energy Company Obligation による)および米国の諸都市
に見 られるように、法 的な補 助 金 やリベートとして提 供 されることがある。例 えば、
Philadelphia Gas Works (PGW)や Philadelphia Electric Company (PECO)では、市内の
住宅所有者および事業体に対し、エネルギー効率改善の見返りとして各種のインセンテ
ィブを提供している。
都市の多くは、市内で利用可能な経済的インセンティブをパートナーや中央政府・州政
府が提供するものも含めて、ウェブサイトで公開している。さらに、都市の規制プログラム・
自主参加型プログラムの一環として、インセンティブについてビルオーナーに助言する都
市もある。
3.2.7 その他のインセンティブ
(1) 新築建築物向けプログラム
都市が提供するその他のインセンティブで一般的なものは、優先的な建築許可である。
シアトルは Priority Green Expedited や Priority Green Facilitated 等のプログラムを提供し
ており、サンフランシスコは LEED Platinum 等の高度なグリーンビル認証の取得を条件に、
新規開発プロジェクトに対し優先的に建築許可を与えている。前述のように、シカゴの
Green Permit Program は建築許可手続きにグリーンビル手法を全面採用している。開発
業者は建築許可手続きの最初に本プログラムを申請することで、優先処理および許可
手数料の減額措置を受けることができる。
その他のインセンティブのもう 1 つの形態として、グリーンビル認証や省エネ基準に適合
する新築建築物での容積率緩和措置が挙げられる。例えば、シンガポールの Green
Mark Gross Floor Area Incentive Scheme では、Green Mark Gold Plus /Platinum の取得を
前提に新築建築物の容積率緩和を許可している。Green Mark Platinum を取得した場合、
総容積率緩和での割当量は最大で GoldPlus の 2 倍に達する。東京都では、4 つの都市
計画基準(現行の容積率緩和制度を含む)の前提条件として、省エネ性能要件を導入
した。これを受け、東京都の大規模建築物の多くで省エネ性能要件への適合が積極的
に進められ、価値の高い容積率緩和措置を受けるに至っている。香港では、最大 10%の
Gross Floor Area Concessions を適用する基準として、BEAM Plus 認証を採用している
(3.2.5 項も参照)。
(2) 既存建築物向けプログラム
その他のインセンティブは、前述のように優先的な建築許可や容積率緩和を中心とした
ものだが、既存 建築物にはそれほど普及 していない。ただし、シンガポールの Green
Mark Gross Floor Area Incentive Scheme は、「相当程度の省エネ化(EE)推進」により
Green Mark Gold Plus /Platinum を取得した場合、既存建築物の所有者に対して容積率緩
和を認めている。
–26–
3.2.8 意識向上プログラム
(1) 新築建築物向けプログラム
新築建築物での省エネ推進に向けた都市の意識向上プログラムは、グリーンビルディン
グや省エネ関連の情報をオンラインで公開することを除けば、ほとんど見受けられなかっ
た。これは、調査対象都市で既存建築物の運用や改修が重視されることを反映した結果
であろう。
(2) 既存建築物向けプログラム
このカテゴリーで最も一般的な事例は、建築物の運用に伴う省エネ対策を扱った資料を
インターネットで提供することである。例えば、ストックホルムでは職場や家庭で「気候変
動に配慮する」(climate smart)ためのオンライン小冊子を提供している。米国の都市の
多くは、主として低所得の世帯向けに「ウェザライゼーション(耐候化支援)プログラム」 18
を実施している。そのうち、シカゴの Low-Cost Education and Weatherization Program は、
市民が低コストの住宅耐候化技術を学習する機会を設けるとともに、ドアや窓の隙間を
ふさぐ両面テープクッション、細かい隙間を埋めるコーキング材、Compact Fluorescent
Light 電球(CFLs)等のツールキットを提供している。
各都市が行っている意識向上対策としては、このほかに無償ないし助成金付きのエネル
ギー監査がある。例えば、東京都は 2009 年以降、中小企業向けに無料監査を実施して
いる。また、シンガポールの Greenovate Challenge Programme は各中学校によるコンペ
を主催するもので、ESCO による無料監査を実施している。この監査結果に基づき、各校
の生徒が ESCO と共同で行動計画を立案する。
東京都はさらに、中小企業向けに業種別省エネ対策テキストを提供するとともに、このテ
キストを用いた無料セミナーも開催している。2006 年以降、ホテル、クリーニング、公衆浴
場、菓子工場等の 20 業種以上を対象に、東京都地球温暖化防止活動推進センター(ク
ール・ネット東京)が 28 冊をインターネットで公開している。各種業界団体が本制度を申
請すると、クール・ネット東京が一般的な事業所の分析を行い、当該業種の省エネ対策
に特化したテキストを作成する
3.2.9 グリーンリースの推進
(1) 新築建築物向けプログラム
グリーンリース契約は既存建築物のオーナーとテナント間で締結されるものであり、新設
建築物向けのプログラムは確認されなかった。
(2) 既存建築物向けプログラム
ビルオーナーとテナントの間で生じるスプリットインセンティブ問題の解決に向け、一部の
都市ではグリーンリースの推進を図っている。ニューヨークはグリーンリース関連の標準的
な用語の提案・普及を目指し、2011 年に Energy Aligned Clause を制定した。直近では、
シンガポールの Building Construction Authority(建築・建設庁)がオフィスビルや商業
18
ドアや窓の周辺部に両面テープクッションを貼り付け、空気漏れ防止による省エネを図るなど、低コストの改修を行
うもの。
–27–
施設での環境性能向上対策をまとめた Green Lease Toolkit(グリーンリースツールキット)
を発表した。また、シドニー、メルボルン、ロンドン等の都市は早くも 2007 年の時点で、
Better Buildings Partnership(ベター・ビルディング・パートナーシップ)等の業界パートナ
ーと共同で Green Lease Guides/Toolkit を発表している。
3.2.10 自主参加型プログラム
(1) 新築建築物向けプログラム
このカテゴリーには、都市のガイドラインやフラッグシップ開発プロジェクトが含まれる。ここ
で言う「ガイドライン」は、他の規範となる見解を提示することを目的に、自主参加ベース
で公布される点で、建築物エネルギーコードとは異なる。ヨハネスブルグを例にとれば、
Design Guidelines for Energy Efficient Buildings で新規の公共開発プロジェクトにおけ
る省エネ建築手法を規定し、市民および建築業界に都市の模範を明示している。ストッ
クホルムの Royal Seaport やメルボルンの Docklands 等のフラッグシップ開発プロジェクト
も数都市に見られる。この分野は、都市がさらに厳格・広範な基準など新たな施策を試
行する上で、あるいは先端技術、融資制度、情報共有型プログラムを試験的に導入する
上で、絶好の機会をもたらす。
(2) 既存建築物向けプログラム
業務セクターでの省エネ活動や改修に向け、自主参加型プログラムの実施を図っている
都市もある。例えば、メルボルンの 1200 Buildings プログラムは、業務用建築物の所有者
が建築物の現在の性能を把握し、アドバイスや融資を得て改善を行うための手段となって
いる(4.2 節のケーススタディを参照)。Retrofit Chicago の Commercial Buildings Initiative
は対象建築物に対し、6 ヶ月以内にエネルギー効率改善に着手し、5 年以内にエネルギ
ー消費量を 20%以上削減することの誓約を求めている。ヒューストンが導入した Green
Office Challenge(4.2 節のケーススタディを参照)は、所有者・管理者・テナントが一体とな
ってエネルギー・水使用ならびに廃棄物や運輸等の管理を改善するよう促すものである。
同市では毎年コンペを開催し、ビルオーナーとテナントへの啓蒙活動を行っている。また、
商業地区に特化した Seattle 2030 District は、既存の中大規模建築物の所有者・管理者・
テナントを参画させ、「画期的な高性能建築物地区」の実現を目指すものである。同市は、
建築物用の地域エネルギー開発(地域での熱回収および分散型発電)によって、本プロ
グラムを支援している。こうしたプログラムはエネルギー評価・アドバイスと一本化されること
や、経済的インセンティブの紹介と併用されることが多い。プログラムへの参加者には、模
範を示すとともに、各自の知見を広く発信することが期待されている。
3.2.11 政府による模範プログラム
(1) 新築建築物向けプログラム
ほぼすべての都 市が模範 を示 すことに積 極 的である。ロンドンでは、 Greater London
Authority が 対 象 と す る 全 新 築 建 築 物 に 対 し 、 London Development Agency の
Sustainable Design and Construction Standards に適合するか、あるいは London Plan の
目標を上回ることを義務付けている。また、3.2.5 項に述べたように、市所有建築物の新
築に際してグリーンビル認証への適合を求めている都市もある。例えば、シンガポール政
–28–
府は、公共セクターで空調床面積が 5,000 m2 超の新築建築物および大規模改修を経た
既存建築物について、Green Mark Platinum の取得を前提条件として課している。同様
に、香港
19
の延床面積 10,000 m2 超の市所有新築建築物には、BEAM Plus 等の現地
認証や LEED 等の国際的認証で第 2 等級以上を目指すことが義務付けられている。ま
た、ヒューストン、フィラデルフィア、ポートランド、ニューヨークを始めとする米国の諸都市
は、都市または政府が資金提供する新規開発について一定水準の LEED 認証を義務
付けている。
(2) 既存建築物向けプログラム
既存建築物向けの政府模範プログラムで最も一般的なものは、市所有建築物の改修で
ある。例えば、ヨハネスブルグでは市所有建築物 104 棟に省エネ改修が必要であったが、
そのうち 5 棟は照明の改修により温室効果ガス排出量の大幅削減を達成している。ニュ
ーヨークも 30×17 プログラム(2017 年までに 30%削減)により GHG 排出量の削減を進め
ている。本プログラムは包括的なもので、その範囲は街路灯や廃棄物処理等の事業にま
で及んでいるが、その主眼は市営事業での GHG 排出量大幅削減に向けて改修を推進
することにある。そのため、同市はベンチマーキング結果に基づいて対象建築物を選定
し、その後はエネルギー監査によって低コストまたは無償でのエネルギー消費量削減の
可否を判定している。ポートランドは、3.2.5 項でも述べたように、既存の市所有建築物に
対 する LEED EBOM 認証に加 え、市 所有 ・賃 貸建 築 物でのテナント改 装について
LEED CI 認証(Silver 以上)を義務付けている。
このほか、自治体所有建築物のエネルギー性能開示を義務付ける施策も見られる。東
京都では数千に上る都営施設について温室効果ガス排出量をインターネットで開示して
おり、ニューヨークとシアトルもベンチマーキング制度で市所有建築物のエネルギー性能
を開示している。
各都市はサステナブル建築手法においても、新たな対策を提示しようとしている。例えば、
シ カゴ は市 庁 に 屋 上 庭 園 を造 成 し て模 範 を示 して い る 。ニュ ー ヨ ー ク の Municipal
Entrepreneurial Testing Systems も興味深い事例であり、これは起業家がグリーンビル先
端技術を自治体所有建築物で試験運用できるプログラムである。同市では、このような
取り組みを新事業やグリーン産業の誘致につなげたいとしている。
3.2.12 その他
このカテゴリーに含まれる他の諸施策は、新しい政策タイプであるか、一般にはあまり見られな
いか、都市政府が「推進役」というよりも「調整役」として関係しているなどの理由により、「その
他」に分類されている。このような施策の事例としては、低炭素ゾーン 10 ヶ所の設定を目指す
ロンドンの RE:CONNECT、あるいはシアトルや東京に見られるエネルギー管理制度が挙げら
れる。東京都の「初期投資ゼロ省エネ支援モデル事業」に代表される ESCO 事業の推進・活
用も、その一環と言えよう。これ以外の取り組みとしては、シドニー、トロント、ロンドンにおける
Better Buildings Partnership(ベター・ビルディング・パートナーシップ)の発足、あるいは米国
の City Energy Project など国レベルのプログラムへの積極参加がある。
19
香港では、延床面積 10,000 m2 超の市所有新築建築物について、Building Energy Codes も上回ること(オフィスビ
ルならば 10%、学校や病院ならば 5%)が義務付けられている。
–29–
参考資料一覧
シカゴ
i)
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シカゴ、「グリーン認可制度の概要」。
http://www.cityofchicago.org/city/en/depts/bldgs/supp_info/overview_of_the_greenp
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シカゴ、「省エネ都市シカゴ」。
http://www.cityofchicago.org/city/en/progs/env/retrofit_chicago.html
天然資源保護協議会、2014 年 7 月、「省エネ都市シカゴ:業務用建築物施策の成功事
例報告書」。
http://www.cityofchicago.org/city/en/progs/env/retrofit_chicago.html
ii)
本章に引用しなかったもの
シカゴ気候変動対策アクションプラン、「省エネ建築物」。
http://www.chicagoclimateaction.org/pages/buildings/12.php
シカゴの街ぐるみ省エネコンテスト、「シカゴの街ぐるみ省エネコンテスト」。
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シカゴ、「シカゴ省エネルギーコード  はじめに」。
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シカゴ、「持続可能都市シカゴ、2015 年」。
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http://www.cityofchicago.org/content/dam/city/depts/zlup/Sustainable_Development/
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都市エネルギー、「About」、天然資源保護協議会および市場変革調査研究所。
http://www.cityenergyproject.org/about/
シカゴ公共建築物委員会、「シカゴ公共建築物委員会が目指す環境維持」。
http://pbcchicago.com/content/projects/environmental_sustainability.asp
–30–
香港
i)
本章に引用したもの
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http://www.beeo.emsd.gov.hk/en/mibec_beeo.html
機電工程署、「エネルギー消費指標および家庭・業務・運輸セクター向けベンチマーク」、
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https://www.hkgbc.org.hk/eng/BEAMPlus_NBEB.aspx
香港特別行政区、「基本法」、香港特別行政区。
http://www.basiclaw.gov.hk
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ii)
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のガイドライン」、香港特別行政区政府。
http://www.epd.gov.hk/epd/english/climate_change/ca_guidelines.html
環境保護署、「香港の気候変動対策戦略と行動指針に関するパブリックコンサルテーシ
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http://www.epd.gov.hk/epd/english/climate_change/consult.html
–31–
ヒューストン
i)
本章に引用したもの
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http://www.houstontx.gov/citizensnet/ResidentialEnergyCodeSeminarLivingBldgHE
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総務局、2004 年、「LEED」、ヒューストン。
http://www.houstontx.gov/generalservices/leed.html
ヒューストン・グリーンオフィスチャレンジ、「ヒューストン・グリーンオフィスチャレンジ」、ヒ
ューストン。
http://www.houstongoc.org/
ii)
本章に引用しなかったもの
都市エネルギー、「About」、天然資源保護協議会および市場変革調査研究所。
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グリーンヒューストン、2009 年 12 月、「最新版排出削減計画」、ヒューストン。
http://www.greenhoustontx.gov/reports/emissionreduction20091217.pdf
グリーンヒューストン、「省エネルギーインセンティブプログラム」、ヒューストン。
http://www.greenhoustontx.gov/eeip.html
グリーンヒューストン、「家庭での省エネルギープログラム(REEP)」、ヒューストン。
http://www.greenhoustontx.gov/reep.html
市民にパワーを、「市民にパワーを」、ヒューストン
http://www.houstonpowertopeople.com
ヨハネスブルグ
i)
本章に引用したもの
ヨハネスブルグ、「新築建築物の省エネ化」。
http://www.joburg.org.za/index.php?option=com_content&task=view&id=2176&Ite
mid=168
ヨハネスブルグ、「ヨハネスブルグの気候変動対策」。
http://www.joburg.org.za/index.php?option=com_content&view=article&id=8936&It
emid=266
–32–
ii)
本章に引用しなかったもの
ヨハネスブルグ、2011 年 10 月、「ヨハネスブルグの GDS 2040 戦略」。
http://www.joburg.org.za/index.php?option=com_content&view=article&id=7343&ca
tid=73&Itemid=114&limitstart=1
ヨハネスブルグ、「総合開発計画」。
http://www.joburg.org.za/index.php?option=com_content&task=view&id=499&Itemi
d=114
ヨハネスブルグ、「省エネ化の承認」。
http://www.joburg.org.za/index.php?option=com_content&task=view&id=4920&Ite
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ヨハネスブルグ、2008 年、「ヨハネスブルグの省エネ建築物設計指針」。
http://www.joburg.org.za/index.php?option=com_content&task=view&id=4920&Ite
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ヨハネスブルグ、2008 年、「土地利用開発における省エネ化推進基準」。
http://www.joburg.org.za/index.php?option=com_content&task=view&id=4920&Ite
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ロンドン
i)
本章に引用したもの
ベター・ビルディング・パートナーシップ、「グリーンリースツールキット」。
http://www.betterbuildingspartnership.co.uk/working-groups/green-leases/green-lease
-toolkit
財務人事局、「省エネ性能表示」。
http://www.dfpni.gov.uk/content_-_energy_performance_of_buildings-decs2
大ロンドン庁、「ロンドン計画」。
http://www.london.gov.uk/priorities/planning/london-plan
大ロンドン庁、「市長のロンドン計画」。
http://www.london.gov.uk/shaping-london/london-plan/
GOV.UK、「住宅の売買、2。エネルギー性能証書」。
https://www.gov.uk/buy-sell-your-home/energy-performance-certificates
ロンドン市長、2011 年 10 月、「ロンドンのエネルギーの未来、市長の気候変動緩和策と
エネルギー戦略」、第 5 章 エネルギーの未来を左右するロンドンの住宅。p.115。
http://www.london.gov.uk/sites/default/files/Energy-future-oct11.pdf
–33–
ロンドン市長、2011 年 10 月、「ロンドンのエネルギーの未来、市長の気候変動緩和策と
エネルギー戦略」、第 9 章 GLA グループから模範を示す。p.225。
http://www.london.gov.uk/sites/default/files/Energy-future-oct11.pdf
ii)
本章に引用しなかったもの
琥珀色と緑に彩られたサステナブル都市、「ロンドン省エネ基金」。
http://www.leef.co.uk
ベター・ビルディング・パートナーシップ、「不動産環境ベンチマーク」。
http://www.betterbuildingspartnership.co.uk/working-groups/sustainability-benchmar
ks/real- estate-environmental-benchmark/
大ロンドン庁、2012 年 11 月、「住宅補充計画指針」。
https://www.london.gov.uk/priorities/planning/publications/housing -supplementary-pl
anning- guidance
大ロンドン庁、「JESSICA  ロンドングリーン基金」。
https://www.london.gov.uk/priorities/planning/publications/housing -supplementary-pl
anning- guidance
大ロンドン庁、2010 年 8 月、「ロンドン住宅設計指針」。
https://www.london.gov.uk/priorities/housing-land/publications/london-housing-desig
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大ロンドン庁、「RE:NEW  ロンドンの住宅のエネルギー効率改善」。
http://www.london.gov.uk/priorities/environment/tackling-climate-change/energy-effi
ciency/r e-new-home-energy-efficiency
大ロンドン庁、「CO2 排出量削減」。
http://www.london.gov.uk/city-hall/the-building/reducing-our-carbon-emissions
ロンドン市長、「RE:FIT」。
http://refit.org.uk/
メルボルン
i)
本章に引用したもの
メルボルン、2013 年、「地域計画施策  22.19 項 エネルギー・水・廃棄物の効率」。
https://www.melbourne.vic.gov.au/BuildingandPlanning/Planning/planningscheme
amendments/Documents/AmendmentC187/22_lpp19_melb.pdf
メルボルン、「メルボルン都市計画」。
http://www.melbourne.vic.gov.au/buildingandplanning/planning/melbourneplannings
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–34–
メルボルン、「1200 ビルディング:1200 ビルディングについて」。
http://www.melbourne.vic.gov.au/1200buildings/Pages/About1200Buildings.aspx
メルボルン、「1200 ビルディング:次回の改修に環境性能改善融資制度を活用する」。
https://www.melbourne.vic.gov.au/1200buildings/Pages/Funding.aspx
インベスタ、「グリーンリース」。
http://www.investa.com.au/sustainability/innovation/
プレイセズ・ビクトリア、2013 年、「メルボルンの Docklands」。
http://www.docklands.com/
ii)
本章に引用しなかったもの
オーストラリア建築基準法委員会、「省エネルギー」。
http://www.abcb.gov.au/en/major-initiatives/energy-efficiency.aspx
オーストラリア政府産業省、「業務用建築物の情報開示」。
http://cbd.gov.au/
メルボルン、「市議会の対策」。
http://www.melbourne.vic.gov.au/sustainability/CouncilActions/Pages/CouncilAction
s.aspx
メルボルン、「公営住宅 2  私たちのグリーンビルディング」。
http://www.melbourne.vic.gov.au/sustainability/ch2/Pages/CH2Ourgreenbuilding.asp
x
メルボルン、「カーボンニュートラルな市議会運営」。
http://www.melbourne.vic.gov.au/Sustainability/CouncilActions/Pages/CarbonNeutra
l.aspx
メルボルン、「シティスイッチ・グリーンオフィスプログラム」。
http://www.melbourne.vic.gov.au/enterprisemelbourne/environment/Pages/CitySwitc
h.aspx
メルボルン、2013 年、「ゼロ・ネット・エミッション」。
https://www.melbourne.vic.gov.au/Sustainability/CouncilActions/Pages/ZeroNetEmis
sions.aspx
メルボルン、「1200 ビルディング:施策と戦略」。
https://www.melbourne.vic.gov.au/1200buildings/Pages/PoliciesStrategies.aspx
オーストラリア・グリーンビル協会、「メルボルン」。
http://www.gbca.org.au/advocacy/local-government/city-of-melbourne/city-of-melbo
urne/2063.htm
–35–
ストラタ・コミュニティ・オーストラリア、「スマートブロック」。
http://smartblocks.com.au/
ニューヨーク
i)
本章に引用したもの
ニューヨーク、「省エネ分担の指針」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/initiatives/clause.shtml
ニューヨーク、「エネルギーコード」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/codes/energy.shtml
ニューヨーク、「地域法 84:ベンチマーキング」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/plan/ll84.shtml
ニューヨーク、「地域法 85:NYC 省エネルギーコード(NYCECC)」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/plan/ll85.shtml
ニューヨーク、「LEED 法(地域法 86)」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/public/leed.shtml
ニューヨーク、「地域法 87:エネルギー監査とレトロコミッショニング」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/plan/ll87.shtml
ニューヨーク、「地域法 88:照明の改善とサブメーターの使用」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/plan/ll88.shtml
ニューヨーク、「市内起業家試験制度(METS)」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/initiatives/mets.shtml
ニューヨーク、「市内 GHG 排出量削減(30×17)」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/public/ghg.shtml
ii)
本章に引用しなかったもの
ニューヨーク、「PlaNYC について」。
http://www.nyc.gov/html/planyc/html/about/about.shtml
ニューヨーク、「PlaNYC グリーンビルおよび省エネについて」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/about/about.shtml
ニューヨーク、「グリーンコード・タスクフォース(GCTF)の提案」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/codes/proposals.shtml
ニューヨーク、「グリーナー・グレーター・ビルディング」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/plan/plan.shtml
–36–
ニューヨーク、「GreeNYC」。
http://www.nyc.gov/html/greenyc/html/home/home.shtml
ニューヨーク、2014 年 9 月、「長寿命都市」。
http://www.nyc.gov/html/builttolast/pages/home/home.shtml
ニューヨーク、「資源循環型住宅」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/public/housing.shtml
ニューヨーク、「ニューヨーク・カーボンチャレンジ」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/challenge/mayor-carbon-challenge.shtml
住宅都市開発局、「グリーンビルディング」、ニューヨーク。
http://www.nyc.gov/html/hpd/html/developers/green-building.shtml
グリーンライト・ニューヨーク、「グリーンライト・ニューヨーク  省エネ教育」。
http://greenlightny.org/
ニューヨーク市省エネルギー公社、「エネルギーサービス契約」。
http://www.nyceec.com/esa/
ニューヨーク市省エネルギー公社、「資金調達」。
http://www.nyceec.com/financing/
ニューヨーク州エネルギー研究開発局、「省エネルギー・再生可能エネルギープログラ
ム」。
http://www.nyserda.ny.gov/Energy-Efficiency-and-Renewable-Programs.aspx
ニューヨーク州エネルギー研究開発局、「グリーンジョブ  グリーンニューヨーク」
http://www.nyserda.ny.gov/Governor-Initiatives/Green-Jobs-Green-New-York.aspx
フィラデルフィア
i)
本章に引用したもの
ジョージタウン気候センター、「フィラデルフィアのクールルーフ法と建築基準法」。
http://www.georgetownclimate.org/resources/city-of-philadelphia-cool-roof-law-andbuilding-code
環境に優しい市長執務室、「グリーンビルディング」、フィラデルフィア。
http://www.phila.gov/green/greenBuilding.html
フィラデルフィア電力会社、「省エネ対策の手引き」。
https://www.peco.com/Savings/ProgramsandRebates/Pages/default.aspx
–37–
フィラデルフィアガス会社、「省エネ、払い戻し、インセンティブ」。
http://www.pgworks.com/residential/savings/savings-rebates-incentives
フィラデルフィア建築物エネルギーベンチマーキング、「フィラデルフィア建築物ベンチマ
ーキング 101」。
http://www.phillybuildingbenchmarking.com/who-what-where-when/
ii)
本章に引用しなかったもの
都市エネルギー、「About」、天然資源保護協議会および市場変革調査研究所。
http://www.cityenergyproject.org/about/
エネルギーワークス、「資金調達と料金」、フィラデルフィア。
http://www.energyworksnow.com/commercial/financing-and-fees/
免許・検査局、「規定集」、フィラデルフィア。
http://www.phila.gov/li/codesandregulations/Pages/default.aspx
グリーンワークス・フィラデルフィア、「ナッター市長、気候汚染削減の全国的な取り組み
への参加を表明」、フィラデルフィア。
http://greenworksphila.wordpress.com/2014/01/29/mayor-nutter-announces-philadelp
hia-to-participate-in-national-effort-to-reduce-climate-pollution/
環境に優しい市長執務室、「エネルギー削減レース」、フィラデルフィア。
http://www.phillybuildingbenchmarking.com/competition
環境に優しい市長執務室、「グリーンワークス」、フィラデルフィア。
http://www.phila.gov/green//index.html
ポートランド
i)
本章に引用したもの
開発局、「ポートランド省エネ住宅計画(PEEHP)」、ポートランド。
http://www.portlandoregon.gov/bds/49556
都市計画・持続可能性、「グリーンビルディング決議」、ポートランド。
https://www.portlandoregon.gov/bps/50447
ii)
本章に引用しなかったもの
都市計画・持続可能性、「ポートランド・エネルギーチャレンジ」、ポートランド。
http://www.portlandoregon.gov/bps/61803
都市計画・持続可能性、「気候変動対策アクションプラン」、ポートランド。
https://www.portlandoregon.gov/bps/49989
都市計画・持続可能性、「電力浪費の取り締まり」、ポートランド。
http://www.portlandoregon.gov/bps/article/416436
–38–
都市計画・持続可能性、「エネルギー節約」、ポートランド。
http://www.portlandoregon.gov/bps/61091
サンフランシスコ
i)
本章に引用したもの
サンフランシスコ環境局、「ベンチマーキング概要」。
http://www.sfenvironment.org/article/benchmarking/benchmarking -overview
サンフランシスコ環境局、「省エネ監査」。
http://www.sfenvironment.org/energy/energy-efficiency/commercial-and-multifamily
-properties/existing-commercial-buildings-energy-performance-ordinance/energy-effi
ciency-audits
サンフランシスコ環境局、「既存業務用建築物に関するエネルギー性能条例」。
http://www.sfenvironment.org/energy/energy-efficiency/commercial-and-multifamily
-properties/existing-commercial-buildings-energy-performance-ordinance
サンフランシスコ環境局、「サンフランシスコ・グリーンファイナンス:業務用建築物 PACE
プログラム」。
http://www.sfenvironment.org/article/financing/greenfinancesf-commercial-pace-prog
ram
サンフランシスコ環境局、「優先的な許認可」。
http://www.sfenvironment.org/article/larger-projects-commercial-amp-multifamily/pr
iority-permitting
サンフランシスコ環境局、「サンフランシスコ・グリーンビルディングコード」。
http://www.sfenvironment.org/article/new-construction-and-major-renovations/greenbuildin g-ordinance-san-francisco-building-code
ii)
本章に引用しなかったもの
都市計画局、「温室効果ガス削減戦略」、サンフランシスコ市郡。
http://www.sf-planning.org/index.aspx?page=2627
都市計画局、2010 年 11 月、「温室効果ガス排出量削減戦略」、サンフランシスコ市郡。
http://sfmea.sfplanning.org/GHG_Reduction_Strategy.pdf
サンフランシスコ環境局、「施策、インセンティブ、リソース」。
http://www.sfenvironment.org/buildings-environments/green-building/policy-incentiv
es-and-resources
サンフランシスコ環境局、「サンフランシスコ・エネルギー監視」。
http://www.sfenvironment.org/energy/energy-efficiency/commercial-and-multifamily
-properties/sf-energy-watch
–39–
シアトル
i)
本章に引用したもの
都市計画・開発局、「省エネ新築許認可優先制度」、シアトル。
http://www.sfenvironment.org/article/benchmarking/benchmarking -overview
都市計画・開発局、「省エネ設計許認可優先制度」、シアトル。
http://www.seattle.gov/dpd/permits/greenbuildingincentives/prioritygreenfacilitated/d
efault.htm
持続可能性・環境部、「エネルギーベンチマーキング」、シアトル。
http://www.seattle.gov/environment/buildings-and-energy/energy-benchmarking-andreporting
持続可能性・環境部、2013 年 5 月、「シアトル市所有建築物エネルギー性能報告書
2011~2012 年」、シアトル。
http://www.seattle.gov/Documents/Departments/OSE/EBR-muni-buildings.pdf
持続可能性・環境部、「シアトル 2030 年地区」、シアトル。
http://www.seattle.gov/environment/buildings-and-energy/2030-district
ii)
本章に引用しなかったもの
都市計画・開発局、「エネルギーコード」、シアトル。
http://www.seattle.gov/DPD/codesrules/codes/energy/overview/
都市計画・開発局、「リビングビルディング計画」、シアトル。
http://www.seattle.gov/DPD/permits/greenbuildingincentives/livingbuildingpilot/defa
ult.htm
経済開発部、「財政支援」、シアトル。
http://www.seattle.gov/economicdevelopment/business_incentives.htm
持続可能性・環境部、「建築物とエネルギー」、シアトル。
http://www.seattle.gov/environment/buildings-and-energy
持続可能性・環境部、「首都グリーンツールキット」、シアトル。
http://www.seattle.gov/environment/buildings-and-energy/city-facilities/capital-green
-toolkit
持続可能性・環境部、「都市施設」、シアトル。
http://www.seattle.gov/environment/buildings-and-energy/city-facilities
持続可能性・環境部、「コミュニティの力を活かす」、シアトル。
http://www.seattle.gov/environment/buildings-and-energy/community-power-works
–40–
持続可能性・環境部、「インセンティブと払い戻し」、シアトル。
http://www.seattle.gov/environment/buildings-and-energy/incentives-and-rebates
持続可能性・環境部、「シアトル気候変動対策アクションプラン」、シアトル。
http://www.seattle.gov/environment/climate-change/climate-action-plan
シアトル・街の灯、「ビルトスマート・プログラム」、シアトル。
http://www.seattle.gov/light/conserve/resident/cv5_bs.htm
シンガポール
i)
本章に引用したもの
建築・建設庁(BCA)、「BCA グリーンリースツールキット:事務所のグリーン化スケジュール
2014 年」、シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/others/Office_Green_Schedule.docx
建築・建設庁(BCA)、「BCA グリーンリースツールキット:小売店のグリーン化スケジュール
2014 年」、シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/others/Retail_Green_Schedule.docx
建築・建設庁(BCA)、「新築建築物向けグリーンマークインセンティブ制度(GMIS-NB)に
2,000 万ドル確保」、シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/gmis.html
建築・建設庁(BCA)、「既存建築物に関する法律」、シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/EnvSusLegislation/Existing_Building_Legislation.html
建築・建設庁(BCA)、「グリーンマーク総容積率(GM-GFA)インセンティブ制度」、シンガ
ポール政府。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/gmgfa.html
建築・建設庁(BCA)、「建築物省エネ改修融資(BREEF)計画」、シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/breef.html
建築・建設庁(BCA)、「持続可能な建築環境」、シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/sustain/sustain.html
省エネ都市シンガポール、「環境維持に率先して取り組む公共セクター(PSTLES)」、シ
ンガポール政府。
http://app.e2singapore.gov.sg/Buildings/Public_Sector_Taking_the_Lead_in_Environ
mental_Sustainability.aspx
ii)
本章に引用しなかったもの
建築・建設庁(BCA)、「BCA のグリーンマーク制度について」、シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/green_mark_buildings.html
–41–
建築・建設庁(BCA)、「グリーン商業用不動産の評価に関する BCA-NUS プロジェクト」、
シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/others/Green_Building_Valuation_Report.pdf
建築・建設庁(BCA)、「グリーンマークプロジェクト」、シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/green_mark_projects.html
建築・建設庁(BCA)、「持続可能な建築環境」、シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/Sustain/sustain.html
建築・建設庁(BCA)、「1 億ドル規模の既存建築物向けグリーンマークインセンティブ制度
(GMIS-EB)」、シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/green_mark_buildings.html
建築・建設庁(BCA)、「技術開発」、シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/Professionals/Technology/technology.html
建築・建設庁(BCA)、2009 年、「第 2 期グリーンビルディングマスタープラン」、シンガポー
ル政府。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/others/2nd_Green_Building_Masterplan.pdf
建築・建設庁(BCA)、2014 年、「第 3 期グリーンビルディングマスタープラン」、シンガポー
ル政府。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/others/3rd_Green_Building_Masterplan.pdf
シンガポール情報通信開発庁、「データセンターのグリーン化基準」。
http://www.ida.gov.sg/Infocomm-Landscape/ICT-Standards-and-Framework/Green-D
ata-Centre-Standard
国家環境庁気候変動事務局、総理府、2012 年、「気候変動に対する国家戦略 2012
年。気候変動とシンガポール:課題、機会、協働」、シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/others/Green_Building_Valuation_Report.pdf
ストックホルム
i)
本章に引用したもの
協力活動、2013 年 10 月、「建築物エネルギー性能指令(EPBD)の実施」。
http://www.epbd-ca.org/Medias/Pdf/CA3-BOOK-2012-ebook-201310.pdf
Stockholms Stad、「気候変動への配慮:職場編」(スウェーデン語)。
http://foretag.stockholm.se/-/Nyheter-for-foretagare/Radgivning-och-natverk/Klimats
mart-pa-kontoret/
Stockholms Stad、「気候変動への配慮:家庭編」(スウェーデン語)。
http://www.stockholm.se/ByggBo/Leva-Miljovanligt/Klimatsmart-i-hemmet/
–42–
Stockholms Stad、「気候変動とエネルギーに取り組むストックホルム・アクションプラン
2012~2015 年(2030 年までの展望を含む)」。
http://www.stockholm.se/seap
Stockholms Stad、「ストックホルム Royal Seaport の変革」。
http://stockholmroyalseaport.com/en/
ii)
本章に引用しなかったもの
Stockholms Stad、「持続可能性への取り組み」。
http://international.stockholm.se/city-development/sustainable-efforts/
Stockholms Stad、「ストックホルム環境計画 2012~2015 年」。
http://international.stockholm.se/globalassets/ovriga-bilder-och-filer/the-stockholm-e
nvironm ent-programme-2012-2015.pdf
Stockholms Stad、「気候変動とエネルギーに取り組むストックホルム・アクションプラン
2012~2015 年(2030 年までの展望を含む)」。
http://www.stockholm.se/seap
シドニー
i)
本章に引用したもの
シドニー、「環境性能向上融資制度」。
http://www.cityofsydney.nsw.gov.au/business/business-support/greening-your-busines
s/environmental-upgrade-finance
インベスタ、「グリーンリース」。
http://www.investa.com.au/sustainability/innovation/
ii)
本章に引用しなかったもの
オーストラリア建築基準法委員会、「省エネルギー」。
http://www.abcb.gov.au/en/major-initiatives/energy-efficiency.aspx
オーストラリア政府産業省、「業務用建築物の情報開示」。
http://cbd.gov.au/
ベター・ビルディング・パートナーシップ、「ベター・ビルディング・パートナーシップ」。
http://www.sydneybetterbuildings.com.au/
シドニー、「スマートグリーンアパート」。
http:// www.smartgreenapartments.com.au
シドニー、「スマートグリーンビジネス」。
http://www.smartgreenbusiness.com.au
–43–
シドニー、「持続可能都市シドニー2030」。
http://www.cityofsydney.nsw.gov.au/vision/sustainable-sydney-2030
シティスイッチ・グリーンオフィス、「シティスイッチ・グリーンオフィス」。
http://www.cityswitch.net.au/
オーストラリア・グリーンビル協会、「シドニー」。
http://www.gbca.org.au/government-policy.asp?sectionID=235
ストラタ・コミュニティ・オーストラリア、「スマートブロック」。
http://smartblocks.com.au/
東京
i)
本章に引用したもの
東京都環境局、「カーボンレポート制度(低炭素事業)」(日本語)、東京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/climate/other/lowcarbon.html
東京都環境局、「地球温暖化対策報告書の公表」(日本語)、東京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/climate/own_efforts/cat7423.html
東京都環境局、「建築物環境計画書制度」、東京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/climate/build.html
東京都環境局、「建築物の CO2 排出に関する環境情報活用マニュアル(試行版)」、東
京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/climate/other/attachement/manual-english%EF%B
C%882012%EF%BC%89.pdf
東京都環境局、「低炭素都市に向けた東京都の取組、東京都の気候変動対策」、2011
年 9 月、東京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/climate/On%20the%20path%20to%20a%20low
%20carbon%20city_A3.pdf
東京都環境局、「マンション環境性能表示のあらまし(2014 年度版)[リーフレット]」、東
京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/attachement/apartment.pdf
東京都環境局、「キャップ&トレード制度について」、東京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/climate/cap_and_trade.html
東京都環境局、「中小規模事業所向け地球温暖化対策報告書制度」、東京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/climate/tokyo_carbon_reduction_reporting_pro
gram_for_small_and_medium-sized.html
–44–
東京都主税局、「ガイドブック都税」、東京都庁。
http://www.tax.metro.tokyo.jp/book/guidebookgaigo/guidebook2013e.pdf#brt04
東京都都市整備局、「新しい都市づくりのための都市開発諸制度活用方針」(日本語)、
東京都庁。
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/seisaku/new_ctiy/index.html
住宅性能評価・表示協会、「建築物省エネルギー性能表示制度」(日本語)。
https://www.hyoukakyoukai.or.jp/bels/pdf/seminar/02.pdf
東京都地球温暖化防止活動推進センター、「業種別省エネルギー対策推進研修会」
(日本語)。
http://www.tokyo-co2down.jp/seminar/type/text/
東京都地球温暖化防止活動推進センター、「省エネ診断(中小企業向け無料診断)」
(日本語)。
http://www.tokyo-co2down.jp/check/
ii)
本章に引用しなかったもの
東京都環境局、「気候変動対策」、東京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/climate/index.html
東京都環境局、「地域におけるエネルギーの有効利用に関する制度」、東京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/climate/plan.html
東京都環境局、「各種資料・映像」、東京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/documents/index.html
東京都環境局、2010 年 3 月、「東京における気候変動対策の成果と展開」、東京都
庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/attachement/Tokyo_climate_change_strategy_p
rogress_report_03312010.pdf
東京都地球温暖化防止活動推進センター、「補助金・助成金」(日本語)。
http://www.tokyo-co2down.jp/subsidy/
東京都庁、2008 年 3 月、「東京都環境基本計画の概要」。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/attachement/Master-Plan(Outline).pdf
–45–
トロント
i)
本章に引用したもの
トロント、「レベル 2 および開発負担金の払い戻し:ディベロッパー・コンサルタント向け情
報」。
http://www1.toronto.ca/wps/portal/contentonly?vgnextoid=8e250621f3161410VgnV
CM10000071d60f89RCRD&vgnextchannel=f85552cc66061410VgnVCM10000071d
60f89RCRD
トロント、「高層建築物省エネ改修支援プログラム(Hi-RIS)」。
http://www1.toronto.ca/wps/portal/contentonly?vgnextoid=ab3147e94c5b3410VgnV
CM10000071d60f89RCRD&vgnextfmt=default
トロント、「エコルーフ・インセンティブプログラム」。
http://www1.toronto.ca/wps/portal/contentonly?vgnextoid=3a0b506ec20f7410VgnV
CM10000071d60f89RCRD
トロント、「トロント・グリーンルーフ条例」。
http://www1.toronto.ca/wps/portal/contentonly?vgnextoid=83520621f3161410VgnV
CM10000071d60f89RCRD&vgnextchannel=3a7a036318061410VgnVCM10000071d
60f89RCRD
ii)
本章に引用しなかったもの
ベター・ビルディング・パートナーシップ、「ベター・ビルディング・パートナーシップ」。
http://bbptoronto.ca/
トロント、「気候変動対策アクションプラン  大気の変動」、2007 年 6 月。
http://www1.toronto.ca/City%20Of%20Toronto/Environment%20and%20Energy/Pro
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トロント、「都市の事業・エネルギー・廃棄物管理のグリーン化および都市施設の省エネ
改修」。
http://www1.toronto.ca/wps/portal/contentonly?vgnextoid=3a0b506ec20f7410Vgn V
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トロント、「トロントグリーン基準」。
http://www1.toronto.ca/wps/portal/contentonly?vgnextoid=f85552cc66061410VgnV
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トロント、「トロントの持続可能エネルギー戦略  ライブグリーンに力を」、2009 年 10
月。
http://www1.toronto.ca/city_of_toronto/environment_and_energy/key_priorities/files/
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–46–
その他
20
米国エネルギー効率経済評議会、「州・地方施策データベース」。
http://database.aceee.org/
コアネット・グローバル、2014 年 3 月、「各国のサステナビリティシステムの比較、各国の
主要サステナビリティシステム:省エネ・節水のための要求事項」。
http://publications.arup.com/Publications/I/International_Sustainability_Systems_Co
mparison.aspx
建築物省エネ調査研究所、2012 年 6 月、「省エネ建築物への変革推進、施策と対策:
第 2 版」。
http://www.institutebe.com/energy-policy/Driving-Transformation-Energy-EfficientBuildings2.aspx
市場変革調査研究所、「建築物エネルギーコード」。
http://www.imt.org/codes
国際炭素行動パートナーシップ、「範囲・対象」。
https://icapcarbonaction.com/ets-topics/scope-and-coverage
マーク レバイン他、2012 年 10 月、「建築物省エネ化の成功事例に見る施策と施策パ
ッケージ」、ローレンス・バークレー国立研究所。
http://eetd.lbl.gov/sites/all/files/publications/gbpn-finaloct-2012.pdf
サステナブルビルディングセンター、「建築物省エネ施策データベース」。
http://www.sustainablebuildingscentre.org/pages/beep
米国エネルギー省、「建築物エネルギーコードプログラム」。
http://www.energycodes.gov/
20
付録 1「世界各国の省エネ推進施策に関するインターネット上のデータベース」も参照。
–47–
4.
フロントランナー都市における事例
4.1
概要
C40 の先進 10 都市では、既存の住宅・業務用建築物での省エネやサステナビリティ推進に
向け、多様なプログラム 1 を展開中している。本章では、こうした諸都市(香港、ヒューストン、メ
ルボルン、ニューヨーク、フィラデルフィア、サンフランシスコ、シアトル、シンガポール、シドニ
ー、東京(アルファベット順))におけるケーススタディを詳しく紹介する。調査対象プログラム
の一覧を表 4.1 に示す。
今回のケーススタディでは調査対象を各都市の中核的プログラム 1 つに絞り込み、以下の各
項を含めてある。
 プログラム内容:プログラムの主な要素ならびにプログラムと現地の課題、環境・建築物
関連の目標、その他施策との関係性
 プログラムへの投入資源:プログラムの設計・実施過程(スケジュール、リソース、事前調
査、ステークホルダーのエンゲージメント等)
 プログラムの成果:改修市場や温室効果ガス排出量への影響
 プログラムから得られた知見:設計・実施段階における成功要因と課題
 参考資料一覧
ケーススタディの内容は 4.2 節にまとめた。4.3 節には、ケーススタディで明らかになった特徴
や動向の分析結果、ならびに成功要因や課題に関する主な知見を示してある。
1
特定セクター建築物の省エネやサステナビリティを推進するための各種施策、法令、経済的インセンティブ・対策
を含む「パッケージ」の総体を「プログラム」と呼ぶ。
–48–
表 4.1:調査対象プログラム一覧
都市名
香港
ヒューストン
メルボルン
ニューヨーク
フィラデルフィア
サンフランシスコ
シンガポール
シアトル
シドニー
東京
2
プログラム名
ポリシーマップでの政策要素
(第 3 章、表 3.1)
区分
Buildings
Energy
Efficiency
Ordinance
1. 建築物エネルギーコー
ド
3. 監査およびレトロコミッシ
ョニングの義務
規制
 エネルギー効率コード
 監査とレトロコミッショ
ニングの義務
2012
Houston
Green Office
Challenge
1200
Buildings
10. 自主参加型プログラム
自主
 毎年開催のコンペ
2011
8. 意識向上プログラム
10. 自主参加型プログラム
自主
 アドバイスと融資
2010
Mandatory
benchmarking
scheme
2. エネルギー性能データ
のレポーティングおよび
ベンチマーキング
規制
 ベンチマーキング
2011
Building
Energy
Benchmarking
Ordinanc
Existing
Commercial
Buildings
Energy
Performance
Ordinance
Existing
Buildings
Legislation
2. エネルギー性能データ
のレポーティングおよび
ベンチマーキング
規制
 ベンチマーキング
2013
2. エネルギー性能データ
のレポーティングおよび
ベンチマーキング
3. 監査およびレトロコミッシ
ョニングの義務
規制
 ベンチマーキング
 監査とレトロコミッショ
ニングの義務
1. 建築物エネルギーコー
ド
2. エネルギー性能データ
のレポーティングおよび
ベンチマーキング
3. 監査およびレトロコミッシ
ョニングの義務
規制
 ベンチマーキング
 エネルギー効率コード
 監査とレトロコミッショ
ニングの義務
2. エネルギー性能データ
のレポーティングおよび
ベンチマーキング
規制
 ベンチマーキング
8. 意識向上プログラム
10. 自主参加型プログラム
自主
 パイロットプログラム
 無料エネルギー監査
とリベート情報
2011
4. 排出量取引制度
規制
 総量削減義務と排出
量取引
2010
Building
Energy
Benchmarking
and Reporting
Smart Green
Apartments
キャップ&トレ
ード制度
プログラム採択年度でなくプログラム施行年度を示す。
–49–
実施年度
2011
2013
2012
2
4.2
ケーススタディ
本節では、表 4.1 に掲げた 10 のケーススタディを下記の順序(アルファベット順)で紹介してい
く。
4.2.1
香港:Buildings Energy Efficiency Ordinance (BEEO)(建築物省エネ条例)........... 51
4.2.2
ヒューストン:Houston Green Office Challenge (HGOC)(ヒューストン・
グリーンオフィスチャレンジ) ..................................................................................... 58
4.2.3
メルボルン:1200 Buildings(1200 ビルディング)プログラム ...................................... 66
4.2.4
ニューヨーク:Greener, Greater Buildings Plan(グリーナー・グレーター・
ビルディング・プラン)でのベンチマーキング制度 ..................................................... 75
4.2.5
フィラデルフィア:Building Energy Benchmarking Ordinance
(建築物エネルギーベンチマーキング条例) ............................................................ 85
4.2.6
サンフランシスコ:Existing Commercial Buildings Energy Performance Ordinance
(既存業務用建築物に関するエネルギー性能条例) ............................................... 94
4.2.7
シアトル:The Seattle Building Energy Benchmarking and Reporting Program
(シアトル・建築物エネルギーベンチマーキング・レポーティング制度) ................... 104
4.2.8
シンガポール:Existing Buildings Legislation(既存建築物に関する法律) ............ 112
4.2.9
シドニー:Smart Green Apartments(スマート・グリーン・アパートメント)プログラム .... 120
4.2.10 東京:キャップ&トレード制度 .................................................................................. 128
–50–
4.2.1 香港:Buildings Energy Efficiency Ordinance (BEEO)(建築物省エネ条例)
要旨: 香港の Buildings Energy Efficiency Ordinance(建築物省エネ条例)は、建築物のエ
ネルギー効率改善に向けた法的措置として運用されている。その副次効果として、省
エネ改修工事に伴うスプリットインセンティブ問題の緩和にも寄与している。
都市全体での削減目標
香港は APEC の意欲的かつ大胆とも言える削減目標、すなわち総体的エネルギー強度を
2035 年までに 2005 年比で 45%削減するという目標を支持している。
建築物に特化した削減目標
詳細は未定。
I.
プログラム内容
主な要素
Buildings Energy Efficiency Ordinance (BEEO)(建築物省エネ条例)は、業務用建
築物の新築ならびに既存業務用建築物の大規模改修を扱う条例である。厳格な行
動 基準とエネルギー監査による省エネ推進 を目指す BEEO の実施に際 しては、
Registered Energy Assessors (REA)(登録エネルギー査定官)がサービス設備の基準
適合認証やエネルギー監査を行うなどして、重要な役割を果たしている。BEEO は
2010 年 12 月の正式発表を経て、2012 年 9 月に全面実施され、気候変動軽減措置
の一環として建築物の省エネ化を義務付けるに至った。
BEEO は下記の 3 要素を軸に構成されている(図 4.2.1 も参照)。
1. Building Energy Code (BEC)(建築物エネルギーコード):新築建築物および大
規模改修を行う既存建築物に対し、「空調」「電力」「エレベーターとエスカレー
ター」「照明」の 4 基幹サービス設備について BEC の最低基準・要件への適合
を義務付けている。
2. Energy Audit Code (EAC)(エネルギー監査コード):業務用建築物ならびにシ
ョッピングセンター等の複合建築物の業務用部分において、上記のサービス設
備に対するエネルギー監査を 10 年ごとに行うものとしている。当該建築物につ
いてエネルギー監査報告書の提示も義務付けている。
3. Registered Energy Assessors (REA)(登録エネルギー査定官):BEEO で義務
付けている BEC の認証手続きおよびエネルギー監査業務は REA が行うものと
し て い る 。 REA の 登 録 ・ 規 制 に つ い て は 、 Building Energy Efficiency
Registered Energy Assessors Regulation (REA Regulation)(建築物省エネ担当
登録エネルギー査定官に関する規制:REA 規制)に詳しく定められている。
施行
基準に不適合の場合は、Electrical and Mechanical Services Department (EMSD)
(機電工程署)が当該建築物の所有者や管理者に対して改善勧告を発する。BEEO
のウェブページには不適合建築物の詳細が公開され、適合と見なされるまで削除さ
–51–
れない。違反者には違反の度合いに応じて 2,000~100 万香港ドルの罰金が科される。
また、虚偽の情報を提供もしくは施行を妨害した者に対しては、罰金刑に加え禁固刑
も科される。
プログラムの対象と範囲
BEEO の BEC は香港の公共・民間業務用建築物の大半を対象としており、これには
事務所のほか、ホテルならびに政府・自治体・教育・運輸関連の建築物、さらには住
宅・産業用建築物の業務用部分が含まれる。これに対して、EAC が扱う範囲は、業務
用建築物の 4 基幹サービス設備および複合建築物の業務用部分に限定されている。
BEEO は新築・既存双方の建築物を対象とする。このうち、新築建築物は 2012 年 9
月 21 日以降(BEEO 発効後)に Building Authority(建築局)から上部構造物の着工
許可を受けたものであり、既存建築物はそれ以前に着工許可を受けたものである。
BEC が扱う大規模改修工事は、延床面積 500 m2 以上のサービス設備の増設・交換
を伴うものである。BEEO はサービス設備の主要部分の増設・交換も対象としており、
これには定格 400A 以上の電気回路一式、冷房・暖房定格 350 kW 以上の単一ダク
ト方式空調装置または空冷式冷却装置、ならびにエレベーター、エスカレーター、乗
客コンベアーの電動・機械駆動装置の増設・交換が含まれることがある。
Chapter 610: Buildings Energy Efficiency Ordinance (BEEO)
Cap 610A:
Buildings Energy
Efficiency (Fees)
Regulation
Energy
Audit Code
(EAC)
Building
Energy Code
(BEC)
Cap 610B:
Buildings Energy
Efficiency (Registered
Energy Assessors)
Regulation
規制
実施規則
REA
省エネ認証、
エネルギー監査
EAC
技術指針
BEC
技術指針
技術指針
(出典:EMSD Symposium 2011)
図 4.2.1:Buildings Energy Efficiency Ordinance (BEEO)の構造
中小規模建築物
BEEO は、小規模建築物および歴史的建築物(電気装荷 100A 未満、階数 3 階未満、
屋根被覆面積 65.03 m2 以下、height inferior 8.23 m 以下)を対象外としている。香港
の中小規模建築物は、2~3 階建てで各階床面積 70 m2 未満の民家が大半を占める。
小規模建築物は、改修を行っても費用に見合った効果が得られないため、BEEO から
除外されている。こうした建築物向けの省エネ施策は現存せず、計画中のものもない。
–52–
プログラム全体の目標
BEEO は、規制の枠組みの中で建築物の省エネを推進するために制定された条例で
ある。エネルギー監査の義務化も、エネルギー消費への取り組み方の変革を目指し
たものである。今後、BEEO の全面実施から 10 年間で、新築建築物では 28 億 kWh
程度の省エネが実現すると予想されている。また、CO2 排出量については、当初の 10
年以内に 196 万トンの削減が見込まれている。
他の施策・プログラムとの連携
香港特別行政区行政長官は、2008~2009 年および 2009~2010 年の施政方針演説
において、香港政府が今後も低炭素経済の推進に努めていくことを発表した。BEEO
はその目標達成に向けて制定された、香港政府の重要政策として位置付けられる。
II. プログラムへの投入資源
設計・実施段階での投入資源
BEEO の設計に携わった人材は、Environment Bureau(環境局)(ENB)および EMSD
の行政職員と専門技術者 5 名のチームである。設計から本格実施に要した期間はお
よそ 5 年である。BEEO の原案作成に先立ち、海外建築物の省エネ手法研究に外部
コンサルタント 1 名を起用した。これに加え、原案作成段階での情報交換を推進する
ため、約 30 の専門機関、事業者団体、大学、政府部局からの代表者から成る技術委
員会、また約 10 の貿易機関からの代表者で構成される貿易作業部会が設置された。
条例の制定に進む前に、一般市民や各界のステークホルダーから意見を聴取するパ
ブリックコンサルテーションも開催された。
BEEO は規制という位置付けであるため、その設計・実施に対する総合予算の配分は
ない。
III. プログラムの成果
順守率
BEEO は実施の初期段階にあるため、順守率はまだ確定していない。実施の開始時
点で建築物の所有者に 6 ヶ月間の猶予期間を通知し、順守率の向上を図っている。
現在のところ、違反者の捜査・起訴が BEEO の焦点となっている。
香港特別行政区政府提供。Copyright © 2014
–53–
進捗状況と評価
これまでに収集したデータでは、BEEO が国レベルの気候変動対策目標にどれほど
近付いているかの有意な評価は行えない。BEEO が 2012 年 9 月に発足して間もない
という事情もある。また、ベンチマーキング用に建築物のエネルギー性能データを収
集することが BEEO の目的ではなく、建築物の所有者にエネルギー性能データの報
告を義務付ける規定もない。しかし、香港の建築物セクターのエネルギー消費データ
は現在も 3 種類の情報源から収集されており、今後行われる分析や基準値設定、あ
るいはベンチマーキングにも有効利用されるものと思われる。
最初の情報源は、EAC が義務付けているエネルギー監査報告書であり、ここに 4 つ
の基幹サービス設備に関する詳細情報が蓄積されている。第 2 の情報源は BEC に
準拠する建築物であり、ここから設計段階のデータが得られる。第 3 の情報源は、
Hong Kong Energy End-use Data (HKEEUD)(香港のエネルギー最終用途データ)と
題した包括的なエネルギー使用状況調査である。BEEO の正式な一部ではないが、
この調査は EMSD が管轄しており、各企業はこれに基づいて建築物を始めとする各
セクターでのエネルギー消費を研究している。調査結果は一般に公開されており、エ
ネルギー燃料種類別の消費データおよび燃料の使用目的(空調・照明・料理等)を
開示している。このデータはエネルギー消費の実態把握に役立つとともに、市民の意
識向上にも一役買っている。香港特別行政区政府も、エネルギー施策の策定・評価
にこの情報を活用している。
BEEO 関連で収集されたデータ(設計およびエネルギー監査データ)の正確性・信頼
性は、専門技術者である REA の双肩にかかっている。一方、HKEEUD の場合、デー
タの正確性・信頼性は調査で得られた情報の品質によって決まる。なお、BEEO には
REA の登録に必要な資格・知識・経験等に関する規定も含まれる。
改修市場に対するプログラムの影響
BEEO の主要目的は、香港の建築物のエネルギー効率を改善することであり、改修
への市場需要を高めることではないが、この現象が一定程度、間接的に発生している
ことは事実である。BEEO の主な影響として、以下の 2 点が挙げられる。
1. ビルオーナーとテナント間のスプリットインセンティブ問題の緩和
ビルオーナーとテナントの間で生じるスプリットインセンティブは、香港の不動産市
場にかなり以前から見られた問題である。ビルオーナーとテナントの双方が、ビル
のエネルギー効率改善に向けた高額な初期投資をきらうことがその発端となる。オ
ーナー側にとっては、こちらは出費を迫られるだけで、光熱費の長期的節約という
メリットを受けるのはテナント側である。一方、テナント側にとっては、こちらの投資
は自分の持ち物でない物件の改善に費やされることになる。BEEO が制定されるま
では、グリーンリースやグリーンプレミアムが普及していないこともあり、スプリットイン
センティブがこの先も続くと見られていた。BEEO がビルオーナーに建築物の改修
を義務付け、テナントによる改修工事費用の共同負担を免除することでこの問題
は大幅に緩和されたのである。
–54–
2. 建築物の省エネ化に対する地元の期待の高まり
BEEO は 4 つの基幹サービス設備の省エネ化について、最低限の要件のみを定
めている。当初は、これにより建築市場で新たな省エネ化の機運が高まると予想さ
れたが、BEEO の規制的な性質から、この潮流は規範へと変化した。今後、建築
市場では、最低限の省エネ基準を満たす建築物が求められることになろう。
IV. プログラムから得られた知見
IV-i 主な成功要因
ステークホルダーエンゲージメント
BEEO 担当チームは、設計段階で建築物に携わるステークホルダー(ディベロッパー、
オーナー、テナント、不動産管理会社、諸機関、専門家、事業者団体等)と設計面に
ついて情報交換を行った。その結果、BEEO の原案作成に先立ち、条例に関する要
件を確認することができた。ステークホルダーに参加意識を持ってもらい、また各自の
意見が条例の原案作成に活かされると自覚してもらう上で、可能な限り多くのステーク
ホルダーを参画させることが不可欠であった。ただし、これだけでは地域社会の意見
や関心を十分に吸い上げられないことも判明したので、BEEO チームは条例実施後も
ステークホルダーからの意見聴取を続けている。その原動力になったのは、この条例
が建築業界による対策を求めるものであるにせよ、「条例を効果的に実施するにはス
テークホルダーの支持を得る以外にない」という認識であった。
ただし、ステークホルダーの全員に BEEO の詳細な規定を理解できるだけの専門知
識があるわけではないので、地域社会の理解や賛同を得るには推進・普及の取り組
みが欠かせない。BEEO チームは市民に加え、建築分野を代表する Hong Kong
Institution of Engineers(香港技術者協会)等の機関、さらには空調、電力設備、エレ
ベーター、エスカレーター等の各種ビルサービスに携わる事業者団体とも、100 回以
上にわたり会談を行った。
建築業界による協力
香港の建築物は 40,000 棟を超え、さらに毎年 200 棟のペースで増加を続けている。
そこで、ビルオーナーに接触する膨大な人的資源が必要になってくるが、BEEO 実施
チームの現在のリソースでは十分な対応が困難である。この事態に対処する打開策
の 1 つが、建築物の省エネ認証およびエネルギー監査を REA に委託することであっ
た。REA は必ずしも第三者とは限らず、ディベロッパーやビルオーナー・テナント直属
のスタッフが務める場合もある。そのため、REA からの提出物は一種の自己申告とし
て機能している。BEEO チームは他の政府機関とも協働して実施への支援を仰いだ。
また、ビルオーナーや建築物営業許可書について情報を入手するため、香港特別行
政区政府の Land Registry and the Buildings Department(土地登記・建築物部門)と
密接に連携した。
BEEO 実施チームが新築建築物に比較的容易に接触できることは判明しているが、
これは建築物の着工に必要な許可証・免許証の管轄機関と協働することによる。これ
と逆に、既存建築物に接触してエネルギー監査や大規模改修の記録を調査すること
–55–
は困難である。エネルギー監査結果の提出が法律で義務付けられているため、その
順守状況を調査することは比較的容易だが、大規模改修の報告内容検証は REA に
依存するプロセスでもあり、それほど容易でない。不適合が発見されるたびに、調査
のため担当者が派遣されるというのが現状である。
IV-ii 主な課題
スプリットインセンティブ問題に起因する地元の反発
前述のように、スプリットインセンティブ問題はかなり以前から、香港における建築物の
エネルギー効率改善に対する大きな障害となっている。BEEO の施行以来、ビルオー
ナーは具体的な省エネ対策をとることが義務付けられているが、これがビルオーナー
を中心に地域社会からの反発を招いている。こうした反発は、一般に BEEO 要件の不
履行という形をとることが多い。大規模改修と同時にエネルギー効率の改善を図るた
めに BEEO が施行されていても、数件の不履行事例が報告されていることから、ビル
オーナー・テナント間のスプリットインセンティブ問題において「ゼロサム」状態が完全
に解消されていないことがうかがわれる。
こうした反発への対策の 1 つとして、Buildings Energy Efficiency Funding Scheme
(BEEFS:2009 年 4 月~2012 年 4 月)(建築物省エネ融資制度)の導入が挙げられる。
BEEFS は 4 億 5,000 万香港ドルの助成金を通じて、ビルオーナーにエネルギー・炭
素排出監査(ECA)および省エネ改修の実施を奨励するものであった。BEEFS は建
築物エネルギー効率化に対する地元の意識向上に大いに寄与するとともに、不動産
所有者・管理者が CO2 排出量削減および建築物エネルギー性能改善への具体対を
講じる契機ともなっている。その主な成果を以下に示す。
 6,400 棟以上の建築物への助成:香港の全建築物の 1/7 程度に相当
 建築物改修市場の活性化:照明の交換といった単純な措置から、空調、エレ
ベーター、エスカレーターを含む大規模な改修へ発展
 不動産管理者と専門技術者による分野横断型の協働:低炭素経済がもたらす
機会の活用
 エネルギー・CO2 監査関連研修会の開催:1,200 名ほどを対象に研修施設・機
関で 20 回以上開催
 プロジェクト全体での推定省エネ実績:約 1 億 8,000 万 kWh/年(CO2 換算で約
126,000 トンに相当)
周知活動および人材の制約
これから対処すべき主な課題として、BEEO の効果的な施行に必要な包括的な規制
措置の整備が挙げられる。さらに、組織・個人への啓蒙活動やアウトリーチ活動を通
じて条例の順守を推進する周知活動が不足しており、多数の建築物所有者に接触
できるだけの人的資源も十分に確保されていないことから、BEEO を有効に実施する
ことへの障害は大きいと言わなければならない。
BEEO の施行に際しては違反者の捜査・起訴という問題も見られたが、これは BEEO
が香港で初めて、建築物内部の電力・機械設備のエネルギー効率を直に規制する
–56–
条例であることによる。BEEO の実施は地域社会にとっても、BEEO 実施チームにとっ
ても、新たな経験を積む場となっている。
参考資料一覧
アジア太平洋エネルギー研究センター、2013 年、「APEC 2012 省エネ施策大要」。
http://aperc.ieej.or.jp/file/2014/1/27/CEEP2012_Hong_Kong_China.pdf
司法省、「建築物省エネ条例 CAP 610」、香港特別行政区政府。
http://www.legislation.gov.hk/blis_ind.nsf/WebView-OpenAgent&vwpg=CurAllEngD
oc*607.1*100*607.1#607.1
機電工程署、2014 年、「建築物省エネ条例」、香港特別行政区政府。
http://www.beeo.emsd.gov.hk/en/mibec_beeo.html
機電工程署、2014 年、「省エネと環境保護の推進:エネルギー最終用途データおよび
消費指標/ベンチマーキングツール:香港のエネルギー最終用途データ」、香港特別行
政区政府。
http://www.emsd.gov.hk/emsd/eng/pee/edata.shtml
能源效益事務處、機電工程署、「建築物省エネ条例(Cap. 610)、建築物エネルギーコ
ード(BEC)、エネルギー監査コード(EAC)について」、香港特別行政区政府。
http://www.aiib.net/files/2012-08-02%20Technical%20Training%20Course/1.%20Ir
%20David%20Li%20BEEO&BEC&EAC.pdf
シュナイダー・エレクトリック、2011 年、「建築物省エネ条例の事業所に対する影響およ
びそれへの対応策」
http://www.schneider-electric.com.hk/documents/Presentation_Material/May13_Schn
eiderElectric.pdf
–57–
4.2.2 ヒューストン:Houston Green Office Challenge (HGOC)(ヒューストン・グリーンオフ
ィスチャレンジ)
要旨: 法律の力に頼るのではなく、自主参加型プロジェクト「ヒューストン・グリーンオフィスチ
ャレンジ」は、オフィスおよびビルのエネルギーと水の消費と廃棄物に関する総合的サ
ステナビリティを追求するプログラムである。このプログラムは、交通手段の選択やグリ
ーンオフィス実現への参加などの、従業員の行動変容にも取り組む。
都市全体での削減目標
詳細は未定。
建築物に特化した削減目標
ヒューストンは、米国エネルギー省の Better Buildings Challenge(ベタービルディングチャ
レンジ)の地域パートナーとして参加している。このイニシアティブの目標は、同市の 3,000
万平方フィートのビル(市所有の 700 万平方フィートのビルを含む)のエネルギー消費を
2020 年までに、2008 年レベルから最低で 20%削減することである。また、米国のエネルギ
ースターや LEED 認証を受けたビル数を最大にすることも目指している。
I.
プログラム内容
概観
Houston Green Office Challenge (HGOC)(ヒューストン・グリーンオフィスチャレンジ)は、
2010 年秋に開始され、2011 年 1 月に公式に始動した、自主参加型の年次プログラム
で 、ヒ ュ ー スト ン Mayor’s Office of Sustainability ( 環 境 に 優 しい 市 長 執 務 室 ) 、
ICLEI-Local Governments for Sustainability(ICLEI-持続可能性をめざす自治体協議
会)と Clinton Climate Initiative(クリントン気候イニシアティブ)が協働で推進している。
目的は、業務用施設管理者、ビルオーナー、事務所テナントに、サステナビリティとグリ
ーンビル管理を指導し、成果を表彰して、友好的で自発的な取り組みを競うように奨励
することである。このプログラムが対象とするのは、エネルギーと水の消費、廃棄物の発
生、交通、ビル管理、テナントの取り組み、従業員へのアウトリーチである。現在このプ
ログラムには、面積約 7,500 万平方フィート(sq ft)の 375 のビルとそのテナントが参加し、
市の評価を受けるため、データと情報を開示している。初年度末には、優れた成果に
対して報奨が与えられ、公式に市が顕彰して、メディアの高い注目を集めた。
主な要素
このプログラムは、テナントと施設管理者やビルオーナーそれぞれに合わせたツール
や評価方法を採用して、両者の参加を促している。施設管理者やビルオーナーは、
EPA(環境保護庁)の ENERGY STAR Portfolio Manager(エネルギースター・ポート
フォリオマネジャー)や ICLEI の Green Business Challenge reporting platform(グリー
ンビジネスチャレンジリポーティングプラットフォーム)を使用する。これらふたつのツー
ルによって、エネルギーと水の消費、廃棄物の排出と、テナントの取り組みを評価する。
一方、テナントは、専用に作られた Green Business Challenge reporting platform(グリ
–58–
ー ン ビ ジ ネ ス チ ャ レ ン ジ プ ラ ッ ト フ ォ ー ム ) 上 の Green Office Challenge Tenant
Scorecard(グリーンオフィスチャレンジ・テナントスコアカード)を使用して進捗追跡を
するようになっている。Tenant Scorecard(テナントスコアカード)を採用することによっ
て、エネルギー使用や廃棄物、交通手段の選択やアウトリーチといった分野の従業員
の 行 動 に 影 響 を 与 え る グ リ ー ン オ フ ィ ス 戦 略 の 評 価 が 促 進 さ れ る 。 こ の Tenant
Scorecard(テナントスコアカード)にはベースラインスコアがあり、成果を改善するため
のさまざまな方法も提案する。スコアは成果を 4 段階に分けている。Tier 1-Platinum
(Tier I プラチナ)(76~100 ポイント)、Tier 2-Gold(Tier 2 ゴールド)(51~75 ポイント)、
Tier 3-Silver(Tier 3 シルバー)(26~50 ポイント)、Tier 4-Bronze(Tier 4 ブロンズ)(15
~25 ポイント)である。このプログラムは、それぞれの対象分野について、ビルの物理
的な性能とともに、従業員の仕事やライフスタイルを考慮した行動変容や職場対策に
も等しく重点を置いている。この観点から、本プログラムは、単にエネルギー効率に対
する取り組みを超えて、サステナビリティを追求する総合的なプロジェクトと理解される
べきである。
HGOC のもうひとつの大きな特徴は、参加者に上記の分野の環境性能改善への取り
組みを促す教育機会を提供することにある。HGOC は、オフィスのエネルギーや水の
消費量を削減し、テナントや従業員の環境に対する行動変容を促進する無料の研修
やセミナー、ワークショップ、オンラインセミナーなどを実施している。他にも、ビルやオ
フィスのサステナビリティ向上を実現するための実施しやすい戦略の紹介、Portfolio
Manager(ポートフォリオマネジャー)のアカウント設定の支援、HGOC のスポンサーに
よる無料のエネルギー監査の紹介や、市や地域の公益事業体からの省エネ改修へ
の経済的インセンティブの紹介なども行っている。
このプログラムで大きな成果を上げた場合、ヒューストン市長と市が主催する表彰式で
表彰され、メディアに取り上げられる。
ヒューストン市提供。© 2014 (Richard Carson)
–59–
プログラム全体の目標
HGOC 全体の目標は、環境性能とサステナビリティの向上を目指して、業務用ビルの
オーナーやオフィステナントのリーダーシップを育て、エネルギーと水の使用の削減と
廃棄物転換の増加への取り組みへの民間部門の参画を促すことである。具体的な目
標は、i) ビルオーナーや施設管理者、テナントにサステナビリティに関する知識やツ
ー ル、教 育 の 機 会 、資 金 を提 供 して、グ リー ン ビ ルへ の 取 り組 み を支 援 す る。 ii)
ENERGY STAR(エネルギースター)や LEED 認証のビル数を国内一にするために貢
献する、という 2 点である。この目的の達成を目指して、ヒューストンは、単に石油とガ
スに依存する都市から、エネルギーの多様性を誇り、再生可能エネルギーやエネル
ギー効率の高い都市へとそのイメージを変貌させる道を模索している。
プログラムの対象と範囲
HGOC が対象としているのは、ビルのオーナー、施設管理者とテナントである。市内の
すべてのビルのテナントや施設管理者に参加の資格がある。業務用建築物を対象と
しているのは、市全体の GHG 排出削減に最も大きく貢献するのがこのセクターである
という認識からである。これから始まる 2014 Challenge(2014 年のチャレンジ)年では、
Class A(クラス A)のビルはもとより、運用定義の未だない Class B, C(クラス B、C)の
業務用建築物への取り組みも強化される。
 Class A(クラス A)
市街地に立地する大規模オフィスビル。総床面積 500,000m2 以上で、1 階はス
ーパーハード仕上げ、クリアハイト 30 フィート以上が該当する。
 Class B(クラス B)
クラス A より規模は小さく、築 10~15 年のビル。都市部近郊に立地する。
 Class C(クラス C)
低価格ビル。郊外に立地し、50,000m2 以下の小規模ショッピングセンターや軽
工業品工場がある。
II. プログラムへの投入資源
設計段階での投入資源
HGOC の設計開発には、3 ヵ月から半年、FTE(専従)職員 2~3 名を要した。このプロ
グラムには 12 の企業から 21 万米ドル、3 社から現物支給で約 35,000 米ドルの協賛
を受けた。職員の割当てを受けた以外は、市からは資金の補助はなかった。
プログラムの作成にあたってヒューストンの担当者は、グリーンオフィスチャレンジに
ICLE モデルを実施した米国内の他の都市の経験を参考にした。特にシカゴの例は
非常に役立った。米国外では、ロンドンの例から、事例と起こりうる障害について貴重
な知識を得ることができた。他都市から得られた重要な教訓は、ステークホルダーの
参加がないまま単独で設計されたトップダウン方式のプログラムはうまくいかないという
ことだった。
–60–
実施段階での投入資源
このプログラムの実施に投入されたリソースは、FTE1 名とマーケティングとコミュニケー
ション予算 5,000 ドルであった。チャレンジイヤー初年度末には、2 名の職員がデータ
分析に加わった。
ステークホルダーの参加は、参加者のニーズと関心分野を反映する最も良い方法とし
て、プログラムの設計戦略の中核であった。取り組み課題の提案に対する意見の収
集や、取り組みへの支持をとりつけて、参加を奨励する目的で何度か会議が行われ
た。ステークホルダーは、公益事業体、シェル、シーメンスなどの民間スポンサー、
NPO、米国 Green Building Council(グリーンビルディングカウンシル)地方支部など
の専門家協会や政府機関等であった。
このプログラムは、経済的サポートをする多数のスポンサーや支持団体からさまざまな
形で支援を受けた。地元 NPO のアウトリーチ・サポートやシーメンス社による無料エネ
ルギー監査、CenterPoint Energy による、活用できるインセンティブプログラムや電気
電子機器廃棄物(e-waste)の無料回収やリサイクリングについての情報提供などもあ
った。さらに、産業界、政府、市民から成る広範なステークホルダーの協力によって、
ビルオーナーとテナント両方のプログラムへの参加募集が進められた。
2014 年 5 月、ヒューストンは米国 ICLEI と ICLEI の全国プログラムのスポンサーOffice
Depot から 2 万米ドルの賞金を受け取った。この支援は、Green Business Challenge
Implementation Pack(グリーンビジネスチャレンジ実施パック)と呼ばれ、現物支給の
寄付や、ソフトウェア、技術支援や指導を含む 2 万ドル相当が与えられる。この資金は
市に、3 つの関連事業(例:地元プログラムの開始、研修実施、表彰式)の実施とプロ
グラムのウェブサイトの強化も求めている。
エネルギーデータ収集の主な測定基準と報告体制
施設管理者とビルオーナーのデータ収集の主な測定基準は、電気・天然ガス・水の
消 費 量 、 廃 棄 物 と リ サ イ ク リ ン グ の 量 で あ っ た 。 こ の デ ー タ は 、 ICLEI の Green
Business Challenge platform(グリーンビジネスチャレンジプラットフォーム)と EPA の
ENERGY STAR Portfolio Manager(エネルギースター・ポートフォリオマネジャー)で
収集された。一方、テナントは、エネルギーデータを直接報告することは求められなか
ったが、報告年度中にオフィスで開始された対策や取り組みに関して情報提供をする。
この情報も、ICLEI の Green Business Challenge platform(グリーンビジネスチャレンジ
プラットフォーム)から報告する。
III. プログラムの成果
Challenge yea(チャレンジイヤー)初年度にこのプログラムは、合計 375 のビルとテナント、
ビルの床面積にして約 7,500 万平方フィートを対象に活動した。このプログラムのサステ
ナビリティへの効果について、市当局者は、次のように報告している。
 エネルギー消費量を 2,800 万キロ時削減
 水の消費量を 2 億 8,000 万リットル削減
–61–
 参加テナントによるオフィスでのリサイクル率は 90%に上り、40%が埋立地から救わ
れた。
さらに、同時期に半数を優に超える参加テナントが、フレックスタイムや在宅勤務、駐輪
場の設置、紙の消費の低減対策などのさまざまなサステナビリティ対策を採用した。
改修市場に対するプログラムの影響
市当局者は、このプログラムが改修市場の活性化に一定の役割を果たしていると報告
している。これを受けて、ヒューストンの建設部門で起こっている改修工事の中心的推
進要因について考えてみることにする。例えば、LEED の認証を受けた既存ビルの数
が最近急激に増加している。過去 2 年間に 850 万平方メートル以上が認証を受けてい
る。現在ヒューストンは米国で 5 番目に LEED 認証ビルが多く、ENERGY STAR(エネ
ルギースター)ビルの数は第 10 番目である。改修市場の発展の要因のひとつは、
LEED の認証を受けていないビルの市場での競争力が落ちているという認識である。
既存ビルの LEED 認証の増加の一環として、改修工事が当然増加してきた。より大き
な市場の変貌のなかで、比較的規模の小さい Class B, C(クラス B や C)のビルが、
LEED やエネルギースターの認証を受けることができるということを示したことで、HGOC
は、LEED 認証と Energy Star(エネルギースター)認証ビルの増加に貢献してきた。
プログラムのもう一つの大きな成果は、他のビルオーナーや事業主の成功例を知る機
会のなかったプログラム参加者の間で、知識の共有ができたことである。ヒューストン
は、この情報の共有が、省エネ改修工事を後押しし、参加ビルのエネルギー効率の
改善が進んでいるとしている。また、すべての成功例が Class A(クラス A)のビルでは
なく、多くはより規模の小さい Class B, C(クラス B や C)のビルの例であったことも注目
すべきである。
IV. プログラムから得られた知見
IV-i. 主な成功要因
ステークホルダーの巻き込み
ヒューストンは、プログラムの対象としたいビルから意見を聞き、彼らの懸念と希望を吸
い上げ、プログラムの設計に大幅なフレキシビリティーを持たせようとした。その中でも
力を入れたのが、ビルのオーナーや管理者に加えて、ビルのテナントのプログラムへ
の巻き込みだった。ステークホルダーとの協議期間を設けたことで、重要でない分野
を明らかにすることができ、これらの分野は後にプログラムの焦点から外された。
このような早い段階からステークホルダーの巻き込みを図ったことは、市が、プログラム
の開始時から賛同者の強力なネットワークを作ることができたということを意味している。
市担当者は、施策の押し付けは嫌うが、経済的手法による奨励を好む、というヒュース
トンスピリットを十分に活用することを目指した。
–62–
ビルのオーナーや管理者に加えたテナントの巻き込み
プログラムの参加者の半数がテナントであるため、プログラムの特徴となり、推進力と
なるもののひとつが、テナントの参加機会を増やすという取り組みである。テナントの巻
き込みを図るため、教育セミナーや、テナントがグリーンオフィスづくりにどのように取り
組んでいるかという経験を共有するネットワークづくりのイベントなどを開催している。
第二年度には、環境に対する行動変容のワークショップが HGOC 参加者を対象に開
催された。さらに、施設管理者やオーナー向けにも、エネルギー使用、廃棄物、水の
消費の他に、テナントの巻き込みに関する項目が加えられた。
エネルギー効率だけではなく、総合的なサステナビリティをめざす
HGOC プログラムの特徴は、エネルギー効率という狭い観点だけではなく、持続可能
な発展(サステナビリティ)(社会やライフスタイルという側面を含む)という総合的な目
標である。この姿勢は、交通政策や、廃棄物やリサイクル、アウトリーチや従業員の行
動変容についての指標だけでなく、ビルのオーナーや管理者、テナントを同時にター
ゲットとしていることにも表れている。ビルのサステナビリティを実現するより広いアプロ
ーチの採用は、上記のステークホルダーとの協議プロセスを経た結果でもある。この
包括的プログラムは、単にエネルギー効率だけを目指すプログラムとは異なり、グリー
ンオフィス実現への幅広いアプローチを可能にし、業務用ビル部門全体のサステナビ
リティに対する効果を最大限発揮することができている。
多様なビルの種類と専門性を対象とする
HGOC の効果を上げる主要要素は、ビルの多様性とサステナビリティを実現する多様
な専門知識である。すでに述べたように、HGOC は Class A, B, C(クラス A~C)のビル
を対象に、ビルの多種類に及ぶ性能の向上に向けて設計された。これらのビルのいく
つかは、オーナーが多額の投資を行い、すでにフロントランナーとしてベストプラクティ
スの例となっている。設計段階でのステークホルダーとの協議が、ビルの建物のベー
スイヤーからのエネルギー効率だけを対象としてプログラムでは、多くのビルオーナー
の参加が得られず、省エネ改修に必要な投資が行われない可能性があることが判明
した。さらに、すでに高レベルのエネルギー効率を達成している先進的ビルやベスト
プラクティスのモデルビルの参加が得られない危険性もある。このような問題の発生を
防ぐため、HGOC は、エネルギーだけでなく、多様な種類のビルや専門知識を必要と
する、範囲の広い持続可能な発展につながる分野を対象として設計された。
「マーケティングツール」としての市長
もう一つの戦術は、市長を表彰式で公式な優良ビルの認定者にすることであった。賞
は市長から手渡され、式典では表彰者と写真を撮る。市長から直接顕彰されるという
ことが、一種のマーケティングツールとして利用され、プログラム実施中に参加者全員
に通知された。これにより、プログラムが市の全面支援を受けていることを示すことがで
きた。市長から公式に認められるということが、競ってプログラムに参加し、良い結果を
得ようという機運を高めるのに役立った。
–63–
コミュニケーションと関係の構築
HGOC の大きな成功要因は、e メールや電話や直接会っての会議などを通じて、参加
者との関係を密にし、コンスタントにコミュニケーションをとっていることである。これは、
限られた人数のスタッフと参加者の多様さを考えると、当局にとって負担になることだ
が、プログラムの初期段階でステークホルダーを巻き込むことは、さまざまな参加者と
の強力な関係を築き上げる基礎となる。
核となるスタッフの採用
プログラムの成功には、プログラムの目標と活動にふさわしい能力を持つスタッフを確
保することも必要である。例えば、中核となるスタッフの高いコミュニケーションスキル
やグリーンビルプロジェクトについての予備知識は、ステークホルダーの支持と参加を
得るために不可欠である。したがって、市は、ステークホルダーの巻き込みに役立つ
効果的かつ積極的コミュニケーションスキルを持つ知識のあるスタッフの採用に努め
た。
IV-ii. 主な課題
コミュニケーション
参加者とのコンスタントなコミュニケーションが、プログラムの主要な推進要因の一つで
あると述べたが、市が、スタッフ数と時間の制約によって参加者と緊密な関係が築け
ない場合もあった。多数のスタッフやアウトリーチのリソースをつぎ込めないことは、後
のデータの報告段階で問題となった。
データの検証
HGOC の大きな限界のひとつは、ENERGY STAR Portfolio Manager(エネルギース
タ ー ・ ポ ー ト フ ォ リ オ マ ネ ジ ャ ー ) や ICLEI Green Business Challenge reporting
platform (ICLEI グリーンビジネスチャレンジのリポーティングプラットフォーム)に提出
するデータの整理や検証が十分にできないことである。データが不正確なことが判明
した場合のみ(例:選択したエネルギー単位が違っている)、回答の分析を担当する
二人のスタッフが参加者に連絡し、正しい単位を選択するように指示した。
経済的インセンティブ
プログラムへの参加を促すため、ヒューストンは当初、エネルギー効率インセンティブ
プログラムを使い、インセンティブスキーム(奨励金付ローンを含む)作ろうとした。これ
は、一定の基準を満たすエネルギー効率の改善に必要な資本コスト(人件費と資材)
の 20%までを補助するというものであった。しかしこのスキームはあまり成功しなかった。
主な原因は、短期資金であったことと、連邦の助成金を使用したため、申請手続きが
非常に複雑で時間がかかったことである。加えて、改修について規定された条件が厳
しいため、多くの場合、申請者に追加費用が生じて、プログラムから得られる利益がな
くなってしまうことがあった(例:独立エネルギー業者を使うことや、組合の給与条件を
守ること、など)。これらの厳しい条件の設定は、融資インセンティブの提供者が要求
していた。
–64–
このような複雑さにもかかわらず、一部のビルオーナーはエネルギー効率インセンティ
ブプログラムを活用に成功した。しかし大部分の参加者にとってのこのプログラムに参
加する最も大きな利点は、知名度が上がることと、市長や業界同業者から環境の優良
企業として認められることであった。これは、市場でテナントを奪い合っている大規模
市街地ビル(クラス A)に特にいえることであった。
今後経済的インセンティブプログラムを導入する際教訓となり得るのは、長期資金を
確保することが大切だということである。ヒューストンの例が示しているように、すぐに尽
きてしまう短期資金インセンティブはあまり効果がない。長期的視点と長期計画を持
つ公的部門のビルや高等教育機関の多数の参加を確保するには長期資金が特に
重要である。融資期間についてしっかりした規則を設定しているリボルビングファンド
や低い金利設定も解決策となりうる。各プロジェクトには、認証を受けたエネルギーエ
ンジニアの参加や、市とプログラム参加者両者の事務コストを削減するシンプルな回
収計画も必要である(月ごとではなく、1 年 1 回など)。返済は、ビルオーナーが破産し
た場合に返済が不能になるため、ある種の不良債務の貸倒準備金も必要である。
参考資料一覧
ヒューストン、「ヒューストン・グリーンオフィスチャレンジ」。
http://www.houstongoc.org/
ヒューストン、2012 年、「アニエスパーカー市長がグリーンオフィスチャレンジ章を発
表」。
http://www.houstongoc.org/sites/default/files/u10/Green%20Office%20Challenge%2
02012%20AWARD%20Release%20FINAL_0.pdf
ヒューストン先端技術センター、「ヒューストン市・省エネインセンティブプログラム」。
http://eeip.harc.edu/
ヒューストン・グリーンオフィスチャレンジ、「省エネインセンティブプログラム」。
http://www.houstongoc.org/eeip
ヒューストン・グリーンオフィスチャレンジ、「FAQ」。
http://www.houstongoc.org/faq
環境保護庁、2014 年、「ENERGY STAR 認証建築物が多い都市ベスト 10」。
http://www.energystar.gov/buildings/topcities
米国エネルギー省、「ベタービルディングチャレンジ:ヒューストン」。
http://www4.eere.energy.gov/challenge/sites/default/files/uploaded -files/Houston-pla
ybook.pdf
米国グリーンビルディング協会、「テキサス州ヒューストン」。
http://www.gbig.org/places/6209
–65–
4.2.3 メルボルン:1200 Buildings(1200 ビルディング)プログラム
要旨: 1200 Buildings(1200 ビルディング)プログラムは、1200 の業務用建築物について、所
有者による環境性能の現状評価を支援して建物の改善を推奨するとともに、革新的
資金支援システムを提供することによって、建物の省エネ改修を促進することを目的
としている。
都市全体での削減目標
メルボルンは、Zero Net Emissions by 2020(2020 ゼロ・ネット・エミッション)という極めて野
心的な戦略を進めており、2014 年最新版で明言しているように、2020 年までに気候ニュー
トラルを達成することを目指している。
建築物に特化した削減目標
1200 Buildings(1200 ビルディング)プログラムは、2020 年までに 1200 の既存業務用ビル
のエネルギー効率を 38%向上させることを目標としている。これは、推定で CO2 の年間
383,000 トンの削減に相当する。メルボルンはまた、既存業務用ビルについて、2015 年ま
でに National Australian Built Environmental Rating System (NABERS)(全オーストラリア
建築物環境性能格付制度)の平均 4 つ星の評価を達成するという中間目標を設定してい
る。
I.
プログラム内容
主な要素と概要
1200 Buildings(1200 ビルディング)プログラムは、メルボルンの 1200 の業務用建築物
のエネルギーと水の消費量の大幅削減と埋立地に向かう廃棄物の削減を加速する
10 か年戦略として、2010 年に開始された。このプログラムの中心戦略は、建築物部門
の脱炭素化である。この自主参加プログラムは同時に、環境効率の高いビルの需要
を刺激して雇用とビジネスチャンスを創出することによって、メルボルンのグリーン経済
への移行を加速することも意図している。
このプログラムの設計には、以下の要素が考慮されている。
 ビル所有者や管理者に、エネルギー効率の高いビルのメリットについて啓蒙す
る。
 ビルの省エネ改修や、ビルの環境性能を監視する産業能力を高める。
 魅力的で活用しやすい財政支援を提供する。
 ベストプラクティスや新しい技術に関する知識の共有や紹介をする。
1200 Buildings(1200 ビルディング)プログラムは、模範プログラムを示し、行動変容を
触発することを目指している。ビル所有者には、それぞれの関心度と能力、改善の必
要性に合わせた、さまざまな参加機会が提供される。このプログラムの作成初期段階
で行われた調査で、ふたつの所有者グループが識別され、以下のふたつのアプロー
チが生まれた。
–66–
1. リーダーシップグループ:ビルの法人所有者
ビルオーナーである企業数社が、1200 Buildings(1200 ビルディング)以前のプ
ログラム Building Improvement Partnership(ビル改修パートナーシップ)に参加
し、以来、所有するビルの改修に効率的なアプローチをとっている。参加してい
るビル所有企業には、自社ビルの高い性能を紹介し企業の社会的責任を果た
している様子を示すという利点がある。これら参加ビル所有企業の協力を得て
模範プログラムサービスが開始され、使用できる人員やリソースの程度によって
活用することができるようになっている。模範プログラムサービスには、地域プロ
ジェクトやエネルギーグリッド・プロジェクト、廃棄物処理、行動変容を触発する
アート委員会プロジェクト、気候変動適応、スタッフ研修、ビルキャンペーン、特
別経済支援プロジェクト(Environmental Upgrade Agreements – EUAs:環境性
能向上合意)、共同提唱プロジェクトなどがある。
2. 標準以下の性能のビル:中間層
1200 Buildings(1200 ビルディング)プログラムの対象はほぼすべてがこのグル
ープである。個人所有のビルの大部分は、中規模から大規模なエネルギー効
率改善の必要性がある。これらのビルの所有者の、ビルの省エネ改修のもたら
す便益や省エネについての意識は一般に低い。この層のビル所有者に提供さ
れるサービスには、資源へのアクセス、施設管理についての研修、資金援助の
申込みの支援、テナント評価、基本的ビル評価、ビル所有者とテナントの協議
の支援、地域キャンペーン、報奨、報告、プロモーション、教育機関との連携に
よるサポートなどがある。
プログラム全体の目標
このプログラムの具体的目標は、1200 のビルのエネルギー効率を 38%向上させて、
市の気候ニュートラル実現に貢献することである。現在業務用建築物部門の排出量
が市全体の温室効果ガス排出量の半分以上を占めていることから、業務用ビルのエ
ネルギー効率を 2020 年までに 38%向上させれば、市全体の CO2 排出量の年間
383,000 トンの削減が実現するだろう。
プログラムの他の目標
 水消費の大幅削減
 グリーンプロダクツやグリーンサービスの需要を増やすことで、地域経済の発展を
促進する。
 ビル内外の温度を下げ公害を低減することによって、テナントと市両者にとってより
健康なビルをめざす。
プログラムの対象と範囲
本プログラムの主目的は、オフィススペースを有する既存業務用ビルの所有者や建
物・施設管理者の参加を促すことである。ホテルや大学、小規模工場やレクレーショ
ン施設も含まれる。オフィスビルは、オフィス部分が 70~100%あることと定義されてい
る。併用使用のビルのオフィススペースは 1~69%で、大部分が、オフィス部分と駐車
–67–
場、小売店舗や居住スペースがあるのが特徴である。
Zero Net Emissions by 2020(2020 ゼロ・ネット・エミッション)の 2008 年最新戦略は、
1200 の業務用ビルは、総床面積 560 万 m2 を占めると述べている。このプログラムは、
1200 の建物の省エネ改修を進め、メルボルンのオフィススペースのある業務用建築
物ストックの約三分の二を対象としている。
1200 Buildings(1200 ビルディング)プログラム自体が全市を対象に展開される一方で、
プログラムが提供するインセンティブは、市場調査の結果、市の特定地域内の一定の
所有者グループを対象としたものになっている。
メルボルン市提供。Copyright © 2014
個人所有者:中間層
メガシティーに比べて、メルボルンの中央ビジネス街には、大規模オフィスビルや超高
層ビルは比較的少ない。業務用ビルの大部分は、Property Council of Australia (豪
州不動産評議会)が B、C、D、と定義する中間層の建物である。この等級システムは、
ビルの規模、設計、立地、環境性能、セキュリティーや、エレベーターや空調などのア
メニティーの設置状況など、多様な指標を考慮している。つまり、このプログラムの対
象となる 1200 のビルの大半は、中規模の建物所有者ということになる。このような所有
者の多くは、個人投資家やファミリー企業や小規模事業者である。
革新的資金支援システム
1200 Buildings(1200 ビルディング)プログラムの大きな特徴は、改修資金を借りること
が困難な所有者向けに融資パッケージが用意されていることである。Environmental
Upgrade Finance(環境性能改善融資制度)は、このプログラムのために開発された旗
艦製品で、Sustainable Melbourne Fund(サステナブルメルボルン基金:メルボルンの
サステナビリティプロジェクトへの融資のため設立されたトラスト)が取り扱っている。こ
–68–
のパッケージは、ビル所有者、メルボルン市当局、金融機関の三社の間の契約である。
借入交渉を経て、貸手が改修資金をビル所有者に送金する。借入金の返済は、税
(市税)として市が回収し、借手に代わって貸手に返済される。この借入システムの特
徴は、低い固定金利と最長 15 年の返済期間である。重要なのは、ビルが売却された
場合、借入金はビルについて残り、新しい所有者に引き継がれる。さらに、所有者が
改修費を支払い、テナントが安いエネルギー経費の恩恵を受けるという、スプリット・イ
ンセンティブのジレンマを解決する方法として、改修費(つまり、借入金)をビル所有者
とテナントが分担するという選択肢もある。
他の政策・プログラムとの連携
建築物の排出量削減とサステナビリティ向上をめざして市が並行して実施している取
り 組 み に は 、 Smart Blocks ( ス マ ー ト ブ ロ ッ ク ス : 集 合 住 宅 用 建 築 物 対 象 ) 、 City
Switch(シティスイッチ:業務テナントの排出削減)、Positive Charge(ポジティブチェン
ジ:業務用及び居住用建築物両方の環境性能向上を支援)、Solar Program(ソーラ
ープログラム:2018 年までに、市の総電力使用量の 25%まで再生可能エネルギーを
採用する)などがある。
政府の政策との連携
2011 年、純賃貸可能面積 2,000m2 以上の業務用ビルに対するエネルギー効率状況
の報告義務(Commercial Building Disclosure:業務用建築物の情報開示)の導入が、
市と協力企業によって進められた。目的は、環境性能の高いビルで働くことを求める
テナントの増加である。これにより、ビル所有者が、ビルの環境性能の向上対策を採る
という効果が見られた場合もあったが、この規則は、建物のリースや販売の時点(多く
の場合数年にいちどしか発生しない)でのみ適用されるため、この政策だけでは、多
数のビル所有者が自社ビルの環境性能を調査するには至らない。
II. プログラムへの投入資源
設計段階での投入資源
メ ル ボ ル ン は 、 1200 Buildings ( 1200 ビ ル デ ィ ン グ ) プ ロ グ ラ ム と Environmental
Upgrade Agreements(環境性能向上合意)の実施とそれに伴う法律経費を賄うため、
750,000 オーストラリアドルを割り当てた。プログラムの作成には、2008 年の開始から 2
年以上を費やした。3 名の市職員がこのプログラムに任命され、ディレクター1 名と外
部パートナー及びコンサルタントが支援をした。2009 年に、今後 10 年間の実施を先
導する、政府、業界、学術界の代表者から成る運営委員会が設立された。
プログラム設計に先立って市は、エンジニアリング企業やマーケティングコンサルティ
ング企業に広範な調査を委託した。刊行はされていないが、これらの報告書は、業界
と政府関係のステークホルダーに公開された。ある調査は、改修性の判定のため、築
年数、規模、所有者の種類などの建物の物理的性格をもとに、メルボルンの建築スト
ックを分析した。この調査で明らかになった重要な点は、中心業務地区の比較的少
数の建物(10%132 件)が、正味賃貸可能面積の 42%を占めているということであった。
このグループの建物の大きな特徴は、多くのビルが、建築物の省エネ改修や
–69–
NABERS のエネルギー効率の高評価を得る努力をしている法人投資家や機関投資
家の所有であることである。この調査でさらに明らかになったのは、もうひとつの大きな
グループとしての個人所有者(オーナーまたは区分所有企業を含む)である。このグ
ループは、正味賃貸可能面積全体の 64%である 1,078 のビルを所有している。これら
の所有者は、建物が老朽化の傾向にあり、ビルの環境性能の向上に取り組んでいな
い場合が多いことから、本プログラムの主要ターゲットとなる。
第 2 回調査で、プログラムの経済効果の可能性を分析した結果、プログラムが成功す
れば、約 13 億オーストラリアドルの改修建設工事と、5,800~11,800 の FTE 雇用を創
出し、現行のメルボルンのエネルギー支出を年間 25%まで削減できると結論した。
実施段階の投入資源
1200 Buildings(1200 ビルディング)プログラムは、10 年計画、実施 3 段階として計画
されている。
 2011~2013 年
業務用ビル市場の理解と、意識の向上、所有者のビルエネルギー効率向上能
力の獲得方法、ビル所有者の関心度の向上。中間層の所有者が改修工事を
始めるためのサポート、目標設定などの、市場の変化推進要因の理解。
 2014~2017 年
改修件数を増やす取り組みの実施。特に中間層の所有者をターゲットにする。
排出量削減の追跡と地域経済の発展推進にも取り組む。
 2017~2020 年
改修工事の加速。根本的変化。
マネジャーとディレクターを含む 3 名の職員が本プログラムの実施に任命された。さら
に Sustainable Melbourne Fund(サステナブル・メルボルン・ファンド)から 2 名の職員
が、エネルギー効率向上サービスの提供担当となった。
予算割当ては 250,000 オーストラリアドルで、これに加えて、業務用ビルの再生可能
エネルギープロジェクトの予算として 250,000 オーストラリアドルが割り当てられた。さら
に、(市が一人株主の)Sustainable Melbourne Fund(サステナブル・メルボルン・ファン
ド)は、業務用ビルの低金利ローンとして 500 万オーストラリアドルを用意している。国
の金融機関からの個人借入れも、上記の Environmental Upgrade Agreements(環境
性能向上合意)によりビル所有者に対して行われる。
III. プログラムの成果
改修市場への影響
全市の改修市場の状況を、“1200 Buildings Retrofit Survey”(1200 ビルディング改修
調査)を発行して監視する。この調査で、改修工事の件数や種類と、メルボルンのオ
フィススペースを持つ 2,256 のビルの改修の推進要因と、考えられる障害に関する数
値情報を集計する。
最新の報告書では(2013 年)、このセクターの改修工事は増加していると結論してい
る。主な要点は以下の通りである。
–70–
 2008 年以来、約 450(2,256 の建物の内 20%)のビルが省エネ改修を行った。
 2006~2011 年(最新の隔年報告に記載)と 2008~2013 年の 2 度の 5 年期間
中、改修工事は加速度的に増加し、2008~2013 年にはいっそうの伸びを示し
ている。
 2013 年に、調査した 589 のビルの 5%が改修中であった。
 16%のビルが今後 5 年間に改修予定であった。回答者の 55%が、経済支援や
省エネ改修に関するアドバイスについて、市から詳しい情報を得たいと回答し
た。
 改修の大部分は、企業所有者が実施していた。
 2013 年の第 2 回調査では、最も多い改修工事は、照明の性能向上(83%)、次
が、建築物の空調設備システムの設置や性能向上(59%)、メータリング・サブメ
ータリング(57%)、冷房の性能向上(54%)であった。他の工事としては、ボイラ
ーの改修、変速装置の設置、暖房、通気やエアコン(暖房、換気、空調)の改
修などがあった。
 改修をしたビルの多くは、企業所有のもの(21%)で、個人所有者は少数であっ
た(4%)。個人所有のビル数が非常に多く、そのため改修の総数が増加した。
これまでに 5 つのビルが省 エネ改 修 の資 金 を得 るため、Environmental Upgrade
Agreement(環境性能向上合意)に署名している。(前述の「革新的資金支援システム」
を参照)
市全体のビルのエネルギー使用 削減の監視は、地域エネルギーマップや、
Australian Government Commercial Building Disclosure(オーストラリア政府業務用
建築物の情報開示)プログラムのデータの任意報告や分析によって行われる。
IV. プログラムから得られた知見
IV-i 主な成功要因
対象物件の調査時間
市担当者は、プログラムの重要な成功要因を、プログラム設計に十分時間をかけたこ
とだとしている。彼らは、プログラム設計期間中に、ステークホルダーの巻き込みや調
査を通じて、業務用ビル部門の性格や特徴の理解を深めることに努めた。調査は、主
要な意思決定者を明らかにし、改修の動機、省エネ改修資金の調達能力と意思決定
権限を明確にすることに重点を置いた。
ビル所有者に合わせた戦略
担当者は、業務用ビルの種類に合わせて、異なるコミュニケーション戦略とインセンテ
ィブ戦略を採用した。例えば、ビルオーナーが企業の場合、一般にビルに充てられる
運用資産額が大きく、自己資金による省エネ改修の能力が高い。このような企業にと
っては、省エネ改修が自社の社会的責任について世間にアピールし、注目を得るチ
ャンスとなることが動機となる。したがって、市はこのような企業には、世間の認知を高
めるチャンスを創り出すための模範プログラムを提供した。
–71–
これとは対照的に、個人所有者が所有する中間層のビルは、CSR が動機ではなく、
テナントはグリーンビルを選択する優良企業や政府機関ではない。これらのオーナー
は、政府の補助金や助成金といった資金源も、それを獲得するための人材も持って
いない。したがって、市担当者は、このグループの所有者を重点的に支援することに
決めた。取り組みとしては、研修やセミナーの開催、事例研究や概況報告書の作成、
州・連邦政府の助成金獲得の橋渡し、Environmental Upgrade Agreements(環境性
能向上合意)による資金提供などを実施した。
省エネ改修の推進要因
1200 Buildings Retrofit Survey(1200 ビルディング改修調査)(2013)によって、所有者
がビルやビル設備の省エネ改修を決定する際の主要な要因が明らかになった。改修
を始める最も多い理由は、壊れた資産の回復(39%)、エネルギー消費を最大限抑え
るため(31%)、テナントを増やすため(21%)であった。二番目の理由は、メルボルン中
心街の、特に政府機関や優良企業テナントによる、省エネビルへの市場の需要を表
している。
IV-ii 主な課題
資金問題の解決
プログラムの計画段階で、適切な資金調達ができないことが、ビル所有者の省エネ改
修を妨げている大きな障害のひとつであることが明らかになった。この問題を解決する
ため、市は、その法的権限によって、ビル所有者に長期資金を提供する
Environmental Upgrade Finance(環境性能向上融資制度)を創設した。従来のローン
にはない魅力にもかかわらず、2013 年時点で省エネ改修をしたビルオーナーの 81%
が自己資金で改修を行ったことがわかっている。これは、世界経済危機からの回復以
来、資金調達がメルボルンのビル所有者の省エネ改修の大きな障害となっているの
ではないということを示している。しかし、情報が届きにくい所有者に働きかける努力
は依然として必要である。戦略のひとつとして、環境性能を改善するための低コスト手
法として、先見性のある継続的なビル管理を提唱している。例えば、エネルギー効率
を上げる小さな工事に充てる実行予算の支援が受けやすくなれば、借入に積極的で
ないビル所有者を引きつけることができるかもしれない。
所有者の巻き込みとマーケティング
中間層のビル所有者は、ビルの改修と環境性能の向上によって生まれるチャンスを
理解し始めている。しかし、理解を得ることが難しい所有者の関心を引くのに 3 年の月
日を要した。さらに、新たに発生している課題は、ビル所有者の多くが海外に居住し
ており、市の担当者がこれらの所有者と連絡を取ったり面談したりすることに限界があ
ることである。また、ビル管理サービス会社の協力を得ることは、これらの会社には時
間的余裕がないうえ、環境性能向上が生むチャンスについての意欲もないため、時
間のかかる難しい選択肢であることも明らかになっている。市の担当者は、市場の理
解と、異なるグループ・区域に合わせたテイラーメイドの支援パッケージの作成に時間
の大半を費やした。また、文化協会、会計士、弁護士、コンサルタントと協力してビル
オーナーに助言をし、さまざまなメッセージを発信してみた。最近の熱波や極端な高
–72–
温が与えた社会的経済的影響に関するデータを活用した例もあった。ビルオーナー
やビル管理者に向けて、事例研究や情報資料を提供したり、ネットワークづくりの機
会を提供したり、セミナーや研修を実施して、サポートや助言をした。 メルボルンの
CitySwitch(シティスイッチ)プログラムによるテナントとの協働は、ボトムアップでビル
オーナーに影響を与える効果的アプローチであることが判明した。
自主参加の限界
1200 Buildings(1200 ビルディング)プログラムは、行動変容を引き起こすことを目指
す自主参加型の取り組みである。したがって、規制のない状況で、多数のビルオーナ
ーやビル管理者の参加を確保するのは困難である。法的枠組みがないことに関連す
るもうひとつの障害は、ビル全体と各テナント両方からエネルギーと水の消費に関する
一貫した情報を得ることが難しいことである。市の担当者は、参加の条件のひとつとし
て、テナントがビルオーナーまたは管理者にデータを提供することを規定することで、
この問題を解決しようとした。また、公益事業者からデータを直接得たり、ビルオーナ
ーからの報告書を活用するなど、データ取集を促進する他のチャネルを現在 探して
いるところである。市担当者は、州政府レベルでの法改正の提案が可能かどうか調査
中であり、同時に、規制を実施して建築物部門の変化を促進している他都市の例か
ら学ぼうとしている。
参考資料一覧
大気保全政策センター、「メルボルンが環境性能向上融資制度でビル改修を奨励」。
http://ccap.org/assets/CCAP-Booklet_Australia.pdf
メルボルン、2014 年、「2020 ゼロ・ネット・エミッション戦略、2014 年」。
http://www.melbourne.vic.gov.au/Sustainability/CouncilActions/Documents/zero_net
_emissio ns_update_2014.pdf
メルボルン、「1200 ビルディング:次回の改修に環境性能改善融資制度を活用する」。
https://www.melbourne.vic.gov.au/1200buildings/Pages/Funding.aspx
メルボルン、「1200 ビルディング:ケーススタディ」。
https://www.melbourne.vic.gov.au/1200buildings/CaseStudies/Pages/CaseStudies.aspx
メルボルン、「1200 ビルディングアドバイスシート」。
http://www.melbourne.vic.gov.au/1200buildings/Documents/1200_Buildings_Progra
m_Advice_Sheet.PDF
メルボルン、2014 年、「1200 ビルディング:メルボルン市内改修調査、2013 年」。
http://www.melbourne.vic.gov.au/1200buildings/Resources/Documents/1200_Buildin
gs_Repor t_FA_LR_Dec2013.pdf
デロイト社、2009 年、「1200 ビルディング:潜在的経済利益の分析」、メルボルン:デロ
イト社。
–73–
NYC Global Partners’ Innovation Exchange、2011 年、「成功事例:グリーンビルディ
ング改修制度」。
Y Pttp://www.nyc.gov/html/unccp/gprb/downloads/pdf/Melbourne_Green
Buildings.pdf
–74–
4.2.4 ニューヨーク:Greener, Greater Buildings Plan(グリーナー・グレーター・ビルディン
グ・プラン)でのベンチマーキング制度
要旨: 総合的なグリーンビル法令の一環として、大規模建築物におけるエネルギー・水消費
に関するベンチマーキングプログラムが制定されている。順守率の底上げに成功した
ニューヨーク市は、新たにデータ精度の向上という課題に取り組んでいる。
都市全体での削減目標
PlaNYC では、市内の温室効果ガス排出量を 2030 年までに 2005 年比で 30%削減という
目標を設定している。
建築物に特化した削減目標
Greener, Greater Buildings Plan(グリーナー・グレーター・ビルディング・プラン)(GGBP)は、
全体目標 30%のうち 5%を達成すると見込まれる。
I.
プログラム内容
主な要素
GGBP は世界屈指の包括的な建築物省エネ施策であり、以下に示す 4 つの Local
Laws(地域法)(LL)で構成されている。
 エネルギー・水使用の年次ベンチマーキングおよび結果の開示(LL84)
 建築物の規模に関わりなく新築・改築の双方を対象とする厳格な地域エネル
ギーコード(LL85)
 10 年ごとのエネルギー監査とレトロコミッショニング(LL87)
 大規模な非居住用建築物での照明改修ならびに業務用建築物の大型テナン
ト専用部への電力サブメーター設置(LL88)
これらの LL は相補的な関係にあるが、このケーススタディではベンチマーキングプロ
グラムである LL84 を取り上げる。
年次ベンチマーキング
LL84 は大規模建築物の所有者に対し、毎年 5 月 1 を期限に、ニューヨーク市にエネ
ルギー・水使用データを提出することを義務付けている。対象となる建築物は、NYC
Department of Finance(ニューヨーク市財務局)(DOF)が毎年リストアップしている。
NYC Mayor’s Office of Long-Term Planning and Sustainability(ニューヨーク市・長
期 都 市 計 画 ・ 持 続 可 能 性 室 ) (OLTPS) へ の デ ー タ 提 出 に は 、 Environmental
Protection Agency(環境保護庁)(EPA)が無償で提供する ENERGY STAR Portfolio
Manager を使用している。エネルギー使用データについては建築物全体のデータが
必要なため、ビルオーナーはテナントから直にデータを収集するか(業務用建築物の
場合)、あるいは総計データを電力会社・ガス会社等から入手している。ニューヨーク
では、オーナーとテナント双方の負担が少ない後者の方法を強く推奨している。なお、
水使用データについては、Department of Environmental Protection(環境保護庁)
(DEP)から前年分の自動検針値の提供を受けている建築物だけに提出義務が課さ
–75–
れる。建築物の所有者が求めれば、DEP がこのデータを自動的に ENERGY STAR
Portfolio Manager にアップロードする。
施行
現在、罰金 500 米ドルは、ベンチマーキングデータを毎年の 5 月 1 日までに提出しな
い場合に加え、四半期ごとの期限までに提出しない場合にも科されている(四半期合
計 2,000 米ドル)。ニューヨーク市のウェブサイトには、DOF がベンチマーキング結果を
開示する際に、義務不履行所有者の氏名も公開されている。LL84 の施行は段階的
に行われており、開示義務は 1 年目にニューヨーク市所有の建築物、2 年目に業務
用建築物、3 年目に居住用建築物に対して課された。2013 年 9 月現在、報告された
データはすべて公表されている。
プログラムの対象と範囲
以下に示す建築物のうち、50,000 ft2(約 4,645 m2)超の所有者が LL84 の対象である
(表 4.2.4 を参照)。これはニューヨークの全棟数の 2%程度(民間建築物約 24,000 棟、
公共建築物約 2,600 棟)に過ぎないが、総延床面積は市内の約半分、エネルギー消
費量は市内の 45%を占めている。ニューヨークではこのように、ごく限定的なリソース
が建築物セクターにおけるエネルギー消費量のかなりの部分を占めている。
表 4.2.4:対象建築物の基準延床面積
市所有・市営建築物
単一建築物
10,000 ft2
(約 929 m2)超
50,000 ft2
(約 4,645 m2)超
複数建築物
複数建築物
(課税区画が共通) (コンドミニアム所有権が共通)
100,000 ft2
(約 9,290 m2)超
100,000 ft2
(約 9,290 m2)超
基準延床面積は LL84(ベンチマーキング)、LL87(エネルギー監査とレトロコミッショ
ニング)、LL88(照明改修とサブメーター設置)に共通であり、所有者が理解しやすく
なっている。
プログラム全体の目標
LL84 の目標は下記の 3 階層に分類される。
1. 全体目標:ニューヨーク全域の建築物で省エネを推進し、市内の温室効果ガス
排出量削減に寄与すること。
2. 運用面の目標:順守率とデータ精度を高めること。
3. 成果面の目標:エネルギー・水使用データを不動産業界の主要指標として扱
い、注視することで、市場の変革、改修の促進、情報の透明化を図ること。
ニューヨーク市ではこの 3 年間にわたり、データを評価した上で一連の年次ベンチマ
ーキングレポートに集約してきた。各々のレポートでは、対象(順守義務を負う)建築
物でのエネルギー・水消費の傾向や特徴を分析することはもとより、順守率やデータ
品質の分析も行っている。
–76–
他の施策・プログラムとの連携
New York City Energy Efficiency Corporation(ニューヨーク市省エネルギー公社)
(NYCEEC)では、GGBP への適合を支援するため資金援助を行っている。NYCEEC
は当初、ニューヨーク市が GGBP 施行推進のために設立した会社であり、現在は建
築物の所有者が省エネ改修への融資を受けられるよう多角的な支援を提供している。
こうした融資制度には、NYCEEC が提供する直接借款、Energy Services Agreements
( エ ネ ル ギ ー サ ー ビ ス 契 約 ) (ESA) 業 者 が 提 供 す る ESA 、 地 元 の 電 力 会 社
Consolidated Edison(コンソリデーテッド・エジソン)(Con Ed)が提供する多世帯居住
用建築物向けのプログラム等がある。
ニューヨーク市長室 John Lee 提供。Copyright  2014
II. プログラムへの投入資源
設計段階での投入資源
GGBP の準備作業は、ニューヨーク市内部での徹底的な調査、ステークホルダーミー
ティング、パブリックコンサルテーション等を含め、約 15 ヶ月を要した(後述の「IV-i.
主な成功要因」を参照)。PlaNYC Sustainability Advisory Board(サステナビリティ諮
問委員会)の助力を得て、ニューヨーク建築物の特性研究、他都市ベンチマーキング
施策の調査、GGBP の影響分析を行った。この準備段階を推進したのは OLTPS のス
タッフであり、プログラム全体の構想と細部の仕組みを調整しながら作業を進めた。こ
れを側面から支えたのが Department of Finance(財務局)(DOF)、Department of
Buildings(建設局)(DOB)、Department of Environmental Protection(環境保護局)
(DEP)、そして Department of Citywide Administrative Services(行政サービス局)
(DCAS) で あ る 。 ま た 、 ENERGY STAR Portfolio Manager の 技 術 サ ポ ー ト は 、
Environmental Protection Agency(環境保護庁)(EPA)が担当した。こうした過程を経
て、GGBP は 2009 年 12 月に正式に制定された
–77–
実施段階での投入資源
対象建築物の年次ベンチマーキングは、2011 年 5 月から義務化された。実施段階の
調整も OLTPS が担当し、DOF、DOB、DEP その他の部局が技術面・資金面の支援を
行った。人的資源については、OLTPS の常勤スタッフ 3 名(1 名が専従、2 名が支援)
が中心となり、これに DOF、DOB、DEP、DCAS 等のスタッフが加わった。パートナー
によるアウトリーチ活動については、後述の「パートナーによる支援」を参照のこと。当
初の 3 年間にわたるプログラム実施状況の検証は、年次ベンチマーキングレポートの
公開により効率よく行われている。現在のところ、この検証には第三者機関を起用し
ていないが、データ分析には大学が協力している。また、建築物の所有者によるベン
チマーキング作業を支援するサービス事業者については、ニューヨーク市内部で基
本的な検証作業を行っている(後述の「サービス事業者へのフィードバック」を参照)。
現在、マーケティングやコミュニケーション、あるいは管理や検証の財源に充てる予算
は、特に配分されていない。数多くの専門機関、大学、公益企業がニューヨーク市の
パートナーとなって、LL84 の実施を支援している(後述の「プログラムから得られた知
見」を参照)。
III. プログラムの成果
順守率
2013 年 9 月、ニューヨーク市は LL84 について 2 本目の年報を発表した。それによれ
ば、不動産物件数に基づく順守率は 2010 年・2011 年ともに 75%であり、2011 年には
結果報告がかなり短期間で行われるようになった。2012 年には順守率が 84%まで上
昇している。ベンチマーキングレポートからは、「施行」「アウトリーチ(啓蒙)活動」「大
規模建築物への傾斜」「コミュニケーションと技術サポート」「コンサルティング」という 5
つの要因が相まって、比較的高い順守率が得られたことがうかがわれる。
改修市場に対するプログラムの影響
LL84 は 2009 年後半の制定を経て、2011 年に民間セクターが 2010 年(暦年)のデー
タに対して実施した。このように制度実施から間もないため、省エネ目標や温室効果
ガス排出量削減目標の達成に向けた進捗状況は、まだ正式に評価されていないの
が現状である。したがって、LL84 が省エネ建築物への需要や改修市場にどのような
影響を与えているか判断するには、時期尚早と言わざるを得ない。ただし、他の市場
への影響については、Institute for Market Transformation(市場変革調査研究所)
(IMT)が報告しているように、エネルギー監査やベンチマーキング関連のサービスを
提供する企業は増加傾向にある。例えば、ベンチマーキング制度の発足と同時期に、
ニューヨークで創業したサービス事業者や ESCO が見られる。今後、LL84 の浸透に
伴い、建築物の所有者がベンチマーキングの結果や省エネ対策への認識を深めて
いけば、ニューヨークは建築物での省エネ推進や GHG 排出量の削減に向かって大
きく前進することが予想される。
ENERGY STAR の点数に見られる向上
ニューヨーク市内で温室効果ガス排出量やエネルギー消費量に改善の兆しが見える
ことは、1 年目(2011 年)と 2 年目(2012 年)のベンチマーキング結果を比較すると分
–78–
かる。ENERGY STAR 点数の中央値が 1 年目から 2 年目にかけて 64 から 67 に増加
するとともに、ENERGY STAR 認証(75 点以上)に適合する提出データは 20%から
25%に増加している(この増加分は建物数換算で 284 棟に相当する)。この向上の要
因としては、建築物セクターにおける経験の蓄積ならびに GGBP に対応した改築・改
修の実施が考えられる。
IV. プログラムから得られた知見
IV-i 主な成功要因
ステークホルダーエンゲージメント
不動産業界の有力者、高層ビルのオーナーとテナント、エンジニアリング会社、建築
事務所、環境保護団体、非営利団体、労働組合、その他の業界専門家といったステ
ークホルダーとの積極的な関係構築が、プログラム成功の原動力となった。このステ
ークホルダーエンゲージメントのスタートは、New York City Office of Long-Term
Planning and Sustainability ( ニ ュ ー ヨ ー ク 市 ・ 長 期 都 市 計 画 ・ 持 続 可 能 性 室 )
(OLTPS)の設立から間もない 2006 年までさかのぼる。一般市民社会や業界、政府の
ステークホルダーが Sustainability Advisory Board(サステナビリティ諮問委員会)
(SAB)に招かれ、改修の義務化(後に廃案)や ENERGY STAR Portfolio Manager の
使用(最終的に承認)など、GGBP の構想について意見を述べた。以前からニューヨ
ーク市との関係が良好だったため、ステークホルダーの招集は円滑に行われた。特に、
建築物の所有者にとって GGBP の新施策の履行が困難な場合は、ステークホルダー
との交流が不可欠であった。また、ニューヨーク市と建築物の所有者による視点の共
有化や問題点の事前把握、また GGBP の実施に向けた双方の歩み寄りも、こうした交
流の大きな成果と言える。
実施段階では、ステークホルダーの e メールアドレスリストが非常に役立ったが、これ
は e メールでの情報提供を求める協力者が善意で作成したものである。ニューヨーク
市の担当者はこのリストを用いてステークホルダーと直に e メールをやり取りし、フィー
ドバックやサポートを迅速に受けることができた。
グリーン産業関連の雇用創出や啓蒙活動も、ステークホルダーの支持を得る上で好
材料となった。例えば、GGBP が多様な雇用を創出する可能性については、初期段
階に行われた調査で指摘されていた。また、照明の省エネ化に取り組む Green Light
New York は、建築物の所有者を対象に、LL88 への適合、照明効率の向上、新しい
照明技術の導入などについて啓蒙活動を行っている。
パートナーによる支援
多様なステークホルダーの中から相当数の組織が LL84 の戦略的パートナーとなり、
アウトリーチ(啓蒙)活動の支援や、データのクレンジングおよび信頼性向上に関連し
た専門知識・技能の提供といった役割を引き受けた(後述の「IV-ii. 主な課題」を参
照)。エネルギー事業者もデータ取集に重要な役割を果たし、さらには Environmental
Protection Agency(環境保護庁)(EPA)も Portfolio Manager 関連の技術サポートを実
施した。
–79–
ニューヨークでのグリーンビル手法の認知度向上に一役買ったのは、米国グリーンビ
ルディング協会(USGBC)ニューヨーク支部の Urban Green Council である。建築物の
所有者によるベンチマーキングデータの提出を支援する“LL84 Compliance Checklist
& User’s Guide”(LL84 適合チェックリスト兼利用ガイド)を発行するとともに、GGBP の
市民向けプレゼンテーションも行った。さらに、Green Codes Task Force と Building
Resiliency Task Force を通じて建築物関連の施策を提案することで、ニューヨーク市
に積極的に協力した。
実施段階では、ニューヨーク市立大学の建築物性能研究室がデータ収集の問題解
決に向け、ベンチマーキングヘルプセンターを設置した。当初は大学院生がコールセ
ンターとして運営していたが、現在ではボイスメールでの依頼にコールバック・サービ
スで応対している。OLTPS と DOB も IMT からの資金援助を通してヘルプセンターを
支援している。
ニューヨークの不動産業界における競争の激しさ
ニューヨークの不動産業界はとりわけ競争が激しく、このことが LL84 の成功にプラス
に作用したように見受けられる。特に、大規模建築物の所有者は不動産市場の競争
圧力に敏感であり、建築物のエネルギー効率を高めることに腐心している。これまで
にも、ベンチマーキングデータの開示で競争が激化するという現象が見られた。
大規模建築物への傾斜
中小規模よりも大規模な建築物を優先したことも成功要因に挙げられる。LL84 の大
きな特長は、延床面積 50,000 ft2(約 4,645 m2)超の建築物を対象にしたことである。
この基準延床面積は他のベンチマーキング制度よりも広いため、対象となる所有者が
比較的少ない上に(物件数にすると約 13,000 件)、市内の総延床面積の約半分を占
めている(なお、GGBP は 10,000 ft2(約 929 m2)超の公共建築物約 2,600 棟のベンチ
マーキングも義務付けている)。このように大規模建築物を優先した背後には、公的
資金を最小限に抑えながら最大限の効果が期待できる不動産を対象にしたいという
意図が働いていたと見られる。また、大規模建築物の所有者の傾向として、整理や統
合の意識が強く、規制を順守するだけの資本力があり、不動産の省エネ化に向けて
取り得る対策の幅が広いこともプラス材料であった。
順守率を高める柔軟な対応
建築物の所有者による順守率を高める柔軟な取り組みとして、実施 1 年目に報告期
限を当初の 5 月 1 日から 8 月 31 日、さらに 12 月 31 日と、2 度にわたり延長した。多
様なセクターにまたがる建築物の所有者に、時間的な余裕を与えるための措置であ
る。所有者の多くが ENERGY STAR Portfolio Manager に不慣れであり、省エネやベ
ンチマーキングの経験もなく、建築物管理者を配置している所有者も業務用建築物
を除くと少数であった。
データの開示についても、状況に応じて柔軟な措置が取られた。一般に、エネルギー
消費量が大きい商業ビルテナントは、セクターによってエネルギー強度の評価にバラ
ツキが出る可能性があることから、ENERGY STAR の点数を公表したがらない傾向が
–80–
ある。そこで、ニューヨーク市は延床面積を基準としたエネルギー強度データの開示
をすべての所有者に義務付ける一方で、データセンター、テレビ局、トレーディングフ
ロアが延床面積の 10%超を占める不動産については、ENERGY STAR の点数を非
開示にすることも認めた。
IV-ii 主な課題
部局間の調整
ニューヨーク市の各部局がプログラムの実施に携わり、施行体制が複雑化している。
そこで、部局間で頻繁に連絡を取り合い、正確な情報に基づいて各々の分担を明確
化し、プログラムを効率的に実施することが喫緊の課題となっている。各部局の担当
を以下に整理する。
 Department of Finance(ニューヨーク市財務局)(DOF):対象とする建築物のリ
ストアップ
 Mayor’s Office of Long-Term Planning and Sustainability(ニューヨーク市・長
期都市計画・持続可能性室)(OLTPS):ベンチマーキング結果の受付およびエ
ネルギー使用データの分析(当初、ベンチマーキング結果は DOF がオンライン
で開示していたが、2013 年以降は OLTPS と DOF が各々のウェブサイトで公開)
 Department of Buildings(建設局)(DOB):法的処置および罰金の課金
 Department of Environmental Protection(環境保護庁)(DEP):水使用データを
分析、所有者に代わりデータを ENERGY STAR Portfolio Manager に自動アッ
プロード
なお、OLTPS は GGBP 全般の調整役を務め、DOF/DOB/DEP と共同でステークホル
ダーへのアウトリーチ活動を行っている。
建築物の特定
LL84 では「ロット」内の「ビル」を特定することが必要であるため、建築物の特定がニュ
ー ヨ ー ク 市 に と っ て 現 在 進 行 形 の 課 題 と な っ て い る 。 「 ロ ッ ト 」 は DOF が BBL
(Borough-Block-Lot)の一部として捉えているのに対して、「ビル」は Department of
City Planning(都市計画局)(DCP)が BIN (Building Identification Number)の一部と
して捉えている(BBL は課税用であり、BIN は DOB が建築物の順守状況確認に使用
する)。BBL と BIN の何れも単体では「ロット」内の「ビル」を特定できないため、現時点
では両方を併用しなければならない。こうした事情で、ニューヨーク市は建築物の所
有者に対し、Portfolio Manager でのデータ提出時に BBL と BIN の双方を記載するよ
うに依頼している。ただし、レポートにその一方しか記載されていない場合も多く、識
別番号が 2 通りあることで余計な手間や時間の無駄が発生しているのが現状である。
実施状況の検証とデータのクレンジング
現在、第三者機関による検証は行われていないが、データのクレンジングは大学と共
同で実施し、分析精度の向上に努めている。クレンジング方式はニューヨーク市立大
学とペンシルベニア大学が個別に開発し、延床面積の過少申告等の一般的な誤りを
検 出 す る と と も に 、 異 常 値 の 除 外 に も 成 果 を 上 げ て い る ( 詳 し く は 、 “2013
–81–
Benchmarking Report”の P. 42 を参照)。
サービス事業者へのフィードバック
ベンチマーキングレポートの 80%程度がサービス事業者 100 社を経由して提出され、
このうちベンチマーキング自体の 2/3 は 30 社が実施していたが、データのクレンジング
の結果、各社で起きるエラーの傾向が明らかになってきた。エラーの大半は不注意に
よるものだが、報告方法の潜在的な不備を示唆するものもあった。ニューヨーク市は
各社のデータ精度を把握した上で、最大手 35 社と直に契約を結び、契約先にフィー
ドバックと「成績表」を提供している。同市ではこうした取り組みを通して、報告の正確
性が徐々に向上していくと見ている。
公益企業との関係構築、データの自動アップロード
ニューヨーク市は都市圏で数社の公益企業を運営しており、各社との関係構築も課
題 となっている。Consolidated Edison (コンソリデーテッド・エジソン)(Con Ed)社 と
National Grid 社は電力・ガスを供給しており、PSEG Long Island 社はロングアイランド
向けに電力を供給している。この 3 社とも民間企業である。市内の水道は、
Department of Environmental Protection(環境保護局)(DEP)が管理している。建築
物の所有者がベンチマーキング要件を順守するには、テナントのエネルギー消費デ
ータを含む建築物全体の総計データが必要となる。
LL84 の施行前、民間エネルギー事業者は建築物全体の総計データを提供していな
かった。建築物の所有者がこのようなデータ(非居住テナントのエネルギー消費デー
タを含む場合もある)を入手するには、各テナントにエネルギー情報申請書を渡す以
外に、確実に情報提供を受ける手立てがなかった。LL84 によって公益企業が建築物
全体の総計データの提供を義務付けられるまで、この状態が続くことになる。2014 年
に入ると、ニューヨーク市が総計データ申請書の導入に伴い、旧申請書が不要にな
ったことを発表した。
ニューヨーク市ではデータの手入力を暫定的な措置とし、直接的なアップロードを最
終目標としている。現状では電力会社・ガス会社から届いた総計データを手入力する
以外に方法がなく、これはエラーを誘発する恐れがあるほか、建築物の所有者にも複
数事業者への連絡という負担がかかる。ニューヨーク市では報告の自動化に努めてき
たが、水使用データについては DEP が 2011 年から直接・自動アップロードを開始し
たことを受け、自動化を実現させた。エネルギーデータについても、近い将来の自動
アップロードを目指し、公益企業や連邦政府との連携を積極的に進めている。
データの問題に対する他の取り組み
ニューヨーク市では、データ品質の問題について追加の対策も検討している。専従の
スタッフを雇用してデータ正確性の検証、異常値のチェック、建築物所有者への問題
連絡を一任するのも選択肢の 1 つである。また、提出の延滞や不履行に対する現行
の罰金に加え、不正確なデータに対する罰金も検討中している。
–82–
参考資料一覧
ニューヨーク、「ベンチマーキング  地域法 84」。
http://www.nyc.gov/html/planyc2030/downloads/pdf/benchmarking_summary_for_w
ebsite.pdf
ニューヨーク、「GGBP  グリーナー・グレーター・ビルディング・プラン  LL87  順守
の手引き」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/html/plan/ll87_eer.shtml
ニューヨーク、「LL84 によるベンチマーキングデータの開示」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/downloads/pdf/120924_benchmarking_letter_to_acco
mpany_data.pdf
ニューヨーク、2009 年 12 月、「ニューヨーク市地域法(2009 年)。No. 84」。
http://www.nyc.gov/html/planyc2030/downloads/pdf/ll84of2009_benchmarking.pdf
ニューヨーク、2012 年、「地域法 84 によるエネルギー・水データ開示(2011 年)」。
http://www.nyc.gov/html/dof/downloads/pdf/12pdf/2012_nonresidential_properties.xls
ニューヨーク、2013 年、「地域法 84 によるエネルギー・水データ開示(2012 年)」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/downloads/excel/2013_nyc_ll84_disclosure.xlsx
建設局、2013 年、「省エネルギーレポート提出ガイド」、ニューヨーク。
http://www.nyc.gov/html/dob/downloads/pdf/how_to_file_energy_efficenicy_report.pdf
イクレイ、2011 年、「ケーススタディ:ニューヨークのグリーナー・グレーター・ビルディン
グ・プラン」
http://www.icleiusa.org/action-center/learn-from-others/ICLEI_NYC_GGBP_Case_St
udy_final2.pdf
市場変革調査研究所、2012 年、「エネルギーデータの開示と米国での新たな雇用創
出」。
http://www.imt.org/resources/detail/energy-disclosure-the-new-frontier-for-americanjobs
ニューヨーク市・長期都市計画・持続可能性室、2013 年、「ニューヨーク市地域法 84 に
よるベンチマーキングレポート、2013 年 9 月」。
http://nytelecom.vo.llnwd.net/o15/agencies/planyc2030/pdf/ll84_year_two_report.pdf
ニューヨーク市・長期都市計画・持続可能性室、2012 年、「ニューヨーク市地域法 84 に
よるベンチマーキングレポート、2012 年 8 月」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/downloads/pdf/nyc_ll84_benchmarking_report_2012.pdf
–83–
ニューヨーク市財務局、2013 年 9 月、「LL84 による開示の概要と定義」、ニューヨーク。
http://www.nyc.gov/html/gbee/downloads/pdf/2013_nyc_ll84_data_disclosure_defini
tions.pdf
ニューヨーク市・長期都市計画・持続可能性室、2012 年、「グリーナー・グレーター・ビル
ディング・プランの概要」。
http://www.nyc.gov/html/gbee/downloads/pdf/greener_greater_buildings_plan.pdf
北東部エネルギー効率パートナーシップ、2013 年、「建築物省エネルギー格付け・開示
方針:最新情報と現場からの知見」。
http://www.neep.org/Assets/uploads/files/public-policy/building-energy-rating/BER%
20Supplement_FINAL%20DRAFT_2-25-13.pdf
–84–
4.2.5 フィラデルフィア:Building Energy Benchmarking Ordinance(建築物エネルギーベ
ンチマーキング条例)
要旨: この事例研究は、2015 年までに「米国で最も環境に優しい都市」になることを目標に
している、フィラデルフィアの建築物ベンチマーキングおよび開示のプログラムを取り
上げる。
都市全体での削減目標
フィラデルフィアは、2015 年までに、GHG 排出量を 1990 年レベルから 20%、エネルギー
使用量を 2008 年レベルから 30%削減することを目指している。
建築物に特化した削減目標
フィラデルフィアは、2015 年までに全市の建築物エネルギー使用量を 2006 年レベルから
10%削減することを目指している。
I.
プログラム内容
主な要素
Building Energy Benchmarking Program(建築物エネルギーベンチマーキングプログ
ラム)は、フィラデルフィアを 2015 年までに「米国で最も環境に優しい都市」にするとい
う、2009 年に市長が発表した野心的包括的計画 Greenworks Philadelphia(グリーン
ワークスフィラデルフィア)が始まりである。グリーンワークスには、エネルギー、環境、
公平性、経済、参加の 5 つの特定分野を網羅する、15 の測定目標と 164 のイニシア
ティブがある。業務用ビルは、最も優先度の高い問題で、フィラデルフィアの全 GHG
排出量の約 62%が建築物部門から発生し、この内業務用ビルが使用するエネルギー
は 60%といわれている。
2012 年 6 月、市議会は、Philadelphia Code(フィラデルフィア・コード)Chapter 9-3400
(第 9-3400 章)を改正する、Building Energy Benchmarking Ordinance(建築物エネ
ルギーベンチマーキング条例)を満場一致で可決した。Energy Conservation Code
(エネルギー保存コード)を修正したこの新条例は、非居住ビルのエネルギーと水使
用の効率のベンチマーキング・報告・開示を義務付けている。対象のビルのオーナー
は、毎年 6 月 30 日までにデータを EPA の EPA ENERGY STAR Portfolio Manager
(エネルギースター・ポートフォリオマネジャー)に提出しなければならない。データは、
暦年前年のエネルギーと水の消費量である。オーナーは、購入予定者や入居予定の
テナントの要求があれば、最近のベンチマークデータを開示しなければならない。この
条例には、光熱使用に関するデータの開示に関してのプライバシー保護条項もある。
2014 年の第 2 次報告から、ビルオーナーの市への報告内容が情報公開されることに
なっている。
プログラムの対象と範囲
Building Energy Benchmarking Ordinance(建築物エネルギーベンチマーキング条例)
によると、対象のビルは以下の通りである。
–85–
 屋内床面積が 50,000 平方フィート(sq ft)以上の業務用ビル
 混合使用のビルで、業務用に使用されている屋内総床面積が 50,000 平方フィ
ート以上あるビル
ベンチマーキング初年度の結果として、条例が対象としているビスは、全市の建築物
部門のエネルギー使用量の約 20%を占めていることが判明した。
順守の責任はビル―オーナーにあり、オーナーは、テナントのメータを公益事業体が
別々に測定している場合でも、エネルギーと水の消費量データを揃えていなければな
らない。ビルオーナーが要求すれば、テナントはオーナーに情報を提供して、条例を
順守するよう定められている。対象のビルの大半には、エネルギーと水のマスターメー
タがあるため、テナントのデータの入手は、条例順守の大きな障害とはなっていない。
プログラム全体の目標
このプログラムの目的は、業務用ビル市場のエネルギー効率に関する透明性を高め、
ビルのエネルギー効率改善を推進し、オーナーとテナント両方のエネルギー関連支
出を削減することである。
施行
条例を順守していない場合、ビルのオーナーには最初の 30 日間について 300 米ドル、
その後は 1 日 100 米ドルの罰金が科せられる。初年度の順守率は 86%で、Mayor’s
Office of Sustainability (MOS)(環境に優しい市長執務室、MOS)は不順守のビルか
ら罰金を徴収していない。2 年度目の報告がほほ終ろうとして現在、第 2 年度の順守
率は初年度よりわずかに上昇していると MOS はみている。しかし、最終的に、対象ビ
ルの内 10~12%は、実質的に条例を順守できない状態であることがわかってきてい
る。
II. プログラムへの投入資源
人的資源
Building Energy Benchmarking Ordinance(建築物エネルギーベンチマーキング条例)
の計画と設計は、Mayor’s Office of Sustainability (MOS)(環境に優しい市長執務室)
の他の職務も兼任している職員が 1 フルタイム当量(FTE)で行った。実施段階では
1.5FTE に増加した。
多様な投入資源
この条例の実施および監視に特別な市の予算は割り当てられていないが、内部のリソ
ースへの依存を減らすために、さまざまな外部からの資源投入が行われた。例えば、
ベンチマーキングプログラムの設計には、Department of Energy(エネルギー省)が資
金を出している地域革新団体の Energy Efficient Buildings Hub(エネルギー効率化
建築物ハブ)の学術パートナーから支援を受けた。このようなパートナーは、コストの
分担や資金の寄付などの支援もし、他にも、初年度のプログラムのホームページの作
成なども支援した。市は、この条例の広報やアウトリーチ活動の資金として、約 5 万米
ドルの助成金を充てた。
–86–
この他に、順守率を上げるため、アウトリーチプログラムやビルオーナーへの書類郵送、
ウェブサイトの作成に、75,000 米ドルを支出した。2014 年に市は、City Energy Project
(都市エネルギープロジェクト)から、アウトリーチ活動への資金提供を受けた。このプ
ロジェクトは、Natural Resource Defense Council (NRDC)(天然資源保護協議会)と、
業務用建築物のエネルギー効率改善に取り組む 10 都市を支援している Institute for
Market Transformation (IMT)が実施している全米イニシアティブである。
他都市から得られた知見
フィラデルフィアは、ニューヨーク、ワシントン、シアトル、サンフランシスコ、オースティ
ンにつづいて、米国でベンチマーキング法を制定した 6 番目の都市である。これらの
都市の経験、特にプログラムの設計や実施に伴って起こりうる問題などは、フィラデル
フィアの担当者にとって大いに参考になった。IMT からもこれらの都市についての知
見を得た。特に、ニューヨークのベンチマーキングに関する経験は、極めて示唆に富
んでいた。例えば、フィラデルフィアの担当者は、ニューヨークの大規模ビルの大半は、
多数のビルを所有する不動産会社がオーナーであることを知ったが、フィラデルフィア
ではそれとは対照的に、多くのビルは 1 棟のみか少数のビルを所有する個人オーナ
ーである。ニューヨークのような市場の特徴を持つ都市では、多数のビルを所有する
ビル管理会社は、法律の順守を促進するためにコンサルタントを自発的に雇うように
なるが、フィラデルフィアではこのようなことは起こりにくい。
エネルギーに関するデータの収集
EPA の Portfolio Manager(ポートフォリオマネジャー)は、米国でエネルギーベンチマ
ーキングプログラムを実施している 9 都市の標準報告プラットフォームおよびデータ入
力のプラットフォームとなっている。Portfolio Manager(ポートフォリオマネジャー)を通
じて収集する重要な測定基準は、ENERGY STAR(エネルギースター)の点数、ソー
スエネルギー使用強度(EUI)、サイト EUI、GHG 排出量と水の使用量である。フィラデ
ルフィアのベンチマーキングプログラムは、ビルオーナーの自己申告であり、データ検
証をする認可を受けた専門家を任命する必要はない。市は、データ品質チェッカーで、
データの問題点を見つけるが、間違いがあった場合は、ビルのオーナーが修正しな
ければならない。公開されているベンチマーキングデータセットに EUI 情報の記載を
していないビルが多い他の都市と違い、フィラデルフィアでは、そのような不可欠なデ
ータがない報告は、不完全とみなされる。
III. プログラムの成果
順守率
暦年 2012 年の第 1 次順守期間の報告が 2013 年 11 月 15 日に正式に締め切られた。
この第一回目期日は、2013 年夏に EPA が Portfolio Manager(ポートフォリオマネジャ
ー)の大規模な更新を実施したため、6 月から先送りされたものである。2014 年 5 月に
フィラデルフィアは、プログラム初年度(暦年 2012 年)の集計結果を発表した。個々の
ビルの結果の公開は、2014 年夏に予定されている。
–87–
2012 年の結果は、1,762 のビル、2 億 5,300 万平方フィートがベンチマークデータを提
出したことを示している。面積としては 86.6%の順守率、所有者数からすると 79%、建
物数からすると 85.4%の順守率であった。この順守率には、いずれ条例から除外され
るはずの空室やまもなく取り壊される建物も含まれているため、市の担当者はこの結
果に満足している。このようなビルの所有者を考慮すると、初年度の順守率はほぼ
90%に達するとみられる。
温室効果ガの排出削減
Greenworks 2012 Progress Report(グリーンワークス 2012 年進捗報告)によると、フィラ
デルフィアは、2006~2010 年で、市全体の GHG の排出量を 3.7%削減している。これ
は主 として、発 電 を石 炭 から天 然 ガスに切 り替 え たことが貢 献 しているのであり、
Building Energy Benchmarking Program(建築物エネルギーベンチマーキングプログ
ラム)の貢献度を評価するのはまだ早急に過ぎる。理由は、第一にこのプログラムが
2013 年まで発効しなかったこと、第二に、市全体の GHG インベントリは 2 年毎に実施
され、少なくとも 1 年の遅れがあることである。2015 年までに 20%削減するという市の
当初の目標にはまだ大きな隔たりがある。ビル建設や既存ビルの省エネ改修の際の
エネルギー効率向上の取り組みが増えているにもかかわらず、2006~2012 年の市全
体のビルのエネルギー消費量は増加している。これは一部には、この期間の新規開
発、極度の悪天候、経済の停滞、および、歴史的に安価なエネルギー価格が原因で
ある。このようなマイナス要因にもかかわらず、ベンチマーキングプログラムは、市の
数々の GHG 排出量大幅削減戦略のなかでも、強力な戦略とみなされている。
フィラデルフィア市提供。© 2014
改修市場に対するプログラムの影響
ベ ン チ マ ー キ ン グ プ ロ グ ラ ム 条 例 の 成 功 を 示 す 一 例 は 、 Building Owners and
Managers Association (BOMA)(ビル所有者管理者協会)等の団体のなかで、省エネ
–88–
改修がビルのエネルギー効率を改善し、ビルオーナーのエネルギー支出を削減する
という意識が向上したことである。市の担当者は、順守 2 年度、そして特に 2014 年夏
の結果公表後に、多数のコンサルタントが、ビルオーナーへの低エネルギーパフォー
マンスに関する助言の提供を開始するであろうと予測している。また、パフォーマンス
の悪いビルのオーナーは、サービスプロバイダーからの技術的支援を求め始めるであ
ろう。
中小規模のビルの取り組みへの影響
Building Energy Benchmarking(建築物エネルギーベンチマーキング)プログラムは
50,000 平方フィートより小さいビルは除外しているが、市は、このセクターでもエネルギ
ー効率改善を推進する重要性を認識しており、それらのビルに対しては、
EnergyWorks(エネルギーワークス)や Greenworks Rebate(グリーンワークス・リベート)
などの別のプログラムが設計・実施されている。このようなプログラムでは一般にエネ
ルギー監査や、低金利融資、助成金、低価格あるいは無料の技術的コンサルティン
グなどを提供している。また、中小規模のビルの所有者向けに、ラジオでの広報や公
共交通機関の広告が使用されている。
今後の計画
現行のプログラムは業務用ビルを対象としているが、住居用ビルも ENERGY STAR
(エネルギースター)格付の対象とするという EPA の最近の発表を受けて、住居用ビ
ルにもプログラムを拡げようとする計画がある。フィラデルフィアは、民間省エネ改修市
場の活動の追跡方法の開発や、民間部門の積極的なサービスプロバイダー間の経
験の共有の奨励も考えている。
IV. プログラムから得られた知見
IV-i 主な成功要因
ステークホルダーの巻き込み
2011 年、Mayor’s Office of Sustainability (MOS)(環境に優しい市長執務室)は、さ
まざまなステークホルダーとの会合を開始して、ベンチマーキングと開示プログラムに
ついての意見を聞いた。ステークホルダーは、ビルオーナー、Building Owners and
Managers Association (BOMA)(ビル所有者管理者協会)などの団体、公益事業体、
市議会議員、市の他の機関や部署であった。この意見収集は、彼らの意見をプログラ
ムの設計にできる限り反映することで、これらのグループの支持を得る重要なプロセス
となった。
ステークホルダーのこの条例への巻き込みと支持を醸成するもうひとつの非常に効果
的な手段は、Coalition for an Energy Efficient Philadelphia (CEEP)(エネルギー効率
向上フィラデルフィア連合)であった。CEEP は、フィラデルフィアの建築物のエネルギ
ー効率を改善して、経済成長と雇用を刺激し、住民や企業のエネルギー支出を削減
し、近隣の環境保護を推進するために協力する、企業、機関、市民、団体の幅広い
連立である。市の担当者は、条例の導入数か月前に、CEEP の創立メンバーからビル
–89–
のステークホルダーへの支援について協力を得た。CEEP は、ビルのエネルギー効率
の改善や、全市でエネルギー消費を 10%削減するという目標や、新しいエネルギー
ベンチマーキング要件の環境面と経済面のメリットを認めて参加の署名をするように
加盟メンバーに勧めた。
専門機関からの協力
Building Owners and Managers Association (BOMA)(ビル所有者管理者協会)など
のさまざまな専門機関や組織との関係も大きな役割を果たした。BOMA は、国際・国
内組織ともにベンチマーキングを支持しており、この条例の施行には賛成したが、情
報の公開には反対した。にもかかわらず、フィラデルフィアは、地方支部との良好な関
係を築くことに成功し、条例が可決された後は主要なステークホルダーとの接触で協
力を得た。
公益事業体の協力と自動データ移転
フィラデルフィアでは、水とガスの供給((Philadelphia Water Department:フィラデルフ
ィア水道局と Philadelphia Gas Works:フィラデルフィアガス会社)は自治体が管理し、
電気と蒸気は民間(電気は PECO:フィラデルフィア電力社、蒸気は Veolia Energy:
ベオリア・エナジー)である。これら 4 社は、米国 の他の州と同じく、Public Utility
Commissions (PUC)(公益事業委員会)の規制下にある。市は、エネルギーのデータ
を顧客にとって透明性の高いものにするためにベンチマーキングに賛同するこの委員
会と密接に連携して、公益事業体の協力を得た。これらの公益事業体は、Building
Energy Benchmarking Ordinance(建築物エネルギーベンチマーキング条例)の技術
面に関して公の協議に参加することに同意した。最近では、電気 と蒸気の民間事業
体 2 社が、EPA の Portfolio Manager(ポートフォリオマネジャー)へのデータ自動移転
を始めた。現在、Energy Star Portfolio Manager(エネルギースター・ポートフォリオマ
ネジャー)への自動データ報告は、ビルオーナーの負担を大きく軽減している。条例
の対象となる数百の自治体所有のビルを抱えるフィラデルフィア市自体の負担も軽減
されている。
他の機関との協力
フィラデルフィアは、条例の実施責任を Mayor’s Office of Sustainability (MOS)(環
境に優しい市長執務室)に委任した。MOS の任務は、ステークホルダー会議の招集、
ベンチマーク情報のオンライン配布の計画の作成、プライバシーの問題に関する規
制などである。MOS のこれらの任務の実行能力は、人材や財源のさまざまな制約に
大きく左右される。結果的に、MOS は他の市の機関との協力を模索した。例えば、
Department of Licenses + Inspections(免許・検査局)は、規制違反を監視する機関と
してよく知られている。免許・検査局は、不順守通知を発送して、条例施行の徹底に
努めた。Office of Property Assessment(不動産評価部)も、条例の設計段階の政策
の対象範囲決定に際して、データを提供して支援した。
–90–
IV-ii 主な課題
データの質の確保
データの正確性の確認は、市の最大の課題のひとつである。データの提出は自己申
告で、提出前の第三者のデータ検証は必要ない。Portfolio Manager(ポートフォリオ
マネジャー)には、データを市に提出する前に異常値やよくある間違いを自動的に知
らせるチェッカーがあるが、これだけでは、データの信頼性を確保するには不十分で
ある。したがって、MOS のスタッフが各報告のエラーをチェックしている。
ビル管理者の専門知識の格差
大規模ビルのオーナーが任命するビル管理者やエネルギー管理者の専門知識のレ
ベルと責任事項には、大きなばらつきがある。管理者は、エネルギー計画やエネルギ
ー管理の専門家から、ビルのエネルギー効率についての知識がほとんどない、光熱
費の請求書の支払担当職員まで、幅が広い。後者の職員には、条例順守の責任は
重く、補助を必要とする場合が多いが、排出量削減の大きな可能性がある部分を担
っている。
経験の浅いビルのオーナーやビル管理者を支援する手段として、MOS の職員は、電
話相談サービスの設置や、無料の情報提供セミナーの開催、実地サポートや、質問
のあるビルオーナーの訪問を受け付ける専用の時間帯の設定などをしている。フィラ
デルフィアは、第三者に依頼するのではなく、ビルのエネルギー効率の向上と、さらに
はサステナビリティ向上の大きなチャンスを作ることを目指して、ベンチマーキングだけ
を対象にした市によるサポートを提供することにした。
Building Owners and Managers Association (BOMA)(ビル所有者管理者協会)に所
属していないビルへのアプローチ
Building Owners and Managers Association (BOMA)(ビル所有者管理者協会)は、
大半のメンバーが、ベンチマーキング条例の施行以前に Portfolio Manager(ポートフ
ォリオマネジャー)を使用しており、エネルギー使用の問題について高度な専門知識
を持っている。しかし、市が対象とするビルで、BOMA 会員のビルオーナーが所有す
る建物は、大規模ビルもあるが、数は少ない。BOMA 会員であるオーナーへの接触
は 、 BOMA の 組 織 を 通 せ ば 比 較 的 簡 単 で あ る 。 問 題 は 、 Mayor’s Office of
Sustainability (MOS)(環境に優しい市長執務室)の職員と資金が限られているなか、
BOMA に所属していない個人のビル所有者にどのように接触し、どのようにして種々
のサポートを提供するか、である。
順守から理解へ
多数のビルオーナーが Building Energy Benchmarking(建築物エネルギーベンチマ
ーキング)プログラムを順守しているのは、単に法律で義務として定められているから
である。多くは、不順守のレッテルと罰金を避けるため以外に、エネルギー性能を監
視し向上させることの重要性を認めたり、評価しているわけではない。したがって、ベ
ンチマーキング条例の第 2 年度の大きな課題は、ビルのエネルギー効率向上の重要
性について啓蒙し、意識を高めることである。これを達成するため、順守初年度のベ
–91–
ンチマーク報告で、ビルのエネルギー効率向上対策の重要性に関する情報を提供し、
これらの対策が環境や経済に及ぼすメリットを説明することにしている。
参考資料一覧
Alliance to Save Energy、2012 年 5 月 13 日、「フィラデルフィア:省エネ建築物政策」。
http://www.ase.org/resources/philadelphia-energy-efficient-building-policy
Coalition for an Energy Efficient Philadelphia、「省エネ都市フィラデルフィア連合」。
http://dvgbc.org/sites/default/files/Coalition%20Letter.pdf
City of Philadelphia’s News & Alerts、2013 年 6 月 21 日、「ナッター市長、グリーンワ
ークス・フィラデルフィア 2013 年度中間報告書を発表」。
http://cityofphiladelphia.wordpress.com/2013/06/21/mayor-nutter-releases-greenwork
s-philadelphia-2013-progress-report
市長付きサステナビリティ局、2013 年、「グリーンワークス・フィラデルフィア 2013 年度
中間報告書」。
http://www.phila.gov/green/PDFs/Greenworks2013ProgressReport_Web.pdf
Mondaq、2012 年 6 月 29 日、「米国フィラデルフィア、業務用建築物向けエネルギー・
水使用量開示条例を制定」。
http://www.mondaq.com/unitedstates/x/184320/Energy+Law/Philadelphia+Enacts+M
andatory+Energy+and+Water+Use+Disclosure+Ordinance+for+Commercial+Buildin
gs
Pepper Hamilton LLP、2012 年 7 月 2 日、「フィラデルフィアの新条例が業務用建築物
のエネルギー・水使用量報告を義務化」。
http://www.pepperlaw.com/publications_update.aspx?ArticleKey=2388
フィラデルフィア市建築物エネルギーベンチマーキング、「ベンチマーキングと開示につ
いて」。
http://www.phillybuildingbenchmarking.com/index.php/benchmarking/building-types/
フィラデルフィア市建築物エネルギーベンチマーキング、「建築物の省エネ化で強靭な街
づくり」。
http://www.phillybuildingbenchmarking.com/about/
フィラデルフィア市建築物エネルギーベンチマーキング、「市内建築物ベンチマーキング
2012 年度初期成果」。
http://www.phillybuildingbenchmarking.com/images/uploads/documents/2012-phillybenchmarking-results.pdf
–92–
持続可能な都市に関する米国・ブラジル共同施策、「フィラデルフィアのサステナビリティ
プラン  グリーンワークス」。
http://www.epa.gov/jius/policy/philadelphia/philadelphia_sustainability_plan_greenw
orks.html
フィラデルフィア市建築物エネルギーベンチマーキング、「市内建築物ベンチマーキング
101」。
http://www.phillybuildingbenchmarking.com/who-what-where-when/
–93–
4.2.6 サンフランシスコ:Existing Commercial Buildings Energy Performance
Ordinance(既存業務用建築物に関するエネルギー性能条例)
要旨: 既存の業務用建築物を対象とした総合的な施策は、ベンチマーキング、エネルギー
監査ならびにレトロコミッショニング・改修支援措置で構成され、他の経済的インセン
ティブプログラムを補完する形となっている。
都市全体での削減目標
サンフランシスコ市郡では、温室効果ガス排出量を 2025 年までに 1990 年比で 40%削減
することを目指している。
建築物に特化した削減目標
Existing Commercial Buildings Task Force および San Francisco’s 2013 Climate Action
Strategy Update では、業務用・非居住用建築物での総エネルギー消費量を年率 2.5%で
削減していくとしており、これが実現すれば 2030 年までに 1990 年の水準を 50%下回るこ
とになる。
I.
プログラム内容
主な要素
Existing Commercial Buildings Energy Performance Ordinance(ECB 条例)、別名
Environment Code Chapter 20 は、冷暖房延床面積 10,000 ft2(約 929 m2)超の非居
住 用 建 築 物 を対 象 に 2011 年 に 施 行 され た 。 Mayor’s Task Force on Existing
Commercial Buildings が行った一連のアドバイスを受けて採択された条例である。
対象建築物には下記の 2 点が義務付けられている。
(1) 一定の統計資料を毎年提出し、総エネルギー消費量と ENERGY STAR の点
数(1~100 点)も開示すること
(2) テナントと共用部分を含む建築物全体のエネルギー監査またはレトロコミッシ
ョニングの何れか一方を 5 年以内の間隔で行うこと
こうした要件の目的は、建築物に関わる意思決定者(所有者、管理者、テナ
ント、投資家等)に下記の手段を提供することにある。
(i)
時系列および市内の同様な建築物との比較という視点から、建築物のエ
ネルギー性能を判定すること
(ii) 建築物の省エネ化を経済的に進める指針を明示した、実用的なレポート
を正規の監査官から入手すること
ベンチマーキング
建築物の所有者や管理者には、毎年 4 月 1 日を期限として、San Francisco Department of
Environment (SF Environment)(サンフランシスコ環境局)にベンチマーキング結果の
簡 易 な レ ポ ー ト を 提 出 す る こ と が 義 務 付 け ら れ て い る 。 こ の “Annual Energy
Benchmark Summary”(本年度のベンチマーク概要)レポートの内容を以下に示す。
–94–
 担当者の情報と建築物の床面積(平方フィート)
 エネルギー強度(1 平方フィート当りのエネルギー消費量)
 Portfolio Manager で算出した ENERGY STAR の点数(1~100 点)(任意申告)
 エネルギー消費に伴う温室効果ガス排出量
このレポートのデータは前 年 (暦 年 )のものである。地 元 の電 力 ・天 然 ガス事 業 者
Pacific Gas & Electric Company (PG&E)が Portfolio Manager へのエネルギーデータ
の自動アップロードを無料で行っている。建築物の所有者や管理者はテナントの求め
に応じて“Annual Energy Benchmark Summary”(本年度のベンチマーク概要)を支給
することを義務付けられている。サンフランシスコ市は、2014 年 10 月からこのレポート
をオープンデータポータル“DataSF”で公開する予定だが、1 年目のレポートは秘密情
報 と して扱 わ れ る 見 込 みで あ る 。また 、レポー ト のデ ー タは 米 国 エ ネルギー 省 の
Building Performance Database との間で共有されている。
監査とレトロコミッショニング
エネルギー監査の基準は建築物の規模によって異なり、延床面積 50,000 ft 2 (約
4,645 m2)以上の建築物には、高難度の ASHRAE レベル 2 以上に適合することが求
められる。この監査には建築物の詳細な中間調査およびエネルギー分析が含まれ、
さらに所有者の経済的事情を考慮した上で、資本集約型の省エネ対策が提案される。
10,000 ft2(約 929 m2)~49,999 ft2(約 4,645 m2)の建築物については、やや低難度
の ASHRAE レベル 1(基本エネルギー分析)が義務付けられている。この監査では簡
単な立入検査が行われるほか、光熱費も検査され、低コストないし無償の省エネ対策
が提案される。なお、何れのレベルにおいても、認定監査員が「エネルギー監査 確認
書」を市に提出することが義務付けられている。
この監査で注目に値するのは、所有者がエネルギー監査の代わりに、レトロコミッショニ
ングを選択できることである。ECB 条例では、レトロコミッショニングをエネルギー性能改
善に向けた修理や保守、調整といった「設備投資を伴わない作業」と定義している。こ
れは、新たな省エネ技術の導入など、建築物への「資本投下」を伴う改修とは異なる概
念である。このように 2 つの選択肢があるのは、過去にエネルギー監査によるアドバイス
を 5 年ごとに実施してエネルギー効率の改善を図った際に、建築物の所有者がどちら
の処置をとるか迷ったという経緯による。なお、エネルギー監査とレトロコミッショニング
の相違点には要注意である。一般に、エネルギー監査では運用面での省エネが重視
されるが、レトロコミッショニングでは設備投資を要する諸項目の確認が行われる。
支援体制
サンフランシスコでは、ECB 条例を順守することのメリットについて対面式のプレゼン
テーションやウェビナーを無料で実施しており、E メールと電話を受け付けるヘルプデ
スクを設けるとともに、PC 画面の共有による問題解決も行っている。電力・ガス会社
PG&E も、ベンチマーキングの結果を経費削減と省エネに活かすための講座を無料
で実施している。この講座への参加者には、ベンチマーキングの技術サポートが無料
で受けられるという特典がある。
–95–
プログラム全体の目標
ECB 条例は、市場の意思決定者に各建築物のエネルギー性能を比較させることで、
各々のエネルギー効率を高めるための実践的・経済的な戦略の構築を目指すもので
ある。その全体目標は、サンフランシスコ市のエネルギーコスト低減、景気の下支え、
温室効果ガス排出量削減、ならびに建築ストックの競争力強化である。個別目標は、
非居住用建築物の総エネルギー消費量を年率 2.5%で削減していき、2030 年までに
1990 年の水準を 50%下回ることである。この目標は、City and San Francisco’s 2013
Climate Action Strategy Update が立ち上げた Existing Commercial Buildings Task
Force が設定したものだが、「2030 年までに既存業務用建築物の 50%でゼロ・ネット・
エネルギーを達成」というカリフォルニア州の目標に応えた面もある。
施行
これまでのところ、サンフランシスコは他の諸都市ほど厳しく条例順守を義務付けてい
ない。Department of Environment(環境局)の担当事項は下記の通りである
1) 違反通知書の発行
2) 期限から 30 日後も違反状態の建築物の公表
3) 違反通知書の発行から 45 日後の罰金徴収
実際に罰金を徴収した事例はまだなく、サンフランシスコ市は条例順守のメリットを周
知させることで順守を促し、データ入手等の技術支援が必要な者には援助を行い、
条例に順守した者には経済的インセンティブを提供している。今後もしばらく、罰金刑
はエネルギーコスト削減を怠ることへの心理的警告の役割を果たすと見られる。
プログラムの対象と範囲
ECB 条例は、延床面積 10,000 ft2(約 929 m2)超の既存業務用建築物に適用される
ため、具体的には約 19,000 棟の民間建築物および約 450 棟の公共建築物が対象と
なる。この棟数は、民間建築物の約 1 億 5,100 万 ft2(約 1,400 万 m2)(市内業務用建
築物の空調床面積の 80%程度)と市所有建築物および学校の約 3,800 万 ft2(約 353
万 m2)の合計に相当する。ECB 条例が業務用建築物に対象としているのは、ビルが
市内の CO 2 排出量の 53%を占め、このうち業務用建築物が 31.8%を占めるという認識
による。
上記以外の建築物については、ECB 条例は他都市と異なる施策をとっており、空調
床面積を含む非居住用建築物のみを対象としている。したがって、倉庫など空調なし
の建築物ならびに前記に該当しない建築物は、条例から除外されている。築年数 2
年未満の新築建築物および空きビルは、“Annual Energy Benchmark Summary”(本
年度のベンチマーク概要)レポートが免除されている。また、エネルギー監査自体に
ついては、下記の何れか 1 項にでも該当する建築物は対象外となっている。
 過去 5 年以内にエネルギー監査を受けている場合
 過去 5 年以内の 3 年間について ENERGY STAR 認証を受けている場合
 過去 5 年以内に LEED for Existing Buildings Operation and Maintenance
(EBOM)認証を受けている場合
–96–
このほか、築年数 5 年未満の建築物、空きビル、財政難にある建築物も対象外であ
る。
ECB 条例は居住用建築物を対象外としているが、これは条例の大部分が商業不動
産分野のステークホルダー(Mayor’s Task Force on Existing Commercial Buildings
等)との協議により策定され、居住用よりも業務用が重視されたためである。また、カリ
フォルニア州の諸都市にはエネルギー使用データを直に管轄する権限がなく、居住
用建築物の個別従量制テナントが膨大な数に達することも、業務用建築物が対象と
された一因である。サンフランシスコでは、住宅向けエネルギーベンチマーキングに
個々のテナントの同意が必要になると考えられる。さらに、集合住宅の世帯数も多いこ
とから、居住セクターをベンチマーキングやエネルギー監査の対象とすることは、今の
段階では現実的と言えないだろう。業務用建築物にも同様の問題が見られる。ただし、
こちらではテナントが専用部分のためにエネルギーを直に購入することは一般的でな
く、テナントの総数も集合住宅の場合に比べ大幅に少ない。このように、業務セクター
ではプログラムの実現可能性が高いことが判明したが、それでもかなりの軋轢が残っ
ている。これは全米で繰り返し起きる問題であることから、サンフランシスコ市と電力会
社・ガス会社等がオバマ政権と米国エネルギー省の招きに応じ、2013 年 12 月から 2
年以内にテナントデータ共有問題の解決を目指す White House Data Accelerator 契
約を締結した。
当初、市長のタスクフォースはなるべく多様なステークホルダーを参画させてエネルギ
ー性能データを提供するため、延床面積 5,000 ft2(約 565 m2)以上の建築物を対象と
するように進言した。しかし、これはその後、施策の管理をしやすくするために 10,000
ft2(約 929 m2)まで引き上げられた。その結果、現在は 10,000 ft2(約 929 m2)未満の業
務用建築物 11,000 棟ほどが施策の対象外になっていると推測される。ただし、こうした
建築物が市内の業務用建築物の総床面積に占める割合は 17%に過ぎない。
他の施策・プログラムとの連携
このほかにも、サンフランシスコ市は建築物のエネルギー効率改善に向け、既存・新
築建築物を対象とする施策、あるいはインセンティブや融資など、多様な施策を実施
している。
施策
新築・改築建築物の全般を対象とする州の厳格なエネルギーコード(CA Title 24
2013 Energy Standards)があり、サンフランシスコ市も延床面積 25,000 ft2(約 2,323
m2 )超の新築業務用建築物に LEED ゴールドの取得を義務付けている。既存の
建築物を対象とする ECB 条例は、こうしたコード等を補完する形となっている。
インセンティブプログラム
ECB 条例は、2006 年施行の San Francisco Energy Watch (SFEW)も補完している。
このプログラムは、エネルギー監査・改修工事管理の無料実施やレトロコミッショニ
ングの支援を通じて、接触が難しい中小企業、中規模業務用建築物、多世帯居
住用建築物を対象とするものである。建築物の所有者がエネルギー監査制度で
–97–
推奨される省エネ対策に取り組む意欲を高める上で、リベートおよび品質保証支
援も効果を発揮している。
融資
サンフランシスコ市 では、資 金 援 助 プログラムとして GreenFinanceSF Property
Assessed Clean Energy (PACE)も実施し、省エネや再生可能エネルギー活用、節
水、耐震補強への資金援助を行っている。そのための財源は、不動産所有者が
選任した投資家により供給されており、最長で 20 年を期限とする固定資産税の増
額分で補填されている。
カリフォルニア州のベンチマーキングプログラム
ECB 条例は、カリフォルニア州の Commercial Building Energy Use Disclosure
Programme (AB 1103)(2014 年 1 月施行)も補完している。このプログラムは、州当
局以外に、大規模な不動産取引(売却、賃貸、借換)に関わる両当事者にも詳細
なエネルギー効率データの開示を義務付けるものである。これに対して、サンフラ
ンシスコ市が義務付けているのは、ごく限られたデータを年に 1 度開示することだ
けである。サンフランシスコ市では、年に 1 度の開示でも、現住者が建築物運用面
のエネルギー効率を高める動機になるとしている。その一方で、不動産取引の公
開が、購入者、入居希望者、投資家が更なる省エネを考える上で役立っているの
は事実である。
サンフランシスコ市提供。Copyright  2014
II. プログラムへの投入資源
設計・実施段階での投入資源
ECB 条例の初期段階の管理には、サンフランシスコ市と基金支援組織が共同で資金
提供を行ったが、関連プログラムに対する資金供給は個別に行われた。現在、SFEW
は電力会社・ガス会社等との諸契約から年間 700 万米ドル程度の資金供給を受けて
–98–
おり、業務用や多世帯居住用建築物向けの省エネ・アウトリーチサービスが行われて
いる。その資金源をたどっていくと、California Public Utilities Commission の管轄下
でカリフォルニア州に納付される公共料金を財源とする、10 億米ドル弱の省エネ基金
に行き着く。
ECB 条例は 2009 年、Mayor’s Task Force on Existing Commercial Buildings によっ
て設計され、ステークホルダーエンゲージメントと法案起草におよそ 18 ヶ月を費やした。
条例の実施状況を以下に示す。
 2011 年 4 月:条例施行
 2011 年 10 月:大規模建築物(50,000 ft2(約 4,645 m2)以上)の初回ベンチマ
ーク報告期限
 2013 年 1 月:大規模建築物のエネルギー監査・レトロコミッショニングレポートの
初回提出期限
 2013 年 4 月:小規模建築物(10,000~25,000 ft2(約 929~2,323 m2)の初回ベ
ンチマーク報告期限
 2014 年末:小規模建築物のエネルギー監査 95%完了予定
人的資源については、サンフランシスコ市が 1.5 FTE 程度を供給し、民間セクターも
各種の支援を行っている。報告期限の前後には担当者が増員される。
設計段階でのステークホルダーエンゲージメント
前述した Mayor’s Existing Commercial Buildings Task Force の中でステークホルダ
ーエンゲージメントが行われた。このタスクフォースには、商業不動産(所有権、管理、
運用、技術、工事、法律、財務等)の幅広い経験・知見を有するステークホルダー約
20 名のほか、エンジニアリング会社、地元のエネルギー事業者 PG&E に加え、State
Energy Commission、US Environmental Protection Agency (EPA)も参加している。な
お、このタスクフォースは、市内の業務用建築物での省エネ推進や競争力強化、およ
び温室効果ガス排出量削減に向けた施策・対策を調査するため、市長が招集した組
織である。前述のように、ECB 条例施行の大きな要因となったのは、ベンチマーキン
グ制度について正式な推奨(レポート形式)を行うことであった。その後、タスクフォー
スの推奨に基づく条例の原案作成に引き続き、ステークホルダーミーティングが進め
られた。
次に、City Department of Environment による調査やサンフランシスコのデータ・文献
レビューに基づき、ECB 条例の暫定版を作成した。この原案を 50 以上の業界団体・
委員会(その多くはタスクフォースに所属)ならびに地元の関係者に配布し、先方から
寄せられた意見を反映して原案を改訂した。2011 年 2 月の採択を経て、条例の新た
な要件に関わるアウトリーチ活動を開始し、業界団体へのプレゼンテーション、電力
会社・ガス会社主催のセミナー、マスコミ報道を行うとともに、条例の対象となる不動
産の所有者には通知書を送付した。
–99–
他都市との連携
サ ン フ ラ ン シ ス コ の Department of the Environment の 政 策 担 当 者 は 、 Local
Government Sustainable Energy Coalition (LGSEC)にも所属している。26 の地方自
治体からなる LGSEC は、エネルギーデータのアクセス、州の施策・規制の改善、都市
と公益企業が共同で進める省エネ対策といった課題について知見を共有している。
サンフランシスコ市は、米国エネルギー省とも成功事例や政策モデルを共有している。
また、エネルギーベンチマーキングプログラムを実施中の諸都市とともに、オープンソ
ースのソフトウェアプラットフォーム Standard Energy Efficiency Data (SEED)の開発に
参加している。SEED には、一連の省エネプログラムの管理を標準化する共通データ
ベースとしての機能が期待されている。現在はベータテスト段階にあり、2014 年後半
にリリースが予定されている。
III. プログラムの成果
影響
Climate Action Strategy の 2013 年版は同年春の時点において、初回提出分のエネ
ルギー監査結果 195 件で 1 年間に削減可能なエネルギーコストが 600 万米ドルを上
回り、省エネ投資額が 1,070 万米ドルを上回ったことを報告している。また、ECB 条例
に全面準拠した場合、業務用建築物ではエネルギー効率が年間 2.5%向上し、温室
効果ガス排出の予想削減量が年間 176,638 トンに達することが確認されている。
順守率
2011~2012 年のベンチマーキング順守率は現在のところ 80%とされており、大規模
建築物ほど高い。25,000~50,000 ft2(約 2,323~4,645 m2)の中規模建築物では 50
~60%に低迷しているため、サンフランシスコ市が順守の徹底を図る重点セクターとな
っている。また、10,000~25,000 ft2(約 929~2,323 m2)の小規模建築物については、
順守が昨年義務化されたばかりであり、順守率は極端に低い。しかし、これよりも大き
な原因と考えられるのは、EPA ENERGY STAR ウェブサイトのアップグレードに伴う技
術的な問題(エネルギー事業者からデータをアップロードする際の問題)である。なお、
2013 年のエネルギー監査順守率は 78%であった。
改修市場に対するプログラムの影響
サンフランシスコの政策担当者は、ECB 条例が改修市場の活性化に寄与していると
見ている。事例証拠を挙げると、SFEW プログラムの施行に伴い、小規模の業務用・
多世帯居住用建築物の 40~70%程度が SFEW による無料エネルギー監査で指摘さ
れた省エネ対策を実施している。監査が改修を強制するわけではないが、改修市場
は 堅 調 と 見 な さ れ て い る 。 ま た 、 カ リ フ ォ ル ニ ア 州 の 意 欲 的 な Title 24 Energy
Standards は住宅・業務用建築物での増改築全般を対象としているが、サンフランシス
コ市はさらに住宅売却時の改修義務化や蛍光灯性能基準の厳格化等の修正を加え
ている。こうしたことから、ベンチマーキング制度は 3 年間しか運用されていないものの、
建築物エネルギーコードやインセンティブパッケージなど、比較的容易に実施できる
施策がかなり以前から定着していることには留意すべきである。
–100–
IV. プログラムから得られた知見
IV-i 主な成功要因
役職者と地元ステークホルダーによる支持
ECB 条例の設計段階から地元のステークホルダーを参画させ、自分らの関心事が十
分に織り込まれたと考えたステークホルダーから支持が得られたため、条例の実施は
円滑に運ぶことになった。逆の言い方をすれば、市長のタスクフォースの大多数を占
める建築物所有者から大きな反発が出なかったということである。制度化の過程では、
地元の Building Owners and Managers Association (BOMA)、Chamber of Commerce
(商工会議所)、Small Business Commission(中小企業委員会)から強力な支援が得
られた。これらの団体が建築物の規模や用途を幅広く網羅していることも有利に作用
した。こうした強力な支持基盤を背景に、サンフランシスコ市は新政策の実施に際して
試行錯誤から学ぶという自由を獲得したと言える。
市場セグメントに応じたメッセージ内容の変更
サンフランシスコの政策担当者は、ECB 条例について発信するメッセージの内容を相
手側の市場セグメントに応じて微調整するように努めている。これには、対象市場セグ
メントに対するステークホルダーの理解度を高めるという効果もあるように見受けられる。
建築物の所有者に宛てた文書では内容を絞り込み、気候変動の緩和よりも経費削減
というメリットを強調している。また、口頭でのコミュニケーションでは、市長のタスクフォ
ースや政治的支持基盤に触れながら、経費削減のチャンスや競合上の優位性をアピ
ールしており、ここでも気候変動のリスクや緩和に向けた対策は二次的な位置付けと
なっている。インターネットを通じたコミュニケーションやプレゼンテーションでは、他都
市の相互参照型ベンチマーキング制度、経済的利益、ならびに不動産業界にとって
の温室効果ガス排出量削減の意義を強調している。
現行の省エネ対策との整合性
ECB 条例の設計段階では、市と州がすでに実施している省エネインセンティブとの整
合性を確保するため、相当な配慮が払われた。条例の設計で重視されたのは、順守
に必要なデータが集計された後に、建築物の所有者が他のプログラムや経済的イン
センティブを活用して改修を行えるようにするとともに、エネルギー監査で指摘された
省エネ対策も十分に利用できるようにすることである。このほか、既存のプログラムとの
整合性をとるための措置として、サンフランシスコ市はデータ報告や省エネをテーマと
したワークショップを開催しており、PG&E が実施している省エネ啓蒙プログラムなど、
現行の教育施策で得られる情報をさらに補強するように努めている。
データ品質の確保
サンフランシスコ市では、これまでに報告されたデータの品質が全般に高く、データの
意図的な改竄も見られないとしている。その大きな要因としては、データの改竄が今
後の建物取引(売却等)をに悪影響を及ぼすという認識が挙げられるであろう。その
背後には、不動産取引の当事者に対するベンチマーキングレポートの開示がカリフォ
ルニア州法で義務付けられているという事情がある。サンフランシスコ市では、データ
–101–
品質の確保に向け、専門の技術者にベンチマーキング情報の検証を依頼することを
奨励している。
IV-ii 主な課題
プライオリティとリソースのバランス
サンフランシスコ管理委員会は気候変動への懸念に触発され、さらに積極的な取り組
みを模索した結果、初回のエネルギー監査に設定していた期限を 5 年から 3 年に短
縮した。こうした時短の必要性に加え、プログラムの実効性・実現可能性、データの品
質(後述)という 3 要素のバランスをとらなければならないことから、現在までの実施状
況はやや徹底性に欠けると言わざるを得ない。
地元建築環境に関する高品質データの欠如
ECB 条例の設計・実施において大きな障害となったのは、地元建築環境について高
品質のデータが得られないことであった。確かに、ECB 条例にある程度関連するデー
タは、租税査定機関や建物査察機関が収集したものを中心に、相当量が揃っていた。
しかし、このデータは各機関の業務に基づいた編成になっており、条例実施の観点か
らは即効性に欠けていた。そのため、データの整理・再編成には、Co-Star(商業不動
産データの総合的データベース)との相互参照など、多大な労力を要した。現在、デ
ータの品質はかなり向上しており、サンフランシスコ市は前述した米国エネルギー省
の SEED プラットフォームを利用できるまでに至っている。今後は、SEED がサンフラン
シスコ市のデータ管理コストを大幅に削減するとともに、全米諸都市でのデータ管理
業務を標準化していくことが予想される。
建築物全体のエネルギー使用データの把握
エネルギー使用状況の把握は、所有者居住型や単一テナント型の建築物では容易
だが、個別従量制のテナントが多数入居している建築物の所有者にとっては難題で
ある。米国でエネルギーベンチマーキングを義務付けている他の 8 都市では、電力会
社・ガス会社等が利用者の要望に応じて建物全体のエネルギー消費量を毎月通知
することで、この問題を解決している。PG&E はデータアクセスの自動化でこの問題の
軽減に成功したものの、解決には至っていない。この取り組みは PG&E のウェブサイト
から無料で実施されているが、ビルオーナーとのデータ共有については依然としてテ
ナントの同意を得なければならないのが現状である。
縦割り型のデータ管理
カリフォルニア州のエネルギー消費データは、California Public Utilities Commission
(カリフォルニア州公益事業委員会)と California Energy Commission(カリフォルニア
州エネルギー諮問委員会)が管轄している。このように管轄が一元化されていないた
め、サンフランシスコ市がデータの入手・管理を迅速化しようとしてもなかなか一筋縄
ではいかない。この問題の解決に向けて、サンフランシスコ市は米国エネルギー省お
よび PG&E とともに前述の White House Data Accelerator に共同参画している。
–102–
ベンチマーキングデータの価値の伝達
広報や啓蒙のあり方もサンフランシスコ市の今後の課題である。プログラムの成否は、
ベンチマーキングデータの価値を広く一般に周知させることにかかっていると言っても
過言ではない。市場動向の変化も市民の意識向上からスタートするものである。
参考資料一覧
サンフランシスコ、2013 年、サンフランシスコの気候変動対策戦略。
http://www.sfenvironment.org/sites/default/files/engagement_files/sfe_cc_ClimateAct
ionStrat egyUpdate2013.pdf
パシフィック・ガス・アンド・エレクトリック社、「エネルギ性能ベンチマーキング」。
http://www.pge.com/benchmarking
サンフランシスコ環境局、「既存業務用建築物に関するエネルギー性能条例」。
http://www.sfenvironment.org/ecb
サンフランシスコ環境局、「既存業務用建築物に関するエネルギー性能条例:概要」。
http://www.sfenvironment.org/sites/default/files/fliers/files/sfe_gb_ecb_ordinance_ov
erview.pdf
サンフランシスコ環境局、「既存業務用建築物タスクフォースレポート」。
http://www.sfenvironment.org/download/existing-commercial-buildings-task-force-re
port
サンフランシスコ環境局、「サンフランシスコ・グリーンビルディングコード」。
http://www.amlegal.com/nxt/gateway.dll/California/sfbuilding/greenbuildingcode201
3edition/chapter1general0?f=templates$fn=default.htm$3.0$vid=amlegal:sanfrancisc
o_ca
サンフランシスコ環境局、「サンフランシスコ・グリーンファイナンス:業務用建築物 PACE
プログラム」。
http://www.sfenvironment.org/article/financing/greenfinancesf-commercial-pace-prog
ram
サンフランシスコ環境局、「サンフランシスコ・エネルギー監視」。
www.sfenergywatch.org
サンフランシスコ環境局、「サンフランシスコ環境コード第 20 章:既存業務用建築物に関
するエネルギー性能条例」
http://www.amlegal.com/nxt/gateway.dll/California/environment/chapter20existingco
mmercialbuildingsener?f=templates$fn=default.htm$3.0$vid=amlegal:sanfrancisco_c
a$anc=JD_Chapter20
–103–
4.2.7 シアトル:The Seattle Building Energy Benchmarking and Reporting Program(シ
アトル・建築物エネルギーベンチマーキング・レポーティング制度)
要旨: 順守率は高いが、ベンチマーキングデータの価値をステークホルダーに周知させるア
ウトリーチ活動の継続が課題となっている。
都市全体での削減目標
シアトルは、2050 年を目途にカーボンニュートラルの達成を目指している。
建築物に特化した削減目標
シアトルが設定した目標は、2030 年までにエネルギー使用を業務用建築物で 10%、居住
用建築物で 20%削減するというものである。
I.
プログラム内容
主な要素
Seattle Building Energy Benchmarking and Reporting Program では、延 床 面 積
20,000 ft2(約 1,858 m2)以上の住宅・業務用建築物に対して、エネルギー性能を毎
年調査して結果をシアトル市に報告し、テナント入居者(入居希望者)、買主、貸主の
要求に応じてこの情報を開示することを義務付けている。この規制は、2013 年に改定
された Climate Action Plan (CAP)を支持し、「2050 年のカーボンニュートラル」という
目標へ向かう一歩として策定されたものである。
このベンチマーキングプログラムは、2010 年 1 月に条例 123226 として採択され(2012
年に条例 123993 として改正)、延床面積 50,000 ft2(約 4,645 m2)超の大規模業務用
建築物を手始めに、段階的に導入された。報告の義務化は、このような大規模業務
用建築物について 2012 年 4 月、多世帯居住用建築物について 2012 年 10 月、
20,000 ft2(約 1,858 m2)超で 50,000 ft2(約 4,645 m2)以下の建築物について 2013 年
4 月に開始している。現在、このプログラムは 3,250 棟程度の物件(合計 2 億 8,000 万
ft2(約 2,600 万 m2)以上)を対象に、全面実施されている。
年間ベンチマーキング制度
このベンチマーキングプログラムは建築物の所有者に対し、各建築物の詳細な使用
状況および実績エネルギー使用量を確認して毎年 4 月 1 日までにシアトル市に報告
することを義務付けている。報告には米国環境保護 庁(EPA)の ENERGY STAR
Portfolio Manager が利用されている。
現在、提出されたデータを第三者機関が検証することはないが、シアトルは無料のヘ
ルプデスクを設置し、電話やメールで実績データを受け付けている。自由参加の講習
会やワークショップも毎週開催されている。このほか、同市では異常値の確認や建築
物所有者への連絡とデータ補正に、第三者機関による技術支援を活用している。
–104–
施行
プログラムのアウトリーチ活動として、年に 1 度の通知書で建築物の所有者に 4 月 1
日までの報告義務を周知させている。延滞者には警告書を送付している。猶予期間
は 90 日あり、その間に必要に応じてデータ作成支援が行われるが、それでも提出し
ない者には罰金規定付きの違反通告書を送付している。罰金の金額は 1 四半期を単
位として、延床面積 50,000 ft2(約 4,645 m2)以上の建築物で 1,000 米ドル、20,000 ft2
(約 1,858 m2)~49,999 ft2(約 4,645 m2)の建築物で 500 米ドルとなっている。昨年は
3,250 棟のうち 2%ほどが罰金を科された。所有者が違反の是正および建築物の適合
化を怠った場合は、罰金の利子が 90 日ごとに累積していく。
プログラムの対象と範囲
延床面積 20,000 ft2(約 1,858 m2)以上の住宅・業務用建築物が対象となっており、建
築物の所有者と管理者に報告義務が課される。このように大規模な建築物が対象と
なった理由としては、まず「市内の建築物床面積の大半を取り込みたい」とするシアト
ルの意向がある。また、この規模の建築物には運営管理者や建築物管理会社が採
用されている可能性が高く、エネルギーベンチマーキングの実施およびその結果に
応じた対処が円滑に行えるという判断も働いた。
当初の条例は 10,000 ft2(約 929 m2)超の業務用建築物および 5 世帯以上の居住用
建築物に適用されていたが、この場合の対象は 9,000 棟ほどである。その多くを占め
る小規模建築物の所有者は、ベンチマーキング制度やエネルギー消費量の報告ツ
ールついての知識が不足していた。それが条例の改正につながり、業務・居住セクタ
ーで 20,000 ft2(約 1,858 m2)以上の大規模建築物が対象となった。
プログラム全体の目標
最終的な目標は、建築物の所有者にエネルギー消費量・コストの削減に取り組んでも
らい、それを通 して、市 内の既存 建築 物での CO2 排 出 量削 減 を目 指す Climate
Action Plan の目標達成を推進することである。シアトルではプログラムの啓蒙活動も
重視しており、ビルオーナーとテナントに省エネ性能基準やベンチマーキングを周知
させることで、市場での経済的な意思決定に際して省エネへの意識付けが行えるとし
ている。また、シアトルの将来の施策・インセンティブプログラムの構築に向けて、建築
物エネルギー性能データの年次報告書も検討中である。シアトルでは数値目標の 1
つとして、年間の順守率を 100%に近付けることを掲げている。
II. プログラムへの投入資源
設計・実施段階での投入資源
このプログラムの設計期間は 2 年である。2008~2009 年に Mayor’s Green Building
Task Force(後述)が招集され、既存建築物でのエネルギー消費量 20%削減への効
果的な施策提案を担当することになった。ベンチマーキングは、このステークホルダー
エンゲージメント過程で推奨された省エネ施策の 1 つである。2009 年に施策制度化
の提議が行われ、2010 年に法案が最終的に通過した。設計段階の開始時点では既
存スタッフの一部が携わっていたが、2013 年の実施段階では 2.75 FTE に増員された。
–105–
技術支援スタッフも当初の 0.5 FTE から、段階的実施の 2 年目に 3 FTE に増員され
た。プログラムが 2 年目から 3 年目に入り、すべての建築物からレポートが提出される
ようになったのを受けて、技術支援スタッフは 1.75 FTE に減員された。
人的資源の面から見ると、施策提案段階(2007~2008 年)には他部門の既存スタッフ
数名による非常勤勤務に依存していたが、2009 年に Mayor’s Green Building Task
Force が施策を推奨した後は、0.25 FTE が施策の設計に専従した。インスタンスデー
タベースの開発など、プログラムのインフラ構築には連邦補助金も投入された。
ステークホルダーミーティングは条例通過の前年に行われた。その中心となったのは前
述の Mayor’s Green Building Task Force であり、ここには民間セクター、電力会社・ガ
ス会社、政府当局、市民セクターから 50 名が参加した。このタスクフォースは最終的に
新築建築物担当と既存建築物担当の 2 グループに分割され、2008 年 6 月から 2009
年 1 月にかけて月例会を開催していた。さらに、約 18 ヶ月後にはシアトル地区会合が
数度にわたり開催され、条例の実施要件が伝えられた。一連の公式・非公式の会合に
は、Building Owners and Managers Association (BOMA)、賃貸住宅協会、その他の公
的なステークホルダーが参加した。こうした会合からのフィードバックに基づき、条例の
採択前にその規則を e メールで伝える指針(“Director’s Rule”)が手直しされた。ステー
クホルダーミーティングは条例の採択後も継続し、インストラクターによる ENERGY
STAR Portfolio Manager へのデータアップロード手順の教育や、建築物セクターに新
たな報告要件を伝えるアウトリーチ活動が行われた。このほか、政策担当者が条例実
施の初期段階で多世帯向けのパイロットプログラムを立ち上げ、教材の効果を検証す
るとともに、多世帯居住用建築物の所有者に条例の順守を奨励していた。
シアトル市提供。Copyright  2014
実施段階での投入資源
総合予算の内訳は時系列で変化するが、実施段階を大まかに見ると、助成金が 75%、
シアトル市からの拠出資金が 15%、罰金による歳入が 10%を占めていた。人的資源
については、現在プログラムに参画している 2.75 FTE のうち、1.0 名がプログラムの管
–106–
理・企画、1.0 名がアウトリーチ・啓蒙活動やデータ管理、0.75 名が順守と施行に携わ
っている。
最近のマーケティング・コミュニケーション予算は約 20,000 米ドルであり、通知書・警
告書や教材の作成費用に充当していた。また、インターネットによる報告制度を維持
するため IT 関連のアップグレードに充てる予算は、約 15,000 米ドルであった
シアトルはステークホルダーエンゲージメント過程への投資も継続しており、その範囲
は条例の順守を奨励する無料の教育ワークショップから、月刊 e ニューズレターによる
メディアへの働きかけ、業界誌への寄稿、データ分析から得られた知見の共有までに
及んでいる。
III. プログラムの成果
2014 年 1 月、2011~2012 年分提出データに関する初の総合分析レポートが発表され、
建築物の所有者や管理者は自他の建築物のエネルギー効率を比較評価できる画期的
な手段を手にすることになった。現在のところ、このプログラムは極めて高い順守率を達
成しており(後述)、所有者や管理者に他の省エネインセンティブプログラムを紹介するな
どしてグリーンビル手法をさらに推進する状況にある。
順守率の高さ
上記のレポートによれば、平均順守率は 93%(非居住用 89%、多世帯用 97%)であり、
同様のベンチマーキングプログラムを実施している全米各都市の中でも最高の部類
に属する。
改修市場に対するプログラムの影響
省エネの効果は一般にかなりの年月を経ないと表れないため、現在のような実施の初
期段階でプログラムの影響を評価することは難しい。ただし、事例証拠を挙げると、こ
の条例に応じて省エネ改修を行った建築物が数棟見られる。シアトルではさらに改修
を推進する対策として、電力公社 Seattle City Light との協働を進めている。現在、
Seattle City Light ではベンチマーキング結果と内部データの比較を行っており、そこ
で得られた知見に基づき、現在・将来の省エネリベートプログラムの改善や周知に取
り組んでいる。
もう 1 つの事例証拠として Seattle 2030 District が挙げられる。商業地区の民間建築
物で構成される Seattle 2030 District では、2030 年までに新築建築物でのカーボンニ
ュートラル達成、既存建築物でのエネルギー使用量 50%削減をサステナビリティ活動
の中心に位置付けている。シアトルのベンチマーキング施策の実現は、諸施設の自
発的な連合を推進した Seattle 2030 District の事務局長に負うところが大きい。
–107–
IV. プログラムから得られた知見
IV-i 主な成功要因
政治的支援とステークホルダーによる支持
シアトル市長、市議会議員、部局長の政治的支援が大きな成功要因となった。シアト
ルがこれまでに新たな気候変動対策に取り組んできた経緯もあり、市長を始めとする
代表者が賛同するに至ったわけだげ、これがプログラムの導入において非常に重要
な役割を果たした。
ステークホルダーによる支持もプログラムの実現に大きく寄与した。その主体となった
のは、ベンチマーキングプログラムの策定を推奨した Mayor’s Green Building Task
Force(前述)である。この条例は BOMA 等のステークホルダーとの協働を経て、また
一般向けでなく建築物の関係者を対象とした独自の開示方針に基づいて策定された
ものである。年次報告される基準も、建築物の運用面でなく基本的なエネルギー性能
に限定されていた。シアトルは、こうした柔軟な施策の立案により、建築物レベルのエ
ネルギーデータ開示に関する建築業界の懸念を払拭することに成功したのである。こ
のほかには、Institute for Market Transformation (IMT)、EPA、米国エネルギー省か
らの支持も得られた。
資金提供
連邦政府、地元の省エネ推進団体、私的財団から資金提供を受けられたことも、プロ
グラムの成功に寄与している。
ナレッジベースの活用
市内の住宅・業務用建築物に関するナレッジベースがすでにあったことで、プログラム
対象に最適の建築物を判定することができた。このナレッジベースは、シアトル市が地
元の租税査定機関の協力を得て開発したデータベースを基盤としている。
順守率の高さ
シアトルの政策担当者は、プログラムの順守率が極めて高いことの要因として、無料
講習会の開催や、すでに 2 年半以上の実績があるヘルプデスクの設置といったアウト
リーチ活動、ステークホルダーエンゲージメント活動を挙げている。これ以外の重要な
ファクターには、条例の改定に際して、建築物の種類をベンチマーキングの効果が最
も大きなものに絞り込んだことがある。当初の報告期限は建築物所有者にとってかな
りの負担となっていたが、シアトルはこれを緩和するとともに、条例の規則や細目の一
部修正も行った。また、不明瞭なレポートについては入念な追跡調査を行い、レポー
ト作成時点でのミス防止にも助力した。条例施行の周知を適宜に図ったことも、順守
率を高める潜在要因となった模様である。
順守率を詳細に検討した結果、居住セクター(97%)が非居住セクター(89%)を上回
ったことが分かった。住宅・業務用建築物はベンチマーク対象 3,250 棟のほぼ 50%を
占めている。予想に反し、小規模業務用建築物における関心や順守率は最も低かっ
–108–
たが、同じ小規模建築物でも多世帯居住用の所有者は連絡がとりやすく好意的に対
応したようである。このカテゴリーで順守率が高い一因として、居住用建築物の所有
者(その多くが地元の賃貸住宅協会の会員であり、不動産管理者を利用している)へ
の接触が容易だったことが挙げられる。
都市全体での削減目標
2005 年以降、CO2 排出量削減に向けたシアトルの施策が広がってきたことも、プログ
ラムの成功につながっている。政策担当者によれば、新条例が負担を増すだけで不
要であると考えがちなステークホルダーがいるなかで、Climate Action Plan (CAP)が
アウトリーチ活動に役立ったようである。CAP はステークホルダーに対して、建築セクタ
ーと同様の取り組みが運輸等のセクターでも進行中であること、さらにシアトル市自体
もベンチマーキングや CO2 削減要件の対象であることを伝える役割を果たしている。
都市間の交流
ニューヨーク、サンフランシスコ、ワシントン DC など、同様の施策を推進している他都
市との間で、成功事例の共有や各種対策の相互検証を行うことは、非常に有益であ
った。シアトルの政策担当者はこの経験をもとに、省エネや CO 2 排出量削減における
ベンチマーキングの重要性を実証した調査結果を活用している。なお、他都市との交
流会の一部は、US Sustainability Directors Network や Bloomberg Foundation など外
部団体から資金提供を受けて開催された。
公益企業による支持
電力会社・ガス会社などによるデータ交換関連の支援も、プログラムの成功に大きく
貢献している。シアトルでは、エネルギーデータの利用に 3 つの公益企業すなわち
Seattle City Light(電力、公営)、Puget Sound Energy(LNG、民間)、Seattle Steam
(民間)の協力が必要である(データアクセスおよびレポート用のインフラは各事業体
で異なる)。建築物の所有者は公益企業のデータに直接アクセスすることで、テナント
のプライバシーを侵害することなく、テナント使用分を含む総計エネルギー消費デー
タが入手可能となっている。公益企業の側も、データ交換業務の一環として
ENERGY STAR Portfolio Manager へのアップロードを自動化している。こうした手段
を併用することで、各テナントの電力料金をチェックするなどの手作業が減り、報告の
プロセスが能率化される。確かに、公益企業と個々の建築物の間にアクセスのメカニ
ズムを確立する作業には時間も労力もかかったが、その仕組みが整った後は、報告
の手間が大幅に軽減され、データの手入力で生じるミスも激減した。
IV-ii 主な課題
ソフトウェアとデータ管理の課題
シアト ルの 政 策 担 当 者 からは、報 告 用 の ソフト ウェア( ENERGY STAR Portfolio
Manager)はもともと省エネ担当のエンジニア向けに開発されたもので、使い勝手がよ
くなかったという意見が聞かれた。その後、改良を経た Portfolio Manager は扱いやす
くなり、建築物の所有者もそれほど抵抗なく利用していたように見受けられた。
–109–
データ交換用のデータベースと IT システムの開発も、障害への対処や互換性の維持
に高度な技術力が要求され、容易に進展しなかった。公益企業側では、データ交換
用の自動データ処理プログラムを個別に開発する必要性に迫られている。一方、顧
客の側には抵抗感があり、専門知識も不足していることから、シアトルは技術支援を
受けながらこの問題への対応を図っているのが現状である。
データの正確さを確保する手段については、シアトルはサンプルの監査を行ったもの
の、現状では主として自己申告に依存している。このほか、調査結果を建築物の種類
別に分類し、平均範囲外の事例についてもデータの正確性を検証できるようにしてい
る。こうした異常値の検証から、エネルギー消費量が平均範囲を大幅に上回っている
との指摘を受けた不動産管理者が、改めて省エネを検討する機会も生まれている。
データの管理は基本的にシアトル市自体で行っているが、データの検証についはエ
ネルギー省の Buildings Performance Database による技術支援を受け、データの分析
は民間の契約コンサルタントに依頼している。
データの正確性を向上させるもう 1 つの戦略として、米国環境保護庁の ENERGY
STAR 認証で建築物の市場価値を高められるような所有者には、この省エネ格付け
の取得を奨励することがある。ENERGY STAR 認証の取得には、技師が主体となっ
て過去の光熱費を検査した上で、申告済みエネルギー消費量の検証を受けることが
義務付けられている。そのため、認証取得の奨励は自己申告によるベンチマーキング
結果のデータ精度向上につながり、エネルギー消費量を過小にした虚偽報告の防止
にも有効である。なお、Seattle Building Energy Benchmarking Analysis Report(シア
トル建築物エネルギーベンチマーキング分析レポート)によれば、候補の建築物 309
棟のうち実際に認証を受けた建築物はわずか 69 棟にとどまっている。
ベンチマーキングデータの価値を周知させるアウトリーチ活動
テナント、買主、貸主からベンチマーキングデータの開示要求を受けた正確な建物数
は、現在のところ不明である。事例証拠を見る限り、商業地区の大規模オフィスビル
の不動産取引に関しては、開示が要求されている。ベンチマーキングデータの普及を
受け、シアトルとしては不動産セクターにその重要性や活用の仕方を認識させたい意
向である。シアトルは単なる規制順守にとどまらない実践的な省エネ活動を目指して
おり、将来に向けた取り組みにはステークホルダーの持続的な啓蒙が不可欠としてい
る。
参考資料一覧
シアトル市議会情報サービス、2010 年、「条例 123226」。
http://clerk.ci.seattle.wa.us/~scripts/nph-brs.exe?s1=&s3=116731&s4=&s2=&s5=&S
ect4=AND&l=20&Sect2=THESON&Sect3=PLURON&Sect5=CBORY&Sect6=HIT
OFF&d=ORDF&p=1&u=/~public/cbory.htm&r=1&f=G
シアトル市議会情報サービス、2010 年、「条例 123993」。
http://clerk.ci.seattle.wa.us/~scripts/nph-brs.exe?s1=&s3=&s4=123993&s2=&s5=&S
ect4=AND&l=20&Sect2=THESON&Sect3=PLURON&Sect5=CBORY&Sect6=HIT
OFF&d=ORDF&p=1&u=/~ public/cbory.htm&r=1&f=G
–110–
シアトル持続可能性・環境部、「エネルギーベンチマーキング」。
http://www.seattle.gov/energybenchmarking
シアトル持続可能性・環境部、「エネルギー査定とエネルギー使用強度」。
http://www.seattle.gov/environment/buildings-and-energy/energy-benchmarking-andreporting/save-energy---energy-scores
シアトル持続可能性・環境部、「グリーンビルディング・タスクフォース」。
https://www.seattle.gov/environment/GBTaskForce.htm
シアトル持続可能性・環境部、2014 年 1 月、「2011/2012 シアトル建築物エネルギーベ
ンチマーキング分析レポート」。
http://www.seattle.gov/Documents/Departments/OSE/EBR-2011-2012-report.pdf
シアトル 2030 年地区、「地区目標」。
http://www.2030districts.org/seattle/district-goals
–111–
4.2.8 シンガポール:Existing Buildings Legislation(既存建築物に関する法律)
要旨: 2030 年までにシンガポールの建築ストックの 80%以上を「グリーン化する」という目標
達成を前倒しするため、既存建築物のグリーン化に向けた画期的な法律が制定され
た。
都市全体での削減目標
都市国家シンガポールの気候変動緩和目標には 2 つの側面がある。まず、全国の温室効
果ガス排出量を 2020 年までに BAU (business-as-usual)レベルから 16%削減することを公
約している。ただし、そのためには法的拘束力を有する世界的合意が形成され、世界各国
がその義務を誠実に果たすことを前提としている。次に、これと並行する形で、GHG 排出
量を 2020 年までに BAU (business-as-usual)レベルから 7%~11%削減することを目指し、
施策・対策の実施に着手した。
建築物に特化した削減目標
詳細は未定。
I.
プログラム内容
概要
Existing Buildings Legislation(EB 法)は、2012 年 9 月、Building and Construction
Authority (BCA)(建築・建設庁)により制定された。第 2 期 Green Building Master
Plan (GBMP)の戦略の一環として、2030 年までに建築ストックの 80%以上をグリーン
化するという目標の達成を目指すものである。EB 法の施行は、新築建築物に代わり
既存建築物が重視されるようになったことを意味するが、それは後者を対象にすれば
シンガポールのより多くの建築物で CO2 排出量削減が図れるためである。
予備知識:Building Control Act と BCA の Green Building Master Plan
シンガポール市内の新築・既存の全建築物に対し、最低限の環境維持基準を義務
化することを目的に、Building Control Act の下に 2 本のグリーンビル施策が制定され
た(図 4.2.8 を参照)。第 1 の施策は 2008 年施行の Building Control (Environmental
Sustainability) Regulation であり、こちらは新築建築物の省エネを対象とした第 1 期
GBMP に基づいている。第 2 の施策は、このケーススタディでも詳述する Building
Control (Amendment) Act 2012 であり、こちらは既存建築物を対象とした第 2 期
GBMP に基づいている。なお、2014 年 9 月に発足した第 3 期 GBMP は、建築物の
省エネに向けた総合的な取り組みのなかで、建築物の居住者やテナントとの関係構
築を主眼としたものである。
主な要素
EB 法は建築物の所有者に対し、下記の 3 項目を義務付けている。
1. Green Mark の最低基準:水冷式・空冷式冷却装置や単一ダクト方式装置の設
置・交換に際して、最低限の環境維持基準に適合することを義務付けるもの。
–112–
エネルギー効率のよいセントラルエアコンシステムを導入してもらい、通常の製
品寿命 15~20 年間にわたり省エネを継続させることを目指す。
Building Control Act
2005 年 BCA Green Mark
2006 年 第 1 期 GBMP
新築建築物
新築建築物に関す
る法律
2009 年 第 2 期 GBMP
……
施策
Building Control (Environmental
Sustainability) Regulations(2008 年 4 月
施行)
施策
既存建築物
既存建築物に
関する法律
Building Control (Amendment) Act 2012
(2013 年 7 月 1 日施行)
2014 第 3 期 GBMP
居住者やテナントとの関係構築
開示義務化への段階的取り組み
図 4.2.8:シンガポールの Green Building Master Plans における法整備
2. 建築物冷房装置の 3 年ごとのエネルギー監査:前述の最低基準に基づいた冷
却装置のエネルギー監査ならびに BCA への所定書類の提出を義務付けるも
の(エネルギー監査は、BCA に登録された Professional Mechanical Engineer
(専門機械技師)や Energy Auditor(エネルギー監査官)に依頼するよう規定)。
建築物の冷房装置を効率的に稼働させ、製品寿命が終わるまで最低限の基
準に適合させることを目的とする。
3. 建築物情報とエネルギー消費データの年次提出制度:建築物情報とエネルギ
ー消費データを年に 1 度、オンラインポータルから提出することを義務付けるも
の。提出されたデータは、全国的な建築物エネルギーベンチマークの基礎とな
る。建築物の所有者には、このベンチマークを共有した上で、建築物のエネル
ギー性能改善に積極的に取り組むことが奨励される。
プログラムの対象と範囲
EB 法は暫定的に、業務用建築物(オフィス、ホテル、小売店を含む複合施設等)を
対象としている。建築物の冷房装置に関する Green Mark の最低基準と 3 年ごとのエ
ネルギー監査は、延床面積 15,000 m2 以上の業務用建築物に適用され、年次提出
制度は規模と無関係に業務用建築物全般に適用される。これら 3 要件の順守義務は
建築物の所有者が負う。一方、新築建築物に関する法律は、新築建築物全般ならび
に既存建築物(延床面積 2,000 m2 以上)に対する増改築全般を対象とする。これら 2
本の法律が連動してシンガポールの建築物の省エネ化を義務付け、推進する体制と
なっている。
–113–
プログラム全体の目標
EB 法の導入目的は、2030 年までに建築物の 80%以上をグリーン化するという目標を
前倒しするとともに、建築物の省エネ化を推進することである。また、建築セクターの
全国的エネルギーベンチマークの基盤作りに向け、データ収集を容易にすることも視
野に入れている。建築物の所有者は、このベンチマークを通して現在のエネルギー
性能を他の建築物と比較することで、エネルギー性能の向上に積極的に取り組むも
のと見込まれる。また、最低限の省エネ基準が設定されたことから、エネルギー消費
量の削減という見返りを受けながらエネルギー性能の向上が図れるであろう。
建築物情報とエネルギー消費データの提出
EB 法の対象となった業務用建築物の所有者には、2013 年 7 月 1 日以降、建築物情
報とエネルギー消費データの提出が義務付けられている。この提出制度の開始に当
たっては提出専用オンラインポータル Building Energy Submission System (BESS)が
開発され、データ収集の能率化が図られた。このポータルにはダウンロード版の自習
ツール(データ提出マニュアル、テクニカルガイド、トレーニング・デモ用ビデオ等)が
用意されており、提出の要件や手順が分かりやすく説明されている。制度開始の 1 年
目に当たり、建築物の所有者には下記の建築物情報を分析・提出することが義務付
けられた。
1. 所有権と用途分類(所有権、居住分類、建築物の用途分類)
2. 建築物情報(延床面積、空調床面積、改修・改築工事)
3. 設備情報(エレベーター、空調、機械的換気、照明、温水設備)
4. エネルギー消費量(電力、ジーゼル、ガス等)
家主やテナントが毎月の光熱費からエネルギー消費データを集計する手間を省くた
め、BESS では電力関連のデータを電力会社から直に引き出すなどして、提出のプロ
セスを簡略化している。今後数年間、建築物の所有者に課される義務は、建築物情
報での変更点を更新すること、エネルギー消費データを提出の前に確認することに限
定される。
提出期限が過ぎると、BESS で収集したデータに食い違いやデータ入力ミスがないか
チェックし、必要であれば、データを分析やベンチマーキングに回す前に建築物の所
有者に確認を求めている。また、Green Mark 対象建築物についての提出情報は
Green Mark 対象提出物と照合し、BCA へ提出されたデータの整合性を確認してい
る。
最後に、検証が終わったデータを分析し、業務用建築物の全国的なエネルギーベン
チマークを完成させる。その過程で得られた知見やベンチマークの内容は、2 つのプ
ラットフォーム(BESS および 2014 年 9 月発表の BCA Building Energy Benchmarking
Report (BEBR) 2014)で建築物の所有者と共有している。なお、年次提出制度が 2 期
目(2014 年現在)に入ったことを受け、将来の政策立案に向けてデータ要件や報告
手順の検討が行われる予定である。そこでは、エネルギー性能開示制度への段階的
取り組みなどを取り上げると見られる。
–114–
施行
提出内容が不適合の場合は、期限延長や猶予期間などの処置をとり、その間に数回
にわたり建築物の所有者に督促状を送付している。建築物の所有者がこれに応じな
い場合は訴訟に進み、有罪判決を受けた者には最高 10,000 シンガポールドルの罰
金が科される。
シンガポール建築・建設庁提供。Copyright © 2014
II. プログラムへの投入資源
設計段階での投入資源
EB 法は設計から施行までに約 3 年を要した。設計段階では、ディベロッパー、ESCO、
Management Corporation Strata Titles (MCSTs)、Mechanical and Electrical (M&E)コ
ンサルタント、建築物管理会社、政府機関の代表者が出席した業界審議会にて、
BCA の政策担当者がステークホルダーの意見を集約した。こうした意見に基づき法
案が微調整された。これとは別個に、BESS 経由の年次提出制度については、EB 法
の施行に先立ち、業界サイドによってパイロットテストが行われた。
設計チームは、建築物の所有者がテナントや電力会社・ガス会社等から総計エネル
ギー消費データを収集する際に直面した課題を中心に、ニューヨークの経験からも学
んだ。また、BCA は公益企業に対し、エネルギー消費データを直接 BCA に提供する
ことを義務付けたが、これによって建築物の所有者が過去の光熱費を収集・集計する
手間が大幅に軽減され、データの正確さも向上することになった。
EB 法の導入以前も、ディベロッパーやビルオーナーに既存建築物の省エネ改修を
奨励するインセンティブや融資の制度が展開されていた。これらはシンガポール政府
が単独で実施したもので、NGO や支援団体からの資金援助は行われていない。2009
年には、冷凍設備入替等の改修工事への資金供給を目的に、1 億シンガポールドル
規模の Green Mark Incentive Scheme for Existing Buildings (GMIS-EB)が制定され
–115–
た。その対象は延床面積 2,000 m2 以上の既存の民間業務用建築物のほか、中央冷
却水空調設備、あるいはこのような設備に移行する施設である。GMIS-EB は 2014 年
4 月 28 日に終了し、経済的インセンティブは全額履行されている。
2011 年には、中小建築物の所有者による省エネ改修への財政支援に向け、パイロッ
ト版の Building Retrofit Energy Efficiency Financing (BREEF)制度が導入された。
BREEF 制度のもとで、BCA は債務不履行リスクの 50%を負担し、民間金融機関から
中小建築物の所有者への融資を奨励している。5 つのプロジェクトの初期段階には、
600 万シンガポールドル以上の資金が投入されている。2014 年 4 月 1 日に開始した
パイロット版 BREEF の第 2 期には、BCA が負担する債務不履行リスクが 60%になり、
信用枠が居住用建築物にまで拡張された。
設計・実施段階での投入資源
年次提出制度の運営ならびに建築物所有者への連絡、アウトリーチ活動、督促、監
督等の付帯業務は、BCA 政策担当者 3 名からなるチームが担当している。3 名の内
訳は、非常勤の上級管理職 2 名、同じく非常勤の管理職 1 名であり、何れも他に本来
の職責を有する者である。この 3 名が建築物の所有者、MCST 等の建築物登記代行
会社、管理代行会社、運営管理会社に対し、ホットライン(電話)、e メール、出張、個
別面談などを通して直接的な支援を提供している。
EB 法関連のパンフレット等の配布は、Singapore Institute of Architects、Institution of
Engineers Singapore、Real Estate Developers Association Singapore、International
Facility Management Association 等の専門機関が引き受けている。さらに、最新情報
を 業 界 ス テ ー ク ホ ル ダ ー に 発 信 す る ア ウ ト リ ー チ 活 動 の 基 盤 と し て 、 BCA は
Construction and Real Estate Network (CORENET)を活用しているが、これは企画許
可書、建築・構造計画許可書、その他の公文書を扱うオンライン提出・情報提供ポー
タルである。
III. プログラムの成果
順守率
年次提出制度の施行から 2 年目の 2014 年、9 月 1 日~3 日に開催された International
Green Building Conference (IGBC) 2014 にて、1 年目(暦年の 2013 年)に収集された
データの分析結果をまとめた BCA BEBR 2014 が発表された。1 年目における全般的
順守率は、2014 年 6 月 30 日現在で 99%となっている。
グリーンビルディングの増加
グリーンビル手法への EB 法の影響を評価するには時期尚早であるが、BCA が制定
した他の施策やインセンティブは、シンガポールにおける Green Mark 取得建築プロジ
ェクト数の増加に大きく貢献している。Green Mark 取得建築物は、2005 年の 17 棟か
ら 2014 年 9 月には約 2,200 棟まで増加した。これを面積に換算すると 6,300 万 m2 と
なり、シンガポールの総延床面積の 26%以上に相当する。
–116–
改修市場に対するプログラムの影響
建築物の省エネ関連の事業や業務については、BCA Academy コースで育成された
Green Mark Manager や専門家の増加や Environmentally Sustainable Design (ESD)
コンサルタントの増員など、一定の需要増が見られる。シンガポールは、グリーンビル
ディング設計や維持管理の専門家に対する市場需要を受け、2020 年までに 20,000
名のグリーンカラースペシャリストを育成することを目指している。その中心となるのは、
Professional, Manager, Executive and Technician (PMET)レベルのスタッフである。
IV. プログラムから得られた知見
IV-i 主な成功要因
ステークホルダーエンゲージメント
BCA の政策担当者は、ディベロッパー、ESCO、MCST、M&E コンサルタント、建築物
管理会社、政府機関など、幅広いステークホルダーとの緊密な関係構築に努めてい
る。EB 法の各種構成要素(図 4.2.8 を参照)の設計や改善についてこうしたステークホ
ルダーから寄せられた見解は、EB 法のみならず GBMP の一環であるグリーンビル諸
条例の社会的認知を推進する原動力となっている。
2013 年 6 月、建築物情報とエネルギー消費データの年次提出制度の施行に先立ち、
業界向け説明会が数回にわたり開催された。こうしたアウトリーチ活動によって、建築
物の所有者や MCST 等の代行会社、管理代行会社、運営管理会社に新法案の要
件を提示した。また、EB 法の円滑な施行に向けてホットライン(電話)、e メール、出張、
BCA 政策担当者との個別面談等を実施した。これらの対策を通して、シンガポール
政府は新たな EB 法の順守を奨励するとともに、業務用建築物から分析用の建築物
情報とエネルギー消費データを十分に確保するよう努めている。
IV-ii 主な課題
建築物所有者の協力
法令施行の初期段階では、建築物の所有者に接触してその協力を得ることに相当の
時間を費やした。データ分析やベンチマーキングに際しての順守率を高めるには、対
象建築物の所有者全員に新法の要件を直に伝えなければならなかった。データの収
集は、2013 年 3 月末に通知書を発送してから開始した。通知書では建築物の所有者
に対し、3 ヶ月以内に提出用の建築物情報を作成すること、ならびに BESS での初回
アカウント登録を完了することを伝えた。提出期限後の 2013 年 11 月~12 月、BCA
担当者が未回答の建築物所有者を訪問して直に接触した。この訪問に引き続き、
BCA 担当者が未回答者に e メールで督促状を送信するとともに電話連絡も行い、違
反に対する罰金を改めて通告した。ただし、その際に相手側から依頼があれば、提出
が行えるように支援を拡大した。
中小規模建築物の所有者
中小規模建築物の所有者は、一般に建築物管理の知識が乏しい。アウトリーチ活動
の結果、運営管理者等の専門家も雇用していないため、所定の建築物情報の分析・
–117–
提出が困難であることが判明した。この問題に対処するため、BCA 担当者が建築物
情報の入手経路について順を追って説明した。
情報共有のあり方
既存建築物の所有者は、総合的な建築物情報やエネルギー消費データを持ってい
ないことが多く、そのためにエネルギー効率の監視が行えない。テナントや居住者も、
一般に建築物のエネルギー性能には無関心である。この情報不足を解消するため、
建築物情報とエネルギー消費データの年次提出制度では、共用部分とテナント専用
部の建築物情報の集計を義務付けている。これと同時に、電力会社・ガス会社等から
入手した建築物全体の総計エネルギー消費データは、提出期間中に BCA が建築物
所有者と共有する。建築物のエネルギー性能データは、提出済み建築物情報と一括
して、BESS の簡潔なエネルギーベンチマーキングレポートで建築物の所有者に提供
される。提出されたデータの詳細な分析結果は、BCA BEBR 2014 により業界サイドと
共有されている。
施行・管理における人材不足
BCA チームは非常勤 3 名という少人数編成であり、建築物の所有者に規制順守を徹
底するには人数が不足していると言える。
テナントの環境意識のあり方
2010 年以降、BCA はビルテナント(オフィス、小売店、飲食店、スーパーマーケット)を
対象に、居住者中心の Green Mark 制度を次々に導入してきた。大規模建築物の所
有者も、その多くがテナントをリサイクル、省エネ、節水、ゴミ減量化等の環境対策に
参画させるための手立てを講じてきた。しかし、このような取り組みにもかかわらず、所
有者の側からは「こうしたテナントエンゲージメント方策が受け入れてもらえる確率は高
くない」という声が聞かれる。テナントは一般に業務用建築物のエネルギー性能につ
いて無関心であり、エネルギー効率のよい建築物に対する需要の高まりもそれほど顕
著には見られない。したがって、今後は、建築物のエネルギー消費やサステナビリティ
に対するテナントの意識を高めることが、重要な焦点になるであろう。なお、建築物の
エネルギー性能開示は第 3 期 GBMP(図 4.2.8 を参照)の一環でもあり、現に BCA
BEBR 2014 での自主開示を皮切りにエネルギー性能が公的に共有されている。
参考資料一覧
建築・建設庁、「建築物エネルギー消費データ提出制度(BESS)」。
https://www.bca.gov.sg/bess
建築・建設庁、「建築物省エネ改修融資制度(BREEF)」。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/breef.html
建築・建設庁、「規則・規定・条例集」。
http://www.bca.gov.sg/publications/BuildingControlAct/building_control_act.html
–118–
建築・建設庁、「GM インセンティブ制度:既存建築物編(GMIS-EB)」。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/gmiseb.html
建築・建設庁、「建築物に関する環境維持条例」。
http://www.bca.gov.sg/Envsuslegislation/Environmental_sustainability_legislatio
n.html
建築・建設庁、2012 年 9 月 10 日、「ニューズリリース」。
http://www.bca.gov.sg/Newsroom/pr10092012_BCA.html
国家開発省、2012 年 9 月 22 日、「2012 年建築物管理(修正)法案:リー・イーシャン上
級国務相による第 2 読み上げ原稿」。
http://app.mnd.gov.sg/Newsroom/NewsPage.aspx?ID=3793
国家気候変動事務局、シンガポール首相府、「FAQ」。
http://app.nccs.gov.sg/nccs-2012/faqs.html
国家気候変動事務局、シンガポール首相府、「温室効果ガス排出量削減に向けた部門
別対策(2020 年まで)」。
http://app.nccs.gov.sg/nccs-2012/sectoral-measures-to-reduce-emissions-up-to-2020.h
tml
国家気候変動事務局、シンガポール首相府、「ビジネスタイムズ紙:気候変動対策の全
国的詳細計画を公表」。
http://app.nccs.gov.sg/%28X%281%29S%285mrb13nukxf34bad2a2n44yh%29%29/n
ews_details.aspx
–119–
4.2.9 シドニー:Smart Green Apartments(スマート・グリーン・アパートメント)プログラム
要旨: シドニーでは、Smart Green Apartments (SGA)(スマート・グリーン・アパートメント)プログ
ラムを 2010 年から 2013 年にかけて 30 棟の建築物でパイロットプログラムとして実施し、
民間セクターの集合住宅が Sustainable Sydney 2030 にどのような形で寄与できるかを調
査した。このプログラムは、無料エネルギー監査や政府リベートの情報提供を通して、マ
ルチアパート建築物での省エネ、節水、ゴミ減量化の推進を目指すものである。
都市全体での削減目標
シドニーの最重要戦略の 1 つである Sustainable Sydney 2030 では、シドニーを「グリーンで
グローバルにつながる」都市として描き出すとともに、「環境保護の先導役」「気候変動問
題に取り組むグローバルパートナー」として位置付けている。シドニーでは、温室効果ガス
排出量を 2030 年までに 2006 年比で 70%削減するといった諸目標を達成する道筋を明ら
かにするため、技術変革の可能性を含めた一連の戦略的 Master Plan(マスタープラン)を
打ち出している。また、これと並行する形で策定中の市民を対象とした戦略では、各セクタ
ーの市民とステークホルダーがとるべき対策を明確化している。
建築物に特化した削減目標
建築物およびその居住者はシドニーの温室効果ガス排出量の 80%を占め、その中でも業
務用建築物セクターが最大の排出源となっている。集合住宅セクターの排出量は 10%だ
が、シドニーでは市民を対象とした初の戦略で 2030 年までに集合住宅セクターの排出量
40%、水使用量 7%という削減目標の設定を検討中である。削減率は何れも 2006 年の実
績を基準としている。
I.
プログラム内容
主な要素
住民の 73%が高層マンションを中心とする集合住宅に住むことから、シドニーは「垂直
都市」と言われることも多い。こうした居住用建築物はシドニーの温室効果ガス排出量
の 10%、水使用量の 38%、廃棄物排出量の 14%を占めている。同市のデータによれ
ば、ニューサウスウェールズ(NSW)州の人口の半分が 2030 年までに集合住宅に住
むと予想される。このような状況を受け、シドニーは 2011 年に SGA プログラムを発足さ
せ、集合住宅の所有者や管理者によるエネルギー・水消費量、温室効果ガス・廃棄
物の排出量の削減ならびに環境維持活動を支援することとした。
このプログラムでは、専門の監査官が対象の集合住宅を訪れて持続性評価を行い、
水やエネルギーの消費量削減、廃棄物の減量、再生可能エネルギーの利用に向け
た調査を実施している。2011 年のパイロットプログラム段階での対象建築物は 5 棟だ
ったが、現在では 30 棟まで増加している。このプログラムに参加する建築物の所有者
や管理者には、下記の特典が適用されている。
 水・エネルギー消費量の無料監査(性能指標の監視、省エネプランの提案を
含む)
 廃棄物・リサイクル対策の評価
–120–
 改修案を含めた行動計画の提示
 投資対効果情報の提供(投下資本費用、予想削減額と回収期間、政府からの
リベート
 知識・能力開発
行動計画は、オーナーズコーポレーション(下記の定義を参照)による改修を奨励す
るため個々の建築物に適応させたものを、集合住宅の意思決定者(管理委員会、
strata manager(下記の定義を参照)、建築物管理者等)に提示している。
このプログラムに参加することのメリットとしては、(1) エネルギーコストの削減で経済性
が向上すること、(2) エネルギー価格が注目され、エネルギー効率がよい建築物への
需要が増している不動産市場で資産の魅力が高まること、(3) 入居者側と管理者側
の協働体制が強化されることが挙げられる。
このプログラムで開発されたデータベースはエネルギー消費量、省エネの可能性、改
修 の進 捗 状 況 等 の情 報 で構 成 され、 Residential Apartment Sector Sustainability
Strategy(集合住宅セクターのサステナビリティ戦略)の設計段階に経験的証拠をもた
らす存在となっている。対象建築物 30 棟から得られた経験は、この戦略に含まれる対
策によって他の建築物にも活かされる見通しである。また、初期段階で得られた知見
は、報道やワークショップを通して、市内の 100 棟を超える集合住宅のネットワークで
共有されることになっている。
Strata 制度
これは建築物の所有権に関する制度であり、各個人がユニット(集合住宅の 1 室、タ
ウンハウス 1 棟)を所有一方で、共有資産の運用・維持責任は分担する。ここで言う共
有資産とは、水やエネルギーを消費する中央プラント、温水・暖房用設備、換気・空
調設備、私有車道、歩道、柵、庭、外壁、娯楽スペース等を指す。Strata 制度を実施
するには、不動産に個人所有ユニット(居住用、業務用、双方に兼用の何れも可)が
複数含まれることが前提となる。また、不動産の形態は、複数のユニット、タウンハウス、
商業事務所が 1 階に配置されていても、複数の 1 世帯用住居が数階に配置されてい
てもよい。
オーストラリアの各州および北部準州によって用語は異なるが、Strata Community
Australia は Strata 制度の概念を(特にニューサウスウェールズ州においては)下記の
ように定義している。
 オーナー:Certificate of Title(権利書)に記載の Strata ユニットを所有する個人
または法人。
 オーナーズコーポレーション:Strata 制度におけるオーナーで構成される団体で
あり「ボディコーポレート」とも言う。ユニットの各オーナーはオーナーズコーポレ
ーションに所属しており、その意思決定に加わる権利を有する。
 Strata 建築物:複数の個人所有ユニットからなる建築物。シドニーの集合住宅
の大多数は Strata 建築物である。
 Strata 管理者:Strata 建築物と共用部分の管理全般を担当する専門職であり
州や北部準州によっては「ボディコーポレート管理者」「Strata 管理代行者」「管
–121–
理者」「代行者」とも言う。
 ユニット(ロット):不動産の中で個別に所有・売却が可能な部分。Strata 制度で
は一般に集合住宅の 1 室またはタウンハウス 1 棟
シドニーの集合住宅
シドニーの民間住宅地には 20,000 棟以上の建築物があり、そのうち 1,900 棟以上が
集合住宅である。集合住宅の 40%は低層(3 階建以下)、30%は中層(4~5 階建)、
30%は高層(6 階建以上)である。シドニーの集合住宅は他の居住用建築物よりも少
ないが、住宅の大多数を占めており、約 100,000 棟ある住宅の 75%は集合住宅であ
る。将来的には、8 年間で約 20,000 棟の住宅が建設される見込みだが、その 90%以
上は高層建築物が占めると予想される。
プログラムの対象と範囲
SGA プログラムの対象は、シドニー市内のユニット数 21 以上のマルチユニット集合住
宅(より正確にはそのオーナーズコーポレーションと管理サービス事業者)であった。
SGA プログラムの発足以来、100 棟以上の集合住宅が参加への関心を表明したが、
その中から 30 棟が選出された。選出に際しては、建築物のサステナビリティに対する
知識や能力が片寄らないように配慮され、例えば先発組と後発組の双方が対象とさ
れている。また、規模の観点からは 4 階建以上の中高層集合住宅が対象となったが、
これはこうした集合住宅が一般に集中管理方式を採用しており、資源消費量が大き
いためである。
プログラム全体の目標
SGA は削減目標のような基準が特に設定されていないが、Sustainable Sydney 2030
の 重 点 課 題 で あ る 水 ・ エ ネ ル ギ ー 消 費 量 の 削 減 に 寄 与 す る こ と で 、 Sustainable
Sydney 2030 の目標達成に重要な役割を果たすと見られていた。
他のプログラムとの連携
SGA プログラムと並行して、シドニーはメルボルン、Strata Community Australia、
Green Strata and Owners Corporation Network と共同でオンラインツールキット Smart
Blocks を開発した。Smart Blocks は集合住宅の共用部分の省エネ改修について、
Strata 意思決定をどのように進めるべきかの指針となるものである。ケーススタディや
具体的な省エネ戦略といったリソースに加え、費用、融資、リベートについての情報も
提供している。
現在、シドニーは SGA プログラムで明らかになった機会や課題に取り組む戦略の策
定 を進 め ている 。例 えば、SGA プログ ラムで 得 られた 知 見 に基 づい て構 築 中 の
Apartment Building Sector Strategy は、具体的な削減目標を確定するとともに、既存
と新築双方の集合住宅で Sustainable Sydney 2030 を実現するための基盤になると見
込まれる。
–122–
II. プログラムへの投入資源
設計段階での投入資源
SGA の設計には、2011 年の開始から 1 年以上を要した。この構想段階で重要だった
のは、5 棟の建築物を対象としたパイロットプログラムの実施である。人材面では設計に
0.6 FTE、パイロットプログラムに 1 FTE が従事し、予算配分は特に行われなかった。
Multi Unit Residential Building Energy and Peak Demand Study (Energy Australia,
2005)など、シドニーが以前に行った調査が重要であった。そこで得られた知見には
通説に反するものがあり、例えば高層集合住宅の居住者の温室効果ガス排出量は、
一戸建て住宅、低中層集合住宅、タウンハウスの居住者よりも多かった。その理由と
しては、1 室当りの世帯規模が小さいこと、また共用部分に採用されている集中管理
方式のエネルギー強度が建築物の高さに比例して増加することが挙げられる。2012
年、ニューサウスウェールズ大学が Strata 管理の役割や効果について行った調査も、
SGA プログラムに役立った。この調査では、空間所有権登記済み集合住宅の居住者
が概して自分の権利や義務に無関心であり、建築物の運営や維持管理あるいは省
エネ改修に伴う複雑な問題にも十分に対処できないことが判明した。
ステークホルダーエンゲージメントも設計段階の重要な要素であった。2011 年 6 月、
政府・業界ステークホルダー間の協働推進に向けて、州の計画担当者、エネルギー
事業者、Green Building Council の委員、ビルオーナー・テナントの代行機関からなる
SGA ステークホルダーの準拠集団が組織された。このような準拠集団が実現したのは、
2007 年に Sustainable Sydney 2030 の策定過程でシドニーと地元関係者の間で協働
が行われたことによる。
実施段階での投入資源
集合住宅の所有者に対しては、州政府のパートナー(NSW Office of Environment
and Heritage)とシドニーが共同出資を行い、最高 10,000 オーストラリアドル相当のエ
ネルギー監査が無料で実施された。同市は水使用量監査、各種イベントおよびプロ
グラムの監督・点検にも、100,000 オーストラリアドルを拠出した。また、オーストラリア
政府が補助金 109 万ドルを投入した National Smart Blocks プログラムの展開により、
市民との関係構築がさらに前進した。
2013 年 6 月現在で、シドニーは残り 25 棟へのパイロットプログラム実施に 1 年を費や
している。18 ヶ月の準備を経て Smart Blocks が導入されたのも 2013 年 6 月であった。
このほか、2013~2014 年の Smart Blocks 実施に伴い Apartment Building Sector
Strategy の策定も進行しており、そこには今後 5~10 年間にわたる政策改革案が盛り
込まれる模様である。
人材面では、30 棟の評価を行うため、2 年目に 1~1.5 FTE が配置された。3 年目は、
サポートの継続実施および Apartment Building Sector Strategy 策定のため 1 FTE が
配置された。
シドニーは、SGA プログラムの実施段階でもステークホルダーエンゲージメントを継続
した。また、オーナーズコーポレーションに対してエネルギー監査費用の 80%を助成
–123–
している既存の省エネプログラムと SGA のパイロットプログラムを連動させるため、
NSW 政府の Office of Environment and Heritage (OEH)など、他の政府機関との協
働にも努めた。
シドニーは、オーナーズコーポレーションおよびプログラム参加集合住宅の管理者に
対し、居住者との関係構築を進めるためのリソースも提供している。これには、ポスタ
ーやチラシのほか、プログラム参加集合住宅で進行中の活動の種類等をインターネッ
トで通知することが含まれる。Green Villages と Strata Skills 101 も、居住者のエンゲー
ジメント推進、ならびに住宅のサステナビリティや Strata による生活に関する知識・能
力の向上を意図したものである。
シドニー市提供。Copyright © 2014
III. プログラムの成果
シドニーでは、費用効率が高い各種の対策によって、建築物のエネルギー消費量を平
均 30%まで削減できることを確認した。削減額の合計は建築物 1 棟当り年間平均 74,000
オーストラリアドルに達し、投資費用の回収期間は 3.6 年以下となっている。
改修市場に対するプログラムの影響
SGA は、プログラムに参加した集合住宅において、改修工事を活発化させることに成
功した。シドニーがプログラム対象の 30 棟に推奨した省エネ改修のうち、約 37%がす
でに実施されている。また、現在までに 100 棟以上が SGA への関心を表明しており、
今後は SGA から得られた知見が他のオーナーズコーポレーションや集合住宅管理者
にも支持される可能性があることを示唆している。
このほか、SGA では新たに以下の事例が把握された。まず、エネルギー消費量のほ
ぼ 60%が照明、プール(ポンプ・暖房)、暖房・換気設備等、不動産の共用部分で発
生していることが分かった。照明の改修は最短の回収期間(通常は 2 年以内)で最大
–124–
の投資利益が得られることから、照明器具の改修(省エネタイプの電球や人感センサ
ーの設置)で照明費を 20~30%削減できた建築物が数多く見られる。
水の消費については、SGA で収集されたデータから、プログラム参加建築物における
消費量の 90%近くが集合住宅で発生していることが判明した(シャワー40%、トイレ・
洗面台 30%等)。また、サブメーターの導入が水の使い方に対する所有者、管理者、
居住者の意識を高め、節水に有効であることも分かった。
このほかにも、SGA を通して集合住宅における生活でのサステナビリティを高めようと
する事例が見受けられた。例えば、リサイクルの奨励や多言語表記の追加により、廃
棄物の削減を進める取り組みが行われている。また、新たな移動手段の普及に向け
自転車スタンドを設置した集合住宅、あるいは共用部分の向上や地域社会の絆を強
める試みとして、屋上の緑化を行っている集合住宅もある。
IV. プログラムから得られた知見
IV-i 主な成功要因
情報と経済的インセンティブ
シドニーでは、具体的な活動の支援ならびに情報提供を並行して進めるように努めた。
まず、エネルギー監査助成金の約 20~30%を負担している(残りは他の政府プログラ
ムで負担)。次に、こうした監査に基づいて具体的な省エネ・節水対策を提示するとと
もに、投下費用と回収期間の試算も行った。第三に、建築物の改修資金に利用可能
な政府からのリベートについても、情報提供を行った。このようにして、SGA は経済的
な裏付けを伴う対策を打ち出し、集合住宅の意思決定者に行動を促すインセンティ
ブも提示するものとなった。
サステナビリティの既存の枠組み
Sustainable Sydney 2030 の総合的なビジョンや目標が、集合住宅セクターでの温室
効果ガス排出量削減ならびに省エネ・節水の必要性を認知させる基盤となった。
地元ステークホルダーとの協働
集合住宅セクターの自主参加に依拠する SGA には、地元ステークホルダーによる支
持が不可欠である。Sustainable Sydney 2030 の策定当時、シドニーは「業界や地元
関係者との緊密な協働を通じて具体的な成果を出す」と期待され、この期待感を足掛
かりにステークホルダーの準拠集団を組織した。SGA プログラムの設計段階で寄せら
れた支持や支援は、ステークホルダーとの定期的な会合を通じて絶えずプログラムの
展開を伝えてきたことの成果である。また、ステークホルダーにとってサステナビリティ
の推進以外に様々なメリットがあることも、プログラムに賛同が寄せられる要因となった。
例えば、集合住宅セクターに関わる他の政府・業界ステークホルダーと情報を交換す
る機会が得られることなどである。
–125–
多様な建築物の選定
シドニーは、Apartment Building Sector Strategy や将来のプログラムに可能な限り多
様なデータを反映させるという見地から、サステナビリティの知識や能力にばらつきの
ある建築物を、あえてプログラムの対象とした。プログラムに参加した集合住宅には、
長年にわたってサステナビリティに取り組み省エネの実績を上げているものから、ごく
最近になってサステナビリティ手法を導入したものまでが見受けられる。
IV-ii 主な課題
Strata 制度の管理体制と意思決定
Strata 制度は、ユニットの各オーナーがオーナーズコーポレーションの一員として、不
動産全体の共同管理に携わる点がユニークである。このグループにおける意思決定
は、州の規制で定められた管理体制の中で行われる。マルチアパート建築物には多
様なステークホルダーが関わることから、プログラムへの参加申込者がプログラムへの
参加やプログラムの履行について決定を下す関係者の同意を得ているかどうかを確
認することが、シドニーにとって大きな課題となった。この作業には、建築物のステーク
ホルダーもシドニー側もかなりの時間と労力を費やしている。
データ収集の問題
サステナビリティプログラムを実施している他の都市と同様、シドニーもデータ収集の
問題に直面した。パイロットプログラム対象建築物の多くは、不動産全体の総計エネ
ルギー性能データを収集した経験がほとんどないため、シドニーでは所定のデータが
収集されるように配慮しなければならなかった。こうした事情からシドニーはエネルギ
ー供給事業者と連携し、建築物の所有者がデータ入手の可否を判断できるように支
援するとともに、個人所有の各ユニットから得たエネルギー消費データをまとめる作業
も必要に応じて行った。
ベンチマーキング(格付け)ツールの信頼性
今後は、プログラムの参加者と地元関係者の双方に不動産のエネルギー効率を確実
に評価できるベンチマーキング(格付け)ツールを提供することが、シドニーの政策担
当者にとって最大の課題になるであろう。そのための性能指標を新たに策定しなけれ
ばならないことは、プログラムの実施結果からも判明している(なお、これは構造・築
年・設備が異なる建築物どうしを比較することとは異なるので、要注意である)。そこで、
サステナビリティのパフォーマンス(特にエネルギー効率)に対する集合住宅市場の
認知度を高められる、確実なベンチマーキング(格付け)制度の策定が将来の重要課
題になってくる。しかし、その妨げになるのが、需要過多を受けて活況を呈しているシ
ドニーの住宅市場である。このような状況では、エネルギー効率のよさが大きな差別
化要因になりにくい。それでもなお、シドニーの政策担当者は単純な星の個数による
格付け制度があるだけでも、市民が省エネ性に優れた建築物を選択する動機になる
と考えている。
–126–
参考資料一覧
シドニー、「集合住宅での生活」。
http://www.cityofsydney.nsw.gov.au/live/residents/apartment-living
シドニー、2013 年、「スマート・グリーン・アパートメントプログラムによる初期費用削減お
よび地域社会の向上」。
http://www.cityofsydney.nsw.gov.au/data/assets/pdf_file/0003/146829/6388_FA3_LR
_Smart-Green-Apartments-Pilot-Study-handout_covers.pdf
シドニー、「集合住宅におけるサステナビリティ」。
http://www.cityofsydney.nsw.gov.au/live/residents/sustainable-city-living/sustainable
-apartments
シドニー、「Sydney 2030」。
http://www.sydney2030.com.au/
Energy Australia、2005 年、「マルチユニット集合住宅のエネルギーとピーク需要に関
する調査」。
http://www.transgrid.com.au/network/nsdm/Documents/Multi%20Unit%20Investigati
on%20Su mmary%20Report.PDF
Strata Community Australia、「スマートブロック」。
http://smartblocks.com.au/
Strata Community Australia、「登記済み空間所有権」。
http://www.stratacommunity.org.au/understanding-strata/strata-title
Strata Community Australia、「用語集」。
http://www.stratacommunity.org.au/understanding-strata/terminology
ニューサウスウェールズ大学、2007 年、「コンパクトシティ構想:Strata 管理の役割と効
果」。
http://soac.fbe.unsw.edu.au/2007/SOAC/governingthecompactcity.pdf
–127–
4.2.10 東京:キャップ&トレード制度
要旨: 東京都のキャップ&トレード制度は、都内で最もエネルギー強度が高い建築物セクタ
ーでの温室効果ガス排出量削減を目的に義務化された制度である。その主な特長と
して、事業所の所有者に対する柔軟な取り組み、そしてデータ報告の正確さを高め、
削減目標の達成を確実にするための実践的な対策が挙げられる。
都市全体での削減目標
東京都では、2020 年までに 2000 年比で温室効果ガス排出量の 25%削減、エネルギー消
費量の 20%削減を目指している。
建築物に特化した削減目標
こうした総体的な目標の一環として、2020 年までに業務・産業セクターでの温室効果ガス
排出量 17%削減を呼びかけているが、この目標は大規模事業所向け「温室効果ガス排出
総量削減義務と排出量取引制度」にも共通である。
I.
プログラム内容
主な要素
東京都はこれまでも建築物の省エネ推進施策を幾つか実施してきたが、2010 年 4 月
1 日に導入された「東京都キャップ&トレード制度」(TCTP)もその流れを引き継ぐもの
である。ただし、TCTP は世界初の都市型キャップ&トレード制度であり、2002 年 4 月
に開始した「地球温暖化対策計画書制度」の底上げを図ることも目的としていた。この
計画書制度では、対象となる事業所に温室効果ガス排出量と削減計画の年次報告
を求めていたが、もともと排出量の削減を促す性格のものであったため、削減率は平
均で 2%にとどまっていた。これに対し、TCTP は 2012 年度末の時点で、基準排出量
(事業所が選択した 2002 年度から 2007 年度までの間の何れか連続する 3 ヶ年度排
出量の平均値)から 22%の削減を実現している。TCTP の過去から将来にかけての実
施過程を図 4.2.10 に示す。東京都では、TCTP の削減義務率を下記の 3 段階を経て
達成するとしている。
1. 第 1・第 2 計画期間:各期間とも 5 年であり、連続して実施される。各期間中、対象
(削減義務を負う)事業所には、翌年 11 月末までに地球温暖化対策計画書を提
出することが義務付けられる。事業所内部の対策で目標が達成できない場合は、
事業所の管理者や所有者が外部カーボンクレジットの取得を検討するとともに、計
画期間内の目標達成に向けて更なる削減対策を実施する。
2. 整理期間:この期間は第 1 計画期間後の 1 年半であり、この期間中に総量削減義
務履行状況および排出許容量の確認を行う。事業所の所有者や管理者は総量
削減義務の履行に向け、この期間が終了するまでクレジット取引を継続できる。
–128–
2010 年度
基準排出量の申請・決定
第 1 計画期間(5 年):2010/4~2015/3
削減義務率(基準
排出量比)
業務系(区分 I):
8%
産業系(区分 II):
6%
第 1 計画期間の
削減対策を実施
取引制度展開
口座開設
排出量取引を実施
クレジット取得計画
第 2 計画期間の
削減対策を実施
地球温暖化対策計画書の作成・公表
(削減目標、削減対策の計画・実施状況、
前年度の温室効果ガス排出量、
削減義務履行状況等)
2015 年度
整理期間(1.5 年):2015/4~2016/9
5 年間排出許容量の確認
5 年間総排出量の確認
(地球温暖化対策計画書の提出後、
2015/11 以降、)
超過削減量の発行(整理期間の終了前)
オフセットクレジットの取得
(整理期間の終了前)
第 2 計画期間(5 年):2015/4~2020/3
削減義務率(基準排出
量比)
業務系(区分 I):17%
産業系(区分 II):15%
*第 2 計画期間におけ
る新規対象事業所に
は、削減義務率 8%ま
たは 6%を適用。
新規対象事業所
の口座開設
クレジット
取得計画
地球温暖化対策計画書の作成・公表
(削減目標、削減対策の計画・実施状
況、前年度の温室効果ガス排出量、
削減義務履行状況等)
2016/9:義務履行期限(第 1 計画期間)
削減義務未達成の場合
措置命令
義務不足量×1.3 倍の削減
命令履行期限
違反事実の公表
罰金(上限 50 万円)
知事が命令不足量を調達し、
その費用を請求
2020 年度
図 4.2.10:「東京都キャップ&トレード制度」全体の流れ
3. 義務履行期限と措置命令:総量削減義務が未達成の場合は、違反事業所の管
理者や所有者に対し、義務不足量×1.3 倍の削減を行うよう措置命令が発令される。
期限内にこの義務を履行しない事業所については、違反事実が公表され、罰金
(上限 50 万円)が科される。さらに、都知事が不足分を補うために調達したオフセ
ットクレジットの費用も請求される。
–129–
2014 年 5 月現在、TCTP の第 1 計画期間が都内で全面実施されており、2015 年 3
月末に終了する予定である。その後に整理期間と第 2 計画期間が開始する。
現在、対象事業所から得られた温室効果ガス排出量、エネルギー・水消費量、削減
目標達成に向けた活動状況、クレジット取得・売却等のデータはインターネット上で開
示されている。このほか、TCTP でこれまでに達成された総排出削減量、クレジットの
取引額や種類など、総体的な統計情報も公開されている。
プログラムの対象と範囲
TCTP の対象は、前年度のエネルギー使用量が原油換算で年間 1,500 kL 以上の業
務・産業セクター大規模事業所および都所有の建築物である。この条件で約 1,400
棟が対象となり、その内訳は事務所主体の業務系が 1,100 棟、工場や上下水道処理
施設等の産業系が 300 棟となっている(何れも政府・自治体所有の施設を含む)。こ
れは東京都の業務用・産業用建築物の 0.2%程度に過ぎないが、両セクターの CO2
総排出量の 40%ほどを占めている。
対象事業所は「指定地球温暖化対策事業所」(“指定”地球温暖化対策事業所)に指
定され、東京都への年次計画書提出が義務付けられる。“指定”地球温暖化対策事
業所のうち 3 ヶ年度(使用開始年度を除く)連続して上記のエネルギー使用量に該当
するものは、「特定地球温暖化対策事業所」(“特定”地球温暖化対策事業所)に指
定される。“特定”地球温暖化対策事業所は、削減対策の実施および排出量取引へ
の参加により、総量削減義務を履行することが義務付けられる。
原則として、総量削減義務は“特定”地球温暖化対策事業所の所有者が負う。ただし、
テナントビルでは対象事業所の範囲がテナント事業者に及ぶため、テナント事業者も
TCTP の対象となりビルオーナーに協力する義務を負う。また、床面積 5,000 m2 以上
を使用するか、もしくは床面積にかかわらず 1 年間の電力使用量が 600 万 kWh 以上
に達する大規模テナント事業者は、ビルオーナーを介して年次計画書を東京都に提
出するなどの厳格な要件を満たさなければならない。このようなテナント事業者は必要
に応じて、東京都から直接、対策実施に関する指導等を受けることもある。
取引するクレジットの種類
対象事業所は、総排出許容量からの超過が予想される場合、クレジットを取得する必
要がある。取引可能なクレジットは下記の 5 種類である。
 超過削減量:他の削減義務対象事業所が義務量を超えて削減した量
 中小クレジット:都内中小規模事業所の省エネ対策による削減量
 再エネクレジット:再生可能エネルギーの環境価値
 都外クレジット:都外大規模事業所の省エネ対策による削減量
 埼玉連携クレジット:埼玉県目標設定型排出量取引制度により創出された県内
の超過削減量と中小クレジット
クレジットの有効期間は各々で異なるが、一般にある計画期間内に発行されたクレジ
ットは次の計画期間末まで有効である。
–130–
統括管理者と技術管理者の選任
TCTP 対象事業者は事業所ごとに、統括管理者と技術管理者を選任しなければなら
ない。統括管理者は、地球温暖化対策に関わる業務の統括部署に所属し、地球温
暖化対策の実施に関する決定の権限・責任を有するものとされている。また、従業員
の指導・監督や、経営者への意見申出も要件となっている。もう一方の技術管理者は、
一級建築士、エネルギー管理士、技術士等の資格を有し、経営者や統括 管理者に
技術的助言を行うものとされている。なお、技術管理者を外部委託する場合は、1 名
が兼任できる事業所が最大 5 ヶ所に制限される。
トップレベル事業所
地球温暖化対策の推進の程度が特に優れており、都知事が定める高度な基準にも
適合する事業所は、「トップレベル事業所」の認定申請が行える。この基準は主として
省エネ設計、設備(照明、冷暖房等)、再生可能エネルギー、建築物運用、データ収
集・検証へのテナント参画等に関わるものである。また、この制度には「トップレベル」
と「準トップレベル」の 2 段階がある。事業所は最低限の要件を満たすことにより認証を
受け、引き続き登録第三者機関の協力を得て適合検証を行う。認証を受けた後も、
適合状態に問題がないことを確認するため、定期的な評価が実施される。この自主
的な認証制度には、2 種類のインセンティブが適用される。まず、認定事業所につい
て削減義務率が緩和され、トップレベルで 1/2、準トップレベルで 3/4 に低減される。次
に、認定事業所は高エネルギー効率建築物として社会的に認知され、これが市場で
の競争力向上につながる。制度開始の 2010 年 4 月から 2014 年 3 月までに、35 の事
業所がトップレベル、48 の事業所が準トップレベルに認定されている。
プログラム全体の目標
TCTP は対象事業所について、第 1 計画期間中は工場等で基準排出量比 6%、事務
所等で同 8%の総量削減、第 2 計画期間中は各々15%と 17%の総量削減を義務付け
ている。この目標は、「東京都環境基本計画 2008」における総量削減義務、ならびに
日本環境会議への東京都報告書の内容に立脚したものである。これらの指針では、
2020 年までに 2000 年比で温室効果ガス排出量の 25%削減という包括的戦略の一環
として、東京都の業務・産業セクターでは 2020 年までに 17%の削減を実現することが
妥当な目標としている。なお、TCTP の進捗状況評価は、事業所の所有者が提出す
る地球温暖化対策計画書に基づいて行われる。
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–131–
他の施策・プログラムとの連携
2002 年以降、東京都は環境性能に優れた新築プロジェクトの推進に向け、グリーン・
ビルディング・プログラムを実施してきた。延床面積 5,000 m2 超の建築物の所有者に
は、建築物環境計画書の提出が義務付けられている。この計画書には省エネ格付け、
再生可能エネルギー、建材、建築物寿命、緑化、水循環、ヒートアイランド現象等に
関する包括的な情報が含まれる。計画書の提出は建築許可申請の前に加え、竣工
後にも求められる。延床面積 10,000 m2 超の建築物にはさらに厳しい要件が課されて
おり、所有者はより厳格なエネルギー基準に適合すること、省エネルギー性能評価書
をテナント入居者(入居希望者)に配布することが義務付けられている。新規開発プロ
ジェクトを対象とするグリーン・ビルディング・プログラムが導入された 2002 年、ほぼ同
時期に TCTP の前身である「地球温暖化対策計画書制度」が導入された。グリーン・
ビルディング・プログラムも、TCTP と「地球温暖化対策計画書制度」の改定に伴い、
2005 年と 2010 年に厳格化された。現在では、約 400 棟の建築物について計画書の
年次提出が義務付けられているが、その多くは数年後に限度枠の 1,500 kL に達し、
TCTP の対象になる可能性が高い。すなわち、グリーン・ビルディング・プログラムで計
画書の提出が義務化されている建築物は、今後 TCTP による追跡調査の対象になる
ということである。
中小規模建築物向けの他の施策に対する影響
TCTP では、都内中小規模事業所の省エネ対策による削減量がクレジットと見なされ、
大規模事業所との間で取引可能となっている。
その一方で、東京都は「中小規模事業所向け地球温暖化対策報告書制度」も実施し、
中小規模建築物の所有者に年次報告を義務付けるとともに、報告データの開示も行
っている。これまでに、報告データからベンチマーキングツールが策定されており、
2014 年 3 月にはベンチマークの第 2 版が公開された。このツールで事業所でのエネ
ルギー使用状況を把握し、エネルギー管理対策の検討を行っている所有者も見られ
る。また、データの開示は所有者間の競争を促す結果となり、省エネ対策の実施を加
速させることにもつながっている。このほか、東京都は中小規模建築物の所有者に対
し、省エネ改修の無料提案や税制上の優遇措置も実施している。
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–132–
II. プログラムへの投入資源
設計段階での投入資源
TCTP の立案・設計は 2006~2008 年に行われた。準備は 2006 年の後半からスタート
した。原案の公表は 2007 年 6 月、大規模事業所向け総量削減義務制度提案の一環
として、「東京都の気候変動対策」の発表の場を借りて行われた。設計の最終段階に
は、常勤担当者 4 名と補佐役 2 名が携わった。2007 年 5 月から 2008 年 3 月にかけ
て、東京都の環境会議で協議が行われた。また、2007 年 7 月から 2008 年 1 月にか
けて、TCTP の導入に関するステークホルダーミーティングが開催された。この一連の
会合には、不動産、デパート、ホテル、ESCO、電力会社・ガス会社等の業界団体、さ
らには NGO や教育機関からも多数の参加者が出席した。
初期の立案段階やその後の詳細な設計段階についてエンジニアリングや会計等の
バックグランドを有するコンサルティング会社に対し、数件の調査プロジェクトが委託さ
れた。2008 年 6 月には東京都環境確保条例の改正案が可決されたが、この改正案
は TCTP の多様な要件や目的を幅広く網羅しており、TCTP の施行に法的枠組みを
与えることになった。改正案の可決後も、パブリックコンサルテーション、専門家会議、
日本環境会議との協議など、TCTP の詳細設計に関する協議が継続された。
実施段階での投入資源
前述のように、TCTP には各々5 年にわたる第 1・第 2 計画期間がある(2010 年度~
2019 年度)。TCTP の実施段階には、東京都の正規職員約 15 名(実施・運営担当 10
名、排出量取引担当 5 名)が携わった。この段階における主な業務には、地球温暖
化対策計画書の管理、トップレベル事業所の認定、クレジットの認定・発行に加え、
成功事例の説明会や周知活動といったアウトリーチ活動、さらには検証制度の管理も
含まれる。TCTP の細かい改正、年間スケジュール、具体的な成果、TCTP への提言
等を外部に発信するための説明会は、現在も毎年開催されている。前述のように、テ
ナントはエネルギー使用データの収集、温室効果ガス排出量削減、協働体制の構築
などでビルオーナーに協 力 することが義 務 付 けられている。東 京 都 も、東 京 電 力
(TEPCO)や東京ガス等の公益企業が事業所の所有者にエネルギー使用データを提
供できるよう、仕組み作りに参加している。
III. プログラムの成果
現在までの進捗状況
2014 年現在、TCTP は第 1 計画期間の 5 年目(最終年)に入っている。その進捗状
況は、対象事業所の所有者が毎年提出する地球温暖化対策計画書に記載のエネ
ルギー使用データや総量削減データに基づき、評価されている。なお、このデータは
東京都への提出に先立ち、登録検証機関による外部監査を受けることが義務付けら
れている。
2014 年 1 月に対象事業所の 98%を審査した結果、総基準排出量は CO2 換算で
1,361 万トンに決定された。これに基づき、温室効果ガス排出量の削減率は 2010 年
度の 13%から 2011 年度には 22%に上昇し、2012 年度も 22%であったことが報告され
ている。この実績は何れも第 1・第 2 計画期間の削減義務率 8%および 17%を上回っ
–133–
ており、前途は非常に有望と言える。また、現在の対象事業所の大半は超過削減量
を次の計画期間に持ち越すことで、総量削減義務を達成できるものと見られる。
建築物改修・省エネ市場に対するプログラムの影響
東京都では、TCTP が改修市場の活性化に寄与したとしている。こうした市場の変化
を裏付ける証拠もあり、例えば TCTP 導入以降の建築物改修技術の進化、BEMS 系
照明と LED 照明の普及、ESCO 事業の拡大等が挙げられる。ただし、改修市場への
影響を評価する上では、2011 年 3 月に発生した東日本大震災が改修工事を大幅に
増加させたことも考慮しなければならない。福島第一原子力発電所での事故による供
給不足ならびに国と東京都による節電要請を受け、首都圏の業務用・産業用建築物
の多くが消費電力削減に向けて徹底的な対策を迫られたのである。ただし、その後の
2014 年における TCTP の実績を見ると、政府からの省エネ圧力がかなり低下した後も、
TCTP が温室効果ガス排出量の増大に一定の歯止めをかけたことが分かる。すなわ
ち、2011 年度実績の 22%が、電力供給の復旧により GHG 排出量の増大が懸念され
た翌 2012 年度でも維持されたのである。
TCTP の他の影響としては、都内の新築建築物の設計に際して、「トップレベル事業
所」認証の要件を満たすことが定着してきたことが挙げられる。事業所が「トップレベル
事業所」認証を(削減義務率の 1/2 緩和という余禄も含めて)希求することが、都内の
大型開発プロジェクトに低炭素建築手法を浸透させることにつながっているのである。
このほか、東京都が TCTP で模範を示したことを契機に、埼玉県が同様の排出量取
引制度を開始したことも、TCTP の影響として見逃せない。
IV. プログラムから得られた知見
IV-i 主な成功要因
ステークホルダーエンゲージメント
東京都が設計段階で特に重視したのは、事業所の所有者や管理者を中心とするス
テークホルダーとのコミュニケーションであった。政策担当者によれば、設計段階で可
能な限り多数のステークホルダーとの関係を構築することで多角的なフィードバックを
得ることができ、こうしたフィードバックによって TCTP の実効性や認知度が高まったと
のことである。このエンゲージメントのプロセスには、ステークホルダーの「自分たちの
意見はきちんと反映されるのか」という懸念を和らげる効果もあった。
徹底的な事前調査
東京都の政策担当者は TCTP の成功を確実なものにするため、事前調査を徹底的
に行った。そこで大いに参考になったのが、2005 年に発足したものの、基準排出量が
厳しさに欠けるとの批判もあった EU Emissions Trading Scheme(欧州連合域内排出
量取引制度)である。従来の「地球温暖化対策計画書制度」で蓄積した膨大なデー
タをもとに、政策担当者は TCTP に最適の基準排出量を設定するとともに、ステークホ
ルダーには「TCTP の成功はデータで裏付けられている」との見方を示した。それまで
に、TCTP の対象となる事業所でエネルギー効率が高まる可能性を十分に把握して
–134–
いたことが、こうした自信につながったようである。これは個々の事業所を訪問して面
談を行った成果であり、そこでは「地球温暖化対策計画書制度」の開始以来、豊富な
経験を積んできた東京都のエネルギー契約専任の担当者による支援も功を奏した。
技術専門家を含む推進体制構築の義務化
TCTP の導入以来、事業所の側で温室効果ガス排出量削減やエネルギー効率・管
理に取り組んできたのは、企業経営に携わる上層部の意思決定者たちである。このよ
うな体制が確立された要因の 1 つは、「対象事業所はエネルギー効率や GHG 排出量
に取り組む正式な推進体制を確立すること」とした必須要件である。この要件の大き
な特長は、統括管理者と技術管理者(後者は外部委託可)を推進体制に組み込み、
削減対策について助言が行えるようにしたことである。TCTP の導入以前、技術者は
GHG 排出量の削減方法を知っていても、事業所の改修に関する上層部の意思決定
に関与できず、対策として実施することができなかった。TCTP の導入後は、技術管理
者が排出量削減対策や建築物の問題に対応するための管理計画について、経営者
側に直接報告・助言が行えるようになった。このように TCTP の仕組みが上層部の意
思決定に及ぼす影響から、対象事業所でエネルギー効率の低い設備の改修に至っ
た事例も数多く見られる。
キャパシティビルディング
ステークホルダーと東京都政策担当者の何れにとっても、キャパシティビルディングは
重要な役割を果たしている。東京都では、建築物のエネルギー効率に関するステー
クホルダーの意識や知識を向上させるため、セミナーや啓発イベント、中小規模事業
所向けの無料エネルギー監査、あるいは成功事例をオンラインのケーススタディに盛
り込むなど、多様な施策を実施している。キャパシティビルディングは東京都の内部で
も行われており、多くの政策担当者が OJT を通して、建築物の省エネ技術・施策や業
界動向についての知識形成に努めている(外部のステークホルダーや第三者機関と
の折衝には、この種の知識が不可欠と見なされている)。他都市や海外組織からの知
識吸収にも、政策担当者は積極的に取り組んでいる。
中長期的削減義務
EU Emissions Trading Scheme(欧州連合域内排出量取引制度)など、他のキャップ
&トレード制度では削減義務が 1 年単位となっているが、これは短期的な排出量取引
を想定したものである。これに対して、TCTP は 5 ヶ年度平均の総量削減義務を課して
おり、この中長期的な枠組みが省エネ改修への投資呼び込みに役立っている
IV-ii 主な課題
基準排出量と総排出許容量の算定
TCTP の基準排出量と総排出許容量の算定については、対象事業所に過度の負担
をかけずに有意な削減量を実現しなければならないことから、技術的な困難が伴うこ
とが分かっていた。東京都の政策担当者の側でも、TCTP の成否が基準排出量の最
適化にかかっていることを認識していた。こうした状況のなか、基準排出量の設定に
際して、東京都はかなり柔軟なアプローチを採用した。すなわち、2002 年度から 2007
–135–
年度までの間の何れか連続する 3 ヶ年度排出量の平均値を基準排出量としたため、
事業所は過去に行った取り組み(旧制度「地球温暖化対策計画書制度」の期間中に
自主的に行った省エネ改修等)の実績を反映することが可能となっている。もう一方
の総排出許容量(削減義務率)は 6%または 8%に固定されているが、こちらは設計段
階で実施された数回の調査で「公平」とされた割合である。
データの二重チェック
TCTP の発足以来、データの精度を上げるために様々な対策が講じられてきた。まず、
事業所の所有者が東京都に提出する年次計画書は、事前に登録検証機関によるチ
ェックを受けることが義務付けられた。次に、以前に検証機関でのチェック漏れが発生
したことがあるため、東京都の担当者もデータをチェックし、問題があれば所有者に連
絡している。この二重チェック体制によって、過去数年間に入手したデータの信頼性
は大幅に向上した。TCTP のもとで得られたデータは、TCTP 自体の有効性評価なら
びに事業所の成功事例検証に使用されるため、非常に重要である。今後は、東京都
の政策担当者が TCTP 関連のデータを活用し、他のプログラムや省エネ・気候変動
関連対策の改善を進めていくことが望まれる。
テナントエンゲージメント
TCTP では、テナントがビルオーナーと共同で省エネ化や温室効果ガス削減を図るこ
とを義務付けている。例えば、エネルギー消費データの提供、オーナーとの省エネ義
務分担、オーナーが開く委員会への出席、省エネに関連した建築物運用ガイドライン
の順守等がこれに含まれる。このような規定は設けられているが、東京都の政策担当
者が省エネ対策や GHG 削減対策をめぐり、テナントとの関係構築を順調に進めてい
るとは言い難い。
参考資料一覧
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度に引き続き、 平成 24 年度も CO2 排出量 22%削減を達成」、東京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/attachement/Tokyo%20C%26T%203rd%20Yea
r%20Results.pdf
東京都環境局、「低炭素都市に向けた東京都の取組」、東京都庁。
https://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/climate/attachement/TMG%20Presentation%2
8C40%26Siemens%20City%20Climate%20Leadership%20Awards%29.pdf
東京都環境局、2010 年、「環境かわら版 日本初!キャップ&トレード」、東京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/attachement/Tokyo-cap_and_trade_program-ma
rch_2010_TMG.pdf
東京都環境局、2013 年 1 月 21 日、「総量削減義務と排出量取引制度 制度開始 2 年
目(平成 23 年度)で温室効果ガスを 23%削減(速報値)」、東京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/climate/attachement/The%202nd%20Year%20
Result%20of%20the%20Tokyo%20Cap-and- Trade%20Program.pdf
–136–
イクレイ、2012 年、「イクレイ・ケーススタディ。グリーンビルディングによる排出削減。日
本、東京都」
http://www.iclei.org/fileadmin/PUBLICATIONS/Case_Studies/ICLEI_cs_144_Tokyo
.pdf
RE-GREEN、2013 年、「Case of the month: Tokyo」。
http://www.re-green.eu/en/go/case-of-the-month---tokyo
Yuko Nishida and Ying Hua、2011 年、「Motivating stakeholders to deliver
environmental change: Tokyo’s Cap-and-Trade Program. Building Research &
Information」、Volume 39、Issue 5、pages 518-533。
http://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/09613218.2011.596419
–137–
4.3
分析
これまでに紹介した 10 件のケーススタディでは、C40 諸都市が気候変動に対応して、また住
宅・業務用建築物のサステナビリティ向上を目的に実施している多様な施策について詳しく
考察した。また、温室効果ガス排出量削減、省エネ推進、建築物の改修やサステナブル建築
手法の奨励という視点から、施策は規制プログラム(法令により義務化されているもの)と自主
参加型プログラムの双方を取り上げた。
表 4.1 に示したように、規制プログラムは以下のもので構成される。
 建築物のエネルギー・水消費量や温室効果ガス排出量のデータを収集・比較するため
のレポーティングやベンチマーキングの制度
 定期的なエネルギー効率監査やレトロコミッショニングの義務
 改修に義務付けられる最低限のエネルギーコード
 キャップ&トレード制度で義務付けられる最低限の総量削減義務
自主参加型プログラムの代表的な事例にはコンペがある。これは、環境性能の測定や比較、
更なる省エネにつながる機会の把握、そして建築物改修や環境性能向上の実行力強化を目
指すものである。
本節では、C40 諸都市における様々な施策や実績をもとに、各都市に共通の知見や重要な
動向について分析を行う。
4.3.1 主な特徴
実施年度
表 4.1 と表 4.2 に示すように、プログラムの大半は 2010 年以降の比較的最近に実施された
ものである。このうち、2012 年以降に実施されたプログラムは 4 つだが、これらは新たな方
向性を打ち出しており、実験的な性格も帯びていることから、重要な調査対象と言える。た
だし、温室効果ガス排出量やエネルギー消費量の大幅削減、ESCO 等のサービス事業者
によるグリーン産業関連の雇用創出件数、あるいはグリーンプレミアムの棟数など、目に見
える成果が出るまでには至っていない。こうしたプログラムの真の効果は今後数年間で実
体化してくると思われるが、プログラムの成果や影響の評価に際しては、この点に留意する
ことが求められる。
表 4.2:実施開始年度
3
プログラムはすべて 2010 年以降、新規に施行されたものである。
年度
3
該当プログラム数
2010
2(メルボルン、東京)
2011
4(ヒューストン、ニューヨーク、サンフランシスコ、シドニー)
2012
2(香港、シアトル)
2013
2(フィラデルフィア、シンガポール)
脚注 2 でも示したように、条例や法律の採択年度でなくプログラム施行年度を示す。
–138–
対象と範囲
表 4.3 に示すように、10 都市のケーススタディで取り上げたプログラムの大多数は、オフィス、
ホテル、小売店、マルチアパート建築物等の業務用建築物(東京都等の場合は工場や倉
庫を含む)を対象としている。これに対して、居住用建築物を対象とするプログラムはごくわ
ずかであった。居住用建築物に特化したプログラムを実施しているのはシドニーのみであり、
シアトルとニューヨークのベンチマーキングプログラムは住居セクターと業務セクターの双
方 を対 象 としている。シドニーが居 住 用 建 築 物に特 化 しているのは、市 民の過 半 数が
2030 年までに集合住宅に居住すると見込まれるためである。現在、集合住宅はシドニー
の温室効果ガス排出量の 10%、水使用量の 38%、廃棄物排出量の 11.5%を占めている。
表 4.3:対象セクター
プログラムの大半は業務用建築物を対象としており、居住用建築物を対象とするものは一部に限定される。
セクター
該当プログラム数
業務用
7(香港、ヒューストン、メルボルン、フィラデルフィア、サンフランシスコ、シンガ
ポール、東京)
業務用・居住用
2(ニューヨーク、シアトル)
居住用
1(シドニー)
政策の種類
今回の調査対象プログラム 10 件は、下記の 2 種類に大別される。
 規制プログラム(法令により義務化されているもの)
 自主参加型プログラム
プログラムの中で最も多く見られるのは規制プログラムであり、表 4.1 と表 4.4 に示すように、
ケーススタディ全 10 件のうち 7 件を占めている。規制プログラムには下記のような多様な施
策が含まれる。
 建築物でのエネルギー・水消費量や温室効果ガス排出量のベンチマーキング(ニュ
ーヨーク、サンフランシスコ、シアトル、フィラデルフィアで実施)
 建築物の新築・増改築の際に適用されるエネルギー効率要件(シンガポール、香港
で実施)
 排出量取引制度(東京で実施)
規制プログラムの普及要因としては、自主参加型プログラムでは建築物の運用や改修へ
の変更を義務化するのが難しいこと、あるいは法的な強制力がないために建築物の所有
者や管理者を確実に参加させられないことなどが考えられる。例えば、メルボルンの 1200
Buildings Program(1200 ビルディング・プログラム)では、非規制型の取り組みの限界が指
摘されている。また、東京都の「キャップ&トレード制度」も、総量削減を義務化しなかった
「地球温暖化対策計画書制度」の底上げを図って制定されたものである。
–139–
表 4.4:政策の種類
調査対象プログラムの大半は規制プログラムである。
政策の種類
該当プログラム数
規制
7(香港、ニューヨーク、フィラデルフィア、サンフランシスコ、シンガポール、シアト
ル、東京)
自主参加
3(ヒューストン、メルボルン、シドニー)
ただし、今回のケーススタディでは、自主参加型プログラムが重要な役割を果たすことも判
明した。ヒューストン、メルボルン、シドニーは自主的なキャパシティビルディングプログラム
や模範プログラムを導入している。そこで目指しているのは、「環境性能やサステナビリティ
手法の比較・評価」「更なる省エネにつながる機会の把握」「情報交換や成功事例の共有」
を行う能力の醸成である。また、他のプログラムとの連携や経済的インセンティブ制度を通
して、改修の実行力を高めることも意図している。法的な強制力がなくても、こうしたプログ
ラムが建築物の所有者や管理者を確実に巻き込めるのは、建築物の社会的評価が高まる
(その結果として市場での競争力も増す)ことへの期待、あるいは既存のサステナビリティ
手法を改善できることへの期待が大きく作用していると思われる。通常は規制プログラムの
対象外になりがちな中小規模の建築物に対応できることも、自主参加型プログラムの強み
であろう。また、ヒューストンの自主参加型プログラムは、ビルテナントとの関係構築にも成
功を収めている。
対象建築物の規模
以下に示す表 4.5 から、調査対象プログラムのほとんどが大規模建築物を対象としている
ことが分かる(中規模の建築物を対象としているのは、香港の Building Energy Efficiency
Ordinance とシドニーの Smart Green Apartments のみである)。ただし、「大規模建築物」の
定義は都市ごとに異なるので、注意を要する(そのため、表 4.5 には延床面積を明示して
いない)。こうした大規模建築物への傾斜については幾つかの要因が考えられる。第一に、
市内における建築物セクターの温室効果ガス排出量の大部分は、一 般に大規模建築物
が占めている。第二に、中小規模建築物の所有者は建築物管理の専門知識が乏しく、エ
ネルギー消費量報告を担当する運営管理者等の専門家も雇用していないため、ベンチマ
ーキング要件やエネルギー効率規制を順守するのが難しい。第三に、大規模な建築物ほ
ど、ベンチマーキングの結果を活かした対策の実施に長けている。最後に、大規模建築物
を対象にすれば、プログラム要件が義務化される所有者が少数でも総床面積に占める割
合が大きいため、最小の公的資本で最大の効果が期待できることが挙げられる。
ヒューストンを例外として、各都市のプログラムはビルのテナントでなく、主として所有者と管
理者を対象としている。ただし、所有者と管理者がプログラムを順守するには、テナントが
データ収集に協力する必要ことが必要である。
–140–
表 4.5:対象建築物の規模
調査対象プログラムの大半は大規模建築物を対象としている。
建築物の規模
該当プログラム数
中~大規模
2(香港、シドニー)
大規模
5(ニューヨーク、フィラデルフィア、サンフランシスコ、シアトル、東京)
全般
3(ヒューストン、メルボルン、シンガポール)
4.3.2 設計・実施段階での投入資源
スケジュール
プログラムの設計段階ならびに事前調査、ステークホルダーエンゲージメント、実施準備等
の活動に費やされた年数を図 4.1 に示す。この図で見るように、プログラムの大半(9 件のう
ち 7 件)は 2 年以内に設計が完了している。顕著な例外は香港の Buildings Energy
Efficiency Ordinance であり、広範な事前調査に加え法的な整備、業界団体との協議なら
びに公聴会に 5 年を要している。もう 1 つの傾向として、3 つの自主参加型プログラムは比
較的短期間で設計が完了しており、シドニーと香港のプログラムはともに 1 年以内に完了
している。
該当プログラム数
規制プログラム
自主参加型プログラム
4
3
2
1
0
0.5
1
1.5
2
2.5
3
3.5
4
4.5
5
年数
プログラムの大半は 2 年以内に設計が完了している。設計期間は一般に自主参加型
プログラムよりも規制プログラムの方が長い。
図 4.1:設計期間
4
人材
調査対象プログラムの大きな特徴として、設計と実施の何れに割かれた人材も極端に少
数であった(以下、FTE(フルタイム当量)で表記する)。これは、プログラム対象建築物の
広大な延床面積(ニューヨークや香港では市内の総延床面積の半分以上にも達する)とま
さに好対照をなしていると言える。図 4.2 を見ると、プログラム 8 件のうち 6 件の設計段階に
割かれた人材は 3 FTE 以下であり、5 名が携わった規制プログラムは 2 件しかない。図 4.3
からは、実施段階に入り辛うじて人材が増強されたことが分かる。これは、プログラムの運
営に加え、データの検証や管理、さらにはアウトリーチ・啓蒙・広報といった新たな諸活動
に対応するためである。それでも、5 FTE 以上で実施されたのは東京都の「キャップ&トレ
ード制度」のみであり、他の大多数(8 件)に投入された人材は 2~3 FTE 止まりであった。
東京都は、建築物の所有者に直に経済的影響を与える「キャップ&トレード制度」の実施・
4
1 件については正確なデータが得られなかった。
–141–
運営に、正規職員 15 名を割り当てている。
なお、図 4.2 と図 4.3 には FTE を整数で示してあるが、現実には 1 FTE がプログラムの業
務と他の業務を掛け持ちする職員数名で構成されることもある。また、他部門やパートナー、
あるいは民間セクターのコンサルタントから随時リソースが投入され、都市の政策担当者に
よるプログラム運営を支援する事例もほぼすべてのケーススタディに見られた。
規制プログラム
自主参加型プログラム
該当プログラム数
5
4
3
2
1
0
~1
~2
~3
~4
~5
人員数(FTE)
調査対象プログラムの半数は、設計段階の人員配置が 2 FTE 以下でである(n = 8) 5。
図 4.2:設計段階の人員数
規制プログラム
自主参加型プログラム
該当プログラム数
5
4
3
2
1
0
~1
~2
~3
~4
~5
5以上
人員数(FTE)
人員は設計段階から増員されているが、通常は実施段階でも 2~3 FTE 止まりであり、
他部門やパートナーから支援を受けている(n = 9) 6。
図 4.3:実施段階の人員数
事前調査
一般に、プログラムの設計がスタートするのは、事前調査を経てからである。表 4.6 に示す
ように、各都市は 3 通りの方法で事前調査を行っている。
 組織内での調査
 外部コンサルタントへの調査委託
 既存調査結果の再検討
都市の多くがプログラム設計段階で外部コンサルタントや既存資料から情報を入手してい
たが、これに加えて組織内での調査を行った都市も見られた。10 都市のうち半数は、エン
5
6
2 件については正確なデータが得られなかった。
1 件については正確なデータが得られなかった。
–142–
ジニアリング会社や企業系シンクタンクに調査を依頼していた。こうした外部委託業務では、
対象建築物の特性や、メルボルンの 1200 Buildings(1200 ビルディング)等のプログラムが
経済や環境に与える影響、ならびにサンフランシスコの Existing Commercial Buildings
Energy Performance Ordinance や香港の Buildings Energy Efficiency Ordinance 等のグロ
ーバルプログラムで得られた知見などの調査が行われた。このほかに、外部の情 報源を利
用した都市プログラムもある。例えば、シドニーの Smart Green Apartments では集合住宅
のエネルギー効率について大学が発表したレポートを利用し、ニューヨークとシアトルのベ
ンチマーキングプログラムでは他都市について公開されているケーススタディを利用してい
た。
データ収集の手法はさておき、各都市のプログラムで最も多く調査対象となったのは、他
都市で得られた知見である。次いで、プログラムで扱う建築物の特性(築年、規模、所有者
の特徴、温室効果ガス排出量やエネルギー消費量削減の可能性等)が取り上げられた。
表 4.6:事前調査の種類
7
組織内の調査は別として、外部のコンサルタントや既存の資料をプログラムの設計に利用する都市が多
かった。
種類
該当プログラム数(複数回答可)
組織内
3(ニューヨーク、シドニー、東京)
外部コンサルタント
5(香港、東京、メルボルン、ニューヨーク、サンフランシスコ)
既存資料
5(ヒューストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、シアトル、シドニー)
ステークホルダーとの協議
ステークホルダーとの協議が情報を得る手段として重要であることは、どのプログラムにも
共通していた。協議に参加した代表者をセクター別に分けると、下記のようになる。
 民間セクター:建築協会、技術協会 / 建築物の所有者、管理者、テナントの代行
機関 / エンジニアリング会社、サービス事業者 / 地方公共団体、エネルギー事業
者
 市民セクター:NPO、地域団体
 政府・公共セクター:都市計画担当者、政府機関、公益企業
 教育機関:大学
設計段階では、プログラムの影響を受けるステークホルダーの特徴や要望、さらにはプロ
グラム義務の遂行能力を評価する上で、公式・非公式の協議が重要な役割を果たしてい
た。どのプログラムの政策担当者も、ステークホルダーとの協議から新たなプログラムや施
策の実行可能性について、貴重なフィードバックが得られたとしている。協議が交渉の場と
なった都市も多い。例えば、サンフランシスコ、シンガポール、シアトル等の条例は、ステー
クホルダーから寄せられた要望や関心を反映して修正されている。ステークホルダーとの
協議には、情報や意見を募る以外に、プログラムへの支持を取り付け、アウトリーチ活動や
広報活動を推進する機能もある。シンガポールの場合は、新開発のオンラインデータ提出
システムのパイロットテストで産業界のステークホルダーが重要な役割を果たした。メルボル
ンでは、産業界、政府、教育機関の代表者がプログラムの設計・実施の両段階でリーダー
7
事前調査の種類が複数にわたるプログラムもある。
–143–
の機能を担った。新たな政策や法律と既存の政策措置や経済的インセンティブ制度との
整合性を確保するため、政府関係者との協議を行った都市も多い。
今回の調査では、ステークホルダーとの協議および外部パートナーとの協働が、プログラム
の実施段階へ引き継がれた都市が数多く見られた。興味深いことに、プログラム設計段階
で協議先だった組織や企業が、その後に正式なパートナーとなり重要な役割を果たすこと
になった事例もある(後述の「4.3.4. パートナーによる支援」を参照)。
4.3.3 成果と影響
各都市担当者とのインタビューや正式なプロジェクト報告書で述べられた影響を分析した結
果、プログラムの成果を表 4.7 のように分類できることが判明した。
都市の政策担当者の大半は、プログラムの結果報告に際して非常に慎重な姿勢をとった。そ
の主な理由しては、以下の 2 点が考えられる。まず、前述のようにプログラムのほとんどが施行
から数年しか経ていないため、真の効果が表れるまでにはさらに数年を要すると見込まれるこ
とが挙げられる。特に、温室効果ガス排出量やエネルギー消費量の削減、ESCO 等のサービ
ス事業者によるグリーン産業関連の雇用創出、あるいはグリーンプレミアムの棟数など、定量
的な結果が求められる施策についてはこれが当てはまる。ベンチマーキングプログラムで得ら
れた知見からも、建築物の所有者や建築市場において具体的な成果が出るまでには数年か
かることが判明している。結果報告時の慎重さにつながるもう 1 つの理由は、単一のプログラム
や施策の影響を、市場の変化から生じる影響あるいは他の都市・州の施策による影響から明
確に切り離すのが困難であることが挙げられる。このような事情から、プログラムの目標達成に
向けた進捗状況、ならびに建築物セクターでのエネルギー効率とサステナビリティの向上につ
いては、事例証拠が最も有効かつ最新の指標となっている。
表 4.7:成果の例
影響の対象
8
成果の例
エネルギー消費量と GHG 排出量
 エネルギー・水消費量と GHG 排出量の削減
市場




意識向上とキャパシティビルディング
 スプリットインセンティブ問題の解消 8
 知識の共有や金銭的その他インセンティブの活用による建築
物環境性能向上力の強化
 気候変動、エネルギー、サステナビリティの問題に対する理解
の深まり
改修工事の活発化
ESCO、サービス事業者、グリーン産業関連雇用の成長
グリーンビル認証と省エネ格付けの普及
グリーンプレミアムの顕在化や増加
ビルオーナーとテナントの間で生じるスプリットインセンティブは、ビルオーナーとテナントの双方が、ビルのエネル
ギー効率改善に向けた高額な初期投資をきらうことがその発端となる。オーナー側にとっては、こちらは出費を迫
られるだけで、光熱費の長期的節約というメリットを受けるのはテナント側である。一方、テナント側にとっては、こち
らの投資は自分の持ち物でない物件の改善に費やされることになる。
–144–
エネルギー消費量と GHG 排出量への影響
今回の調査対象となった都市政策やプログラムの最終目標は、既存の住宅・業務用建築
物による環境負荷の緩和である。このような向上の評価基準として、温室効果ガス排出量
の削減、エネルギー(石油・ガス・電力)および水消費量の削減がある。
前述のように、プログラムの導入から間もないため、建築物省エネの環境効果を数値化で
きる都市は多くないが、具体的なデータを提示している都市もある(表 4.8 を参照)。その中
で最も注目すべき結果を出しているのは、東京都の排出量取引制度である。2014 年 1 月
の結果発表によれば、CO2 換算 1,361 万トンの総基準排出量を基にした温室効果ガス排
出量の削減率は 2010 年度末で 13%、2011 年度には 22%に上昇し、2012 年度も 22%で
あった。これを CO2 に換算すると 300 万トンに達し、第 1・第 2 計画期間の削減義務率 8%
および 17%を上回っている。ヒューストンも Green Office Challenge の結果を公表しており、
対象となった 375 のビルとテナントでエネルギー消費量 2,800 万 kW/h、水消費量 2 億
8,000 万 L の削減を達成したとしている。
規制によるか自主参加によるかを問わず、ベンチマーキングを含むプログラムについては、
ENERGY STAR の点数が環境効果の指標となる。例えば、ニューヨークの 2013 年度ベン
チマーキングレポートによれば、点数の中央値が 1 年目(2011 年)から 2 年目(2012 年)に
かけて 64 から 67 に増加するとともに、ENERGY STAR 認証(75 点以上)に適合する提出
データは 20%から 25%に増加している(この増加分は建物数換算で 284 棟に相当する)。
表 4.8:エネルギー消費量と GHG 排出量に対する影響の例
都市
影響
ヒューストン
 Green Office Challenge の対象となった 375 のビルとテナントでエネルギー消
費量 2,800 万 kW/h、水消費量 2 億 8,000 万 L を削減
ニューヨーク
 ENERGY STAR 点数の中央値が 1 年目(2011 年)から 2 年目(2012 年)にか
けて 64 から 67 に増加、ENERGY STAR 認証(75 点以上)に適合する提出デ
ータは 20%から 25%に増加(建物数換算で 284 棟に相当
東京
 2011 年度に総基準排出量からの GHG 排出量削減率 22%を達成(2012 年
度も同率を維持)
市場への影響
プログラムがすでに改修市場を活性化していることは、多数の都市が報告している(表 4.9
を参照)。プログラムの導入から間もないため、数値データが揃っている都市は一部に限ら
れるが、事例証拠は大半の都市から提供があった。
シドニーの自主参加型プログラム Smart Green Apartments では、対象の集合住宅 30 棟に
ついて、同市が推奨した省エネ改修のうち約 37%がすでに実施済みである。メルボルンも、
改修工事が 2006~2011 年の 5 年間よりも 2008~2013 年の 5 年間で活発化していると報
告している。照明、建築設備、メーター/サブメーター、冷却装置の改修に着手した建築物
は 450 棟(オフィス空間を含む 2,256 棟の 20%)に上る。この大きな市場変動に対する 1200
Buildings の効果を正確に判定することは難しいが、例えば 5 棟がシドニーと改修融資契
約を結んだという現状に一定の影響が認められる。香港の Buildings Energy Efficiency
Funding Scheme も改修の推進役になっていることが確認されており、エネルギー監査と改
修工事に向けて融資を受けた建築物は 6,400 棟を超えている。
–145–
表 4.9:市場に対する影響の例
都市
影響
香港
 融資制度による改修の増加を確認
ヒューストン
 既存の小規模建築物での成功事例をアピールし、市内での LEED や
ENERGY STAR の認証件数の増加に寄与
 現地の建築市場でグリーンプレミアムの存在を確認
メルボルン
 改修工事の最近の増加を報告
 現地の建築市場でグリーンプレミアムの存在を確認
ニューヨーク
 ESCO やサービス事業者が市内で新事業を開始
シンガポール
 登録 Green Mark Manager や Environmentally Sustainable Design (ESD)コン
サルタント等の増員を確認
 Green Mark 取得建築物の大幅増加を後押し
シドニー
 プログラムで推奨した省エネ改修の多くが実施済み
東京
 ESCO 事業者の増加を確認
 新築建築物の設計でキャップ&トレード制度の「トップレベル事業所」認証を
受けることが前提になりつつある傾向を確認
米国の Institute for Market Transformation が 2012 年に行った報告ならびにメルボルンが
2009 年に委託した調査の結果にもあるように、建築物の省エネ化を推進する施策やベン
チマーキングの実施と結果開示を義務付ける施策は、経済に大きな利益をもたらすと見込
まれる。この現象は、まず「改修工事、エネルギー効率化サービス、新技術への需要増を
受けた雇用創出」、次いで「省エネで蓄積された資本の再投資」という道筋をたどることが
予想される。ESCO およびサービス事業者(エネルギー技術者やコンサルタント、省エネ志
向の建築士等)の数と規模が拡大していることも、市場に対する都市政策の潜在的影響
力を示唆していると言える。
ニューヨーク、シンガポール、東京等の都市は、こうしたサービス事業者の規模や需要が
新たな規制に応じて拡大してきたとしている。正確な数字は不明なものの、東京都では
ESCO 事業者数の増加を確認している。この傾向はニューヨークにも見られ、ベンチマーキ
ングやエネルギー監査関連サービスへの需要増を受けて ESCO その他のサービス事業者
が新事業を立ち上げていた。シンガポールの政策担当者も同様の影響を報告しており、そ
の証拠として BCA Academy コースで育成された Green Mark Manager や専門家の増加な
らびに Environmentally Sustainable Design (ESD)コンサルタントの増員を挙げている。
グリーンビル認証と省エネ認証の件数が伸びていることも、市場の変化や改修工事の拡大
を 示 し て い る と 言 え る 。 例 え ば 、 シ ン ガ ポ ー ル か ら の 報 告 で は 、 Existing Buildings
Legislation が他の政策と連動する形で、Green Mark 取得建築物が急増(2005 年の 17 棟
から 2014 年 9 月には 2,200 棟以上まで増加)するきっかけを作ったとしている。ヒュースト
ンの政策担当者も、Houston Green Office Challenge が LEED 認証件数の大幅な増加に
寄与したとしているが、これは既存の小規模建築物が LEED 認証や ENERGY STAR 認証
を取得できることを HGOC が実証したためであると述べている。さらにヒューストンでは、
LEED/ENERGY STAR 認証取得建築物を全米で最多にするという目標も立てていた。東
京の政策担当者は、新築建築物の設計に際して、キャップ&トレード制度の「トップレベル
事業所」認証の要件を満たすことが定着してきたと指摘している。
–146–
ヒューストンとメルボルンでは現地の不動産市場でグリーンプレミアム
9
の存在が確認され
たものの、今回のケーススタディではグリーンプレミアムの顕在化や奨励にプログラムが有
効であるという指摘は特に見られなかった。長期的な視点からは、現在パイロットテスト段
階にある各種のプログラムが新たなグリーンプレミアムを発生させる、あるいは既存のグリー
ンプレミアムを進展させることが予想される。ただし、プログラムの成果を評価する上で、建
築物の価格に対する影響を数値化できるかどうか、またその影響をグリーンプレミアムによ
るものと特定できるかどうかという課題は残るであろう。
スプリットインセンティブは、多くの都市が建築物の省エネ化や改修への大きな阻害要因と
して挙げていたが、この問題への対応力を有するプログラムも散見された。例えば、香港の
Buildings Energy Efficiency Ordinance は、4 つの基幹サービス設備について最低限のエ
ネルギー効率要件を設けることでビルオーナーに建築物の改修を義務付け、テナントによ
る改修工事費用の共同負担を免除した。メルボルンの 1200 Buildings もこの問題の解消
に役立っている。市場の認知度は高くないが、Environmental Upgrade Finance 制度では
ビルオーナーに改修費用(ローン返済額)をテナントと分担することが認められているほか、
ローン返済義務をビルに対して設定し、ビル売却時に次のオーナーに転嫁することも可能
になっている。
意識向上とキャパシティビルディングへの影響
意識向上やキャパシティビルディングの一例としては、知識の共有や金銭的その他インセ
ンティブ制度の活用により、建築物環境性能向上の実行力を高めることが挙げられる。表
4.10 に示すように、メルボルン、ヒューストン、シドニー、サンフランシスコ等におけるプログ
ラム(サンフランシスコ以外はすべて自主参加型のキャパシティビルディングプログラム)で
は、ビルオーナー(およびテナント)の省エネ習慣を向上させる能力は、知識の共有化なら
びにプログラムを通して実現した成功事例を学習することで、格段に高まるとしている。ヒュ
ーストンではこれと逆の事態が起きており、Green Office Challenge に不参加のオーナーと
テナントは成功事例を共有する機会を逃したとされた。シドニーのケースでは、プログラム
に参加した集合住宅 30 棟の経験や成功事例が市内で幅広く共有されたとしている。また、
ベンチマーキングの結果やエネルギー監査でのアドバイスに応じて改修を実行する能力も、
こうしたプログラムの中で参加者に都市・州・公益企業が実施している融資制度やインセン
ティブ制度を周知させることで強化されていた。
9
環境性能が優れているため市場の需要が高く、その結果として賃貸料金または売却価格が通常よりも高額になっ
ている建築物を指す。
–147–
表 4.10:意識向上とキャパシティビルディングに対する影響の例
都市
影響
ヒューストン
 Green Office Challenge に不参加のオーナーとテナントは、成功事例を共有
する機会を逃した可能性あり
メルボルン
 ビルオーナーの省エネ習慣を向上させる能力は、知識の共有化ならびに成
功事例の学習によって格段に向上
フィラデルフィア
 改修の効果(エネルギー効率の向上、エネルギー消費量の削減)に対する市
民と業界の意識の高まり
サンフランシスコ
 ビルオーナーの省エネ習慣を向上させる能力は、知識の共有化ならびに成
功事例の学習によって格段に向上
シアトル
 ベンチマーキングプログラムの義務化を受けて Seattle 2030 District が登場
シドニー
 プログラム参加集合住宅 30 棟の経験や成功事例を市内で幅広く共有
このカテゴリーにおける他の影響としては、気候変動、エネルギー効率、サステナビリティ
に対するビルオーナーとテナントおよび関連業界の意識が高まったことが挙げられる。こう
した問題に対する理解の深まりは、建築物の運用や改修あるいは新築に際して、諸問題
に取り組もうとする意識を高めることにつながるはずである。例えば、シアトルの Seattle
2030 District は、2030 年までに新築建築物でのカーボンニュートラル達成、既存建築物
でのエネルギー使用量 50%削減を目指す商業地区の民間建築物で構成されるが、これ
は Building Energy Benchmarking and Reporting Program に応じる形で実現したものであ
る。また、フィラデルフィアにおける市民と業界の意識の高まりもベンチマーキングプログラ
ムの成果であり、Building Owners and Managers Association (BOMA)のフィラデルフィア
支部等の組織が改修の効果(エネルギー効率の向上、エネルギー消費量の削減)に対す
る理解を深める役割を果たしていた。
4.3.4 成功要因
C40 諸都市は、既存の住宅・業務用建築物のエネルギー効率、サステナビリティの向上を目
指し、多様な施策や自主参加制度を実施している。調査対象のプログラムは、これらを成功
に導いた要因や戦略の宝庫である。本節では表 4.11 に示した成功要因について考察するが、
今後、他の都市の政策担当者がプログラムを設計・実施する際にこの情報が参考になれば幸
いである。
表 4.11:一般的な成功要因
主な成功要因






ステークホルダーエンゲージメント
パートナーによる支援
トップからの政治的支援
実施面の柔軟性
セグメントごとに異なる戦略
インセンティブやキャパシティビルディングで行動を促す姿勢
ステークホルダーエンゲージメント
プログラムの設計・実施段階でステークホルダーとの関係を構築することは、ほぼすべての
都市が重要な成功要因と見なしていた。前出の 4.3.2 節では、ステークホルダーを以下に
示す各セクターの代表者として定義した。
–148–
 民間セクター:業界団体、建築物の管理会社、ビルのテナント、サービス事業者、地
方公共団体、エネルギー事業者
 市民セクター:NPO、地域団体
 政府・公共セクター:他の政府機関、公益企業
 教育機関:大学
上記セクターとの関係構築が成功要因となったのには、幾つかの理由がある。まず、ステ
ークホルダーを設計段階に招き入れることで、地域社会のニーズや関心を早い段階で把
握し、やがてはそれを条例やプログラムの設計に取り入れ、具体的な目標設定にも反映さ
せることができた。ステークホルダーからのフィードバックによって、プログラムの実現可能
性を早期に評価し、ステークホルダーの関心や要望に応じて要件を修正することも可能に
なる。これは、東京、フィラデルフィア、ヒューストン等のプログラムに見られた現象である。
特にヒューストンでは、ステークホルダー(その多くが後にプログラムに参加する)が現地の
ニーズを踏まえ、ICLEI-Local Governments for Sustainability(イクレイ - 持続可能性を
めざす自治体協議会)の施策を主体とするプログラムの調整に重要な役割を果たしたとし
ている。ステークホルダーのこうした協力もあり、Green Office Challenge は参加者の抵抗を
招きそうな省エネ特化型のプログラムにならず、サステナビリティに配慮した勤務 形態をも
視野に入れることになった。これには、リサイクルの推進や交通機関の選択等、従業員の
意識のあり方や行動様式も含まれている。
香港、シンガポール、シアトル、サンフランシスコ等の都市からは、ステークホルダーエンゲ
ージメントが業界有力者との協力関係構築に役立ち、ひいてはプログラムの社会的認知
度向上にも有効だったという報告が寄せられた。ベンチマーキングやエネルギー監査の義
務といった規制プログラムについても、ステークホルダーとの関係構築が順守率の向上に
役立ったとしている。ニーズや関心がプログラムや条例の設計に反映されることに加え、シ
ドニーではステークホルダーと都市の政策担当者が原案作成段階で協力することのメリット
として、他の業界関係者や政府側の担当者と知見を共有できることも挙げていた。フィラデ
ルフィアの事例からも、ステークホルダーの協力がアウトリーチ活動や市民・業界からの支
持獲得に有効であることが分かる。例えば、Coalition for an Energy Efficient Philadelphia
などの協会や Building Owners and Managers Association の現地支部が新しいベンチマ
ーキング制度の周知に努め、アウトリーチ活動に助力している。
パートナーによる支援
ある種の組織や企業がプログラムの正式なパートナーになり、パブリックコンサルテーション
で期待以上の役割を果たす可能性を指摘した都市もある。ニューヨークを例にとると、ニュ
ーヨーク市立大学とペンシルベニア大学が建築物の所有者と管理者に対するアウトリーチ
活動や技術サポート提供に加え、データの解析やクレンジングにも助力していた。ヒュース
トンの NPO およびシンガポールとシドニーの専門機関はマーケティングとコミュニケーショ
ン面での支援を行い、ヒューストンの企業パートナーは同市への資金援助および参加者へ
の無料エネルギー監査の推進役を務めた。また、ヒューストンの Green Office Challenge は
ICLEI-Local Governments for Sustainability と Clinton Climate Initiative(クリントン気候イ
ニシアチブ)から正式な支援を受けている(この何れも、Green Office Challenge ならびに他
都市における自主参加プログラムの実施ノウハウを有する)。具体的な支援内容としては、
–149–
テナント報告・監視用ソフトウェア ICLEI Green Business Challenge の統合に向けたアドバ
イス等が挙げられる。
電力会社・ガス会社等も、数多くのプログラムで貴重なパートナーの役割を果たしている。
最も基本的な役割は、ベンチマーキング向けの建築物全体の総計データの提供に協力
することであった。フィラデルフィア、サンフランシスコ、シンガポール、シアトル等のプログラ
ムでは、協力の範囲がデータの自動アップロードにまで及んでいた。また、サンフランシス
コの事例では、公益企業が建築物の所有者や管理者向けの啓蒙活動や説明会を実施し
ている。プログラムの実施段階でパートナーからこうした支援を受けることで、都市は人材
不足や資金不足という問題をかなり緩和できたように見受けられる。
トップからの政治的支援
トップからの政治的支援は、数都市が規制プログラムと自主参加型プログラム双方の重要
な成功要因として挙げていた。サンフランシスコとシアトルからの報告では、ベンチマーキ
ングプログラムの導入を円滑化する上で、市長や市議会議員を始めとする部局長や役職
者による支持が不可欠だったとしている。自主参加型プログラムでは、上層部からの政治
的支援がさらに重要度を増すようである。例えば、ヒューストンの自主参加型プログラムに
ついては、市長が正式かつ明確に支持することはもとより、知事がプログラムの価値を正式
に認める(マスコミもそれなりの報道をする)だけでも、プログラムへの参加者が増え、ビル
オーナー(およびテナント)間の競争意識に拍車がかかるとの報告があった。
実施面の柔軟性
ベンチマーキングの規制的な性格や建築物の環境要件(および違反に際して罰金を科す
る法的権限)を除けば、プログラムの大多数は順守義務の枠組みにかなりの柔軟性を持た
せている。大半の都市はベンチマーキングデータの不提出に対する罰金に触れることなく、
プログラムの順守を奨励している。例えば、報告期限後の猶予期間を延長するとともに、電
話、e メール、郵送等で違反者への連絡を絶やさないように努めている。数都市からの報
告にもあるように、不提出が義務履行能力の欠如による場合も多い。そのような認識に基
づき、多くの都市ではベンチマーキングデータの作成・共有に伴う利点の周知、技術的な
アドバイスによるデータ入手の支援、インセンティブの提供や融資の提案等によってプログ
ラムの順守を奨励している。サンフランシスコ、香港、シンガポールのプログラムはその好
例と言える。罰金等の法的処置よりも実施面の柔軟性とキャパシティビルディングを重視し
た結果、多くの都市で順守率の向上が認められている。
セグメントごとに異なる戦略
メルボルンやサンフランシスコ等のプログラムは、コミュニケーション、インセンティブ、サポ
ートの各戦略をプログラム対象の市場セグメントや建築物セクターに応じて変えることも成
功要因になり得るとしている。コミュニケーションについては、サンフランシスコの政策担当
者は Existing Commercial Buildings Energy Performance Ordinance のマーケティング過
程で市場セグメントごとにメッセージやメディアを使い分けた。建築物の所有者に対するメ
ッセージでは気候変動の緩和よりも経費削減というメリットを強調している。これと対照的に、
インターネットを通じたコミュニケーションやプレゼンテーションでは、経済的利益を提示し、
他都市の相互参照型ベンチマーキング制度を紹介するほか、不動産業界にとっての温室
–150–
効果ガス排出量削減の意義を強調している。メルボルンの政策担当者は、大企業ビルオ
ーナーに 1200 Buildings プログラムへの参加を求める際に、社会的認知度を高められるこ
とに加え、企業の社会的責任を果たしていることもアピールできると説いた。また、実際に
社会的認知度を高める機会となるような模範プログラムも提示した。これと対照的に、自己
資金による改修が困難で公的な助成金・補助金も受けにくい中小規模建築物の所有者に
ついては、キャパシティビルディングを重点的に実施した。その内容は、研修やセミナーの
開催、ケーススタディの実施、成功事例の周知、州・連邦政府の助成金や同市の改修融
資制度(Environmental Upgrade Agreements)を活用した財政基盤強化策の提示などであ
る。
インセンティブやキャパシティビルディングで行動を促す姿勢
プログラムの成功要因として、規制プログラムと自主参加型プログラムを経済的インセンテ
ィブやキャパシティビルディングと連動させ、建築物の所有者がエネルギー監査やデータ
報告の結果に応じた対策を取れるようにしたことも、数多く報告されている。この傾向は、シ
ドニーとメルボルンの自主参加型プログラムに特に顕著であった。シドニーの Smart Green
Apartments プログラムでは、参加者に行動計画や改修案のほか、投下資本費用、予想削
減額、回収期間、政府からのリベートといった情報も提供して改修工事を奨励している。そ
の結果、プログラム対象の 30 棟に推奨した改修のうち、約 37%がすでに実施されている。
メルボ ルン の 1200 Buildings プログ ラ ム も 、画 期 的 な改 修 融 資 制 度 ( Environmental
Upgrade Agreements)により行動を促している。また、サンフランシスコのベンチマーキング
制度も、ベンチマーキングやエネルギー監査の結果に応じた改修工事の推進を意図した
ものである。この制度は、GreenFinanceSF Property Assessed Clean Energy (PACE)や San
Francisco Energy Watch など、中小企業および中小規模建築物向けの既存プログラムと
連動している。この制度の大きな特長としては、経済的インセンティブの提供に加え、エネ
ルギー監査と改修工事管理も無料で実施することが挙げられる。このほか、都市プログラ
ムにおいて改修の実行力を高める戦略には、建築物に特化したケーススタディの蓄積・開
示やネットワークによる情報共有イベントの開催等がある。東京、シドニー、ヒューストン、メ
ルボルンのプログラムはこのような戦略を採用する見込みである。
4.3.5 主な課題
今回のケーススタディの対象となった 10 都市とも、建築物のエネルギー効率やサステナビリテ
ィの向上を目指し、規制プログラムや自主参加型プログラムを推進しているが、今後は様々な
課題に直面することが予想される。しかし、こうした課題の多くを克服できる証拠が各プログラ
ムに含まれていることも事実である(表 4.12 を参照)。
表 4.12:報告の頻度が高かった課題
現在の主な課題






データの正確さ
総計データ入手の難しさ
アウトリーチとマーケティング
規制順守から具体的な行動への転換
テナントのエンゲージメント
人材不足
–151–
データの正確さ
目的がベンチマーキングであれ排出量取引であれ、提出されるデータの正確さを課題に
挙げた都市が多かった。例えば、米国のベンチマーキングプログラムでは、エネルギー・水
消費量、温室効果ガス排出量、延床面積などに関する不正確なデータ(大半は人為的ミ
スによるもの)への対応を迫られることが日常茶飯事である。こうした不正確さの大半は、自
己申告時の入力ミスや光熱費の手入力、あるいはサービス事業者からの報告方法に技術
的な不備があることから発生する。この問題への対策を打ち出している都市は多く、その
中で最も有効と思われるのは、エネルギー・水道事業者と自動報告プラットフォームを共用
してデータの手入力を解消することである。他の対策としては、ニューヨークのケーススタデ
ィで見られたような、延床面積の過少申告等の一般的な誤りを検出するデータクレンジン
グ方式の開発が挙げられる。このほか、ニューヨークでは大手サービス事業者 35 社に対し
て「成績表」を発行し、その中でエラーの傾向や報告方法の不備を知らせる取り組みも行
っている。東京やシアトルなど、外部の第三者機関にデータの検証を依頼している都市も
ある。東京都の「キャップ&トレード制度」では、総量削減や取引に関連するデータが経済
的な意味を持つことから、高信頼性の検証体制が求められた。そこで設けられたのが二重
チェック体制である。まず、事業所の所有者が東京都に提出する年次 計画書は、事前に
登録検証機関がチェックする。次に、東京都の担当者もデータをチェックし、問題があれば
所有者に連絡している。この体制によって、過去数年間に入手したデータの信頼性は大
幅 に 向 上 した 。香 港 の プロ グ ラム も 同 様 の 取 り組 み を行 ってお り 、 Registered Energy
Assessors (REA)(登録エネルギー査定官)がエネルギー監査やエネルギー効率報告を行
うことを義務付けている。なお、REA の資格や技能は香港政府の管轄下にある。
都市によるデータ検証に相当の労力と費用を要することを受け、シアトルのベンチマーキ
ングプログラムにはデータの信頼性向上のため、興味深い戦略が導入されている。市内で
ENERGY STAR の対象となる建築物の所有者に対し、シアトルの職員がその認証を受け
るよう積極的に働きかけている。ENERGY STAR 認証の取得には、技師が主体となって過
去の光熱費から申告済みエネルギー消費量を検証することが義務付けられているので、
自己申告によるベンチマーキング結果の正確性を高めることにつながる。
総計データ入手の難しさ
ケーススタディの結果、ベンチマーキング制度(建築物性能データの収集)を伴うプログラ
ムについては、建築物全体のエネルギー消費量に関する総計データの入手が容易でな
いことも推測された。これはサンフランシスコ、ニューヨーク、シドニー、シンガポール等のプ
ログラムで確認された問題である。ベンチマーキングが義務化されているなかで総計デー
タの入手が困難であると、まず建築物の所有者が都市の規制を順守することが難しくなり、
さらにこれが全体の順守率を引き下げるという悪循環に陥る。データの入手が困難である
ことの原因としては、テナントとエネルギー事業者の間で直に契約が結ばれていること、テ
ナントが(特に消費量が大きい場合)データの提供に積極的でないこと、ビルオーナーが
建築物全体のデータを入手する手順に不慣れなことが挙げられるであろう。シンガポール
では、市の職員が建築物の所有者にデータの入手方法を説明するため、相当の時間を
費やすという事態に至っている。こうした問題に対処するには電力会社・ガス会社等の協
力が不可欠だが、その多くが総計データの作成を自動化したり、さらには顧客に代わって
–152–
Portfolio Manager へのアップロードを自動的に行うなどの取り組みを進めている。
アウトリーチとマーケティング
対象建築物の所有者との関係構築が困難であったという報告が数都市から寄せられた。7
つの規制プログラムの順守率は全般にかなり高かったが、これがアウトリーチ活動やマーケ
ティング活動の成果であることを見逃してはならない。特に中小規模の建築物については、
プログラム順守義務の徹底化、プログラムのマーケティング活動、そして建築物の省エネ
化や改修の重要性を所有者に周知させる啓蒙活動が容易でなかった。シンガポールとメ
ルボルンは、その主な要因として建築物の所有者に建物管理の経験がないこと、所定の
データを収集できないこと、自己資金での改修が行えないことを挙げている。さらに、中小
規模建築物の所有者に対しては、独自のキャパシティビルディング戦略が必要であること
も示唆している。今後は、このような戦略を通して、建築物管理の専門家がいないための
知識格差を解消し、省エネ改修に向けた融資制度の利用を奨励することが求められる。
規制順守から具体的な行動への転換
ベンチマーキングとエネルギー監査を含む規制プログラムについて、フィラデルフィア、サ
ンフランシスコ、シアトルを始めとする数多くの都市が指摘した課題は、単なる順守から具
体的な省エネ活動への転換である。建築物の省エネ化に対する社会的な認識や需要が
市場動向を大きく左右するようになってきたなかで、ベンチマーキングデータ(およびエネ
ルギー監査の結果)を経費削減、環境負荷低減、建築物の市場価値向上につなげていく
方法を建築物の所有者に提示するためにも、啓蒙活動が重要であると言える。
テナントのエンゲージメント
ビルテナントに対するアウトリーチ活動やエンゲージメントも、多数の都市が重要な課題と
して挙げていた。これは、本レポートで調査したプログラムがビルオーナーを主な対象とし
ていることの反映であろう。特に規制プログラムについては、順守義務がビルテナントでなく
ビルオーナー側に課される。ただし、既存の住宅・業務用建築物の省エネ推進施策の実
施に、テナントのエンゲージメントが不要であるというわけではない。一般に、プログラムは
規制と自主参加とを問わず、データ収集、省エネ活動、改築への投資にテナントの協力を
必要とする。しかし、テナントによる改修費用の負担を大きく妨げる障害として、スプリットイ
ンセンティブ問題がある。すなわち、テナント側は自分の持ち物でない物件の省エネへの
投資を嫌い、オーナー側も、テナントが光熱費を支払っている場合は改修による節約の恩
恵を受けるのはテナント側であるため、やはり投資を嫌うことになる。スプリットインセンティ
ブ問題は香港と東京で特に顕著であり、ビルオーナーを対象とした両都市の規制プログラ
ムにもその事例が見られる。テナントエンゲージメントの問題はシンガポールの事例でも目
立ち、大規模ビルのオーナー側からテナントに省エネや節水を呼び掛けても大きな効果が
上がっていない。10
これに対してシドニー、メルボルン、ヒューストンの自主参加型プログラムでは、ビルテナント
のエンゲージメントが順調に展開した。順守義務が主としてビルオーナー側に課される規
10
これが一端となり、テナントのエンゲージメントを主眼とした第 3 期 Green Building Masterplan が 2014 年 9 月に導
入された。
–153–
制プログラムと対照的に、自主参加型プログラムの「親しみやすい」性格がテナントとの直
接的な関係構築に奏功したようである。この傾向は特に、テナントとオーナーの categories
and monitoring mechanisms が 明 確 に 区 分 され てい る 、 ヒ ュ ー スト ン の Green Office
Challenge で顕著であった。シドニー等のプログラムにおいても、省エネや節水、オフィスや
家庭でのサステナビリティといったテーマを軸に、ビルオーナーとテナント(その多数の従
業員を含む)間の協力関係が順調に形成された。
人材不足
多くの都市が報告したように、建築物省エネ推進プログラムの設計・実施段階で人材不足
が大きな課題となった。第一に、各都市の政策担当者はプログラム関連の業務と他の業
務を兼任しなければならなかった。第二に、多くのプログラムで必要とされたアウトリーチ、
マーケティング、建築物所有者との関係構築は、何れも長時間を要する活動であった。こ
うした問題の打開に向けて考案された戦略もある。サンフランシスコ、東京、ニューヨーク、
フィラデルフィア等のプログラムでは、他の部局との協働によってリソースやノウハウの共有
化が図られた。サンフランシスコでは、データ管理担当者の不足が問題化したが、香港と
フィラデルフィアでは各部局間の調整が大きな成功要因となった。なお、香港のプログラム
では建築 物のエネルギー効率認 証およびエネルギー監査について、政 府公認 の
Registered Energy Assessors(登録エネルギー査定官)を起用している。これによって、建
築物の所有者は香港の政策担当者から支援を受けなくても、建築物のエネルギー効率に
関する専門知識や建築物の改修案を入手できるようになった。
4.3.6 今後の展望
10 件のケーススタディで得られた多様な知見は、今後の課題を示唆するとともに、各都市によ
る建築物省エネ化の取り組みの未来像も提示している。今後予想される主な課題を表 4.13 に
まとめた。
表 4.13:今後予想される主な課題
今後の主な課題
 環境性能データの価値の一般向け周知
 中小規模建築物のプログラム対象化
 テナントのエンゲージメント
環境性能データの価値の一般向け周知
フィラデルフィアやサンフランシスコ等のケーススタディ(特にデータ報告を含むプログラム)
で明らかになったように、各都市の政策担当者は建築物のエネルギー効率に対する市民
の意識を向上させ、最終的には市場への影響力を強める必要性を認識している。プログラ
ムの大多数はベンチマーキングデータを非公開にしており、公開を義務付けているもので
も、その範囲を(不動産取引の当事者等を対象とした)一部に限定している。ただし、ニュ
ーヨーク、東京、シンガポールのプログラムは、住宅・業務用建築物の環境性能データ
(GHG 排出量やエネルギー・水消費量等)の開示が社会認識の向上や競争の促進につ
ながる可能性を示唆している。東京都の「キャップ&トレード制度」では、温室効果ガス排
出量からエネルギー消費量、削減義務の履行状況、クレジット取得・売却まで、事業所レ
ベ ル の 詳 細 情 報 を イ ン タ ー ネ ッ ト で 公 開 し て い る 。 ニ ュ ー ヨ ー ク の Greener, Greater
–154–
Buildings Plan(グリーナー・グレーター・ビルディング計画)のベンチマーキング制度も、建
築物の延床面積を基準にしたエネルギー・水使用量の開示を義務付けている。
ニューヨークとシンガポールのプログラムは、情報の開示義務を状況に応じて段階的に厳
格 化 し て い く の が 望 ま しい と し てい る 。 シ ン ガポー ル で は 、 BCA の “Building Energy
Benchmarking Report 2014”で建築物エネルギー性能情報の自主開示がスタートする予
定である。ニューヨークでは、ベンチマーク条例の施行 1 年目にニューヨーク市所有の建
築物、2 年目に業務用建築物、3 年目に居住用建築物に対してデータ開示義務が課され
た。これらの都市では、建築物の賃貸や売却に際して、ベンチマーキング結果が意思 決
定要因の中核となるように、社会認識を高めることが今後の課題になるであろう。エネルギ
ー使用データの報告を義務付けていない都市には、建築物の所有者や主要業界団体に
対し、プログラムの成果(ベンチマーキングデータやエネルギー監査結果)の重要性を周
知させることが今後の取り組みとして求められる。また、こうした啓蒙活動では、エネルギー
効率データが将来の環境性能向上対策を決定付ける要因になること、またエネルギー消
費量の低減と建築物市場での競争力向上に寄与することで経済的メリットをもたらす原動
力にもなることを伝えていかなければならない。
中小規模建築物のプログラム対象化
大規模建築物を対象とする既存のプログラムと並行する形で、多くの都市が中小規模建
築物で温室効果ガス排出量の低減ならびにエネルギー効率やサステナビリティの向上を
図るためのプログラムを策定中である。これまで都市プログラムが大規模建築物を対象とし
てきた理由は、下記の 2 点に集約することができる(なお、「大規模建築物」の定義は都市
ごとに異なるので、注意を要する)。
まず、各都市とも人員・予算の双方が限られた状況下で、最大限の成果を出すことが求め
られている。そこで、特に条例を策定する場合など、大規模建築物に集中すれば作業を
円滑に進められることになる。一般に、大規模建築物は都市の総延床面積および温室効
果ガス排出量の大部分を占める一方、棟数は小規模建築物より少ない。そのため、リソー
スが限られた状況下でも、比較的容易に取り組むことができる。当初、サンフランシスコ市
長のタスクフォースが延床面積 5,000 ft2(約 565 m2)超の建築物を推奨したにもかかわら
ず、サンフランシスコ市側が 10,000 ft2(約 929 m2)超を対象としたのは、こうした認識に基
づいてのことである。最小の公的資金で最大の結果を出そうとする意図はシアトルにも見ら
れ、基準延床面積を市内の 9,000 棟ほどが対象となる当初案の 10,000 ft2(約 929 m2)から
20,000 ft2(約 1,858 m2)に変更している。
次に、各都市にある程度共通して、中小規模建築物の所有者がエネルギー効率規制や
ベンチマーキング要件を順守する能力、さらにはこれらに応じた対策を講じる能力は、大
規模建築物の所有者よりも制限されているという認識が見られる。こうした制約は、主として
建築物管理の専門家を雇用していないことによるが、所定の技術データを収集できる点で
も、また建築物のエネルギー効率や環境性能を向上させるノウハウを豊富に有するという
点でも、建築物管理者は重要な存在である。
これら 2 点の理由から、中小規模の建築物を規制プログラムの対象とするには、東京都の
「中小規模事業所向け地球温暖化対策報告書制度」の事例でも述べたように、都市の職
–155–
員と予算を増やすことが必要になると思われる。最近、ニューヨーク市は延床面積 25,000
ft2(約 2,323 m2)~50,000 ft2(約 4,645 m2)の中規模建築物を対象とするため、Greener,
Greater Buildings Plan(グリーナー・グレーター・ビルディング計画)の地域法 84(ベンチマ
ーキング)、地域法 87(エネルギー監査とレトロコミッショニング)、地域法 88(照明改修とサ
ブメーター設置)に似たプログラム 3 本の拡張を提案した。この拡張に伴い、規制が中規
模建築物の要件に適合化され、市内の対象建築物が 16,800 棟増加する見込みである。
ニューヨーク市では、あらゆる規模の建築物の equity and benefits を対象としたことを踏ま
え、エネルギー・水消費量の透明性や社会認識を高めるとともに、建築物の所有者には低
コストで省エネ化を図るためのアドバイスを提供するとしている。
各都市は現在までの経験に基づき、小規模建築物を対象にするには、他と異なる戦略が
必要であるとしている。メルボルンは中小規模建築物の所有者について、一般に企業の
社会的責任に無頓着であり、グリーンビルディングの選択を義務付けられた公共機関テナ
ントにとって魅力的でなく、また資金や人材も不足していることを把握した。そこで、こうした
建築物セクターを規制する代わりに、研修やセミナーの開催あるいは助成金その他の経
済的インセンティブの紹介を通じて支援することを決定した。中小企業のニーズに対処す
るには、自 主 参 加 型 プログラムも有 効 であった。例 えば、ヒューストンの Green Office
Challenge は、中小ビルのオーナーとテナントの積極参加を実現している。また、クラス B お
よび C の小規模建築物も LEED や ENERGY STAR の認証を受けられるという認識を高め
ることにも成功している。ヒューストンの政策担当者によれば、こうした認識の高まりを受け、
ここ数年で市内の LEED/ENERGY STAR 認証建築物が急増したとのことである。
テナントのエンゲージメント
テナントとの関係構築が困難であることは多数の都市が指摘しており(4.3.5 節を参照)、今
後はテナントをビルの省エネ推進プログラムに積極的に参加させる取り組みが求められる。
しかし、すでにこの問題への対処を始めている都市もある。例えば、シンガポールが 2014
年 9 月に導入した第 3 期 Green Building Masterplan は、建築物のエネルギー消費量やサ
ステナビリティに対するテナント意識の向上を重視している。このマスタープランには、下記
のプログラムが含まれる。
 Green Mark Incentive Scheme for Existing Buildings and Premises (GMIS -EBP):中
小企業テナント(ビルオーナー)に対し、省エネ改修に応じる(着手する)ように奨励
するプログラム
 Green Lease Toolkit:賃貸借契約にサステナビリティ基準を盛り込むためのガイドラ
イン
 Green Mark Pearl Award:テナントのエンゲージメントに尽力したディベロッパーやビ
ルオーナーを表彰する制度
東京都は「キャップ&トレード制度」の導入以来、大規模商業テナントをその対象としており、
ビルオーナー経由で都庁への年次報告を義務付けている。さらに、すべてのテナントにオ
ーナーへの協力を義務付けており、これには下記の活動が含まれる。
 オーナーが開く委員会への出席
 省エネに関連した建築物運用ガイドラインの順守
–156–
 オーナーに対するエネルギー使用データの提供(電力会社・ガス会社等と直に契
約している場合)
東京都は 2014 年、レポートに記載の実績を評価するテナント表彰制度も発足させた。また、
同年 6 月には「大規模事業所への温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度」
を導入し、既存のベンチマーク制度に基づくエネルギー性能表示を実施した。東京都で
は、この新制度が賃貸借契約期間全般を通して、テナントの意識向上につながることを期
待している。
参考資料一覧
11
デロイト社、2009 年、「1200 ビルディング:潜在的経済利益の分析」、メルボルン:デロイ
ト社。
建築・建設庁(BCA)、「第 3 期グリーンビルディングマスタープラン」、シンガポール政府。
http://www.bca.gov.sg/GreenMark/others/3rd_Green_Building_Masterplan.pdf
東京都環境局、「キャップ&トレード制度:震災直後の平成 23 年度に引き続き、平成 24
年度も CO2 排出量 22%削減を達成」、東京都庁。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/climate/large_scale/attachement/
shukei_25keikakusho140312.pdf
ヒューストン、2012 年、「パーカー・ヒューストン市長がグリーンオフィスチャレンジの成績
優秀者を発表」、イクレイ米国 - 持続可能性をめざす自治体協議会。
http://www.icleiusa.org/blog/houston-mayor-parker-announces-green-office-challengewinners
ニューヨーク、2014 年 9 月、「長寿命都市」。
http://www.nyc.gov/html/builttolast/pages/home/home.shtml
シドニー、2013 年 8 月 22 日、「サステナブルアパートメント」。
http://www.cityofsydney.nsw.gov.au/live/residents/sustainable-city-living/sustainable-a
part ments
市場変革調査研究所、2012 年、「エネルギーデータの開示と米国での新たな雇用創
出」。
http://www.imt.org/resources/detail/energy-disclosure-the-new-frontier-for-american-jo
bs
ニューヨーク市・長期都市計画・持続可能性室、2013 年、「ニューヨーク市地域法 84 によ
るベンチマーキングレポート、2013 年 9 月」。
http://nytelecom.vo.llnwd.net/o15/agencies/planyc2030/pdf/ll84_year_two_report.pdf
サンフランシスコ環境局、2014 年、「サンフランシスコ・エネルギー監視実績」。
http://www.sfenvironment.org/sf-energy-watch/overview/sf-energy-watch-achievements
11
各ケーススタディの「参考資料一覧」も参照。
–157–
シアトル持続可能性・環境部、2014 年 1 月、「2011/2012 シアトル建築物エネルギーベン
チマーキング分析レポート」。
http://www.seattle.gov/Documents/Departments/OSE/EBR-2011-2012-report.pdf
–158–
5.
結論
本レポートは、世界各都市の多様な建築物省エネ推進施策について詳述したものであり、都
市の政策担当者がこうした施策を立案・改定する際の情報源として作成されたものである。本レ
ポートの目的は、「各種施策の実態把握」「各施策を取り巻く要件、機会、課題についての情報
提供」「どのような取り組みがどのような文脈で成功したかの分析」という 3 点に集約される。
調査開始の時点で、各都市の政策担当者からは、本レポートが「都市レベルの建築物省エネ
化対策について、既存資料の足りない部分を補ってくれることを期待している」との意見が寄
せられた(オンラインデータベースの一覧表は付録 1 に所収)。今回の調査では、インタビュー
で得られたデータと出版物に掲載されたデータの統合により、これまでに成し得なかった知見
の集成に成功している。一般に、都市政府のホームページなどインターネット上のサイトでは、
建築物の省エネ施策に必要なリソースや、プログラムの成功要因、実施に伴う課題等を確認
することはできない。今回の調査はこの貴重な情報を収集し、10 都市について分析したもの
である。また、第 3 章のポリシーマップと付録 2 のハイパーリンク付きプログラムリストは、16 都
市の施策に関する膨大な情報を整理したものであり、政策担当者向けの新たなツールとなる
ことが期待される。政策担当者がグローバルな政策や取り組みを把握する上で、こうしたツー
ルが一助になれば望外の喜びである。
本レポートは包括的な調査結果の提示を意図したものでなく、C40 の一員として建築物の省
エネ化に取り組んでいる都市の施策に着目したものである。このような事情から、北米の諸都
市ならびにそのベンチマーキング施策や開示方針が本レポートの中心となっている。また、主
として業務セクターおよび大規模建築物を対象とする政策を取り扱っている。プログラムの予
算など、機密性が高い情報は入手が困難であった(今回調査したプログラムは、特に予算が
計上されていないものが多かった)。最後に、施策の多くは比較的新しく、まだ目に見える成
果を出すまでには至っていないため、プログラムの影響を評価するのは難しかった。例えば、
都市の建築物省エネプログラムが地元のグリーンビルディング市場を拡大させたように見えて
も、相関関係や因果関係を数値で証明することは容易でなかった。
本レポートは、ポリシーマップで提示した「理論的枠組み」およびケーススタディで詳述した「プ
ログラム」という 2 つの側面から、今後の都市建築物エネルギー効率調査の基盤となることを
意図している。将来の調査については、今回の結果を踏まえた上で、調査対象のプログラム
を増やし、調査対象都市の地域も拡大することが望まれる。今回の調査に参加した都市の政
策担当者は、テナントのエンゲージメントについてさらに考察を深めること、また建築物(特に
住宅と中小ビル)のエネルギー効率に対する社会認識を向上させることに強い関心を示した。
さらに詳細な調査を行えば、政策要素の理論的枠組みを検証・修正することも可能になるで
あろう。前述のように、プログラムの影響を評価することは重要だが、それなりの困難も伴う。今
後、建築物省エネ推進施策の影響を各都市がどのように評価・数値化するのか、その詳しい
調査に際して、本レポートが多少なりとも参考になれば幸いである。東京都は「C40 民間建築
物省エネルギーネットワーク」の共同代表として、今後も C40 と連携して調査活動を率先して
進めるとともに、この重要な取り組みに参加している他の都市のために新たな資源を開発して
いく所存である。
–159–
謝辞
著者(敬称略)
CSR デザイン環境投資顧問株式会社 Green Investment Advisory
高木智子
堀江隆一
Gregory Trencher
東京都
西田裕子
中西薫
岡野可南子
C40 世界大都市気候先導グループ
Zoe Sprigings
Shannon Lawrence
Eric Ast
グローバルビルディングパフォーマンスネットワーク
Peter Graham
謝意
東京都より下記の各都市政策担当者の方々に対し、ケーススタディの作成業務ならびに調査
結果の検証作業に惜しみなく時間を費やしてくださったことについて、深く感謝の意を表する
(敬称略)。
Jamie Ponce(シカゴ)、Martin Yip(香港)、Lisa Lin、Brian Yeoman(ヒューストン)、Michelle
Isles、Michele Leembruggen(メルボルン)、Stacy Lee(ニューヨーク)、Alex Dews(フィラデル
フィア)、Barry Hooper(サンフランシスコ)、Christie Baumel、Rebecca Baker、Nicole Ballinger
(シアトル)、Serene Peh、See Loke Choo、Jonathan Cheng(シンガポール)、Tom Belsham、
Julia Lipton(シドニー)
Zoe Sprigings(C40)および高木智子(CSR デザイン環境投資顧問株式会社)の両氏による尽
力および協力については、特に深く感謝の意を表する。本レポートは両氏の献身的な取り組
みによる賜物である。
–160–
付録 1: 世界各国の省エネ推進施策に関するインターネット上のデータベース
調査段階において、建築物の省エネ施策を扱ったデータベースがインターネット上に多数存在することが分かったが、その多くは国・地域のプログラ
ムに特化しており、都市レベルのデータを含むものは 3 件のみであった。このような事情から、本レポートは都市レベルの建築物省エネ化対策につい
て、既存資料の不足部分を補完することを目的とした。
表:インターネット上のデータベース一覧
都市レベルデータ
全世界
1.
該当
該当
組織名
データベース名
URL
内容
Sustainable Buildings Centre
(国際エネルギー機関(IEA))
Building Energy Efficiency
Policies (BEEP) Database
http://www.sustainablebuildingsce
ntre.org/pages/beep
2.
国際エネルギー機関(IEA)
The IEA Policies and
Measures (PAMs) Database
http://www.iea.org/policiesandme
asures/
3.
世界エネルギー会議(WEC)
Energy Efficiency Policies
and Measure
http://www.wec-policies.enerdata.e
u/
4.
Buildingrating.org
 Institute for Market
Transformation(市場変革
調査研究所)(IMT)と
Natural Resources Defense
Council(天然資源保護協
議会)(NRDC)が立ち上げ
たプロジェクト
Sustainable Energy
Regulation Network (SERN)
Policy briefs
http://www.buildingrating.org/cont
ent/existing-policies
世界 34 ヶ国で実施中のエネルギー効率施
策。建築コード、格付け制度、インセンティ
ブ制度、ゼロエネルギービル等を含む。
世界各国向けのエネルギー効率、再生可
能エネルギー、気候変動に関する政策・戦
略
世界 90 ヶ国で実施中のエネルギー効率施
策・対策
世界各地域(ヨーロッパ、オーストラリア、中
国、米国等)の省エネ格付け基準に関する
施策の要約
Policy and Regulation
Database (REEEP )
http://www.reegle.info/policy-andregulatory-overviews
6.
Global buildings performance
networks (GBPN)
Policy comparative tool for
new buildings
http://www.gbpn.org/databases-too
ls/purpose-policy-comparative-tool
7.
Energy Sector Management
Assistance Program
(ESMAP)(世界銀行が管轄)
Energy Efficient Cities
Case Studies Database
http://www.esmap.org/node/231
5.
–161–
エネルギー効率、エネルギー枠組、再生可
能エネルギー等に関する施策や規制措置
の詳細。165 ヶ国以上を網羅
新築建築物用のエネルギー効率施策を比
較するツール。15 の基準により世界各国の
建築物エネルギー効率コード 25 本を検証
世界各国の省エネ型エコロジー都市のケー
ススタディ
インターネット上のデータベース一覧(続き)
都市レベルデータ
組織名
データベース名
URL
内容
米国
該当
8.
米国エネルギー効率経済評
議会(ACEEE)
US State Energy Efficiency
Policy database
http://www.aceee.org/sector/state-p
olicy
州レベルのエネルギー効率施策
9.
米国エネルギー効率経済評
議会(ACEEE)
http://aceee.org/portal/local-policy
都市レベル施策のケーススタディおよび得点
表
10.
米国エネルギー省(USDOE)
US State Energy Efficiency
Policy database (Local
Policy)
State Incentives and
Policies for Renewables &
Efficiency (DSIRE)
http://www.dsireusa.org/
米国内での再生可能エネルギー普及や省
エネの推進に向けた州レベルのインセンティ
ブや施策についての情報
11.
Buildings Performance
Institute Europe (BPIE)
Data hub of the energy
performance of buildings
http://www.buildingsdata.eu/data-s
earch
ヨーロッパの建築物エネルギー性能関連の
施策・規制についての情報。格付け制度、マ
ーケティングツール等を含む。
12.
Institute of Studies for the
Integration of System (ISIS)
MURE database (MURE =
Mesures d’Utilisation
Rationnelle de l’Energie)
http://www.muredatabase.org/
家庭、運輸、工業、第三次産業等の最終用
途別に見たヨーロッパ諸国の省エネ対策・政
策。各種対策の国レベルの影響を順位付
け。
ヨーロッパ
–162–
付録 2: 都市プログラムのポリシーマップ
都市プログラムのポリシーマップ(Excel 形式)は、下記の URL で提供されている。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/en/int/attachement/Appendix2_Policy_map.xls
ポリシーマップにはプログラム名とハイパーリンクのほか、プログラムが対象とする建築物の種
類(居住用・非居住用、新築・既存)も表示されている。
図:都市プログラムのポリシーマップのイメージ
–163–
付録 3: ケーススタディ対象都市へのアンケート内容
建築物省エネ化に関する東京都/C40 による調査
PSBEEN 参加都市へのアンケート 1
アンケートへの協力を表明した PSBEEN 参加都市へ送付。情報収集は、回答者が書面提出
を希望する場合を除き、東京都/C40 担当者との電話インタビューにより実施。
このアンケートは、既存の民間セクター建築物(業務用、多世帯居住用等)を対象とする都市
プログラム(規制プログラム、自主参加型プログラム等)についてお伺いするものです。
建築物省エネプログラムの本体と追加情報について
1. 貴自治体で最優先している民間セクター建築物向け省エネプログラムおよびその主な
要素を教えてください(複数のプログラムを挙げる場合は、各々の要素も列挙してくださ
い)。追加情報がある場合は、当該文書・ウェブページへのリンクを引用可。
a. プログラムの対象(業務用、居住用、規模、ビルオーナーのみ、ビルオーナー+テ
ナント等)と範囲(業務用建築物の XX%等)を教えてください。また、そのような対
象と範囲を選定した理由も教えてください。
b. プログラムの現状を次の中から選択してください:「最終認可待ち」「パイロット」
「都市全域相当で実施」「都市全域で実施」。
c. プログラム全体の目標(進捗状況・達成の評価の仕方)を教えてください。また、
プログラムの目標は、貴自治体の GHG 排出量削減義務に即したものになってい
ますか?
d. 現在までの目標達成状況を(確定している場合は)教えてください。また、進捗状
況の評価の仕方(使用しているデータ収集方法やプラットフォーム)も教えてくだ
さい。
建築物省エネプログラムの設計について
2. プログラム設計段階での投入資源を教えてください(実施段階と異なる場合)。
 総合予算(貴自治体からの拠出割合。他の拠出元も記載)
 スケジュール(設計段階の長さ)
 人的資源(プログラム専従・担当 FTE 数)
 設計前・設計中の調査委託
 ステークホルダーのエンゲージメント(ステークホルダーとの関係構築)
a. 貴自治体の他の施策・プログラムで連動するもの(土地区画・土地利用計画、税
制上の優遇措置等)があれば、具体的に教えてください。
1
「民間建築物省エネルギーネットワーク」の現在の英語表記は Private Building Efficiency Network (PBEN)だが、
2014 年 7 月までは Private Sector Buildings Energy Efficiency Network (PSBEEN)であった。
–164–
建築物省エネプログラムの実施について
3. プログラム実施段階での投入資源を教えてください(設計段階と異なる場合)。
 総合予算(貴自治体からの拠出割合。他の拠出元も記載)
 スケジュール(実施期間の長さが決まっている場合)
 人的資源(プログラム専従・担当 FTE 数)
 マーケティング・コミュニケーション予算
 監視・報告・検証の手順と予算(データ収集を含む)
 ステークホルダーのエンゲージメント
a. プログラム実施期間中に協働するパートナーおよび先方から提供される支援の
内容を教えてください(公益企業によるデータの自動アップロードや経済的イン
センティブの提供、大学によるデータクレンジング・分析の支援、NPO によるテナ
ントエンゲージメントの指導等)。
b. プログラムでテナントのエンゲージメントを実施しますか?実施する場合はその方
法を教えてください。
総合評価
4. プログラムの設計・実施段階における成功要因は何だと思いますか?
5. プログラムの設計・実施段階における主な課題は何だと思いますか?どのような問題に
取り組むかを教えてください。
6. プログラムの成果物が地元の改修市場を活性化し、ビルオーナー・テナント間で省エネ
建築物への需要を高めると思いますか?このような影響を肯定または否定する理由も
教えてください。
補足
7. 上記のプログラムで中小規模建築物での改修工事を奨励できていますか?それとも他
の施策で奨励していますか?
8. 上記のプログラムや他の施策で建築物のエネルギー使用データを収集している場合は、
データがどのように報告されるかを教えてください。
 建築物 1 棟ずつのデータか、それとも 1 群の建築物についてのデータか
 予測値か、それとも実績値か
 どのような測定基準や報告体制を用いているか
 どのような検証方法を用いているか(自己申告に依存、第三者による全データ検証、
第三者によるサンプル検証等)
–165–
付録 4 建築物エネルギー効率向上から生まれる複合便益の測定基準
(GBPN 概要ノート)
作成: C40 – PBSEEN 1、グリーングロースネットワーク
筆者: Dr. Peter Graham, Niamh McDonald、Jens Laustsen - GBPN Global Centre, Paris、
2014 年 6 月 10 日
PBSEEN はグローバルビルディングパフォーマンスネットワーク(GBPN)に、PBSEEN 加盟都
市に最も関連のある点を中心に、建築物エネルギー効率向上プログラムの複合便益を表す
測定基準と測定方法に関する本概要を作成することを要請した。それを受けて、2014 年 1 月
に、さまざまな便益やそれを表す指標の概要が作成された。本概要は、各都市による検討と
優先順位決定のため使用されることになる。報告書の全容は、附属書 1 に記載されている。
加盟諸都市からの要望により、以下の点がさらに取り組むべき優先事項として現れてきた。
 雇用の創出
 経済的競争力
 貧困緩和
 気候変動の緩和
 健康と福祉
C40 の要請により、GBPN はこれらの問題の評価にこれまで使用され、今後も使用可能な指
標と、必要とされるデータの種類を明らかにした。可能な場合は、関連するデータの出典や、
建築物エネルギー効率向上プログラムの相乗便益の算出に各都市が行った作業も例示し
た。
以下の表に、上記の 5 つの課題の評価方法のいくつかを概要する。これは、各都市が建築物
エネルギー効率向上プログラムの相乗便益を算出するための基本的枠組みを議論する際の
土台となり得る。この概要は、6 月 19 日東京で開催される PBSEEN ワークショップで発表され
ることになっている。
この項から、C40 の都市が、建築物エネルギー効率向上の取組みがもたらす複合便益を算出
するためのロードマップづくりに向けた詳細なプロジェクトの作成を進める関心があるかどうか、
検討したい。
この概要で重要な点は、都市の建築物エネルギー効率向上プログラムの相乗便益の評価の
測定基準と測定方法は、比較的新しい分野であるにもかかわらず、共通の基盤を作るための
作業がすでに行われている、ということである。しかし、データの質や有効性、政策の設計と実
施の効果、リバウンド効果の考慮などの課題もある。測定基準と測定方法の基盤は以下のよう
にして作成される。
1
「民間建築物省エネルギーネットワーク」の現在の英語表記は Private Building Efficiency Network (PBEN)だが、
2014 年 7 月までは Private Sector Buildings Energy Efficiency Network (PSBEEN)であった。
–166–
第一段階:方法の策定
ネットワーク参加都市が絞り込んだ優先重要課題や指標をもとに、複合便益の評価方法
の案を作成する。
第二段階:ひとつまたはいくつかの先進的都市の方法論のパイロット版を作成する。
第一段階の成果をもとに、主要都市が、5 つの主要な建築物エネルギー効率向上プログ
ラムの複合便益の評価方法案を適用する。
第三段階:共通の枠組みを決定する。
パイロット版に参加した専門家グループやステークホルダーが結果を検討し、最終枠組み
を仕上げる。続いて、それを文書化し実施して、第一回目の報告書を作成する。
–167–
表:優先便益と関連指標
便益
雇用創出
指標
雇用の創出によって
雇用率が直接上昇
測定基準
求人数/投資金額(ドル)
求人数/削減エネルギー量
支出が増加する結
果、雇用率が間接的
に上昇
身体の健康増進(屋
内環境品質)
 ぜんそくや肺感染
症などの呼吸器疾
患の罹患率の変化
出入力データ
US: IMPLANv3
EU: Euro-Stat
エネルギー消費量から雇用を考える、現在
行われている研究(抜粋)
(直接雇用+間接雇用×誘発雇用乗数)-
エネルギー部門の失業数=純求人数
新たに雇用された労
働者が給与を支出す
ることで、さらに雇用を
誘発
健康と福祉
データ/方法
公衆衛生費削減額/投資額
(ドル)
費用便益分析
質調整生存年の変化/実施した
対策
寒さや屋内汚染物質への曝露の変化と、生
命表モデルによる健康に関する否定的結果
の間の関係を示す疫学的証拠によって、人
口の生存パターンを推計。(UK Dept of
Energy & Climate Change(英国エネルギー
気候変動省)、2013 年)
医療関連削減額/実施した対策
(ドル- NPV)
実施コスト:公衆衛生支出削減額
例
EU:省エネ対策に費やした 100 万ユーロにつきお
よそ 17~19 人の雇用創出。(BPIE(欧州建築性
能研究所)、2011 年)
US:格付・開示政策で、2030 年までに 59,000 人
の新たな雇用を純増させるとみられる。(Institute
for Market Transformation, IMT、2011 年)
暖房と断熱の費用効果の高い改修の間接的費用
便益:250~670 億ユーロ/年(Næss-Schmidt et al.
2012 年)
実施した対策当たりの質調整生存年(QUALY)の
伸び:中空壁断熱:0.049、ソリッドウォール断熱:
0.036、ボイラー取替:0.009(UK Dept of Energy &
Climate Change(英国エネルギー気候変動省)、
2013 年)
実施した対策当たりの医療費削減額(£-NPV):中
空壁断熱:£969、ソリッドウォール断熱: £742、ボイ
ラー取替: £303(UK Dept of Energy & Climate
Change(英国エネルギー気候変動省)、2013 年)
地域大気汚染の改善
公衆衛生費削減額/投資金額
(ドル)
質調整生存年の変化/実施した
対策または措置
費用便益分析
 エネルギー生産への複数の投入資源
 異なる汚染源からの汚染物質排出
 汚染削減の健康への効用
排出量 1 トン当たりの健康便益値(便益値/ト
ン=BPT)
–168–
2020 年までに電力生産削減から 19~28 億 6,000
万ユーロ(Næss-Schmidt et al. 2012 年)
汚染物質または前駆汚染物質排出の微小な変化
とそれに伴う健康への影響の金銭化した平均便
益(米国環境保護庁、2011 年)
上海:未対策の場合と 3 つの代替シナリオで比較
した経済成長:エネルギー効率の改善(エネルギ
ーの全エンドユーザー部門で年間平均 2%の向
上);最終部門の石炭石油のガスへの転換;風力
発電(Chen et al. 2007 年)
表:優先便益と関連指標(続き)
便益
指標
測定基準
データ/方法
例
健康と福祉
(続き)
病欠による勤務日数/
出校日数の減少
病欠日数/入居者/年
予測
生産性
調査
 建築ストック面積
 ビルの入居率
 ベースラインおよび時系列入居者調査
 屋内環境品質の監視
メルボルンの CH2 ビル:屋内環境品質向上。生産
性がベースラインより 10%向上するとみられる。
(Paevere & Brown、2008 年)
経済的競争力
(グリーン成長)
GDP のグリーン成長
 グリーン GDP
 真の進歩指標
 一人当たりエネルギー強度
グリーン成長率:総 GDP
GDP – 公害コスト
エネルギー効率向上と石油価格の上昇に関する
デンマーク国立銀行報告書=労働時間 1 時間当
たり 2.5 ユーロ相当削減の競争優位
 公的予算へのネット・ポジティブ・イ
ンパクト
新規雇用の粗付加価値(GVA)
競争力の向上
省エネ
純利益ドル/kWh/年
失業手当の減少/雇用創出純増による税
基盤の増大(財政乗数)
公有建築物の直接的省エネ
貧困緩和
エネルギー貧困の
減少
燃料貧困線以下の人口の変化
エネルギーコスト(ドル):世帯の収入
太陽光発電/温水器設置の全エネル
ギー供給に占める割合。
調査・統計的分析
環境に優しいエネルギ
ーサービスへのアクセ
ス増加
ドル/購入グリーンパワー1kW/年で表
すグリーン電力の全エネルギー需要
に占める割合。
スマートグリッドへのアクセス。
建物の種類別総建築ストック
年間のビルエネルギ
ー強度および GHG 原
単位の減少
kW/床面積/年
kW/人/年
kW/入居者/年
(住居)
CO2-e/床面積/年
CO2-e/人/年
CO2-e/入居者/年
(住居)
GJ/年/ビルの種類
CO2-e/年/ビルの種類
トップダウン
IEA と国のデータのセット
世帯のエネルギー
コスト減少
気候変動の
緩和
建築物の年間総エネ
ルギー需要と排出量
の減少
ユーティリティーと人口のデータ
出入力データ
種類別住宅占用率
ボトムアップ
入居後評価・ビルのデータの格付と開示
ユーティリティー・データ
コモン・カーボン・メトリック
GHG 議定書
ULI(アーバン・ランド研究所)
Greenprint Reports(グリーンプリント・レポ
ート)
ICLEI/C40:ツール
–169–
46 億ポンドを投資して、250 万の(すべて燃料貧
困)世帯に対策を実施して、71%の世帯の燃料貧
困を解消し、残り 29%も燃料貧困を大幅に軽減。
英国の産業界へのこの活動の粗付加価値の経済
的利益は 12 億ポンドとみられる。(Centre for
Sustainable Energy、2008 年)
エネルギー効率向上対策は、世界気候変動緩和
目標達成に必要な、2035 年までのカーボン排出
量の 44%削減に貢献。(IEA、2013 年)
シカゴ:自動車(および家庭)換算係数(#)で排
出削減量を報告
付録 4-A 概要ノート:建築物エネルギー効率向上の複合便益
提出先: C40 - PBSEEN、Green Growth Networks(グリーングロース・ネットワーク)
作成:
Niamh McDonald、Jens Laustsen - GBPN Global Centre, Paris. 2014 年 1 月 17 日
エネルギー効率向上、特に建築物のエネルギー効率向上には多くのメリットがある。多数の当
事者にとって、省エネの直接的経済便益は、他の便益に比べ優先度は低い可能性がある。
最近の調査で、建築物エネルギー効率向上プログラムから生まれる、エネルギー安全保障や
雇用創出から健康や福祉まで、多様なメリットが明らかになっている。したがって、C40 ネットワ
ーク加盟国に関係する主要な指標を解説するこの概要では、相乗便益ではなく、複合便益と
いう言葉を使用する。以下に、GBPN が関与した、これらの便益についての最近の調査を概
要する。
複合便益図表
健康および
社会的便益
雇用創出
資産価値
エネルギー
効率向上の
便益
消費者余剰
マクロ的
影響
貧困緩和
エネルギー効率の
向上
公的予算
省エネ
エネルギー
安全保障
資源管理
産業生産性
開発目標
エネルギー
価格
気候変動の
緩和
出典: エネルギー効率向上の複合便益(IEA Spreading the Net: The Multiple Benefits of Energy
Efficiency Improvements)
–170–
便益および関連指標リスト
雇用創出
 雇用創出による雇用率の向上
 消費者支出余剰の結果としての雇用率の間接的向上
 最終的影響:エネルギー効率向上施策支出百万ユーロ当たり
17~19 人の雇用創出(BPIE、2011 年)
国/地方(都市)レベ
ル
エネルギー
安全保障
 輸入燃料への依存の軽減
 エネルギーの利用率・アクセスに関する問題の軽減
 価格上昇に対する脆弱性の軽減
国レベル
健康および
社会的便益
個人の便益
 身体的健康の増進。室内室外の大気質の改善と、湿気、か
び、排気などの悪化要因の軽減によって、慢性・急性の呼吸
器疾患、循環器疾患、アレルギー、関節炎、リウマチなどの症
状を緩和する。
 事故や怪我のリスクの軽減。特に高齢者。
 精神衛生の改善。主として、エネルギーの価格低下によるスト
レスの軽減に関係。
 高罹病率や冬場の高死亡率の改善
 室内居住温度の改善と強制転居(価格面の理由で引っ越しを
余儀なくされる)の軽減により、家庭環境が安定し、教育成果
が高まる。
 個人の社会的ステータスの評価への影響。
個人/コミュニティー
コミュニティー/社会的便益
 交通からの排ガスによる地域の大気汚染の軽減
 仕事や学校の病欠日数の減少
 視覚的快適性(住居の改善による)や共同体意識の向上
 犯罪率の減少
(IEA IEA Multiples Benefits workshop on Health & Wellbeing
(健康と福祉に関する複合便益ワークショップ)概要。GBPN が参
加し、提出。)
個人/コミュニティー・
レベル
マクロな影響
 GDP の伸び
 雇用創出
 貿易の流れ
 価格効果
 厚生効果
 国の競争力の強化
(IEA Multiples Benefits workshop on Health & Wellbeing(健康
と福祉に関する複合便益ワークショップ)概要。GBPN が参加し、
提出。)
国レベル
大蔵省経費
の減少





貧困緩和
気候変動の
緩和
燃料支出の減少
燃料助成金の減少
医療費支出の減少
エネルギー貧困やエネルギーアクセス問題の減少
燃料支出の減少による可処分所得の増加
 エネルギー効率向上対策は、世界気候変動緩和目標達成に
必要な、2035 年までのカーボン排出量の 44%削減に貢献。
(IEA、2013 年)
 エネルギー効率の向上は、GHG 排出削減の費用効果の高い
方法。
国レベル
国/市レベル
世界レベル
 直接的間接的節減が、エネルギー効率向上対策から生じる。
 健康や福祉に関する経費節減が、エネルギーコストの直接的節減と同等またはそれを超える場合がある。
 エネルギー効率向上の便益は、官民両部門、そして自然にも及ぶ。
–171–
財政的影響なし
財政的影響あり
省エネ
エネルギー税収入の
減少
直接的影響
助成金支出の減少
間接的影響
健康への効用
現行の経済環境に与える影響
経済活動の増進
出典:Copenhagen Economics
図 1:欧州の建築物省エネ改修の影響
出典:Copenhagen Economics
世界




GHG 排出量の減少
エネルギー価格の抑制
天然資源管理
開発目標
国




雇用創出
エネルギー関連の公的支出の減少
エネルギー安全保障
マクロ経済への影響
部門
 産業の生産性と競争力の向上
 エネルギープロバイダーとインフラへの便益
 資産価値の増加
個人
 健康と福祉の向上
 貧困緩和(エネルギーへのアクセスとエネルギーの
価格妥当性)
 可処分所得の増加
図 2: Spreading the net: The Multiple Benefits of Energy Efficiency Improvements
(ネットワークの拡大:エネルギー効率向上の複合的便益)IEA、2012 年
–172–
参考資料一覧
Building Performance Institute Europe(欧州建築性能研究所)2011。Europe’s
Buildings Under the Microscope.(欧州建築物詳細調査)BPIE、ブリュッセル
www.bpie.eu/eu_buildings_under_microscope.html
Burr, Majersik, Sellberg, Garrett-Peltier (IMT). 2011. Analysis of Job Creation and
Energy Cost Savings from Building Energy Rating & Disclosure Policy.(建築物エ
ネルギー格付・開示政策による雇用創出とエネルギーコスト削減の分析)Institute for
Market Transformation & Political Economy Research Unit、University of
Massachusetts、3 月
Centre for Sustainable Energy. 2008. How Much- The Cost of Alleviating Fuel
Poverty.(サステナブルエネルギー研究センター 2008 年、燃料貧困の緩和にかかるコ
スト)
http://www.cse.org.uk/downloads/file/how_much.pdf
Chen, C., B. Chen, B. Wang, C. Huang, J. Zhao, Y. Dai, and H. Kan. 2007.
Low-carbon energy policy and ambient air pollution in Shanghai, China: a health
based economic assessment.(中国上海の低炭素エネルギー政策と大気汚染:健康
に基づく経済的評価)Science of the Total Environment 373(1): 13-31.
Department of Energy & Climate Change(エネルギー・気候変動省)2013. Fuel
Poverty a Framework for Future Action(燃料貧困:今後の活動の枠組み)
https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/211180
/FuelPovFramework.pdf
Paevere & Brown. 2008. Indoor Environment Quality and Occupant Productivity in
the CH2 Building: Post-Occupancy Summary.(CH2 ビルにおける屋内環境品質と入
居者の生産性:入居後調査の概要)報告書 No. USP2007/23, CSIRO、3 月
Næss-Schmidt, Hansen, Utfall Danielsson (Copenhagen Economics). 2013.
Benefits of investing in energy efficiency renovations.(省エネ改修投資がもたらす
便益)Renovate Europe による委託
http://www.renovate-europe.eu/uploads/Multiple%20benefits%20of%20EE%20
renovations%20in%20buildings%20-%20Appendix%20only.pdf
Ryan, L., Campbell, N. (IEA). 2013. Spreading the Net: The Multiple Benefits of
Energy Efficiency Improvements(ネットワークの拡大:エネルギー効率向上の複合便
益)国際エネルギー機関 Insights Series
US EPA. 2011. Assessing the Multiple Benefits of Clean Energy: a resources for
states (クリーンエネルギーの複合便益の評価:州向け資料)EPA-430-R-11-014 米国
環境保護庁、ワシントン D.C.
–173–