平成25年度 新産業創出研究会「研究成果報告書」 「脳卒中患者の歩行を正常化する新構造軟性骨盤帯の開発-臀部外側皮膚溝(PTG)に注目して―」 [広島大学医歯薬保健学研究院(医) 脳神経外科学・研究員] [濱 聖司] [産学・地域連携センター広島分室・産学官連携コーディネーター] [田井 潔] 1.はじめに 脳卒中患者は我が国に推定 280 万人で、救命できても麻痺等の為に約半数は歩行が困難となり、日常 生活に支障をきたす。脳卒中患者の歩行訓練において、歩行姿勢を正常化する為には、股関節と骨盤 を矯正することが重要である。ロボット技術を使って歩行をサポートする先進的なものがあるが、麻痺した 筋を適切に訓練することが難しく、外すと歩けなくなる。骨盤は上部体幹と両下肢を連結する重要な働き を有し、骨盤を支持する筋力が低下し、動揺して不安定化すると、体幹の支持性も失い、正常な立位姿 勢を保つことが出来ず、歩くことは出来ない。その為、脳卒中後の麻痺患者は、骨盤を安定させることが 必要だが、下肢の支持性を高める装具は多数開発されているものの、骨盤を安定させる装具の開発は十 分とは言えない。特に、日常生活に常時使用可能で、麻痺患者の歩行を改善させる効果を有するものは、 現時点では見当たらない。 Post-trochanteric Groove(PTG) 2.概要 【殿部を上方から見た図】 【殿部を後方から見た図】 我々は、臀部外側の皮膚上 殿筋群 股関節 の溝(PTG)に注目し、硬式 テニスボール半分程度の半 大腿骨 球体で PTG を圧迫する様 ② にした骨盤帯(硬性)を作成 凹 殿筋群 した。PTG は臀部外側の皮 膚上の溝で、大腿骨大転子 凸 ① の後外側に位置している。 股関節の真後ろ(①)は臀筋群もあって、 股関節を押し込む為の装具の固定が困 従来の骨盤装具では、分厚 難。しかし、PTG部(②)は凹凸があって、 い臀筋群の為に凸状となっ 押し込む為の装具を固定しやすい。 Post-trochanteric groove (PTG) て、押し込む為の装具を固 大腿骨大転子 定することが難しかった。そ PTGサポート付骨盤帯(硬性) こで、股関節の後外側に位 前方からみた図 側方からみた図 後方からみた図 固定用バンド 置する PTG 部は凹状になっ 骨盤後方支持部 ていて、半球体を配置すると 股関節外側 固定しやすく、半球体の上 サポート 股関節外側 から弾性のあるバンドで締め サポート 半球体 付けることで、半球体から内 部に向かって力が加わり、 PTGサポート PTGサポート 今までの骨盤装具では出来 なかった、後方から股関節 に力を加えることが可能とな 恥骨支持部 った。重度片麻痺脳卒中患 バックル 股関節の外側を覆うバンド(股関節外側サポート)とPTGサポートのバンドには弾性帯を組み込み、その弾性力を変えるこ 者や重度の四肢・体幹麻痺 とによって、固定力やPTGに加わる力の大きさを調節できる。また、PTGバンドの半球体を皮膚にフィットさせることにもなる。 を呈する神経疾患患者に使 用すると、骨盤の動揺を軽減させ、立位を安定させることが出来た。また、健常者を対象にして、硬性型 試作品を装着して歩行したところ、足底圧中心の軌跡のバラつきが軽減したことから、健常者の歩行も安 定することが示唆された。しかし、硬性骨盤帯は硬性部材を交えた複雑な構造で、装着感が悪く、脱着も 煩雑で、日常生活で使用できるものでは無い。そこで、今回の研究会では、装着感を高め、脱着も容易 にしつつ、効果の最適化も実現させた軟性骨盤帯の開発を目指す。 3.研究成果および今後の課題 【対象と方法】 ①PTG サポート付硬性骨盤帯が立位に及ぼす影響について、8 名の健常者を対象にして解析。 (1)PTG サポート部分が臀部に及ぼす圧を計測。 使用した測定機器はシート型変動荷重センサ(㈲計測サポート製)。臀部の皺や捻じれ等の影響を最小 限にする為、アルミ板張りの剛性型を採用。センサの出力(mV)は Nicolet 筋電図検査装置(Viking)を用 いて求め、荷重(N)を算出した。 (2)静的立位姿勢に及ぼす影響を 3 次元動作解析システムで解析。 体幹と下肢との角度:肩峰―股関節中心を結ぶ線と股関節中心―膝関節中心を結ぶ線のなす角度から 算出。角度が大きいと体幹が起きている(伸展している)状態を示す。 腰椎前彎角度:Th12-L3 を結ぶ線と L3-S1 を結ぶ線のなす角度から算出。角度が小さいと前彎、大きい と後彎が強い状態を示す。 骨盤傾斜角:上前腸骨棘-上後腸骨棘のなす角度と、水平面とのなす角度から算出。角度が大きいと前 傾方向を示す。 (3)PTG サポート直下の筋収縮に及ぼす影響を表面筋電図で計測。 大臀筋、中臀筋、脊柱起立筋の筋活動を、Nicolet 筋電図検査装置(Viking)を用いて測定。得られた値 は、測定筋の最大筋収縮に対する割合で評価(%Max)。 ②軟性骨盤帯の試作品を作成し、着装感と脱着の容易さを検討。 【結果】 ①PTG サポート付硬性骨盤帯が立位に及ぼす影響 PTG サポートが臀部に及ぼす圧を測定したところ、 18.4 ± 4.4 N (11.8 – 23.8 N)で約 2kgf 程度。こ の値は寝た状態で、臀部の左右に各2kg の小型鉄アレイを載せた感じ、または各 2L のペットボトルを載 せた感じで、締め付け力の度合としては妥当な値と考えられた。 8 名全例で、PTG 装着後は体幹― Table 1. 8名の健常者のPTG装着による体幹・骨盤の角度変化:3次元動作解析 股関節―下肢角度が大きくなり、より (degree) 右骨盤傾斜角 腰椎の彎曲 体が起きる(伸展)現象が確認された。 被験者 右体幹-下肢角度 変化量(°) 変化量(°) 変化量(°) その際、骨盤はより前傾をとるように 1 1.9 4 -1.9 前彎方向 伸展方向 前傾方向 なり、腰椎の前彎も 8 名中 6 名で強く 2 4.8 9.1 -4.5 前彎方向 伸展方向 前傾方向 3 4.2 1.5 -3 伸展方向 前傾方向 前彎方向 なったことから、骨盤が前傾し、腰椎 4 0.7 2.2 -11.3 前彎方向 伸展方向 前傾方向 の前彎が強くなり、体幹を起こすよう 5 0.3 6.8 -2 伸展方向 前傾方向 前彎方向 な作用を発揮させたことが示唆され 6 5.7 4.3 1.3 伸展方向 前傾方向 後彎方向 た(脊椎-骨盤連関)。(表 1) 7 2.4 7.7 5.2 伸展方向 前傾方向 後彎方向 8 3.3 4.2 -2.4 前彎方向 伸展方向 前傾方向 表面筋電図では、8 名中 6 名で大 臀筋か中臀筋、あるいはその両者で、 Table 2. 8名の健常者のPTG装着による筋活動の変化:表面筋電図 PTG サポート骨盤帯を装着すると、 (%Max) 筋活動が高まった。脊柱起立筋の 大臀筋 中臀筋 脊柱起立筋 被験者 変化量(%) 変化量(%) 変化量(%) 筋活動が 8 名中 6 名で低下したこと 1 -3.9 -4.8 -2.9 低下 低下 低下 は、立位のバランスが改善したことの 2 -2.5 -3.8 -1.1 低下 低下 低下 間接的な結果である可能性がある。 3 5.1 -1 -0.6 上昇 低下 低下 よって、圧迫によって直下の骨盤~ 4 -1.4 1.8 9.2 低下 上昇 上昇 股関節周囲筋群の筋活動が高まり、 5 8.1 -7.9 -0.3 上昇 低下 低下 骨盤の安定性、しいては立位の安 6 0.3 0.8 0.4 上昇 上昇 上昇 定性を増す可能性がある。(表 2) 7 4.1 0.5 -0.5 上昇 上昇 低下 8 1.4 上昇 0.9 上昇 -5.3 低下 ②軟性骨盤帯の試作品の検証 第一回試作品:腸骨~恥骨には伸び縮みしにくい素材を用いた支持 面を配置し、PTG 部分は半球体を圧迫できるように、そして、外側には 骨盤帯のずれを防ぐ為に、伸び縮みする素材を配置。着装感は増し て、着脱も容易となったが、臀部の曲面にフィットさせることが難しく、 PTG 部分に十分な力を加えることが難しかった。 第二回試作品:骨盤~大腿を、伸び縮みする素材で覆い、PTG 部分 には、より強い力で伸び縮みする素材を、二種類の方法(『編み込み』 と『貼り付け』)で配置する。骨盤帯の内面の PTG 部に接する部分には、 圧迫体を配置しやすいようなポケットを備える。着装感は第一回試作 品よりも向上し、着脱も容易となった。更に、臀部の曲面にも十分にフ ィットさせることが出来た。 第二回試作品を用いた動作解析 骨盤は前傾し、体幹も伸展(起き上がる)傾向がみられ、十分ではな いものの、ある程度の硬性骨盤帯の効果が得られることが示唆された。 4.おわりに 硬性 PTG サポート付骨盤帯の効果を詳細に検証すると、単純な股関節のサポート効果ではなく、骨盤の 傾きを変えて脊椎の彎曲に影響を及ぼし、立位を安定させる作用があることが示唆された。また、PTG サ ポート部分が臀部を直接、圧迫することによって、直下の臀筋群の筋収縮を増して、骨盤~股関節の安 定性を高める作用があることも示唆された。この効果は、軟性型でも、ある程度保持されていた。 5.本研究の今後の計画 PTG サポートが骨盤~脊椎に及ぼす影響を、様々な動作の中で検討し、最大限の効果を発揮する構造 を明らかにして、商品化に繋げていく予定である。その為の資金については、A-STEP 等の公的資金公 募への申請などを予定している。 6.その他 (1)出願特許(タイトル・出願番号・発明者・特許権者など) タイトル:下半身装着用具 発明者:濱聖司、大坪政文 出願人:国立大学法人広島大学 出願年月日:2009 年 5 月 11 日 出願番号:特願 2010-514344 国際出願番号:JP2009002049 (2)投稿論文(タイトル・学会名等) Prosthetics and Orthotics International: in press. (3)本研究会の参加企業・団体名 広島大学 ウラベ㈱ ㈱大坪義肢製作所 ㈱デジタルソリューション 東レ・オペロンテックス㈱ 西川ゴム工業㈱ 西川物産㈱ 登録番号:特許第 5366059 号
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