日本プロ野球レギュラーシーズンにおける 球場のエネルギー消費の要因

Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 3
日本プロ野球レギュラーシーズンにおける
球場のエネルギー消費の要因分析
A Factor Analysis of Stadium Energy Consumption in
Japanese Professional Baseball Games
内 田 晋
*
・ 根 本 和 宜
Susumu Uchida
**
・ 杉 浦 正 吾
Kazuyoshi Nemoto
五 十 嵐 彰
・ 下 田 邦 夫
Syogo Sugiura
****
・ 小 坂 潤 平
Akira Igarashi
**
・ 川 廷 昌 弘
Kunio Shimoda
****
・ 水 野 谷 剛
Junpei Kosaka
***
****
*****
・ 氷 鉋 揚 四 郎
Takeshi Mizunoya
・
Masahiro Kawatei
******
Yoshiro Higano
(原稿受付日 2009 年 11 月 4 日,受理日 2010 年 4 月 9 日)
Energy consumption structure of Japanese professional baseball games was analyzed. Multiple linear regression analyses of
electricity consumption in stadiums indicated that the length of games, air-conditioning load (calculated from the
temperature), starting time of games (day or night) and humidity affected the electricity consumption in most stadiums, and
also the number of spectators and atmospheric pressure affected in some stadiums. Total electricity consumption was
decomposed to each factors based on the result of the analyses. Nippon Professional Baseball had started "Green Baseball
Project" in 2008, in which each player himself and team tries to save electricity through speedy play and to shorten the game
length. Total electricity consumption in 2008 was reduced by 2.58% compared to 2007 and energy consumption by gas was
also reduced, although the reduction ratio in the game length was no more than 1.4%. Furthermore, the degree in contribution
of game length to total consumption of electricity increased in 2008. This cannot be explained by the reduction of game
length, and these results suggested that some factors other than the game length also affected to the reduction of energy
consumption such as the increasing awareness of players, spectators and stadium officers about energy saving, considering
restricted contribution of game length to total electricity consumption.
ードアップを図り,試合時間を短縮することによって消費
1.背景と目的
電力の削減を目指す点にあり,試合時間の決まっていない
全国的な環境意識の高まりと共に,イベント開催時に環
野球ならではのアイデアと言える.また,通常のイベント
境対策としてグリーンエネルギーを導入する事例が急増し
ではメッセンジャーとしての役割にとどまることの多い選
ている.最近の例では北海道洞爺湖サミットがカーボンオ
手たちが行動主体となり,その意思表示をさまざまな媒体
フセットを行ったのが有名である.スポーツイベントにつ
で行うことにより選手自身の意識も高まり,実体の伴った
いてもオリンピックや FIFA ワールドカップといった国際
メッセージを観客や視聴者に発信することができるという
大会のみならず,国内でも東京マラソンなどでカーボンオ
環境コミュニケーションという観点からも,本プロジェク
フセットを中心とするエネルギーのグリーン化が行われて
トは特筆すべきものと言える.
きた.イベントにおけるこうした環境配慮行動は,単に個
こうしたイベントでグリーンエネルギー化を行うために
人と比較した規模の大きさによる効果だけでなく,環境コ
はベンチマークとしてのエネルギー消費量の測定が必要に
ミュニケーションとしての意義も大きく,同時にそれが事
なる.単発イベントの場合はデータ収集が比較的容易であ
業体の CSR 活動の一環としても位置付けることができる.
ることから,研究機関とタイアップすることにより LCA の
日本野球機構では 2008 年にグリーン・ベースボール・プ
手法を用いた総合的な測定を行った例が多い 1)2).その結果
ロジェクト(以下 GBP)を開始し,レギュラーシーズンの
データ取得という本来の目的とともに LCA 分野の研究の
公式戦を対象に消費電力の削減を目指してきた.GBP の最
発展にも寄与してきた.
大の特徴は選手たち自身がその努力によってプレーのスピ
一方,プロ野球ペナントレースのような長期にわたる継
*
筑波大学生命環境科学研究科(現農業・食品産業技術総合研
究機構中央農業総合研究センター)
〒305-8666 つくば市観音台 3-1-1
e-mail [email protected]
**
筑波大学生命環境科学研究科
***
日本野球機構
****
博報堂DYメディアパートナーズ
*****
筑波大学生命環境科学研究科(現和光大学経済経営学部)
******
筑波大学大学院生命環境科学研究科持続環境学専攻
〒305-8572 つくば市天王台 1-1-1
e-mail [email protected]
続的なイベントでは,各球場当たり年間 70 前後ある試合に
ついて LCA のような総合的な調査を必要とするアプロー
チの導入は,多大な労力すなわちコストを必要とする.GBP
は対象を電力に絞った上試合時間の短縮による消費量削減
を図り,目標未達分のみをオフセットするという内容であ
る.それは GBP が選手・観客・球団・球場が一体となって
第 28 回エネルギー・資源学会研究発表会の内容をもとに作
成されたもの
8
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 3
省エネルギーを進めるという環境コミュニケーションをメ
ルを図 1 に示す.図中で要因によらない消費と試合によら
インとしたプロジェクトであることが第一の理由であるが,
ない消費を除いたそれぞれの消費量は対応する要因に依存
同時に上述のような背景も関わっていると考えられる.
し,また他の要因の影響も受けて変化するが,今回は詳細
GBP の目標が試合時間短縮による電力消費量の削減で
なエネルギー消費構造に関する情報がないため,要因同士
あったことから,その基礎データを求める作業は試合時間
の相互作用は考慮せず,ある要因による消費は他との因果
と消費電力量の相関関係に焦点を当てて行われた.LCA の
関係を持たないと仮定した.したがってそれぞれの消費量
ような非定常的な調査に不向きというデメリットとは裏腹
は対応する要因に対して線形関係を持つため,その解析手
に,プロ野球では球場ごとの毎日の電力消費量のデータが
法として重回帰分析を選んだ.まず,エネルギー消費量と
揃っているため,それを活用した統計学的なアプローチに
試合時間について,突発的な要因による異常値を排除する
よる解析が可能である.2008 年の GBP では試合時間だけ
目的で両側 5%水準のスミルノフ・グラブス検定 4)を行った.
を説明変数とした回帰分析により試合時間 1 分当たりの消
次に全ての要因で重回帰分析を行い,両側 10%の有意水準
費電力量を推定し,時間短縮の効果の推定や未達分のオフ
で帰無仮説が棄却されない変数がある場合はその中で P 値
セット量算出の根拠に用いた.
が最大のものを除外し再度重回帰分析を行うという方法で
しかし実際には試合時間だけではなく他のさまざまな要
順次説明変数を減らしていき,最後に残った説明変数につ
因も消費電力量に影響していると考えられる.スポーツ界
いて偏回帰係数を推定した.ただし試合時間については,
での環境対策という流れの中,そのエネルギー消費構造に
エネルギー消費との因果関係がないと考えるのは不自然で
関する知見は不足しており,今回野球の試合について詳細
あるため,説明変数から除外しなかった.
に解析することは今後のさまざまな取り組みにおける基礎
ここで,エネルギー消費量と気温との関係については独
的な情報を得るという点で大きな意義を持つと考えられる.
自のモデルを使用した.空調の不要な適正温度帯を想定し,
そこで本研究では日本プロ野球のレギュラーシーズンにお
試合時の気温と適正温度帯との差を温度調整量と定義し,
ける球場のエネルギー消費量のデータをもとに,それに影
それを説明変数として解析に用いた.ただし試合中の気温
響を及ぼすと思われる要因との関係を調べ,構造解析を行
の変化を考慮するため,図 2 に示す考え方で試合時間にわ
った.
たる平均値を求めた.すなわち気温が適正温度帯から外れ
た部分についてその温度差を時間で積分し,全体の試合時
間で割ったものである.ここで適正温度帯の上限温度と下
2.解析方法
限温度は未知の変数であるが,これらを変化させながら,
解析は各球団のフランチャイズ球場(地方球場を除く)
得られた温度調整量の値と消費エネルギーとの相関係数を
を対象とし,一軍公式戦(オールスター,クライマックス
求め,それを最大にする上限温度と下限温度の値を最尤値
シリーズ,日本シリーズを除く)が行われた日について行
と考え採用した.
われた.各フランチャイズ 13 球場に日ごとの電力消費量デ
ータを依頼し,2007 年は 12 球場,2008 年は 10 球場から提
供を受けた.説明変数として選んだ要因は試合時間の他,
その他の要因
(湿度、気圧、…)
球場でのエネルギー消費に直接影響すると考えられ,かつ
電力消費量と同様に球場でデータを把握している公式入場
試合時間による消費
者数および試合の昼夜別,ならびに球場に近い気象庁の観
測ポイントの値
3)
空調による消費
(外気温に依存する部分)
が利用できる気象要因(気温・気圧・湿
度)である.球場によってその他の個別要因が考えられる
照明による消費
場合は説明変数に加えたが,球場が特定される恐れがある
観客による消費
(例:空調への影響・店舗)
ため詳細は省く.試合の昼夜別については昼間(試合開始
消費電力量
時間 16 時以前)
を 0,
夜間を 1 とするダミー変数を用いた.
球場によってはガスや灯油・軽油などの消費量データも入
手し,これらのうち日ごとのデータが得られた球場につい
要因によらない消費
(例:スコアボード・練習)
試合によらない消費
(例:事務所での消費)
ては電力と同様の解析を行ったが,データの範囲がまちま
ちであるためそれらは参考値扱いとした.
今回の解析で用いた球場での 1 日の電力消費構造のモデ
図1
9
1 日の電力消費のモデル
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気
←温
電力消費量のうち異常値を排除したものの平均値,最大値,
温度調整量(C=A+B)
最小値および標準偏差の一覧を表 1 に示す.ドーム球場全
A
C
体の平均値は 49,027kWh, オープン球場では 14,676kWh で
適正温度帯
あり,ドーム球場の消費量が明らかに多い.その原因とし
てはドーム球場が昼間でも照明が必要であることと,空調
B
が球場空間全体に対して必要という 2 点が主に考えられる.
試合中の気温変化
試合開始
もちろん,ドーム球場には観客のアメニティや天候不良に
試合終了
よる試合中止のコストの回避といったメリットがあり,総
→時間
合的にみれば電力消費量だけでの評価はできない.
図 2 温度調整量の決定方法
図 3 には GBP 開始前の 2007 年との比較が可能な 5 球場
について電力消費量の比較を行った結果を示すが,全球場
球場によってはプロ野球の試合だけでなく,その他のイ
で消費量は削減され,その比率の平均は 2.58%であった.
ベントについても開催情報のデータが得られたため,そう
特にドーム球場では 3.07%の削減率を達成している(オー
した球場については,イベントがなにも行われなかった日
プン球場では 1.05%)
.
の平均値を求めることにより,イベントの有無に関わらず
表1
毎日消費される電力を推定した.プロ野球以外のイベント
の有無について情報が得られなかった球場については,イ
2008 年の各球場の電力消費に関する値
kWh/day 平均
最大
最小
標準偏差
A
47,360
67,290
34,500
3,762
B
12,947
15,600
9,200
1,920
C
60,365
87,700
40,800
11,764
D
63,054
98,710
39,420
16,362
F
61,407
77,590
45,120
8,524
G
16,795
20,316
13,015
1,875
I
11,773
14,280
9,528
1,212
J
12,068
16,042
6,173
2,473
L
25,960
34,120
17,876
3,793
M
6,785
9,787
3,549
1,585
ドーム球場
ンターネットで可能な範囲での調査を行い,さらにスミル
ノフ・グラブス検定によりイベントが行われた日を推定し
た.さらに球場によっては 1 時間ごとの電力消費量のデー
オープン球場
タが得られたため,各時間帯ごとのグループについてスミ
ルノフ・グラブス検定を行うことにより,電力消費を伴う
何らかのイベントの発生をより高精度に推定し,イベント
の行われなかった日を抽出した.
次にそれぞれの要因が全体の電力消費量に与える影響を
さらに把握しやすくするため,得られた解析結果を用いて,
70,000
球場ごとの試合日の平均消費量のそれぞれの要因への配分
60,000
電力量(kWh/day)
を行った.採択された説明変数の平均値に偏回帰係数をか
けることにより,その説明変数がゼロであった時との差,
つまりその変数による消費量の増加分を計算することがで
きる.ただし気圧と湿度については,それらがゼロであっ
た時を基準に消費量を求めることについて解析上の意義は
2007年
50,000
2008年
40,000
30,000
20,000
薄いと判断したため要因分解からは除外した.消費量から
10,000
それぞれの要因が寄与する量を除いた残りは切片であり,
0
他の要因に関わらず試合が行われること自体による消費と
A
解釈される.また,イベントが何も行われなかった日の平
F
ドーム球場
G
J
M
オープン球場
均値が得られた球場については,それを試合によらず毎日
消費される量とし,試合自体の消費分とは区別したが,そ
図 3 平均電力消費量の削減実績
れ以外の球場では両者を一括して,個別要因によらない消
費量として扱った.
3.2
電力消費量に影響を及ぼす要因
次に,各球場について説明変数と判定された要因をまと
3.解析結果
3.1
めたものを表 2 に示す.多くの球場で説明変数となった要
因は,試合時間の他温度調整量,昼夜別,湿度であった.
電力消費量
空調にはガスを使用している球場も多いが,その制御やオ
2008 年にデータの得られた球場で試合の行われた日の
10
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オープン球場
ドーム球場
表 2 各球場の電力消費の説明変数(2007 年/2008 年)
試合
時間
温度
昼夜別
調整量
気圧
湿度
観客数 その他
A
△/○
○/○ ×/×
×/○
×/×
×/○
0.411/0.738
0.703/0.895
補正 R2
B
○/○
○/○
○/○
×/×
○/○
×/○
C
-/△
-/○
-/○
-/×
-/○
-/○
-/0.811
D
-/△
-/○
-/○
-/×
-/○
-/×
-/0.808
E
○/-
○/-
○/-
○/-
○/-
×/-
F
△/○
○/○
○/○
×/×
○/○
×/○
×/×
0.683/×/○ 0.797/0.905
0.816/0.745
G
○/○
○/○
○/○
○/×
○/○
H
○/-
○/-
○/-
×/-
○/-
○/-
I
-/○
-/○
-/×
-/×
-/×
-/○
J
○/○
○/○
○/○
×/○
○/×
×/×
0.814/0.877
K
○/-
○/-
○/-
×/-
○/-
×/-
0.926/-
0.775/-/○
-/0.804
L
-/○
-/○
-/○
-/×
-/○
-/×
-/0.891
M
○/○
○/○
○/○
×/○
○/○
×/○
0.884/0.886
○:採択された説明変数
△:p値(危険率)は0.1を超えたが説明変数として採用(試合時間のみ)
×:説明変数から外した要因
-:データ欠損またはサンプル数が少なく解析を行わなかった
補正R2:自由度調整済み決定係数
フィス部分のパッケージエアコンなどで電力も消費してい
ると考えられるが,この点についてはより詳細な調査およ
ると考えられる.また昼夜別についてはいずれの球場も夜
び解析が必要である.ただし,試合時間による消費量は球
の方が消費電力が多く,明らかに照明によるものと考えら
場による大きな違いは見られなかった.その他を含む 5 つ
れる.また湿度は空調消費に影響を及ぼしていると考えら
の要因の合計は全体の消費量の平均 63%を占め,試合によ
れる.一方,気圧や観客数は電力消費との関連が薄かった.
観客数に関係の深いエネルギー消費として考えられる店舗
表 3 各要因の偏回帰係数のまとめ
での調理は主にガスを使用しているためにこのような結果
要因
試合時間 温度調整量 昼夜の差 気圧
湿度
観客
単位
kWh/分 kWh/度
kWh
kWh/hpa kWh/% kWh/人
平均値
25.6
868
3534
21
89
0.26
最大値
70.0
3064
6908
174
230
1.09
最小値
5.5
173
-2540
-252
18
0.04
になったものと考えられる.決定係数の値はほとんどが 0.7
以上,平均で約 0.8 であり,比較的良好な値を示したと言
える.
説明変数として選ばれた各要因の偏回帰係数の数値の目
安として,2007 年と 2008 年の全球場の平均・最大・最小
70,000
値を表 3 に示す.係数自体は昼夜の差が最大だが,各要因
60,000
消費電力量(kWh/day)
の数値の変動幅を考慮すると,温度調整量が 10 度変わった
場合や観客数が 3 万人変わった場合にはそれ以上の消費量
の変動が予想される.それと比較すると試合時間・気圧・
湿度といった要因は,通常考えられる変動幅ではそれほど
影響が大きくないが,全体としては特定の要因に偏ってい
るわけではなく,それぞれの説明変数が消費電力にある程
時間分
空調分
照明分
観客分
その他
要因によらない消費
試合によらない消費
50,000
40,000
30,000
20,000
10,000
度の影響を及ぼしている傾向が見られる.
0
次に,消費量の要因への分解を行った結果を図 4 に示す.
要因のうち照明は昼夜別に,空調は温度調整量に対応する.
-10,000
球場によって要因の構成比が大きく異なっている.これは
A
B
C
D
ドーム球場
各球場のエネルギー消費構造が異なっていることに関連す
図4
11
F
G
I
J
L
オープン球場
2008 年の電力消費の要因分解結果
M
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 3
らない消費を分母から除いた場合は平均 76%となった.つ
なったことを示している.従ってこれは試合時間の削減に
まり試合による電力消費量の 76%は何らかの要因で説明で
よる全体の電力消費量の減少と矛盾するわけではない.具
きることになる.なお一部の球場で負の値が見られるのは
体的には,例えばそれまで試合時間に関わらず一定時間運
要因による消費量の合計が全体の消費量を統計処理上上回
転させていた設備を試合終了後すぐに停止させるといった
ったものである.
細かい管理方法に移行したことによりこのような結果にな
このような要因分解の信頼性を評価するためには,それ
った可能性などが考えられる.電力消費量全体では削減さ
ぞれの切片や偏回帰係数について標準誤差,t 値あるいは P
れていることから考えても,GBP により球場職員の意識が
値といった指標を求めて評価するのが一般的であるが,各
向上し,管理レベルが上がったことが省エネルギー行動に
球場について全ての係数を評価する煩雑さを避けるため,
つながったというシナリオは十分に考えられる.例として,
ここでは 2008 年の結果について,切片と偏回帰係数のそれ
球場 A での 1 日の消費電力量を試合時間で分類し,2007
ぞれの数値に対する標準誤差の比率を同一のグラフにプロ
年と 2008 年で比較したものを図 7 に示す.3.5-4 時間と 4
ットした.図 5 がその結果であるが,試合時間については
時間以上のクラスで増加していることに関してはデータ数
2 球場について 1 を超える値であったため,0.1 倍で表示し
が少ないため信頼性が低いものの,試合時間が短いクラス
た.また,切片については比率の数値が結果の信頼性と必
では明らかに消費電力量は減少している.こうした傾向が
ずしも対応しない.それ以外の要因はすべて 0.5 以下の数
試合時間の偏回帰係数の増加につながっていると考えられ
値であった.こうした数値からは電力消費量を要因別に分
解した数値の信頼性はそれほど高くないことがわかるが,
70,000
情報量の制約および要因の構成を把握するという本研究の
消費電力量(kWh/day)
られる.
標準誤差/係数
1.0
0.8
50,000
40,000
30,000
20,000
10,000
0.6
0
0.4
-10,000
A
F
G
J
M
オープン球場
ドーム球場
0.2
図 6 電力消費要因の比較(左から 2007 年,2008 年)
気圧
観客動員数
湿度
昼夜
空調負荷
60,000
50,000
消費電力量(kWh/day)
図5
試合時間(1/10)
切片
0.0
3.3
時間分
空調分
照明分
観客分
その他
要因によらない消費
試合によらない消費
60,000
目的に重大な支障をきたすほどのバラツキではないと考え
2008 年の要因分解における各係数の標準誤差
2007 年と 2008 年の要因分解の比較
2007 年との比較が可能な球場について要因を比較した
結果を図 6 に示す.特徴的であったのは,ドーム球場にお
40,000
30,000
20,000
2007年
10,000
2008年
0
いて 2007 年から 2008 年にかけて試合時間による消費量が
<2.5
増加し,どの要因にもよらない消費量が減少していること
2.5-3
3-3.5
3.5-4
4<
試合時間(hr)
である.これらは試合時間の偏回帰係数の増加によるもの
であり,2007 年に試合時間に関わらず消費されていた電力
図 7 ある球場の試合時間と消費電力量の関係
量の一部が 2008 年に試合時間に依存して変化するように
12
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 3
ことが明らかになった.
るが,偏回帰係数が明らかに増加したのはこれらの球場の
みであり,それが全体の平均値の増加につながった.オー
灯油や軽油といった液体燃料も含めたそれぞれの消費量
プン球場よりドーム球場で試合時間の電力消費量への寄与
をエネルギー換算し,電力とその他に分けて球場ごとの 1
が大きかったのもこのことによる.
日あたりの総エネルギー消費量を集計した結果を図 9 に示
消費量の変化率で見ても,この 5 球場で全体の電力消費
す.データが不完全であることと,電力以外のエネルギー
量が 2.58%削減されており,一方でこの 5 球場の平均試合
消費の多い球場でそれが電力と同程度の消費量であったこ
時間の短縮比率は 1.4%である.電力消費量全体における試
とから考えて,全体的に見て電力とその他のエネルギーの
合時間の要因の占める割合がたかだか約 24%であることを
消費量は同程度であると推測される.つまり電力消費は球
考慮すると,時間短縮そのものの効果の他にも,GBP によ
場の全エネルギー消費の半分程度を占めていると考えられ,
る間接的な省エネルギー効果が 2007 年から 2008 年にかけ
省エネルギーの第一段階として電力消費の削減から始めた
て現われた可能性は高い.
のは適切であると言える.
図 6 では電力以外にもいくつかの要因について 2007 年と
2008 年で寄与の度合いの異なるものが見られる.上述の間
500
総エネルギー消費量(GJ/day)
接的な省エネルギー効果の存在の有無を含め,これらの原
因を解析するためには各球場におけるエネルギー消費構造
を把握するとともに,球場で独自に取り組んでいる省エネ
ルギー活動や球場職員・観客の意識など詳細な調査が必要
である.今後,ヒアリングやアンケートなどをデータ解析
と組み合わせることにより,エネルギー消費に関する変化
のメカニズムが明らかにされることが期待される.
3.4
その他のエネルギー消費
その他
400
電力
300
200
100
0
A
本研究は電力消費に関する調査であるため,その他のエ
C
D
ドーム球場
ネルギーについては全ての球場でデータを得ることができ
F
J
L
オープン球場
なかった.従ってこれらについては参考値として扱うが,
データの得られた球場についての結果は以下の通りである.
まずガスについて一日あたりの消費量を求めた結果を図 8
図9
1 日あたりの総エネルギー消費量
4.結論と今後の課題
に示す.電力と同様にドーム球場での消費量の多さが顕著
に表れているが,2007 年と 2008 年での比較が可能な球場
本研究では電力を中心に日本プロ野球のレギュラーシー
では,いずれの球場も 2008 年に消費量が減少しており,
ズンにおける球場のエネルギー消費構造の解析を行った.
GBP による試合時間の短縮またはそれに伴う間接的な省
電力消費に強く影響を及ぼしている要因は試合時間の他気
エネルギー効果が,電力以外のエネルギーにも現れている
温,昼夜別,湿度などであった.それぞれの要因の影響の
強さは球場によってまちまちであり,試合時間だけでなく
ガス消費量(m3/day)
5,000
それぞれの要因が電力消費に関して影響度を持っているこ
2007年
2008年
4,000
とがわかったが,全体の消費量はほとんどの球場で 2007
年から 2008 年にかけて削減されており,また全体の消費量
3,000
のうちそれぞれの要因に影響される度合いも増加している
2,000
ことがわかった.このことから 2008 年に行われたグリー
ン・ベースボール・プロジェクトでの時間短縮により消費
1,000
電力やその他のエネルギー消費量の削減およびそれに伴う
間接的な省エネルギー効果と考えられる影響が表れたこと
0
A
C
D
ドーム球場
F
J
L
がわかった.
オープン球場
今回は各球場で日常的に収集しているデータを基に解析
方法として単純な重回帰分析を用い,球場に対し予備的に
図8
1 試合あたりのガス平均消費量
13
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 3
行ったヒアリング等の結果の活用は参考程度にとどめた.
変化による,球場外での生活全体にわたるエネルギー消費
解析結果から明確な多重共線性は確認されなかったものの,
量の低減効果もあると考えられる.その量を直接計測する
一部の球場では偏回帰係数が年によって大きく変動してお
ことは不可能であるが,全体では非常に大きな量になって
り,厳密には要因同士の相互作用が結果に影響を与えてい
いることが期待される.
る可能性も考えられる.今後の課題としてより精密な解析
2009 年の取り組みにより,総消費量の削減はさらに進む
のためには電力だけでなく,来場に伴う移動など球場外で
ことが期待されるが,長期的に考えた場合には試合時間の
の活動も含めた,球場に関する全てのエネルギーについて,
短縮や自発的な省エネルギー行動だけでは限界があり,設
用途,利用形態および要素間の相互関係に関する詳細な情
備面を含めたエネルギー供給システムそのものを再検討す
報に基づくモデリングが必要となる.そうして得られた知
る必要がある.具体的には各球場のエネルギー消費構造や
見は,今後各球場で省エネルギーをさらに体系的に進めて
検討時点での技術を照らし合わせながら,太陽光発電,燃
いく際に活用されることが期待される.しかしそのような
料電池,コジェネレーション,廃棄物エネルギーといった
詳細な解析を行うにあたっては本格的な内部調査等が必要
エネルギー技術と断熱などの省エネルギー技術を組み合わ
であり,コストも発生する.今回既存のデータの統計処理
せていくことが重要と考えられる.すでに一部の球場では
のみである程度の解析が可能であることを示したことは,
コジェネレーション,廃棄物のメタン発酵による発電,海
定常的に開催されるタイプのスポーツイベントのエネルギ
洋温度差エネルギーによる熱利用といった再生可能エネル
ー消費構造の解析が低コストで実施できることを示した点
ギー技術が導入されている.今後も新しい技術の導入が順
でも意義があると考えられる. なお,今回使用したデータ
次検討されていくと考えられるが,その際には本研究で得
は各企業の内部的なものであり,本論文でも球場が特定さ
られたエネルギー消費に関する情報が活用されることが期
れるのを避けるため,一部の結果について学術的には不十
待される.
分な表現になっていることを注記しておく.ここで示して
いない詳細については今後各球場で内部的に活用されるこ
6.謝辞
とが望まれる.
本研究を行うにあたり,データの収集に快くご協力いた
だいた各球場・各球団関係者の皆様には多大なるご尽力を
5.GBP の経過と今後の省エネルギーに向けて
いただきました.ここに厚く御礼申し上げます.
2008 年の GBP の目標は平均試合時間を過去 10 年の平均
参考文献
値である 3 時間 18 分から 6%削減した 3 時間 6 分とするこ
1)
とであった.それによる消費電力の削減量は当時の原単位
伊坪徳宏,堀口健,湯龍龍,比留間雅人,関口憲義;
ライフサイクル思考に基づく国際マラソン大会の環境
で 376,000kWh,
温対法の原単位を用いた CO2 換算量で 209t
負荷評価,日本LCA学会誌,5, 4, (2009), 510-520
と推定されたが,結果は平均試合時間が 3 時間 13 分まで短
2)
縮され,削減量はそれぞれ 157,000kWh,87t であったため,
山口博司,堀口健,湯龍龍,伊坪徳宏,比留間雅人,
髙橋直也,畑口千惠子; ゴルフトーナメントの CO2 排
日本野球機構は未達分の 122t 分の排出権を購入した.GBP
出量の算出と排出量削減方法の検討,第4回日本LC
は 2009 年にも継続して行われ,目標として 9 回終了試合の
A学会研究発表会講演要旨集,(2009), 204-205.
平均時間を 3 時間以内とすることとした.対応する 2008
3)
年の平均時間が 3 時間 9 分であったため,2 時間 59 分にす
気象庁; 気象統計情報,過去の気象データ検索,
http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php
るためには 10 分短縮する必要がある.2009 年には今回の
(アク
セス日 2009.3.17)
解析で得られた試合時間の偏回帰係数を新たな原単位とし
4)
ており,それを用いた試合時間短縮による電力消費の削減
Frank E. Grubbs; Procedures for Detecting Outlying
Observations in Samples, Technometrics, 11, 1, (1969),
量の予測値は 210,694kWh,CO2 換算量で 117t である 5).
1-21.
また,冒頭で述べた環境コミュニケーションの観点から
5)
考えて,GBP の成果は球場でのエネルギー消費量の削減効
日本野球機構; NPB Green Baseball Project,
http://www.npb.or.jp/gbp/ (アクセス日 2009.10.14)
果だけでなく,選手,観客,球団職員などの当事者の意識
14