平成 25 年度 相模女子大学審査学位論文(博士)

平成 25 年度
相模女子大学審査学位論文(博士)
アミノ酸による試験管内における肥満細胞機能制御:
創傷治癒に対する免疫栄養のメカニズムとしての可能性
Modulation of Mast Cell Function by Amino Acids In Vitro:
A Potential Mechanism of Immunonutrition for Wound Healing
川本 眞砂子
指導教員
増子 佳世
教授
相模女子大学大学院
栄養科学研究科
栄養科学専攻
博士後期課程
[ 目次 ]
1.序言
―――――――――――――――――――――――― 1
2.材料と方法
―――――――――――――――――――――――― 5
3.結果
―――――――――――――――――――――――― 6
4.考察
―――――――――――――――――――――――― 7
5.謝辞
―――――――――――――――――――――――― 8
6.文献
―――――――――――――――――――――――― 9
7.図表
―――――――――――――――――――――――― 13
1.序言
1)-1 褥瘡と栄養
褥瘡(Pressure ulcer、床ずれ)は、皮膚や皮下組織に栄養を送る毛細血管やリンパ組
織がベッドや車椅子のシートなどの硬い面と骨との間で圧迫され、循環障害に陥ることに
よる細胞の代謝障害・壊死である。皮膚局所に毛細血管圧より高い圧がおおむね2時間以上、
あるいは繰り返し加わると、皮膚組織に非可逆的変化が生じるとされる。虚血に対する組
織耐久性は皮膚に比べて筋肉のほうが低いので、皮膚の変化は筋肉の壊死による二次的な
変化と考えられている(1,2)。
褥瘡は寝たきりとなった高齢者の合併疾患のひとつとして発症することが知られており、
長期入院は褥瘡発症のリスクを増加させる。一方、褥瘡が生じると感染の併発などにより
入院日数が長期化し、医療費負担が増大するなど社会的にも問題となる。高齢者において
は、加齢による皮膚の脆弱性、筋肉の廃用性萎縮、骨の変形や関節の拘縮等が褥瘡の発症
リスクを高めるが、ここに栄養障害が重なると難治性褥瘡が発症しやすくなる。
したがって、高齢化社会においては褥瘡患者が増加することが懸念され、褥瘡の治療ま
たは予防のため、リスクを有する高齢者に対する適切な栄養管理が重要であると考えられ
る。褥瘡の栄養管理には十分なエネルギーとアミノ酸の補給が必要であり、タンパク質合
成能の促進を考慮してアルギニンやグルタミンを添加する工夫が有効とされている。これ
はいわゆる“免疫栄養”の考え方に含まれるものであり、次の章で述べる。
1)-2 免疫栄養とは
個体の持つ免疫能や抵抗力は、栄養状態と密接に関わりがあることが知られている。低
栄養状態やマラスムス、クワシオルコルなどのいわゆる PEM(protein-energy malnutrition)
では液性免疫、細胞性免疫ともに機能が障害され、感染症の罹患率増加や創傷治癒遅延な
どがみられることが報告されている(3)。このため、重症患者や低栄養患者において、慢
性創傷の治癒や感染予防、予後改善に関し、免疫能力の賦活または調整をはかるため「免
疫栄養」という考え方が取り入れられるようになった。すなわち、免疫栄養 immunonutrition
とは、栄養管理によって個体の免疫反応を制御し病態の改善をめざすことを指す(3,4)。
個体の免疫能を調整または賦活化する栄養素として、これまでに各種アミノ酸(アルギ
ニン(Arg)・グルタミン(Gln)など)
、ω-3系脂肪酸、各種微量元素(亜鉛など)、抗酸化ビ
タミン(ビタミンEなど)
、核酸、食物繊維などが挙げられている。ヒトが生合成できる非
必須アミノ酸でありながら、ある条件下ではその需要が増すアミノ酸のことを条件つき必
須アミノ酸といい、Arg や Gln がその代表である。手術、外傷、感染などの侵襲下において
はこれらのアミノ酸の需要量が増加してくるため、通常の供給量では不足することもあり、
1
また、まったく供給しない場合には生体内で枯渇しやすくなる(4)。このうち Arg はオルニ
チン回路の中間体で、一酸化窒素(Nitric oxide; NO)・尿素およびオルニチンの前駆体で
あり、NO 合成酵素の作用によりシトルリンと NO に変換される一方、アルギナーゼによりオ
ルニチンと尿素に分解され、さらにポリアミンの一種であるプトレシンに変換される。こ
のポリアミンは、細胞の分化増殖に重要な役割を果たす。さらに Arg は下垂体からの成長
ホルモン分泌も促進する。一方、Gln は成長ホルモンの分泌やタンパク質合成を促進するこ
とが報告されている(3,20)。筋細胞には遊離 L-Gln が存在し、Gln の需要増大に応じて筋肉
から血中に放出され、血中 Gln 濃度を維持する作用があることから、L-Gln を投与すること
で筋肉でのタンパク質分解抑制が期待される。このほか、Gln によるリンパ球増殖など免疫
反応の活性化により、手術後の炎症を抑制する可能性も示唆されている(3)(5)。
免疫栄養剤は、主として Arg の含有量により、免疫能活性化を目的とした栄養剤
(immune-enhancing diet; IED)と、免疫調整を目的としたもの(immune-modulating diet;
IMD)とに分類され、それぞれ病態に合わせて投与されることで、一定の効果があると報告
されてきた。具体的には、免疫栄養剤のうち Arg、Gln、核酸などが配合された IED として
インパクト TM(味の素)、イムンアルファ TM(テルモ)、アノム TM(大阪)、アバンド TM(アボ
ットジャパン)などが開発され、これらの術前投与による感染症合併率減尐などが報告さ
れている。しかし、敗血症などの重症患者では逆に予後を悪化させるとの報告もあり、Arg
強化により NO が過剰に産生され、微小循環に悪影響を及ぼす可能性が示唆されている。た
とえば Galban らが、敗血症患者に対して IED を使用した群の死亡率は 19%で、対照群(32%)
に比べて有意に低下したと報告したのに対し、Dent らは、IED を投与した敗血症患者の死
亡率は通常の栄養剤投与群に比べて有意に高かったと報告している。これらのことから、
IED は軽度・中等度の敗血症では安全であるが、高度の敗血症患者に使用された場合は危険
となりうるとされている(6)。一方、アミノ酸の強化は制限し、ω-3系脂肪酸などの抗酸
化物質を配合して侵襲に対する免疫の過剰反応の抑制を期待する免疫栄養剤 IMD としては、
サエットGPTM(三和化学)
、MEINTM(明治乳業)、オキシーパ
TM(
アボットジャパン)
、
TM
ペプタメンAF (ネスレニュートリション)などが発売されている。
1)-3 褥瘡とアルギニン: 我々のこれまでの成果
以上をふまえ、我々はこれまでに、褥瘡患者に IED である Arg 強化食品(アルジネード
TM
(ネスレニュートリション)・アコロン
TM
(クラシエ薬品)・アイソカルプラスEXTM(ネ
スレニュートリション))などを投与し、褥瘡の治癒経過について観察し報告した(2)。具
体的には、難治性褥瘡を合併した入院患者で、経口摂取が困難なため、胃瘻・経鼻による
経管栄養のみで経過観察した例を対象とした。対象患者の基礎疾患は脳血管障害、糖尿病、
パーキンソン症候群、認知症、脊柱管狭窄症、慢性硬膜下血腫、大腿骨骨折、進行性核上
性麻痺等であり、褥瘡は仙骨部、左右大転子、左右踵、背部、膝、下腿などに見られた。
2
我々は、上記の患者 20 名をランダムに A~C の3群に分け、以上の条件で IED 投与を行
った。A 群(通常の栄養剤投与群(Arg 強化なし))は、エネルギー量が 650kcal~900kcal/day・
Arg 投与量 0.6~2.1g/day、B 群(Arg 低用量投与)は、エネルギー量が 800kcal~
1,280kcal/day・Arg 投与量 1.1~2.6g/day、C 群(Arg 高用量投与)は、エネルギー量が
900kcal~1,450kcal/day・Arg 投与量 3.7~8.1g/day とし、
各群における創傷治癒の経過を、
米国褥瘡諮問委員会による NPUAP(National Pressure Ulcer Advisory Panel)のステージ
分類と日本褥瘡学会による DESIGN-R 褥瘡経過評価用(7)を使用して評価した。
この結果、褥瘡のポケットや深さを伴うステージⅣでは、A 群(通常の栄養剤投与群)で
は改善が見られず、B 群や C 群では Arg 投与量のアップによって次第に良好な肉芽組織が見
られ、創の収縮が見られた。ステージⅢ、Ⅱ、Ⅰについても同様であった。
次に、代表的な 3 症例における Arg 投与量と創傷治癒経過について以下に提示する((2)
より抜粋)。
症例1:C 群 ステージⅣからⅡへ改善した症例
92 歳の女性、認知症、仙骨部の褥瘡悪化、発熱、食欲低下のため入院。創部は肛門部に
近いため排便による汚染が特にひどく、ステージⅣであったため、Arg 強化食品やタンパク
質強化食品(ネスレニュートリション(株)、明治乳業(株)
)を投与した。その後デブリド
メントも施行しステージⅡへと改善が見られたが、その時点で退院された。Arg 投与量は
7.0g から 1.5~2.2g に減量となったが、局所には良性肉芽がみられた。
症例2: A 群から C 群 経腸栄養剤の変更によりステージⅢからⅠへ改善した症例
103 歳の男性、高齢と認知症で入院中、仙骨部に褥瘡を発症した、標準な経腸栄養剤で経
過観察したが褥瘡の改善傾向が見られなかったため、Arg 強化食品(ネスレニュートリショ
ン(株))に変更して仙骨部の改善が見られた。Arg 投与量は、通常の栄養剤投与からへの変
更で、0.4g から 4.4g さらに 5.4g へ増量になった。
症例3:A 群 標準的経腸栄養剤のみでステージⅢからⅡへと改善した症例
82 歳の女性、脳梗塞後遺症、パーキンソン症候群、誤嚥性肺炎で入院中、仙骨部に褥瘡
を発症し、右大転子にも発症、標準的な経腸栄養剤のみで経過観察中に褥瘡はステージⅢ
からⅡへ改善が見られたが、死亡された。Arg 投与量は 0.82g から 1.4g であった(2)
。
以上より、Arg の褥瘡への有効性については、直接患者に投与することでその効果が実感
され、褥瘡・慢性創傷には栄養管理による Arg 効果の負うところが大きいことが推察され
た。
2) 創傷治癒における肥満細胞の関与の可能性
2)-1 創傷治癒過程と関与する細胞
褥瘡を含む創傷の治癒過程は複雑な炎症および組織再生のプロセスであり、創傷が治癒
3
するまでにはさまざまな細胞性因子が関与している。以下に、創傷治癒の各段階とそれぞ
れの段階に主として関与する細胞を挙げた(8)。
1、出血凝固期: 出血は凝固因子・血小板により止血凝固塊となり、血小板由来増殖因子
(PDGF)などの増殖因子やサイトカインが放出される。ここに主として関与する細胞は、
赤血球や血小板などである。
2、炎症期: 上記の因子により好中球やマクロファージなどの炎症細胞浸潤が起こり、壊
死組織が貧食され創が清浄化される。同時にこれらの細胞から連鎖的に Transforming
growth factor-β(TGF-β)や fibloblast growth factor (FGF)などの増殖因子やサイト
カインが放出される。また壊死組織タンパク質の融解のため matrix metalloproteinase
(MMP) などのプロテアーゼ類も放出される。ここに主に関与する細胞は、白血球(好中球)、
マクロファージ、リンパ球、肥満細胞などである。
3、増殖期: 創の清浄化が進むと増殖期に移行し、炎症期に放出された因子が線維芽細胞
やケラチノサイトなどの遊走、増殖を促す。線維芽細胞からはコラーゲンに代表される細
胞外マトリックスが合成され、細胞移動・接着などの足場となる。また、血管新生も生じ、
新生血管・線維芽細胞などの各種の細胞と細胞外マトリックスが混合した肉芽組織が組織
欠損部を充填する。良好な肉芽組織で覆われた創においてはケラチノサイトの遊走による
上皮化、筋線維芽細胞による創収縮により創面積が縮小する。
4、成熟期: 瘢痕組織が形成される。細胞外マトリックスのリモデリングなどの機序によ
って、当初赤みを帯びていた瘢痕は数か月かけて白く柔らかく成熟する。
増殖期と成熟期に関与する細胞は、線維芽細胞、肥満細胞、血管内皮細胞、筋線維芽細
胞、平滑筋細胞などである。
以上より、創傷治癒には多くの細胞が関わっていることが判明しており、白血球や線維
芽細胞についてはその作用が明らかにされつつあるが、上記各段階に挙げられている肥満
細胞については、創傷治癒にどのように関わっているのかこれまであまり知られていない。
そこで今回、我々は肥満細胞に着目した。
2)-2 創傷治癒と肥満細胞
肥満細胞は多能性幹細胞に由来する造血系細胞であり、哺乳動物の粘膜下組織や結合性
組織に分布し、自然免疫や炎症、およびアレルギー反応において重要な役割を果たすこと
が知られている。肥満細胞は、ヒスタミンやヘパリンなどを含む顆粒を細胞内に有してお
り、抗原刺激によって細胞表面上の免疫グロブリン E(IgE)が架橋されるとこれらのメディ
エータを遊離する。一方、IgE に依存しない経路による肥満細胞活性化も見いだされており
(9-11)、例えば、炎症性サイトカインの一つであるインターロイキン(IL)-6 も、試験管
4
内で肥満細胞からのヒスタミンの放出を誘導すると報告されている(12)
。
これまでの多くの研究から、創傷治癒過程における肥満細胞の役割が示唆されている(13
-15)。例えば、肥満細胞を欠損するマウスでは正常同胞と比べ創傷治癒が遅延する(16)。
このとき、肥満細胞由来のヒスタミンが線維芽細胞の遊走を促進するなどして創傷治癒に
関与している可能性がある(17)。一方、肥満細胞からはヒスタミンの他、線維化を促進す
るサイトカインの一つである IL-13 が産生されることが判明している。IL-13 は通常ヘルパ
ーT 細胞から分泌される Th2 サイトカインの一つであり、各種疾病において線維芽細胞また
は筋線維芽細胞へのコラーゲン集積を活性化する (pro-fibrotic cytokine)。従って、肥
満細胞はヒスタミンや IL-13 などの産生・分泌を介して創傷治癒に関与していることが示
唆されている(18-24)。
2)-3 肥満細胞の活性化と栄養関連因子
最近、Lechowski ら(25)がヒト腸管肥満細胞を用い、 培地中のアミノ酸濃度 (Arg/Gln)
の変化によって肥満細胞からの IgE 依存性のメディエータ(ケモカイン、TNF-αなど)の
分泌が変化することを報告している。このことは、細胞周囲のアミノ酸濃度が肥満細胞の
活性化に影響することを示唆するものである。しかし、IgE 非依存性の肥満細胞活性化につ
いては、免疫栄養との関連はこれまで知られていない。
以上のことから、今回我々は培養肥満細胞を用い、免疫栄養に用いられるアミノ酸(Gln
と Arg)の濃度が炎症による肥満細胞活性化に与える影響について、特にヒスタミンと IL-13
の分泌に着目して解析した。
2.材料と方法
細胞培養
マウス由来肥細胞株 P815 は理化学研究所バイオリソースセンター(茨城県つくば市)か
ら提供を受けた。細胞は 10%ウシ胎仔血清および 1% ペニシリン・ストレプトマイシン添加
RPMI1640 培地(和光純薬、大阪)で 37℃、5%CO2 条件下で培養した。RPMI1640 培地には基礎
成分として L-Gln 300 mg/L および L-Arg 200 mg/L が含有されている。おおむね週2回培
地交換を行い、コンフルエントの P815 細胞を PBS で洗浄後、L-Gln を含まない RPMI1640(和
光純薬、大阪)を用いて Gln および Arg 濃度をそれぞれ L-Gln または L-Arg (和光純薬、大
阪)添加により 0,300,500,1000 mg/L、および 200,400 mg/L に調整した培地(ウシ胎仔血
清および抗菌薬の組成は変更していない)に細胞数 5×105 cells で蒔き直し 24 時間培養し
た。このとき、一部の細胞にはリコンビナント IL-6 (Peprotech Inc, Rocky Hill, NJ, USA)
(20 ng/ml)を加え 24 時間刺激した。培養細胞の生存率は鏡検、トリパンブルー染色を用い
た 細 胞 数 カ ウ ン ト 、 お よ び MTS assay (CellTiter96 Aqueous Non-Radioactive Cell
5
Proliferation AssayTM, Promega Co. Madison, WI, USA) によって評価した。
Enzyme-linked immunosorbent assay (ELISA)
P815 細胞の培養上清中のヒスタミンおよび IL-13 濃度を ELISA 法により測定した。それ
ぞれ市販のキットとして、ヒスタミンは Histamine Enzyme Immunoassay KitTM(SPI Bio Inc.,
Montigny le Bretonneux, France)、IL-13 は Mouse IL-13 QuantikineTM(R&D, Minneapolis,
MN, USA) を用い、説明書に従って実験を行ない、マイクロプレートリーダ
(サーモフ
ィッシャーサイエンティフィック(株)、大阪府豊中市)を用いて解析した。実験はすべて
triplicate で行なった。
統計処理
実験結果はエクセル統計 2010TM ((株)社会情報サービス、東京)を用いて、Student’s
t テストまたは Tukey’s 法による多重比較を用いて解析した。p < 0.05 を有意差ありと判
定した。
3.結果
1. アミノ酸濃度は肥満細胞増殖を変化させる
最初に、培地の Gln・Arg 濃度を変化させることで細胞の増殖および生存率が変化するか
について予備的検討を行なった。この結果を表1に示す。MTS アッセイの結果、Gln を含ま
ない培地で培養した P815 細胞の細胞生存率が低下していたが、結果にはばらつきがあり有
意差はなかった。その他の培養条件では明らかな生存率の差は見られなかった。この結果
は、鏡検および細胞計数カウントでも同様であった(データ非表示)
。
2. 肥満細胞からの IL-6 刺激によるヒスタミン分泌とアミノ酸による影響
次に P815 細胞を、Gln と Arg の濃度を通常とは変化させた培地で培養し、IL-6 刺激によ
るヒスタミン分泌を測定した。
通常培養に用いている RPMI1640 におけるアミノ酸濃度(Gln 300 mg/L、Arg 200 mg/L)に
おいて、P815 からは基礎レベルのヒスタミン分泌がみられた(図1)
。続いて培地中の Gln
濃度のみを変化させた場合(0−1,000 mg/L)、P815 からのヒスタミン基礎分泌はサンプルに
より若干のばらつきが見られたが、各条件の間で有意な差は見られなかった (F(2,22) =
0.31, p = 0.74)。しかし、IL-6 刺激後の反応はグルタミン濃度によって大きく変化した(F
(1, 12)= 14.34, p = 0.0026)。すなわち、IL-6 刺激に対してヒスタミンを分泌する肥満細
胞の反応は、 Gln 濃度が高いほど大きいことがわかった(図 1、表1)。
6
次に培地中の Gln と Arg の濃度をともに変化させ、同様の実験を行なった(図2) 。こ
の結果、通常の Arg 濃度(200 mg/L)で培養した場合と異なり、高濃度 Arg (400 mg/L) 含有
培地で培養した細胞は、Gln 濃度によらず高いレベルのヒスタミンを分泌した (F(1,11) =
24.26, p = 0.0005)。しかし IL-6 刺激によるヒスタミン分泌の増加は明らかでなかった(図
2.表1)。
3. 肥満細胞からの IL-13 分泌とアミノ酸の影響
次に我々は、培地のアミノ酸濃度が、肥満細胞からの IL-13 分泌に影響を及ぼすかにつ
いて検討した(図3、表1)。培地の Gln 濃度のみを変化させた結果、肥満細胞からの IL-13
分泌は Gln 高濃度(500 and 1,000 mg/L)培地で培養した P815 細胞において明らかに認めら
れたが、Gln 不含培地で培養した細胞では有意な分泌増加はみられなかった。またヒスタミ
ンと異なり、IL-13 濃度は IL-6 刺激によっては有意な変化は認められなかった(図 3)。
さらに Arg と Gln の濃度を変化させて同様に検討すると (図 4 および表 1; 図 3 と図4
は別個の実験結果を示す)、IL-13 分泌は Gln によって変化するが(0, 300, and 500 mg/L)
(F(2,12) = 7.18, p = 0.0089)、Arg 濃度にはよらないことが判明した。
4.考察
今回我々は、培養肥満細胞を用いた試験管内実験により、肥満細胞の活性化によるメデ
ィエータ分泌が、培養条件のアミノ酸濃度によって異なることを発見した。この結果は、
免疫栄養等で用いられるアミノ酸が、生体内の病変部局所で肥満細胞機能に影響を及ぼす
可能性を示唆するものである。なお、今回は炎症性サイトカインである IL-6 による刺激に
よって、炎症病態における肥満細胞の IgE 非依存性活性化を想定し検討した。IL-6 刺激に
よって P815 細胞がヒスタミンを分泌することは、先行研究において確認されている(12)
。
今回用いた Gln および Arg は、”免疫栄養素”として免疫栄養に多く用いられている機
能アミノ酸であり、重症患者の予後改善、感染症予防、さらに創傷治癒促進に効果がある
ことが期待されている(26-28)。褥瘡動物モデルラットによる L-Arg と L-Gln 混合物の経口
投与による創傷治癒の促進効果も報告されている(29)。Arg は下垂体からの成長ホルモン
(GH)などのホルモン分泌を促進することによって間接的にタンパク質合成を促進する(4)。
また Gln は筋細胞に遊離 L-Gln で存在し、血中 Gln 濃度を維持する作用があり、L-Gln を投
与することで筋肉たんぱく質の合成促進や分解抑制が期待される(3)。今回の我々の結果
から、アミノ酸の作用としてリンパ球等への影響だけでなく、脱顆粒やサイトカイン産生
といった肥満細胞の機能も調節している可能性があることが示された。先に述べたごとく、
ヒスタミンは線維芽細胞の遊走などを通して創傷治癒を促進することが判明しており
(16,17)、一方 IL-13 は、transforming growth factor-β(TGF-β)発現誘導を介してコ
7
ラーゲン合成を惹起するとされる(20,30)。IL-13 は、その 向線維化作用(pro-fibrotic
property)により、各種疾患における線維化や皮膚組織のリモデリングに重要な役割を果
たすことが報告されている(31-32)。以上のことから、アミノ酸は肥満細胞からのヒスタ
ミンや IL-13 の産生制御を介して創傷治癒に関わっていることが示唆される。
今回我々は、Gln 不含 RPMI1640 培地を使用して Gln, Arg 濃度を調整したが、Arg 不含培
地は入手できなかったことから、今後、別の培地等を用いてさらに細密に実験条件
を設定する必要がある。特に今回実験的に用いた Gln・Arg 濃度は、生理的な血清中の濃度
(L-Gln 0.6mM、L-Arg 0.1mM; Lechowski ら(25)による)とはやや異なることから、他のア
ミノ酸および栄養素の濃度、また組織培養モデルを用いた検討など、より生体の状況に近
い実験系も構築すべきと思われる。さらに、P815 はマウス由来肥満細胞腫であり、ヒト肥
満細胞や正常肥満細胞とは細胞表面分子の発現などが異なることから、肥満細胞としての
機能をより精密に検討するには、細胞種を変えて同様の検討を行なう必要があると考えら
れる。
以上をまとめると、今回の我々の検討から、培養肥満細胞において、炎症性刺激により
誘導されるヒスタミンおよび IL-13 分泌は、培養条件のアミノ酸濃度によって変化するこ
とが判明した。アミノ酸は、肥満細胞の機能制御を通して炎症やアレルギー、創傷治癒に
影響を及ぼしていることが示唆された(図 5)。
今回の培養細胞を用いた検討から、アミノ酸などを用いた免疫栄養ないし日常の栄養管
理が、生体内において細胞・遺伝子レベルに作用することで、炎症や創傷治癒過程に大き
な意味をもつことを強く認識した。さらに細胞・遺伝子レベルでの各栄養素の機能を解明
することで、管理栄養士や栄養士の栄養管理や給食管理に対する取り組みを基礎から支え
る力になっていくことを期待する。
5.謝辞
本研究は、平成23年から平成26年にかけて、相模女子大学大学院栄養科学研究科栄養
科学専攻臨床医学研究室にて行いました。本論文の作成にあたり、多忙な中、指導、助言
を頂いた指導教員の増子佳世教授に心より感謝申し上げます。ここに深い尊敬の念をもっ
てお礼の言葉とさせていただきます。また、実験にサポートを頂いた岡部とし子教授にお
礼申し上げます。そして今回、実験や事務的なサポートをして下さった、志村結花さん、
佐藤淑子さん、廣田亜未さんの協力に感謝申し上げます。
本実験は、科学研究費補助金(基盤研究 C:平成23~25年度、課題番号 23617028
よび相模女子大学特定研究助成費 B(平成22~23年度)による援助を受けた。
8
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図表
表 1: Gln・Arg 濃度を変化させた培地における P815 細胞の IL-6 刺激後の反応
MTS アッセイ、ヒスタミン ELISA および IL-13 ELISA の結果および IL-6 に対する反
応の相対値を示す( IL-6-刺激後/無刺激)。
図 1: Gln の濃度変化とヒスタミン分泌
P815 肥満細胞を異なる Gln 濃度(0, 300, 500 or 1,000 mg/L)に調整した RPMI 培地で培養
し、培養上清中のヒスタミン濃度を ELISA 法で測定した(n = 3)。
図 2: Gln および Arg の濃度変化とヒスタミン分泌
P815 肥満細胞を Gln と Arg 濃度の異なる RPMI 培地で培養した。培養上清中のヒスタ
ミンの濃度は ELISA 法を使用して測定した(n =3)。
図 3: Gln の濃度変化と IL-13 分泌
P815 肥満細胞を異なる Gln 濃度(0,300,500 or 1,000 mg/L)に調整した RPMI 培地で培養し、
培養上清中の IL-13 濃度を ELISA 法で測定した(n =3)。
図 4: Gln および Arg の濃度変化と IL-13 分泌
P815 肥満細胞を Gln と Arg 濃度の異なる RPMI 培地で培養した。培養上清中の IL-13
の濃度は ELISA 法を使用して測定した(n =3)。
図 5: Arg と Gln による肥満細胞の機能制御と創傷治癒の関与(仮説)
Arg は、肥満細胞からの脱顆粒によるヒスタミン分泌、Gln は、IL-6 刺激による IL-13 産
生をそれぞれ制御している可能性がある。
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表 1
Arg
Gln
IL-6
(mg/L) (mg/L) (ng/mL)
0#+
200*
300#
500#
MTS assay
OD
0
0.161
20
0.147
0
0.381
20
0.307
0
0.239
20
0.324
0
0.242
20
0.156
0
0.391
20
0.208
0
0.312
20
0.431
#
0
400*
#
300
500#
Relative
value
0.914
0.806
1.357
Histamine
nM
2.16
2.68
1.13
2.69
1.83
6.00
Relative
value
1.214
2.317
3.280
13.55
0.644
19.11
1.383
21.35
18.76
20.56
pM
31.50
27.00
131.39
121.01
192.72
200.86
Relative
value
0.857
0.921
1.042
21.99
1.411
16.86
0.531
IL-13
18.44
0.838
106.83
1.266
1.096
107.31
173.97
185.03
1.004
1.064
*,#: compared between groups using a one-way analysis of variance with Tukey’s post
hoc tests.
Arg = arginine; Gln = glutamine; IL-6 = interleukin-6; IL-13 = interleukin-13
+: cells cultured in the Gln (0) medium had lower viability and the results varied
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