第Ⅰ 章 発達障害への理解 1 発達障害の概論 □ 2 精神遅滞(知的障害) □ 3 自閉症 □ 4 学習障害 □ 5 注意欠陥/多動性障害(AD/HD) □ 6 脳性まひ □ 7 重症心身障害 □ 8 てんかん □ 9 神経・筋疾患 □ 1 0 聴覚障害 □ 1 1 視覚障害 □ 1 発達障害の概論 ―― 人間はあらゆる地球上の生き物の中で最も進化した生き物です。この進化の過程をなぞるよう に、受精後から母親の子宮内で変化します。出生後もどんどん変化して行きます。最初は一個の 受精卵からめまぐるしく成長、発達をとげます。成長が大きさの変化をさす事が多く、発達は仕 組み、働きが変化する事をさす事が多いのですが、両者は関連し合って変化して行きます。 発達の設計図は遺伝子により規定されている事が多いのですが、母親の子宮内でも環境の変化 により設計図通り物事が運ばない事があります。環境の変化では、栄養の不足、感染症、毒物 (タバコ、アルコール、薬物乱用など) 、いわゆる環境ホルモン、放射線などが、母親を通して 無数とも思える複雑な設計図のステップを乱す可能性があります。母親から生まれた後は、子ど もを取り巻く環境が直接こどもの発達に影響し、前述の胎内環境因子に加え更に外部からの色々 な働きかけ、刺激が重要な働きをします。これらの外からの刺激を受け取り、脳の中に形として 刻み込んで行く過程(プロセス)を発達と呼びます。ですから設計図と刺激の両方が同じように 重要なわけです。 元々個々の人間は違った設計図を持っていますので、それぞれの子どもは少しずつ違うような 発達の仕方をします。又、環境もそれぞれ違うので、更に多くのバリエーションがある訳です。 発達障害とは元々色々なパターンの発達の仕方があるなかでも、順調な発達を示さず、生きて 行くうえで困難を抱える事を言います。大事なのは生きて行くうえで困る事があるという事です。 困る事が無い場合、例えば、ハイハイの段階を経ずに歩き始めるあかちゃんもいますが、発達の 仕方としては少数派ですが、歩行に困る事はありません。 発達障害を疑わせる症状や徴候には主に2種類あります。一つは発達の“遅れ”です。幼児期 には首のすわり、お座り、寝返り、ハイハイなどが代表的なもので、平均の時期と幅(枠)から 遅れて獲得したり、獲得出来なかったりする事を言います。幼児期になると、運動機能では更に 細かい動きが出来るようになるのに加えて、ことばを理解したり喋りだしたりします。ことばも 単語から、二つの単語をつなげる二語文、更に増えて文章を喋れるまでに発達します。日常生活 でも自分自身で出来る事が増え、排泄、衣服の着脱、洗面、入浴などが可能になります。更に人 とのコミュニケーションや社会性(場所や相手の違いの認識など)も獲得します。これらの獲得 時期の枠から遅れた場合には発達障害を疑います。 二つ目は、発達の“質”の違いに気づく場合です。乳児期には夜泣きが激しい、不機嫌、哺乳 が上手く行かない、睡眠リズムが乱れる、視線が合わない、声かけに振り向かない、抱かれると ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 いやがるなどが見られる場合があります。幼児期には周囲にいる人に関心を示さなかったり、極 端に恐怖を感じたり、一緒に遊ばない、情緒的に不安定、動き回ることが多い、我慢ができない、 パニックになるなどです。最近は子どもの数が少ないこともあり、“質”についてはどこまでが “正常”で、どこからが“異常”かの判断が家庭で難しい場合もあります。考えすぎたり、逆に 気づく事が遅れたりすることもあります。“育てにくさ”を感じたら、まず相談する事が大切で す。 医学、脳科学の進歩により発達障害の原因が明らかになる場合が徐々に増えてはいますが、原 因がなかなか分からないことも多いのが現状です。又、同じ原因でもあらわれ方に違いがあり、 診断名や発達障害名で全てが解明される訳ではありません。しかし、診断名や発達障害名は大ま かな方針を決めたり、今後の見通しをつけたりするのに役に立つ部分があります。中には詳しい 検査を受けた後で、治療可能な疾患が見つかる場合や予防が可能な場合もありますし、後に述べ ます早期発見・早期対応の重要性もありますので乳幼児健診などの機会を利用して、出来るだけ 早期に見つける努力をしましょう。 この冊子で取り上げています発達障害は、脳の働きに問題がある場合に限られています。四肢 欠損などの先天異常で運動器そのものに問題がある疾患は取り上げていない場合があります。脳 の活動の表現は運動面、言語(ことば)面と情緒行動面などが主なものです。発達障害の症状の 所で述べたように、年齢によりそれぞれ乳児期:運動面幼児前半期:ことば幼児期後半:情 緒行動面とそれぞれに順に大まかに分けられ、学童期に入ると学習の困難としても現れます。そ れで早期の健診では言葉の遅れ、情緒行動面の問題、学習困難が発見されないことがあります。 しかし、実際には情緒行動面の問題であった事が後に判明したが、乳児期には運動面の軽度の遅 れとして捉えられていたケースもあります。ことばの遅れも同様に後年情緒行動面が主な発達障 害であったことが分かる事が少なくありません。又、各々の領域の発達障害が単独でなく、合併 する事もあります。これは脳の働きの問題と言う共通の基盤を持っているからだと考えられてい ます。しかし、心配のし過ぎは育児の楽しさを半減し、育児による脳の“はぐくみ”を損ねます。 専門家などの援助(手助け)を受けながら、色々な機会を通して楽しい育児を行い、発達を促進 して行きましょう。 主な発達障害と検査の詳細については各項目のところをご覧ください。 1 発達障害の概論 ―― 発達障害に伴う問題点は大きく二つに分けられます。一つ目は現在の問題です。現時点で、首 の座りが遅い、歩けない、言葉かけに反応が少ない、言葉が喋れない、情緒が不安定である、睡 眠が上手にとれない、友達と遊べないなどがあげられます。二つ目は将来にどこまでどのように 発達するのかという問題点です。現在の問題点を分析するのには多くの評価法(発達検査を含 む)がありますが、将来の発達の予想は大まかには可能ですが、多くの要因が入り交じり不確定 さがかなり大きくなります。別の見方をすれば、低年齢の時期には評価出来る項目が主ですが、 発達にともない測定や、評価したりするのが比較的困難な問題(二次障害としての情緒面での問 題や自己実現の問題など)が加わってきます。低年齢の時期に問題を丁寧に一つ一つ対応して行 く事が、将来の問題への予防策とも言えるかもしれません。 問題に気づいたら、どこに問題点があり、どの程度の障害であるかを評価します。同じ“言葉 の遅れ”でも一過性の遅れから、耳の聞こえに問題があるもの、知的障害や自閉症の症状である ものなどが含まれ、それぞれに対応に違いがあります。詳細な評価を終了した後に、対応策をた てて行くのが本来のやり方ですが、なかなかすぐに全般的な評価が終わらないこともあります。 まず一般的な対応策を行いながら、同時進行で重要な検査、評価から進めて行くこともあります。 対応策が適切であったかどうかを知るためにも、低年齢では半年から一年に一回程度に評価を 定期的に行う必要があります。又、年齢により問題点のあらわれ方も異なってくる事も少なくあ りません。このような子どもさんでは、柔軟に対応策を考える為にも定期的な評価が必要です。 発達障害の“重さ”の評価は従来からある知的障害の重さを主としたやり方と、日常生活での 困難さを評価して発達障害の“重さ”とする新たな考え方が、世界的に見ても議論を呼んでいる ところです。知能障害の程度を評価する方法は客観性がかなりありますが、日常生活の困難さと 一致しないことも少なくありません。一方、日常生活での困難さを測定する方法にはまだまだ客 観性が十分と言えない所があり、改善が求められています。今後、社会的援助を考えて行く時に、 より有用な方法を作り出して行かなければならないと思われます。 発達障害を早期に発見し、早期に対応策を考えて行く事が、他の病気などと同じく重要だと考 えられています。ここに乳幼児健診や学校での発達障害への理解が重要な理由があります。発達 障害の気づきは新生児期から一般的には思春期までと考えられていますが、成人になってから気 づかれた人も知られるようになってきました。プライバシーとの兼ね合いもあり、どの程度積極 的に見つけ出すかは今後の検討課題と思われます。 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 心配な時はまず相談です。発達障害があってもなくても、心配なときはちゃんと相談すれば不 安な気持ちは軽減されます。相談するとレッテルを貼られるとか、訓練を受けるよう強要される のではないかと心配する必要はありません。子どもさんにあった場所の情報を知る事が出来た上 で、どのようにするかを再度考える事ができます。発達障害がなくとも、心配の種がどこから来 たのかを一緒に考える事が出来ます。 本人や家族を支援をする全ての人にとって、一番大事な事があります。それは“思いやり”で す。自分の子どもが発達障害を疑われるだけでも受け入れるのは簡単な事ではありません。発達 障害診断名告知は複雑な問題であり、一方的に疑われる診断名を口にしたり、自分の信じる子育 て法を説教したりしてはいませんか。家族は色々思い悩むのが普通であり、思い悩む事でそれぞ れのペースで一歩ずつ階段をのぼって行くのです。子どもとその家庭にかかわる専門家として、 どう信頼関係を築きながら前進するのかというプロとしてのケースバイケースでのコミュニケー ションスキルが問われているのです。詳細はⅣ−1の家族に対する支援をご覧下さい。 早期に発達障害を疑うと、診断名や発達障害名が不確定になる傾向がありますが、“様子を見 ましょう”という対応は、これまでの発達障害に関する対応策の長年の蓄積からは妥当なもので はないようです。又、発達障害の疑いを告げられた保護者や家族の心配を先延ばしにすることに もなります。子どもにかかわる全ての人がそれぞれの専門家としての知識、経験を生かし、その 時期での最善の対応策と見通しを与える事が必要だと考えられます。専門家以外でも、親・家族 同士の交流で解決される問題もあり、家族への支援の一つとして位置づけられなければならない し、更に本人同士の交流も大きな意味があると思われます。 個別の対応策は支援策の各項目をご覧ください。 発達障害がごく少数の子どもに認められるのではなく、“こころ”の問題まで含めると2∼3 割にのぼる事が明らかになっています。発達障害への対応を主な業務とする機関は熊本県でも次 第に増えては来ていますが、特定の機関で発達障害のすべてを解決する事は困難な状況です。そ れぞれの機関が得意な分野も異なり、子どもの発達にそって問題も異なって来ます。そこで、各 機関がつながり合い、ネットワークを組む事で問題解決を計る必要性が出てくる訳です。 ネットワークを上手に利用するためには、どこに行けばどのようなサービスが受けられるかの 1 発達障害の概論 ―― 情報を一元化し、まず相談に行ける所を確保する必要があります。このことで色々な所を訪ね歩 く事を最小限にする事が出来、結果として効率的な運用にもつながるのではないでしょうか。 発達障害は子どもの時期にのみ見られ、成人には見られない子どもに特有な事象ではありませ ん。当然、支援策も生涯を見通したものが求められる訳で、まだまだ支援への取り組みも“発達 途上”である事を認識し、社会のあらゆる場面で取り組まなければならないとの理解に至ってい ます。 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 精神遅滞は発達期において、認知、言語や記憶等に関した能力の遅れが生じ、その結果年齢に 相応した社会生活への適応や、学習等の獲得における支障が明らかになる発達障害です。 学会などが提唱した、いくつかの定義や診断基準がありますが、よく用いられている米国精神 医学会の診断基準(DSM−IV)では、次のように定義されています。 明らかに平均以下の知的機能であること(IQ70以下) 年齢に相応した適応能力の欠陥または不全が、以下の2つ以上の領域で存在すること。 意志伝達、自己管理、家庭生活、社会的・対人的技能、地域社会資源の利用、 自律性、発揮される学習能力、仕事、余暇、健康、安全 発症は18歳以前であること 精神遅滞は脳の発達を妨げる様々な病因で起こります。発症時期によってもその原因は多様で、 また1つの病因のみでなく、病理的な要因と環境要因が重なり合ってみられることもあります。 ただしおよそ半数はその原因を特定できないと言われています。 遺伝子病、染色体異常、先天性脳奇形、内分泌障害、代謝性障害、変性疾患、脳炎・髄膜 炎等の感染症、外傷、中毒性疾患、脳血管障害、痙攣性疾患など 胎児期の母体をとりまく環境の問題、乳幼児期の養育環境の問題など 症状の起こり方は上記の基礎疾患の有無、知能の程度や年齢によって様々です。 乳幼児期の症状は、運動発達や言葉、身辺自立の遅れ等です。診療の場面では、2∼3歳をす ぎて言葉が出る時期になってもなかなかでなかったり、増えないという主訴で受診されるケース が、よくみられます。遅れが重度であったり、病理的な原因のある場合は、発達の度合いや身体 的所見から早期に発見されることが多いのですが、遅滞が軽度の場合は、学童期に学習の遅れや 集団に適応できないなど、行動面の症状から気づかれることもあります。長期にわたる適応障害 やストレス状況などが続くと、うつ病や睡眠障害、摂食障害等の症状が二次的に出現することも あり得ます。 2 精神遅滞(知的障害) ―― 精神遅滞そのものを治す治療法は、いまのところありません。ただしまれではありますが、先 天代謝異常や内分泌疾患が原因になっている場合があります。これらは早期発見と適切な治療に より精神発達の遅延を予防できる可能性もあり、また、てんかん、うつ、睡眠障害等の合併症に 対しては治療法がありますので、精神遅滞が疑われた場合は、必ず医療機関を受診するように勧 めてください。 精神遅滞児への対応は、個々の発達とニーズに合わせた、教育と支援が中心となります。 療育の基本は、家庭や地域社会の中で、周囲が子どもの発達段階を把握・理解して、本人の能 力・興味・意欲に配慮した対応を心がけながら、丁寧に育てていくことです。例えば言葉の発達 について、子どもの注意・関心をこちらにむける工夫、かける言葉の量や内容の配慮、ジェス チャーや視覚的な支援等も加えて、子どもが理解しやすいように伝える事などの工夫、また言葉 に限らず子どもからの発信をしっかり受け止めてコミュニケーションの意欲を育てる姿勢なども、 身近な人が日々の生活や遊びの中でできる療育・支援でしょう。 他の障害と同じように、早期診断、早期療育が子どもの健やかな成長や二次障害の予防につな がります。早期療育とは、発達の遅れを正常に近づけるということではなく、子どもの年齢や能 力に応じた発達をひきだすためのさまざまな働きかけであり、健康管理に注意しながらのきめ細 やかな育児が基本となります。また場合によっては、個々の発達に応じて運動・認知・言語・生 活面の発達に対してそれぞれ専門的な訓練・指導が必要なこともあります。乳幼児期には身近な 療育機関や親の会を利用しながら、子どもの健康や発達の状態を正しく理解し、それぞれに応じ た関わり方が必要です。(支援・指導の項目参照) 将来にわたって、周囲が理解して適切に根気強く対応していくことが大切です。初めは保護者 だけで子育てについて悩んでいたり、受診について気がすすまない場合があるかもしれません。 地域では、保健師や保育士、学校の先生等が、身近で相談しやすいところである場合が多いと思 います。周囲の人達が、子育てに関する悩みへの相談を受けながら、病院・療育機関への紹介や、 地域での療育、福祉的な支援制度の利用等の情報(保健・福祉・教育の項目参照)を伝えてあげ られるとよいでしょう。また保護者自身が周囲のスタッフや制度を十分活用しながら、子どもの 治療・療育に関わる主役になれるように適切な支援と介入を行い、将来にわたって地域の中でお 子さんがその子らしく、幸せに生活できるようなサポートを各所が連携して行うことが大切です。 精神遅滞を合併する染色体異常や症候群の例を紹介します。これらの他にも様々な原因があり、 また日常診療のなかでは原因不明の場合も多く見られます。 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 ダウン症候群は21番目の染色体が過剰にみられる、染色体異常の代表的な疾患です。染色体 異常の型は3種類あり、最も多く代表的な型が21トリソミーで、突然変異で発症します。転座 型(3∼4%)は過剰な染色体が他の染色体にくっついている場合で、一部は遺伝による場合 もあります。もうひとつのモザイク型(1∼2%)は、正常な細胞と21トリソミーの細胞が混 在しているものです。発症頻度はおよそ出生1000人に対して1人ですが、高齢出産では発生頻 度が上昇することが報告されています。 ダウン症候群の児は、新生児期には筋肉の力が弱いため、哺乳力や泣き声が弱く、顔貌の特 徴から染色体検査によって早期に診断されることが多くなりました。下記のように身体にさま ざまな合併症をきたすことがある上に、幼児期には感染に対する抵抗力が弱いケースが多いた め、定期的な診察や検査等の健康管理や治療が必要です。 (合併症)先天性心疾患 消化器奇形 多指・合指症 白血病 滲出性中耳炎 難聴 白内障・ 斜視 甲状腺機能低下症 肥満 脊椎(環軸椎)脱臼 てんかん等 発達に関しては個人差があり、合併症の有無によっても左右されますが、ほとんどの場合は、 低緊張による乳幼児期の運動発達の遅れと、さまざまな程度の精神遅滞がみられます。ダウン 症候群は多くの精神遅滞のなかでも、早期に診断が可能であるため、昔から多くの医学・心 理・教育学的研究が試みられ、特に療育・訓練は、すべての発達障害児に対する早期療育のさ きがけとなりました。 主に女児に特異的に発症する進行性の神経疾患で、X染色体のMECP2遺伝子の突然変異 が報告されています。症状の重さや進行の早さは様々ですが、生後半年∼1歳半の頃に運動機 能や自閉的な知的機能の退行(表情が乏しく、周囲に無関心になり喃語や言語が著減する)に て発症します。常に両手をもんだり、こすったりする動作を繰り返して手の機能を失う症状を 特徴とし、その他成長障害、痙攣、無呼吸などの呼吸障害、睡眠障害等がみられます。急性期 の退行の後はしばらく進行が停滞し、思春期前後より徐々に運動機能の低下がみられ、姿勢の 異常や側弯症、歩行障害が進行する時期へと続きます。根本的な治療法はなく、合併症に対す る医療的な対処療法および療育訓練が基本となりますが、早期からの持続した豊かな刺激環境 の中での生活や療育訓練は、表情や周囲への関心、運動機能の保持に関連すると言われていま す。 2 精神遅滞(知的障害) ―― 特徴的顔貌(小妖精様)、精神遅滞、心血管異常(大動脈便狭窄)を呈する先天異常で、こ れまでの研究では7番染色体のエラスチン遺伝子等の欠損が証明されています。 顔貌は広く平たく大きな上唇、尖った小顎、鼻根部平坦、眼周囲の浮腫等が特徴で、生後は 上記の特徴の他、低出生体重、体重増加不良、幼児期高カルシウム血症、睡眠障害、聴覚過敏 等の症状を呈します。 発達については、粗大運動、微細運動および認知・言語発達や遅延がみられます。 社交的でよくしゃべるけれども同じ言葉や話題の繰り返しであることが多く、相互的な会話 が難しかったり、また聴覚からはいる言葉は比較的よく理解するが、視覚から入る言語の理解 がよくない等、認知の仕方に特徴がみられます。 心血管異常や高カルシウム血症に対する医療的な治療と、発達遅滞の程度や特性に合わせた 療育・支援が必要です。 低身長、眼瞼下垂・眼窩間開離等の顔貌の特徴、翼状頚、骨格異常、停留睾丸等の特徴に肺 動脈狭窄や肥大型心筋症などの心奇形の合併を伴う症候群です。成因は不明ですが、胎生期の リンパ環流異常が関与していると考えられています。現在のところ根本的な治療法はなく、対 処療法と発達の遅れがある場合の療育・支援が主体となります。 特徴的な顔貌(アーモンド型の目、狭い前頭部、下向きの口角など)、新生児期から乳幼児 期の筋緊張低下および哺乳障害、幼児期に始まる過食と肥満、発達遅延、性腺機能不全などを 特徴とする症候群で、現在では15番染色体の一部欠失によるものであることが明らかにされて います。根本的な治療はありませんが、年齢により臨床症状がことなるため、早期の診断、各 年齢における対症状的な医療・健康管理が必要です。新生児期は経管栄養が必要な場合が多い のですが、幼児期以降は一転して過食と肥満が始まります。それは生涯にわたって続き、成人 期に糖尿病や心血管系疾患などをひきおこすなど、予後に悪影響を及ぼしやすいため、小児早 期からの厳重な医療・健康管理が望ましいといわれています。その他成長ホルモンや性腺ホル モンなどの内分泌異常を伴うことがあり、その場合はそれぞれのホルモンの補充療法が行われ ます。精神遅滞は軽度から中等度であることが多く、上記の医療・健康管理の下、児の能力に 応じた療育・支援が望まれます。 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 300円) 「小児科学」伊藤克己、白木和夫 医学書院(27, 650円) 「小児内科 小児疾患診療のための病態整理」東京医学社(13, 「ダウン症児の早期教育プログラム」池田由紀江(編纂) ぶどう社(2, 100円) 725円) 「ダウン症児の育ち方・育て方」安藤忠(編集) 学研(4, 3 自閉症 ―― 自閉症は何らかの脳の特性に基づく発達障害であり、医学的には広汎性発達障害の中に入りま す。広汎性とは、精神発達の色々な面の遅れや偏りがあることを意味し、自閉症圏障害、または 自閉症スペクトラムの呼称もあります。自閉という言葉のイメージから、かかわり方の不足が原 因では?と思われがちですが、環境による発達の遅れとは異なります。原因は脳の一部の機能不 全に基づくと考えられ、また、兄弟とも自閉症または他の発達障害をもつ例があり、遺伝的要因 も考えられています。 自閉症は知的障害をしばしば合併し(図のA)、また、知能は視覚認知優位性の特徴(言葉よ りも視覚情報がわかりやすい)がみられます。知的障害が比較的軽度(IQ70以上)である場合 は高機能自閉症、言葉や知能の遅れがない場合はアスペルガー症候群と呼びます。AD/HD (多動性障害)やLD(学習障害)の合併があれば、多動や読み書きの習得困難につながるため、 診断する上でこれらの合併の有無を知ることも大事です。 自閉症は以下の三領域の基本症状(診断基準)が3歳までに表れることで診断します。 :視線が合わない・言葉かけに応じない・一人で遊ぶ・介入 を嫌う・他の子と上手に交われない・集団行動ができないなど、相手と相互的な関係を築くこ とが苦手です。通常では年齢とともに、親子や周りの人との関係が育ちますが、1、2歳に なってもマイペースでかかわりがもてないために、多くの親を困惑させます。名前の呼びかけ に全く応じなかったり、つよく言えば反応する子どもまで程度はさまざまです。 :話し言葉の遅れ・言葉が出ても会話ができない・指示 が通じない・話せるが言葉で要求しない・言葉でコミュニケーションする意欲が乏しいなどで ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 あり、身振りや表情も不足します。話すのが遅いだけでなく、言葉の理解が不足し、質問に対 してオウム返しをしたり、または答えないという「会話の障害」が特徴です。気に入りのビデ オのセリフや、意味のない言葉を繰り返す、また、高い声や尻上がりのトーンでしゃべるなど、 言葉の内容や質にも特性が見られます。 :決まったオモチャで遊ぶ・自分の遊びや行動のパターンを繰 り返す、新しいオモチャに関心を示さないなど、遊びや関心が広がりません。乗り物・並べ遊 び・光るもの・回るもの(扇風機など)・マーク・数字・チラシの文字・テレビ・ビデオなど、 視覚的手がかりによる遊びが多く、同じビデオや絵本を、ときには同じ場面だけ繰り返し見る といった熱中の仕方をします。半面、想像力を要するような遊び(見立てやごっこ遊び)は苦 手です。好きな乗り物やキャラクターをよく憶え、視覚による記憶の良さを示します。行動面 では、同じ順序ややり方にこだわり、それが通らないと不機嫌やパニックを起しますが、その 背景には、周りの都合や状況に合わせて自分の行動を変える力の不足(イマジネーションの障 害)があります。重度の子どもでは、動き回りや手のヒラヒラ、物の持ち歩きなどの反復行動 が続きます。 子どもによっては乳児期から、視線が合わない・あやしても反応が弱い・人見知りをしない (または強い)・親の後追いをしないなどの愛着行動の発達に関連する特徴を示します。指差し をしない・落ち着きがなく多動である特徴も1歳前後から目立ちます。親から見れば「 (一人で 遊んで)手がかからなかった」、または「よく泣いて手がかかった」「動きがマメで付いて回るの が大変だった」子どもであり、少なくとも1歳6ヶ月児健診までにこれらの特徴のいくつかと、 言葉の遅れが明らかになります。 集団生活の中では、一緒に活動しない・指示に従わない・落ち着きがないといった特徴が目立 ちやすく、入園して初めて自閉症の疑いがもたれ、相談や受診につながる例があり、保育園・幼 稚園は大事な気づきの場となります。 大人しく受動型の子どもでは飛び出しなどの行動の心配もなく、比較的手がかからないのに比 べ、多動や他の子どもへの乱暴などが多い子どもでは、保育者を苦労させます。こうした行動の 差(社会性のタイプ)は、孤立型・受動型・積極奇異型の3つに分けられ、支援を考える上で参 考になります。孤立型は重症の子どもに多く、同じ部屋にいても交流がないために、かかわり方 3 自閉症 ―― の工夫が必要です。受動型は受身で行動し、一見ニコニコしていて手のかからないタイプですが、 特徴を見過ごされると支援が行き届かなくなり、学齢期では苛めに合いやすく、困ったときに訴 えられないのも特徴です。積極型は誰にでも話しかけ、関心や行動も活発ですが、関わり方が一 方的・マイペースであり、奇異な印象を与えます。このタイプは高機能自閉症でよく見られます。 就学の頃には多くの子どもで年齢に伴う成長が見られます。しかし、学校は友だち関係や勉強 とも要求される水準が高く、子どもによっては通常学級よりも特別支援学級や個別支援の態勢が 適しています。学校生活の上で支援が適切に行われず、不安や苦痛、混乱などのストレスがある と、情緒不安定・チック・パニック・不登校などの「二次障害」を起こします。 入学に際して、幼児期に見られた特性を学校側へ伝達し、入学当初から支援が受けられるよう にするべきです。保護者を含めた関係者間の情報共有と連携は、多様な特性の理解のために日頃 から欠かすことができません。 子どもによっては乳児期から、なかなか寝付かない・少しの音で目が覚める・夜泣きがひどい などの睡眠リズムの障害があらわれ、睡眠障害は自閉症の早期徴候の一つであるかもしれません。 眠りやすい静かな環境や、毎日の規則正しい生活が幾分ともこの問題をやわらげます。離乳食を ひどく嫌う、または、偏食がつよい子どもでは、生理的な味覚の過敏さやこだわりをもつかもし れません。指導の上でわがままによる偏食とは区別するべきです。 排泄習慣、とくにトイレ排便が苦手でトイレを拒否してパンツに排便する子どもが多く、これ も排便にともなう生理的な感覚の苦手さや怖がりによるものです。幸いに5歳ごろでは大半の子 どもができるようになります。排便を我慢したり、おもらしを強く叱られて便秘になる子どもが よく見られ、まずは気持ちよく排泄できることを大事にするといった理解が必要です。 感覚の過敏さは聴覚・皮膚触覚・痛覚などでも見られます。聴覚過敏の子どもでは、大きな音 や特定の音(轟音や乳幼児の泣き声、テレビの大音響など)を嫌い、また、ホールや教室の騒が しさを嫌って耳ふさぎをするようになります。運動会のピストルで大泣きしたり、絶え間ない音 声が嫌いでスーパーに入れないなど、聴覚過敏は情緒不安定と行動の制限を起します。ヘッドホ ンをつけて苦痛を回避する子どももあります。 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 初めての場所への怖がり・人への過敏さ(人馴れしない、叱られた相手を怖がる)・情緒不安 定(泣きやすい・癇をおこしやすい)をもつ子どもでは、どことなく緊張した、不安そうな表情 をよく見ます。しつけのための叱りすぎや感情的な叱り方は不安や拒否を一層つよくすることに 注意がいります。 癇の強さやパニックは、まわりで起きている事態を理解できないこと、言葉で表現できないこ とに関連して起こることが大半であり、子どもの目線にたった理解と支援が不可欠です。 動き回りや集中困難が目立つ場合は、多動性障害(AD/HD)の合併を考えると理解しやす く、過剰な刺激を減らすなど、対処の方策をたてやすくなります。(上記の図を参照) 生活環境をわかりやすく整えて行動を習得しやすいようにします。食べる場所、座って遊 ぶところ、オモチャのエリア、勉強する机、着替えの場所というように、何をするかが分かり、 また触っていけないものや集中をさまたげるものは見えないようにして、分かりやすい環境にし ます。これを(物理的)構造化とよびます(構造化とはわかりやすい環境をつくるという意味)。 構造化の程度は重症度によって違いますが、初期の段階では環境の意味( 「触ると危ないよ」な ど)が言葉では伝わらないため、大半の子どもで構造化が必要です。 望ましい行動を伸ばし、望ましくない行動は繰り返さないようにする、すなわち行動学習 理論にもとづく指導(行動療法)は子どもを育てる基本の一つです。自販機の前で毎日のように 泣き叫んでいた子どもは、あるとき意を決して買い与えなかったところ翌日から全く泣かなくな りました。好ましい行動を上手に誉めて励ますことは自閉症ではとても難しく、言葉だけでなく、 子ども自身が達成感をもてるような工夫が必要です。そのために、上のように生活場面をわかり やすく構造化し、遊具や活動の工夫をおこないます。 オモチャや遊具:通常の市販のオモチャやぬいぐるみは関心がもてず、遊びが続きません。 動くオモチャ・おはじきの缶入れ・パズル・ペグ挿し・音の出る遊具・絵や文字あそび教材など、 子どもの関心に合わせて選び、また手作りの教材を活用します。関心は長い目で育てるべきです が、遊具の選択によって行動が落ち着き、集中力が改善します。 言葉が理解できない段階では、絵や写真カード、または実物を示して要求を伝え、また、 子ども自身がカードで自分の要求を伝えることができるように支援します。 「次は○○がある よ」と言う言葉かけが通じない場合、写真や絵カードで次の行動を示し(スケジュールの使用) 理解を助けます。絵カードやスケジュールは、自閉症の子どもが言葉だけでは理解できないこと、 また大人が話す言葉の文脈を理解できないといったコミュニケーションの困難さに合わせた支援 3 自閉症 ―― であり、また、視覚的な情報の方が理解しやすいという視覚優位性の特性を生かした方法です。 構造化や絵カードによる支援はTEACCHプログラム(米国ノース・カロライナ州が行なうプ ログラム)で使われるアイディアであり、内外で広く活用されています。カード使用によってコ ミュニケーションが活発になると言葉も増加します。より習得しやすいPECS(ペクス、絵 カード交換式コミュニケーション・システム)の使用も今後増えると思われます。 集団生活の場:適当な大きさの集団は他の子どもとの交流や模倣の力を育てるために大事 な場です。しかし、早期の段階や、重度の子どもでは、周りに合わせて協調したり、楽しく活動 することは難しく、十分な支援がなければ混乱や泣きやすさ、情緒不安定、ひいては登園拒否に つながります。子どもに合った集団の大きさ、部屋の工夫(構造化)、活動の工夫が必要です。 発表会や運動会などの行事で、行事の意味が分からないまま、毎日の練習の繰り返しがストレ スとなり、情緒不安定や睡眠障害・登園渋りを起こすことが少なくありません。参加の仕方を子 どもに合わせて変更したり、事前の準備をする(例えばスケジュールで知らせる)園や学校が増 えました。ようやく馴染んだ先生が1年で交代することも、 「新学期」の意味が分からない子ど もの側から、また人との安定した関係という観点からの工夫が望まれます。 薬物治療:環境をととのえ、対処を変えても多動・興奮・寝つき不良・情緒不安定がつよ い場合は薬が症状を軽減させるための一つの方策です。 高機能自閉症は、知的障害が比較的軽度(IQ70以上)であるもの(=知的機能が比較的高い の意味)、アスペルガー症候群は言葉や知能の遅れがないものです。対人関係、関心や行動特性 などの基本症状は自閉症と共通ですが、発達の遅れが軽度であるために家族が気づかず、診断が 遅れがちです。近年はその存在が知られるようになり早期診断例が増えてきました。 診断は、2で述べた自閉症の基本症状(診断基準)と、それに関連した生育歴をもつことで診 断します。アスペルガー症候群では言葉の遅れはないものと定義しますが、実際にはコミュニ ケーションの苦手さや会話力の若干の問題をもつ場合が殆どであり、発音が不明瞭、イントネー ションがおかしい、コミュニケーションの意欲が弱いなどが特徴です。 その他、感覚の過敏さ・初めての場面での不安やパニック、多動・手先の不器用さや運動の苦 手さなどの合併がしばしば見られます。 子どもによっては乳児期から、反応が弱い(うすい) 、後追いをしない、人見知りをしない (またはつよい) 、一人で遊ぶ、などの特徴が見られ、夜泣き、睡眠の不規則さ、癇が強いなど ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 の過敏さもあらわれます。 症状のあらわれ方は、高機能群としての重症度、知的障害の程度、および4で述べた社会性の タイプ(孤立型・受動型・積極奇異型)によって左右され、個人差が生じます。 受動型で問題行動の目立たない高機能群の子どもでは、保育園などの集団生活の場でも発達の 偏りが把握されにくく、大人しい子、消極的な子どもと見られて、問題が見逃されやすくなりま す。詳細にみれば、言葉を少し話すが会話のやり取りができない、複雑な質問に答えられない、 自分から交流しない(関わりがうすい) 、相手の気持ちや場の空気が読めない、記憶は良いが理 解力が不足するなどの特徴が見られます。こうした特性は学齢期においては、友だち関係や学力 面の心配につながりますので、高機能群においても、学校側への引継ぎが不可欠です。引き継ぎ がなされないまま入学し、入学後すぐに、またはしばらく我慢したのちに、情緒不安定や登校困 難が起こる例が少なくありません。 積極型の高機能群では、受動型に比べるとより早期から発達の偏りが表面にあらわれ、他の子 どもとのトラブルも起こりやすく、診断はそれだけ早くなります 学齢期では、友だち関係や学習についていけず、自信喪失や疎外感・友だちができない などに悩み、抑うつや心身症、情緒不安定、パニック、不登校などが起こりやすくなりま す。本人自身に「自閉症をもつこと」 「苦手さがあるが、得意な面もあること」を告知し、 適度で無理のない学校生活を送れるように支援することが望まれます。学校時代の二次障 害をできるだけ防ぎ、対人関係や学業がよりスムーズとなり、社会生活への道を開くこと が支援の目標です。 医療機関:別冊「療育の手引き 資料編」医学的検査・診断・治療・療育を行なう医療機関 一覧を参照してください。 ※ 評価や構造化の指導を行なう機関:県こども総合療育センター、熊本市こどもの発 達相談室、はっとり心療クリニック、益城病院、芦北学園発達医療センター、くま もと発育クリニック、熊本県発達障害者支援センター、各地の地域療育センターな ど 3 自閉症 ―― 県福祉総合相談所、熊本市こどもの発達相談室 熊本県発達障害者支援センター 日本自閉症協会熊本県支部 日本自閉症協会熊本県支部高機能部会(コスモス会) TEACCH研究会熊本県支部 熊本大学自閉症研究会親子学級(土曜午後 於ルーテル学院大学) 九州ルーテル学院大学発達心理臨床センター 熊本大学教育学部実践総合センター 「自閉症ガイドブック−乳幼児・学齢期・思春期編」日本自閉症協会(各525、735、840円) 「自閉症入門−親のためのガイドブック」バロン=コーエン他 中央法規( 1 , 8 9 0 円) 「自閉症療育ハンドブック―TEACCHプログラムに学ぶ」佐々木正美 学研(2, 520円) 「自閉症の人たちを支援するということ―TEACCHプログラム新世紀へ」朝日新聞厚生文化事業 団(800円) 「高機能自閉症とアスペルガー症候群入門」内山登紀夫他 中央法規(2, 100円) 『アスペルガー症候群を知っていますか?』http://www.autism.jp/ 日本自閉症協会東京都支部HP ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 学習障害(Learni ng Di sab i l i t i es:LD)とは、1960年代にアメリカで提唱された心理・教 育的診断概念です。文部省(現文部科学省)の調査研究協力者会議によって以下のように定義さ れています。 「学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計 算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を示すも のである。学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、 視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などや、環境的な要因が直接の原因となるものではな い。」 LDのタイプには、個別知能検査(WISC―Ⅲ)の結果などを参考に、言語性LD、動作性 LD、混合性LDといった分類があります。また、さらに、最も顕著な症状を基に、学力のLD (読み・書き・算数)、ことばのLD(聞く・話す)、社会性のLD、運動のLD、注意力のLD といった捉え方もされます。 出現率は、2∼4%と診断基準によって差があります。性比では、男子の方が4∼5倍多いと 報告されております。 LDが疑われる子どもには以下のような発達の偏りや行動特徴が認められます。しかし、子ど もによって症状の程度や組み合わせには差があります。 ことばの発達に遅れや偏りがある(初語のおくれ、語いが増えない、文にならない) 感覚的な偏りがある(大きな音を怖がる、視覚や触覚の過敏性) 手先が不器用で運動が苦手 落ち着きがない(多動、次に何をするかつかみにくい) 友だちと遊べない(人への関心が薄い、勝手な行動、遊びのルールがわからない) 集団場面での指示の理解の悪さが目立つ 基礎学力面につまづきが見られる(読み、書き、計算などのつまづき) 学習態度が形成されにくい(離席、姿勢の悪さ、多弁) 仲間との集団行動が苦手で、よくトラブルを起こす 学童期の診断には、いくつかの心理検査が活用されます。 :LD児の診断のためのスクリーニングテストです。子どもの 4 学習障害 ―― 実態を把握している学級担任が25の質問項目を5段階で評価することによって、聴覚的理解と 記憶、話しことば、オリエンテーション(時間や方向感覚)、運動能力、社会的行動の5領域 の能力について評価できます。その結果、LDサスペクト児の範囲にあれば、次に、WISC などの個別知能検査を実施することになります。 適用範囲は5歳∼16歳11か月。子どもの知能の程度と知能構造の把握ができます。 1時間半程度の実施時間で、個人内の能力のアンバランスさを見つけることができます。動 作性IQと言語性IQの差の大きさは診断の1つの根拠となります。その他、4つの群指数間 の顕著な落ち込みなどを捉えることができます(言語理解、知覚統合、注意記憶、処理速度)。 適用範 囲は2歳半∼1 2歳11か月。子どもの認知処理様式に同時処理能力(課題刺激の全貌を提示す る)と継次処理能力(課題刺激を少しずつ漸次提示する)において有意差が見られるかどうか など、支援の手がかりを得ることができます。 ベンダー女史が考案した視覚・運動検査。適用範 囲5歳∼10歳。8つの幾何図形の模写を求めることで、視知覚の障害が把握できます。 直接的な原因が確認できないケースも少なくありません。胎児期や周産期に何らかの異常が認 められるケースもあります。子どもによっては、脳波やCT検査に異常が認められたり、後にて んかん発作が現れたりする場合があります。 LDの子どもは、基礎的な学習能力のつまずきの他にも、軽度であれ、さまざまな症状を合わ せ持っています。適切な配慮の基に保育・教育・養育がなされないと、不登校などの二次的情緒 障害を引き起こす恐れもあります。遊びや学習の個別支援が必要な子どもたちと言えます。症状 に応じて下記のようなアプローチが有効と思われます。 :幼児期の療育の一環として運動コントロールを中心に働きかけていくこと で、姿勢やバランス、注視などの改善を図り、後の基礎的な学習行動の遂行につなげていくこ とができます。詳細は、Ⅲ−12−Aを参照ください。 :言語性LDの子どもは、言語のさまざまな側面において問題を伴いがちです。 言語聴覚士などの専門家による構音障害の治療や、概念習得の支援が必要なケースがあります。 20 第Ⅰ章 発達障害への理解 (3) 通級指導教室の利用:特別支援教育の推進によって、小中学校における支援体制が整備さ れつつあります。在籍校において適切な支援が受けられることが理想ですが、情緒障害通級指導教 室で精神面のケアや学習支援を受けることによって、学級集団におけるストレスの解消が図れたり、個 のニーズに応じた学習支援が受けられます。 (4) 集団療育:規制されることの少ない緩やかな集団では、LD の子どもも安心して参加できます。 活動内容も学習、製作、音楽、手品(クイズ)、外出など、選択可能なプログラムが準備されます。 〈主な医療機関・相談機関・支援機関〉 熊本大学医学部付属病院発達小児科 熊本県こども総合療育センター はっとり心療クリニック 熊本県福祉総合相談所 熊本市教育センター 熊本大学教育学部障害児教育学科 九州ルーテル学院大学発達心理臨床センター 熊本 LD 児・者親の会「めだか」 5 注意欠陥/多動性障害(AD/HD) ―― 注意欠陥/多動性障害(以下AD/HD)は、同年代の他児に比べて、不注意で、集中力がな く、多動で、衝動的な行動が多いなどの行動で特徴づけられます。最近になって注目を集めるよ うになってきましたが、それほど新しい概念ではありません。1930年代には同様の行動を示す一 群の子どもたちには脳に微細な傷があるのだろうと仮定され、微細脳損傷(Mi n ima l Bra i n D amage、MBD)と診断されています。しかし実際にはそのような傷は見いだされなかったた め、1960年代からは微細脳機能障害(Mi n ima l Bra i n Dys func t i on、MBD)と呼ばれるよう になり、現在のような操作的診断基準(あらかじめ特徴的な症状を複数上げ、いくつあてはまる かによって診断する)によりAD/HDが診断されるようになりました。しかし現在の概念も、 発達障害ということについての考え方の混乱、診断が相対的診断基準であることなどから、今後 も変化する可能性はあります。 不注意、多動性、衝動性という行動特徴は日常生活のさまざまな場面で表れます。そのためA D/HD児自身が困るだけではなく、同年代の子どもや周囲の大人も困惑することがあり、児と 周囲との関係でトラブルが生じ、結果として児に生活障害が生じてくることがあります。このよ うな場合に、これらの行動を示す子どもたちは生活障害を抱えることになり、AD/HDと診断 されます。 AD/HDは、近年の研究では必ずしも小児期だけではなく、成人になっても持続する場合も 多いことが指摘されていますが、本稿では本書の趣旨から、主として幼児期に焦点を絞ります。 AD/HDは、上記のように適応上問題となる行動特徴を操作的に評価して診断されます。 通常はICD−10診断基準(WHO)、ないし、DSM−Ⅳ診断基準(アメリカ精神医学会) により診断します。表にDSM−ⅣTR診断基準を示します。ここでは主要な行動特徴として 「不注意」「多動性」「衝動性」があげられています。これらの徴候の一部は7歳以前から存在 するとされます。AD/HDは、同年代の他児に比較して注意が散漫で集中力を持続できない で(不注意)、じっとしておられず落ち着きがなく(多動性)、後先考えずに口に出したり行動 してしまいます(衝動性)。つまりセルフコントロールが苦手な、いわば、『子どもらしい子ど も』であるともいえます。 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 A. か のどちらか. 以下の不注意の症状のうち6つ(またはそれ以上)が少なくとも6ヶ月以上続いたことがあり、 その程度は不適応的で、発達の水準に相応しないもの. <不注意> 学業、仕事、またはその他の活動において、しばしば綿密に注意することができない、また は不注意な過ちをおかす. 課題または遊びの活動で注意を持続することがしばしば困難である. 直接話しかけられた時にしばしば聞いていないように見える. しばしば指示に従えず、学業、用事、または職場での義務をやり遂げることができない(反 抗的な行動または指示を理解できないためではなく). 課題や活動を順序立てることがしばしば困難である. (学業や宿題のような)精神的努力の持続を要する課題に従事することをしばしば避ける、 嫌う、またはいやいや行う. (例えばおもちゃ、学校の宿題、鉛筆、本、道具など)課題や活動に必要なものをしばしば なくす. しばしば外からの刺激によって容易に注意をそらされる. しばしば毎日の活動を忘れてしまう 以下の多動性―衝動性の症状のうち6つ(またはそれ以上)が少なくとも6ヶ月以上持続した ことがあり、その程度は不適応的で、発達水準に相応しない. <多動性> しばしば手足をそわそわと動かし、またはいすの上でもじもじする. しばしば教室や、その他、座っていることを要求される状況で席を離れる. しばしば、不適応な状況で、余計に走り回ったり高い所へ上がったりする.(青年または成 人では落ち着かない感じの自覚のみに限られるかも知れない). しばしば静かに遊んだり余暇活動につくことができない. しばしば“じっとしていない”、またはまるで“エンジンで動かされるように”行動する. しばしばしゃべりすぎる. <衝動性> しばしば質問が終わる前にだし抜けに答えてしまう. しばしば順番を待つことが困難である. しばしば他人を妨害し、邪魔する(例えば、会話やゲームに干渉する). B.多動性−衝動性または不注意の症状のいくつかが7歳以前に存在し、障害を引き起こしている. C.これらの症状による障害が2つ以上の状況[例:学校(または職場)と家庭]において存在する. D.社会的、学業的、または職業的機能において、臨床的に著しい障害が存在するという明確な証拠 が存在しなければならない. E.その症状は広汎性発達障害、統合失調症、または他の精神病性障害の経過中にのみ起こるもので はなく、他の精神疾患(例:気分障害、不安障害、解離性障害、または人格障害)ではうまく説明 されない. 5 注意欠陥/多動性障害(AD/HD) ―― 診断基準のB項目からわかるようにAD/HDは7歳以上の児で確定診断されることが想定 されているため、幼児期のAD/HDの診断基準は明確ではありません。しかし、早期発見・ 早期療育の重要性からは、AD/HDの可能性がある(いわゆるグレーゾーンの)児に早期か ら療育的な関わりをすることが重要です。この観点から、幼児期のAD/HD児に見られやす い特徴をいくつかあげます。 言語発達遅延がみられることがある。 行動面では多動性が目立つ。 広汎性発達障害との区別は重要。特に、多動が目立つため、AD/HDと診断され、広 汎性発達障害が見落とされてしまう可能性がある。 衝動的な行動(『(あまり考えることなく)つい∼してしまう』という行動)が多い。 よく転ぶ、ものにぶつかる、怪我が多い、などがみられる。 身体的な協調運動が未発達であるため、あるいは、不注意なため 遊んでいてもすぐに飽きて別の遊びを始めるなど、一つの遊びが長続きしない。 友達にちょっかいを出す、根気よく作業することができない、ルールを理解しているの だがなかなか守れない。 過度にしゃべりすぎたり騒ぐ、物をなくす、すぐに気が散る。 走り回る、高いところに上る、じっとすわっていられない。 理解はしているようだが失敗することが多い。 年長児の場合、吃音や夜尿などが主訴になる場合もある。 「不注意、多動性、衝動性」は、子ども、大人を問わず、全ての人が持っている行動特性で あり、その程度もきわめて強いものからほとんど目立たない程度までのスペクトラム(連続 体・図2)を形成します。従って、AD/HDの三主徴(不注意、多動性、衝動性)は、基本 的には誰にでもあるという意味で、“病気の症状”というより“行動特性”という表現が適切 です。診断基準上も同年代の他児に比べて程度が顕著であるといった“相対的診断基準”です。 そのため、診断がつくかどうかといった判断には、このような児の特性に加えて児をとりまく 環境や状況が影響し、受容的な環境では“元気のいい子”と誉められるが、そうでなければA D/HDとして障害と評価されるという側面を持っています。従って、AD/HDの行動特性 は、児の強烈な個性という側面があります。強烈な個性は適応する上で不都合が生じやすく、 これを改善するために、場合によっては薬物治療を要する場合があります。 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 幼児期の子どもでのAD/HDの有病率はまだ知られていません。そのため小学生年齢での データを示します。小学生年齢においては7∼8%程度と推定されています。男女比は、男子 に圧倒的に多いといわれます。これは、多動性と衝動性とは男児に多く見られ、周囲の大人は 目が離せなくなるため困惑し、不注意に比べると問題となりやすいことも一因しています。一 方、女児では不注意優勢型が多く小児期においては見過ごされやすいです。このため、思春期 以降までAD/HDと気づかれずに成長して、いわゆるAD/HDの二次障害により大きな問 題に発展する場合があります。 図 注意欠陥/多動スペクトラム AD/HD児は、幼少期から多動性、衝動性、不注意などの特性のためにさまざまな問題で 困難が生じます。例えば、思いつきの行動のために失敗したり、大人が思いもしないいたずら で叱責されたりします。また、友人関係のトラブルや、学齢期になると学習面での障害がみら れるようになります。さらに、多動で衝動的な行動のために、親は子育てに強いストレスを感 じるようになり、親自身が自信を失い、さまざまな家庭内でのトラブルが生じることもありま 5 注意欠陥/多動性障害(AD/HD) ―― す。 AD/HD児自身は考えてもみなかったトラブルが生じ、このため、自分は悪い子だろう か?自分はダメな子なんだろうか?何で上手くいかないんだろう?何で自分ばっかり怒られる んだろう?何でわかってもらえないのだろう?と考えるようになり、次第に自己評価が下がり 自信を失うようになります。そのため、逆に虚勢をはったり、気分が落ち込んだりするように なることがあります。 このようにAD/HDを基礎にもつために生じるさまざまな適応上の障害を二次障害といい、 小学校高学年(前思春期)頃から次第に明らかになってきます。 追跡研究では、小児期にAD/HDと診断された児の10%から60%が成人まで持続すること が知られています。なおAD/HDの徴候は、ずっと同じではなく、年齢とともに変化し、幼 少期∼学童期では多動性が、思春期には衝動性が、成人期になると不注意が目立つようになる と指摘されています。ハーバード大学のビーダーマン(J. Bi ederman)教授 は、AD/H Dの経過と予後に影響を与える因子として次のように指摘しています。すなわち、予後良好因 子として、①他の精神障害の合併のないこと、②知的能力が良好であること、③学習障害の程 度が軽度であること、④過去に何かを達成したことがあること、⑤周囲からのサポートが得ら れることを、また、予後不良因子としては、①感情が極度に不安定、②衝動性が重度である、 ③度重なる失敗経験、④意気消沈していること、の4点です。これらのうち、特に、児が達成 感を持てること、および、周囲からサポートが得られることで二次障害を防ぐことが可能にな ります。 著しい言語発達の遅れや、知能の遅れがないために、その発達障害の存在に気づかれにくい です。そのため、適切な援助を受けることなく成長していくことが多く、二次障害へ展開する ことがあります。本人の自尊感情を保ち、二次障害への進展を防ぎ、ひいては本人の特性に基 づいた生活が実現できるための支援が必要です。 また、診断名への過剰なとらわれは危険です。診断後の、個別支援の充実や将来の希望につ ながるものでなくてはなりません。特に、幼少期においては、広汎性発達障害(以下、PD D)との区別は非常に困難なことが多いです。近年は、PDDとAD/HDとは併存する可能 性が指摘されており、PDD児でも多動性が多く認められています。このため、幼児期では広 汎性発達障害が見落とされることがあります。このような場合、小児期は多動が問題になりA D/HDと思われますが、小学校にはいり対人関係が複雑になってくるとPDDの特徴が現れ、 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 診断変更されることもあります。いずれにしても、本人の発達特性を踏まえた支援が必要です。 AD/HD児では、注意を維持することや、たくさんの中から一つの刺激を選択すること、あ るいは、注意を維持することなど、それぞれ一つ一つの機能に注目すると、健常児と差がないと いわれています。しかし、私たちが毎日行っている行動は、たくさんの要素がまとまって一つの 行動が構成されます。我々が生活していく上では、この複雑な行動の連鎖を、①全体としてプロ グラムし、②一定の時間順序に並べ、③いくつかの複数の行動に同時に注意を向け、④その際に 生じる不適切な行動パターンを制止し、⑤他のことに注意が向くことに抵抗して適切な行動を長 時間維持できることが重要です。この一連の機能全体をコントロールする機能を行為の実行機能 といい、AD/HDではこの機能が不十分である可能性が指摘されています。 また、最近の脳科学からは、AD/HDでは、前頭葉系において神経伝達物質(主としてドパ ミン)の作用が不十分であるため、実行機能(行動全体をコントロールする機能)が弱く注意集 中障害と多動性機能不全とが生じているのではないかといわれています。しかし、現時点ではま だ十分には明らかになっていません。その他、親子研究、双子研究などからは、AD/HDは強 い家族性・遺伝性が指摘されています。しかし、それは、AD/HDが疾患というより児個人の 行動の特徴(つまり“脳の個性”)という側面が強く、“親子は非常によく似ている”というこ とと表裏一体であることを考慮して考える必要があります。 AD/HDは不均衡な脳機能発達を背景とする行動の障害であり、そのために成育過程で情緒 障害を生じやすいので、周囲が早期に気づき対応することが望まれます。 幼少期にAD/HDと気づかれる場合は、児の多動で衝動的な行動のために、親と児との関係、 夫婦関係などがぎごちなくなっていることがあります。場合によっては、児への躾が行きすぎて 虐待の様相を帯びることも少なくありません。そのため、以下のような対応が必要とされます。 ① 家族に対してAD/HDの行動パターンや病理・治療などについて十分な説明を行い、家 族をサポートし、児への対応を改善してもらうことがもっとも重要な課題となります。 ② 保育園や幼稚園、学校など児を取り巻く環境を調整することも重要です。 ③ さらに、これらを行うと同時に、薬物療法を併用することで大きな効果がみられる場合が 多い。 5 注意欠陥/多動性障害(AD/HD) ―― たとえば、AD/HD児は大人にとって困る行動をすることが多いです。行動を修正させる ためのポイントをいくつかあげます。 ① 一度にいくつもの行動を修正させようとはせず、一つのことだけに絞る。 AD/HD児は多くのことをいわれるとすぐに忘れてしまったり、混乱したりします。そ のため、児に対して多くのことを一度に要求すると児が混乱し、結局、行動修正ができない ために、児は挫折感にとらわれ、親はいっそう苛立つ結果になります。 ② 分かりやすい指示をする。 言葉で指示するだけだと理解が困難な場合があります。そのため、身振りを交えて視覚的 な手がかりを与えるようにして、具体的な動作を真似できるように見本を示します。また、 一度にたくさんの言葉で指示せず、短い言葉でゆっくり指示します。 ③ 具体的な方法を示す。 かんしゃくやパニックを起こしても、やたらに話しかけたり、身体に触れたりせず、落ち 着くまでそっとしておきます。そして、落ち着いたら「なぜしたのか」ではなく「どうした かったのか」を聞いた上で、どのようなやり方をすれば良かったのかを具体的に話します。 その上で具体的な方法を教えるようにします。 ④ 子どもの気持ちと考えに沿ったアドバイスをする。 親や教師はよく「なぜ∼こうしたの?」と聞く癖があります。しかし、「なぜ?」という 言葉は、質問ではなく叱責を意味することになります。子どものすることには必ず意味があ るので、「どうしたかったのか?」と聞いて、子どもの気持ちと考えに沿ったアドバイスを します。 ⑤ 子どもを傷つける言い方をしない。 たとえば、チックや夜尿などの行動は、本人がもっとも気にしている行動です。また、場 合によっては、気持ちを安定させるための行動であることもあります。このような場合は、 冷静に見守り、子どもが馬鹿にされたとか傷つけられたと感じないような配慮をして話しま す。 家庭状況により受容的で適切な対応が期待できない場合や、年長になり保育園、幼稚園ある いは学校での不適応が目立ち、環境調整だけでは対応しきれない場合もあります。その場合に は、児の認知と行動の改善を目的として薬物療法を行います。薬物療法としては、中枢刺激剤 であるメチルフェニデート(リタリンR)がもっとも頻用されています。前述のようにAD/ ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 HDは中枢のドパミン神経が十分に機能しないと考えられており、ドパミンやノルアドレナリ ンなどを刺激することが有効です。メチルフェニデートは、約40%∼60%のAD/HD児に著 効するといわれます。また、AD/HD児の示す衝動性やイライラ、かんしゃくに対しては、 バルプロ酸ナトリウムなどの感情調整剤(抗けいれん薬)も有効です。 子どもは誰でも少し年長になると、十分理解できないとしても家族内の不和やトラブルを敏 感に感じ取ったり、弟や妹の誕生に伴い不安定になったりしやすいです。AD/HD児ではそ の傾向が強くあります。また、叱責された体験や失敗体験などから劣等感を抱きやすいです。 そのため、いわゆる二次的情緒障害とよばれるような、感情・情緒・気分・行動上の障害が出 現するようになります。また対人関係の未熟性が集団の適応を困難にすることもあります。こ のような場合にはプレイセラピーや箱庭療法など非言語的な治療が必要になる場合もあります。 熊本大学医学部附属病院こころの診療科 熊本大学医学部附属病院神経精神科 熊本大学医学部附属病院発達小児科 はっとり心療クリニック こども総合療育センター 他 ※ 別冊の療育の手引き「資料編」をご参照ください。 「バークレー先生のADHDのすべて」ラッセル・A.バークレー(著)VOICE出版(2, 940円) 「親・教師・保育者のための遅れのある幼児の子育て―自閉症スペクトラム、ADHD、LD、高機能 自閉症、アスペルガー障害児の理解と援助」寺山千代子、中根晃(著) 教育出版(2, 310円) 「きっぱりNO!でやさしい子育て―続読んで学べるADHDのペアレントトレーニング」シンシア 890円) ウィッタム(著)、明石書店(1, 「L D・AD H D・自閉症・アスペルガー症候群「気がかりな子」の理解と援助」 575円) 「児童心理」編集委員会(編集) 金子書房(1, 「『気になる子』の保育と就学支援―幼児期におけるLD・ADHD・高機能自閉症等の指導」 無藤隆他(著) 東洋館出版社(2, 940円) 「親と医師、教師が語るADHDの子育て・医療・教育」楠本伸枝他、奈良ADHDの会「ポップコー ン」編著 かもがわ出版(2, 310円) 「ADHD及びその周辺の子どもたち―特性に対する対応を考える」尾崎洋一郎他(著) 同成社 (945円) 6 脳性まひ ―― 脳性まひとは、 「受胎から新生児期の間に生じた脳の非進行性病変に基づく、永続的なしかし 変化しうる運動および姿勢の異常である」(厚生省1968)と定義されます。つまり、「発育途上の 脳に、進行しない病変が生じ、その結果主として永く続く運動障害をもたらした状態」というこ とができるでしょう。 この病名は一つの診断名というより一群の状態像というべきで、その障害の現れ方や程度は 種々様々です。 出産前後の様々な時期に未熟な脳に十分な酸素やエネルギーが送られなかった場合、脳障害を 受けることになります。出生前の原因としては、妊娠中毒症などで胎児の体重増加が悪かったり、 早産や多胎分娩、あるいはその他の原因による未熟児、また予定日超過により胎盤機能不全に なったとき、あるいは脳の先天奇形などが考えられます。 新生児期では、仮死や頭蓋内出血、頻回の呼吸停止や髄膜炎、けいれんや重症黄疸、重症の栄 養障害などがリスクとなります。もちろん原因不明のものもあります。 脳性まひの障害は多種多様ですが、一般に運動障害の広がりによる図1のような部位別の分類 と、筋緊張の状態による図2の分類があり、この2つを組み合わせてタイプを分類しています。 ただ少しづつ混合した型をとることもあり、また知的障害、けいれんなどを合併することも多く、 さらに病状を複雑にしています。 混 合 型 片麻痺 単麻痺 四肢麻痺 三肢 麻 痺 両麻痺 強 剛 型 失 調 型 ア テ ト ー ゼ 型 痙 直 型 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 脳性まひについても、早期発見、早期治療が必要ですが、乳児期に診断がつかないことがある のも事実です。表に示しているような“脳性まひを疑わせる症状”がある場合、先に述べた出生 前後の危険因子がある場合は特に、もよりの保健所か、かかりつけの小児科医にご相談ください。 表 脳性まひを疑わせる症状 乳児期初期(約3ヵ月まで) 1)片手や両手を握りしめている。 2)自発運動が乏しく、左右非対称な姿勢を常にとっている。 3)後弓反張(そりかえり)が強い。 4)易刺激性(過敏に反応する)が見られる。 乳児期(約3カ月以降) 1)頸定(首のすわり)の遅れ (頸定は通常3∼4カ月、遅くとも5ヵ月には完成する) 2)後弓反張(そりかえり)が、泣いたりりきんだりするときだけでなく、持続的に起こる。 3)下肢の交叉、尖足位 下肢の伸展、内転が強く、下肢が交叉したり、足関節の背屈が制限される。 4)不活発な四肢の運動 手を握りしめていたり、手足の動きが乏しい。 5)視線があわず、追視(目で物を追いかける)をしない。 6)刺激に対する過敏性が強く残っている。 7)月齢に比し、運動発達が遅れている。 医学的治療の基本はリハビリテーションです。そこでは、小児科医と整形外科医との連携の もと、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、心理療法士、さらに看護師、保育士、義肢装具 士、そしてケースワーカーなど、多種の職種によるチーム・アプローチを要します。 運動障害に対してはいろいろな訓練法が行われてきましたが、いかに筋の過緊張を抑制し、 随意性、抗重力性の高い筋の自発的な活動をいかに高めていくかがポイントです。 また、ADL(日常生活動作)の訓練とともに、家庭内外での日常生活に対する様々な指導 6 脳性まひ ―― 支援や環境調整も重要であり、QOL(生活の質)の向上を目ざします。 ① 概要 近年、脳性まひなどの痙性まひに対し整形外科的選択的緊張筋解離術(松尾)が考案され、 全国的に行われるようになりました。この手術の概要は、過緊張状態にある多関節筋(二つ 以上の関節にまたがる筋で、推進力として働く)だけを選択的に緩め、過緊張下に抑えられ た単関節筋(一つの関節だけにまたがる筋で、抗重力的に体の持ち上げ、安定に働く)を活 性化させるという方法で、運動機能を落とすことなく緊張を緩めることができるようになり ました。さらにリハビリテーションも容易となり(姿勢運動障害のこどもの項参照) 、運動 機能向上や関節の脱臼、変形の予防、治療にも効果がでるようになりました。 ② 適応および手術時期 痙性をもつ脳性まひ症例のほとんど全てに適応があります。訓練による機能向上が少なく なってきたり、関節の拘縮(硬くなり動く範囲が狭まること)がでてくれば、手術を勧めま す。3∼4歳以上、体重10以上を一つの目安としています。 下肢の緊張が強い症例では、3∼5歳で股関節の脱臼が急激に進行することがあり、その 際全身状態が良好ならば手術を急ぎます。 ③ 効果 ほとんど全ての症例に何らかの効果が認められますが、運動機能の面では、重度の症例を のぞくと明らかに機能向上が認められます。 股関節脱臼の予防については、骨性の二次的変化が現れる前の手術がより効果的です。ま た座位が安定することによる上肢機能の向上や歩容の改善、足部変形の矯正にも効果があり ます。 ただし治療効果の現れ方には個人差があります。 頸部や腰背部の緊張の強い筋肉にボツリヌス毒素を注射することで、緊張を抑え、疼痛軽減 や、機能改善に効果を認めている症例もあります。 市町村の乳幼児健診、保健所におけるすこやか育児相談 熊本大学医学部附属病院小児科、発達小児科 熊本市民病院小児科 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 熊本市こどもの発達相談室、熊本市こども発達支援センター(仮称H20開所予定) 熊本リハビリテーション病院 熊本託麻台病院 熊本県こども総合療育センター 「マヒ治療のカルテ」松尾隆(著) 西日本新聞社(1, 529円) 「脳性麻痺の整形外科的治療」松尾隆(著) 創風社(6, 300円) 「脳性麻痺と機能訓練」松尾隆(著) 南江堂( 3 , 8 8 5 円) 7 重症心身障害 ―― 重症心身障害とは、発達期に生じた、重度の知的障害および重度の肢体不自由が重複している 状態を指します。 重症心身障害はもともとは医学的診断名ではなく、行政的名称です。判定の基準として、知的 障害(医学的には精神遅滞)の程度はIQ35以下、肢体不自由の程度は歩行不能がめやすです。 大島の分類はこれをわかりやすく表現しています(図1)。 特徴は、重度の知的障害と重度の肢体不自由による、コミュニケーション障害と日常生活上の 困難を併せ持っていることです。その程度は重く、医療と介護による濃厚なケアを必要とします。 さらに、上記の障害に加えて重い呼吸障害を有する「超重症児」も近年増えてきています(図 2)。 図1 大島の分類 図2 超重症児スコア :胎生期を含めたヒトの発達期に生じた、知的障害と肢体不自由を引き起こす疾患が 原因で、脳性まひがその中核にあります。発症時期を新生児期までとそれ以降とに分け、それ ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 ぞれを先天的なものと後天的なものに分けることができます。 ①新生児期まで a.先天的なもの:先天代謝異常、脳形成異常、脳炎・脳症、脳血管障害、種々の奇形症 候群など。 b.後天的なもの:周産期の脳血管障害、脳炎・脳症、低酸素性脳症、核黄疸、頭部外傷 など。 ②新生児期以降 a.先天的なもの:種々の変性疾患など。 b.後天的なもの:髄膜炎などの中枢神経系感染症、脳血管障害、溺水等の不慮の事故な ど。 :原疾患による一次症状と、それから派生した二次症状に分けられます。 ①一次症状は、コミュニケーションと運動機能の障害です。視覚障害や聴覚障害の合併も少 なくありません。脳性まひの場合、不随意運動や強度の筋緊張の持続が加わります。脳障害 に伴うてんかん発作もあります。 ②二次症状は多彩です(図3)。 a.中枢神経系では、常同行為、自傷・他害行為など。 b.骨・筋肉系では、骨粗鬆症に伴う骨折、筋萎縮、 変形拘縮、股関節脱臼など。 c.呼吸器系では、気道狭窄による喘鳴、呼吸困難、 睡眠時無呼吸、誤嚥による反復性肺炎など。 d.消化器系では、摂食障害、胃食道逆流(GER) に伴う嘔吐、呑気症による腹部膨満、イレウス、 便秘など。 e.泌尿器系では、尿路結石や、反復性尿路感染症に よる水腎症、神経因性膀胱など。 f.皮膚症状は湿疹、褥瘡など。 図3 重症心身障害者の二次障害 (参考文献より許可を得て転載) これらの症状は複合して起こります。二次症状に追加すべきものに、機能的退行があります。 健常者に比べて運動能力などが早く衰えるもので、原因はまだ確定していません。 7 重症心身障害 ―― 治療は、一次症状に対するものと二次症状に対するものがあります。 ①コミュニケーション障害や運動障害:療育的関わりや装具などで対応。視覚・聴覚障害に 対しては、療育的関わりや環境整備。 ②脳性まひによる不随意運動や筋緊張:筋弛緩薬や抗不安薬の投与。 ③てんかん:抗てんかん薬の投与や脳神経外科的治療。 ①常同行為や自傷・他害:療育的関わりが主。症状が重い場合は抗不安薬や抗精神病薬が必 要。 ②骨粗鬆症:ビタミンDの投与や姿勢コントロール、骨折を予防する注意深いケアなど。ビ スフォスフォネート製剤も有望。 ③筋萎縮や変形拘縮:理学療法が主。関節拘縮や股関節脱臼に対しては整形外科的治療。 ④呼吸器疾患:呼吸器疾患が重症心身障害児(者)の死因の第一位になっています。呼吸器 系の症状は、筋緊張と変形拘縮、GER、摂食障害による誤嚥などが関係した悪循環から発 生しています。 治療は気道確保と気道分泌物の制御、GERの改善。具体的には経鼻カニューレや気管切 開(喉頭気管分離)、去痰剤、肺理学療法、消化性潰瘍治療薬、噴門形成等の外科手術など。 ボツリヌス毒素は痙性の軽減に有効(現在、痙性斜頚に適応あり)。場合によって酸素療法、 人工呼吸器装着。肺炎に対して抗生剤の投与。姿勢コントロールは呼吸器症状の軽減とAD L拡大に有効。 ⑤摂食障害:呼吸障害と表裏一体。摂食能力の評価と、それに見合った食形態・食事姿勢が 基本。言語聴覚士による摂食訓練も有効。障害が重い場合はチューブ栄養(胃瘻造設)が必 要。 ⑥泌尿器系疾患:腎盂腎炎や膀胱炎には抗生剤の投与、十分な水分投与、局部の清潔保持な ど。神経因性膀胱が隠れていることが少なくない。あれば定期的な導尿。 ⑦皮膚症状:軟膏塗布。手を使わない人は手掌の、歩行しない人は足底の皮膚が薄く傷つき やすく、注意が必要。褥瘡には標準的予防策があるが、全身状態が悪く体を動かせない時は 要注意。 ⑧機能的退行:重症心身障害分野の今後の課題。現在の機能に合わせたケアを行うことが大 切。 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 重症心身障害児(者)では、上記のような症状が年齢とともに進行し、また広範囲にわた るようになります。QOLを維持するためには、生活がリハビリテーションとつながってい ることが必要です。理学療法士と作業療法士、言語聴覚士はその中核をなす職種です。 療育にはこのような、治療と不可分な面と、人としての成長を見守り援助する面がありま す。後者は児童福祉法の精神に基づいています。18歳以上の人(者)については、人として の成長に加えて、一日を充実して過ごして頂くことも療育の大きな役目です。 このように、重症心身障害児(者)は重度の障害を抱えていますが、家庭や施設での長期 間の、一貫した人との関わりによってコミュニケーションがだんだん可能になり、治療とリ ハビリテーションによって日常生活上の不自由も次第に緩和されていきます。 今年4月から障害者自立支援法が施行され、障害児の福祉制度も大きく変化することになりま した。 施設サービスについては、関連法として児童福祉法が改正され、本年10月から原則として措置 から契約方式に変わり、障害児の保護者の方々は、児童相談所に支給申請を行い、支給決定を受 けた後、利用する施設と契約を結ぶことになります。 なお、これまで同様、施設に入所している方のうち重度の障害がある場合は満18歳に達した後 の利用延長、重症心身障害児施設等の利用の場合は、満18歳を超えていての新たな施設利用が可 能になっています。詳細は、お近くの児童相談所にお尋ねください。 また、ホームヘルプなどの居宅サービスについては、本年4月から障害者自立支援法によるこ ととなり、10月からは、新たなサービスの利用も可能となります。 これまで同様、お住まいの市町村に支給申請を行い、支給決定を受けた後、利用する施設と契約 を結ぶことになります。 さらに、現在、児童施設を利用されている満18歳以上の方々については、障害者自立支援法に 基づき、1 0月からは、 「療養介護」や「生活介護」など大人を対象とした新たなサービスも利用 可能となります。 これらについての詳細は、お住まいの市町村にお尋ねください。 重症心身障害児施設は、医療を必要とする方々を対象としており、医療機関でもあります。県 内には、次のような重症心身障害児施設及び指定医療機関の病棟があります。 重症心身障害児施設(江津湖療育園発達医療センター、芦北学園発達医療センター、はまゆう 療育園)と、重心病棟を持つ旧国療(国立病院機構再春荘病院、国立病院機構菊池病院)です。 7 重症心身障害 ―― 「重症心身障害療育マニュアル」第2版 江草安彦(監修)、岡田喜篤・末光茂他(編集) 780円) 医歯薬出版(3, ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 てんかんとは、突然におきる大脳の神経細胞の異常な興奮によって反復性の発作が引き起こさ れる慢性の病気です。発作の症状はさまざまで、けいれんや意識障害、行動の異常などが見られ ます。脳に障害を与える出生前、後のさまざまな原因で起こってきますが、約40%は原因不明で す。 小児におけるてんかんの頻度は0. 8%くらいです。しかし知的障害があると2 0−30%に、重症 心身障害があると50−70%にてんかんを合併します。自閉症でも高率にてんかんの合併がみられ ます。小児期の病気では、急性の病気を除けば、てんかんはもっとも多い病気の一つです。けし て特別の病気ではありません。 てんかんの分類には、てんかん発作の分類とてんかんおよびてんかん症候群の分類の2つがあ ります。(表1、2)てんかん発作は発作症状、脳波所見より全般発作と局在関連発作(部分発 作)に分けられます。 表1 てんかん発作(発作症状)の分類 局在関連発作 A 単純部分発作 (意識障害を伴わないもの) 運動症状を伴うもの 身体感覚を伴うもの 精神発作 その他 B 複雑部分発作 (意識障害を伴う) C 二次性全般化 全般発作 A 欠神 B ミオクロニー C 間代発作 D 強直発作 E 強直・間代発作 F 脱力発作 ※大脳の局所にてんかん発射が発生して起 こる発作を局在関連発作 ※両側の大脳半球広範にてんかん発射が起 こるものを全般発作 (一部簡略化しています) 表2 てんかん症候群の例(一部抜粋) 1)良性乳児ミオクロニーてんかん 2)ウエスト症候群 3)乳児重症ミオクロニーてんかん 4)レンノックス・ガストー症候群 5)中心・側頭部に棘波をもつ 良性小児てんかん 6)小児欠神発作 7)若年欠神発作 8)若年性ミオクロニーてんかん ※多くの小グループに分けられそれぞれ、 発症年齢、合併症状、難治度がことな ります。 たとえば2)3)4)は難治性の症候 群です。6)は良性のてんかんの典型 です。 8 てんかん ―― 全般発作は両側の大脳半球に広汎にてんかん発射がおこるもので、発作のはじまりから意識が 失われるのが通常です。全般発作には、精神機能の低下や抑制が突然来て、突然終わる欠神発作 (発作中はぼーっとして反応がなく、眼球を上転させたり、目をぱちぱちさせたりがよくみられ ます。持続は数秒∼数十秒、一日に何回もおこることが多く、発作のため注意の持続が困難とな り、学習の妨げとなることもあります。)、全身を硬直させる強直発作、全身をガクガクと屈曲・ 伸展をくりかえす間代発作、瞬間的に筋肉がピクッと攣縮するミオクロニー発作などがあります。 局在関連発作(部分発作)は大脳のある部位からてんかん発射が発生して起こる発作です。脳 のどの部分から起こるかによって、発作のはじめの症状が異なってきます。顔や手足の筋肉がぴ くぴく動くことからはじまる人もいますし、吐き気からはじまったり、きらきらした物が見えた り、ゆがんで見えるなどの視覚症状からはじまる人もいます。さらに発作中の意識の状態とけい れんへの移行によって、意識が発作中にも保たれている単純部分発作、意識障害を伴う複雑部分 発作、部分発作から二次的に全般発作に進展する二次性全般化発作にわけられます。 また発作型、発症年齢、病因、合併症、誘発要因、症状の経過などいくつかの要素を考えて、 てんかんおよびてんかん症候群の分類を行います。詳しくは参考図書などを参照してください。 このようにてんかんとは単一の病気ではなく、少なくとも数十のてんかん・てんかん症候群が あり原因や症状、合併症もさまざまです。いくつかの良性小児てんかんのように経過の良いもの もありますし、乳児重症ミオクロニーてんかん、ウエスト症候群、レンノックス・ガストー症候 群など難治性のものもあります。てんかんでは、このような分類を行いながら治療方針、経過の 予測などを行っていきます。 てんかんの診断のために最も重要なことは発作症状の把握です。一般的な診察も重要です。て んかん以外で発作を起こす病気(低血糖、低カルシウム血症など)を見逃さないようにすること も大切です。 検査では、脳の電気的な活動の状態をみる脳波検査が最も大切です。脳波で発作性の異常波が 見られれば、てんかんである可能性が高くなります。発作症状、脳波を参考にてんかん分類の診 断をします。発作症状がはっきりせず、てんかんか否かが判らないときやてんかん手術が必要と 考える場合は脳波ビデオ同時記録などの特別な検査を行います。画像診断(CT、MRIなど) では、原因としての脳腫瘍、脳血管障害、脳出血、脳奇形などの有無を判断することができます。 難治性てんかんなどで外科的選択を行う場合には、脳の局所的な血液の流れや神経細胞の状態、 脳の代謝機能の状態等をみるためSPECTやPETという検査が必要なこともあります。詳し ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 い検査として脳磁図(EMG)なども行われることがあります。このように必要に応じて適切な 検査を選択しながら診断を行っていきます。 てんかんの治療には薬物療法、外科的手術、食事療法があげられます。基本的には薬物療法が 第一選択です。 てんかんの薬は約20種ですが通常使用薬剤は7−8種類です。現在は全般性てんかんにはバ ルプロ酸ナトリウム(デパケン、ハイセレニンなど)、局在関連てんかんにはカルバマゼピン (テグレトールなど)が第一選択薬に使われることが多い傾向にあります。第一選択薬でうま くいかなかった場合には、いろいろな状況を考慮しながら次の薬剤を選択していきます。 どの薬剤も基本的に長期使用となりますから効果の評価とともに副作用に対しての注意も必 要です。メリットとデメリットを考えながら治療を進めます。 副作用にはどの薬剤にも見られるものと、個々の薬剤に特徴的なものがあります。共通に見 8 てんかん ―― られる副作用として①使用量が多い時に見られる症状(過量症状):主に眠気、ふらつきなど。 使用開始時や発作コントロール不良で薬を増量中に見られやすい傾向があります。これにより 薬剤に不安や不信感を抱く人もいますが適切な量に調整することで対応できます。②アレル ギー症状:主に皮膚の発疹(薬疹)として現れます。アレルギーの予測は困難で、稀にとても 激しい危険な症状を伴う場合もあります。異常を感じたら早めに担当医に相談してください。 ③薬剤による肝臓、腎臓、血液、その他の障害:どの薬剤も肝、腎障害などを起こす可能性が あります。白血球の減少や貧血、血小板が減少して出血しやすくなることもあります。現在使 用されている薬剤は長い間使用されてきた比較的安全な薬剤です。定期的な検査と早めの対処 で重大な問題になることは少ないと思われます。定期的な検査(血液検査)を受けてください。 ④妊娠時の胎児に対する影響:いろいろな薬剤で胎児への影響があり十分な注意が必要です。 カルバマゼピン、バルプロ酸ナトリウムなどで二分脊椎との関係が指摘されており妊娠中の葉 酸の補充が必要なこともあります。他の薬剤でも一定の注意が必要です。 主な薬剤の特有な副作用として ①カルバマゼピン:使用開始時に眠気が出やすい傾向があ り一定の時間が経つとみられなくなります。少量からの使用開始で適切量に調節する必要があ ります。②バルプロ酸ナトリウム:比較的安全な薬剤ですが、まれに激しい肝障害(時に致死 性)が報告されています。特に2∼3才以下で多剤併用などの場合に多いとされていますので 十分な説明をうけてください。③フエノバルビタール(フエノバールなど):以前より使用さ れている有効な薬剤ですが、時に落ち着きのなさを起こしてくることがあり注意が必要です。 ④ゾニサミド(エクセグランなど):時に精神的に不安定な状態が起こるとされています。ま た発汗障害を伴うことがあり夏場など体温調節に影響することもあります。⑤フエニトイン (アレビアチンなど):長く使用されていて有用な薬剤ですが、歯ぐきの腫れ、多毛などの美 容的な問題があります。また血中濃度の変化が他の薬剤と異なり、わずかな増量で血中濃度が 大きく上昇し中毒量(ふらつき、眠気など)に達することがあります。⑥クロナゼパム(リボ トリール)など:この系統の薬では逆に発作が誘発されることがあり注意が必要です。 通常てんかんの薬物療法は数年以上の長期になります。定期的に脳波や血液検査などをうけ ながら根気良く治療しましょう。一般に薬を中断する基準は、発作が消失し、脳波異常がなく なり2∼3年経過したときです。薬を中止する場合も時間をかけて、徐々に減量・中止します。 急な薬の中断はかえって強い発作を誘発することもあり危険です。必ず担当医と相談しながら、 焦らず治療してください。 多くの薬剤を使用しても十分にコントロールできない発作を有する人もいて難治性てんかん の可能性があります。おおよそ障害のない人の15%、知的障害のひとの30−40%、重度重複障 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 害のひとの50%以上が完全なコントロールが困難です。通常の薬物で発作がうまく抑制できな い場合には①一般的でない薬剤の使用 ②新しい薬剤の検討 ③外科的選択 ④食事療法(ケ トン食)の選択があります。 最近では日本でも多くの難治例にてんかん外科手術がおこなわれるようになりました。外科 治療選択の基本としては ①通常の薬物療法で効果がない ②手術による効果が期待できる ③手術による不利益が(運動の障害、言葉の障害など)生じないなどです。 てんかん外科の種類としては、てんかん発作の焦点となっている脳部位の切除や脳梁離断な どがあります。①内側側頭葉てんかん:このてんかんが、現在最も一般的に手術が行われてい て効果も良好です。内側側頭葉の部分的な切除が行われます。②その他の脳部分、外側側頭葉、 前頭葉てんかんなどでも手術が行われますが有効率が高くないという問題があります。③脳梁 離断:病巣がはっきりしない小児のてんかんが主な対象です。発作型としては脱力発作、ミオ クロニー発作などに行われています。効果としてはかなり良好な場合と不十分な場合とがあり ます。 すべての例において外科手術が行えるわけではなく、手術を行える施設も限られています。 手術を考えるときは、担当医と十分な相談をし、メリットとデメリットを十分理解し納得した うえで判断する必要があります。 特別な方法としてケトン食療法があります。基本は糖分制限した高脂肪食です。最近はケト ンミルクが使用できる場合もあり、少しはやりやすくなっていますが実施にはかなりの努力が 必要です。効果に関しては一定しませんが著効する場合もありますので、難治で発作に伴う外 傷などの危険性がある時は試みてもよいと思われます。実施できる施設は限られます。 てんかん発作は通常数分間で自然にとまることが多く、発作自体で直ちに生命が危険になる ことはないので、あわてず発作の様子を観察し、むやみに刺激をあたえないようにしましょう。 周囲に危険な物があれば取り除き、衣服のボタンやベルトを緩めて静かに寝かせます。吐き気 やよだれが多い場合は顔を横に向けてください。口に物や指を入れることはやめましょう。 発作が10分以上続き止まる様子がない場合、いつもの発作と状態が異なる場合、全身状態が 極端に悪い場合(意識がなかなか戻らない、呼吸が悪い、発作後も顔色が悪い、吐血や黄疸が ある、ひどい外傷を負ったなど)などの時はかかりつけの医師や救急病院へ連絡し医療機関へ 搬送してください。 8 てんかん ―― てんかんには医学的な問題と社会的、心理的問題が関係して複雑な問題を伴うことがあります。 またさまざまな発達障害が伴うこともあります。学校生活、家庭生活、結婚、出産、就職、運転 免許などの問題も含めて、治療や生活の支援を考えていく必要があります。 日本てんかん協会(通称 波の会)では、てんかんに関する情報交換、学習、社会活動を行っ ています。熊本にも波の会の支部があり小児部会もあります。学習会や講演会、キャンプなどの 各種行事も行っています。ぜひ参加してください。 てんかんは長期に治療継続していく必要のある病気です。信頼できる関係を築きながら治療を 行ってください。てんかんの抱えている問題は医療以外にも多くの社会、生活面にわたっていま す。限られた紙面では十分の説明ができません。不安な点は理解できるまで担当医と相談するこ とをお勧めします。てんかんの治療には、医師だけでなく、自分自身や家族の理解、努力も欠く ことができない要素であることも忘れないでください。 かかりつけの小児科医または各地域の公立病院小児科にご相談ください。 「波」:日本てんかん協会 (通称 波の会)の機関紙(熊本にも波の会支部があります) 「てんかんの自己管理」八木和夫 医薬ジャーナル社(997円) 「てんかんと君」Nei l Buchanan著 粟谷豊他訳 総合医学社(1, 260円) 「初級てんかんテキスト」月刊波増刊 日本てんかん協会(400円) ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 私達が見たり聴いたり話したり考えたり記憶するとき、あるいは手足を動かそうとするときは 脳でたくさんの神経細胞が互いに情報を交換し合って目的の作業を行います。しかし、脳や脊髄 など神経系および筋肉系のどこかで異常(遺伝子異常、奇形、低酸素、虚血、出血、炎症、腫瘍 など)がおこると神経細胞や筋細胞が死滅したり、神経細胞から伸びた軸索を覆うミエリンに障 害がおきたりすると神経からの情報伝達や情報交換がスムーズにできなくなります。その結果、 神経・筋疾患ではその障害部位に応じた特有の症状が出現してきます。例として随意運動(目的 とした運動)のときの神経経路を図示し、障害部位と代表的な病名を記します。 (図1と説明) 障害部位と主な疾患 ① 大脳・小脳・脳幹部: 脳奇形、脳出血、脳腫瘍 ウイルス性脳炎・脳症 低酸素性脳障害、脳性まひ 急性散在性脳脊髄炎(ADEM) 上位運動ニューロン 脳変性症 ② 脊髄:脊髄空洞症 側策 ③ 脊髄前核:脊髄性筋萎縮症 前角 (ウエルニッヒホフマン病) ④ 末梢神経:ギラン・バレー症候群 下位運動ニューロン ⑤ 神経筋接合部:重症筋無力症 ⑥ 筋肉:筋ジストロフィー 先天性ミオパチー 骨格筋 9 神経・筋疾患 ―― これは乳幼児健診などで運動発達の遅れとして最もよく気づかれる症状です。健常児では月 齢に応じた運動発達がみられますが、5ヶ月になっても首がすわらない、9ヶ月でも寝返りし ない、1歳6ヶ月でもまだ歩けないなど粗大運動の遅れが目立つときは①筋力低下のため体が 柔らかくて抱きにくくグニャグニャしている、②手足を突っ張りよけいな力が入りすぎる、な ど目的の運動に応じた力加減ができない発達性協調運動障害(不器用さ)のためであることが 多くハイハイで手足の交互運動ができず、お尻や背中でよくズリ移動をしてしまうこともあり ます。これらは発達障害児の乳幼児期早期に出現しやすい運動特性です。訓練で正しい手足や 体の使い方を教えると(一時的に装具靴が必要となることもありますが)改善していきます。 筋緊張亢進が改善しないときは脳性まひとの鑑別も必要ですので、早めに療育機関を受診し指 導を受けましょう。 まれには効果的な治療法もなく進行していく病気もあります。あまりにも筋力低下が著明な ときは脊髄の運動神経細胞が壊れる脊髄性筋萎縮症(ウエルニッヒホフマン病)だったり、幼 児期になって筋力低下が目立ってきたときは筋肉細胞が壊れる筋ジストロフィーなどがありま す。重症筋無力症は瞼が垂れ下がったり呼吸障害や嚥下困難となることもありますがステロイ ド治療が有効です。これらの疾患では大学病院をはじめ専門医療機関での診察や精密検査を受 ける必要があります。 ほとんどの神経・筋疾患でみられる症状です。末梢神経の異常ではまず手足の筋肉が萎縮し、 筋疾患では肩や腰・大腿部から萎縮が始まります。筋力低下や筋萎縮で手足が動かしにくいと 関節が固くなってしまいます。脳の異常や神経・筋疾患が進行すると全身の筋肉が萎縮して、 あちこちの関節の動きも制限され運動面の支障が大きくなります。側彎症もおこりやすいので 関節拘縮を予防するような訓練と自宅での拘縮予防が大切です。 激しい運動のあとや発熱のときに筋肉痛があったりコーラのような尿が出ることがあります。 これはウイルス性筋炎あるいは筋肉の代謝異常の大事なサインかもしれません。尿が出にく く腎不全を合併し危険になることがありますので早急な検査と治療が必要です。 なお筋ジストロフィーなど筋疾患では筋肉痛がみられやすいので運動は控えめにし、風呂で 温めてよくマッサージしてあげましょう。 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 自分の意思に逆らって手足がビクッとしたり、踊るような動きが出たり、強く反り返り緊張 する状態などをいいます。脳性まひやパーキンソン病など大脳の基底核が障害される病気でよ くみられる症状です。薬物治療や訓練で症状を軽減できることもありあきらめてはいけません。 体が酔っ払いのようにフラフラ揺れ動いてうまく歩けないとか、おもちゃをつかもうとする と手指が震える、うまくしゃべれない、眼球が左右に振れるといった症状を示します。1ヶ月 くらいでほぼ改善する急性小脳失調もあれば、徐々に進行していく小脳変性症や小脳腫瘍のこ ともあり頭部MRIなど脳の精密検査が必要になります。 今までできていたことができなくなっていく状態をいいます。理解力が低下したり食事の飲 み込みや会話が困難になったり、手指の細かな使い方や歩行が下手になったり、けいれん発作 などがみられます。脳の神経細胞がどんどん壊れ、神経刺激が伝わらなくなったことが疑われ ます。急性散在性脳脊髄炎(ADEM)など一時的な退行現象をきたすものから、寝たきりに なるような脳変性疾患までさまざまで、早期なら進行を遅らせる治療ができる疾患もあります ので入院検査治療をおすすめします。 原因としては、てんかん発作が多いのですが、まれにウイルス感染の経過中に突然のけいれ ん発作を繰り返し意識障害が続くことがあります。こわいのはインフルエンザやヘルペスなど のウイルス性脳炎や脳症です。モヤモヤ病などの脳血管障害や脳腫瘍のこともあります。命に かかわる恐れもありますし知的障害や運動障害の後遺症を残すこともありますので、救急対応 のできる病院で精査し集中治療を受けてください。 神経・筋疾患では、専門医を受診して診察と必要な検査を行い、お子さんがどんな病気かきち んと診断することが最も大切です。検査では血液検査や脊髄液採取、頭部CT・MRI検査など のほかに、神経や筋肉の一部を採取して組織検査や生化学分析を行うものや、最新の遺伝子検査 も含まれます。また有効な治療法がなかった病気でも新しい治療法が試みられているものもあり ます。詳細は下記機関までご相談なさるとよいでしょう。 どんな病気であっても正しい診断ができてこそ初めて良い治療につながるのです。もし万一、 何らかの障害が残ったとしてもご家族や周囲の方々の理解と協力・支援を得ながら、できるだけ 9 神経・筋疾患 ―― 早期から適切な訓練や療育指導を受けていかれることをおすすめいたします。また、体調が安定 され学校生活中心の毎日になられてからも、信頼のおける主治医での定期フォローと診察を受け られることをお勧めします。 熊本大学発達小児科・小児科 熊本市民病院小児科 熊本地域医療センター小児科 熊本赤十字病院小児科 をはじめ、県内の各総合病院小児科 熊本県こども総合療育センター 江津湖療育園 熊本市こどもの発達相談室 熊本託麻台病院早期療育センター ほか本誌記載の療育関連施設 「小児神経疾患診療ハンドブック」 渡辺一功編 南江堂(10, 290円) 650円) 「小児内科・小児疾患診療のための病態生理2」東京医学社(13, 「国立精神神経センター・小児神経学講義」有馬正高、加我牧子(著) 診断と治療社( 9 , 2 4 0 円) ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 聴覚障害は「きこえ」の障害ですが、幼児の場合には聴覚は言語の習得に重要な要素であるた め、その障害は言葉の遅れによるコミュニケーション障害のみならず、概念や思想の形成など発 達全般に影響します。言語の習得は生後から4歳までが重要であり早期発見と早期療育が必要で ありますが、聴覚障害は外見から分かりにくい障害であるため、言語発達遅滞として発見される ことも多いです。 音は耳介、外耳道、鼓膜、中耳(耳小骨)を経て内耳(蝸牛)へ伝えられます。内耳(蝸牛) で音の振動は神経を刺激する電気信号に変えられ聴神経から脳幹を通り大脳の聴覚中枢へ伝達さ れ音として感じることができます(図1)。 耳介から中耳までは音を伝えて増幅する 働きがありこの部分の障害による難聴を伝 音性難聴といいます。先天性の外耳や中耳 の奇形では中等度の難聴をきたします。ま た、幼小児に多い滲出性中耳炎では軽度の 難聴を起こすが治療により改善します。 内耳から大脳までの障害による難聴を感 音性難聴といい、その大部分は内耳の障害 です。感音性難聴は治療による改善が困難 で療育を必要とする乳幼児の難聴の大部分 図 1 をしめます。 乳幼児は全ての面において発達途上であるため、児の年齢や発達状態に応じた検査が必要とな ります。また、正確な聴力を診断するためには以下にあげるいくつかの検査を組み合わせて何回 か繰り返す必要があります。 乳幼児に音や音声を聞かせたときの反応(聴性行動反応)によって聴覚障害を判定します。 10 聴覚障害 ―― 2ヶ月頃までは原始反射であるモロー反射や 眼瞼反射が見られますが、4ヶ月以降は音源 を探す詮索反応や音源に顔を向ける定位反応 がみられ、発達に伴って行動様式が変わって きます(図2:乳幼児の聴こえのチェックを 参照)。 被検児の前方に設置したスピーカーから音 を出すと同時に、人形を動かしたり、光を点 滅すると、聴こえていたらその方向を振り向 きます。これを繰り返すと音刺激だけでその 方向を向くように条件付けされます。これを 利用して聴力を測定します。6ヶ月から2歳 頃までの児が対象です。 検査音が聞こえたときだけ、ボタンを押す と玩具が動き出すといった反応形式を教え、 聴力測定を行います。3歳以上の幼児が対象 図2 乳幼児の聞こえチェック となります。 軽い睡眠薬を飲ませて入眠中にヘッドホンから音刺激を行い、音刺激による脳幹からの脳波 を測定し聴力を測定します。新生児から検査は可能ですが、比較的高い周波数の音しか検査で きないため他の検査と組み合わせて診断する必要があります。 出生数日後に産科で難聴の疑いがあるかどうかを検査するものです。県内でも多くの産科で 実施されています。検査方法は自動ABRをもちいて正常児が聞こえる音で反応が出るかどう かを自動判別します。また、内耳機能をしらべる耳音響反射検査OAEでもスクリーニングが 行われています。スクリーニングで難聴の疑いの場合、必ずしも難聴とはいえませんが、言語 発達の面から早期発見と早期療育は重要であり、3ヶ月までには精密検査を受ける必要があり ます。 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 日常の比較的大きめの音や声は聞こえますが、聞き逃しも多く、言葉の発達も遅れ気味で発 音にも影響があります。 対面しての会話は大体聞こえますが、少し離れると聞こえないことが多く、言葉の発達やコ ミュミケーションに大きな影響が出てきます。 耳元の大きな音や声しか聞こえません。日常生活でも音に対する反応がないことが多いです。 このままだと言葉はほとんど出てきません。 日常生活でも全くといっていいほど音への反応は見られません。言葉も全く出てきません。 先天性難聴と後天性難聴に分けられます。 先天性難聴には遺伝性難聴、胎生期難聴(妊娠中の風疹感染、サイトメガロウイルス感染な ど)、周産期難聴(低出生体重児、新生児仮死、重症黄疸など)があります。 後天性難聴には髄膜炎、ムンプス、薬剤性、中耳炎などがあります。 表に上げてある難聴のハイリスク因子がある場合には検査を受ける必要があります。 表 難聴のハイリスク因子 1)家族に難聴者がいる 2)妊娠中の感染(風疹、サイトメガロウイルス) 3)頭、顔面の奇形 4)高ビリルビン血症(20/以上) 5)低出生体重児(1, 500未満) 6)髄膜炎 7)仮死 8)耳毒性薬剤の使用 9)5日以上の人工換気 10)いろいろな症候群、染色体異常 10 聴覚障害 ―― 伝音性難聴の中でも中耳炎は治療により改善するため治療を優先します。外耳・中耳の奇形は 手術により改善する可能性もありますが、言語発達に重要な4歳までは治療が困難なため補聴器 による療育が必要です。 感音性難聴は治療による改善が困難なため、補聴器による療育が必要です。補聴器による効果 が不十分な場合は人工内耳手術により音を入れることが可能ですが、補聴器同様十分な療育が行 われないと言語獲得は難しいです。療育の詳細については別項で解説します。 ※ 聴覚障害のこどもへの療育関係については、 「Ⅲ−9 聴覚障害のこども」の項目をご参照 下さい。 難聴の疑いがある場合には、熊本県福祉総合相談所または熊本大学附属病院耳鼻咽喉科にご相 談ください。 「子どもの難聴」岡本途也(著) トライアングル文庫(1, 000円) 「難聴児の幸せのために」母と子の教室・親の会(編) トライアングル文庫( 1 , 8 8 7 円) 「子どもの補聴器」トライアングル文庫(1, 800円) 「家庭における難聴児指導の手引き」帝京大学小児難聴言語室(1, 000円) 「聴覚活用の実際」田中美郷・廣田栄子(著) 聴覚障害者教育福祉協会( 2 , 0 0 0 円) ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 視覚には視力、視野、光覚や色覚があります。 物の形を認識する能力を視力といい、通常は2つの点を2つとして見分けられる能力を数値 で表します。網膜の視細胞のうち、錐体細胞が担っています。 1点を注視した状態で同時に見える範囲を視野といいます。その視野の中でも感度は部位に よって異なるため、視覚の感度分布とも言われます。 我々の眼はかすかな光でも感知する能力があり、光覚と呼ばれ、網膜の視細胞のうち、杆体 細胞の機能によります。薄暗い所に入ると最初はほとんど見えませんが、しだいに見えてくる ようになります(暗順応)。 物の色を認識する能力を色覚といい、網膜の視細胞のうち、錐体細胞が担っています。 通常、視覚障害とは視力障害と視野障害を意味します。視力障害とは色んな眼の状態や病気で 視力が発達しなかったり、一旦発達した視力が低下した場合をいいます。また、視野障害とは色 んな眼の病気で視野が狭くなったり、暗点が生じることをいいます。 視力の判定には国際標準視力表などを用いて測定し、数値で表記します。例えば5mの距離で 1. 5離れた2点(視角1分に相当)を見極められる能力を視力(1. 0)と定義します。そうしま すと15離れた2点を見極められる視力は0. 1となります。0. 01未満の場合は眼前で指の数が分 る指数弁、手の動きが分る手動弁、明暗が分る光覚弁、明暗も分らない盲(0)と区別します。 視力には裸眼視力と矯正視力(眼鏡やコンタクトレンズを使用しての視力)がありますが、通常 は矯正視力を指します。社会的には0. 01以下を盲、0. 02∼0. 3を弱視としてロービジョン・ケア の対象とします。視野の測定にはゴールドマン視野計を用いた量的動的視野検査とコンピュー ター内臓の視野計を用いた量的静的視野検査があります。視野の範囲は上方60度、下方60∼70度、 鼻側60度、耳側90度が正常とされています。 11 視覚障害 ―― 眼の構造を図に示します。 眼球は球形をしていますが、その壁を形成するの は角膜と強膜です。 前方の角膜は透明で光を透過し、また、屈折しま す。 強膜は白く、不透明で、不必要な光が眼内に入ら ないようにしています。虹彩、毛様体や脈絡膜は色 素に富んでおりぶどう膜と呼ばれます。虹彩の中央 は開いており瞳孔を形成しております。 この瞳孔は眼内に入ってくる光の量を調節し、絞りの役目を果たします。毛様体は眼の栄養水 である房水を産生し、水晶体などの栄養と眼球に一定の内圧(眼圧)を与えています。脈絡膜は 網膜の栄養を司っています。水晶体はカメラのレンズに相当し光を屈折します。網膜はカメラの フィルムに相当します。網膜からの軸索は束になって視神経を形成します。 視力は生後に発達し、幼児期に完成します。生まれたばかりの赤ちゃんの視力は0. 01ぐらいで、 1年後には0. 1前後に向上します。網膜に写った映像を脳に伝える機構が発達するにつれて視力 も向上します。4∼5歳で視力は1. 0ぐらいになります。この視力の発達期には網膜に鮮明な像 が写ることが必要です。 ピントが網膜の前に合う眼は近視です。逆にピントが網膜の後ろに合う眼は遠視です。乱視 は眼の屈折力が各方向で違うため、ピントが1点では交わらない眼です。中等度以上の遠視や 強度の近視・乱視がありますと、物がはっきり見えませんので網膜から脳へ情報を伝える経路 が発達しにくく、弱視になります。 眼の屈折が左右で極端に異なることを不同視といい、度の強い方の眼は使われず、弱視にな ります。 いろんな原因で網膜に映像が写らないことにより弱視になります。例えば、角膜の濁り、白 内障、眼瞼下垂などです。 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 両眼は常に連動して動き、物を見るときには両眼の視線が向いて真っすぐになります。これ がうまく出来ず、左右の眼の視線が一致しないことを斜視といいます。片方の眼が内側に向い てしまう場合を内斜視、逆に外側に向いてしまう場合を外斜視といい、さらに、上下方向にず れることもあります(上下斜視)。斜視では片方の眼で物を見ますので、使われない方の眼の 視力が発達せず、弱視になります。 眼の発生異常があり、房水の流れがうまくいかず、眼圧が上昇して視神経障害をきたし、視 野狭窄や暗点を生じます。乳幼児では眼球壁が軟らかく眼圧上昇に伴い眼球(角膜)が拡大す る(牛眼)ことがあります。 網膜の杆体細胞における遺伝性の疾患で、輪状暗点や夜盲を特徴とし、徐々に視野狭窄が進 行し、求心性視野狭窄、末期には視力低下をきたします。 先天性の眼内腫瘍に網膜芽細胞腫があります。網膜中央(後極部)に生じますと白色瞳孔 (瞳孔が白く光る)を呈してきます。また、視力が発達せず、弱視や斜視を生じます。 心にショックなどのストレスが加わった時、それが身体症状となって現れることがあります (心身症)。例えば、ペットの死、いじめにあったとか。検査で視力低下や視野障害(らせん 状視野や管状視野)がみられます。 中等度以上の遠視や乱視はメガネなどで矯正します。 屈折異常の強い方の眼の屈折をメガネやコンタクトレンズで矯正します。 原因となっている角膜混濁、先天白内障、眼瞼下垂の治療を行います。通常、手術が必要に なります。また、弱視の進行を防ぐため良く見える方の眼(健眼)を1日数時間遮蔽し、弱視 眼を強制的に使うようにすることもあります。 11 視覚障害 ―― 遠視による内斜視はメガネで遠視を矯正することにより治ります。それ以外では、手術が必 要になることがあります。この場合、眼球を動かす筋肉の位置を付け替えたりして眼球の向き を調節します。 眼圧を下げる薬物(点眼薬)に加えて手術が必要になることがあります。房水の流れを良く する手術が必要です。 現在のところ、治療法がありません。不必要な光が眼内に入るのを防ぎます。遮光レンズな どが使用されます。 網膜芽細胞腫の場合、光凝固、冷凍凝固、場合によっては眼球摘出が必要になります。 ストレスの原因を解決することが必要です。 福祉機関: 社会福祉法人熊本視力障害者福祉会・熊本県点字図書館(中途失明者緊急生活訓練 事業係)熊本市長嶺南2丁目3−2 熊本県身体障害者福祉センター内 TEL 096−383−6333 熊本県視覚障害者福祉協会連合会 熊本市長嶺南6丁目1−7−1 03 長嶺第1ハ イツ内101号 TEL 096−369−3332 教育機関: 熊本県立盲学校(入学相談係・幼稚部係) 医療機関: 熊本大学医学部附属病院 熊本市立熊本市民病院 のむら眼科医院 〒861−3206 熊本県上益城郡御船町辺田見字馬場410−1 TEL 096−282−3711 堀田眼科 〒869−1103 熊本県菊池郡菊陽町久保田2692−1 TEL 096−292−3455 ―― 第Ⅰ章 発達障害への理解 「眼科診療プラクティス 100小児眼科プライマリ・ケア」初川嘉一編 文光堂 2003(7, 350円) 350円) 「眼科診療プラクティス 61 ロービジョンへの対応」丸尾敏夫編 文光堂 2000(7,
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