―― 実 施 例 ―― タカラトミー本社新館ビル 全面床吹き出し空調方式の概要と温熱環境 鹿島建設ñ 建築設計本部 設備設計統括グループ 竹ノ谷 英 俊 ・ 宮 崎 裕 輔 ■キーワード/ ■キーワード/事務所・室内環境・測定・性能評価 1.はじめに 2.建物概要 タカラトミー本社新館ビルは,玩具メーカーのトミー 建物名称 タカラトミー本社新館ビル 創立80周年事業として計画され,建設中にタカラとの 所 在 地 東京都葛飾区立石 合併を経て,平成18年8月に完成した(写真−1)。人 建 築 主 ñタカラトミー に優しい環境の提供,什器配置におけるフレキシビリテ 設 計 鹿島建設ñ 建築設計本部 ィの確保,吹出口のないすっきりとした空間の創出をテ 施 工 鹿島建設ñ 東京支店 ーマに,空調方式に全面床吹き出し方式を採用した。本 建築面積 1,831fl 方式は,通気性カーペットと有孔OAフロアからなる床 延床面積 7,403fl 面から微風速で空調空気を給気し,天井より換気するも 階 数 地上4階,地下1階 ので,換気方式として置換換気に分類される。 構 造 鉄筋コンクリート造 本報では,完成後の夏期・冬期の温熱環境実測を通じ て本方式の有効性を確認したので,その概要を報告する。 建物高さ 18.8m 階 高 3,700㎜ 天井高さ 2,900㎜(大梁部 2,600㎜) 工 期 平成17年4月∼平成18年7月 写真−1 外観 写真−2 内観 小部屋ゾーン 天埋型個別空調 方式採用 ④ 大部屋ゾーン 全面床吹き出し 空調方式採用 ① ② ③ ⑦ 西ペリメータ測定点 インテリア測定点 ⑤ ①∼③ インテリアゾーン ④∼⑦ ペリメータゾーン 東ペリメータ測定点 ⑥ アトリウム 床吹き型屋内機 外調機 図−1 3階平面図・空調ゾーニング ― 21 ― ヒートポンプとその応用 2008. 9. No.76 ―― 実 施 例 ―― ファシリティープランニングにより本社ビル機能を分 析し,平面計画において,大部屋/小部屋ゾーンを明確 る。床吹き型屋内機の除湿能力の低下は,外気処理機に より補うこととした。 にしたうえで,大部屋ゾーンに全面床吹き出し方式を適 用した (図−1)。 床吹き出しエリアのゾーニングは,インテリアエリア は130∼220flごとに3系統として全面床吹き出し方式, 小部屋ゾーンは天埋型による個別空調としている。北 ペリメータは東西窓エリアとアトリウムに面するエリア 側斜線による制約のため,階高を3,700㎜に抑えている の4系統として,窓際の床スリット吹き出しとした。ペ ものの,意匠的に大梁を露出することで,OAフロア高 リメータは,スキン負荷の処理,冬期コールドドラフト さ250㎜,天井高さ2,900㎜(大梁部2,600㎜)の空間を確 の防止,当方式の短所の一つである気流感のなさへの対 保している。また天井からの換気は天井材と大梁の間に 応を意図したもので,建物全体としての当システムの完 15㎜の隙間を設けることで,天井・床ともに制気口の 成度を高めている (図−1)。 ないすっきりとした意匠を実現している (写真−2)。 3−2 当方式の特徴 当方式は置換換気方式である。室内よりやや低い温度 3.空調設備概要 の空気が床全体から供給され,人体やOA機器の発熱に 3−1 空調機器 よる上昇気流とともに天井面から換気される(図−2)。 空気熱源ヒートポンプエアコン (ビルマルチ)方式とし このため冷房時に比較的大きな上下温度分布を形成し, た。屋外機は各階3系統とし,系統ごとにインテリア, 一般に50%則と呼ばれるように,空調機吹き出し温度 ペリメータ,外気処理機,小部屋用室内機を含めること 差のほぼ中間が床からの吹き出し温度になり,床から天 で,冷房負荷と暖房負荷を積極的に混在させ,冷暖フリ 井までで空調機吹き出し温度差の残り約50%の温度差 ーマルチの省エネルギー効果を高めるように配慮してい が生じる (図−3)。 る。また,インテリア・ペリメータの床吹き型屋内機は, 給気温度制御により冷房時の給気温度を16℃としてい この上下温度差が大き過ぎると快適性に影響を及ぼす 場合がある。本件では,以下の2つの指標を目標値とし て計画し,室内機の風量決定のための吹き出し温度差を 8℃とした。 ASHRAE基準: 床上0.1m−1.7mの温度差(⊿T0.1−1.7) 3℃以内 ISO基準: 床上0.1m−1.1mの温度差(⊿T0.1−1.1) 3℃以内 当方式の適用にあたっては,表−1に示すメリット・ デメリットを考慮する必要がある。意匠的に,また体に 優しいという点で上質な空間を提供できる方式である が,吹出口タイプの床吹き出し方式に比べると,ゾーン 内での風量の調整ができないために間仕切り対応への制 約があることや,夏に外部から入室した場合,火照った 図−2 置換換気方式の仕組み 表−1 当方式のメリット・デメリット 約25∼26℃ 空調機戻り温度 50% メリット ・天井・床ともに制気口のない優れた意匠 50% ・什器レイアウトフリー (レイアウト変更にフレキシブル) ・ドラフト感がなく体に優しい ・夏は冷放射,冬は温放射による快適な放射環境 ・居住域が新鮮な空気で満たされる 高 さ ・吹き出し気流が微風のため埃が舞い上がらず粉じん濃度が低い デメリット ・個室対応が困難 空調機出口温度 床からの吹き出し温度 約17∼18℃ 約21∼23℃ 温 度 ・気流がないため,冷房時に物足りないと感じる場合がある ・飲食エリアや裸足で長く滞在する場所には不向き (出典:Displacement ventilation in non-industrial premises, REHVA) ・外部に近く,濡れたり汚れやすい場所には不向き 図−3 冷房時の上下温度プロフィール ヒートポンプとその応用 2008.9.No.76 ― 22 ― ―― 実 施 例 ―― 体にはしばらく体感的に物足りないと感じたりする場合 1.1の平均1.2℃,⊿T0.1−1.7の平均1.4℃),4階はやや がある。また,カーペットが汚れやすい,飲食エリアや 上回っている(⊿T0.1−1.1の平均2.9℃,⊿T0.1−1.7の 外部に近い場所にも不向きである。 平均3.6℃)。3階と4階の差は,周辺の什器配置やPC 3−3 通気性カーペットと有孔OAフロア などの発熱機器の配置によるものと考えられるが,明確 通気性カーペットはポリエステルフェルト基材とタイ な原因は把握できなかった。今回,室内機の風量決定の ルカーペットの基布を,特殊な接着剤と接着方法により, ための吹き出し温度差は8℃としたが,確実に達成する 通気性を確保しつつバインディングしたもので,通気抵 ためには,7℃程度にすれば改善されたと考えられる。 抗は約20Pa(1.5cm/sec時)と低い。有孔OAフロアは金属 一方,天井面での温度が25∼26℃で推移するのに対 製で17.3%の高い開口率を有し,同様に低い通気抵抗で し,居住域(FL+1.1m/1.7m)の温度は24∼25.5℃となっ ある。これに対し,給気風速を1.5cm/secとした。また, ている。当方式では,クールビズにより設定温度を緩め タイルカーペットの接着性の向上を意図し,カーペット ても,居住域レベルを効果的に冷房することができるこ をOAフロア目地またぎで貼ることとし,パネルの中央 とが分かる。 十字部分は孔のないフラットパネルとしている。カーペ 冬期代表日(2008.2.6)の3階インテリア,東ペリメー ットはñタジマとの,OAフロアは日立機材ñとの共同 タにおける上下温度分布を示す(図−7−1・2)。イン 開発品である(図−4) 。 テリアは冬期でも冷房モードで運転されているが,終日 送風運転されているため,夏期に比べて上下温度差は小 4.温熱環境実測結果 さい。 上下温度分布を把握するため,図−5に示す測定ポイ 東ペリメータは窓際スリットからの吹き出し(面風速 ントの温度を計測した。また,測定位置を図−1に示す。 約1.5m/sec)で,給気温度は31∼38℃であるが,上下温 4−1 上下温度分布 度差は1℃未満に納まっている。また,居住域(FL+ 1.1m/1.7m) の温度は22.5∼24℃で良好に推移している。 る上下温度分布を示す(図−6−1・2) 。図中,上下温 なお,本計画では,室内機本体でのレタン温度制御と 度差に関するASHRAEとISOの2つの快適基準を緑点線 している。FL+1m程度の居住域とは約2℃の差があ の3角形にて示す。この3角形の斜辺よりも温度分布が り,この差を考慮した室温設定運用により,より省エネ 急勾配であれば,上下温度差が目標値に納まっているこ ルギーをはかることができると考えられる。 とになる。 3階は目標値を下回っているが(⊿T0.1− カーペット基布+パイル糸 特殊接着剤 ポリエステルフェルト 有孔OAフロア (タジマ製 特許取得済) FL+2.8 FL+2.2 FL+1.7 550 FL+1.1 250 150 500 カーペットとOAフロア断面図 3,700 200 CH=2,900 350 250 550 550 550 100 200 夏期代表日(2007.7.26)の3・4階インテリアにおけ FL+0.6 FL+0.1 ⑪ ⑩ ⑨ ⑫ RA 4,000m3/h ⑧ ⑦ ⑥ ⑤ ④ ③ ② ⑬ ① ① D50A ●:温度 タイルカーペット 有孔OAパネル(左:表面 右:裏面)と タイルカーペット割り付け (日立機材製 意匠登録手続中) 大部屋エリア 小部屋エリア 床全面吹き出し 天井吹き出し 図−4 通気性カーペットと有孔OAフロア (m) 3.5 図−5 測定点断面図 (m) 3.5 空調PAC 戻り 3.0 ↑ 床 面 か ら の 高 さ 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 9時 10時 11時 12時 13時 14時 15時 16時 17時 −0.5 16 ↑ 床 面 か ら の 高 さ FL+1.7 FL+1.1 FL+0.1 0.0 ▼ 床面 18 19 20 21 22 23 温 度 → ▲ 天井面 9時 10時 11時 12時 13時 14時 15時 16時 17時 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 FL+1.7 FL+1.1 ▼ 床面 FL+0.1 0.0 空調PAC 出口 17 空調PAC 戻り 3.0 ▲ 天井面 空調PAC 出口 −0.5 24 25 26 16 27 28 (℃) 図−6−1 上下温度分布 (夏期2007.7.26) 3階インテリア 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 温 度 → 28 (℃) 図−6−2 上下温度分布(夏期2007.7.26) 4階インテリア ― 23 ― ヒートポンプとその応用 2008. 9. No.76 ―― 実 施 例 ―― リアの足元がより快適であることが分かる。 4−2 放射環境−サーモカメラ サーモカメラ撮影により部屋内の各表面温度を撮影し, 放射環境を確認した。冷房時の全面床吹き出しエリアと 5.おわりに 天井カセットエリアの比較を示す(図−8−1・2)。室 当空調システムは,本文中でも述べたとおり,いくつ 温は,各々25℃程度・26℃程度であるが,全面床吹き出し かのメリット・デメリットを持つため,必ずしも汎用的 エリアは天井カセットエリアに比べて床面は4∼6℃, に用いられるシステムではない。しかしながら,本建物 天井面は1℃低く,良好な放射環境であることが分かる。 においては建築計画や運用ニーズとの調和をはかりなが 暖房時の全面床吹き出しエリアを示す(図−9−1)。 ら,総合的にインテグレートした建物および空調システ 室温23∼24℃程度において,床面は室温に比べて1∼ ムを構築したと考えている。また,環境実測によりその 2℃程度高く,天井面は室温より1℃程度低い。頭寒足 特性を把握することができた。今後も実績を重ねていき 熱の良好な放射環境であることが分かる。 たいと考えている。 また,天井吹き出し方式エリアとペリメータの窓際ス 最後に,本工事の計画・施工・実測にわたり,ご指 リット吹き出しエリアの比較を示す (図−9−2)。床表 導・ご協力をいただいたñタカラトミー殿,関係各位の 面温度に3℃程度の差があり,窓際スリット吹き出しエ 皆さまに厚くお礼申しあげます。 (m) 3.5 3.0 ↑ 床 面 か ら の 高 さ (m) 3.5 空調PAC 戻り 9時 10時 11時 12時 13時 14時 15時 16時 17時 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 ↑ 床 面 か ら の 高 さ FL+1.7 FL+1.1 ▼ 床面 FL+0.1 0.0 16 17 18 19 20 21 22 23 温 度 → 24 25 2.0 1.5 1.0 0.5 FL+1.7 FL+1.1 27 28 (℃) 16 17 18 19 21 22 23 温 度 → 24 25 26 天井:29∼29.5℃ 27 28 (℃) (100.0) 35.0 33.5 33.5 32.0 32.0 30.5 床:23∼25℃ 20 図−7−2 上下温度分布 (冬期2008.2.6) 3階東ペリメータ (100.0) 35.0 天井:28∼28.5℃ ▼ 床面 FL+0.1 空調PAC 出口 −0.5 26 図−7−1 上下温度分布 (冬期2008.2.6) 3階インテリア 30.5 窓:28.5℃ 29.0 29.0 27.5 27.5 26.0 26.0 24.5 24.5 23.0 (−20.0) 23.0 (−20.0) 床:29℃ 室温25℃程度 図−8−1 冷房時3階インテリア 梁:22.5℃ ▲ 天井面 9時 10時 11時 12時 13時 14時 15時 16時 17時 2.5 0.0 空調PAC 出口 −0.5 空調PAC 戻り 3.0 ▲ 天井面 室温26℃程度 図−8−2 冷房時天井カセットエリア (本館改修部分) 天井:23.5℃ 日射の影響による温度上昇 28.0 27.0 26.0 28.0 27.0 天井床吹き出しの床 26.0 床:22℃ 25.0 24.0 23.0 24.0 23.0 ペリメータ床スリット吹出の床 22.0 22.0 床:25∼25.5℃ 21.0 20.0 図−9−1 暖房時3階東インテリア ヒートポンプとその応用 2008.9.No.76 25.0 床:25∼26℃ 図−9−2 床スリット吹き出しと天井吹き出しの床表面温度の違い ― 24 ― 21.0 20.0
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