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兵庫同友会
NTレポート第9号
(Network For Tomorrow)
〔景況調査報告:2000年12月実施〕
回復傾向での足ぶみ
次期予測も後退
○回復傾向は続いているが、前期に予測したよりも緩やかな回復に終わっている。さ
らに、次期予測の売上高DIは悪化し、厳しい予測になっている。
○国内での景気回復要因が弱い中で、アメリカ経済が減速するので、減速がうまくい
った場合でも、国内景気の足ぶみは避けられない。
○資金繰りの窮屈な企業が増えている。売上高増加企業でも44%が窮屈化し、これ
までになくDI値が悪化している。景気回復の足ぶみにより、次期は資金繰が一層
厳しくなるとみられ、経営上の対応が必要である。特に、相対的に回復が遅れてい
る10人未満層、建設業、商業、サービス業対個人がそうである。
○「販売先からの値下要請」の増加が続いている。激しい競争下で、事業システムの
変化と結びついた原価低下が進み、これが価格低下になっている。これに対応でき
る事業の仕組みを創出する「企業つくりかえ」の取組みが必要である。
○そのためには、自社のおかれた条件と自社の力量に対応した経営指針を持ち、諸企
業の経験に学ぶ必要がある。こうした点での同友会事業の活用が望まれる。
〔調査要領〕
① 調
査
時
2000年12月4日∼14日
② 対象企業
兵庫県中小企業家同友会会員(抽出・定点観測)
③ 調査の方法
郵送の方法により発送・回収。一部ヒアリング調査を行う。
④ 回答企業数
580社を抽出、283社の回答をえた(回答率48.8%)
建設業67社、製造業(消費財)26社、製造業(生産財)50社
商業50社、対個人サービス36社、対企業サービス51社、他3社
⑤ 平均従業員
①正規従業員 20.4人
②パート・アルバイト 9.9人
会 員 景 況 の 概 況
∼DIの推移を中心に∼
京都創成大学学長
二場 邦彦
1.『NTレポート』の利用にあたって
① このレポートでは、DIという数値を用いて、売上高の動きを中心に、経済動向を分析
しています。
② DIとは、前期などと比べて売上高や経常利益などが「増加した企業」「横ばいの企業」
「減少した企業」の構成比率を調査表にもとづいて算出し、「増加した企業」のパーセ
ントから「減少した企業」のパーセントを引いた数値のことです。したがって、売上高
DIのマイナスは、今期の売上高が前期より「減少した企業」の数が「増加した企業」
よりも多いこと、即ち状況の悪化を意味しています。逆にプラスのDIは「増加企業」
の方が多いこと、したがって状況の好転を示しています。
また、一般に、大きなDIの数値は好転や悪化の度合いの大きいことを、小さいDI
値はその度合いの小さいことを示しています。
③ このレポートでは、売上高増加企業と減少企業との経営動向を対比し、どこに違いがあ
るか掴めるようにしています。また、若干の注目すべき企業の事例をケース・スタディ
ーとして掲載し、さらに巻末には各企業から寄せられたコメントを業種ごとに整理して
います。これらの資料によって、自社の強さと弱さを知り今後の経営に生かして下さい。
2.今回の調査内容の概況
(1)回復傾向の足ぶみと今年上期予測の後退
売上高のDIは前回の△11から今回の△2へ、経常利益は△17から△16へと、そ
表2
2000年下期(7∼12月)の売上・利益動向
前期(1∼6月)比
増 加
82社 横ばい
111社 前年同期(昨年7∼12月)比
減 少
DI
87社 増 加
67社 横ばい
122社 減 少
DI
85社 売 上 高
29.3%
53社 39.6%
128社 31.1%
△2
97社 24.5%
45社 44.5%
136社 31.0%
△7
86社 経常利益
19.1%
46.0%
34.9%
2
△16
16.9%
50.9%
32.2%
△15
れぞれに改善されました。図1の折れ線グラフに見られるように、99年上期(1∼6月)
を底にして、売上高と経常利益のDI値の改善が続いており、DI値がまだマイナスとい
うレベルではありますが、景況は徐々に回復してきていることが分かります。しかし、前
回調査時点の予測では、もう少し大きい改善が期待されていました。それと比べると、今
回は小幅の改善に終わり、回復の勢いが緩やかになっています。
さらに、今年上期(1∼6月)の予測では、先行きへの厳しい見方が示されています。
即ち、経常利益は△15と1ポイントだけ改善していますが、売上高については増加を予
想する企業が減り、DI値は△7に悪化しています。以上から、景気は「回復の足ぶみ」
あるいは「一服」という局面に入っていることが分かります。この一服がどれくらい続く
か、また「二番底」につながる恐れはないか等については最後に触れます。
図1
売上高・経常利益の推移(前期比)
<売上高の増減とDI>
<経常利益の増減とDI>
40
40
18
3
0
0
△ 21
△ 29 △ 26
-40
減 21%
少
35% 36%
横
ば
い
増
加
47% 45% 53% 43%
34% 36%
34% 35%
32% 29%
35%
△ 11
△ 15
-40
△ 35
33% 31% 31%
39%
40%
△ 15
△2 △7
△ 11
△3
△6
40% 45%
45%
△ 17 △ 16
△ 26
△ 36 △ 36 △ 39
減
少 26% 33% 35%
41%
49% 47% 53%
横 45%
ば
45% 44%
い
39% 42% 33%
29%
19% 19% 18% 22% 22%
29% 25%
44%
34% 35% 32%
49% 46% 51%
増 29%
22% 21%
19% 17%
加
13% 11% 14% 15% 17%
次期見通
0年下期
0年上期
99年下
99年上
98年下
98年上
97年下
97年上
96年下
次期見通
0年下期
0年上期
99年下
99年上
98年下
98年上
97年下
97年上
96年下
次に業種ごとにみると(図2)、①売上高・経常利益の両方のDIがプラス(製造業生
産財)、②売上高のDIだけがプラス(製造業消費財、サービス対企業)、③売上高・経
常利益の両方がマイナス(建設業、商業、サービス対個人)という3グループになります。
3
業種として、輸出に支えられた製造業とIT関連分野の回復が先行していると言われま
すが、その通りの状況が現れています。
図2 業種別売上高DIの推移(1996 年下期→2001 年上期見通し)
<製造業消費財>
<建 設 業>
70
70
38
23
11
23
0
0
△2
△ 15△ 24
△ 15
△ 31
△ 42△ 42
△ 40
△ 46
-70
△4
0
△8
△ 30
△ 50 △ 56
-70
<製造業生産財>
70
<商 業>
70
51
22
22 20
13
11
6
0
0
△ 10 △ 8
△ 13
△
20
△ 24
△ 24
△ 22
△ 29
△ 33
△ 17
△ 31
△ 39
-70
△ 52
-70
<サービス対個人>
<サービス対企業>
70
70
14
8
0
△ 14
0
△4
△ 14
△ 13△ 15
△ 18
△ 23
△ 22
△ 26
-70
また、前回調査にみられた社員
6
2
0
△ 11
2
△2
△ 13△ 14
△ 16
△2
-70
表3 社員数規模でのDIの比較
数の規模による景況の差異が今回
売 上 高
の調査にも見られます(表3)。
特に売上高DIについては、10
経常利益
前 期 比 次期見通 前 期 比 次期見通
人以上規模で大きく改善しプラス
全 企 業
△2
△7
△16
△15
満層では僅かな改善で、差が大き
10人以上
7
△5
△13
△10
くなっています。今後の動きへの
10人未満
△11
△7
△20
△20
に転じているのに対し、10人未
注意が必要です。
4
(2)現在の経営上の問題点
図3にみられるように、NTレポートの調査開始以来、現在の経営上の問題点は殆ど変
わっていません。民需の停滞と値下げ要請が2大問題で、これに官公需の停滞や新規企業
や大企業の参入による競争激化などが続いています。
現在、私どもが直面している不況は、経済のグローバル化と結びついた日本経済の構造
変化によっており、この構造変化が90年代に続いて今なお進行しているので、経営上の
問題状況に殆ど変化がないのは当然のことです。この中で注目される3つの点に触れます。
図3 「現在の経営上の問題点」の推移
50%
40%
47%
44%
33%
25%
24%
24% 22%
25%
17%
20%
12%
17%
12%
11%
事業資金の借入難
新規参入者の増加
官公需要の停滞
販売先から値下要
請
民間需要の停滞
0%
96年下期
97年上期
97年下期
98年上期
98年下期
99年上期
99年下期
0年上期
0年下期
59%
60%
第1は、「販売先からの値下げ要請」の比率が増加し続けていることです。巻末の「中
小企業家の声」にも見られるように、価格低下は中小企業共通の悩みであり、売上高が伸
びない大きな理由の1つになっています。前号でも述べましたが、今の価格低下の特徴は、
不況下の激しい競争の圧力により、海外調達・流通経路短縮・インターネット取引などの
事業構造の変化と結びついた原価の低下が急速に進み、それが価格低下として現れている
ところにあります。このため、この価格水準に対応できる事業構造に自社のシステムを変
えるか、あるいは高価格でも競争できるだけの「差別化」を作り出すかが必要です。諸経
費の節約で対応できる程度の「価格低下」ではないことを理解しなければなりません。
NTレポートでも、売上高DI(今回は△2)より経常利益DI(今回は△16)の方
が大幅に悪い状況が続いています。これは、新規顧客開拓や新商品発売などで売上高を伸
ばしても、原価面で対応できる事業構造の構築が不十分なため利益がついてこないことを
表しています。
第2に、現在の経営上の問題点を売上高増加企業と減少企業とに分けて比較しても、表
4にみられるように、大きな違いはありません。両者ともに厳しい状況の下にあります。
5
ただ、売上高増加企業では、前向きの事業活動と結びついた経営課題、例えば「熟練技術
者の確保難」や「事業資金の借入難」などが上位に来ていることが注目されます。
表4
「現在の経営上の問題点」の比較
1位
2位
単位%
3位
4位
5位
業
民間需要の
販売先から
官公需要の
新規参入者
人件費の増
49.5
43.8
23.7
17.3
16.3
停滞
値下げ要請
停滞
の増加
加
売上高増加企業
販売先から
民間需要の
熟練技術者
人件費の増
事業資金の
51.2
26.8
23.2
18.3
17.1
値下げ要請
停滞
の確保難
加
借入難
売上高減少企業
民間需要の
販売先から
官公需要の
取引先の減
新規参入者
63.2
39.1
34.5
28.7
19.5
停滞
値下げ要請
停滞
少
の増加
全
企
同じ様なことは業種間でもみられ、売上高DIがプラスの3業種(製造業生産財、製造
業消費財、サービス業対企業)では「熟練技術者の確保難」が問題点の上位に来ています。
これに対し、売上高DIがマイナスの商業やサービス業対個人では「顧客ニーズ対応の遅
れ」が上位に来ています。
第3は、売上高増加企業で「事業資金の借入難」が問題点として強く意識されているこ
とです。これは今回の調査の特徴の1つとみられるので、項を改めて検討します。
(3)資金繰りの窮屈化
資金繰DIは、資金繰に「余裕」「やや余裕」の企業の割合から「窮屈」「やや窮屈」
な企業の割合を引いたものです。
表5 資金繰DIの推移
最近の推移を表5にみると、前回
99年下期
の△30から今回の△41へ大幅
0年下期
△32
△30
△41
売上高増加企業
△2
3
△26
売上高減少企業
△39
△55
△52
に悪化しています。特に、売上高
全 体
増加企業で前回のプラス3から今
回のマイナス26へと大悪化して
0年上期
いることが注目されます。
表6 資金繰の状況(2000年下期)
余裕あり
やや余裕
順 調
やや窮屈
窮 屈
無回答
DI
全 体
5.3%
8.5%
28.3%
43.5%
11.3%
3.2%
△41
売上高増加企業
9.8%
8.5%
35.4%
35.4%
8.5%
2.4%
△26
売上高減少企業
3.4%
10.3%
17.2%
50.6%
14.9%
3.4%
△52
6
表6によると、今回調査での資金繰「窮屈」「やや窮屈」企業の割合は、売上高増加企
業で43.9%(前回は30%)と半数近くに達しており、売上高減少企業では65,5%
(前回は61,8%)にも及んでいます。資金繰の窮屈化が広く進み、特に売上高増加企業
で急増していることが注目されます。先に見たように、今年上期は売上増加が期待しにく
いという予想なので、資金繰の窮屈化はさらに進むものと思われます。
(4)現在および今後の経営上の力点
各企業の「現在の経営上の力点」をみると(図4)、売上高増加企業も減少企業も新規
受注確保を最も重視しています。しかし、それ以外の点では、売上高増加企業が付加価値
増大、社員教育、人材確保、新規事業展開、財務体質強化、研究開発などにより積極的に
取り組んでいるのに対し、売上高減少企業では人件費やその他経費の節減を優先せざるを
えない状況にあり、ここに大きな違いが出ています。
図4
「現在実施中の経営上の力点」比較
売上高増加企業
60%
売上高減少企業
50%
48%
40%
34%
40%
37%
30%
30%
28%
22%
20%
20%
15%17%
13%
13%
7%
10% 12% 8%
新規事業の展開
人材確保
同・異業種のネット
ワーク
情報力強化
人件費以外の経費節
減
人件費の節約
財務体質の強化
社員教育
付加価値の増大
新規受注の確保
0%
11%
15%
しかし、「今後実施したい経営上の力点」をみると(表7)、売上高増加企業と減少企
業との違いはあまりありません。売上高減少企業も、新規事業展開や財務体質強化などに
積極的に取り組もうとしており、両者ともに総合的な企業の力の強化が必要なことを自覚
しているようです。
しかし、設備投資実施企業の割合をみると、売上高増加企業では0年下期実施企業が46,
3%、01年上期実施予定が59,8%であるのに対し、減少企業では前者36,8%、後
7
者23,0%であって、両者の開きは大きく、また01年上期投資計画に対する態度の違い
も目につきます。総合的な企業の力強化への気持ちは同じでも、それを実現させる「人・
組織・システム・資金」などの条件をどれだけ整えてきたか、また実現に向けて的確かつ
持続的に指導する経営者の力量がどれ程かによって、成果は大きく分かれます。
表7
「今後実施したい経営上の力点」の比較
1位
全
企
業
2位
3位
単位%
4位
新規受注の
新規事業の
付加価値の
38.2
28.3
25.1 社員教育
確保
展開
増大
5位
23.0 情報力強化 20.8
売上高増加企業
新規受注の
財務体質の
新規事業の
付加価値の
37.8
26.8
26.8
25.6 人材確保
確保
強化
展開
増大
売上高減少企業
新規受注の
新規事業の
付加価値の
財務体質の
44.8
27.6
27.6 情報力強化 18.4
17.2
確保
展開
増大
強化
25.6
(5)むすび
2001年上期(1∼6月)の景況については悲観論から楽観論まで多様な意見があり
ます。しかし、国内をみると、公共投資の影響が低下する下で、これまで景気を引っ張っ
てきたのは民間企業、なかんずく製造業とIT関連分野で、これらの活発さがやがて個人
消費の点火につながると期待されていましたが、点火する前に企業自体が足ぶみし始めま
した。その理由は、アメリカの景気のトーン・ダウンであり、それによる対米・対アジア
輸出の後退でした。
そのアメリカ経済の成長率低下は避けられぬことで、問題はむしろ、破綻なく緩やかに
低下できるか、それとも株価やドル価値の激動、多数の企業倒産を伴うかにあります。従
って、アメリカ経済が安着陸した場合でも、上半期の間はその影響による国内企業活動の
足ぶみが続くとみられます。売上高の増加が期待しにくい訳ですから、その下での資金繰
など、経営としての対応を考える必要があります。
同時に、日本でもアジア諸国でも、まだバブル経済の中で発生した不良資産や不良債権
の処理が終わっていません。そのため、不況による株価の低下や企業破綻がある水準を超
えると、それが金融機関の経営不安につながり、パニックをもたらす危険性を内包してい
ます。この点への目配りも忘れてはなりません。
また、現在の不況は、日本経済のグローバル化による構造的な変化と結びついています。
企業としても、一時的な対応だけを考えるのではなく、変化した取引条件や競争条件の中
で生きられるように、企業自体を作り変える総合的な取組みが必要です。即ち、自社のお
かれた条件と自社の力量に対応した的確な経営指針(構造的な変化に対応できる経営理念、
方針、戦略、計画)を持たなければなりません。また、諸企業の経験や経営者の行動に学
ぶことも大切です。こうした点で、同友会の活動を生かしわが物とすることが望まれます。
8
兵庫中小企業のベンチャー的
戦略行動と経営指針
神戸商科大学商経学部助教授
佐竹 隆幸
1.中小企業政策と中小企業経営の方向性
1999年、「中小企業基本法」が改定された。改定の趣旨は「近代化」と「不利是正」
を柱とした中小企業育成・振興策から、「創業化」と「競争条件の整備」を柱とした中小企
業起業化政策への中小企業政策の転換を目指したものである。こうした法的整備に基づいて、
「中小企業経営革新支援法」等の諸施策が整備された。
日本の中小企業は、大量生産体制による資本集約化の時代には規模の経済性を追求し、高
付加価値化・多品種少量生産化による知識集約化の時代には範囲の経済性を追及してきた。
そして今日、経営資源が流動化し、個別企業の技術革新が重視され、経営戦略が差別化する
時代において、企業範囲を模索し、経営戦略に合わせて経営資源の保有と外部への依存に関
する模索を繰り返している。既存企業にとってはこれまで以上に潜在的競争圧力が強まるこ
とになろう。
そこで既存中小企業のベンチャー企業化という現実的な動向から見た経営戦略はいかな
るものとなるのか。3度にわたるベンチャーブームの中でのベンチャー・ビジネスの開業・
廃業の反省の上に立って、近年の景気の閉塞状況の中で日本の経済構造改革の起爆剤として
のベンチャー型中小企業の育成・振興が期待されているのである。
今回の「中小企業基本法」改定では、開業率の長期低下傾向、厳しい雇用情勢等の背景と
して、新しい中小企業像を機動性、柔軟性、創造性を発揮する日本経済の「ダイナミズムの
源泉」と捉えている。経済活動の結果としての二重構造、すなわち格差問題の存在は認める
ものの格差そのものが質的に変化しており、異質多元性といわれるように、中小企業も多様
な経済主体であるとの認識から、新しい中小企業政策の目標を「多様で活力ある独立した中
小企業の育成・発展」に転換し、経営革新や創業に向けての自助努力支援、競争条件の整備、
セイフティネットの整備、成長・発展を図る上で必要となる経営資源へのアクセスの困難を
中小企業政策の対象とするかどうかの基準とすること等、意欲的な中小企業の自助努力を支
援していくことを新しい中小企業政策の柱に据えている。
「中小企業基本法」改定の最も注目すべき意義は、起業化・創業化対策として従来から行
9
われてきた中小企業政策の対象が、いわゆるベンチャー・ビジネスからベンチャー型中小企
業へと拡張されたことである。したがって、ベンチャー・ビジネスの範囲を、成長段階初期
の企業に限定せず、また、主たる事業分野の成熟度が新規産業分野の企業に限定せずに、成
長段階中期から後期の企業であっても、また、主たる事業分野が成熟産業分野(伝統産業分
野)であってもベンチャー的な戦略行動をとっている企業であればベンチャー型中小企業と
して、「創業化」と「競争条件の整備」を柱とした中小企業政策の政策対象としたことであ
る。政策対象となる中小企業の枠を広げることによって、市場の失敗等の要因による経営資
源の不足を補いさえすれば、既存中小企業のベンチャー型中小企業への転換が可能となるの
である。
一般に、企業が創造的経営活動を行おうとする場合、経営資源の不足等困難な問題が生じ
る場合が多い。しかし、日本の中小企業政策における資金供給には政策利用が困難なものも
多く、制度的拡充が必要となっている。その改善が昨年の中小企業基本法改定においてなさ
れた。兵庫県中小企業家同友会に属する中小企業が、さらなる今後の経営展開について模索
する必要があるだろう。
2.各企業のベンチャー的経営戦略
前々回の第 7 回調査から今回の第9回調査にかけて、兵庫県中小企業家同友会に属する企
業のベンチャ−的戦略行動について分析を行った。こうした傾向から特徴的に示せることは、
要求される商品価格、サービス等の水準が変化するに伴って、経済構造変化に対応できる経
営力をつけ、自助努力を進めなければ経営は一向に安定しないことがわかる。
また、景気回復への道程は決して楽観できるものではなく、変化への機敏な対応、資金繰、
投資の綿密な計画化が求められることになる。すなわち、経営の基本を再構築し強化するた
めの経営戦略が各企業に求められることになる。
それでは、具体的にいかなる対応を各中小企業は行っているのであろうか。売上高が上昇
している企業に注目してヒアリング調査を行った結果、次の4点の経営革新行動、すなわち
①新製品・新サービス・新販売システム開発戦略、②IT化戦略、③ネットワーク化戦略、
④経営基盤強化戦略、が顕著である。以下では各戦略別に、中小企業の経営革新行動につい
て検討していく。
(1) 新製品・新サービス・新販売システム開発戦略
兵庫県中小企業の新商品開発、新サービス、新販売システム等の開発状況についての前々
回第7回調査(1999 年 12 月実施、表8)によれば、95年の阪神・淡路大震災以降に「新
商品開発、新サービス、新販売システム等の開発を行った」とする企業は全体の38.2%
を占めており、売上高に占める新商品開発、新サービス、新販売システムの割合は16.3%
となっており、その内容は「全く新しい分野のもの」が32.6%、「従来のものを質的に
10
表8
新製品・新サービス・新販売システム等の開発(前々回 1999 年 12 月調査)
そうした物の有無
その性格(「ある」企業中の比率)
その売上
高に占め
従来のもの 従来のを質 この分野で 全く新しい
無回答 る比率
をやや改良
的に飛躍
は画期的
分野のもの
ある
ない
全企業
38.2%
52.3%
9.5%
16.3%
22.8%
31.5%
21.7%
32.6%
売上高増加
企業
47.2%
39.6%
13.2%
28.1%
16.0%
44.0%
24.0%
32.0%
売上高減少
企業
31.4%
58.8%
9.8%
8.6%
34.4%
31.3%
18.8%
15.6%
10人未満
企業
39.3%
47.3%
13.4%
17.3%
20.5%
27.3%
25.0%
31.8%
10人以上
企業
37.2%
56.6%
6.2%
15.3%
25.0%
35.4%
18.8%
33.3%
飛躍」したものが31.5%、「従来のものをやや改良」したものが22.8%、「この分野で
は画期的なもの」が21.7%となっている。したがって、多数の企業でベンチャー的な戦
略行動による新製品、新サービス、新販売システム等の開発が積極的に行われている。
なお、売上高増加企業と売上高減少企業を比較してみると、売上高増加企業では新製品、
新サービス、新販売システム等の開発が47.2%であるのに対して、減少企業では31.
4%とかなりの格差が生じていることがわかる。
さらに、これらの製品の売上高に占める割合は、売上高増加企業が28.1%であるのに
対して、減少企業は8.6%と顕著な差異が見られ、その性格も減少企業では「従来のもの
をやや改良」した程度の製品が多いのに対して、増加企業では「従来のものを質的に飛躍」
したものや「この分野で画期的なもの」が多数を占めており、企業の業績格差の原因が明ら
かとなっている。
また、規模別にみてみると、10人未満規模企業と10人以上規模企業との格差はほとん
どなく、僅かながら10人未満企業のほうが積極的である傾向が見られ、この開発が「全く
新しい分野のもの」中心であることが注目できる。
業種別に見た場合、建設関連が他業種に比べてその数値が低くなっている。むろん業種の
性格上、新製品開発、新サービス、新販売システム等の開発がしにくい面もあるだろうが、
業種の景況が沈滞気味であることがうかがえる。また半数以上の企業が何らかの開発を行っ
ている製造業(消費財)では「従来のものをやや改良」した商品が、商業では「従来のもの
を質的に飛躍」した商品が中心となっている。やはり、全く新しい新商品開発、新サービス、
新販売システムの開発ではなくて、従来型の商品をまず改良して、ベンチャー的戦略行動の
出発点にし、今後の企業経営展開を行おうとする姿勢をうかがいとれる。
こうした動向を総合的に判断すれば、市場や競争がグローバル化し、顧客ニーズも高度
11
化・多様化し、技術や情報化によるシステムの発展がある中では、顧客層を特定し、それに
あった製品・サービス、システムを新たに開発して、事業内容を再構築する必要があること、
それは現状の改良という量的な変化の程度に留まらず、質的な変化にまで進むことが重要で
あり、これを成し遂げた企業ほど景況が良好であることがわかる。
(2) IT化戦略
ベンチャー的な戦略行動を行う上で重要なのが情報技術、すなわちITへの対応である。
ITの影響は、情報技術関連産業自身の発展、企業における経営の合理化・効率化だけでな
く、新産業、新事業、新販売方法等多くの新機軸を生み出すことに影響を及ぼしており、従
来の取引慣行だけでなく、顧客の側における消費者意識にも変化をもたらしている。
すなわち、ITは従来の企業存立条件を根底から覆すものであり、この理解・導入なくし
て今後の企業存立はありえないといっても過言ではないほどの影響を及ぼしている。こうし
た状況の中で各企業は、ITを導入して経営体質を強化し、ITに対するきめ細かな従業員
適応力改善を図り、ITによる顧客のネットワーク化を進めていくことが重要であり、従業
員戦力の強化、人材教育、意識改革、IT能力向上等によって経営基盤を強化し、経営効率
化を進める上で重要なものとなる。
情報化に関する考え方と取組についての前回第8回調査(2000 年 6 月実施、表9)によれ
ば、ITに関する認識は経営革新には絶対必要とする比率は全体の64.4%であり、役立
つかどうか疑問であるとする比率の25.1%を大きく上回っている。
表9
ITに対する認識(前回 2000 年 6 月調査)
全 体
売上高増加 売上高減少
企業
企業
自社の経営革新に必要な技術だと思っている
64.4%
78.3%
53.9%
自社の業務にどう役立つか疑問
25.1%
8.3%
32.6%
PCなどの新しい機器を導入することだと思っている
5.8%
6.7%
4.5%
我々の仕事にはあまり関係がない
1.8%
1.7%
3.4%
その他
2.2%
5.0%
1.1%
表10
LANの構築について(前回 2000 年 6 月調査)
LAN接続な
し
LAN接続
構築予定あり
部分的に構築
無回答
全 体
45.1%
38.9%
2.2%
2.5%
11.3%
売上高増加
企業
26.7%
56.7%
5.0%
5.0%
6.7%
売上高減少
企業
50.6%
33.7%
1.1%
1.1%
13.5%
12
また、LAN接続とインターネットの利用状況について見てみると(表10)、LAN構
築している企業比率は低く、全体の38.9%となっており、予定がある企業2.2%、部分
的に構築しているとする企業2.5%を加えても43.6%となっている。
また、インターネットの利用状況について見ると既接続とする企業比率は66.9%と全
体の2/3となっており、その普及の度合いが顕著であるといえる。インターネットに既に
接続しているとする企業の中でその活用
図5
インターネットの利用
方法を聞いてみると(図5)、Eメール
を活用が52.7%、情報収集が45.8
60%
%、ホームぺージ開設が37.1%となっ
40%
ており、IT活用の常道をいく活用法と
20%
なっている。一方、インターネットに接
0%
53%
46%
37%
28%
21%
10%
2%
インターネット
ショップを利用
新規取引先の開
拓に利用
受発注に利用
自社ドメインを
取得
ホームページを
開設
比率が8%、利用できる人材なしとする
情報収集に利用
が、その中で業務に必要なしとする企業
Eメールを活用
続していない企業比率は20.4%である
企業比率が7.3%となっている。
以上の結果からわかるように、ITを意識し、経営に活用している企業ほど売上高増加企
業が多く、経営に活用していない企業ほど売上高減少企業が多いという傾向がみてとれる。
IT化への取組は、経営に対する問題意識の現れの結果であり、また今後の経営に対する危
機意識であるともいえる。IT化への取組に対する企業間格差が存在する以上、景況の好転
とIT化の流れは相関関係があるといえるし、経営者が自ら先頭に立ってIT化への取組を
実践しない限り、長期的には経営に対する影響は顕著なものとなるであろう。
(3) ネットワーク化戦略
ベンチャー的な戦略行動を行う上で重要なのが、経営資源をいかに補填していくかという
戦略である。不足している経営資源についての前々回第7回調査(1999 年 12 月実施)によ
ってその実態についてみてみよう。
ベンチャー的な経営戦略を進める上での不足している経営資源不足度を程度別に順に並
べると、「宣伝販売力」、「研究開発力」、「情報収集力」、「資金調達力」が順に並んでいる。
総括的にはあるはっきりとした戦略を持ち、商品・技術・顧客層等、新しいものを事業化し
ていくことを指向して自企業の経営資源を考えた場合、いかなる経営資源が不足しているか
を示し、また開発を進めた場合の隘路を表す指標となっている。このような不足した経営資
源を補填し、存立維持経営ではなく、前向きの戦略によって企業成長させることが必要であ
ろう。この傾向を業種別に見てみると、「宣伝販売力」、「研究開発力」、「情報収集力」、「資
金調達力」が不足した経営資源と認識されている。業種の景況が沈滞気味であることを打破
するため、各企業が何らかの開発を行ない、従来型の経営戦略ではない行動を採ろうと努力
している点がみてとれる。
13
自企業の経営改善について、主体的に中小企業経営を志向する上では自助努力で解決すべ
き問題を自覚し、不足した経営資源を補填する方法を模索しなければならない。こうした経
営資源を補填する方法として注目できるのがネットワーク化戦略である。
ネットワークを構築する方法にはさまざまなものがあり、またその目的も多岐にわたって
いる。これはネットワークという言葉自身が多様な意味で用いられていることに起因するも
のである。しかし、中小企業のネットワーク戦略について考えてみた場合、中小企業が何ら
かの方法で外部より、情報、原材料、資本、人材等の自企業には不足している経営資源を調
達する場合に結ばれる関係を指し、ネットワークを形成することによって各企業が共存して
いくために経営資源が相互補完されることになる。
ネットワークの事例としては、従来から中小企業の組織化政策の中心であった協同組合、
仲間取引を中心に一定地域に形成される産業集積、企業間が融合化することで情報等の経営
資源を一つにまとめ一定の事業化を達成しようとする異業種交流等があげられる。
また、最近では、情報化やアウトソーシングの進展によりSOHOが注目されているが、
SOHOをネットワーク化し、各個人の保有する能力を一元化することによって新製品・新
サービスの開発を行おうとする戦略まで多様である。
こうした動向を総合的に判断すれば、中小企業の二重構造現象が経営資源格差として依然
残っていることであり、ベンチャー的企業家精神による自助努力だけでは経営活動に困難性
が生じる場合があるということである。自企業で保有する経営資源をできる限り活用し、経
営環境の構造的変化に対応できる経営能力を保有し、事業内容を再構築していくことが企業
の基礎的能力となり得る。経済理論的には市場の失敗を補填していくためのネットワークを
活用し、ネットワーク参加企業の多様性を認め、異質性を認識していくことでの事業創造が
求められることになる。
(4) 経営基盤強化戦略(ISO、経営指針)
中小企業が存立していくためには、すでに示したように、新製品・新サービス・新販売方
法を開発したり、IT技術を経営に生かしたり、経営資源補填のためにネットワークを構築
したり、といった戦略が見られるが、今一つ重要なのが、自企業の経営基盤であるところの
企業体力をつけていく戦略である。上記3つの戦略を実行していくためには企業の信用をい
かに形成していくかが重要であろう。ヒアリング調査で明らかになった企業の信用獲得のた
めの戦略の事例は、ISO取得と経営指針の作成である。
ISO(国際標準化機構:International Organization for Standardization)とは、経
済のグローバル化への対応のためヨーロッパで制定された、経営活動の諸分野、すなわち知
的、科学的、経済的、技術的分野に関する、一定の水準の保証の目安や企業行動プロセスに
ついて国際的に通用する規格や標準として制定する国際機関である。
この機関が定めた国際規格の中で、現在発行中なのが、1987 年制定の品質保証の国際規格
14
を定めた「ISO9000シリーズ」
、1996 年制定の環境マネジメントシステムの国際規格
を定めた「ISO14000シリーズ」である。これらの国際規格を認定されるか否かは、
企業、事業所ごとに第三者審査機関によってなされ、認証を受けたのちにも継続するには定
期的な再審査による認定が必要となっている。ヨーロッパではこれらの認証の取得が経営戦
略展開上の必要条件となっているため、日本企業の対応が急がれている。
「経営指針」、すなわち「経営理念」、「経営方針」、「経営計画」の策定もまた取引におけ
る信用取得への経営戦略上の必要条件となっている。これらの用語についてはさまざまな解
釈があるが、「経営理念」、「経営方針」、「経営計画」の3つに定式化することによって「経
営指針」と表現する場合が多い。「経営理念」とは企業の目的を明確にし、経営にあたって
の根本となる考え方を明示したものである。「経営方針」とは、企業の将来ビジョンのこと
であり、経営環境を的確に把握し、企業の事業機会を選別し、自企業を自己分析することで
企業目標と経営戦略を確立することである。「経営計画」とは、設定された企業目標と経営
戦略に基づいて、これを達成するための手段・方策・手順を具体的に定めたものであり、経
営計画書としてまとめられることが前提となる。
ベンチャー的な戦略行動を行う上で重要である経営指針への取組についての今回第9回
調査(2000 年 12 月実施)をもとにその実態についてみてみよう。
図6 経営指針の作成状況
図7 誰が作成しているか
無回
答
経営指針の作成状況
4%
作成
してい
ない
43%
作成
してい
る
21%
一部
作成
してい
る
作成
20%
中
12%
図9
図8 経営指針の改定状況
その
他
社員 1%
全員
9%
改定
して
いな
い
15%
必要
な時
に改
定
31%
社長
のみ
43%
社長
と幹
部
47%
経営指針の活用
図 10
毎年
改定
して
いる
54%
発表会の参加者
54%
60%
32%
30%
21%
18%
11%
4%
5%
4%
取引先招待
取引銀行招待
幹部社員のみ
社員全員が参
加
助成金・融資の事
業計画策定に活用
取引銀行に配布
業務に携行
毎日確認
会議に携行
定期的に確認
社員全員に配布
15
16%
特に、特徴的に現れているのが、設備投資計画(図 11)についての結果である。経営指針
作成企業と経営指針がない企業とを比較してみると、設備投資を 2000 年7月∼12月に実
施した企業は、経営指針作成企業が56.7%、経営指針がない企業が35.5%となってい
る。また、設備投資を 2001 年1月∼6月に実施しようとしている企業は、経営指針作成企
業が50.0%、経営指針がない企業が28.9%となっている。いずれも、設備投資を経営
指針作成企業が実施しようとしているわけであり、長期の経営戦略に立った経営を実践して
いるといえよう。
図 11
経営指針作成と設備投資の実施状況、来期の投資計画状況
経営指針作成
57%
設備投資を実施
未作成の企業
図 12
50%
40%
設備投資計画あり
実施していない
36%
48%
29%
63%
計画なし
69%
経営指針の作成方法と売上状況
社長のみで作成している
24%
37%
横ばい
売上増加
社長と幹部&社員全員で
39%
40%
売上減少
31%
29%
3.実態から見た各企業の戦略行動
こうした状況下で、経営指針を作成し、IT化に熱心であり、経済環境の動向からベンチ
ャー的な戦略行動を採ろうとしている企業の中から数社を取り上げ、ヒアリング調査を行っ
た。以下ではさらに中小企業問題、経営上の課題及び中小企業政策の観点からヒアリング調
査に関する分析を行いたい。
NTレポ−トも今回調査で第9回を迎えたが、今回までにヒアリング調査を実施した企業
は24社である。これらの企業から得られた教訓はたくさんあるが、会員企業の今後の経営
戦略を検討するにあたり、重要な指針を与えてくれる優良企業であると考えられる。
以下では今回調査でヒアリングした、企業T、企業U、企業V、企業W、企業X、企業Y
の報告を行う。
16
ヒアリング調査のポイントは、①最近の景況動向、②新製品等の開発状況、③IT化への
対応動向、④ISO取得への対応、⑤経営指針の作成状況、⑥今後の経営展望の5点である。
どの企業も最近の景況は良好であると考えられ、大企業では適応できない市場や技術が、新
しい既存の市場や技術に代替する可能性があるものばかりであり、新時代の中小企業の典型
であると考えられる。
(1)IT型投資による技術力向上で業況拡大
[企業T]
<印刷業:1966 年創業、従業員28名、資本金 2,000 万円>
印刷業は企業数の3%の大企業が市場の80%を専有しており、企業数の97%に
当たる中小企業が、残りの20%の市場の中に存立する寡占型業種であるが、業種内
の各企業はニッチ市場に専門化することによって存立基盤を強化している。そこで、
この企業は自企業の戦略として「地域密着戦略」をとっている。
当初は、事務用品販売企業であったが、印刷物を取り扱いはじめたのがきっかけと
なって、当初は外注していた印刷部門を内製化することによって、1970 年代半ばに印
刷業に転換した。印刷業の業種特性は技能への依存度が高いが、後発メーカーである
がゆえに職人を確保することが困難であったことから、若手の従業員にも生産が可能
なように、IT化戦略、すなわち生産手段としてデジタル分野に参入を試みた。
こうして、印刷業務を職人の技術に頼って行ってきたものをひとつのシステムに標
準化する試みを 1991 年以来行い、積極的に設備に重点投資を行うことによって、近年
では業界屈指の設備を保有し、特に最近では造幣局並みの技術を要する地域振興券の
印刷を引き受ける等、自社で得意な分野を認識したうえで特化をすすめている。
また、印刷業ゆえに自社ですべての仕事を担当するのは困難であるから、情報共有・
コスト削減・営業範囲の拡大を目的として、同業種間ネットワークを構築することで
無駄な経営資源を削減するといった新たな戦略をたてている。こうしたネットワーク
化によって、
「自社の専門分野、またはネットワーク内の他社の専門分野をしっかり把
握すること」が重要であると社長が語っているように、互いに各企業の専有技術を認
め合うなど経営能力を認識し、社長間で密接なコミュニケーションを行うことで信頼
関係を構築している。こうして競争ではなく「共創」といった新たな企業間関係が横
築されようとしている。
さらに、ISO14001も取得して、一種の技術水準を確立し、社内での意識改
革、コスト削減といった自社内の経営努力も積極的に行われている。しかし、課題が
ないわけではなく、財務並びに人財育成に関しては経営上の問題点と特に認識してい
る。高品質、短納期、低コストを軸にオンリーワン企業を目指し、
「勝ち残り」を目指
すことを今後の目的としている。
17
(2)業種転換で業況拡大
[企業U]
<情報サービス業:1986 年創業、従業員7名、資本金 1000 万円>
当初はメーカーの特約代理店で、学校や官庁・企業向けのOA機器やオフィス・コ
ンピューター(以下、オフコン)の販売、ソフトの開発を手がけていたが、特に業務
用のオフコン・ワープロが震災前あたりから業績に陰りが出はじめ、震災以降は販売
実績が激減し、特約店制も解約、すなわちシングルベンダーからマルチベンダーへ転
換した。その当時から、社員からパソコンへの事業転換の提案があったが、震災後の
販売に関していえば、飛び込みのセールスや展示会やセミナーおよびダイレクトメー
ル等を行っていた。
しかし、倒産寸前状態にまで追いこまれたのをきっかけとして、悩んだ末に 1997
年に本格的に事業転換を行い、今では対企業向けのパソコンとその周辺機器のトータ
ルサポートを主たる事業内容としている。特に重視しているのは、価格・アフターサ
ービスのバランスを備えたニツチ戦略である。
つまり、システム管理者のいない中小企業に対してソフト・ハードのトータルコー
ディネート事業を主軸にしていくという業務である。家電量販店とは異なり、完全な
受注生産を行うなど、CPU以外の部分はカスタムメイドを実施し、ハードとソフト
の適切な組み合わせ、その後のアフターサービスに特化して評判を得ている。事業転
換後に獲得した新たな顧客は、従来からの信頼に基づいた顧客とその紹介であった。
また、近年は企業間ネットワーク作りに積極的で、早い段階からSOHOという新
業態に注目している。従来では断念していたであろう受注業務をSOHOに要請した
ところ、費用も安く時間にも制約されず、その業務を実現可能としたことがきっかけ
となり、
「SOHOや主婦の方への職場の提供を積極的に図り、より多くの方にビジネ
スチャンスを提供する」といった新たな事業方針の下での経営に取り掛かろうとして
いる。企業としてのアフターサポートやその他トラブルの責任を負わなければならな
いというリスクを背負いながらも、SOHOの特性を認識・把握し、その技能を信頼
することで、ネットワーク化を進めることによって中小企業における新たな企業間関
係を戦略的に構築しようとしている。
(3)技術・製品開発戦略で業況拡大
[企業V]
<生産財製造業:1972 年創業、従業員80名、資本金 4800 万円>
創業当初の従業員数は7名で、設計だけを行っていたが、自社でも生産できるよう
に工場を所有し生産を開始した。生産当初から、空圧と油圧を利用したプレス関連製
品やインジェクション関連部品の製造・販売を手がけている。空気圧の使いやすさと
18
油圧の高出力性のメリットをうまく結合させることによって、機器の小型化や高油圧
の長時間保持が可能となった。
転機は、1980 年以降の自動車メーカーによる効率化の促進、すなわちトヨタの「か
んばん」方式の基本思想にならって、自動化による徹底したムダの排除をしたことで
あった。その中でも金型の交換に要する時間の短縮化の要求によって、QDC(Quick
Die Change)システムが構築され、空油圧の結合技術を開発した。
近年では、そうしたプレス機械の自動化の促進だけでなく、安全性の追求、低コス
ト化、また高齢者や女性でも使える亜種製品の新戦略を思考している。さらに異種製
品に関しては、そのフルードパワーを利用して医療機器や介護機器分野での応用とい
う、中長期計画を策定するなど、新市場の開拓に積極的に取り組んでいる。
また、今後展開したい研究開発のシードは、社内LANを活用した従業員によって
公募され、市場調査、企画書の策定、開発仕様書の策定を経て、製品設計が成される
というシステムが確立されていることに注目すべきであろう。すべての製品を自社独
自で開発している完成品メーカーである。
対外的には、1996 年からヨーロッパへの進出計画があり、そのための準備段階とし
て 1997 年にISO9001を取得した。ISO取得を契機に新規顧客獲得のための
「信用」の面での外的な効果はもちろん、社内管理にもその効果を得ることに成功し
ている。具体的には、諸外国から提携の話が出てきたという直接的効果があげられ、
社内的には、①業務標準ができたので、技術の品質に関して検証ができること、②企
業内部の仕組みが維持・縦続・改善ができること、③社内不良(不適合品)の管理が
うまくいくこと、等のメリットがある。
なお、企業間ネットワークとなる海外企業2社からの技術提携の依頼については、
熟慮の末、提携話を断っている。これは、自社内の技術で必要十分であり、技術提携
にメリットがないと判断したためである。
以上のように、社内のアイデアを自社の得意分野である空油圧を活用した様々な新
製品開発に生かしながら、ISO取得によって経営内部の徹底した管理を積極的に推
進している。
(4)経営計画作成による経営戦略展開で業況拡大
[企業W]
<生産財製造業:1967 年創業、従業員77名
資本金 4000 万円>
設立当初はジャバラの製造・販売であったが、当時は技術開発・市場開発を行わず、
鉄製のジャバラの注文を受けるが、自社では生産せずにOEMで生産・販売していた。
しかし、1976 年頃、鉄製のジャバラが主流になるにつれて、OEM先が技術的に量産
できず顧客離れが生じたため、ドイツから生産設備を購入し自社生産に転換した。
19
そこで、高速化を進めたところ、今ではこれが主流になり、特に後発であったテレ
スコカバーが高速化の流れの中で業界トップとなった。機械の納期の問題から大企業
では扱えないことからその技術ないしノウハウを得て、製品化するわけであるが、下
請ではない完成品メーカーであるゆえ、設計代が無料であること、また技術の漏洩の
危惧ゆえオープンにできないといった問題を抱えながらも、価格競争ではなく自社の
できる範囲に特化し、同価格の他社よりも製品の耐久性を向上させるという高付加価
値化を進め、より一層のブランドカ強化を達成することを企業目標としている。
近年では、震災以降から注目していたヨーロッパのものづくりを模範とし、特にイ
タリア製の設備を購入するなど積極的な製品開発を推進している。またヨーロッパの
同業他社とともに資材調達・共同仕入をするなど、国境を越えネットワークを構築し
ている。さらに、特定の製品に特化しているのではなく、その周辺を取り扱い、総合
的な技術を蓄積することによって急速な技術革新に敏速に対応できている。
会社全体の変革という目的から、ISO9001を取得することによって同業他者
との差別化を図り、積極的に革新的経営に取り組んでいる。
また、高付加価値化を推進することによって、価格ではなく技術的な自社のポジシ
ョンを確保しようとしている。これらの経営戦略は、毎年作成される経営計画書によ
るところが大きい。経営理念を確立し、成文化することによって経営方針が完成され、
経営計画が策定されていくといった一連の企業行動を実践している模範的な企業とい
えよう。
(5)M&A戦略で業況拡大
[企業X]
<運送業:1968 年創業、従業員160名、資本金 8990 万円>
創業当初は、近畿圏における国内貨物の集配のみを扱っていたが、経営効率性を追
求していく過程で、対企業向けの書類や事務用品等の小口配送も同時に取り扱うこと
になった。特に、規制の影響が強く反映される業種で、1990 年代以降の規制緩和政策
の影響から、業種内企業数が 1990 年に3.7万社であったのが、2000 年には5.3万
社に急増しており、過当競争の状態にある。また対企業運輸サービス業における大手
企業の経営システムそのものがほとんど業界標準となっており、中小企業として対抗
していくには厳しい状況にある。
そのような中で、存立維持を図っていくための戦略として、3つの戦略が構想ない
しは実施されている。すなわち、①ホームページ上で取引先を対象にしたショッピン
グモールを作成し、その中の商品配送をすべて担う(構想中)こと、②費用節約から
同業種他社4社と共同でISO9002を取得したこと、③中小零細の同業種他社を
M&Aすることで、無駄な配送を削減するといった取引面での効率化を図ること、の
20
以上3点である。なかでもISO9002の取得に伴い、品質面・時間面、費用面等
の対外的評価向上につながったことが、今後の企業経営におおいにプラスに働くと考
えられる。これに伴い、取引先も着実に増加してきている。
取引先とのショッピングモール構想は一連のネットワーク化に通ずるものがあり、
①BtoB(企業間ネットワーク)から、②BtoC(企業・消費者間ネットワーク)
のネットワーク構築とIT戦略をあわせたもので、成功すれば先駆的な形態となる。
さらに、M&Aにより現在ある営業所外の企業を吸収・合併することにより、営業
圏の拡大を図ろうとしている。具体的には、最近、和歌山に営業所を持つ企業を吸収・
合併することにより、当該地域での営業権を獲得した。現在のところ、他に2社の吸
収・合併に成功している。今後の展開が期待される。
(6)新規雇用拡大戦略で業況拡大
[企業Y]
<生産財卸売業:1902 年創業、従業員14名、資本金 1000 万>
創業は 1902 年と古い企業であるが、1972 年に現在の体制に転換後は、重梱包資材
ないしは輸出梱包資材を取り扱うようになったが、転換時の頃からスーパーマーケッ
トといった小売部門において新業態が出現していくにつれ、毎日大量に消費される回
転率の高さないしは量的な出荷が見込めるといったことから産業用食品包装資材業に
参入していった。
今日では、尼崎から姫路までの商圏において、梱包用資材、食品包装資材を取り扱
う中で、特に後者に特化し、自社が得意としない製品・デザイン開発ないし製造の下
請・アウトソーシング化を進めている。
大規模な倉庫を必要不可欠とするビッキングをこの業態における強みとし、それゆ
えメーカーでは取り扱うことができず、たとえ下請を使つたとしてもコストがかかり
非効率であるゆえ、存続可能な業態であるとしている。
震災後、一時期売上が大幅に落ちたのをきっかけとして、1996 年以降から積極的な
経営体質の転換を図っている。特に人材育成に力を注ぎ、震災以降に新規採用したの
をはじめ、今年も4名の採用を決めるなど、卸業界全体が低迷を極める中で、今期は
大幅な増益を達成している。また第一線の営業マンと顧客であるユーザーとのネット
ワーク化によって、いかに新たな情報を経営内部に取り込んでいくかを課題とし、日
常会話等の中に見られるような「人間教育」を重視した人材育成を実践することによ
って、経営展開している。
従来では、生産財は差別化しにくいと考えられてきたが、今日においては包装業界
も多様化を極め、多品種化してきている。卸売業が壊滅するという議論もあるが、同
社は、卸売業というより、食品用資材といった単価の低い最終消費財を扱うため、実
21
体は小売である。そのため、大企業にとって非効率になる業種であり、ニツチ分野で
ある。そのようなことから、実態はエンドユーザーであるといった立場で、ユーザー
とのネットワーク化を推進する一方で、メーカーのデツドストックをいかにうまく活
用していくかといった、流通全体のシステム構築に取り組んでいる。
4.日本経済の動向と戦略行動
日本の中小企業は異質多元性といわれながらも、高度経済成長期、低経済成長期を問わず
一元的な戦略・政策のもとで企業存立を追及してきた。そして今日、経営資源が流動化し、
個別企業の技術革新が重視され、経営戦略が差別化する時代において、新分野に進出し、異
業種との交流を進め、融合化し、企業範囲を模索する等の企業行動を繰り返している。企業
間関係の視点で指向すれば、重層的・複合的な競争形態における諸経営資源の上に成り立っ
たものであり、決して安定的なものではない。既存企業にとってはこれまで以上に潜在的競
争圧力が強まるだろう。
バブル崩壊による景気の長期低迷下において、日本企業の増加率鈍化傾向を背景として企
業の創業率を増加させ、企業間競争を背景に企業行動活力を増大し、長期不況を脱却したい
とする社会的背景の下で、ベンチャー・ビジネスが注目されている。政府の中小企業基本法
改定をはじめとした創業化支援策が定着していく中で、新たな日本経済回復のための待望論
としてベンチャー・ビジネスが注目されているわけである。
近年では長期不況と日本経済の構造的転換という現実に対処するため、各中小企業が経営
戦略として重要視しているのは、独自に専有している技能を活用した新技術・新製品開発で
ある。ベンチャーブームが過去3回あったことは既に述べたが、こうしたブームの中心は、
今注目されているような起業し、株式上場を考えているいわゆるベンチャー・ビジネスでは
なく、兵庫県中小企業家同友会所属の企業の多くがあてはまる、創業以来の歴史の古い既存
企業が製品開発、新業種進出、新市場開拓等の結果成長したベンチャー型中小企業であり、
経営者の発想によっていくらでも既存企業が元気に成ることは可能であるということを実
証したものといえよう。長期不況時代と言われる現代経済においては中小企業であっても専
門能力を有することが存立基盤安定の第一条件であり、能力本位で中小企業が育成・発展す
ることが可能である。
21世紀における中小企業は、社会政策の対象となるような二重構造上の弱者として把握
されるのではなく、多様で活力ある独立した主体、すなわち Vital Majority として把握さ
れるに至っている。そのため、「新中小企業基本法」では経営資源不足という新しい中小企
業の現状を踏まえ、競争条件を整備し、創業や経営革新に向けての中小企業の自助努力支援
を行い、セイフティネットを整備し、市場の失敗を補完していくことが重要であるとの認識
の下に振興策が整備されている。新時代における新しい中小企業の競争力に期待して、今後
の日本経済の活力の源泉としての役割が中小企業に求められているのである。
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