日本溶接協会 車両部会 スポット溶接条件の諸因子が溶接品質に及ぼす

クローズアップ
スポット溶接条件の諸因子が
溶接品質に及ぼす影響
−ステンレス鋼製車両−
(社)日本溶接協会 車両部会 車両用薄板溶接施工委員会・ステンレス鋼溶接研究委員会
*
化,耐食性ならびにメンテナンスフリー化の効果が大き
1 はじめに
いアルミニウム合金製,ステンレス鋼製に二極化されて
鉄道車両の車体を構成する構造部分を構体と称してい
いる。
る。構体の材質は主に鋼,アルミニウム合金,ステンレ
とくにステンレス鋼は外板として意匠性を持ち,無塗
ス鋼の3種類であるが,近年製造されている車両は軽量
装化が図れることから,通勤用車両の多くに採用されて
いる。ステンレス鋼製車両(以下ステンレス車両という)
表1 SUS301LおよびSUS304の機械的性質
SUS304
テンレス鋼が用いられている。そのステンレス鋼は耐食
耐力
2
N/mm
引張強さ
2
N/mm
伸び
%
鉄道車両用記号
(参考)
−
215以上
550以上
45以上
SUS301L−LT
SUS301LとSUS304の2種類である。表1にこれらの機
1
H
4
345以上
690以上
40以上
SUS301L−DLT
械的性質を示す。ステンレス鋼は熱伝導率がきわめて小
1
H
2
410以上
760以上
35以上
SUS301L−ST
3
H
4
480以上
820以上
25以上
SUS301L−MT
主接合方法として用いている。図1にステンレス車両の
H
685以上
930以上
20以上
SUS301L−HT
主な構体構造例を示す。
205以上
520以上
40以上
SUS304
種類の記号 記号
SUS301L
は台枠の一部を除き他の構造部材や外板などすべてにス
性が高く,塑性加工に適しているオーステナイト系の
さいため,溶接時の熱影響で歪の発生も大きくなること
から,外板と骨組や外板同士の接合にはスポット溶接を
社団法人日本溶接協会車両部会の車両用薄板溶接施
*現在は,鉄・SUS車体溶接研究委員会に統合
図1 ステンレス車両の主な構体構造例
68
溶 接 技 術
表2 溶接継手の種別と継手形状
※種別1は,側外板+骨組のスポット溶接を想定。
※種別2は,出入口フレーム+側外板+骨組のスポット溶接を想定。
※種別3は,骨組+骨組+側外板+側外板のスポット溶接を想定。
工研究委員会とステンレス鋼溶接研究委員会では合同
で,より歪が少なく安定した品質となるスポット溶接を
行うため,
「ステンレス車両側外板スポット溶接施工に
関する調査結果」をまとめたところ,施工の要となる溶
2 試験片製作条件
表2に溶接継手の材質と板厚組合せによる種別とその
継手形状を示し,以下に製作要領を述べる。
接条件は,それまでの各社の選定思想,ノウハウ,設備
供試材の寸法は125mm×40mmとし,各社担当する板
等により差異が見られた。近年,委員会を構成する各社
厚組合せに対し,各社が使用している溶接機を使用し,
の委員が代替わりする傾向にあり,これまでの技術資産
ナゲット径が社団法人日本鉄道車輌工業会規格JRIS
の伝承という点から,スポット溶接条件選定過程におけ
W0161(鉄道車両−作業標準−:ステンレス鋼材のスポ
る溶接条件の諸因子が溶接品質に及ぼす影響について再
ット溶接)規定最低値+1mm以内となるよう標準条件
認識すべき,との声が上がり「溶接条件の諸因子が溶接
を選定した後,「加圧力」,「溶接電流」,「通電時間」,
品質に及ぼす影響調査」を実施する運びとなり,今回は
その結果について報告する。
2006年12月号
「電極先端形状」
,
「冷却時間」について,各数値を決め
られた幅で変動させ,単点試験片を製作した。表3に詳
69
クローズアップ
表3 継手変動因子
継手種別1
変
動
因
子
加圧力
(kN)
溶接電流
(kA)
継手種別2,3
通電時間
(cyc)
電極形状
(mm)
標準
標準
標準
標準
冷却時間
(cyc)
標準
標準
標準
標準
標準
標準
標準
標準
標準
+2
−2
−2
−1
−1
標準
電極形状
(mm)
+1
+1
+2
溶
接
電
流
通電時間
(cyc)
−1
−1
標準
溶接電流
(kA)
−2
−2
加
圧
力
加圧力
(kN)
標準
標準
標準
標準
標準
+1
+1
+2
+2
−10
−10
通
電
時
間
−5
−5
標準
標準
標準
標準
標準
標準
標準
+5
+5
+10
+10
−50R(−60R)
−50R
電
極
形
状
−25R(−30R)
−25R
標準
標準
標準
標準
標準
標準
標準
標準
標準
+25R
+25R(+50R)
+50R
+50R(+75R)
−4
冷
却
時
間
−2
標準
標準
標準
標準
標準
+2
+4
*1社のみ( )内の電極形状
細を示す。なお,種別1についてはA社が製作した継手
ばらつき(%)=
引張せん断荷重の最大値,最小値−平均引張せん断荷重
をB社にて試験した。種別2と種別3については各社が
製作と試験の両方を実施した。
3 継手試験方法
以下の試験項目に対し,変動因子ごとに計測,記録を
行った。
(1)外観試験(平滑度試験)
割れ,ピット,表散りの有無を確認し記録する。また,
平均引張せん断荷重
×100
(3)断面マクロ試験
JIS Z 3139(スポット溶接継手の断面試験方法)に基
づいて断面マクロ試験を行う。ナゲット径,溶込み深さ
および内部欠陥率を計測,記録する。n数は変動因子ご
とに3とし,平均値を算出する。
(4)硬さ試験
JIS Z 2244(ビッカース硬さ試験−試験方法)に基づ
平滑度試験を行い,記録する。n数は変動因子ごとに13
いてビッカース硬さ試験を行う。試験力9.8N,測定ピッ
とし,平均値を算出する。
チ0.4mmとし,電流を変動因子とした断面マクロ試験片
(2)引張せん断試験
JIS Z 3136(抵抗スポット及びプロジェクション溶接
継手のせん断試験に対する試験片寸法及び試験方法)に
基づいて引張せん断試験を行う。種別2および種別3の
試験片における荷重負担は,それぞれ上板と中板,中板
2枚とする。n数は変動因子ごとに10とし,平均値とば
の標準条件,最大電流および最小電流の3片について計
測,記録する。図2(以下,次ページ)に継手種別ごと
の計測位置を太線で示す。
4 溶接継手製作結果
表4に各社が使用した溶接機と標準条件を示す。
らつきを算出する。なお,ばらつきの算出には次式を用
いる。
70
溶 接 技 術
した。また,中散りが発生した試験片では引張せん断荷
5 継手試験結果
重が低下し,ばらつきも大きくなった。
表5∼8に結果の一例として,種別2(3枚重ね)に
(3)断面マクロ試験
おける結果詳細を示す。
標準条件の試験片では規定されたナゲット径,溶込み
(1)外観試験(平滑度試験)
率,許容内部欠陥率を満足した。引張せん断試験と同様
いずれの試験片においても割れ・ピット・表散りはな
に溶接電流の大小が引張せん断荷重に最も大きく影響し
かった。平滑度試験では電極先端半径が大きくなると,
た。また,中散りが発生した試験片では内部欠陥率が許
圧痕深さが小さくなった。溶接電流が大きい場合は圧痕
容値を超え,ナゲット径および溶込み率も低下した。
が深く,中散りが発生する条件では極端に深くなってい
(4)硬さ試験
る。
いずれの試験片においても異常な硬度上昇等は見られ
また,種別1の場合,HT側の圧痕が深かったので,
なかった。全般的にコロナボンド部で若干の硬度上昇が
材料の上下を入替て追加実験を行ったが,HT側の圧痕
見受けられる。
が深い傾向に変化はなかった。
6 まとめ
(2)引張せん断試験
ナゲットが形成されていない継手以外はすべて規定さ
変動因子が平滑度試験,引張せん断試験,断面マクロ
れた最小引張せん断荷重を満足した。変動因子の中では
試験,硬さ試験結果に与える影響について,以下に概括
溶接電流の大小が引張せん断荷重にもっとも大きく影響
を記す。
平滑度試験において圧痕深さを小さくするには,電極
先端半径を大きくするとよい。平滑度を要求される部位
には先端半径が大きいものもしくはフラットな電極を使
用することが有効であることを示している。
引張せん断荷重とナゲット径には正の相関があり,こ
れらを大きくするには,溶接電流および通電時間を大き
くするとよい。溶接電流の大小が最も影響するが,通電
時間については一定値をこえると増加が鈍化する。ただ
し,溶接電流が大きくなりすぎると中散りが発生するた
め注意が必要である。中散りが発生する溶接条件では,
外観,引張せん断,断面マクロ試験のすべてに悪い影響
があるので,多少溶接条件が上下しても中散りの出にく
い条件を選ぶことが重要である。
図2 硬さ計測位置
表4 溶接機と標準条件
継
手
種
別
製作
溶接機
加圧力
(kN)
電極形状
(mm)
スクイズ
(cyc)
溶接
電流①
(kA)
通電
時間①
(cyc)
冷却時間
(cyc)
溶接
電流②
(kA)
通電
時間②
(cyc)
ホールド
時間
(cyc)
1
A社
直流インバータ
Cガン・
エア加圧タイプ
6.9
75
60
6.5
20
−
−
−
60
C社
単相交流
ポータブル機
8.0
100
70
7.2
6
5
7.2
30
70
D社
単相整流
定置式
7.5
100
70
6.0
5
5
6.0
30
70
E社
直流インバータ
定置式
7.5
100
70
5.0
5
5
5.0
18×2
70
F社
インバータ
NCダイレクト
スポット
9.0
75
80
8.4
18.5
−
−
−
80
2
3
2006年12月号
71
クローズアップ
表5 外観試験および引張せん断試験結果
72
溶 接 技 術
表6 断面マクロ試験結果
2006年12月号
73
クローズアップ
表7 断面マクロ写真
74
溶 接 技 術
表8 硬さ試験結果
表9 試験協力者
委員長
幹 事
所 属
宮本 勉
近畿車輛㈱
北野 嘉男
東急車輌製造㈱
*内田 博行
東急車輌製造㈱
では溶接機形態が異なること(定置式とNCダイレクト
スポット),標準条件が大きく異なる(通電回数,溶接
木下征一郎
近畿車輛㈱
*越知 誠
近畿車輛㈱
*岩木 俊一
東急車輌製造㈱
*丸谷 武央
川崎重工業㈱
*荒木 純
新日鐵住金ステンレス㈱
*大塚 陽介
東急車輌製造㈱
*側垣 正
東急車輌製造㈱
駒形 敏昭
委員及び協力者
事務局
2枚重ねおよび3枚重ねの継手についてはいずれの試
氏 名
吉田 崇
東日本旅客鉄道㈱
新津車両製作所
東日本旅客鉄道㈱
新津車両製作所
原 裕茂
日本車輌製造㈱
*須田 俊之
日本車輌製造㈱
*水本 盛士
㈱日立製作所
武市 徹也
㈱日立製作所
*樅木 浩司
アルナ車両㈱
*田中 誠
›日本溶接協会
備考:*印付きは現在の鉄・SUS車体溶接研究委員会のメンバーである。
験結果においてもほぼ同じ傾向を示したが,4枚重ねで
は同じ組合せでも傾向が異なる部分もあった。4枚重ね
電流値)ことが影響していると思われる。また,重ね枚
数が多い継手では,溶接条件の選定が難しいことを示し
ているといえる。
溶接機と標準条件は各社において差異が見られるが,
変動因子の影響については同様な傾向となり,最も影響
する変動因子は溶接電流であることを再確認した。今後,
得られた知見を各社の溶接条件選定業務に生かし,スポ
ット溶接品質の向上に努める所存である。
7 試験協力者の構成表
表9に本試験協力者の構成表を示す。なお,車両用薄
板溶接施工研究委員会とステンレス鋼溶接研究委員会は
平成18年に統合され,鉄・SUS車体溶接研究委員会とし
て活動を行っている。
2006年12月号
75