平成22年度医療情報化促進事業成果報告書 別紙3 災害時の避難所等における IT システムの有効性調査 報告書 目次 背景・目的 .............................................................................................................................. 1 調査内容 ................................................................................................................................. 2 概要 ..................................................................................................................................... 2 実施方針 .............................................................................................................................. 2 実際体制 .............................................................................................................................. 3 活動経緯 .............................................................................................................................. 5 動画通話による遠隔支援(健康相談)の実施 ................................................................... 9 動画通話による遠隔支援システムの構築......................................................................... 10 避難所の通信環境、設置環境等 ....................................................................................... 13 IT 機器の仕様 ................................................................................................................... 14 調査成果 ............................................................................................................................... 15 事業の結果 ........................................................................................................................ 15 課題と方策 ........................................................................................................................ 17 考察、今後の提言 ................................................................................................................. 18 背景・目的 2011 年 3 月 11 日の東日本大震災では東北地方に甚大な被害を与えた。 地域によっては地震、津波により町が壊滅的な被害を受けたこと、及び、福 島第一原子力発所の事故により、周辺の住民は緊急に集団での遠方への避難を 余儀なくされ、発災後数日と経たない内にバス等により着の身着のまま集団で の県外避難所への避難を余儀なくされた。 そのような一時帰宅すらできない状況の中、避難生活が数カ月以上長期化す ることが調査開始時点で予想される状況であった。 長期化する避難生活においては、避難者およびそれを支える自治体職員、保 健師等も心身ともにケアを行うことが必要とされている。 県外避難所の周辺には医療機関も存在しているが、必ずしも避難所のある地 域に総合病院がある訳ではなく、診療科によっては遠くまで移動しないと受診 できない状況である。 避難地域の医療機関は、従来からその地域の患者がおり、避難所に特化して 医療提供することは難しいこととともに、地元自治体では自治体等と医療機関 の連携等が従来存在するものが、県外避難所においては一からの構築となるこ とも不安要因である。 東北地方以外の全国から医師が派遣されているが、1カ月以上といった長期 的な期間滞在することは難しく、交代で医師が派遣されるが、そのたびに新規 にカルテを起こす必要がでてきている等のことが起こっている状態である。 避難が長期化するにつれ、心のケアを継続的に行う必要性が高まってきてい る状況下にあるが、継続してケアを行うのは難しい状況である。 福島県南相馬市は東日本大震災において地震、津波で壊滅的被害を受けた地 域がある上、市の一部が福島第一原子力発電所から 30km 圏内にあり、群馬県 東吾妻郡への緊急的な避難が行われた。 なれない土地での長期に渡る避難生活は心身ともに負担がおおきいものであ る。 本事業では、IT システムを用い、避難所と遠方の医師をビデオ通話にて繋ぐ ことで長期間に渡って定期的に健康相談を実施し、避難所等における IT システ ムの有効性に関して調査を行った。 継続性をもった支援は長期の避難生活において重要であり、遠隔からの支援 が有効であれば全国から継続的な支援を行うことが可能となる。 1 調査内容 概要 群馬県東吾妻町にある避難所に対し、九州大学(福岡県)精神科医師による 健康相談の実施を定期的(10 日に 1 回程度)に行い、避難所に対する遠隔支援 の実施を行った。 上記健康相談のため、動画によるコミュニケーション支援システムを構築し、 IT システムとネットワークを活用することにより遠方からの支援を可能とした。 避難所に対する支援は、精神科医師が避難所において生活サポートを行って いる自治体職員、保健師、看護師(自治体職員等)に対し、避難者(生活サポ ートを行う自治体職員等を含む)に関する健康相談をビデオ通話にて行うこと で実施した。 医師による遠隔支援の有効性とともに、IT システムの有効性に関して調査を 行い効果的な結果が得られた。 実施方針 現地は実際の避難所であることから、現地で生活サポートをしている自治体 職員等や避難者に不要な負担をかけることがないよう、遠隔支援をする医師や システム構築をするスタッフが現地にて十分な説明と事前協議を行ってから遠 隔支援を実施することとした。 避難生活は長期化することが予想されたため、定期的に支援を行うこととす るとともに、避難所の状況に応じて柔軟に対応することとした。 遠隔支援が円滑に行えるため、避難所の自治体職員等および医師とスケジュ ール調整等の連絡調整を行うとともに、事前の操作説明等のサポート行うこと とした。 避難所の状況により遠隔支援の実施日のスケジュール調整等を行うため自治 体職員等とビデオ通話による支援以外に連絡調整し、コミュニケーションを図 るようにした。 IT 支援システムに関しては以下の点を考慮したものとし、動画通話および資 料共有のコミュケーション支援システムを構築することとした。 2 ・ 動画通話を含めて安全に情報がやりとりでき、情報の機密性が保てること。 ・ 現地のインターネット回線やルータ等の機器は既存の物の使うため、環境に よらず接続性の高いものであること。 ・ 十分な通話品質(映像、音声)を備えるものとすること。 ・ 現地の環境に応じて円滑な通話が行えるようにすること。 ・ 操作が簡便であること。 ・ コンパクトに設置でき移動しやすいものであること。 ・ 現地の資料を共有できるものであること。 ・ サーバークライアント間の通信形式等のプロトコル等はできる限り、オープ ンまたはデファクトスタンダードなものを用いること。 ・ クライアント側機材は汎用的で安価なものであること。 実際体制 避難所にて生活サポートを送っている自治体職員等とサポートのあり方につ いて事前協議し、以下の体制での遠隔支援の実施を行った。 遠隔支援実施側: 精神科医師(九州大 動画通話を通じての健康相談(サポート)の実施。 学) 避難所へのサポートのあり方についての協議(自治体職 員等とのサポートあり方についての事前協議および遠 隔支援に関する説明)。 有限会社アイ・エス・ IT システムの構築・設置。 イー システムの使用方法の説明(現地および遠隔)。 動画通話の実施が円滑に行えるための、医師と自治体職 員等との間のスケジュール等調整の調整連絡。 避難所側: 自治体職員等 避難元自治体の自治体職員、保健師、看護師。 動画通話を通じて精神科医師に健康相談を行っていた だいた。 本事業では、基本的に自治体職員等が避難者への生活サ ポートを行う上で、精神科医師に相談したいことを話し ていただくことで避難所への支援を行った。 避難所においては、自治体職員等は避難者の生活サポー 3 トを行っており、そのサポート範囲は広範なものであっ た。 避難者 5 月 20 日時点で 261 名 避難者は、単身者世帯、家族世帯、若い世帯から高齢者 世帯まで幅広いものである。就学年齢の子供に関しては 避難先自治体の学校に通っていた。 特に高齢者に関しては方言が強く会話に難しいところ があった。 避難所概要: コニファーいわびつ 5 月 20 日時点で避難者 223 名 8 月 9 日時点で約 100 名 8 月末避難所閉鎖の発表が自立を促しているとのこと 8 月 23 日現在 63 名 9 月末までの避難所延長が決まったとのこと 10 月 19 日最後の 30 名が仮設住宅入居等のために退去、 東吾妻町の避難所から避難者全員退去 10 月末職員による避難所の撤収作業完了 岩櫃ふれあいの郷 5 月 20 日時点で避難者 38 名 コニファーいわびつへの移動が行われており 7 月末に全 員移動完了 避難所においては、避難者の自立や仮設住宅への入居のために避難所閉鎖ま でに徐々に人数は減っているが、健康で自立力の高い方から避難所を出る傾向 にあるため、人数の減尐と比例して必要とするサポート量が単純に減る訳では ない。自立困難者が長期に渡り避難所で生活する傾向にあった。 避難所に関しては、避難所の集約に伴う移動のほか、避難所内でも避難者の 部屋の移動が随時行われており、避難者の入れ替わりが起こっている。職員等 も帰郷や派遣期間の問題から入れ替わりが頻繁にあった。 円滑な支援の実施のためには医師による支援はもちろんのこと、人の動きが 流動的な避難所への支援のためには、動画通話の前に十分な連絡調整を行いコ ミュニケーションが円滑に行えるようにする必要性があった。 4 活動経緯 福島県南相馬市は東日本大震災において地震、津波で壊滅的被害を受けた地 域がある上、市の一部が福島第一原子力発電所から 30km 圏内の位置にあり緊 急的な避難を行い、3 月 17 日、18 日に計 412 名がバスにて移動し、群馬県東 吾妻郡にある施設(4 施設)に避難した。 東吾妻町は群馬県北西部にある町で、東京から約 2 時間半の距離にある。南 相馬市と東吾妻町の間は公共交通機関によると東京経由で移動する必要があり、 日帰りすることが不可能な位置関係である。 5 月 20 日に群馬県東吾妻郡の現地にて医師と IT 環境構築担当にて、サポー トのあり方について協議を行い、遠隔での健康相談(サポート)を定期的に実 施していくこととした。遠隔支援に関する説明を行い避難者のサポートは自治 体職員等と動画通話で相談を行う形で実施することとした。 サポートのあり方の協議に当たり、現地訪問をした際には、訪問時に自治体 職員等で健康上心配のある避難者、避難所周辺の医療機関の環境、避難者の医 療機関への受診状況、自治体職員等の生活サポートの内容、自治体職員等自身 の地元自治体からの遠隔地での生活等に関する聞き取りを行い、情報交換を行 うとともに、2つの避難所を回り避難所の状況の確認を行った。 上記と並行し、現地避難所にて機材の設置、設定およびシステム使用方法の 説明を行った。5 月 20 日の作業内容等に関しては下記の通りである。 避難所: 東吾妻町避難所 訪問者: 精神科医師 IT 環境構築担当 2 ヶ所(南相馬市避難所) 九州大学精神科医師 1名 有限会社アイ・エス・イー 1 名 自治体職員等: 自治体職員 保健師 看護師 2名 1名 1名 5 避難所概要: 南相馬市からの避難所は 5 月 20 日現在 2 ヶ所である。20 日時点で避難所の集 約が進んでおり避難所の数は減尐している。現在「コニファーいわびつ」1ヶ 所に集約しつつあり、岩櫃ふれあいの郷は将来的に閉鎖予定である。 コニファーいわびつ 避難者数 223 名 岩櫃ふれあいの郷 避難者数 38 名 南相馬市と杉並区が災害時相互援助に関する協定を結んでおり、杉並区の施設 として開業したコニファーいわびつ(当時すぎなみ自然村)がある東吾妻町に 避難所を開設することになった。 避難所の通信環境: 災害対策用の特設回線の光ファイバーが避難所に引き込まれており、インター ネットおよび無料公衆電話を利用することができる状態であった。 設置機器および設定: 2 カ所の避難所に、動画通話用の機器を 1 台ずつ設置した。 避難所のインターネット接続環境にて、VPN 接続ができることを確認し、動画 通話に関する設定を行い、動画通話に関する説明を行った。 また、モバイルスキャナの設置を行い、スキャナの使用方法に関する説明を行 った。 メモ: 精神科医療の対象の避難者がおり、精神科に関しては中之条病院(群馬県吾妻 郡中之条町 車で約 20 分)に事前電話連絡の上、職員が車で送迎し受診してい た。 職員、看護師が避難所に交代で泊まっていた。職員の一部は東吾妻町のアパー トを借りているものもいるが、職員(およびその家族)も避難所で生活してい る方もいた。 職員、看護師他の努力によって避難所が維持されているが、泊まり込みも連続 であり、震災後つい最近まで週末も含め1日も休みが取れる状態ではなく疲労 はかなりのものであった。 東日本大震災発生当初、南相馬市の避難所に数日程度避難するつもりで家をで たまま、南相馬市の避難所から東吾妻町の避難所へ避難することになった避難 者が大勢おり、地震発生以来一度も自宅へ戻っていない避難者が大勢いた。 特に高齢者に関しては方言が強く、避難者との直接会話することが難しい場合 があり、コミュニケーションの壁となる程度の困難さがあった。 6 5 月 23 日「コニファーいわびつ」、24 日「岩櫃ふれあいの郷」間にてビデオ通 話のテストを行った。 機器の操作についてはビデオ通話接続までは電話で、ビデオ通話がつながって からはビデオ通話のみで行った。設置している機材を(カメラ)を通じて互い に顔が見えることから説明はスムーズに行えた。 実際に遠方で通話をした結果で、通信設定やビデオ通話に関する調整を行った。 5 月 27 日 初回の九州大学と避難所 2 ヶ所間で遠隔地でのビデオ通話による遠 隔支援を行った。 ビデオ通話開始前に、設置個所でのネットワークに応じた設定を行った。 2 ヶ所との通話を行い、ビデオの品質に関しては表情も判別でき通話もスムーズ に行えたとの評価をいただいた。 音声の通話品質に関しては音声の乱れ(ノイズ、エコー)が若干見られたとの ことで、相談支援後に調整を行った。マイク設定、音声通話に関するパラメー ター調整、ボリューム調整、スピーカーとマイクの設置位置の調整を行い、音 声の乱れが解消したことを確認した。 相談終了後に、資料共有に関する打ち合わせをビデオ通話にて行った。 その後、約 10 日に 1 回の頻度にてビデオ通話での健康相談を行った。10 月 13 日までの間に 12 回の遠隔支援を行った。 10 月 19 日に避難所に最後まで残っていた 30 名が仮設住宅入居のため引き揚げ となり同地区の避難所はすべて閉鎖となった。 避難所閉鎖時点で、避難先自治体周辺の仮設住宅や民間住宅に入居する等で、 残っている方が 3 割ほどとのことであった(新聞報道による)。 上記の他、数回ビデオ通話を通じて機器の使い方等の説明を行った。映像を互 いに見ながら機器の操作を説明できるため効果的に説明を行うことができた。 ビデオ通話による遠隔支援の実施日の記録: 回数 1 日付 避難所の状況等備考 2011/5/27 初回のビデオ通話により遠隔健康相談実施 5 月 20 時点での避難者 261 名 3 名の精神疾患が疑われる避難者がおりその対応が困難で あるとのこと。対応をアドバイスした。 7 2 2011/6/1 前回の相談にあった避難者の経過を聞くとともに、対応を アドバイスした。続けて 2 名の避難者に精神疾患の可能性 があるとして相談があったが受診する程度でないとアドバ イスし、経過を見ることとなった。 3 2011/6/9 8 名の避難者の状況を聞き、精神科へ受診した方がよい状 況かを判断した。4 名は精神疾患とは考えにくく経過を観 察することとした。他 4 名のうち居室を変える、家族への 対応を教授するなどの措置を講じたものが 2 名。他 2 名を 含めどのような状況になったときに精神科への受診を考え るべきかを伝達した。 4 2011/6/22 前回の状況から好転した旨あり。市職員などの状況(過労) もあったが、概ね良好な経過であった。 5 2011/7/14 「ふれあいの郷」の状況は徐々に良くなっている様子であ る。人格障害の疑われる避難者は生活保護にて穏やかに生 活されているようであった。今後の対応などを相談した。 「コニファー」はインターネット接続ができないため実施 できなかったが、 「ふれあいの郷」の職員から状況の報告が あった。 6 2011/7/25 再度「コニファー」に関してインターネット接続が不安定 のため実施できなかった。回線の安定が望まれた。 「ふれあ いの郷」は徐々に退去者が出ており 7 月末で閉鎖するとの 状況報告があった。 7 2011/8/9 7 月末にて 「ふれあいの郷」は閉鎖 「コニファー」に集 約。集約したことで起こる問題への対応を相談した。精神 疾患をもつ避難者への関わり合いの助言をおこなった。 8 2011/8/23 9 月末まで避難所が延長されたことを受け、現在は尐し状 況が好転している旨。仮設住宅にはいるための苦労で心身 ともに疲れた様子であった。また避難者は尐なくなってお り、仮説に入ることが出来なかった人からの不満や不安が 出てきておりそれに対する心構えなどの相談をおこなっ た。 避難者 83 名 職員 4 名 9 2011/9/7 全員が仮設住宅に入ることが困難ということで抽選などが あり、不満や不安が避難所内で見られるという報告。また、 親族などに頼れない人が残る傾向にあり、精神疾患の発生 に十分気をつけるように助言した。 10 2011/9/21 避難者のなかに統合失調症加療中の人がおり、服薬のアド 8 ヒアランスが悪く相談があった。受診を勧めるとともに状 況を詳しく聞き、対応をアドバイスした。また避難者の将 来に対する不安が一気に出てきているという状況の報告を 受けた。 11 2011/9/30 加療中の統合失調症の避難者に対する服薬の指導のアドバ イスをおこなった。また不安に関する相談を行い、対応策 をアドバイスした。 12 2011/10/13 統合失調症の避難者に対しての対応がうまくいったとの報 告。他の避難者も帰郷できるということで不安がなくなっ てきているという報告。19 日に全避難者が退去、避難所閉 鎖となる予定である。 動画通話による遠隔支援(健康相談)の実施 図:動画通話による遠隔支援 九州大学(福岡県)精神科医師より東吾妻町にある避難所の自治体職員、保 健師、看護師といった自治体職員等へビデオ通話によるコミュニケーションを 定期的(10 日に 1 回程度)に行い、健康相談を行った。 避難所に WEB カメラを備えたノート PC を設置し、インターネット回線を通 じて、ビデオ通話による健康相談、および、モバイルスキャナを用いた紙資料 の情報共有を行えるシステムの構築を行った。 9 避難所への支援は、避難者の生活サポートを行っている自治体職員等とビデ オ通話で健康相談を行う形で行った。 遠隔支援の実施にあたり、自治体職員等とサポートのあり方に関して避難所 現地にて協議を行った。 現地訪問時には自治体職員等、および避難者から健康に関する相談が多くあ り、長期化するにつれ新たに問題をもつ避難者も出てくることが予想されうる 状態であり、長期に渡って継続的なサポートが求められる状態であった。 また、避難者はもとより自治体職員等の中にも長期に渡り避難所に滞在して いる者がおり、避難者に対する対応も加わり職員も多大な負担がかかっている 状況であった。 ビデオ通話での健康相談では、ほとんどの回で自治体職員等から避難者に関 する相談があり、避難所が閉鎖されるまで遠隔支援を行った。 ビデオ通話での遠隔支援が円滑に行えるように、スケジュール調整等の連絡 調整を行った。 動画通話による遠隔支援システムの構築 動画通話による遠隔支援のため、以下のシステムの構築を行った。システム の概要図を下記に示す。 図:IT システム概要図 VPN 通信で暗号化した通信路の上でビデオ通話アプリケーションを用いるこ 10 とでビデオ通話によるコミュニケーションを図れるようにした。 また、文書に関しては暗号化する仕組みを導入し、暗号化した文書を送信で きるようにした。 避難所の通信回線は災害用インターネット回線が引かれており他用途と共有 の回線であり、既設の回線を利用した。 大学と避難所間の通信は通信内容を保護する必要があることから、VPN にて 暗号通信を行うこととした。 VPN には、ルータ同士を接続し、ネットワークとネットワークを接続するタ イプの物、クライアント PC を接続するタイプの物などいくつかのタイプがある が、既設のネットワークに接続することからクライアント PC を接続するタイプ のものとした。 クライアント接続の VPN には IPsec、L2TP/IPSec、PPTP 等いくつかの種類 があるが、下記の要件から SSL-VPN である OpenVPN パッケージを選択した。 ・ NAT ルータ下のプライベートアドレスからでも接続できること。 (多重の NAT 下でも動作できること。) ・ IP プロトコルのみで動作できるもの。(ESP プロトコル等不要) ・ インターネット接続時に自動的に VPN を開始できるものであること。 ・ 多彩な接続受付モードを持つこと。 (TCP、UDP 双方での待ち受け、待ち受 けポートを変更できること) ・ クライアントに割り当てる IP アドレスを制御できること。 ・ クライアント、サーバ間の通信。クライアント間の通信を制御できること。 ・ 暗号化形式および強度を設定できること。 ・ 公開鍵認証 TLS を行えること。 サーバに OpenVPN サーバ、クライアントに OpenVPN クライアントをイン ストールし必要な設定を行った。 大学と避難所間は双方ともに NAT ルータ配下のプライベートアドレスからの 接続であるが、VPN によりトンネル通信を構築し SIP ビデオ通話のデータ通信 を NAT ルータ下にて行えるようにした。 認証は公開鍵証明書(RSA 1024bit)、ストリーム暗号には AES128bit を用い た。 VPN 通信を TCP プロトコル上で行うと、アプリケーションが行う TCP と重 なり TCP over TCP の状態となり、この場合データの再送の際に大幅な遅延を 起こす事で通信が不安定になることから通常 UDP プロトコルが選択されるこ とが多いが、SIP 通話は UDP で行われており SIP アプリケーション側でデータ 11 の再送処理等が行われているものの、VPN 接続を TCP 接続とし、TCP に再送 処理を任せた方が今回のネットワーク環境下では通信が安定し、ビデオ通話に 途切れが起きにくかったことから TCP を選択した。 その結果、VPN 通信環境下にても、ビデオ通話に必要な帯域と安定性を確保 することができ、十分な映像クオリティを確保することができた。 VPN の接続に関しては、OpenVPN は Windows のサービスとして動作させ ており、使用者が接続の操作を行う必要なく自動的に VPN サーバに接続し VPN を確立するようにした。 ビデオ通話の接続プロトコルには SIP を用いることとし、VPN サーバと同じ サーバに SIP サーバを構築した。SIP サーバのパッケージは OpenSIPs を用い た。SIP の設定は、VPN にて生成されたプライベートアドレスを用いた。SIP サーバには、通話コールを記録する設定を行った。 クライアントノート PC の動画通話用ソフトウェアとして、SIP ビデオ通話ク ライアントをインストールした。パッケージは Linphone を選択した。 良好な通話品質(ビデオ、音声)を得るため、ビデオ解像度の調整、音声パ ラメーターの調整、ビデオコーデックの変更、通話帯域の調整、通信パケット 長の変更などの調整を行い良好な通話が行えるようになった。 ビデオ通話にあたり、機材を極力コンパクトなものとするため、カメラ、マ イク、スピーカーはすべて内蔵しているノート PC を選択したが、現地での環境 により外付けのものも選択できるよう、外付けカメラ、マイク、スピーカーを 持ち込んだ。すべての機器は USB で給電できるため、ノート PC のコンセント のみ確保できれば動作可能である。スピーカーに関しては USB 給電では音量が 十分でない場合に備え AC アダプタも接続できるものとした。 現地設置の際の聞き取りと、実際に遠隔支援でビデオ通話を行った結果、複 数人が同時に会話に参加することがあるため音声はスピーカーを用いることと したが、マイクは内蔵のもので十分であることが分かった。カメラについては 品質的には内蔵の物でも十分ではあったが、カメラの設置場所と設置確度が自 由に変えられるため外付けの物を用いることとした。 避難所で作成された資料を共有し相談に活かすためにモバイルスキャナを設 置し書類のスキャニングを行えるようにした。 モバイルスキャナは富士通製 ScanSnap S1100 を設置した。スティック型で 軽量であり、USB 電源で動作するため使用時に USB ケーブルを接続するのみ 12 で利用できるものである。 スキャニングした書類は、暗号化ソフトウェアにより即座に暗号化されるよ うにした。暗号は AES 256bit にて行っており、事前共有鍵は本システム外のと ころで医師と避難所の自治体職員等の間で共有することとした。これにより、 仮にファイルを手に入れることができたとしても事前共有鍵がなければ中身は 読めない状態とした。 暗号化した書類に関しては、医師と共有したいファイルに関しては指定した 場所にファイルをコピーしておくと、医師がそのファイルを取り出せるように した。ファイル転送のデータ通信はビデオ通話と同じ VPN を用いた。 今回の事業内で健康相談に関する資料を本システムで実際にやり取りするこ とはなかったが、遠隔支援する中で資料が必要となる可能性がある避難者があ り、その際には再度スキャニングに関する操作説明を行った。スキャナーの使 用法は機器を見ただけでは難しいところはあるがビデオ通話を通じて説明する ことで円滑に使用法を理解していただくことができた。 操作説明の際に、記事、手書きメモ(プライバシーの内容が含まれないもの) にてスキャニングを行ったが、読み取り品質に関しては良好な結果が得られた。 今回は実際に送信することはなかったが、相談内容によっては紙資料の共有 が行えるようにしておくことは重要であると言える。 本事業中に、避難所の自治体職員等に関しては何回かの異動があり、前任者 からシステムについても引き継ぎを行っていただいたが、システムの操作に関 しては再度説明する必要があったものの、ビデオ通話が行えるために互いの顔 や機器を見ながら説明できため円滑に行うことができた。 特に接続端子の位置説明やスキャナーの操作方法に関しては、操作説明書を 丁寧に用意したとしても難しいところがあり役に立った。 避難所の通信環境、設置環境等 災害対策用の特設回線の光ファイバーが避難所に引き込まれており(NTT 東 日本群馬支店)、インターネットおよび無料公衆電話が利用できる状態であった。 共有スペース内に避難者用に貸出 PC が設置されており、PC にてインターネ ットが使えるほか、持ち込み PC が接続できるように LAN ケーブルが設置され ていた。 複数ある避難所の中でも「コニファーいわびつ」には自治体の本部が設置さ れていたため、パソコン数台が設置されており、共有スペースに設置されてい るルータから LAN ケーブルが本部のある部屋まで引き込まれておりインター 13 ネット通信が可能な状態であった。 本事業では、上記の既設回線、既設のネットワーク機器(ルータ)等に接続 する形で動画通話用の PC を設置した。 「コニファーいわびつ」には本部事務所、 「岩櫃ふれあいの郷」は共有スペー スでありインターネット接続環境がある無料公衆電話設置場所のとなりに機器 を設置した。 遠隔での健康サポートに関しては相談内容にとっては個人のプライバシーが 含まれるため、共有スペースでなく避難者が自由に入ることがない個室に設置 すべきものではあるが、設置日において「岩櫃ふれあいの郷」では、共有スペ ースにしかインターネット回線が確保できなかったため共有スペースに設置し た。また、共有スペースのため避難者が触って破損する可能性があったことか ら必要時のみ都度保管場所から出して使う運用とすることとなった。 「岩櫃ふれあいの郷」では初期設置後、自治体職員により LAN ケーブルが個 室まで引き込まれ、動画通話用 PC も移設され個室での会話が可能となり、プラ イバシーが関わる内容を扱えるようになった。 どの機器も小型であり、必要とする電源も最小限であり、通常のインターネ ット接続(ホームページがブラウザで閲覧できる状態)ができる仕組みであっ たため、自治体職員により後日適切な場所に設置場所を変更していただくこと ができた。IT システム側での設置の自由度が求められるとともに、事前にサポ ートの在り方や相談する内容を十分に事前協議した上で設置個所も含めて運用 を考える必要があることが改めて認識された。 事業期間中は通信環境に関しては、避難所内の LAN 配線状態により、インタ ーネット接続自体が不安定のために動画通話が途切れることはあったが、その ほかは安定した動画通話が行えており通信は安定して行えた。 IT 機器の仕様 本事業においての IT 機器の仕様は下記の通りである。 ・ 動画通話用パソコン(九州大学設置1台、避難所設置1台x2ヶ所 計3台) Windows 7 搭載ノート PC(WEB カメラ、マイク、スピーカー内臓) ディスプレイ 15.6 インチ 14 外付け WEB カメラ、マイク、外付けスピーカー モバイルスキャナー SIP 動画通話クライアント(Linphone) ファイル暗号化ソフトウェア ※ スキャナーは USB 電源にて動作し、別途電源の必要のないものとした。 ・ VPN 通信サーバ、番号管理サーバ CentOS 5.6 搭載サーバ VPN サービス(OpenVPN) SIP サービス(OpenSIPs) 調査成果 事業の結果 IT システムを用いた取り組みにより、避難所現地に同じ医師が長期間滞在す ることは困難であるが、遠隔支援を行うことで長期間に渡り継続した支援を行 うことが可能となった。 ビデオ通話での遠隔支援は、互いの表情が分かるために健康相談に非常に効 果的であった。また、自治体職員等の担当者が異動により事業期間中に数回変 わり、前任者がいなくなってから後任者が来るといったこともあった。全く顔 を合わせた事がない方とでも顔を見ながら話せるためにスムーズに健康相談に 入ることが可能であった。 上記状況において、医師も自治体職員等も変わってしまうと一から避難所の 状況を把握しなおさなくてはならず、限られた時間で健康相談を効果的に行う ことは困難である。医師が長期間滞在することは困難であるが、遠隔支援は同 一の医師、または、同一病院の医師が継続して支援していくことが可能なため 充実した支援を行うことができた。 健康相談においては、ほぼ毎回自治体職員等から健康に関する相談があり、 支援の必要性を強く感じるものであった。 避難者の生活サポートをする自治体職員等は、自治体職員、保健師、看護師 と職種は様々であるが、生活サポートの内容は本来の職種にとどまらず多岐に 渡っていた。 避難者の健康管理に関しても、はっきりと医療機関を受診しないといけない 15 と分かるケースもあれば、そうであるか分からないケースもあるが、避難所の 職員等のみでは判断がつかない場合も多くあり健康相談を行うことは効果的で あった。 また、医療機関を受診するほどではないものの、避難所での集団生活を送る 上では影響のあるケースもあり遠隔支援が効果的であった。 従来、医療機関のみならず、地域の施設、自治体、家庭においてケアされて きたものが、震災によってそれらと離れ離れになり、結果として限界はあるも のの自治体職員等がケアせざるを得ないケースもあり自治体職員等の負担は相 当のものであった。 避難所から 20 分ほどの所には精神科の医院があるが、病院等で行われる投 薬・処置といった直接的な医療行為でないところに、重要な支援のニーズがあ り、遠隔での健康相談が効果的であったことは、実際に健康相談を行って初め て分かったことである。 避難者の健康状態も様々であり複合的である場合もあることから、健康相談 を実施する医師においては精神科だけでなく総合的な見地をもった医師があた ることが望ましいであろう。 自治体職員等の一部は避難所に滞在しており、また自治体職員等自身も被災 者でもあり緊急に避難したものの県外避難所は日帰りで往復できる立地になく 一度も自宅の状況すら確認できない状態が続く中、避難者の為に昼夜、休日を 問わずサポートし続けていることで避難所が支えられている状態であった。 自治体職員等の身体的、精神的疲労は大きく、サポートする側の自治体職員 等の健康状態も心配される状態であった。 時間の経過とともに、避難所の数、避難者ともに減っていくが、避難所から の自立が困難な方が残っており、避難所解散まで継続しての支援を必要とする 状況であった。避難所閉鎖まで継続して遠隔支援の実施を行った。 医師によるビデオ通話での健康相談を行うにあたり、健康相談の実施の前に は自治体職員等とコミュニケーションを図り、避難所の状況に応じて健康相談 のスケジュール調整を行う等、健康相談が円滑に行えるように、自治体職員等 および医師との連絡調整を十分に行うように配慮した。 避難所の状況は日々変化しているために、このような連絡調整は非常に重要 であった。 自治体職員等に関しては異動のために、事業期間中に数回の担当者の引き継 ぎが発生し、システムの操作方法等に関する説明を要したが、ビデオ通話で互 いに表情や機器を見ながら説明できたため非常に円滑に理解していただくこと 16 ができた。 遠隔支援のための動画通話によるコミュニケーションシステムを安定して稼 働させることができた。通話品質(映像、音声)は、その画質、遅延、音声の 乱れなどは遠隔支援に必要とされるレベルのものを提供することができた。 資料共有に関しても、紙資料の共有に十分なものであることを検証すること ができた。 避難所閉鎖後に職員の方より「避難所の地元の先生に相談できていないこと も、時間をとってもらってサポートしてもらって、職員としても助かりました。」 との言葉をいただいた。 課題と方策 プライバシーを守らなくてはならない健康相談において、秘密が保たれる通 話環境は必須である。対象避難所においては避難者が自由に出入りすることの ない個室に機器を設置することができたが、個室が用意できない、個室にネッ トワークを引けないといった状況は避難所においては十分に有りうることであ る。そのような場合に備えて、端末はタブレット型端末を用いネットワークは 無線 LAN を活用するといったことが考えられる。この場合端末自体は自由にい つでも持ち運べるものなので、一時的に確保したスペースにおいても十分に活 用できると思われる。また、そもそもインターネット環境がない場所において は携帯ネットワークにて接続することも考慮に入れる必要があろう。 ビデオ通話での医療相談は想像以上に情報量が多い。単なるメモ書きで伝わ る情報の量を遙かに凌駕し、記録の手段も必要になると思われた。しかしなが らビデオの録画を行うとなるとかなりのリソースを必要とし、また個人情報の 漏洩にも神経を使う必要がある。また録画したとしてもそれを再度確認するに は大変な労力が必要で、ある程度医療情報としてまとめるだけの医療者として の技術がなければならない。しかしながらビデオで対面に近い形での医療相談 を一人の医師が行うことが出来れば、状況や情報がかなり明確になることは間 違いない。 本事業においては、基本的に生活サポートを行う自治体職員等と健康相談を 行うことで支援を行ったが、直接避難者とビデオ通話することとした場合には、 特に高齢者においては方言の壁がありコミュニケーションをとることが難しい と思われる。実際に現地訪問時には方言のために会話が理解できないことがあ 17 った。 遠隔支援を行った避難所に避難していた方に関しては、避難所の周辺に家を 借り地元自治体にもどっていない避難者もいるが、最後まで避難所に残った避 難者は仮設住宅へ入居することとなり、帰郷後に関しては地元の医療機関から の支援が得られることが決まっている。すべての仮設住宅が必ずしも交通利便 性のよいところに建っているわけではなく、その設置場所によっては遠隔支援 が有効なところがあると思われる。 医師が継続して医療相談にあたることは非常に望ましいように思われたが、 医療の根幹的な部分に対してのフォローは十分に行うことが出来なかった。例 えば医薬品の処方はこれが出来ず、無力さを感じた。医師法 20 条があるとはい え、このような国難にあたり医師の遠隔からの支援を必要とする場合でも医師 自身が何らかの保護を受けない限りにおいて法を逸脱することは出来ず、迅速 な例外措置とその及ぶ範囲を明確にする必要がある。 IT を使った今回の医療支援では安全な通信を行う必要があり、医師に関して もコンピューターリテラシーが今後重要な課題になると思われた。通信の安全 はこれを通信事業者が行うにしても、どの段階でどの情報を(たとえば暗号キ ー)漏洩してはならないかを知っておく必要があるからである。早い段階から の通信に関する教育が必要である。 考察、今後の提言 IT の医療に対する応用として今回の試みは興味深いものと思われる。まず、 遠隔地にいる医師が被災に関して活躍出来る場が提供できるということである。 医療に従事する医師は国難に対してなにかしらの貢献をしたいと思うのが当然 である。しかしながら日常診療で見ている患者をこの事態といえ長期間診療し ないことは許されない。今回の試みは、そのような状況であっても、日常診療 を停滞させないままに医療的な貢献を可能にするからである。今回の被災では 医師が現地入りし、医療活動を行う場面も多々あったが、治療の継続性という 観点からもまた情報の伝達という意味からも、今回の IT の応用と比べて不十分 であったのではないかと推測される。IT を医療に活かすという課題は今後も医 療過疎地帯、無医村、医師不足の問題を抱える我が国として早急に取り組まな くてはならない課題であると考えられる。これまでにも記載したが、この課題 を取り組むために“対面診療の原則”には大きな障壁を感じざるを得ない。診 療と認められなければ業とはいえず、保護されることもなく責任の所在が曖昧 になる。そうなれば正面から取り組む医師は尐なくなるであろう。また医師の コンピューターリテラシーの不足とそれを補う教育の課題があり、情報を扱う 18 業者としても行政を含めて安全な通信の枠組みを時代とともに確立していかな くてはならない。この医療相談を応用するためにはまだまだ法的にも社会的に も取り組まなくてはならない問題が多く残っているように思われた。しかし“医 は仁術なり”という大原則に帰るときに、限界を知りつつ、医療人として出来 る限りのことをする医療に取り組まなくてはならないと考える次第である。そ してその限界を広げる可能性をこの取り組みでは感じることが出来た。 19
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