大阪市立科学館研究報告 20, 111 - 114 (2010) プラネタリウム投影プログラム「探査機“かぐや”が見た月世界」制作報告 * 石 坂 千 春 概 要 2009年 9月 1日 から11月 29日 まで投 影 した、日 本 の月 周 回 衛 星 「かぐや」の活 躍 を紹 介 するプラネタリ ウム「探 査 機 “かぐや”が見 た月 世 界 」を企 画 ・制 作 したので報 告 する。「かぐや」は月 を周 回 しながら、精 密 な月 面 探 査 を行 ない、月 の歴 史 についての知 見 を深 めた。「かぐや」の観 測 で最 も印 象 深 いのは、高 解 像 度 テレビカメラによって撮 影 された月 面 映 像 と、レーザ高 度 計 による地 形 の詳 細 図 である。これらを プラネタリウム投 影 用 の素 材 に加 工 する手 順 について主 に報 告 する。 1 . はじめに ラムには映 像と BGM のみが組み込 まれており、解 説は 月 周 回 衛 星 「かぐ や」(SELENE )は、2007年 9月 14 学 芸 員がライブで行なった。 各パートの内 容と目 的は、次の通りである。 日 にH-ⅡAロケットで打 ち上 げられた、日 本 の無 人 月 探 査 機 である。2009年 6月 11日 未 明に1年 半 の運 用 を 停 止 するまで、「かぐや」は、これまでになく詳 細 な月 の 1)パート 1「イントロダクション」 人 類 は昔 から月 に親 しみ、月 を見 つめてきた。一 方 、 観 測を行なった。 「かぐや」にはハイビジョンカメラ、重 力 測 定 器 、レー 月は手の届かないナゾの多 い天 体でもあった。 ザ高 度 計 、X 線 測 定 器 、粒 子 測 定 器 、磁 場 測 定 器 な 400年 前 、ガリレオ・ガリレイは自 作 の望 遠 鏡 で月 を ど、さまざまな観 測 機 器 が搭 載されていた。「かぐや」は 観 測 し、月 のクレーターや“海 ”を発 見 した(ガリレオの アポロ以 来 、最 も詳 細 な観 測 を行 なったミッションであ 月 観 測 から400年となることを記 念 して、2009年は世 界 った[2]。 天 文 年と定められた[1])。 40年 前 、人 類は初めて月 面 に降り立った。 「かぐや」は月 面 の地 形 を詳 細 に観 測 し、月 の表 側 しかし、今 なお月 には謎 が多 く残 されている。パート (地 球 側 )と裏 側 (向 こう側 )の違 いを明 らかにした。ま た、重 力 の 強 さが地 球 側 と向 こう側 とで違 うことを明 ら 1では、2つのナゾに注 目 した。 かにした[3]。これらは月 の誕 生 についての諸 説 の中 で、 ①月 がいつも 同 じ 面 を 地 球 に向 けて いること(月 の 自 転 周 期と公 転 周 期が一 致 していること) ジャイアント・インパクト説を支 持する結 果 である。 プラネタリウム「探 査 機 “かぐや”が見 た月 世 界 」では、 ②月 が地 球 に対 して衛 星 としては大 きすぎること(半 径 が地 球の約 1/4 もある) かぐやが撮 影 した貴 重 な映 像 と、探 査 結 果 とを組 み合 これらは何を意 味するのであろうか。 わせて、観 覧 客 が「かぐや」と一 緒 に月 面 旅 行 をし、月 と地 球 の歴 史 、生 命 とのかかわりについて思 いをはせ 2)パート 2「月へ」 るよう演 出した。 月 のナゾを明 らかにするため、人 類 は月 を目 指 した。 2 . プログラムの プログラム の 流 れ 2009年 は、アポロ計 画が実 施 されてから、ちょうど40年 「かぐや」は4つのパートに分 け、通 しで流 すことも、そ 目 であった。アポロが明らかにしたことが、新たなナゾを れぞれのパートを別 々に 投 影 することもできるようにし 呼んだ。 た。投 影 時 間は通 して流すと約 15 分 間 である。プログ ①月 の 石 の 組 成 (同 位 体 比 )が、地 球 の 石 とよく 似 て いること ②月が年 3.8cmずつ地 球から遠ざかっていること * 大 阪 市 立 科 学 館 学 芸 員 /中 之 島 科 学 研 究 所 研 究 員 http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~ishizaka/ - 111 - 石坂 千春 これらの謎 を解 明 する手 がかりを得 るため「かぐや」 は月を目 指した。 (1)HD 月 面 映 像をドーム映 像に変 換 する (2)HD 月 面 映 像をドームマスターの中に貼る (3)レーザ高 度 計 LALT による地 形 図を月 球 儀にする 3)パート 3「かぐやが見た月 世 界」 「かぐや」が撮 影 した美 しい 月 面 の 映 像 や、地 形 図 3-1.HD 映 像をドーム映 像 に変 換する を見ながら、月 の成 因について考 察 する。 HDCAM によって撮 影された月 面 映 像を、動 画の前 「かぐや」は、月 の 表 側 (地 球 側 )と 裏 側 (向 こう 側 ) 面 パノラマ映 像 に変 換 するには、まず平 面 映 像 を仮 想 では地 形 が 全 く 異 なり、重 力 の 分 布 (重 心 の 位 置 )が のシリンダーに貼 り、それを仮 想 立 方 体 上 に配 置 され 地 球 の 方 に 1.9km ほ ど ず れ て い る こ と を 明 ら か に し た た仮 想カメラで4方 向から撮 影する。 [3]。 これらは月 の成 因 について、ジャイアント・インパクト 説を強く示 唆するものである。 ①discreet 3ds_max6 を起 動 ②「名 前による選 択」→「cylinder01」 を選 択 すなわち、 ③「マテリアルエディタ」→ビットマップ 24 ビット→ファイ ①45億 年 ほど前 、火 星 サイズの原 始 惑 星 が原 始 地 球 に 衝 突 し 、飛 び 散 った 物 質 が 集 まっ て 月 の 原 型 が ル選 択(シーケンスにチェック)→「適 用」 ④「シーンをレンダリング」→「ビューポート」→「カメラ選 できた。そのために、月 が衛 星 としては大 きく、月 の 石の成 分が地 球 の石と似ている。 択」→Top, Front, Left, Right ⑤「時 間 出 力」→範 囲(始 点 、終 点)フレームを指 定 ②月 は現 在 よりもずっと地 球 に近 いところにあり、地 球 の潮 汐 力 により卵 型 をしていた。月 はいつも同 じ面 ⑥「レンダリング出 力」→保 存 ファイル名を指 定 ⑦「レンダリング」 を地 球に向けるようになり、じょじょに遠ざかった。 ③35億 年 ほど前 、まだ熱く熔 けていた月 の核 が地 球 の レンダリングが完 了 したら、上 記 で制 作 した4面 の画 方 に寄り、表 側に溶 岩 が流 れ出 て“海”を形 成 した。 像と、背 面 (黒 四 角 でよい)を合 成 し、ドームマスターに そのた め 月 の 表 側 と 裏 側 の 様 子 が 異 な り 、 重 心 が 変 換する。 地 球 側に寄った。 ④全 体 が冷 えて固 まり、25億 年 ほど前 から現 在 と同 じ 姿になった。 ①After Effect を起 動 ②「素 材 読み込み」→front, top, left, right(シーケン スにチェック)、back は黒の四 角を指 定 4)パート 4「エンディング」 ③「composition duration」を指 定 月 の存 在 は地 球 生 命 の誕 生 とも深 く関 わっている。 ④「仕 上がり用 背 景」→2800x2800 solid を指 定 もし月 が無 かったら、地 球 の自 転 は安 定 せず、生 命 が 維 持 できなかったと考えている研 究 者 がいる[4]。また、 月 による潮 の満 ち干 が、生 命 誕 生 の場 を提 供 したとい ドームマスターを全 天 周 動 画 に変 換 する方 法 は[9]を 参 照されたい。 う説もある[5]。 月 は地 球 生 命 にとって、奇 跡 のような偶 然 の積 み重 ねの象 徴 なのである。 3 . 映像制 作手 法 投 影に当たっては JAXA が所 有する動 画および静 止 画 データ[6]について、(財 )日 本 宇 宙 フォーラムに使 用 申 請 を行 ない、提 供 を受 けた。また一 部 は、日 本 プ ラネタリウム協 議 会[7]を通じて JAXA から提 供されたも のを使 用した。レーザ高 度 計 LALT[8]のデータについ ては、JAXA 宇 宙 科 学 研 究 所「かぐや」LALT チームよ り提 供を受けた。 これらの画 像 データを投 影 プログラムに組 み込 むた め、全 天 周 動 画 システム・バーチャリウムⅡに適 応 する 図 1.3ds Max 起 動 画 面 。左 上 の窓 が仮 想 シリンダ 画 像 形 式 に 変 換 した。ここ では映 像 制 作 手 法 につい ー、残りの3つの窓 は各カメラの配 置を示す。 て、特に、下 記3点をまとめる。 - 112 - プラネタリウム投影プログラム「探査機“かぐや”が見た月世界」制作報告 3-2.HD 映 像をドームマスターに貼る ⑥「修 正 」→「編 集 可 能 メッシュ」→「モディファイヤ」→ X フォームを指 定→すべてを集 約 HD 映 像 をバーチャリウムでそのまま投 影 することは できないため、ドームマスターに仮 想 プロジェクタを配 ※もしくは、「ユティリティ」→「集 約」→「選 択を集 約」 置 し、映 像をはめ込む。 ⑦「ファイ ル」→「選 択 を 書 き 出 し」→「x-フ ァ イル」→ 「 モ デ ル ・ タ イ プ 」 → Solid(d3) を 指 定 → フ ァ イ ル 名 (.X) ①After Effect を起 動する ②「base」→ 2800x2800 +HDTV を指 定 ③「Effect」→「Virtual projector」→位 置を指 定 ④「レンダリング」 3-3.平 面 図を球 面に貼って.X モデルを作 成する LALT の長 方 形 画 像(経 度 360°、緯 度 180°)を 球 面 に 貼 り 、バー チ ャリウ ム で 投 影 で きる 月 球 儀 の モ デル(.X ファイル)を作 成する。 同 じ LALT の平 面 図を白 黒 にしたものを“影”として 指 定することで、地 形 が立 体 的に見えるようにできる。 図3.X モデル作 成 用 3dsMax起 動 画 面 こうして作 成 した月 球 儀 モデル(moon.x)を投 影 する には、次のようなコマンドを発 行する。 **** ここから **** ↓ #背 景に星を配 置 stars on # objects setting mn is v:¥shows¥object¥moon.x mn scale 1 li is light #太 陽 光 の設 定 li range 100 li position 100 0 50 scene ambient 30 30 30 #影の明るさ # add objects to the scene +0.5 図 2.LALT の平 面 図 (上 )を月 球 儀 (下 )に変 換 する scene distant stars li on scene add li 月 球 儀 を.X モデルとして製 作 すれば、バーチャリウム scene add mn で自 由 に回 転 させることができる # set viewing parameters ①3dsMax を起 動 ②「オブジェクトタイプ」→「球 」→半 径(m)を指 定 +1 ③「セグメント」→経 度の分 割 数(解 像 度)を指 定 ④「マテリアルエディタ」→「拡 散 反 射 光 」→「ビットマッ +1 scene attitude 0 35 0 scene intensity 100 dur 2 mn rvelocity 3 0 0 プ」→地 形 平 面 図ファイル(カラー)を指 定 ⑤「バンプ」→「ビットマップ」→影 ファイル(白 黒 )を指 **** ここまで **** 定→バンプの量を指 定 - 113 - #自 転させる 石坂 千春 4 . まとめ [4]Lascar et al. , Nature 361, 615(1993) 本 稿 ではプラネタリウム投 影 プログラム「探 査 機 “か http://www.imcce.fr/Equipes/ASD/person/Laskar/jxl_ ぐや”が見 た月 世 界 」の制 作 およびその手 法 について moon.html [5]D.Deamer, 1999 など 報 告 した。 「かぐや」の投 影 期 間 は2009年 9月 1日 ~11月 29日 、 http://www.ucmp.berkeley.edu/education/events/dea 投 影 回 数 は298回 、観 覧 者 数 は55,951人 であった。ま mer1.html た、本 プログラムの投 影 は世 界 天 文 年 2009日 本 委 員 [6]JAXA デジタルアーカイブス http://jda.jaxa.jp/ 会 公 認 イベントとして登 録 した。 [7]日 本プラネタリウム協 議 会 http://shin-pla.info/ [8]宇 宙 科 学 研 究 所「かぐや」LALT チーム 参考文 献 http://www.kaguya.jaxa.jp/ja/science/LALT/Lunar_Gl [1]世 界 天 文 年 2009 日 本 委 員 会 obal_Shape_and_Polar_Topography_j.htm [9] 石 坂 千 春 大 阪 市 立 科 学 館 研 究 報 告 18、p.105 http://www.astronomy20009.jp/ (2008) [2] 宇 宙 航 空 研 究 開 発 機 構 JAXA http://www.jaxa.jp/projects/sat/selene/index_j.html [3]http://www.jaxa.jp/article/special/kaguya/seika01_j.h tml - 114 -
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