X - 信州大学 高エネルギー物理学研究室(HE研)

数理・自然情報科学科へのいざない
皆さんは数学に対してどのような印象をもっていますか? 理学部の基本理念は自然界の多
種多様な現象を詳細に検討し,その中に存在する法則性を見出し,その起源を探究することに
あります。そのような理学部にあって,私たちの学科では数学の伝統的課題の探求に取り組み
つつ,数理科学を結節点とした自然科学諸分野との交流を進めています。 現代数学は個別の現
象に対する様々な数理モデルを仲立ちとして,自然科学はもちろんのこと,情報科学や工学や
医学のような理科系分野,さらに経済学や社会科学のような文科系分野ともつながりを深めて
いるのが特徴です。数学が解決すべき新たな学問的課題は,常に数学の内と外から供給され続
けています。その意味で数学は進化し発展する学問です。数学で扱われる数理モデルはある意
味で現実の世界を写し取ったものですが,そこでは現象に内在する本質的要素の抽出と理想化
が行われており,純粋に論理的な方法のみで構造の解明を進めることができます。数学の学問
的個性ともいうべき抽象化の手法は,単刀直入に現象の解明を求める立場からは少し遠回りに
見えますが,数学的に証明された定理には普遍性があり,様々な分野の現象に対して適用でき
る強みがあります。記号を用いることも数学の特徴ですが,これによって多様な構造を内包す
る概念が明快に記述され,複雑な論理展開をルーチンな計算作業に置き換えることができます。
次々に発見される諸定理は壮大なピラミッドを支える礎石のように,各種の数学理論を支えて
います。数学理論の構築は歴史的にも多くの人々が関わってきた事業ですが,これは極めて創
造的な取り組みです。この取り組みには,様々な現象に潜む普遍性を見抜く洞察力と,論理の
連鎖を追い求める粘り強さがあれば,誰でも参加することができます。数学の研究も個人中心
の営みから,集団的な議論で課題を確かめながら計画的に進めるスタイルが主流になっていま
す。私たちがバーチャル組織「信州数理科学研究センター」を設けているのも,研究者同士の
コミュニケーションの重要性を認識しているからです。 数理・自然情報科学科は,数学を中
心に,関連する物理学やコンピュータも含めて総合的に学べるように,従来の数学科を拡充し
てできた学科です。専門知識を教えるだけでなく,筋道の通った論理的な考え方や柔軟な発想
のできる人材を育てます。そして,卒業後には教育や情報産業を始めとする様々な分野に寄与
し,文化の発展に貢献できることを指導の目標としています。数学と数理科学の考え方を身に
付けることは,社会において未経験の状況に遭遇したときの課題解決能力を高める上で大きな
自信になることでしょう。 高校から大学にかけて学ぶ数学の用語や概念,その歴史的な由来
や応用について興味をもった人は,例えば「岩波数学入門辞典」
(青本和彦他編,岩波書店)を
開いて下さい。高校で学ぶ数学の先に広がった現代数学の世界を垣間見ることができます。
現在の研究テーマ
講座・職名:空間構造講座・教授
略歴:’68 新潟大学理学部数学科卒業,’70 新潟大学大学院理学研究科修士課程修
了,’74 京都大学大学院博士課程単位取得退学
専門分野:微分トポロジー,微分幾何学
キーワード:微分同相群,変換群,可微分軌道体,不変微分形式,リー群
ホームページ:http://math.shinshu-u.ac.jp/~kabe/
あ
べ
こう じゅん
阿 部 孝 順
Kojun ABE
現在の研究テーマ:多様体の同型群の研究
(1
)
if
if di
di m
m Au
A
ut tG (
G( V
V )=
)= 2
1,
4
る。私は,最近は D(M ) 又は M の幾何学的構造を保
つ部分群の群構造について主に研究している。一般
的に2つの可微分多様体 M1 , M2 に対して,D(M1 )
と D(M2 ) が群として同型ならば,M1 と M2 は微分
同相であることが知られている。従って可微分多様
体 M の可微分構造は M の群構造から完全に決定さ
れることが分かる。
Herman,Thurston により一般的に可微分多様体
M に対して,KAM 理論を用いて D(M ) はその交
換子群と一致して完全群であることが証明された。
U
この結果は現在までに D(M ) の群構造について私が
知っている唯一の一般的な定理である。この結果や
H
1 (D
if
f
G(
V
)0
)=
方法は,その後の微分同相群の研究に大きな影響を
与えた。特に M が幾何学的構造を保つ D(M ) の部
分群について,その交換子群を調べる一連の研究の
R
{
R
×
位相空間 M が n 次元可微分多様体であるとは,M
に局所的に n 次元空間と同相となる座標系を選ぶこ
とができて,M 上の実数値関数が可微分であること
が,座標のとり方によらず定められることとして定
義される。このように解析的に定義された可微分多
様体 M の解析的性質から,M の幾何学的な性質を
研究することが,多様体論の研究の主要な目的の1
つである。
クラインは幾何学的な空間について,その変換群
に対する空間の不変量を求めて空間の構造を調べる
ことが,幾何学の研究の新しい方向であるとした。
このクラインの考え方はエアランゲン・プログラム
として,その後の幾何学の研究の主要な方向を与え
ている。
可微分多様体 M に対して M の微分同相全体のな
す群 Dif f (M ) は,M の多様体の構造を忠実に反映
する最も大切な変換群である。Dif f (M ) は群の構
造の他に位相空間,位相群,無限次元リー群の構造
をもち,多方面から様々な研究が行われている。そ
の一方で,多様体の微分同相群は巨大な群であるた
めに,一般的にその構造の細部までの構造を決定す
ることは期待できないが,これらの微分同相群につ
いての基本的な性質の解明が,多様体の幾何学的構
造の本質的な性質の解明に結びつくことが知られて
いる。
D(M ) を M のコンパクトな台をもつイソトピーで
恒等写像とイソトッピクな Dif f (M ) の部分群とす
端緒となっている。これらの部分群は一般的に完全
群とはならない。しかしながら,それらの1次元ホ
モロジー群は,M の最も根底にある幾何学的構造を
表現するために,興味深い研究対象となる。
特に M がコンパクトリー群又は離散群の可微分
作用をもつときに,作用を保つ M の微分同相群につ
いて,その1次元ホモロジー群を求めた。この結果
を用いると可微分軌道体について D(M ) の微分同相
群について,その1次元ホモロジー群を決定するこ
とができる。またこの結果はモジュラー群の幾何学
的方法による研究にも応用することができる。
研究領域:専門領域を一言で
私は主として「微分トポロジー」を研究分野とし
の分類においては,多様体の手術理論が導入された。
ている。この分野では上記でも述べた可微分多様体
その後一般的な可微分多様体の分類問題についても
に関連している幾何学的構造を調べるがことが中心
適用される手術理論が,Novikov,Browder,Wall に
的な研究対象と考えることができる。しかしながら
よって導入されて,可微分多様体の分類問題は急速
同時に数学の多くの分野はもとより,物理学,工学,
な発展を遂げた。
経済学等にも密接に関連した研究も並行して行われ
1960 年代には,Hirzebruch が可微分多様体の重要
てきている。ここでは特に可微分多様体の分類問題
な不変量である符号数が,その特性数である Pontr-
について限定して歴史的な発展について述べる。
jagin 数で表すことができるという Riemann-Roch 型
定理を証明した。この研究は,Atiyah と Singer によ
年代に Whitney により行われた。Whitney は n-次元
る指数定理へと大きく発展した。これは,可微分多
可微分多様体は常に 2n + 1 次元のユークリッド空間
様体上のベクトル束の間の楕円型微分作用素に対し
に埋め込むことができることを示した。また多様体
て定義される解析的な指数が,特性類を用いて定義
の埋め込み,はめ込みに関するの条件を与える特性
される位相的な指数として表すことができるという
類および特性数の研究を行い,その後の可微分多様
定理で,Hirzebruch の定理やガウス・ボンネの定理
体の研究の基盤を確立した。 特性類や特性数は多様
を含むものとなっている。この定理は単なる1つの
体のコホモロジーを用いて定義される多様体の曲が
結果ではなく,数学の広範な概念を大きく体系付け
形で一般化され,ゲージ理論でも主要に位置づけさ
−
れて,その有用性は現在でも増幅している。
(2 2 Lk
=
−
1
τ(
= M 4k
2 2k )
た解析学とトポロジーを結ぶもので,その後様々な
k − (P
1 1,
gin,Chern 等により研究がなされた。このことにつ
いては,その後多方面から研究が行われて,豊富な
結果をもたらして,現在でもその重要な幾何学的量
として研究が進んでいる。特にゲージ理論において
は,主要な役割を果たすことが分かる。
1950 年代には Pontrjagin 等によって始められて,
Thom によって確立した同境理論が可微分多様体の
分類問題を大きく前進させた。同境理論は2つの可
微分多様体が1次元高い 可微分多様体の境界となる
ときに同値であるとして,可微分多様体を分類する
理論であり,現在に至るまで同境の概念は,種々に
一般化されて発展してきた。可微分多様体の同境類
は上記特性数を用いて完全に決定されることが知ら
れている。
1950 年から 1960 年代は微分トポロジーの研究が
劇的な進展を遂げた時期で,同境理論はその先駆的
な仕事となった。Milnor は最初に7次元球面に通常
の微分構造とは異なる微分構造が 27 個存在すること
を証明した。この結果は可微分多様体を位相的な性
質だけでは分類することができず,微分トポロジー
が,トポロジーの分野ににおいて独立した分野であ
ることを明確にした。Smale はモース理論を用いて,
5次元以上のホモトピー球面は,球面と同相となる
という一般化されたポアンカレ予想を肯定的に解決
した。またほぼ並行して,Kervaire と Milnor は,5
次元以上のホモトピー球面の分類を完成させた。こ
...
り具合を表現するもので,Whitney 以降は Pontrja-
tk
1) , P
B k )[
M4
kj
k
4k
]
−
1a
k/
k
可微分多様体に関する本格的な最初の研究は,1930
1980 年代には Freedman が,4次元ポアンカレ予
想を肯定的に解決した。この結果と併せて Donald-
son は Yang-Mills ゲージ理論を用いて,4次元ユー
クリッド空間は,無限個の微分構造をもつことを証明
した。ゲージ理論を用いた多様体の研究は,当時の数
学者に大きな影響を与えて,Floer,Jones,Witten
の現在に至る研究へと進展を続けている。
最新のビッグニュースとして,ロシアのペレルマ
ンが(3次元の)ポアンカレ予想を肯定的に解いた
ということは周知の通りである。ペレルマンの結果
は,ポアンカレ予想を含む Thurston の3次元多様体
の幾何化予想を,これまでと全く異なる微分幾何学
および物理学的手法による大変難解な方法を用いて
証明していることで知られている。
以上半世紀に亘る可微分多様体の分類に関する主
要と思われる歴史について概括してきた。その一方
で,可微分多様体には様々な幾何学的構造が導入さ
れて,幾何学的構造をもつ多様体について広範囲に
研究されている。一般的に研究対象となる幾何学的
構造は,具体的な数学,物理学の分野の要請に由来
することが通例である。従って,他分野との関連を
考察する多様体論の研究も,これからの微分トポロ
ジーの研究において,1つの方向なると考えられる。
Feynman 経路積分の数学的定式化とその応用を目指して
講座・職名:数理解析講座・教授
略歴:’76 京都大学理学部数学系卒業,’81 大阪大学理学研究科数学専攻博士課程単
位取得退学
専門分野:偏微分方程式
キーワード:Feynman 経路積分,量子力学,量子電磁力学,場の理論
ホームページ:http://math.shinshu-u.ac.jp/
いち
の
せ
わたる
一 ノ 瀬 弥
Wataru ICHINOSE
現在の研究テーマ:Feynman 経路積分の数学的定式化
ボールの転がり方や,ロケットの打ち上げなど目に
見えるレベルの世界での運動を記述するのが,ニュ−
トン力学です。ご存知の様に,物体の質量掛ける加
速度は,物体に掛かる力に等しいと言う法則です。
一方,電子,原子,分子など高性能の顕微鏡レベ
ルの世界で見える物体の運動を記述するものは,こ
れとは全く別の法則に従うということが 1900 年代
の初頭に発見されました。これは,量子力学と呼ば
れています。当時フランスとの戦争が絶えなかった
ドイツでは良質の鉄の生産が重要な課題でした。量
子力学は,ドイツの物理学者プランクの,溶鉱炉内
の鉄の色からその温度を測る研究から始まりました
(1900 年)。これらの研究で 1918 年にプランクはノー
ベル賞を受賞しています。この量子力学の発見は多
くの論争を呼び,現在では 20 世紀最大の発見と言わ
れています (アインシュタインの相対性理論の方が
有名かも知れませんが)。ここまで光 (光子)につい
て述べて来ませんでしたが,光 (光子)を取り扱おう
とすると量子力学では無理で,より複雑な量子電磁
気学が必要になってきます。尚,直ぐ後で述べるア
メリカのファインマン教授は多くの著書で,量子力
学を本当に理解することはおそらく不可能であると
述べています。それぐらい不思議な話なのです (難し
いとは言っていません)。
アメリカのファインマン教授は,1948 年に量子力
学,量子電磁気学を取り扱う画期的方法を発見しま
した。この方法は,Feynman 経路積分と呼ばれてい
ます。ファインマン教授は,Feynman 経路積分を用
いた量子電磁気学の研究で,アメリカのシュウイン
ガ−教授と日本の朝永振一郎教授と共にノーベル賞
を受賞しました。このファインマン教授が発見した
経路積分の方法は,その後多くの分野で用いられる
ようになり,現在に至っています。
しかし,Feynman 経路積分とは何かは直感的には
理解できますが,正確には定められていないのです。
例えば,イギリスのケンブリッヂ大学の,ホーキン
グと言う有名な宇宙物理学の教授の論文では,最初
に「ここで扱う Feynman 経路積分は正確には定め
られてはいないが,将来定められるものとして扱う」
と書かれ,その後 Feynman 経路積分を用いた理論
が展開され,多くの画期的発見がなされています。
今まで Feynman 経路積分について述べてきまし
たが,私の研究テーマは,
「Feynman 経路積分とは何
か」の答えをみつけることが目的です。又私はこの
答えから,多くの応用が見出されるのではないかと
期待しています。
研究領域:偏微分方程式
さて,以下で私の研究暦を紹介し,現在の研究内
容は少し詳しく紹介したいと思います。
最初の研究は,双曲型方程式の解の構成,特異性
の伝播の研究でした。双曲型方程式というのは,光,
く,証明されるものなのですよ。私が現在行ってい
る研究は,このような量子力学及び量子電磁気学の
Feynman 経路積分の数学的研究です。
こう書くと一部の物理学者からお叱りを受けるか
音波や電磁波 (テレビや携帯電話の通信手段) の伝播
もしれませんが,量子力学及び量子電磁気学の理論
を表すもので,この伝播の様子を表す公式を求める
の物理学的研究においては,数学的厳密性がかなり
研究でした。
犠牲にされています。これは,実験物理学が急速に
次に行ったのは,シュレヂンガー型方程式が只一
発展し多くの発見がなされ,その理論付けを速く行
つの解を持つための,方程式の条件を求める問題で
うために生じたものだと思われます。因みに,古典力
した。この研究で理学博士の学位を得ました。シュ
学では現在では数学的厳密性が殆ど保たれています。
レヂンガー方程式とは,電子,原子,分子の運動を
わたしの主な研究は,この光子,電子,分子など
定めるものであり,高性能の顕微鏡レベルの世界で
の運動を記述する公式を厳密に求めることを目標に
の運動を記述するものです。私の研究において,ソ
しています。これを用いて,現在物理学で用いられ
ビエトの数学者マスロフの理論が用いられました。
ている「計算方法の正しさ」を示すのが目的です。言
そのことから,携帯電話などの小型アンテナを設計
葉だけ言うと,量子力学及び量子電磁気学に対する
する電気工学者の方々に,マスロフの理論の紹介を
Feynman 経路積分の数学的研究です。以上が私の研
行う機会がありました。私の講演が,小型アンテナ
究暦です。
の設計に役にたったかどうか,今もって分かりませ
んが。
私の研究はいささか物理がかっていますが,1900
年代の中ごろまで日本数学会と日本物理学会が分か
先に量子力学について述べましたが,高性能の顕
れていなかったことを思い起こして戴ければ,そん
微鏡レベルの世界では,光を光子と呼ばれる粒子と
なに特異なことではないと理解して戴けると思いま
して取り扱う必要があります。実は,量子力学は光
す。私と同様に数学的側面から物理の研究を行ってい
子の発見から始まったのです。先に述べたように,プ
る人は,スイス連邦工科大学 (アインシュタインの出
ランクの研究は,溶鉱炉内にある鉄の「色」からそ
身大学),プリンストン大学 (亡命したアインシュタ
の温度を測定する研究をしていたのでした。これは
インが亡くなるまで教授を務めた米国の大学),ハー
量子電磁気学と呼ばれます。例えば,電荷を持った
バード大学,パリ大学等の物理学科に所属している
粒子間ではニュートン力が働くと言う法則を習って
方がたくさん居られます。例えば,先に述べたケン
いると思います。実は,光子も考慮にいれる量子電
ブリッヂ大学のホーキング教授は,応用数学・理論
磁気学では,この法則が「証明」出来るのです。面
物理学科に所属しています。。残念ながら,日本では
白いと思われませんか?ニュートン力は法則ではな
そういう例を私は聞かないのですが。
無限次元解析学の窓からランダムな現象を眺める
講座・職名:数理解析講座・教授
略歴:’68 京都大学理学部数学科卒業,’71 大阪大学大学院理学研究科博士課程数学
専攻中退,’71 信州大学理学部助手,’96 信州大学理学部教授(現職)
専門分野:確率論
キーワード:ブラウン運動,マルコフ過程,加法過程,多次元パラメータ確率過程,
正規分布,ポアソン分布,無限分解可能分布,無限次元測度
いの うえ
かず ゆき
井 上 和 行
Kazuyuki INOUE
現在の研究テーマ:加法過程から派生した多次元パラメータ確率過程
未来の観測データを精度付きで予測する問題があり
ムに変化する現象が数多く見かけられます。松本市
ます。この視点から興味深いのは,未来の予測値が過
の毎日の最高気温,諏訪湖のワカサギの年間漁獲量,
去に依存せず現在の情報のみで表現される場合,つ
ex
p[
−
≥ (e i
− 1
1−
1
<
z,
x>
i< 2 <z
,A
−
z,
z
x
1)
>
>
ν(
)ν
dx
(d
)+
x)
i<
γ,
z
>
]
自然や社会の中では,時間の経過に伴ってランダ
東京株式市場の毎日の平均株価,銀行の窓口の前の
まり現在の情報に関する条件の下では過去と未来が
行列の長さ等々。このような現象を記述するための数
独立になるときです。このような確率過程はマルコ
学モデルとしての確率過程の理論を支える基礎的な
フ過程と呼ばれ,半群理論,線形作用素理論,偏微
枠組みは,ウィーナー,コルモゴロフ等により,1930
分方程式論,微分幾何学等々,数学のいろいろな分
年代初頭までに構築されています。
野と関わりのある非常に豊かな構造をもっています。
ランダムに変化する現象を継続的に観測すれば,
時系列すなわち標本関数と呼ばれる時間の関数が得
特にブラウン運動は,マルコフ過程論や確率解析の
理論において中心的な役割を担っています。
加法過程は,独立増分をもつ確率過程として定義
され,空間上の推移に関して一様なマルコフ過程と
微粒子の不規則運動として知られるブラウン運動の
なります。これは独立確率変数列に対する部分和列
標本関数は平面上の連続曲線で与えられます。標本
の概念を,連続時間パラメータの場合に拡張したも
関数を特定するには無限の観測時点での関数値が必
のであり,その分布は無限分解可能分布により特徴
要ですから,標本関数の集合である関数空間は無限
付けられます。そのような分布の代表的なものとし
次元です。従って,確率過程の研究は,本質的に無
ては正規分布やポアソン分布があり,それぞれ連続
限次元空間上の解析学の色彩を帯びてきます。
型および不連続型の加法過程が対応します。
z,
[A
,ν
+ ∫ , γ] d
⇐ ef
⇒
|x
|< (
µ̂(
∫ 1 e i<
z
段関数等が得られます。顕微鏡下で観察される花粉
x>
)=
られます。上で述べた現象からは,折れ線関数や階
して定式化され,その確率分布は標本関数の属する
張した場合は通常の確率過程論における議論がどこ
関数空間上の確率測度として定義されます。このよう
まで通用するでしょうか? 概念の拡張により新し
な無限次元測度は,任意有限個の時点での観測デー
い世界が見えてくることを期待して,私は多次元パ
タに対する結合分布の間の,ある種の整合性条件に
ラメータの加法過程とそこから派生する無限分解可
よって存在が保障されます。このようにして,関数
能過程の研究に取り組み小さな結果をいくつか得ま
空間上で与えられた測度に関するルベーグ積分論を
したが,多次元に固有の乗り越えるべき障害が横た
基礎にして,無限次元解析学が展開されます。
わっており,目的地へは道半ばというところです。
+
µ
|x
|
さて,時間パラメータの属する集合を多次元に拡
=
確率過程は時間パラメータをもつ確率変数の族と
確率過程論には,過去から現在に到る情報の下で
研究領域:ランダムな現象を扱う解析学・
・
・確率論
パスカルとフェルマーの往復書簡 (1654) から始まっ
間上の確率測度として定式化されますが,特にマル
た,サイコロ遊びに関する数学的問題を起源とする
コフ過程の場合は粒子のランダムな運動を記述する
確率論は,ランダムな現象を扱う数学として近代科
推移確率によって表現することができます。
目を転じて科学史を振り返ると,確率過程の概念
ました。20 世紀以降の現代確率論は,解析学におけ
が登場するのは 20 世紀始めのことです。水に浮か
,x
E a (C
,d
h
∫ [f
y)
a
p
(X
P
m
(s
an
t1 ,
∫ P
,y
··
−
(t
,B
·,
K
2−
)=
P
ol
X
t
(t
1,
m
tn )
x
P
n−
og
]
1
∫
(t
,d
=
or
tn
+
x
∫
o
s,
−
v
2
)
1,
x,
P
id
x
(t
B
en
n−
P
)
1
,a
tit
(t
1,
,d
dx
3−
y)
x
t2
n)
1)
,
f(
x
x
2,
1,
dx
··
3)
·,
··
xn
·
)
学技術の発展に伴ってその学問体系が構築されてき
る様々な手法の創出に支えられて,無限次元解析学
んだ微粒子の不規則運動は普遍的な現象であること
としての独自の研究領域を築きつつ,自然科学はも
を発見したのは植物学者ブラウン (1828) ですが,こ
とより情報通信や金融を含む幅広い技術分野の研究
のようなランダムな現象が株価変動においても見ら
にも適用可能な数理科学的方法を提供しています。
れることを指摘しこれを確率過程として捉えたのは
組合せ論的確率論で扱われる「賭博者の破産の問
バシェリエ (1900) です。物理学者アインシュタイン
題」は,今日的には離散的な時間パラメータをもつ
(1905) はブラウン運動を分子運動論の立場で記述し
マルコフ過程,すなわちマルコフ連鎖の吸収確率を
ています。その後,ウィーナー (1923) がウィーナー
求める問題として記述されます。推移確率,定常分
空間と呼ばれる関数空間を構築し,純粋に数学的方
布,再帰性, エルゴード性等々のマルコフ連鎖に関
法でブラウン運動を実現するに到って,ブラウン運
する諸概念や諸定理は,
「破産の問題」に限らず一般
のマルコフ過程が共有するものです。我々はここに,
数学における事例研究と一般理論研究との興味深い
相互関係を見ることができます。
P
∫
(t
18 世紀始めには,大きな試行回数に対する 2 項分
布は正規分布で近似されることがド・モアブルによ
り示されます。さらにその後の微分積分学の発達を
背景として,19 世紀の始めには,誤差理論における
最小2乗法との関連で,誤差法則としての正規分布
を表す関数がガウスにより発見されます。正規分布
の重要性を浮き彫りにしたガウスの研究は,その後
の確率論および統計学に大きな影響を与えます。
微分積分学の公式を扱うとき,我々はそれが適用
されるための前提条件を確かめることが重要です。
それを怠って形式的な計算を行うと,思いがけない
落とし穴にはまることがあります。このような事情
は,微分積分学の体系が極限や連続性という,無限
の概念と関わって構成されているところに由来しま
す。極限概念を扱う分野としての解析学の現代的基
礎は 19 世紀に整備され,関数の微分や積分,曲線
の長さや平面図形の面積等の概念が数学的精確さを
伴って記述されます。
20 世紀初頭には,長さ・面積・体積の概念を抽象
化した測度の概念に基づく積分論がルベーグにより
導入され,さらに 1930 年代に到ってコルモゴロフに
よる測度論的確率論の基盤が構築されます。現代確
率論では,標本空間における事象の確率は測度とし
て定式化され,確率変数の期待値はルベーグ積分に
よって表現されます。確率過程の確率分布は関数空
動を記述する確率過程は,物理学からも経済学から
も独立した純粋に数学なモデルとなります。
加法過程の概念は,独立確率変数の和の一般化に
より得られたものですが,その確率分布は無限分解
可能分布で特徴付けられます。確率分布に関する議
論においては,そのフーリエ変換である特性関数の
方法が重要な役割を演じます。独立な確率変数の和
に対する確率分布は,それぞれの確率分布に対する
合成積という特殊な演算で表現されますが,合成積
の計算を実行するのはなかなか難しいのです。とこ
ろが,これらをフーリエ変換によって特性関数に置
き換えると,合成積は対応する特性関数の積,すな
わち関数同士の普通の掛け算になります。フーリエ
変換は,確率論に限らず現代解析学のあらゆる分野
で中心的な手法になっており威力を発揮しています。
ブラウン運動は,連続な見本関数をもつ加法過程
で,その確率分布は正規分布で特徴付けられ,推移
関数は時間の平行移動に関して不変です。従って,ブ
ラウン運動は独立同分布な確率変数列の一般化と考
えられますから,これを基礎にして一般の確率過程
を表現しようとするのは非常に自然なことです。第
2 次世界大戦の勃発直後の時期に,伊藤清 (1942) は
ブラウン運動を基盤とする確率積分の概念を導入し
て確率微分方程式の理論を構築しました。伊藤先生
のアイデアを基にした研究は,確率解析の理論とし
て発展を遂げ,現在の無限次元解析学の中心に位置
付けられています。
無限次元現象の解明を目指して
講座・職名:自然情報学講座・講師
略歴:’95 東京大学教養学部基礎科学科卒業,’95 京都大学数理解析研究所研究生,
’01 東京大学大学院数理科学研究科博士課程修了,’01 信州大学理学部数理・
自然情報科学科助手,’06 同講師,博士(数理科学)
専門分野:確率解析,無限次元解析,力学系
キーワード:伊藤解析,確率偏微分方程式論,マリアヴァン解析,エルゴード理論,
厳密統計力学,場の量子論,情報理論
おと
べ
よし
ホームページ:http://argent.shinshu-u.ac.jp/
き
乙 部 厳 己
Yoshiki OTOBE
現在の研究テーマ:無限次元空間上の発散定理
現在までの歴史上,数学のみならず諸科学まで含
になってしまい,
「体積要素」が考えられません。ま
めて最も大きな影響を及ぼした定理は何かといえば,
た微分ではある点とそこから少しずらした点での関
おそらく間違いなく微積分の基本定理だといえると
数の値の差を考えることが重要ですが,このような
思います。微積分の基本定理とは(1 次元のときに)
「ずらす」ということがなかなかうまくいきません。
しかし 1970 年代の末頃から,確率論のある種の研
るものです。これは領域の内部全体での関数の値の
究の中でこれら両者はついに融合点を見いだし,測
和が,その原始関数の境界での値の差に等しいこと
度論に基づいた無限次元空間上の完全な微積分の理
を主張し,関数の形を適切に与えることで領域の内
論が完成します。この理論は通常,この方向への最初
部における情報を外周部だけで理解できることを示
の突破口を開いた数学者の名前をとってマリアヴァ
しています。この事実は多次元でも一般に成り立っ
ン解析と呼ばれています。ところが,この理論は空
ていることを示したのがガウスによる発散定理です。
間全体での部分積分の成立を示してはいますが,有
)
◦
τm
)δ
−
a(
dw
h E
E µ
(
1
)
D
)
w
,Q
dw
m
)i
微分と積分がお互いに逆の演算であることを主張す
り,たとえば関数概念そのものを拡張するにはいく
いてはなかなか困難がありました。有限次元の場合
つかの方法が知られています(総称して超関数と呼
には有界な集合上でまず理論が作られ,むしろ空間
H
hF
,(
h
−
限次元の場合とは異なり発散定理のような領域につ
µ(
このような関係は解析学の最も基礎をなすものであ
といってよいと思います。もちろんそれだけではな
く対照的です。これは(ベクトルの大きさが自然に
く,ベクトル解析など多くの応用の基礎となると同
考えられる)自然な空間においては,有界閉集合が
F
(w
),
(w
Z
F
時に現代幾何学の基礎の一つといってもよいと思い
D
hD
ます。例えるならば,うまく関数を設置してから家
D
わかるということを述べているわけです。
W
=
Z
の周りを一周すれば,知りたかった家の中の状況が
−
全体へ議論を拡張するときに困難があったのとは全
hi
びます)が,いずれにせよ根底にはこの事実がある
コンパクトと呼ばれるよい集合になる必要十分条件
が有限次元であることであるということからくるこ
とですが,この事実が発散定理の定式化を極端に難
しくします。
球に相当するような滑らかな領域ではすでに発散
なります。最も簡単には,積分を定義するのに必要
定理は定式化できていましたが,長方形のような形
となる自然な「体積」が存在しません。たとえば体
に相当する角のある領域についても発散定理をマリ
積を量るために領域を微少な(一辺 1/n の)立方体
アヴァン解析の枠組みで完全に定式化することを目
を考えると,無限次元空間では最初からその値が 0
指しています。
W
ところが,無限次元空間においては状況が全く異
研究領域:確率解析
後半のマリアヴァン解析で,その理論は渡辺信三・
重川一郎らによって完成され,ヘルマンダーの準楕
円問題やアティヤ・シンガーの指数定理など,解析
学・幾何学の重大問題に単純明快な解を与えること
に成功し確率論の金字塔となりました。
ただし,確率微分方程式の解にマリアヴァン解析
が適用できるのは,その解が強い解と呼ばれる場合,
つまり解が雑音源から完全に再現できる場合に限ら
れます。田中洋によって最初に発見された弱い解,つ
まり解のランダム性が雑音源のランダム性を上回る
i
(s
)
場合にはこのようなことができません。これら両者
dM
の違いは偏微分方程式で捉えられる構造では消えて
しまうことがわかっていますが確率論としては重大
Ai
(s
)
))
な問題です。さらに,この弱い解・強い解の概念は数
(s
)
解析する際にも重大な問題となります。これは近年
)d
チレルソンによって導入されたノイズの概念をきっ
d D
Mi
,M
(s
)
かけに,作用素環の理論などとも深い関わりを持っ
(X
て現在も活発に考えられている問題です。
if
一方現代では確率微分方程式に始まる伊藤解析,
∂
あるいはマリアヴァン解析まで込めて確率解析の数
))
学的基礎理論はおおむね完成したと見なされており,
(s
数理ファイナンスと呼ばれる金融等に現れる問題や,
+ 1 X
d i=
2
1
Z
0
i,j
(X
厳密統計力学・場の量子論といった(これらは確率
ij f
論創世期からの大きな問題意識でしたが)数理物理
∂
t
の諸問題が大きな関心です。特に統計力学のそもそ
もの問題意識は,たとえば熱が伝わったり水が流れ
たりするような「巨視的」現象を,それらはすべて
0
t
j E
理ファイナンスと呼ばれる市場のモデルを構築して
(s
(X
if
∂
Z
i=
+ Xd 1 0
気体や水の「微視的」分子が運動することによって
1
引き起こされるということを示し,何が生じている
=
f(
X
t
(t
))
+ Xd = f
Z (X
(0
))
20 世紀初頭にアインシュタインによってブラウン
運動が理論的に取り扱われると,数学的な対象とし
てブラウン運動を定式化することも行われました。
それは [0, 1] 区間から連続関数全体が作る無限次元空
間へのよい写像をフーリエ解析の手法で構成し,そ
の空間に確率測度を導入するという方法であり,現
在ではその測度はウィナー測度と呼ばれています。
いったんブラウン運動という基本的な対象が数学的
に定式化できると,他の拡散過程も定式化できるか,
という自然な問題が起こります。ところがこれは困
難であり,コルモゴロフは偏微分方程式の解に関す
る問題としてこれを定式化しようとしましたがあま
り満足のいくところにまでは到達しませんでした。
1942 年,当時内閣統計局におられた伊藤清先生は
「Markoff 過程ヲ定メル微分方程式」という革命的な
論文を発表され,そこでは現在に至っても未だ神秘
さを失わないブラウン運動の軌道に関する積分(伊
藤積分)の方法と同時に,確率微分方程式が定義・
定式化され,もしその方程式がただ 1 つの解を持つ
ならば拡散過程であることが示されていました。ま
た,その中には後年伊藤公式と呼ばれるようになる
伊藤過程を伊藤積分と通常の積分とに分解する公式
もすでに現れていました。しかしこの時点では係数
に滑らかさを要請せざるを得ないなどの弱点もあり
ました。
その後解を持つための条件は 1950 年代後半ころに
丸山儀四郎・スコロホッドらによって完全に弱めら
れました。しかし,拡散過程の構成に関しては,田
中洋・スコロホッドによる解析的研究でも完全な解
決はできませんでした。この問題は 1960 年代後半に
ストゥルックとヴァラダンがこれら両者を統合する
形で完全に解決しました。ただし伊藤の一意性と呼
ばれる概念との関係は,1970 年代初頭に渡辺信三・
山田俊雄らによる確率微分方程式論の完成まで待つ
必要がありました。
拡散過程は実はある種の微分作用素や偏微分方程
式の背後での動きを捉えている(全体の「平均」を
とるとそれらが現れる)のですが,関数解析的手法
でしばしば必要になる楕円性という条件が一切仮定
されていません。これは大きな利点ですが,その分
布や平均といった偏微分方程式の解が微分できるか
どうかという問題は確率論の中では長く未解決のま
ま残されていました。これを解決したのが 1970 年代
かを明らかにすることでした。20 世紀末頃からよう
やくこうした問題を数学的に厳密な意味で取り扱う
ことができるようになり,流体力学極限と呼ばれて
います。また,近年では場の理論の一種である共形
場理論と呼ばれるものを確率論の枠組みで取り扱う
ことができるようになりつつあり,大変注目を集め
ているとともに,活発な研究が行われています。
いずれにせよ,戦時中の伊藤清先生の理論に始ま
る確率解析は偏微分方程式論・関数解析とともに発
展しながら無限次元解析学という形をとり,現在で
もまだ,その適用範囲をいわゆる伝統的な数学の枠
の外にまで広げながら大いに発展しています。
空間の代数的模型 — 圏を行き来して幾何学的対象を理解する —
講座・職名:空間構造講座・教授
略歴:’86 信州大学理学部数学科卒業,’88 信州大学大学院理学研究科修了,’91 京都
大学大学院理学研究科博士後期課程修了 (理学博士),’91 群馬工業高等専門
学校講師,’95 岡山理科大学理学部講師,’99 岡山理科大学理学部助教授,’04
信州大学理学部助教授,’05 信州大学理学部教授
専門分野:幾何学
キーワード:トポロジー, ホモロジー,ホモトピー,写像空間,模型
くり ばやし
かつ ひこ
栗 林 勝 彦
ホームページ:http://marine.shinshu-u.ac.jp/kuri/
Katsuhiko KURIBAYASHI
現在の研究テーマ:空間の代数的模型
集合に近さ,遠さ,あるいは広がり,繋がりの概念
消えてしまうけれど扱いやすいもの,と様々な形を
を定義したものが「位相空間」(以下空間) と呼ばれ
持ちます。ここで最近の研究から具体例を使って考
る幾何学的な対象で,集合に演算を定義したものが
察方法を大雑把に説明しましょう。
「群」「環」と呼ばれる代数的な対象です。私は空間
例えば写像空間のホモトピー群のある重要な部分
を代数的な対象で近似し,それを用いて元の空間を
群 Gn (F(U, X; f )) を調べようと思うならば群のつく
解析することに興味を持ち研究を続けています。そ
る圏で次の「図式」を考えます。
πn (F(U, X; f ))
の精神はちょうど,平面図形を座標平面に埋め込ん
QQQ ev∗
QQQ
QQ(
ÂÄ
/ πn (X)
Gn (U, X; f )
で方程式により記述し,方程式を解析することで元
²²
ev∗
∧Wf
の図形の性質を考察する (皆さんの学ぶ (学んだ)) 座
標幾何学に通じるものがあります。最近は,特に2
図式とは対象の性質を記述している,例えば基盤の
つの空間の間の写像全体がつくる「写像空間」を代
=
電子回路図のようなものです。次にこの図式を可換
数的な対象に変換して研究しています。この研究つ
u
化します。そして双対を考え,ベクトル空間の圏に
対象を写せば,図式
³
´]
(Γ1 /Γ2 )πn (F(U, X; f ))
の間の写像全体を調べることで,もとの空間を考察
する方法を用います。基本的な空間として球面を選
ι
pppp
とき,より基本的な別の空間を取りその2つの空間
pppp
であるトポロジーにおいては,ある空間を考察する
pppp
'n r
で「写像」という概念が生まれます。私の専門分野
pppp
E/
空間の点にもう一つの空間の点を対応させること
/M
pp7
いて以下説明します。
O
Gn (U, X; f )] o o
iSSSS ev]
SSS∗S
SS
πn (X)]
を手に入れることが出来ます。これをさらに適切な
関手で可換微分代数のつくる圏に写し,そこで写像
Eb E
EE
EE
EE
EE
EE
EE
E
∧V
s
び,写像全体の集合に群構造を入れたものがホモト
O
∧W
ピー群で,この群の研究が代数的トポロジーの出発
eev
点であるといえます。さて変換についてですか,ま
ず空間のつくる圏 (後述) から代数的な対象がつくる
圏への適切な関手 (後述) を用いて,写像空間を代数
化します。ここで現れる対象が空間の代数的模型と
空間の代数的模型を熟考することでに次の図式が得
られます。
r
y
∧W bF
n
'
e
ev
∧V
FF
F
/ E/M = ∧W
f
7 u
n
n
n
nnn ι
呼ばれるもので,関手によっては空間の特性をその
これを”じっと見て”考察することで,Gn (F(U, X; f ))
まま引き継ぐもの (でも複雑),空間の多くの情報は
の形がわかり,写像空間の性質も見えてきます。
研究領域:幾何学 代数的トポロジー
平面は一点と「同じ」といったら驚くでしょうか?
現在までに空間を分類するために多くの位相不変
ますが,一点の上で出来ることはほとんどありませ
その代表的な関手 (位相不変量) である基本群を簡単
ん。ところがトポロジーと呼ばれる幾何学の上では
に説明しましょう。まず空間 X とその上の点 x0 を一
平面も3次元の空間も一点と同じになってしまいま
つとります。そして円 S 1 から X への写像全体を考
す。これらの空間はすべて一点に「縮め」ることが
えます。ただし円の指定された一点は常に基点 x0 に
出来るから「同じ」なのです。円は穴が開いていて,
写されるとします。こうして空間上に x0 を出発して
自分自身の中で一点に縮めることが出来ません。で
また x0 に戻ってくるたくさんの閉じた道を考えたこ
すから円は先の3つの空間,点,平面,3次元空間
とになります。2つの道がその空間 X 上で連続的に
とは同じではありません。長さや体積,面積が変わっ
変形して一致する場合,それらの道は「ホモトピッ
ても「同じ」とみなすトポロジーにおいては残念な
ク」とよばれ,この関係で道全体を類別したものを
がら微分積分のみで空間を解析することは非常に難
π1 (X, x0 )(左図参照) と表します。2つの道を基点 x0
しく,その上で微分が出来ない空間を扱うこともあ
で繋げると1つの道が出来ます。2つの “もの”に1
B/ ` j 0
²
量が定義され,トポロジー研究に応用されています。
B/
平面には座標が定義でき様々な関数のグラフもかけ
す)。そこでこうした幾何学的な対象を考察するため
こうして得られた群が空間 X の基本群です。またさ
に,足し算や掛け算といった演算が出来る「群」
「環」
らに円を高次元の球面 (絵にはかけないけれど) にし
などの代数的な世界に空間を連れて行って,演算を
て同様の構成を行うと先に述べたホモトピー群が得
用いてまたは数を比較して空間を解析する方法を用
られます。
A/
/
²
p
'
i0
法は,トポロジー研究を豊かにしているばかりでは
²
j
こうした位相不変量やそれらを計算する道具や方
IA
C
なく,数学の他分野に輸出され応用されているとい
.
A
います。
A C
つの “もの”を対応させる「演算」が定義できました。
i
ります (私の研究対象のほとんどがこのような空間で
i
/
s.t
う事実もここで付け加えおきます。
H A→
◦
i. B
前頁で説明した私たちの研究世界をさらに大局的
A `
A
/
な見地から眺めてまとめとします。2つの圏 C と D
を考えます。どちらも射の変形が可能で先の話題に
:I
も出てきた「ホモトピック」という関係が定義でき
る圏とします。このとき2つの対象の間の射がつく
∃
H
る集合においてホモトピーで変形して重なるものを
=
iff
同一視して出来る圏,ホモトピー圏を考えることが
g
出来ます。さらに圏を行き来することを可能にする
f
もう少し数学的な用語を交えて説明しましょう。ま
+
f
'
g
関手 F と G が存在したと仮定します。
/
F : Co
D :G
ず”対象”と呼ばれるものと,対象が2つ順に決まる
私たちがこうした状況に期待することは,上の関手
と定まる”射”の集合達からなる世界を「圏」と呼び
がそれぞれのホモトピー圏の間に関手を誘導し2つ
ます。ちょうど集合達が対象となり,集合 A,B が2
のホモトピー圏が同値になるということです。
つ定まると A の元に B のある元を対応させる写像
(関数) を射として集合の圏が現れます。さらに圏ど
F : Ho(C) o
∼
=
/
Ho(D) : G
おしを繋ぐものを「関手」と呼んでいます。幾何学的
このとき例えば幾何学を代数的に考察することが可
対象のつくる圏から代数的な圏への関手であり,上
能になり,また逆も真となります。どのような圏を
に述べたようなトポロジー的性質が同じ空間を同じ
考えるのか,良い性質を持った関手 F や G は何か,
ところへ写すものは特に重要で「位相不変量」と呼
そこから幾何学的対象のまたは代数的対象の何が探
ばれています。
れるのか,考えることはまだまだたくさんあります。
不確実な現象の解析
講座・職名:ファイバーナノテク国際若手研究者育成拠点・助教
略歴:’05 東京大学大学院数理科学研究科修士課程修了,’08 東京大学大学院数理科
学研究科博士後期課程修了,’08 現職
専門分野:確率論
キーワード:確率微分方程式,確率偏微分方程式,伊藤解析,大偏差原理,確率不
等式
しゃ
びん
謝 賓
Bin Xie
現在の研究テーマ: 面白い確率微分方程式の研究
Brown 運動については,まず,イギリスの植物学
者 Brown(1773–1858) は 1828 年に花粉が水の浸透圧
で破裂し水中に浮んだ微粒子を顕微鏡下で観察中以
下のグラフのようなきわめて不規則なジグザグな運
動をはじめに発見しました。
書 山有
山
有 路勤
路
勤 為径
為
径
学
学 海無
海
無 涯苦
涯
苦 作舟
作
舟
確率微分方程式の理論が偉大な数学者伊藤清によっ
て創始されたものです。 今までに,様々な分野にお
いて応用されています。
よく知られているのは Newton,Leibniz による微
積分学に基づいて,決定論的力学法則に従う自由落
下,惑星の運動といった自然現象の時間発展が常微
分方程式により記述されることです。 この場合に,
ある時刻における物理系の状態(位置と速度など)
が分かれば,常微分方程式を解くことによりすべて
の時刻における状態が完全に決定されます。 これは
「決定論的」現象と言います。
しかし,世の中にはこのような記述ができない自
然現象や社会現象が数多く存在します。 たとえば,
株価の不規則な変動,交換台にかかってくる電話の
回数,大地震や台風などの自然災害,出生死滅を繰
り返す人類の個体数,煙突から出る煙の形の変化,桜
の花弁が風に乗り散らばりながら地面に落ちてくる
時の位置等々。 このような不確実性を含む現象の代
表的な例が Brown 運動です。
図 2: 微粒子のジグザグな運動
それから,約 80 年間たって,1905 年に物理学者
Einstein(1879–1955,ノーベル賞受賞者) により,熱
運動する媒質の分子の不規則な衝突によって引き起
こされる現象であるとして説明する理論が発表され
ました。 その後,1923 年に,N. Wiener(1894–1964)
書
はその現象を理想化し,数学的モデルを確率過程と
図 1: 1 次元のブラウン運動の軌跡
して導入しました。
このような運動の時間発展の一つの標本をとらえ
たとき,それは決定論的法則に基づく常微分方程式の
解の滑らかな軌道とは様相を異にします。このよう
な不規則を表すジグザグな標本路の性質を記述する
ために,日本人数学者伊藤清は端的に言って,確率
微分方程式の概念を導入してそれを解析する基本的
手段を考え,不規則な系の微積分学を厳密な数学的
理論として構築しました。
図4
図 1 と比べると,非常に似ているでしょう。
最後に,1997 年のノーベル経済学賞の受賞者 My-
天
行
勢 健
坤 ,
, 君
君 子
子 以
以 自
厚 強
徳 不
載 息
物
ron S. Scholes たち
図 3: 伊藤清 (1915– ),2006 年 8 月 22 日第 1 回ガウス賞,
2003 年文化功労者,1987 年ウルフ賞; 1978 年日本学士院賞
恩賜賞,. . .
その業績はしばしば,Newton のそれと比べて語ら
図 5: マイロン・ショールズ (Myron S. Scholes,1941– )
れ,20 世紀後半に大きく発展し,今では確率解析あ
るいは伊藤解析と呼ばれています。
ひとことで言えば,確率微分方程式とは,時間と
の業績に対する伊藤解析の巨大な貢献について話し
ましょう。 伊藤清の業績に基づいて,1973 年に,当
時の懸案であったヨーロピアン・コールオプション
ことです。 あるいは,ランダムな揺らぎ(ノイズや
(満期日にのみ権利を行使できるオプション)のオプ
雑音とも呼ばれます)の加わった常微分方程式です。
ション・プレミアムを計算しするために,Black と Sc-
今は,確率微分方程式が自然科学の諸領域において
holes は確率解析と均衡議論を用いた論文を共同で発
極めて重要な役割を果たしています。 実際,物理学,
表しました。 彼らが導入したモデルは Black-Scholes
生物学あるいは工学では外部からの影響として加わ
方程式と呼ばれています。 この理論値はすでに市場
る雑音をモデル化するために確率微分方程式が採用
の均衡価格として得られていた価格に一致しました。
されています。 さらに,自然科学のみではなく,金
1997 年に彼は Black-Scholes 方程式に関する業績に
融理論をはじめとする経済学においてさえも,その
よって,Merton とともにノーベル経済学賞を受賞し
有用性はよく知られています。 というのは,たとえ
ました (Black は 1995 年に逝去しました)。 この方
ば株価変動曲線は Brown 運動の軌跡と実によくマッ
程式はファイナンスにおける数学的モデル化のもた
チするからです。
らした大功績であり,オプションや他のデリバティ
地
ともに偶然に変化する要因を伴った常微分方程式の
以下のグラフはある一年間のナスダック指数の推
移のものです。
ブの取り引きにおいて必要不可欠の道具となってい
ます。
やっぱり数学が好き!!
講座・職名:数理解析講座・教授
略歴:’85 早稲田大学 教育学部 理学科 卒業,’91 早稲田大学大学院 理工学研究科
数学専攻 後期課程 単位取得,博士 (理学),’88∼’91 早稲田大学 教育学部 助
手,’92 信州大学 理学部 助手,’95 同 講師,’01 同 助教授,’06 同 教授
専門分野:関数解析学
キーワード:関数解析学,関数環,関数空間,作用素論
たか
ぎ
ひろ ゆき
高 木 啓 行
Hiroyuki TAKAGI
現在の研究テーマ:関数の仲間に注目して...
数学の授業で,次のような練習問題に出会ったこ
などの関数の仲間です。(1),(2) では,関数の仲間
に共通して成り立つことがらを述べています。この
とはありませんか?
問題 1。 1 次関数 y = mx + n のグラフが,
ように,ある種の関数の仲間を取り上げ,その「仲
2 点 (0, 1),(1, 3) を通るとき,係数 m,n
間に共通する性質」を調べるのが,
「関数解析学」の
の値を求めなさい。
問題 2。 2 次関数 y = ax2 + bx + c のグラフ
が,3 点 (−1, −1),(0, −1),(1, 1) を通る
考え方です。
さて,
「仲間に共通する性質」は,日常会話でもよ
く出てきます。たとえば,
とき,係数 a,b,c の値を求めなさい。
『日本人は勤勉だ』
これらの類題をいくつか解いていると,次のことに
という話題。これは,日本人という仲間集団につい
気づくと思います。
ての性質を述べていますね。人は十人十色で,個々の
(1) 1 次関数は,グラフ上の 2 点の座標がわ
日本人はすべて勤勉なわけではないけれども,全体
かれば,ひとつに定まる。
(2) 2 次関数は,グラフ上の 3 点の座標がわ
的に見て勤勉な印象があったのでしょう。大雑把な
観点ではありますが,日本人の勤勉な特質を意識し
て活かしていくことは大事なことです。ものを個々
かれば,ひとつに定まる。
実は,これらの内容には,私の研究の基になってい
に調べるだけでなく,ある仲間集団としてとらえる
る「関数解析学」の考え方が含まれています。それ
ことも有効だという例です。
「関数解析学」は,この
を説明しましょう。
ような考え方を,数学の世界で利用したものです。
(1) では,1 次関数という関数の種類を,(2) では,
中学校・高等学校の数学には,数学の奥深い考え
2 次関数という関数の種類を取り上げています。1
方が潜んでいます。また,それは,日常的な考え方
次関数とは,
にもつながっています。そんなお話を通して,私の
1
1
x−
4
2
などの関数の仲間です。そして,2 次関数は,
専門分野である「関数解析学」の考え方を紹介させ
y = 2x, y = −x + 1, y =
ていただきました。
問題の答 ———————
y = x , y = 2x − x + 1, y = −x + 1
2
2
2
問題 1. m = 2, n = 1.
問題 2. a = 1, b = 1, c = −1.
研究領域:関数の空間 (スペース) / 関数の環
数の学問「数学」では,種々の数が登場します。私
になります。当然,問題の種類によって,考える「関
の専門分野の「関数解析学」では,実数と複素数が
数の仲間」は変わります。そのときどきの「関数の仲
重要な役割を果たします。ここでは,実数について
間」は,尽きない興味から,宇宙空間 (space) のよう
お話しましょう。実数とは,数直線上の点で表され
な広がりが連想されるからでしょうか ――「関数空
る数と考えてください。数直線は,見た目は一本の
間」(function space) と呼ばれています。私は,この
直線にすぎませんが,いくつか大切な性質をもって
「関数空間」について研究しています。とくに,その
います。3 つ紹介します。
1 つ目の性質は,数直線の上で,
1 + 2 = 3, 3 × 4 = 12
というように,たし算・かけ算などの演算ができる
関数の仲間集団がより緊密な輪をもっている「関数
環」と呼ばれるものに興味があり,その理論展開を
基にした研究をすすめています。最近,
「関数環」の
研究グループでは,若手の研究者も増えてきていま
ことです。このような演算に着目して,抽象的な枠
す。私は,この方面の研究が発展していくよう,貢
組みを作っていく数学の分野を,
「代数学」といいま
献していきたいと思っています。
す。私たちの学科の数理構造講座には,代数学の専
門家がいます。その先生方のページをご覧いただく
これまで,数学のいろいろな分野の名前が出てた
ので,図にまとめてみます。
と,代数学の素晴らしさがわかると思います。
2 つ目の性質は,数直線において,
1<2
(1 は 2 より 0 に近い)
といった大小 (遠近) 関係があることです。大小 (遠
近) 関係は,距離 (あるいは位相) の考えを生みます。
このような考えからも,きれいな抽象理論が展開で
きます。この方面の研究は「幾何学」と呼ばれます。
私たちの学科の空間構造講座には,幾何学の専門家
がいます。その先生方のページをご覧いただくと,幾
何学の素晴らしさがわかると思います。
3 つ目の性質。それは,数直線が,ものすごいた
くさん点が密に連なったものであるということです。
このことを,数学の言葉で「実数の完備性」といい
ます。完備性は,幾何学的な概念ですが,
「解析学」
に近い要素もあります。ここで,3 つ目の数学の分
野「解析学」が登場しました。
「解析学」は,簡単に
は「関数」を研究する分野といえ,非常に広範囲で
す。私たちの学科の数理解析講座には,解析学の専
門家がいます。その先生方のページをご覧いただく
と,解析学の素晴らしさがわかると思います。
さて,
「関数の仲間」を研究する「関数解析学」は,
その名のとおり,
「解析学」の一部です。そして,
「関
数の仲間」には,上に述べた「代数学」の枠組みや,
「幾何学」の理論をあてはめることができるのです。
そうすることで,いろいろな問題に挑戦できるよう
数学 ⊃ 解析学 ⊃ 関数解析学
∪
関数空間論

. 代数学 

数学
← 幾何学


- 解析学
∪
関数環論
図からわかるように,私の研究分野「関数解析学」
は,
「数学」のほんの一部ですが,
「数学」を構成する
3 分野「代数学」
「幾何学」
「解析学」のどれにも関連
があり,それぞれの素晴らしさが凝縮されて詰まっ
ています。だからこそ,おもしろいのです。たぶん,
私は,数学が好きなのでしょうねぇ。
さらに,上の図を発展させると,
「数学」自体,
「自
然科学」の一部だということに思い至ります。私は,
信州の大自然の中に身をおくと,その美しさと壮大
さに感動し,心が豊かになります。それは,数学の
美しさと壮大さにつながるからでしょうか? 間接
的にですが,私は,信州の大自然からも力をもらっ
ている気がしています。
信州大学のある長野県は,美しい大自然に恵まれ
ています。また,理学部 数理・自然情報科学科は,
「代
数学」「幾何学」「解析学」のスタッフ構成が充実し
ています。「関数解析学」の研究をすすめる私には,
たいへん望ましい環境です。同じように,数学や自
然が好きな方には,信州大学 理学部 数理・自然情報
科学科は,またとない環境といえましょう。
やわらかい幾何学
講座・職名:空間構造講座・准教授
略歴:’95 東京大学理学部数学科卒業,’01 東京大学大学院数理科学研究科博士課程
修了,博士(数理科学)
専門分野:トポロジー
キーワード:トポロジー,位相幾何学,微分位相幾何学,多様体
ホームページ:http://math.shinshu-u.ac.jp/˜takase/
たか
せ
まさ みち
高 瀬 将 道
Masamichi TAKASE
現在の研究テーマ: 「絵に描いた餅」の味見
授業が退屈になってしまったとき,教科書に書い
左の曲線はミルナー(John Milnor)というとても
てある「ま」とか「み」といった活字の左下にある
偉い数学者(1962 年フィールズ賞受賞)が考えたも
線で囲まれた領域を鉛筆で黒く塗りつぶしたりした
のです。実はこの曲線が囲む円板は 2 つあります。
ことはありませんか ? 「田」という字なんかだと塗
りつぶし甲斐があって楽しいとか,いや普通は思わ
ないのかもしれませんが,時間つぶしには最適です。
突然ですが,問題です。まずはルールの説明を兼
見易くするため,円板は途中までしか塗ってありま
ねてウォーミングアップです。次の 2 つの曲線それ
せん。この先を赤鉛筆などで塗っていけば,2 通り
ぞれが囲む一枚の円板を見つけてください。円板は
に隠れている円板が絵の中に見えてくるはずです。
重なっていてもよいですが,与えられた曲線が円板
右の NTT のマークに似た曲線によって囲まれる円
の縁を一周するようになっていなければいけません。
板はありません。この曲線の「素直な」一巡りが円
板の縁をグルッと一周するような円板を見つけるの
は不可能であるということです。
さて,ミルナーのゲームの続きです。次の絵のよ
うな構成を繰り返すと,3 通り,4 通り,5 通り · · ·
簡単ですね。次のような円板が隠れています。
の円板を囲む曲線を作ることができます。
上の右図では円板が重なっているところが濃いグレー
になっています。では次の曲線はどうでしょう ?
これはブランク(Samuel Blank)という人が考えま
した。上のミルナーの絵の一般化になっているのが
分かるでしょうか ? まずは 3 通りの円板を囲む曲線
を自分で描いてよく考えてみてださい。
研究領域: トポロジー(位相幾何学)⊂ 幾何学 ⊂ 数学 ⊂ ?
私の専門はトポロジーです。トポロジーは幾何学
最後の問題です。このページの始めの問題の図形
の一分野で 250 年ほど前に始まったとされているの
に非常によく似ていますが,次の左の図形は右の図
で,数学の中では比較的若い分野です。しばしば「や
形に連続的に変形できるでしょうか ?
わらかい幾何学」などと呼ばれます。
さて,問題です。上の 2 つの図形が粘土のような
今度の答えは「変形できない」です。実はこのこ
もので出来ているとして,左の図形を右の図形に変
とは,ホワイトヘッド(J. H. C. Whitehead)の絡み目
形できるでしょうか ? ここで「変形」と言いました
と呼ばれる 2 つの輪ゴムの絡み目(下図)はどうやっ
が,簡単なルールがあります。粘土で出来たアーム
ても(はさみで切ったりしない限り)ほどけない,と
のような部分を細くしたりあるいは太くしたり,輪
いうことと密接に関係しています。
のようになっている部分を少しずつ大きくしたりあ
るいは小さくしたりするのは OK ですが,粘土をち
ぎったり,つないだりするのは禁止です。とにかく
粘土を少しずつ少しずつ「連続的に」変形していく
ことは OK ですが,ちぎってつなげ直すなどの「急
な」操作は禁止ということです。
答えは「変形できる」です。どうやればいいか分か
りますか ? まあもう一度よく考えてください。どう
しても分からなければ本を逆さまにして青い絵を見
てください。赤い絵はまだですよ。
では,次の図形はどうでしょう。左の図形を右の
図形に変形できるでしょうか ?
皆さんも二,三日考えれば,この関係が発見できる
のではないでしょうか ? いや別に,できなくたって大
丈夫です。数学に限らずいろいろな事を勉強し,や
りたいことを見つけて
まま
でも幅広い興味は持った
是非大学に来て下さい。大げさに言うの
ならば,
「幅広い心を,くだらないアイデアを,軽く
笑えるユーモアを,うまくやり抜く賢さを」(∗) 鍛え
に鍛え,そしてどれも失わずに入学してもらえたら
お待ちしています。
これも答えは「変形できる」です。充分に考えた
ら,本を逆さまにして赤い絵をよく見てください。
なにやら高校で学んでいる数学と様子が違うと思
いませんか ? やわらかい感じですね。トポロジーは
連続的な変形という観点から図形を研究するものな
のです。これが「やわらかい幾何学」と呼ばれる一
つの理由です。トポロジーは現在,物理学,化学,生
物学やネットワークの研究などにさまざまな応用を
もたらしていますが,そうでなくとも,このような
考え方を数学の言葉の上に構築できるということ自
体がすばらしいと思いませんか ?
このページの絵は,V. V. Parasolov: Intuitive Topology (translated
by A. Sossinsky), American Mathematical Society, 1995 からの転載
です。(∗) は奥田民生「イージュー★ライダー」より。
たし算・ひき算・かけ算による三重奏
講座・職名:数理構造講座・助教
略歴:’00 京都大学総合人間学部基礎科学科 卒業,’02 岡山大学大学院自然科学研
究科博士前期課程 修了,’04 岡山大学大学院自然科学研究科博士後期課程 修
了,’06 信州大学理学部数理・自然情報科学科 助手,’07 信州大学理学部数
理・自然情報科学科 助教
専門分野:可換代数学
キーワード:ゴレンシュタイン環,コーエンマコーレー環,加群圏,導来圏
たか はし
りょう
高 橋 亮
ホームページ:http://math.shinshu-u.ac.jp/~takahasi/
Ryo TAKAHASHI
現在の研究テーマ:ゴレンシュタイン環上の加群の研究
ら世界各国の研究者によってさかんに行われてきま
ります。一つはイデアル論的手法,もう一つは表現
した。これまでに,ゴレンシュタイン環上では任意
論的手法です。前者は「イデアル」という環の部分集
の加群があるコーエンマコーレー加群によって近似
合を使って環を内側から調べる方法で,いわば環に
できることがわかっています。また,有限コーエン
手術を施して体内の様子を見るような感じです。こ
マコーレー表現型のゴレンシュタイン環については,
れに対し,後者は環を外側から調べる方法です。つ
環の構造およびすべての直既約コーエンマコーレー
まり,環が他の集合たちに与える影響を調べる方法
加群の構造が完全に決定されています。まとめると,
=∼
x
E tR i H o
xt i (M m
R(
R(
,
H
R
H
om ) = om
0
R(
R(
M
M
(
,R
, R ∀i
>
),
),
R
R
0
)
)
)=
0
(∀
i>
0)
環の性質を調べる方法は,大きく分けて二通りあ
(影響を与えられる集合はその環の上の「加群」と呼
ゴレンシュタイン環を知ることは,その上のすべて
ばれる)で,いわば環を叩いたり蹴飛ばしたりして
の全反射加群を知ることを意味し,有限コーエンマ
そのリアクションを見る,という感じです。私は,主
コーレー表現型のゴレンシュタイン環ではそれが可
に後者の手法を用いて可換環を研究しています。
能である,ということです。
さて,ゴレンシュタイン環という,いろいろなかた
では,ゴレンシュタイン環ではなく一般の可換環
ちの対称性をもった美しい可換環があります。この環
ではどうか?与えられた可換環の上のすべての全反
は,ただ美しいだけでなく,極めて重要な意味を持っ
射加群を知ることで,その環のことがどれぐらいわ
ている可換環です。実際,1994 年にワイルズによって
かるのか?全反射加群は一般の可換環においてはど
証明されるまで実に 360 年の歳月を要したフェルマー
のような役割を果たすのか?私はそのような見地か
zn
ら全反射加群を研究し,一般の可換環が内に秘めて
をみたす 0 でない整数 x, y, z は存在しない』の証明
いる“ ゴレンシュタイン性 ”を見つめています。そ
においても,ある環が完全交差環というゴレンシュ
して現在までの成果として,直既約全反射加群が有
タイン環になっていることが重要な役割を果たして
限個しか存在しないような環はゴレンシュタイン環
います。
になるという結果を得ています。また,ゴレンシュ
+
yn
=
M
の最終定理『3 以上の整数 n に対して
xn
タイン環上の近似性をもつ加群を完全に決定しまし
研究を行ってきました。この加群は,ゴレンシュタ
た。ゴレンシュタイン環,あるいはより一般にコー
イン環上では,コーエンマコーレー加群という加群
エンマコーレー環上の加群たちがどのような顔をし
に他なりません。コーエンマコーレー加群の研究は,
ているのか,またお互いにどのような関係にあるの
次の【研究領域】で述べているように,1970 年代か
か,今後も観察していくつもりです。
E
私はこれまで,主に全反射加群と呼ばれる加群の
研究領域:コーエンマコーレー環の表現論
整数全体のなす集合は,たし算・ひき算・かけ算で
閉じています。つまり,二つの整数のたし算・ひき
算・かけ算はまた整数になります。このように,和と
多くの研究者によって広く深い研究がなされてきて
います。
さて,コーエンマコーレー環の表現論は,アルティ
ン環と呼ばれる環の上の加群を調べる“アルティン環
他にも,例えば実数全体のなす集合や,係数が有理
の表現論”という理論の自然な高次元化として,1970
数であるような一変数多項式全体のなす集合,整数
年代に誕生しました。アルティン環上の加群がコー
を成分にもつ二次正方行列全体のなす集合も環です。
エンマコーレー環上のコーエンマコーレー加群と呼
環の中でも,積が交換可能になっているものを「可
ばれる加群に相当し,アルティン環上で成り立つ多
換環」と言います。上で述べた環の例では,整数を
くの結果の類似物がコーエンマコーレー環上でも成
成分にもつ二次正方行列全体のなす集合は可換環で
り立ちます。例えば,アウスランダーライテン列と
はありません。一般に二つの行列の積は,かける順
いう加群列およびそれを元にして作られるアウスラ
番を逆転させると異なるものになるためです。それ
ンダーライテンクイバーというグラフはアルティン
以外のものはすべて可換環です。私の専門分野であ
環の表現論において重要な役割を果たすものですが,
る可換代数学は,可換環論とも呼ばれるように,可
同様のものがコーエンマコーレー環上においても構
換環を研究する分野です。
成されています(アウスランダー・ライテン,1987
[x
x
2
,y
(E
,z
x 2 +y
(E 6 )
n+
2,
y
..
x
7
3
+
(E )
1
.,
x 3 + y y n− +
8)
zd
4
z
1
2
]]
x 3 +x +
2
+
+
+
y3 z2 z2 z2
y5 + 2 + 2 + 3 +
+
z 2 z 2 z 2 ··
z 2 2 + 3 + 3 + ·+
2 +
z 2 ··
··
z2
3
·
z2 +
·
d
+
+
3 +
··
(n
z
2
z
2
·
··
d
d
+
≥
·+
(
z2
1)
n
d
z2
≥
d
4)
差と積で閉じている集合のことを「環」と言います。
年)。また,アルティン環の表現論の主定理の一つで
ス,ノースコット,セールらの手によって,位相幾
あるブラウアー・スロールの第一定理と類似する結
何学から誕生したホモロジー代数の理論が可換代数
果がコーエンマコーレー環上で成り立ちます(吉野
学に導入されました。この恩恵により,可換代数学
雄二,1987 年)。
k[
1950 年代,アウスランダー,ブックスバーム,リー
=
は急速な発展を遂げました。
『正則局所環の局所化は
S
また正則局所環になる』というセールの定理は,そ
一方,コーエンマコーレー環の表現論独自の結果
もあります。例えば,コーエンマコーレー環上では
れまで長い間正しいと予想されながらも証明される
任意の加群があるコーエンマコーレー加群によって
ことのなかった定理ですが,このホモロジー代数の
近似されることがわかっています(アウスランダー・
導入によってついに証明されました。
ブッフバイツ,1989 年)。これは,コーエンマコー
レー環上ではコーエンマコーレー加群さえわかれば
いて中心的な役割を果たしている重要な可換環です。
任意の加群が理解できる,ということを意味してい
n)
コーエンマコーレー環は,現代の可換代数学にお
扱う環であると言っても過言ではなく,
【現在の研究
レンシュタイン環,すなわちコーエンマコーレー加
テーマ】に登場したゴレンシュタイン環もコーエン
群が有限個しか存在しないようなゴレンシュタイン
マコーレー環の一例です。コーエンマコーレー環は,
環は単純特異点と呼ばれる幾何学的な環になること
もともとは純性定理と呼ばれるイデアルの高さに関
が知られていて,その環およびその環上のすべての
するある特別な性質を持つ環として定義された可換
コーエンマコーレー加群の構造が完全に決定されて
環で,イデアル論的な研究の対象でした。しかし,上
います(ブッフバイツ・グルーエル・クネーラー・
で述べたホモロジー代数の可換代数学への導入によっ
シュライヤー,1987 年)。また,有限コーエンマコー
て,この環は,クルル次元と呼ばれるイデアル論的
レー表現型のコーエンマコーレー環は必ず孤立特異
な値が深度と呼ばれるホモロジー代数的な値と等し
点である(アウスランダー,1986 年)という結果も
くなるような環であることがわかりました。すなわ
あります。このように,コーエンマコーレー環の表
ち,コーエンマコーレー環はホモロジー代数的な研
現論は,アルティン環の表現論には無かった幾何学
究の対象でもあることが判明したわけです。このこ
的な意味も持ち合わせています。最近では,ライテ
とにより,コーエンマコーレー環の理論は飛躍的に
ン,伊山修,吉野雄二らをはじめとする研究者の貢
進展しました。不変式論や代数幾何学のみならず代
献により,コーエンマコーレー環の表現論は新たな
数的組合せ論との関わりも強く,現在まで国内外の
展開を見せ始めています。
(D
n)
ます。そして,有限コーエンマコーレー表現型のゴ
(A
現在可換代数学に関わるほぼすべての研究者が取り
流体の流れの解析
講座・職名:数理解析講座・准教授
略歴:’93 名古屋大学理学部物理学科卒業,’95 名古屋大学大学院工学研究科応用物
理学専攻博士課程前期課程修了,’98 名古屋大学大学院多元数理科学研究科
博士課程後期課程修了
専門分野:関数方程式論
キーワード:非線形偏微分方程式,流体方程式
ホームページ:http://math.shinshu-u.ac.jp/~taniuchi/
たに うち
やすし
谷 内 靖
Yasushi TANIUCHI
現在の研究テーマ:非圧縮性流体の解析
私の研究テーマは非線形偏微分方程式,特に流体
的に滑らかな解が存在することが知られています。
しかし,大きな初期条件 a と外力 f に対しては,時
縮性流体(縮まない流体)と圧縮性流体(縮む流体)
間大域的に滑らかな解があるかどうかは未解決です。
があります。たとえば,水は非圧縮性流体であり,空
この問題は非常に難しく,70 年以上未解決な問題と
気は圧縮性流体(縮む流体)です。私は非圧縮性流
して残されています。この問題は難しすぎて私には
体の運動を記述する Navier-Stokes 方程式や Euler 方
手が出せませんが,これに関連した周辺の問題を研
程式を関数解析的に研究しています。Navier-Stokes
究しています。
-S
to
ke
s方
∂t
程
u
式
−
∆
u
+
∇ u·∇
·u
u
= +
∇
0
p


∂ u − ∆u + u · ∇u + ∇p = f,

 t
∇·u=0



u(x, 0) = a(x), u(t)|∂Ω = 0
ここで,u(x, t) は,空間上の点 x における時刻 t で
の流体の速度ベクトルであり,p(x, t) は流体の圧力
です。 また,Euler 方程式とは,以下のようなもの


∂ u + u · ∇u + ∇p = f,

 t
∇·u=0



u(x, 0) = a(x),
er
です。
=
方程式とは以下のようなものです。
Na
vi
Navier-Stokes 方程式は粘性をもつ流体の運動を記述
し,Euler 方程式は粘性のない理想流体の運動を記
述します。
Navier-Stokes 方程式は,滑らかな初期条件 a と外
力 f が(ある意味で)十分小さいときは,時間大域
f,
の力学の基礎方程式を研究しています。流体には非圧
研究領域:非線形偏微分方程式
私は,非線形偏微分方程式(特に流体力学の基礎
方程式)を関数解析や調和解析学を用いて研究して
います。偏微分方程式とは,未知関数とその偏導関
数を含む方程式のことです。
例えば,熱伝導を記述する熱方程式:
∂t T (x, t) − ∆T (x, t) = 0,
波の運動を記述する波動方程式:
∂t2 w(x, t) − ∆w(x, t) = 0,
量子力学であらわれるシュレディンガー方程式:
∂t ψ(x, t) − i∆ψ(x, t) = F (ψ, ψ̄),
=
f,
流体力学の基礎方程式である Navier-Stokes 方程式:
{
∂t u − ∆u + u · ∇u + ∇p = f,
p
∇·u=0
∇
など様々な方程式があります。多くの物理現象や社
u
程
右の写真のような水の流れは我々の生活の中で極め
u
ler
方程式(の大域可解性)は,数学の超難問の一つで
∂t
Eu
す。Navier-Stokes 方程式だけでなく,身近な現象を
記述するいろいろな方程式があり,多くの未解決問
題が存在しています。
0
=
u
∇
+
方
て身近なものですが,それを記述する Navier-Stokes
·u
式
たします。
·∇
程式の数学的解析は自然科学全般で重要な役割を果
+
会現象は偏微分方程式によって記述され,偏微分方
ホモトピー論の広がり
講座・職名:空間構造講座・准教授
略歴:’87 京都大学理学部卒業 (主に数学を専攻),’89 京都大学大学院理学研究科
数学専攻修士課程修了,’93 ロチェスター大学 Ph.D.コース修了 (Ph.D. in
Mathematics),’93 信州大学理学部助手,’95 信州大学理学部講師,’02 信州
大学理学部助教授,’07 信州大学理学部准教授
専門分野:トポロジー,特にホモトピー論
キーワード:多重ループ空間の構造,超平面配置,小圏,モデル圏
たま
き
ホームページ:http://pantodon.shinshu-u.ac.jp/topology/literature/
だい
玉 木 大
Dai TAMAKI
現在の研究テーマ:高次ループ空間の構造とその応用
私が数学に興味を持ったのは高校生のとき, 講談
入った大学にもトポロジーの専門家はいましたが,
「紐」のような絵に描ける対象ではなく, より抽象的
という本を読んだのが切っ掛けでした。組み紐とは
な代数的トポロジーという分野が盛んなところだと
次の図のような 3 次元空間の中の図形のことです。
いうことが分かり, 仕方なくその代数的トポロジー
·+
jk
)
社ブルーパックスの「組み紐の幾何学」(村杉邦男著)
··
を勉強してみました。勉強してみればそれなりに面
1+
白いもので, 中でも, 多重ループ空間という複雑
な構造があることを知り, 興味を持ちました。ルー
(j
プ空間とは, ある空間 X の中の特定の点 x0 から始
Cn
まって, 同じ x0 で終わる連続な道 (ループ) 全体の
−→
なす空間のことで, 普通 ΩX という記号で表わし
ると,ほどきたくなりますが「紐をほどく」という
PSfrag replacements
Cn
のは, 手を動かせば簡単にできる, そして絵から
(j
人間の習性 (?) としてこのように絡まったものがあ
k)
ます。
γ
x0
X
·×
も直感的に理解できる操作です。しかし, それを数
··
学的にきちんと扱うのにはどうすればよいでしょう
×
か。連続写像という概念を知っていれば, このよう
1)
な「連続変形」を数学的に定義するのは難しくない
この, X から ΩX を作るという操作を n 回繰り
返しできる空間を Ωn X と書き X の n 重ループ空間
と言いますが, n = 2 のときが, 何と以前聞きか
じった組み紐と深い関係にあるらしいことを知った
ては「紐の変形」のようなものを数学の対象として
のは, 大学院生になってからでした。組み紐と多重
扱えると知ったのは新鮮な驚きでした。
ループ空間の関係は, 1970 年代から知られていた
)×
Cn
(j
ですが, 高校までの数学しか知らなかった私にとっ
ことなのですが, 私にとっては不思議な組み紐との
世界があること, そしてその中でもトポロジーとい
再会でした。更に, 留学先の Rochester 大学での師
う分野は「紐」のようなかなり毛色の変ったものを
匠であった Fred Cohen 教授によって組み紐とルー
扱っているということを知って, 大学に入ったらト
プ空間の関係が色々調べられていたのも, また不思
ポロジーを勉強してみたいと思うようになりました。
議な縁だと思いました。
Cn
(k
現代数学には高校数学からは全く想像もできない
研究領域:ホモトピー論
組み紐と多重ループ空間の関係を誤解を恐れずに
川の中流にある A という町に住んでいる人にとって
非常に単純化して説明すると,次のようになります:
は, この二つの流れは全く異なるものです。もし真
複素平面 C の中の k 個の互いに異なる点の成す空間
ん中の支流の上流で大雨が降ったら, 左の場合は町
を F (C, k) で表わし, k 点の配位空間と呼びます。こ
A は洪水になるでしょうが, 右の場合は影響を受け
の配位空間を全ての k に関して集め, ある方法で貼
ません。しかし, 最下流では三つの川の流れは一つ
り合わせると球面の 2 重ループ空間ができます。そ
になってしまうので, 途中がどう繋がっていようが
して F (C, k) という空間におけるループは k 本の紐
関係ありません。3 個の実数を掛けるときに成り立つ
から成る組み紐に他なりません。
(a · b) · c = a · (b · c)
この配位空間 F (C, k) は xi = xj という方程式で
得られる Ck の中の超平面達の補集合と考えること
ができます。例えば



F (C, 3) = (x1 , x2 , x3 ) ∈ C3


¯
¯ x1 6= x2 ,
¯
¯
¯ x2 =
6 x3 ,
¯
¯ x1 =
6 x3
という公式は, 最下流に住んでいる人の視点と考え
ることができます。しかしながら, 川の流れのよう



に, 最終的な答えだけでなくどこでどのように合流


に, 2 個以上のものを合せるときに何種類もの方法
するかが重要になる場合もあるわけです。このよう
がある場合を考えるために operad というものが考え
は C3 の中の三枚の超平面 x1 = x2 , x2 = x3 , x1 = x3
出されました。
は, 様々な分野に登場する基本的な構造で,超平面
続的に移動」していくと左の川は右の川になります
配置と呼ばれていて、盛んに研究されています。配
が, operad はそのような演算の連続変形に深く関
位空間のような, 実数を係数に持つ方程式で定義さ
係しています。演算の連続変形が登場する最も典型
れた超平面を複素数上で考えてできる超平面配置の
的な例がループ空間でのループの連結による演算で
補集合に対しては, ある方法で Salvetti 複体と呼ば
あり, operad はその研究の過程で 1970 年代に登場
れる単体複体 (多面体を貼り合せてできる図形) を構
したものです。ところが,1990 年代以降, 様々な幾
成することができるのですが, 最近の私の研究での
何学的および代数的構造, 更には数理物理学に現わ
c3
c2
また, 川の例で真ん中の支流の合流地点を「連
c4
の補集合です。このような複数の超平面達の集まり
一つの成果は, それが 2 重ループ空間の構造と深い
れる構造も operad を用いて記述できることが分か
関係にあることが分ったことです。更に
り, 数理科学の様々な分野で使われる概念となって
います。
x1 + x2 = x3 + x4
他の分野との関連では, もう一つ「モデル圏」と
いう概念も重要です。モデル圏とはホモトピーの概
重要な課題であるホモトピー群の大域的構造を調べ
念を抽象化し, 「連続的変形」を他の場面でも使え
ることにも使えるということが分ってきました。
るようにしたものです。例えば
c1
などの超平面も追加して考えると, ホモトピー論の
ここで「ホモトピー論」という言葉が出てきまし
たが, ホモトピー論とは「連続的変形」の数学的な
• 計算機科学の並列処理の理論
表現であるホモトピーを中心に考えるトポロジーの
• 非可換代数幾何学
一分野です。連続的変形にも色々ありますが, これ
• 数理論理学
までに説明した組み紐や多重ループ空間との関連で
• ···
は operad という概念が重要です。次の二つの川を考
えましょう。
このように大域的な視野に立って, 考えている研究
対象全体を見渡して考えるという視点は, 1940 年代
A
A
に Eilenberg と Mac Lane により代数トポロジーのた
めに導入された圏と関手の理論に寄るところが大き
く, この分野の最大の特徴と言えるかもしれません。
非線形性に潜む構造
講座・職名:自然情報学講座・准教授
略歴:’91 東京大学理学部物理学科卒業,’93 同大学院理学系研究科物理学専攻修士
課程修了,博士課程進学,’95 信州大学理学部数理・自然情報科学科助手,’97
東京大学大学院理学系研究科博士(理学)
専門分野:非線型力学系・可積分系
キーワード:界面,渦,波動,ソリトン,パターン,形の数理
ホームページ:http://math.shinshu-u.ac.jp/~nakayama/
なか やま
かず あき
中 山 一 昭
Kazuaki NAKAYAMA
現在の研究テーマ:渦の可積分性
流体に生じる渦はその規模によって異なる様相を呈
うのが考えられます。これは「折れ線状の竜巻」を
しますが,ここでは気象の用語で言うところの meso-
考えることに相当します。いささか現実離れしてい
scale な渦,つまり竜巻を考えましょう。竜巻は場合
によっては多大な被害をもたらすことから,その研
究は非常に重要であると思われますが,現在のとこ
ろ発生を確実に予想するのは難しいようです。しか
し一旦発生した竜巻がどのような動きをするのかは
或る程度理論的に解明出来ます。即ち最低次の近似
として非線型 Schrödinger 方程式と呼ばれるものに
帰着させることが可能です:
るように思えますが,連続モデルの誤差なしの厳密
∂ψ ∂ 2 ψ 1 2
+
+ |ψ| ψ = 0
∂t
∂x2
2
この方程式の最大の特徴は完全可積分性で,方程式
の「自由度」分の保存量を持ち,それゆえソリトン解
や ϑ 関数解等の厳密解を書き下したり,誤差が入り
にくい数値計算アルゴリズムが存在する,といった
良い性質を持ちます。実際の竜巻に対しては方程式
を導く際に省略した効果が効いてくるでしょうけれ
ど,目安を与えるという意味では十分でしょう。要
点は渦のような複雑な現象の中にも数学的に優れた
構造が潜んでいて,現実は理想からのずれとして捉
えることが可能だということです。
さてこのようなうまい話をこれだけで終わらせる
のは惜しいことです。そこでこの話を拡張すること
を考えたいのですが,一つの方向として離散化とい
i
な数値計算アルゴリズムを与えるという点で重要で
す。他の方向として高次元化があります。竜巻とい
うのは謂わば細長い一次元的渦な訳ですが,これを
二次元以上にするのです。数式を書き出すと複雑に
なるので図の一つをお見せすることで満足しましょ
う。
研究領域:非線型力学系
「非線型力学系」は大きく分けて可積分系と非可
することで四つの第一積分の存在は直ちに知れます。
積分系とに分類されます。
故にもう一つの第一積分が求まれば良いのですが,そ
Newton 以来,自然を記述する言葉が微分方程式
になると,多くの現象が微分方程式として定式化さ
れ,その解が研究されて来ました。このうち調和振
動子のような線型力学系の場合は容易に解の性質が
知れてしまうので簡単です。演習問題としても取り
上げることが可能です。
問題は方程式が非線型の場合で,途端に解くのが
難しくなります。代表例として惑星の運動を見てみ
ます。良く知られているようにいわゆる二体問題は
中心力一体問題
の第一積分は現在までに Euler の場合 (r 0 = 0),La-
d2 r
GM r
=− 2
2
dt
|r| |r|
に帰着されます。これは r に関して非線型な方程式
ですが,やはり良く知られているように解が二次曲
線になることが導かれます。では天体の数が一つ増
えたらどうか,ということになる訳ですが,Poincaré
たちによって示されたように三体問題の解を一般に
閉じた形で書き表すのは不可能です。
方程式が解ける場合と解けない場合の差異は大ま
かに言って第一積分が必要なだけ求まるかどうかと
grange の場合 (I1 = I2 , x0 = y0 = 0),Kowalevskaya
の場合 (I1 = I2 = 2I3 , y0 = z0 = 0) の 3 通りしか
知られていません。
その後 Poincaré が三体問題の研究に続いてホモロ
ジー等のトポロジカルな概念や方法を生み出し,そ
れを力学系の研究へ持ち込んだことは良く知られて
いますが,これは現在のカオス力学系の研究へと繋
がります。一方,可積分系に関しては Kowalevskaya
が彼女の解を発見したのが 1889 年。その後 Painlevé
の研究 (1893 年) 等があるものの,本質的に新しい進
展は 1965 年まで待たねばなりません。
1965 年は Zabusky と Kruskal が KdV 方程式に
対する孤立波解とその安定性を見出した年です。そ
れを彼らはソリトンと名付けました。そしてさらに
KdV 方程式に対する逆散乱法が見出され (Gardner,
Green, Kruskal, Miura; 1967 年),その初期値問題が
解かれるようになりました。KdV 方程式は非線型偏
微分方程式であって無限自由度の力学系と解釈出来
いう点にあります。中心力一体問題の場合はエネル
ます。また Kowalevskaya のこまに続く非自明な有
ギー積分,角運動量積分,Laplace 積分の 7 つの第
限自由度の非線型な積分可能系として戸田格子が発
一積分 (独立なのは 5 つ) により軌道が定まり,時間
見されました (Toda; 1967)。これらが現在の可積分
発展が求積法に帰着されるという構造だったのに対
系の研究の始まりと言えます。その後の発展は急速
し,三体問題の場合は Laplace 積分が欠落してしま
かつ広範で,とても紹介し切れるものではありませ
うために軌道が定まらないという状況になっていま
んが,主な研究の方向としては新しい可積分系を発
す。第一積分が十分な数だけ存在して軌道が定まる
見すること,新しい解を発見すること,可積分性の
系が可積分系,そうでない系が非可積分系というこ
由来を明らかにすること等が中心のようです。個人
とになります。この言葉を使えば中心力一体問題は
的には他分野への応用に関心があります。
可積分系,三体問題は非可積分系です。
非線型というのは線型の場合と異なって一般的な
可積分性と非可積分性に関するもう一つの重要な
手法というものが存在せず非常に難しいのですが,
例はこまの運動です。固定点を持つこまの一様重力
そこには線型では生じ得ない面白い現象が現れます。
下での運動は Euler-Poisson 方程式

dω

I
= Iω × ω + γ × r 0
dt

 dγ = γ × ω
dt
で書き表されます。但し I = diag(I1 , I2 , I3 ) は慣性
最初に紹介した渦もそうですし,最近流行っている
テンソル,r 0 = (x0 , y0 , z0 ) は固定点から見た重心の
い結果を出すのに長い期間を要する根気の必要な分
位置ベクトル。この場合はやや技術的な方法を援用
野ですが,やりがいのある分野でもあります。
脳の情報処理だって非線型です。またいわゆる地球
温暖化も地球というシステムの非線型性を人類が良
く理解しないまま経済活動を拡大してしまった結果
と言えそうです。非線型力学系というのは何か新し
研究教育の紹介
講座・職名:数理構造講座講座・教授
略歴:’72 静岡大学理学部数学科卒業,’75 北海道大学大学院理学研究科数学専攻修
士課程修了,’80 同博士後期課程修了
専門分野:環論
キーワード:ネータ環,ゴレンステイン環,微分多項式環
ホームページ:http://math.shinshu-u.ac.jp/~nishida/
にし
だ
けん
じ
西 田 憲 司
Kenji NISHIDA
現在の研究テーマ:高校生に話したこと
1.フィボナッチ数列
ピサの人フィボナッチ(1170 頃− 1240 頃)が考え
n
1
2
3
4
5
an
1
1
2
3
5
!ω
−→ !Ω
%
!ω
た数列
%
1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, · · ·
!ω
%
−→ !Ω −→ !Ω −→ !Ω −→ !Ω
&
は an = an−1 + an−2 によって与えられ,n − 2 番
!ω
目と n − 1 番目の和が n 番目になっている。フィボ
−→ !Ω −→ !Ω
&
ナッチはウサギの繁殖を数値化するためにこの数列
!ω
を使った。
このフィボナッチ数列に少し細工します。偶数を
彼は次の 1),2),3) を仮定した。
0 に,奇数を 1 に置き換えます。すると
1) ウサギは生まれて 1ヶ月で親になる,
1 1 0 1 1 0 1 1 0···
という数列が現れます。3 つの数字 1,1,0 が繰り返
)
2) 親ウサギは 1ヶ月ごとに 1 匹の子ウサギを産む,
,M
3) ウサギは死なない
I)
このとき各月のウサギの数はフィボナッチ数列で表
されているので,周期3の数列といいます。周期が
10 万以上というように,非常に長い周期を持つ数列
があります。このような数列はレーダー(RADAR:
も観察され,また情報科学やゲームにも応用されて
radio detection and ranging の略)– 空中または宇
or Λ Λ (M
n(
H ,Λ
om )
Λ(
ω,
される。ところでフィボナッチ数列は自然界の中で
いる不思議な数列である。
xt
親ウサギを !Ω で,子ウサギを !ω で表し,ウサギの
E
繁殖とフィボナッチ数列を図に描いてみました。
(長
T
い耳と小さな目!です)
宙空間中にある対象物の位置を測定(決定)する電
子装置 – に応用されます。応用の役に立つには周期
は非常に長いことが要求されます。例えば、月面探
査 (周期 106 程度)、金星探査 (109 程度)、人工衛星
通信系 (1015 ) 程度。
研究領域:数学 III の言葉と記号で言うと
以上のことの数学的基礎のために,
「0 と 1 だけの
関数の微分を「関数と微分」と書き,微分はタイヤ
世界」に和を入れて,加減乗除の世界を作ります。こ
なったので次は,
「係数が 0 と 1 だけの整式」が考え
キの型,関数は中に入れるものと対応させてみます。
d
f (x)
dx
少し間を空けましょう。
d
f (x)
dx
思い切って
d
f (x)
dx
られます。
そして
のとき,1, 1 × 0, 0 × 0, 1+0, 等は問題ないのですが,
1+1=2 は「0 と 1 だけの世界」からはみ出てしまい
ます。ではどうするか?答えは単純です。1+1=0,即
ち,2=0 と約束すればよいのです。こうすれば 1+1
も 0 となって「0 と 1 だけの世界」にもどってきま
す。こうして「0 と 1 だけの世界」が数学の対象に
数学理論を使い,
「係数が 0 と 1 だけの整式」の割
d
dx
を D とおきます。このタイヤキ型 D の中
に,食材 ex を入れ,焼きます,
dex
D(ex ) =
= ex
dx
り算により非常に長い周期を持つ数列をつくること
ができます。
別の食材 x2 では
高校生向けスーパーサイエンスハイスクールの場
dx2
= 2x
dx
が焼きあがるということになります。
でこんな話をしています。
D(x2 ) =
2. タイヤキの型のような
この D を,整式を考えるときの x と同じように考
タイヤキの型に小麦粉の溶かしたのを入れ,餡を
えて,D についての整式,例えば,3D2 + D + 1 を
v
いれ,型を閉じて焼くとタイヤキができます。とこ
∂x
作ります。ついでに D と x の積,Dx, xD も考えま
ろで餡の替わりに蛸のぶつ切りを入れるとなにがで
⊗
す。こうして,D と x から足し算と掛け算の出来る
+
v)
かりました。タイヤキの型は急には(たこ焼き器に)
v
うと日々努力しているのが私の研究です。
u
∂x
最近使っている記号
∂x
(u
何かに変えて出してくるのです。
不思議な式が成立します。この不思議を解き明かそ
⊗
⊗
変わらないことです。中に何か入れるとそれを別の
世界が造られます。ここでは,Dx − xD = 1 という
u
きるでしょうか。鯛型のたこ焼き??ここで一つわ
=
ExtiΛ (C, C) = ExtΛop (C, C) = 0
ExtΛ (Λ ⊗R ω, Λ ⊗R ω) ∼
= Λ ⊗R ExtiR (ω, ω) = 0
(EndΛ )
op
S(m) = k(u)[[t3 , t5 , y 7 ]]
=Λ
dimk Ext1S(m) (k(u), S(m) ) = 2
0
gr C ∼
= grF C
F
(3, 5, 7) = {3, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, · · · }
3x∂x + 5y∂y + 7z∂z
Kerf2∗
−→
H 1 (G• , ω)
(C1 , ω) −→
Ext1Λ (C, ω)
↑
p∗1
→ 0
0 →
↑
ωn
ei ↓
→ 0
0 →
ω
→
E
→ C
↓
k
→ Ei
→ C
→ 0
→ 0
自然界の対称性と群論の関わりを見てみよう
講座・職名:数理構造講座・教授
略歴:’69 岡山大学理学部数学科卒業,’71 岡山大学大学院理学研究科修士課程修
了,’74 北海道大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学,’74 岡山大学理
学部副手,’75 信州大学教養部講師,’81 信州大学教養部助教授,’93 信州大
学教養部教授,’95 信州大学理学部教授
’82 理学博士(北海道大学)
専門分野:代数学
にの みや
キーワード:群論,環論
やすし
二 宮 晏
ホームページ:http://math.shinshu-u.ac.jp/~ninomiya/ninomiya-j.html
Yasushi NINOMIYA
現在の研究テーマ:有限群の構造論および表現論
代数学の基礎となるのが “代数系” とよばれるも
ので,それは “群”, “環”, “体” からなっていま
す。 これらは, 「演算」をもった集合のことで
す。 大雑把にいうと, 群とはかけ算と割り算がで
√
きる集合です。 例えば, i = −1 とするとき, 4
個の元 (要素) からなる集合 X = {1, −1, i, −i} を考
えましょう。 X のいかなる 2 元の積もまた X の
元です。 また 1, −1, i, −i それぞれの逆元 (逆要素)
は 1, −1, −i, i です。 それゆえ X は群となっていま
す。 一方, 環とは足し算, 引き算, かけ算ができ
る集合です。 また, 四則演算がすべてできる集合を
体といいます。例えば整数からなる集合は環となり
ます。 有理数からなる集合は体となります。これら
の環とか体はいずれも無限集合ですが, 有限集合で
環とか体をなすものの存在が知られています。こう
した “代数系” が代数学の基本であり, また数学全
体においても重要な役割を果たしているのです。群
G から体 F 上の n 次正則行列のなす群 GL(n, F )
への写像 (対応) f で積を保存するもの, すなわち,
g, h ∈ G に対して f (gh) = f (g)f (h) を満たすもの
を G の行列表現といいます。ここで G の元の F の
元による “形式的な” 一次結合のなす集合を F G と
∑
します, すなわち,F G = { g∈G rg g | rg ∈ F } と
おきます。 ここで F G の元の和と積を自然に
∑
∑
∑
rg g +
sg g =
(rg + sg )g
g∈G
(
∑
g∈G
g∈G
rg g)(
∑
h∈G
rh h) =
と定義すると F G は環になります。 これを群 G の
体 F 上の群多元環といいます。
上で述べた群の行列表現を考えることと群多元環
F G の構造およびその加群を考えることは同じこと
であることが言えます。私が関心をもって取り組ん
でいる研究テーマは,群多元環の環論的な構造と群
G の構造の関係を解明することです。
g∈G
∑
g,h∈G
rg rh gh
Abel
研究領域:群論および環論
自然界には対称性をもつものがたくさん存在しま
す。 私たち人間をはじめ, 草花や虫, 雪の結晶な
で与えられます。 このように, 代数方程式の解の公
√
式が,その係数から ±, ×, ÷, r などの操作を有限
どいろいろなものが対称形であり, 自然界は, た
回ほどこして得られるかということが問題でした。
くさんの対称性であふれています。
4 次以下の方程式については, その根の公式が求
群論とは, 対称性を研究する分野ということもで
まることは古くから知られていましたが, 5 次以上
きます。美術における対称性とは, 主に鏡像による
の方程式については,19 世紀にいたるまで長い間の
左右対称のことですが, 数学でいうところの対称性
懸案でした。 アーベル (Abel) (1802–1829) と ガロ
とは,“ある変換を行ったときに, 変換後も状態が
ア (Galois) (1811–1832) はこれが不可能であること
変わらないこと” と言えます。こうした変換は結合
を独立に証明しましたが,群が最初にあらわれたの
法則をみたし, 恒等変換や逆変換が存在します。 こ
はガロアが決闘の前夜その友人に書き残した遺書の
れを群といいます。ここで一般的な群の定義につい
中であったと言われます。 ガロアは代数方程式に,
てを説明しましょう。集合 G に演算が定義されてい
解の間の置換群を導入し,代数方程式の問題を群論
て, 以下を満たすとき, G を群と言います。
の問題に帰着させることによって上の証明に成功し
· 結合法則を満たす。
ました。 ガロアの理論そのものが他の数学者によく
· 単位元 1G ∈ G が存在する。
g −1
· g ∈ G に対して, 逆元
∈ G が存在する。
理解されるまでにはさらに 30 年ほどの歳月が必要
だったと言われています。 その考え方が理解されて
群を具体的に構成しましょう。正三角形 ABC を
からというもの, 対称性という考え方を通して数学
反時計回りに 120 °回転させる操作を σ とします。
の研究そのものが大きく変わっていったと言われれ
このとき σ によって頂点 A は頂点 B へ, 頂点 B
ています。
は頂点 C へ, 頂点 C は頂点 A へ移動し, 三角形
の形は変わりません。 σ の操作を 3 回続けて行う
と, もとの三角形に戻ります。 このことから σ 3 は
恒等変換 e と等しいことがわかります。次に頂点 A
から下ろした垂線を軸として, 180 °回転させる操
作を τ とします。 τ を 2 回続けて行うと, もとの
三角形に戻り, このことから τ 2 = e となることが
分かります。この 2 つの変換を繰り返すと, 異なる
変換は
G = {e, σ, σ 2 , τ, στ, σ 2 τ, }
の 6 個であることが確かめられ, これが上述の群
の定義を満たしていることが確かめられ, それゆえ
G は群であると言えます。
このような群について, 歴史的背景を見てみま
しょう。群は中世より始まった代数方程式の解の研
究という問題から生じた考えだと言われています。
実数を係数とする方程式
n
n−1
a0 x + a1 x
Galois
数学は 2000 年以上の歴史を有し, 今なお進化・
発展しています。この壮大な文化遺産を継承・発展
させるには, これを読んでいる皆さんのような “若
+ · · · + an−1 x + an = 0
い” 頭脳が必要です。 最近, フェルマーの最終定
を代数方程式といいます。 n = 2 のとき,ax2 + bx +
理が解決されたとか, ポアンカレ予想が解決された
c = 0 の解は
等々言われていることを知っているでしょう。人は
x=
−b ±
√
b2 − 4ac
2a
知に幸せを求めてやまない生物です。皆さん, 私た
ちとともに数学の世界に踏み込んでみませんか。
有限の数学
講座・職名:数理構造講座・准教授
略歴: ’88 千葉大学理学部卒業,’90 千葉大学理学研究科修了,’94 千葉大学自然科
学研究科修了 (博士 (理学)),’94 山梨大学工学部助手,’98 信州大学理学部
講師,’00 信州大学理学部助教授,’07 信州大学理学部准教授
専門分野:代数学
キーワード:代数的組合せ論,アソシエーション・スキーム,有限群の表現
ホームページ:http://math.shinshu-u.ac.jp/~hanaki/
はな
き
あき ひで
花 木 章 秀
Akihide HANAKI
現在の研究テーマ:アソシエーション・スキームの表現
定理 (花木-宇野). 素数位数アソシエーション・ス
キームは可換である。更にその最小分解体がアーベ
ル体であるならば,それは cyclotomic scheme と代
δχ
)=
ており,新しい手法による成果ともいえる。定理の
ϕ(
σs
=
中の仮定について「可換なアソシエーション・スキー
eϕ
ムの最小分解体はアーベル体であるか」(坂内-伊藤)
s∈
1
S n χ
s (σ
s ∗)
eχ
という問題があり,これが肯定的であるならば素数
位数アソシエーション・スキームは既述のものに限
られる。しかし我々の結果の後,小松-坂内によって
∑
知られていない素数位数アソシエーション・スキー
ムの存在の可能性が示されている。
素数位数アソシエーション・スキームに関する問題
(1
)
Sχ χ
は完全に解決したわけではないが,表現論的な議論
m
s∈
1
S n χ
s (σ
s ∗)
δχ
ϕe
χ
これはその証明にモジュラー表現を本質的に用い
σs
S
はしつくした感があり,現在はあまり考えていない。
現在,もっとも興味をもっているのは,アソシエー
ション・スキームとその部分スキームや商スキーム
n
= m
n χ ∑
eχ
ϕ
数的に同型である。
,
学生時代の私の専門は「有限群の表現論」であっ
たが,ある問題がきっかけとなり,現在は主にアソ
シエーション・スキーム,特にその表現を研究して
いる。アソシエーション・スキームの勉強を始めた頃
は,身近に詳しい人もなく,色々と苦労をした。ま
ず具体的な例を知るために,小さいものを書き上げ
るということをした (これは後に計算機を用いた分
類という研究に発展し,現在も続いている)。そのと
きに思い付いた問題に「素数位数アソシエーション・
スキームの分類」があった。よく知られているよう
に素数位数の群は巡回群に限る。同様のことがアソ
シエーション・スキームに対しても成り立つのかと
いうことである。素数位数のアソシエーション・ス
キームは cyclotomic scheme とそれに代数的に同型
なものしか知られていない。しばらくの間,私の主
テーマはこの問題であったが,そう簡単には解決の
糸口を見つけることはできなかった。
2004 年秋,ある研究集会で大阪教育大学の宇野勝
博先生とアソシエーション・スキームの表現に関す
る話をした際,
「原点に帰って R. Brauer の 1940 年
頃の論文を読むといい」といわれた (R. Brauer は有
限群のモジュラー表現の多くの重要な部分を築いた
数学者)。さっそく読んでみた。するとその中の議論
に使える部分があり,それを利用することによって
大きな結果を得ることができた。その後,宇野先生
と議論を重ねて,現在得られている結果は以下の通
りである。
の間の関係である。これがよく分かれば,多くの問
題は原始的スキーム (部分スキームや商スキームを
もたないもの) に帰着することができ,その研究が
進むことが期待される。最近,表現に関して Clifford
型の定理を証明したが,更なる一般化を行いたいと
思っている。
研究領域:代数的組合せ論 –アソシエーション・スキーム–
議論は扱う集合が大きくなると,もはや手に負えな
いほど複雑で難しくなる。そこで,ある種の “粗い”
議論が有効になってくる。アソシエーション・スキー
ムからは自然に代数が定義される。この代数を調べ
ることによって元のアソシエーション・スキームの
性質などを見るのである。近年,この方法によって
いくつかの新しい結果が得られたため,注目される
TH
sc EO
ta hem R
tin tive e EM
nu g fi . M of .
br mb eld or pri E
eo m ve
sc aica er
o
he ll fie f t ver e o ry
m y ld he , if rd
e. is , t s
om he ch the er ass
or n t em mi is oci
ph he e
at
n
c
o
i
ic
sc is a ma mm ion
to he n l s
up
m
a
a
b l
cy e is elia itclo al n
to gem
ic
1930 年代,R. A. Fisher は農業試験を効率的に行
うため,幾何学における配置問題を応用した。これ
が「実験計画法」という名の「組合せデザイン」の
研究の始まりとされる。
「組合せデザイン」の問題と
は,簡単にいえば,
「全体をよく近似するなるべく小
さな部分集合を見つける」ということである。部分
集合を小さくすれば,近似が悪くなるのは当り前の
ことであるが,ある意味でもっとも効率のよいもの
を求めたいのである。
1940 年代には C. E. Shannon らによって「誤り訂
正符号」の理論が作り出される。誤り訂正符号とは
情報通信の際に生じるノイズ (雑音) を除去するため
に,用いられるものである。簡単な例として,まっ
たく同じ情報をくり返し送るという方法がある。も
し受け取った情報が異なれば,誤りがあることが分
かる。また 3 回以上送れば,多数決の原理によって
正しい情報を推測することが出来る。しかし,この
方法では情報量が大きくなりすぎるという問題があ
る。情報量の増加を少なくし,かつ誤り検出,誤り
訂正の効率もよくするというのが,誤り訂正符号の
理論の一つの目的である。
「組合せデザイン」や「誤り訂正符号」の理論は,
このように実用的な問題から始まっているが,純粋
数学としての研究も盛んに行われてきた。1973 年に
P. Delsarte はこれらのものを「アソシエーション・
スキーム」という枠組の中で統一的に扱うことが出
来ることを示した。Delsarte の論文が,アソシエー
ション・スキームを中心とする「代数的組合せ論」の
出発点であるともいわれている (代数的組合せ論と
いう言葉の意味は広く,他の意味で用いられること
も多い)。
一方で D. G. Higman は 1970 年代を中心に有限
群論,あるいはその表現論の一般化という観点から
coherent configuration を研究した。特に homogeneous coherent configuration は Delsarte らによる
アソシエーション・スキームの非可換版ともいえる
ものであり,私はこの意味で「アソシエーション・ス
キーム」という言葉を使っている。この意味ではア
ソシエーション・スキームは有限群の概念をその特
別な場合として含むことになる。
アソシエーション・スキームは元々,組合せ論的
な研究対象であるから,その研究は組合せ論的な手
法によるものが多い。しかし,多くの組合せ論的な
研究の一つとなっている。特にモジュラー表現 (正
標数の体上の隣接代数の表現) はほとんど研究が進
んでおらず,今後の発展が期待される。
——————
X を有限集合とする。S は X × X の分割とする。
すなわち
X ×X =
∪
s
(disjoint)
s∈S
である。(X, S) が以下の 3 条件をみたすとき,これ
をアソシエーション・スキームという。
(1)1 = {(x, x) | x ∈ X} ∈ S,
(2)s ∈ S ならば
s∗ = {(y, x) | (x, y) ∈ s} ∈ S,
(3)s, t, u ∈ S に対して整数 pust が存在して,(x, y) ∈
u であるとき
]{z ∈ X | (x, z) ∈ s, (z, y) ∈ t} = pust .
集合 X の元数を (X, S) の位数という。このとき S
の元を形式的な基底とし pust を構造定数とする代数
が定義される。これを (X, S) の隣接代数という。隣
接代数が可換であるときアソシエーション・スキー
ムは可換であるといわれる。
任意の s ∈ S に対して p1ss∗ = 1 であるようなア
ソシエーション・スキームは,本質的に有限群と同
じものであり,そのときの隣接代数は群代数と同じ
になる。
複素数体上の隣接代数は半単純であり,したがっ
て指標理論が有効である。このときの表現を通常表
現という。正標数の体上の隣接代数は半単純とは限
らず,一般にその研究は難しい。このときの表現を
モジュラー表現という。正標数の体上の隣接代数が
いつ半単純になるかは Frame 数によって判定できる
が,Frame 数を求めることは一般には容易ではない。
解析関数空間の研究
講座・職名:数理解析講座・教授
略歴:’70 九州大学理学部数学科卒業,’72 九州大学大学院理学研究科修士課程数
学専攻修了,’73 九州大学大学院理学研究科博士課程数学専攻中途退学,’73
信州大学助手(理学部),’88 信州大学講師(理学部),’93 信州大学助教授
(理学部),’97 信州大学教授(理学部)
専門分野:複素解析学
キーワード:解析関数,n 次元複素 Euclid 空間,単位球,解析関数空間,Bergman
空間,Hardy 空間,Privalov 空間
ま
つぐ
やす
お
真 次 康 夫
ホームページ:http://math.shinshu-u.ac.jp/~matsugu/
Yasuo MATSUGU
現在の研究テーマ:n 次元複素 Euclid 空間の単位球上の解析関数空間
j=1
ロフ (Privalov) 空間 Np (Bn )(1 < p < ∞) 並びに荷重
バ−グマン・プリバロフ空間 (AN )pα (Bn )(1 < p < ∞
θ
v
uX
u n
n
|zj |2 < 1}
Bn = {z = (z1 , · · · , zn ) ∈ C : |z| = t
, − 1 < α < ∞) の研究を始めた。これらは,それ
in
単位球
ネバンリンナ空間を研究するなかで,最近,プリバ
is
私の数年来の研究は,複素ユ−クリッド空間 C n の
ぞれ,ハ−ディ空間,荷重バ−グマン空間を含むも
のであり,ネバンリンナ空間により近い解析関数空
特に,基本的な解析関数部分空間である荷重バ−グ
間である。プリバロフ空間,荷重バ−グマン・プリ
マン (Bergman) 空間
バロフ空間を,ネバンリンナ空間の中での相対的位
Z
= {f ∈ H(Bn ) :
|f | dνα < ∞}
p
Bn
置付けを中心として,十分深く掘り下げる事が当面
する課題である。プリバロフ空間,荷重バ−グマン・
(0 < p < ∞, −1 < α < ∞),
プリバロフ空間の様々な特徴付け,また,それらの
sθ
Apα (Bn )
+
上の解析関数,調和関数についてのものである。 co
特徴付けを応用して,その F-代数としての独自性,
ハ−ディ(Hardy) 空間
環準同型の決定等を研究したい,との意向をもって
Z
H p (Bn ) = {f ∈ H(Bn ) : lim
r→−1 Sn
|fr |p dσ < ∞}
いる。
プリバロフ空間,荷重バ−グマン・プリバロフ空
(0 < p < ∞),
間の定義は,形式的には,ハ−ディ空間,荷重バ−
=
グマン空間のそれと類似のものである。しかし,内
ネバンリンナ (Nevanlinna) 空間
容面の上では,著しい相違点がある。それは後2者
Z
N (Bn ) = {f ∈ H(Bn ) : lim
log(1+|fr |)dσ < ∞} が環を成さないのに反して,前2者は環を成し,し
r→−1 Sn
かも自然な位相に関して F-代数になる事実である。
に関する研究が主要テ−マである。
(蛇足ながら,上
B 上の荷重バ−グマン・プリバロフ空間の研究に対
n
記定義式で用いた記号は以下の意味である。)
しては,F-代数の一般論の発展に関しても,重要な
概念提供が期待される。F-代数の理論は未だ十分な
f ∈ H(Bn ), 0 < r < 1, ζ ∈ Sn に対し,fr (ζ) = f (rζ),
基礎付けが成されておらず,興味深い例による内容
e iθ
H(Bn ) : Bn 上の解析関数の全体,
dν : C n の通常の体積要素,dνα (z) = (1−|z|2 )α dν(z),
Sn = {z ∈ C : |z| = 1},dσ : Sn の通常の面積要素.
n
の展開が,F-代数の理論の発展に寄与するものと考
えられる。
研究領域:複素解析学
よく知られた Euler の公式
Euler の公式により,
eiθ = cos θ + i sin θ
T = {eiθ : 0 5 θ 5 2π}
n=0
cos x =
sin x =
∞
X
n!
(−1)n
n=0
∞
X
(−1)n
x2n
(2n)!
x2n+1
(2n + 1)!
(−∞ < x < ∞),
D の近傍上の解析関数の全体を H(D) で表す。H(D)
に属する関数は次の形の積分によって表現すること
ができる:
1
f (z) =
2π
f(
一般に,関数 f が,その定義域 Ω の各点 z0 の近傍
P
n
において,収束するベキ級数 ∞
n=0 cn (z − z0 ) の和
によって表わされる,即ち,
∞
X
f (z) =
cn (z − z0 )n (|z − z0 | < r)
n=0
Z
2π
f (eiθ )
dθ
1 − ze−iθ
0
(z ∈ D)
1
2π
Z
2π
(z
f (0) =
∈
場合は,
D
)
これを Cauchy の積分公式 と言う。特に,z = 0 の
f (eiθ )dθ
0
極限
iθ d
θ
H(D) に属する関数 f 及び正の実数 p に対し,左側
1
lim
r→0− 2π
Z
2π
|f (reiθ )|p dθ
0
を kf kH p で表す。また,積分
¾
Z 1 ½ Z 2π
1
iθ p
2r
|f (re )| dθ dr
2π 0
0
を kf kAp で表す。解析関数の集合
{f ∈ H(D) : kf kH p < ∞}
(−∞ < x < ∞)
z)
n=0
(−∞ < x < ∞),
D = {z ∈ C : |z| 5 1}
1 − f (e iθ
ze − )
e =
∞
X
xn
= 1
Z
2π
2π
x
と表される。D と T の合併集合を D で表す:
0
は三角関数と指数関数との関係を簡明かつ見事に表
現している。Euler の公式の両辺に登場している i は
√
虚数単位 −1 であり,両辺の値はともに複素数で
ある。Euler の公式に象徴されるように,実変数の
実数値を取る関数であっても,その関数を調べるた
めには,実数の世界にとどまることは不十分であり,
複素数の世界に分け入る必要がある。高等学校の数
学において学習する多項式・三角関数・指数関数等
の理解を深めるためにも,当然,同じことが言える。
複素変数の複素数値関数を研究するのが 複素解析学
である。多項式・ベキ根関数・指数関数・対数関数・
三角関数・逆三角関数,これらの加減乗除及び合成
関数を総称して 初等関数 と呼ぶ。初等関数を複素数
の立場から研究することが,複素解析学入門である。
あらゆる関数の中で最も基本的なものは 多項式 であ
る。多項式以外の初等関数はもちろん多項式ではあ
り得ないが,いずれも無限次数の多項式ともいうべ
き,ベキ級数 によって表現される。例えば,
を H p (D) で表し,D 上の Hardy 空間 と呼ぶ。解析
関数の集合
{f ∈ H(D) : kf kAp < ∞}
を Ap (D) で表し,D 上の Bergman 空間 と呼ぶ。
Hardy 空間の理論は,1930 年代頃から,イギリスの数
(ここで,r は関数 f と点 z0 に依存して定まる正の実
数である。)となる場合,f を Ω 上の 解析関数 と呼
ぶ。Ω 上の解析関数の全体を H(Ω) によって表す。複
素解析学の主たる研究対象は解析関数である。解析
関数の定義域は様々であるが,最も単純なのが,複
素平面 C の 単位円板D である:
発展初期には Hardy 空間に属する個々の関数そのも
D = {z ∈ C : |z| < 1}
のの研究が中心となっていたが,その後,Hardy 空
D は原点を中心とする半径 1 の円の内部である。こ
の円の境界 T は原点を中心とする半径 1 の円周であ
り,単位円周 と呼ばれる:
間の関数空間としての性質を,主として,関数解析
T = {z ∈ C : |z| = 1}
学者 G.H. Hardy, J.E. Littlewood,ハンガリーの数
学者 F.Riesz, M.Riesz,ロシアの数学者 I.I.Privalov,
V.Smirnov 等の研究により活発化した。Hardy 空間
の理論は Fourier 級数論と密接な関係にあり,その
的見地から検討する研究も数多くなされてきている。
同様な研究が,Bergman 空間に対しても,また,そ
れらの多次元への拡張も,近年,進展が著しい。