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人事必修!
人材育成十二観抄
今こそ、先哲の教えを人と組織の成長に活かそう
株式会社 末永イノベーション経営
幾つもの山を乗り越えるために
人材育成は,人が育つことを一心に願い,
難事があっても諦めずにハードルを乗り越え
て,また乗り越えて進む一大事業です。
「山
上山在り山幾層」
(山の先に山が聳え,その
先にもまた山が聳えている意)の道程です。
人材育成を担う方々が,このテーマに日夜真
剣に取り組んでおられますが,人材育成は方
法論と共に根本的な人材育成思想が重要で
す。なぜなら,人材育成は,ある段階まで来
たらまた次の段階,ここまで
り着いたらま
た次の目標というように際限ないものです。
管理者から,人材育成はどこまでやればい
末永 春秀
構 成
一 立志観 而立人材こそ育成の指標である
「志は気の帥なり」「人になれ人 人になせ人」
二 志学観 志が人材育成の連鎖を生む
「志立たざれば,閑事のみ」「福沢,枕を用いることなし」
三 人間観 人材の特性を受容し指導する
「その人に固有の用あり」「本来的自己が人の心を打つ」
四 人生観 利他の心で育成に臨む
「自未得度先度他」「順中の逆あり,逆中の順あり」
五 努力観 立ちはだかる壁は成長の機会である
「一切は努力の二字に根ざす」「千日・万日の稽古を鍛・錬と言う」
六 成長観 問題に向き合い希望を見出す
「悪事をはたらき,善事をたのしむ」「そのつどの意味を実現する」
七 読書観 人は生涯学び続けて成長できる
「少・壮・老にして学ぶ」「人間として読み,心の糧とす」
いのですか,と質問を受けます。人材育成に,
八 実践観 日常の積善が実践の原点である
もうこれでいい,ということはありません。
「小事の工夫が大修行」「小善が徳をもたらす」
しかし,育成の方法論で行き詰まると育成が
見えなくなります。これは方法論で行き詰
まっているのではなく,人材育成の根本思想
が,広がっていない,深掘りされていないか
九 人格観 人生や仕事を通じて磨き上げる
「性格+哲学=人格」「人は うべき人に必ず える」
十 自己観 自分自身が今の人生に意味を持たせる
「自己陶冶の力は自己の生命に内在す」「私たちは問われている存在」
十一 育成観 社会に向けて育て上げる
ら方法論が見えてこないのです。先哲の言葉
「世のため人のために」「心と物の奥にいま一つ」
を通してこれを学習する機会としていただけ
十二 人物観 人を育てられる人を育てる
れば幸いです。
「人は如何にあるべき,為すべきか」 成長し続けるために
■末永 春秀(すえなが はるひで):
経営コンサルティング歴28年。明治大学卒。社会保険労務士の実務経験の後,経営が良くならないと人事労
務は良くならないと発心。㈱日本経営入社。取締役副社長を歴任。立志独立。事業,組織,人材のイノベー
ションをテーマとしている。経営実務コンサルとして真剣で熱意ある指導によって幹部の意識が変わった,
業績が改善した事例を数多く持つ。人材育成について高い見識からの本質を突く助言と実践的な指導を行う。
モットー「心を高める 経営を伸ばす」。 http://www.suenaga-keiei.co.jp/
人事必修!
一 立志観 而立人材こそ育成の指標である
「志は気の帥なり」
人材育成は,心の向かうところを定めるための過程です。志を立てるということは,人生や仕事の目
的を大きく定めて,これを成し遂げる決意をすることです。この立志こそが物事成就の起点である発心
です。これを実行に移す決心をし,成功するまでやり続ける持続心によって志は具現化します。
哲学者の森信三は「われわれが真に志を立てるということは,決して容易ではないと思うのです。す
なわち真に志を立てるということは,この二度とない人生をいかに生きるかという,生涯の根本方向を
洞察する見識,並びにそれを実現する上に生ずる一切の困難に打ち勝つ大決心を立てる覚悟がなくては
ならぬのです」(森信三『修身教授録』致知出版社)と述べ,真の立志は一切の困難を乗り越える大決
心によって初めて可能と教えています。立志が起点になって人生や仕事が描かれます。志が羅針盤とな
って行動が変化し日常が充実し,「志は気の帥(すい)なり」(孟子)で,生き方も変えます。
志は,これほどまでに環境を大きく革新する要因ですから,人材育成を志という強い思いでとらえる
意義があります。「育てる人の立志」
,
「育てられる人の立志」が,共に刺激し合い重なり合って目的に
向かって育む過程であれば素晴らしい出 いになります。人材育成を実践する企業は永続的成長企業へ
の道を間違いなく進み,人材育成を実践しない企業は現場力が鍛えられていないために厳しい成長にな
ります。人を育てることを「わが志」として考えていただきたい所以です。人材育成は難行ですが,志
にまで高めてチャレンジし実践する企業風土は全従業員にとっては誇りとして胸を張ることができま
す。
「人になれ人 人になせ人」
上杉鷹山は「人多き 人の中にも 人はなし 人になれ人 人になせ人」と教えています。人がたく
さんいても,その中に人材があるとは限らない,人よ自ら人材になれ,人を人材に変えろ,と読むこと
ができます。育てる人は,育てることを志とし,育てられる人は自ら主体的に人材となる双方の努力が
肝要です。そのためには「こんな人材を目指そう」という意味のある人材像の提起が重要です。筆者は,
部下に「どこに出ても通用する人間になれ」と一貫してリードしてきました。「どこに出ても…」とは,
企業内に留まらず世界のあらゆる場所のあらゆる機会を指します。自分の無限の可能性でチャレンジす
ることを期待する思いを込めていました。
孔子は,
『論語』で「十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命
を知る。六十にして耳順う」と申しました。十五を志学(しがく),三十を而立(じりつ),四十を不惑
(ふわく)
,五十を知命(ちめい)
,六十を耳順(じじゅん)と言います。孔子は「常に己に向かって語
ってをる人であります。それが自から能く人の心にも通ずるのであります」(安岡正篤『朝の論語』明
徳出版社)。孔子は人生の節目となる年代毎の人間像を教えました。
65歳雇用の時代,三十にして立つ,つまり仕事で習熟を積み現場でリーダーシップを発揮し後輩を
指導する「而立人材」は,世代を超えた人材育成の指標となる人材像です。思想性を持った人材像を社
員に提起したいものです。
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人材育成十二観抄
今こそ、先哲の教えを人と組織の成長に活かそう
二 志学観 志が人材育成の連鎖を生む
「志立たざれば,閑事のみ」
人材育成は,志を行動として実践する過程です。志を立てることで使命は明確になります。志に向か
う人間に日常という大波小波が押し寄せます。
「緊(きび)しく此の志を立てて以って之を求めば,薪を搬び水を運ぶと雖も,亦(また)是れ学の
在る所なり。況(いわん)や書を読み理を窮(きわ)むるをや。志の立たざれば,終日読書に従事する
とも,亦唯(またただ)是(こ)れ閑事(かんじ)のみ」(佐藤一斎『言志四録』講談社学術文庫)。志
を立てれば,たとえ薪を運び水を運んでも,そこに学びはあって真理を自得することができる。しかし,
志が立っていなければ一日中本を読んでいても無駄なことと導いています。この日常の中でいかに自分
を練磨していけるかが一人ひとりの鍛錬であり努力です。本当の志を立てたら努力も自ずと本当のもの
になります。
「自ら新にするの第一の工夫は,新にせねばならぬと信ずるところの旧いものを一刀の下に斬って捨
てて,余孼(よげつ)を存せしめざることである」(幸田露伴『努力論』岩波文庫)。幸田露伴は,目的
のために自己革新するには,昔のままの自分ではなく思い切って根こそぎ捨てて新しいことを努力しろ
と教えます。その努力は時間感度で決まります。古来より寸暇を惜しむことを「三上(さんじょう)
」
,
枕上(ちんじょう),馬上(ばじょう),厠上(しじょう)と言います。枕上はベッドの側,馬上は移動
中,厠上はトイレの中です。寸陰を惜しむ意思力は思いの強さが
です。わずかの時間の蓄積は,その
人に的確な現実判断能力を与えます。目の前の時間の過ごし方を毎時判断し行動しているからです。
「福沢,枕を用いることなし」
明の時代「王陽明は,病身で内乱,反徒と休む暇もなく奔走し,その間に真剣な読書,学問,教育,
詩作,論述を行っています。弟子たちは絶えず先生の後を追って陣中に聴講しており,一日の戦闘がす
んで夜になると夜営のテントの中で 火で書物の講義をしました。弟子たちもヘトヘトになって,翌日
眼を覚ましたら,もう陽明先生は前線に進軍している」(安岡正篤『青年の大成』致知出版社)
。王陽明
の利他の率先垂範は志なくしてはできない実践です。真に行動することとは,志に向かって誠心誠意を
尽くして進む途方もない努力と気づきます。
筆者の所在近くに緒方洪庵の適塾があります。日本の若者が蘭学を志して競って学び寝食を共にした
雰囲気が残ります。適塾では,毎週試験を行い,結果で講義の席が決まり,辞書を読む順番も,寝ると
ころも決まったという凄まじさです。「福沢などは塾にいる期間,勉強につかれると夜昼なしにその場
に倒れて眠り,さめると机に向かった。このため着のみ着のままで,枕と言うものを用いたことがない
という」(司馬遼太郎『花神』新潮文庫、福沢とは福沢諭吉のこと)
。
志を立てて学ぶとは生易しいことではなく主体性に尽きます。人材育成で,育てる人自身が志を確立
して育成することは,大きな影響力になります。その影響力の下で育った人材は必ず次の人材を育てる
でしょう。志ある人材育成は,人材育成の動態的な連続をつくり企業の永続的な発展を導きます。志は,
日常の難事を超え,何のために働くかさえも超える人間活動であるといえます。
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三 人間観 人材の特性を受容し指導する
「その人に固有の用あり」
人材育成は,育てる人の人間観で人材への処し方が決まります。それが育てられる人の人間観に大き
く影響します。人間をどうとらえるかは,つまりは自己をどうとらえるかに極まります。自己の観方(み
かた)を学ぶことは,人材を活かすことにつながります。人は,自分らしく生きられれば喜びを感じる
ことができますが,自分らしく生きるとは,どう生きることかを理解している人は少ないでしょう。本
来的な自己発掘が必要です。現在,仕事ができている,できていないがゴールではなく,その人の本来
的自己というものがあります。
「天があるひとりを生じた以上 おのずからその人に固有の用というものがある」
(李卓吾 陽明学左
派)
。人は生まれながらにして,その人だけに与えられた使命を持っている,その人を世に誕生させた
のには意味があると解釈できます。人材自身が,その「用」に気づいてほしいのですが,自分の用を知
るためには,自分が知ろうと思わない限り知ることはできません。もしくは,生死を左右する難事に出
遭って初めて自分は何をしたいのか,なぜ生きているのかを考えて「用」を自覚します。人間は,三場
(土壇場,修羅場,正念場)を経験して一人前です。これに遭遇して捨て身で生きるなかから己の姿を
知るものです。
「われわれ人間にとって人生の根本目標は,結局は人として生をこの世にうけたことの真の意義を自
覚して,これを実現する以外にない」(森信三『修身教授録』致知出版社)と教えます。しかし,「本来
的な自己,本然の性は見えないものであり,実は,それは見えるものによって隠されています。つまり
本然の性は,本能欲,金銭欲,物質欲,成長欲,社会欲という気質の性で覆われているのです。従って,
本然の性を知るためには自己否定と言う自己反省の段階が必要です」
(溝口雄三 東京大学名誉教授 講演録)。自己否定という謙虚な心が新たな自己を発見し本然の性に近づくのです。
「本来的自己が人の心を打つ」
人材の特性を受容することは,これからの人材育成の重要ポイントです。あるとき,部下が自分の不
注意による大ミスをしました。強烈に叱られると覚悟して筆者の前に来た部下に「仕事のミスで良かっ
たな。もし,これが家族を載せていた車の運転ミスだったら大変なことになっているよ」と言いました。
部下は沈黙の後,頭をうな垂れて上がりませんでした。ミスを責めてミスは残り,人を責めて心に傷が
残ります。人材育成には人材の特質を活かす人間観が必要です。人材を肯定し受容する人間観を企業体
質にまで育む必要があります。
先哲は,人間としてどうあるべきかの人間観を教えています。それを組織の中の一人が学ぶだけでな
く,企業こそが,正しい人間観を持ちそれを具現化していくことが必要です。正しい人間観の企業こそ
が社会に必要な商品を提供する企業です。
「本来的自己が発揮されれば,人は必ず心を打たれます。そうならないのは,本来的自己がまだ活き
ていないからです。それが本物であれば,必ずつながりをつくりだします。部下や周りの人に本来的自
己が伝わるのであり,それが覆われていると伝わりようがない,切断です。気の流れを塞ぐ瘤のような
ものが『私』です」(溝口雄三 東京大学名誉教授 講演録)。人間観の重要性を示唆した名言です。
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四 人生観 利他の心で育成に臨む
「自未得度先度他」
人材育成は,育てる人の人生観が確実に投影します。人生観を高めることは,人材育成に想像を超え
る影響を与えます。筆者も名著に多くの影響と勇気をいただき,人材育成の基盤となりました。人材に
煩悶することがあっても諦めないということは,諦めてはいけないと教えられたから諦めないのではな
く,人生観にまで高めるから諦めないのです。
人生観の形成に,先哲は極めて多くの示唆を与えています。道元禅師は「しるべし,愛語は愛心より
おこる,愛心は慈心を種子(しゅうじ)とせり。愛語よく 天(かいてん)の力あることを学すべきな
り,ただ能を賞するのみにあらず」(正法眼蔵)と教えています。愛語は愛の心から起こる,愛の心は
慈悲の心を種としている,愛語は天をひっくり返すほどの力であることを学ぶべきである。愛語は相手
の長所を誉める以上の力を持っているという意味です。この愛語は,方法論としての言葉遣いを言って
いるのではなく,その人の生き方から生み出される言霊(ことだま)を表しています。相手の成長を思
えばこその言葉が愛語であり,愛語は落ち込んでいる人材を企業を支える成長人材に転換させる力を持
っています。
人材育成とは,自分のことよりも育てる人のことを優先する「自未得度先度他(じみとくどせんどた)」
です。これは禅の言葉ですが,自分が未だ得ていなくても,まず先に他に得させてあげるという意味で
す。自分のことより相手のことを先にという利他の心の行動です。人材育成は何のためかと言えば,自
分の立身のためにするのではなく人材の成長を願う利他のための行いです。「
『利他』の心とは,仏教で
いう『他に善かれかし』と言う慈悲の心,キリスト教で言う愛のことです」(稲盛和夫『生き方』サン
マーク出版)。利他の心で人材を育てることは並大抵でなく,母親が子を育てるのに似た心です。それ
は義務感でやれるものではなく,育てる人の人生観として高まらなければ継続することは困難です。
「順中の逆あり,逆中の順あり」
人材には常に人生の転変があります。「人の一生には順境あり逆境あるは消長(しょうちょう)の数
(す
う)なり。怪しむべきものなし。余又自ら検するに,順中の逆あり,逆中の順あり。宜しくその逆に処
して,敢えて易心を生ぜず,其の順に居りて,敢えて惰心を作(おこ)さざるべし。惟だ一の敬の字,
以って逆順を貫けば可なり」(佐藤一斎『言志晩録』講談社学術文庫)。人の一生には順境もあれば逆境
もある。これは栄枯盛衰の理法で少しも怪しむに当たらない。ただ,順境の中にも逆境があり,また逆
境の中にも順境がある。故に逆境に処しては,やけくそを起こさず,逆境にいても怠け心を起こしては
いけない。ただ,敬する心を持って一貫することが大切だ,と教えています。
育てる人と育てられる人の人生が順境逆境と同じ状態のときもあれば,真逆のときもあるでしょう。
そのときでも利他という道を選ぶことは,高次の人生観でなければできない人材育成の王道です。「成
功は常に苦心の日に在り,敗事は多く得意の時の因ることを覚るべし」(安岡正篤『人生信条』致知出
版社)。苦心,得意,いずれの日も今日が明日につなぐ育成の一日であることを銘記したいものです。
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五 努力観 立ちはだかる壁は成長の機会である
「一切は努力の二字に根ざす」
人材育成は,努力が仕事と人生を切り拓くことを実体験を通して導く機会です。明治の文豪 幸田露
伴は「元来一切の世界の文明は,この努力の二字に根ざして其処(そこ)から芽を発し,枝をつけ,葉
を生じ,花を開くのであるといわねばならぬ」(『努力論』岩波文庫)と位置づけて,努力が切り拓く可
能性の大きさを説いています。また「努力は功の有と無とによって,敢てすべきや否やを判ずべきでは
ない。努力と言うことが人の進んで止むことを知らぬ性の本然であるから努力すべきなのである」(同)
と教えています。努力は成功するためにするということで考えてはいけない。人間は本来的に前に進む
力を持っているから努力をすると理解できます。人の「性の本然」という慧眼を先哲に学ぶ意義があり
ます。どのような人であっても前に進む力を本来的に持っているのです。
人材育成において,人材の本来持てる力を引き出し,目的に向かって意思を育て実行に導くことが努
力する人材に鍛えることです。筆者の経験では,当の本人がその気になれば想像を超えるほどに努力し
ます。義務としての努力には限界があります。
人材そのものが,努力を惜しまないという意欲になるためには,一つには,育成する人自身のそれま
での努力の過程も大きな影響がありますから,上司である人の成功失敗の経験は何よりの教科書であ
り,教えていただきたいヒストリーです。二つには,これからどう生きるかを考える機会は意義があり
ます。「モデリング」という自分が目指す人間像を具体化させることは有効です。その人自身がなりた
いものになる,そのためにどれくらいの努力が必要かを知ろうとします。三つは,歴史です。『武士道』
を書いた新渡戸稲造は,生来きまじめで使命感の強い人間で札幌農学校はじめとして多くの仕事を抱え
込み,体調を崩し,いわゆる神経衰弱の状態になります。療養に専念するために渡米しカリフォルニア・
モントレーで療養中に『武士道』を書き上げます(山本博文『武士道 新渡戸稲造』NHK出版)
。人生
の紆余曲折に屈しないで生きる先哲に学ぶところ大です。努力という言葉では語れない生き方に頭が下
がります。
「千日・万日の稽古を鍛・錬と言う」
人材育成する人が困難への努力をどうとらえるかは哲学です。「凡そ遭う所の患難変故(かんなんへ
んこ),屈辱讒謗(くつじょくざんぼう)
,払逆(ふつぎゃく)の事は,皆天の吾才(わがさい)を老せ
しむる所以(ゆえん)にして,砥礪切磋(しれいせっさ)の地に非ざるは莫(な)し。君子は当に之に
処する所以を慮(おもんばか)るべし。徒に之を免れんと欲するは不可なり」(佐藤一斎『言志四録』
講談社学術文庫)
。苦しみ,悩み,変わった出来事,恥ずかしめを受けること,悪く言われることは天
が自分の才能を老熟させようとしてするものであり,どれも学べるものばかりである。このようなこと
に出遭ったら逃げてはならず工夫すべきであると教えています。
人材育成では,立ちはだかる壁を超える導きがその人を左右します。宮本武蔵は鍛錬を「千日の稽古
を鍛といい万日の稽古を錬と言う」
(
『五輪書』岩波文庫)と表しています。 3 年やってみるか,10年
続けてみるか,急ぐばかりが努力ではありません。
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六 成長観 問題に向き合い希望を見出す
「悪事をはたらき,善事をたのしむ」
人材育成は,仕事を通じて人間としての成長を導く過程です。筆者は,ある経営者から勧められて池
波正太郎の『鬼平犯科帳』24巻を通読したことがあります。江戸の火付け盗賊改め 長谷川平蔵のリ
ーダーシップと部下のチームワーク,盗賊との駆け引き,そして情と理の織り成す人間模様に時を忘れ
ました。人材育成に大きな行き詰まりを感じていたときでした。「人間というやつ,遊びながらはたら
く生きものさ,善事をおこないつつ,知らぬうちに悪事をやってのける。悪事をはたらきつつ,知らず
識(し)らず善事をたのしむ。これが人間だわさ」(『鬼平犯科帳』
(二十四)文春文庫)
。筆者は,人間
は悪事と善事を共に行うという人間の観方に衝撃を感じました。平面的な人材の見方から立体的な観方
ができるきっかけでした。現実から突き出した正しい問題意識には,遠からず必ず答えがあります。
人材育成は,部下の数が多くなればなるほど賞賛よりも問題と向き合うことが多くなります。その問
題は,多くは,人間の「性(さが)」
,
「業(ごう)
」に起因しています。ヴィクトール・フランクルのド
イツ強制収容所の体験記録『夜と霧』があります。人間の生死を分ける
と苦悩を超える成長とは何か
を考えさせられる名著です。
「収容所での過酷な状況の中を生きながらえた人とは,どのような人だったのでしょうか。それは未
来に希望を思い描き,それを見失うことがなかった人です。ほかならぬフランクル自身がそうでした」
「日々の臨床活動の中で人々の苦しみに接していた彼は,自分の著作は苦難と闘っているすべての人か
ら待たれている,だから何としてでもこの本を世に出さねばならない,という使命感に駆られていたの
です」(諸富祥彦『フランクル 夜と霧』NHK出版)。自分の著作が多くの人を救うことができる,それ
をやれるのは自分自身だという未来への希望が生死を分けたのです。自分の中に自分の使命を見出して
今の過酷な状況を超えて未来への希望につなげることができるかどうか,そこが生きる意味の根本であ
るとフランクルの体験が教えています。
「そのつどの意味を実現する」
人材育成では,その人自身が固有の使命を見出す意欲が必要です。そして,「どんな人生にも意味が
あり,人間は常に人生から問いかけられている存在である」(前出)と導いています。人生に問うので
はなく人生から問いかけられているという今までの問いかけを転換させます。「どこまでも育てる」と
いう努力をするにしても「何人も彼から苦悩を取り去ることはできないのである。何人も彼の代わりに
苦悩を苦しみ抜くことはできないのである」(フランクル『夜と霧』みすず書房)
。
人材その人が,自分の問題であり,自分の問題でしかないと自覚させることには大きな意味がありま
す。
「人生はいつも,意味を持つことが可能です。ですから,人生がその瞬間その瞬間に,この可能な,
たえず変化する意味に満たされるかどうかは,そのつどそのつどまったく私たち次第なのです。ですか
ら,そのつどそのつどの意味を実現することは,まったく私たちの責任であり,私たちの決断なのです」
(フランクル『それでも人生にイエスと言う』春秋社)
。そのつどつどの意味が,人生を変えます。
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七 読書観 人は生涯学び続けて成長できる
「少・壮・老にして学ぶ」
人材育成は,学ぶことを自己責任として習慣づける過程です。読書の意義について「良い師友と同時
に,人間としてどうしても愛読書がなければならない。座右に愛読書を置いておきたいものです。腹が
減ると何か食べたい。食べるについても好物というものがある。花を栽培する。人それぞれ,あるいは
薔薇が好きである,あるいは牡丹が好きである。梅が好きである。機会があるごとにこれらの花を集め
るのと同じように,終始愛読書・座右の書を持つ。それはなるべく精神的価値の高い,人間的真理を豊
かに持っておるような書が良い」(安岡正篤『青年の大成』致知出版社)と教えています。
愛読書は心の宝です。たまたまの一行にハッとさせられて人生が変わることがあります。筆者は,年
に数回この本は良いと勧めてくれる人生の先輩があります。不思議にそのときの課題に気づかされます。
95歳で亡くなった父は,毎年私の誕生日に本を贈ってくれました。筆者を思う気持ちに感謝しました。
良書との出 いは生き方を変えます。
「少にして学べば壮にして成すあり,壮にして学べば老にして衰えず,老にして学べば死して朽ちず」
(佐藤一斎『言志録』講談社学術文庫)。少,壮,老と学ぶことが,人間を次の成長段階に導きます。人
間は,老いるまで学ぶことが必要であること,老いて学ぶことの意味を明言しています。学ぶとは,死
を迎えても朽ちない精神性をつくるためと理解できます。
「人間として読み,心の糧とす」
人材育成における読書は,育てる人にとって欠くべからざることであり,読書から得られた見識は育
成を実りある豊かなものにします。歴史,伝記,哲学は多くの示唆を与えます。武家社会の組織と人間
像を描いたもので,筆者が組織と自分の関係性を考え直すきっかけになったのは,藤沢周平の小説です。
江戸時代の武家社会の極めて限られた制約の中で,人間らしく己を見つめながら生きる人間群像に勇気
をいただきました。組織と自己はバランスではなく,自己の確立を目指す意義を学びました。吉田松陰
が死を覚悟して萩の父兄への手紙に「親思ふこころにまさる親ごころけふの音づれ何ときくらん」と書
いています。自分は親を思っているつもりだが親はそれ以上に自分を思ってくれている。処刑されるこ
とを親はどんな思いで聞くだろう。親を思う心の気高さを学びました。
伝記は,努力の凄まじさ教えます。骨折で手が動かずリューマチで立てず車椅子で親指と人差し指に
絵筆をしばりつけて描き続けた画家ルノアール。偉業を成し遂げた人の努力を知るとそこまでの努力で
初めて事が成ると想像できます。読書は人間の本質を考えさせます。明治時代に大阪で活躍した落語家
の桂馬喬が,当時,芸人は本を読むことなどなかった時代に仏典の原典を読んでいました。仲間に揶揄
された桂馬喬は「噺家として読むのやないのンや。人間として読むのやがな。人間だれでも生まれてき
て,そいから死ぬわけやろ。その短い一生の間に,心の糧を己のものにしとかないかんのや」(太田久
紀『唯識の読み方』大法輪閣:藤本義一氏の『鬼の詩』から引用)。噺家として読むのではなく人間と
して読むというところが読書の本質です。仕事や生き方を考えるために教えた一冊が,その人の運命を
変えることがあります。
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人材育成十二観抄
今こそ、先哲の教えを人と組織の成長に活かそう
八 実践観 日常の積善が実践の原点である
「小事の工夫が大修行」
人材育成は,自ら行動する主体性に火を点ける過程です。「自ら…」という主体性で行動するかどう
かが人材の分岐点です。自ら行動するためには明確な意思が必要ですが,その意思が育っていなければ
行動は実践に至りません。実践とは大きなことをすることと考えがちですが,凡事にこそ実践の意味が
あります。
「哲人ヒルティが,人間の真実の正しさは,礼節と同様,小事における行ひに表はれる。小事におけ
る正しさは道徳の根底から生ずるのである。略。偉大な修養と申しますと,どんな奇抜な人間離れした
言動をするか等と考へる未だ幼稚な人間が存外多いものです。尋常・日用の工夫に徹するのが本当の大
修業であります」(安岡正篤『朝の論語』明徳出版社)。日々の平凡な行動にその人の思想が明確に表れ
ることを銘記すべき日常実践の意義を教えています。
「他人の人柄を見て何らかの判断を下そうという場合は,その言うこと為すことの細かい表れ方を観
察する必要がある。よく企んだうえでのことではない,何気ない言葉の端々や動作の一ふしを見るので
ある」(小堀桂一郎訳『森鷗外の「智恵袋」』講談社学術文庫)と導いています。森鷗外が後人のために
処世の道を知恵として記した名著です。ここでも日常の言葉の一つひとつにまで人間の考えが表れてい
るということを教えていますが,実践は正にこの点にあります。人材育成は,人材の日常の小さな行動
性を正しく導いていく意義を持つことが分かります。
「小善が徳をもたらす」
「真に大志有る者は,克(よ)く小物を勤め,真に遠慮有る者は,細事を忽(ゆるがせ)にせず」
(佐
藤一斎『言志録』講談社学術文庫)。真に大きな志を持っているものは小さなことも疎かにせずに励み,
真に遠大な考えを持っているものは些細なこともゆるがせにしない。日常の実践に成長の成果が表れま
す。その実践は何を目指して行うか。
「人は誰でも悪名を嫌い,名声を好む。小善が積もらなければ名はあらわれないが,小人は小善のこ
とを考えない。だが君子は,日々自分に訪れる小善をゆるがせにしない。大善も出会えば行う。ただ求
めようとしないだけである。大善は少なく小善は多い。大善は名声をもたらすが小善は徳をもたらす。
世の人は,名を好むために大善を求める。しかしながら名のためになされるならば,いかなる大善も小
さくなる。君子は多くの小善から徳をもたらす。実に徳にまされる善事はない。徳はあらゆる大善の源
である」(内村鑑三『代表的日本人』岩波文庫)。君子とは指導する大人です。
積善こそが実践の原点です。「積善の家に必ず余慶あり」。社員の積善行動は社会貢献の根幹です。積
善という道徳心は,善なる動機で判断し行動するものです。現場で起こる不祥事は,この善なる判断軸
があったら防げた例ばかりです。仕事の合理化のためのマニュアル,規則,ルールのそれ自体が目的と
なってしまい,何のための行動かという動機を問いかけないと判断軸が育ちません。頭では善で行うべ
きと分かりながら,実際の行動は善と違うことをする現象は起こるべくして起こります。善が,利己的
な善でなく利他的な善である必要があって,なおかつ社会にとっても善であるという大きな関係性が明
確に成り立つ必要があります。
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人事必修!
九 人格観 人生や仕事を通じて磨き上げる
「性格+哲学=人格」
人材育成は,人格を高めるために切磋琢磨し続ける過程です。人格が,もっと企業風土のなかに根ざ
していく必要があります。社員の行動が,顧客から人格的に評価を受けることはサービスの本質です。
人格とはどうして身につくものなのかが明解に示されています。「この人格と言うものは『性格+哲
学』と言う式で表せると私は考えています。人間が生まれながらに持っている性格と,その後の人生を
歩む過程で学び身につけていく哲学の両方から,人格と言うものは成り立っている」
(稲盛和夫『生き方』
サンマーク出版)
。持って生まれた性格に人格形成の後天的な要因である哲学で人材を啓蒙することで
人格が磨かれると教えます。企業の明解な人格育成思想を示しています。
企業の哲学の純粋さが社員の人格をつくりだします。人格の練磨について,論語に「吾(わ)れ日に
三たび吾が身を省みる。人の為に謀(はか)りて忠ならざるか,朋友と交わりて信ならざるか,習わざ
るを伝うるか」とあります。一日に三度わが身を振り返る。それを教えられただけでなく実行を怠って
いないかと教えています。古来より人格の錬成は多くの賢人が語ってきたところです。日に三回わが身
を振り返る機会を意識することは容易ではありませんが,一日を終わってみれば三つの振り返りはすぐ
に浮かびます。
「人は うべき人に必ず える」
人材育成は,心の成長発展を共に育み合う過程です。650年前,それまでの能をイノベーションした
世阿弥は,能を芸術にするために著作を表しました。『花鏡(かきょう)』の中に有名な「初心忘るべか
らず」があります。その意味は「普通に考えられているような『最初の志』ではなく,未熟であった時
の最初の試練や,失敗こそが,『初心』という言葉の本当の意味である」「世阿弥にとっての『初心』と
は,新しい事態に対処する時の方法であり,試練を乗り越えていく戦略や心がまえのことである」「世
阿弥は三つの初心,つまり試練の時があると教えている」「最初の初心は,若い時の初心である。次に,
人生のそれぞれの時にまた初心がある。そして最後に老後の初心がある」(土屋恵一郎『世阿弥の言葉』
岩波現代文庫)
。
「老後の初心忘るべからず」の言葉は,60歳からの働き方についてなくてはならない
精神性です。高年齢のときにこそ初心はあるべきものです。余生という人生の残りの発想ではなく,老
いと共に自分の役割を考えることが初心です。
人格は練磨を繰り返し磨かれていくものです。人格を磨くうえで,人との出 いは万巻の書物にも勝
ります。人生は出
いだとつくづく感じます。「人間は一生のうち
うべき人に必ず
える。しかも一
瞬早すぎず,一瞬遅すぎない時に」
(『森信三語録』致知出版社)。
うべき人に必ず
えるという必然
性を教えています。現在,出
人材育成は大きな出
せん。その出
っている人をその出
いを経て始まります。同じ会社で働くとは,縁という言葉でしか説明がつきま
いを将来に向けて育んでいくなかに,目の前の人を育てることの必然性があります。偶
然と思うような出 いであっても,必然の出
人材育成は加速します。
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いと感じ取れるか否かです。
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いとして受けきるのです。出
いの意味が肚に落ちれば,
人材育成十二観抄
今こそ、先哲の教えを人と組織の成長に活かそう
十 自己観 自分自身が今の人生に意味を持たせる
「自己陶冶の力は自己の生命に内在す」
人材育成は,自己の主体性を確立する過程です。人材が未成熟から成熟に至り,さらにまた成熟を超
えて人材として他に影響力を発揮できるようになるためには,育てる人も育てられる人も自己の確立を
目指す必要があります。自己の確立は,自己成長に指針と意義を持つことですが,それは努力と環境に
影響を受けます。育てる人は良き環境を整えることは必要ですが,常に適切な環境があるわけはないの
で育てられる人の自己努力が必要です。
「最高の教育を受けた人間も,その後の自己陶冶(とうや)を缺(か)いては立派な人間には成り得
ない。ごく劣悪な教育も,自己陶冶によっては,改善され得るものである」(安岡正篤『青年の大成』
致知出版社)。人間が,自己陶冶次第であることを教えています。
自己陶冶よりも自己啓発という言葉が一般的になった現代ですが,人材育成において陶冶の本来的意
味に返る必要があります。自己陶冶は,自己の内なる開発こそが必要です。「自己陶冶の力は他面にの
み存在するものに非(あら)ず,洵(いわん)や昭として自己の生命に内在す」(中村天風『研心抄』)
。
特に,内なる本来的な良心の深掘は必須です。良心を感得したとき人間は変わります。メンタルヘルス
の課題を抱える現代こそ,この点に着眼することが多様性に適応していく人事の要諦です。
「私たちは問われている存在」
次に自己観と人生観の関係性は不可欠です。「あなたにとってこの出来事の意味は…」という問いに
重要な視点があります。フランクルは「人生はいつも,意味を持つことが可能です。ですから,人生が
その瞬間その瞬間に,この可能な,たえず変化する意味に満たされるかどうかは,そのつどそのつどの
私たち次第です」(ヴィクトール・フランクル『それでも人生にイエスと言う』春秋社)。自分次第で,
現在の自分に意味を持たせることができる,どんな人生にも意味があると理解できます。自己観と人生
観が深くつながっています。「私たちが『生きる意味があるか』と問うのは,はじめから誤っているの
です。つまり,私たちは,生きる意味を問うてはならないのです。人生こそが問いを出し私たちに問い
を提起しているからです。私たちは問われている存在なのです」(前出)。目の前のコトは,自分に問い
かけられている意味があり,この人生の問いに答えていく意味があります。答えていくことに生きる意
味があるということです。「人生に意味を持たせる生き方」から「人生が意味を問いかける生き方」へ
の自己観の転換です。
「現在がすべてであり,その現在は,人生が私たちに出すいつまでも新しい意味
を含んでいるからです」(前出)。
「今」に新しい意味が含まれているという問いかけは重要です。筆者には人材育成の着眼の転換でし
た。目の前の人材を育成しようという見方から,目の前の人材が自分に問いかけている意味と考えまし
た。人材育成という果てしなく積み重ねる行動には,育成する人に,育成が自分に問いかけている意味
があると考えることができます。
育てる人の自己観は,育てられる人の自己観に大きな影響を与えます。自己観の成熟は,腰を据えた
人材育成として多様な人材を包み込み人材成長に高い可能性を持たせます。
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十一 育成観 社会に向けて育て上げる
「世のため人のために」
人材育成は,常に育成の意味を問いかけ続ける過程です。手塩にかけて育てた人が違う道を選ぶ,あ
るいは育てた人が立派に成長して自分を超えていく。育成しようとした人のすべてが育つわけではあり
ませんし,育成の労力をかけても実らないときもあります。人材育成の論理→実践→成果をつなぐ考え
方が重要です。育成する人に哲学が必要です。人生観が,人生の出来事と変化に処していく羅針盤とな
るように,人を育てるにも人材の赤裸々な本質に惑わされない育成観が必要です。その育成観が,企業
の中に敷衍して一波となり,そして,一企業という枠を超えた万波になり社会に拡がります。
仮に,育てた人が辞めても「これからの人生で役に立ち,世のため人のためになる」という観方が必
要です。ただ,経営の渦中にあれば,そうとばかりも思えませんが,企業が人材を育てることは,社会
の有用な人材を育てることに通じるという人材育成哲学こそが,結果として人材を大きく成長に導きま
す。なぜなら,人材を我が私物のように見ない善なる動機だからです。
「心と物の奥にいま一つ」
人材育成は,限りのない果てしなき道です。人材育成の難しさは,育てる対象となる人の課題が多様
性に富んでいることです。成長の変化が極めて少ない人材,育てられることが当たり前と思っている人
材,
育ててもらうことを待っている人材など多様な現実があります。育つ人だけを育てる育成ではなく,
育ちにくい人も最大限育てることに向かい合うのが人材育成哲学です。
その基盤は何か。事上磨錬(じじょうまれん)による人間づくりです。世に一人でも多くの人材を生
み出していくという社会貢献です。人材に美醜はつきものです。その美醜を超えるために心を磨くこと
が結果として自分を育てます。人と関わって人の美醜を超えることが,自分の美醜に気づくことであり,
自分の弱さを知ることが人に弱さがあることを受け入れることであり,自分に強さがあることは誰でも
強さを秘めていることであり,それを引き出す気づきになります。
人材育成は,常に人間の業,相克,矛盾,二面性との対峙です。筆者は,これを超えるために大きな
学びになった思想があります。「精神または心を物(物質)に対峙させた考えの中では,精神を物質に
入れ,物質を精神に入れることができない。精神と物質との奥に,いま一つ何かを見なければならぬの
である。二つのものが対峙する限り,矛盾・闘争・相克・相殺などいうことは免れない,それでは人間
はどうしても生きていくわけにはいかない。なにか二つのものを包んで,二つのものがひっきょうずる
に二つでなくて一つであり,また一つであってそのまま二つであるということを見るものがなくてはな
らぬ。これが霊性である」(鈴木大拙『日本的霊性』岩波文庫)。筆者は,世界的な仏教哲学者の思想に
救われました。二つのものが二つではなく一つとして,その奥にいま一つの何かを見ていなければなら
ない。悪いことをした人間を「行為を憎んで人を憎まず」と心の中で許すことができたのは,この思想
のおかげです。「大善は非情に似たり 小善は罪悪に似たり」。大善ができるためには,鈴木大拙の言う
「いま一つ何か」を見ることで可能と考えます。
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人材育成十二観抄
今こそ、先哲の教えを人と組織の成長に活かそう
十二 人物観 人を育てられる人を育てる
「人は如何にあるべき,為すべきか」
人材育成は,その人の器に応じて育て,その成長を支える過程です。孔子が,魯の定公に用いられた
とき,当時の実力者を誅しました。門人がなぜあのような名士を排除するのかの問いに「人に憎むべき
ものが五つある。泥棒などはその中には入らぬ。その一つは万事よく気がきいて,実は陰険な人間であ
る。第二はその行が偏して,しかも頑固なものだ。第三は言うことが嘘でありながら,良く理屈がたつ
人間だ。第四は,つまらぬことを良く覚えておって,しかも博識な人間。第五は,悪事をはたらきなが
ら,私恩を売って勢力を持っている人物」(安岡正篤『朝の論語』明徳出版社)と答えました。
このような人であってほしい,このような人であってほしくないという人間の両面を知ると,人物と
はどうしてできるかを考えさせられます。幾多の古典に語られてきたことであり簡単ではありません。
人材育成では,人が持って生まれた器や個性をいかに引き出し仕事の舞台で磨く機会を与えるかが重要
です。それが育成の環境条件です。
孔子が15歳で学に志すと言っておりますが,その学とは「単なる知識を求めることではなく,真の
自己を究明しようとする努力,人は如何にあるべきか,如何に為すべきかの究明,これであります」(前
出)
。15歳の人間に求める考え方に驚くと共に,育てる人が学ぶ意義を本質的に見い出していく必要が
あります。
「満15歳をもって元服させ,一個の人格として世に立たせた古代の慣習は実に当を得てをる
といふことができます」(前出)。育てる人自身が人間をどう観ているかが重要であり,論語の「学を志
す」発想は多様な人材を育てていくうえで必要なことです。
成長し続けるために
例えば,上司に上手に育てられた人が,またその部下を育てられるかどうかですが,できるとは限り
ません。むしろ案外できないものです。なぜなら愛情を受けることは上手にできても,愛情を注ぐこと
は下手だからです。人材を育てるという連続が動態的に次から次へ容易に起こりえない原因です。育て
てもらう過程では,必要でなかった人間の観方が,今度は人を育てる過程では必要になります。この人
物観が,仕事への動機づけをしていくうえで極めて大切になります。
「三人の石切り工に尋ねる。あなたがたは何をやっているのですか,と尋ねたところ,一人目は『生
活費を稼いでいる』と答え,二人目は『石切工としてはこの国で一番の仕事をしている』と答え,三人
目は『大聖堂を建てている』と答えた。もちろん,三人目がマネージャーである」
(ジャック・ビーテ
ィ『マネジメントを発明した男ドラッカー』ダイヤモンド社)。その仕事,つまり営業なら営業の仕事
の価値を明確に示して動機として確立していくことが必要です。会社の事業の価値と関係づけた営業の
価値です。
人材育成は実際の仕事を通じて行われるものです。その仕事の価値を実務のなかで繰り返し動機づけ
していく必要があります。仕事そのものに明確な意義づけがなされなければ働く人間として誇りが持て
ません。だから,人物としても成長しきれないのです。仕事の意義づけは,企業の根本思想と深く関係
している必要があります。そのために企業の根本思想が明文で確認できることが重要です。
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