加熱炉の熱流体解析技術導入(PDF:913 KB)

加熱炉の熱流体解析技術導入
林
幹人
要旨
加熱炉の運転及び保全上しばしば問題になるのが、被加熱流体のコーキン
グにより管表面温度が上昇し、設計温度の超過や寿命の短縮に至ることであ
る。コーキング成長に大きな影響を与える因子として、流体に接触する加熱
管内表面金属温度があげられ、この高温部位推定することが、運転及び保全
管理上重要となる。従来は、経験則に基づいて推定する方法が主だったが、
近年、熱流体解析ソフトを活用した検討も増えている。本稿では、熱流体解
析技術を活用した徳山製油所加熱炉の熱流束及び管表面温度の解析事例を紹
介し、その有効性について解説した。
1. はじめに
加熱炉は、原料油加熱及びリボイラ等の用途でさ
2. 加熱管温度推定方法
2.1 概要
まざまな分野で活用されている。この内、石油精製
加熱管温度は管断面で見ると図1に示すような温
及び石油化学プロセス等で一般的に使用されている
度プロファイルを描き、管外表面において最高温度
加熱炉は、加熱管内に被加熱流体を通し、管外の燃
となる。加熱管表面温度は(Tm)は API-530 でも
焼ガスによって加熱される、いわゆる管式加熱炉と
記載されているとおり、以下に示す式で計算される。
いわれるものである。その中でも特に重質油を扱う
Tm = Tb + ⊿Tf + ⊿Tc + ⊿Tw
加熱炉は、高温加熱によって加熱管内壁にコークが
付着して加熱管が異常高温となる現象(コーキング)
がしばしば問題になっており、出光では平成8年に
沖縄石油精製(株)重油脱硫装置の原料油加熱炉で火
ΔTw
災が、また昨年4月には鹿島石油(株)鹿島製油所重
Tm(加熱管表面温度)
ΔTc
油脱硫装置の原料油加熱炉で火災が発生している。
いずれも、発火の直接原因は加熱管内に付着したコ
Tf(境膜温度)
ークが伝熱阻害となり、加熱管温度が設計温度を超
過し、高温クリープ現象により加熱管が墳破、火災
熱流束
ΔTf
に至ったものである。また、複数のバーナが均一に
焚かれておらず、局部加熱によって管理ポイント以
Tb (流体温度)
外の部位でコーキングが促進されていたことも共通
の問題としてあげられている。このように、コーキ
ングすなわち加熱管高温部位をあらかじめ予測し、
の概要を紹介する。
管内
管高温部位の検討を実施したので、その手法と結果
コーク
VH-H1)を対象に、熱流体解析技術を活用した加熱
管壁
徳山製油所減圧軽油脱硫装置原料油加熱炉(以下、
管外
管理ポイントに反映することが重要となる。今回、
図1.加熱管断面温度プロファイル
熱流体解析ソフト(FLUENT)を活用した。熱流体
Tm=Tb+q/h(Do/(Di-2tc))
+q×tc/kc(Do/(Di-tc))+ q×ta/kw(Do/(Di-ta)
解析の主な構成は、図2に示すとおり、バーナ周り
の燃焼反応を解く燃焼解析、燃焼ガスの流動現象を
Tm:管表面温度
解く流動解析、燃焼ガスからの輻射及び対流伝熱を
q:熱流束
解く伝熱解析から成る。これにより、加熱炉内の燃
h:境膜熱伝達係数
焼ガスの挙動を把握し、燃焼条件による熱流束分布、
Do:管外径
さらには加熱管表面温度分布への影響を解明するこ
Di:管内径
とが可能となる。
t:厚み
k:熱伝導度
添字
a:管平均
c:コーク
熱流束
w:加熱管
伝熱解析
この式から、管表面温度に大きな影響を与える要
素として、①管内の境膜熱伝達係数、②加熱管への
熱流束があげられる。この内、②はバーナの燃焼配
燃焼ガス流速,温度etc.
流動解析
分、熱負荷等によって変化するものである、過去の
火災事例からも、これらの燃焼条件による熱流束へ
の影響を把握することが重要といえる。
火炎形状,火炎温度etc.
燃焼ガス流速,温度流束
燃焼解析
2.2 従来の推算方法の問題点
従来は、各コントラクタ、ライセンサが保有する
経験則に基づき、バーナ仕様(火炎長)、炉構造(炉
高さ等)の情報から、最高熱流束となる部位及び最
図2.熱流体解析の流れ
高熱流束値、管表面最高温度が推算されるのが一般
的である。しかし、この方法はバーナが均一(全数)
3. 解析モデル
加熱されていることが前提となっている。
実際には、
3.1 モデル概要
バーナ能力に余裕がありすぎるため、かなり高負荷
図3は、VH-H1 のバーナを一部消火した条件で
条件でもバーナを一部消火して運転せざる得ない設
検討した解析モデルの概要を示している。当該加熱
備も一部見られる。また、過去の改造により各バー
炉では 12 個のバーナ(6×2 列)が配置されている
ナの負荷配分を変更したり、設置エリア上の制約か
が、図中にバーナが図示されていない箇所は消火さ
ら均一燃焼が困難な構造となっている加熱炉もある。 れていることを意味している。この解析条件では、
これらの加熱炉に対しては、従来の推定方法で信頼
炉南側にバーナ負荷が偏った焚き方となっている。
性の高い結果を得ることは困難である。
こ こ で 、 輻 射 伝 熱 モ デ ル は DTRM ( Discrete
Transfer Radiation Model)を、輻射に影響を与え
2.3 熱流体解析技術を活用した推定方法
る水蒸気及び炭酸ガスの吸収率は灰色モデル
今回、VH-H1 において不均一な燃焼場における
(Weighted Sum of Gray Gas Model)を採用して
熱流束及び管表面温度を解析するにあたり、市販の
いる。また、バーナ燃焼解析に当っては、各バーナ
にある空気ダンパ(エアレジスタ)の開度を基に、
3.2 炉内燃焼ガスの挙動
各々の空気配分を設定している。
図4は、燃焼ガスの流動状態を示した解析結果で
ある。この図から、北側バーナから放出された燃焼
ガスが燃焼負荷の高い南側へ向かい、炉内南側上部
に集まっていく流れが確認できる。その後、集まっ
た燃焼ガスは燃焼負荷の高い南側の対流部に流れる
が、この他に、北側の対流部への流れ及び加熱管に
チューブ拡大図
沿った下方の流れ(B 断面参照)も生じる。
1次空気流路
3.3 熱流束分布
北
前項に示す挙動により、熱流束分布は図5の様に
バーナーチップ
南
解析領域全体図
炉内南側上部に偏った傾向を示す。均一燃焼条件の
解析結果と比較しても、不均一な燃焼条件の方が熱
バーナー拡大図
流束の偏りが大きく、最大熱流束値も大きいことが
図3.熱流体解析モデル概要
確認された。
A
B
図4.炉内ガス流動解析結果
均一燃焼
不均一燃焼
熱流束最高部位
(kcal/h・
kcal/h・m2)
北
南
北
図5.熱流束解析結果
南
3.4 加熱管表面温度分布
5. おわりに
次に、加熱管表面温度分布を解析した結果を図6
加熱炉表面温度解析に熱流体解析技術を導入する
に示す。加熱管温度は、内部流体温度の影響も受け
ことは、燃焼ガスの挙動を考慮した解析が可能とな
るため、熱流束分布とは若干異なる分布を示すが、
ることから、特に不均一な燃焼条件の加熱炉に対し
やはり南側上部において高温部位が存在することが
て適正な運転、保全管理指針を立案するのに有効な
確認できる。今回の解析条件は熱負荷が低いため、
手段と考える。今回のようにバーナを一部消火した
管表面温度としてはそれ程顕著な差異は確認されて
ケース以外にも、炉の構造上、均一加熱が困難な加
いないが、高負荷条件で不均一な燃焼をした場合に
熱炉もある。これらの炉に対しても熱流体解析技術
は、この差異はさらに大きくなることが想定される。
を活用することにより、設備の潜在リスクを事前に
認識し、適切な運転管理、保全管理に反映すること
4. 熱流体解析技術導入による成果
が可能と考える。なお、本稿では紹介していないが、
今回の解析結果から、バーナの均一(全数)燃焼
VH-H1 の検討においては、解析と並行して放射温
の重要性が改めて認識され、VH-H1 に対しては、
度計による実運転データ採取を行い、解析結果との
バーナ仕様の適正化を図り、全数点火が可能な設備
比較評価を実施している。ただし、放射温度計によ
に改造した。一般に、バーナは設計条件より余裕を
る温度測定は、まだ精度の面で課題がある。今度は
持った能力で製作される。これに加えて、実際の運
放射温度計の測定技術向上も並行して進め、解析結
転条件は、その後の省エネ活動や稼動条件の変更を
果のさらなる精度向上を図り、加熱炉の安全操業に
経て、設計条件に対してさらに余裕のあるものとな
貢献していきたい。
っているものが多々ある。したがって、均一燃焼の
観点から、他の加熱炉についても最適なバーナ仕様
の選定を行い、可能な限りバーナ全数点火できる設
備にすることが望まれる。
均一燃焼
不均一燃焼
管表面温度最高部位
北
南
北
図6.加熱管表面温度解析結果
南
( ℃)