排尿自立に向けた“カードとお知らせサイン表”の有効性

排尿自立に向けた“カードとお知らせサイン表”の有効性
∼好きなシール貼りの排尿チェック表を用いて∼
児童デイサービスセンター希望ヶ丘
下田 満美子
1.はじめに
知的障がいや自閉症などの発達障がい児の排泄自立の遅れには、排尿自立の遅れ(昼間遺尿)、
夜尿、遺糞(下着に排便する)といった種類がある。これらは、排泄習慣という『行動学習』の
遅れが原因と考えられる。
排尿の指導は、いきなりトイレの指導をせず、場所や時間スケジュールを教え、頭で物事を考
え構造化していく構造化学習を優先する。その流れで時間になったらトイレに連れて行く時間設
定型指導を行う。これによって下着を濡らさないレベルに到達したら、排泄の自立につなげる自
己決定型に移行し、失敗が稀になってから終日自己決定型にする。原則はこうしたステップに分
けて階段的指導をし、無理に前進せず、失敗が多ければすぐに前段階に戻る。
児童デイサービスに勤めるうえで、利用児童の今後の生活を踏まえ基本的生活習慣における排
泄の学習・教育が大事であり、また、家族からの排泄を自立させたいという要望もあり、今回の
研究に至った。
本事例は言語遅滞により言語での訴えが困難な上、尿意の訴えがなく構造化学習を行いながら、
随時トイレ誘導を行っている。今後指導していくうえで「おしっこ」という言葉の意味が分かる
事や、
「おしっこ」はトイレでするというように、排尿やトイレの意味が分かる必要性があると考
えた。そこで意欲を引き出すことが自立への第1歩だと考え、本人の楽しみと“褒められたい”
という意欲を引き出し、トイレ誘導の工夫とトイレへの興味作りの工夫を行った結果、反応の変
化や排尿サインをとらえる能力が向上したので、ここに報告する。
2.目的
本研究は、現状の排泄行動の実態を調査し、排尿における援助方法でどのように変化したかを
調べ、今後の排泄の自立への過程を検討することを目的とする。
3.倫理的配慮
本取り組みの主旨や取り組み内容を保護者に同意を得て事例概要とした。
4.事例紹介
A君、男性、6歳
・診断名
ソトス症候群(過成長、学習障がい、言語遅滞、行動障がい)
・手帳
愛護手帳A判定
・コミュニケーション手段
訴えは身振り手振り
・ADL状況
移動……独歩可能
身体障害者手帳2級 所持
排泄……トレーニングパンツ使用
着脱……裏表確認後、支持誘導にて可能
1
5.初期の状況と問題点
取り組み開始時は、紙パンツの使用であった。ほとんどの時間帯で尿失禁が見られ、トイレで
の排尿介助では便器内での排尿は見られず、尿意はあいまいであった。意思の疎通は図れず尿意
を感じる事が出来ているかは不明であった。
また、
“遊びたい”が優先し、トイレ誘導には拒否がみられた。
6.研究方法
1.
初期の本児の様子を知る(第1期)
排泄状況、スタッフとの関わりを確認。
2.
パットの活用(第2期)
濡れたら分かるトレーニングパット“トレッピー”を使用。サインを促しトイレへ誘導。
3.
トイレ誘導の工夫(第3期)
“遊びたい”が優先し、拒否がみられるのでトイレの写真をカードにし、カードを見せ
てトイレへ行くことを理解していく。
4.
トイレへの興味作り(第4期)
“遊びたい”が優先し、便座に座る事に拒否が見られるため、サインを出せたら、A 君
の好きなシール貼りでトイレに興味をもたせ、歌や指数えでコミュニケーションをとり
スムーズに便座に座れるように習慣付け、排尿を促す。
5. 第1期∼第4期において、随時トイレ誘導、排尿サイン・訴えを排泄サイン表に記入す
る。
(第4期においては自らシールを貼ってもらい、時間を記録する)
7.実際の経過と評価
① 期間: 平成 21 年 9 月∼
方法:
初期の本児の様子を知る
・1時間ごとの排泄状況、スタッフとの関わりを確認。
観察状況
反応
遊びに夢中で、声をかけても反応みられない
トイレ誘導
遊びたいため拒否がみられ、走って逃げる。
排泄行為
便器内の排尿はみられない。
評価: 情緒が安定している時は問題ないが、自分のペースを崩された時(遊んでいる時など)
は、制止がきかなくなり、興奮してしまう傾向があり、落ち着きがなくなる。
→ 遊び、活動に入る前にトイレ誘導を行う事にする。
→
1 時間毎にトイレ誘導するも、その都度オムツ内に排尿があるので排尿の予測が難し
い。トイレトレーニングパットで不快感を訴え、出たことを教えるように促す。
2
期間: 平成 21 年 9 月 16 日∼
②
方法: パットの活用
・濡れたら分かるトレーニングパット“トレッピー”を使用。サインを促す。
・随時トイレの誘導、おむつ交換。
・不快感を教えた時は、沢山褒める。
結果
不快の認識
ブルブルと体を揺らしたり、ズボンを触ってスタッフに手をのばし肩をたたく行
為が時々みられ出たことを教えるようになった。
トイレ誘導
泣かないで行けるようになったが、遊びたいためすぐトイレから出ようとする。
排泄行為
トイレでの排尿はみられない。
評価: パットに慣れると、徐々にスタッフに不快を訴える事が出来るようになったが、
遊びたいためトイレ誘導に拒否がみられ、走って逃げる行為がみられた。
→
排泄はトイレでするものであるという認識に結びつけられるよう、トイレへの誘導作りの
工夫を行う。
③ 期間: 平成 22 年 10 月 1 日∼
方法:
トイレ誘導作り
・トイレの写真をカードにし、カードを見せてトイレへ行くことを理解し
ていく。
・トイレに拒否なく行った時、拒否がみられる時のそれぞれの表情・動作
を確認する。
・トイレに誘導した際は必ず『おしっこ出た?』と声掛けする。
・声掛けにて便座に座らせる。
結果
声掛けの反応
声をかけると振り向くようになった
トイレ誘導
トイレカードを見ると、走ってトイレに向かうようになった。
排泄行為
洋便座に座るよう促すと、ふたの開閉や洗浄に興味を持つ
評価: トイレのカードを見せることで、抵抗なくトイレに向かうようになった。
便座には座る時と座らない時があった。
1 時間毎にトイレ誘導、おむつ交換を実施したが、興味がむいていることを中断さ
れると、拒否反応は時々みられた。トイレでの排尿はみられなかった。
→トイレで座れるような興味作りの工夫を行う。
3
④ 期間: 平成 22 年 10 月 25 日∼
方法:
シール貼りが好きなA君にトイレに興味が出るようにシール貼りを導入する。
・日付ごとの排泄サイン表に排尿サインを出したら青のシールを貼り、トイレ
で排尿できたら、赤のシールを貼る。
・貼ったシールに時間を記録する。
結果
声掛けの反応
声をかけると振り向くようになった
トイレ誘導
声をかけると自らトイレカードを手にし、トイレに走って向かうようになっ
た。
洋便座に座るよう促すと、指数えで 30 秒まで座れるようになる。
排泄行為
評価:シール洋式便座に座ると、スタッフの指数えに目を向けるようになり、30 秒まで座れ
るようになる。指数えをしないと身振り手振りでやってと要求するようになる。
トイレに行くとシールに興味を示し、自らトイレに座るようになる。
トイレに座る行為と排尿行為の因果関係の理解はまだ不明瞭なのか、トイレでの排尿
はまだみられない。
【
結果 】
下記の表に平成 22 年 9 月から平成 23 年 1 月現在までの様子をとりまとめた。
第1期
開始時
第2期
パット使用時
第3期
第4期
写真カード使用時
写真カードとサイ
ン表の使用時
ト イ レ へ の 声掛けと誘導
声掛けと誘導
声掛けと写真
自らカードを探す
行くようになった
進んで行くように
自らカードを探し
なった
て行くようになっ
誘導方法
誘導時の
拒否がみられる
反応
た
排泄行動が
なし
座るがすぐ立つ
取れる
不快の認識
なし
時々みられた
30 秒座れるように
30 秒座れるように
なった
なった
よくみられた
頻繁にみられた
(サイン)
トイレでの
側に来て訴えた
なし
なし
なし
なし
毎回排尿あり
毎回排尿あり
毎回排尿あり
毎回排尿あり
排尿の有無
オムツ内の
排尿の有無
4
8.結果
下記の図1のデータから第 1 期において排尿サインは一度も見られなかったが、第 2 期には
7.7%、第 3 期においては 21.4%、第4期にはおいては 25.4%と約 4 回に 1 回以上は何らかのサ
インがみられるという結果となった。
また今回の取り組みにより、トイレへ行くことに抵抗は無くなり『トイレに行こう』と声をか
けると、自らカードを探してカードをスタッフに渡しトイレに向かうようになった。
また、朝の来所時は手洗いを習慣づけているため、トイレの手洗い場に誘導すると、トイレの
便器前に行くようになった。
食後のオムツ交換後は、自由に遊べることを認識し、食後もトイレに行く事が習慣になり、食
後は決まってスタッフに手を伸ばしズボンを触り不快感を訴えるようになった。その頃から、ス
タッフへのコミュニケーションが以前より増え、自分の欲求があればスタッフを呼び、やりたい
ことや行きたい方向に手をのばして訴え、欲求が満たされればスタッフに顔を近づけて笑うよう
になった。
排尿サインを出せたら、A君の好きなシール貼りの導入により、トイレへ行く事への興味が持
てるようになり、スタッフの指数えに目を向け、30 秒まで座れるようになる。指数えをしないと
身振り手振りでやってと要求するようになる。
濡れたら分かるトレーニングパットを使っていない日でも不快サインを多く出せるようになっ
たが、トイレでの排尿は見られなかった。
【
第1∼第4期における排泄サイン 】
下記の表に各期間の平均の排泄サインの集計をとりまとめた。
図 1
5
9.考察
今回の取り組みで、開始時と比べて排尿サインの回数の増加が認められた。これは①不快であ
ることの認識が出来た事 ②トイレへ行くと不快感が解消される事 ③トイレに行くことでシー
ル貼りが出来る という3つの条件が重なったことが増加の理由と考えられる。
このことから、今回の取り組みによりトイレカードとお知らせサイン表は有効だったと考えら
れる。ズボンをさわる行為で不快感を訴えるのはトイレ誘導するのに認識しやすく、現場で排尿
サインについて意識が高まり、排尿サインをとらえる能力の向上が感じられた。しかし、毎回教
えれるわけではないので、サインを見逃さないように排尿お知らせ表を使用し、根気よくかかわ
り続けることが今後も重要である。
排尿行為以外でも、日常生活において物事のサインを出せたり、自分の穿いていたオムツをご
み箱に捨てたり、排泄用タオルがたためたりと少しでも一人で出来たら褒めるととても喜び、自
尊心が芽生えたのではないかと考える。このことにより、A 君に自信を与え、意欲を引き出し、
達成感を持たせることで、褒められたいという欲求から繰り返し行うようになり、それが習慣化
されていくと考える。
トイレに座る行為と排尿行為の因果関係の理解はまだ不明瞭であるため、それに適した排尿介
助が出来るようなケアを検討したいと考える。
10.まとめ
1.
トイレトレーニングには、本事例の精神発達の情緒に左右されやすいので環境も含めた
対応の仕方を見出す事が大切である。
2.
おむつの快・不快感の感覚を養うためには、トレーニングパットは有効であるが、本人
の意識づけのためには頻繁な声掛けが最も有効である。
11.おわりに
トイレカードやお知らせサイン表の活用による排尿介助によってA君の反応の変化、トイレへ
の興味、自尊心の向上、サインを出す能力を伸ばすことが出来た。その過程でスタッフ一人ひと
りの A 君への観察意識が高まり、排尿サインをとらえる能力の向上が感じられた。
今回の取り組みから、カードからの視覚、声掛けからの聴覚、シール貼りによる聴覚等の感覚
から得たものは、脳への刺激となり、度重なる日常生活において体で覚え学習した事で、視覚、
聴覚等の感覚は大変重要だということが分かった。
子どもの健やかな発達を願う者として、子どもの自立を日常生活の排泄、食事という基本的な
面からも支援し、排泄等に表れる子どものサインに気付き、発達を援助するという細かな配慮が
必要とされる。
今後は、家族との連携、他職種とカンファレンスを行い、排尿状況や全体像を理解した排尿へ
の援助を継続し、排尿ケアに努めていきたい。
6
12、参考文献
1) 発達障害児の排泄行動
国木 富美子
2) 短期速効おむつはずれ
Benesse
13.謝辞
本論文の作成にあたり、御指導、御協力していただいた方々に深く感謝申し上げます。
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