スマートフォンの薄型化に適合する超薄型・ 高耐熱・高性能レンズ実現と課題 共創企画 代表 中條博則 はじめに 日常空間の中の仮想現実世界で「ポケモン」を捕獲するスマホアプリ『ポケモン Go』が世界的に 大流行の兆しである。スマホの中の世界に完全に「没入」しつつ現実空間を見ているのである。そも そも,スマホ自体が従来の携帯電話に「没入感」を加味したものである。没入感があるプラットフォー ム上で動作する良くできたアプリであるため,完全に「はまり込んでしまう」理由も十分伺いしれる。 スマホは,従来の携帯電話の Interface とは一線を画した「Interaction」性をコンセプトに 2007 年に登場した。 「ただ操作するだけのもの」から「対話する,没入するもの」への変化は急速に市場に 受け入れられた。また,ハードキーがないことに加え,2008 年から「世界標準」の 3G が普及し始め たこともあり,工夫により「Localize Free」が実現可能な環境が整ったことも普及を促進する要因と なった。それ以前に「世界同日発売」ができる IT 機器は存在しなかった。Interaction 性の追求や Others 400 vivo 350 Xiaomi Source : IDC Press Release 2010 to 2016 Oppo Lenovo LG Production quantity (MSet) 300 Sony Huawei 250 ZTE Samsung HTC 200 Apple BlackBerry 150 NOKIA Vender 100 50 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q CY 2010 2011 2012 図 1 2013 スマホ市場規模推移 –1– 2014 2015 2016 Localize Free 戦略は IT 機器に止まらず,全ての家電製品の事業成功のために必須なものとなってい る。日本の家電メーカーの凋落の要因は,その変化に気づかなかったことにあったのかもしれない(現 在でも気づいていない“北斗の拳”状態なのかもしれない)。さらに今後自動運転が本格化する中, 「Interaction 性の追求」は自動車においても非常に重要なキーワードとなっているのである。 スマホ市場が急拡大した大きな要因がもう一つある。それは, Mobile SoC の大手 Qualcomm が 2011 年からスマホ向けに提供を開始した「Reference Design Program(RDP)」の存在である。さらに携帯 電話用 Mobile SoC の大手 MediaTek,中国の Spreadtrum がこの動きに追従した。それにより,異 業種から携帯電話市場に新規参入したメーカーでも,最先端のスマホが「キット状態」で量産できる 環境が整ったのである。その結果,2012 年ころから図 1 のように市場は急拡大し始めた。ところが, その成長があまりにも急激だったため,2015 年 2Q ころから早くも市場規模は飽和し始めた。このよ うな状況になると,スマホの仕様,性能を決定付ける Mobile SoC を自前で保有する Vender が俄然 有利となる。Apple は iPhone 用の SoC(A シリーズ)を自社開発している。一方,Android 陣営は Qualcomm,MediaTek,Spreadtrum にほとんど依存している状況である。ただし,Samsung,Huawei の 2 社は自前の SoC も保有しており,今後の生き残り競争がし烈化する中,これが有利に働く可能性 は大きい。自前 SoC を持たない業界 4 位以下の Vender の上位機種では,生き残りのための方向性を 高品位なデザインの実現に求めているところが多い。その一つの方向性として「超薄型化」がある。 さらに市場が飽和する中,上位 3 社にとっても「超薄型化」が重要な要素になっており,市場全体を 通したトレンドになりつつある。スマホの薄型化は以前から話題にはなっていたことであるが,今後 ますますその重要性が高まっていくと予測する。 1.スマホの「薄型化」を実現する技術 スマホの薄型化のトレンドを作ったのは,現時点では薄型化では遅れている感すらある iPhone で ある。2010 年 6 月に登場した iPhone 4 は,前機種の iPhone 3GS の 12.3mm に対し 9.3mm と大幅 な薄型化を実現した。さらに,「Full-Flat」という斬新なデザインコンセプトを実現した。この大幅 な薄型化実現に最も貢献したのは, 「新たな構造設計」である。それ以前の各社のスマホでは,Battery の容積をできるだけ大きくする目的で Display,PCB,Battery を 3 階建て構造にしていた。これに 対し iPhone 4 では,PCB と Battery を並列にした 2 階建て構造にすることにより大幅な薄型化を実 現したのである。しかし,PCB 面積が iPhone 3GS の 1/3 しか確保できないという弊害が生じた。こ の中に従来機種以上の回路を実装しなければならなかったのである。その課題を打開したのは,当時 「実装技術では世界一」と自負していた日本企業ですら,あまりの実装技術の難しさに本格的な採用を 躊躇していた超小型 0402 SMD(Surface Mount Device)の採用であった。この超小型 SMD を供給 できたのは,日本の一部部品メーカーであり,その後の事業拡大に繋がっている。また,Battery は スリムな縦長形状になった。 iPhone 4 の 「薄型構造設計手法」は, その後の各社の薄型スマホの Reference となっている。 その後も iPhone の薄型化は進んだ。2012 年 9 月に登場した iPhone 5 では,業界初のタッチセン サ機能を内蔵した「インセル Display」を採用し,業界最薄の 7.3mm を実現した。しかし,これ以降 中国メーカーの「超薄型化競争」がし烈になったのである。その発端となったのは,2013 年 6 月に Huawei が市場投入した「Ascend P6」である。インセル Display を採用したこの製品は,厚さを一 気に 6.18mm まで薄くした。しかも,Full-Flat Design であり,さらに Battery 容量も iPhone 5 の 1440mAh を大きく上回る 2000mAh であった。この機種は,中国スマホ Vender の実装技術レベルの 高さを世界に示した。薄型化に対して「ネタ切れ状態」となった iPhone をしり目に中国メーカーの 「快進撃」は図 2 のように 2015 年半ばまで続き,ついに 5mm 以下の領域にまで達している。その実 現のため,構成部品の中で最も背が高いカメラモジュール部分は,本体から出っ張ったデザインとなっ た。また,5.6mm 以下の薄型品では AMOLED の採用が急激に進んでいることも大きな特徴の一つ である。Display はスマホの薄型化を決定付ける部品ではないが,Battery の厚さには影響を与える。 –2– 2013.06 2013.08 2014.03 2014.11 2014.12 2014.12 2015.2Q Maker Huawei Vivo/ BBK Gionee Gionee Oppo Vivo/ BBK CoolPad Model Ascend P6 X3 Elife S5.5 Elife S5.1 R5 X5Max Ivvi K1 mini Thickness 6.18mm 5.75mm 5.55mm 5.15mm 4.85mm 4.75mm 4.70mm Display 4.7”/HD 5”/HD 5”/FHD/AM 4.8”/HD/AM 5.2”/FHD/AM 5.5”/FHD/AM 4.7”/HD Rear CM 8MP 8MP 13MP 8MP 13MP 13MP 8MP Front CM 5MP 5MP 5MP 5MP 5MP 5MP 5MP Battery 2000mAh 2000mAh 2300mAh 2050mAh 2000mAh 2000mAh 1800mAh F.F. Design ○ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ Chip Set Huawei K2V3 MT6589T MT6592 MT6592 MSM8939 MSM8939 MT8916 Android v. 4.2.2 4.2 4.2 4.4.2 4.4.2 4.4.4 4.4 Audio Jack 3.5mm 3.5mm 3.5mm 3.5mm X 3.5mm 3.5mm Released Appearance 図 2 最薄スマホの推移 薄型化が実現できても Battery 容量が減少したのでは,商品価値が落ちてしまう。それを防止できる のが,AMOLED の採用なのである。 5.6mm 以下の薄型スマホで唯一 IPS LCD を採用している CoolPad の ivvi K1 mini の Battery 容量が他社より 1 割少ないのは,AMOLED を採用しなかったためである。 一方,Apple は薄型化を断念してしまったのか,というとそうではない。2014 年 9 月に市場投入し た iPhone 6 では,iPhone 4 から続いていた「Full-Flat Design」を捨ててしまった。なりふり構わぬ 姿勢である。それでも,厚さは 6.9mm にしかなっていない。さらに Battery 容量も従来から 2 割増 量したが,1810mAh と中国メーカーの薄型品に対しても見劣りする(厚さ 7mm 前後の他社のスマホ は 3000mAh 程度の Battery 容量がある)。iPhone がさらに薄型化を進めるのであれば,AMOLED を採用するのが最も効果がある。Apple が 2017 年以降の機種で AMOLED の採用をにおわせている のはこの点にあると推測する。 薄型スマホとしては,図 2 のように 2015 年 2Q 以降はより薄いものは登場しておらず小休止状態 である。とはいえ,スマホの薄型化は重要なトレンドであり,より薄い製品を目指して要素開発は着々 と進められている。 図 3 に示すように, 薄型のサファイアカバーガラス,0.45mm インセル AMOLED, 低背カメラモジュールの採用などである。この中 AMOLED は前述のように直接スマホの厚さを決定 づけるものではないが,Battery 容量に大きな影響を与えるため,今後の薄型品では非常に重要な部 品である。さらに Apple が一度放棄した「Full-Flat Design」は,Huawei の Flag-Ship Model では 現在でも踏襲されている。今後デザインの差別化が非常に重要な 「生き残り」要素となるため, 「Full-Flat Design」および「薄型化」の重要度がさらに増すことになる。また Full-Flat でないスマホを「保護 カバー」なしで使用した場合, テーブル等に強めに置くと出っ張ったカメラモジュールが衝撃を受け, その PCB が破損することが危惧される。そのため,スマホの厚さを決めているカメラモジュールの 更なる低背化実現が今後非常に重要な課題になるのである。 –3– Vertical Space Distribution (8MP Full Flat type) Sapphire Glass: 0.30 Front Panel: 0.22 PCB/ Battery: 3.47 3.80 Camera Module 8MP H: 4.52 In-Cell AMOLED: 0.45 Back Panel/ Metal : 0.30 Lens Cover Sapphire : 0.20 Unit : mm Full Flat type Navel (0.5mm) type 5MP Twin (8MP out) 13MP 5MP Twin (8MP out) 8MP 13MP H: 3.92mm H: 5.52mm * H: 3.42mm H: 4.02mm H: 5.02mm 図 3 スマホはどこまで薄くできるのか 2.カメラモジュールの低背化技術 カメラモジュールの低背化に寄与する部品・要素技術を図 4 に示す。イメージセンサ表面を基準に して,上側が光学部品,下側が構造部品である。カメラモジュールの低背化は,1)光学性能に影響 を与えない構造部分の寸法縮小,2)光学サイズの短縮が図れる微細 Cell・イメージセンサの採用, 3)レンズ以外の光学部品(IRCF, Cover Glass)の薄型化,4)レンズの薄型化,枚数増,の順序で検討 VCM Actuator Low height Lens: Reduce TTL 1) Special shape Lens (Gull wing Lens) 2) Lens Number increase (Thinner Lens) Thinner Cover Glass / Low CRA*依存IRCF* / μLens Scaling Compact Sensor Chip、Smaller Pixel Size Optics design Tech. Low height Design for Optics Tech. Jisso Tech. Driver/SMD* PCB表面実装 [ Module高、無影響] Flip Chip jisso Key Parts Specification Cavity/Thru Via HTCC* or high in flexural strength LTCC* Flip Chip Jisso Tech. for Thinner Image Sensor CRA: Chief Ray Angle (主光線入射角) / IRCF : IR Cut Filter (Infrared Ray cut filter)/ SMD : Surface Mount Device (表面実装部品) HTCC: High Temperature Co-fired Ceramic System(高温焼成Ceramic基板) / LTCC: Low TCC (低温焼成Ceramic基板) 図 4 カメラモジュールの低背化に関係する要素 –4– Jisso Tech. Camera Module Design Rule :Image Sensor Front side を進めることが望ましい。光学特性への影響が少ないものから順番に低背化策を講じるのである。 1)では Apple が採用している Flip-Chip 実装が最も効果が高い。一般的な実装方式に対し 0.2mm 程 度低背化できる。しかし,高額な装置が多数必要な方式製法であるため,Apple 向けのカメラモジュー ルを製造しているメーカー以外では装置を保有していない。一般的な実装方式では,イメージセンサ の厚さをできるだけ薄くすること,薄型 PCB を使用することである。上述 Flip-Chip 方式との寸法 差は,イメージセンサの厚さ 0.15mm,PCB の厚さ 0.3mm の場合であり,これより薄くできれば前 者との差は縮小する。2)では,2011 年の 1.1m Cell 以来久しくより微細 Cell の登場はなかった。 これは,1.1m Cell では BSI(Back Side Illumination)が感度を大幅に向上させるブレーク・スルー であったのに対し,感度を大幅に向上させる新たな技術が確立されていないためである。次世代の Cell は 0.9m と見込まれていたが,このサイズでは 1.1m 同等の性能確保は当分無理との判断が業界の 常識であった。そこで,中間の 1.0m Cell が 2015 年後半に開発され,2016 年から 16MP と 22.5MP の 2 種類の量産が始まった。このレベルの縮小でも,表 1 のように 1.1m Cell に対して 0.5mm 前後 のカメラモジュール低背化が実現できる。3)のうち IRCF はカメラモジュールの低背化が進捗にと もない CRA(Chief Ray Angle: 主光線入射角)が大きくなったことから,0.15mm の多層膜方式の 薄型 IRCF が使用できなくなった。かわりに入射角依存性が少ない吸収型の Blue Glass が主流になっ た。ところが,この素材は脆いため 0.21mm 程度が限界と言われており,カメラモジュールの低背化 には不利になった。しかし,その後 0.1mm の Film タイプが開発された。貼り付け等に難があったが, 専用の貼り付け装置が開発され 2015 年から一部のスマホ Vender で採用が始まった。当初 JSR のみ が供給源であったが,LMS(韓国)も開発に成功したことから,今後普及が本格化すると予測する。 もう一つはカメラモジュールのカバーガラスである。これは外観に出る部品であるため,強度に加え 耐傷性も重要な仕様である。そこで,0.2mm 程度のサファイアガラスが採用されるケースが多い。 表 1 カメラモジュール高さと Height Rate の関係(一般的な実装方法の場合) Height Rate (HR) (%) 85.0 Height Grade 5MP 8MP 13MP 16MP 21MP 22.5MP Pixel Number 82.5 80.0 Low Height (LH) 77.5 75.0 Super LH 72.5 70.0 Ultra LH 67.5 Extra LH H: 2592 1.4 4.45 4.33 4.22 4.11 3.99 3.88 3.77 3.65 V: 1944 1.12 3.67 3.58 3.49 3.40 3.31 3.22 3.13 3.04 H: 3264 1.4 5.47 5.33 5.19 5.04 4.90 4.76 4.61 4.47 V: 2488 1.1 4.43 4.31 4.20 4.09 3.98 3.86 3.75 3.64 1.0 4.08 3.98 3.87 3.77 3.67 3.57 3.46 3.36 H: 4224 1.1 5.51 5.36 5.22 5.07 4.93 4.79 4.64 4.50 V: 3136 1.0 5.06 4.93 4.80 4.67 4.54 4.40 4.27 4.14 H: 4608 1.1 5.98 5.82 5.66 5.50 5.34 5.18 5.03 4.87 V: 3456 1.0 5.49 5.34 5.20 5.05 4.91 4.77 4.62 4.48 H: 5248 1.2 7.28 7.08 6.89 6.69 6.49 6.30 6.10 5.90 V: 3936 1.12 6.84 6.65 6.47 6.28 6.10 5.92 5.73 5.55 1.0 6.17 6.00 5.84 5.67 5.51 5.35 5.18 5.02 H: 5488 1.1 7.00 6.81 6.62 6.44 6.25 6.06 5.87 5.68 V: 4112 1.0 6.42 6.25 6.08 5.90 5.73 5.56 5.39 5.22 Resolution (Pixels) Cell Size (mm) ★: Image Sensor: Backside Grind 0.15mm : PCB 4 ~ 6 Layers/ 0.3mm : IRCF Blue Glass / 0.21mm : Others 0.07mm –5– // 上表 Unit: mm 4)のレンズでは,薄型化することによりレンズ枚数がふやせれば低背化には非常に有利になる。と ころが現行のインジェクション成型のプラスチックレンズでは,すでに厚さの限界を迎えており,新 たな製法の登場が待たれている。しかし,仮に薄型レンズの新たな製法が確立されたとしても,現在 のスマホの市場は膨大になっているため,IRCF の例のように複数のソースが登場しない限り本格的 な普及は難しいのではないかと考える。 このように,レンズ以外では低背化に貢献する技術が多々開発されている。とはいえ,やはりレン ズ設計で光路長を短縮することがカメラモジュールの低背化には最も効果がある。 そこで, Mobile SoC の画像補正技術の高度化と組合せてレンズの光路長を短縮する設計手法が 2014 年に一気に進んだ。 2014 年初頭には,Height Rate(表 1,光路長を光学サイズに対する比率で表した独自の指標)が 80 程度であったものが年末には 72.5 まで下がっている。これにより,8MP,13MP のカメラモジュー ルでは 0.4~0.5mm の低背化が実現した。Height Rate の縮小はさらに進んでおり,開発レベルでは 67.5 程度のものもあるが,量産されているものは 70 前後と思われる。この手法では,画像補正技術 との組み合わせで最終的に良好な画質を実現する手法である。一方,光学性能を確保しつつ,レンズ 設計だけで実現できる低背化は Height Rate で 77.5 程度である。 3. カメラモジュール低背化,小型化実現に適した 高耐熱 WLO (Wafer Level Optics)の課題 光学設計の観点では, 「画像補正と組み合わせて良好な画質を得る」手法は本来であれば望ましいも のではない。しかし,超薄型レンズが量産できないかぎり,光学設計技術のみではユーザーの最大の 要求である低背化を実現できない以上,現段階ではこの手法を採らざるをえない。 インジェクションレンズより薄いレンズ(最薄部で 0.13mm の試作実績あり)が実現可能な製法と しては,図 5 のリフローカメラモジュール用に開発された WLO の Casting Lens が挙げられる。た だし,VGA の一製品の量産実績しかない。さらに硬化収縮が 5~7%ある熱硬化性樹脂が主要材料であ Hybrid Lens and CCM Casting Lens Part of Lens:Resin Part of core : Glass plate Monolithic structure: Resin AJI / KINIK (撤退) ITRI Heptagon Nov. 2010 Stop the business Anteryon OmniVision (Camera Cube) / Camera Module OVM7692 / VGA (640 x 480 pixels) / Reflowable CCM Dimensions : 3.2 x 2.8 x 2.1mm OVM9724 / HD ( 1280 x 720 pixels ) / Reflowable CCM Tessera Dimensions : 3.9 x 2.9 x 2.3mm 図 5 リフローカメラモジュール用 WLO(wafer Level Optics) –6– るため,最適な成形プロセスを決めるのが非常に難しい。中小レンズメーカー単独での開発には荷が 重い製法であった。とはいえ,非常に薄くでき,リフローに耐える高耐熱性があり,WLO であるた め生産性が非常に高く従来品より廉価にできる可能性があり,低圧成型であるため複屈折がガラスレ ンズ並に低い,など潜在能力は非常に高い。そこで,台湾の ITRI や韓国 KOPTI など,国の研究機関 での検討が 2015 年から始まっている。しかし,量産までにはかなりの時間を要するものと推察する。 当面は,このような技術があると認識する程度に留めておいた方が良いかと思う。 一方,同図の Hybrid Lens(WLO)は NOKIA 向けのリフローカメラモジュールに大量に採用された ものである。しかし,構造的には平板ガラスのコアがあるため低背化には向いていない。現在でも低 価格の携帯電話,スマホには相当数採用されているが,最先端の薄型スマホには適していない。ただ し,リフロー用として開発されたものであり耐熱性が非常に高いこと,WLO で製造することにより 生産性が高いこと,低圧成型であるため低複屈折であること,などのメリットは Casting Lens と同 様である。さらにリフローカメラモジュール用のイメージセンサは CSP 仕様が基本である。そのた め,他の製法のカメラモジュールより大幅に小型化できるのも大きな特長の一つである(図 5 の OmniVison 製の事例では,VGA で 3mm 角程度である。他の製法では,このサイズの実現は“量産 レベルでは不可能”である)。これらの特長から,低背化を要求しない車載カメラ,ドローン,など今 後市場拡大が期待される IoT 製品向けには非常に有望なものであると考える。 おわりに 超薄型(最薄部 0.13mm 以下),高耐熱,高硬度(5~7H: P/H),高性能(ガラスレンズ同等の低複 屈折)が実現可能なレンズとして Casting WLO を紹介した。しかし,試作で性能が確保できている にも関わらず,高難度な製法ゆえに残念ながら本格量産には至っていない。Feature Phone が全盛だっ た 10 年前であれば,携帯電話の新製品開発には 1.5~2 年の時間を掛けていた。このような時代であ れば,実績はないが「高性能が期待できる新技術」に検討時間を費やすことは可能であった。しかし, 昨今は先述の RDP の登場もあり,スマホは数か月で開発できてしまう。さらに図 1 のように市場が 飽和しつつある中,全く実績のない技術を検討するスマホ Vender は,Apple 以外には存在しないと 考える(しかも Apple は Casting Lens を検討していない)。今後余程大きな変化がない限り,Casting WLO がスマホに採用される確率は非常に低いと予測する。とはいえ, 「低背化」は当面カメラモジュー ルにとって非常に大きな命題である。そのため, 日本ゼオンが 2012 年に開発した「ZEONEX® K26R」 のような,流動性を高め薄型化を可能にした樹脂の採用を検討するのが現実的であろう。流動性を高 めたことにより応力複屈折も低下することからレンズ性能も向上する。ただし,従来方式のインジェ クション製法で量産できるとはいえ,成型プロセスは従来とは大きく異なるものになると考えられる。 そのため,容易に採用できるものではないようである。しかし,ゼロからの出発でない以上,市場の 薄型レンズの要望に応えるために検討しなければならない材料だと思う。 また, 「スマホの薄型化は“トレンド”であり,差別化できる要素である」とはいえ,その要素だけ では市場拡大できないことは図 1 が証明している。このように,スマホの薄型化は生き残り競争が激 化する中での他社との差別化要素にすぎないのである。 飽和した市場に対する戦略として,新たな市場を創出する工夫がある。その一つとして「遠赤外線 カメラ」のスマホへの標準搭載が挙げられる。遠赤外線カメラは,軍需用,セキュリティ,一部車載 用に採用されてきたものであり,特殊で高額というイメージが強い。しかし,車載用では完全自動運 転を目指した場合,非常に有効な部品でもある。そこで数年前からコスト低減の工夫がなされてきた。 その一つは遠赤外線イメージセンサを,チップレベルや Cell レベルで真空封止する技術の確立である。 もう一つは,遠赤外線レンズを WLO にすることである。さらに,遠赤外線イメージセンサは高額で あるが画素数を減らすことによりコストダウンが可能である。これらの技術を集大成し, 「画素数が少 なくても成立するアプリケーション」としてスマホにターゲットを絞った動きが 2 年ほど前から活性 化している。当初はアダプター形式でスマホに取り付けるものが主であったが,2016 年には標準搭載 –7– したスマホ(Cat® S60 $599 / Cat Phones)が欧米で発売される(サーモグラフィ―機能付き)。Target 市場の製品のコストを下げる場合,市場規模が急拡大しない限り,VA/CD 努力は売上金額規模の縮小 を招き,リストラを余儀なくされる。それを避けるために「高額で売れる市場」創出を画策するのが 日本企業の常套手段である。しかし,その手段のほとんどが失敗に終わることは歴史が物語っている。 最善の方法は, 「仕様を落としても売れる新たな市場を創出」し,その規模拡大の結果,事業的なダメー ジがなく Target 市場でも製品コストを下げられるようにすることである(クレイトン・クリステン セン教授著「イノベーションのジレンマ」を熟読すれば,十分思いつく戦略である)。 右肩上がりに成長してきたスマホ市場も成熟期を迎えている。 いち早くその流れを察知した OS メー カーは,2014 年には IVI(In-Vehicle-Infortainment)OS に事業の重心を移している。そして現時点 では,すでに目に見える形でスマホ市場の飽和は始まっている。光学部品においても,市場の変化に 対するユーザーの要望を的確に把握し,それに応えつつ,他の分野,製品にも展開可能な技術開発を 進めることが重要な時期になっているのである。 –8–
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