良著に 学ぼう 東海大学文学部歴史学科 考古学専攻編 目 次 ようこそ考古学専攻へ 北條 芳隆 …………………… 3 良著紹介 宮原 俊一 …………………… 4 山花 京子 …………………… 6 立花 実 …………………… 8 田尾 誠敏 ……………………10 松本 建速 ……………………12 北條 芳隆 ……………………14 伊藤 健 ……………………16 秋田 かな子 ……………………18 田中 和彦 ……………………20 會田 信行 ……………………22 柴田 徹 ……………………24 禿 仁志 ……………………25 前田 潮 ……………………26 近藤 英夫 ……………………28 裏表紙イラスト たかはし いちこ ようこそ考古学専攻へ みなさんはこれから最低でも4年間は歴史学科考古学専攻で学ぶことになります。本書は、そ の第一歩を踏みだそうとしているみなさんに向けて作られています。1 年次生の間に、習慣とし てぜひとも身に付けていただきたいポイントをふたつ示しますので、手引きにしてください。 野外調査を通じ体で識る この見出しでは「知る」でなく 「 識る 」 を使いました。私の実感からは是非とも「識る」を使 いたいと思います。考古学という学問は、遺跡や遺物の調査を通じて人類の過去を知る営みを指 しますが、そのためには現地に立ち、視覚や聴覚だけでなく嗅覚や触覚をも同時に働かせながら 学ぶことが肝心です。非常に大切です。 だから考古学専攻では各地の発掘調査を実際に行います。現地の空気に包まれ特有の臭いを嗅 ぎとり、そこで現に生活を営む人々とも接し、土の感触を実感しながら、過去の人々が残した遺 跡を掘るのです。汗を流しあるいは寒風に凍えつつ掘るのです。こうして遺跡周辺の環境を丸ご と実体験しながら得られる知識は、字面から予期される内容以上に深いものです。決して忘れる ことはありません。そのような、いわば身体に刻み込ませる学びかたを「識る」と表現したいの です。考古学専攻では、まずなによりもここを重視します。1 年生の時点から、是非とも屋外調 査に慣れ親しんでください。 良著に学ぼう 屋外調査になれ親しむことは大前提ですが、同時に一日でも早く進めていただきたいのは、良 著に親しみ良著に学ぶことです。みなさんも海外旅行に出かける前には必ずガイドブックに眼を 通しますよね。現地に立った自分を想像してワクワクするはずです。それと同じことが学問にも 当てはまるのです。 ここからは、東海大学で考古学を教える教員がみなさんに是非とも薦めたいと思う良著を紹介 します。良著には「知」だけでなく「識」が含まれており、 「識」があるからこそ内容にも深みがあっ て説得力のある著作になっています。そういう著作だから薦めるのです。教員のひとりひとりが「こ れは」と思う著作を読み進めることで、今後の屋外調査に向けた頭と心の準備体操になるはずです。 専門書も紹介されますので、みなさんにとっては堅苦しく感じられる著作もあるでしょう。で すが準備体操とは、どのような種目でも最初は難しそうに感じられ、とっつきにくいものです。 そしてひとたび慣れてしまえば、実はなんてこともないことをみなさんもよく承知しているはず です。読んでみて分からないところがあったら、遠慮なく著作を薦めた教員にも質問してください。 だから心配はご無用! では扉をあけてください。 北條 芳隆 宮原 俊一(みやはら しゅんいち 講師:日本考古学) 縄文時代から弥生時代へと移り変わる時期の研究をしています。その方法の ひとつとして、技術史的な側面から過去の生活や文化を見つめなおす作業を行っ ています。 ‘かつて使われていた道具 ' をいろいろ復原し、これを実際に使ってみ ることで、道具の動きや扱い方を頭で考え、身体で試しているのです。 ●研究のキーワード● 縄文時代・土器・古代技術・実践考古学 ♪1セメ生へのメッセージ♪ 考古学はちょっとした疑問や興味の先に、とてつ もなく広い探求の世界が広がる学問です。どんなささいなことも見逃さず、こだ わりをもつことが大事だと思います。あと体力。これも大事です。 最初に 私が 談の中から、 技術 読んだ 史・地域史の視点 考古学の専門図書 で古代の人々の生 でしたので、 まず 活や知恵をさぐっ 本書を紹介します。 ています。 本書では、 縄文 本書は 14 の対談 土器の形や文様に から構成されてい あらわれる年代差、 るため、 関心のあ 地域差、 そして土 るテーマから読み 器のつくり方や使 進めていくのもよ い方など、 縄文土 いと思います。い 器研究の第一人者がやさしい文体で解説します。 や、その方がよいと思います。きっとひとつく たった一片の土器のかけらからでも、人間の活 らいは、自分の関心をひくテーマをみつけるこ 動やくらしぶりを読み取ろうとする考古学のお とができるでしょう。 もしろさを知ることができました。 古墳研究の大家でもある編者(聞き手)が、 縄文時代に限らず、日進月歩する土器研究の 本書冒頭に記しているように、「気分のさわやか 現状から考えれば、本書はもはや古典の部類に なときに、ゆっくりした調子で」読みたい一書 入るのかもしれませんが、考古学の中で土器研 です。 小学館 1987 年 960 円 究が果たす役割や目的が明確に説かれています ので、今でも自身の研究姿勢を再確認するため れも私が大学1年生の時に刊行され いず に時折ページをめくっています。 た考古学の概説書です。先輩からは 学生社 1976 年 中央図書館蔵 『日本考古学を学ぶ』を読むように強く薦めら 学の専門書ではありませんが、「木 考古 れたのですが、私にはとても難しく感じられま 材」 「栽培植物」 「絹」 「鉄」 「漢字」 「結 した。途中で読むのを断念してしまったことを 婚習俗」「地形復原」などをテーマに、あらゆる 覚えています。そこで、ページ数も少なく文字 分野で活躍する第一級の研究者と考古学者の対 も大きい『考古学入門』を読むことにしました。 他の概説書に同じく、考古学はどのような学問 か?ということからはじまり、研究方法、分析 技術、調査方法、関連分野などが体系的にまと められ、『学ぶ』よりは読みやすかったのです。 当時は気にもとめなかったのですが、同じ概 説書(入門書)でも『学ぶ』と『入門』とでは その性格が大きく異なります。『学ぶ』では、旧 石器時代とか縄文時代とか、あるいは弥生時代 とか古墳時代とか、各時代を個別に扱いながら、 研究の歴史や背景、研究方法などをより詳しく 取り上げています。そのため、内容はより専門 『入門』の序文で筆者が高らかに表明しておりま すので、どうぞご自分の目で確認してください。 性が強いものとなっています。 一方、『入門』は、様々な研究法や分析法が、 私のように『学ぶ』を難しいと感じたならば、 考古学研究の中でどのような意味をもつものな まず『入門』で考古学という学問の大枠をつかみ、 のかについて、筆者なりの考えが示されている 次のステップとして『学ぶ』に目を通してみた 点、『学ぶ』とは趣を異にしているのです。こ らいかがでしょうか。 の違いについては、ある目的を意図して『入門』 大塚初重 ・ 戸沢充則 ・ 佐原眞 編 有斐閣 1988 年 (新版) 1700 円 鈴木公雄著 東京大学出版会 1988 年 2100 円 が著されたからに他なりません。その目的とは、 青空文庫で半七親分に出会う 文庫」をご存知の方も多いと思います。ネット上の電子図書館ですが、7年ほ 「青空 ど前、新聞記事で知りました。本サイトでは著作権が消滅した、もしくは著作 権フリーの作品をネット上で公開し、だれもが自由に閲覧することができます。当然、無料です。 たとえば、岡本綺堂の時代物は江戸の風物や人々のくらしぶりを伸びやかに描写した作品と して知られていますが、私はこのサイトを利用して『半七捕物帳』を P D A(携帯端末)ですべ て読みました。半七親分のことを思い出すと、今でも無性にうなぎが食べたくなります。 残念ながら司馬遼太郎作品が掲載されるのは、あと 30 年(または 50 年)くらい先のことに なるのでしょうが、森鴎外の『高瀬舟』や与謝野晶子訳『源氏物語』といった文学作品のみな らず、評論や書簡、法令までもがアップされています。折口信夫、林 芙美子、寺田寅彦など、 私がかつてページをめくって読んだ人物の作品も並んでいます。あ、ありました、ありました、 坪井正五郎や浜田青陵の名前も。 P D A では「本を読む」という行為が何となく味気のないものに感じられるのですが、昨今は 携帯電話で小説を読むご時世ですので、一度、アクセスしてみてはいかがでしょうか?携帯版 サイトもありますよ。 山花 京子(やまはな きょうこ 非常勤講師:古代エジプト考古学・考古科学) 古代エジプト考古学を担当しています。研究の中心テー マはファイアンスという、現代では失われてしまったガラ スに類似した物質についてです。しかし、授業ではファイ アンスについては触れることは殆どありません。みなさん には古代エジプト文明の成立から終焉までの歴史全般につ いて正しい知識を身につけてもらうための授業を行ってい ます。 そして、古代社会と現代社会の様相を比較することで 自分たちの生きている世の中について考えてもらいたいと 思っています。 エジプトに関する本は日本語でとても多く出版されています。しかし、学術的根拠のあ 古代 る本は少ないのが現状です。 ここでは内容の信頼できる、かつ手に入りやすい概説書を 2 冊紹介します。古代エジプトを学ぶ 第一歩をこれらの書物から始めてください。 山花京子著 おろぐちともこ絵 『初めての古代エジプト―新王国時代編―』 星雲社 2009 年 1500 円+税 内田杉彦著 岩波ジュニア新書 2007 年 780 円+税 古代エジプト文明の中で栄華を極めたといわ ジュニア向けに書かれた入門書ですが、大学 れる新王国時代について扱った書です。教科書 の初年次生が学には最適の内容です。コンパク なので書店に出回っている一般概説書よりは高 トサイズにも関わらず、全時代を網羅しています。 度な内容ですが、4 コマ漫画を要所に入れ、文 章の理解が苦手な読者にも配慮しています。 立花 実(たちばな みのる 非常勤講師:日本考古学) 弥生時代は、農耕が始まりそこから強大な支配者が出現するまでの過程です。そこ には、教科書に書かれているような単純なストーリーではなく、それぞれの地域事情 を背景にした地域なりの歴史がありました。その具体的事例として神奈川県西部地域 の集落について分析しています。 ●研究のキーワード● 集落・方形周溝墓・地域差・情報ネットワーク ♪1セメ生へのメッセージ♪ 考古学はなりよりも実体験が大切です。遺物を見て、 触って、遺跡に立つ。その体験を基本にした新しい発想こそが、明日の考古学を切り開 いていきます。そして、それを担うのは若い力です。 19 やたらカタカナ名前がたくさん出てきて、登山 著者はインスブルック大学の考古学教授で、世 たかこんがらがってきますが、それもこの人体 紀の大発見と騒ぐマスコミその他の外野を向こ の素性を明らかにしようする意図によるもので うに回して、できるだけ冷静に対処しようとい す。この部分は読むには少々努力が必要です う努力が垣間見える文章になっています。 が、ここであきらめるとその後の人体、そして 91 年にアルプス山中の氷河から発見さ れた凍結人体のドキュメンタリーです。 家だったか、警察署長だったか、新聞記者だっ 所持品の分析という御馳走を食べそこないま と言うのも、この凍結人体は、オーストリ す。 アとイタリア国境に近い標高 3210 m地点で登 山者によって発見され、当初、山岳救助隊や 地球上に人間が誕生して以来、今までにの 警察により行方不明の遭難者として扱われたか べ何人が生まれ、死んでいったのか見当もつき らです。その後、遺体は収容されますが、こ ませんが、そのほぼすべての人体は朽ちていま れが古い人体だと明らかになるのは、インス すので、これが現存する最古の人体であること ブルック大学に運び込まれてからでした。さま は間違いありません。さらに彼が所持していた ざまな分析により、この人 品々は、 私たちの想像を超 体は 5000 年前の男性とわか えたものでした。柄に固定 り、 世紀の大発見となるの された銅の斧、 鞘のついた ですが、 そうなると人体や 石製の短剣、 矢筒に納めら 所持品の回収方法がずさん れた矢、弓、シラカバの樹 だとか、 発見場所はイタリ 皮で作った容器、 革を縫い アではないか(だからイタ 合わせたコート、 靴、 毛皮 リアへ引き渡せ)とか、 す のズボン、 帽子、 縄を編ん べてはでっち上げだといっ だマント、 携帯用の薬(キ た批判も飛び交う大騒動と ノコ)などなど。 そして著者は、 考古学的 なります。そのため著者は、 発見以来この人体に接触し な手法によりこの男の故郷 た人物とその内容を事細か を推定し、さらには突然の く調査し、記述しています。 吹雪で遭難するに至る「最 後の日々」を再現していますが、こちらは推理 せん。しかし、70 年を経た現代社会においても、 小説仕立ての御愛嬌。 この物語は読者に、読者なりの想いを抱かせ ともあれ、実物が残っていることの偉大さを ます。私が初めてこの本と出会ったのは幼稚園 痛感します。この男性が雪山で遭難して氷づけ に通っていた頃でしたが、それから 40 年が過 になることがなければ、彼の人体はもとより、 ぎてなお、この物語には考えさせられます。 これだけ所持していた携行品のうち石製の矢尻 人類の歴史は、効率性、利便性、そして利 と短剣、銅製の斧のほかは何ひとつ残らなかっ 潤の追究をエネルギーにして発展してきました。 たはずです。私たちが相手にしている大昔の それらが文化、文明と呼ばれるものを形作り、 人々は、私たちが未だ見たこともないものを含 現代社会はそうした積み重ねのうえに成り立っ むさまざまな道具を駆使して生活していたので ています。ただし、一方でそのために私たちが しょう。私たちが考古学という武器で手に入れ 失ってきたものも少なくありません。時は流れ ている資料は、全体から見るとほんのひと握り ていきますから、それも仕方がないことですが、 に過ぎないということを実感します。考古学の なかには忘れてしまってはいけないものもあっ 無謀な戦いを自覚し、それでも新たな闘志を たと考える人もいていいと思います。私も、効 掻き立てられる一冊です(私にとっては) 。 率性、利便性、そして利潤を否定するつもりは コンラート ・ シュピンドラー著 畔上 司訳 株式会社文芸春秋 1994 年 650 円 (文庫本は古本屋で 100 円〜) ありませんし、その恩恵に与っているひとりで 財保護行政風に言えば、古民家の 失い、捨て去られつつある過去を掘り起こすこ 移築保存の物語です。ただし、こ とに意味を感じています。 す。ですが、ひとまずその追究は人任せにして、 文化 の物語は、単に古いものを大事にしようとい 現代社会の価値観は多様です。他人に合わ うキャンペーンではありません。作者は世界的 せる必要はなく、人それぞれが自分なりの価値 に著名なアメリカの絵本作家で、今から 70 年 を見いだしていけば良いことです。そしてその も前の 1942 年にこの本を書いています。ちょ 価値に背かずに生きていければ、幸せなのでは うど第二次世界大戦の最中になります。当時の ないでしょうか。 社会状況は今とは全く異なっていたでしょうし、 私は皆さんに、大学の四年間で、そうした 将来につながる自分なりの価値観を見つけて欲 そのときの作者の意図も違っていたかもしれま しいと願っています。それは、考古学である必 要はありません。人生には考古学よりも、学問 よりも大切だと思えるものはたくさんあります し、何に価値を見い出すかは極めてプライベー トな問題です。ただ、考古学の教員としては、 願わくはそれが、考古学を学ぶことを通じて 見つけられればと思っています。 皆さんがこの『ちいさいおうち』を読んで何 を感じるのか、是非感想を聞かせてください。 バージニア ・ リー ・ バートン文 ・ 絵 石井桃子訳 岩波書店 1942 年 640 円 田尾 誠敏(たお まさとし 非常勤講師:日本考古学) 日本の古代(飛鳥時代~平安時代)を考古学の側面から研究してい ます。特に土器の生産や流通からみた地域社会の復元に関心があります。 文献資料のある歴史時代に、考古学からどれだけ迫れるか興味がありま せんか。 ●研究のキーワード● 古代・土器・交易・地域社会 ♪1セメ生へのメッセージ♪ モノ資料から歴史を研究する考古学は、 資料の多様性から他の様々な分野に関連があります。 まずは多くのことに興味を持ちましょう。 学の基本は何をおいても発掘調査で 考古 掘ってこんな風にするん す。発掘調査は考古学に必要な研究 だ」 と遺跡に思いを馳 資料を収集する重要な方法であると同時に、考 せ な がら、 胸を躍らせ 古学を学ぶ姿勢や考古学的な考え方を鍛える場 たことを思い出します。 でもあります。 最近は大規 模な 発掘 本書『発掘―埋もれた世界に挑む―』の著者 調 査 が 多 く な り、 中・ である田辺昭三先生は、古墳時代から平安時代 小規模の発掘調査も時 にかけて生産された須恵器という焼き物の一大 間に追われるようになり すえむら 窯跡群「陶邑」の発掘調査を行い、基本編年を ました。そうした現場で 確立した研究者です。この本は、私が高校生の は、 学 生諸君がじっく 頃に手に入れたものです。 りと発掘を覚えることが難しくなってきた様に 当時、 発掘に関する本が意外と少なかった 思います。でも、自分自身で経験した発掘体験 なかで、宝物のような出会いでした。コンパク から受ける影響が大きいことは、今も昔も変わ トながらも、遺跡や発掘の様子をカラー頁でふ りはありません。そんな現場にぜひ出会って欲 んだんに盛り込み、臨場感あふれる構成になっ しいものです。そのような意味で、「掘りながら ています。また、考古学黎明期の様子や海外の 考え、考えながら掘る」という、考古学が本来 発掘などにも触れている部分があります。「発 行うべき発掘調査の原点に立ち返らせてくれる 1冊です。 平凡社カラー新書 1978 年 500 円前後 (古書) 目は『さあ、あなたの暮らしぶりを 2冊 話して』という本です。著者をみて、 なぜアガサ・クリスティー?と思うかもしれま せん。ご存じの通りクリスティーはミステリの 女王と呼ばれるほど有名な推理作家ですが、彼 女の夫が有名な考古学者であることは、意外と 知られていません。 発掘は 「掘りながら考え、 考えながら掘る 10 クリスティーの2番 館長を兼任され 目の夫となったマック ている平川南先 ス・マローワンは西ア 生です。平川先生 ジアを専門とする考古 のご専門は古代 学 者 で、1930 年 代 に 史 で す が、 木 簡 ニネヴェ、アルパチヤ、 や 漆 紙 文 書、 墨 テル・ブラク、 チャガ 書 土 器 などの遺 ル・バザルといった著 跡から出土する 名な遺跡を発掘したこ 文字資料の研究 とで知られています。クリスティーはマローワ で有名な方です。 ンと再婚をした 1928 年以降、30 余年にわたる 今日の歴史考古 マローワンの調査・研究を影ながら支え続けた 学の大きな特徴は、文献史学との協業的な研究 のです。その当時の発掘旅行の様子を随筆風に が中心になっているということです。平川先生 記したのが本書です。クリスティーの作品の中 も古代史学者の立場から、発掘調査に基づく様々 に「メソポタミアの殺人」、「ナイル殺人事件」、 な考古学の成果をふんだんに取り入れた研究を 「バクダッドの秘密」といった、西アジア・エジ されています。 プトを舞台にしたものがあるのはこのようなわ 本書はまず、「天皇」の称号や「日本」とい けです。翻訳者の深町眞理子さんは、あとがき う呼称が、いつから、なぜ使われるようになっ のなかで、こんなことを書かいています。「ミス たのかを、出土文字資料を駆使して解き明かし テリも考古学も、まずは丹念にデータを掘り起 ています。次に、米作に代表される日本の農耕 こすところから始まり、そのデータにもとづい 文化と国家の関わりについて、稲の品種名が記 て理論的に謎を解いてゆくわけですが、その過 された木簡を通じて論じられています。話題は、 程では、あくまで厳密にデータに立脚しながら 古代人と自然環境、各地の特産物の開発、水上 も、その解釈には、直感と想像力のひらめきが 交通のネットワーク、文字の利用と普及、地域 なくてはなりません。 」私もミステリは大好きで、 社会や辺境世界を見つめ直すなど、考古資料は 中学・高校時代を通じて内外を問わず推理小説 もとより民俗資料や近世の文献史料など様々な を読みあさりました。ミステリと考古学の相性 素材を用いて、多様なテーマに取り組んでいま の良さは身をもって感じていますので、クリス す。また、何よりもそれぞれのテーマを、今日 ティーとマローワンが生涯を仲睦まじく添いと の私たちの社会に結びつけて展望しているとこ げたこともうなずくことができます。 ろは、歴史学の本質といえるでしょう。発想や 早川書房 1992 年 1000 円前後 (単行本古書) 早川文庫 2004 年 760 円 着想とはこういうものなんだ、ということを考 えさせてくれる1冊です。 小学館 2008 年 2400 円 最後に、私の専門分野でのおすすめ さて の1冊を紹介しておきましょう。 『新視点古代史 日本の原像』は、 最近で は一番新しい全集ものの日本通史の第二巻です。 著者は国立歴史民俗博物館と山梨県立博物館の 11 松本 建速(まつもと たけはや 准教授:日本考古学・応用考古学) 宇宙や過去から未来までを頭において、人間とは何かを考えています。しかし ながら、基点はこの私にあるものですから、生れたところ、住んでいるところのこ とから拡げています。そして、いまではユーラシア大陸の西側・東側での人間の動 きに注目するようになりました。方法としては、 子供のころ、 夏は虫取り、 冬はスキー ばかりの毎日でしたので、自然と親しむ考古学をおこなっています。 ●研究のキーワード● 日本列島・蝦夷・土器胎土分析・人間の自然利用 ♪1セメ生へのメッセージ♪ 私たちのなかに、過去から未来への数えられないほ どの人間がいます。耳を澄ましましょう。そうすれば、「花咲爺」のイヌの声が聴 こえます。 語訳は 1981 年の刊行ですが、 原著 日本 どの章も考古学を学ぶうえで絶対に知ってお は 1959 年にドイツ(旧西ドイツ)で きたい方法ばかりですが、 みなさんにとくに 出版されています。訳者の解説によると、著者 お奨めしたいのは第4章と第5章です。まさに、 のエガースはドイツの複数の大学でドイツ語学、 ナチの時代に生きた考古学徒だからこそ書かね 古北欧語学、民俗学、考古学を学び、1930 年「古 ばならなかったことが記されています。あると アイスランド散文作品にみえる呪具」という論 ころに生きていた人々がいかなる「民族」であっ 文で、民俗学言語学者から学位を受けています。 たかを考古学で考える方法について、グスタフ 後に博物館の学芸員となり考古学徒としての生 = コッシナという1人の考古学徒の説を中心にし 活がはじまるのですが、第2次世界大戦末期に て考察しています。コッシナは、ヒトラーが政 は軍務に服してもいます。エガースの生れ故郷 権に就く前に死去していたとはいえ、彼の考え は民族独立運動と領土帰属問題で激動したバル 方はナチに認められ、ポーランド侵攻等に利用 ト海沿岸地方です。彼の研究はナチズム台頭期 されたと言われています。 に開始され、ナチの第三帝国と戦後の冷戦時代 ただし私などは、「民族」という概念自体が と重なります。そのことと研究との関係につい 近代的であり、歴史的に生じてきたことですか て、ご自身は何も語らなかったとのことですが、 ら、それを無批判に「先史時代」に投影するこ エガースはナチ考古学の時代には、戦争終結後 とには無理があると思っています。「民族」を考 は庭師となって生計をたて、考古学を趣味とす 古学で取り上げるさいには、その定義や条件を る生活をおくりたいと話していたそうです。 克明に述べねばならないでしょう。しかしなが そのエガースの言葉で紡がれる『考古学入門』 ら、日本列島を舞台とした考古学研究では、正 は、次のような5章構成です。 面から問題にされることの少ないテーマですし、 人類史を語るには絶対に素通りできない事柄で 第1章 先史考古学史 三時期区分法の確立 すから、みなさんにも注目していただきたいと 第2章 相対年代決定法 思います。 第3章 絶対年代決定法 たとえば、20 世紀の日本列島にはアイヌ語を 第4章 先史、原史時代における文化領域の民族決定問題 話すアイヌ民族(アイヌ人)とやまと言葉(日 第5章 考古学によるテーゼ、文献からのアンチテーゼ、 本語)を話すやまと民族(日本人)がいました。 歴史としてのアンチテーゼ 19 世紀には、 北海道にアイヌ語を話す人々が 12 2万人ほど住んでいました。しかし、そのそれ 「民族」を、何か形に残るものから読み取る ぞれの人々が「アイヌ民族」としての意識を持っ ことは非常に難しい場合が多いのです。ですか ていたかはわかりません。そして現在、すなわ ら、「物質文化」と呼ばれる、人間が作り・使っ ち 21 世紀の北海道には、自分をアイヌ民族であ たモノからしか歴史を語れない「先史時代」を ると考える人々が 2 万人弱いますが、その大部 舞台とする場合には、なおさら注意して「民族」 分の人々は、アイヌ語を話せませんし、生活の を考える必要があるのです。 大部分は多くの日本人と変わりません。 H.J. エガース著 (田中 琢 ・ 佐原 真訳) 岩波書店 1981 年 古書 5000 円~ 13 伊藤 健(いとう つよし 非常勤講師:日本考古学) 人類がまだ遊動生活を送っていた時代、先土器時代について研究し ています。特に、関東地方の遺跡の分析を通じて、人類がどのように生 活し、どのような生産活動をしていたかに関心を持っています。 ●研究のキーワード● 先土器時代・石器・遺跡分布・社会構造 ♪1セメ生へのメッセージ♪ 人類がどんな方法で生きてきたかを知る ことで、あなたの生き方を学んでください。私たちが暮らすこの大地の 地下に、そのためのヒントが眠っています。人生のバイブルになるその ヒントを掘り出してください。 学は、地中から発掘された遺物を観 考古 で、「異人」という村の外部に住み様々な機会に 察することから始まります。皆さん 村人と接触する人々の民俗社会での役割を伝説 は、これから四年間、遺物を観察する方法や基 や説話の分析を通じて明らかにし、民俗社会の 礎知識を勉強します。しかし、考古学は歴史叙 内面を抉りだします。 述です。何も語ることがない遺物から歴史を紡 「異人」と否定的に接することで村を維持す ぎ出さなくてはなりません。勿論、そのための る民俗社会の内面は、恐ろしくもあり興味深い 分析方法や理論も勉強しますが、それができる のですが、ここで言いたいことはそれを明らか ようになるには構想力、考え方を養う必要があ にしていく研究方法です。小松は、柳田国男ら ります。そして、その構想を人に伝えることが が集めた日本各地の伝説や説話の事例などを紹 できなければ、歴史叙述は完結しません。 介します。その際、伝説や説話の中身に焦点を 『異人論 民俗社会の心性』は、 私が 20 歳 当てるのではなく、その構成や意味するものに 代の頃に手にした書籍です。研究論文を書く上 焦点を当てます。それらは、同じような内容で で、構想力、考え方、その伝え方などの参考に も地域によって構成や結論が異なりますが、内 なりました。著者の小松和彦は、後年妖怪博士 容が違っても話しの進め方や構成が同じならば、 として著名になった文化人類学者ですが、本書 そこに共通性を見出します。それを構造主義と 言います。 は 30 歳代に著 した初期論文 また、 その優れた点は、 論理展開にありま 集 で す。 ま じ す。普通の論文は、事例の紹介、研究方法の提 めな内容なが 示、解釈と順序だてて進みます。小松は、伝説・ ら読 み や す い 説話の事例を小出しにしながら解釈を加え、行 文 章で綴ら れ きつ戻りつしながら少しずつ積み上げていくこ て い ま す。 小 とで自説に近づけます。まるで推理小説で少し 松 は、 民 俗 学 ずつ犯人像が明らかにさせながら、クライマッ の 対 象 であ っ クスに向かって盛り上げていくかのようです。 た日本 の 民 俗 これらの構成や方法は、私が研究する際に大 社 会 を、 文 化 変参考になりました。考古学では、遺物からそ 人 類 学の方 法 れを作った人や社会を考察します。遺物は物で 14 しかありませんから、そこから人や社会を論じ えられます。 るのは簡単ではありません。そこで遺物そのも 『氷河期を生き抜いた狩人 矢出川遺跡』は、 のではなく、遺物が作られ使われ棄てられる「構 そうした先土器時代人の生活、社会をわかりや 造」に注目します。それがまさに小松の構造主 すく説明した概説書です。著者の堤 隆は長野 義に共通する見方です。また、論文は人に見て 県浅間縄文ミュージアムの学芸員で、本学の卒 いただくためのもの。人を引き付ける文体や構 業生です。本書は、新泉社刊行のシリーズ「遺 成を身につけるには、小松のドラマティックな 跡に学ぶ」の一冊で、矢出川遺跡を紹介してい 論理展開は大変参考になります。 ます。矢出川遺跡は長野県野辺山高原にある先 皆さんは卒業論文や数多くのレポートを書く 土器時代末期の細石刃期の有名な遺跡で、その ことになります。その際、この構想力、考え方 成果を通じて発掘の歴史、細石刃とは何か、動 は大変参考になるでしょう。そしてそれは、考 植物・環境と人の生活の関係などについて、写 古学以外でもさまざまな仕事や生活の上で、大 真や図を多用してわかりやすく解説しています。 変役立つことになると思います。 現代に生きる私たちは過去を振り返るにあ 筑摩書房 (ちくま学芸文庫) 1995 年 (初刊 1985 年) 945 円 たって、どうしても現代の観点から外れること ができず、15,000 年以上前の先土器時代を想 、先土器時代の授業を担当していま 私は 像することは容易なことではありません。特に、 す。先土器時代とは人類最初で、遊 遊動を繰り返した先土器時代人の暮らしは、少 動しながら生活していた時代です。現在よりも しは想像することができそうな農耕社会の暮ら 約 8℃寒く、 狩猟や植物採集をしながら、1 ヵ しとは全く異なるものです。その意味で、本書 所にとどまることなく移動して暮らしていまし は先土器時代像を結ぶためのヒントを与えてく た。遊動生活の特性上、大きな建物を造ることや、 大規模な貯蔵や保管は行いませんでした。土器、 すなわち鍋や釜を発明する以前でしたので、煮 れるものになるでしょう。 新泉社のシリーズ「遺跡に学ぶ」はすでに 70 冊が刊行されていて、先土器時代に関するもの 炊きによる調理はほとんど行われなかったと考 も 10 冊を数えます。いずれも平易な文章で書か れていますので、考古学の入門書としては最適 です。 先土器時代の研究は、昭和 20 年代に始まった 比較的若い研究分野です。未解決な研究領域が 多く残っており、やりがいのある分野というこ とができましょう。四年間、多くの書籍や論文 を読んで、一緒に研究していきましょう。 新泉社 (シリーズ 「遺跡を学ぶ」 009) 2004 年 1575 円 15 秋田 かな子(あきた かなこ 准教授:日本考古学) 縄文時代の土器や石器、住んでいた住居のことに色々と想いを 巡らせています。とりわけ縄文文化を象徴する縄文土器が好きで、 装飾や文様、器の種類のあり方から、地域間のネットワークの仕組 みと変化について考えたり、その仕組みが表現される“土器作り の場”がどのように運営されていたのかを解明しようとしています。 ●研究のキーワード● 縄文土器・石器・ネットワークシステム ♪1セメ生へのメッセージ♪ まずビックリすること。それから不 思議に思うこと。そして想像力をフル稼働しながら、考え続けるこ とです。 から社会・文化を復元する学問 「モノ だ」というフレーズは、 皆さん もう耳ダコになっているかも知れませんが、遺っ たモノから考古学することは確かに基本なんで す。ところが実際に遺跡調査で得られる資料は、 往時の社会・文化に迫るという遠大な目的にとっ てごく限られたモノでしかありません。ですか ら基本に忠実である一方で、遺らなかったモノ 本書より 山芋掘り 昭和 46 年 新潟県 ・ イノシシを背負う 昭和 44 年 宮崎県 左の少年は私や北條先生と同い年。 右はしとめたやや小ぶりのイノ に何があるのか充分に考慮し、見込んでおく必 要もあるのです。 シシ (30kg) の運搬法。 鼻と手足を縄で括って担いでいる。 『写真でみる 日 本 生 活 図 引 』 て簡単な解説が加えられています。 せいぎょう は、 写 真 家 の 須 一部は縄文時代にも行われていた生業と、そ 藤 功 氏 が、 著 名 れを支えた伝統的な道具類は、遺らないモノを な民俗学者宮本 見込んでおくための多くのヒントを提供してく 常一氏の調査に れます。そして何よりも考古学が直接は見るこ 同 行 し な がら 撮 とも触れることもできない人の活動とその場の 影した、 昭 和 30 空気が実に活き活きと伝わってきて、想像力が ~ 40 年代の日本 掻き立てられます。 もちろん時代や経済背景などがまったく異な の暮らし ぶりの りますから、縄文時代にはない道具や材質のモ 写真集です。 5 巻シリーズのうちの 1 冊である本書には、 ノがたくさん写っています。写真を観て、ある・ ないチェックをしてみるのも一興でしょう。 各写真の情景を描写した短文とともに、海・山 なりわい を舞台とする生業にいそしむ人々の姿がくっき いずれにしても皆さんにとっては昭和の前半 りと写し出されています。仕事に用いられてい も縄文時代も同じく異文化でしょう?でしたら る道具類や服装、登場人物には番号が振られ、 本書のような写真集で異文化擬似体験を積み、 さらに古い時代の文化を考えるための取っ掛か それぞれの名称や用途、人物の役どころについ 16 りとするのも、考古学への接近法の一つかも知 えられるようになれば、考古学的に地形を観る れませんよ。 目にも研きがかかることでしょう。 弘文堂 1994 年 2200 円 (11 号館図書館蔵) 岩波書店 1992 年 1200 円 遺跡などがどこで見つかるかという の文章は一種独特のものです。堅苦 集落 論文 これは現在の地表面からみて地中に埋まった状 長くなってしまう傾向があり、私もしばしば反 態になっているのであって、集落が営まれてい 省します。 と地面の下です。しかし、もちろん しい上に、ともすると一文が異常に ・ ・ た当時はそこが地表面(生活面)だったわけです。 本書は『唯脳論』や『バカの壁』で著名な ようろうたけし 地表面は今も昔も地形をもっています。地形 養 老孟司氏が、 彼の専門である解剖学を紹介 に関して、人類以前に遡るその成り立ちの歴史 した一般書(専門書ではないという意味)です。 や、さまざまな自然営力によって変化し続ける この本を手に取ったのは、縄文土器研究の先駆 ものだということを知っておくことは、遺跡が 者である山内清男氏が、土器研究を比較解剖学 当時どうしてその土地・地形を選んだのか― な になぞらえていたため、解剖学とはどんな学問 ぜそこに立地するのか―、またなぜ埋没している か手っ取り早く知りたかったからです。読んで のかを理解する上でも重要です。 みて直接土器研究の役に立った、というわけに やまのうちすがお 本書には、地形をめぐる基礎的なことがらが はいかなかったものの、解剖学の豆知識が得ら 具体的な事例とそれらの相互比較、また多くの れ、同時に自然科学という広い分野の中での解 図と平易な文章によって著されています。さら 剖学のアイデンティティー(養老流の)について、 に、地理学者である著者が実際に自然景観から およそ窺い知ることができました。 地形を読み取る際の「類型思考」法―ある現象に むしろ興味深かったのは次のことです。本書 名前を付けて概念化し、理解を助ける方法―や、日 の文章には、専門的なことを述べる部分ではや 頃から地図に親しむことの重要性などがさりげな はり難解な長文も見えます。しかし、それらを く述べられています。 つなぐ短文が軽妙でクスリと可笑しく、後にエッ なるほど、 モノゴトを類型化して比較した セイストとして名を馳せる養老氏の片鱗がすで り、そこから何かを引き出すという思考の過程 に窺える点です。実は彼には「日本語文章表現 は、学問分野を超えて共通するのだなと参考に へのこだわり」で知られる一面があるのですが、 なります。 きっと本書もそう とも か く も、 地 形 した表現の試行 を読 むことができる 錯誤の一環なので 目が培 わ れ れば、 ど しょう。 こに出 掛けて行って そんな読み方を も― たとえば列車の車 してみるのも面白 窓からでも ―自然 景 いかも知れないと 観を楽しむことがで いう一冊です。 きるようになります。 さらにそれを遺 跡の 立地と関連付けて考 17 培風館 1986 年 1955 円 (古書 200 円~) 北條 芳隆(ほうじょう よしたか 教授:日本考古学) 前方後円墳の起源をさぐることを基本テーマにしていますが、ここ 8 年間は沖縄県西表島で先島先史時代の遺跡を掘り、また近世の水田跡を 掘っています。さらに北海道旭川でアイヌ期のチャシ跡遺跡の調査も始 めました。これまで意識することもなかった「日本文化」の意味を、改 めて考えさせられています。 ●研究のキーワード● 景観史・前方後円墳・腕輪形石製品 初期水稲農耕・チャシ跡 ♪ 1 セメ生へのメッセージ♪ 考古学は遺跡との対話、すなわち発掘 調査が基本です。現地にたって現地の空気や臭いを感じ、現地の人々と 接することが歴史を学ぶ出発点になります。 学はどんな学問か』は、故鈴木 え方で進められているのかを、著者の実体験を 公雄先生がお書きになった本の 紹介しながら具体的に、またわかりやすく解説 『考古 絶筆になります。『考古学研究入門』という考古 されているからです。 学の教科書は広く知られ、版を重ねています(そ 鈴木先生は縄文時代の研究者でしたし、晩年 れを重版といって、2000 部前後の単位で印刷し は近世の貨幣の研究者でした。ですから古墳時 た本がすべて売り切れると新たに印刷され直す 代を専攻する私は、鈴木先生に直接教わる機会 ことを言います。つまり「版を重ねる」という はありませんでした。ただし学生の頃から先生 表現は、その本がベストセラーであることを意 の論文を読むと、他の研究者には見られない斬 味します。なお売れない本は最初の印刷だけで 新な研究姿勢を学ぶことができ、密やかなファ 終わります。新たに印刷されないことを「絶版」 ンだったのです。ですから今でも鈴木先生の背 といいます) 。 中を追い求めています。 こちらの本もそうなることを祈っています。 なぜなら、考古学の調査や研究がどのような考 本書にはそんな学生時代に読んだ思い出の論 文の内容が、専門的研究者にだけではなく、予 18 備知識のない大学1年生にも充分に読み進めら まいました(ちなみに本文は 500 ページありま れる文体で盛り込まれていて、懐かしさを憶え す) 。 ます。そんな私の思いや先生の研究の斬新さを、 この本がなかったら、私の「大和」原風景も、 みなさんと分かち合えれば、と思います。 旭川市博物館の瀬川拓郎さんとの共同研究とし そして残念なのは、先生が亡くなられる2年 て始めた「景観史」的な歴史の把握という見方も、 前に、専門家向けの教科書(事典)の執筆をお 当然生まれなかったと思います。 誘いいただいたのに、それが叶わなかったこと 印象深かったのは、出迎えてくださった沖縄 です。入院なさる前に開かれた2回の準備会議。 地域研究センターの河野裕美先生(生物学者で それが先生に直接お会いして親しくお話しいた 鳥類の専門家)が本書の目次を一瞥しただけで だいた、最初で最後の機会でした。 「このセンスは只者ではないよ!」と、鋭い眼光 東京大学出版会 2005 年 2940 円 をキラキラさせながら言い放ったことです。準 備された心(prepared mind)ともいうのです 紹介する『サンゴ礁の景観史』は、 次に クック諸島の調査成果を基礎に近森 が、思考が研ぎ澄まされてくると、題目をみた だけでもピンとくるものがある、という状態で 正先生が編集された論文集です。私が西表島で す。近森先生の論文には、そのようなセンスの 2002 年度から始めた発掘調査に、また前方後円 良さもにじみ出ています。 墳の研究にも光をあててくれた名著です。 もちろん河野先生には、読み終わったばかり とはいえ専門書というのは、当事者感覚がな の本書をその場でお貸ししました。こうした反 いとなかなか読み進められないので、私も調査 応は、本書が個別専門分野の垣根を超えた普遍 に向かう沖縄への飛行機のなかでこの本を読み 性と説得力をもつことの証明です。良著に学び はじめました。ところが引きこまれるように読 ましょう。 みあさり、唸ってみたり脇に汗をかいたりしな 慶応大学出版会 2008 年 8400 円 がら、石垣空港到着までに、ほぼ読みきってし 19 田中 和彦(たなか かずひこ 非常勤講師:東南アジア考古学) フィリピンのルソン島に所在する貝塚群を調査し、土器の研 究を行っています。 東南アジアに多数存在する土器づくり村や鍛冶屋などの豊 富な伝統技術は、 先史時代の生活の理解を深めてくれます。 ●研究のキーワード● フィリピン・貝塚・土器・民族考古学 ♪1セメ生へのメッセージ♪ 多く読み、さまざまな土地を自らの足で歩いてみましょう。 は、陶磁器を歴史、特に貿易史、の 本書 まだ大学院生になってまもない頃、大学に後 研究資料として研究する分野を開拓 援に講演のために来られた三上次男博士を恩師 した故三上次男博士の名著である。 である青柳洋治が、これからフィリピンの研究 中国、東南アジア、インド、ペルシャ、アラビア、 をする田中君ですと紹介して下さった。「そうで エジプトといった東西交流に関わる広大な地域 すか、フィリピンをやられるのですか。 」と嬉し を陶磁の破片を求めて歩かれ、その背後にある そうな眼差しで自分のことを見つめられたその 人々の営みを探求した姿は、終章の「陶磁の道」 お顔が今も忘れられない。 の中の次の一文に集約されている。 「陶磁の破片は、見はてぬ夢をたくす魔法の 小札のようなものだ。中東の荒れはてた町や古 窯址のあちこちに、かれらはひっそりと小さい 姿を横たえているが、飾りけのない可憐なその たたずまいに、思わず手をさしのべ、拾いあげ てしまう。するとそこから、部分のなかに秘め られていた美しさが軽やかに歌をうたいはじめ、 破片のなかにかくされていた歴史が身軽におど りだす。 」(同書、217 頁) 。 三上次男 『陶磁の道』 岩波新書 1969 年 777 円 20 宮本常一 『民俗学の旅』 講談社学術文庫 1993 年 738 円 学ぶ。生涯にわたって本当にこれを 旅に ここでは、10箇条全てを紹介することはで 実践したのが宮本常一であると思う。 きないが、その中の2番目と最後の言葉を紹介 戦前から戦中、そして戦後の日本全国を、北 したい。すなわち、 海道から九州の南西諸島まで、ある時は、アチッ 2番目の言葉は、「(2) 村でも町でも新しく ク・ミュージアムの所員として、九州、中国・ たずねていったところはかならず高いところへ 四国・東北の村々の古老たちのライフヒストリー 上ってみよ、そして方向を知り、目立つものを を聞き、ある時は、大阪府の農務課の嘱託として、 見よ。峠の上で村を見おろすようなことがあっ 食料対策のため、村々のリーダーである農民た たら、お宮の森やお寺や目につくものをまず見、 ちに協力を求め、あるいは、北海道の原野開拓 家のあり方や田畑のあり方を見、周囲の山々を のため入植する大阪で戦災に逢った人々に付き 見ており、そして山の上で目をひいたものがあっ 添って入植地を歩いた。 たら、そこへはかならず行って見ることだ。高 そんな彼に旅での観察眼を最初に説いたのは、 いところでよく見ておいたら道にまようことは 山口県周防大島の農民として生涯を終えた彼の ほとんどない。 」(37 頁) 父であった。貧しさのため、小学校へもろくに 最後の言葉は、「(10) 人の見のこしたものを やってもらえなかった父であったが、フィジー 見るようにせよ。その中にいつも大事なものが への出稼ぎや秋の日に仕事を終えてから一人旅 あるはずだ。あせることはない。自分のえらん に出る経験を持っていた。 だ道をしっかりあるいていくことだ。 」(38 頁) 宮本常一が、父の弟の勧めで故郷の周防大島 である。 から大阪へ勉強のため出てゆくに際して、父は、 書いておいて忘れないようにせよと10箇条の 君もこの一冊を手に旅に出よう。きっと新た な出会いがまっているはずである。 言葉を常一に書きとめさせるのであった。 21 會田 信行(あいだ のぶゆき 非常勤講師:第四紀学) 第四紀(258 万年前~)の地磁気の変化の様子を、特 に関東地方の地層(第四系)をもとに調べています(古地 磁気層序学といいます) 。遺跡では土層、焼土などが対象に なります(考古地磁気学といいます) 。さらに土層に含まれ る磁性鉱物(磁鉄鉱など)の特性を絡めて、地層の対比(年 代推定)や環境復元などを手がけています(環境磁気学と いいます) 。このような地磁気に関する事を広く扱っており、 最近はそれらの研究史をまとめています。 ●研究のキーワード● 第四紀・層序学・考古地磁気・ 環境磁気学 ♪1セメ生へのメッセージ♪ 日頃からいろいろなことに興味・関心を持つように心掛 けてほしい。 紀は 258 万年前から現在までの時代 第四 であったことも多少は関係しているかもしれま をいい、その時代に関する事を研究 せん。日本第四紀学会の会長もされていました。 するのが第四紀学です。考古学は第四紀学の主 私の恩師でもあります。 要分野のひとつです。第四紀学の教科書は何種 次のような章立てになっています。Ⅰ日本の 類か出版されていますが、いずれも専門家によ 動植物と旧石器、 Ⅱ新石器時代の海岸線、 Ⅲ る分担執筆の形をとっていますので、専門的な 氷河問題、 Ⅳ洪積世の日本、 Ⅴ日本列島の誕 内容となっています。 読みやすい入門書でありながら、かつ専門的 でもある書籍がかつては存在しました。私が学 生時代に読んだものですので、現在絶版になっ ていますが、第四紀学の入門書として紹介しま す。いずれも湊 正雄氏の著書です。 新書には湊 正雄氏と井尻正二氏の 岩波 共著として「地球の歴史」と「日本 列島」の二冊があります。この二冊でセットの 内容だと考えるとよいでしょう。共著ですが実 際には「地球の歴史」を井尻氏が、「日本列島」 を湊氏が執筆しています。「日本列島」は日本の 第四紀を主にあつかっています。 湊 正雄氏は古生代を専門としつつも、第四 紀研究の重要性に早くから気づき、多くの第四 湊 正雄 ・ 井尻正二著 『日本列島 (第三版)』 岩波新書 1976 年 古本価格 300 ~ 500 円 紀の専門家を育ててきました。娘婿が考古学者 22 生、Ⅵ日本列島の土台、Ⅶわれわれの国土。私 も出されています。最初にも書きましたが、第 が読んだのは第二版でしたが、第二版ではⅠ最 四紀をひろく扱った本をひとりの著者が書くと 古の文化、Ⅳ旧石器時代の日本となっていまし いうことが難しくなってきています。すべての た。現代から過去に遡っていく形で書かれてお 分野に精通していないと書けません。湊先生の り、第四紀という時代の特徴がよく示されてい 本は第四紀を学ぶには最適の本ですので、ぜひ ます。気候変動と海面変化の関係など、今流の 古本屋で探して読んでください。 酸素同位体の話などは全くありませんが、どん な証拠があるのか、具体的なのがわかりやすい。 日本列島の特異性にも言及しており、先見的で もある。 ※なお第四紀以前の時代を扱ったⅤ、Ⅵについては、日本列島の でき方で現在の考え方とは多少異なった内容が含まれている。 時代の世界」は「日本列島」が 「氷河 日本の第四紀を扱っているのに 対し、ヨーロッパの第四紀、特に日本にはない 大陸氷河に関する話題を豊富に扱っているのが 特徴です。第四紀研究の先進地で、どのように して研究が発展してきたか、実際に見てきた印 象を含めて書いているので生々しい。その上で 日本の氷河時代(第四紀)を論じている。「日本 列島」を読んで、興味が出てきたら次に読んで ほしい本です。 次のような章立てになっています。1バルト 海は土地を生む、2漂石(まよいいし) 、3氷河 による擦痕、4巨大な氷床、5縞粘土層、6エ 湊 正雄著 『氷河時代の世界』 築地書館 1970 年 古本価格 800 ~ 1500 円 スカー、7バルト氷河湖、8バルト海の古地理 的変遷、9沖積世になってからのちの隆起運動、 10 アイソスタシー、11 海底の河の跡、12 ウル ム氷期以降の気候変遷と時代区分、13 段丘とそ の形成時代、14 海進と海退、15 構造運動、16 火山活動、17 日本の氷河遺跡、18 日本の後氷期 の問題。 この本の中で紹介されている大陸氷河や氷河 にまつわる堆積物を、その後何回か実際に見る 機会がありました。本を読んだだけではだめで、 実際に現地で見ることの重要性を感じました。 湊先生はこのほか、「日本の第四系」という本 23 柴田 徹(しばた とおる 非常勤講師:応用岩石学) 考古学に有効な岩石学(考古岩石学)の確立を目指しています。そのため、 最近は比重を岩石種判定の要素に加えるべくデータを蓄積しています。石と いう針穴から考古学を見ています。 ●研究のキーワード● 岩石・比重・心の自由 ♪1セメ生へのメッセージ♪ 好きな分野を追求することも大切ですが、幅広い教養・知識が大切です。 また、知識だけではなく「感じる心=感性」も大切です。とにかく、色々な ことに挑戦してください。 の貝を研究する古生物学者であり、 氏は 30 年近く神奈川県立高校の教 化石 胡口 館員である松島氏が、貝の化石や貝塚の貝をも 古代史の研究を長くされていました。現在、中 神奈川県立生命の星地球博物館名誉 員として日本史を教え、また、日本 とに、海流や海水温、海面の高さを明らかにし、 央アジアにあるウズベキスタンのサマルカンド 神奈川県地域の東京湾・相模湾沿岸の縄文時代 国立外国語大学で日本語および日本文化を教え の海岸線や古環境を明らかにしている。東京湾 ています。サマルカンドはシルクロードのオア 沿岸の縄文海進の復元図は有名であり多くの書 シス都市です。その筆者が実際に見て、聞いて、 籍に掲載されているが、神奈川県沿岸の縄文時 体験している中央アジアのイスラム国であるウ 代の海岸線を復元した図は少ない。神奈川県沿 ズベキスタンの、自然・イスラム文化・遺跡・歴史・ 岸の縄文時代から弥生時代の海岸線を復元した 教育・生活事情などについて生き生きと書かれ 多くの図が掲載されている、数少ない貴重な本 ています。異文化とは何か、そして外国に暮ら と言える。また、貝塚を知る上でも有用な、生 す事により見えてくる自国の文化とは何かを知 息環境と貝の種類についての情報も多く掲載さ る上で参考になる本だと思う。 れており、考古学を志す方にはぜひ一度読まれ ることを進めたい。内容的には少し専門的な部 分もあるので、ざっ と 見 て、 どの よ う な 情 報 が詰まって いるか 確 認 するだ けでもために な る と思う。 松島義章 有隣新書 2006 1000 円+税 胡口靖夫 同時代社 2009 1900 円+税 24 禿 仁志(かむろ ひとし 教授:西アジア考古学) 大学院時代イランの新石器時代遺跡の発掘調査に参加して以来、 西アジアの先史時代文化、特に埋葬からみた社会の構成・構造復 元に興味をもって研究を続けています。東海大学の教員となって からはブルガリアの遺跡の発掘調査を担当し、 「文明の十字路」と してヒトとモノの多彩な動きを示すバルカン半島の先史時代研究 を行っています。 小さい頃より魚が大好き。食べ終わるといつもきれいな骨格標 本ができました。私の「骨好き」のルーツです。 「人類学」の授業 で骨の話をするときは私自身も大いに楽しんでいます。 とした歴史 細々 自らのルーツとするトニー・ガトリフというフ 事実はその ランス人映画監督をご存知ですか?彼によって ままでは歴史の真実を 1993 年に製作されたロマ3部作の最初の作品 語ることはありません。 「ラッチョ・ドローム」を紹介します。ロマの言 それぞれの「事実」は 葉で「良い旅を」という意味だそうですが、西 互いに他の「事実」と 北インド(ラジャスタン)を出発点に西へ西へ 有機的に関連付けられ、 と流浪の旅に出たロマの人々。文字を持たない 大きな歴史の流れの中 ロマの人々が歌い、奏でるジプシー音楽は彼ら で始めてその意味が姿 の歴史と記憶を伝える魂の叫びのようです。彼 を現すのです。事実と事実をどのような視点で らを突き動かした情念とは、 放浪先の各地で 関連付け、私たちの歴史における意味を考える 在地の人々とどのような交流があり、それでも こと、即ち「事実」の背後にある「意味」を人 変化することなく続 類史の中で評価する作業こそ、これから大学で いた情念の核とは何 学んでいく大きな課題なのです。 であ っ た の か?人 と ここで紹介した本はそのような目的を持って 文化の特性、 継続と 書かれた本です。「人類史」を再構成し、人類の 変容、 交流と融合を 歩みを俯瞰的に跡付けようとする試みはわが国 取り扱う考古学の世 ではまだ多くありません。本書はその少数の一 界でも興味あふれる 例ですが、大変刺激的なアイディアに満ちてい テー マです。ビ デ オ ます。是非一読されることを勧めます。大きな が発売されています。 ちなみにブルガリアでは政府によるロマ定住 視点から歴史を捉えることの意味と楽しさを実 化政策により、 移動を本来とするかれらの生 感出来るでしょう。 伊東俊太郎編著 『都市と古代文明の成立』 講談社 「人類文化史」 2, 1974 年 (第1刷) 古書 500 円~ 活慣習は急速に失われています。しかしだから こそ身体と音で継承されてきた彼らのアイデン でも結構です、 という編集者より ティティは更に強固になって行くように思われ のお達しがありましたので、大変興 ます。 映画 トニー ・ ガトリフ監督 『ラッチョ ・ ドローム』 1993 年 フランス映画 味深い1本を紹介します。ロマ(ジプシー)を 25 前田 潮(まえだ うしお 非常勤講師:北方ユーラシア考古学) 北方ユーラシアに展開した先史狩猟民を研究しています。 日本と周辺地域ではオホーツク海を巡る諸地域の海獣狩猟民文化を研究し ています。 また貝塚文化の比較研究も進めています。 ●研究のキーワード● 北方ユーラシア・オホーツク文化・貝塚 海獣狩猟民文化 ♪1セメ生へのメッセージ♪ 何事にも幅広い興味を。 学が扱う出土品には様々なものがあ 考古 ウスの著「考古学研究 る。古代王朝の王の壮大な墳墓もあ 法」(浜田青陵訳 1932 れば、5万年前の旧石器人の失敗作となった石 年)をあげておこう。 器の小さな破片もある。これらはどれも物質的 この書は日本の考古学 なものである。モノである以上一日中見つめて の発達、特に年代学(編 いても黙して語らない。だから、考古学を学ぶ 年学、時間のモノサシ 者はあの手この手を使って有用な情報を引き出 を作る分野)の上で大 さなければならない。これを実際に行なうため きな影響をもたらした には観察力を身につける必要がある。それには ので、多くの大学の授 先生や先輩が土器などを前にして行なう説明を 業で取り上げられ、ま 受けることが第一だ。 た再版され大きな本屋さんなどで見ることがで ただ、それでは話がここで終わってしまうの きる。詳しくは授業などできちんと聞いてほし で、モノに向き合うために薦める一冊として1 い。モンテリウスはオリエント、地中海世界か 世紀余り前のスウェーデンの考古学者モンテリ ら北欧までを視野に入れた青銅器文化の年代と 系統の解明を行なった。その中で特定の青銅器 に見るタイプ(型式)の違いを時間的変化とし てとらえ、時間軸上にタイプ相互の新旧の序列 (相対編年)をつくり、年代記録の無い時代や地 域の時期区分とする方法を考えたのである。 さて、ひとがある使い道のために作り出した モノ(道具)の形は効率よい働き(機能)を果 たすための部分とともに、装飾のように機能と 無関係なあるいは副次的な形が加わって実現し ている。このデザイン論の観点をモンテリウス は百年以上前の本書で示している。一般に機能 的な部分より文様のように人目につく部分の方 が変化が早く、小刻みな目盛りを年代のモノサ 雄山閣出版 (復刻版) 1984 年 中古 5000 円程度 26 シに刻むことができる。彼は別の書でスウェー たのだ。 デン国鉄の1等車両の変化でこれを説明した。 上にあげた型式年代学は、モノの形の見た目 クルマもそうだが、ボディの方が台車より形の の変遷を「進化(退化) 」という当時発達した生 変化が早いのだ。 物進化論の見方を応用して時間軸の上に新旧序 モノの形が示すのは年代関係だけではない。 列として整理するものだが、このままでは仮説 機能的な道具を望むのは、 現代人も昔の人も の域を出ない。モンテリウスは仮説を裏付ける 同じである。歴史の世界、特に先史(文字記録 ために遺跡での層位学(遺構や遺物の出土状況 のない)時代にはそうした合理的な思考ととも を土などの堆積層ごとにとらえ、堆積の順序に に当時の社会的規範や信仰上の表徴、 美意識 よって新旧を知る方法)的な事実によって検証 などが溶け合ってモノは形となる、言い換えれ することの必要性を強調している。検証できな ば、モノは文字記録に代わってわれわれに様々 い仮説は動力を持たない船のようにたださまよ なメッセージを発信しているということだ。こ うからだ。その意味でも彼は考古学のお手本を のような見方に立つとモノは年代学から進んで われわれに示してくれている。 時代や地域を越えて様々な社会や文化の内部を 知る手がかりとなることが分かろう。道具とい う小宇宙に入る扉をモンテリウスは開いてくれ イタリアの留針の変化の組列 (それつ) -本書より 27 近藤 英夫(こんどう ひでお 教授:南アジア考古学) 今から 4500 年前にインダス川を中心に展開した古代文明、 インダス文明の研究をしています。この文明については、高校の 教科書ではわずかに 10 行程度の記載にすぎませんが、こだわり だして追究すると 40 年経ってしまいました。土地の風土を知る ことからすべてが始まると考えて、徹底して現地主義を通してい ます。 ●研究のキーワード● 古代文明・都市・交流・交易 ♪1セメ生へのメッセージ♪ 強い好奇心と勇気をもって、こと にあたりましょう。歩きましょう。その場に行きましょう。誰に も頼らずに、一人で生きていく自分をつくりましょう。 めに、読書のすすめを書こう。言い はじ はきわめて正確で、今日なお、シルクロードや たいのは、皆さんはせっかく文学部 インド・パキスタン研究の基本的文献となって に入ったのだから、本と会話のできる人になっ いる。 て欲しいということである。本と会話をするこ 原本は漢文であるが、水谷真成先生の名訳で とを覚えれば外国の人とも会えるし、 今から とてもきれいな日本語になっている。それでも、 1000 年以上も前の人とも会える。これは楽しい 難しいことは否めない。 ことである。 たとえば、ガンダーラ仏で知られるパキスタ まず、皆さんが考えている読書のイメージを ンのガンダーラ地方の記述は以下の通りである。 壊してみたい。本は、読書感想文を書くために 「 (健駄邏(ガンダーラ)国は東西四千余里、 あるのではないということから入っていこう。 南北八百里あり、東は信度(インダス)河に臨 本は手にとることに意味がある。もっと言え んでいる。 (中略)農業は盛んで、花・果はよく ば、アルバイトで稼いだお金で、悩みながら買 なり、甘庶が多く、石蜜を産出する。気候は暖 うことに意味がある。今の君たちで読みこなせ かく、おおむね霜や雪は降らぬ。人々の性質は ない本であっても構わないから、背伸びをして 1 憶病で、好んで学芸を習っている。 」 册の本を買うことを勧めたい。いつも本箱にそ ガンダーラがど れがあるということでいいのだ。そして、いつ こにあって、どん かはその本と会話ができるように成って欲しい。 な人びとが住んで というわけで今回、私が紹介するのは、玄奘 いて、どんな気候 著『大唐西域記』 (水谷真成訳)である。 か、作物はなにが 『大唐西域記』は皆さんが知っている『西遊記』 とれるかなどなど、 の元になった本である。7世紀、唐王朝の僧で きわめて簡潔で確 あった玄奘が、国禁を犯してシルクロードを経 実な記録である。 てインドへ旅した旅行記である。仏法を求めて 皆さんが小学 の旅は、19 年(629 ~ 645 年)にも及んだ。唐 生の頃だと思う に帰国して後、玄奘は旅で見聞したことをまと が、アフガニスタ めている。それが『大唐西域記』である。既述 ンのターリバーン 28 政権がバーミヤーン仏を爆破した事件があった。 前に現地へ行くこと、ものに触れることである。 もうバーミヤーンの仏立像は粉々になって消え そこから対象へのイメージがつくられる。イメー てしまっている。そのバーミヤーンに、玄奘は ジがないものは、話すことも書くこともできな 1500 年近くも前に行って記録を残している。 い。まずは現地へ、である。 「梵衍那(バーミヤーン)国…王城の山の阿 でも、常に現地へ行くことができるとは限ら に立仏の石像の高さ百四、五十尺のものがある。 ない。その場合は、じっとチャンスを待つ。こ 金色にかがやき、宝飾がきらきらしている…」 れも重要である。待つ間に何をするか、 必要 本は、人類が残した最もすぐれたデータ・ベー なのは、行きたいところに関する本を読むこと、 スである。私たちはこの本の中で、消えてしまっ D V D を見ることなどなど、いつも関心を持ち続 たバーミヤーン仏に会うことができる。 けることである。そうすれば、いつかチャンス でも、小説ではないので、これをすらすら読 は巡ってくる。 むとか、飽きずに読むとか、若い諸君には無理 大事なのは、行きたいという気持ちを持続さ である。私だって何度も目を通しているけれど、 せることである。その意味では、良質の旅行記 完全に全部を理解しきれているという自信はな を見つけ出すことは大切な作業である。 い。だから、通して読まなくてもよいし、途中 紹介するのは、沢木浩太郎著『深夜特急』で で読むことを挫折してもいい。 ある。1975 年、26 歳の青年がユーラシア大陸を けれども、シルクロードやインドに興味を持 路線バスを使いながら横断した。これはその「旅 つ人は本箱に入れておいて欲しい。折に触れて 行記」である。筆者沢木耕太郎は、大学を出て 知りたいと思う一部分だけを読む。またしまう。 2年ほど務めた出版社をやめ、有り金をかき集 そしてまた取り出す。そういうふうに使って欲 めて旅に出る。香港からスタートし、目的地は しい。 ロンドンである。 持っていることが自分の財産となる。そんな 今日では海外旅行も特殊なものではなくなっ 本の持ち方があることを知って欲しい。だから ている。高校の修学旅行で海外に行った人もい こそ、無理をしても買って手元におくべきであ るだろう。でも 35 年前となると、かなり事情が る。買えば、その時の自分が記憶される。10 年 違う。V I S A カードなどはまだ流通していなかっ 以上も経ってから本を手にしたとき、18 歳の自 たし、送金も自由にはならなかった。財布の中 分と会うことができる。それも本のもつ魅力で の 現 金 だけ が ある。 すべてである。 平凡社 1971 年 6300 円 (図書館にあり) 文庫版 東洋文庫 653 ・ 655 ・ 657 各 3000 円前後 だ か ら、 海 外 インダス文明を専門に今日まで研究 本人はごく少 を続けているのだが、その根っこに な か っ た。 そ 旅 行 を す る日 私は あるのは 1975 年に見たパキスタンの風景である。 ん な 時 代 に、 あの時に見たインダス川、ラホールやパキスタ 沢 木 耕 太 郎 は ンなどの都市、そして遺跡。それがともかくも 1900 ド ル を ポ 私を支えている。何かを研究するために大事な ケ ッ ト に、 一 ことは、本や論文を読むことも必要だが、その 人で旅をした。 29 香港で有り金のほとんどを巻き上げられたりし 自分なりの理解をしていった。 ながら、ともかくもユーラシアの東の外れから、 もちろん沢木耕太郎とはまったく無関係に旅 西の外れまでを旅したのである。中国-東南ア をしたのであるが、沢木耕太郎が見たもの、感 ジア-ネパール-インド-パキスタン-アフガ じたことと同じことを私も体験している。自分 ニスタン-イラン-シリア-ロンドン の体験を重ね合わせながら、私はこの本を読ん 旅に出た動機は「少しずつ、可能な限り陸地 だ。だから、この本は私の旅行記でもある。 をつたい、この地球の大きさを知覚するための 本の中では、日本とは違う価値観の世界が次々 手がかりのようなものを得たい」ということで と紹介されていく。世界は広いなと単純に感動 ある。 する。この本の読者にとって大事なことは、自 正しい理由である。自分探しの旅などという 分たちが育った日本という社会での約束事とは のは嘘くさい。ためになる、役にたつ、などの 違う世界があることを知ることである。それだ 理由もいらない。20 代の一人の人間として素直 けで、充分な意味がある。皆さんは、高校まで になっていることが素晴らしい。この本を推薦 の価値観を脱ぎ捨てるチャンスをこの本からつ する第一の理由はここにある。 かむとよいと思う。 街の風景と、そこで接した人びととの会話、 新潮社 1986 年 文庫版 420 円 これの繰り返しで話しはすすんでいく。 香港での博打、インドのガンジス河での死体 今回、私は自分の専門のパキスタンやインド 処理、パキスタンの路線バスとトラックのチキ ン・レース、イランのテレビで見たムハンマド・ を知る本のうちの古典を紹介した。皆さんが興 味を持つ地域、 それぞれに古典となるべき本 アリとジョージ・フォアマン戦などなど。各地 があるはずである。それを探すことから始めて、 でのこまかな出来事についてはいろいろあるの ぜひ無理をして何か 1 冊を手に入れてください。 だが、これは読んでもらうしかない。 もう一つ、この書を推薦する理由がある。そ れは個人的なものである。 沢木耕太郎と私は同い年である。そして 1975 年、パキスタンのラホールから、イランを抜け てシリアのダマスカスまで、まったく同じルー トをほとんど同じ時期に私も旅をしている。 私は、その年の夏にシリアでの発掘調査に参 加させてもらうことになり、その前に一度行っ てみたかったパキスタンに行き、陸路でシリア に向かったのである。今では入りにくくなった アフガニスタンやイランもその時に見た。ちょっ とした幸運に有頂天になったり、 失敗に落ち 込んで日本に帰りたくなったり、そんなことを 繰り返しながらシリアに向かった。旅を通して パキスタンやアフガニスタンやイランについて、 30 編集後記 紹介者それぞれにとって思い入れ深かったり、1 セメ生が 読むと良い本かぁ…と頭を捻って選び出した合計 30 冊の本 が並びました。 皆さんはこれらを片端から読破するも良し、興味のある ものから少しずつ囓るも良し。いずれにせよ、是非手には 取ってみてください。 そして、感銘を受けた本について私たちと語り合える日 が来ることを教員一同心待ちにしていますよ。 最後に、図書をご紹介いただいた先生方に感謝申し上げ ます。 (あ) 東海大学文学部歴史学科考古学専攻編 『良著に学ぼう』 2010 年 4 月発行 考古学専攻の四季 暇 休 季 卒業式 (4 年 ) 入学式 (1 年 ) 3 4 5 2 新入生オリエンテーション (1 年 ) 一泊二日で 博物館見学 春 は 寒 い な か 考古学入門・概説 (1 年 ) 野外考古学演習 (2 年 ) … 日本考古学協会総会 長期休暇 は 発掘調査! 12 1 「卒業論文」締切 (4 年 ) 写真撮影 秋 セ 建学祭 メ ス タ ー 実測 0 9 資料分析法演習 (2 年 ) … 11 日本考古学協会大会 夏 は 暑 い な か 図書交換会や 研究発表が 開かれる 図面作成 定期試験 8 遺物洗い 暇 接合 「卒業論文口頭試問」(4 年 ) 測量 7 定期試験 測量 考古学研究法 (3 年 ) 6 1 遺跡見学 ら 半か 後 に 3 年 格的 本 組む 取り 春 セ メ ー タ ス 春 START! 考古学実習 (2 年 ) 夏 季 休 イラストレーターを目指している卒業生、高橋衣知子さん(2008年度卒)の作品です。 Copyright(c) Ichiko Takahashi ( たかはし いちこ ). 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