年次活動報告書 2012 オンラインでの他者との協力/競争が記憶容量と脳活動に与える影響 所属 理化学研究所 BSI-トヨタ連携センター(現筑波大学大学院システム情報系) 名前 近年の情報化社会の進展によってオンライ ンゲームのより積極的な教育への活用が望ま れる。オフラインゲームでの個人内での学習に 比べて、オンラインゲームでは遠距離にいる他 者との協力もしくは競争が学習へ及ぼす効果 が期待されるからである。しかし、他者との協 力もしくは競争が実際にパフォーマンスを上 げる報酬になりうるのかは不明瞭である。それ ゆえこれらの効果を客観的に評価することが、 学習に利用できる適切なオンラインゲームの 開発に不可欠である。 この学習効果を測る指標として、本研究では 我々の思考の中枢であるワーキングメモリに 注目する。ワーキングメモリは短期記憶の一種 で記憶容量に限界があることが知られており、 個人の容量に相関した脳活動が特定されてい るからである(e.g. Todd & Marois, 2004) 。さ らに近年の我々の研究では、金銭報酬などの動 機づけが限界容量を引き上げること、これには 前頭連合野のシータ波とベータ波が関与する ことを示し、動機づけが与える学習効果の脳メ カニズムが特定されつつある(Kawasaki & Yamaguchi, 2013) 。 本研究では、他者との協力もしくは競争が報 酬として働くのか、その脳メカニズムに迫るた めに、ワーキングメモリ課題遂行時の脳波測定 実験を行った。ワーキングメモリ課題として視 覚刺激を使った遅延見本合わせ課題を用いた (図 1)。 川崎 真弘 5 ペア(10 名)の健常な被験者(右利き、22.80 ± 2.58 歳、男性×男性 3 ペア、男性×女性 2 ペア)が理化学研究所安全管理員会承認の同意 書記入の上、認知心理実験及び脳波計測実験に 参加した。全被験者ペアは知人同士であった。 遅延見本合わせ課題では、2 個または 4 個ま たは 6 個の色のついたオブジェクトをディス プレイ上に 0.2 秒間同時呈示し、2 秒間の遅延 期間の後、再度オブジェクトが 1 つずつ 0.2 秒 間呈示される。被験者は最初に呈示された刺激 を覚え、答え合わせで呈示されたオブジェクト が含まれていたかの回答が要求され、正解した 回数によって報酬が変動する。この回答をオン ラインでのみ繋がった環境にいる 2 名の被験 者が行う。報酬は 0 円か 10 円で呈示され、実 際に実験後には合計額が報酬として与えられ る。実験条件として、各被験者が一人で実験に 参加する「個人条件」、2 名の被験者の合計報 酬を分割する「協力条件」と、報酬が大きい被 験者にのみ報酬を与える「競争条件」で行い、 条件間で比較した。 実験は電磁シールドルームにて行われた。2 名の脳波は同一システムによって計測、解析し た。脳波電位は国際 10-20 配置法に従って頭皮 キャップに設置された 27 チャンネルのアクテ ィブ電極によって計測し、BrainAmp MR+を 用いて増幅した。基準電位は両耳より、眼球運 動は両目の脇 1cm 離れた電極と左目上下 1cm 離れた個所に置いた電極より計測した。 図 1:遅延見本合わせ課題とオンライン実験のイメージ図 -1- 年次活動報告書 2012 図 2:各条件における被験者平均ワーキングメモリ容量 遅延見本合わせ課題のパフォーマンス結果 に Cowan の公式(2001)を適用して、ワーキ ングメモリの容量を算出した。その結果、呈示 されるオブジェクト数が増えるにつれてワー キングメモリの容量も増え、従来研究同様、4,6 個でその増加は飽和することを確認した。また 個人条件、協力条件、競争条件ともに、報酬が ある場合は、ない場合に比べて容量が有意に大 きかった(図2;オブジェクト数が 4 または 6 個の場合) 。 さらに条件間でワーキングメモリ容量を比 較した結果、報酬がある場合では、競争条件が 一番大きく、個人条件と協力条件では差がなか った。一方で、報酬がない場合は、個人条件が 一番小さく、競争条件と協力条件は差がなかっ た。 脳波データの解析は作業記憶の脳ネットワ ークを特定した我々の先行研究を参考にし (Kawasaki & Yamaguchi, 2013) 、アーチファク トを除去したデータに対して、ウェブレット解 析を行うことで各電極、各周波数帯域のパワー 値を算出した。 その結果、ワーキングメモリの遅延期間中に、 前頭葉でシータ波(4-8Hz)のパワー値の増加 が観測された。このシータ波はワーキングメモ リ容量が増えるほど大きな値を示した。さらに 金銭報酬がある場合に前頭葉のベータ波(20Hz 前後)が増加した。興味深いことにこのベータ 波の増加は個人条件や協力条件よりも、競争条 件でよく観測された。 パフォーマンスの結果より、従来研究同様、 金銭報酬がある場合に、ワーキングメモリの容 量が大きくなることが分かった。さらに興味深 いことに、このワーキングメモリ容量の増加は、 -2- 個人条件に比べて、競争条件の時によりみられ ることが分かった。この傾向は協力条件では見 られなかった。これらの結果より、1人で学習 作業をおこなうよりは、オンラインでの他者と 競争した方が、効率が良い可能性を示唆する。 このオンライン競争の効率は、脳活動として 観測された前頭葉のベータ波の増加によって 裏付けされる。従来研究より前頭葉のベータ波 は報酬による動機づけに関係することが知ら れており、本研究の結果も他者との競争が報酬 として働いた可能性が考えられる。 さらに近年の脳波研究では同調動作時の 2 者 間の脳波同期を特定している(e.g. Kawasaki, et al., 2013) 。今後の課題として、本研究の実験パ ラダイムでもこのような 2 者間の脳波同期の解 析を行うことで、2 者間の競争や協力の背景に ある脳活動を特定する必要がある。 参考文献 Cowan, N. (2001). The magical number 4 in short-term memory: a reconsideration of mental stage capacity. Behavioral and Brain Sciences, 24, 87–114. Kawasaki, M. & Yamaguchi, Y. (2013) Frontal theta and beta synchronizations for monetary reward increase visual working memory capacity. Soc Cogn Affect Neurosci in press. Kawasaki, M. et al. (2013) Inter-brain synchronization during coordination of speech rhythm in human-to-human social interaction. Scientific Reports in press. Todd, J.J., Marois, R. (2004). Capacity limit of visual short-term memory in human posterior parietal cortex. Nature, 428, 751–4.
© Copyright 2024 Paperzz