土木技術資料 55-1(2013) 特集:持続可能な社会の実現に向けた土木技術 河川における再生可能エネルギーの活用の推進 ―既設ダムの活用や小水力発電の促進― 西村宗倫 * 川崎将生 ** 豊田忠宏 * ** 1.はじめに 1 河川の水力エネルギーは、古くは水車等の動力 源として、電気がエネルギーとして使い始められ 図-2 た頃には発電の主力として利用され、我が国の工 業化の黎明期においては、まさしく基幹発電とし て殖産興業を支えてきた。 再生可能エネルギーの買取価格等(水力抜粋) 1) このような背景から、国総研水資源研究室にお いては、河川の水力エネルギーの活用について以 しかしその後は、図-1に示すように、火力発電 下のような調査研究を行っている。 や原子力発電の台頭や、ダムの建設は長期にわた ること等により、水力発電の一次エネルギーの国 2.既設ダム貯水池を活用した増電策の検討 内供給に占める割合は低い状況が継続してきた。 東北地方太平洋沖地震では、強い地震動とそれ による大津波が東北及び関東地方の太平洋沿岸部 のあらゆるインフラに被害を与え、中でも、東京 電力福島第一原子力発電所をはじめとした発電設 備への損傷も著しく、計画停電が実施された。更 には、計画停電が回避された後も、夏季等の電力 不足が予測され、数値目標を掲げた節電要請が行 われた。 そこで、本研究室では、直轄・水資源機構管理 ダムを対象に、図-3に示す東日本地域(商用電源 図-1 一次エネルギー国内供給の推移 1) 周 波 数 が 50Hzの 区 域 ) に お い て 、 多 目 的 ダ ム の 貯水池運用変更による増電策の整理を行うととも ところが最近になって、エネルギー安全保障や 環境への意識の高まりから、更には、平成 23 年 3 月 11 日に発生した東北地方太平洋沖地震によ に、全国の多目的ダムのハード対策を伴う増電策 の整理(管理用発電設備の設置検討)を行った。 り、東京電力福島第一原子力発電所の被災を契機 とした電力の供給力低下等を踏まえ、純国産かつ 二酸化炭素排出量が小さい再生可能エネルギーと して、河川の水力エネルギーの活用が再び期待さ 50Hz れている。 特に、既存の取水設備を利用した発電や、ダム 等の河川横断工作物を伴わない小水力発電が注目 されている。昨年 7 月 1 日には、図-2 のように 再生可能エネルギーの固定価格買取制度が開始さ れ 、 その 一 つに 3 万 kw 未 満の 水 力発 電 が位 置 づけられるなど、その大小を問わず、河川の水力 エネルギーの更なる利活用が望まれている。 図-3 東日本地域( 50Hz)における発電関係ダム (出典:(財)日本ダム協会「ダム年鑑 2010」及び 「ダム便覧」をもとに国総研作成) ──────────────────────── Advancement of utilizing the renewable energy of the river - 8 - 土木技術資料 55-1(2013) 2.1 多目的ダムにおける貯水池運用変更による増 (2)利水放流の変更(図-5) 電策の整理 発電専用容量を持たず他の利水のための放 東日本地域の発電目的を有する直轄・水資源機 流 に よ っ て 発 電 し て い る 利 水 完 全 従 属 の 26 構管理ダムを対象に、既設のダム及び発電施設を ダムにおいて、春期の雪解けによる貯水位回 利用して、貯水池の運用変更による発電電力量の 復を見込み、他の利水者に影響の及ばない範 増 電 ポ テ ン シ ャ ル を 試 算 し た 。 平 成 12~ 21 年 囲で、無効放流量分の貯水量を事前に発電利 (平成 12 年以降に運用開始されたダムについて 用する。 は運用開始以降平成 21 年まで)の 10 カ年につ 非洪水期 ③②の量に相当する無効放流量 を全放流量から差し引きます。 洪水期 いて、ダムの実績流入・放流量及び貯水位(日 貯 水 位 データ)から、既存発電設備の未利用部分(最大 運用水位 発電水頭減 使用水量と実績発電使用水量との差)を試算し、 貯水位変更後 実績貯水位 ケース②では水位回復時 を対象とします。 こ れ を 利 用し た 各年 の 年最 大 出 力( kW) 及 び 年 L.W.L 11月 間 発 生 電 力 量 ( MWh) を 算 出 し た 。 こ こ で 、 下 12月 1月 3月 ①非洪水期に無効放流量 4月 5月 6月 7月 があるか確認します。 無効放流量減 →発電水量増に活用 放 流 量 流への利水補給は現況の補給量を維持するものと 2月 8月 9月 10月 無効放流量 (貯水位>運用水位 かつ 放流量>発電最大使用水量) 発電最大使用水量 し、無効放流量の活用と貯水池運用の変更による ④③の量に相当する量を 発電水量の空き量を利用 して、発電する。 貯水位の変化、及び未利用の貯水量の活用による 放流量変更後 実績放流量 L.W.L 発電使用水量の増加による増電策を検討の対象と 11月 12月 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 増電対象期間 した。なお、貯水位の変動に伴う発電機器の最 図-5 利水放流の変更 大・最小使用水位の超過、及び取水設備やダム堤 (3)洪水期の弾力的運用による増電(図-6) 体の強度条件等の制約については、今回の増電量 現在、一部のダムでは洪水調節容量の一部 の試算上は考慮していない。 検 討 を 行 っ た 増 電 策 は 、 以 下 の (1)~ (4)の と お に貯水し、河川環境の改善等を行う弾力的運 りである。 用試験が行われているが、これを行っていな (1)オールサーチャージ方式の変更(図-4) い 26 ダ ム に おい て 、洪水 期 に 制限 水位 の 上 洪水調節容量を年間を通じて一定量とする に弾力的活用容量を設定し、これを発電に利 オールサーチャージ方式が採用されており、 用する。ここでは、①貯水位上昇(発電有効 ゲート等によって常時満水位以上の水位まで 落差の増大)を増電に活用するケースと②弾 貯水可能と考えられる 3 ダムにおいて、発電 力的活用容量の貯水量を発電水量として利用 最大使用水量を超過したため発電機を通過せ するケース(発電使用水量の増大)の 2 ケー ず放流されていた無効放流量を貯留して、非 スについて試算した。 出水期の貯水位を常時満水位より 2m 程度上 非洪水期 げることにより増電を行う。 非洪水期初期に無効放流量 があるか場合は早期に貯め 上げます。 N.W.L 非洪水期 貯 水 位 洪水期 発電水頭増 洪水期 上限値 N.W.L+2m N.W.L 運用水位 1月 2月 3月 4月 5月 6月 12月 1月 2月 3月 4月 5月 6月 無効放流量減 →発電水頭増に活用 7月 8月 9月 7月 8月 発電水頭増 9月 10月 貯水位変更後 実績貯水位 11月 12月 放 流 量 10月 発電最大使用水量 発電水量は変更無し 無効放流量 (貯水位>運用水位 かつ 放流量>発電最大使用水量) 放 流 量 運用水位 ③洪水期は実績放流量に従います。 ケース①では発電水頭のみ増加 させます。 貯水位変更後 実績貯水位 11月 ④非洪水期初期では貯水位を 実績貯水位になるようにすり つけ操作を行います。 制限水位 弾力的活用容量 ②洪水期開始時の貯水位が 弾力的活用水位となるまで 非洪水期末期にすりつけ操作 を行います。 発電水頭増 貯 水 位 非洪水期 ①弾力的活用容量と 活用水位を算定します。 弾力的活用水位 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 放流量変更後 実績放流量 11月 12月 発電最大使用水量 発電水量は変更無し 11月 12月 図-4 1月 2月 3月 4月 5月 図-6 放流量変更後 実績放流量 6月 7月 8月 9月 オールサーチャージ方式の変更 洪水期の弾力的運用による増電の検討 10月 (4)未利用容量の発電専用容量への転用(図-7) 未 利 用 の 利 水 容 量 を 一 定 以 上 保 有 す る 16 - 9 - 土木技術資料 55-1(2013) ダムにおいて、当該未利用容量を一時的に発 設備の最大出力を設定した。 電専用容量として使用する。 さらに、既設管理用発電の事業費を参考に、最 大出力に基づき対象発電所の概算事業費及び維持 ③未利用容量を発電に 非洪水期 未利用容量を発電に 活用できる対象範囲を 活用する対象範囲 確認します。 洪水期 未利用容量を発電に 活用する対象範囲 未利用容量を発電に 活用する対象範囲 未利用容量 貯 水 位 制限水位 発電水頭減 未利用容量 新運用水位 (未利用容量考慮) 発電水頭減 発電水量の空き量を 利用して貯水位を新 運用水位まで下げます。 11月 12月 ②未利用容量を考慮 した新運用水位を 設定します。 1月 2月 3月 4月 無効放流量を期待して 発電水量の空き量を 先使いします。 5月 6月 7月 8月 管理費を推算した。 ①未利用水利量から 未利用容量を算定 します。 N.W.L 貯水位変更後 実績貯水位 9月 10月 発電の売電単価の平均値のケースと、固定価格買 取制度による売電単価を仮定したケースで算出を 行 っ た 。 そ の 結 果 、 図 -9 に 示 す と お り 、 売 電 価 放流量変更後 実績放流量 格を 20(円/kWh)とした場合に 64 施設で、費 ④③の対象範囲で発電水量の 空き量を発電に活用します。 放 流 量 余剰電力の売電価格については、現況の管理用 発電最大使用水量 用対効果が 1 を上回ることとなった。 なお、本試算はアンケートに基づく未利用水量 発電水量増に活用 11月 12月 1月 図-7 発電水量増に活用 2月 3月 4月 5月 発電水量増に活用 6月 7月 8月 9月 や落差の有無のみでポテンシャルを判断しており、 10月 発電機設置箇所の制約等は考慮していない。 未利用容量の発電専用容量への転用 利水放流設備 図 -8 に 検 討 結 果 を 示 す 。 検 討 を 行 っ た 何 れ の 無効放流ができるだけ少なくなるよう貯水池が運 用されるなど、個別ダムの機能の範囲内では流水 副ダム 魚道の呼び水水路 導水路等 58施 設 60 費用稚効果1.0以上の施設数 0.8% の 値 と な っ た 。 こ れ は 、 現 状 に お い て も 、 貯砂ダム その他 64施 設 ケースでも一定の増電は確認されたものの、現況 発 電 量 か ら の 増 電 割 合 は 、 お お よ そ 0.2 % ~ 導流壁 70 が相当効率的に発電利用されていることを示唆し 49施 設 50 44施 設 3 2 1 1 40 5 3 1 4 13 11 10 9 30 18 15 19 14 20 10 14 ている。 3 2 1 1 4 2 1 4 17 18 19 15 20 0 8.88(現況) 10 売電単価(円/kWh) 図-9 年平均増電量のダム数合計値(MWh/年) 12,000 売電単価と費用対効果1.0以上の施設数の関係 (0.80%) 9,597 10,000 3.既設ダム貯水池の容量再配分による増電 8,000 (0.53%) 6,590 (0.63%) 6,951 策の検討 6,000 今年度においては、さらなる検討として、既設 (0.40%) 4,000 3,274 ダム貯水池の容量再配分による増電策の検討に着 2,000 (0.21%) 手している。例えば、治水容量を下流ダムに再配 250 0 方策1 方策2 方策3(ケース1) 方策3(ケース2) 分した場合、様々な支川流域の降雨に対応するこ 方策4 とが可能であり、更には基準点に近くなることで、 ※括弧内の数値は、現況発電量に対する増電量の割合 図-8 同じ容量で治水機能が増す可能性がある。一方、 各増電方策の検討結果(年間増電総量) 発電容量は、上流ダムに再配分した場合、流況が 2.2 多目的ダムにおけるハード対策を伴う増電策 安定することで、そのダムより下流に位置する発 電設備がより安定的かつ高い出力で機能し、同じ の整理(管理用発電設備の設置検討) 直轄・水資源機構管理ダムへアンケートを行い、 容量で発電機能が増す可能性がある。 発 電 機 を 通 過 し て い な い a)利 水 及 び 維 持 放 流 量 、 これらの想定のもと、図-10 に示すモデル河川 b)導流壁の落差、c)貯砂ダム、d)副ダム、e)魚 を設定して、容量再配分前後の各容量の上下流・ 道 、 f) そ の 他 の 未 利 用 水 量 ・ 落 差 の 有 無 に よ る 本支川の位置関係、ダムの堤高や集水面積等の相 管理用発電の実施の可能性について整理を行った。 違による増減電特性、治水・利水への影響等につ また、提供された未利用落差及び平均年の日水 いて現在整理を進めている。 量データに基づき、年間発電電力量の算出を行っ た。その際、年間発電水量が最大となるよう発電 - 10 - 土木技術資料 55-1(2013) 振り替え例(本川支川間) て、山間部河川における生物生息環境(魚類等) 振り替え例(上下流間) や景観からの必要流量の設定手法について検討を 発電ダム 治水ダム 治水ダム PS 発電容量 振り替え 発電ダム 行っている。また、気候区分、積雪の有無、流域 PS 面積、標高等の類似性から、山間部河川の流況を 治水容量 振り替え 簡易に推定する手法について検討を進めている。 発電ダム 図-11 は、被験者による景観選好実験の例であ PS る。従来の維持流量設定手法では主に川幅と水面 PS 発電容量 振り替え 幅の比から景観に対する必要流量を算出している 発電ダム が、山間部河川の場合、水面幅よりむしろ波立ち 多目的ダム 治水容量 振り替え PS (空気混入に伴い白く見える流れ)が水量感に強 多目的ダム く影響していることが推察された。 PS 凡例○:水量感を感じる場所 図-10 モデル河川における容量再配分の概念図 4.小水力発電の水利使用許可の技術審査に 係る研究 再生可能エネルギーの固定価格買取制度の導入 を踏まえ、賦存量や導入ポテンシャル分布図 2) が 報告されており、これまでは経済性や需要地との 距離の関係から必ずしも多くなかった山間部にお いても小水力発電の増加が予想される。このため、 生物生息環境や景観等の観点から流水の正常な機 能が維持されつつ安定的な取水が可能か等の審査 図-11 5.まとめ を行う水利審査について、山間部河川の特性を考 慮しつつ、円滑化することが望まれている。 被験者による景観選好実験例 河川の水力エネルギーの活用について、国総研 水資源研究室における調査研究の動向について概 しかし、一般的に山間部河川では、河川特性が 説した。環境と調和を図りつつ、河川の水力エネ 平野部の河川区間と異なるため、主に平野部の河 ルギーを効果的効率的に利活用する方策について、 川を対象に構築されている従来の維持流量設定手 引き続き検討を進めていくこととしている。 法では、山間部河川における維持流量を必ずしも 適切に設定できないと考えられる。さらには、水 利審査に必要となる河川流量の観測が行われてい ないことも多い。 このため、山間部河川における既存の小水力発 電に係る水利審査資料を分析し、今後小水力発電 参考文献 1) 資源エネルギー庁 ホームページ http://www.enecho.meti.go.jp/ 2) 環境省 再生可能エネルギー導入調査報告書 http://www.env.go.jp/earth/report/h23-03/index. html の実施が想定されるような河川をモデル河川とし 西村宗倫 * 国土交通省国土技術政策総合 研究所河川研究部水資源研究 室 主任研究官 Sourin NISHIMURA 川崎将生 ** 国土交通省国土技術政策総合 研究所河川研究部水資源研究 室長 Masaki KAWASAKI - 11 - 豊田忠宏 *** 国土交通省国土技術政策総合 研究所河川研究部水資源研究 室 研究官 Tadahiro TOYODA
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