miyazakiICPLJ7 handbook

日本語の聞き手行動における親疎と パワーの関係 宮崎幸江 上智短期大学 はじめに 日本語の対面会話において、聞き手はあいづちやうなずき等のリアクティブ・トークン(Clancy et al.
1996、以下RT)を連続的に使用し発話の進行に間接的に関わる(Kita & Ide 2007)。Tannen (1993)は、
会話従事者は相手との親しさやパワーなど複数の社会的要因を相対的に考慮し言語行動を調節するスト
ラテジーを持つと主張する。そして社会的要因の相対性を、親疎を横軸、パワーを縦軸とする図1の座
標:左上から時計回りに、A面(親+パワー差大)B面(疎+パワー差大) C(疎+パワー差小=対等)
D(親+対等)を用い説明した。 宮崎(2007, 2008)は、Tannen (1993) の座標を用いB,C,D面コンテクストにおける聞き手行動を、言語
RT(あいづち他)と非言語RT(うなずき)の割合と種類について分析し、聞き手行動と「親疎とパワー」
の関係を明らかにしようとしたが、A面(親+パワー差大)データの欠落(宮崎2008)と会話タイプの不統
一(宮崎2007)というデータ上の弱点があった。本稿は、新たにA面データを加え、全データを、「指示」
を聞く聞き手行動に統一し、親疎とパワーからなる4つのコンテクストにおける聞き手行動の特徴の説明
を試みることを目的とする。 2. 調査方法 被験者は、関東で生まれ育った日本語母語話者学生(19∼20歳、女性、聞き手)10名と、指導教官(46
歳、女性、話し手)で、学生が指導教官の指示を聞く各2分間の会話を録画し分析した。本データをA面コ
ンテクストとした理由は、少人数制ゼミの学生と指導教官の関係は、B面(初対面=疎)に比べ、親しい
と考えられると判断したからだ。 本稿では、聞き手行動をMiyazaki(2007)と同じく、言語RT(あいづち詞、繰り返し、言い換え、先取り、
コメント、リアクティブ表現(本当他))と、非言語RT(あいづちを伴わないうなずき)に分類し、さら
にあいづち詞の種類を(はい、うん、ええ、ああ、そう、ふうん、へえ他)とし、その他の実験手順、分
析方法も宮崎(2007、2008)と統一した。 3. 結果と考察 3.1. 結果 A面において使用されたRTの頻度は、言語RTと非言語RTの総数が532で、非言語RTは全体の47%、言
語RT53%とわずかに言語RTが上回った。初対面のB面(宮崎2008)と比較すると、総数は8%多いが、非言
語RTは26%低かった。使用されたあいづち詞の種類については、その77%が「はい」で最もフォーマルな
種類が多用されたが、B面の「はい」の比率82%に比べるとやや低い。一方、A面のあいづち詞とあいづ
ち詞以外の比率は、B面より高くD面に最も近いことがわかった。 3.2. 考察 A∼D面データの特徴をまとめた聞き手行動のバリエーションは、図1のようになる。本研究のA,B,D
面の聞き手は全て同世代の学生であるが、彼らは話し手との関係が異なるそれぞれのコンテクストでどの
ように聞き手行動を使い分けているであろうか。 まず、彼女らは話し手のパワーが大きい時(AB面)は、そうでないD面に比べ非言語RTを多用してい
る。逆に、同世代(D面)会話の場合は言語RTを多く使う。またパワー差はあるが親しいA面では、非言
語RTはB面よりも少ない。つまり、親しく対等な関係程、言語RTが多くなりより積極的な会話への参加が
見られる。非言語RTは、相手の邪魔しないという意味で、ポライトネス・ストラテジーとして機能し、初
対面でしかもパワー差が大きいB面のコンテクストで、好んで用いられるのではないだろうか。 親しさの程度は、使用されたあいづち詞のフォーマリティと言語RTの種類(あいづち詞か否か)にも影
響する。同じパワ‐レベルを比べると、「はい」の使用頻度は、A面<B面、 D面<C面となっていることか
ら、親しさと「はい」の頻度は反比例するといえる。また、親しいコンテクストでは、あいづち詞以外の
1.
RTが多く使われるため、聞き手の会話参加は活発でより「共話(水谷1993)」的印象が強くなる。 最後に、A,B,D面の特徴として「笑い」の使用を挙げる。笑いの機能はラポートであるため、A面及びD
面のように親しい関係にある時に使用頻度が高いのは当然である。しかし、B面の聞き手も多く使ってい
ることから、笑いは若者世代特有の聞き手行動であるとも考えられる。または、笑いもうなずきのように
ポライトネス・ストラテジーとして機能する可能性も考えられる。
図1.指示会話における聞き手行動のバリ エーシ ョン (Tannen 1993 を修正) パワー差 大 言語RT 53% + 非言語RT 47% 言語RT 31%+ 非言語RT 69% フォーマルなあいづち詞77% A B フォーマルなあいづち詞82% 親 疎 言語RT 62% +非言語RT 38% 言語RT 73% +非言語RT 27% フォーマルなあいづち詞32% D C フォーマルなあいづち詞55% 小 4. おわりに 日本語母語話者は、親疎やパワーで分析されるコンテクストにより、言語と非言語のバランスや、適切
なRTの種類を選択し聞き手行動のバリエーションを使い分けていると考えられる。本結果の示したA~D
面のバリエーションの型は、相対的なものでコンテクストにより変化する。本研究の分析は母語話者女性
に限定したが、今後は男性会話の場合や話し手と聞き手のパワー関係が逆になった場合など他のバリエー
ションについても研究課題としていきたい。 付記 本研究は、平成20年度科学研究費補助による「日本語における聞き手の言語・非言語行動のバリエ
ーション研究」(若手スタートアップ、課題研究番号 19820057)の研究成果の一部である。 参考文献
水谷信子(1993)「『共話』から『対話』へ」『日本語学』pp.12-4.明治書院 宮崎幸江(2007) 「日本人女性の聞き手としての行動―親疎と上下関係によるバリエーション」 『言語
学と日本語教育V』pp.157-174 くろしお出版 宮崎幸江(2008)「指示会話における聞き手の行動バリエーション」ICPLJ6発表 Clancy, P. M, S. A. Thompson, R. Suzuki, and H. Tao (1996) The conversational use of reactive tokens in English,
Japanese, and Mandarin. Journal of pragmatics 26. 355-387
Kita, S. and S. Ide. (2007). Nodding, aizuchi, and final particles in Japanese conversation: How conversation reflects
the ideology of communication and social relationships. Journal of Pragmatics 39: 1242-1254. Elsevier.
Miyazaki, S. (2007). Japanese women’s listening behavior in face-to-face conversation: The use of reactive tokens
and nods. Hituji Shobo Publisher: Tokyo.
Tannen, D. (1993) The relativity of linguistic strategies: Rethinking power and solidarity in gender and dominance.
In D. Tannen (ed.). Genderand conversational interaction, 165-188.Oxford: Oxford University Press.
用語リスト
リアクティブ・トークン:Clancy et al. (1996) の定義は “a short utterance produced by an interlocutor who is
playing a listener’s role during the other interlocutor’s speaking turn’’だが、本稿ではうなずきを含む。