日本の英語教育における問題点

日本の英語教育における問題点
国際基督教大学 教養学部アーツ・サイエンス学科 進学 大勝美佳子
はじめに
長年文法偏重の英語教育が日本人が英語が苦手である原因だと批判され続けてきたが、近年
コミュニケーション重視の英語教育へと方針が変わってきている。2011 年から必修化された小
学校高学年の英語教育。
そして新たな学習指導要領が平成 25 年度の高校入学生から段階的に実
施され、英語の授業は基本的に英語で教えられることとなった。さらに既存の英語科目は一新
され、コミュニケーション英語や英語表現、英語会話という新たな科目に改変される。
私はこの研究に取り組む際、日本の英語教育の失敗の原因は文法偏重にあるという俗説を信
じ、6 年間英語の授業を受け続けても英語を話せないのは教育に問題があるはずだと思ってい
た。しかし英語教育について調べるにつれて、EFL(English as a Foreign Language)環境にあ
る日本人が身につけるべき英語力とは果たして本当にコミュニケーション重視となった新たな
教育方針に即したものなのかを疑問に持ち始めた。新たに文法からコミュニケーションへと移
行された日本の英語教育がどんな問題をはらんでいるのか考えていきたい。
目次
1.小学校の英語教育の問題点
(1)教員の養成の必要性
(2)中学校との連携
2.アジアの国々と日本の小学校教育の比較
(1)TOEFL の点数で見た比較
(2)小学校英語教育が目指すものの比較
(3)開始年、開始学年、授業時間数の比較
(4)各技能における目標の比較
3.高校英語の学習指導要領の改変
4.英語教育の改善にあたって
(1)授業時間の増加
(2)少人数教育の実施
(3)教育費の増加と教員の時間
1.小学校の英語教育の問題点
2011年度から小学校5,6年生を対象に「外国語活動」としてこれまで「総合的な学習の時間」の
中で自主的に行われていた英語活動が必修化された。これにより年間授業時間 35 時間(週 1 時
間=45 分)の英語活動が「話す、聞く」を中心に進められることとなった。この必修化にはどのよ
うな問題点があるのだろうか。
(1)教員の養成の必要性
小学校における英語教育では専門の教師ではなく、担任が授業を行うことが求められる。
これまでの「総合的な学習の時間」での英語活動では ALT 派遣や地域人材による支援が主であっ
た。新たな「外国語活動」も必修化されたが「教科ではない」という定義のため、「小学校教諭免許
状」を取得していなくても指導することが可能であるが、
週 1 回の活動となると外部委託には予
算の限界があるだろう。
小学校英語教育の教員養成には独立行政法人教員研修センターが主催者となって小学校英語
活動等国際理解活動指導者養成研修が都道府県のブロック別で実施されている。主な指導内容
は、以下のものだ。
・小学校における外国語活動の趣旨、在り方に関する研究協議
・小学校における外国語活動の推進に関する演習
・指導方法に関する演習(授業の公正、教材作成の方法、チームティーチングの進め方)
実習期間は 3 日間から 1 週間の短期間で、指導内容は説明的なものが多いため、実践演習は
少なくなる。政府の研修センターでの指導は形式的な理論に過ぎず、授業で実践するには結局
は各教師の力量次第ということになる。
このほかに民間で小学校英語教員資格を取得できる小学校教員養成所は、英会話学校や 2003
年に設立された特定非営利活動法人英語指導者認定協議会(J-shine)がある。J-shine は児童や
小学生に英語を指導するための一定の技能を持った指導者を育成、認定するための機関で
J-shine の認定校で学ぶことで「小学校英語指導者資格」を取得することができるが、この場合
の育成カリキュラムはおよそ 6 週間かかり、50 時間以上の単位取得が義務付けられている。大
学で実施する場合は 6 単位が必要なうえに小学校での英語指導の実践体験が 1 年間義務付けら
れている。
このような教員養成の現状では、現在の小学校教諭に英語教員としての充分な訓練を積ませ
ることは難しいだろう。6 週間ものカリキュラムをこなすだけの時間が彼らにはないからだ。
今後新たな人材育成に力を入れていくのはもちろんだが、現在の教育現場で英語を指導しなけ
ればならない現役の担任たちにさらに充実した訓練を受けさせることを保障しなければ小学校
英語教育の導入は早急過ぎたと言わざるを得ない。
(2)中学校との連携
児童が中学校に進学したときにこそ小学校英語の意義が問われるはずだが、現在の小中連携
はスムーズに行っていない。その原因は主に 2 つある。
1 つ目は小学校により指導内容に差があることだ。小学校学習指導要綱には教材の指定がな
いため、活動内容は各教師によりばらつきが出る。文部科学省から支給された「英語ノート」も
使うか使わないかは各小学校により判断される。したがって中学校の学区にある複数の小学校
で英語活動の内容が異なれば、児童が学んだ英語のレベルも変わってくるため、小中連携を徹
底しなければ中学校教師は小学校で学んだことをまるっきり無視して授業を始めることになり
かねないだろう。
表 1 小学校外国語活動と中学校外国語の目標
小学校
項目
中学校
外国語を通じて言語や文化について体
外国語活 外国語を通じて、言語や文化に対する理
験的に理解を深め、積極的にコミュニ
動・外国
ケーションを図ろうとする態度の育成
語の目標 を図ろうとする態度の育成を図り、聞く
を図り、外国語の音声や基本的な表現
こと、話すこと、読むこと、書くことな
に慣れ親しませながら、コミュニケー
どのコミュニケーション能力の基礎を養
ション能力の素地を養う。
う。
解を深め、積極的にコミュニケーション
1 英語を用いて積極的にコミュニケ
英語活動 ・初歩的な英語を聞いて話し手の意向な
ーションを図ることができるよう、次
の目標と どを理解できるようにする。
の事項について指導する。
英語の目 ・初歩的な英語を用いて自分の考えなど
(1)英語を用いてコミュニケーション
標
を話すことができるようにする。
を図る楽しさを体験すること。
・英語を読むことに慣れ親しみ、初歩的
(2)積極的に英語を聞いたり話したり
な英語を読んで書き手の意向などを理解
すること。
できるようにする。
(3)言語を用いてコミュニケーション
・英語を書くことに慣れ親しみ、初歩的
を図ることの大切さを知ること。
な英語を用いて自分の考えなどを書くこ
2 日本と外国の言語や文化について、
とができるようにする。
体験的に理解を深めることができるよ
う、次の事項について指導する。
(1)英語の音声やリズムなどに慣れ親
しむとともに、日本語との違いを知り、
言葉の面白さや豊かさに気づくこと。
(2)日本と外国の生活、習慣、行事など
の違いを知り、多様なものの見方や考
え方があることに気づくこと。
(3)異なる文化を持つ人々との交流な
どを体験し、文化などに対する理解を
深めること。
2つ目の原因は指導目標の違いにある。
表1にあるように小学校の外国語活動の指導目標は、
言語や文化について体験的に理解を深め、コミュニケーション能力の素地を養うことにあるた
め、ゲームや歌、踊りなどを通して異文化に直接触れて英語に慣れ親しむことにある。一方で、
中学校では 4 技能による初歩的なコミュニケーションスキルの伸長を目標としている。小学校
ではあくまでも英語によるコミュニケーションを積極的に体験させることで児童に英語を学ぶ
楽しさや大切さを感じさせることを目指しているのであり、スキル獲得に伴う訓練は想定され
ておらず、
音声や文法を体系的に理解し、
コミュニケーションで使えるようにするのではなく、
まねて楽しむ体験にとどめている。中学校では、初歩的な英語を使って、相手の考えを聞きと
ったり、読みとったりして自分の考えを相手に話したり書いたりして伝えるような 4 技能のス
キルを伸ばすことを目指していて、この両者の違いを小中学校の教師が相互に理解しあい、よ
り連携を徹底させることが生徒の英語力を高めるためには求められる。
2.アジアの国々と日本の小学校教育の比較
前章では日本国内での問題点をあげたが、
同じ EFL 環境にあり英語圏との文化的・言語的距離
も似ているアジア諸国と比較すると、日本の小学校教育にはどのような問題があるのか。ここ
では中国、韓国、台湾と比較する。
(1)TOEFL の点数で見た比較
日本の小学校英語必修化の以前から中国、韓国、台湾では 4 技能(話す、聞く、読む、書く)
のバランスがとれたカリキュラムを小学校英語教育に導入しており、結果的に国際的な英語能
力テストである TOEFL で日本より高い点数を出している。以下の表 2 でわかるように、1995、
1996 年から 2005、2006 年までの 10 年間で日本は合計平均がわずか 3 点しか上昇していないの
に、他 3 国は 20~30 点の大幅な上昇を遂げており、日本が近隣諸国に比べて英語能力で後れを
取っている事は歴然である。さらに、最近の英語教育で力が入れられ始めたコミュニケーショ
ン能力に直結する Listening の点数が低いのはもちろんのこと、散々文法偏重が叫ばれてきた
日本人なら得意のはずの文法・構文・Writing においてさえ、
4 国の中で最低の点であるという事
実は見逃せない。つまり、日本人が他国に劣っているのは今重要視されている話したり聞いた
りする力だけではなく、書いたり読んだりする力でもあるということだ。この読み書きの能力
を育成するためには文字指導が必要不可欠であり、この点に着目すると現在導入された日本の
小学校英語の指導内容は文字指導を導入せず直接的なコミュニケーションに傾倒するという大
きな問題を抱えている。
表 2 TOEFL(PBT テスト)の 10 年間の国別平均スコア比較
年
Listening
日本
中国
韓国
台湾
1995-1996
49
52
49
50
2005-2006
51
55
56
56
+2(4.08%)
+3(5.76%)
+7(14.28%)
+6(12%)
1995-1996
48
52
52
51
2005-2006
49
55
52
51
+1(2.08%)
+3(5.76%)
±0
±0
上昇率
Reading
上昇率
文法・構文・
1995-1996
50
54
52
51
Writing
2005-2006
50
57
53
52
上昇率
±0
+3(5.55%)
+1(1.92%)
+1(1.96%)
1995-1996
494
526
510
507
2005-2006
497
557
530
530
+3(0.6%)
+31(5.89%)
+20(3.92%)
+23(4.53%)
合計平均
上昇率
(2)小学校英語教育が目指すものの比較
各国が導入した英語教育の目標はそれぞれに違いがあり、どんな能力を身につけさせるため
の教育なのかが表れている。表 3 によると外国語教育の趣旨は日本は単なる国際理解の一環と
している一方、他 3 か国は国際社会に通用する人材の育成という明確な目的があり、生き残り
や世界競争での勝利を目指し英語教育への熱心さがうかがえる他国に比べ、あくまでも異文化
を理解するための教育という日本は低姿勢で生ぬるいものであるように思える。次に教育目標
ではコミュニケーション能力を育て異文化を理解するという点は共通しているが、技能面に注
目すると、中国では 4 技能をマスターして総合的な運用能力を形成する、韓国では文字言語教
育は、やさしく簡単な内容の文を読み、書くことのできる内容としていて、台湾では英語学習
方法を育てることとしているが、日本は精神的な目標にとどまり、技能面を定義していない。
また前章でも述べた日本の小中連携の脆弱さに比べると、小中、あるいは小中高の一貫した教
育体制が他 3 か国では確立されている上に、教育目標達成のために各学年で行われる内容が明
確になっていて、習ったことを新出内容に効果的に反映できるので、より小学校英語教育を活
かしていけるようになっている。
表 3 各国の英語教育の趣旨と教育目標、小中連携体制の比較
日本
中国
韓国
台湾
外国語教育の趣
国際教育の一環
国民的発展のた
インターネット
人材を育成して
旨
として。
めの国際人の育
時代の国際語で
国際社会で生き
成。
ある英語をマス
残っていく。
ターし、世界競
争に勝つ。
小学校における
外国語を通じて
児童・生徒が英
基礎的な英語を
基本的な英語コ
教育目標
言語や文化につ
語についての一
理解し、表現す
ミュニケーショ
いて体験的に理
定の基礎知識と
る能力を育て
ン能力を育てる
解を深め、積極
4 技能をマスタ
る。文字言語教
こと。英語学習
的にコミュニケ
ーし、一定の総
育は、やさしく
の興味と学習方
ーションを図ろ
合的な言語運用
簡単な内容の文
法を育てるこ
うとする態度の
能力を形成する
を読み、書くこ
と。本国と外国
育成を図り、外
ようにする。世
とのできる内容
文化の風俗習慣
国語の音声や基
界を理解し、中
とし、音声言語
に対する認識を
本的な表現に慣
国文化と西欧文
と連携した構成
促進する。
れ親しませなが
化の差異を理解
であること。
ら、コミュニケ
し、視野を広げ、
ーション能力の
愛国主義精神を
素地を養う。
広げる。
小学校と中学校
中学校までは小
小・中・高 12 年 小・中・高 12 年 小・中での英語
の英語教育体系
学校の内容を踏
間の一貫した指
間の一貫した指
まえ、さらに実
導体系。
導。
践的コミュニケ
ーションの基礎
を培い、4 技能の
言語活動を調和
のとれた形で行
うのが適当。
を一貫課程。
(3)開始年、開始学年、授業時間数の比較
開始年・開始学年をみると、他国では日本より早く導入されている上に第 3 学年からの開始
が基本であることがわかる。早い地域では第 1 学年から始まっているところもある。特に表 1
の TOEFL の点数で最も高い+31 という上昇率を出した中国では 90 年代半ばからの最も早いス
タートで、その成果が顕著に表れていると言える。授業数では週 1 コマの日本は最も少なく、
台湾は週 2~3 コマ、韓国では 3・4 年は 1 コマ、5・6 年は 2 コマと段階的に増やしていて、中国
は特に多い週 4 コマ以上の実施、ショートタイムとロングタイムの制度により低学年と高学年
で違いがある。他教科とのバランス、母国語の習得度を考えると、必ずしも早い学年での開始、
多くの授業数がいいとは言い切れないが、日本の小学校英語は「活動」であり、
「教科」ではな
いことから考えても中途半端であるように感じられる。
他国でも小学校英語の導入から 10 年ほ
どしか経っておらず、先に述べた TOEFL の受験者が皆小学校英語教育を受けているわけではな
いため、この先日本が体制を見直さなければさらに差が広がる一方だと考えられる。
表 4 各国の開始年、開始学年、授業数
日本
中国
韓国
台湾
開始年
2000 年から学
90 年代半ばに第 3 学年に導入。 1997 年から
2005 年より国
開始学年
校の判断で「総
しかし国内各地の状況を踏ま
初等教育第
民小学校第 3
合的な学習時
え、第 1 学年から、または遠隔 3 学年から
学年から地域
間」で導入が可
地域、農村地域などでは 4.5 学 必須化。
により第 1 学
授業数
能。2011 年から 年から開始になる場合もある。
年から開始し
小学校 5 年生か 北京市などでは 2003 年から 1
ている。
ら完全実施。
年生に導入開始。
1 コマ 40 分
学習時間原則
1 コマ 40 分
1 コマ 40 分
週に 1 コマ
英語に触れる頻度を高める
3・4 学年で
地域により異
年間 35 コマ
1 コマ 40 分
は週 1 コマ
なる
週最低 4 コマ以上。40 分の授
5・6 学年で
台北市・週 2 コ
業を分割し 3・4 年生ではショ
は週 2 コマ
マ地域、小学校
ートタイムを主とする。5・6 年
の違いにより
生ではショートとロングタイ
週 3 コマのケ
ムの組み合わせ。
ースあり
(4)各技能における目標の比較
小学校英語教育により育成したい英語力を、技能目標から比べてみる。表 5 を見てみると、
驚くべきことに、文字指導を導入せず、音声によるコミュニケーションを重視などと明らかな
コミュニケーション偏重教育を掲げているのは日本だけなのだ。前述の TOEFL の点数比較を思
い出して欲しい。Reading、文法・構文・Writing の項目で最も低い点数だった日本こそが他国の
後れを取る読み書きにも力を入れるべきであるはずなのに、バランスよく 4 技能の力を身につ
けさせようとしている他国に比べて、4 技能のバランスをまるっきり無視した日本の技能目標
は不可解でしかない。英会話が出来ないからコミュニケーション能力を鍛えよという世論の幻
想に押されて、アカデミックな面で重要になる読み書きをおろそかにしていたのでは総合的な
英語力の育成に支障が出る。さらに、小学校での文字指導の導入は表 3 のように小中高の一貫
した教育体制を持つ 3 か国では効果的にはたらき、4 技能の総合的指導の発展を中学校で行う
ことができる。前章で述べた小中の指導目標の違いという問題はこの文字指導の欠落から生じ
ているのであり、解決する手立ては他国のようなバランスの取れた 4 技能の育成なのである。
表 5 技能目標
日本
中国
韓国
台湾
小学校
4 技能の中であくまで音声
4 技能をマス
やさしく簡単な内容
6 学年修了ま
におけ
によるコミュニケーション
ターし総合的
の文を読み、書くこ
でに4技能を
る技能
を重視し、聞くこと話すこ
言語運用能力
とのできる内容と
相互に発達
目標
とを中心とする豊かなコミ
を形成する。
し、音声言語と連携
させること
ュニケーション体験をさせ
すること。4 技能を
ることが大切。
総合的に指導。
それでは、他国では小学校でどのような文字指導が行われているのだろうか。読み書きの目
標に注目して比較する。まず、「読む」ことへの各国の取り組みの違いだ。
表 6 「読む」についての各国の目標
日本
中国
韓国
台湾
「読む」
アルファベッ
簡単な指示文、依 日常生活に関する簡
フォニックスを利
技能目標
トの指導は活
頼文、挨拶文の読 単な文を読み理解で
用して単語が読め
字体の大文
解が可能。既習の き、真意が判断でき
る。録音媒体ととも
字、小文字に
物語、文章は正し る。簡単な文を適当な に教科書の中の会
触れる程度に
く朗読できる。
とどめる。
ポーズを取りながら
話や物語を正確に
声に出して読める。既 朗読できる。本の前
習フレーズや文を読
後の文から予測、推
める。
測しながら読める。
日本の目標がただのアルファベットの学習である一方、3 か国は文を読むだけではなく物語
の読解という高度な内容を取り入れている。その際に非常に重要な、単語を一つずつ読み込み
意味を把握するのではなく、文脈から意味内容を推測するという活動をすでに小学校から取り
入れるというのは注目に値する。日本の高校生でさえ、文脈からの推測に苦労している人が少
なくない。簡単な内容とはいえ幼少期からそのような読解方法に慣れておく教育は非常に有効
であるはずだ。このような高度な読解能力育成教育が日本と韓国の高校生を対象に行われた調
査結果にも反映されており、「英語でインターネットを読むことがある」と回答した韓国人の生
徒は日本人の 4 倍にのぼる 79.4%だったという事例がある。同じ EFL 環境にありながらも、韓
国人が英語を読むことへの抵抗感が少ないのは、このように小学校のときから英語で読むとい
う教育が行われてきたからであろう。日本人は英語の文章に日常的に進んで触れようとするこ
とが少なく、英語をみると敬遠してしまいがちな傾向にあるように思える。この状況を打開す
るためには小学校での文字指導で音声だけではなく英語の文章にも慣れ親しむことが必要不可
欠だと言える。
次に、「書く」ことへの取り組みの違いを比べてみる。
表 7 「書く」ことについての各国の目標
日本
中国
韓国
台湾
「書く」
アルファベットの指導
例文にならって
既習フレーズや
常用語彙を少な
技能目標
は活字体の大文字、小
センテンスをか
文が書ける。例
くとも 180 語は
文字に触れる程度にと
け、簡単な挨拶
文を参考にして
綴ることができ
どめ、音声面を中心と
文が書ける。絵
事柄や絵につい
る。英文の書き
した指導を補助する程
や実物などの説
て記述できる。
方を理解し簡単
度の扱いとする。発音
明を書くことが
誕生日カードや
な文を書くこと
とつづりの関係につい
できる。
お礼状を書くこ
ができる。
ては小学校段階では取
とができる。
り扱うこととはしてい
ない。
ここでも日本がアルファベットの学習にとどめている一方、3 か国は単語や文を書き、さら
には絵の説明を書いたり、礼状を書いたりと自分の力で考えて書く力の育成を目指している。
日本の学生の多くが英文を書くことに苦手意識を感じている原因は、中学校で一気に語彙力や
文を構成させ、自分で書く力を身につけることを要求されるために英語への拒絶反応を引き起
こしてしまうことにあるのではないか。
小学校のうちから単語を覚え、
フレーズや文を模写し、
習った文法的知識を応用させて自分の力で英文を書くことを段階的に学習していけば、英文を
書くことになれ、無理なく英語学習を進めることができるはずだ。
このように、日本の小学校英語教育では話す聞くのコミュニケーション能力育成だけにとど
まっており、こうしたコミュニケーション偏重教育を行うことは、過去に批判された文法偏重
教育の二の舞になりかねない。英語を学習する際に重要なのは 4 技能をバランスよく習得し、
総合的な英語能力を身につけることである。日本はもともと隣国に英語能力で後れを取ってい
るのに、現在の様な中途半端な小学校英語教育を導入しただけでは、この差がさらに広がって
いくことは目に見えている。早急に現在の教育体制の抜本的な改革を行うべきだ。他国を見習
い、小学校のうちから文字指導を導入し段階的に 4 技能を育成していくようなカリキュラムを
取り入れることは必要不可欠なのである。
3.高校英語の学習指導要領の改変
2013 年度から高校英語の学習指導要領が一新される。従来のものと大きく変わる点は 2 つあ
る。1 つ目は科目の大幅な改変だ。従来の主要な科目である英語Ⅰ、Ⅱはコミュニケーション
英語Ⅰ、Ⅱ、Ⅲと名前が変わり、コミュニケーション教育への力の入れ具合がうかがえる。そ
の補助科目としてコミュニケーション英語基礎が設置され、中学校での学習とのギャップを埋
めるために基礎的な内容から導入させることができるが、必修科目ではない。今まで話す、聞
くの音声に関するコミュニケーション能力育成を行っていたオーラル・ミュニケーションⅠ、
Ⅱ
の科目は、英語表現Ⅰ、Ⅱと英語会話の科目として実施される。リーディングとライティング
の 2 科目はコミュニケーション英語Ⅰ、Ⅱや英語表現Ⅰの演習科目の中に組み込まれる。独立
していた科目を統合し聞く、話す、読む、書くの四領域を結びつけた活動の実施のために新た
な科目を導入する、その試みは立派なことかもしれない。しかし、既にコミュニケーション英
語として四領域の統合をうたった指導要領に改訂された中学校英語では、授業についていけな
い生徒が増えている。文法教育がままならないうちに会話文を中心とした文章に触れなければ
ならず、授業が理解できなくなっているのだ。さらに、受験で使う英語は読み書き中心のまま
で、そちらへの学習のほうが必要に感じるため、音声によるコミュニケーションの学習は楽し
いとしてもモチベーションがあがらず、中身のない授業になってしまうこともあるようだ。4
技能を統合した授業では、その前提となる基礎力が形成されていなければ意味がない。そのよ
うな高度な学習内容に全ての高校生がついていけるのか。
各科目の具体的な内容は次のようになっている。
表 8 各科目の内容
コミュニケーション英語基礎
中学校における学習の確実な定着と「コミュニケーション英
語Ⅰ」における学習への円滑な接続とを目的として,選択履
修させる科目として創設した。目標は,英語を通じて,言語
や文化に対する理解を深め,積極的にコミュニケーションを
図ろうとする態度の育成を図り,「聞くこと」,「話すこと」,
「読むこと」,「書くこと」などの基礎的なコミュニケーシ
ョン能力を養うこととし,指導内容は,生徒の実態に応じ,
主に身近な場面における言語活動を経験させながら,中学校
における基礎的な学習内容等を整理して指導し定着を図るこ
ととした。
コミュニケーション英語Ⅰ
高等学校外国語科において,英語を履修する場合に,すべて
の生徒に履修させる科目として創設した。中学校におけるコ
ミュニケーション能力の基礎を養うための総合的な指導を踏
まえ,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育
成するとともに,「聞くこと」,「話すこと」,「読むこと」
及び「書くこと」の4技能を総合的に育成するための統合的
な指導を行う科目である。特に,聞いたり読んだりしたこと,
学んだことや経験したことに基づき,情報や考えなどについ
て,話し合ったり意見の交換をしたりすることや,簡潔に書
くことなどの統合的な言語活動が行われるようにした。その
際、例えば、社会科や理科など他教科で学習する内容、自国
や郷土の風俗・習慣、歴史、その他の様々な伝統や文化に関
する内容、発明や発見などの科学技術や自然に関する内容、
異文化コミュニケーションに関する内容等、コミュニケーシ
ョンへの関心・意欲・態度の育成にも資する題材や内容を選
択的に取り上げ、体系立てて扱うものとする。指導する語彙
数は,従来の「英語Ⅰ」と同様,400語程度の新語とした。ま
た,文法事項については,言語活動と効果的に関連付けなが
ら,すべての事項を本科目において適切に取り扱うものとし
た。
コミュニケーション英語Ⅱ
原則として「コミュニケーション英語Ⅰ」を履修した後に,
更に英語の履修を希望する生徒の能力・適性などに応じて選
択履修させる科目として創設した。積極的にコミュニケーシ
ョンを図ろうとする態度を育成するとともに,生徒のコミュ
ニケーション能力を伸ばす指導を発展的に行う科目である。
特に,速読したり精読したりするなど目的に応じた読み方を
することや,聞いたり読んだりしたこと,学んだことや経験
したことに基づき,話し合うなどして結論をまとめたり,ま
とまりのある文章を書いたりすることなどの統合的な言語活
動が行われるようにした。また,指導する語彙数は,700語程
度の新語とした。
コミュニケーション英語Ⅲ
原則として「コミュニケーション英語Ⅰ」及び「コミュニケ
ーション英語Ⅱ」を履修した後に,更に英語の履修を希望す
る生徒の能力・適性などに応じて選択履修させる科目として
創設した。積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度
を育成するとともに,生徒のコミュニケーション能力を更に
伸ばし,社会生活において活用できるよう指導を行う科目で
ある。また,指導する語彙数は,700語程度の新語とした。
英語表現Ⅰ
中学校におけるコミュニケーション能力の基礎を養うための
総合的な指導を踏まえ,話したり書いたりする言語活動を中
心に,情報や考えなどを伝える能力の向上を図るため,選択
履修させる科目として創設した。積極的にコミュニケーショ
ンを図ろうとする態度を育成するとともに,事実や意見など
を多様な観点から考察し,論理の展開や表現の方法を工夫し
ながら伝える能力を養う科目である。基本的な言語規則に基
づいて、様々な場面に応じて適切に話すことや書くことがで
きるようにし、あわせて論理的思考力や批判的思考力を養う
ことをねらいとして内容を構成する。特に,与えられた話題
について即興で話すことや,従来「オーラル・コミュニケー
ションⅠ」及び「オーラル・コミュニケーションⅡ」におけ
る指導内容とされていた発表を行うことなどの言語活動が行
われるようにした。
英語表現Ⅱ
原則として「英語表現Ⅰ」を履修した後に,更に英語の履修
を希望する生徒の能力・適性などに応じて選択履修させる科
目として創設した。積極的にコミュニケーションを図ろうと
する態度を育成するとともに,「話すこと」及び「書くこと」
に関する技能を中心に,論理の展開や表現の方法を工夫しな
がら伝える能力を伸ばす指導を発展的に行う科目である。ス
ピーチやプレゼンテーション、ディスカッション、ディベー
トなど高度なコミュニケーションを行うことができるように
することや複雑な文構造を用いて正確に内容的なまとまりの
ある多様な文章が書けるようにすること、あわせて論理的思
考力や批判的思考力を養うことをねらいとして内容を構成す
る。
英語会話
中学校におけるコミュニケーション能力の基礎を養うための
総合的な指導を踏まえ,聞いたり話したりする能力の向上を
図るため,選択履修させる科目として創設した。積極的にコ
ミュニケーションを図ろうとする態度を育成するとともに,
身近な話題について会話する能力を養う科目として,従来の
「オーラル・コミュニケーションⅠ」を基礎として改編した
科目である。特に,海外での生活に必要な基本的な表現を使
って会話することなどの言語活動が行われるようにした。
ここで問題となってくるのが 2 つ目の変更点である英語での指導だ。オーラル・コミュニケ
ーションの代替科目である英語表現や英語会話だけでなく、英語Ⅰ、Ⅱの代替科目であるコミ
ュニケーション英語でも授業は英語で行うことを基本としていて、生徒の理解の程度に応じた
英語を用いるように配慮することとなっている。今までもオーラル・コミュニケーションの活
動は英語での授業が実践されていたが、活動内容は話す聞くを中心としたものであり、英語で
文章を書いたりすることはあっても、長文を読解したり、文法の学習は含まれていなかった。
文法事項については,言語活動と効果的に関連付けながら取り扱うとされているが、高校で学
習する複雑な文法を英語で説明して理解できるとは到底考えられない。そもそも今までは文法
の学習をする時間が授業内で独立して設けられていたが、言語活動の中で順次取り入れていく
のは難しいだろう。高校で扱う高度な文章を母語を介さずに理解するのは、高校生の許容範囲
を超えている。高度な内容の外国語を理解するためには、やはり母語に直して考える思考回路
がなければ難しいはずだ。
このことに疑問を感じ英語の先生に伺ったところ、授業を英語で行うのはやはり建前に過ぎ
ず、生徒を主体とした英語活動を盛り込むことが主眼であり、難しい文法用語や文章の内容理
解は日本語で行う予定だということだった。しかし生徒中心の英語コミュニケーション活動を
授業内で増やしていくにあたっても問題が生じる。今までのオーラルコミュニケーションの授
業でも、スピーチやディスカッションにあたって英語を使うことに苦手意識を感じている人は
積極的に参加できない状況が多々あった。その問題を解決していくためにこのような学習指導
要領を実施するのだろうが、進学校の生徒でも難しいことを全国の生徒に一律に要求するのは
無理な話だと思う。日本語で伝えることすらままならないのに、それを一体どう英語で表現し
ようというのか。全ての英語科目に生徒が英語でコミュニケーションをとることが挙げられて
いるが、いまの日本の学生に何としてでも英語を習得しなければ社会で生き残れないという焦
燥感があるとは思えない。ただ英語が出来れば格好いい、でも話せなくても困らない程度の認
識だろう。EFL 環境にある日本でもグローバル化の影響で高い英語力を求める企業は増えてき
ている。そして今回の文部科学省の案も国際競争の中で危機感を募らせる財界の要請があって
のことだ。たとえ、文部科学省が日本人が全員英語を話せることを夢見ていたとしても、実際
にその授業を行うのは先生であり、生徒だ。受験で使う英語が何とかなればいい、卒業できれ
ば問題ない。英語学習へのモチベーションがその程度であれば、恐ろしく時間と労力のかかる
外国語学習が成立するとは思えない。留学してもお金がかかるだけ、就職も入社時期のズレか
ら不利になるという理由から若者の内向き志向が嘆かれている昨今の社会で、学生全員に英語
を話せるようになれというのは難しいと思う。
もちろん、リスニングやスピーキング能力は重要であり、そのための改革に意義はある。中
国でも 100%英語で授業が行われていて、非常に高度な英語教育が展開されている。しかし、
そのような教育が実現しているのは中国人の英語教育へのモチベーションが非常に高く、日本
の比ではない授業時間を英語教育に費やしているからだ。モチベーションが高い理由は、世界
で活躍する為に英語が必要であることを生徒たちが実感していて、一人っ子政策の影響から一
人の子供にかける教育費が高くなり、教育熱心な親の多くは英語塾や留学に行かせているから
だ。また中学や高校では進学のために英語の成績がいいことが絶対条件であるため、生徒の意
識も高い。大学でも CET(College English Test)という英語専攻ではない大学生の英語能力を
はかる統一試験が行われていて、そこで基準値を上回らなければ卒業もできない。そもそも、
小 6 で日本の高校受験レベルの英語力があると言われる中国では高校に入る段階で既に日本が
従来行ってきたレベルの高校英語を理解しているから、
英語で授業が実現しているのであって、
前章で取り上げたような低レベルな小学校英語教育を導入したばかりの日本に中国を真似るほ
どの余力はない。背伸びをする前に、まず早期教育から力を入れて授業時間を確保した上で高
度な英語授業が実践できる段階に引き上げていかなければならないのだ。無謀な学習指導要領
を強いる前に解決すべき現実的な問題に目を向けなければならないのである。
4.英語教育の改善にあたって
新たに導入される新学習指導要領では従来の文法偏重教育と言われてきた英語教育を改善す
べく、4 技能を統合することで異なる領域を融合させた新たな英語教育に乗り出す大幅な改革
が行われる。しかし、指導内容が変わるからといって、それを実施する環境に目を向けると、
目立った改革は行われていない。英語という普段話すことのない言語を習得するには、その教
育環境も非常に重要であるはずだ。新たなコミュニケーション能力育成のカリキュラムを導入
しようとしているいま、その効果を十分に発揮するために必要となる環境の整備に目を向けて
みた。
(1)授業時間の増加
そもそも、日本人が英語を話せないと言われる原因はどこにあるのか。批判を浴び続けた文
法偏重教育だろうか?確かに旧来の指導法に問題はあったかもしれないが、今回のように指導
内容が一新されたからといって誰もが英語を話せるようになるのだろうか?問題はもっと根本
的なところにある。英語の学習時間だ。たった 6 年間の学習で英語がペラペラに話せるように
なるというのは幻想にすぎない。母国語の習得が容易なのは毎日言葉のシャワーを浴び続ける
環境にあるからであって、
外国語の学習には母国語とは比べ物にならない時間と労力が必要だ。
●言語距離の問題
英語学習に必要な時間を考えるときに重要なのが言語距離である。たとえば「ドイツの生徒
が 400 時間で到達するレベルに日本の生徒は 1500 時間かかる」と言われることがある。この習
得速度の差は母語と対象語の言語距離の違いに原因がある。英語とドイツ語は同じゲルマン語
形の言語で、語彙や文法が比較的に似ているが、英語と日本語は語彙や文法だけでなく、文字
や音声も大きく異なる。以下の表 9 をみると、日本と英語の言語距離がいかに遠いもので、そ
のための学習時間が他国に比べて特に長くかかるかがわかるだろう。
表 9 言語的距離と習得時間、難易度
英語母語話者が習得
フランス語
ロシア語
中国語
朝鮮語
日本語
1
3
調査
調査
6
なし
なし
5~7
9~10
するのに要する時間
英語母語話者からみ
1~2
2~4
10
た外国語の難易度
日本の中学校学習指導要領では英語の授業時間は 3 年間で 270 時間で、高校の授業時間は厳
密な規定がないが、およそ 470~650 時間である。これは世界的に見て非常に少ないと言える。
言語距離で考えると学習に必要な時間が日本の 4 分の 1 であるドイツでも日本の 1.3 倍、オラ
ンダでは日本の約 3 倍の時間を英語の授業に充てている。授業時間が長いのはそれだけ英語が
必要な環境にあるからだが、日本よりも日常的に英語に触れる機会の多い環境にあり、英語と
母語の言語距離が短い国々でも、それだけ長時間を英語学習に割いているのに、大した授業時
間も設けずに世界平均水準の英語力を求めるのは無謀としか思えない。
●イマージョン・プログラムから見る必要学習時間
外国語学習に必要な時間の目安としてカナダで行われているイマージョンプログラムを考え
てみる。イマージョンプログラムはバイリンガル教育の 1 つで学校で教える教科のほとんどを
第二言語を使って教えるプログラムである。カナダのオンタリオ州の教育省が目標とするレベ
ルの言語の習得に必要な時間を日本の文部科学省のものと比べてみる。
表 10 をみると日本の授
業時間は驚くほど少ない。ここでの第二言語は英語話者にとってのフランス語の学習などであ
り、日本語話者にとっての英語よりはるかに学習しやすいはずなのに、それでも 3000 時間以上
を必要としている。日本が英語教育に力を入れたいなら、指導内容以前に授業時間の大幅な増
加を早急に行うべきなのだ。
表 10 オンタリオ州の目標・最低時間数と文部科学省の方針
オンタリオ州の目標
初級:対象言語についての基本的な
文科省「行動と計画」の目標
最低時
中学校卒業段階:あいさつや応対、身
総時
知識を持ち、簡単な会話ができ、簡 間数
近な暮らしにかかわる話題などにつ
間数
単な文章が読める
いて平易なコミュニケーションがで
270
1200
きる。
中級:ときおり辞書の助けを借りる
最低時
高校卒業段階:日常的な話題について
総時
程度で新聞や興味のある本が読め、 間数
の通常のコミュニケーションができ
間数
テレビやラジオを理解し、会話の中 2100
る。
740~
でまずまずの対応ができる
920
(2)少人数教育の実施
「積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育成する」という文句を再三強調してい
るわりに、コミュニケーション活動において非常に重要な学級規模の問題に目を向けていない
のは不思議である。自由に英語で発言したり、討論したりする上で行き届いた教育を行うため
には 10 人以下の少人数教育が必要となる。イギリスやフランスの義務教育の学習規模は 25 人
以下で、外国語学習ではさらにそれを細分するのが普通である。外国語のクラスが半分の人数
であれば 12~13 人となり、40 人の学級規模で英語教育を行う日本は異常と言える。
グラフ 1 各国の 1 学級の平均児童数
このように日本の学級人数は欧米に比べて倍ほどの多さだ。少子化が進み、少人数教育を実
施するチャンスであるにもかかわらず、学校の統廃合が進むばかりである。実際に少人数教育
の効果は図 1 のように実証されている。これはグラス・スミス曲線と呼ばれるアメリカで行わ
れた学級規模の違いによる教育効果の実験結果を示したものである。少人数であればあるほど
学習の到達度、生徒の情緒の安定度、教師の満足度が高くなっている。40 人学級で一般教科の
学力テストにクラスの 50%段階(中位)の成績だった平均的な生徒を 20 人学級に移してみると
100 時間の指導後元の 40 人学級の 60%の生徒より高い成績を上げ、20 人未満の学級は一層効果
が顕著になり、同じ生徒を 5 人学級に移し 100 時間の指導を受けさせると元の 40 人学級の 80%
の生徒を上回る高い成績を上げることになる。これは少人数学級の指導の行き届き方の一例に
過ぎないが、生徒の主体的なコミュニケーション活動を促進するための英語授業に取り組むに
あたり、少人数での学習は必要不可欠だ。ディスカッションを行い意見交換をするには、少人
数の方が行いやすく、先生の指導も行き届く。また、個人個人に発言する機会が生まれるため、
大人数のクラスでは人の意見を聞いているだけだった人も、全員が発言することが求められる
少人数クラスでは仲間の意見に真剣に耳を傾け、自分の意見もぶつけあえる、コミュニケーシ
ョンを重視する教育にとって理想的な環境が出来上がるだろう。
(3)教育費の増加と教員の時間
前述の少人数授業の実施のためには、巨額の予算を投じて指導教員を増やす必要があるが、
グラフ2 のように日本の教育予算はOECD(経済協力開発機構)加盟国では対 GDP 比で最下位であ
る。財務省は教育費が少ないのは子供の数が少ないからだと堂々と述べているが、少子化の影
響で子供が減っているなら、なぜそれに乗じて少人数教育を実施しないのか。英語教育におい
て、習熟度別クラスなどにする必要はなく、ただ人数を減らせばいい。それこそが文部科学省
が求める「積極的にコミュニケーションを図る態度の育成」に最も重要なものであるのに、無
理難題のような学習指導要領を押しつけて、それを支援する環境づくりのためのお金は出さな
いというのか。
グラフ 2 主な OECD 加盟国教育予算対 GDP 比
また、英語での授業を行うにあたってもう一つ重要なのは教員の指導力だ。英語で授業を行
うという目標を掲げているのは文部科学省だが、その授業を行うのは紛れもなく教員自身だ。
小学校英語教育の件でも触れたが、高校の先生も自分の力量を高めるため、休みを利用して民
間教育団体や海外研修に行くことは困難だ。高い教育力を誇る国として有名なフィンランドで
は、小学校教師でも修士号を持っている必要があり、外国語の教師になるには外国の大学で学
んだり、外国で生活した経験が必要となる。日本は大学院を卒業していたり、海外への留学が
必要なわけではないので、英語教員の力量を高めるには、自主研修しか道はないが、夏休みも
なくそんな時間は与えられていない。
表 11 フィンランドの教師の労働条件
フィンランドの一般労
朝 8 時から夕方 4 時まで週 37 時間。夏休みは 1 か月、たいてい有給
働者の勤務時間
休暇と合わせて 6 週間休む。
フィンランドの教師の
平日、朝 8 時 15 分に授業開始。授業終了時刻は午後 2 時 10 分で、
平均的時間
学校を出る時刻は 2 時 56 分、帰宅時刻は 3 時 28 分。
フィンランドの教師に
授業時間のみであり、就業時間のうちの授業時間以外は自己研修時
とっての義務
間。その研修は学校でも図書館でも自宅でもどこでやってもよい。
表 11 をみるとまるで夢のようなスケジュールだが、
このような教師の余暇が授業をより質の
高いものにしているのだ。教師は授業 1 時間に対して自己研修、つまり授業準備時間を 1 時間
半取る。家庭に持ち帰る仕事はフィンランドの教師が週 6 時間 19 分で、日本の教師が 5 時間
49 分。
フィンランドでは規定の労働時間を超えて毎日1時間ほど家庭に仕事を持ち帰っている。
長期の夏休みには有料の「自己啓発セミナー」や、海外の成人学校、語学学校などに出かけ自己
研修を行う。このように自由な裁量権があるのは、修士号を取得しているフィンランドの教師
が「実践的研究者」として認められているからだ。
日本では週 10.3 時間の授業以外の教育方針書
や事務報告などの記録文書の作成時間も、フィンランドでは週 1.1 時間で、授業以外のペーパ
ーワークによる教師の負担は非常に少ない。フィンランドは日本よりもずっと授業時間数が少
ないが、詰め込み教育ではなく、学び方を教える質の高い授業で PISA の結果で学力世界一を誇
っているのだ。今後、生徒が主体的に参加できる英語授業を展開していくにあたって、その授
業を生みだす教師の力量と英語力が問われることとなるだろう。英語の授業に生徒が興味を持
って参加できるような教材を用意して、生徒の理解力に応じた英語を使って授業をしなければ
ならないのは教師にとって大きな負担となるはずだ。フィンランドのような教育を見習うのは
いまの日本には難しいかもしれないが、教師が充分な授業準備をし、自己研修に費やすための
時間を確保することが英語教育の質を向上させるためには必要なのである。
おわりに
この研究で私の英語教育への考え方は大きく変わった。日本人が英語を話せないのは文法偏
重教育が原因だと安易に批判していたが、よく考えてみれば外国語の習得はたった 6 年の義務
教育で完成に至るほど甘いものではない。世論に動かされ、始まった英語教育改革。小学校教
育にしろ、新学習指導要領にしろ、解決すべき問題は山積みだ。今度はコミュニケーション偏
重教育だという批判を浴びる結果になるのではないかということも危ぶまれる。
そもそも EFL 環境にある日本で英語を学ばなければならないのはなぜか。グローバル化が進
む中で国際語である英語が話せないと生き残れないからだろうか。グローバル化が進むなら、
英語英語と叫ぶ前にもっと広い世界を見つめなければならないのではないか。身近にあるアジ
アの国々のこと、英語だけではない多様な言語や文化のこと。私たちが学ぶべき国際理解は英
語という言語や英語圏の文化だけではなくもっと幅広い世界に目を向けなければならないはず
だ。国内で見ても、日本語を話すことすらままならない若者が増えている中で外国語を学ぶ前
に、母国語を大切にすることが先決ではないかという気もする。
とはいえ、いまの日本が英語教育に力を入れていかなければならないのは事実だ。新たに取
り入れられた小学校英語教育では、隣国を見習い 4 技能の総合的な育成に取り組み、小中高の
一貫した教育体制を整えること。
学習指導要領では、
それを効果的にする少人数教育を実施し、
教員に充分な授業準備をする時間を与えること。改善すべき点を改めていかなければ、日本の
英語教育は本当に失敗に終わるかもしれない。世界に繋がる英語力。それを育てる英語教育。
いま根本から英語教育の在り方を見直すべきときが来ているのだ。
参考文献
英語教育が亡びるとき―「英語で授業」のイデオロギー 寺島隆吉(明石書店)
危うし!小学校英語 鳥飼玖美子(文藝春秋)
文科省が英語を壊す 茂木弘道(中公新書ラクレ)
小学校の英語教育―多元的言語文化の確立のために 編著:河原俊昭、中村秩祥子(明石書店)
参考ホームページ
少人数学級
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sunata/20041003_30gakkyu.html
文部科学省 新学習指導要領
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/index.htm
教育予算
http://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/r
eport/zaiseia201126/zaiseia201126_02b.pdf
世界の英語教育
http://d.hatena.ne.jp/jotun82/20101221/1292952986
文部科学省 教育指標の国際比較
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/kokusai/index.htm
日中英語教育比較
http://blogs.yahoo.co.jp/a085636/8893365.html