5/21 耳鼻咽喉科学

医学部4年講義
2015.5.21
咽頭・扁桃の炎症性疾患
大國 毅
札幌医科大学 耳鼻咽喉科 助教
咽頭・扁桃の炎症性疾患
1.「扁桃」とは
2.急性扁桃炎,慢性扁桃炎・反復性扁桃炎
3.病巣性扁桃炎
4.幼小児におけるアデノイド・扁桃肥大
5.HPVと扁桃
咽頭・扁桃の炎症性疾患
1.「扁桃」とは
2.急性扁桃炎,慢性扁桃炎・反復性扁桃炎
3.病巣性扁桃炎
4.幼小児におけるアデノイド・扁桃肥大
5.HPVと扁桃
ワルダイエル咽頭輪とは

咽頭に広く分布するリンパ組織は“ワルダイエル咽頭輪”と呼ばれ,鼻咽頭腔から
侵入する外来病原微生物に対して免疫学的生体防御機能を有する。

ワルダイエル咽頭輪は上咽頭のアデノイド(咽頭扁桃),中咽頭の口蓋扁桃の他,
舌扁桃,耳管扁桃,咽頭側索,孤立リンパ小節などから成っている。(扁桃とはアー
モンドの別名である)

これらの扁桃組織は病原微生物に対する防御的な免疫臓器であると同時に,病原
微生物のターゲットとなる感染臓器でもあり,急性・慢性の炎症を来す。

アデノイドや口蓋扁桃は幼少時に生理的肥大を認め,時に物理的な閉塞の原因と
なり,感染性炎症のみならず,いびき,口呼吸,睡眠時無呼吸,滲出性中耳炎,
慢性副鼻腔炎などを引き起こす。

一般的にワルダイエル輪の発育は上方から下方,すなわちアデノイド→口蓋扁桃
→舌扁桃の順で発育する。アデノイドは4〜6歳,口蓋扁桃は7〜8歳くらいで
肥大がピークとなる。

治療は主として外科的治療(アデノイド切除術,口蓋扁桃摘出術)が行われてい
る。
ワルダイエル咽頭輪とは
アデノイド(咽頭扁桃)
耳管扁桃
口蓋扁桃
舌扁桃
Schematic representation of Waldeyer’s ring.
Department of Otolaryngology
Sapporo Medical University
いったい扁桃は何をしているところなの?
樹状細胞,T 細胞,B 細胞などのすべての免疫担当細胞が集結することで,粘
膜組織に侵入する病原微生物に対する防御免疫システムを構築している
MALT:
Mucosa-Associated
Lymphoid Tisssue
粘膜関連リンパ装置
扁桃がMALTである
ことは間違いない
•
Inductive site(誘導部位)
鼻咽腔隣接リンパ装置 NALT
気道隣接リンパ装置
BALT
消化管隣接リンパ装置 GALT
・ Effector site(実効部位)
粘膜固有層/腺組織
鼻咽腔粘膜,涙腺,唾液腺
気管粘膜,消化管粘膜
粘膜免疫の抗原認識の場としての重要性
抗原を認識する場所
記憶を作る場所
口蓋扁桃の上皮と‘リンパ上皮共生’
F: リンパ濾胞;
E: 上皮;
リンパ球と上皮細胞が混
在している場所が特徴的
B: 細菌叢; claudin-1: タイト結合蛋白; LCA: 汎リンパ球
胸線
構造
上皮要素とリンパ球が
複雑に入り組んだ
lymphoidepithelial organ
退縮傾向
+
口蓋扁桃
上皮とリンパ球が混在した,
リンパ上皮共生が存在する
+
末梢リンパ節
上皮とリンパ球は明
確に隔てられている
-
扁桃の抗原捕捉機構
記憶を作る場所
実効性のあるものに変換
咽頭・扁桃の炎症性疾患
1.「扁桃」とは
2.急性扁桃炎,慢性扁桃炎・反復性扁桃炎
3.病巣性扁桃炎
4.幼小児におけるアデノイド・扁桃肥大
5.HPVと扁桃
扁桃は炎症をきたしやすいー急性扁桃炎ー

扁桃に黄白色の膿栓が付着し,扁桃の発赤がみられる。

原因菌としては,A群β溶血性連鎖球菌,ブドウ球菌,インフルエンザ菌,肺炎球菌など
である。

風邪などの上気道炎や疲労など,身体へのストレスが加わって発症することも多い。

咽頭痛は必発で,嚥下時痛,40℃近い高熱,耳への放散痛,頸部リンパ節腫脹などもみら
れる。

検査・・・一般血液検査,扁桃からの細菌培養検査など

治療・・・軽度・中等度であれば外来で抗生物質や消炎鎮痛薬の投与が中心となる。重症
例では経静脈的に抗生物質の投与を行い,咽頭痛や嚥下痛のため経口摂取困難のなってい
るような例では,入院加療が望ましい。
扁桃は炎症をきたしやすいー慢性扁桃炎・反復性扁桃炎ー

繰り返す炎症により,扁桃陰窩や実質内に炎症性病変が残存している状態が慢性扁桃炎
である。

慢性扁桃炎を基盤に,炎症の急性増悪を反復するものが反復性扁桃炎である。
a. 症状・診断

慢性扁桃炎では,咽頭違和感(イガイガ感),微熱,倦怠感などがあり,扁桃にはしばし
ば膿栓を認める。

反復性扁桃炎は,高熱と激しい咽頭痛が特徴で,扁桃の発赤・腫脹や膿栓・白苔付着を認
める。

扁桃炎は3歳頃から多く認められるようになり,就学前の5〜6歳頃にピークとなる。

本邦においては,1年間に4回以上扁桃炎を繰り返す場合,反復性扁桃炎と診断される 。
(欧米では扁桃炎を7回以上/1年,5回以上/2年,3回以上/3年続く場合に反復性扁桃炎とし
ている)

扁桃炎インデックス(TI; tonsillitis index)として,1年あたりの扁桃炎罹患回数×扁桃
炎罹患年数が8以上を扁桃摘出の適応としてもよい。
扁桃は炎症をきたしやすいー慢性扁桃炎・反復性扁桃炎ー
保存的治療

急性増悪期は急性扁桃炎に準じて,抗菌薬中心の内服あるいは点滴治療が中心となる。

慢性期は扁桃炎の原因ともなる口腔内乾燥を予防するため,鼻炎・副鼻腔炎に対する治療
を行い,鼻呼吸を誘導する。

不摂生な生活や過労を避ける。マスクの使用や含嗽もよい。また,周囲の大人による喫煙
も増悪因子なので注意する。
外科的治療

保存的治療で改善しない場合や,先述した1年あたり4回以上の扁桃炎やTI≥8で手術を
考慮する。

さらに,扁桃炎による学校の欠席が年間2週間以上,熱性痙攣発作の既往が2回以上と
いった項目を加えてもよい。
1. 発熱(38度以上)を伴う急性扁桃炎の年間罹患回数が4回以上
2. 急性扁桃炎による年間休園(休校)日数が2週間以上
3. 急性扁桃炎による熱性痙攣発作の既往が2回以上
4. 扁桃炎指数(TI)=急性扁桃炎の年間罹患回数×罹患年数≥8
重症化すると膿が溜まる! ー扁桃周囲炎から扁桃周囲膿瘍へー
扁桃周囲炎・扁桃周囲膿瘍
•
急性扁桃炎が重症化し,口蓋扁桃被膜を越えて炎症が波及したものを扁桃周囲炎
•
さらに口蓋扁桃被膜と上咽頭収縮筋の間の疎な結合間隙に膿瘍を形成した状態を扁桃周囲
膿瘍という。
•
咽頭痛が悪化し,一側性(時に両側性)の耳への激しい放散痛,嚥下痛,摂食障害を認め
る。
•
含み声や開口障害などを認めることもある。
•
通常は片側性で,扁桃周囲の強い発赤腫脹がみられ,健側方向に軟口蓋を含め腫脹し,口
蓋垂も健側に偏位・腫脹していることが多い。重篤化すると,深頸部膿瘍や縦隔膿瘍など
に至り,生命を脅かす危険性をもつ疾患である。
重症化すると膿が溜まる! ー扁桃周囲炎から扁桃周囲膿瘍へー
治療
① 抗菌薬の投与
② 穿刺・切開排膿
•
診断確定と安全な排膿処置のため,まず造影CTなどで局所状態を評価する。
•
座位で局所に表面麻酔および浸潤麻酔をする。(膿汁の誤飲防止のため,咽頭全体には麻酔しない)
•
穿刺を行い,排膿の確認と細菌培養検査に提出する。
•
切開を行う場合は,穿刺点を中心にメスで粘膜に浅く切開を入れ,麦粒鉗子やペアンなど
で鈍的に開創し排膿させる。
•
成人であれば外来で充分施行可能。幼小児では全身麻酔を要することもある。
特殊な扁桃炎
伝染性単核球症
• 主としてEBウイルス初感染
(唾液を介して)
• Bリンパ球に感染,不死化して多クローン性にB細胞増殖を起こす
←これに対するNK細胞・CD8+cytotoxic T cell lymphocyteが増殖,B細胞障害性
に働く
• 発熱,咽頭・扁桃炎,リンパ節腫脹,肝脾腫
• 扁桃に特徴的な白苔
• 異型リンパ球の出現が特徴的
• ペニシリン系は禁忌
• 多くは予後良好だが,慢性活動性EBV感染症に注意が必要
特殊な扁桃炎
クラミジア扁桃炎
• 特にChlamydia pneumoniae ー
咽喉頭炎,気管支炎,肺炎などの気道感染
• 日本人成人の約半数が抗体を保有
• 診断は局所からのPCR法
• Oral sexまたは産道通過時の母子感染
• 相手との反復感染に注意
• マクロライド系またはテトラサイクリン系抗生物質
特殊な扁桃炎
扁桃放線菌症
• 常在菌である放線菌(Actinomyces)が起炎菌となる扁桃炎
• 視診上,悪性腫瘍と酷似
• 培養検査でも同定困難
• 咽頭痛,発熱などの症状に乏しい
• 生検にて診断されることが多い
ひとくちに扁桃といっても 構造は大きく異る
(口蓋)扁桃炎>>上咽頭炎
咽頭扁桃
仮性重層線毛円柱状上皮
口蓋扁桃
=
上皮の色素透過性
上皮の構造から見ると
咽頭扁桃(アデノイド)と鼻粘
膜は発達したタイト結合を持ち、
強固な機械的バリアを形成!
咽頭扁桃
<
口蓋扁桃
口蓋扁桃・咽頭扁桃(アデノイド)の組織学的な差異
咽頭扁桃
口蓋扁桃
仮性重層線毛円柱上皮
自由表面上皮:重層扁平上皮
典型的な陰窩
リンパ濾胞
溝状陰窩
胚中心
リンパ濾胞
上皮基底膜
胚中心
10~30の陰窩によって貫通され,表 4~5の縦走襞が走り,溝状陰窩を形
面積の拡大に著しい
成し,典型的な陰窩はない
咽頭扁桃には典型的な陰窩構造がない!
陰窩上皮(反復性扁桃炎)におけるタイト結合蛋白の発現・バリア機能
口蓋扁桃はバリアが弱く感染しやすい
H.E.
rhodamine
-dextran
(1kd)
扁桃
自由表面上皮
ひとくちに扁桃といっても 構造は大きく異る
口蓋扁桃の陰窩のバリアはルーズな部分がある
陰窩上皮のタイト結合は消化管に似ている?
抗原に曝されやすい構造
感染のターゲットになりやすい構造
特徴的な上皮構造を示す咽頭扁桃(アデノイド)
典型的な陰窩の構造を持たない
鼻粘膜に類似したタイト結合分子の発現・分布
発達したバリア機能を持つリンパ組織
咽頭・扁桃の炎症性疾患
1.「扁桃」とは
2.急性扁桃炎,慢性扁桃炎・反復性扁桃炎
3.病巣性扁桃炎
4.幼小児におけるアデノイド・扁桃肥大
5.HPVと扁桃
扁桃病巣感染症とは
1.病巣性扁桃炎とは
「病巣感染症は,身体の一部に限局した慢性炎症があり,それ自体はほと
んど症状を示さないが,それが原因となり原病巣から無関係の遠隔部位に
反応性の器質的あるいは機能的障害(二次疾患)を引き起こす疾患である。
原病巣が扁桃であるものを,病巣性扁桃炎と呼ぶ。」
2.病巣性扁桃炎における2次疾患
• 皮膚疾患・・・掌蹠膿疱症,尋常性乾癬,アレルギー性紫斑病
• 骨関節疾患・・・胸肋鎖骨過形成症,慢性関節リウマチ
• 腎疾患・・・IgA腎症,紫斑病性腎炎など
• 全身疾患・・・ベーチェット病,慢性微熱など
扁桃病巣感染症 ー扁桃摘出術が有効であるー
扁桃病巣感染症 ー扁桃摘出術が有効であるー
IgA腎症は,20年の経過の間に約40%が末期腎不全に至る予後不良な疾患
である
扁桃病巣感染症 ー病態はまだ謎が多いー
口蓋扁桃の二面性!
裏の顔
表の顔
感染性臓器
免疫臓器
炎症反応を惹起
病原体の侵入を防御
咽頭・扁桃の炎症性疾患
1.「扁桃」とは
2.急性扁桃炎,慢性扁桃炎・反復性扁桃炎
3.病巣性扁桃炎
4.幼小児におけるアデノイド・扁桃肥大
5.HPVと扁桃
ワルダイエル咽頭輪とは

咽頭に広く分布するリンパ組織は“ワルダイエル咽頭輪”と呼ばれ,鼻咽頭腔から
侵入する外来病原微生物に対して免疫学的生体防御機能を有する。

ワルダイエル咽頭輪は上咽頭のアデノイド(咽頭扁桃),中咽頭の口蓋扁桃の他,
舌扁桃,耳管扁桃,咽頭側索,孤立リンパ小節などから成っている。(扁桃とはアー
モンドの別名である)

これらの扁桃組織は病原微生物に対する防御的な免疫臓器であると同時に,病原
微生物のターゲットとなる感染臓器でもあり,急性・慢性の炎症を来す。

アデノイドや口蓋扁桃は幼少時に生理的肥大を認め,時に物理的な閉塞の原因と
なり,感染性炎症のみならず,いびき,口呼吸,睡眠時無呼吸,滲出性中耳炎,
慢性副鼻腔炎などを引き起こす。

一般的にワルダイエル輪の発育は上方から下方,すなわちアデノイド→口蓋扁桃
→舌扁桃の順で発育する。アデノイドは4〜6歳,口蓋扁桃は7〜8歳くらいで
肥大がピークとなる。

治療は主として外科的治療(アデノイド切除術,口蓋扁桃摘出術)が行われてい
る。
乳幼児期はアデノイド・口蓋扁桃が生理的に肥大する

アデノイドは4〜6歳,口蓋扁桃は7〜8歳くらいで肥大がピークとなる。

アデノイド,口蓋扁桃ともに生理的肥大のピークを過ぎると徐々に退縮し,成人では通常
ほとんどみられなくなる。

しかし肥大したアデノイドや口蓋扁桃が原因となって,閉塞性睡眠時無呼吸症候群
(OSAS; obstructive sleep apnea syndrome)や,OSASに関連した諸症状が認めら
れる。

乳幼児期はアデノイド増殖症がOSASの主な原因となり,幼児期以降になるとこれに口蓋
扁桃肥大が加わることが多い。
<症状>

呼吸障害・・・いびき,口呼吸,睡眠時無呼吸,陥没呼吸,胸郭変形。夜尿の原因にもなる。

構音障害・・・鼻声や含み声となり,発音不明瞭となる。

流涎

滲出性中耳炎,反復性中耳炎

アデノイド顔貌・・・下口唇の下垂,鼻唇溝の消失がみられ,常時口を開けて精気のない顔に
なる。

学習障害やADHD(注意欠陥・多動性障害),攻撃性や多動性といった行動異常との関連も指
摘される。
幼小児では睡眠時無呼吸症候群の原因となるーアデノイド・扁桃肥大ー
1) 診断

問診が重要となる。いびきの有無や性状,無呼吸の時間,陥没呼吸(鳩胸・漏斗胸)の有無,起床時の不機
嫌や日中の様子などを保護者に聞く。家庭内で睡眠中のビデオ撮影をしてもらうことも有用である。

小児SASのためのOSA-18問診表の活用も勧められる。
(いびきや無呼吸,鼻閉,日中の行動や落ち着き状態,保護者の睡眠や健康に関する不安について7段階で評価する。)

診察では視診も重要となる。
顔貌(アデノイド顔貌や小顎症,顎顔面奇形の有無など),肥満かどうか,成長発育の程度などをみる。

口蓋扁桃肥大は視診上,Ⅰ度からⅢ度に分類される。

アデノイド増殖症の診断には単純X線検査(顔面側面)が有用である。

ファイバースコープにより,直接アデノイドや上咽頭方向からの口蓋扁桃肥大の程度を評価することも有用
である。

国際睡眠障害分類(ICSD-2)では終夜睡眠ポリソムノグラフィ(PSG)による診断が必要としているが,
小児の場合は施行が困難であることが少なくない。
(2011年の米国のガイドラインでは,AHI>5回/h,lowest SpO2<85を手術適応としている)

より簡易なパルスオキシメーターによる検査は,特異度は高いものの,感度が低いため注意が必要である。
(成人に比べ小児は呼吸回数が多く機能的残気量が少ないので,SpO2低下が起こりやすい。)
幼小児では睡眠時無呼吸症候群の原因となるー陥没呼吸は重要なサインー
乳幼児期はアデノイド・口蓋扁桃が生理的に肥大する
口蓋扁桃肥大に対するMackenzie分類
Ⅰ度
扁桃が後口蓋弓を僅かに
越える状態
Ⅱ度
Ⅰ度とⅢ度の中間
Ⅲ度
両側扁桃が正中でほぼ接
する状態
乳幼児期はアデノイド・口蓋扁桃が生理的に肥大する
口蓋扁桃肥大
アデノイド増殖症の単純X線像
幼小児では睡眠時無呼吸症候群の原因となるーアデノイド・扁桃肥大ー
1) 手術適応

1時間あたり1回以上の閉塞性無呼吸・低呼吸が確認できれば,手術適応を考慮する。
(OSASの治療としてCPAPも選択肢にあるが,小児の場合,顎顔面骨低形成のリスクがあり長期治療は要注意である)

保護者による評価ではOSA-18 60点以上で適応と考える。

前述の諸症状の有無や家族の希望などを総合的に判断する。

年齢は4歳以上が一般的だが,臨床症状によっては2歳未満でも手術を選択する必要があるこ
ともある。

先天性疾患の合併例,低年齢,低体重あるいは高度肥満例などのハイリスク例は,慎重な適応
判断と十分なインフォームド・コンセントを行い,術後ICU管理も選択肢に入れる。
(出血性素因や貧血,気道の急性炎症期,口蓋裂例は禁忌である)
治療は手術が主となる
手術の実際
a. アデノイド切除術

以前は盲目的にBeckmann輪状刀,La Force式アデノトームを用いたアデノイド切除術が行われていたが,
昨今は内視鏡を用いてアデノイドを明視下において行われるようになった。

内視鏡は経鼻的に0度の内視鏡を挿入するか,経口的に70度の内視鏡を挿入する方法があるが,後者が選
択されることが多い。

現在,手術支援機器としてマイクロデブリッダー,ハーモニックスカルペル,コブレーター,サクション・
コアギュレーター,高周波装置(ENDO CUT)などがある。

当科ではコスト面や使いやすさなどを考慮し,サクション・コアギュレーターを使用している。

支援機器がどれほど進歩しても,術後出血には細心の注意を払う。特に小児は自ら訴えることなく,周囲が
気付かずに長時間にわたり出血が持続していることもあるので,医療スタッフは留意する。

低年齢での施行,残存アデノイドの量によっては将来の再増殖もある。
Beckmann輪状刀
サクション・コアギュレーターによるアデノイド切除術
治療は手術が主となる
口蓋扁桃摘出術

手術支援機器の発達により,バイポーラやバイポーラシザーズをはじめ,ハーモニックスカル
ペル,コブレーターを用いた扁桃摘出術が行われるようになってきた。

術者の技量・経験,コストなどを考慮しデバイスを選択する。当科ではバイポーラシザーズを
使用することが多い。剥離・止血に用いるバイポーラかモノポーラは術者の好みによる。

アデノイド切除同様,術後出血が最大の問題となる。出血しやすい時期は術後24時間と1週
後前後の二峰性であり,この時期はより一層の注意が必要である。
咽頭・扁桃の炎症性疾患
1.「扁桃」とは
2.急性扁桃炎,慢性扁桃炎・反復性扁桃炎
3.病巣性扁桃炎
4.幼小児におけるアデノイド・扁桃肥大
5.HPVと扁桃
HPV発見の歴史
“昔から、疣贅(イボ)が伝染することは知られていた”
1898年
疣贅が伝染することを犬の耳の疣贅で証明
1940年代 Jacksonが“若年型喉頭乳頭腫”と命名
1970年代 パピローマウイルスの研究が盛んになる
1980年代 子宮頸癌からヒトパピローマウイルス(HPV)を発見
1990年代 疫学研究により高リスク型HPVが子宮頸癌の原因と認識
2000年代 子宮頸癌に対するHPVワクチンの臨床応用
子宮頸癌の原因ウイルスHPVの発見
ハラルド・ツア・ハウゼン(独)博士
1936年ドイツ生まれ
デュッセルドルフ大学医学部卒業
米国ペンシルバニア大学に留学 ←癌ウイルスに出会う
ドイツ帰国後、子宮頸癌の原因ウイルスの研究
当時、子宮頸癌の原因は単純性ヘルペスウイルス2と
されていた。 ←学会から無視される
1980年 子宮尖圭コンジローマからHPV6を発見
ハラルド・ツア・ハウゼン博士
1982年 再発性呼吸器乳頭腫からHPV11を発見
1983年 子宮頸癌からHPV16を発見
1991年 疫学的にHPVが子宮頸癌の原因であることを確認
2008年 エイズウイルスを発見したモンタニエ、バレシヌシ
とともにノーベル生理学医学賞受賞 !
ノーベル賞のメダル
ヒトパピローマウイルス(HPV)とは?
HPV
HPVは環状2本鎖DNAを持つ小型の
DNAウイルス。
L1タンパク
ワクチン作成
に使用
L2タンパク
イラスト提供:MSD
50nm
環状2本鎖
DNA
HPVは種特異性が強く、ヒトと動物の
間で感染しない。
ヒトに感染する型は100種類以上で、
約30種が性的接触で感染する。
これらのうち、約15種類が高リスク型
で発癌性がある。
皮膚に感染する型と、粘膜に感染する
型がある。
HPVの系統樹
アルファパピローマウイルス
39 70
59
68
40
44 55
PCPV1
13
11
6
73
34
肛門性器疣贅
高リスク型HPV
7
32
42
18
45
27
2a
57
61
RhPV1
低リスク型HPV
29
58
33
52
16
26
35
31
EEPV
ヒト
30
53
4
65
種特異性が強く
ヒト⇔動物の感染はない
DPV
3
28
10
51
56
66
19
BPV2
BPV1
CRPV
その他のパピローマ
ウイルス属
41
24
49
COPV
63
1a
8
BPV4
MnPV
38
23
15
9
22
37
17
12
手足の疣贅
25
20
21
5
36
47
手足の疣贅
60
48
50
非ヒ
ト
ベータおよび
ガンマパピローマウイルス
Villiers EM, et al. Virology 2004; 324:17–27.引用改変
HPVの発癌メカニズム
子宮頸癌モデル
2年以内にHPVの90%が消失
高リスクHPV
に感染
正常細胞
多くの場合
自然に排除
正常細胞
発癌性HPV感染と癌細胞への変化
一部は感染が持続
数年~数十年の潜伏期間
ウイルスが排除され
れば正常に戻る
前癌病変
癌に進まないも
のもある
この段階では細胞に異常が
あっても、自覚症状はない
1/1000の確率で発癌!
癌細胞
HPVが感染するには、上皮の傷が必要!
HPVは上皮の表面に
いるだけでは感染し
ない。HPVは傷から
侵入する。
上皮
HPVは基底膜に到達
することによって感染
が成立する
HPVは多くの疾患に関連している!
鼻・副鼻腔乳頭腫(6,11型など)
中咽頭癌(16型など)
再発性呼吸器乳頭腫症
(6,11型など)
子宮頸癌(16,18型など)
外陰癌・膣癌(16型など)
陰茎癌・肛門癌(16型など)
尖圭コンジローマ(6,11型など)
World Health Organization. International Agency for Research on Cancer. IARC Monographs on the Evaluation
of Carcinogenic Risks to Humans. Volume 90. Human Papillomaviruses. 2007.
Available at: http://monographs.iarc.fr/ENG/Monographs/vol90/index.php. Accessed July 10, 2008.
日本人女性子宮の高リスク型HPV陽性率
(%)
50
高
リ
ス
ク
型
H
P
V
陽
性
率
(
%
)
45.0
女性の70%は一生
のうちに一度は感染
(n=8156)
40
30
23.0
20
9.0
10
0
6.0
5.0
5.0
6.0
5.0
10-19
20-29
30-39
40-49
50-59
60-69
70-79
80-
n=126
n=1,533
n=2,649
n=1,728
n=1,409
n=536
n=156
n=19
(歳)
【対象】 石川県で子宮頸癌定期検診を行った女性
【方法】 HC-II 法によりHPV検査を行い、1.0 pg/ml以上を陽性
Inoue M et al. Int J Gynecol Cancer. 2006;16:1007-1013.より作図.
日本人男性性器におけるHPVウイルス感染率
米国の報告でも
約50%が感染!
(%)
60
(n=142)
48
50
陽
性
率
(
%
)
40
31
30
20
24
20
10
0
陰茎
尿道
尿
全体
【対象】 日本人男子の尿道炎患者
【方法】 DNAを抽出しPCR法で検出
Shigehara K et al. Int J Urology. 2010;17:563-569.より作図
口腔内におけるHPVウイルス感染率
Gillison ML. et al. JAMA, 307,639-703,2012
男性
正常口腔内のHPV感
染率は6.9%と少ない!
男性は女性より有意に
HPV感染率は高い。
(10.1%対3.6%, P<0.001)
女性
全体の感染率は6.9%で、
30~34歳と60~64歳に二
峰性のピークを示した。
米国国民健康栄養調査
(NHANES)で14~69 歳の男女
5579人を対象に口腔HPVの感
染率を調査。
HPVに起因する癌の発生及び分布
米国内の概算値
(人)
12,000
10,846
米国では癌全体の約10%がHPV関連癌
年間症例数b
10,000
HPV関連
症例割合(%)a
年
間
癌
発
生
数
8,000
7,360
96%
←スウェーデンでは中咽頭癌の93%がHPV陽性
6,000
4,000
63%
2,547
2,266
2,000
93%
51%
601
64%
828
外陰癌
腟癌
陰茎癌
0
子宮頸癌
中咽頭癌
肛門癌
36%
Gillison ML et al. Cancer. 2008; 113:3036-3046.より作図
発症率で中咽頭癌は子宮頸癌を抜く(米国)
100
子宮頸癌
発
症
率
(
10
万
人
対
)
中咽頭癌(男性)
2010
10
中咽頭癌(全体)
中咽頭癌(女性)
1
0.1
1980
1995
2010
2025
(年)
Chaturvedi AK, et al:J Clin Oncol. 2011;29:4294-4301.より作図
日本では2種類のHPV検査
高リスク型HPV・DNA13種類を検査する
(16,18,31,33,35,39,45,51,52,56,58,59,68)
耳鼻咽喉科では保険適応なし
グループ検査(ハイブリッドキャプチャー法)
いずれか13種のHPV陽性・陰性を判断(+、-)
検査結果:3~4日、 費用:約3000円
DNA型判定検査(クリニチップなど)
いずれか13種のHPV・DNA型の同定(ウイルス型同定)
検査結果:約2~3週間、 費用:約2万円
ハイブリッドキャプチャー法によるHPV検査
方法:ブラッシング・・・簡便
13種類の高リスク型HPVの型を一括検出
(短所)型判定は不可
(長所)結果は早い、そして安い!
クリニチップなどによるHPVのDNA検査
方法:生検・・・少し手間がかかる
13種類のHPV型判別が可能
(長所)精度が高い
(短所)結果が遅い、そして高い!
HPVワクチン
商品名
2価(サーバリックス) (GSK)
HPV感染防御効果
中等度異型 98.1%予防
高度異型
100%予防
HPV6
HPV11
HPV16 中等度異型 100%予防
HPV18 高度異型 97%予防
接種対象者
10歳以上(2009年承認)
9歳以上(2011年承認)
接種方法
筋肉内注射(0,1,6ヶ月目)
筋肉内注射( 0,2,6ヶ月目)
特徴
アジュバントが優れていて、
抗体価は高い。
頸頸がんのみならず、尖圭
コンジローマにも効果。
筋肉内
接種
HPV16
HPV18
4価(ガーダシル)(MSD)
世界におけるHPV研究の現状
世界の興味は子宮頸癌から頭頸部癌に移行!
世界におけるHPV研究の現状
世界中で大規模な中咽頭癌の疫学調査が行われている
世界では男性に対するHPVワクチン接種が検討されている
オーストラリアでは男児にもワクチン接種が開始 !
外科系も内科系もどちらもできるのが耳鼻咽喉科の魅力
扁桃病巣疾患の概念,および,その三大疾患について述べよ.