株価トレンドの自己相関と投資パフォーマンス

株価トレンドの自己相関と投資パフォーマンス
山田
雅章
2016 年 3 月 27 日
要旨
本文では、株価変動を日次終値で観察し、20 営業日間を計測期間とした線形回帰モデルの
一次係数を株価トレンドと定義する。株価トレンドが正値(負値)である場合、計測期間
の株価は値上がり(値下がり)傾向に推移したと判断できる。日経平均株価を対象とし、
株価トレンドの符号に従ってロング/ショートを決め、ポジションの保有期間を 20 営業
日としたバックテストでは、期待どおりの投資収益が得られた。
次に、計測期間を1営業日刻みでずらすことで株価トレンドの時系列を作る。そして、隣
り合う株価トレンドの符号が同じ場合に、株価トレンドを結合する。結合した状態を「連」
と名付け、連に含まれる株価トレンドの数を連の長さと呼ぶことにしよう。また、連に含
まれた株価トレンドが正値(負値)の場合は、連に符号を付け、正(負)の連と呼ぶこと
にしよう。例えば、含まれた長さ N の正の連では、連の計測に使われた 19+N 営業日間の
株価は上昇傾向にあると判断できそうである。
ところが、バックテストを実施してみると、連の符号に従ってロング/ショートを決め、
ポジションの保有期間を 19+N 営業日間とした投資収益は連の長さに依存し、連の長さが
短い場合には損失となる傾向があることが分かった。株価トレンドとは違い、連の符号を
有効利用するには連の長さを考慮する必要があることが分かった。
1.緒言
株価変動には規則性がなく、株価変動はランダムウォークであるとの見方がある。情報が
瞬時に市場参加者全員に行き渡ったり、なおかつ、取引や情報のコストがゼロであること
を仮定した完全市場では、株価変動はランダムウォークにならざるを得ない。しかし、現
実の市場は完全市場ではなく、従って、ランダムに見える動きの中に規則性が存在する余
地がある。例えば、[1]Hong and Stein は、ファンダメンタルズな情報を持ち、情報に従
って売買する取引参加者(ニュースウォッチャー)と、ファンダメンタルズな情報を持た
ず、株価だけをみて売買する取引参加者(モーメンタムトレーダー)から成る市場モデル
を想定した場合、株価変動に規則的な動きが生じることを数学的に証明している。この市
場モデルでは、情報が到来した際にニュースウォッチャーによって一方向に株価が動き、
モーメンタムトレーダーによって一方向の動きは加速される。
本文では、[1]Hong and Stein の市場モデルをヒントに、株価トレンドの存在を仮定した。
具体的には、アプリオリに 20 営業日間の計測期間を設定し、回帰直線の一次係数を株価
トレンドと定義した。
次に、計測期間を1営業日刻みでずらすことで株価トレンドの時系列を作る。そして、隣
り合う株価トレンドの符号が同じ場合に、株価トレンドを結合する。結合した状態を「連」
と名付け、連に含まれる株価トレンドの数を連の長さと呼ぶことにしよう。また、連に含
まれた株価トレンドが正値(負値)の場合は、連に符号を付け、正(負)の連と呼ぶこと
にしよう。
株価トレンドは回帰直線の一次係数なので、信頼区間を定めれば有意(株価トレンドがゼ
ロではない)か否かを統計的に検定できる。ここで、有意でプラスであったとしよう。こ
の場合、20 営業日の株価は統計的に上昇傾向にあると判断できる。実際、日経平均株価を
対象とし、株価トレンドの符号に従ってロング/ショートを決め、ポジションの保有期間
を 20 営業日としたバックテストでは、期待どおりの投資収益が得られた。
同様の投資シミュレーションを連について考えてみよう。すなわち、長さ N の正の連では、
計測期間である 19+N 営業日間に亘り株価は上昇傾向にあると予想できそうである。
ところが、バックテストを実施してみると、19+N 営業日間の投資成果は、連の長さによ
って左右される傾向があることがわかった。連の符号を固定した場合、連の期初に取るポ
ジションは、連の長さが凡そ 20 以下の場合には逆張りが適切であり、20 以上では順張り
が適切である、という結果であった。連を構成する株価トレンドは個別には順張りが適切
となるが、連においては、連の長さの考慮が必要となる。株価変動の妙と言えよう。
本文の構成は、次のとおり。次の第二章では、回帰分析の数学的部分を述べる。第三章で
は、日経平均株価を対象としたバックテストの結果を示す。第四章はバックテスト結果に
対する考察を述べる。第五章はまとめと将来の課題について述べる。
2.材料と方法
本研究において、株価トレンドは次のように定義される。
定義
株価トレンド
時系列データ
T ( s, m) =
y (1), y (2),.... y (n),..... に対して、時点s、期間mの株価トレンド T (s, m ) を
(m + 1) m y(s + i − 1)
12
m
i
⋅
y
(
s
+
i
−
1
)
−

∑
2 i =1
(m − 1)m(m + 1) ∑
i =1

(2)
で定義する。ただし、sは1以上の整数、mは2以上の整数とする。
株価トレンド T (s, m ) は、(1)式が示すように、xy平面を考え、s番目から連続してm個を、
x座標については1から1間隔で、y座標にはデータ数値で、xy平面にプロットし、回
帰直線を引いた時の一次回帰係数に他ならない。
いま、時系列データを営業日順に並んだ日経平均株価の日次終値だとすると、トレンド
T (s, m ) は一営業日当りの価格変化を示すことになる。図1は、2016 年 1 月 4 日から 2016
年 1 月 29 日までの日経平均株価の 19 個の終値についてxy平面にプロットし、回帰直線
を引いたときのものである。図1に、回帰直線の方程式が示されている。
y = −76.171x + 18064
(3)
2016 年 1 月 4 日のm=19 の株価トレンドは-76.171 となる。
この設例からみて取れるように、株価トレンドは将来を完全に予測できたと仮定して計算
されている。すなわち、2016 年 1 月 4 日の時点で 19 営業日先の 2016 年 1 月 29 日まで
の日経平均株価を知っていたと仮定している。そして、株価トレンドは 2016 年 1 月 4 日
と 2016 年 1 月 29 日の2時点の騰落ではなく、回帰直線を経由して全体的な傾向を示した
ものであることに注意しよう。
縦軸:日経平均株価(円)
19000
2016/1/4
18500
2016/1/29
18000
y = -76.171x + 18064
17500
17000
16500
16000
15500
0
2
4
6
8
10
12
14
16
18
20
図1.株価トレンドの例(2016 年1月)
株価トレンドを一次回帰係数によって定義する背景には、暗黙のうちに次のような株価モ
デルを前提に置いている。
前提
株価変動モデル
株価はトレンド成分とノイズ成分から構成される。すなわち、
y (t ) =トレンド成分 + ノイズ成分
設 例 に つ い て は 、 横 軸 に 示 さ れ た 各 時 点 の 番 号 1,2,…19 に 対 応 す る 日 経 平 均 株 価
y(1),y(2),…,y(19)について、ノイズ成分ε(1), ε(2),…, ε(19)が存在して、i 番目の日経平
均株価について次の方程式が成り立っていると考えていることになる。
y (i ) = (− 76.171 × i + 18064) + ε (i )
(4)
設例では-76.171 とマイナスのトレンドとなっているが、真実はゼロなのに、偶々マイナ
スと計測されてしまった可能性がある。2時点の騰落率でトレンドを定義する場合には、
偶然性を見極めるためには、株価変動率を仮定しなくてはならない。また、2時点間の 17
個の情報が活かされない。これに対して、トレンドを一次回帰係数で定義した場合、19 個
のデータを活かして、かつ、株価変動率を仮定せずに、真実はゼロなのに、偶々マイナス
として計測されてしまう確率 p を知ることができる。1-p が一定値、たとえば、95%よ
りも大きければ、信頼区間 95%で有意、というように言う。これは、95%の信頼区間でト
レンドがゼロではないことを意味する。
すなわち、トレンドを一次回帰係数で定義することにより、トレンドの有無を統計的に判
定することができる。統計的判定では、t分布に従うトレンドのt値を計算し、所与の信
頼区間に相当するt分布の閾値に対して、t値が大きいか小さいかで有意か否かが判定さ
れる。
トレンドのt値は次式によって得られる。
トレンドのt値 =
r2 =
r
SEr
(5)
m


(
)
y
j


∑
m
 m + 1 
j =1

i −
 y (i ) −
∑
2 
m 
i =1 






y( j ) 

∑
 m + 1
j=


i −
 ∑  y (i ) −
∑
2  i =1
m 
i =1 




m
(6)
2 m
m
SEr 2 =
2
1− r2
m−2
(7)
信頼区間が 99%のときのt分布の閾値は、自由度を指定して、統計表から得られる。自由
度はデータ数から2引いた数値なので、設例では自由度 17 となる。統計表から、2.898 が
閾値であることが分かる。設例の場合、t値は-11.6301 なので、トレンドは 99%信頼区
間で有意となる。
3.結果
2005 年から 2016 年 2 月までの日経平均株価日次終値に対して、株価トレンドを計算した。
2015 年 1 月から 2016 年 2 月までの様子を図2に示す。
100
22000
50
20000
0
18000
-50
16000
トレンド(左軸)
-100
14000
日経平均株価(右軸)
16/3/5
16/2/9
16/1/15
15/12/21
15/11/26
15/11/1
15/10/7
15/9/12
15/8/18
15/7/24
15/6/29
15/6/4
15/5/10
15/4/15
15/3/21
10000
15/2/24
-200
15/1/30
12000
15/1/5
-150
図2.日経平均株価と株価トレンド(2015 年 1 月~2016 年 2 月)
信頼区間を 99%とした。従って、t値の閾値は、2.878 となる。株価トレンドは 2726 個
が 得ら れ た 。 株 価ト レ ン ドの t 値 が -2.878 よ りも 小 さ い 時 にマ イ ナ スト レ ン ド 、2.878
よりも大きいときにプラストレンド、そうでない場合にはトレンドなし、というように株
価トレンドを3つの状態に分類した。
データ期間は、全体でみれば上昇期間であったので、プラストレンドが 1443 個と多く、
マイナストレンドが 1053 個、トレンドなしが 230 個であった。トレンドなしは全体の約
8%に過ぎない。
トレンドの期間を 20 日と長く採ったので、トレンドが出にくいと予想していたが、結果
は、全体の約 92%でトレンドが存在する結果となった。また、トレンドが持続している期
間を一つの連とみなした観察では、連の個数は正の連と負の連とほぼ同数であった。これ
は、プラストレンドの日数 1445 個とマイナストレンドの日数 1053 個と差が開いているこ
とと対照的である。本文のテーマからは逸れるが、正の連と負の連が交互に起きる傾向が
ある、という仮説が立てられそうだ。
プラストレンドおよびマイナストレンドのどちらも、トレンドとトレンド計測期間(20 日)
の期初から期末までの騰落の1日当り換算額には高い相関がある。プラストレンドでは
0.84、マイナストレンドでは 0.88。トレンドの絶対値が大きい順に、トレンドと騰落の1
日当り換算額を並べたグラフをみると、換算額の符号が逆転しているケースはそれほど多
くない(図3、図4)。
200
150
coeff
return
100
50
0
図3.プラストレンドのトレンドと換算額
100
50
0
-50
-100
coeff
-150
return
-200
-250
1
51
101
151
201
251
301
351
401
451
501
551
601
図4.マイナストレンドのトレンドと換算額
651
701
751
801
851
901
951 1001 1051
1401
1351
1301
1251
1201
1151
1101
1051
1001
951
901
851
801
751
701
651
601
551
501
451
401
351
301
251
201
151
101
51
1
-50
図2から類推されるように、プラストレンドやマイナストレンドには持続性がある。そこ
で、プラストレンド、あるいは、マイナストレンドが持続するものを結合して連を構成す
る。
連の数は負のトレンド 60 個(以降マイナスの連)、正のトレンド 57 個(以降プラスの連)
であった。連の長さ(持続日数)の分布を図3に示した。図5は、横軸が持続日数、縦軸
は持続日数であった連の個数を累積した数値である。図5から、負の連よりも正の連の方
が持続日数の長いものが多いことが分かる。
70
60
50
minus
40
plus
30
20
10
0
1
11
21
31
41
51
61
71
81
91
101
111
121
131
141
151
161
171
181
191
図5.持続日数(累積)
次に、連の1日当りの変化額を見よう。ここで、変化額は、連の期初の株価と、連の期末
に 20 日を経過した日の株価の差額である。この差額を(持続日数+19)で除して1日当
りに変化額が計算される。正の連を図4に、負の連を図5に示した。持続日数の長い順に
左から右に並べ、縦軸には1日当りの変化額(左軸)を示した。また、持続日数を合わせ
て示した(右軸)。正の連の場合、変化額はプラスが期待されるが、実際には持続日数が短
いところでマイナスが多い(図6)。負の連の場合も同様に、変化額はマイナスが期待され
るが、持続日数が短いところでプラスが多い(図7)。
60
140
40
120
20
100
0
80
-20
60
-40
40
-60
20
-80
0
1
6
11
16
21
26
31
36
41
46
51
56
図6.正の連における1日当り平均変化額
60
140
40
120
20
100
0
80
-20
60
-40
40
-60
20
-80
0
1
6
11
16
21
26
31
図7.負の連における1日当り平均変化額
36
41
46
51
56
4.考察
図2に見るように、株価トレンドは振幅と周期が異なるサイン波を連結させたような持続
的な動きをしている。こうした動きは、隣り合う株価トレンドは 20 個の計測データのう
ち 18 個を共有することから生じる自己相関が要因と考えられる。
株価トレンドの符号に従って、計測期間の期初にエントリー、期末にクローズする投資を
バックテストしたのが図3と図4である。エントリーポイントとクローズポイントのそれ
ぞれにおいて回帰直線からの誤差があるため、株価トレンドから計算される1営業日当り
の変化額と株価の差額による1営業日当り投資収益には差がある。しかし、平均的には近
い数値となっている。つまり、株価トレンドがプラス(マイナス)であれば、値上がり(値
下がり)の傾向である。この株価トレンドと投資収益の関係を確認した後、本文では、株
価トレンドの持続性を連という状態に集約することを試みた。
連の長さは、図5に見るように、負の連と比較して正の連で長いものが多かった。これは、
相場の格言、「上げ百日下げ三日」を想起させる結果と言えよう。そして、長さ N の連に
ついて、19+N 日 の投 資期間 で、株 価ト レン ドと同 様の投 資シ ミュ レーシ ョンを 行っ た。
その結果が図6と図7である。
連の符号を元にポジションをみると、連の長さが 20 よりも小さいときには逆張り、20 よ
りも大きいときに順張り、が適切である、という結果となった。この結果は、トレンドア
プローチの困難さを示している。一方、連の長いトレンドをつかむことができれば大きな
報酬が得られることも示している。
5.結語
トレンドが完全予測されたと仮定して、日経平均株価を対象にバックテストを行った。の
過去の変動を分析した。図6や図7でみたように、完全予測を少しでもはずれると売買戦
略は問題点に直面する。自然なことではあるものの、市場価格変動の予測が容易でないこ
とがよく分かる結果となった。日経平均株価はトレンドフォローとリバーサルの2面性を
持って動いていると考えられ、両面を考慮した売買戦略に成功の可能性が期待される。ま
た、本文ではアプリオリに固定した計測期間を、状態に応じてフレキシブルに変化させて
株価トレンドを計測するなどの拡張が考えられる。こうした拡張については、今後の課題
としたい。
参考文献
[1]Harrison Hong and Jeremy C. Stein,”A Unified Theory of Underreaction, Momentum
Trading, and Overreaction in Asset Markets,” The Journal of Finance, December 1999.