セイコー×シチズン 国内ウォッチ市場規模推移 国内クロック市場規模推移

セイコー×シチズン
~時計メーカーとしての意地と誇り~
国際地域学部 国際地域学科 3 年
1810100115 本多由布子
0. はじめに
私たちの日々の生活は「時間」という概念を基準として成り立っている。
「時間」を知る
ための欠かせない道具は「時計」である。私たちにとって最も身近な時計は、腕時計であ
るが、最近では携帯電話の時計機能を利用する人が増えたり、街中の至る所に時計が付い
ていたりするため昔ほど腕時計の需要はなくなってきていると言われている。
「消費者の腕
時計離れ」が危ぶまれている日本の時計業界は実際どのような状況なのか。業界第 2 位の
シチズン HD と業界第 3 位のセイコーHD の両社の有価証券報告書を用いて分析を行いた
いと思う。
0-1.時計業界の現状
国内ウォッチ市場規模推移
(億円)
(億円)
7000
800
6000
700
5000
600
4000
500
3000
国内クロック市場規模推移
400
2007 2008 2009 2010 2011
2007
図表 1-1 国内ウォッチ市場規模推移
2008
2009
2010
2011
図表 1-2 国内クロック市場規模推移
(参考:社団法人 日本時計協会)
1位
2位
3位
4位
カシオ計算機
シチズン HD
セイコーHD
リズム時計工業
4,279 億円
2,525 億円
2,307 億円
283 億円
図表 2 時計メーカー売上高ランキング(2010 年現在)
国内の時計市場は、いわゆる腕時計のウォッチ市場と掛け時計などのクロック市場の 2
つに分けられる。上記の図表 1-1、1-2 を見てわかる通り、国内時計市場はウォッチ、クロ
ック共に 2007 年以降 3 年間連続でマイナス成長となっていた。2008 年後半の世界同時経
済不況、国内景気の悪化による消費者の買い控え、そして高価格帯商品の需要減尐などが
主要な原因である。2010 年になるとそれまで続いていたマイナス成長から一転、プラス成
1
長となった。国内ユーザーの需要回復に加えて、首都圏を中心に中国を中心としたアジア
諸国からの富裕層観光客の需要が増加したためである。以前の規模までは回復していない
が、徐々に回復傾向にある。
国内のシェアは 9 割以上をカシオ、セイコー、シチズンの 3 社が占めている。
(図表 2)
各社はオリジナルの腕時計ブランドを作るなどして他社との差別化を図っている。またク
ロックの分野では懐中電灯やラジオの機能が付いた防災クロックや、温室度表示付き電波
時計などの時計機能以外も兼ね備えた商品が人気を集めるようになっている。
今後も厳しい状況が続くと予想される時計業界の中でセイコーとシチズンの経営状態は
どうなっているのだろうか。
0-2.企業の概要
セイコーホールディングス株式会社
本社:東京都港区虎ノ門二丁目 8 番 10 号 虎ノ門 15 森ビル
設立:1917 年 10 月 29 日
代表者:服部 真二(代表取締役社長)
セイコーHD は 1881 年創業者の服部金太郎が輸入時計を販売する服部時計店を開いたこ
とが始まりである。創業以来、国産初の腕時計を発売するなど時計会社の先駆け的存在と
して時計業界を牽引している。また 1946 年のオリンピック東京大会を皮切りに数々の国際
的なスポーツ大会に公式スポンサー、オフィシャルタイマーとしてたびたび参加している。
ウォッチ、クロック事業だけでなく電子デバイス、半導体、メガネ事業も行っている。
2001 年から持株会社制へと移行しており各事業は事業子会社が行っている。
シチズンホールディングス株式会社
本社:東京都西東京市田無町 6-1-12
設立:1930 年 5 月 28 日
代表者:戸倉 敏夫(代表取締役社長)
シチズン HD は 1918 年に尚工舎時計研究所が設立されたことが始まりである。1924 年
に懐中時計「CITIZEN」を発売した。これがシチズンブランドの発端となった。シチズン
の名は「市民に親しまれるように」という意味が込められている。シチズンの強みはソー
ラー電波時計「エコ・ドライブ」である。「エコ」がまだあまり世間で認知されていなかっ
た 1989 年から研究、開発に着手し 1996 年には世界初の光発電の腕時計を発売した。
ウォッチ、クロック事業の他に電子機器、健康機器、ジュエリー事業も行っている。2007
年から持株会社制へと移行しており、各事業は事業子会社が行っている。
2
0-3.注意事項
以下は分析するにあたっての注意事項である。
1、簡略化のためセイコーホールディングス株式会社はセイコー、シチズンホールディング
ス株式会社はシチズンと記載する。
2、使用するデータは平成 20 年度から平成 24 年度までの 5 年分のセイコーとシチズンの有
価証券報告書を参考にしており、両社の有価証券報告書の会計期間は 4 月 1 日から 3
月 31 日である。
3、分析では連結経営という視点を重視し、各指標の算出にあたっては特に断りのない限り
連結データを使用している。
4、安全性分析の長期格付けは両社共に3つの格付け機関すべてに格付けされていなかった
ため記載しなかった。
1.収益性分析
収益性分析では、5 つの指標を用いて両社の収益性をみていく。5 つの指標とは、
「使用
総資本事業利益率」
、
「自己資本利益率」の 2 つに加え、自己資本利益率を分解した「売
上高当期純利益率」
、
「総資本回転率」、「財務レバレッジ」の 3 つである。
1-1.使用総資本事業利益率(ROI)
総資本事業利益率とは、事業利益を総資本で割った値であり、企業の収益性を分析する
代表的な指標の 1 つである。
(%)
使用総資本事業利益率(ROI)
10
5
0
-5
2008
2009
セイコー
2010
2011
2012
シチズン
図表 3 使用総資本事業利益率(ROI)の推移
図表 3 を見ると、使用総資本事業利益率(事業利益/使用総資本×100)の推移は、両社
とも同じ動きを見せ、また平均して 2%ほどシチズンが上回っていることがわかる。2008
年から 2009 年にかけて両社とも大幅に下降したが、その後徐々に回復している。しかし、
3
依然として 2008 年の数値までは回復していない。これらの原因を探るために、使用総資本
事業利益率を「総資本」と「事業利益」の 2 つに分解して分析を行う。
(百万円)
450,000
総資本
事業利益
(百万円)
30,000
25,000
400,000
20,000
350,000
15,000
10,000
300,000
5,000
250,000
0
-5,000
200,000
2008 2009
セイコー
2008 2009 2010 2011 2012
セイコー
シチズン
図表 4 総資本の推移
2010 2011
シチズン
2012
図表 5 事業利益の推移
図表 4 の総資本の推移を見てみると、2008 年時点ではシチズンがセイコーを大きく上回
っていたが、2010 年にセイコーがシチズンを逆転した。2009 年にセイコーインスツル株式
会社を完全子会社としたため、流動資産、固定資産共に増加したことが原因である。
図表 5 の事業利益の推移を見てみると、一貫してシチズンがセイコーを上回っている。
両社共に 2008 年から 2009 年にかけて急激に下降していることがわかる。特にシチズンの
下降は著しい。ROI の動きの原因は事業利益にあるとみられる。
次に事業利益の変化の原因を探るために、事業利益の詳しい内訳(営業利益+受取利息お
よび受取配当金+持分法による投資損益)の構成を見ていく。
年度
売上高
売上原価
売上総利益
販売費および一般管理費
営業利益
受取利息および受け取り配当金
持分法による投資損益
事業利益
2008
100
62.0
38.0
34.6
3.4
0.4
0.5
4.3
2009
100
61.9
38.1
40.1
-2.0
0.5
1.2
-0.4
図表 6-1 セイコーの事業利益構成(単位:%)
4
2010
100
66.9
33.1
32.3
0.9
0.1
-0.5
0.5
2011
100
69.2
30.8
27.1
3.7
0.1
0.3
4.2
2012
100
69.6
30.4
28.1
2.3
0.2
0.2
2.6
年度
売上高
売上原価
売上総利益
販売費および一般管理費
営業利益
受取利息および受け取り配当金
持分法による投資損益
事業利益
2008
213,966
132,713
81,253
74,023
7,229
799
1,111
9,139
2009
174,031
107,684
66,347
69,848
-3,500
809
2,035
-656
2010
230,766
154,464
76,302
74,323
1,979
321
-1,124
1,176
2011
313,881
217,242
96,638
84,981
11,656
372
1,058
13,086
2012
296,937
206,742
90,195
83,462
6,733
522
490
7,745
2010
100
67.3
32.7
29.8
2.9
0.4
0.0
3.2
2011
100
66.2
33.8
28.0
5.9
0.4
0.0
6.2
2012
100
64.7
35.3
29.4
5.9
0.5
0.0
6.4
2010
252,502
169,959
82,542
75,313
7,229
909
-10
8,128
2011
284,964
188,602
96,361
79,658
16,702
1,043
36
17,781
2012
279,786
180,977
98,809
82,280
16,528
1,322
-4
17,846
図表 6-2 セイコーの事業利益構成(単位:百万円)
年度
売上高
売上原価
売上総利益
販売費および一般管理費
営業利益
受取利息および受け取り配当金
持分法による投資損益
事業利益
2008
100
67.2
32.8
25.6
7.2
0.7
-0.1
7.8
2009
100
69.1
30.9
30.5
0.5
0.7
-0.1
1.1
図表 7-1 シチズンの事業利益構成(単位:%)
年度
売上高
売上原価
売上総利益
販売費および一般管理費
営業利益
受取利息および受け取り配当金
持分法による投資損益
事業利益
2008
336,685
226,383
110,302
86,039
24,262
2,276
-303
26,235
2009
296,857
205,005
91,852
90,453
1,398
2,197
-278
3,317
図表 7-2 シチズンの事業利益構成(単位:百万円)
上記の表によると両社の 2009 年における事業利益の減尐は、2008 年後半からの世界同
時不況による海外への輸出の減尐、国内消費の冷え込みによる売上高の減尐、営業利益の
減尐が原因であることが分かる。セイコーは 2010 年から 2011 年にかけて売上原価と販売
費および一般管理費の増加などがあったが、売上高の増加によって、営業利益、事業利益
は持ち直している。またセイコーが 2011 年から 2012 年にかけての事業利益が大幅に減尐
したのは売上高の減尐が原因とみられる。
1-2.自己資本利益率(ROE)
自己資本利益率とは、当期純利益を自己資本で割ったものであり、株主が出資した資本
5
を元にどの程度利益をあげたのかを測定する指標である。
自己資本利益率(ROE)
(%)
10.0
0.0
-10.0
-20.0
-30.0
-40.0
-50.0
2008
2009
2010
セイコー
2011
2012
シチズン
図表 8 自己資本利益率(ROE)の推移
次に図表 8 の自己資本利益率(ROE)
(当期純利益/自己資本×100)を見ていく。セイ
コーは 2009 年に落ち込み、その後 2011 年にかけて回復をみせたが、2012 年に急激に低下
している。一方シチズンはセイコーと同じように 2009 年に落ち込みをみせた。しかしその
後は一貫して上昇傾向にあり、2012 年はセイコーを 50%ほど上回っている。
ここで自己資本利益率を構成している当期純利益と自己資本をみていく。
(百万円)
当期純利益
(百万円)
自己資本
250,000
15,000
10,000
200,000
5,000
0
150,000
-5,000
-10,000
100,000
-15,000
-20,000
50,000
-25,000
0
-30,000
2008 2009 2010 2011 2012
セイコー
シチズン
2008 2009 2010 2011 2012
セイコー
シチズン
図表 9 当期純利益の推移
図表 10 自己資本の推移
6
図表9の当期純利益の推移を見ていくと、シチズンが2009年に急激に落ち込んでいるのが
一目瞭然である。これは建物や構築物、機械装置の減損損失、事業再編整理損などの特別
損失が原因である。その後は上昇傾向にある。一方でセイコーは、2009年に落ち込んだ後
2011年まで上昇していたが、再び2012年に下降している。また5年間中3年間はマイナスと
なっており、一貫して低水準である。2012年の落ち込みは震災による有形固定資産や棚卸
資産の滅失損失などの特別損失が大きく影響している。
図表10の自己資本の推移を見ていくと両社は対照的に推移していることがわかる。
1-3.自己資本利益率(ROE)の分解
自己資本利益率は「売上高当期純利益率(当期純利益/売上高×100)」、「総資本回転率(売
上高/総資本×100)」、
「財務レバレッジ(総資産/株主資産)」の3つに分解することができる。
それらを分析していく。
(%)
(百万円)
売上高当期純利益率
4.0
売上高
400,000
2.0
350,000
0.0
300,000
-2.0
250,000
-4.0
-6.0
200,000
-8.0
150,000
-10.0
2008 2009 2010 2011 2012
セイコー
シチズン
100,000
2008 2009 2010 2011 2012
セイコー
シチズン
図表11 売上高当期純利益率の推移
図表12 売上高の推移
まずは図表11の売上高当期純利益率(当期純利益/売上高×100)をみていく。これは売
上高に対してどれだけ純利益を上げられたかを見る指標でこの利益率が高いほど収益性が
高いと言える。両社共に2009年に下降して、その後上昇している。これは前述したとおり
2008年秋からの世界同時経済不況によるものである。セイコーは2012年に再び下降してい
る。これも前述したとおり震災による特別損失が原因である。図表9の当期純利益の動きと
同じ動きをしているのがわかる。
7
総資本回転率
(回)
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
2008
2009
2010
セイコー
2011
シチズン
2012
図表13 総資本回転率の推移
次に図表13の総資本回転率(売上高/総資本)をみていく。この指標は資産活用の効率性
をはかるものであり、この指標が高いほど売上による総資本の回収スピードが速いことが
わかる。2008年時点ではセイコーがシチズンを上回っていたが2009年になるとシチズンが
逆転した。2010年にセイコーの回転率が低下した原因は、分子の売上高の増加より分母の
総資本の増加のほうが大きかったためである。
財務レバレッジ
(倍)
18
15
12
9
セイコー
シチズン
6
3
0
2008
2009
2010
2011
2012
図表 14 財務レバレッジの推移
最後に図表 14 の財務レバレッジ(総資本/自己資本)をみていく。この指標は負
債の利用度、ないし負債への依存度を表している。この指標が高いほど負債に依
存していることがわかる。シチズンは 2008 年から 2012 年まで一貫して低水準を
8
推移している。一方でセイコーは一貫して上昇しており、高い負債への依存度を
示している。
以上 ROI と ROE を用いて収益性分析を行ったところ、シチズンの方が収益性
が優れているという結果となった。
2.安全性分析
安全性分析では、はじめに両社の資金調達活動と投資活動の状況を見るために、連結キ
ャッシュ・フロー計算書の分析を行う。その後、
「当座比率」
「流動比率」、「自己資本比
率」、「固定長期適合率」、「インタレスト・カバレッジ・レシオ」の5つの指標を用い
て安全性の分析を行っていく。
2-1.連結キャッシュ・フロー計算書の分析
図表15は、両社の連結キャッシュ・フロー計算書の主要項目を抜粋したものである。
セイコー
2011 年
2012 年
シチズン
2011 年 2012 年
Ⅰ営業活動によるキャッシュ・フロー
税金等調節前当期純利益
5,076
△4,768
10,266
16,502
減価償却費
16,854
15,078
14,440
14,249
退職給付引当金の増減額(△は減少)
△1,069
△3,374
1,677
269
たな卸資産の増減額(△は増加)
△4,475
722 △7,028 △9,636
仕入債務の増減額(△は減少)
7,406
80
6,301
2,704
未収入金の増減額(△は増加)
501
△3,717
ND
ND
法人税等の支払額
△1,869
△2,431 △2,785 △4,300
営業活動によるキャッシュ・フロー
20,498
11,119
21,950
19,545
Ⅱ投資活動によるキャッシュ・フロー
投資有価証券の取得による支出
△50
△987
△741
△55
有形固定資産の取得による支出
△13,349 △12,732 △12,919 △14,519
有形固定資産の売却による収入
3,197
2,206
756
976
無形固定資産の取得による支出
ND
ND
△534 △1,239
その他
250
△1154
△85
△224
投資活動によるキャッシュ・フロー
△8,696 △11,215 △14,431 △15,135
Ⅲ財務活動によるキャッシュ・フロー
短期借入れによる収入
581,265
483,290
ND
ND
短期借入金の返済による支出
△601,520 △481,828
ND
ND
短期借入金の純増額(△は減少)
ND
ND △25,767
△177
長期借入金の返済による支出
△62,246 △65,791
△200
△0
財務活動によるキャッシュ・フロー
△14,394
362 △28,808 △3,198
現金及び現金同等物に係る換算差額
△837
△419 △1,676 △1,494
現金及び現金同等物の増減額(△は減少)
△3,429
△154 △22,966
△282
現金及び現金同等物の期首残高
55,331
51,901
90,877
68,201
現金及び現金同等物の期末残高
51,901
51,289
68,201
68,937
図表15 連結キャッシュ・フロー計算書 (単位:百万円)
9
セイコー:まず営業活動によるキャッシュ・フローをみると、約半減しているのがわかる。
税金等調整前当期純損失の47億円、退職給付引当金の減尐の33億円、未収入金の増加の37
億円などが原因である。投資活動によるキャッシュ・フローは、有形固定資産の取得によ
る支出の増加、売却による収入の減尐によって30億円ほど減尐している。その他の項目も
影響していると考えられるが詳細が不明である。財務活動によるキャッシュ・フローは、
短期借入金の返済による支出が大幅に減尐したことによってプラスへと転換しているが
2011年、2012年共に短期借入による収入が多く負債に依存していることが分かる。
シチズン:まず営業活動によるキャッシュ・フローをみると、税金等調整前当期純利益が
増加したが、たな卸資産の増加や仕入債務の減尐、法人税等の支払増加によって前年より
24億ほど減尐している。投資活動によるキャッシュ・フローは、有形固定資産、無形固定
資産の取得による支出が増加したため前年より7億ほど減尐している。減価償却費とほぼ同
額の投資を行っており、セイコーより積極的に投資しているといえる。財務活動によるキ
ャッシュ・フローは、短期借入金が大幅に減尐したことによって250億ほど増加している。
2-2.安全性指標
次に安全性に関する5つの指標「流動比率」、「当座比率」、「自己資本比率」、「固定
長期適合率」、「インタレスト・カバレッジ・レシオ」をみていく。
流動比率
(%)
当座比率
(%)
350
250
300
200
250
200
150
150
100
100
50
50
0
0
2008
2009 2010
セイコー
2011 2012
シチズン
2008
図表16 流動比率の推移
2009 2010 2011 2012
セイコー
シチズン
図表17 当座比率の推移
まず企業の短期支払い能力、流動性を示す代表的な比率として、流動比率と当座比率を
分析していく。
流動比率(流動資産/流動負債×100)は、短期に支払期限が到来する流動負債に充当す
10
ることが可能な流動資産をどの程度持っているかを示す比率である。200%以上が理想とさ
れている。シチズンは一貫して理想とされている200%を超えている。一方でセイコーは
100%付近を推移している。
当座比率(当座資産/流動負債×100)は、流動資産の中でも特に換金性の高い現金や預金、
受取手形、売掛金、有価証券などの当座資産を利用するため、流動比率よりもシビアに短
期支払いの能力をはかることが出来る。100%が理想とされている。当座比率においてもシ
チズンは一貫して理想とされている100%を超えている。一方でセイコーは50%付近を推移
している。
以上から短期支払い能力はシチズンのほうが優れていることがわかる。
次に長期的な支払能力や全体としての安全性を測定する指標として、自己資本比率と固
定長期適合率をみていく。
(%)
自己資本比率
(%)
70
140
60
120
50
100
40
固定長期適合率
80
30
60
20
40
10
20
0
2008
2008 2009 2010 2011 2012
セイコー
シチズン
2009
2010
セイコー
図表18 自己資本比率の推移
2011
2012
シチズン
図表19 固定長期適合率の推移
自己資本比率(自己資本/総資本×100)は、数値が高いほど利子を払う負債が尐ないこと
を示しており、外部の債権者にとって安全性が高いことを意味する。図表16をみると、シ
チズンは2009年に自己資本が減尐したことによって、一旦下降したものの平均して50%を
超えている。対照的にセイコーは2008年以降毎年下降しており、2012年は6.2%と低い数値
になっている。
固定長期適合率(固定資産/{自己資産+固定負債}×100は、100%以下が理想とされて
いる。シチズンは一貫して50%付近の低水準を推移しており、安定している。セイコーは
2008年時点では100%を下回っていたが、2009年に急上昇している。これは分母の自己資本、
固定負債ともに減尐したためである。その後も120%以上の高水準を推移している。
11
(倍)
インタレスト・カバレッジ・レシオ
200
160
120
80
40
0
2008
2009
2010
2011
セイコー
2012
シチズン
図表 20 インタレスト・カバレッジ・レシオの推移
インタレスト・カバレッジ・レシオ(
{営業利益+受取利息+受取配当金}/支払利息)は、
支払わなければならない利息の何倍の利益を稼いでいるかを示す指標である。シチズンは
2008 年、営業利益が大きく支払利息が小さかったため 190 倍という極めて高い数値となっ
た。その後は低下し、10 倍付近を推移している。一方セイコーは 1 倍付近を推移しており、
有利子負債への依存度が高いことがわかる。
以上の安全性分析を行ったところ、全ての指標でシチズンがセイコーを上回っており、
優れているということがわかった。
3.効率性・生産性分析
次に、効率性・生産性を分析していく。ここではROE の分解で用いた資産活用の総合的
な指標である「総資本回転率」の動きを分析するために、「棚卸資産回転率」、「有形資
産回転率」、「投資その他資産回転率」の3つの指標を用いる。
12
(回)
有形固定資産回転率
(回)
4.5
7.0
4.0
6.5
3.5
6.0
3.0
5.5
2.5
5.0
2.0
4.5
1.5
4.0
1.0
たな卸資産回転率
3.5
2008
2009 2010 2011 2012
セイコー
シチズン
2008
2009
2010
セイコー
図表 21 有形固定資産回転率の推移
2011
2012
シチズン
図表 22 たな卸資産回転率の推移
有形固定資産回転率(売上高/有形固定資産)とたな卸資産回転率(売上高/たな卸資産)
は、それぞれの資産が効率的に活用されているかどうかの指標である。
まず図表 21 の有形固定資産回転率をみると、両社は対照的な推移をしている。シチズン
の回転率が高いのは有形固定資産に対して売上高が大きいためである。2010 年から 2011
年にかけて上昇したのは売上高が増加したためである。一方セイコーは 2008 年から 2011
年にかけて下降し続けその後上昇している。売上高の増加以上に有形固定資産の増加が大
きかったことが原因である。シチズンのほうが有形固定資産を効率的に活用していると言
える。
次に図表 22 のたな卸資産回転率をみると、2008 年時点ではセイコーがシチズンを大き
く上回っている。しかし、その後 2010 年にかけて急激に下降している。これは、仕掛け品
や原材料、貯蔵品の増加が原因である。売上高の回復があり 2012 年には 5 回まで持ち直し
ている。シチズンは 2009 年に下降後、一旦上昇するがその後 2012 年に再び下降している。
これは商品及び製品の増加が原因である。セイコーのほうがたな卸資産を効率的に活用し
ていると言える。
13
(回)
売上債権回転率
7.0
(回)
投資その他の資産回転率
8.0
7.5
6.5
7.0
6.0
6.5
6.0
5.5
5.5
5.0
5.0
4.5
4.5
4.0
4.0
3.5
2008
2009 2010
セイコー
2011 2012
シチズン
図表 23 売上債権回転率の推移
2008
2009 2010
セイコー
2011 2012
シチズン
図表 24 投資その他の資産回転率の推移
次に売上債権回転率(売上高/売掛金+受取手形)と投資その他の資産回転率(売上高/投
資その他の資産)をみていく。
売上債権回転率をみると、セイコーは 2010 年に急激に下降している。これは売掛金と受
取手形が 2 倍ほど急増したからである。その後は売上高の増加によって 6 回ほどにまで回
復している。一方シチズンは 2009 年に売掛金と受取手形の減尐によって上昇したが、その
後下降し、4.5 回付近を推移している。
投資その他の資産回転率をみると、セイコーは 2009 年に一旦下降したものの、その後急
激に上昇しており、約 2 倍になっている。これは売上高の大幅な増加と投資その他の資産
の減尐による。一方のシチズンも 2010 年に一旦下降したものの、その後上昇し 1.2 倍ほど
になっている。
以上 4 つの指標で効率性・生産性分析を行った結果、たな卸資産回転率、売上債権回転
率、投資その他の資産回転率においてはセイコーのほうが優れていた。しかし、シチズン
の方が総資本回転率、有形固定資産回転率において優れており、より効率的に資産を活用
し生産していると言える。
4.成長性分析
成長性分析では、
「総資産」
、
「自己資本」、
「売上高」、
「営業利益」の 4 つに関して、2008
年を基準年(100%)とする趨勢分析を用いる。
14
(%)
セイコーの成長性
シチズンの成長性
(%)
120
200
100
150
80
100
60
50
40
0
20
-50
0
2008 2009
総資産
売上高
2010
2008
2011 2012
自己資本
営業利益
図表 25-1 セイコーの成長性
2009
2010
2011
2012
総資産
自己資本
売上高
営業利益
図表 25-2 シチズンの成長性
まずはセイコーの成長性をみていく。営業利益が 2009 年に世界同時不況の影響で売上高
が落ち込んだことと、販売費および一般管理費が増加したことによって大幅に下降してい
るが、
その後回復し 2008 年と同水準まで持ち直した。自己資本は一貫して下降傾向にある。
売上高は 2009 年に下降したものの、徐々に上昇している。総資産は 2010 年に急激に上昇
している。これはセイコーインスツル株式会社を子会社化したことによる資産の増加が原
因である。
次にシチズンの成長性をみていく。最も変化が大きいのは営業利益である。2009 年には
世界同時不況による売上高の落ち込みと、販売費および一般管理費の増加によって、大幅
に落ち込んだ。その後回復傾向にあるが 2008 年の水準までは届いていない。その他の総資
産、自己資本、売上高も徐々にではあるが低下傾向にある。
以上 4 つの指標で成長性分析を行った結果、シチズンが全ての指標において低下傾向に
あった。一方の、セイコーは自己資本、営業利益以外の指標は成長傾向にある。総合的に
みると、セイコーの方が成長性が高いことがわかった。
5.グループ経営分析
次にグループ経営の評価を行うため連単倍率分析とセグメント分析を行う。セグメン
ト分析では、事業種別と地域別にわける。
まず 2012 年度の有価証券報告書の「3.対処すべき課題」や「中期経営計画」をみて、
両社のグループ経営に対する姿勢をみていく。
15
セイコー
平成 23 年度からスタートした中期経営計画では、透明性と合理性をもった経営のためコ
ーポレートガバナンスと内部統制を再構築し、古い企業体質からの脱却を図り新しいセイ
コーへと生まれ変わることを基本方針とした。事業面では世界に誇る機械式時計の技術を
持つセイコーインスツルとの統合深化によってウォッチ事業の収益最大化、新たな付加価
値の創出を行う。また収益力の悪化が見られる電子部品事業では、希望退職の募集などに
よって固定費水準の適正化、業務の効率化を図り、ウォッチ事業と並ぶグループの安定的
な柱として復活させる。そして財務面では、財務の健全化、資金調達力の向上のため、有
利子負債の圧縮や株主資本の充実に努める。
シチズン
平成 22 年度からスタートした中期経営計画ではグループビジョンとしての目指す姿を
「小型精密技術と確かな品質を起点として、新たな価値を創造し、着実な成長を続ける企
業グループ」とした。時計事業を「グループ成長の核」として、中国をはじめとする新興
国での積極的な市場開拓や、M&A を通じたマルチブランド戦略を推進し、総合時計メーカ
ーとしての存在感を発揮していく。着実な成長を実現するために、その他事業も強みを活
かし、かつ弱みを克服する施策を展開していく。また、重要課題として、資産効率向上の
ための資産の見直しとスリム化を図り、バランスシートを意識した経営に取り組んでいく。
5-1.連単倍率分析
連単倍率分析では、総資本、売上高、営業利益、当期純利益の4つの値に関する連単倍率を
用いて分析を行う。連単倍率は、連結数値を単対数値で割った値であり、親会社以外のグ
ループ会社への貢献度がわかる。1を超えれば超えるほど、親会社以外のグループへの貢献
度が高いことを示す。両社の単体数値は売上高の代わりに営業収益を用いた。
70
60
50
40
30
20
10
0
-10
セイコーの連単倍率
(倍)
2008
総資産
2009
自己資本
2010
2011
売上高(営業収益)
図表26-1 セイコーの連単倍率の推移
16
2012
営業利益
年度
総資産
自己資本
売上高
営業利益
2008
1.4
2.9
22.7
1.2
2009
1.3
1.8
16.6
-0.5
2010
2.3
2.1
46.7
2.8
2011
2.3
2.0
41.8
3.1
2012
2.3
2.0
63.6
21.6
図表26-2 セイコーの連単倍率数値(単位:倍)
シチズンの連単倍率
(倍)
35
30
25
20
15
10
5
0
2008
総資産
2009
自己資本
2010
2011
2012
売上高(営業収益)
営業利益
図表27-1 シチズンの連単倍率の推移
年度
2008
2009
2010
2011
総資産
2.3
2.0
2.2
2.0
自己資本
1.9
2.0
1.9
1.9
売上高
20.5
22.8
21.1
27.4
営業利益
3.8
0.3
1.2
3.7
図表27-2 シチズンの連単倍率数値(単位:倍)
2012
2.0
1.9
30.3
4.5
両社共に子会社が事業を行う持株会社制であるために、子会社のグループへの貢献度が
高い。図表26-1によると、セイコーは2009年の営業利益を除いて、全ての数値で1倍を超え
ており、グループ全体で収益を生み出そうとしていることがわかる。前述したとおり2009
年にセイコーインスツル株式会社を子会社化したために、2010年度の数値から大きく上昇
している2012年の売上高と営業利益が大幅に上昇したのは単体の数値が小さくなったため
である。
一方の図表27-2のシチズンをみると、セイコーよりも数値は低いが、2009年の営業利益
以外は1倍を超えており、子会社のグループへの貢献度が高いことが分かる。
17
5-2.事業別セグメント分析
次に両社の2012年度のセグメント別売上高、利益の構成をみていく。
セイコーセグメント別利益
セイコーセグメント別売上高
8%
4%
3%-5%
13%
37%
-4%
ウォッチ事業
48%
図表28-1
ウォッチ事業
クロック事業
3%
クロック事業
75%
電子部品事業
電子部品事業
メガネ事業
メガネ事業
その他
その他
セイコーセグメント別売上高
図表28-2 セイコーセグメント別利益
シチズンセグメント別売上高
シチズンセグメント別利益
5%
5%
4%-2%
8%
22%
25%
50%
64%
時計事業
15%
時計事業
工作機械事業
工作機械事業
デバイス事業
デバイス事業
電子機器事業
電子機器事業
その他
その他
図表29-1 シチズンセグメント別売上高
図表29-2 シチズンセグメント別利益
両社共に、時計業界の第2位と3位の企業であるため時計事業が全体の5割程度を占めてい
る。セイコーは平成23年度を初年度とする中期経営計画で電子部品事業での収益回復を掲
げていたが、電子部品事業は売上の5割弱を占めているにも関わらず、販売費および一般管
理費が削減できていないため、利益では全体の1割強に留まっている。今後電子部品事業で
の安定した収益を生み出せるかが注目される。シチズンは平成22年度を初年度とする中期
経営計画で時計事業グループの核として位置づけた通り、時計事業が売上、利益共に、全
体の中心となっている。しかしデバイス事業での収益性が乏しい。今後デバイス事業での
他企業に負けない製品の創出と安定した収益が求められる。
18
5-3.所在地別セグメント分析
セイコー所在地別売上
シチズン所在地別売上
11%
1%
30%
38%
18%
51%
日本
アジア
19%
日本
アメリカ
32%
中国
その他
図表30-1 セイコー所在地別売上
ヨーロッパ
その他
図表30-2 シチズン所在地別売上
最後に両社の2012年度所在地別売上をみていく。まず図表30-1のセイコーをみていくと
日本の割合が5割強とシチズンと比べると日本国内での売上が重きをなしていることがわ
かる。日本に続いて中国、その他の所在地の順になっている。その他の所在地には中国以
外のアジア諸国、ヨーロッパ、北米が含まれていると思われる。対照的に図表30-2のシチ
ズンは日本国内の売上より海外の売上の割合のほうが大きい。アジアの割合が特に大きく、
日本の割合に迫っている。アジアの中の中国の割合は7割以上である。これは中国の富裕層
が日本の高品質な製品を求めているからである。アメリカ、ヨーロッパの割合も大きく、
合わせると、日本、アジアと同等の割合となる。総合的にみてもシチズンのほうが海外の
割合が大きく、グローバル展開を積極的に行っていることがわかる。
19
6.総合評価にかえて
分析の最後にまとめとして、株価収益率(PER)と株価純資産倍率(PBR)を用いて、企業
評価を行う。
(倍)
セイコー PER・PBR
(倍)
25.0
70
20.0
60
15.0
50
10.0
40
5.0
1.2
0.8
1.3
1.4
1.5
30
0.0
20
-5.0
10
-10.0
0
-15.0
シチズン PER・PBR
1.3
0.9
1.2
0.9
1
2011
PBR
2012
-10
2008 2009 2010 2011 2012
PER
PBR
図表31-1 セイコーPER・PBR推移
2008
2009 2010
PER
図表31-2 シチズンPER・PBR推移
(参考:ロイター 国内株式)
株価収益率(PER)(株価/一株当たりの当期純利益)は、現在の株価が一株あたりの株主資
本の何倍かを知ることができる。この基準は14~20 倍である。数値が低いほど株が「割安」、
高いほど「割高」ということになる。セイコーのPERを見てみると、2008年、2011年は基
準を超えているが、それ以外の年度はマイナスとなっている。安定せず乱高下がみられる。
シチズンのPERは2009年こそマイナスとなっているが、その他の年は基準を大きく上回っ
ている。2012年現在、セイコーは「割安」シチズンは「割高」となっている。
株価純資産倍率(PBR)(時価総額/純資産)は、株価が一株当たりの利益の何倍かを知る
ことができ、企業評価を行う上で重要な指標の一つである。両社を比べるとそれほど数値
に開きはない。両社ともほぼ1を超え安定している。
最後にこれまでの分析をまとめていく。まず収益性に関しては、ROI、ROE共にシチズ
ンがセイコーを上回っていた。安全性に関しても全ての指標においてシチズンがセイコー
を上回っていた。効率性・生産性に関しては、たな卸資産回転率、売上債権回転率、投資
その他の資産回転率の3つの指標に関してセイコーがシチズンを上回っていたが、シチズン
は総資本回転率、有形固定資産回転率で上回っていたためシチズンのほうが優れていた。
続いて成長性に関しては、シチズンが4つの指標全てでマイナス成長となっていたが、一方
のセイコーは自己資本以外の指標が成長傾向にあり、セイコーの方が成長性は優れている
と言える。グループ経営分析に関しては、両社共に持株会社のため子会社のグループへの
20
貢献度が高かった。最後のセグメント分析では、シチズンが中期経営計画通り、時計事業
を核として利益をあげていることがわかった。また海外展開では、セイコーはいまだ日本
国内に依存していたが、シチズンはバランスよく海外に展開していた。
分析の結果、総合的にシチズンホールディングスのほうが優れているということが分か
った。近年の国内時計市場はスイス高級腕時計メーカー、中国製普及価格帯時計メーカー
との競争が激しく、また、携帯電話等の時計機能代替製品との競争も内在している。そん
な厳しい状況の中で両社はいかにして競争に勝っていくか。シチズンは2012年3月にスイス
の時計メーカーを買収し、中国など新興国で需要が高まる高級時計の品揃えを強化する体制に
入った。シチズンのほうがセイコーより一歩リードした展開となった。今後のセイコーの動向に
注目していきたい。
【参考文献】
伊藤邦夫「ゼミナール現代会計入門(第9版)」日本経済新聞出版社(2012 年)
業界serch.com:http://gyokai-search.com/
シチズンホールディングス株式会社:http://www.citizen.co.jp/index.html
セイコーホールディングス株式会社:http://www.seiko.co.jp/
ロイター 国内株式:http://jp.reuters.com/investing/markets
社団法人 日本時計協会:http://www.jcwa.or.jp/
21