新編集講座 ウェブ版 第63号 2016/11/1

風に吹かれて
名曲の「本歌取り」見出し
■新編集講座 ウェブ版
第63号
2016/11/1
毎日新聞社 技術本部長(元・大阪本社編集制作センター室長)
三宅 直人
今年のノーベル文学賞に、米国のシンガー・ソングライター、
①
10
/
14
朝
刊
1
面
(
大
阪
)
ボブ ・ ディランさん(75)が選ばれました。 ご本人の対応を
めぐる騒動という続報ももちろんですが、発表当日も、歌手が
初受賞したということで注目を集めました。こうした出来事が
あると、直接このニュースとは関係ない記事でも、ノーベル賞
関連の見出しを付けたくなるのが 編集者の習性というもの。
毎日新聞では、大阪本社のスポーツ面が好例となりました。
②
同
■ スポーツ面に登場
社
会
面
ディランさんの歌で、一番有名なのが「風に吹かれて」
でしょう。人間同士の争いの愚かしさを風刺した歌詞を、
軽やかなメロディーラインに乗せた名曲です。
ノーベル文学賞の発表を報じた 10 月 14 日朝刊(大阪本社
最終版、以下同)。1面見出しに「風に吹かれて」が使われた
=右図①=ほか、
社会面の関連記事でも「時代に風吹かせて」
と、少しひねった形で見出しに用いられました=右図②。
それは分かるのですが、スポーツ面のプロ野球(パ・リー
グのクライマックスシリーズ、日本ハム対ソフトバンク)でも、
「弱気の風に吹かれて」が見出しでした=右図③。
偶然の一致?
いえいえ、セ・リーグの広島対 DeNA の
記事でも、ディランさんの曲名「天国への扉」をもじった
「勝利への扉」や「くよくよするなよ」(曲名そのまま)が
見出しになっています=右図④。これは意図的ですね。
■ 遊び心、はしゃぎすぎず
大阪本社に電話して話を聞きました。
「ディラン見出し」
を考えたのは、編集制作センターの林知生デスク(48)と
のこと。変わった見出しやユニークなレイアウトを得意と
する才人です。スポーツ面でもノーベル文学賞を盛り上げ
ようと、ニヤリとする見出しを考えたのでした。
実はパの「運命の一振り」=右図③=も、ディランさんの
曲「運命のひとひねり」を元にした見出しとのことです。
私は全然知りませんでした。上級編かもしれません。
感心したのは、どの見出しも記事に合った自然な表現で、
無理に作った感じがしないこと。私が編集者なら、メイン
見出しで「日ハム、逆風に吹かれて」「コイのぼり、風に
乗って」とか何とか、強引に作ったと思います。
遊び心は大切ですが、はしゃぎすぎはいけませんね。
▲③▼④ ともに 10/14 朝刊スポーツ面(大阪)
■ 首相夫人の不倫
⑤
「風に吹かれて」のように、曲名を見出しに使う手法は以前からあります。
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例えば SMAP 解散問題が報じられた今年 1 月 14 日、毎日新聞朝刊スポーツ面
(東京・中部・北海道)は、見出しに SMAP の曲名をちりばめました(新編集講
座ウェブ版 45 号「試合に負けて『こまっちゃうナ』」参照)。ここでは、ディラン
さんと同世代の歌手の曲を題材にした、海外の事例をご紹介しましょう。
2010 年 1 月 12 日朝刊。英領北アイルランド自治政府のピーター・ロビン
朝
刊
国
際
面
ソン首相の妻で議員のアイリスさん(60)が 39 歳年下の男性と不倫関係にあっ
たこと、
ロビンソン首相が職を 6 週間離任することが報じられました=右図⑤。
見出しは「60歳の妻、39歳年下と不倫」「北アイルランド首相一時離任」。
過不足ないと思いますが、英米のメディアは違いました。「北アイルランドの
ロビンソン夫人、情事認める」 =右図⑥、「ロビンソン夫人、北アイルランド
特有の醜聞」=右図⑦=と、「ロビンソン夫人」が見出しになっています。なぜ
「首相夫人」ではなく「ロビンソン夫人」なのでしょう。
■ ミセス・ロビンソン
これ、見出しを「ロビンソン夫人」ではなく、「ミセス・
ロビンソン」と読めば、ピンと来ますね。そう、米映画の
「卒業」=右欄参照。アン・バンクロフトさん演じる中年の
妖艶な女性、ミセス・ロビンソンが、ダスティン・ホフマ
(上)⑥英 Independent 電子版
http://www.independent.co.uk/news/uk/politics/ive-had-an-affair-says-nor
thern-irelands-mrs-robinson-1860139.html
(下)⑦米 Time 電子版
http://content.time.com/time/world/article/0,8599,1952511,00.html
ンさん演じる、息子のように若い青年と情事にふけるスト
ーリーです。サイモンとガーファンクル=右欄参照=の、そ
のものずばり「ミセス・ロビンソン」という曲も流れます。
英米の編集者は、だからこそ「ミセス・ロビンソン」を
見出しにしたのでしょう。単にロビンソンという名前が一
致しているだけでなく、女性が年上の情事、それは長くは
続かない――といった構図が透けて見えるのです。
■卒業■ マイク・ニコルズさん監督、ダ
スティン・ホフマンさん=写真=主演の米
映画。大学を卒業し帰郷したが、目標を見
失いさまよう青年を描く。教会から花嫁を
さらって逃げるラストシーンが有名。アメ
リカン・ニューシネマの代表作。1967 年。
米 CBS ニュースの電子版にもご注目=右図⑧。見出しは
「実物のミセス・ロビンソンの醜聞、北アイルランドを直
撃」とあります。「実物(real)」とは言い得て妙ですが、
映画を念頭に置きながら、実世界でも「ミセス・ロビンソ
ンの騒ぎが起きた」と言っているのだと理解しました。
■ あなたに乾杯
「ミセス・ロビンソン」では、「曲名だけでなく、歌詞も
(上)⑧米CBS電子版
見出しにしたい」と考えるのが、洋の東西を問わず編集者
http://www.cbsnews.com/news/real-mrs
の習性です。ネットを検索すると、ありました。
「In Defence
-robinson-scandal-hits-n-ireland/
■サイモンとガー
ファンクル■ ポ
ール・サイモンさん
(75)とアート・ガ
ーファンクルさん
(74)が 64 年に結
成した米国のデュ
オ。ともにボブ・デ
ィランさんとほぼ
同年齢。「明日に架
ける橋」「コンドル
は飛んで行く」など
ヒット曲も多い。
of Marxism(マルクス主義を守るために)」という英国急進
左翼系ウェブサイトに、And here's to you, Mrs. Robinson
⑨Marxism 電子版
(あなたに乾杯、ロビンソンの奥様)という「ミセス・ロビン
http://www.marxist.com/n
orthern-ireland-mrs-robi
ソン」の歌詞冒頭のフレーズが見出しにしてありました =
nson.htm
右図⑨。皮肉なのでしょうが、ついニヤリとします。
ちなみに 1990 年、英領北アイルランドではなく、お隣
アイルランド国に初の女性大統領、メアリー・ロビンソン
さんが誕生した際、やはり「Here's to you, Mrs. Robinson」
を見出しにしたサイトがありました=右図⑩。いつの世も、
編集者の考えることは同じだなあ、と感じ入ります。
(上)⑩米雑誌 People 電子版
http://people.com/archive/heres-to-you-mrs-robinson-irelands-firs
t-woman-president-vol-34-no-21/