日本とネパールの小学校における複式学級の現状比較 鈴木 隆子 要旨 世界中で見られる複式学級(一人の教員が複数の学年を同時に指導する学級運営形 態)だが、先進国と開発途上国では事情が異なる。最も顕著な違いは、複式学級を認知し ているか否かである。教育普及と公正における複式学級の高い貢献度にもかかわらず、多 くの途上国において複式学級は正式に国の学校教育制度としてみなされず、きちんとした 方針も政策もないことが多い。当研究では、日本とネパールを事例として、政策の取られ ている先進国に見られる複式学級と、あまり政策の取られていない途上国に見られる複式 学級の現状の違いを明確にする。教員の複式学級に対する認識と責任を軸にして、 先行文献による国際的な複式学級の現状の多様性を標準類型とし、それに照らし合わせな がら日本における複式学級の現状とネパールの2郡における教室における複式学級の現 状を比較した。結果、途上国一般に比べて、政策の取られている日本ではプラスの多様性 が見られ、あまり政策の取られていないネパールではマイナスの多様性が見られた。 【キーワード】 複式学級、初等教育、ネパール、小規模校、僻地教育 1. はじめに 今日の教育開発の最も大きな開発目標の一つは、万人のための教育である。1990 年にタイ で開催された「万人のための教育(EFA)世界会議」や 2000 年にセネガルで開催された「世 界教育フォーラム」を始めとした議論の場を通じて構築された世界のコンセンサスは、地球上 の全ての人に質の高い基礎教育を受ける機会を保障することが、地球市民が取り組むべきグロ ーバルイシューであるということを確認させた。これを受けた国際社会や各国家の努力により、 近年急速に初等教育の普及は増加してきた。 2005 年度(推定)の初等教育における純就学率(NER)は、太平洋・東アジアは 93%であ る。同様に欧州・中央アジアは 91%、中南米が 95%、中東・北アフリカが 90%、南アジアで は 86%、サブサハラアフリカで NER66%である(World Bank, 2006) 。このように、世界の ほとんどの地域が 9 割程度、アフリカでも 6 割強の初等教育普及率という順調な伸びを見せて いる一方、残り数パーセントが取り残されていることがわかる。ミレニアム開発目標(MDGs) の2015年まで後数年となった今日、残る課題は、残りの数パーセントの取り残された子供 たちへの教育の普及、それも質の高い教育の普及である。 それでは、これらの残りの数パーセントとは一体どのような子供たちなのだろうか。それは 都市から離れた僻地、過疎地、山間地、離島など政策や交通等がアクセスしにくい辺境の地に 住む住人、農村や都市スラムの貧困層、点在する少数民族コミュニティ、近代学校教育制度に 伝統的な生活形態が馴染まない遊牧民等、限られた条件の中では通学の優先順位が低い女子児 童など、もっとも社会的に弱い立場の子供たちである。これらの子供たちの多くが住む僻地に ある小学校は、たいていの場合が小規模校であり、教員数や児童数の少なさから、授業は複式 学級で運営されていることが多い。複式学級とは、一人の教員が複数の学年を同時に指導する 学級運営形態である。多くの場合これらの人々にとって、複式学級校は唯一の教育へのアクセ スとなっていて、各国における複式学級を含む小学校数は想像されるよりも高い(Berry, 2001) 。 たとえば、 1998 年におけるインドの小学校の 62.03%は複式である (Warnalekha, 1999)。 1998 年、ペルーでは 78% (Hargreaves et al., 2001)、1999 年スリランカでは 63%である(Little, 2001)。したがって、初等教育の普遍的普及のために複式学級の果たすことのできる役割は大き い(Brunswic and Valerien, 2004) 。 遠隔地における複式学級の役割は、実は開発途上国だけに限らない。世界のほとんどの国に 複式学級は存在する。複式学級は先進国・途上国に関係なく、世界のほとんどの国に存在し、 その数は多くの人が想像するよりもずっと多い。もちろん日本も例外ではない。2006 年度、日 本の小学校数は 22,878 校であるが、その 1 割強にあたる 2,406 校は複式学級を含む学校で、 そのうち 849 校は複式学級だけで構成される学校である(文部科学省、2006) 。複式学級の存 在しない都道府県はひとつもなく、全国の複式学級数は 6,420 学級に上る。最も多いのは北海 道の 1,134 学級、次いで鹿児島県の 529 学級、三位は岩手県の 311 学級である。岩手県の 435 小学校のうち、34.8%に当たる 151 校が複式学級をもつ学校である。首都圏・関西圏も例外で はなく、東京都に 19 学級、大阪府で 22 学級の複式学級が存在する。日本の複式学級のほとん どは連続する 2 学年で 1 学級が構成されているが、中には 3 学年、4 学年で構成される学級も 存在する。2005 年度までは、6 学年で 1 学級を構成する学校も1校だけ存在した。このように、 日本においても、複式学級はへき地教育において重要な役割を果たしている。 このように、世界中で見られる複式学級だが、先進国と開発途上国では、状況が幾分異なる。 そのもっとも顕著な違いは、複式学級を認知しているか否かである。教育普及と公正における 複式学級の高い貢献度にもかかわらず、多くの途上国において複式学級はネガティブに受け止 められ、正式に国の学校教育制度としてみなされず、きちんとした方針も政策もないことが多 い。これが途上国における複式学級の問題の本質である。 日本でもネガティブな先入観は根強いものの、僻地手当や助成といった側面支援や、研究会 や複式用の授業計画等、積極的な対応がとられている。まず文部科学省は全国の複式学級数を 把握している。その上で各自治体では複式学級用にカリキュラムの再編成や僻地手当の交付な ど特別の教育学的施策を講じたり、スクールバスを運行するなど運営面で工夫したり、あるい は統廃合などで複式学級を解消したり、何らかの方針と対策をとっている。茨城大学教育学部 附属小学校では、あえて複式学級を設けて教育研究を行っている。現実的に存在する複式への 対応だけにとどまらず、自主的な学習の習慣、グループ学習による協調性、各自のペースによ る学習、インターネットの活用等を通じて、人間力をつける先端的な教育になる可能性も秘め た教育学的手法として、複式学級を捉えているのである。日本だけではなく、例えば英国でも 年齢と能力が必ずしも比例しない、従って学年別が必ずしも学習に最適なグルーピングではな いという概念の下、年齢別の輪割りの学級編成ではなく、あえて年齢に関係なく様々な分野の 能力別の縦割りの「Vertical class」によって学級編成をする試みがなされている。この背景の 下、学年に関係なく、独自に学習を進める日本の「公文式」が注目を集めている。 これに対して、途上国の多くでは、複式学級の実態が認識されていないか、あるいは仮に実 態が認識されていても、複式学級は積極的な選択ではなく、仕方なくあるいは結果的に複式学 級になってしまっていると認識されていることが多いので、現場の教員や児童のニーズについ てはほとんど考慮されていない。その理由は、世界の教育制度のほとんどは学年制を用いてお り、単式学級の運営が前提とされるからである(Little, 2001)。それが標準であるという認識が 一般的なので、先進国(あるいは都市)は標準的な単式学級の恩恵を授かり、自分たち(途上 国あるいは農村部)は仕方なく標準以下の複式学級で甘んじなければならない状況にあるとい うある意味被害妄想的な認識をもち、それに甘んじたくない、受け入れたくないと考えている 傾向にある。したがって、研究、カリキュラム、評価、奨学金、指導要領、情報ネットワーク などにおいて、複式学級はたいてい含まれていない(Ibid.)。 その結果、途上国の複式学級教員は特別な支援を受けず、必要な教員訓練も受けていないこ とが多い(Rowley and Nelson, 1997)。したがって、教員は単式制度(学年別指導の教員養成、 学年別教科書、学年別学級編成等)と自らの現実である複式学級(同時に複数の学年を教える) の狭間で、どうすればいいのかわからないまま一人で立ち向かわなければならないのである。 だから教員は独自の判断でそれぞれ学級運営をする(Wright, 2000)。その結果複式学級の運営 は多様化し、その実態は学校ごと、教室ごとに異なる。独力なので、教育学的にはあまり好ま しくない方法がとられることもある。時には、せっかく遠くから重い教科書を担いで登校した のに、一日中ただ何もしないで待っているだけの日がある。そんな日が続くと、学校に行って も退屈なので、登校しないで退学してしまう児童が出てくる。ネパールのある教員は、自習学 年に自習課題を与えるとき、交代で教える順番によっては、まだ習っていない単元の練習問題 を与えてしまうことがある。そうすると、児童は問題がわからないので、だんだん勉強が嫌い になる。そうすると、児童は授業がわからないので、だんだん勉強が嫌いになり、やる気を失 くし、退学につながっていく。 しかし、このような状況の中、もし複式学級の現状が多様なのであれば、全国一斉教員訓練 などのような画一的な施策が果たして有効なのだろうか。単式学級と比較した場合、その応用 となる複式学級が多様なことは推測できるが、政策の取られている先進国と取られていない途 上国の複式学級の間にも差があるのではないだろうか。そこで当研究では、日本とネパールを 事例として、日本と比較しながらネパールの複式学級の現状がいかに多様なのかを明確にする ことを目的とする。この目的のために、次の三つのポイントについて考察していく。はじめに 途上国全体における複式学級の現状と動向について概説を踏まえたうえで、日本における複式 学級の現状と動向について紹介する。次にネパールの2郡における教室における複式学級の多 様な現状を描写する。最後に多様な実態がどのような構造をなしているのかを、教員の複式学 級に対する認識と責任を軸にして、日本とネパールの比較をしながら分析する。 2. 途上国における複式学級の動向 教育政策において複式学級に関する方針を明確に打ち出している途上国は非常に少ない。表 1 の対象 21 カ国のうち、公式に複式学級の教育学的な役割について認識し、明確な方針を打ち 出しているのは、コロンビア、インドネシア、フィリピン、ウガンダ、ベトナムの 5 カ国だけ である。 コロンビア政府は 1967 年、過疎地において一人の教員による小学校、ユニタリースクール を奨励する方針を発表した (Colbert, 1993)。インドネシアは、複式学級と一教員の学校に対し て、その特異性を認め、評価における複式学級と単式学級の間の適合性や、コミュニティの協 力要請などに関して規定している(Birch et al., 1995)。 フィリピン政府は「National Development Plan 1993-1997、the Department of Education, Culture and Sports (DECS)」において、国家政策として積極的に複式学級を増加させる方針 を打ち出した(Ibid.)。その中で「混合学級および複式学級によって全公立小学校を完全学校と し、初等教育の普及を増加させる」と記されている(Miguel and Barsaga, 1997)。 ウガンダ教育省は 1987 年「教育政策評価団」の調査報告を受けて、教育が抱える現実問題 を解決するためのひとつの制度として複式学級を含めた (Odyek-Ocen, 2000)。 同様にベトナ ム政府は 1993 年の法案で複式学級を制定化した。これによって、複式学級教員の特別手当等 が規定され、複式学級は教育を望む全ての子供たちに門戸を開けることが義務付けられた (Birch and Lally, 1995)。 これに対して、表 1 の残りの 16 カ国は小学校における複式学級の割合が高いにもかかわら ず、複式学級に関する明確な方針を表明していない。これらの国では政策議論にまで至る程、 複式学級に対して関心を示していないのである。一方で現実にある膨大な数の複式学級は無視 できないので、政策としての立場を確立していなくとも、ランダムに多様な対応がその場その 場でされている。例えば、中国では少数民族に対する特別方針の一環として複式学級を導入し ている(Ibid.)。インドでは 1986 年「オペレーション・ブラックボード」という国家政策におい て地方の小規模学校政策について謳っている。実質的にはそれらの学校は複式学級であるが、 政策の中では特記されていない(Goyal, 1989)。メキシコの 1995 年「教育開発プログラム」は 貧困層の教育政策の中で、現実には対象校は複式であるが、複式学級の明記はない(Tatto, 1999)。 1998 年に開始されたぺルーのプロジェクトも同様である(Hargreaves et al., 2001)。 表1 21 カ国の途上国の小学校における複式学級の割合と国家政策の有無 国 小学校に占める割合 政策の有無 バングラディッシュ 高い (1989) ベリーズ 35.27% (1993) 中国 12.12% (1986) コロンビア n/a インド 62.03% (1998) インドネシア 20,000 校 (1989) ジャマイカ n/a 韓国 7% (1982) リベリア n/a マレーシア 1,540 校(1989) モルディブ 高い (1989) メキシコ 22% (1980s) ネパール 学校あたりの教員数 3.8 人 (1998) パキスタン 学校あたりの教員数 2.3 人(1989) ペルー 78% (1998) フィリピン 5% (1993) スリランカ 63% (1999) タイ n/a ウガンダ n/a √ ベトナム 17% (1999) √ ザンビア 26% (1984) √ √ √ 出典: Birch and Lally, 1995; Colbert et al, 1993; Cummings, 1986; Hargreaves et al, 2001; Lally, 1995; Little, 2001, 1995; Lungwangwa, 1989; Miguel and Basarga, 1997; MOE, 2000; Odyek-Ocen, 2000; PROAP, 1982, 1989; Ratnaike, 1987; Swarnalekha, 1999; Tatto, 1999a; Wright, 2000. これらの国々では、結果として複式学級を含む個別プロジェクトやプログラムを実施してい たとしても、明確な国家支援の後ろ盾がない場合が多い。その結果、複式学級に関する戦略や 手法は、長期的なビジョンや一貫性を欠くこととなり、戦略が多様化あるいは分散化する傾向 にある。国家的な支援の裏づけがないので、専用の教員訓練や特別な教室や教材など、複式学 級を考慮した制度や戦略は、一部の複式学級に関する政策策定がされている国や複式学級のた めのプロジェクトが実施されている地域を除いて、ほとんどの学校で導入されていないといっ ても過言ではない。 これらのほとんど支援を受けない複式学級では、どのような学級運営がされているのだろう か。認識されることが少ないため、あまり多くの資料は残されていないが、Lally(1995)と Little(2001)は、先行文献のレビューから複式学級の現状を 2 種類に分類している。多学年混 合学級と学年別学級である。前者は、複式の学年から成る複式学級をひとつの混合学級として 捉え、履修する児童全員に対して一斉に教授する。後者は、複式学級に含まれる複数学年を学 年別に分けて指導する方法である。 混合一斉授業にする場合、音楽、体育、図工のような、段階を踏まなくともある程度一緒に 行うことができる科目が多いようである。ザンビアでは、三つの学級運営が報告されている ( Lungwangwa, 1989) 。一つ目は「科目別」で、音楽、図工、宗教、社会は複式学級全体をひ とつのグループとみなし、一斉授業をする。二つ目は「共通時間割」で、全学年の児童は同じ 科目を学習するが、別々の異なる課題に取り組む。三つ目は「科目別」で、各学年の児童は、 異なる科目を別々に学習する。フィリピンでも、国語、英語、算数は学年別、音楽や図工は一 斉授業が報告されている(Miguel and Barsaga, 1997)。著者が参観したボリビアの二つの学校 では、伝統文化、フォークダンス、民謡は一斉授業、その他の科目は学年ごとに別々に指導さ れていた。ベトナムでも体育が一斉授業で行われている(Aikman and Pridmore, 2001)。タイ でも、混合学級で同一科目を一斉授業することがあり、場合によっては能力別に小グループが 形成される(Yeerong, 1989)。ベリーズでも、多くの教員が算数や国語は学年ごとに別々に指導 するが、社会や理科は一斉授業をしていると 1993 年の調査が報告している(Nielsen et al., 1993)。 しかし事例をいくつか調べてみると、一斉授業ではなく学年別に指導する場合、主体クラス (直接指導)とサブクラス(自習)に分けて、主体クラスを中心に教授するというケースだけ ではないようである。メキシコのある農村の複式学級では、教員は最初の数分間に学年 A に説 明をした後、練習問題等自習課題を与え、学年 B の指導を数分間する。最後に自習課題を与え て、学年 A に戻り、答え合わせ等を行い、その後学年 B に戻る。学年 C が存在する場合は、 A,B,C と巡回する。これを時間中に可能な限りコンスタントに繰り返す(Tatto, 1999)。ベトナ ム北部の P.N.小学校でも、ひとつの教室の四方の壁にそれぞれ黒板があり、児童はそれぞれ学 年別に壁の方を向いて座っていて、一時限中に教員が順番に一学年数分ずつ回って、課題を与 えて自習させて一巡した後、もとの学年にもどり監督や答え合わせを行う。一時限の間に教員 は 2 年生を 3 回、3 年生を 2 回巡回した(Aikman and Pridmore, 2001) 。同様にベトナム南部 の学校の 3-4 学年の複式学級において、一時限の間に各学年 3 回ずつ教員が巡回したと報告さ れている(Thanh and Le, 2000)。 以上のことから、途上国における複式学級の運営方法には大きく分けて(1)一斉授業、(2)直接 指導と自習、(3)巡回指導の 3 つの傾向が見られることがわかる(表2) 。 表2 途上国における複式学級運営の三つの傾向 指導の形態 学級の運営方法 1 一斉授業 教員が学級全体を一つの混合学級として直接同時に指導 2 学年別 1 学年は直接指導、他学年は自習 3 学年別 1 時限中に異なる学年を交互に数回ずつ巡回指導 一つ目は複式の学年から成る複式学級をひとつの混合学級として捉え、児童全員に対して一 斉に教授する方法である。混合にする場合、音楽、体育、図工のような、段階を踏まなくとも ある程度一緒に行うことができる科目が多く、混合学級内における学年の異なる児童に対する 差別化は、たいていの場合見られない。 二つ目は複式学級を学年別に指導する方法で、ひとつの学年は教員が直接指導するが、他の 学年は自習させる。日にちや授業内容によって、直接指導を受ける学年が異なる。初めて習う 単元や説明を要する内容は教員が直接指導し、練習問題や復習のような独力でできるものは自 習させる。 三つ目も複式学級を学年別に指導する方法だが、学年ごとの指導量を差別化せずに、直接指 導時間と自習時間を平等に分配する。一時限中に、異なる学年から成る複数グループを交互に 数回ずつ巡回指導するのである。例えば、最初の数分間に学年 A に説明をした後、練習問題等 自習課題を与え、学年 B の指導を数分間する。最後に自習課題を与えて、学年 A に戻り、答え 合わせ等を行い、その後学年 B に戻る。これを時間中に可能な限り繰り返し、異なる学年から 成る複数グループを交互に数回ずつ巡回指導するのである。 3. 研究の方法 当研究は文献調査とともに、日本の愛知県東賀茂郡(調査当時)と長野県下伊那郡及びネパ ールのヌワコット郡とカブレ郡において実施された現地調査による事例研究に基づく。 2007 年度、愛知県には 457 の複式学級が、長野県では 71 学級が編成されている(文部科学 省、2007)。両県とも 2 個学年のみの編成である。文献が豊富なため、主に調査は文献が主流 であるが、その再確認をするため事例調査も実施した。1998 年、愛知県東賀茂郡A町の小学校 10 校中2校が複式学級を含んでいた。2007 年、長野県下伊那郡B村には小学校 1 校があった が、複式学級は編制していなかった。しかし全校生徒数が 38 名という小規模校なので、音楽、 体育、図工は 2 学年の連学で学級編成を行っていた。当調査では、A町、B村それぞれ一校ず つ、計2校において学校の運営状況について教員に聞き取り調査を行い、B村の小学校におい て5、6学年の連学合同学習の授業観察を行った。 ヌワコット郡とカブレ郡は首都カトマンズ近郊に位置するが、2000 年ヌワコット郡の小学校 の 94.6%、2001 年カブレ郡の 84.71%が複式学級である1。最初に 14 校の複式小学校を訪問 し、校長 14 名と教員 33 名から聞き取り調査をした。うち5校を選出して1週間ずつ授業観察 を行った。聞き取りと授業参観のデータを分析して、5つの複式学級運営パターンに分類した。 この結果は、先の訪問した 14 校の教員 33 人からの聞き取りと、対象地域全小学校教員 108 人 を対象にした質問票によって確認された。 これらの結果に基づき、日本とネパールの複式学級の現状を教員の複式学級に対する認識と 責任を軸にして類型化し、途上国に関する先行文献に基づく類型を標準としながら、日本、ネ パールの事例類型を比較し、ネパールの複式学級の多様性の実証を試みた。 4. 日本の複式学級 日本の複式学級の要因は、主に少子化や過疎化などによって、一学級あたりの児童数が少な いことである。国が定める学級編成基準に照らし合わせ、児童数が著しく少ない等特別の場合 は、複数学年の児童を一学級に編成することができる2。「公立義務教育諸学校の学級編成およ び教職員定数の標準に関する法律第 3 条(昭和 33 年法律第 116 号)」によると、「小学校で は、2の学年の児童数の合計が 16 人以下の場合 1 学級編成とする。ただし、第一学年の児童 を含む学級にあっては 8 人以下を 1 学級編成とする。」と定められている。しかし複式学級の 編成基準は各都道府県教育委員会によって学級編成の基準を設定することが可能なので、この 法律に準拠している都道府県もあれば、各地方の状況に応じた学級編成基準を設けている地方 もある。また、個別の学校の事情に応じることができるように、市町村別の教職員定数等の範 囲内で、学級編成の弾力的運用が認められている。愛知県では 18 人以下の場合 1 学級編成と し、第一学年の児童を含む学級は 7 人以下を 1 学級編成と設定している(鈴木、1999)。長野 県では9人以下の場合 1 学級編成とし、第一学年の児童を含む学級は4人以下を 1 学級編成と 設定している(聞き取り結果、2008)。 複式学級における学習指導法は、3つの類型に分類される(北海道立教育研究所と北海道教 育大学、2001)。まず、同じ科目・単元を同時に複数学年の児童の指導する「同単元指導」が ある。同単元指導の中でさらに、学年別カリキュラムを 2 年毎に再編成したり、類似単元を組 み合わせたりするなどして、同じ単元を対象に、複数学年の児童の既習事項の習得状況の違い や発達段階を踏まえながらも同時に学習活動を行う「同内容指導」と、割り算という単元でも、 学年によって小数と分数のようにそれぞれの学年の学習対象に差別化を行い、異なる段階の学 習活動を行う「類似内容指導」に分かれる。この指導法は、共通の指導場面を設定することに よって複式学級の一体感が出る他、協力的な学習の場を設定しやすいという長所がある。しか し一方で、カリキュラムの再編成や計画案において同単元あるいは類似単元を組み合わせると いう事前準備が求められる。 次に学級の枠を越えて、複数学級の児童が一緒に学習する「合同学習」がある。これは、主 に体育のボール運動や音楽の合唱や楽器合奏などある程度の集団を必要とする学習活動に用い られる。学級ごとに楽器のパート練習を行い、合同で合奏する場合もあれば、ボール競技にお いて両チームの力量の差を同等にしながら学年混合のチームを編成し、対戦することもできる。 既習の差や発達段階をあまり考慮しなくて済むので、比較的容易で、かつ一体感が出せる手法 といえる。 最後に、それぞれの学年に別々の異なる科目・単元を指導する「学年別指導」がある。つま り、教師が一方の学年に直接指導している間は、他の学年はリーダーを中心に自主的に自習(間 接指導)をする。教員は個別に学習活動をしている複数学年を同時に指導しなければならない ので、直接指導と間接指導の間に学年間を交互に移動することになる。この教師の移動を「わ たり」と呼ぶ。それぞれの学年は、直接指導と間接指導の順番によって、学習の問題把握、解 決努力、定着、習熟・応用の順番がずれていく。この学習過程の各段階をずらして組み合わせ ることを「ずらし」と呼ぶ。「わたり」には大きく3つの類型に分かれる(士別市立中士別小 学校、2001)。ます、児童の状況を見ながら必要に応じて柔軟に回数を固定せずに行う「わた り」である。次に、計画された「わたり」である。問題把握、解決努力、定着、習熟・応用の 4 つに授業を等分し、その段階が終わる度に移動する。最後に、ひとつの学年に直接指導の重 点を置き、他の学年は授業の大半を自習することになる。これらの分類を表にしたものが表 3 である。 長野県B村の小学校の 5,6 学年の体育の授業は「合同学習」により「同単元指導」であっ た。教員が 5 年生担任、6 年生担任の 2 名いること以外は、複式学級の合同学習と同様の形態 である。児童数は 5 年生 3 名(男子1、女子2)、6 年生 7 名(男子1、女子6)の計 10 名 (男子2、女子8)で、5 名ずつに分かれて、ボール競技の対戦を行った。チーム編成は、単 元のはじめの方は教師が男女差や能力差に応じて均等になるよう編成していたが、後半は 6 年 生の二人をキャプテンとして任命し、空間ポジショニング、足の速さ、根性などを考慮して、 児童たちが自主的に決めた。授業観察を行った日の成績は、1 勝 3 敗 1 引き分けだったが、教 員によると、指導の上で気になるのは学年差よりも各人の身体能力の差という。たしかに傍か ら見ている限り、どの子がどの学年かは不明である。単元は 5,6 年生で 10 コマで、2 年サイ クルで回ってくる。国語や算数と違って、既習内容にあまりかかわらないので、児童にとって 学年差があまり影響しない手法であるとともに、教師にとって負担が最も軽い授業形態である といえる。 表3 日本における複式学級運営の類型 指導の形態 学級の運営方法 1 同単元指導 教員が学級全体を一つの混合学級として直接同時に指導 2 合同学習 1 学年は直接指導、他学年は自習 学年別指導 3 (頻繁にわたり) 1 学年は直接指導、他学年は自習 学年別指導 4 (交互にわたり) 1 時限中に異なる学年を交互に数回ずつ巡回指導 学年別指導 5 (一学年に重点) 1 時限中に異なる学年を交互に数回ずつ巡回指導 5. ネパールの複式学級 ネパールの複式学級の要因は、教員あるいは教室不足などの本来はあるべきものが不足して いるという一時的な問題が要因となって、しかたなく結果として生じているだけで、あくまで も緊急的な一時的処置としてみなされている。したがって複式学級はあまり認識されておらず、 その実情も把握されていない。そのため、ネパールの国家政策において、複式学級は正式に明 記されていない。正確な統計も出ておらず、複式学級を教育学的に捉えた包括的な戦略も実施 されていない。しかし現実的にネパール全小学校(1-5 学年)の学校あたり平均教員数は 3.8 人(1998 年)であり(MOES, 2000)、実質的な複式学級数は相当な数に及ぶことが推測される。 この現状に対応するために、短期的な現職教員訓練が実施される場合もある。つまり、ネパー ルでは複式学級は包括的かつ長期的なビジョンを欠き、方策は一時しのぎの応急処置的な対応 であることが多い。複式学級の小学校 8 校を対象にした調査においても、 「一斉授業」 「直接指 導と自習学習」と並んで「一学年ずつ交代で順番に教員が巡回指導」が報告されている(CERID, 1988)。今回の事例研究では個別事例を比較的長期的に観察することにより、その全体的な枠組 みの中で、さらにどのようなことが起こっているのか、詳細について把握しようとするもので ある。 事例調査対象5校の複式学級の現状は、設備、組み合わせる学年のコンビネーション、席の 形態などによって、各学校・学級によってまちまちであったが、大きく5つのパターンに分類 することができる。 まず第一パターンは、教員が順番にひとクラスずつ授業を行う方法である。たとえば、その 学校の 5 学年に対して教員が4名の場合、1 時限目に各教員が 1 年生から 4 年生までひとりず つ担当し、5 年生は待機となる。この場合 5 年生に対して自習課題が与えられることはまれで、 自習時間というより放置された状態となる。2 時限目に各教員は対象学年を変え、各自 2 年生 から 5 年生まで教授し、その間 1 年生が待機時間となる。これが順番に続いていく。このよう にして毎時限余剰学年を待機させておくことで、1 時限中に授業をする学年の数を教員の数と そろえ、1 学年 1 教員 1 教室の状態を作り出すことによって、単式授業を実施しているのであ る。 このパターンでは複式を単式に移行させることでクラス運営しているので、 「複式学級」とし て目に見える形の提示は困難だが、第二から第五パターンは「複式学級」と認識できる体形が あるので、図を示しながら説明する(図 1) 。比較しやすいよう、2 学年を対象とした複式学級 の場合を図説する。 図 1 一時限中の第二から第五パターンの複式学級のクラス運営 50% 自習課題 教員 教員 50% 集中授業 第二パターン 第三パターン 教員 教員 第四パターン 第五パターン 第二パターンでは、教員は 1 時限を等分に前半と後半の二部に分け、一学年ずつ順番に教授 する。たとえば 1 時限が 40 分の場合、最初の 20 分は 1 学年を対象に教授し、もう一学年は待 機する。多くの場合、自習課題は与えられない。20 分後、最初の学年の授業を終え、次の学年 の指導に当たる。最初に指導を受けた学学年は自主学習課題を与えられないが、授業の最後に 宿題が出るため、この待機時間に宿題に取り掛かる子供もいる。しかし、やるかやらないかは 各児童の主体性による。このパターンでは、2 学年が異次元の時間をシェアするため、各学年 の授業時間は半減する。 第三パターンは、 「複式学級」対象の学年をメインクラスとサブクラスに分け、まず 1 時限の 最初の約 5 分にサブクラスに行き、自習課題を与える。そしてメインクラスにいき、授業を行 う。時限の最後にサブクラスに戻り、自習課題の点検を行う場合が多い。メインとサブクラス の切り替えは、科目や単元によって入れ代わる。単元最初の説明を要する内容の学年や科目が サブクラスとなり、練習問題や応用問題など自主的に取り組むことが可能な場合はサブクラス となる。 第四パターンは、教員は「複式学級」の学年の教室を数回往復して、交互に教授する。たと えば、最初の 5 分一学年に授業内容の説明を行い、練習問題を与えた後、次の学年の教室に向 かう。そこで 5-10 分授業を行い、練習問題を与えてから、最初の学年に戻り、授業を再開する。 数分後再び練習問題を与えて、次の学年で授業をする。これを 1 時限の間に数回繰り返す。 第五パターンは、学年別にクラスを分けず、2 学年をひとつの混合クラスをして同時に単一 内容の一斉授業する。音楽や体育などの科目に採用されることが多い。 これらのクラス運営の違いは、教員の複式学級に対する責任感の程度の差によって表れるの だと推測される。教室の数や席の配置、学年の組み合わせなどが「複式学級」を異なる時間と 空間によって区切り、その条件が各教員の「複式学級」に対する責任の領域を決定させている。 条件と教員の責任の度合いの関係をまとめたものが表4である。 表 4 複式学級運営の特徴と複式学級の多様性 複式学級運営の パターン 特徴 「複式学級」の 同時に二学年を担当 同時に二学年を教 認識 している認識 授する責任 全教員の授業時間を学年数 1 で分配 2 1 時限を二部に等分 √ 3 メインクラスとサブクラス √ √ 4 交互に数回ずつ指導 √ √ √ 5 一斉授業 √ √ √ 第一パターンでは、児童は異なる教室に学年別に配置されている。そして教員は順番に一学 年ずつ指導するので、この学校には「複式学級」と認定されるべきクラスは存在しない。した がって教員にはひとつの時限に一学年を担当しているという認識しかなく、複式授業をしてい るという認識はまったくない。実際には教員数よりも学年数の方が多いので、毎時限一学年あ るいはそれ以上の学年の児童が待機するという犠牲を払っているのだが、どの教員にも待機学 年を担当しているという認識がないのだから、その待機学年の児童に誰も責任を持っていない。 したがって誰もその待機学年の児童に自習課題を与える責任を持っていない。結果としてその 学年の児童は自分たちの順番が来るまでじっと待たなければならないということになり、その 学年の同時指導責任は果たせていないことになる。 第二パターンでは、教室数が学年数に足りず、二学年以上が同じ教室に配置されている。物 質的に「同じ教室という空間領域にいる複数の学年」として、 「複式学級」は認識されている。 したがって担当教員は自分が、複数の学年を同時に担当しているという認識がある。しかしそ の時限という時間を二分割することによっておのおの単式授業を行っており、待っている学年 に対して自習課題を与えないことから、同時に二学年を教授しなければならないという責任は 欠落している。したがって複数学年の同時指導責任は果たせていない。 第三パターンでは、 「複式学級」をメインとサブクラスという形で認識している。サブクラス に自習課題を与えることで、二学年以上を同時に担当するという責任は認識している。しかし、 自習課題の量と内容が不十分であるため、一時限全部をカバーしきれず、実際には二クラスの 同時指導責任を果たせていない。 第四パターンでは、 「複式学級」と認識された学年を同一時限に巡回している。交互に数回教 室を巡回することで、担当すべき複数学年の指導をしている。第三パターンとの違いは、数分 という短い時間単位で交互に指導するため、自習時間の有効利用が可能になっている。その結 果複数の学年の児童が学習時間の犠牲を最小限になり、教員は同時指導の責任を果たしている といえる。 第五パターンでは、 「複式学級」と認識された複数の学年をひとつにまとめ、同じ教室におい て授業がされている。教員はその複数学年すべての児童を担当しており、同時に指導している。 同時に一斉授業がされているので、全ての児童に自習時間がなく、教員は同時指導の責任を果 たしている。 6. 日本とネパールの比較 以上の日本とネパールの類型を照らし合わせたものが表5である。大まかに分けると、内容は、 文献の3類型にほぼ合致しており、合同学習(一斉学習) 、学年別(交互にわたり) 、学年別(直 接指導と自習)である。先行文献から分けた類型は 3 種類だったので、事例研究により、さら に細かい分類が可能になったことになる。日本は 5 類型、ネパールは 5 類型なので、同数であ る。しかし、よく比べてみると、日本とネパールには違いがある。先行文献による途上国の動 向(B,C,D,E)を基準とした場合、ネパールは表の下方(F,G)に広がりを見せている。一方、日 本は表の上方(A)に広がりを見せている。これはどのような意味を持つのだろうか。 表4と5の特徴と教員の複式学級に対する配慮や責任の程度を整理すると、表5のAからG までの 7 パターンは、GからAにかけてはしごのように順番に上がっていく(図 2) 。先行文献 による途上国の動向(B,C,D,E)を基準とした場合、ネパールは表の下方(F,G)に広がりを見せ ている。一方、日本は表の上方(A)に広がりを見せている。 教員の複式学級に対する責任と配慮はGからAにかけて上昇する。G(第一パターン)では 「複式学級」の認識さえされていない。F(第二パターン)では認識はされているものの、そ の認識された複数学年を同時に担当しているという責任の認識はない。E(メインとサブクラ ス)以降では、 「複式学級」の認識も同時指導の責任も認識はしているが、よほどの配慮がない 限り、結果として同時指導しきれていない。それに比べてB,C,D(交互と合同学習)は、 その時限内での複数学年の同時指導ができている。さらにA(同単元指導)では、同じ単元を 同時に指導することにより同時指導が可能になっていると同時に、綿密な計画と準備により、 各学級への個別対応も可能にしている。合同学習も同時に一学級として指導するが、科目が限 定される他、単式と同等化することにより、各学年への個別対応はとりにくくなる。つまり、 GからAにかけて、複式学級に対する認識、責任、配慮が上昇していくのである。 表 5 日本における複式学級運営の類型 ネパール 途上国の動向 A 同単元指導 A B 日本 パターン5(一斉授業) B 合同学習 (1)一斉授業 C 学年別指導 C パターン4 (頻繁にわたり) (3)学年別指導 (交互に数回ずつ指導) D 学年別指導 (交互に巡回指導) D E (交互にわたり) パターン3 E 学年別指導 (2)学年別指導 (メインとサブクラス) (一学年に重点) (直接指導と自習) パターン2 F (1 時限を二部に等分) パターン1 (全教員の授業時間 G を学年数で分配) このように、まん中の3つ(BCD、E、F)が途上国における複式学級の標準類型だとす ると、Aを含む日本や文献ではあまり紹介されないF,Gを含むネパールは、文献による標準 類型よりも多様化していることを示している。さらに、日本のAは、はしごの上方に位置する ので、標準よりもさらに複式学級に対して深い配慮と責任感が伴う傾向にある。一方、標準よ りもはしごの下方に分布が伸びているネパール(F,G)は、標準よりもさらに複式学級に対 する認識や責任が乏しい傾向にあるといえるだろう。 図 2 複式学級のはしご A (日本) 同単元指導 責任があり、同時 にかつ学年別指導 B,C,D (標準) できている。 第4,5パターン 責任があり、同時 E(標準) 指導できている 第3パターン 責任はあるが管 F (ネパール) 理し切れてない 第2パターン 「複式学級」の G (ネパール) 担当責任なし 第1パターン 「複式学級」の 認識なし 低い⇐ 複式学級に対する配慮と責任 ⇒ 高い 7. おわりに 第一節で述べたように、世界中で見られる複式学級だが、先進国と開発途上国では事情が異 なる。そのもっとも顕著な違いは、複式学級を認知しているか否かである。教育普及と公正に おける複式学級の高い貢献度にもかかわらず、多くの途上国において複式学級はネガティブに 受け止められ、正式に国の学校教育制度としてみなされず、きちんとした方針も政策もないこ とが多い。これが途上国における複式学級の問題の本質である。 当研究では、日本とネパールを事例とすることで、政策の取られている先進国に見られる複 式学級と、あまり政策の取られていない途上国に見られる複式学級の現状の違いを浮き彫りに することを目的とした。単式が基本である教育制度において、その応用である複式学級は、お のずと基本形よりも多様化することが推測される。その多様性の度合が、政策の取られている 先進国と、あまり政策の取られていない途上国では異なるのではないかという疑問に答えるた め、日本と比較しながら、ネパールの複式学級の現状がいかに多様なのか、そしてその多様性 はどのような方向性を持つのかを明確にすることを試みた。国際的な複式学級の現状の多様性 を標準類型とし、それに照らし合わせながら、日本における複式学級の現状とネパールの2郡 における教室における複式学級の現状を、教員の複式学級に対する認識と責任を軸にして比較 した。 日本の複式学級の要因は、主に少子化や過疎化などによって、一学級あたりの児童数が少な いことである。つまり、教育の供給側よりも需要側が少ないというバランスである。一方、ネ パールの複式学級の要因は、児童あるいは学級数に対して、教員あるいは教室が不足するとい う、供給側の不足に起因する。教育を供給する側が不足しているのだから、通常よりも教育サ ービスの低下が生じる可能性が高くなる。しかも、それは一時的な問題とみなされるので、抜 本的な対策は取られず、緊急的な一時しのぎ処置として扱われる。その結果、そのための政策 や対策が取られないので、教室における複式学級の形態は、各学校、各教員にゆだねられるこ とになるので、多様性はますます増加することになった。 図2は、それを実証するとともに、どのような構造かを示している。まん中の3つ(BCD、 E、F)が途上国における複式学級の標準類型だとすると、Aを含む日本や文献ではあまり紹 介されないF,Gを含むネパールは、文献による標準類型よりも多様化していることを示して いる。さらに、日本のAは、はしごの上方に位置するので、標準よりもさらに複式学級に対し て深い配慮と責任感が伴う傾向にある。一方、標準よりもはしごの下方に分布が伸びているネ パール(F,G)は、標準よりもさらに複式学級に対する認識や責任が乏しい傾向にあるとい えるだろう。すなわち、途上国一般に比べて、政策の取られている日本(先進国)ではプラス の多様性が見られ、あまり政策の取られていないネパール(途上国)ではマイナスの多様性が 見られるということである。 したがって、標準類型を想定した教員訓練や教材などの教育政策は、多様な、しかも標準よ りも認識や意識の低い受益者のニーズに合っておらず、その成果を上げることは困難だろう。 その中でもGは、複式学級を指導しているという認識すらないので、複式学級に対する戦略と いう時点で、的をえていないことになる。だから、複式学級の対策は、この多様性、特にマイ ナス方向への多様性をしっかり認識し、方策を練る必要がある。 また、はしごの上昇に伴って、児童の何もしないで待っている時間は減少する。単式学級に 比べて、複式学級の問題点は、児童の学習時間のロスなのである。先にみたように、G(第一 パターン)では、犠牲になる学年が 1 時限の学習時間をまるまる無駄にすることになる。F(第 二パターン)では一時限の半分の学習時間が無駄になる。E(第三パターン)では、与えられ た自習課題の量と質および各児童のそれをこなす時間によるが、1 時限すべての学習時間とし て有効に利用できていることはあまりない。C,D(第四パターン)では、教員が決め細やか な指導をおこなっているため、学習時間の無駄は比較的少ない。B(第五パターン)では、一 斉授業なので、単式学級と比べて学習時間においてまったく引けをとらない。A(同単元指導) は、科目に限定されず、合同学習の中でも、各学年の差を考慮した個別指導が可能となるため、 時間の無駄を省くだけではなく、教育の質を上げる可能性もある。児童の学習時間が教育の質 と結果を定める大きな要因である(Lockheed et al., 1991) ことを考慮すれば、複式学級の現状、 特にG―E(第一から第三パターン)の現状をはしごに沿って向上させることが重要だろう。 はしごを基に、それぞれの欠けている部分を補っていけば、児童の学習時間増加や教室におけ る授業の質の向上につながり、教育の質は格段に向上していくだろう。例えば、複式学級に対 応した自習課題や児童監督者などの配慮があれば、教員の不在の時間も有効活用されるが、 「複 式学級の担当責任感はあるが、管理しきれていない」第三パターンの教員に、研修等で自習課 題作成などを取り入れれば、それは有効活用されるかもしれない。しかし、第一・第二パター ン教員のように複式学級を受け持っている自覚がなければ、いくら研修等で自習課題作成など を導入しても、自習課題を与える必然性を感じていないので、無駄であるかもしれない。この 段階では、まず教員自身が複式学級を担当していることを自覚してもらうことが重要になる。 この意味からも、複式学級の対策は、教員の複式学級に対する認識と責任の度合のマイナス方 向への多様性をしっかり認識し、方策を練る必要があるだろう。 (注) 1.DEO (District Education Office) Kavre. (2001), Educational Destination 2058. Dhulikhel: DEO; DEO (District Education Office) Nuwakot. (2000a), School Leaving Certificate Examination Nuwakot: At a Glance. Bidur, Nuwakot: DEO; DEO (District Education Office) Nuwakot. (2000b), Teacher Selected Form 2000. Bidur, Nuwakot: DEO をもとに著者計算。 2.学校教育法施行規則第 40 条、第 69 条(平成 19 年 12 月交付) 、小学校設置基準第 5 条、公立義務教 育諸学校の学級編成及び教職員定数の標準に関する法律第 3 条) 。 <参考文献> 士別市立中士別小学校(2001) 『複式教育の手引き(基礎編)−児童に確かな学力を育成し教師としても成 長できるへき地・複式教育のためにー』士別市立中士別小学校 鈴木隆子(1999) 「僻地における小規模校経営についての一考察」 『1997-1998 年度国内実地研修報告書』 名古屋大学大学院国際開発研究科、31−36 頁。 北海道立教育研究所、北海道教育大学(2001) 『複式学級における学習指導の在り方∼はじめて複式学級を 担任する先生へ∼』北海道リハビリー 文部科学省(2006) 「3 種類型別学校数」 『学校基本調査平成 18 年度初等中等教育機関 専修学校・各種学 校編 統計表一覧』http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/ (2008 年 4 月 16 日) 文部科学省(2007) 「編成方式別学級数(2−2)」 『学校基本調査平成 19 年度初等中等教育機関 専修学校・ 各種学校編 統計表一覧』http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/08010901/003.htm (2008 年 8 月 21 日) Aikman, S. and Pridmore, P. (2001), 'Multigrade schooling in 'remote' areas of Vietnam'. 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Comparative Analysis of Multigrade Teaching in Japanese and Nepalese Primary Schools Takako SUZUKI Abstract Multigrade teaching, as the class organisation which teachers are responsible for two or more grades simultaneously during one lesson period, is not uncommon in all over the world. Its context, however, is slightly deferent between industrial and developing countries, because many developing countries often lack of special policies and strategies toward multigrade teaching unlike most of industrial countries. Consequently the practice may differ widely from classroom to classroom without control. Thus this study tries to verify if the range of multigrade practice in developing countries is wider than industrial countries through comparing the practice between Japan and Nepal as a case study. The field survey was conducted in two districts each in Japan and Nepal and two results were compared alongside the standard models of other developing courtiers based on the literature review. The result indicates that the range of multigrade teaching in Nepal is wider than the international and Japan models. Moreover, while the practice in Japan tends to include models with higher responsibilities and better class management than the international models supported by special policies, Nepal includes more models with lower responsibilities and less effective class management without concrete policies. Keywords: multigrade teaching, primary education, Nepal, small scale schools, rural education
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